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2019-03-23

彼氏誕生日台無しになった件

今日、二人で休みをとって

高速バスで片道二時間

お揃いのスニーカーを履いて

石段街をぐるっと歩いて、

露天風呂つきの広いお部屋で

最高の贅沢をする。

はずだった。

今、私は狭い家で

ポテトチップスを食べている。

描いていた旅行は中止。

『ご予約のお部屋がとれておらず…』

電話が入ったのは、昨日だった。

伊香保にある有名な旅館

まさかそんなことが起こるとは。

私たちが予約した部屋に

別の予約が被っており、

部屋を変えてほしいと懇願される。

露天風呂のない、眺望の良い部屋は

明らかにグレードダウンだ。

頭が真っ白になった。

もう、予約は明日に迫っている。

考えたい、と電話を切って仕事に戻る。

正直、考えられもしないのに。

被っている部屋で、どうして

私たちが諦めなければいけないのか。

若いからって馬鹿にしている。

誕生日なのに申し訳ないと言いながら、

特段サービス提示するわけでもない

旅館担当者

そんな宿に行きたいわけないだろ。

誕生日一年に一回なんだぞ。

怒りがふつふつと沸いてきて、

キャンセルしようと電話をかけた。

怒鳴り散らしたい気持ちだが、

その気力すらなくなっていた。

ただただ、涙。

『同行者に相談するので、

また明日電話しますので』

謝る声は電話から聞こえてくるが

その気持ちは、伝わってこない。

日が越えて、彼氏から電話があった。

気にしないで、と言うけれど

そんなこと言わせてしまう状況に

涙が止まらない。

どこにいくかも伏せていて、

完全サプライズの予定だった。

結局、彼は旅行の全貌を知らないまま

無駄になった連休を過ごしている。

代わりの場所も直前すぎて

どこも空いていない。

行く気力も、正直もうない。

なんでこうなったんだろう。

『次回ご予約の際は

最大限の努力をさせていただきますので』

あなたたちの最大限の努力

私は二度と、信じはしない。

いつもと変わらない土曜の12時。

高速バスチケット

ただの紙切れになった。

ヤケクソでプロ「年下のお姉さん」に責められて絶叫絶頂しちゃった件

都内某所のラブホで僕は一人ソファー腰掛けて頭を抱えていた。とても不甲斐ない気持ちだった。たか風俗遊びと自分に言い聞かせても、昨日のデリヘルでのプレイの後悔が拭い去れなかった。お相手いただいたお姉さんは否がない。いつもと違ったプレイがしたかったのに、気づいたら僕の描いていたシナリオと全く違う結末になっていた。そこに些細な仕事での失敗感も重なって、自分に対する情けなさと憤りを感じていた。

悲劇出張で始まった

ことの発端は数日前の地方出張なのです。ビジホの机で仕事をしていたら、コンクリ壁の向こうからゴンゴン音がする。ずいぶん荒っぽい荷物の扱いだなと思っていたら、どうやら甲高い声がする。子猫の鳴き声、赤子のギャン泣き…違ぇ、これは喘ぎ声だと気づく。ああ、こっちはせっかく気持ちよく仕事を終えて寝ようと思ってたのに、デリヘル呼んで大声聞かせやがってふざけんなよ。

いざデリヘル

翌日帰京後、僕はためらうことなデリヘルを呼んでラブホへと向かった。普段は予定が合わないランキング上位嬢の出勤予定と僕の予定が一致していたので、今回はこのお姉さんにしようと決め込んで予約した。これが間違えの始まりだったとあとで気づくことになる。嬢はオタサーの姫っぽい服を着てやってきた。年はずいぶんお若いようにみえた。見た目はこけしっぽいかわいさだけど巨乳むっちりで、アヒル口風のキメ顔が最高にキマってた。僕こういうの、すき。なるほどランキング上位になるわけだなと納得。抱きつくとシャンプーや衣類洗剤の香りじゃなく、人間匂いがした。こけし嬢は中川翔子っぽい喋り方で勢い良く喋ってくれたので、プレイは順調に進むと思っていた。ただ、腹の肉が邪魔してオプションコスプレ衣装ボタンが半分しかまらなかったので、僕の衣装選びセンスの無さに心の中で泣いた。なぜだろう、僕はこけし嬢に遠慮していた。なんだか、言葉に表しにくかったのだが、こけし嬢は急いでいるように感じた。

僕はあの日壁越しに聞いた悶絶デリヘルみたいに、こけし姉さんにも盛大な喘ぎ声を出してほしかった。プロからその程度のリクエストに答えるのは容易いだろうと思っていた。しかし、それは裏切られた。

「どうしてほしい?」

と、こけし嬢は問いかけた。僕は緊張していたので

「お姉さんの喘ぎ声いっぱい聞きたいです。あと、僕を責めてほしいです♡」

って言っちゃったんだ。うん、一行で意味不明な即堕ちしてるね。こけし嬢は「うん、わかったー!」と二つ返事で仕事を始めてくれた。お口でしてくれたり、手でゴシゴシしてくれた。そうしたら、早く射精しなきゃいけないという気がしてきた。だから、すぐに、射精した。お姉さんにアンアン叫んでもらうはずが、僕が叫びながら射精してしまったのだ。そうしたら、時間全然余ってた。適当に話して時間になってさよならした。全然楽しくなかった。60分コースだった気がするけど50分ちょいしか経っていなかった。

反省反省、ただ反省

こけし嬢の去ったラブホで一人、無駄に大画面なテレビワイドショーを見ながら悩んだ。この不満感はなんだ。性欲発散するために来たのに、来るときより帰るときのほうがフラストレーションが溜まってるじゃねえかと。冒頭の記述は何が悪かったのかと悩んでいる無様な様子だ。

こういうときサンクコストを切れるヒトは強い。「次行こ、次」といって立ち直れるヒトはすごい。僕はそうじゃなかったので、そこで出した結論は「次の日ソープへ行き再挑戦する」だった。ソープにしたのは、なんとなくやさしいお姉さんが多そうな気がしたからというだけである

もう一度、チャンスをください

もう、ヤケクソだ。ランキングも当てにならぬ。次は誰にお相手願おうか、もうあれこれと悩むを止めた。条件は、なるべく年齢高めでお姉さん以上オバサン未満で懐の広そうなお姉さんを選びたい。若い、未経験、初々しい、ドM、そういう店長コメントのついたお姉さんはまず論外。美形で敏感とかランカーとかそういうのも、だめだ。バッサバッサと切り捨てた先に残ったお姉さんは、どれもパッとしない。写メ日記を見ながらマメそうなお姉さんを選んだ。

さあ、期待値からソープを始めよう

翌日になった。もう、ドキドキしないでお姉さんにご対面だ。コスプレオプションで頼んだセーラー服がはち切れんばかり…いや、はちキレていた。

「この制服小さくて前が閉まらないんだぁ」

申し訳なさそうに語る顔はケバい小野早稀で、体は乳40%OFFの青木りんであった。お乳は水風船みたいに乳首ちょっと外向きで大変素晴らしい駄肉でございました。年齢は20代で僕より少し若い。ちなみに小野早稀青木りんもすきだけど、混ぜたらあんこパスタみたいになってしまってる。声はちょっとかすれてて、苦労してそうだなあと要らぬ想像をしてしまった。

責めるのです。そう、前からそして後ろから

まず、深呼吸して僕はこれまでの事情小野お姉さんに10分くらいかけて話した。一度失敗してるから、落ち着いてしっかりと伝えた。小野お姉さんは失敗談を笑ってくれたので、少し救われた。

はい、わかりました、大丈夫だよぉ」

と言ってくれて、プレイを始めてくれた。

それで、小野お姉さんは「ここ触ってぇ」といいながら仰向けになって秘所を触らせてくれた。制服スカートくぱぁしているアソコを見ていたら興奮してきた。

ここで挿れたらうまく行きそうな気がしたので、初めて正常位をやってみた。挿入するときには小野お姉さんが

「もうちょっと上、あっ、そこだよぉ」

って言うやつをやってくれて、それがすごくエロかった。でも挿れてもそんなに気持ちよくない。腰を振っても振っても進んでいる気がしない。ふと脳裏に「糠に釘」という諺が思い浮かんで、これってエロ比喩なのかなんて思い笑いそうになった。ところで正常位ってどんな女の子でも絶対ブスに見えるのはなんでなんだ。現実世界バグ修正してほしい。正常位しながらキスしてみたら、お腹がつっかえてやり辛い事に気づいた。僕はBMI28なので、やせなきゃなあと思うのであった。そして、小野お姉さんは申し訳程度に

「あ〜! 逝っちゃう〜」

というのをやってくれた。なんだろな、これを求めてたはずなのにあんま嬉しくないな。

なんとなく正常位は身体の収まりが悪い気がして、後背位に変えてみた。後ろを向くと大きなお尻と美髪が拝めて興奮が高まった。そうか、バックもありだなあと思った。お尻を掴みながら腰を振る。もうエアーズロックにでも抱きついてる気分だ。小野お姉さんの重量感を感じて、興奮した。そうこうしているうちに、射精感が高まってきて射精できた。その間もお姉さんはアンアンやってくれた。なんだろう、素人声優のボイスドラマを聞いているような気分…こっちが恥ずかしかった。とにかく、ノルマクリアで爽快な気分だった。

幕間: 年下の姉症候群

プレイが一段落すると、雑談があった。他愛のない話が続くなかでなぜか、(エッチで血の繋がっていない年下の)姉を僕は欲しかったんだよねっていう話なった。

「お姉さん、この時間だけ、僕のお姉ちゃんになってよ」

提案すると、小野お姉さん快諾してくれた。だから、2回戦は小野お姉さん改め小野お姉ちゃんが上になって騎乗位で僕を攻めてくれた。

これは僕が求めていたこ

小野お姉ちゃんは責められたい男のツボを心得ていてロールプレイがノリノリでほんとすごかった。挿入する前に、僕に跨ってエッチな表情をしながら

姉弟でこういうことしちゃいけないんだよぉ」

って焦らしてくる。乳首舐めたりキスしたりして、もう僕は我慢できずに

お姉ちゃん、僕もう我慢できない。お願い、エッチしたいよぉ♡」

懇願した。僕の気持ちは極限まで高まった。これこれ、これを求めてたんだ。小野お姉ちゃんはさきっちょだけ挿れて、もうここまでだよって焦らされたりしてくれた。僕の心は隅々まで満たされた気分だった。焦らしに焦らして、挿れてくれた。やっぱり騎乗位でプロに動いてもらったほうがきもちい。小野お姉ちゃん

姉弟からエッチ気持ちよくなっちゃダメだよぉ」

って耳元で囁いてトドメを指した。バックのときより随分早く気持ちよくなれた。

「あ〜イクイクだめだめ、あ〜! おぉああああ!!!

本気で絶叫した、僕が。逝っても許してくれずしばらく腰を振って僕を責めつづけた。まるで犯されている気分だったので、ほんとに心が満たされた。

絞り尽くされて、プレイは終わった。あとに残ったものは、筆舌に表し難い満足感。すごい、求めていた以上のものを与えられた。ソープから帰ってきてあまりに満足感が得られて嬉しくて誰かに伝えたかったのでこれを書いている。

教訓:まとめにかえて

さて、今回の風俗遊びから得られた教訓を忘れないように書いておく



今回のプレイを振り返ってみて気づいた。弟くんがお姉さんを責めようとするもうまく行かず、反転攻勢で弟くんがガッツリ責められちゃうやつじゃないですかー! これ大好きなやつだった。

最後にはエッチアドバイスまでくれて小野お姉さんいい人だった。ありがとう

2019-03-22

anond:20190322150704

仰る通りだと思う。泣かない、怒らない、懇願しない、略して「なおこ」を流行らせたい。

あと女側の前戯が足りない。水商売みたいとかまだ偏見があるんだろうか。

anond:20190322123936

あと、男は常にやりたがっていて、やりたがらない=愛してないみたいな決めつけは間違いだし良くないよ。

衝動の始まりデリケートなもんで、繁殖させたい動物同士だってなかなか後尾に至らなかったりする。

相性といえばそれでおわりかもしれないけど、

知識で補える部分もあるとおもう。知っていれば防げる衝突だってあるでしょ。

性欲のピーク次期は男女で違うし、性的興奮はあくま生理現象なのだから相手を責めちゃダメだよ。

性的興奮がない状態では、ベタベタするのはとでも不快だし、粘液等を素手で触れるのだって普段不快ものでしょう。

トリガーが入って、興奮した状態になると、それが一変して、やりたい状態へとなるわけだから

とにかく、スイッチをどう入れるか、性的興奮の阻害要因を作っていないかを考えたほうがいい。

眠たいときとか、疲れているときだってスイッチは入りにくいけど、

視覚接触刺激によって性衝動が走るかもしれない。

翌日休日で、夜もまだ遅くない時間で、楽しくリラックスできる環境で、軽く食事お酒を飲むのも良し、

すこしだけ色っぽい格好したり、まぁ工夫してスイッチの入れかたを探るしか無いでしょう。

泣いたり怒ったり懇願するなんてもっての外だと思うよ。

anond:20190321231435

懇願とかされちゃうとする気なくなるな。

衝動作動する前にそれを阻害するような態度をとられると

とてもじゃないけど出来ないよ。

なんでしてくれないの?とか責められながら勃つわけがないよ。

楽しくにこやかな空気の中でさりげない性的な刺激で興奮状態にさせないとね。

ああ、なんかまた誘われてるけど、まだ興奮状態になってないから面倒だな。。。でも断ったらまた責められるんだろうな。。。ああ、嫌だな。。。もうむり。。。

ってなったらもう出来るわけ無い。

もう誘われる段階で嫌な空気になるパターンが身にしみてるんでしょ。


生理現象であるのに相手がその気にならないことを責めちゃったりしたんじゃないの。

自分のことを相手していないのかとかいい出すのって最悪だよね。

働いたり責任をおってしていることまで、否定された気分になってしまう。

にやにやイタズラ半分でくすぐったくない範囲で触ったりして興奮状態にさえしてくれればいいのにね。

その前に、不満をぶつけられたら余計にそんな気になんてなるわけ無いでしょ。

2019-03-21

追記ありセックスしたくないのはもうわかったか

※文末に追記しました。

ここのところセックスレス話題が人気だけど、私も何を隠そうセックスレスで悩んでいたことのある1人。

もちろん、悩むのはいつも拒否される側。

女性としての魅力がないの?私の体に飽きたの?もしかしてアソコが臭い?それとも口が臭い?体がたるんだから?年取ったからら?他に好きな人できたの?言えない性癖があるの?疲れてるってほんと?週末するってほんと?

どうして?ねぇどうして?

どうして、こんなに見苦しく懇願してもしてくれないの?

もう絞りすぎてカスのようになった勇気死ぬ気で振り絞って聞いてみても

「そんなことないよ」

って言葉しか返ってこない。

「私のこともう好きじゃないの?」

「そんなことないよ」

わたしはこの言葉地獄のようだと思っていた。毎日毎晩刃物で体をえぐられて、ちょっと大げさだけどそれくらい辛くて、それなのにパートナーは好きだよ大事に思ってるよってキスをしたりする。

おやすみキスをする人に何年も刺され続ける気持ちあなたにはわかるだろうか。

いっそ、刺すならばちゃん悪者として刺してほしい。

好きだよ、と言ってすぐに寝息を立てるパートナー。そのすぐ横で私は傷をえぐられて血まみれになって眠れぬ夜を過ごす。

これは地獄以外のなにものでもない。

どこにも行けないし、どうにもできなかった。キスをされて頭を撫でられて、その度に醜く期待して裏切られて。

ただただ血のような涙を流し続けるしかなかった。

どうか、どうかセックス拒否する人へ。

週末になったら、とか仕事が暇になったら、とか、お腹痛いとか眠いとか、もうそんな理由真実じゃないことはあなたパートナーは気がついているはず。

臭いとかブサイクからとか、下手だとか貧乳とか浮気してるでも風俗にハマってるでもなんでもいい。あーそっか、それなら仕方ないかと思える理由をあげてほしい。

それであなたから解放される決心ができる人もいると思うから

大好きだよ、大事に思ってるよ。僕たち仲良しだよね。何も不満はないよ。でもセックスはしない。

好きなのにどうして傷つけるの?どうしてどうしてどうしてどうして。

この地獄のような日々から抜け出すのに私は10年かかった。抜け出した今もふと、どうしては蘇る。

からどうか。

どうかほんの少しでも大事だと思うのなら解放してあげてほしい。

心を許したパートナー毎日何事もなかったような顔で私を少しずつ殺していく。これ以上の地獄を私は知らない。

※※※※ここから追記したよ!※※※※※

なんかすごい反応で驚いてます

そしていろんな意見があって面白いなぁって興味深く全部読んでます

どれも真実なんだろうなぁと思うと結構刺さる。辛辣だったり優しかったり、貴重なご意見ありがとうございます

さらっと書きましたが、レスだったのはもう過去お話です。思い出しつつ書いてみましたが、いやー改めて読み返すと私もひどかったなと。

誰が悪いとかどっちのせいとかじゃなくて、どうすれば良いのか知りたかった。なんなら全部私のせいで全然いからこの状況から助けて欲しいって切に思ってました。(セックスセックス書くのもあれなので、)たとえば、なんでそんなリンゴばっかり欲しがるの?と言われようとも、私は彼がくれるリンゴしか食べたくなかったし、彼がくれるリンゴに憧れていました。リンゴ存在を忘れる方法があるならどんな方法でも知りたかった。

世界にはリンゴが溢れているように見えたけど、どんなに追い詰められてもそれを食べないことが夫婦なのかなとも思ってた。

彼の目には私は異常者に見えていたんだと思います。現に、そんなにしたいの?頭おかしいんじゃないの?って言われたこともあるしね。

私は異常だと言われても、彼がくれるリンゴを2人で食べたかった。もしも彼がリンゴを持っていないのなら、梨ならどう?とか、ブドウは?みかんなら?的な話ができる、そんな関係でいたかった。他の人にもらうリンゴでも、自分で作ったリンゴでもダメな気がしていました。

それがきちんと彼に伝えられてたのか、伝わらなかったのか今となっては聞くすべもないのでわかりません。

2人で作ろうとしたものを2人で壊していった、みたいに時が経った今は感じてます。私も自分が満たされないことにとらわれて、彼がリンゴなんて食べたくないと感じている現実を認められずにいたのが何よりの証拠

あの文章読むと当時はたしかに私辛い辛い辛い辛いで被害者意識強すぎたけどね…

それもこれも全部ひっくるめて、相性だというのなら、私たちは違ったんだな、と思います

別れ際、彼は私に甘え過ぎていた、本当に申し訳ないと言っていました。チャンスがあれば全て自分努力するからどうか帰ってきて欲しい、とも。

悲しいことにその時はもう私自身が彼の持つリンゴを食べたいとは思えなくなっていて、何よりここまで来ないと努力しようと思えないアンド努力ってのもなんか違うんじゃないかと思ってしまってて。すれ違ってこじれて少しずつ確実に、10年間でこんなにグシャグシャにしてしまったんだなぁとぼんやり考えてたことを懐かしく思い出したりします。

「そんなことないよ」

その彼の優しい一言が、私にとってはどんな罵倒よりも辛かった。心が向き合えていないことを痛感してました。でもそれが彼の精一杯の優しさだったのかな。どこへ行くにも一緒で、家族として大事に思っててくれることもわかっていたから、私は彼が好きだったし、どこにも行けずに10年間リンゴを諦めきれずにいたのだと思います

…ということを書こうと思ってなんとなく書いてたのがコレです。

夫婦って難しいね。男女って難しいな。

今でも時々、ほんとうにどうしようもなかった?2人で生きていく方法はなかった?別れが最善の選択だった?本当に本当に?と考える時があります。ずっと一緒にいるもんだと思ってたよ、と泣いた彼の泣き顔を、今でもたまに夢に見る。きっとそれもいつか忘れてしまう日が来るんだろうな。

多くの意見があるように、セックス=愛 ではないのかもしれない。

それでも私は、愛しい人の肌に触れることでしか感じられない何かがあるような気がしています

みんなありがとう!すべてのカップルに幸あれ!

2019-03-11

2019/03/11 ヤマカン怒りのブログ連

なげーよワロタ、消されるかもしれんからこっちでまとめてみるか

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WUG』はこうして壊れた:①Ordet破綻の経緯

2019/03/11 19:00

弁護士先生リリースにもある通り、この度破産に至りました。

その文章にもある通り、僕にとっては何から何まで、実に不可解で不愉快ものです。

これは「自己破産」ではなく、「他己破産」なのです。

実に不可解です。

債権者破産申し立てをすることは非常に稀なケースだと聞きました。

まぁ、何らかの「嫌がらせ」の要素が含まれているのでしょう。

私の今般の不可解な破産に至るまでの経緯を、誤解なきようご説明しようと思います

それには、今まで敢えて黙っていた、『Wake Up, Girls!』の制作で何が起こっていたのか、そしてどうして僕は監督を解任されたか、それに触れるしか、いや、精細にご説明する他ありません。

尚、伝聞による不確実な情報は極力排除していますが、僕の推測は付記しています。でないと登場人物が多すぎて、ややこしいのです。

ですから僕の主観がどうしても混ざりますしかし、でなければ理解しようのない事実なので、十分にご了承ください。

これに関しては多くの「極悪人」が登場しますので、本当にちょっとややこしいかも知れません。非常に長くなるので、数回に分けます

まず、『WUG最初シリーズまで戻ります。『七人のアイドル』と最初TVシリーズタツノコプロ元請け制作され、資金面不安はわれわれOrdetにはまったくありませんでした。

しかし、そのタツノコまさかの激変をします。

制作途中で日本テレビに買収に遭うのです。

んなアホな!と思いましたが、『WUG』旗振り役の一人だったT社長が、ここで社長解任となってしまます

T氏は何とか『WUG』だけは関わらせてほしいと懇願したそうですが、それもかないませんでした。

WUG』は制作から製作まで、結局発起人が誰も残りませんでした。それだけ呪われた作品だったのかも知れません。

こうして『WUG』の最初シリーズは大混乱のまま、それでも残ったスタッフ達の火事場の団結力によって、作り切ったのです。

しかし、ご存知の通りタツノコ激変の影響は作画に出ました。

(厳密にはタツノコではなくてグロス請けしたG社と後述するM社という二つの超絶ゴミ会社なのですが)

僕はTwitter上で「責任を持って直す」と宣言します。所謂パッケージリテイクです。

責任はむしろタツノコにあるはずなので費用負担をお願いしましたが、彼らは「リテイクは自分達の仕事ではない!」と言い切る始末。

そもそも経営母体が変わり、責任者がいなくなったので、交渉のしようがありません。

止む無くOrdet資金持ち出しでリテイク作業をすることになります

そのリテイク費用会社財政を急速に圧迫しました。Ordetは総勢10名足らずの小さな会社です。

これを埋め合わせるには、『WUG』の新作になるはやで手を出すしかない。

しかし、ここでまた変化が起こります

Ordetの「親会社」が、契約上傘下会社の全作品元請け会社制作管理会社)になるという決定でした。

これまたなんのこっちゃ?でしたが、要は予算の5%を管理費として抜きたかっただけのようです。

最終的に、この「親会社」のM氏が、最終的な「ラスボス」になる訳です。

それだけならまだいいのですが、重要なのは予算の決定権が「親会社」に移ってしまったということです。

委員会との予算折衝は、系列会社のL社の社長・S氏が行いました。

ひとり目の「極悪人」です。

え、彼がやるの?と思いましたが、こちらとしては会社破綻する前に予算が降りてほしい。だからこの決定に従いました。

で、案の定安かった。(もう書いちゃいますが、1億6000万円です)

なんでここで値段を吊り上げられなかったのか解りません。

しかしS氏はいくつもの作品でこっそり中抜きをして、バレて問題にもなっている男です。

恐らく『WUG』でもなんらかの工作が行われたのでしょう。

ここで僕には後悔、いや落ち度があります

無理して『WUG』の続編を作る必要はなかったのです。

「この予算じゃできない!」と突っぱね、現場を止め、最悪一時解散しても良かった。

それができなかったから大きな悲劇が生まれたのです。

経営者としてのミスです。

しかし、当時の僕は『WUG』への愛が勝ってしまった。

アイドルアニメは旬物だ、それをずるずる引き延ばす訳にはいかない、そんな強迫観念もありました。

それと、僕はそれ以上の大失策を犯します。

共同制作相手にM社を選んでしまったのです。

実は当初、「親会社」の傘下でS氏の経営するL社が制作担当するという案が出ていました。

僕もその前提で進めていた。

から予算交渉も彼がやったのです。

しかし、彼は直前で逃げた。

恐らくですが中抜きだけして、作るのは面倒そうだから逃げたのでしょう。

(因みにL社は『WUG』のTVシリーズを一本担当し、これも渋い出来でした)

僕とは確かに約束したはずなのですが、「タイミングが合えばやると言っただけだ」、とまぁ、狡猾な断り方をされました。

L社を当てにしていた僕は慌てました。

タツノコに頼むのはもちろん大混乱状態で無理です。

そして止む無く、M社のプロデューサーN氏に声をかけたのです。ふたり目の「極悪人」です。

N氏に対しては、『WUG』の制作から声をかけていました。

M社の設立を知って、そしてそこにはN氏の旦那のI氏も中核にいて、今は新人だらけだろうがやがてどんどん育てていく、という考え方にも共感し、手伝ってほしいと提案しました。

から最初の『七人のアイドルからM社は参加しています

しかし彼らがグロス請けした話数は、みんなが見て「?」となるものでした。

僕は発展途上の会社からしょうがない、と考えたのですが、何のことはない、あれが彼らの実力だったのです。

それはかの「新章」を観れば明らかです。

とにかくOrdetには「プロデューサー制作プロデューサー)」がいなかった。

僕は何人も誘いましたが、呼んでこれなかったのです。

それがOrdetの最大の弱点であり、致命傷でした。

まぁそんないきさつがありますから、僕にまったく非がない訳ではありません。

しかしここから、長い地獄が待っていました。

avexからのオーダーは「『七人のアイドル』的な劇場中編二本」というものでした。

僕らの制作能力考慮して、TV二期は当分無理だろうと判断したのです。

それと「まず作画を立て直すこと」、それを強く要求されました。

ここで三人目の極悪人avexプロデューサーのH氏が登場するのですが、まだ当時は抑えめで、好意的でした。

理屈も通っていた。

WUG』は七人の稼働も含め、長期計画で進められていました。

幸い七人のライブイベント稼働が波に乗り始め、プロジェクト全体の収益は上がりつつありました。

avex的には本人達の稼働でがっつり儲け、それをアニメに投下して確実に牌を増やす、という「永久機関」的戦略を立てていました。

(これはH氏本人の口から聞きました)

一方で僕は、アニメとしての『WUG』は6年を目途に終わらせる、あとは好きにやってくれ、という提案をしていました。

解散」まで描く、というのが最初から僕の大方針だったのです。

それはともかく、「第二期(続・劇場版)」は事実上60分×2本、気が付けば劇場作品並みのボリュームです。それを1億6000万で作れというのは、無茶です。

(因みに2016年に大ヒットした某作品は3億、同時に大ヒットした某作品は2億5000万で作られました。後から知るのですが……)

しかし当時の僕は、Ordet財政状態、そして『WUG』への愛が勝ってしまい。これを呑んだ。

こうして、事実上メインスタッフOrdetで、制作母体はM社で、予算的にはOrdetがM社を丸抱えする状態で、かつM社にはOrdetと同じ敷地内に入ってもらい(そのために敷地拡張しました)、『青春の影』の制作スタートしました。

しかし、制作能力作業量、更には地代家賃も含めて、スケジュール予算釣り合うものではありませんでした。

僕は演出作業効率を優先して、コンテ・演出処理を分担しました。

しかし、作画がどうにもならない。M社ではアニメーターが集まらないのです。

こちらも何とか分担しようと声掛けしましたが、「N氏の下ではやりたくない!」と言われたり、困り果てました(ガイナックス出身Kさんなど)。

でも課題なのは作画回復する」。

近岡さんはそれを重責と考え、レイアウトから修正をかける覚悟でいました。

事実M社のレイアウト原画の上がりはお世辞にも良くなく、TVシリーズでもこりゃ無理だ、という上がりでした。

僕らはそれを何とか直し切ろうと奮闘しました。

演出的には山崎雄太さん、『戦勇。からのお付き合いの有冨興二さん、そして久しぶりに帰ってきた京アニからの後輩・渡邊政治

このメンバーで乗り切ろうと考えました。

僕はその間に『Beyond the Bottom』のコンテを描き進めました。

しかし、作画がどうしても足りない。

加えて近岡さんの責任感がボトルネックとなり、カットの流れが遅くなっていきました。

ここでN氏はどうしたか?どうもしなかったのです。

OrdetスタッフOrdet管理してくれ」と、スケジュール交渉からから何もしなかったのです。

この人は典型的な「現代型」プロデューサーでした。コミュニケ―ションをあまり取らず、自分の言うことを聞く人間には偉そうにするが、実力派アニメーターとは何の会話もしない。できない。

困ったらスタッフ内緒海外にぶん投げて、適当に納品する。

ガイナックス時代からそうだったようです。うっすらとKさんら、ガイナックスOBから警告を受けていました。

しかし走り出した以上は何とかするしかない。僕は途中から社長プロデューサー兼任して、近岡さんと向き合い、カットを少しでも出すようお願いしました。

「このまま現場崩壊したら、僕らが護ってきた『WUG』も崩壊する!」と、二人で涙を流し、奮闘しました。

しかクリエイタースピードが急に2倍も3倍も上がるはずがない。

そうこうする内に、N氏の悪い癖、スタッフに黙って海外にぶん投げるという作業が始まってしまいました。

それを近岡さんが逐一直し、撒き直すという、今から思うと不毛作業が始まりました。

予算的にも無駄でした。

しかしN氏は近岡さんと一度も向き合うことなく、自分の「癖」を優先したのです。

そもそもこの人は、ガイナックス時代経験からクリエイター恐怖症だったのかも知れません。

そこで登場するのは、クリエイティブ上の最大の「極悪人」、I氏です。

N氏の旦那である彼が事実上M社の司令塔です。

恐らく海外へぶん投げたり、見当違いな、ハチャメチャな作り方をするのも、元は彼の判断でしょう。

(それは「新章」を観れば一目瞭然です)

それでも最初は友好的だったのです。皆さん覚えておいてください。「サイコパス」とは、最初は友好的で、弁が立ち、情に訴えかけるのが非常に上手いのです。

僕もそれで、油断しました。

しかし、そんなこんながありながら、『青春の影』は、多少公開時期はずれたものの、何とかクオリティ担保し、完成しました。

ホッと胸を撫でおろしたのもつかの間、この後最大の試練が待っていたのです。

制作予算が尽きたのです。(つづく)

WUG』はこうして壊れた:②Ordet破綻の経緯(中)

2019/03/11 19:05

青春の影』をなんとか作り終えた私達ですが、『Beyond the Bottom』は予算的にも、スケジュール的にもかなりの苦戦が予想されました。

その間に何を思ったのか、Ordet社内に間借りの状態だったM社が、突如Ordet敷地を出て、今のスタジオ移転してしまます

一見そんなに大きな問題ではないように見えるかも知れません。しかし「予算的には丸抱え」の約束なので、Ordetは出て行かれた敷地と彼らで勝手に移った敷地の、両方の地代家賃を支払うことになったのです。

ここから彼らの身勝手な、いやそれ以上に意味不明な行動が始まります

僕は追加予算を「親会社」に要請し、スケジュールの延長をavexに訴えます

でないとマトモなものができない、TV1期の二の舞だ、と。

親会社」はこの段階ではそれを飲み、最大6000万円の追加予算融資として工面してくれることになりました。

avexとも前向きな交渉を続けていました。

しかしそれに反旗を翻したのは、他ならぬM社です。

スケジュールが超過したら、自社の次の仕事に影響して、作業できなくなる!」というものでした。

しかし結果として、M社のその後の作品短編と、ほぼ3Dの作品の一部2Dパートのみで、作業量としては大したことはなかったのです)

これも後から周囲に言われるのですが、要はN氏・I氏は「自分の思い通りにならないと気が済まない」性格だったのです。

それを『青春の影』ではOrdetに善人のフリして合わせ、しか海外へぶん投げたもの勝手に直されたり、そのフラストレーションが蓄積されたのでしょう。

そこからの彼らのヒステリー尋常ものではありませんでした。

まずはコンテの修正要求してきました。

曰く、「七人の登場を減らせ」というものでした。

七人描くのは作業量的に大変だから、七人を映すな、というものです。

しかWUGは七人の物語なのだから、七人を映すしか映像文法上ありえません。無茶な要求でした。

その後「新章」ではっきりと明らかになりますが、彼らにとって大事なのは作業効率(=いかに楽できるか)であり、作品の内容や設定、クオリティは完全度外視だったのです。

僕は、噴き出しそうな怒りを必死に堪えて、カットのつながりがメチャクチャになるギリギリまで堪えて、カットを削りました。

それと、以下の某演出ブログに書かれた「僕の手元にカットが溜まった」事件

http://d.hatena.ne.jp/mitahiroshi/mobile?date=20170801

この輩、他の件でもネットメチャクチャに言われ、その都度良く解らない言い訳をしているので、まぁそういう奴だったのでしょう。

サボってるどころではない、僕は正月返上で『青春の影』のチェックをしながら『BtB』のコンテを進めていたので、いつ休んだかも憶えていません。

僕は演出スタッフは『青春の影』のままで、なんとかスピードを落とさぬようクオリティ担保して作業できるよう考えていました。

しかしM社が、というかI氏が突如要求してきました。

この演出陣のひとりで、近年僕の片腕的存在となっていた、有冨さんを降ろせというものでした。

有冨さんは『青春の影』で、M社の特に新人達の担当するパートを見なければならなくなり、上がりの状態も悪い中、新人教育意味も含めて、丁寧に指導してくれました。

それが、M社の作画を統括するI氏の逆鱗に触れたのです。

「俺の教え子に手を出すな!」ということだったのでしょう。

有冨さんはジブリ上がりの職人肌で、演出家としても大ベテランです。

間違ったことを言うはずもなかった。

一方で間違ったことばかり言うのはI氏の方でした。

ちょっと専門的な話になりますが、彼の下に付いていた新人演出君は、『青春の影』カッティングの際に全てのセリフカットから始め、編集さんを怒らせました。

「これ、なんでこうなってるの?」

「いや、Iさんにそうしろと言われたから……」

こりゃいかん、可哀想だと思って、僕は最低限の「常識」を、新人演出君に教えておきました。

あんまり彼の事信用するんじゃないよ」

これもI氏の逆鱗に触れたらしく、新人演出君は『BtBから一旦外れました。

ともあれ、Bパートのコンテが上がったにも関わらず、その演出担当するはずだった有冨さんに、仕事が行かなくなりました。

僕は大分抗議しましたが、なんせN氏・I氏のヒステリーです。聴き入れる訳もありません。

落胆した僕は、でもまだコンテ作業が残っている、せめて代わりの演出を立ててくれ、とM社に要求しました。

しかし、それから1か月以上、何の音沙汰もなかったのです。

完成したBパートのコンテ、200カット以上が、僕の机に眠った状態になったのです。

え、どうなってるの?と業を煮やした僕がM社に問い合わせると、

「とりあえず監督が持ってほしい」

というものでした。

は?と呆気に取られました。え、これ、俺のせい??

スケジュールがどうだ、間に合わないからどうだとかキーキャー言ってたのに、コンテ1か月眠らせて、俺に押し付けるの??

正直言ってここで独断でM社を斬り捨てるべきでした。

しかし思い出してください、制作管理は、「親会社」なのです。

融資を取り付けた状態で、「親会社」に訴えて、M社とは馬が合わないから、切り離してくれ、とは、なかなか言えなかった。

なぜか件の某演出家のブログでは「俺が全カット見る」ということになっていましたが、完全にN氏・I氏の嘘でしょう。

それはもう皆さん容易に想像がつくと思います

僕としてはどうしようもない、宙に浮いた200カットを持って、途方に暮れました。

そしてその間に、N氏・I氏による「乗っ取り計画が、着々と進んでいたのです。(つづく)

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全部繋げたら匿名ダイアリー勝手に切ってしまったので

つづきはこちら(結局意味がないやんけ!) → anond:20190311205531

脳神経外科詐病を疑われた件

数年前にある地方都市脳神経外科専門病院で起きた話です。直接見聞きしたわけではなく聞いた話ですが、概ね事実の通りです。

その病院は急性期脳卒中治療に関しては地域でも有数と言われています

患者脳梗塞で倒れ、その病院搬送され、重度の後遺症が残る可能性がある状況ではありましたが、命に別状はなく、家族は将来への不安をいだきつつも、ひとまずは安心していました。

しかし、時折、患者は激しい腹部痛を訴えることがありました。

CTによる検査を行いましたが、腹部に特別な異常は見られないため、主治医内科的な診察は不要と早々に判断を下しました。

説明主治医から直接ではなく、看護師を通してあったとのことです。

主治医はいつも不機嫌で、家族高齢女性)は怖くて直接話ができる状況になかったそうです。

それでも患者が腹部痛を訴える続けることから家族内科医の判断を仰ぎたいと何度も懇願しましたが、主治医自身は一度もその症状を目にしていないことから(まともに診察している様子がなかったそうです)、家族が頻繁に面会し甘やかしているのが原因で、詐病であると断定し、内科検査など必要はないの一点張りで、すれ違いの状況が続きました。

その後も家族は粘り強く話し合いの試みを続けましたが、主治医は時には家族に対して大声で怒鳴るようなこともあったため、信頼関係は崩れていきました。

病院長にも訴えましたが、病院長は自身の目から見ても特に異常は見られず、脳卒中失語症患者家族の前でのみそういう症状を訴えることはよくあると、暗に詐病であることを示唆されました。

脳梗塞発症によって感情コントロールできなくなるような症状があることは家族理解していましたが、患者本人は脳梗塞発症する前と変わらず性格は穏やかで、わがままを言うわけでもないため、詐病を訴える理由は見当たらず、家族病院関係悪化する一方で、最終的には患者を転院させる決断しました。

別の総合病院への転院後、まずは内科の精密検査が行われました。

精密検査の結果、内科的な異常は見られなかったそうですが、内科医がその説明している最中患者が腹痛を訴え始めましたそうです。

症状をしばらく観察していた内科医は、てんかんの症状かもしれないと話し、翌日、脳神経外科で精密検査が行われることになりました。

検査の結果は内科医の見立て通り、てんかんによる発作であることが判明しました。高齢の急性期脳卒中患者ではよくある症例との説明があったとのことです。

専門外の内科医による一回目の診察で分かることが専門医にわからないのはおかしい、患者家族真摯に向き合わないのに「患者にやさしい病院」という理念など何の意味もないと、当時、家族が怒り心頭となっていたことを思い出します。

先日、件の脳神経外科病院がよい取り組みをしているということで、NHKニュース番組で取り上げられていました。

番組で取り上げていた取り組み自体はよいことだと思いますし、取材を受けていた医師もこの話とは全くの無関係です。また、病院ホームページ確認すると当時の主治医はもう在籍していないようですが、モヤモヤした気持ちが晴れないので、こんな早朝(深夜?)にここで吐き出しておきます。(日中正気に戻って消しているかもしれません)

2019-03-04

同人女に関わらずメンヘラ距離無し女面倒だよね

自分同人女なのも手伝ってか人と趣味を一緒にしたい女が寄ってくる。

毎日毎日通話希望それから時間、夕飯お風呂挟んでそれから時間通話希望

いつもお前のジャポニカ学習帳日記の話を延々されて返事をしないと私の事嫌いなの!?!?と言い始める。

鬱の薬もらってるならもっと飲め。生理なら今はメンタル不安定だと自覚して3日は我慢しろよ。

今日は無理、という断りを2日続けてたら私の事嫌いなの!?助けてよ!!!死んでやるから!!!というメンヘラ懇願LINEスカイプメッセージディスコードへメッセージツイッターにも送る。

休ませろよ。結婚する、結婚してる、彼氏いる、とかい同人女がやってくるからくそ面倒くせぇわ。

から通話しません、PC調子悪いです〜の一言をそえてるのにスマホでも出来るよ!!!!じゃねーわ。何回断られたか考えないポジティブをやめろ。

1日ぐらい休ませろよ。恋人とか親友がいるんだから一人に依存すんな。クッッッッソ面倒臭ぇ。

2019-02-19

才能とか努力とかと、美人の目が怖かった話

才能とかいうのはよくわからない。

まず定量化できないものから簡単比較できないし、私はこの言葉が嫌い。

私は子供のころ、ピアノクラシックバレエ乗馬フルート書道を習っていた。

教育熱心な親だ。

ピアノは大嫌いだった。先生が異常に厳しいのだ。最初はみんなでおなじ曲を弾いていたけど、私が少し弾けるようになると、先生母親を呼び出して、個人レッスンを勧めた。

私が褒められたと感じた母は、嬉しそうにそれを快諾した。

最初は楽しかったピアノがどんどん苦痛になってきた。家での練習さぼり気味になり、そうするとレッスンにどんどん行けなくなる。

運指、とか、フットペダルをどう踏むかとか、スラーがどうとか、楽典がどうとか(まあ、楽典面白かったけど)、そういうのが私は本当に苦手だった。聴いた音楽をなんとなく弾くことは人より得意だったけど、それだけ。

「どうしてちゃんとやらないの?」と先生に何度も聞かれた。そのたびに答えられなかった。

「才能があるかもしれないのに!」と先生は言った。それを聞いた母も同じようなことを言った。

私には姉がいて、同じ習いごとをしていたが、確かに姉に比べると少しだけ私の方がなにごとも得意だった。

でも、それは才能があるということとは関係ないと、子供ながらに思っていた。

姉は、ひたむきに努力できる人だった。思い通りに弾けない時、怒った母が「もうやめなさい!こんなこと!」と言ってピアノ教本を窓から放り投げた時も、

から泥だらけになった教本を拾ってきて、泣きながら「ママ、私頑張るからやらせてください」と言っていた。

これが才能でなくてなんだというのだろうか。私は姉がうらやましかった。

捨てられても、泣いても、縋りつけるくらい執着の持てることが私にはなかったから。


クラシックバレエ。これは結構好きだった。ピアノ生演奏で、ジュニアクラス先生は優しくて、バレエの日は姉と一緒に髪をお団子にして手をつないでバスに乗った。

小学校高学年になり、そろそろ中学受験のためにバレエを辞めるという話をしたとき先生が母に意外なことを言った。

「この子バレエに向いています。辞めさせるのは勿体ないです」

そんなこと、先生からも一度も聞いたことがなかった。母は少し悩んでいるようだった。

中学受験バレエの両立は、できなくもなかった。ただ、バレエというのはなかなか厄介なもので、休むと取り戻すのがすごーく大変なのだ

あんたがやりたいなら、両方やってみなさい」と母は言った。

もう暗くなったバレエスタジオで、いつもニコニコ先生が真面目な目で私を見ていた。

やれない、と私は家に帰ってから母に伝えた。

「そうよね、あんたに才能があるとは思えないし。それに努力もできないでしょ」と母は言った。

その時すでにピアノ教室不登校気味になっていた私に、その言葉ストレートにぐさっときた。


乗馬は、私が最も才能がある習い事だったと思うし、私がいちばん好きな習い事でもあった。もともと動物が好きで、通うのが楽しみで仕方なかった。

早く上のクラスに行きたくて、先生の言うことを真面目に聞いて、雨の日も、寒い日も通っていた。

でもまあ、運悪くというか、姉が落馬して怪我をした。

大した怪我ではなかったけど、それを機に兄弟全員が乗馬クラブを辞めさせられた。

私は泣いて泣いて懇願した。こんなに何かをお願いしたことはないんじゃないかというくらい。

私は馬から落ちたりしないから、落ちても怪我しないから、怪我しても勉強はするから、と、土下座もしたけど、「危ないから」の一言で全部なしになってしまった。

まあ、仕方ない。決めるのは親だ。


さて、長々と書いたのには理由がある。

相変わらずやりたいことも見つからず、器用貧乏な私に、ちょっとしたチャンスが舞い込んできた。

「とってもやりたい!」というほどのことではない。

「へえ、できたら楽しそうだな」くらいの感覚だが、興味はあった。

その話を持ち掛けてくれたのは、綺麗な女の人で、もともとその業界にいた人だった。

淡々と話を聞く私を、その人はじっと見ていた。

「やりたいってことでいいの?」、と聞かれ、

「そうですね、やってみたいです」と私は答えた。

その女の人はため息をついた。怒っているんだなと思った。

「あのね、やってみたいとかじゃないの。本当にやりたいのかどうかを聞いてるの」

出た、と私は思った。久々だなこの感じ。

「私はね、あなたが本気でやりたいと思うなら応援するし、なれると思う。才能があると思うから」と、その人は言って、すごく綺麗な目で私をじっと見ていた。

「でもね、才能だけじゃダメなの。努力しないと。本人がやる気ないのにお膳立てはできないの。」

「それはわかります

全然わかってない。この仕事はね、やりたいっていう人がたくさんたくさんいるの。努力して努力して、ほんの一握りの人が成功するのよ。今みたいにノホホンとしたまんまじゃダメなの。頑張れるでしょ?本当にやりたいのなら」

そこではい!と即答できるほど私はできた人間ではない。好きな映画である花とアリス」をなんとなく思い浮かべながら、曖昧な笑みを浮かべて、ひたすらこの「努力と才能の嵐」が過ぎ去るのを待った。


結局、私がどうしたいのかは自分で決めなければいけない、と言われた。

私は迷っている。なんで才能があると思われたのかも正直わからないし、そんなにすぐやりたいと思えるようになる自信もない。

普通に大学卒業して、就職するんだろうなと思っていたが、就職したくないなら、そっちの道に行くのもいいだろう。

でもきっとその世界では、みんながああいう目をしているんだろうな。

やりたくて選んだ道なんだからって、すぐ言われるんだろうな。

努力家の姉は、夢を叶え、ものすごく狭き門をくぐりぬけ、やりたい仕事をしている。

ピアノはたまに弾く。お遊びのようなものだけど、好きな曲を弾いていると落ち着く。

バレエは、大学に入ってから再開した。もちろん本格的にではないけど、姿勢がいいと褒められることはある。

やってきたことはたぶん無駄ではなかったけど、でも結局、努力する才能は得られなかった。

私はきっとあの綺麗な女の人に、「できません」と言うだろう。

私は甘ったれ子供から、すぐに弱音を吐いてしまうし、それを許してほしいと思ってしまうのだ。

才能があるとかないとか、そういうのはたぶん他人が決めることではない。

本人がそう思えない限り、才能は「ない」のだ。

甘えと言われても、何と言われても、あんなこわい目に晒されて生きていくことは、私にはできない。

それもまた一つの勇気ある決断ということで、ここはひとつ、勘弁してもらいたい。

2019-02-13

本当にあったブラック企業怖い話

俺の友人の実体験だと、こんなのあった。みんなのも聞きたい。

電話の受話器と手をテープでぐるぐる巻きにされ、テレアポトイレ行くにも固定電話持参。(某壁の薄いアパート会社

社員総会で成績不振を口実に一列に並ばされて幹部に端からビンタされていく。会場のホテル従業員に当ホテルでそのようなことは止めてくださいと泣きながら懇願される。(某壁の薄いアパート会社

・財布と携帯を取り上げられ、土地勘のない場所で降ろされ、契約取ってくるまで帰れない。(某壁の薄いアパート会社

支店長含め社員がよく失踪するので、後釜として突然次の日から地方転勤を命じられる。(某壁の薄いアパート会社

2019-02-08

三途の川六文銭についての覚書

精神ボロボロなので、昔聞いた話をここに吐き出して安定を図ろうと思う。


表題にある「六文銭」というのは、正しくは「冥銭」という。

入れる理由は「あの世で金に困らないように」あるいは「三途の川の渡し賃」が大体主だろう。

前者の考えは死ぬ=俗世から離れる、という考えの仏教にはあまり合わない考えなので、日本では後者一般的

生前の罪を反省し、仏に帰依信心する。そういう現世から次の世界に進む通過儀礼意味合いが強い。

なので昔はよほどのことがない限りは必ず文銭を入れていたし、現代でも印刷紙など代替品によって風習は続いている。


ところが、この六文銭を一時期入れない集落があった。

それも不思議なことに、地域の名士だとか知恵者、優れた人ほど入れない傾向があった。

一見仏道に反しているかのようだが、これには理由があったのだった。

払う代金がなければ三途の川を渡れない、そうなれば現世に戻ってくるしかないだろう。

そんな一方的な通りであれど、集落中にこの考えは染み渡っていたらしい。

あるいは一気に優秀な人々がいなくなって困窮した結果かもしれないが。

そんな経緯でこの風習は半世紀ほど続いていたんだが、ある年それで本当に生き返った人がいたらしい。

まあ死人がまた復活したら喜ばしいやら仰天するやらで大騒ぎ。しかしその人は浮かない顔で、もう六文銭を抜くのをやめろと言う。

村人が理由を聞くと、どうかもうやめてくれと必死懇願されてここに戻ってきたのだと。

三途の川には罪の重さを量る「懸衣翁」と「奪衣婆」という鬼の夫婦がいるんだけれども。

どうやら六文銭がない分は彼らが自腹で払っているらしい。

一人一人の額はそれほどでもないが、増えれば途方もない金額になる。

ただでさえ飢饉やらなんやらで身も削られているのにわざとやられたら敵わないからやめてくれ。

そう泣きつかれたのだという。

それから今までの反省も加味して、十文銭を入れるようになったその村は「十文村」と呼ばれたとか。


まあ、うちの地元に伝わる古い古い民話なんだけどな。村の名前も読みこそ同じだが、漢字は既に別のものに変わってしまったし。

妙に世知辛いというか、あの世の手前まで結局は俗だという考えが出てきて個人的には面白い

こういう俗な目線で書いた物語が出てくるとほっこりするよな、という話でした。

2019-02-07

エロマンガキャラ同姓同名

おはよう

陵辱系エロマンガでブチ犯されるキャラが、

中出し懇願・アへ顔・失禁と、とにかく辱められるとするじゃん

そのキャラ同姓同名女性に訴えられたら、負けますか?

さすがに大丈夫だと思うんだけど不安

2019-02-01

花小金井の「肩こり男」3年ぶりに現る 登校中の女学生に「もんでくれないか?」

https://www.hazardlab.jp/know/topics/detail/2/8/28093.html

 不審な男が目撃されたのは、31午前8時10分ごろ、西東京市久保町4丁目付近学校に向けて歩いていた女子生徒が、自転車で近づいてきた男から呼び止められ、「肩が凝っているので、もんでくれませんか?」などと懇願された。驚いた生徒は、何も答えられず、急いでその場を離れ、帰宅後に保護者相談し、警察通報した。

 声をかけてきた男は年齢30〜40歳くらい、身長165センチ前後、髪は短く、細身の体型で、紺色のフリースジャンパーを着て、シルバーママチャリに乗っていたという。

 朝忙しいのにそんな事やってられるかーwww

2019-01-30

弱冠20代で倒れた話

私は小さい頃から運動が大嫌いだった。

球技も、走ることも、何もかも嫌いだった。

最初運動を嫌だと思ったのは幼稚園の時。

鬼ごっこをしていたのだが私は足が遅いからすぐ捕まる。

そして足が遅いから他の人に追いつけず、いつまでも私が鬼のままでゲームにならない。

小1の頃に測った50m走のタイム10秒強だった。

そしてそのタイムは高3になっても全く変わらなかった。

運動神経で学内カーストが決まるとはその通りで、高校生の時はいじめにあった。

陰口を叩かれたり物を捨てられたり移動教室を教えられなかったり。

殴る蹴るはされなかったので周りも誰も気づいてなかったと思う。

兄弟がすでに不登校だったので私まで親に心配させるわけにいかないと、毎日歯を食いしばって学校に行っていた。

高1の時の体育祭で、もうこの匿名ダイアリーにすら書きたくないくらい辛いことがあった。

具体的には書かないが競技で失敗して周りから大笑いされた。

次の年から私は体育祭に行けなくなった。

高2、高3の体育祭の日の朝に両親に手をついて休み懇願するのが本当に辛かった。

お笑い番組年末運動神経が悪い芸人を集めて検証するというのがあるが、本人の気持ちは知らないが私は別にそれはいいのではないかと思う。

だってそこに出てる人は笑われてお金をもらっているから。

全国放送の人気番組からここで爪痕を残せたら大きいだろう。

でも現実は、テレビじゃない世界は笑われてもお金はもらえない。

ただただ辛く悲しい気持ちが残るだけだ。

冬になると体育でマラソンがあった。

学校周りを5周、だいたい5km前後

よりにもよって学校の周りは傾斜になっていた。

全く走れない。

まともに走ってたら普通の人の3倍は時間がかかる。

ところで私は「走ってたらあったかくなるよ」という概念理解できない。

走ってても向かい風が冷たくて足がかじかむだけでなにをどう逆立ちしたら暖かくなるのか理解できない。今でもだ。

悪いことなのは重々分かっていたが、私は走るのをサボり見張りの先生がいない茂みの中でやり過ごすようになった。

そしていじめっ子がそれを先生に告げ口した。家に電話がかかってきた。

サボるのは悪いことだしいじめられてるからこうなるのは大体予想していた。

そして次から体育の先生にも不当に扱われるようになった。

人が見てる前で前に呼ばれたり自分だけラケットを回されなかったり、わざと平均台から落ちるような指導もされた。

あの女教師の私を睨む顔が今でも忘れられない。

それでもなんとか学校に行き、卒業した。

体育の成績は10段階中2だった。

1だと単位不可なのでまだ有情かと思えるのが悲しい。

そして大学に入り、体育はなくなった。

一応必修には含まれていたが座学も可のことで私はそちらを取り、無事単位も取得。

大学の立地も良く最寄駅から徒歩3分のところにあるため、私はその3分以外全く運動しなくなった。

清々しかった。嬉しかった。

大学人間関係リセットされ、もう運動神経を馬鹿にされることもない。

運動しなくていいってこんなに幸せことなんだと思った。

周りの「不健康なんじゃない?運動したら?」という助言なんて耳にも入らなかった。

21歳で倒れた。

よくわからないが自律神経がおかしくなっていたらしい。

高校時代いじめられてた私は学校ではスマホけが友達だった(持ち込み可だったのだ。気を紛らわす意味で本当に助かった)。

スマホばかり見て、自信がなく猫背で、食生活を気にせず(太らない体質なので好きなのを食べてた)、全く運動しない。そりゃまあ倒れるわな。

毎日吐いて息をするのも苦しかった。

私の周りにいる人はみんな私のことを心配して「大丈夫?」などと声をかけてくれた。

ここで私は悪魔方程式に気づいてしまったのだ。

できない運動をしんどくなりながらも頑張ってしたら笑われる。馬鹿にされる。

運動をせず不健康になったら周りは心配してくれる。

なんてことだ。こんなことな運動せず不健康になった方がずっといいじゃないか

回復してくると「運動した方がいいよ」と言ってくる人がいるが、やっぱり私の耳には入らなかった。

吐いて吐いて息もできない苦しみなんていじめられた時に比べたら屁でもないと感じてしまったのだ。

ちなみに退院した後父とジョギングに行ったが50代の父に全く追いつけなかった。

そして私は今日に至るまでやっぱり1度も体を動かすことをしていない。





私が倒れた時の医療費だってみなさんの払ってる健康保険から使われたり、職場迷惑がかかったり、家族心配させたりと私が運動しないことでどれだけ周りの人々が迷惑を被るかは重々承知しています

でも私は、もう何もできません。

先生にもいじめられたかジムに行ったり人に教えを乞うことが怖い、でも1人では何もできない。

臆病な不甲斐ない人間で本当にごめんなさいという懺悔書き込みです。

ふと運動であった嫌なことを思い出してグダグダ書いてました。校正してないです。読みにくくてすいません。

2019-01-23

夫が女装していたその後

何年か前に夫が女装していた増田だけど、なんとなく書きたくなったからその後の顛末を書く。特に面白い話はない。

結論からいうと我々は離婚した。なので、全て元夫になるのだが、ここでは「夫」としておく。

女装グッズを全部捨てた数週間後、どうしても女装がしたいと話をもちかけられた。

私は「私の前でやるな、やるんだったら私の預かり知らないところで1人で勝手にやってくれ、私に一切話しを持ちかけるな」というような内容を夫に伝え、夫はそれを了承した。

さらにその数週間後、「どうしても女装セックスがしたい。1度でいいから。」と言われ、「女装姿のあなたセックスすることによって貴方を異性として見ることが不可能になる可能性があるが良いのか。」と言ったところ、泣きながら「それは嫌だ。でもどうしてもしたい。ひょっとしたら大丈夫かもしれないじゃん。頭がおかしくなりそう。」と懇願された。

必死過ぎてなんだかかわいそうになり、本っっっっっっっ当に嫌だったが、渋々了承。一度だけ致した。

結果、悪い意味で夫の女装姿が忘れられなくなり、同居人としては別に嫌いではなかったが、夫として見ることができなくなった。

その後出産し、産休・育休を取り子供の世話に明け暮れていて夫の女装のことは忘れていたのだが、あるときから、毎月夫から生活費用の口座に入れられるはずのお金が振り込まれなくなった。別に振り込まれなくても私の育休の給付金やら貯金やらである程度余裕があり、普通に生活はできるので「先月と今月の生活費振り込まれてなかったよ。時間あるときよろしくね。」と伝えていた。しかし一向に振り込まれない。

生活費を入れられないまま3ヶ月が経ち、「なんで生活費入れないの?お金無いの?」と聞いたところ、「お金が無い」との返答。前の週に「ボーナスが出た!」と嬉しそうに私に伝えていたため、まさか1週間で使い切った???何に???と思って問い詰めたところ、もう何ヶ月も前からスマホゲームに延々と課金していて、夫個人貯金を崩しまくっていたらしい。

正直呆れ果てたのだが、もうそんな無茶な課金はしないと約束したし、だったらこの件は水に流そうと思った。

その日、早めに寝室に行った夫から唐突LINEが来た。「自分女装がしたくなる病気(それに関するURLが貼られる)のようだ。無趣味自分が唯一楽しめた女装ができず、ストレス発散のために課金し続けてしまった。」と。

「私は別に今は女装するなと言ってない。私を巻き込むなって言ってる。私の知らないところで私に気付かれないように1人でやって。」と返したところ「それは無理。」「女装セックスが忘れられなくてまたやりたい。」「サロン女装するのはお金がかかるからできない。」と返信。私は、何としてでも私を女装に巻き込みたい夫が人間的にも無理になりつつあり、その後何度話し合っても平行線を辿ったので、離婚を打診。

拒否されめちゃくちゃゴネられたが、「私はもう貴方を異性として見られない。友達としては別に良いけど、夫としては女装する人間は私は無理。」「一時我慢できたとしても、どこかで必ず歪みが発生して絶対また同じことを繰り返す。だったら今のうちに全部終わらせてお互い別の人生を歩んだほうがお互いのため。」ということを根気強く伝え続けて、最終的に夫は離婚同意した。

どうしても夫の女装を受け入れられない妻と、どうしても妻に女装を認めてもらいたい夫では、どっちかが必ず我慢を強いられてしまう。親の仲が良くないのは子供にとっても辛いことだろうし、多分こうするしかなかったんだろうなと思う。

anond:20170209092236

2019-01-18

ブタゴリラってあだ名許容範囲なの?

本人が嫌だと思わなければブタゴリラっていうあだ名許容範囲なの?

本人はかおるという名前が嫌だから自分からブタゴリラというあだ名で呼ばせているけど、完全に風紀を乱している。

当たり前のように汚い言葉を使っているけど、本人以外が苦痛を受けることを予期していない。

自分当事者でなくても、他人が汚い言葉を使っているのを見るのは嫌なはずだ。

そして本人がブタゴリラと呼んでくれと懇願しても、良識のある人間ならそんな言葉は口にしない。

小学校担任事なかれ主義の怠慢だよね。

普通だったら他のあだ名でも考えさせる。

2019-01-14

たかがラーメン。されどラーメン。ラーメンをなめてはいけない!

キミはカップラーメン発明者を知らないのか?

 

安藤百福 - Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E8%97%A4%E7%99%BE%E7%A6%8F

安藤 百福(あんどう ももふく)は日本実業家

インスタントラーメンチキンラーメン」、カップ麺カップヌードル」の開発者として知られる。

日清食品(株)創業者

 

インスタントラーメンチキンラーメンを開発

大阪に新設されたある信用組合から懇願され、その理事長就任したが、やがてその信用組合破綻し「いよいよ無一文になった」。

なお、百福はこの件において、信用組合と親密な関係にあった銀行に対し不信感を抱いたこから銀行には頼らない」と心に決め、日清食品経営時には無借金を貫いた。

 

大阪池田市の自宅敷地内に小屋を作り、かねてから構想を抱いていたインスタントラーメン即席めん)作りに取り組んだ。

安藤インスタントラーメンを「1.おいしくて飽きがこない、2.保存性がある、3.調理に手間がかからない、4.安価である、5.安全で衛生的である」の5要件を満たすもの定義した。

早朝から深夜まで小屋に籠り、インスタントラーメン作りに取り組む生活を1年間続けた。

医者相手にされなくていかなる状況でも涙を流さない私の目からつの涙がこぼれた

失われたあの日の6月、流刑先で段差に躓き足をひねった。

だがよォ別に骨折している“世界真実”でもない、魔力の暴走による爪痕てもいない如くだ。歩ける。

なのですぐに聖療院に行く「アギト」はなく家に帰った。

数日人類を滅ぼした後、ひねった足が痛みだしたので魔病院永遠を探しに行くことにした。

しか螺旋の内を巡るけど神の意志とは異なり骨折しているわけでもなく、腫れてもいないし歩く仕儀もできる。

“神の眼”異常なし。

グラフィックも異常なし。

特に暗黒を産み出す黒き終焉ルナティクエンド・ディアリックタイム>に進化すると、座っていてもくるぶしのあたりが痛いんだろうか……」

と神に懇願してみたけど

「でもソウルクリスタルバーサークはないし、深淵アビスを導けるんでしょ、これも全て宝条って奴の仕業なのよ。何?ポーション出せばいいのと…そう聞いているのだがね?」

と冷たくあしらわれて新訳してきた。

あれから半周期経つけれど、俺が考えていた通りアダマン鋼鉄義足が苦しみと悲しみのハーモニーを奏でる。

預言書の導くまま治らないんだとしたら暗黒回帰

2019-01-11

痴漢と数百万で和解した

よくある電車痴漢。向こうの弁護士最初30万で和解したいと言ってきたが、速攻拒否した。相場とかナントカ言ってたが関係ないわな。この金はありがたく使わせていただきますね〜

これ見てる人も、痴漢にあったらオラ金よこせやあああという気概を見せような。クソ面白い懇願文章など破り捨ててしまえ。金だ金。金でしか誠意は示せない。ケツに触れられたくらいなら数百万でまあ和解してやってもいいかなという気持ちにはなるよ。

2019-01-08

anond:20190108032500

宮崎放送柳田哲志アナウンサー2008年6月14日生放送番組で泥んこ尻相撲勝負中に土俵外の水田に頭から突っ込み脊椎を損傷する重症を負う。この際に水田から「起こして…起こして…」と助けを乞うアナの声が宮崎お茶の間に届けられた。できたばかりの動画投稿サイト等を通じて2chでもおおいに話題となった。それがあまりに弱々しくか細い声だったのでテキストでは半角カタカナで「オコシテ…オコシテ…」と表記されることが多くなった。

それが、人外になった元人間自分を殺してくれと懇願するという物語のよくあるパターンと結びつき、「コロシテ…コロシテ…」というネタに改変され拡散されることとなった。

2019-01-07

anond:20190107142616

そりゃそんなことしてたら増田みたいな精神異常者も当然のごとくとして断種の対象となってしまうから増田みたいなのが「ワイからオナニーを奪わんでくれ」って懇願たからやで。

先ず隗から始めろという諺があるやろ。増田がおちんちん切り落としてからそういうの言ったらどやろ?

2019-01-03

70歳の母が病院に行きたがらない。

認知症ではないのだけれど、とある病気兆候が出ているので、

病院での検査を勧めても、かたくなに嫌といって病院に行こうとしない。

どうして、老人は検査が嫌いなんだろうか。

 

治療費も出すし、大病だったら困るから検査してほしい」と懇願しても「病院には行かない」の一点張り

 

その70歳の母親認知症になって数年前に亡くなった祖母病院に連れていくのに難儀してた話をしてたけど、

まさか母親祖母と同じく病院いくのを嫌がるとは。

家族って分かり合えない身近な他人だという思いを強くした。

2018-12-28

anond:20181228140326

初めての東医体飲み会で、彼にみんなと仲良くしたい、自分に悪い所があったら治したいと懇願しました。すると彼は

「そういうところがプライドが高い」

非難しつつ、

セクハラしにくい空気がいけない

アドバイスしてくれました。(あとは、「処女なのがいけない」とも)

自分としては意識していなかった、治したい、と詫びると彼は部活男子みんなに「こいつはセクハラOKだってよ」と親切に周知してくれました

そこでようやく私は部活の一員として認められました。

これ、マッチョイムズとかセクハラしたいとかじゃなくて

ハラミ会的な「セクハラになるの嫌だから近寄りたくない」の方だろ。

セクハラハラスメント女性がしすぎた結果。

2018-12-15

脳のなかの卑猥思考言語化しておきたい

 今日は脳のなかの卑猥思考言語化する練習をしている。自分エロ同人作家だったら、あるいは官能小説家だったら間髪入れずに最高の妄想を具現化するために原稿にとりかかっただろう。不幸なことに自分にはそのような才能がないので、自分想像し、感じたことをここに書き留めておく。

 いま、仕事がヤマを迎えていて一週間前からオナニーしてない。まあ、仕事が終わるまでの願掛けというつもりだ。仕事年末までに終わらせる予定だけど、どうなるかな。

 これまで特に何も感じず日常を過ごしていたのだけれどちょっと今日は変だった。車を運転していたら楽しかった少年時代気持ちが突然に蘇ってきて、ボロボロと泣いてしまった。哀しい気持ちでも嬉しい気持ちでもない。どちらかというと歓喜気持ちが高ぶっている感じに近かった。

 それから今日書いておきたいことのメインなんだけれど、午後のひとときファミレスで休んでいたら眠気を感じて、同時に卑猥思考が強烈に頭に湧いてきた。昨日見AVの印象的なシーンがフラッシュバックした。なんだかそれを自分は止められなかった。机に隠れていたけれど、正直勃起した。目の前には何もないのに、勃起した。オナニーしたい、射精したいという気持ちでいっぱいになった。30分かけて自宅へ帰ってオナニーしようかとも思った。しかし、性欲が高まって発情している自分を観察する自分面白かった。そして突然に、これはセルフ射精管理なのだとという発想が浮かんだ。とてもよいアイデアに思えた。手っ取り早く射精して性欲を忘れるよりも「自分射精管理されている」と想像するほうがより強くより長い時間興奮できるように感じられた。内側から溢れる性欲に対して射精できない状況に置かれている自分に興奮した。

 性的な興奮が高まって、いろいろなAVのシーンが脳裏をよぎり、自分理想とするものへと改変されていった。この発想力を少しでも仕事に活かせたら、もうすこし幸せ人生が送れただろうに。ところで、自分の脳の中では絶頂であった。理想的なシーンが組み立てられた。そのシーンを紹介する。お姉ちゃんはぴったりと自分身体を密着しながら手コキをして、それで何度も寸止めをする。自分射精懇願する。それを無視しながら妖艶な笑顔で見つめられる。そして、自分は頭を撫でられながら「かわいいよ」と耳元で囁かれることで突然に射精する。というものだった。これを書きながら完全に勃起している。もし、頭の中を取り締まる法律がもしあったなら、絶対に罰せられていたと思う。自分がこのようなことを考えていること自体公衆面前での羞恥プレイだったのだ。

 いったいなぜ、こんなことになったのだろうか。お昼ににんにくを二切れ入れてラーメンを食べたからかな。

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