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はてなキーワード: ニュートンとは

2020-05-30

もしニュートン童貞じゃなかったら

りんごが木から落ちるのを見る前に、乳が垂れ下がってるのを見て重力発見したはずだよね

2020-05-26

なぜ博士号をとったか大学教員になったのか

すまん。書き出しで結論を言うと、自分でもよくわからん

アカデミックあきらめた博士号保持者の記事が目に留まったので、運よく大学に残れた側のエッセイを書く。小さなころから科学者になりたかったんです、なんていう大学教員を見ると、眩しくてクラクラちゃうんだ。すまんな、憧れもなく大学教員になってしまって。

僕は少年時代に、科学者に対する憧れというものほとんどなかった。ニュートンとかガウスとかアインシュタインなんかの伝記を読み漁ったりして、心惹かれるものがあった。だけど、それは自分科学者になりたいという憧れとは少し違って、科学者仮面ライダーウルトラマンのように現実と断絶した世界にいるヒーローのようだった。

大学に入ると、教員たち講義を受けて、ずいぶん大学先生は楽しそうだと思った。あとでわかるが、それは誤解だった。ただ一人、すごく楽しそうに熱く語る先生がいた。専門を簡単説明する。それでいて奥が深い講義だった。僕はその講義に夢中になったが、周りの学生からは評判が良くないのが不思議だった。こういう先生なら、なってみたいかもしれない、とぼんやりと思った。

僕は研究者というよりは科学ファンだった。自ら新しい科学を切り開くということに、それほど魅力を感じなかった。それなのに、大学院へ進んだのは「もっといろいろなことが知りたい」という一言に尽きる。このセリフは厄介で、一見すると科学者適性がありそうだが、実際は逆だ。「ただ自分の興味が向くことを、気の赴くままに知りたい」という僕のような人は研究者に向かない。いったい僕は何になればよかったのだろう。大学院生としての一番の幸福は、図書館の薄暗い書庫顔パスで入り、紙が焼けているのにピンピンしていて、全く手を付けられていないような文献を読むことだった。だから論文が書けず苦労した。今もしている。研究者世界は手を動かす、アウトプットをするのが貴ばれる。研究世界に飛び込むことは少し違和感を覚えたが、もっと良い場所もなかったので居続けた。卒業したいので、しかたなく研究した。

学会で一流の知性に出会うのは、本当に楽しいことだ。僕にとってはスターライブであり、学会の懇親会で大物に研究の着想を聴いてみることほど楽しいことはない。

大学から学位記と一緒に追い出されるように飛び出し、一つ目の職場就職した。就職が上手く決まらなかったので、ダメなら別の業界に行こうと思っていた。だけれど何とか職場が見つかった。そこへ行った理由は、この業界にいれば、また暗い図書館での心躍る体験が、いつかできるかもしれないと、不純な希望を持ったからだ。着任した先では、学力が酷かったけれど、教員博士号持ちの熱血教師ぞろいだった。教員たちの教育に対する熱いパッションを聞かされて、なぜだかすっかり気持ちが冷めてしまって、他に居場所を探した。転職するためには、論文必要だったので必死研究した。欲しがりません勝つまでは、を地で行くスタイルで無理をした。体調を崩して大病してしまった。

なんとか次の職場を見つけ、落ち着いている。学生時代の環境を思えば、ここの学生世界が狭くかわいそうだと感じることもあるが、一つ目の職場と比べればだいぶましだ。すべては相対的だ。転職して、自分時間が増えたのでぼちぼち研究している。いつか解明したいテーマも懐にしまっている。いつか、は来ないので少しずつチャレンジしている。だけれども、ほとんどの研究時間は一日も早く給料を上げたい、そう思って不純だと思いながら心の血を流しながら論文を書いている。僕は興味が散発的なんだ、だから論文がこれほど憎たらしく感じられるんだと思い続けている。

博士号取ったのに大学教員にならなかった氏が言うように、大学が残念な場所であるとは認める。成績不良の学生面接したときは、部屋に一人残って泣いてしまうこともある、僕が。これから教員仕事うなっちゃうんだろうかって悩みつづける。実にこの業界ジリ貧だ。だけれど、大学教員以外に僕のふわっとした欲求を満たせる場所を知らない。雑用を投げてくるスーパースプレッター同僚もいるが、傷付きやすい僕を大学以上に放っておいてくれる職場を知らない。

文科省大学経営陣も学生も同僚もみんなクソだ。クソだけれど、僕はそんな奴らの戯言を骨抜きにしながら、今の場所に居座ってみようと思う。僕の興味と幸運の続く限り。

研究者にもなれない、だが学生を思いやる教育者にもなれなかった。一人でいたいから、学内政治家もっとごめんだ。いったい僕は何になればよかったのだろう。

2020-04-03

大人しく本やゲーム増田過ごすゴス田素間でムーヤン北支名と御(回文

おはようございます

サージカルマスク蒸したら殺菌できて何回か使えるのね!

とその情報だけを片手に今日は過ごします。

午前中後渡しの自由時間は15分しかないので、

たぶんこれも40秒で支度するうちの20秒ほどの時間で書き上げなくちゃいけない今日この頃なんだけど、

街は昼間はなんだか人出は変わらないような気もするし、

でも夜はお店も随分早くに閉まっちゃうから

飲みにも行けない盛り場が閉まってるけど、

相反してファストフード店なんかは相変わらず煌々と明かりを灯して24時間元気いっぱいに営業してるじゃない。

もう牛丼屋さんか定食屋さんか、

私の行きつけの食券制のパスタ屋さんでのちょいのみ需要が拡大してるのよ!

意外や意外でしょ?

でも残念ながらドリンクメニューがせいぜいルービーしか無いところが玉に瑕っちゃ瑕なんだけど、

とりあえずの

軽く一杯需要は満たしてくれそうなリーマンたちで一杯よ。

そんなこんなで夜も出歩けないけど

巣ごもり消費もいずれ爆発しそうな

自粛づかれもそろそろ出てきそうな昨今、

私は私でもしそうなったら1人の事務所閉店ガラガラシャッター閉めて、

家でゲームしたり本を読んだりしたり、

高校生の頃に勉強し損なった対数の本とかを読んでお利口になりたいところよ。

とりあえず、

雑誌ニュートンを挟んで色々な雑誌を買っておけば

買うだけで知的さアップできるから

オススメよ!

本屋レジで何冊か買う本の一番上にニュートンを置くと明らかにからさまなので、

2冊目ぐらいのところに挟んでレジ持って行けば、

お利口さを自然に出せるからやってみてね!

そろそろ出掛けるので今日はここまでよ。

うふふ。


今日朝ご飯

シャキシャキレタスサンドタマサンド

世の中の様子とは関係なく今日もシャキシャキレタスサンド

抜群のシャキシャキさ加減をもってして、

美味しく私の胃袋に収めたところで

またさらタマサンドを決める!と言うほぼいつものローテーションのルーチンよ。

美味しいものでも食べてQOLしたいところよ。

デトックスウォーラー

新しいちょっといい緑茶の茶葉買ってミルで擂り擂りしたいところだけど、

今あるお茶っ葉を全部使ってからにしようと思うので、

全力でホッツ緑茶ウォーター急須で煎れたところよ。

急須の持ち手のとっての中に水が溜まってちゃぽちゃぽするのがずっと気になってます

ここ水抜いて欲しいわ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!おー!

2020-03-10

ニュートンは生涯童貞だったらしい

男女の引力は見抜けなかったみたいだな

2020-02-18

シンクロニシティ

かつてこの世界には重力存在しなかった

ニュートンの家のリンゴが地面に落ち、彼がその存在に気付いた瞬間

世界中で重力が発生し、今やありふれたものとなったのだ

2020-02-12

歯医者JAVASCRIPT

https://hbol.jp/212378

この記事読んでへぇーって思ってる人、はあちゅう腐す権利いからね。

え、はあちゅうはニセ医療で、これはタイ最先端医療じゃん。全然違うだろ?

はい、そうじゃないんですよ。

医学知識医学判断能力がない人が書いた医療記事はどちらも同じなんです。

仮に、はあちゅうがこの記事書いたら、みんな「へぇタイ行こうかな?」って思った?

その時点で、あなた医療情報判断能力がないんです。

この記事の間違いは大量にあるけど、はてなにわかやすく言えば、

めちゃくちゃ良いプログラミング教室見つけた!っていう「増田プログラミング教室」の紹介記事が以下の感じだとどうでしょうか?

最先端JAVASCRIPTを用いた画期的ホームページの作り方を教える教室です(JAVASCRIPT世界の30億のデバイスで走る言語です)

また、最近流行りのAIの土台である機会学習を、MNISTというデータを使って、勉強できるんです。

これは、AIに知能があり、自動的に猫とおばあさん細胞発見できるというので、

世界雑誌ニュートンでも話題になりましたね。

これから国民一人ひとりがプログラミングを習う時代です。

ぜひこの増田プログラミング教室で、プログラムを習いましょう。

ね、頭痛くなる記事でしょ?上記記事レベルはこんなもんよ。

キーワードとして、「根管治療」(英語名Root Canal Treatment、以下“RCT”と表記

ラバーダム」、「マイクロスコープ」などを散りばめているだけで、上記文章と同レベル知識から

まず、日本保険適用の根っこの治療なんて、毎回200円くらいにしかならないから数千円なんて絶対適当

なぜ日本保険治療のことも理解していない人が、タイ治療については正しい記述ができると思えるのか不明


なぜ日本歯科保険診療が遅れてるか?

それは国がCOBOL縛りでプログラミング書けって縛ってくるのに、

患者グーグルマップみたいなサービス作りたいって言ってきて、

なんでも言語が使える自費診療すすめても、いや、保険きくからCOBOLでお願いします。って言ってくるからだろうが!

せめて日本学会関係者にでも取材して、なんでこういう状況になってるのかくらい聞けよ。

そもそも日本歴史的総合医ジェネラリストのまち医者)を増やすという医療政策をとってきたわけよ。

それは個人資質うんぬんじゃないの。出羽守がすぐにアメリカでは〜っていうけど、アメリカ歯医者、全員医者からね。

医学卒業して、そのあとで歯の勉強した人たちでエリート中のエリート。1日に3人患者みたら、生活できるから

15分おきに患者きて、インカムつけて仕事してる銀座歯医者なんかと比べちゃダメよ。

日本国民歯医者に通いやすいように、歯学部というものをつくった経緯があるのよ。

そのために供給過剰になってるけど、安く歯医者にいけるわけ。

最近は新専門医制度をつくって、分化していこうという話もあるけど、

患者側の意識が変わらないとなんでも屋を求めるから日本だとミスマッチしそうね。いろいろ面白いので調べてみてください。

あと、やぶが多いという話。うん、多いね

じゃあ、どこの歯医者いけばいいのか?

まず、クライアントであるあなた自分の歯をどうしたいのか、知識をつけること、

その症状に対して、得意な専門医がどこにいるのか調べること(歯学学会で調べられる)

学会症例報告などをきちんとしている開業医を調べること。

ここらへんでやぶはだいぶ弾ける。

え、めんどくさい?それなら、増田プログラミング教室行きですので、どうぞ。

クライアント要件定義する能力もないのに、SIer能力判断なんかできるかよっ!

あと、学会も誰でも自由につくれるので学会が言ってるから、というのは権威にはならないよ。

血液クレンジング日本酸化法医学会があるからね!

あと私は歯医者ではありません。ただの工学博士です。

2020-02-02

科学常識ってどうやって身に着けるんだ?

例えば、表面張力って言葉は知られているように感じているが、それが何ニュートンなのか測定方法を知ってる人は少ないように思う。

万有引力キャンベンディッシュねじり秤で測る方法も知っている人は少ないように思う。


方角を知るのは北極星を探せって言われるが、地球の歳差運動で将来ベガに変わるってのも知っている人は少ないように思う。


爆発と爆轟の違いだって映像でよく見てても混同している人の方が多いのでは。

2019-12-16

anond:20191216093034

まず第一に、ナチスがやったかダメ

結論ありきだが、これはどうしても一番にくる。

ナチスユダヤ人を殺した根拠となったのが優生思想であって、まずそこの繋がりで良し悪しが決まっているところは絶対にある。現代物理学ニュートンから始まっているように、現代倫理西欧人文思想ナチス否定から始まっているところがある。学問思想フィールド事態がそれを肯定しにくいようになっている。

 

第二に、しかナチス優生思想疑似科学だった。

今の優生思想疑似科学払拭できていない。

ナチス思想では、アーリア人ユダヤ人より優れているとされたが、実のところその根拠は極めて薄弱あるいは皆無だった。

では、現代優生学をやるとして、根拠を持って何かしらの遺伝を優れていると判断できるのか? できない。

そもそも遺伝的に優れている」という認識事態が、進化の考え方から逸脱している。環境適者が生存するのであって、他より優越したもの生存する訳ではない。従って生存しているもの優越しているわけではないし、今の環境で劣っているように見える遺伝が、将来圧倒的な強者になるかもしれない。

遺伝に優劣はないし判断できない。だから優生学は今でもなお疑似科学である

 

第三に、思想的経緯の問題がある。

優生学とまではいかなくとも、障害者の出生前遺伝治療、あるいは中絶という話をすると一つ問題点が生じる。治療あるいは中絶するということは、少なくとも障害者を「生まれるべきではない」と判断するということ。これは、これからまれ子供やその親にとっては良いかもしれないが、既に生きている障害者をも「生まれるべきではなかった」と判断したことになってしまう。

現代障害者たちは、倫理方面からあなた方の障害は一つの個性ですよ、とか言われて生きている。しかしただ個性を持っているだけだったら、なぜその個性をもった赤ん坊が"治療"されるのか。

この欺瞞に、しばしば大きな抗議がぶつけられるのである。抗議にパワーを齎すために、こういう遺伝治療への判断を「優生学=悪」と呼ぶことがよくある(個人的にはこれは優生学とは違うと思うが、元増田が気にしているのはこっちでは?)。

2019-11-17

哲学黄昏

http://www.phys.cs.is.nagoya-u.ac.jp/~tanimura/time/note.html

サーバメンテナンスみえないっぽいけどめちゃくちゃ面白いね。いまさらだけど。

谷村先生は本当にまじめな先生だな、と思う。

メタな話をすれば、哲学者側は最先端物理学者との対談で自分の論に箔をつけて業績にできるめったとないチャンスで、対する物理学者側は正直こんな本が出ても業績としてたいして価値があるわけでもなく、無難お茶を濁しても誰も何も言わないだろう状況へこのガチファイターの投入である。(ほめてる)

流血覚悟、魂をこめた渾身の右ストレート

そしてこの叫びである

https://twitter.com/tani6s/status/1193542355975950336

https://twitter.com/tani6s/status/1193542463169810432

谷村先生人間味が感じられるツイートお気に入りである

心の哲学が何を問題にしているのか、とか全然興味なかったけど、おかげさまで浅いなりに理解できたし興味も出てきた。谷村先生が頑張らなければひっそりと専門書の棚に気付かれることなく置かれてるだけだったかもしれない本だったかもしれず、関係者谷村先生感謝しすぎてもしすぎることはないんじゃなかろうか。

ところで谷村先生が指摘した部分というのは、理系研究者人間であれば多かれ少なかれ感じていたが言語化するのがためらわれた結果、これまで表面に上ってくることのなかった問題のように感じる。

学生の頃、人文系研究室卒論科学研究室卒論とを同じ発表会で見る機会があったけど、科学系の教授の人文系の発表への容赦ないツッコミを思い出した。

用語定義しろ立論にしろ結論を導く論理しろ君たちあまりに緩すぎないか?というのが共通する雰囲気だと思う。

科学が発達していなかった昔、哲学科学がまだ扱えない領域を先んじて論理の力で掘り起こす役目を担っていたと個人的には思う。(谷村先生の期待もこういうものではなかっただろうか。)

だが色彩論でのゲーテニュートン批判とか、時間論でのベルクソンアインシュタイン批判とか、科学哲学に先行して真理を掘り起こした結果、取り残された哲学が宙ぶらりんのままになる状態19世紀以降は顕著になってきたんじゃねえかと思う。まあ哲学のことはよくわからんのでアレだが。

ベルクソンアインシュタイン対話翻訳ネットで拾って読んでみたが、ベルクソンが長く理解しにくい文章で考えを述べる一方、アインシュタインは明晰で短い文章でバッサリと切っていて既視感がすごい(語彙力)

今、AIとか脳科学研究が進んで、心に関する諸問題哲学ではなく、科学俎上で実際に解決される可能性が高くなってきたと思われる。

意識ハードプロブレムとかも、哲学からの「まだまだ科学に扱えないものがあるんだよ!!」という断末魔叫びのようにも感じられる。

だが科学は進む。

意識問題も脳というハードウェア上に構築されたニューラルネットワーク状態空間として科学領域に取り込まれ哲学領域はまた一歩小さくなっていくのだ。

地動説人間の住む地球宇宙の中心ではなくなったように、進化論人間が神に作られた特別存在ではないことがわかったように、有機物生命作用なしに合成できることがわかったように、意識もまた特別な何かではなく、我々自身哲学的ゾンビなのだということを認めざるを得ない瞬間が必ずくるだろう。

キリスト教根底にある思想最後まで魂の特別性に拘泥するかもしれないが仏教だと五蘊皆空と思えばどうということもない気もする。

まとまらず終わる。

2019-11-04

anond:20191104031153

ニュートンさんそんな全員敵に回すほど叩かれてたっけ?

ニュートン科学史についての説明おかし

というブコメを見かけたんだが、具体的にどこがおかしい?

わかる人、教えて。

anond:20191103163514

2019-11-03

アンチフェミのための本当の社会構築主義入門

 以下では、フェミがオタク叩きをする根幹思想”社会構築主義”とは?における主として次に挙げる2ツイート問題点の指摘と、関連して宇崎ちゃん献血ポスターについての議論を行う。

そもそも

社会構造ってなに?

どこにあるの?

どうやって見つけるの?

それは反証可能性あるの?」

って、どの研究書を読んでもまともに書いてない。ただ、「ある」ってことを前提にして話をしてる。

そもそも社会構築主義」に限らず、社会学において、社会構造人間行為関係は、最も根本的なところでまったく解明されていない。

人間社会構造を作り、その社会構造人間規定するというのがどういうことなのか(ミクロマクロリンク問題)、社会学出来てから100年以上全くわかってない。

 この文章を書いた理由としては、上記Togetterがあまりに「社会学」についてのひどい誤りを書き散らしているにもかかわらず「参考になった」的なコメントが多くついておりヤベえと思ったためです(「ジェンダー論」についても誤りがありそうだけど詳しくないのであまり触れませんでした)。また、それはそれとして献血ポスター批判側にも「社会学」(同じくたぶん「ジェンダー論」も)を誤解していたり、受け手を誤解させかねない振る舞いが多く見られるのでその点についても指摘しています

 以下では最初に「反証可能性」についての話をした後に、次に「社会構造」の話をし、最後に宇崎ちゃんポスターの話をします。

 まず、反証可能性という用語を真顔で使っていいのは高校生までです。科学哲学(「なにが科学か」「そもそも科学とは何をしているのか」についての哲学)に詳しくない人のために反証可能性について一応説明しておくと、「それが間違いであると認められる可能性が無いもの科学ではない」という理論です。たとえばオカルトに対しては結構これが有効で、やつらはこれを買うと病気が治るとか言って壺を売りつけてくるわけですが、当然買っても病気は治らない。それで苦情を言いに行くと「あなた信心が足りないからです」とかなんとか言って「仮説:買うと治る 実験:買った 結果:治らなかった→仮説は棄却される」という「反証」を受け入れてもらえない。こういう状況を反証可能性が無い、といい、その状況と「まっとうな科学はすべて反証可能性を持っている」という前提からオカルト科学ではないと結論されます

 しかし、であるオカルト科学ではないのはいいのですが、すべての科学反証可能性を持っているかというと怪しい。化学物理学最先端研究だと、現状そこの施設しか営利企業だったりする)でしか検証できない実験結果がネイチャーかに載ってたりする。あれはいいのか、という話になる。「いずれ反証できる『可能性』があるからいいのだ」という人がいるかもしれないが、いまこの瞬間はまだ反証可能性が無いのにネイチャーかに載っちゃうのはどうなのそれは本当に科学なのということはまだ言える。というかそれでやばいことになった事例もあるわけで(ヘンドリック・シェーンSTAP細胞など)。まあ「可能性がある(実際先の2つは実際反証されたやろ[STAP細胞が無いと証明した人が居ないのに反証されたと言っていいのかとか問題もあるのだが省略!])」というところでそこは押し切るとしても、更に根本的な問題がある。

 反証可能性理論から出てくる規範として「科学者ならば反証された仮説にこだわっていてはならない」というものがある。例えば「STAP細胞はありまぁす」とかほざいた奴に対する科学コミュニティからまなざしを思い出してみるとまあわかる話でしょう。しかしそんないさぎよい態度が歴史上とられたことがあっただろうか。例えばニュートン万有引力を「ありまぁす」と言ったわけだが、当時の科学者(とか錬金術師とか哲学者とか、ようするに当時のインテリほぼすべて)から袋叩きにあった。ほぼ1人vs全世界の構図なわけで、それだけの物量の「反証」が寄せられると中には正しいものもあったりする(たとえばニュートンは「エーテル」を存在するものとしていたが、そんなものはない。あるいは単純な計算ミスもあっただろう)。さて、正しい反証を示されたニュートン万有引力という仮説を撤回しただろうか。皆さんご存知の通りしなかったのである。なんと卑怯にも奴は後出し理論マイナーチェンジを続けて「ありまぁす」と主張し続けたのである。壺を売ったあとに「壺は仕事をしたが信心が足りなかった」と言う宗教家と何が違うのだろうか。というのは流石に極論であるにしても、反証可能性という概念が当初思ったほど切れ味の鋭い概念では無いことは理解してもらえたと思います

 そういうのをコミコミで、普通反証可能性」という用語を教わるときは「という便利そうな概念があるけどそこまで便利でもないよ、だから次のパラダイム論が出てきて、それも思ったほど便利じゃなかったので…」というところを必ずセットで教わると思う(ので真顔で使っていいのは高校生まで)のですが、件の人は一体どのような教わり方をしたのでしょうか。

 この時点でこの問いがどうかしていることは明らかなのですが、「社会学が専門」と言った上で「社会構造ってなに?」という問いはまして頭が痛いです。

 社会学史のおさらいをしましょう。なぜ社会学なんて胡乱な学問が成立したのかと言うと、それが必要だと当時の人たちが考えたからです。どういうことか。一般的社会学の成立は、19世紀前半~中盤に活躍したコントスペンサーという人たちから19世紀後半~20世紀初頭に活躍したデュルケームウェーバーという人たちあたりが成立させたと言われています。以下ではコントデュルケームという2人の流れを説明します。スペンサーウェーバーも偉いのですが、「実証的」とか「科学的」とか言われる社会学を作ったのはやはりコントデュルケームだと思うからです。あとぶっちゃけスペンサーウェーバーには筆者が詳しくないという理由もあります

 さて、時代19世紀初頭、フランスコントという人がいました。大抵の社会学史的な文章にはこの人の名前が出てきます。逆に言えばたいてい名前しか出てこないのですが、その理由はおそらくデュルケームと比べるとぶっちゃけまりに見劣りするからです。それでも名前が出てくるのは、彼が今の意味での「社会学」という言葉を初めて使ったからです(正確に言えば彼が提唱したのは社会物理〉学でしたが、ここでの物理学physicsは明確に形而上学meta-physicsと対比される形で使われており、社会形而下学とか、社会についての実証的な学問とか、まあ要するに社会学のことでした)。19世紀初頭のフランスといえば、フランス革命の余波も大きく、社会しっちゃかめっちゃか状態でした。偉かった教会とか王様とかの権威が失墜して、ナポレオン独裁して、また昔の王朝に戻ったりしてました。多分一年ごとに自民党共産党政権を交代してもここまでの混乱はしないんじゃないかってくらいの混乱だったんだと思います。そういう中で生きてると不安になるわけです。幸せになれないわけです。じゃあどうすればええねん、と考えた人がコントでした。彼は「社会学」という言葉を初めて用いた『社会組織必要科学作業プラン』の中で次のように述べています。昔は王様とか宗教とかが社会をまとめあげてたよね。で、今もそれを復帰させようとしてる人がいる。気持ちはわかるよ、でも一度変わってしまったものは元に戻らないわけで、そういうのは無意味。新しい社会には新しいまとめあげの方法必要だよね。そのための方法社会についての実証科学を創設してみんなにそれを教育するということです!なぜならそれによって、社会のみんなで同じものを見て確認するということが可能になり、それでまたみんなの団結が可能になるからです!と。今の意味での「社会学」を全員に教育するべきかはともかくとして、社会についての科学的知見を皆が持つべきだ、というのはなんとなくわかる気がしますよね。というか200年経ってもまだ未達成なプランじゃないかと言う気がしてきますよね。「身の丈」とか言ってる人にはコントの遺灰を煎じて飲ませたいくらいじゃないでしょうか。正直天才の発想だと思います。ここで大事なのはコント王様教会権威(当時は王様神様みたいなものでしたからようするにまとめて「神学」でしょう)の代替物として、「社会学」を構想したということです。にもかかわらず「社会学は神学も同然だ!」と鬼の首を取ったように繰り返してるあたりで、ああこの人は歴史を知らないんだなと思ってしまますが、まあ確かにいまどきハンショーカノーセーのない神学のままではよろしくない。

 それをどうにかしたのがデュルケームでした。彼は19世紀末に『自殺論』という本を著しました。一般教養講義などで社会学を取ったことがある人なら聞いたことはあるはずです。この本の意義は簡単で、社会しっちゃかめっちゃかになると自殺が増えるということを統計的に明らかにしたという点に尽きます。まあわからんでもないけど何がそこまですごいの?って思いますよね。デュルケームがすごいのは統計学が未発達(というかほぼ存在しない)なかで、しかも「社会個人に影響する」という概念自体存在しないなかで、自殺という究極的に個人的だと思われた事柄と、季節や宗教といった普遍的社会事柄統計を用いて結びつけた点にあります。それまでも人の死についての統計は無いわけではありませんでしたが、それは保険のための年齢別の死亡率表のようなもので(それも当時としては画期的だったのですが)、社会と死(それも病死戦死ではなく自殺)が結びつくという発想はまったく存在しませんでした。どれくらい革新的だったかというと、「『社会がこうなると自殺が増える』って書いてるけど、自殺してないやつのほうが多いよね?」「てか社会がそうじゃなくても自殺してるやついるよね?」みたいなクソリプ殺到するほどでした。それほどに統計というものが未知のものだったのです(今でもたまにこんな人いますよね)。かくしてデュルケームは、自殺というものすごーく個人的な(と思われている)ことと、社会構造との結びつきを発見しました。現在に至るまでその後のすべての社会学は、このデュルケームの発想の上に成り立っていると言っても過言ではありません。別に学問的なものでなくても、たとえば「社会をよくして自殺率を下げるべきだ」とわれわれが当たり前に考えているのも、デュルケーム社会自殺関係を明らかにしなければありえなかったことでしょう。あるいはより学問的なことを言えば「身の丈」発言があれだけ叩かれたのも、「貧困家庭の子供の大学進学率は低くなりがちである」「大学に進学しなかった場合は、進学した場合よりも収入が低くなりがちである」といった、日本社会学がこの30年ほどで明らかにしてきたことが人口膾炙したためであると思われます(ちなみに教育社会学を専門にしている先生[竹内洋苅谷剛彦だったと思う]が公民館で講演したところ「先生のおっしゃってることって、魚屋の息子が魚屋になるってことですよね?そんなのみんな知ってますよ」と言われたというエピソード個人的に好き。みんな知ってることを統計的確認するのが大事なんです)。

 このデュルケーム研究ひとつとってみても、あるいは「身の丈」発言に怒れるようになった日本人をとってみても、「社会構造存在する」というのは科学的に正しいし、世間的にも常識となっているとみてよいのではないでしょうか。それを否定するのは、Twitterなんかではなくそれこそ論文を世に問うことによってぐらいでしか可能にはならないでしょう。そのためには社会学の100年以上の歴史通暁していなければならないでしょうが、「反証可能性」を錦の御旗のように用いている人がそうであるとはとても思えません(社会学はその歴史最初からかなり頻繁に科学性を疑われる学問ですから何度も科学哲学の成果を吸収したりそれに反発したりしてきました)。

 まあ、件の人のおっしゃりたいことも部分的にはわかりますよ。社会構築主義うさんくさいって。まあそもそも社会構築主義というものがほぼ定義不能こんにゃく理論なのでそれに反発してもなあって感じもしますが。知らない人のために大雑把に説明しておくと、広義の意味での社会構築主義とは、何か(大抵は個人的で意外なもの)が社会的に構築されていると主張することの総称です。その意味ではデュルケーム自殺社会的に構築されているという社会構築主義者ですし、おそらくフェミニストであろうがなかろうがすべての社会学者がそうです。狭義の意味では現象学的な理論が語用論的展開の中でエスノメソロジックになんちゃらみたいなのがあるようで、一部フェミニズム的な社会学者はこの立場を取っているようですが、この書きぶりからもわかるように筆者は詳しく知りません。こんな曖昧概念を「ラディフェミ(≒社会構築主義)」と書いてしまえる胆力には脱帽しますが、その後社会学全体が神学だみたいな話もしているのでそもそもよくわかっていないのでしょう。

 それとは逆に「よくわかっている」人が社会構築主義批判した例として、イアン・ハッキング『何が社会的に構築されるのか』『何が社会的に構成されるのか』(誤字指摘感謝Twitterで「社会構築主義」と「社会構成主義」の違いを尋ねていた人がいましたが、場合によって一緒だったり違ったりします。ここではルーズにごっちゃにしていましたが流石に書名はだめですね)を挙げておくことは有用でしょう。この本は社会学を好きな人も嫌いな人も読むべき本だと思いますハッキング学者たちによって「Xの社会学的構成」とか「Xを構成する」とか言われているものリストをわざわざ並べ立てます。いわく「著者という存在、義兄弟子供テレビ視聴者感情事実ジェンダー同性愛文化、病、知識、読み書き能力、『要治療』とされた移民自然口述歴史ポストモダニズムクォーク現実連続殺人工学システム、都会における学校教育人口統計女性難民若者ホームレス現象ズールー族ナショナリズム」などが社会的に構築されるのだそうです。まあ、「若者ホームレス現象」とかは確かに社会的に構築されてそうだな、と思うけど、「クォーク社会的構築」とか「ポストモダニズム社会的構築」とかはさっぱり意味不明である。また、その種の中には「実験器具メーターを社会存在(つまり人間である)が社会の中で観測しているのだから科学社会的に構築されている!」みたいなものもあるようで、そこまで行くと「万物は流転する」みたいな悟りレベルに達してそうですげえなと思わされます

 ハッキングは中でも「ジェンダー社会的構築」について着目します。いわく、「ジェンダー」って概念そもそも生物的性」に対するカウンター概念としての「社会的性」だったのだから、「社会的性の社会的構築」と言っていることになり意味なくね、と。まあフェミニズムの側にも言い分はあってハッキングはそれも紹介しているのですが、詳しくは本を読んでください。最初20ページくらいまででまとまっているので。

長すぎたので続きます

https://anond.hatelabo.jp/20191103164229

2019-10-21

anond:20191021155600

ゆうてバッタフライ効果までは行かずともニュートンフィジカルルールとかもあるから、海流が逆の所に無理やり進行するよりは海流ベルトコンベアを「作る」方が多分トータルのコストは安いぞ。

どれくらいの規模で実現可能かはわからんけど。

2019-08-11

anond:20190811135551

偉人」って都合のいい人のことだから

ニュートンとか、ガリレオとか、なんならチューリングとか、

別にそこまで人生幸せじゃないぞ

そういう人たちがいると、科学が発展して、

国が豊かになりますね。だからみんな、偉人になってね。

その果実は俺は享受しますね〜

っていう教育上のプロパガンダから偉人になりたくてすごい頑張っているやつ見たことあるか? 

俺はないぞ。

科挙だって一族から一人試験合格させれば、親族一同、そいつから甘い汁を吸うことを目的

頑張るもので、本人はむしろ人柱

こういう話を真に受けて、専業主婦子供を育てる人生よりも「偉人」のほうがいいという考え方が

そもそもどうかしている。

こういうことを書くとフェミ様が走ってきて、「君には言論の自由はない!」と宣言するけど。

2019-07-21

散布しても気化して爆発しないガソリンを開発すれば良いのでは?

「何をバカなことを」

そうおっしゃるのは貴方達が科学史について教科書レベル知識、いわゆるニュートンダーウィンだといった物事しか知らないからです。

いや、教科書レベル知識であっても、普通に持ち歩けばどこかで爆発してしまニトログリセリンから安全に持ち運べるダイナマイトが作られたという歴史を知っているはずだ。

フロンガスオゾンへの悪影響から代替フロンが作られたように、ガソリンの持つ内燃機関工学特性を損なうことなく、狂人による空中散布によって爆発現象を発生させられる危険性を極限まで下げたガソリンを開発すればいい。

違いますか?

それは今まで人類が歩んできた科学歴史の延長線上に存在し得ないものですか?

必要発明の母、需要実用の父、新たなる科学の子誕生する準備は既に整っているのです。

あとは、産むだけです。

頑張りましょう。

高卒の私には出来ないが、きっと東京大学大学院卒の方々なら出来るはずだ。

頼みましたぞ。

2019-07-08

ニュートン「乳はなんで垂れるんだ?そうか!」

ニュートン「やば、おっぱいで重量見つけたって言うの恥ずかしい…」

こんなとこやろな

2019-07-07

anond:20190707010752

3 長音は,原則として長音符号「ー」を用いて書く。

〔例〕 エネルギー オーバーコート グループ ゲーム ショー テーブル

    パーティー

    ウェールズ(地) ポーランド(地) ローマ(地) ゲーテ(人)

    ニュートン(人)

http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kijun/naikaku/gairai/honbun06.html

パーティ」ではなく「パーティーなのだから、「パンティ」ではなく「パンティー」の方が正しい。

2019-06-17

文系なのに理系に進んだ話

概要

中学時代

元々、勉強は嫌いな方ではなく、クイズとかも好きで、成績は多分、上の下くらいだったと思う。

ただし、私の通っていた公立中学はあまり治安の良い学校とは言えず(よく先生が辞めたり、クラスに1人は不登校がいるみたいな)、

そのため、全国的に見れば、そんなに成績いい方ではない気がする。

当時からいわゆる文系科目(ただし、国語は除く)が得意で、好きだった。理系の科目は苦手では無かったしニュートンとか読んでても面白いなーと思う事はあったが、

難しい問題になると途端に解けなくなってしまう。特に整数問題とかは苦手だったし、計算間違えるしで、受験は暗記数学で乗り切った感じだった。

英語とか歴史が好きだったし文系に進みたいなーとは思っていた。

高校時代

都内でそこそこ人気の公立高校に進学した。進学実績もそこそこよくて上位だと国公立早慶、真ん中ぐらいの成績で中堅私立に進学する様な学校だった。

あと、多分今もだけど、理系学校である事を押している学校だった。

ここに進学した理由は、当時通っていた学習塾先生方にプッシュされたからだ。

自分的にもいいかなーとも思っていたし、実際入って卒業して振りかえってみてもいい学校に入れたなと時々思う。

二年生ぐらいになって、文系理系選択する必要があった。理系選択すると物理数B文系選択すると古典数B

当時、そこそこ悩んだ。と言うのも、上にも書いたが、文系に進みたかったのだ。

しかし、理系なら文転やすい(潰しがきく)事と、父親から理系への猛プッシュがあったのだ。

父親理系だったが、私の兄や姉は、みんな文系に進んでしまった。

ほんとかどうか知らないが、どうも、理系が1人欲しかったみたいだ。

そんなもんだから、とにかく私を理系に進ませようとしてきた。

進路選択相談をすると「文系に行って就職どうするの?」「文系に行って何がしたいのか?具体的に考えてるのか?」「とにかく理系に行きなさい。」

とばかり言われた記憶がある。(余談だが、理系に行くと言うと「理系に行って何がしたいの?」と聞かれることが無かったのはいまだに不服であるw)

こんな感じだったのでモヤっとしながらも、理系に進むことになった。

大学受験は当然しんどかった。とにかく点数が出ないのだ。特に物理数学

あと、何を血迷ったか理系が得意でないっていってんのに、国立上位を目指すために化学もやっていた。

(振り返ると、いい経験にはなったが、受験という意味では失敗な選択な気がする。)

当然、理系に進んだのでみんな少なから理系科目に自信のある奴らばかりで、授業を全く聞いてないのに

放課後に、私に授業の内容教えてくれる人もいたり、それはそれで、ありがたかった。

が、それと同時に「なんでこんなに勉強できないんだろって」思ってしんどかった。「私のいる場所はここでない気がする」って感じてた。

どれだけ理系科目に勉強時間をかけても成績は伸びないが、元から得意だった、英語とかは別に適当にやってもそこそこ点数が取れてしまう。

「なんで、文系選択しなかったんだろ」って結構後悔した。ちょっと、鬱っぽかった気がする。

なんだかんだで、中堅理系私立に受かり、そこに進学することにした。

大学時代

数学わかんねー。物理わかんねー。って感じだった。

理系に進んだ人なら分かると思うが、高校の時と全然違うんだよね。

しか参考書とかも少ないし、まぁーしんどかった。

簡単問題もやったら時間かかったし、無駄時間ばかり浪費していいた気がする。

だって、私が今までやってたのは暗記数学しかいから、大学レベル純粋数学太刀打ちできるほど、論理的物事考えられないもん。

私が数時間がぐらいウンウン唸っていた問題を一目見て解く友人とかいて、「私のいる場所はここでない気がする」って感じてた。

あと、自己肯定感とかだだ下がりだったよね。鬱ぽかった気がする。

卒研もなんとか終わり、SIer就職

理系である必要性は無かった気がする。

社会人

一社めはSIerインフラ寄りの事をやった。卒研では画像処理とかやっていたが、まぁ当然業務全然それと関係ないよね(みんなそうだよねw)

PMとか取りまとめとかをやらされたけど、よく分からんままやってめっちゃ怒られたな。「私のいる場所(ry

色々あって、プライベートweb系の勉強をして、4年くらい勤めて、最近無事に転職

でもって、今はwebエンジニアキャッチアップは大変。

適性があるかと言われると多分ない。コード読めへんし。

が、楽しい。なぜか、昔に比べて自己肯定感が高まっている気がする。楽しいからかしら。

まとめ

取り立ててオチもない話だったんですが、自分が得意だな、向いているなと思う方向に進んだ方がいいのではというお話です。

自分の苦手な事やる→結果でない→落ち込んで、自己肯定感が下がる→頑張るモチベが下がる→結果でない 以下ループ

って感じになりがちなので、特別事情がない限りは自分が得意な事をやるのが一番本人に取って良いのだろうなと思います

就職やすいか理系に進むという選択は何か私に取ってはあまりあっていなかったのかなとも思いますね。

最後までお読みいただきありがとうございます

オチもなく勢いで書き出したので、散文になってしまい、申し訳

おまけ

同じ境遇の人と飲んでみたいっすね。あまり周りにいない気がする。

2019-06-14

anond:20190614024923

そりゃないだろ。

たとえば、大昔キリスト教による科学含めた非宗教分野に対しての大弾圧があった。3世紀頃のテオドシウス1世によるアレキサンドリア図書館攻撃、ヒュパティアの虐殺な。

古代においてはすでに地動説採用していたんだよ。

これにより、科学の進展は先に非キリスト教であるイスラムにおける発展や15世紀のルターや16世紀のニュートンデカルトまで待たされることになった。

言論弾圧は、1000年以上に渡る科学の衰退すらももたらす。

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