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2017-06-19

https://anond.hatelabo.jp/20170617215847

詳細希望の声があったので書きます

といっても大して面白味のある話じゃない。

まずおれは生来おなかが弱い。これまでも、もう少しのところを危うくトイレに駆け込んで事なきを得る、ということが年に数回はあった。

なのに趣味食事ストレス食いの悪癖もある。


はいえ、これまではなんだかんだと漏らさずに済んできたわけで、今回は何が違ったのか。

はっきりとしたことはおれにもわからない。きっと、要素の積み重ねなんだろう。

前の晩に日高屋ホルモン炒めを食い、ココイチで牛尽くしカレーを食い、しまいに家でよっちゃんイカを容器の半分も空けてしまった。

仕事が上手く行かないことが原因のストレスいである。

まずこの時点で屁が止まらなくなった。まったく愚かしいことだ。どうか笑ってくれ。


だというのに翌朝はよっちゃんイカの残りを空けた。それからアイスクリーム。そろそろ死ぬんじゃないのか?

そしてこの日の昼はおそとで焼肉。安い輸入肉の低質な脂とアルコールが俺の腸にダメージを加えた。

相変わらず屁は止まらない。腹の感覚もなにやらよろしくない。とはい便器に座っても大した物は出てこなかった。

経験的に言って腹を下すだろう、という予測はこの時点で立っていた。

でもまあなんとかなるだろう、とタカをくくっていたのだ……。


食事を終え、すこし煙臭い身を引きずって大都会ウィンドウショッピングを楽しんでいると、一回目の波。

さっくりと目の前の店のトイレを借りて済ませる。

これ自体は大したやつではなかった。ふつうの便意と言っていい。腹痛もあまり無い。出てきたのは消化不良気味のやつだったが、これは予想の範疇

ここで何ら問題なく対処できたことが、油断に拍車を掛けたのは事実である


(みなさんもご存知のことと思うが、下痢には波がある。

 一度トイレで済ませても、10分~20分くらいの周期を置いて二度、三度と便意の波が押し寄せるのだ。

 それは腹が空っぽになるまで続く。

 もちろんこの時のおれにもその認識はあった。だがナメてかかっていたのだ。

 腹痛があまり無かったこと、そして余裕を持ってトイレに駆け込めたことで。

 無意識に、さっきのやつでおしまいだろう、と希望的観測採用してしまっていた。)


さて、店のトイレを出てウィンドウショッピングに戻る。20分くらい移動したところで、第二波が来た。

それは慣れない街の、雑踏の真ん中でのことだった。

波ははじめ弱く。そして徐々に強く。

手近なコンビニで済ませようかと思ったが――――見当たらない。

気軽にトイレを使えそうな店がどうにも見当たらない。

冷や汗が滲み出した。


恥も外聞もなく、ここで目の前の居酒屋に駆け込んでおけばよかったのだろう。

血走った目でトイレを貸すよう懇願すれば、店員も断れまい。

だが尊大羞恥心がそれを許さなかった。おれは腹に爆弾を抱えて、孤独に街を彷徨いはじめた。


人混みがうとましい。小走りにもなれない。

相変わらず店が無い。クソッタレが。

波は徐々に強くなる。焦燥感が加速していく。


どうにか交差点に辿り着く。

正面にはデパート。知らない店だが、経験的に言って2F以上か地下に男子トイレがあるはずだ。

たとえ受付に身を乗り出してトイレ場所を尋ねても、店員は親切に場所を教えてくれることだろう。

――だがすんでのところで赤信号。ここが運命の分かれ道。

おれは右を向いた。高級ブランドブティックがあった。とりあえず横断歩道を渡る。

歩道から中を覗くと、白人イケメン店員と目が合った。

直感的に彼は貸してくれなさそうな気がした。

たぶんそんなことは無いんだろう。でもそのときはそう思ってしまった。

駆け足で通り過ぎると、隣にもビルがあった。

フロア表示で7階に男子トイレ

7階だと。

脈打つ腹を抱えてガラガラエスカレーターを駆け昇る。

全力疾走はできない。もう肛門まで来てしまっているから。

必死に括約筋を引き締め、腹の波と対話しながら昇る。

尻を庇って下肢のみを動かす、早歩きと駆け足の中間のような不自然スタイル

腹が数十秒周期でぐうぐうと鳴っているのがわかる。

超自我によって抑制された排便圧力が行き場を失い、ガスが腹の中で蠢いているのだ。

ひとたびぐう、と鳴るたび少しだけラクになる。そしてまただんだんと強まってくる。

これはクラシック演奏か何かか。

途中からエスカレーターが互い違い式になっている。フロアをぐるりと迂回しなければ上階行きに乗れないクソ仕様

万引き防止か? 誰がやるんだよ。

いらっしゃいませーと挨拶してくる店員を尻目に足を引きずる。

正直、5Fくらいでダメかな、という感じはあった。

ケツの穴を締め切れずに何かが漏れ出してしまったような。

でも希望的観測でひた走る。

7F。トイレ。太腿をぴったりと締めながら個室のドアを乱暴に施錠。

操り人形のようなぎこちなさでズボンパンツを下ろす。

はいやっぱりダメでした――――。


運良くビニール袋を持っていたので、ドロドロの汚物で汚れたパンツはそれに入れてトイレゴミ箱に捨てさせてもらった。

ビル関係者のみなさんごめんなさい。でも、自宅まで汚物を持ち歩く方が公衆衛生問題だと思ったんです。

ズボンにまでちょこっと染み出していた分はトイレットペーパー申し訳程度に拭き取り、カバンでなんとなく隠して帰宅

電車の中で特段イヤな顔をされたりすることはなかったので、たぶん臭いはしなかったんだと思う。そう信じたい。


途中、どうしても喉が乾いてしょうがなかったのでコンビニピルクルを買って飲んだら第三波が来ました。

乳酸菌が長期的におなかによくても冷たい液体が短期的に悪いに決まっておろうが。

正直アホの極みだと思うが、それくらい判断力ボロボロだったんです。

公園公衆便所で無事排便。おおむね水下痢

家に帰ってズボンを手洗いし、あとは何度かトイレで水下痢を出して一件落着でした。どこがだよ。


~おしり

2017-06-18

オラ、美しい日本の歴史にワクワクすっぞ!

富永恭次陸軍中将

フィリピン陸軍航空特攻を指揮。マッカーサー軍が迫ってくると、司令部許可なしに側近と芸者ウィスキー瓶のみを載せて台湾に逃亡。天寿を全うする。

菅原大陸軍中将

陸軍特攻の中心だった第六航空軍司令官10代の少年特攻隊を次々を送り出し、エンジン不調などで戻ってくると「卑怯者!俺も後で行く!」と殴り倒した。

敗戦で部下が自決をすすめたが「死ぬのだけが責任を取る事ではない」と逃げ回り、96歳で天寿を全うした。

倉澤清忠陸軍少佐

菅原道大の部下で第六航空軍参謀特攻隊を次々と送り出し、機体不良で戻ってきた搭乗員監禁して毎日毎日

死ねないようないくじなしは特攻隊の面汚しだ。国賊だ!」と罵り殴りまくった。悔しさのあまり自殺したものもいる。

戦後は元特攻隊員の復讐を恐れてピストルを持ち歩き、寝る時は枕元に日本刀を置いて寝た。天寿を全うする。

玉井浅一海軍大佐

フィリピン特攻隊員を次々と送り出す。

機体不良で戻ってきた特攻隊員たちが本土へ戻る事になると

「待て!お前は特攻隊で死んでもらう事になっている」と輸送機から引きずりおろし自分が乗り込んで本土へ帰っていった。

戦後僧侶になり、天寿を全うした。

黒島亀人海軍大佐

残酷人間魚雷回天」を立案。「必ず脱出装置を付けます」と嘘をついて認可を得た。

戦後会社社長として何不自由ない暮らしを送る。宇垣纒の戦争体験手記を遺族から借り出し、自身に都合の悪い部分を破棄した。天寿を全うする。

太田正一海軍大尉

米軍コードネーム"BAKA"こと人間爆弾桜花」の発案者。

自分が乗るから開発させてくれ」と上層部懇願して開発させたが、自身は「適性なし」として搭乗しなかった。

敗戦直後に逃亡し、名前戸籍を変えて暮らす。天寿を全うした。

2017-06-17

https://anond.hatelabo.jp/20170617132220

??????

女の方から振って別れるのが80年代にはもうすでに現実的だった世情を反映した歌だよアレ

結局5年目には我慢できずに女から振って別れてるし、実際の離婚率も発売翌年の83年には極大値を取って、現在比較しても離婚選択肢がないというほどには低くないし

 

あの曲自体の内容も最初は男が開き直るけど、本気で女の方に突っぱねられそうだったか

大目に見ろよ」→「大目に見てよ」って弱気になって懇願する流れだし

2017-06-10

歯が痛いです

30年以上前治療した奥歯(銀歯)が

神経とってるはずなのに、痛いんです。

この歯は数年に1度調子が悪くなり

歯医者でその度レントゲンを撮ってきましたが

今まではレントゲン異常なしで

「疲れが原因でしょう」と言われてきました。

今回もそうかなぁと

思って歯医者に行ってレントゲンを撮ったら

銀歯の中で虫歯菌繁殖(?)してて

もうひどい状態でした。

え~ん(涙)

銀歯の中の歯はボロボロでした。

先生は何度も

「ひどいです。ボロボロです。重症です。」ばかり言います

抜歯と言われたけど

先生懇願して

根幹治療をしてもらってます

でも

もう1か月以上通院しているけど

うずいて

つらい

入れ歯になりたくないけど

痛みでイライラしてくると

気分が落ち込みます

ネットで部分入れ歯のことや

抜歯のことを調べてさらに落ち込みます

やっぱり痛みをとるには抜歯しかいかと悩んでしまます

クラウンいれてから34年経ったのだから

治療してくれた先生は上手だったんでしょうね。

当時、神様といわれる先生治療してもらったの。

予約が月に1回しかとれなくて

この歯を治療するのに数か月かかりました。

この先生ももう亡くなっているはず。

私のこの歯も亡くなるのかなぁ…

2017-06-06

痴漢に遭った話

痴漢冤罪関連で、「女はみんな適当痴漢でっち上げてる」みたいなコメントが目につくたび嫌な気持ちになる。

私は実際に痴漢に遭ったし、周りでも痴漢に遭った話は珍しくない。見えてる世界が違いすぎる。

ここに個人的経験と、誤認でないと思う根拠を書く。できれば被害経験のある人は同じように書いてみてほしい。

電車

朝の満員電車。お尻の割れ目の下あたりに、持ち上げるような圧迫感を感じる。手ぐらいの大きさ。

当たっているだけかと思って身をよじったり、体をずらすと、不快な圧迫感がどこまでもついてくる。

ぎゅうぎゅうの満員なら当たった状態で身動きがとれないのかもとも思えたけど、人と人の間に隙間がある程度の乗車率で、お尻のそこ以外誰とも密着していなかったので、故意判断

どうしよう、どうしようと思って10分ほどそのまま不快感と戦う。俯いていたら首筋に鼻息がかかる。

降りる駅についたのでドアの方を振り向いたら、後ろのスーツ男性も顔をそらすように後ろを向いてしまったので、顔はよく見えなかった。そのまま降りた。

通報も何もしなかったけどモヤモヤした不快感が残った。

電車

夜。空いていて座席に座った。

隣に座っているスーツ男性が、鞄をひざの上からこちらにはみ出るように立てて置いたかと思うと、手を私の尻の下にすべり込ませてきた。

痴漢だ!と流石にすぐわかる。鞄で隠してるんだ…と驚いた。

手はお尻の下で股を目指して侵攻してくる。片尻に思いきり体重をかけて、骨で阻止したら、股はあきらめたのか、そのまま尻を揉んできた。

通報する気はなかった(めんどくさいし早く帰りたいし怖い)けど腹が立ったので、地元駅で降りる時に足をダン!!と鳴らして立った。

降りたら痴漢も降りた。ここで足を鳴らしたのを後悔。「このまま家までついてきたらどうしよう、痴漢するような奴だし何されるかわからない」と怖くて仕方なかった。

ごみに流されて痴漢の少し後ろを歩く形になって、改札を出たら、痴漢はUターンしてまた改札内に入っていった。

たぶん、私が不快感を表したことで捕まるかもしれないと思って、一度降りて無関係を装ったのだろう、と後になって考えたが、その時は意図が分からずただ「怖かった、いなくなって良かった」と思っていた。

やはり通報はしなかった。関係ないがデートの帰りだったので楽しい気持ちが最悪になった。

毎日電車に乗るわけでもない私でこれだから通勤通学に使ってる人はもっと遭っていると想像する。

電車以外では他にも

・白昼の路上酔っ払い卑猥言葉と共に抱きつかれて路地に引っ張りこまれそうになって必死で振り払ってダッシュで逃げる

エレベーターで抱きつかれてキスをされて胸と股を触られ、離してくださいと懇願したら離してくれたのでダッシュで逃げる

があって、エレベーターは流石にものすごく怖くて命の危険を感じたし当時子供だったので親に言ったら大騒ぎになって警察が来た(同時期に他クラス同級生も同様の被害にあったと聞いた)。これらは電車とは関係ないけど痴漢ではある。

こういう話を詳しくすることはない。恥ずかしいし嫌な思い出だから忘れていたい。

けど「痴漢はある、それもめっちゃある、確実にある」し、このように普通に泣き寝入りしているので、勇気を出して捕まえた人は偉いし、本当はもっと捕まえて「痴漢したら捕まるやばい」と知らしめて抑止するべきだし、そのために「痴漢犯罪です」ポスターがあるんだろう。

から被害者に「そんなの嘘だろ」なんて言って告発しにくい世の中にしちゃいけない。

冤罪は別問題

例えば逮捕されても証拠不十分ならすぐ帰れて職も失わないような世の中であれば、間違われた人はさんざんだろうけど人生一発終了にはならず、本物の痴漢だったとしても一度捕まることである程度抑止効果があるだろうし、もちろん女性による「悪意のでっち上げ」もし辛くなる。

から車内カメラ等で証拠検証できるようにすることと、警察司法冤罪を生まないよう取り調べの見直しをするべきなんであって、その努力をするのは「被害者ではない」。

2017-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20170529110322

ある情報企業エンジニアにほぼ決まったからな。。部署だけで見れば女性比率は0~5%くらい。

まあ女が少ないところにしてくれと懇願されたってのもある

2017-05-25

とにかく誰か助けてって思う。それを主張する場所増田しかないけど、とにかく喉が枯れるまで助けてってここで綴る。

キーボードの印字が消えるまで助けてっ描きたい。たっぷり中だしを決めたいのう。眠い。寝る。人生で一回でも助けてって懇願して助けて

もらったことはあるだろうか。ないな。全ては交渉から取引なしのたsじぇ

2017-05-06

父親にいなくなって欲しいと思う娘は罪ですか

物心ついた時から、私の記憶の中にいる父は、私のことを怒鳴りつけていた。

「お前が生意気から

「お前が泣き虫から

「俺の邪魔をするんじゃねえ」

そう言って怒鳴られていた。

今日もまたそうだ。

畳んだ洗濯物や、アイロンをかけたワイシャツを彼の部屋に運んでも、ゲームに興じている彼は

「話しかけんじゃねえぞ」

と怒鳴る。

こんなだから、私は、父親というのはいつでも子供に対して怒鳴り散らしている存在なのだと思っていた。

だけど、みんなの父親がそうではないのかもしれないと気づいたのは最近のことだ。

大学の友人との会話の中の出てくる父親は、もっと優しくて、気が利いて、少なくともすぐキレて怒鳴る人間ではなさそうだった。

そうか、そういうお父さんもいるのか。

信じられなかった。

片道2時間の通学がどうにも辛すぎて、どうか一人暮らしをさせてくれと懇願したが

「それぐらい通える」

「お前の根性がないからだ」

「そんな無駄な金はない」

と言われて、家から出してもらうことは叶わなかった。

DV暴力だけでなく、言葉暴力も入るらしい。また、極度に束縛するのも、DVの傾向としてあるようだ。そしたらこれは、DVなのだろうか。

そんなこんなで、私は、父親のことが好きではない。いつ怒鳴られるのかとビクビクしながら、父親用事がある時は話しかける。何かやましいことをしているような、嫌な緊張感の中で、胸が締め付けられる。ちなみに、普通の家庭では、気楽に父親に話しかけられるらしい。

老後の世話なんてごめんだし、早く縁を切って自由に生きたいと思う。

今は機嫌よく、居間コーヒーを飲んでいる。声を聞くのも嫌だ。私は自分の部屋がないので、居間の隅で縮こまっている。もうすぐ60歳で、こんなにどうしようもない人間がいることが理解できないし、耐えられない。早く解放されたい。なぜ、母が離婚しないでいるのかが疑問だ。私は何があっても、専業主婦にはなりたくない。こんな男に捕まって一生を過ごすなんてまっぴらごめんだ。

2017-04-26

http://anond.hatelabo.jp/20170426094340

卑猥よりも残酷というかグロテスク

親が「自分はどうなってもいいか子供の命だけはどうかお助けを」と懇願してるのを嘲笑いながらまとめていただいちゃうような野蛮さを感じる

2017-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20170419203805

特定されないよう適当に昼って書いたんだが昼じゃないんだすまん

やめさせようとしてるなら、それでいいんだ。

でも、それなら自分仕事を振るのは理屈が通らなくない?

仕事を振って詳細などを聞くと無視するというのは、つまり患者を巻き込んでいるわけでさ、そりゃダメだって思うんだよ

今日も本当に真面目に患者さんが困るのでどうかお願いしますって懇願したんだけど、無視なんだよ

いじめも追い出しもかまわんよ、自分が困るだけだし

でも患者を巻き込んで、なにやってんだこの人……やば……ってドン引きしたという話でした

2017-04-12

元彼のことを思い出してしまう話

化粧をする時に鏡を見ると、ふと昔の彼氏を思い出すことがあります

わたし彼氏と付き合いだしたきっかけは、

大学サークルの先輩(彼氏)と後輩(わたし)というよくあるものでした。

一人暮らしをしていた先輩のところにわたし掃除にいったり、

食事をつくりにいったりしているうちにつきあうようになったと

これもよくある話です。

彼氏普段はいつも穏やかで誰とでも仲良くなれる、ニコニコした人づきあいのいい人ですが、

お酒はいるとスイッチが入り、暴力的になるという欠陥を抱えてました。

例えば、居酒屋ビールのおかわりがすぐに出てこないと、

「いつまでかかってんだよ!!!」とキレて、お店を出るというような低レベル人間でした。

(そして別の店を探すというなさけないことも多々……)

でも、それ以外は本当に善良ないい先輩でした。

なので、宅飲みをしている時に、殴られることも時々ありました。

そういう時も、卒論ストレスが溜まっているんだろうなぁと思い、

それでも甲斐甲斐しく付き合っていたそんなある日のことでした。

彼氏をいつもより喜ばせてあげようと思って、

おもいきって女の子の格好をして、彼氏の部屋で待っていました。

ゼミ飲み会があったらしく遅くに帰ってきた彼氏

「なんで女の格好をしているんだよ!!」と激高され、

ボコボコに殴られ、蹴られました。

わたしはただただ

「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り続けました。

そんなわたしに興奮した彼氏わたしに馬乗りになってさらにクビをしめてきました。

死ぬかと思うほど苦しみました。

苦しむわたしを見てさらに興奮してきました。

このことが別れるきっかけになりました。

さすがに、このまま付き合っていたらいつか死ぬかと思ったからです。

別れ際に彼氏から

「もう1回だけ、クビをしめたい」と懇願されたのですが、きっぱりと断りました。

しかし、今でもわたしの首筋にはその時の手形が残っているのです。

2017-04-06

ゴースト・イン・ザ・シェル』のバトーさんを直撃! 原作愛がハンパなくて『イノセンス制作懇願するレベル

って記事を見て思ったけど、邦画特撮系って原作愛のある役者って皆無じゃね?

アイドルやら売れっ子役者で揃えてるから仕事が決まってはじめて原作を見るっていう人がほとんど100パーじゃないかな。

製作陣にしてもそういうのが多いように見える。

アニメ場合原作が好きで〜って話はよく聞こえるけど、実写側からはまったく聞こえてこないよな。

2017-03-15

裁判所に息子を殺された、日本死ね

今日裁判所に親子の縁を切られた。愛する息子を殺されたような気持ちを、どこにぶつけたらよいのか。

妻に言われたでっちあげDV

イクメンって会社でも友人にも褒められた俺が、そんなことするはずないのに。結局DVは無いって裁判でも証明されたけど、子供は帰ってこなかった。

連れ去った親に親権がいくんだと。連れ去ったものが親として認められる。

弁護士いわく、「日本では、先に連れ去った方が親権者として認められてしまうんです」

それが今の日本

2年前の4月 仕事から帰ってきたら妻と子がいない。

6か月の息子が妻に連れ去られた。妻の実家や、友人やすべてあたったが、ダメだった。後で、実家に帰り、息子の住民票勝手に移されたと弁護士から通知が来た。

俺は連れ去られた子供を取り返すべく、何度も何度も妻に懇願する手紙を書いた。

家庭第一という訳ではなかった。でも、毎日毎日家族のために汗水たらして働いてきた。上司に叱られて悔しい思いをしても、家族のためだと思って我慢して働いてきた。

それでも裁判所母親を親として認めた。俺は親になれなかった。

裁判所判断子供との縁が切られた。

継続性の原則。連れ去りをしても、そのあとちゃんと面倒見てたら親権取れるらしい。

先に連れ去った方が親になる。これが日本

毎日毎日子供と一緒に過ごす夢を見て、生きる目的も無くなったけど生きている。

もう息子に会えないまま死んでいくのかな。

まれ変わったら、息子と一緒に散歩したい。

本を読んであげたい。

野球をしたい。

風呂に入りたい。

一緒に旅行に行きたい。

勉強を見てあげたい。

悪いことをしたら叱りたい。

そんな親として当たり前の事も、どうやら、僕の人生の中ではどれも叶うことは無さそうだ。

息子よ、ごめん。そしてこんな日本死ね

息子を愛する父

2017-03-11

セックスしたい人

今まで生きて来た数十年の間。

好きな人が出来ても、それが現実の人でも例えテレビ中の人でも、その気持ちセックスに直結した事が無かった。

小説漫画仕入れた性の知識だけはきっと誰よりも豊富で、けれどそれに実績が伴わなかった、というのも理由の一つかもしれない。

好き、ただそれだけで、見ているだけで充分で、話せるだけで充分で。

手を繋ぐ?キス?無理無理、そんな事出来るはずがないって誰かを好きになる度にそんなくだらないやり取りを脳内でした。

初めての彼氏が出来た時も、手を繋いだり、キスをしたり、はたまたセックスをした時も、どこか不思議で、まるで人事みたいにセックスしてるんだなぁとぼんやり思っていたぐらいだった。

なのに一昨年に初めて会ったあの人はそんな私の気持ちを一瞬で奪っていたのだ。それはそれは驚くような早さで。

きっと一目惚れだったのだと思う。

初めて見たあの人のすらりとした姿、控え目な声、はにかんだ笑顔

全てに心を奪われたのだ。

あの人の事を知りたいと、奥手ながら臆病ながら、少しずつ探りを入れた。

年齢は?

彼女は?

はたまた結婚?なんて。

その度にあの人は白い肌を赤らめて答えてくれた。

年齢は私より二桁近く上で、既婚者だった。子煩悩で、家族を大切にしていた。

終わった、と思った。自分環境を棚に上げて。

そもそもが始まってすらいなかったのだ。

だけれど、奪われた心はそう簡単に元には戻らないと、私は数多の片想いを経て知っていた。

好きが加速した。好きでいるだけなら迷惑はかからないと言い聞かせ、立場を利用してあの人の隣に居続けた。

不思議だった。隣に居ただけなのだ。本当に、隣に。比喩ではなく実際に隣に居た。仕事上の理由で。

すると、動きの関係からあの人と肩が触れそうな位置仕事をする事が一日に幾度かあり、その度に私の下半身には熱が集まっていった。

かめた事はなかったけれど、この感覚は間違いなく、直接的な表現をすると濡れていたのだ。

この人はどんなキスをするのだろうと、好きを自覚する前から妄想していた。

好きを自覚して、濡れている事も自覚してからは、この人はどんなセックスをするのだろうと飽きもせずに毎日考えた。

そして、この人とセックスをしてみたいと心の底から思った。

一度でいいのだ。たった一度でいいかセックスをしてほしいと、眠る前一人で懇願した。それを直接言う度胸と可愛さと色気を私は持ち合わせていなかったから。

初めての感情に頭と心は混乱した。

どうしてこれまで、この人とセックスをしたいと強く思うのか理由は今でも分からないままなのだ

けれど今でも、あの人とセックスをしたいと強く願う心は変わらない。

あの人が退職して会えなくなってから、連絡が取れなくなってから、もう随分日が経つというのに。

きっとこの先にも、これほど強くセックスがしたいと願う相手が出て来るのかもしれない。

でも、こんなに強く願う事はもう二度とないのではないかという気持ちにもなる。

あの人は、一体どんな理由で、どんなつもりで私の前に現れて消えたのだろうか。

こんな感情もあるのだという事を知らしめる為なのか、恋を忘れていた私に恋を思い出させる為だったのか、ただ搔き乱しただけだったのか。

かめる術なんてものは、奇跡が起きない限り無理なのだけれど、本当は少しだけ、本当はちょっとだけ。

あの人も私とどうにかなりたいんじゃないか、なんて事も思っていたんだ。

他人には無口なあなたあんまりにも楽しく話し掛けてくれるから

見た事がないような笑顔で笑ってくれるから

今になって気付いた、口下手らしいあなたの遠回しな誘い文句があったから。

でもやっぱり確かめる術はないから、結局は全部私の痛い妄想だと結論付ける他ないのだ。

けれど今でも私はやっぱりあなたセックスがしたいんだ。

たった一度だけでいいからさ。大事になんて扱ってくれなくていいからさ。

身代わりでも捌け口でもなんでもいいから。

なんて、あなたにこれを伝える術はあるけれど、あなたを誘う度胸と可愛さと色気は持ち合わせていないんだ。

から私はこんな所でいつまでも、うじうじとこんな日記を書いている。

セックス、してくれたらいいのに。

2017-02-05

http://anond.hatelabo.jp/20170205214949

例えば絶対にできない仕事投げられたらどうすんの。

できますって言ってやるだけやって過労死して、

こんなに頑張った私を許してって懇願すんの?

2017-02-02

死なないためにクソ野郎になった

学部卒業から修士課程中退のおおよそ2年間、その大部分を私は怠惰に過ごした。

まともな研究もせずに卒業論文突入し、指導教員にひたすらダメ出しをされてほとんどお情けみたいな形で卒業はした。進学後、これからはちゃんとしなくてはと思ったのとは真逆に、授業や研究に出ることは減っていった。

家の中(一人暮らし)ではただただ焦燥感が募っていった。授業に出なくては。研究しなくては。なにかしなくては。しかし数日間着替えてないし風呂にも入ってない。しなければいけないことばかり積み重なって後回しにして、ずるずると時間けが過ぎていった。自己嫌悪自己肯定が頭の中をぐるぐる回っていた。同級生生存確認してくるようになったので、コンビニ図書館時間を潰すこともした。家族や親しい人には、事態が決定的になるまで話さなかった。

中退後は今の会社に拾ってもらって、故郷大学からも離れた街で社会人ヅラして生きている。多分、根本的な問題は直ってないし、死ぬまで解決しない。ただ、絶望して死んだり生活できなくならないために、反省しないようになった。悩みすぎて苦しむこともなければ劇的に改善されることもない。安全装置の如く、ある程度まで感情が進んだらそれ以上深くならないイメージ

から出られなくなることがなくなった分、しわ寄せは周りに行く。責任感だけはあると思っていた自分が、責任他人に押しつけていることに気付く。家族からビョーキ呼ばわりだの親不孝者扱いされ、彼女からは本気で死んで欲しいと懇願される。それでもケロッとしているのは、やはりどこかおかしくなったのか。思い悩んでも寝て起きたら出勤して適度に仕事する。そんな日々。

2017-01-25

二人の戦争体験を聞いた話

自分が「戦争はいやだなあ……」と漠然と思う気持ち根底が、この二人の体験を聞いたことによって、

戦争が人の人生を強烈に歪めるということを肌で感じたことによるものっぽいので、ちゃんと覚えているうちに一度書き出しておきたいと思う。

(1)

一人目は離れて暮らす祖母で、確か終戦10歳かもう少し上か、その辺りだったと思う。

祖母満州から引き揚げてきたそうだが、祖母の父が警察?か何かの職に就いていたらしく現地で一時投獄されていたそうだ。

警戒されにくい子供祖母差し入れとして羊羹を持っていくのだが、その羊羹の中に毎回カミソリの刃を忍ばせていたという。

そのカミソリが何用なのかは教えてもらえなかった。

祖母が住んでいた町は、ある日やってきたロシア兵に制圧されたそうなのだが、

「女だけの家があると知れると、夜になるとロシア人が数人で来て、朝になると帰るのよ」

お菓子子供を釣ろうとしていたけれど、近所のお姉ちゃんやおばさんに何をしているか知っていたから、私は一度も受け取らなかったわ」

日本に帰るために街から逃げる直前に、遂にロシア人私たちの家にも来たのよ。でも、お母さんは病気だったでしょう?妹はまだ5歳でしょう?」

俺がまだ子供だったからか、それ以上の事は語られなかったが、祖母は今もロシアが大嫌いだ。

しかしそれ以上に天皇を「コイツが余計なことを始めたせいであんな目に」と毛嫌いしているようで、今でも酒が入るとすぐに「天皇家は早く滅びろ!」と喚きたてる。

同時に、幼少時に現地の子たちと一緒に遊んでいた影響らしいが、中国韓国への親近感が非常に強いようで、

長後バリバリ左翼になって共産党に入党し、国交が本格的に再開する前から限定的市民交流として招かれて中国に渡ったりもしていたらしい。

最終的には自分人生で最も重視するもの活動のために動きやすくなろうと、子(俺の母ら)を残して祖父離婚したというから筋金入りだ。

ちなみに、祖母が漬けたキムチはめっっっちゃ美味い、そして市販品がサラダに感じるくらい辛い。ポイントはアミ(エビ)を入れることらしい。




(2)

祖母から話を聞く以前、誰かから初めてきちんと戦争体験を聞いたのは、

ノストラダムス世間が盛り上がっていた小学生の頃、「戦争体験者を探して話を聞きに行ってインタビュー記事をまとめる」という宿題が出た時だった。

大抵の子自分の家のばーちゃんあたりから「この学校の校庭で芋作ってた」的な話を聞いてきた中、

先述の祖母が遠方住まいだったので身近に戦争体験した人がいなかった俺は、近くに住んでいた清さんという90歳越えの元兵士の爺様に話を聞きに行った。

清さんから聞いた話の中で一番印象に残っているのは、

戦争の時、大陸にも行ったけど、捕まえた女の人の股に一升瓶がどこまで入るかって遊びをやって、途中で女の人が死んでしまっても笑っているような連中をたくさん見た。」

という随分エグい話だ。

まだ女性の体の仕組みもよくわかってなかった時分だけれど、淡々とした話を聞くだけでとにかくゾワゾワと怖くて、その時感じた嫌悪感は今も強烈に覚えている。

ちなみに清さんは海軍所属だったらしく

「あーいうことをやるのは陸軍ばっかりだ、陸軍はロクでもないのが混じってる。」

といったアンチ陸軍的なこともちょくちょく言っていた。

その後清さんは、太平洋戦争中に南方(東南アジア?)の島で滑走路の脇にいたところ、

戦闘機に機銃で近くを撃たれたか、すぐ近くに爆弾砲弾が着弾したか左手の指を数本持っていかれて、氷川丸という病院船で日本に帰ってきたそうだ。

当時の俺は、一番印象深かった話は少々ショックが強すぎたのか一旦記憶にフタをしていたようで、

清さんが途中途中で妙に楽しそうに話してくれた、上官に木の棒でぶん殴られる話とか、南の島で現地の人と仲良くなって食べ物を分けてもらった話とか、

魚雷回避するための航法とか、合図のラッパの話とか、氷川丸(生き残って今も展示されているらしい)の話とかを中心に無難にまとめて提出した気がする。

「私は運よく五体満足で帰ってこられた」(指ぐらいは清さん的にはノーカンらしい)「ただ運がよかっただけだ」と繰り返し言っていた清さん。

隣を歩いていた仲間が一瞬後にミンチになって自分は"たまたま"生き残ったり、

手足がもげて臓物をまき散らしながら殺してくれと懇願する仲間を拳銃介錯したりしながら、

明日自分もどうなるかわからないという地獄を繰り返し繰り返し味わいながらも、自分たちの行い・戦いが正しいものだと信じてそれを頼りに耐えていたのに、

帰ってきて戦争が終わったら「あれは全部間違いでした」と言われても、頭ではわかっても、

どうしても自分のしてきたことや仲間の死の存在が大きすぎて、90歳を超えてもまだ心で受け入れられない、と仰っていた。

戦争はよくない、あんな思いをこれから若者たちにさせてはいけない、ということを強い口調で語る一方で、

天皇陛下万歳」と唱えると、先ほどまでパーキンソン病で若干フルフルしつつ話してくれていた温和そうなおじいちゃんが、別人のように背筋がピンと伸びて腕を振り上げよく通る声を出す様子や、

軍歌やラッパの音の入ったテープを何本も持っていて、今でも毎日聞いてしまうのだと言っていた清さんの様子を今になって思い返すと、

しかすると清さんの戦争は、戦後50年以上経っても、まだ終わっていなかったのではないかという気持ちになる。

2017-01-23

女の子に恥ずかしい格好をさせられたい

ぐるみ剥がされて手錠をかけられ女の子の自室に監禁されたい。

「こら、やめたまえ!おじさんを誰だと思ってるんだ!」

と口だけは達者ないたいけなこの中年全裸姿を見てゾクゾクとそそられたい。

恥ずかしい格好の写真を撮られたい。

シャチホコのような格好をさせられて妻子にその写真を送ると脅されたい。

「すいませんそれだけは許してくださいお願いします」と土下座して懇願したい。

息を切らし湯気を出しながら懇願したい。

ダイエットだと言われ部屋にあるルームランナーで延々と走らされたい。

汗を落とすと黒光りしたムチでアザができるくらい強くひっぱたかれたい。

全裸疾走し体中の贅肉がダルダルンと揺れるこの姿を見てリビドーを感じてもらいたい。

途中で転倒してゼエゼエ言いながら「もう無理です勘弁してください」と慈悲を請いたい。

そこで容赦なくひっぱたかれたい。


小さい頃に漫画で、各界の重鎮たちがお気に入り風俗嬢を前にすると赤ちゃんのようになるというのを見たことが有る。

良い歳して「バブー」だの「でちゅー」だの言うのだ。

小さい頃の俺はそれ見てただただ気持ち悪かった。

だが今ならそのあの重鎮たちの気持は痛いほど分かる。

あと力持ちな女の子には太ももか身体を持ち上げられて強制M字開脚をさせられたい。

2017-01-09

風俗狂いになってしまった。

パチンコは怖い、パチンカス人間じゃない!

アルコールは怖い、ある中は人間じゃない!

そう思って生きてきた。

  

だが、今や俺は風俗狂い。

  

アルコールパチンコと比べて、メリット時間がとられにくいこと?

悪いところは、金の飛んでいき方が早いこと。

  

俺は、現在、月に10万くらい風俗に突っ込んでいる(2マン×5回)が。

3年前は月に2万とかだった。

2年前は、月に4~6万。

  

明らかに、使う額がアップしている。

怖い。

怖すぎる。

  

風俗使う理由が、「性欲」とかじゃなくて、「女に認められたい」なのがまたヤバイ

普通彼女なんてできたことが無いから、女に対する普通の接し方とかわからないし。

エロ漫画AVの見過ぎで、女に対する接し方は「ママ~」とか、「俺の子を孕め!」、「イケメンバッカリ媚びやがって!」、「オラぁ!ブサメン精子障害妊娠しろやああああああ!!!」、「絶対リアルでは人格すら感じないコンビニ店員よりかかわりないキモ男のケツ舐めておいしいかぁ~?」みたいな。

  

そんで、すぐ、風俗嬢説教されて、泣きつく。

風俗嬢は、「別に身長からとか私そんなので彼氏選んだことないし、彼氏も3年とかいないし、男と縁なんてないよ」とか、「でも増田君、お医者さんだし、すごいじゃない」とか、褒めてくれる。

そんで、俺はメンヘラ全開にして、「〇〇ちゃん、僕のママになって!授乳手コキして!カワイイっていって!僕のこと愛して!」と泣きながら(マジで泣きながら)感情爆発させて懇願

  

で、毎回、違う女の子を頼む。

同じ女の子絶対に頼まない。連絡先交換もしない。

人付き合いするのが本当に嫌っていうか、他人恐怖症ってか。

普段の人付き合いは、作りキチガイの逆で、作り健常者でやってるから

本当の人格は上に書いたように、人付き合いとかできるようなもんじゃない。

毎回、毎回、泣いて気持ちよく射精して惨めになるのが楽しくて風俗使う。

  

だが、ヤバイ

これマジで金も時間も使いすぎ。

パチンカスアル中と同じように見下している、ホスト狂いや、バンギャメンヘラと同じじゃねーか俺。

キャバクラに貢いで破産するオッサンメジャーな屑破滅タイプだけど。

間違いなくそ路線で突き進んでる。

  

早いうちにカウンセリングうけようかな。

2016-11-07

http://anond.hatelabo.jp/20161107202610

なぜかこれを読んでフランスの古い映画を思い出した。

ある画商が絵が売れずに貧困にあえぐ青年画家から絵を買うように懇願されるのだが、

画商は「君のような凡才は生きている間に大成できないだろう」とを酷評して買おうとしない。

そうは言うものの、画商は青年相談相手として、二人の間に緩い友情のような繋がりができる。

それでも画家は絵を買おうとしない。

まったく絵が売れない青年画家は、貧困のあまり絶望し、餓死するよりはマシだと自殺してしまう。

偶然その場に居合わせた画商は、青年の死を確認すると、すぐさま彼の絵をほとんど全て持ち去り、

それらの作品を「現代フランス新進気鋭の画家のものとして高値で売りさばき、

後に青年フランス代表する画伯として名声を獲得することになる。

(この青年画家は、実際に夭逝した画家モディリアーニモデルらしい)

2016-11-06

挨拶したくないのは挨拶批評家のせい

知らないやつに挨拶なんかしたくない。

できれば知ってる人にも挨拶したくない。

こう考えるに至った経緯は他人挨拶を品評してあれが悪いこれが気に入らないとケチつける奴らが多いせいだ。

大体、他人挨拶を返さないのが気に入らない奴は挨拶を返しても何か気に入らない。

声が小さいとか笑顔がなってないとか目を合わさなかったとかそういう事でネチネチネチネチ他人文句をつける。

しかも「挨拶人間としての基本」とかい大義名分があるものから、大きく振りかざして「お前は人間としてなってない」とか平気で詰ってくる。

うっせーよ、こっちにだって事情があるんだよ。

風邪ひいて声がでないとか、考え事してて本当に気が付かなかったとか、めちゃくちゃ急いでるとか

仕事から帰ってきて疲れ果ててしんどいとか。

そんな時になんでアンタを満足させてやらねばならんのか?お前は何様だ?サービスでも受けてるつもりなのか?

挨拶禁止してほしいと懇願した人はさぞ小姑みたいにチェックされて苦しんでるんだろう。

大体、「こんな事言われたわ~理解に苦しむわ~」ってわざわざ新聞に投書しちゃうくらいだしね。

挨拶他人の全てを測ろうとする奴とは付き合いたくない。

2016-10-26

終了のお知らせ

夏はもう終わりである

ということで、玉を出すのは終了だ。

主人は夏はシャツパンで過ごす。

そして暑いと、トランクスの真ん中からモノではなく玉をだす。

どうやったって目がいくので、やめてほしいと何度となくお願いしても

なぜ、人体において、玉が外にあるか知っているか

それは冷やすためである

ということは、冷やせば涼しくなる。よってトランクスから出すのである

何の文句があるのだ?

と仰せになる。

私は目のやり場に困る。見たくて見ているのではない。

なぜだ。広島が負けている。

話がそれた。

冷房を入れていいから、できれば玉はしまってほしい。

懇願しても、玉を冷やすのが涼しくなる近道だ。

夏はみな、家では玉を出して過ごしているのだ。

なんなら他の男に聞いてみるがいい。

と言われたので、夏が終わった今頃になり、増田共にきく。

夏は、玉をだして生活しているのか?

奥方は何も言わないのか?

やはり我慢するしかないのか?

ぜひ、先輩方、ご教授願いたい。

2016-10-24

[]ファイアパンチ26話

先週ラストアグニと戦うために準備された囚人の一人をぶっ殺したレジスタンスの男が、アグニのところにやってくる

アグニ奴隷を逃してくれと頼み、レジスタンスの男は奴隷トラックにのせて逃げる

(「アグニ様が俺に話しかけてくれた!」狂信者っぽい)

一方、作られた神、ユダアグニの妹ルナに顔が似てる女)は、父親から「終わるまで」神の声がきこえるふりをするように言われていた

終わるまで・・・

そこでユダアグニの炎にふれて死のうとする

ナルトの中忍試験試験月光ハヤテに似た、敵側の事実上リーダーアグニを追っかけようとする

アグニは逃げるがユダは「自分を殺せ」と言いながらついてくる

そしてラストユダアグニに「殺して 兄さん」と懇願する

んーと奴隷逃がすのはいいけどアグニの敵討ちはどうなったんだろ

2016-10-23

少年の日の思い出

ふと思い出したので書いておく。

10年以上前の話になるが、安っぽい恋愛ストーリー登場人物になっていた時期が自分にもあるのだ。

それは中学の頃の話で、中学の何年だったかまでは覚えていない。

地元で一番大きな夏祭りに、そこまで親しくない友人に誘われた。

曰く、女子2人と彼と自分の4人で行くということらしい。

彼はそこそこモテる男であり、自分は数合わせの添え物なのだと感じた。

親しくないとは言え、同じ部活動所属し、家に遊びに行ったこともあるぐらいの仲で、しつこい懇願を断ることもできなかった。

待ち合わせの場所で合流する。

女子の一方は案の定、彼のことを好きだと噂される子であり、予想を裏切らなかった。

もう一方はどうか。自分と幼馴染で気の強い女子であり、なるほどこの2人で彼を取り合うわけかと1人納得していた。

彼は女子の1人からお小遣い」をもらっていたようだが、当時の自分は気にしなかった。

いいなー俺も欲しい!ぐらいの気持ちであろうか。

しばらく4人で屋台を回った。

ダブルデートと呼ぶには歪で、2+2ではなく3+1の構図・・・のはずだった。

幼馴染が諦めたのか、彼ともう1人の女子を2人きりにしてあげるというようなことを言い出し、必然的自分と幼馴染2人で歩くことになった。

無言のまま歩いた。

失恋しているのだろう彼女に、なんと声をかけたら良いのか分からなかった。

彼女一言、「私と付き合わない?」と言った。

ここで1つ問題がある。当時、自分には好きな幼馴染の子別におり、彼女もそれをよく知っていたのである

の子と付き合いたいのなら私の許可を取ること、といった会話をしたことを覚えている。

そして自分の住む町は田舎、学年にカップルは数組いるが、それは連絡網のごときスピードで伝達されていったことを思い出す。

すぐ茶化される目に遭うのは目に見えているし、もっと現実的問題として、付き合った男女が何をするのか分からなかった。

色々な思考が頭を巡り、答えることができず、言葉を濁すだけであった。

彼女はすぐに話題を変えた。

あそこにかっこいいお兄さんがいる、みたいな、そんな話をしていたと思う。

気まずい空気がなくなって、自分はほっとした。

彼女が立ち直ってくれて良かったと思った。

2016-10-21

増田です。いろいろコメントアドバイスありがとうございます

http://anond.hatelabo.jp/20161019074216

僕としては自分家族もあるので弟のいる実家とは距離をとっていたのですが、母から電話で「こんな状況でも甥っ子は勉強頑張って成績いいのよ」との話で居ても立ってもいらず勢いで書きました。正直ここに書いても実効性のあるアドバイスがすぐもらえるとは思ってませんでした。たいていの内容は僕の想像範囲内ですし。でもこうやって文章にすることで弟の問題をある程度整理し直すことができ、あとこの状況に3年近くいるので僕も両親もすっかり感覚麻痺しているので、日頃からキチガイになれているはてなの人たちから見ても弟の問題は相当にヤバイ状態なんだと再認識できました。

僕に「自分家族第一にして実家とは距離をおけ」と言ってくれた方々、実際にはすでにそうしてます。つか実家問題が頭にあると仕事もまともに集中できないし家ではヤンチャな2才児が暴れているので普段実家のことを考える余裕もないです。でもやっぱ甥っ子のことまで見捨てるわけにはいかないんだよなと。簡単解決策なんて皆無でどれも時間と手間がかかるばかりなんですが、とりあえず事務的に少しずつこなしていこうと思います

前回は詳しく書きませんでしたが、実家地元役所にはすでに相談してます。そこで引きこもり対策NPOとか児童相談所貧困高齢者向けの窓口などいろいろ紹介してもらいました。ただ弟に関しては、彼自身が現状をしっかり受けてめて自らの意思で立ち直ろうとしてくれないかぎり、どうにもこうにもならないんです。引きこもり対策NPO職業訓練役所の各サービスも、本人が動いてくれないと使えないものばかりでして。。。とりあえず母が定期的に高齢者向けの相談NPOにいって現状を話せる相手ができたのは良かったです。それ以前は僕が電話で聞かされてたんですけど、話きくだけでストレスで眠れなくなるんで、やっぱああいう話は直接関係ない第3者に聞いてもらったほうがいいですね。

気づきかと思いますが、僕も実家の両親も、この状況に3年ちかくいるので多少狂っているとは思います物理距離があって合わなくてすむ僕はともかく、一緒に住んでいる両親の心労はひどいものです。実は今年になってよく家にあるモノやお金がなくなります。たとえば甥っ子の小学校給食代を封筒に入れておいてたのにそれがなくなったり、車の鍵がなくなってたりと。毎回弟に聞いても「知らない」と一言。ただある日、同じように父の車の鍵がなくなったときに母が「頼むからもう一回自分の部屋を探してくれないか?ひょっとしたら他のものと紛れてどっかいたかもしれないじゃない?このままじゃお父さんタクシーの仕事いけなくなっちゃうのよ。。。」と懇願したら、部屋に戻った弟が「よく探したらあったわ」って車の鍵を持ってきました。もう「ああ、やっぱこいつか。。。」ってなりますよ。

そんな状況でして、両親にとっては家にいるのに、貴重品やお金を隠しておかないと弟に勝手に持って行かれる(実際外出中に勝手にあさっている形跡あり)状態なので、もう気の休まる瞬間がないんです。つい先日も母が預金通帳をなくしたので、弟に悪用される可能性を恐れて急いで解約したらしいです。でもその口座から日頃の水道代とか電気代とか引き落としてるんですよ。。。その設定を母じゃできないから、結局ボクが平日時間を作ってやらないといけない。こんな本来ならやらなくていいような雑用がどんどん増えていくんです。こういう日々があった上の「ぽっくり死んでくれないかな」なんです。

役所カウンセラー児童相談所引きこもりNPO、あと自己破産財務整理の専門の方にも何度も話しました。事前に弟の承諾を得て家に来てもらったこともあります。でもなにも変わらない。第3者が来ているときだけは猫をかぶったように物分りがよくなって「自分も頑張って仕事探してるんですがなかなか。。。」など煙に巻いて、彼らが帰ったあとはまた元通りです。小賢しいのはあいつは経済DV言葉暴力はするんですが、実際に殴ったり蹴ったりはしないんですよ(脅すだけで)。だから警察沙汰にまでには至ってません。

今回の投稿の収穫として、精神科には本人じゃなくても家族最初に行くってアイデアは気が付かなかったので、近々実家近所の心療内科を探して相談してみようと思います。あと母親には小型のボイスレコーダーを渡して、今後弟がまた脅してきたら定期的に録音しておくようにと言っておきます。音声データ取っておけば何かの証拠になるでしょうし。とりあえずこれからあくまで甥っ子のために、感情を捨てて事務的に、できることを少しづつ根気よくやっていくしかないんだろうなと思います

弟については「もしデスノートがあったら・・・」な気持ちは今も捨てきれません。ただ家のかわいい盛りの2歳の息子の相手していると、あいつや俺にもこんな可愛い時期があって、親に愛されて育っていた時期があったんだろうなと。それがなんでこんなになっちゃったんだろう。。。って思うと毎回泣きたくなってきます。そして次こそは弟と少しでも話し合ってみよう。時間がかかっても諦めちゃだめだと決意して実家に戻るんですけど、その度にそんな気持ち裏切られるようなことばっかです。もうだから今後はあくま事務的に、第3者の専門家とこまめに連絡をとって、やるべきことをこなしていきたいと思います

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