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はてなキーワード: 無秩序とは

2020-07-07

anond:20200707093906

景品っていうのは、戦闘の末に手に入れるものから、まずは戦闘させないと。

戦闘による死で口が利けなくなれば、当然そういうことを言う人間もいなくなる。

から、女の景品化を進め、その上で域内無秩序戦闘を行わせないため(社会的不毛から)の秩序だった戦争必要なんだよ。

2020-07-05

anond:20200705055231

弁当工場想像していた以上に無秩序でした。

私はお弁当工場の他に靴工場をはじめとする他の工場でも働いたことがありますが、お弁当工場ほど混沌とした場所はありませんでした。

弁当工場内にはお惣菜部門、炊き込みご飯部門、下ごしらえ部門パッケージング部門などが存在していましたが、作業の途中でしょっちゅう行方不明者が出るためかどこも常に人が足りておらず、一日に色々なセクションを行ったり来たりしたものでした。

工場内の空気は蒸し暑く、床はいつも汚らしい液体で濡れていて、防護服の隙間からは腐った食べ物と腐っていない食べ物が混ざり合った暴力的匂いが入り込みました。出来上がったお弁当を載せたベルトコンベアしょっちゅう不具合を起こし、私たちが作って詰めた食材が床にばらばらに散らばりました。私たちはその光景を無感動に眺めました。

代替可能人間としての自分に耐えきれなくなった人が、差別化を図ろうとして歌を歌い出したり、踊ったり、炊き込みご飯つまみ食いし始めました。

こんなにめちゃくちゃな工場なのに、それでも不思議なことにお弁当毎日きちんと出荷されていくのでした。

🙄

僕は学生時代派遣会社登録して工場夜勤勤務とかしてた。

ちょくちょく気になったことがあるから書き起こしていく。

作業の途中でしょっちゅう行方不明者が出るためかどこも常に人が足りておらず、一日に色々なセクションを行ったり来たりしたものでした。”

これは確かにそうだった。弁当工場は色々なところに食品を卸していたりする。コンビニ提携先の場合多種多様商品を扱うことになる。

そして発注数で製造する数も当然変わってくるので日々のスケジューリングはかなり流動的だった。

30分前には幕の内弁当に白米押し込んで量りでチェックしてたのが、今は給食として卸すライスバーガー用のピーマンを選別。そしてまたその1時間半後には鳥から丼にマヨネーズかけてる…みたいな感じ。

人出不足っぽく見えるのは必要人員が日によってまちまちなので派遣労働者で調節してるからだな。

せわしなく配置変更しているので戸惑ってはぐれる奴がいてもおかしくはないが、そのままばっくれる奴はかなり稀…なはず。働けなくて困るの自分からね。

工場内の空気は蒸し暑く、”

衛生管理の面で高温多湿はご法度食中毒なんておきたらそのままその工場はなくなることもあり得る。

トラックで運ぶ際も温度チェックはするし店舗に着いたらすぐに陳列するよう指導もされてる。

そんな重要なことを無頓着にしていてこの工場大丈夫なのだろうか。

”床はいつも汚らしい液体で濡れていて、”

うーん。やっぱり食品加工業者でこんな衛生管理がまかり通っていた所があるのか甚だ疑問である

僕も増田と同じように派遣で何か所か手伝っただけだが弁当工場はどこも綺麗だった。

ユッケ食中毒事件とかバイトテロ騒動問題になった10年まえくらいから衛生管理にはひと際気を使うようになったらしい。

(そうでなくても21世紀はいってからどんどんマシになっていたらしいけどね)

増田の話が本当とするなら10年以上前ちょっとやばい工場ならありえなくもないかも。

まあ鮮魚を扱ってるところや回転寿司チェーンなら今でも溶け出した霜や洗い場が溢れた水で水浸しだし、せわしなく働いてるから床の隅からサーモンの切り身がひょっこり出てきたりはそんな珍しくなかったりする。

でも弁当工場で扱う食材ってすでにある程度加工済みなんだよね。炊くか炒めるか焼くかしてあとは詰めるだけ。

増田が行ってたとこはある程度加工もやってるぽいけどそんなの増田みたいな超短期助っ人派遣労働者たちはまずやらせてもらえない。

詰めたり検品したりの、そのなかでも更に簡単作業しか任せてもらえない。工場からすれば何やらかすかわからない得体のしれん人間から仕方ない。

汁気のあるものが少なくて簡単作業しかしてない。衛生管理にもうるさい。そんな状況下でいつも汚らしい液体で濡れてる状態になることはあまり考えられない。

”出来上がったお弁当を載せたベルトコンベアしょっちゅう不具合を起こし、”

コンベア機構ってそんな複雑じゃないのよ。

ローラーのついたレールをゴム製のカバーで覆ってるだけだし、電気系統モーターのスイッチ入れたら動く、よくて速度調整の可変抵抗器があるかどうか。

不具合があるとすれば、製品のコンベアへの乗せ方が悪くて途中でこけた/詰まったか、誰かが間違ってモーターのスイッチ止めたか

これって増田たち末端従業員ミスなんだよね。なんでそんな他人事みたいな言い方なんだろう。

私たちが作って詰めた食材が床にばらばらに散らばりました。私たちはその光景を無感動に眺めました。”

コンベア止まると結構な騒ぎなんだよな。それだけ作業が遅れるし、ひとつ前の工程からくる製品がどんどんたまっていく。

当然ながら監督してる社員さんの怒号が飛び交うし、社員さんから復旧のためや流れを妨げないためにあれこれ指示出されるから、「無感動に眺め」ている余裕はない。

差別化を図ろうとして歌を歌い出したり、踊ったり、炊き込みご飯つまみ食いし始めました。”

他人に聞こえるレベル鼻歌歌ってたらベテランパート婦人集団に絞められる。

無論スペース面でも時間面でも踊ってる余裕はない。

つまみ食いはおろかマスクを外して口を見せるだけでも叱責される。

そしておそらく派遣元に苦情がいってその工場出禁になる。

これも僕の時代事情が違ったのかな?なんとも言えない。

工場でのつまみ食い自体お菓子工場で目撃したことはある。規定に満たず廃棄の箱に入れられたチョコ現場リーダーが貪り食ってた。奥歯すっげえ黒ずんでた。

しかしそんなことは広大な工場でワンセクションに派遣2,3人しかいないというシチュエーションだったか可能なこと。人が密集して行きかう弁当工場でそんなことできるだろうか。

”それでも不思議なことにお弁当毎日きちんと出荷されていくのでした。”

ほんとな。

社員にしても派遣にしてもよくこんな奴らでこれだけの量の弁当作って出荷してるよなって毎回関心してたよ。

僕も人のこと言えたもんじゃなかったけどさ。

anond:20200705035839

直接何かされたわけでもなければ嫌いという気持ちがわかないか共感できないが、

僕は自分軽蔑したり見下してるものに誰かが肯定的な態度をとっていることに耐えられない。

え?こいつの存在認めちゃうの?そんな無秩序なこと許されんの?みたいな。

根っこは増田と同じかもしれない。

anond:20200705115208

ちなみにこの増田2回目だぞ?前回は605ブクマ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20190201142916


2019-02-01

島耕作を読むと日本ってやばい国だったんだなってわかる

島耕作といえば国民漫画といっていいほど知られてると思うが、今読むとこの漫画はかなりやばい

会社役員はみんな愛人もっているし管理職セクハラしているし、仕事と性欲の解消が不可分になっている。

これがある種の世代メンタリティになってると思う。仕事していればそれが免罪符になって女性性的搾取してもいいだろうと。

というか、職場における女性従軍慰安婦的な扱いになっていて、仕事ストレス女性社員(あるいは取引先とか周辺の女性)で発散、みたいな構図になっている。

島耕作漫画だけど、でもこれってある種の現実を反映していると思うんだよね。仕事ができれば、女性をどうとでもしていいと思っている人って、いるでしょう?

だって派遣社員就活生に手を出したり、社内の女性不倫相手にしたりといった話はいくらでもあるのね。で、昭和もっとやばかったんだよね。

昭和日本ってやばい国だったんだよね。仕事中にセクハラして愛人作って、それで経済大国で、ジャパン・アズ・ナンバーワンだぜ、ってとんでもないアナーキーな国だったんだよね。

ウルフ・オブ・ウォールストリート』って映画があったけど、かつての日本って国全体があの映画みたいな状態だったわけだよね。

島耕作って今後はそういう風に読まれるようになると思うよ。経済成長していたころの日本いか無秩序だったか、って。極東アジアに、とんでもない国があったんだよね

弁当工場にて

都会の列車はどこまで行っても高いビルの間をすり抜けるようにして走ります。清潔な摩天楼の小部屋の一つ一つには、きちんとした服を着た有能そうな人々が納められているのが見えます。そんな建物が無数にあって、そんな人々が無数にいることを想像すると気が遠くなってきます

私によくなじんだ車窓からの眺めとは、駅と駅との長い間隔の間に広がるぼうぼうの木と原っぱ、そして遠くにときどき見える謎めいた工場のことです。

世の中には人間の種類を二分する様々な基準存在しています。ある特徴を有しているかいないかでまるで違った人間になってしまうことがよくあります。ここでの特徴とは、身体的な特徴ではなく精神的なものです。

私は、工場で働いたことがあるか・ないかという基準をここに提唱したいと思います

今、私の周りにいる人のほとんどは、工場で働いたことがないと言います

比較的都会の比較的裕福な家庭に生まれ育ち、比較的高い教育を受けて育てられた人々にとって、工場で働くことは彼らの考えるところの「仕事」ではありません。そうした人々は人当たりが良く、思いやりがあり、社会と適切に繋がっています自分たち世界の外にいる人間に対しても、分け隔てなく平等に接することを心がけています。そうあるべきだと教えられてきたし、様々な経験を経てそうあるべきだと実感しているからです。

かつての私がたとえば工場の話をしたら、彼らはきっと興味を持って聞いてくれるでしょう。

しかしその姿勢は、彼らが自分たち世界の中にいる人間から何か話を聞く場面でのそれと同じではないことを私は知っています。それは動物園にいる珍しい動物や、自分たち生活を豊かにしてくれる新しいコンピュータを眺めるような感じによく似ています。そして、彼らと会話をしているとき、彼らはきっとそれまでの人生の中で常に自らを個別人間である認識し続けており、その唯一性を失って自分大量生産品の一つにすぎないような感覚を覚えたことがないのだろうなぁという思いを抱くことになるでしょう。これらを敏感に捉えることができたときあなた境界の外の私たちの側にいます

私は今工場で働く必要がなくなりました。

ときどき、自分がはじめから比較的都会の比較的裕福な家庭に生まれ育ち、比較的高い教育を受けて育てられた人間である錯覚することがあります。そういうときには都会を飛び出して、名前の知らない駅が長い間隔で並ぶ路線を走る列車に乗って、自分が本当はどういう人間であるのかを思い出すのでした。

****

私がお弁当工場で働いたのは、一人暮らしを始めてから三年後の夏のごく短い期間でした。

その工場最初に住んだこの国で一番大きな都市の隣の隣の街に位置していて、私もその街で暮らしていました。

なぜお弁当工場で働くことになったのかはあまりよく覚えていません。単にまとまった金を必要としていて、ほとんど喋ることのできない人間がこなせる数少ない仕事だったかなのだと思います。そこのお弁当思い入れがあったわけでもありません。当時まで、私はスーパーコンビニで売られているお弁当を食べたことがありませんでした。信じがたいかもしれませんが、それは私にとっては些か高価な代物だったのです。

早朝の駅のロータリーはいつも湿ったような匂いがしていました。集合場所では、私と同じように着古した服を身に纏った何人かの人が憂鬱そうに佇んでいました。少し待っていると白いワゴンがのろのろとやって来て私たちを詰め込みます。汚れた窓ガラスを通して見える景色はどんどん野性味を帯びてきて、古い車のシートと染み付いた煙草匂いで私が吐きそうになっている頃にようやく目的地に到着するのでした。

工場で着る服を見たとき、私は少し前に新聞見出しを飾っていた、炉心溶融後の原子力発電所調査に赴く人々が身に着けていた白い防護服のことを思い出しました。それを身につけて、消毒液が出てくるシャワーを二回浴びて集合すると、私たちは既に自分たち工場で働く区別のない複数の人々になっていることに気がつきます

****

弁当工場想像していた以上に無秩序でした。

私はお弁当工場の他に靴工場をはじめとする他の工場でも働いたことがありますが、お弁当工場ほど混沌とした場所はありませんでした。

弁当工場内にはお惣菜部門、炊き込みご飯部門、下ごしらえ部門パッケージング部門などが存在していましたが、作業の途中でしょっちゅう行方不明者が出るためかどこも常に人が足りておらず、一日に色々なセクションを行ったり来たりしたものでした。

工場内の空気は蒸し暑く、床はいつも汚らしい液体で濡れていて、防護服の隙間からは腐った食べ物と腐っていない食べ物が混ざり合った暴力的匂いが入り込みました。出来上がったお弁当を載せたベルトコンベアしょっちゅう不具合を起こし、私たちが作って詰めた食材が床にばらばらに散らばりました。私たちはその光景を無感動に眺めました。

代替可能人間としての自分に耐えきれなくなった人が、差別化を図ろうとして歌を歌い出したり、踊ったり、炊き込みご飯つまみ食いし始めました。

こんなにめちゃくちゃな工場なのに、それでも不思議なことにお弁当毎日きちんと出荷されていくのでした。

目標金額に達したので私は工場を辞めました。

防護服を脱ぐと、いつものように髪がぺったりと張り付き、体は汗でべたべたしているのがわかりました。工場入り口を出た目前には晩夏の夕暮れが広がっていて、火照った頬を風が撫でていきます

その日は駅まで歩きました。誰もいない帰り道で、音のない口笛を吹いて、小さく踊りながら。駅のホームのベンチに座って、私たちが作ってきたお弁当を初めて食べました。炊き込みご飯は冷えていて、もし炊きたてだったらどんな感じなのだろうと思いました。

****

弁当工場のことを思い出したのは、この間恋人動物園に行った帰りに立ち寄ったコンビニ私たちが作っていたお弁当を見かけたからです。

今でも値段に少し抵抗はありますが、これを買うと生活が立ちゆかなくなるということはなくなりました。私は自分恋人用にお茶を躊躇なく買いました。あの頃は水道水水筒に詰めていて、時間がたつと金臭い味になるのが嫌だったことを思い出しました。

お手洗いから出てきた恋人が私を探しているのが見えます今日ポケットにきちんと洗濯されたハンカチを入れていて、夏でも清潔な襟付きのシャツを着ています

私は自分過去のことをあまりしません。

恋人も無理に聞き出そうとはしないでいてくれます。きっと、私が何か昔のことを話そうとしたら、必ず耳を傾けてくれるだろうという気がしました。でも、そのとき彼に動物園動物を見るような優しい目で見られたら、きっと立ち直れないだろうとも思いました。

恋人は、彼自身過去について後ろめたいことは何もないように私には見えます。でも私は、彼が都会の列車の窓から見えたあの人々とは少し違っていてほしいと思っています。今までもこれからも、何かに傷ついて悲しい思いをすることがなければいいと心から願っているのに、その一方で人には言えない小さな染みを密かに抱えていることを求めているのでした。

私は手のひらの水滴を払って恋人のもとへと駆け出しました。

2020-07-04

島耕作を読むと日本ってやばい国だったんだなってわかる

島耕作といえば国民漫画といっていいほど知られてると思うが、今読むとこの漫画はかなりやばい

会社役員はみんな愛人もっているし管理職セクハラしているし、仕事と性欲の解消が不可分になっている。

これがある種の世代メンタリティになってると思う。仕事していればそれが免罪符になって女性性的搾取してもいいだろうと。

というか、職場における女性従軍慰安婦的な扱いになっていて、仕事ストレス女性社員(あるいは取引先とか周辺の女性)で発散、みたいな構図になっている。

島耕作漫画だけど、でもこれってある種の現実を反映していると思うんだよね。仕事ができれば、女性をどうとでもしていいと思っている人って、いるでしょう?

だって派遣社員就活生に手を出したり、社内の女性不倫相手にしたりといった話はいくらでもあるのね。で、昭和もっとやばかったんだよね。

昭和日本ってやばい国だったんだよね。仕事中にセクハラして愛人作って、それで経済大国で、ジャパン・アズ・ナンバーワンだぜ、ってとんでもないアナーキーな国だったんだよね。

ウルフ・オブ・ウォールストリート』って映画があったけど、かつての日本って国全体があの映画みたいな状態だったわけだよね。

島耕作って今後はそういう風に読まれるようになると思うよ。経済成長していたころの日本いか無秩序だったか、って。極東アジアに、とんでもない国があったんだよね。

2020-07-01

マインドマップに対する誤解

自分は今までマインドマップ情報を整理するためのツールだと思っていたがそれが間違いであることに気づいた。マインドマップは中心テーマから連想ゲームを繰り返し思いついたことをひたすら書き出すツールでありコンセプトマップフローチャートMECEのように情報組織化するツールではない。

マインドマップ公式本にはマインドマップを使った記憶法や読書法が紹介されているがこれには無理がある。記憶読書目的無秩序情報組織化することだからマインドマップは役に立たない。しかし、マインドマップが何かを発想するとき有用ツールであることは間違いない。

2020-06-25

大坂なおみと猿のぬいぐるみ

猿のぬいぐるみをつけてたら「イエローモンキーと言ってる。黄色人種差別だ」といわれたらしい。

彼女は災難だと思うが、しかし同時に、彼女肯定した人種差別闘争というのはそういう言いがかりでなんでも無秩序差別認定してきた側面が間違いなくある。

まあ、狂った世界だよな。

2020-06-21

anond:20200621224738

から、ここでの論点批判する側を批判してるんでしょ。

有志で開発した人間に対して批判をしなさすぎるのも社会的マイナス

批判をしすぎるのも将来的に社会的マイナス

から、その匙加減は批判する側にあるわけだ。現状ではその批判塩梅批判をしすぎ側に振っているのでは?

というのが問題提起になっているのではないかな?

この場合批判する側はどうすればいいと思う?無秩序批判をするのはやはりそれはそれで社会的マイナスがあると思うのだが

2020-06-19

BlackLivesMatterのゴールってどこなの?

自分差別に対する反発は人並みにあるので、基本的スタンス反差別のつもりだし、「黒人の命は大切だ」という主張自体には賛同できる。

賛同はできるけど、個人的にBLMの運動に関しては賛同よりも困惑気持ちが強い。BLMの運動が誰に対して何を要求していて、何を達成すればゴールとしているのかがよくわからいからだ。

「Black Lives Matter」は優れた標語だけど、政治的要求として見た場合、あまりにも抽象的すぎると思う。

「Black Lives Matter」というワードが持て囃されて、有名企業著名人賛同を表明するメッセージSNS投稿している光景は、幅広い連帯を感じられて感動的ではあるけど、実務的な問題無視していて、無責任で浮ついた雰囲気を感じてしまう。

もちろん最終目標黒人差別人種差別の根絶ということになるんだろうけど、いきなり一発でそれを完全に解決するというのはどう考えても無理なわけで、当面のゴールとして今回はここを目指しましょう、具体的にこれを要求しましょう、みたいな現実的目標設定が必要なんじゃないか

かつての公民権運動では、白人専用とされる施設場所で起きた事件を争点として、そこに対する座り込みなどの手法で段階的に運動が行われていって、最終的に合衆国全体における人種隔離法の廃止公民権法の制定が焦点になって、それを達成したという流れだったと記憶している。

一方で今回の運動では、(日本国内にまでその手の話が流れてきていないだけかもしれないけど、)反差別意識の共有と連帯を掲げる宣言や、そこから逸脱した人物企業などへの非難などが個別に行われているばかりな印象が強く、運動の具体的な争点やゴールの話はほとんど聞かれない。

社会運動成功裏に終息するためには、法の改正・制定とか、何らかの計画実施廃止とか、そういう具体的な目標を決めた上で、そこを目指して声を上げることで政治家を動かして、最終的に明確な成果を獲得する、というような流れが必要だと思うんだけど、現状のBLMはそういう部分がハッキリしないまま、運動の規模だけがどんどん大きくなっている。

このままだと、政府政治家警察の側も、運動に参加している人々を納得させるために何をどうすれば良いか、と言った方針が立てられないので、交渉妥協を行う余地がなくなってしまって、出口の見えない混乱が悪化する一方に思える。

また、運動としての方針やゴールが見えないままにBLMが広まっていくことの別の弊害として、「BLM」の指す範囲を明確に定義できなくなってしまっていることもあると思う。

その範囲の中には、店舗の略奪や放火を行うような連中や、かなり極端な反政府主義者、あるいは別種の差別主義者などが含まれている。

現状で明確な方針が無い以上、「BLMの方針はこれと定まっているので、そこからかけ離れた言動をしている(過激な)人間はBLMとは無関係である」というような振り分けをすることは難しい。

結果として現状では一部の層がBLM運動の中で悪目立ちしていて、中立的・穏健的な立場から見たBLMへのイメージには悪影響をもたらしているし、一部反BLM的な主張のタネにもなっている。

こういった層が、せっかく強まっている運動の勢いを殺す原因となるようなことをそのうちやらかししま可能性は高いんじゃないか

とはいえ、BLM運動自体、明確に組織化されているわけでも、誰か特定リーダー存在するわけでもないようだから、全体としての方針を定めるとか政治家に働きかけるとか、そういう動きを取ること自体そもそも難しそうな印象はある。

インターネットSNSの普及で個人発言力や影響力が大きくなったことは、この手の問題認知が早まり運動の規模を大きくなりやすくした反面、運動のものを率いるような強いリーダー存在しづらくなって、統率が取れず無秩序集団にしてしまう側面があるように思える。

あるいは、SNSの普及以前にはリーダーとなりうるような人物が先に存在していなければそもそも大規模な運動にまで発展できなかったという生存バイアスみたいな話なのかもしれないが。

何にせよ、現在のBLM運動はゴールの不明確さによって不安定で好ましくない状態になってしまっているように感じる。

「今現在人種差別存在していて、それは解決する必要のある問題である」ということは間違いない事実ではあるわけだから、どうにか妥当なゴールを見つけて前進できればいいなとは思うけど、まあ結局日本在住の一般人に何かできるというものではないんだよな。

anond:20200617190533

不正で溢れかえっている超無秩序日本で在宅なんかやったら、こうなるの図

2020-04-18

anond:20200418193123

CMと同じだよ

無秩序宣伝されるより

あるていど統制が取れたCMのほうがいい

いざというときに、緊急連絡が回るほうが安全という考え方

2020-04-09

anond:20200409112133

個人レベルでは恐れる必要ないってさんざん言われてるだろ。

といって無秩序感染拡大させていたら社会死ぬから

それを防ぐために個人に対して自粛を願ってるわけ。

2020-03-20

陰毛陰謀貧乏は似ている

陰毛;表に出ないのでありがたがられる(陰毛の見えるえろい本とか)

陰謀;表に出ないのでありがたがられる(陰謀論の本やネット記事

貧乏;表に出ないのでありがたがられる(苦労話、かわいそう系話)

陰毛放置すると臭く汚くなる(無秩序に生い茂って病気を招く)

陰謀放置すると臭く汚くなる(話にうさん臭い尾ひれが増える)

貧乏放置すると臭く汚くなる(風呂に入れず、古い服を着続ける)

陰毛;やたらと嫌う人がいる(パイパン派、ロリコン

陰謀;やたらと嫌う人がいる(中二病的な安易陰謀論への批判

貧乏;やたらと嫌う人がいる(俺は普通にいやです…)

2020-03-13

anond:20200313193752

無秩序検査拡大は不要だし、簡易キットだからと言って知識のない人が検査するとなったらその方がよほど感染拡大のリスクがある

そもそも韓国がやっていけているのはMERSの時から整備してきた体制があるからであって、韓国が日1万件ペースで検査してるんだったら日本も同水準でやったらいいってのは当然間違ってる

2020-03-10

モッシュ

モッシュ(英: mosh)とは、主にロックコンサートにおいて見られる現象の一つ。興奮した観客が密集した状態無秩序に体をぶつけあうこと。

ヘヴィメタルパンク・ロックなどのライヴにおいて観客が始めたのが起源とされ、

メロディックハードコアハードコア・パンク、ブレイクコアスクリーモラウドロックなど多様なジャンルライヴ会場で見られる。

その様子は極度に密集した状態で行われる激しい押し競饅頭(おしくらまんじゅう)のようである

2020-03-09

全件検査した結果、高齢者を見殺しにすることになる。

コロナウィルスの件。

全件検査せよとワイドショーが言ってた。

その結果どうなるかを、中国でもうすでに経験している。

大勢人間病院に集まり検査を待つ間に院内感染し、そして重傷者を治療できなくなる。医療関係者も次々に感染する。感染してない人間にも広がり取り返しがつかないことになる。

これをもうすでに一回世界経験している。

から、「日本は4日間発熱が続いて医師必要判断した人や、海外渡航、濃厚接触者を優先して行う」という方針を取った。

それを、ワイドショーは「許せない、隠ぺいだ、韓国イタリアのように可能な限り検査をせよ」と散々日本方針批判した。

その結果どうなったか

韓国感染者を抑えきれない。感染者を先に大勢見つけているはずの韓国で、死者は日本より増加している。これはもう暗数がどうのというレベルではない。さらには、残念なことに医療コロナウィルスに圧迫されて、他の患者死ぬという結果も招いた。

検査積極的に行えば行うほど、感染リスクを増やすというジレンマに気づいているがまだ続けている。

イタリアに至っては、感染者を抑えきれなくなりトリアージ検討してる。まあ、要するに高齢者治療を後回しにすることを真剣に考えてる。

助かる確率が少ないからだ。

要するに見殺しだ。

それほど追い込まれている。

そもそも、こんなに絞っている日本ですら医療関係者マスクガウンが足りなくなっているというのに、無秩序検査数を増やせば破綻するのは火を見るよりも明らかだ。





こういう問題について、ワイドショー馬鹿の集まりであり有害なのだ確信した。

正直な話、報道の自由規制されえるのではないか? 報道というよりはデマ自由といったほうがいいかもしれない。

こういった有事の際、危険を煽ったり正しい対策をギャーギャー批判して国民生命危険さらすようなデマを流す報道は、自浄作用を示してほしい。

具体的にはきちんとした専門家に監修を任せるとか、取りうる策はあるだろう。

芸能人結婚だの不倫だのはどうでもいいので好きに騒げばよい。

しかし、公衆衛生災害については、そんな乱痴気騒ぎでデマを流されては生命にかかわる。

2020-03-01

精神途上国経済的技術的には完全に衰退国

https://anond.hatelabo.jp/20200301070448

アメリカドラマを見ていると「make the world better place」なんて叫んで、世界をより良くするという理念起業していたりする。

メルカリは完全に「make the Japan chaotic place」、無秩序社会を作るためだけに存在している。

日本精神的に成熟するまえに衰退国家になったか倫理観がまったく育たなかった。その結果、今なお儲かればなんでもOK精神ビジネスをやっていたりする。

2020-02-16

古今伝授フラクタル

中屋敷均『科学非科学読了。まぁ面白かったが前作ほどではない。というより期待が大きすぎたのか。

科学非科学も飛び越えて、この世に生きる勇気を与えてくれるのは、人の心にあるそんな「物語の力」ではないだろうか。」

物語」にも物語にも日々向き合ってるこっちにしてみれば、悪い意味で同感だ。つまり凡庸。これって「科学は万能じゃない」や「人は皆死ぬ」ほど有名ではないかもしれないが、しかしかなり多くの人がかなり多くの場合にすでに悟っている事柄問題はそこからなのだ。独力では到底到達しえなかったであろう洞察、それに出会いたくて俺は本を読んでる。本書はこれに応えるものではなかったが、この著者はこれからも追いかけていきたい。

一方で得るものもあった。カオスの縁フラクタル直感だが、これを援用すればうまく解けるのではないか。俺が「コジツケの体系」と呼ぶもの構造や生成過程が。中世日本荒唐無稽ともいえる独特で奇妙な古典解釈大系。

古今集序にせよ何にせよ、書かれた当時にあってはなんてこと無かった筈の片言隻句が、時代が下るに従って転じて転じてねじ曲がりねじ曲がり、膨大な後づけと神秘性を付与された複雑な世界形成する(思想体系と呼んでよい)。それは社会的には権威の獲得や富の集積と同時進行であるが、しかし単にそれらを得る為の手段というには留まらない(たとえ部外者にはそう見えても、当人たちはそのように割り切ってはいない)。なにか複雑化それ自体を欲するかのような、ある種の情熱がある。その体系がすっかり出来上がり、生成を止め、社会的影響力を失った後の時代からふり返れば、(その情熱には共感できないので)荒唐無稽まやかしの残骸にしか見えない。だがこれを不揃いの渦みたいなフラクタル図形と見做せばどうか?

思想史における生成発展継承克服、ある思想が成長して影響力をもちやがて失う。こういった変化の過程理解するのに、進化モデル遺伝モデル・遷移モデル(極相林とか)等があると思うが、フラクタルモデルもまた有効ではないか

特に一見して不規則複雑だが無秩序でない点、部分と全体との自己相似という点が、すごく似ているように思う。片言隻句からオウギョウな解釈が生まれ、その解釈から儀礼形式(例えば物の配置)が生まれ・・・というあたり。人や物をこのように配置してこれこれの形式で行うことで、テキストから膨らませたこれこれの世界と重なることになるのだ、という思考様式。これを自己相似と言わずなんと言う。

これを更に敷衍するなら、「歴史」や「伝統」に基づく正統性が主張/確認されるあらゆる場面にこの自己相似が顔を出す(大嘗祭を想起せよ)。ある習慣がなぜ「伝統」になるのか、あるいはなぜ「伝統」が作られるのかを考える時、適者生存がよく説明に使われる。だがそれではあまり光の当たらない側面もある。生存や利害得失だけを考えるなら、これほど複雑精緻(なのに脆弱)にする必要はない。そこには生存戦略とは別の原理も働いていると考えるべき。それを読み解くヒントがフラクタルにある。

2020-01-18

セルフコードレビュー

果たしてコードレビューと言っていいかわからんが、

自分半年前に作成して運用しているサービスコード自分レビューする。

ちょうど、大きめな仕様変更タイミングだったのと、機能追加が難しい構成になっていた。

やってみると色々見えるな…。

などなど

自分は、最初から汎用性を持たせようとしてとっちらかってしまう癖がある。

整理し直したら結局3日位かかったな…。

こう言うタイミングじゃないと見直さないし、システム書き換えるのだってすごい労力がいる。

やっぱり経験だな。

2019-12-31

[] #82-1「2019年ドラッグレース

2019年ドラッグレース

歌:小滝読二 作詞作曲小滝読二、梅本


あの日 気球勝負したのさ

岬に誰が 早く飛べるか賭けてみて

吸ってたあとで 身震いしてたら

朝まで笑っていたね

意味不明なことを 喋ってるとき

ぼくが一番 不気味だって言ったね

痛みに丁度いいものから

合法からと笑って

DRUG LACE 2019

DRUG LACE 2019

白い細いパイプ うなるようにすする

肺臓深く 吸い込んでみる

意識だけ変わり 未来はどこにある


テレビ画面が切り替わり、曲が途中で中断される。

「おい、チャンネルを替えたのは貴様か」

番組を熱心に観ていたウサクは、リモコンの主に睨みを利かせた。

視線の先にいたのは俺の弟だ。

「こんな古臭い音楽なんて聴きたくないよ」

「古臭いとはなんだ。この歌の偉大さが分からないのか。今よりも無秩序な、ドラッグ定義も取り締まりも甘かった時代社会様相ドラッグは一つの象徴であり、その激動で生きていく人々の葛藤と渇望が……」

こうなるとウサクの話は長いし、疲れる。

それはここにいる皆が分かっていたため、俺たちはすぐさま二人の間に入った。

「ウサク、歴史の大切さは分かるが、年末音楽特番省みる必要はないだろう」

「弟くんも、チャンネル替えるなら断りを入れたほうがいい」

「でも俺たちの部屋にあるテレビだよ」

「だったら長男の俺には少なくとも何か言うべきだろう。そもそもテレビだって俺たちが買ったわけじゃないし、自分たちの部屋にあるってだけだ」

だが、正直なところ俺たちもチャンネルを替えようと思い始めていた。

このままじゃ日の出まで起きていられる自信がなかったからだ。

仲間たちで寄り集まっても、このまま音楽を垂れ流していたのでは全滅は免れない。

「よし、じゃあ二人の意見尊重して、折衷案のドキュメンタリー番組を観よう」

「何をどう尊重して、折衷した結果なんだ?」

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2019-11-19

anond:20191119030835

人類進歩を作り出す人間

その進歩享受できる人間

−−分断される壁−−

その他の人類無秩序

としておくよ

2019-11-06

anond:20191106144406

無秩序な音の連続楽曲ではあるが、中でも心地のよい連続発見 (始祖) が歴史上何度かある。

世のあらゆる楽曲は始祖を真似たり、組み合わせたりしてできあがった派生

自分で組み立てた派生が心地よいかどうかは、聴いてみないとわからないので、演奏巧拙が心地よさに影響を与えない程度に、演奏もある程度上手くなる必要がある。

演奏してみて心地が良ければ新曲

すげー縮めるとこんな感じかな。長文ありがとう。なんとなくわかりました。

2019-11-04

過去に無かった争いが突然に負の連鎖を起こす案件

#無かった、というかやたらと延焼していなかったというか、、

最近性差における問題建設的でない盛り上がり方をしていて、

理性的とは言えない人間の声のほうが大きく、悪循環に陥っているように思える

議論余地も与えず片方の正義押し付け合うような状況では、

問題に対して過去から真摯に取り組んできた人に対して不義理となってしまうのではないか


こういった問題に限らず騒動論点のズレや複雑化から時間経過により落ち着いて、

冷静な議論検証により改善に一歩近づいていくと希望しているが、

今回の件については良くない延焼に繋がっている事例が多く見られる様にも思う


建設的、未検証感情的なぶつかり合いは見るに堪えないと思っていたが、

思い出してみるとこれは旭日旗問題とも類似性があるのではないかと考えた

とある時点までは特に言及されず、その事柄に関わらる人たちもメリットを受け止めており、

デメリットを受けていた人はそれをうまく回避していたのではないだろうか

 #勿論被害者側の泣き寝入りによって逃げられない悪辣環境に閉じ込められ今か今かと死を覚悟していたのでは

  大問題ではあるが、ポスター表現程度であれば目を逸らせば事足りるはずだ。

  紙切れは性犯罪を実行しないし、包丁自体殺人を実行しない。逮捕するのは紙でも包丁でも無く犯人である

ごく小規模な突発的な事故とも言える発火現象が、

類似したフラストレーションを持つ周囲によって無秩序な延焼を引き起こし改善から著しく遠ざかってしまう。

こうなると油田火災などで使われる爆風消火といった極端な方法しかないのかもしれないが、、


本来であれば発生しなかったはずの争いによって、

疲れる必要のない人が疲れたり、傷つく必要のない人が傷ついたり、

そういった状況が起きているとすれば、それはとても悲しい事だと思う


解決に向けた道筋が全く思いつかない

道徳とかで取り扱う平和とかの定義見直したほうがいいんじゃないかと思う

みんなただしい考えを持ちましょう。悪いことはすべて無くしましょう。

とかじゃなくて、線引きとか、棲み分けとか、お互いの尊重とか、感情論検証の紐付けとか

再発防止も全く思いつかない、ネットリテラシー?早めに自分の間違いを認める学習?罪を憎んで人を憎まず?

2019-10-31

主にポスター擁護派の言論脆弱さについて

https://anond.hatelabo.jp/20191029132449 の補記


このまとめが私の言いたかたことに非常に近い。私自身が4ページ目で「線引き」という言葉安易に使ったのは失敗であった。後述するが、線引きは必ずしも必要ない。

まさしくそのとおりである。これは1ページ目に書いたとおり、赤十字には表現の自由があり、何を表現するかは赤十字判断をすればいい。最終的には、赤十字にとってのコストパフォーマンスにより決定されるであろうと考えている。


私は、表現自主規制を行う上で、法律上の「わいせつ性」を基準とすることは不適切であると考えている。

世の中にはいわゆる「成人指定」あるいは「R-18指定」という仕組みがあるが、これらの規制自主的に行われている。法的な「わいせつ物」はそもそも流通不可能であり、一般流通している「成人向け」コンテンツはすべて法的に「わいせつ物」ではない。では、どのようにして成人向けコンテンツレーティングが行われているかというと、業界団体による自主規制ルールによる。もちろん、各都道府県系には青少年健全育成条例のようなものがあり、レーティングゾーニング実施要求している。しかし、レーティング主体は、あくまでも表現者である業界団体側に委ねられている。言い換えると、現在日本においては、法的にわいせつであるかどうかを基準とした運用は、成人向けコンテンツに対してすら行われていない。

以上の理由より、私は、法律ベースラインと置く言説には説得力が乏しいと考えている。もちろん、「法律で認められているものOK」と強弁すること自体可能であるが、周囲の同意が得られるかどうかは別である私自身はむしろ、件のポスター擁護する上では、このような極端な言説を用いるのは悪手であると考えている。

これらのコメントは、現実的自主規制ルールについての言及である

男女共同参画視点から公的広報の手引」は、多くの機関にとって最低限満たすべき基準となるであろうが、一方で、非常に概念的な内容にとどまっており、個別表現に対する評価には使いづらいように思われる。そういう意味では、CEROレイティングは、個別表現評価する上では、より有用かもしれない。ここで重要となるのが、CERO(や映論やビデ論など)のレーティング基準は、これまでの議論社会的な情勢を踏まえて策定されており、ある程度の社会通念上の合意が得られたものとして運用されているということであるコメントには「落とし所など無い」という意見散見されたが、多くのコンテンツは、すでに「落とし所」すなわちレーティングに基づいて運用されている。そして、想像ではあるが、このようなレーティング基準の背後では、規制強化派と規制緩和派の綱引きが常に行われているのではないだろうか。

赤十字がどのようなレーティング基準採用するかは、赤十字自由であるしかし、「法的にわいせつ物でなければOK」といった基準採用しないであろうことは、かなりの確度をもって確実だと言えるであろう。

後半の指摘に注目されたい。いわゆる「レーティング基準」というほど明確なものではなくても、赤十字が内部的に表現基準を作ることは十分に有り得る(むしろ、すでにあるのではないかと思う)。このような内部基準は、過去の事例へのフィードバックを基に更新されていくであろうし、性的要素以外にも、ブランディング多様性への配慮なども含めて運用されていくだろう。そして、内部の表現基準曖昧定義されることも予想できる。「各要素を勘案して、不要性的に映らないようにすること」といった基準は、組織内部では問題なく運用される。担当部署感覚が共有されていればよいだけなので、肌の露出割合といった、客観的基準必要とされない。言ってしまえば、まさに「ムラの掟」ならぬ「日赤広報部の掟」があれば十分である

繰り返しになるが、このような内部基準は、表現の自由問題とは直接的に関係がない。赤十字には、当然ながら表現の自由存在する。しかし、赤十字が実際にどのような表現基準をつくり、どのような表現を外部に対して行うかは、赤十字裁量に委ねられている。表現の自由を前提として、それをどのように行使するかの話である

前述のような前提に立つ場合、この問題は「ポスター批判派 v.s.ポスター擁護派」の構図ではない。この問題は、「ポスター批判派 v.s. 赤十字」と「ポスター擁護派 v.s. 赤十字」という、個別の2つの問題である。両陣営とも、赤十字自分の好みに合う表現基準を設定するように、赤十字ロビイングをするだけである。ここで赤十字に対して「あなたには表現の自由がある」と言ったところで、赤十字からすればそのようなことは既に自明であろう。赤十字にとっては、自由を前提として、どのような配慮を行うべきかこそが課題であり、「表現の自由」や「法的なわいせつ物」の話を引き合いに出されたとしても、あまり参考にはなりそうもない。また、ポスター批判派の言論を「お気持ち」と揶揄したとしても、赤十字が「我々はなるべく多くの人の気持に寄り添いたい」と方針付ければそこまでである(そして、赤十字役割を考えれば、そうなる可能性はかなり高い)。「批判派は明確な基準を示せ」という意見も、赤十字には届かないであろう。赤十字立場は、「皆さんの意見を参考にして、基準自分たちで作ります」でしかないと予想されるからだ。

私自身は、ポスター擁護であるしかし、一方で、ポスター擁護派の言論が非常に脆弱であるという危機感を持っている。わいせつ性の有無や表現の自由銀の弾丸扱いしたり、「お気持ち」を軽んじる方向性は、現実世界において他者に響くであろうか。私にはあまりそう思えない。むしろ、そのような極端とも取られかねない言動は、単に無視されるか、悪印象とすらならないだろうか。もしも、わいせつ性の有無や表現の自由議論において有効武器であり、「お気持ち」を簡単に潰せるほどの威力があるのならば、ビールポスターから水着女性が消えたり、レーティングによる自主規制が行われているのは何故だろうか。私が、敬意をもって落とし所を(なるべく自分の好みになるように)模索するべきだと考えているのは、そういう理由である銀の弾丸を持たない以上、100%自分の思い通りにはならないだろうが、「お気持ち案件」などと言って対話を打ち切ってしまえば、最終的にこちらが譲歩する度合いはさらに大きくなるであろう。

繰り返すが、件のポスターの是非において、表現の自由はあまり関係がない。もし仮に、ポスター批判派の要求が、政府による規制を求めることを主体としているのであれば、話は別であるしかし、今回の議論に置いて、そのような意見ポスター批判からほとんど出ていないように観測される。


  • id:Ayrtonism 議論の出発点が食い違っている(批判派は、無秩序にあの手の絵がどんどん広まっていると考えているが擁護派は批判派によって自由が狭められていると思っている)ので、先にそっちを解消しないといけないと思う。

この視点はとても参考になった。確かに公共の場公的、あるいは公的に準ずる機関二次元キャラクターを用いるようになったのは最近のことである漫画アニメに馴染みのない人にとっては、自分が知っている世界が、なにか別のもの侵食されていると感じられるのかもしれない。とはいえ表現の自由を前提にすると、そのような状況を拒絶することは難しいように思われる。「あの手の絵」に過度に性的な要素が含まれていない場合二次元キャラクターであるというだけで拒絶することは難しいであろう。この部分は、なんとかして各自が折り合いをつける必要がありそうに思われる。

残酷ではあるが、あえて言うならば現時点で「声が集まっている」のはあなたの周囲だけなのかもしれない。実際に、私の妻に今回の件の感想を聞いてみたところ「別にこれぐらいいいのでは」というものであった。女性であっても、人によってはこのような反応である。他の人から見ると、あなた(達)の声は、まだ小さいのかもしれない。

しかし、どうか絶望しないで欲しい。私は、あなた立場を完全に理解することはできないし、今時点であなたのために提示できるものもない。それでも私は、あなたにとって、今回の件が重大な問題であることは理解するし、それを馬鹿にしようとは思わない。私にはあなたを助けることはできないかもしれないが、あなたが声を上げ続けることは尊重するし、あなたの仲間がどんどん増えてあなたの声が多くの人に届くといいなと思っている。もちろん、声を上げ続けること自体が容易でないし、辛いこともあると思う。大変ですが、お互いがんばりましょう。


一部はふざけているようにも見えるが、重要な指摘である性癖というのは個々人でバラバラであり、実際に私からすると極端に感じる性癖を持つ人もいるであろう。では、個々人で性癖バラバラであるから、手も黒タイツも、あれもこれも表現として認められない世界になるかというと、少なくとも現在日本においては、そうはならないであろう。これは単純に、社会通念上の合意簡単には得られないかである。これらのコメントは、「だれかの気持ちのために1つでも譲歩したら、結局はあれもこれも譲歩することになる」という危機感を述べているのだと考える。1ページ目で述べたとおり、このような危機感には一定妥当性がある。一方で、現在日本において、そのような自体が実際に発生するかというと、そのようなことも無さそうである。実際に、既に存在している様々な自主規制ルールは、多かれ少なかれ問題はあるにせよ、先鋭化することもなく、案外まともに運用されている。ルールを正常に保つためには、各陣営不断努力が求められるだろうが、極端に悲観する必要は無いと考えている。

補記が続くのかよ

https://anond.hatelabo.jp/20191031142026

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