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2019-04-03

創作活動を辞めた話

小学校高学年くらいからずっと漫画が好きで今まで沢山の作品を読み、触れてきました。中学生にあがると絵のうまい同級生が何人もいて私もこんな風に描きたい!と授業中もこっそり落描きばかりしていたのを覚えています高校生になると下手ながら漫研にも入り絵を描く機会がもっと増えました。

しか専門学校入学したあたりから現実での人間関係トラブルや友人間のいざこざ、資格勉強などで絵を描くことすら忘れ兎に角どこかに、誰かにしがみつくような必死精神状態生活しました。

そして早いことに社会人となり心にもお金に余裕が出た私は必要な道具を揃えまた絵を描くことに戻ってきました。沢山の人とSNSで繋がれること、お互いの作品に反応をし合えること、専門学校人間関係疲れた私にはそれが楽しくて、ああここが私の居場所なのだと、まるでそこが現実でもあるかのような感覚でいました。それが今となっては大きな過ちでした。

とある人とのトラブル、心にも無い第三者から言葉、仲の良かった人から裏切り、このようことが立て続けに起き、生きる場所を失ったような感覚を覚え心身ともにボロボロになっていました。

その時、体調を崩しとても辛そうにしているにも関わらずそんな私を心配し励ましてくれる母親の姿を見て私は本当に大切なものに気が付きました。

昔の私にとって絵を描くことは友達同での見せ合いっこ、楽しみのひとつでした。しか最近の私にとっての絵を描くことは単なる逃げの手段であったのだろうと思います。勿論ストレス発散として趣味に没頭するのは大賛成です。けれど私のそれはそうではありませんでした。現実の大切な人の存在から目を離してまですることでは絶対にありませんでした。

ももういい年齢です。こんな当たり前のことに今更気づくなんて…。

2019-03-11

anond:20190311130213

はてなーオタク的なものは全肯定するから

漫研とかも肯定してるだろ

あれも実際は同人やってりゃ良い方で、描く能力はなくただ漫画読んでるだけって人も多いけど

2019-02-14

anond:20190213075328

「周囲が引く」とかのマナー問題しかできないなら論じるべきではない。いわゆる「お気持ち批判を受けるだけ。

まず最初問題にするべきは法律ローカルルール(具体的にいえば、それが「色紙禁止ルール」「一点物禁止ルール」のある即売会かどうか)だよね。

即売会印刷所が最初にがんばってしらべてくれてるので、

勉強会出てればこんなことより先に問題にすべきことが多々あるってわかる。

(デゼニとかなま物とかジャンルによりやっていいこと悪いことがあるのはわかってるだろう)

個人的オークション売買も(めだたないところでやる分には漫研女子ケースと同じだと思うが)、

虹絵ってわかる状態でやってるなら

そもそも著作権法上の」違法性問題にすべきものではないし実際とりしまってるケースでもその他の法律ですでにやられている。

 

そもそもあなた公式トレスと画風があきらかに違う二次創作とを一緒くたにしてるのでは。

パヤオ色紙みたいに直接筆致みれば本人じゃないとわかるもの

本人作品と銘打ちまたはまぎらわしく出品したら、

それは当然ながら「詐欺で」取り締まられる案件ですよね。

ジ●ンプなんかも荒木先生画業●年おめでおめでとう色紙っつって徐々キャラ他人が書いた色紙を読者に配ったりしてるわけで。

(●ルトか●ンピだったかもやってたと思うよ)

これもカネ、人気トリ案件だよね。

「色紙がイヤだ」「カネがイヤだ」っていっしょくたに捉えるまえにもっと勉強しなよ。

もともとの事件をよくしらんからすでにやってそうだと思うんだけど

「※色紙の絵はのちに等倍でフルカラーイラスト集同人誌に収録します」

ならなぜか落札価格も安くなり、なぜか色紙だけ高いとの文句もなくなるんだろ。

待てばだれだって手に入るんだから待つわって人とその二次創作者は神だから指紋お金積むわって人、両方すみわけりゃいい。

虹かどうかのお前のこだわり無駄。全く関係ない話。

今どきはアニメDVDだって初回限定サイン色紙つきボックス普通バージョンamazonだってどこだって両方取り扱って選べるようになってる。

色紙だけが高いことがなぜそんなに気に食わないのか。原本からか?市場原理からか?

そもそも高いってどんくらいなの、1兆円くらいなの?

 

元増田みたいに「同人誌は安いからいい、高い色紙のみが問題」っていってるのって、

自分市場についてよく考えもせず感覚だけで「上の人」だの「みんな」に文句言いたいだけの怠慢じゃないかね。

法律マナーも現状からどこも変える必要ないじゃん。

市場勉強即売会から指導だのツイッター経験談などの形ですぐ手に届くところにある。

無知で無茶なとびこみやらかしは2度めはないなーとおもって眺めてりゃ勝手に潰れるだけだし。

買いたい本人にとって金を出すのが合理的ならはたから何をどういってもネタミヒガミでしかない。

売る側にそれだけの作品の力や価値があって直接取り引きすること自体にはマナーなぞ愚痴にすぎず直接規制はかけられない。

アイドル着用服とか、制服第二ボタンみたいなもんだ。

金じゃない取引ならいい?結局は同じだ。

  

あと、元増田はたぶん腐女子女性だと思うんだけど、男子オタクどもはもっと先鋭化してるだろ。

犯罪スレスレとかズバリ犯罪もいる状況でマナー云々いってもうけつけないわけで、

「これが男子オタク相手だとしてお気持ちマナーをいって通じるかな。

ルール化するとしたらどこが出すどういうルール必要なのかな、

それってすでに世間にあるルールのことじゃないかな??」ってよく考えてみたらいいんじゃない

2019-02-13

anond:20190213031204

さらに言えば、二次創作同人活動など「漫研女子Aがお友達キャラ似顔絵を描いて、お礼にお菓子を貰う」程度の規模を大きく超えるべきではないということです。

漫研女子のお遊びにお目溢しをいただいているだけですから

anond:20190213031204

漫研女子〜」も、気持ち程度のお礼をもらうくらいなら…と思いますが、余りに沢山お菓子を貢がれたり現金を払われたりしていたら、周囲は引くんじゃないですか?

そういうことを言っているんです。

取り締まるとかい強制力版権元にしかないので、「個人的にどうかと思う」の範疇は超えません。

「1点物だから著作物」というのもよく分かりません。

デジタルデータ大量生産した同人誌二次的著作物であって、だから同人誌のトレパクも問題視されることがありますし。

かに「1点物だから商業っぽさはない」というのはあるかもしれませんね。

非常識な「スケブねだり」は言語道断です。

しかし何故スケブ文化があったか考えると、色紙がオークション式に高価になってしまい結果描き手に大きな利益が入る、というのを避ける理由もあったのではないかと思います憶測に過ぎませんが)。

anond:20190212222045

え? 

漫研女子Aがキャラ似顔絵がうまくてお弁当だのチョコだの差し入れされては似顔絵書いてるのまで取り締まる気かね?

1点ものからそれ自体創作物著作物だよね?

売ってるといってもデジタル原稿からいくらでも量産できる同人誌よりかなり悪質度は少ないよね?

  

まあ、一時期ヤフオクにあったパヤオとかアニメ色紙を見てかいただけの筆致の全然違う偽物は言語道断だけど

似顔絵とわかってその似顔絵がほしい人、直接売ってくれることに価値があるとみとめられる人はどう欲求を満たせばいいわけ

 

問題なのはとらくらいまで商業化?盗人化してからだけだよ。

とらは本人が真正だし返せといってるものにアシが書いた偽物だとの判定つけてむりやり売ったりしてる

 

同人誌もそうだけど一点物だの一限頒布の総数が少なければオークション式に価値が上がってしまうことはある。

それは出す側だけじゃなくて買う側、市場側の事情でもあるよね。

値段で交通整理してくれ、「なにか買えた」じゃなくて秩序をつくってくれっていう自然要請だ。

出す側もうかつにやって混乱しないように勉強必要だけど、

その勉強で昔の「スケブねだり」が整理されて今の状態に進んでるのなら全然いいじゃんと思う

2018-11-08

anond:20181108184350

中高漫研美大ゲーム関係仕事 趣味同人誌製作販売 とこういう喋り方の人ばっかの世界にずっといたか

広告関係転職して急にリア充にかこまれるようになったら逆にこういう確認されるのがめんどくさい

色々聞きたくて質問してるのだからいきなり100の力出してほしい

最近はこっちからここまでの情報先に全部出すようになったけど

2018-11-03

anond:20181103011000

合唱というのがよく分からん

入るにしても漫研アニ研じゃないのか。

歌う淫キャって意外に多いのか。。。

2018-09-09

anond:20180909111013

美大生が全国の小中学校を回ってサプライズで黒板アート描く活動してるっていうのはたまに聞くけど

卒業式前日にリアル桜並木の絵を描くとかで

いかにもなアニ豚の根暗オタクがやってるイメージ特にないな


外部に依頼せずに自分たちで描く場合クラスのいわゆるカースト上位の女子数人が

ワイワイキャッキャしながら黒板の前に集まって○組サイコーとか描いたりして

たとえ絵が上手くても漫研美術部にはまったくお声がかからない印象がある

内輪ノリなのはそうだけど活発なタイプ女子が内輪で盛り上がってオタクが隅でフゴフゴ言ってるみたいなことの方が多くないか

2018-08-16

anond:20180816102733

現実のび太はF欄大学サークル漫研系)で知り合ったジャイ子と誤ってワンナイトを過ごしてしまいその後なあなあのうちに同棲結婚の流れだろうからそこそこ現実マッチしてる。

セワシものび太のアレやソレじゃなくてジャイ子の尽力によるものだと考えれば。

2018-07-31

言い訳

子供の頃から漫画家になりたかった

だけどそれは、思えば現実からの逃避だったのかもしれない。と最近思うようになってきた。

家業があり、幼少期からそれを見てきた自分はそんなことはやりたくないと思いそれだけを口にして絵を描いてきた。

インターネットを手に入れ、ネット世界に絵をアップされると簡単承認された。絵を描く人間コミュニティに住まなかったからだ。

絵を描いてはインターネットに投げ、承認される。そんな日々を繰り返した後。

本格的に絵を描こうと絵描きコミュニティ投稿してみると世界が変わった。自分の絵も漫画も褒めてくれる人間はごく少数だった。

なんとなく、萎えた。

だけど夢を口にするのはやめなかった。

高校時分、上級学校に進学するとき専門の道に進むことも考えた。

その道に進むなら学費は出せないと親に言われた。

あっけなく腑抜け普通大学に進んだ。

受験勉強もひどかった。進学先も反対された自分は特進クラスとして講習などを受けたが、それすらもほっぽって現実から逃げた。

要するに、何もしなかった。参考書をなぞり、その場しのぎの用語を覚え、勉強をする気はなかった。

大学生活で絵を描いていたいと思い、漫研に入った。

だがそこはつまらないオタクがただ駄弁り、リア充になりきれないやつが羽目を外す真似をし、遊ぶための部活だった。

流された。

絵は描いた。優越感や承認簡単に手に入った。周りのやつらは絵を描かなかったからだ。

中にはとりわけ上手い人間もいた。だけど近づかなかったし、仲良くもできなかった。

何故か。今思うと、あれは自分の絵がその人間の絵と比べられ、劣っているもの認識されるのが怖かったからだ。

私生活ではプライベートで絵を描いた。しかしそこには上達しようという意識はなかった。

描くだけで楽しかった。

そんなまま、あっという間に4年間が過ぎた。

漫研は中途で体部し、承認される場がなくなったせいで萎えたのか、自分から絵を描かなくなっていた。

就職しなければいけない。

自分言い訳をした。

「働いているサラリーマンはつまらない顔をしている。あん大人にはなりたくない。夢を追いかける。」

フリーターになった自分は、現実を突きつけられた。

八方美人だった自分バイト先では気に入られ、承認を手にする。

だけど絵や漫画は怖かった。

プロになるとは言ったが、自分から行動を移さなかった。

持ち込みにいこうと決心するにも、自分の絵や漫画他人にけなされるのが怖く、足を運ぶこともなかった。

1年と半年がすぎた。

2年目の春には、親と自分との暗黙の了解で、実家に帰ってくるという約束をしていた。

自分の絵はプロ比較してお世辞にも上手いとは言えないレベルだった。

どうすればいいんだろう。

学生時代の友人は専門職につき、助言をしてくれる。

こんな自分にかまってくれる友人を羨んだし、自分にも失望した。

たくさん考えた。

夢ってなんだろう。他の人はどうなんだろう。こんな家庭に生まれなければ。環境が違っていれば。絵が上手ければ。

全部言い訳しかなかった。

自分の夢は言い訳しかなかった。

怠惰性格や変なプライド邪魔をする。

この先、生きていけると思えない。

オナニーしかない。

2018-07-08

高1でイラストサイトを畳んだ時の話

中学1年生の頃に創作サイトを開設した。

当時はYahoo!ジオシティーズが全盛で、自分もやってみたかったのがきっかけだった。

幸いにして父のPCには Photoshop 5.5 があり、マウスで描いた絵を投稿したり、日記を書いたりした。あとは当時流行っていた RPGツクール 2003 で簡単ゲームを作ったりしていた。絵は下手だったしゲームは何度もエターナったが、それでも本当に楽しかった。やるたびに世界が広がっていくような実感があった。

当時の自分はあまり版権モノに頓着しておらず、二次創作文化にはあまり触れることがなかった。

ただ、描く習慣はつけたかったので、日記では鉛筆落書きをアップし、カラーの絵は毎月必ず更新されるトップ絵という形で描くようにしていた。今考えると大したペースではないが、年に必ず12枚は本気のカラー絵を投稿する習慣があったのは良かったと思っている。

中学の頃の僕は絵の部活には入っていなかった。

しかし3年が経って高校生になり、いよいよ絵に注力したいと思った僕は、漫画研究部に入った。思ったよりもちゃんと描いてるサークルで、僕は安心した。ここなら楽しく創作できそうだ、と思った。

しか漫研に入った最初の夏に、僕は3年続いたイラストサイトをいきなり閉鎖した。

高1の期末試験が終わり、明日から夏休みが始まろうという日だった。

部誌に描くマンガネタに悩みながら、自分は帰り道ゲオ漫画を買い、長い道草を食った後に最寄り駅についた。

最寄り駅と言ってもそれなりに家までは歩くので、母親との都合があう日は車で迎えに来てもらって買い物しながら帰るということが多かった。その日もそんなつもりで家に電話をした。

母が電話に出た。電話口の母親は、力のない声で「今日は歩いて帰ってきて」…と言ってきた。具合でも悪いのか、聞いてもよく分からなかった。僕はそのまま歩いて帰った。

家のドアを開けると、同じく早く帰ってきてたらしい妹の泣く声が聞こえた。また母親喧嘩でもしたのかと思ってリビングに上がると、母親がなぜか正座をして迎えてきた。なんだなんだと思っていたときだった。

その日の朝に、父親逮捕されたと聞かされた。

援助交際だった。いわく相手未成年であることは知らずに行為に及んだようだが、相手方の少女家族にバレたらしく、その相手だった父が捕まった。僕の高1の夏休みはこうして始まったのだった。

いきなりのことで不安なことはいろいろあったが、まず気になっていたのは、こういう事件がどのくらいニュースとして広まるものなのか分からない、というものだった。

もし地方局レベルでもTVで流れてしまった場合、あっという間にいろんな人にバレるだろう。大げさな話、名前を変えて隠れて生きなければいけないんじゃないか?とか当時は本当に心配してた。今思うと無知だったとも思う。

結局、幸いにして(?)、事件のもの地方紙三面に小さく載った程度だった。父の名前は出ていたが、何気なく新聞を見ていて気づく確率はそんなに大きくないだろうと安心した(母はそれでもダメージを受けているようだった)。

父も一ヶ月拘置所に入る程度で済み、一旦家族はもとに戻った。8月の後半だった。7月トップ絵は更新できなかった。

イラストサイトの方では、自分個人情報はそれほど晒していなかった。住んでる地域ぐらいなら日記を見てれば分かるだろうが、管理人本名と紐付けること、ましてやそれが地方紙三面報道された事件容疑者の息子だと知ることなど、到底できそうには思えなかった(もし当時Twitterがあったらどうなっていたかからない)。

にもかかわらず、報道に怯えている間、インターネット自分晒しているということが次第に怖くなっていった。隠れて生きなければならないかもしれないのに、どうして自分サイト運営などできようか?

そうして僕は、父が逮捕された日にサイトを閉じた。一ヶ月後、新聞の小さな記事を見て後悔した。この程度なら続けていても良かったじゃないかって。

しかしこれは家族にぶつけてもしょうがない怒りだった。父が捕まったことは家族以外には内緒だったので、結局誰にもこれを相談することはできなかった。

サイトを閉じた後に一人Skype心配して声を掛けてくる人がいたのは嬉しかった。サイトバックアップを取らずにジオシティーズアカウントを消したのでそのまま復活させることはできなかった。しょうがなくブログという形で活動を再開していたが、その時にはもう色んな気力が萎えていた。

貧困本質とはモノやお金がないことではなく、先行きが見えないことだと言われることがある。僕の実家別に貧乏でもなかったが、それでも先行きがずーっと見えなかった。

三年間続けてきたコミュニティとの縁を何も言わずに切ってしまった。下手でも続けていた絵を投稿する習慣が途切れた。漫研にいたので絵そのものは続けていたが、よほど張り合いがなかった。インターネット活動する場所がなくなり、やることがあまりなくなっていった。

pixiv登録したり、mixi でかつてのサイト仲間とマイミクになったり、なんとかやり直そうとしていたが、そもそもあの時サイトを消すことなんて無かったんじゃないか、という気持ちがずーっと消えなかった。そんなこんなの間に受験が来て進学した。

大学入学前後の時期、僕は人生で一番絵を描いていた。とにかく遅れを取り戻したかった。が、二ヶ月もするとすべてが辛くなってしまった。入学後に始めたTwitterアカウントはどんどん病んでいき、またインターネットをやめた。

もうおしまいだと思った。

おしまいになってから五年が経った。

高1のころからそろそろ10年が経つ。

今は絵を描く仕事ではないが、やりたい仕事にはついた。

創作自体はしているが、もう誰も知らない、ずっと細々としたものになっていた。

あの時サイトをやめていなければ、自分はそのまま楽しく創作を続けていたのだろうか。

きっと順調に進んでいたとしても何らかの挫折はあっただろう。

創作にはそもそも挫折はつきものだし、反応がなくてやめてしまうケースなど珍しくはないと思う。

しかし、それはまだ「正しい挫折」じゃないか、とつい思ってしまうのだ。

幸福人生とは、つらいことがない人生ではなく、つらい出来事があってもそれにちゃん意味のある人生のことだ。それが努力の結果の挫折なら、それはちゃん存在意義のあるつらさだ。自分が一番不幸だとは考えないが、自分の不幸が一番無意味だと考えてしまうのはいかんともしがたい。

自分の当時の苦しみにはまったく何の意味もなかった。そもそも創作とは何の関係もない出来事きっかけに、まったくの非合理な思い違いから、ただ間違ったつらさだけが残った。どうせ理想がかなわない人生になるとしても、せめて後者意味では幸福でいたかった。つらいことがあるにしても、存在意義のある苦痛だけを背負って生きたかった。

そのことだけが悔しくてたまらない。

2018-07-01

オタク友達がほしい

私自身は多少漫画を読むくらいで特にオタク趣味はないんだが

中学高校のころは漫研とか鉄道研究会のやつとかの話聞いてるのが好きだった

好きなもの盲目な感じがいいんだよね

大学くらいからは自分で選んだコミュニティしかさないからそういう知り合いができなくなった

またミリオタに「空母より病院船を買うべき」とか謎の軍事費運用を力説されたりしたいんだがどこに行けばそういう人間と仲良くなれるのだろうか

自分自身が好きなわけじゃないかネットで探すの難しいんだよね

2018-05-05

刀剣乱舞出会えて良かったというお話

刀剣乱舞というゲームがある。私は刀剣乱舞世界が好きだ。大好きだ。このゲーム出会えてよかったと心から思っている。

(もちろんこのゲームのことを嫌いという人のことを否定するものではないです。石を投げないでください!!個人的感想なんです)

刀剣乱舞というゲームにはまってから、本当に世界が広がった。色んな人と出会うことが出来たし、舞台ミュージカルにも足を運ぶようになった。

俳優さんで応援したい、と思える人が出来た。美術館博物館にも気軽に行けるようになった。リアル刀剣勉強はなかなか進まないけど、それでも多少の知識が付いた。

何より「刀剣男士と一緒に人生を歩んでいる」「刀剣男士は、私が私であることを許してくれる」というのが何よりも強い。私の本丸で、私だけの刀剣男士がここにいる。

これが何よりも私の人生を強く支えてくれている。

刀剣乱舞でどこが好きかを詳しく語る前に、少しだけ自分の話をさせてください。刀剣乱舞出会う前の話。

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私は大学3年生になるまでいわゆる「オタク」というものではなかった。いや、読書漫画ゲームアニメも好きだったけれど、だからといって

自分感想考察をしたり、他の人とそういう交流をしたりということはしてこなかった。

というか「誰かとこれについて語りたい」という欲求は無かったし、そんな術も知らなかった。

(二次創作という単語も知らなかった。コミケ?よく知らないけど、コスプレをする場所なんでしょ、程度の認識だった)

ツイッターアカウントは持っていたけど、鍵アカ大学友達や先輩、後輩とフォローしあう程度だったし、

呟く内容も「今日講義が無くなった」とか「パンケーキがおいしかった!」

というような本当に些細なことだけ。何もかも普通の、ちょっと読書が好きな大学生だった。

それがなぜ、青い鳥世界の端っこで「刀剣男士が尊い!!!!」と叫ぶ人になってしまったのかというと、まずはとあるライトノベル出会ってしまたこから始まる。

(詳しくは1930年禁酒法で調べてほしい。ヒャッハー!!)

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大学2年生の冬、私は歯の手術で1週間ほど入院していた。体は元気なので暇つぶしに、と思って簡単に見終われそうな、このアニメを見始めたわけですが、

たったの12話なのにすべてが綺麗に収まり登場人物はみんな魅力的で、見ていて本当に楽しかった。

アニメを見終わると今度は原作が気になり、外出許可が出た日に書店に向かい、並んでいる本を全て買い込んでしまった。全部読んだ。最高。

こんなに楽しい世界ってあるの!?とびっくりした。

まりにも私のドストライクすぎて、こんなにワクワクしながら読書をしたのは生まれて初めてかもしれない……と当時真剣に思った。

おそらくこれがオタクとしての第一歩だったのだと思う。

まりにも最高すぎたので、この感動を誰かと共有したくて友達にも勧めてみたものの芳しい反応が得られず、欲求不満に陥る。

この辺りから私のツイッターオタクライフが始まる。とりあえず、この作品が好きです、と書かれている人を恐る恐るフォローしてみる。

本の感想かにおそるおそるファボを付けて、皆様の考察とか感想を読みながら「みんなすごいな……言語能力が高い……」と思っていた。

こうして、ポツポツとその作品好きな人フォローしてはその人たちの呟きを眺める、ということをやりながら日々を過ごしていた。

感想を言い合いたい!という思いでツイッターアカウントも新しい物を作ったはずだと思うのだが、フォローした人たちが感想を言っているのを眺めていたら

それだけで満足をして、私自身は特に何か考察をする、とか創作を始めるということはなかった。

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刀剣乱舞出会

今思うと、ここが2番目の人生ターニングポイントだったのかもしれない(1番目は先ほどのラノベ出会たこと)

大学3年生の冬、私はとてつもなく暇だった。サークル活動引退し、就職に向けて何か行動をしないといけない、

でも何をやればいいのか分からない、という、今考えるととてつもなく

贅沢な悩みを抱えながら、ぼーっと就活サイトや、先輩の就活日記斜め読みし、TLを眺める生活をしていた。

そんな1月、突然フォロワーさん達が口ぐちに「薬研ニキ……」「薬研」「何この子」「三日月が」と言い出した。最初は何も気にしていなかったものの、

まりにも「薬研ニキ」「大将って」とか言い出すから気になって調べてしまった。

その結果、パソコンゲームで、刀?が人になって育てるゲームがあるらしいと知った。ふーん、暇だしちょっとやってみるか……と本当に軽い気持ちブラウザ登録をする。

そして、1月27日、私は山姥切国広を選ぶ。

最初に5人の中から1人選べる、と説明された。ポケモンみたい……と思いながらぱっと見たときに「あーーこの人、私が絶対に好きになるタイプ」と直感したのが

山姥切国広だった。こじらせ系は嫌いになれない。一応他の4人も見てみたけど、ピンと来たのが彼だったので、これまた軽い気持ち選択した。

顔も綺麗だったが、すごい塩対応だったのでちょっと困惑した記憶がある。

はいえ、やり始めたときは、ものすごくかわいい、とか格好いいとかは全然思わなかった

(いや、みんな格好いいと思ってたけど別にハマるほどではないと思っていた)

それが、今では……こんなことになってしまった……。

以下、刀剣乱舞を始めてから色んなことが変わったな、と思った点について。

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同人誌即売会楽しい

ツイッターって、色んな素敵なイラストが流れてくるじゃないですか。

私の推し前田藤四郎なので、主に前田イラストをよく探していたけど、審神者になった年の初夏、「同人誌即売会」という存在を知る。(遅い)

今までインターネットオタク活動してこなかったんですよ!!死ぬほど魔法のiらんどは読んでだけど!!二次創作とかは知らなかったんです!!

2015年7月開催の粟田口オンリーイベント「はっぴーあわーたいむ」覚えている人いますか?

ツイッターで、なんか知らないけど絵を描いている人が「はっぴーあわーたいむ」って言ってる……何の話だ……と思って調べた。

……何の話だ???そもそも同人誌ってなんだ……?

というレベル初心者だったけど(支部イラスト小説存在は知っていたけど、それを本として売り買いをしている、という概念を知らなかった)

「本!!!買いたい!!」と妙な行動力を見せ、漫研の友人にアドバイスを求め、小銭を大量に用意して、

動きやすい格好をして、地図場所メモして、生まれて初めてビックサイトに行った。

覚えている。日傘迷惑になると書いてあったのでフードとタオルサングラスで怪しい格好をしながら一般参加待機列に並び、

キドキしながら印刷したサークル配置図を眺め、回る順番を考えたあの日のことを。

会場は蒸し暑くて、至る所に粟田口の素敵なイラスト、本、グッズで溢れていた。そこらじゅうで「新刊下さい」「ありがとうございます」という声が聞こえた。

すごい。すごい!!!すごい!!!!!

オンリーイベントから当たり前なんだけど、どこを見ても粟田口!!かわいい粟田口イラストがたくさんある!!!

すごい!!!楽しい!!!お金??払います!!言い値で買います!!!

緊張しながらお目当ての本をゲットして、ふと辺りを見渡すと、刀剣男士たちが仲良く買い物をしている姿が目に入った。

そもそもコスプレ自体テレビ以外でほとんど見たことが無くて、テレビしかたことが無い光景だけど、

でもコスプレ姿の人たちが買い物をしてる……すごい……生きてる……なんだここ……

とっても興奮した。刀剣男士たちがお喋りしてるんですよ、小銭とか出してるんですよ、すごくないですか!!??生きてるじゃん!!!

いや、もう、本当にかわいいイラストが買えて、色んな刀剣男士が存在してて、すごい、とっても楽しかった!!!!というのが私の同人誌即売会初体験感想

この経験をしたおかげで、これの大きいバージョンコミケな訳ね、と概念を獲得した。これはオタクにならなければ絶対に知りえなかった概念だし経験だった。

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美術館博物館に行くようになった件

刀剣を見に色んな美術館博物館に行くようになったよ!!でも刀剣勉強はあまり……進まない……

なんだろう、用語がまだ耳馴染みが無くて、刀を見ても「綺麗だな」という感想しか出てこない。

もったいないことをしている自覚はあるのでもう少し詳しくなりたい。 そういって4年目になるな?という顔をするのは止めて山姥切国広。

私の友人で、刀剣のものに詳しくなって、刀を見ただけでこれはここがこういう刃紋だから刀派は~、とか分かる人がいて、本当に尊敬する。すごい。

知識はあればあるだけ世界が楽しく見えるんだな、というのを今実感している最中です。勉強趣味も全部最終的には娯楽につながる(かもしれない)

世界を楽しめる人になりたい。

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○ 創作がしたいと思った件

ここ3年ほどはずっと素敵な作品にファボを付けて、あとは私が神と崇める作家さんにはお手紙を出したりもしてたけど、今まで自分創作をするって考えたことも無くて。

文章はまだいいんだけど、絵は本当に私、壊滅的にダメで、ずっと興味が無かったんですけど、最近「絵が描けるようになりたいなー」と漫然と思い始めて。

なんでかっていうと、絵にも物語があるんだな、ってことを強く実感した絵師さんのイラストを見て、私もこんな風に絵が描けたらいいなぁ、とか少し考えてまして……。

で、でも絵なんて中学美術以来落書きレベルでも描いたことが無かったので、デッサン教室で少しだけデッサンとかやってきました。

結構しかったです!!意外に、私も絵が描ける(レベルは考えないでほしい)んだな、というのを体験しました。真っ白の紙から、例えばボールが描けたりするの、楽しいね。

でも、デッサンやりながら思ったんですけど、絵を描くって大変ですね!!!絵を描く人、超すごい……絵描きさんすごすぎでは?絵を描く人、というか創作する人のこと尊敬する……

だって全然自分が描きたいような線出せないし、体力いるし、本当にすごいと思った。

『絵を描くことは大変』という知識はもちろんあるし、絵描きさんのことは尊敬しているけど、より一層尊敬の念が高まった。まじで。本当に。

デッサンイラスト、やることが違うのでは?と思ったそこのかた。その通り。

でも人間を描くのはもっと大変……まずね、人のシルエットにならないんだ。

目だけが肥えているので、「自分下手すぎ……」と落ち込むんですけど、描こうと思えば、何かしらは描けるんだな、と思ったので絵も描けるようにたくさん練習したいです。

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推し俳優さんが出来た件

オタクにならないと知らなかったであろう感情として、「この人を応援したい」というのがある。

刀剣乱舞には現在ミュージカル舞台と、2ついわゆる2.5次元舞台がある。

一番最初の刀ミュ『阿津賀志山異聞』からチケットを取れたときは必ず見に行っている。厳島神社の公演を生で見ることが出来たのは私の人生の中でもトップクラスの自慢。

刀ステでは毎回死んでる。山姥切国広オタク、強く生きよう。そして今夏、一緒に死のう。(矛盾)

刀剣男士を演じたとある俳優さんのことが気になってしまった。何が、と明確に言葉にできないけれど、舞台上で動く姿に目を引かれた。

キャラクター的に表情豊かでよく舞台上を動き回る役ではあったけど、気が付いたら目で追っていた自分がいてびっくりした。

気になってツイッターで調べると、なんと来月バースデーイベントが行われると言う。

いや、さすがにおかしいでしょ、私、その俳優さんのこと全然知らないのに行っちゃダメでしょと思った。俳優さんのイベントなんていったことも無かったし、

どちらかというと、舞台上のキャラ俳優自身については分けたい、と思っていたので、あまり詳しく俳優さんについて知るのはちょっと…と思っていた部分もあった。

でも、フォロワーさんから「興味があるなら行っておいた方がいい」と後押しされたし、もう自分経験上、自分が好きそうだと思ったことは遠慮なく飛び込んでいった方が

人生が楽しくなる、とこの数年のオタクライフから学んでいたので緊張しながらチケットを取った。

いざ!当日!……ダメだ、場違い感がすごい。みんなお洒落……キャッキャしてる……帰りたい。100回くらいそう思いながら開場待ちをして席に座る。

でもイベントが始まると、意外にも楽しかったです。(1年間の活動の報告、絵本朗読とかビンゴ大会とかやった)

そして、1曲だけ、ミニライブも行われた。彼はグループ歌手活動もしている人だった。ステージにその人が上がり、スポットライトが当たった瞬間、彼がキラキラ輝いて見えた。

この人は舞台が、スポットライトが似合う人だな……と思ったら、格好良すぎて何だか涙が出てきた。ファン期間が短すぎて歌っていた曲のことが分からなかったけど、素敵な歌声だと思った。

そして「この人のこと応援したい」「輝いている姿をもっと見たい」という感情が出てきた。

そのあとの写真撮影会で「刀剣乱舞舞台見て来てくれた人みたいです!」と隣の席でお話した方がわざわざ伝えてくださり(その節は大変ありがとうございました感謝してます!!)

「どうだった?」と直接聞かれた。やばい俳優さんに直接舞台のこと聞かれるってやばくない?やばい

私は本当にパニック状態になったので「最高でした!!演じてくださってありがとうございます!!」と半泣きで言うのが精一杯でした……。でも私は、その舞台が本当に最高だと思ったし、

俳優さんの演技も素晴らしいと思ったので、直接お礼が出来てよかった、行けて良かったと思った。

今まで3次元人間にハマったことが無かったから分からなかったけど、「この人を応援したい」と思う気持ちが初めて分かった。

その人が好きなことをして、この世界楽しいと思ってくれると私も嬉しい。そんな感じです。

(その人は別の舞台で、『演劇が好き、舞台楽しい』と仰っていて、演じる姿を見てファンになった私としては、推し俳優さんがそんな風に言ってくれるのが本当に幸せだと感じてます)

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○「私の味方がここにいる」

私は大学4年で審神者になり、その後、無事就職して社会人になりました。

ただ、業務内容が辛くて、10回くらい「ここで死ねたら楽だなー」とか思ってた時期があって、別に本気で死にたいわけじゃないけど、でも当時のツイッター見てたら相当病んでて、うん。みたいなやつ。

でも仕事で怒られても本丸に帰れば「主」として皆から声を掛けてもらえる。私の刀剣男士たちは何があっても私のことを見限ったりしない、という安心感がある。

初期刀の山姥切国広も、何があっても私の側にいてくれるんだろうな、という信頼感がある。これはたぶん審神者になった日からずっと、本丸に戻って、みんなの声を聞いて、

一緒に大阪城を掘ったり、楽器を集めたり修行に行く人を見送ったり、出迎えたり、色んな思い出を作ってきたからだと思う。

オケ福岡に行ってきたんですけど、「私の本丸」の思い出が流れてきて、声を上げて泣き出さないようにするのに必死だった。

クリックゲーだから脳死周回しかすることが無い、と思っていたけど、思い出作れてるんだなぁ、と思って泣いてしまった。

ありがとう刀剣乱舞

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刀剣乱舞出会わなかった世界も決して不幸だったとは思っていない。(この様子だと出会わなかった世界があったのか不明だけど)

なんだかんだ言いつつ、ほどほどに仕事をして、読書を楽しみ、友達仕事愚痴を言いながらおいしいご飯を食べて、そんな生活だって全然悪くない。

審神者業にかまけていないで、もうちょっと就職について真剣に考えていれば良かった、とかツイッターばっかしてないで仕事関連の勉強もっとやればよかった、とか後悔していることも沢山ある。

楽しいことも多いけど、後悔も多い人生送ってるな、と苦笑いすることもある。

それでも、私は刀剣乱舞という存在出会えて良かったと思う。このゲーム出会たことに関しては何一つ後悔が無い。

刀剣乱舞出会わなかったら、もしかしたら「この人を応援したい」という気持ちは一生分からなかったかもしれない。美術館博物館を気軽に行こう、と思えなかったかもしれない。

旅行趣味になってなかったかもしれない。もしかしたら、私の人生は私の住んでいるところ、知覚できる範囲だけに留まっていたのかもしれない。

そんな人生幸せだと思う。自分身の回り世界を大切にする、それはそれですごいことだと思う。

でも私は人生が広がる楽しみを知ってしまった。刀剣乱舞を通じて、色んな人と出会って、色んな世界があることを知った。自分の知らない世界を知るのが楽しい

そして、自分の知らない世界のことを想像して尊重することは、今後色んな場面で必要になってくると思う。

からもう以前の私に戻ることはできない。

沢山の後悔もあるし、もしかしたらまた「死にたい」って思うような絶望的な出来事もあるかもしれない。それでも私は、私の刀剣男士たちと一緒にこの世界で戦っていきたい。

きっとまだまだ、このジャンルで色んな世界を見せてもらえるだろうし、私も私の世界を広げていこうと思うし、広げることが出来ると思っている。

刀剣男士と出会えて良かった。刀剣乱舞出会えて良かった。

2018-04-20

会社飲み会大学サークル話題になり、俺はミステリ研究会所属だったので正直に言ったのだが、同僚に絡まれるようになった。

「本なんて金の無駄

「本読んでる俺カッケーしたいだけ。ただのカッコつけ。見栄はってる」

「本は洗脳装置

「読んでるフリをしてるだけで頭には何も入ってない。その証拠に1年前に読んだ本の内容、登場人物言えないだろ?実になってない」

読書するやつは他人の考えを盗んでるだけ。自分でなにも考えられないから読む」

宗教臭い

ミス研の何がそんなに気に障ったのか知らんが絡む絡む。

カッコつけもなにもミステリなんて娯楽だし、娯楽に金出すのは個々の勝手だ。

洗脳宗教って、特捜部Qや森博嗣のS&Mシリーズで何に洗脳されるのかと。

1年前に読んだ本の内容くらい言えるわ。登場人物の名はあやしいが。

漫研だった」「映研だった」と答えていたらこれほど絡まれなかったんだろうか?

娯楽としては漫画漫画と変わらんと思うんだがな。

2018-03-21

オタク向けゲームアプリ企画スタッフ求人オタクが応募してこない

タイトルの通り、応募してくる人がびっくりするほどオタクじゃない。いや、こんな会社に応募して来るぐらいだから少なからオタクなんだろうけれど、言いたいことはそういうことじゃない。

履歴書には「アニメが好きで」「ゲームが好きで」「むかし創作活動をしていて」と色々書いてあるが、「最近読んだ漫画はなんですか?」「最近観たアニメはなんですか?」「プレイしてるゲームはありますか?」「最近聴いたCDありますか?」って訊くと申し合わせたようにモゴモゴしながら「就活で忙しくて」と去年や一昨年放送アニメをかろうじて絞り出して来る。

時間お金ラノベ全振りしてるとか、AT-X再放送観てどハマりしてるとか、去年放送アニメ円盤毎日マラソンしてるタイプかな?って思ったけどそういう情熱想定外に振り切ったオタクとかそういうわけでもなかった。

創作活動をしてたと言っていた人も同人誌を作っていたとかではなく、高校時代漫研漫画描いてたどまり

フタ桁人数の面接して未だに今クールアニメタイトルが出て来ないとかウッソだろお前。まだポプテピピックすら出てこない。弊社は毎週月曜日にはポプテピピック話題で盛り上がるアットホーム職場ですよ!

忙しいかオタク活動できてない。分かるよ、本当に疲れると帰宅して寝て起きて仕事行くぐらいしかできないよね。

でもオタク仕事にしてる人って、忙しいを理由コンテンツ摂取を怠る人には向いてないんだ。

だって、太客のオタクは「今のコンテンツで遊んでる」人間から

コンテンツに金を使ってくれるオタクが今何に夢中かを把握した上で次に何が来そうか、何に興味を持ってくれるかを考えて先回りしなきゃいけないわけで。

健康番組特定食べ物が紹介されたらスーパーがめちゃくちゃ入荷するみたいな、その業界で働く上で当たり前のアンテナの張り方だと思うし、「未経験可」は「過去仕事したことなくてもいいど、経験代替できる知識持って来いよ」の言い換えなんだけど、応募者はそれに気付いていない。

水道水ガブ飲みしながらガチャせとか睡眠時間削ってアニメ実況しろとか、興味もない漫画積ん読しろとか、そういうことは言わない。極論、売れ線が読めるのならオタクじゃなくてもこの仕事はやっていけるだろう。でも大体この仕事をできているのは、息を吸うようにアニメを観たりゲームをしたり漫画を読んだりしてる上で好きなコンテンツの新作をチェックしてるオタクじゃないかと思う。

ただ、漠然と「アニメゲーム漫画が好きだから」という気持ちだけで入社しようと考えないで欲しい。まず弾かれるし、運良く入れても、自分の引き出しの無さが壁になる。

エンターテイメントを作って売るクリエイティブ仕事に就こうと考える前にもう一度、自分オタクか考えて欲しい。

2018-03-02

13歳のときに描いた漫画勇気をだして読み返してみた

20ちょっと漫画を描いてご飯を食べています

wikiにはデビューは9×年とありますが、実際はその前に漫画雑誌に載ったことがある。

自分が13歳のときです。

13歳のときに描いて某少年誌に送った漫画が何故だか賞にはいり、全ページ掲載されたのです。

この作品については検索しても出てこない。あまりに大昔のことすぎて。

絵もとにかくどヘタで、自分のなかでも黒歴史化してるので、とっくの昔に掲載誌も捨てた。

原稿だけはどこかに保管してあるけど、目に触れないような奥底にしまってある。

でもネタとして、時々自分ブログ漫画でチラチラ遠まわしに「中学生の頃に雑誌にどヘタな漫画が載った」ということを書いたりしていた。

そうしたらあるときは長年のファンの人が、その少ない情報を元に、見事にその掲載誌古本で見つけ出し、あるときイベントでそれをコピー製本したものを持ってきてくれたのです。

めちゃくちゃびっくりした…。よくわかったなと感動しました。

それはそれととして、何十年ぶりかに自分黒歴史と再開を果たしてしまった。

しかし、時間が多少脳内でそれを美化していたところもあり、これも自分も出発点だしな…と思いそれを読み返してみた。

自分の思っていた以上にひどかった!

お話小学校漫研舞台。そこに転校生がやってきて入部したいと言い出す。彼が持参した原稿を見るとメッチャ上手くて他の部員はびびりまくる。

それでも普通に彼を歓迎する部員たち。

ちなみに主人公はその漫研部長女の子です。

で、漫研といっても、そいつらの活動本屋に行って店員の目を盗みながら立ち読みしたり、河原遊んだりしてるだけなんです。

まりこいつらは別に漫画家を目指して切磋琢磨してるわけでなく、ただの漫画好きの小学生ってだけなんですよね…。

そしてひょんなことから転校生父親漫画家であることがわかる。しか松本零士名前杉本に変えてるけど!

そこで初めて自分たち転校生の圧倒的な差異気づき(原稿見た時点で気づけ)転校生によそよそしくなる。

それを部長である主人公がとりなし、最終的には和解するって話なんですけど、これ漫研舞台にしてるだけの小学生同士のいざこざの話なんですよね…。

和解方法も学級会みたいだったし…。

13歳の私の世界はそこが限界だったんです。

10代の頃の私は何故か漫画を描くとき主人公自分より2歳年下にする」というわけのわからないルールを制定していました。

年代や年上を描くより、多少に俯瞰できるぶん客観的に描けると思っていた気がする。

実際は客観性なんてゼロでしたが。

それはともかく。

おめーよー!と読みながらツッコミが止まらないマイ処女作でしたが(スケットダンス早乙女ロマンの描いた漫画ツッコミを入れるヒメコの気分を味わえました)これは13歳の自分しか描けないなあ…としみじみ思った。

いまの自分が描くならまず設定を小学生にしない…。

最低でも中学生にすると思う。

漫研舞台にした傑作に「ヨイコのミライ!」があります主人公たちは高校生で、創作の苦悩より自己愛や、承認欲求所属欲求が勝ってしまう年頃特有のこじれ感が見事に描かれています

これがもっとキャラ大人になれば創作の苦悩のほうに重点が置かれますし、つまり小学生にはそのどっちもないんですよね。

だらまあ本当に私の描いたその漫画は、テーマ選びから躓いてる感があるんだけど。

でも、描いた本人の贔屓目かもしれないけど…あまりにも13歳が丸出しになってるその作品が、黒歴史から一周してなんだか愛しい気持ちになったような…気もする。

13歳の私の漫画は、もう二度と描かれることはない。13歳の私はいないんだから

いまの私にしか描けない漫画もあるし、それもまた先々には変化していくんだろう。

作品というのは自分なんだなということを改めて認識しました。(とってつけたようなシメ)

2018-02-20

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20180220/k10011335681000.html

何故はてなーの多くは文化部という発想がないんだろうか

(いや突っ込んでるブコメも沢山あるけど)

文化部だと割と遊んでるだけって所も多いか

漫研の友人とかは普段漫画読むか同人やってるだけで年一の文化祭オリジナル漫画出すだけが活動だったなあ)

そういう部の子が、これからは外部で専門講師雇ってガチでやります、とか言われても困ると思うんだけど

2017-11-07

にわかオタク部員がウザい

高校漫画研究部っていう何か漫画描いたり好きなアニメ漫画の話したりする部活所属してるんだが、今年入った後輩の1人(女子)が明らかににわか丸出しでウザい。

まあ、にわかなのはかにハマったばかりなら誰しも経験あることだし悪いことじゃないと思う。でも、あたかも詳しいみたいにドヤ顔知ったかぶりする奴が無理。さらにそのいかにも適当にググって付け焼き刃しましたみたいな程度の知識で話に割って入ってきて、その場の話題に噛み合ってないまったく見当外れな発言をするから疲れる。ついていけないならそこまで詳しくないかわからんって言えば済む話なのに知ったかぶりして私マニアなんですアピールをするのがクッソウザい。いちいち声がでかいのもウザい。ネット矢口真里コピペがあるけど、まさにあんな感じの奴。一応漫研から、これでも絵が上手ければ文化祭の部誌に載せるとか何かしら意味はあるんだが、私絵とか絵心ないしかけないです〜とか抜かしてるしガチでお前なんでこの部活入ったん???

にわかの程度も、一度や二度ぐらいならまだ許すがどんな話題が出てもそうやって入ってくるし、常に自分話題の中心になろうと必死で3年の先輩が喋ってるのを遮ってまで話そうとしたり全然空気読まんし、そのくせどれ1つとしてああこの子はこれが好きなんだなってわかるぐらい深い内容喋ってた試しがないかあいつ本当はオタクでもなんでもなくてただオタサーの姫みたいにちやほやされたりかまわれたくてうちに入ったんじゃねって部員みんなに陰で言われてる。バカから気付いてないっぽいけどな。

一回それ本当は好きじゃないよなとか咎めたらいけないのだろうか。同じ趣味の仲間と同じ話題を共有して楽しむために入った部活に何で全く関係ない奴が入ってきてそいつの為にイライラしないといけないんだっていう不快感…。集団無視か知らんくせに話入ってくんなウザいから辞めろって言うのが一番早いけど、これっていじめになるんかな。こないだそいつ抜きのLINE相談して、今後はそいつが話しだしたら話題そいつにはわからないようなものに切り替えてわざと話についていけなくするとかして少しずつ居場所をなくしてこうってことになったんだが、それでも話に混ざってなんかアピールしようとする。頭おかしいんじゃねえのか。あと話の内容も私は…ほら私って…みたいに最終的に全部自分語りに繋げるのマジで死ねよって思う。お前の話とかどうでもいいわ。ていうかまず、そいつのために話題制限されなければいけない時点でもうムカつく。俺らだって旬のアニメとかのメジャー話題でも話したい事たくさんあるのに。マジで邪魔自由がない。面倒臭い自分語りしながら部誌のホチキス留めだけやるってお前どう考えてもこの部活にいらないだろ。早く辞めればいいのに。

2017-08-21

同人活動世界と繋がる唯一の方法だった話

もうすぐ30になる。

子供の頃から本や漫画が好きで、気がついたら中学高校では友達と絵を描き合って楽しんでた。

田舎高校生だったかコミケへの憧れが異常に強くて、大学秋葉原コミケに近い都内を選んだ。

大学でいわゆる漫研のようなサークルに入り、同人活動を始めた。

そこからはずっと同人活動が全てで。

友達は少なく、知人は全てイベント経由の人、恋人同人関係の知人から

イベントで本を出すために仕事をして。

自分表現できる場所同人誌の中だけだと、本当にタイトル通り、自分が周囲と繋がるには同人活動しかないと思っていた。

部数や数字で見えるものに悩んだり焦ったりしても、自分にはこれしかいからと続けてきた。

でも、最近地元に戻り、地域内でオタク以外の活動をするようになって、同人から足が遠のき始めた。

同人やってなくても、私が絵を描けなくても、飲みに誘ってくれる知人がいる。遊びに行く友達がいる。

Twitterも辞め、Pixivも辞めた。

未練も全くなく、今は好きなゲームや本を、他の趣味の傍ら楽しんでいる。

二次創作一次創作もしていないけど、何も作り出していないことに焦りは無い。

あんなに同人活動固執していたのはなんだったんだろう。

承認欲求を満たす方法分散しただけ、それだけなんだろうか。

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