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はてなキーワード: センセーショナルとは

2018-07-19

社会不安が増大すると、殺人事件実数が減っててもマスコミ面白おかしく「凶悪化する【インセル】たちの暴走!!」とかセンセーショナルに書き立ててくれるからね。

2018-07-18

誰も詭弁を知らない

ストローマン論法と呼ばれるそれを宇多田ヒカルが「マスコミとかで叩かれるとき実態のないアレに名前ないの?」と聞いていた。

私も同様の類で、「またマスコミやら議員やらがもっともらしく物を抜かしとるわ、こんなこと言うから人気が出ないんだよなぁ」と思いながら見ていた。

それでも騙されて更に怒る人は現れるというのになぁという気持ちを抱きながら、それに名前がついてることすら知らずに生きていた。

ストローマン論法詭弁一種だ。

誰かが何気無しに出した話題自分の言い返せる部分だけ自分勝手な解釈をして切り出して返答をしてくるそれだ。

道路ボール投げするのは危ないという話なのに、子供に外で遊ぶなというのかとか言い出してくるそれだ。

勿論そんなことを言って暴れる人は哀れなので普通の人は触らない。本人も困惑はすれど触れることはない。

酔っ払い相手をしている方がマシである

勿論、これは論法。対人であった場合の話である

マスコミは多数を扇動し、アフィブログインフルエンサーたちは流行りを追い、その情報センセーショナルな部分に感銘を受け多数に発信する。

それが誤情報であっても、真実ではあるがたった一つの現象を見て騒いでることに過ぎなくても。

アイドル世界を救っても、アイドルの股からたらりと雫が流れただけで世界は大騒ぎする。

過ちに気付いて冷静に返答してくれる方も居るには居るが、その多くは専門家やその道の人、事件関係者もしくは当事者本人であり、その指摘が為されるまでに時間がかかったりもする。

その間、我々は誰かが作り出した当事者という名前藁人形に火を投げ込まされる。まぁ、投げ込む人は誤解込み恨み込み込みで投げ込んでいるんだろうけれど。

それでも藁人形燃える、それがウィッカーマンだと知られないまま燃やされる。知っていても燃やす。仄暗い顔をして燃やす

誰もそれを藁人形だと思っていない。世界を救ったアイドルの燃やせる部分を勢いよく燃やすのだ。

感覚的に気付いてる人は多いだろうし、論理学の人は「何を今更」と笑うだろう。まさか「え?!あのことを指して言えるの?!対象デカすぎないか!」なんて言う人は少ないだろう。

けれど、私はそれに名前が付いていたことも、論理学関連であったことも、詭弁を弄されていたことも理解していなかった。

あそこまででかくなってしまったもの対話が主な論法という単語に委ねてしまっていいのかもわからない。対話にならない衆愚に呼びかけて騙された集団によって成り立つものから、最早現象と呼んでも良いのではないか

から、そうならないように個々で理解して警戒して、それこそストローマン論法揶揄して主語をでかくしすぎないようにしなければならない。

匿名掲示板ですら人気が微妙時代論理破綻してしまった姿を名前付きで晒ししまうだろうが、そんな時は間違いがあれば謝ること、その周知に努めること。

そうやっていけば衆愚からは脱却できるようになるのではないかと目論んでいる。

2018-07-15

2XXX年の "MOUSDA"

"MOUSDA" の起源は、21世紀初頭まで遡ることができる。

そもそもとある日本IT企業が、匿名ブログを書けるサービスとして AnonymousDiary を開始したのが始まりであったようだ。

それを、利用者日本人の苗字名前をもじって「アノニマスダ」→「マスダ」と読び、ほどなくして、"MOUSDA" となった。

黎明期における "MOUSDA" の使用方法としては、不慮の排泄の報告(成人)などがあった。非常につまらない使い方だと感じるかもしれないが、失敗に後ろめたさを感じやすい、極めて日本人らしい使い方だと言える。

その"MOUSDA" がその匿名性と拡散力で、本来の力を発揮し始めたのは、日本における保育園問題を扱った「日本死ね」というセンセーショナルな、一件の投稿である

当時のストレージ現在の超仮想記憶と違って、物理的なディスクに保存していたため、完全な元データ存在してはいないが、当時の拡散力は凄まじく、最終的には、日本国会にまで取り上げられたということだ。

(中略)

現在の、"MOUSDA" は世界政府のメインブレインとして、世界平和と秩序を保つためにその機能を発揮しているが、その起源を知るものは、今はそう多くはない。

しかし、このような歴史があったことは、今後語り継がれるべきだろう。

2018-07-13

anond:20180713194127

本人らの繊細さを無視して単にセンセーショナルか否かで語るとか

最近増田幼稚園児まで来てんのかよ

2018-07-11

リベラルは「寛容」という標語を取り下げるのが正しい

まりにも寛容すぎるとミソジニーな人とか人種差別的な人も枠の中に入れてしまうということになってしまう。

そのせいで寛容寛容言いまくる人はダブルスタンダード状態に陥ってるように見えてしまう。


リベラル的な「男女平等人種差別がなく経済格差も限りなく薄い世界にしたい」

矛盾なく掲げたいのであれば「寛容」という言葉を使うことをやめるのが正解なんだ。


まりセンセーショナルゴシップ的で扇動的言葉遣いをやめねばならない。

それが果たして彼らにできるだろうか。

2018-07-01

anond:20180701181058

そういう側面はたしかにある。

過労死問題もそうだ。人が死んだら一気に動いた。

から例の件はセンセーショナルにしたかったんだろうと思う。

でも問題が一つあって、はてな内でしかセンセーショナルじゃなかったんだよな…

2018-06-28

世間40代のおじさんが40代のおじさんを刺した事件なんて興味ない

hagexさんのブログ毎日読んでた。

毎日読んでるブログなんてこれぐらいで、毎朝ゲス成分を注入してベッドから起き上がる活力をもらってた。

あの日たまたまツイッターを先に見ていたので、何が起こったのか現実味のないまま、手グセでhagexさんのブログを開いては更新されないページを見て胸が詰まった。すぐに履歴から消した(ブックマークはしていなかった)。

その日のテレビサッカー話題だらけで、良かったと思った。何の知見もない情報番組バカタレントコメントされたくなかった。

翌日のテレビは多少報道されていたけど、テレビ越しに見るそのニュース何だか遠いどこかで起きているみたいで、私の知っているものとどう繋がるのか理解できなかった。危惧していたようなセンセーショナルな報じられ方もされなかった。世間の人が否定したいインターネットの闇世界、を主張するには十分なニュースだったと思うんだけど、なんだか違和感があった。

翌日からほとんどテレビニュースでは見なくなった。同じニュースを繰り返し繰り返し何度も何度も突っつく暇な情報番組でもほとんど取り上げられない。

そうこうしているうちに今度は小学校舞台にした事件が起きた。あ、これはもうhagexさんの事件テレビで取り上げられないな。と悟った。加害者20代若者子ども存在が容易についてしまう町が現場になってしまった事件。どう考えても40代のおじさん同士のいざこざより世間の興味がある。そんなことを考えてしまった。そもそもそういう意味では元からそこまで強いニュースじゃなかったんだと思う。だからセンセーショナルな雑な報道もされなかったんだろう(低能名付け親hagexさんみたいに見える見出しくらいで)。

自分でもよくわからないのだけど、なんだかホッとしている自分がいる。私はまだはてなを見ていたい。はてなの中にいたい。今回の事件世間一般からはてな危険視されるのが嫌だった。

ああ、でももhagexさんの記事は読めないんだよなぁ。なんでこんなことになったのかな。みんなもうこの話するのやめよう、と思う自分と、この話を忘れてしまったら本当にhagexさんがいなくなってしまうよ、と思う自分に挟まれている。

2018-06-27

anond:20180627193050

物語としてはセンセーショナルだけどねえ

欲望に忠実って言ったって殺人暴行享楽を覚えるやつなんて一握りというか会ったことすらない

享楽過程たまたま暴行に及んでしまったり死んでしまうことはあっても、それ自体目的なやつは本当に一握り

これだけ性癖あふれる世の中だぞ?そんなもんでしょ

2018-06-26

要は

クズクズを殺してクズがお悔やみ申し上げてるってだけの話だろ?

田舎の村で起きた事件からセンセーショナルだけど

ほとんどの人には関係ない話だわな

2018-06-14

右傾コンテンツ大衆エンターテイメント

大衆はわかりやすセンセーショナル右傾コンテンツを消費する娯楽を楽しんでいて、本当に国の将来を考え頭を使って話し合いを繰り返している左傾議論理解したくないんだよ

自民党はそんな衆愚政治の中で支持されている政党であって、国の将来を真面目に考えている人々が支持している政党じゃない

・・・みたいなこと選民意識から抜け出せないか左翼は勝てねぇんだよな

2018-06-13

痩せるのってそんなに大変なの?

そういう体質なのか10代後半から体重が全く変化していない。

おそらく変動しても±1kgくらいに収まっている。

20代後半だが、身長170cm体重56kgで、BMIで言うと痩せ気味の標準体型。

今までダイエットしようだとか、体型を維持しようだとかは考えたことがない。

1日3食好きな量を食べているし、間食もあまりするほうではないが、昼間にチョコレート煎餅を1つ2つ口にするくらいならほぼ毎日している。

まり自分特に何も意識せず、好きなものを好きなように食べているだけで、太りもしないし痩せもしない人間なのだ

 

だけど、自分のような人間は少数派で、世の中の大半の人は油断するとすぐ太るらしい。

TVを見ても本屋に行ってもダイエット情報はこれでもかと言うくらいに溢れている。

それも、ここ数年だけの話じゃない。

物心ついたときからずっとだ。

おそらく物が満足に食べられる時代になってからずっと。

不思議なのは単に健康指南する情報でさえ、当たり前のようにダイエットの話になることだ。

どうしてぽっこりお腹を凹ませることを前提に話が進んでいくんだ?

こっちには凹ませるお腹がないのだが。

どうして糖質0がヘルシーなんだ?

どうして脂肪を分解しやすくするのが健康的?

健康って痩せてることなのか?

 

そして、何よりも疑問に思うのが、痩せる方法なんてどう考えたって一つに決まってるのに多くの人がそれを実践していないことだ。

どうして食べるのをやめないんだ?

食べなければ痩せるんじゃないのか?

そりゃあ健康的に痩せるためには筋トレだの有酸素運動だの必要なのだろうが、究極的に言えば体の脂肪が全部なくなるまで何も食べなければそれで痩せられるんじゃないの?

1日3食好きなだけ食べると太ってしまうのなら、1日2食にするとか、それぞれの食事の量を減らすとかして、一日の消費カロリーより摂取カロリーを低くすればいいだけなのになぜそれをしないんだ?

食べなければそれだけ食費も浮くし、高い月謝を払ってスポーツジムに通ったり、高価なサプリメント健康食品なんて買わなくて済むのに。

空腹ってそんなに我慢出来ないほどに辛いことか?

健康人間なら丸一日絶食したって余裕で生きていられるだろう。

それなのにせいぜい数時間の空腹も耐えられない?

 

あと、お菓子ケーキを目にすると二言目には「でも太るよ」って言う女の子、マジなのか?

だってケーキを1つ食べたとしてその重さはせいぜい数十gだろう?

水分やうんこになって出る分を考えたら身に残る重量は少しだけのはずだ。

にもかかわらず、そのケーキ1個食べただけで太るのか?

 

なんてことを言うと顰蹙を買いそうなので普段誰にも言えない

まぁ世が世なら真っ先に死ぬのは自分のような体質の人間なのは間違いないのだろうが、現代においてダイエットなんていう不毛行為に少しの時間お金も使わなくて済むのは幸運と言えるだろう。

でも、大多数の共有する価値観を少しも理解できないというのもまた寂しいものだ。

 

追記:

初めて増田に書いたんですけど、700個くらいコメントがあってびっくりしました。

やっぱりダイエットってセンセーショナルトピックなんですかね~。

でも、なんていうか、コメントに品があっていいですね、ここは。

ついてたコメント大体読みましたけど、30~40代からが本番って意見が圧倒的に多かったですね。

「ほら、見たことか。10年早いって言ったろ」って笑われないように、今のうちから気をつけたいと思います

2018-06-12

実際の所、一度センセーショナル殺人があっても模倣犯とかが出てこない辺り平和というか実際の社会にそんなに尖ったやつは居ないし、ネットにそういうの書いてる奴も口だけなのである

何だかんだ言っても今回の新幹線の件も模倣出来そうじゃん?

でも、実際模倣されるのは匿名に近いようなバレなさそうな犯罪模倣するんだ。

しかも、病んだ人じゃなくて適当にやってみました。みたいな人がやる。

2018-06-08

2週間に1人の割合虐待死が起きてるのに、例の件だけ騒ぐ意味がわからない。

電通過労死事件と同じでしょ。

他の大多数が死んでも意味がない。

大衆はお涙頂戴のセンセーショナルな死が欲しいわけ。

虐待親は更正不可能

目黒虐待児相問題にばかり焦点が当たってて虐待親が蚊帳の外なのがびっくり

まあ今回児相の引き継ぎとか色々と杜撰なところがあって、

しかも引き継ぎ前の児相が相当頑張ってたから余計センセーショナルになりやすいのかと思うが

しかし私がふと思ったことがあって

児相が叩かれて親が叩かれないのは、

児相ならまだ改善余地がある、まだなにかできることがあったはずだ」ってみんな思ってる、だから勢い批判にも熱が入る

だが虐待親の方はみんなどこかで、

虐待親の問題永遠に解決しない、改善策などない」って諦めているんじゃないか

からもはや批判するだけ無駄という無力感がある

その無力感があるからこそ、余計に児相へ過剰な期待が募り、さらなるバッシングにつながる

そんな側面もあるのではないか

そんなことをふと思った


虐待親は、もはや当たり前に存在して、もはや解決不能の死の病のようなものになってしまったのだろうか

2018-06-04

電車で足を組む…

togetter話題になってるが、「電車の中で座っている女性を蹴り上げた男」の話

http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/namigonda/status/1002892350979387392

これ、とても「わざとぶつかる男」の話と同じとは思えなかった。

まず個人的に、電車で足を組む人は嫌いだ。これまで男女問わず何人もの、私のズボンすれすれをブラブラする靴の裏を眺めながら「どうしてこの人は揺れる電車の中で人に靴の裏を見せるような真似をするのだろうか?」と心の中で問いかけてきた。考えれば考えるほど、「周りの人間など靴の裏以下の存在だとしか思っていないからだ」という答え以外得られそうになくて考えるのを止めたくなった。「気が付かないから」とか「うっかり」とか「姿勢猫背で足を組んだ方が楽」とか、なんの言い訳にもならない。「うっかり気付かずに」電車に乗ったわけじゃないだろう。それって、自分意志で酒を飲んでおいて「呑んでたからよくわからない」と言い訳する人間とどう違うのか? 「足を組んでいた方が楽」という言い訳に至っては「じゃあ靴を脱げ」としか思わない。子どもの頃親に言われなかったか? 座席上りたいなら靴を脱げ、と。

従って「彼女の足の組み方は、他者邪魔になるような失礼なものでなく常識範囲内だった」…というこの人の日本語意味が私にはよく分からない。人と膝を接することのある電車内で足を組むことが「他者邪魔にならない」という常識とは何か? あるいはこの方の「常識」では、たとえば6人掛の座席は5人くらいで使用して足を組んでもお互いに接しない距離を保つことが重要なのかもしれない。また、公の場では見知らぬ他人が何をしていても素知らぬ顔をするのが「常識であるのかもしれない。そういう「常識」の存在自体理解しなくもないが、それは電車が満員に近づき実害が生じそうになればすぐ霧消する程度の「常識」ではないか。私には、それが大げさに振りかざせるほどの「常識であるとは思えない。

そもそも「蹴り上げた」というのはどの程度の行為だったのか。少なくとも回し蹴りローキックを入れられてたという話ではないだろう。もしそうなら、それはもう傷害事件でありこの人の書きぶりもこんな程度では済むまい。むしろ、ひょっとしたら「靴で靴をぽんと蹴り上げた」という程度の話ではないのか。もちろん、若い女性が大男に無言で身体接触をされればそれ自体恐怖だということは理解する。また、この大男が「正義を振りかざして不正を行うような輩」という意味で、例の女性専用車に乗り込むおかし男性並の存在であることも事実だろう。つまり、この大男の行為は控え目に言って分かりやすい「暴力である。だが、そもそもこのシチュエーションにおいては、言葉で注意されたとしても同じくらい恐怖なのではないか? もしこの大男が、組まれた足への不快感をずっと我慢していたとしたら「穏やかに注意しろ」とはなかなか言いづらいのだから、多少きつい言葉で注意することはあり得るだろう。「おい、足おろせよ。ぶつかりそうで腹立つんだよ!」…そんな風に言われ、衆人環視の中で足をおろさせられていたらどうだったか。それはむしろ、軽く足を蹴り上げられるより恐怖と屈辱だったのではないか。そう考えると、「蹴り上げ」というセンセーショナルに響く言い回しを選んで男の動作をことさら記述した意図とは何かと考えてしまう。この言葉のチョイス自体が、事態を正確に描写するより大男を悪者に仕立て上げる意図と感じられて、この話を素直に読めなくさせている。

この話、仮に男女の立場を入れ替えて同じ事が起きたとしたらどうなのか。電車で足を組んで座る男、目の前に立っていた女性。無言で靴を蹴り上げる。黙って足を下ろす男。この場合、筆者は女性に対して「暴力に訴えるなんてひどいですよ。男性の足の組み方は他者邪魔にならない常識的なものでしたよ!」と言ってあげるのか? 本当に?

「女→男」なら、上に述べた文脈における行為暴力性は半減するだろう。ならば私は、蹴り上げた「勇気ある女性」に対して心の中で拍手を贈ってしまいそうだ。筆者の見解には賛成しかねる。

2018-05-28

好きなバンドマンがまた死んだ。

好きだったバンドマンが死んだ

その「大切なお知らせ」は3回目だったけど、あまりにも唐突だった。

1年で同じバンド内で連続して2人も死ぬことってある?ねぇよ。

だって、今月の頭に会ったよね、ライブ見たよね、いつも通り下手にいてベースべんべんしてたよね。彼女がいなくなってもう半年以上過ぎて、ようやくちょっと落ち着いたな、って思ったよ。もう行きなれたPangeaでさ、何様だよって感じだけどさ、お客さん増えたなあって、ソールドアウトしたんだもんなあって嬉しくて、この間だって新譜レコーディングしたって、それで、それなのに。

上手がぽっかり空いたときのこと、まだ鮮明に覚えてるけど(そりゃそうか、まだ1年も経ってない)、その時の彼が綴ったブログが好きで、彼女のことを思い出す度に読み返して、不器用な愛だなあって思ったんだ。

彼女死ぬのは、なんとなく予感があった。いずれ、いつか、そのうち。正直、もう一度彼女の姿を見ることは無いんだろうな、って最初唐突な「大切なお知らせ」を見た時にぼんやりと思ってた。

次の「大切なお知らせ」は読まずともある程度予想はついていた。ただ、ああ今来たか、と思った。学校で少しだけ泣いた。

だけど、その続きが、3回目があったなんて誰が想像出来ただろう?

なにが悲しいって彼女の「大切なお知らせ」と、彼の「大切なお知らせ」、大きな違いがあることだ。バンドの行く末の話だ。

彼女ときバンド絶対に前に向こうとしていた、その確かな決意を感じるにはあの短い文章で充分だった。だからこそ絶対彼女がいた痕跡を消さないためにも応援することをやめられなかった。なにを小説みたいなことを、なんて言われるかもしれないけど、私にとって彼女が生きていたという証明はあのバンドしかなかったからだ。

悔しいことに、彼女が死んでからバンドもっともっと大きくなった。かっこいい曲もたくさん出してくれた。

対して、今回はどうだ。今後についてなにも決められていないという。当面のライブキャンセルだ、と。なんて馬鹿正直なんだろう、と思った。そんなこと書くぐらいならなんにも書かないでいてくれよ。

こんなこと考えるのはおかしいのかもしれないけど、彼女がいなくてもバンドは続けられて、彼がいなければバンドはどうなるのか分からないって言うんだなあ。確かに彼女は3人いるギタリストのうちの1人だったし、彼は1人しかいないベーシストだった。だからなんだ、って話だけど、彼は代わりがきかなくて、それだけじゃなく1年も経たないうちの2度目の死はバンドには負荷がかかりすぎたのだろう。

あと何回「大切なお知らせ」を見るのかな、次の「大切なお知らせ」は解散だったりするんだろうか。それだけは嫌だなあ。だけど、もう5人が4人になってまた5人に戻って、また4人になったこバンドは、私が好きになった当時のバンドと同じものなんだろうか。

一昨日から彼女が死んだときのことや、その後のライブで4人になった彼らを見たときの胸が苦しくなったとき気持ちや、色んなことを思い返して苦しくなっている。泣きそうになって、こらえて鼻をすするこの一連の流れ、もう何回やったかからないんだよ。彼女が死んだ時に言われた「人って案外簡単死ぬんだよ」って言葉が頭を離れない。知ってるつもりだったのに、まだ全然死というものに慣れそうにない。慣れるものじゃないと思うけどさ。

1番死にそうになくていつも柄シャツを着ていた刺青の入った不器用な愛でいっぱいの彼がもういないなんて、実は全然信じていない。嘘でした〜アハハ!ってやりそうだし、彼。いや知らないけど。もし嘘だったら嫌いになっちゃいそうだけど。嘘であってくれよ、頼むよ。

不慮の事故なんて、そんなのって無いよ。

ねえあいちゃん千葉ちょっと2人とも急ぎすぎた?私まだ足りてなかったんだけどな、2人の音楽も、言葉も、表情も。死なんてセンセーショナルプレゼントなんかいらなかったよ。ただ2人がGFOでいてくれれば、それだけで良かったのに。

幸せになってね、本当に大好きだから。GFOが解散なんかしたら、ちょっと恨んじゃうかもしれないけどさ。でも私の人生ちょっとでも顔を出してくれてありがとう

2018-05-24

anond:20180524183337

なんだ、結局正当性証明できないのか。

私が多数に阿ってんじゃないの。

あんたが、数以上の正当性を主張出来てないだけ。

第一、「虐殺」なんてセンセーショナル言葉比較しての印象操作しなきゃならんとはみっともない。

私は虐殺正当化してない。

あんたの正しさを否定してるだけだ。

正確には、あんたの「俺の言うことは正しい!」って言う独善をな。

それに、世の中変えようってのに「独善でいい」とは、どこまで傲慢なんだか。

あんたの独善

anond:20180524181456

ニュルンベルク

ウサギの糞みたいなやつ

位の価値しかないよ。

anond:20180524143119

安倍政権批判から国民の目を逸らせるためには、太鼓持ち産経新聞センセーショナル話題提供すれば良い。

日大とそのケツ持ちは、悪役をうまく演じれば、安倍政権に恩を売れるだろう。

日大山口組チーム VS 関学大官邸チームでプロレスをやれば、一大スキャンダルオペラが展開できる。

第2ラウンド、いざッ!尋常に始めッッッ!!!

 

2018-05-19

anond:20180519223007

そりゃ殺人事件として立件されるのが女ばっかりだから

男が殺されても

警察あんまりやる気出さな

メディアもそんなに積極的でない

・調べても後ろにヤクザとかが絡んでて手が出せない

・女を殺す男に比べて男を殺せる男は「それなりの事情」で動いてることが多い

そもそも殺人事件」としてセンセーショナルに扱いにくいし、立件もしづいかデータ上は女が多くなるだけ

2018-05-18

セクハラ罪は存在せず

なぜか政権支持者と不支持者が、閣議決定が糞だの、質問主意書が糞だの罵り合ってるみたいだが

この件については質問主意書も、それに対する閣議決定特に変なところはないだろう

何がおかしいかといえば、マスコミ報道

わかりやすく、センセーショナルにという狙いなんだろうけど、害悪しかない

2018-05-17

新潟女児遺棄事件について

大きな声でいうことでもないけど気になって、ここで。

この件、かなり早くから「変質者による犯行」みたくなってたけど、どうしてだろう。

容疑者供述での「誤って車で轢いてしまい、パニくって隠ぺいとして線路に置いた」ってのも

一定の筋は通ってるよね。もちろん、捜査段階ではそれはないってこと確定しているのかもだけど、

少なくとも報道されているかぎりの情報では否定もできないんじゃないかと。

容疑者の男が性欲や何かで犯行に及んでいたとして、連続性もなさそうだし、

むちゃくちゃ猟奇的ってわけでも(報道範囲内では)ないし、ぶっちゃけそこまでの

ニュースバリューは(公共性という意味でも、ワイドショー的な意味でも)

ないんじゃないのと思う。

子供が見ず知らずの男に殺されたということがこれだけセンセーショナルに大々的に報道されるって、

それだけ日本治安が良くなって事件がないということなのだろうか。

親に殺されている子供は沢山いると思うが。

2018-05-16

またメディア犯罪者オタク趣味を無理やり紐づけて叩いてる

新潟事件に関する報道で、表題のようにいろんな人が吹きあがっているけど、

この件について、オタク趣味が原因の犯罪みたいに明確に叩いているメディアって実際にあるの?

そういうプロフィールを紹介したメディア名前は目にするが、叩きに至ったメディアの姿は見えてこない。

もしかして切りとられた一部の画像ネットの反応を紹介した記事を見ただけで、

またメディアオタク叩きか!と頭に血が上っている人達が、ありもしない事実を作りだしているなんてことはない?

まさか紹介しただけで叩きになるって判断してないよね?


また批判の中にはスポーツ属性なら紹介していない!っていうのもみたが、これは明確に誤解でしょうよ。

例えば何年か前、ラーメン店暴行に及び、警察が来るまで食事をしていた男の事件センセーショナルに報じられていたが、

彼の素性に関して元ラグビー選手と紹介されていたよ。元高校球児犯罪だって過去に幾度も報じられている。

わかりやす属性ジャンルわず紹介されるんだよ。犯罪訃報関係ない。

それが必要かどうかはなはだ疑問なのだが、決してオタク趣味に限った話ではないといいたい。


もちろん俺は確認出来ていないだけで今回の件でそういう叩きをしたメディアがあったかもしれない。

が、それは主語を大きくしていいほど多数の媒体で行われていること?

宮崎勤事件のことや、ネットで定期的にあがるオタクバッシングに見える切り抜き画像のせいで悪印象だけが強くなってない?

怒りをぶつける前に少し冷静になった方がいいんじゃないかな。

2018-05-01

サッカー代表人気の低迷について

ハリルの解任を悲しむサッカーファンの1人です。

解任そのものについては様々な見地から記事がありますが、解任に至った理由の1つとして挙げられることのある「代表人気の低迷」についてなぜ起きたか、どうしたら回復するかはあまり語られていないと思うので、1人の意見として書きます。先に結論をいうと、本田香川を起用したら回復する、華麗なパスサッカー体現したら回復すると、もし万が一協会が思っているのなら、こんなに人を馬鹿にした話はない、という話です。

まず、私はハリル時代代表人気は、ザックや岡田監督時代より低迷していたと考えています。(異論のある人は少ないでしょうが、念のため。)

私の周りで起こった事象としては、まずコアファン代表戦(特に親善試合)を楽しめなくなり、それによって特にサッカー好きではない一般層も徐々に離れていきました。もう少し具体的にいうと、代表戦のたびに実社会SNSお祭り騒ぎをしていたコアファン層(試合中にずっとスタジアムスポーツバーtwitterで叫んでいるような)がお祭り騒ぎをしなくなって、そこに混じるのを楽しみにしていた一般層が「あれ?今日お祭りじゃないの?お祭りどこ?」となったという話です。「オフサイドとかよくわかんないけど、代表戦の日はコンビニビールを買って帰ってテレビで観てtwitterでみんなと盛り上がるのが楽しみ」という友人が何人かいましたが、彼らは一様に「あれ??いつもすごい盛り上がってる人達がみんな急に静かになったんだけど、なんで?今日サッカーの日だよ?」と戸惑っていました。コアファンが盛り上がらなくなって、「お祭り」という一般層の楽しみが奪われたのです。それが視聴率の低迷に結びついていると私は考えています。だから、「普段サッカーを観ない層にも浸透しているスター選手が出ていれば視聴率は上がる」という意見には納得し難いと感じます

ではなぜコアファンは一歩引いてしまったのかというと、それは(1)世代交代の失敗、(2)協会監督選手関係への失望、(3)選手(や協会)の思う「面白いサッカー」がファンの思う「面白いサッカー」とずれていたという3点があると考えています

(1)世代交代の失敗

過去W杯日本センセーショナル世代交代成功してきましたが、今回は失敗しました。岡田監督が「外れるのはカズ三浦知良)」と発表したり、南ア本戦前に台頭した本田中村俊輔からポジションを奪ったり、同じ頃にキャプテンが当時まだ若かった長谷部に交代したり。あるいは中田英内田がまだまだ惜しまれながら代表引退を宣言したり。サッカーファンはそうやって、一時代を担った中心選手の席がニューヒーローの物になるストーリーを見てきました。それは去った選手ファンから見れば遣る瀬無い、苦しい思い出かもしれませんが、ファンの大部分にとっては寂しさと共に、新たな時代への期待を抱かせるシーンだったと思います。時に寂しさが勝る時もあったでしょうが、その一方で先に世代交代を失敗していたオーストラリア代表を見て「まだケーヒルが主力なの?平均年齢も高いし大変だね」と「あれは無いわー」と思っていた人が多いのでは無いでしょうか。しかしそれが今、南アブラジルロシアと3大会続けて、私たちは「本田香川岡崎、長友」のサッカーを見ることになろうとしています。彼らが良い選手か悪い選手かに関係なく、単純に選手が変わらないことは飽きるのです。一時期、原口浅野がニューヒーローとして台頭するのかな?とワクワクしてハリルジャパンを見ていたこともありますが、結果としてはそんなことにはなりませんでした。

(2)協会監督選手関係への失望(繰り返される失敗への失望

兵隊指揮官の言うことを聞かず好き勝手に動く軍が強いと思う人は少ないと思いますが、日本代表チームにその問題があることを知らしめたのはザックジャパンでしょう。予選や親善試合の頃から「なんで試合の序盤は面白いことやってるのに、いつの間にか狭いところを通そうとしてボールロストってシーンばっかり繰り返してるの?」と不思議に思っていたファンは多かったと思いますが、W杯後にザッケローニ通訳をしていた矢野さんが出した「通訳日記」という本(元々はNumberの連載)がその答え合わせになっていました。どういうことかというと、そういうサッカーを好む選手がいて、違うサッカーをしようとする監督に「これがやりたい」と直談判しにくる。ザックの世界では戦術戦術専門家である監督裁量権のある物なので、戦術専門家でない1プレイヤーから口出しがあることに驚き却下する(当然だと思います)、選手の不満が溜まる、選手勝手をしだす、という話です。そこまでは100歩譲ってまだ理解できるものの、度重なる選手陳情を一応は聞いて帰してを繰り返していると、そのうち協会の偉い人がやってきて「選手の主張を取り入れてほしい」というようなことを言ってくる。それを読んでギョッとしたサッカーファンは多いと思います選手監督のいうことを聞くようにと諭すのではなく、監督選手の言い分を飲むように伝えるのが協会技術委員仕事なんです。選手協会戦術を決めるなら、なんで優秀で高年俸監督を引っ張ってくる必要があるのでしょうか。今回協会が「次も日本監督で」と言ったのは「監督はお飾りでいい、選手協会戦術を決めて監督が反対しなければ成功するはず」と考えているとすれば整合性があるのでしょう。ばーかばーかそんなわけあるか!って感じですけど! ともかく、最高の頭脳を外から呼んできて、彼が最高のパフォーマンスをできるように協会サポートして、彼の戦術選手たちによってピッチ表現される、その先に成功がもたらされる、という絵からは非常に遠いところに実態があったわけです。これもまたファンにとっては失望であったと思います

(3)選手(や協会)の思う「面白いサッカー」の感覚がずれている

当たり前ですが、サッカーは点を取り合うスポーツです。大多数の人にとって一番面白いのは得点が入るシーンでしょう。次点は「決定機を作れたのにあと一歩で入らなかった」「決定機を作られたのに最後最後で防げた」シーンになるはずです。それ以外は各々の趣味順位が決まる話でしょう。ある選手南ア大会後に「勝つために仕方がなくあんなつまらないサッカーをしていたが、自分が観客ならあんな退屈な試合は観ない。もっと華麗な見せ場を作らないと」というような発言をしていました。見せ場というのはつまり華麗なパスワーク、華麗な突破なのだと思いますが、私はこの発言ファンの思う「面白いサッカー」と大きくずれていると思っています。一番観たいのは得点シーンで、彼のいうその「つまらない試合」ではそれが観られなかった。でも、最後最後で点を入れさせないように決定機を防ぐシーンは沢山あって、沢山の人が手に汗を握って、感情移入しながらそれを観ていた。華麗な見せ場はなかったかもしれないけれど、あれはつまらない試合なんかじゃなかった。以降、一部の選手たちが拘っていく「自分たちのサッカー」がこの「華麗なパスワーク」「華麗な突破」と同じものだと私は認識していますが、少なくとも、点が入るシーン以上に華麗なパスワークのシーンが面白いけがないので、「戦術プロである監督が考えたもっとも点が取れそうなプラン」を阻害してまで華麗なパスワークをしようとされても、フラストレーションが溜まるファンが多かったと思います

これらが合わさって、10年近く君臨する主力選手が、監督の言うことを聞かずに、華麗なパスワークをしようとしてうまくいかない、というシーンをファンは見せられ続けているのが代表人気の低迷の本質だと私は考えています。なのでもし一部で言われるように、協会が「本田香川を起用」「日本らしいサッカー」で代表人気が回復すると考えているならば、こんなにふざけた話はないと思うのです。そして、世代交代をしようとして何らかの原因でうまくスパッとやれなかったことはハリルのミスと言えばミスなのかもしれませんが、サポートがあたかは疑問ですし、それ以外は彼に責任があるものとは全く思えません。なので、世代交代終わったら応援する、まだかなまだかな、と思っているうちにハリル解任の報を聞いた1サポーターとしては本当に悲しい気持ちになりますし、人気が低迷したからハリルが切られたという言説を見るたびにさらに悲しく感じるのです。私がサッカーにハマったのは20歳前後ですが、80まで観戦を楽しめるとして、生涯に楽しめるW杯は全部で15回くらいでしょう。その貴重な1回が今回こんな形になったのは残念でたまりませんが、残りが全滅しないように、できれば次回からまた熱狂できるように願ってやみません。

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