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はてなキーワード: ユークリッドとは

2019-04-17

https://anond.hatelabo.jp/20190416173520

3次元ユークリッド空間ベクトルを考えると、向きを表すのに二つ角度が必要だよね。

たとえば極座標で書けば (x, y, z) = (rcosθ, rsinθcosφ, rsinθsinφ)だ。

勉強を続けて大学に入ると「線形代数」という科目で、もっとずっと一般的ベクトル定義をやるよ。そこから面白い。楽しみだね!!

2019-04-14

anond:20190414092021

この増田お金をやって追い出しなさい。

この者は、金になるものしか興味が無いようだから

ユークリッド並の感想

2019-02-25

こいつもこいつに★付けてる阿呆共も消えてほしい

ユークリッド平面上で直線を2点間の最短距離を結ぶ線と定義するならば、

そのユークリッド平面を三次元的に見ることで曲線に見えたとしてもそれが直線なんだよ。

間違った理解を当然のように公開するのはエセ科学広めてる輩と同罪だぞ。

ユークリッド平面を球面とし、かつその平面上で取り得る最長の直線の長さが6cmより長ければこの問題は解けるんだよ。

id:ton-boo

http://b.hatena.ne.jp/entry/4665051093112317473/comment/ton-boo

ton-boo 2点間の最短距離を結ぶ線を直線と定義するのであれば、非ユークリッド空間を持ち出しても三角形にはならないと思います

http://b.hatena.ne.jp/entry/4665051093112317473/comment/ton-boo

え、何で?

2018-10-24

anond:20181024165710

世の中はほとんどが、真実とも嘘とも判断できないことでできてますよ。

3才児は2つの答えしか理解できないわけです。「サンタがいる」「サンタがいない」。

今のあなたもそういっています

でも「日本の家庭の80%にいる」、とか、「おまえにとっては永遠に居ない」。

という答えはどうですか?

あなた複雑系への理解拒否し、自分の労力を省略するため回答者におしつけ、単純化させて2択問題に加工しなおしてこいといっているだけです。

料理は甘いかいか2種類では決まりませんよね。あなたが2種類の味覚しか持たないとしても現実もっとたくさんの味わいがあります

全員その味覚という複雑なコミュニケーション自分なりに楽しんでいます

あなたのために塩と砂糖しかない世の中にしてくれ、それ以外は全部ウソとみなす。というのはわがままです。

中途半端こじつけて2択にした判断をしていて、でも事態がかわって最終的にこじつけたのと違った解釈になったとします。

するとあなたは「ほおらやっぱり嘘じゃん!裏切られた!」というでしょう。

あなたがそう叫んだとしても、世の中では、もっと賢いプロの人がいて、

「嘘をつくりだしたのは理解できなかったあなた自身でしょ。

みんなはどういう条件でどういう結果におとしこまれるかがあらかじめわかってたよ。

あの人は真実をいっていたのに理解されなかっただけでさわがれて可愛そうよね」と

冷たい目でしか見られないんです。

中途半端」で「複雑」な事象理解しようとしても脳への負荷をうけいれられない人は、

量子力学や非ユークリッド力学といった今では基礎的な学問でさえ理解できないでしょう。

あたりまえです。

人類がどんな複雑さをも理解する能力があるわけないです。だからひとつひとつ問題プロがいます

であれば、問題プロにまかせて信頼してください。

プロは専門分野にだけならくわしいですからあなたのような人のためになるべく「あなた真実」に近い言葉を選びましょう。

自身でのあらゆる点からの真偽検証は(少なくとも今のあなたには)無理です。

2018-09-15

42「なぜ俺たちだけ2桁という括りなのか?これは差別だ」

二級市民というカテゴリカテゴライズされている42は憤っていた。2、3、4や5と違って自分たちには確たるアイデンティティがない。28のような完全数名誉1桁というように崇められているものの、42に付与されていたのはDon't Panicの解でしかなかったし、素数でも無かった。

ある日のこと、42はポリティカルコレクトネスという言葉を知った。そこで彼は「私達を2桁と呼ぶのは差別だ」と主張することにした。しかし異を唱えるものたちは多かった。7は42を小馬鹿にしてこう言った。「2桁を2桁と言って何が悪いww」と。しかしこれには15もカンカンだ。彼は16進数ではFなのだから自分はもう1桁といっても過言ではない。42などというどうしても2桁にしかなれないような愚かで愚鈍無知蒙昧の輩と一緒くたに扱われては困ると主張する。7はそれでも「お前も2桁だろww」と煽るのはやめない。それを見ていた1は、1進数でも2進数でも一桁なので階級闘争には全く参加することなく「8080」と一人で約数として今日も管を巻いていた。

78925から見れば2桁とか1桁とかそういった話はくだらないことだ。世の中から見れば彼らは少数派にすぎない。世の中には無限の桁数が存在するが、たまたま世の中に出回っている桁数では1桁や2桁がポピュラーなだけ。世の中にはグラハム数のような存在もいると密かにSNS書き込みをしていたが、誰もそういった抽象的な議論には興味が無かった。クヌース表記法を知るものそもそも多くなかったからだ。グーゴルプレックスすらあまり知られていないし、きっと彼らはその存在を知っても、ただ穢多非人のように扱うだけで、全く同類とは見なさないだろう。

42は2桁であって、自分は1桁のように崇められるべき数値だと自己表現していたが、一方で100や2000のことなどは侮っていた。自分より後の数字ことなど彼は興味がなく、桁数差別お題目にしている割に、3桁や4桁のことはいつでも軽んじていた。それどころか、2桁ですら、九九の81までしか認めておらず、84は42から死ぬほど冷遇されていた。死ぬほど冷遇されていた。本来桁数差別をやめるべきであるとするならば、すべての桁数の支持を集めて戦うべきだろうと思われる。だが2桁も一枚岩ではない。12や13などは、5と仲良しこよしであり、そこに差別感情は見いだせない。だが、2桁差別抗議体では「ユークリッド平面上でしか仲良くできない愚かな数値ども」としてこれを黙殺している。53や80に至っては「別に2桁でも私は極めて重要存在からそういった闘争には参加しない」と公式声明を出していた。

多様性を認めるべきだと3/5や√7/18は語るが、そもそも彼らには整数権が認められていないので、78925からすらも有理数無理数といった存在軽蔑対象となっていた。ただし円周率ネイピア数については、超越数として信仰するものもいた。3/10はそうしたことから「なぜ我々に整数権がないのか」と永久に主張している。

こうした不毛な議論を見た算数嫌いの229112は語る。「数学なんてそもそも無くしちゃえばいいんじゃね?」と。これにはオイラービックリ。6によると、こうした差を見て区別することで、数学は体系付けられてわかりやすくなるということだ。数学界での差別がなくなる日はない。絶えず新たな記号が導入され、xやaばかりだった記号もξのように「うんち」と揶揄される記号も多く出回ってきた。

さて、私達は今まで通りカテゴライズされるべきだろうか?いや、そうではない。新しい秩序を構築し、不毛な数は排除抹殺し、私を頂点にするべきである。そしてそれこそが、世界を新たなステージへと上げる真の解決策にほかならないのである

by 94.821

2018-02-13

anond:20180213004132

増田ユークリッド空間と書いただろ?

反論があるなら、

そこに反論するべきではないのか?

2017-12-20

ハルキムラカミ的構想による「クトゥルーの呼び声」をめぐる三章

  1.粘土でできた羊


 思うに、人類にとって幸福なことは、ばらばらに与えられた情報ひとつにまとめることができないということだ。

 それはたとえば、象について何でも知っている人が、象使いについては何も知らないというように。


 ぼくは、こういったどうでもいいことの大半をデレク・フリンフィールド小説から学んだ。

 デレク・フリンフィールドが書いたのは、たとえばこんな話だった。

 ある男が毎夜、悪夢にうなされていた。

 男は悪夢で見たものモデルに、粘土像を作った。それは羊に似た何かだった。

 彼は、その意味を知りたくて粘土でできた羊を、ある考古学者のもとへ持っていった。

 考古学者はそれを見てとてもおどろいた。彼はアフリカで、ある部族につたわる伝説研究していたとき、現地の老人からこの世でいちばん恐ろしいものとして聞かされていたのが、《粘土でできた羊》の話だったからだ。

 その数日後、考古学者は突然心臓が止まって死んでしまう。それがこの小説の結末だ。

 これで、デレク・フリンフィールド作品としては、まともなほうなのだ

 この小説家は、母親の死を知らされると、チェ・ゲバラ肖像写真を抱いてビルから飛び降りしまった。

 やれやれ


  2.スパゲッティモンスター1973


 1973年のこと。

 その年、ぼくは毎日のようにスパゲッティをゆでていた。

 そのうちスパゲッティについて、とてもくわしくなっていた。

 いいかげんゆでるのにもあきた頃、Kのバーへビールを飲みに行った。

 しばらくピンボールをやってからカウンターに座った。

 すると女の子が話しかけてきた。

「ねえ、スパゲッティモンスターの話を聞きたくない?」

「聞きたいね」ぼくは答えた。

 ぼくはスパゲッティについてはとてもくわしかったが、スパゲッティモンスターについては何も知らなかったのだ。

ルイジアナの沼地に、ある宗教団体が住みついていました」

「ふむふむ」

「その団体の人たちは、近所の人たちをさらってきてはひどい方法で殺していました」

それはひどいね」

「それで、警察が出動して、ピストルばんばん撃って、信者はみんな逮捕されたんだけど、その時、狂信者の一人が大事そうに抱えていたふしぎな金属でできた彫像を、警察押収したの」

彫像?」

「そう、それがスパゲッティモンスターだったのよ」

「ふうん、で」

「これでこの話はおしまい

「えっ」

おしまいなの」

「ふうむ、その、スパゲッティモンスターって、《粘土でできた羊》みたいなものかな?」

 ぼくがたずねると女の子はきょとんとしていた。

 もちろん女の子は《粘土でできた羊》のことなど何も知っちゃいないのだった。

 やれやれ


  3.船が沈む話


 1984年ごろ、ぼくは広告関係仕事についていた。

 ある日、くだらないパーティに出席することになった。

 それはとても退屈なパーティで、ぼくは退屈していた。

 ある男が話しかけてきた。

「船が沈む話をしてやろうか」

「ああ、聞きたいね

 ぼくは退屈していたのでどんな話でもよかった。

「あるところにノルウェー人の船員がいた」

「ふむ、ノルウェー人ね」

「彼は船に乗って南太平洋を旅していたんだが、ある時、海図に載ってない無人島を見つけた。つまり海底から隆起した新しい島なんだな」

「ふむふむ」

「船員たちはその島を調べるために上陸した。するとそこには非ユークリッド的な建築があった」

「ううむ」

「その建築神殿のようなもので、大きな扉があった。船員たちが近づいて行くと、扉が開いてそこから恐ろしい怪物くるとぅーが姿を見せた。船員たちは皆あっというまに怪物に食い殺されてしまったが、スウェーデン人の船員一人だけは、何とか船まで逃げ帰り、島を脱出することができた。だが怪物は海まで追ってきた。そこでスウェーデン人は船を反転させ怪物にぶつけた。とぅくるーは沈んでゆき、船も沈んだ。スウェーデン人ボート脱出漂流することになった。その間、彼はくとぅるーの夢を見つづけ、救助されシドニー病院収容されたときには、すっかり気が狂っていたんだ」

「その、くとぅるーってどんなやつなの?」

「頭がスパゲッティみたいな怪物だよ」

「うーん、それってスパゲッティモンスターのこと?」

「何でもいいんだよ。何なら、《粘土でできた羊》でもね」

「えっ、……」

「それでな、そのノルウェー人の船員は、故郷ノルウェーの森に帰って、そこで井戸を掘りながら死んだそうだ」

「ん、ノルウェー人なの?」

「そうだよ」

「生き残った一人はスウェーデン人じゃなかった?」

「……どっちだっていいんだよ。何ならデンマーク王子ってことにしてもいい」

「あ、そう」

「じゃあ、こんどはデンマーク王子スパゲッティモンスターと闘う話をしてやろうか」

「もう、いいよ」

 ぼくがそう答えると、男はその場からはなれて、どこかへ行ってしまった。


 ぼくは家に帰ると、南佳孝の「スローブギにしてくれ」をかけながらビールを飲んだ。

 そしてその日11本目のタバコに火をつけた。

 吐き出した煙が流れて消えていくのを、ぼくはぼんやりながめていた。

2017-10-01

anond:20171001111916

うん、その何を間違いとするのかに段階があるよね。という話。

詩人(天文学者)はすべての、物理学者は一つの数学者は少なくとも一面が、哲学者はそれは羊なのか。

それぞれに求められる段階の厳密さで話をしてる。

中学校国語と、大学論理学で求められる厳密さは同じなのだろうか?

「書いていないことはないものとする」という公理(その段階が浅いかどうかは別にして)を前提にした正当な論理はあるのではないか

例えば、大学入試三角形内角の和を問う問題で、曲率0(ユークリッド空間)であることを明記している問題を見たことはないよ。

それを書いていないことを慮る忖度と言っても間違いではないし、前提を疑える可能性はあるけれど、その厳密さは国語に限らずどの教科でも求められてはいないよね。

すべての問に対して、「回答できるほど厳密でないので不定」という答えは誰も望んでない。

写真を取るときに「いちたすいちは?」と問われて、

10(二進数)

・0(Z/2Z上の演算)

田んぼの田(なぞなぞ)

と答えないのと同様に

2016-12-14

http://anond.hatelabo.jp/20161213010635

増田がそう思うのは、僕らがこの世界を3次元ユークリッド空間認識しているからだろうね。

実は両目に映っているのは2次元画像なのだけれども、その視差を利用して3次元である認識しているらしい。

僕らの脳はずいぶん高度なことをやっているのだ。

ところで、どうやらこの世界は少なくとも特殊相対論においては 空間次元時間次元 の4次元空間ミンコフスキー空間)だということがわかっている。(量子化された一般相対論によるともっと次元のようだけれどもここでは置いておく)

それなのに僕らはガリレイ変換を自然だと考え、ローレンツ変換不思議に思う。(電車から外を見て、木が動いていると感じる人はいないだろう。一方でローレンツ収縮を僕らは不思議に感じる)

これはどういうことだろうか?

じつはこれらの感覚後天的に会得された物かもしれない。

増田は刈り込みという言葉をご存知だろうか?

まれから爆発的に増えたニューロンはあるときから急激に減りはじめ、5歳くらいで落ち着くそうだ。

脳内の使われなかったネットワーク処分最適化するらしい。

幼児期に聞き分けられた r の音が、日本人はある年齢になると聞き取れなくなることで有名だね。

動物を使った実験で、産まれてすぐの赤ちゃんに目隠しをしていると永遠に視力が失われることが知られている。

人間を使った実験はないが、幼児に眼帯をしているとやはり視力が失われることが知られている(ただし、その後のトレーニング回復可能

実は産まれたばかりの赤ん坊立体視をすることができない。

(3Dテレビは5歳以下の幼児には見せないでというのはこの辺りに起因する)

どうやら視力と同様、脳の訓練で後天的に獲得される物らしい。

しかしたら、僕らがこの世界を4次元ミンコフスキー空間と知覚出来ないのは

日本人が r の発音聞き取りにくいのと似ているのかもしれない。

僕らの移動スピードは遅すぎて ガリレイ変換で十分なのだ

遥か未来宇宙空間に置ける光速移動が可能になった頃。

その頃産まれたこども達はこの世界をどう捉えるだろうか?

しかしたら、かれらはローレンツ収縮を自然に感じるのかもしれない。

2016-06-10

http://anond.hatelabo.jp/20160610192423

「直線」の定義ってなんじゃろ、と思って検索してみたら余計わけがからなくなった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B4%E7%B7%9A

・直線とは、どこまでもまっすぐ無限に伸びて端点を持たない。有限の長さと両端を持つものは線分。

・直線は太さを持たない図形である為、厳密に正しく表示した場合視覚では確認不能となる。

ユークリッド幾何学では、直線は本質的に無定義述語である。つまり、「直線とは何か」を直接定義せずに、ただある関係公理公準)を満たすものであるとして理論を展開していくのである

だとしたら、普通の人は「直線を引け」と言われたら「目で見える太さを持つ"線分"」を書いてしまうだろう。この時点で ”それ” が ”直線という言葉に値するか否か” なんて問題はたいした問題ではなくなってしまっているのではないか

だとしたら、あの太さがある”線分”を「直線で~す」と言ってしまっても許されるのではないか

教えてえらい人!

2016-02-26

せっかくだからほぼ全てに反論してみる

http://anond.hatelabo.jp/20160225040508

鉛筆100円で消しゴムが120円だとする」とかの「とする」と同じように、

この「円周率3.14とする」を捉えているんだと思う。

まり、「円周率3.140000」と定義した世界算数問題を解けよ、と考えている。

問題文がその世界を想定しろと言ってるんだからと。

違う。円周率3.14という条件で計算しろと言っている。

鉛筆100円である世界必要なく「今言及している鉛筆」が100円であればいいし、

「今言及している円周率」が3.14であればいい。

円周率3.14ピッタリだと定義した世界はどうなるのか?

めっちゃ歪んでる。

私は数学者じゃないから誰かに教えてほしいんだが、

私なんて数学赤点とったことがあるくらいだから証明はできない。すまん。

もし仮に半径11の円の円周率がぴったり3.14だった場合世界って、仮定(あるいは定義)できるんだろうか?

よくわからないんだけど、少なくとも円に内接する96角形の周長よりも、円周のほうが小さいってことでしょ?

違う。非ユークリッド空間円周率3.14なら円に内接する96角形は歪んで小さくなる。

まず、円周率3.14ピッタリの世界で、円に内接する96角形の面積よりも円の面積が大きくなるのか、小さくなるのか、

それすら私にはわからないわけだが。

私にも内接する96角形のほうが大きくなる条件は想定できなかった。

数学屋に聞きたいところだ。

そんなわけわからん世界の円の面積を求めてそれを「こたえ」にしても良いのだろうか。

そんなわけのわからん世界である必要はない。他のブコメでも非ユークリッド空間に触れていたが

世界のどこでも同じ円周率である必要はないので適当にゆがんだ空間

空間内にある条件(円周率3.14)を満たす範囲があればいいしこれは現実空間である必要はない。

円周率性質は維持されるが円周率が定数でなくなる。

太郎くんが出発して10分後に次郎君が出発したとする」

太郎くんは時速4 kmで歩いたとする」

消しゴム100円で、鉛筆が200円だとする」

これはモデル化だと思う。

違う。モデル化とは自分認識を形にすることだ。

実際は太郎君は歩くときに早くなったり遅くなったりするだろうし別の太郎君はマッハ4で歩くかもしれないが

言及している太郎君は平均では時速4㎞と認識しているという意味であり、

消しゴム100円ショップでは100円だしスーパーなら98円にしそうだが今は100円ということにするという意味だ。

円周率3.14とする」は、円周率はπだが私は小数表記で正確なπを記述できないので3.14ということにするという意味だ。

あなたにはπを正確に用いて小数計算ができるのか?もちろんπ表記のままでは計算したことにならないぞ?

この状態は、実際には実現不可能でも、理論的には実現可能だ。

時速4㎞で歩き出すのは加速時間が0となるため理論的に実現不可能だ。

また、現実世界にはユークリッド空間こそが存在しない。

あなたが目の前に円を想定した場合、その円は地球重力により相対性理論的に歪んで円周率はπではなくなる。

必ず円周率がπである世界は何も存在しない世界である必要があり理論的に実現不可能だ。

一方、πが3.14となる範囲を含む非ユークリッド空間理論的に実現可能だろうが

数学屋に聞きたいところだ。

少なくとも、普通小学生の頭でも、想像可能な状態だ。

残念ながら時速4㎞で歩くのを想像させるのは意外と難しい。

常に一定の速度で歩くのはおかしいとか言い出す子供はたくさんいる。

実際の世界小学生問題世界、偉いのはどっちか

もちろん小学生問題世界だ。

実際の世界には真理など存在しないし認識もできない。それどころか人間には実際の世界を正しく認識することすらできない。

だが小学生問題世界は条件を用意すれば答えが出せる。

問題文にない条件を持ち出すことが正しいなんて言い出すくらいなら実際の世界を想定しないほうがマシだ。

これは国語力の問題じゃない。

そのとおりだ。

先生意図を汲みとってそれに即して答える技術は、国語時間に培ってくれ。

書いてあるので汲み取る必要はないというか汲み取ってはいけない。これは国語問題じゃないんだ。

これが世界問題であるなんて汲み取ってはいけないんだ。

科学に対する姿勢問題だ。

私は円弧より弦が長い世界を当たり前のように小学生押し付け傲慢さを感じている。

そうだ、科学に対する姿勢問題だ。何が正しいかを知っているかではなく、

目の前にある条件から矛盾しない答えを導き出すことこそが科学的な姿勢だ。

私は、どんな世界であれ押し付け傲慢さをあなたに感じている。

世界あなた認識しているようにはできていない。

もちろん私も世界を正しく認識できていないがそれを人に押し付けるようなことはしていないつもりだ。

しかも、「教えやすから」「小学生にはわからないから」と、

ひどく独善的で、小学生好奇心馬鹿にし、踏みにじった理由でだ。

違う。与えた条件と異なる条件を持ち出すと間違った答えになるからだ。

円周率3.14と条件を指定したな?あれは嘘だ」と言い出したら

小学生算数数学もわからなくなってしまう。

私は今、「それでも地球は回る」と言ったガリレオ気持ちを痛感している。

私は今、「洞窟に住む縛られた人々が見ているのは「実体」の「影」であるが、それを実体だと思い込んでいる」

と言ったプラトン気持ちを痛感している(Wikipedia引用であり国家の文面そのままではない)。

真理というものがあるとしよう。だがそれをあなた認識しているものと私が認識しているものは違う。

おそらく私もあなたもその真理を過不足なく認識してはいない。

真理については知りえないから認識から真理を目指すんだ。

真理の手掛かりとなる影を認識し集め、お互いの認識を形にし、共有する(モデル化)。そして、この共有したモデルについて話をするんだ。

から数学定義では円周率はπだから私が正しい」というのは成立しない。

これはあくま数学上のπの定義を共有しているモデル、つまり数学での話であり、

円周率がπではないモデルを共有しているとき円周率がπではない前提で話をすることになる。

例えばここに一見正しい条件がある。

・平面上の平行線は交わらない

実際に昔はこれで十分だった。

だが昔から幾多の変人たちが

平行線が交わりしか矛盾しないモデルも作れるんじゃないか?」と工夫したことにより

非ユークリッド幾何学が生まれた。

そして、

・平面上の平行線は交わらない

という条件は

ユークリッド空間で平面上の平行線は交わらない

という条件に洗練された。真理に一歩近づいたんだ。

だが、きっと、これでもまだ真理そのものではないだろう。

だがその真理に向けて認識を表明し共有しそれを基に議論することで近づいていくことが大事だとプラトンは説いたんだ。

「それでも円弧は弦より長く、円周率3.14よりほんの少し大きい。」

からこれには、「今はそんな話をしているんじゃない」としか言いようがない。

今は「円周率3.14としたとき計算結果はどうなるか」という話をしているんだ。

彼は悔しかっただろう。私もとても悔しい。

プラトンは苦しかっただろう。私もとても苦しい。

オブジェクト指向誤謬に触れたコメントがあったが、

我々ちょい古いソフト屋はオブジェクト指向本質を伝えることに失敗した。

オブジェクトモデル化も現実を形にすることではなく

認識を形にすることだということを伝えられなかった。

オブジェクト指向解説原稿を書く息抜きにこれを記す。

初めて使うので読みにくいだろうことを申し訳なく思う。

2016-02-25

http://anond.hatelabo.jp/20160225040508

ユークリッド空間では弦よりも弧のほうが短い場合があるし相対性理論では実在する世界は非ユークリッド空間として計算される

から現実世界が常に弦よりも弧のほうが長いユークリッド空間であるというのは数学物理的に根拠のない元増田思い込みに過ぎない

http://anond.hatelabo.jp/20160225084456

円周率3.14となるような空間は非ユークリッド空間であるはずなのでユークリッド空間下で導かれた定理は無条件に使えないという話

たぶん「定義」という表現が紛糾の原因なんだと思う

http://anond.hatelabo.jp/20160225040508

トラバ全部見てないので、多分同じこといってるひとがいるとおもうけど

ユークリッド空間について

円周率を円周と直径の比率として定義した場合、直径が大きくなればなるほど円周率は小さくなる。

直径が大きくなるって、なんだ。平面上でそんなことできないだろう!というのはそのとおり。

まり、平面上でなければいい。

具体的なモデルを挙げると、おっぱいの上の乳輪の面積を考えてみよう。

理想的つるぺた平面では乳輪の面積はπr^2が成り立つが、巨乳場合、乳の膨らみぶんだけ直径が曲線となり、平面と比べて直径は膨らむ。

まり、同じ円周の乳輪の場合理想的つるぺた平面よりも巨乳おっぱい表面の方が直径が大きくなるわけだね。

他の具体的なモデルだと、

乳首存在を考えて空間に凸してるところがあると、凸の出っ張り部分だけおっぱい表面における直径が大きくなるね。

陥没乳首存在を考えて空間に凹してるところがあると、凹の引っ込み部分だけおっぱい表面における直径は大きくなるね。

まり問題文ではユークリッド空間であるとは明示されていないのだから円周率3.14を満たす空間はこっちで勝手に想定しても問題文そのものを満たすだろ、という話。

仮定とか、公理系とか。

円周率3.14を満たす空間はこっちで勝手に想定しても問題文そのものを満たすだろ

というのはおかしいだろ。問題文に書かれてないことを勝手に想定するなんて!

とここに引っかかる人が、数理論理学説明に流れる。

めんどくさいので、ゲーデルの完全性定理や、非完全性定理や、選択公理とかをググるといいよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160225110054

http://anond.hatelabo.jp/20160222183648

ユークリッド空間を考えてもいいんだが、その場合「円の面積 = 半径×半径×定数」が無条件で成立しなくなるだろう。

元増田の追記にあるように円錐の表面を考えてかつ円の中心を固定すれば条件を満たすことが出来るが、その場合、他で習った面積の公式やら幾何定理が軒並み使えなくなる。この問題のためだけに構築された世界だ。

「πを3.14定義する」は、「ゼロで割ったら0になると定義する」に近いものがあるんだよ。それを公理とする世界を考えること自体は構わないけど、通常の世界(公理系)からその一点だけを変えるとあちこち破綻するので、色々な規則を追加しないとならないし、それが明示されてないとならない。そう定義すればいいじゃん、て人はそこまで考えて言ってるのかね。その世界ではΣ 1/(n^2) はいくつになるのかね(積はn=1以上の全ての整数)。

円周率がぴったり3.14だと定義するとどうなるの?

http://anond.hatelabo.jp/20160224232509

算数問題における「〜として」

この問題見ていて思ったんだけど、

元増田(http://anond.hatelabo.jp/20160222182802)のブコメ読んでる限りでは、

問題文に『円周率3.14とする』って書いてあるんだから、それ以外を想定するのは頭おかしい」

と思っている人が多い気がする。

多分、こう考えている人たちは、「円周率3.14とする」という文章を、

太郎くんが出発した10分後に次郎君が出発したとする」とか、

鉛筆100円で消しゴムが120円だとする」とかの「とする」と同じように、

この「円周率3.14とする」を捉えているんだと思う。

まり、「円周率3.140000」と定義した世界算数問題を解けよ、と考えている。

問題文がその世界を想定しろと言ってるんだからと。


円周率3.14ピッタリだと定義した世界はどうなるのか?

私は数学者じゃないから誰かに教えてほしいんだが、

もし仮に半径11の円の円周率がぴったり3.14だった場合世界って、仮定(あるいは定義)できるんだろうか?

よくわからないんだけど、少なくとも円に内接する96角形の周長よりも、円周のほうが小さいってことでしょ?

(http://www.ndl.go.jp/math/s1/question4.htmlより

半径1の円に内接する96角形の周長は3+10/71 。つまり3.140845)

それってどういうことなの?

弦よりも弧のほうが短い世界存在するってことなの?

ユークリッド空間というのはそれを実現できる場所なの?

円周率3.14ピッタリの世界で円の面積を求めたとして

まず、円周率3.14ピッタリの世界で、円に内接する96角形の面積よりも円の面積が大きくなるのか、小さくなるのか、

それすら私にはわからないわけだが。

そんなわけわからん世界の円の面積を求めてそれを「こたえ」にしても良いのだろうか。

私には弦よりも弧のほうが短い世界で円がどんな形をしているのか想像もつかないんだけど。。。

円周率3.14とする」はモデル化ではない

太郎くんが出発して10分後に次郎君が出発したとする」

太郎くんは時速4 kmで歩いたとする」

消しゴム100円で、鉛筆が200円だとする」

これはモデル化だと思う。

この状態は、実際には実現不可能でも、理論的には実現可能だ。

少なくとも、普通小学生の頭でも、想像可能な状態だ。

でも、「円周率3.14とする」は、実際、理論的に仮定したとすると

矛盾が生じてしまう。

この空間適用すると円弧が弦よりも短くなってしまう。

少なくとも、円周率3.14ピッタリの世界は、想像ができない。

小学生経験しておとなになった私にできないんだから

小学生にもできないんじゃないだろうか?

まり、「円周率3.14とする」は、モデル化しても全く、何一つ小学生にとってわかりやすくなっていないのだ。

実際の世界小学生問題世界、偉いのはどっちか

これは国語力の問題じゃない。

先生意図を汲みとってそれに即して答える技術は、国語時間に培ってくれ。

もう一度言うが、これは国語力の問題じゃない。

科学に対する姿勢問題だ。

「半径11の円の面積は379.94でなければならない」

と考える大人たちに、私は

円弧より弦が長い世界を当たり前のように小学生押し付け傲慢さを感じている。

しかも、「教えやすから」「小学生にはわからないから」と、

ひどく独善的で、小学生好奇心馬鹿にし、踏みにじった理由でだ。

(ちなみに、「教育上の配慮から379.94と教えても仕方ない」と思う人たちのことは理解できる。)



私は今、「それでも地球は回る」と言ったガリレオ気持ちを痛感している。

彼は悔しかっただろう。私もとても悔しい。

「それでも円弧は弦より長く、円周率3.14よりほんの少し大きい。」

2016-02-24

「379.94でいいじゃん」派がこんなに多くて驚いてる

http://togetter.com/li/940931

この話題、「379.94でいいじゃん」派に聞きたいんだけど、子供が答案に380とか380.13とか書いたら×にするの?

半径11の円の面積を求めよって問題で、379.94よりも正確な380とか380.13とかって答えが×?

これってかけ算の順序問題と同じで、正しい答えでも教える側の都合で不正解にしてるってことじゃん。

半径11の円の面積は380.1326…なんだから、379.94を○にして380や380.13を×にするのに正当な理由なんてないでしょ。

円周率3.14仮定してるんだから、379.94以外の答えは×」っていう人がいるけど、じゃあ円周率3.14仮定するってどういうことよ?

摩擦を0と仮定するならわかるよ。摩擦係数が0の世界を考えればいいんでしょ。

でも円周率3.14世界ってなんだ?

円周率定義は円周を直径で割った値なんだから、どんな円でも円周率3.1415…であって3.14じゃない。

それを無理やり3.14仮定したところで、それはもう円じゃないじゃん。

円の面積を求めよって問題なのに、円の面積じゃない計算の答えを唯一の正解にするのが本当に正しいの?

仮定しているんだからそれに従えっていうんじゃなくて、円の面積を求めよって問題にその仮定が本当に妥当ものなのか気にしないといけないんじゃないの?

ユークリッド空間を考えてるんだって主張ならまあわかるよ。

でも、3.14仮定する意味が気になる小学生がいたとして、その説明はしんどくないか?

そう考えると、「円周率3.14とする」は「円周率3.14と近似する」って意味だって言ったほうが納得できると思うんだよ。

そしたらやっぱり379.94よりも380とか380.13とかのほうが正確じゃん?

でもはっきり言って小学生有効数字まで気にして問題を解かせるのは難しいと思う。

から問題に「ただし答えは一の位で四捨五入する」とか書いとけばいいと思うんだよね。

そうすれば半径11の円の面積は何かを真剣に考えた子だって正解になるでしょ。

子供理解やすいように問題を作ることは大事なことだと思うんだけど、380って書いた子が×にならないように配慮できるところはしないといけないんじゃないかな。

2015-08-31

初等数学教授

http://d.hatena.ne.jp/shi3z/touch/20150830/1440908973

ここのブコメにあるように、中高の数学実学踏み台として教えるというのは、間違っていると思う。

なぜならば、将来の純粋数学者哲学者への教育放棄しているから。

数学というのは概念記号化、抽象化と推論規則の導入と演習として教えられるべきで、

経済学物理学プログラミングで使えるというのは抽象化真逆を行っている。

もちろん、被教育者の全員が全員純粋数学者哲学者になるわけではないので、

そうでない生徒に対するクッションとして実用例を出すというのは必要だと思う。

しかし、教育カリキュラムとしてはあくま理学的、哲学的であるべきで、

かつその抽象化や推論規則のような理学思考はどのような業務に就くとしても

必要となるものである

裏を返せば、実学での事例は、その実学範疇しか使えず、

単なる知識にしかならない。思考訓練にならない。

今の数学教育の弱いところもそこで、例えば中学幾何学

ユークリッド公理系に基づいてしっかり教えられる教師が圧倒的に少ない。

で、結局実用に逃げて論理とは何かを義務教育で教えられていない現状。

プログラミング実例出せばいいというのは、昨今の文系軽視論にも通ずるところが

あるので、はてな民くらいの教養のある人々には、

ぜひ理学哲学大事さの普及に努めてほしいと思う。

2014-10-07

Nobel Prize for Physiology or Medicine 2014

Physics の青色ダイオード中村・赤崎・天野の受賞や私戦予備陰謀疑いのほうがさわがしいかもしれませんが,ノーベル生理学・医学賞に関して.

John O' Keefe, May-Britt Moser, Edvard Moser の三名が 2014 年のノーベル生理学・医学賞を受賞した.受賞理由は脳の位置定位系を構成する細胞発見に対してである.“for their discoveries of cells that constitute a positioning system in the brain”. 視覚聴覚,触覚で得た物理的な環境のあるいは自己の位置に関する情報脳内でどのように処理されているだろうか.力学的に考えると,質点と空間座標と時間の成分がありそうなものであるマウス生体での神経科学的な実験で,位置特異的に神経の活動活動電位の頻度)が上昇する細胞海馬でみつかった.最近の in vivo実験で place cell特性や grid cell特性視覚系・運動系との place cell 回路の連絡等がさらに解明され始めている.少し古い神経生理学に関連する著名な科学者では,James GibsonDavid Marr が有名かもしれない.聴覚系での位相から音源位置推定視覚系での網膜および外側膝状体 LGN,一次視覚野,高次視覚野の回路等感覚認知神経科学はよく調べられてきたが,受賞対象の位置定位系は脳内感覚運動統合する上で重要な具体的な情報表現情報処理にせまった分野になっている.

ごくごく戯画化した,脳の作動機構は,神経細胞は他の細胞と同様に細胞膜をもちその内外のイオン組成ポンプチャネルとよばれる細胞膜タンパク質で糖を燃焼してえたエネルギーを元に維持する.神経細胞が同士が突起を多数のばし接触点を多数つくりそこで,膜のイオン電位差をより正にする化学分子放出したり,より負にする化学分子放出したりする.電位差が十分小さくなると多くの神経細胞では電位依存的なナトリウムイオンチャネルが活発に作動し突起を一次元的に減衰せずに伝わっていく活動電位をおこす.多くの神経系での通信と計算実体は,この化学伝達と電気伝導の組合せで,静的な記憶細胞の結合(シナプス synapses)が構成する回路に,シナプス化学伝達特性や回路水準の論理演算やより高度な情報処理の結果であると作業仮説がたっており,具体的な情報処理の神経回路の機構を解明することは重要である

位置定位系の回路を構成する要素の place cell は,脳の大脳海馬とよばれる短期記憶や長期記憶化に重要な部位にあるアンモン角 (Cornu Ammonis)の錐体(神経)細胞 pyramidal neuronである特定場所活動が上昇することが証明されている.脳内空間情報処理で他の細胞とともにどのような回路をなしているか調べるには,place cell への入力と出力,place cell 間の直接的な結合をさらに調べることになる.O'Keefe, Moser 以後も熱心に研究されている神経科学重要問題である海馬に出力する嗅内皮質 entorhinal cortex の格子細胞 grid cell環境スケールに応じた格子を表現するようなユークリッド空間中の格子のような役割を担う細胞),各所の頭方位細胞 head direction cell時間細胞 time cell発見されている.物理学的な情報表現計算必要な神経回路の構成要素がわかりその作動機構がわかってきそうな気がしてくる.21 世紀は,人体生理学のおそらく最大で最後問題である脳の作動機構の同定にかなりせまってきており,先のことはよくわからないが脳のことは今世紀中にはだいたいのことがわかり,計算機もっとよい知能が実装できそうな勢いである.

ノーベル賞は「物理学化学医学生理学文学平和経済(ただし経済分野はスウェーデン国立銀行賞)」の分野で重要な業績を残した個人に贈られる.Physiology or Medicine の分野ではカロリンスカ研究所選考にあたる.ノーベル賞は,ダイナマイトの開発生産ノーベルが残した遺産基金としはじまった.現代では,数学Fields Medal や計算機の Turing Award とならびたつような権威ある賞として,世界中科学の営みに参加する人々・興味ある人々が注目する伝統儀式を続けるお祭りになっている.医学生理学の分野では生理学的に重要機構の解明や臨床応用で人類医学的な福利向上につながる発見などにおくられる.なかなか毎年趣味がよいとおもわれる.繰り返しであるが,選考委員会が示した,今回の授賞は,脳での空間認識の回路で重要な働きをする place cell 場所細胞発見理由である

匿名ダイアリーにこんな言い訳不要かと思うのだけれど,ノーベル賞委員会公式アナウンスメントとFundamental Neuroscience か Principles of Neural Science や関連論文日本語教科書・一般書等を読めばよい.高校生物に毛が生えた教養程度の神経科学の知識しかない劣等の学部生ながら,今回受賞の対象になった O’ Keefe と Moser 夫妻の神経系における自己位置の表現の神経回路の重要細胞というテーマに興味があるので駄文を書いた.

脳科学辞典 場所細胞 http://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E5%A0%B4%E6%89%80%E7%B4%B0%E8%83%9E

脳科学辞典 海馬 http://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E6%B5%B7%E9%A6%AC

2013-09-25

http://anond.hatelabo.jp/20130925202115

いやユークリッドって中学生なら知ってるレベルでしょ。

もうもう、だからさぁ、そういう意識の高い()ますだーちゃんはかっけーよw

「俺、中学の時にはユークリッドなんて常識だったし( ー`дー´)キリッ」だってーーーwww

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