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はてなキーワード: 20年後とは

2017-09-18

価値を生み出せない高学歴

自分はそこそこ高学歴なのだが、

学生時代の友人・知り合い達を見ていると、

なんだかなあという気分になる。

大体の友人達大企業就職したが、

非常に細分化された仕事をしていて、

もう何年かすればその企業で生き埋め状態になるだろうな、という人ばかりである

彼らは、バカみたいに先人が生み出した価値にぶら下がっているだけだ。

ただ、(短期的には)安定した立場だろうから、多少の違和感を持っていても、逃げ出せないだろう。

20年後とかどうなっているんだろうか。。。

2017-09-08

anond:20170908204156

老化が足りてないから。

20年後に改めて飲み直せば好きな酒が見つかるかもしれない。

2017-09-07

女性議員って大成するの難しそう。

田中真紀子小渕優子のような二世議員でも、なかなか、芽が出るの難しいし。

帰国子女っぽ人ととか、学者から転向した、佐藤ゆかりも、不倫してなかったかな?

まだまだ、これからだね。

蓮舫も、グラドルみたいな仕事してたんだよね。

国土交通大臣議長まで務めた、扇千景って案外、そつがなかったのかも。

時代のせいか

今居る、女子アナキャスターの中にも、あるいは、声優アイドルからも、いずれは政界進出して、不倫がバレるみたいなことを想像しただけで胸熱だな。

20年後ぐらいには、加藤綾子とかが、政治家になってる世界とか、想像出来ないか

anond:20170907094607

ちょっとした気まぐれでうかつに有名になってしまったら、それこそ10年後20年後までネットのどこかに残ってしまうだろ。

やだよそんなの。

分別のつかない10代にそんなの無くて良かったと心から思うわ。

2017-09-04

anond:20170904145710

緊急だと言えば殴って人を動かすのが正しいと教えてもらったその場の子供たちは

20年後指導側になったとき部下を殴るんだろ

伝統継承はどこも全然悪くないよ

2017-08-28

自分自我しか興味のない私は何に“生きて”いるのか

私は良く友人と話す

結婚はしない」

ネットPCと、休日オナニーと、お前らがいれば良い」

仕事楽しい、やっていることには挑戦し甲斐がある」

では、私の20年後には何がある、40年後には何があるのか

老いと病のその先、あらゆる蓄えが尽き、心を許した友人も尊厳自由も消え去り

絶望孤独不自由が魂を冒すその日になり、私は何が持てるのだろうか

私は、世界とは仲良くできない人だ

社会のレールにはうまく乗れず、どこか「失敗し続けてきた」ような感覚を抱いてきた

産んでくれなどと望んたつもりなどない、自分の生を肯定できたことなどない

自分の生のありのまま」ではなく、自分人生を再定義して肯定する事しかできなかった

その再定義の中では、異性の存在は私にとっては絶望と諦念の象徴しかない

私の我儘に他人を付き合わせたくはないし、付き合うような人間などいないし、したがってそのような存在を作ることにうんざりする

しかし同時に、それを満たすような他者存在を求めることもある

「愛して欲しい」「この薄汚い何もかもを許して欲しい」「許容し、肯定して欲しい」

「一人にして欲しい」「孤独肯定して欲しい」「しかし同時にどこにも行かないで欲しい」

浮気を許して欲しい」「許さないで欲しい、ありったけの憎悪で叩き潰して欲しい」

浮気をしないで欲しい、自分のことだけを見て欲しい」「自分自身人生を歩んで欲しい、自立した人間でいて欲しい」「浮気をしてこんな自分ことなんか見捨てて欲しい、無価値さを思い知らせて欲しい」

「都合の良い存在でいて欲しい」「一個の人格を持った人間でいて欲しい」

「徹底的に詰って欲しい、自分存在価値なんてないんだと思わせて欲しい」「甘やかして欲しい、全肯定して欲しい」



「それでも、自分が許されるような、全てが叶うような想像ができない」

「どこかに、全てが許されるような、そんな妄想を止める事ができない」

「もし実在したとしても、それは私の人生とは交わらない」

「もし実在したとしても、それは私に与えられる筈がない」

「もし実在したとしても、それは私には相応しくない筈だ」

「もし実在したとしても、それに対して私は努力ができない」


私を縛るものは、私自である

「私を愛すものは、この世には存在しない、存在してはいけない、存在しないで欲しい」という呪いを、自分自身に掛け続ける

行き着く先は矛盾に満ちた孤独生活か、妥協と惰性を基盤とした他者犠牲にした自己満足生活である

前者の典型独居老人であり、後者典型が「無関心な父と過干渉な母」というこの世の地獄の母胎である

私は、私の遺伝子を根絶やしにしたい気分になることがある

このクズ遺伝子が、罷り間違って後世に残るようになってしまうこと程、罪深いことはないと思うのだ

の子供が、この世に“理不尽に産み落とされ”地獄に落とされるのを赦してはならない

私の汚濁のような欲望のために、不幸な人間をこの世に生産してはならない

「生まれたことが間違いだった」と思うような人生を送らせる訳にはいかない

私の中の対人親密性は、私を人と結合させようと日夜血みどろの活動を続ける

私は物を書き、オナニーをし、友人と語り、その欲望が枯れ果てるのを待つしかないのだ

例え何があっても、自分が油断しないように

何より私を苦しめるのは、その正当性自分自身疑問符が付けられてしまう、その夜だ

このような時、自分のあらゆる醜さがその苦痛を慰めることとなる

ああ、私の全ての欠陥が“異性を諦めるに足る理由”となって、諦観の海に私を呼び戻してくれるのだ


ここまで、全ては自分自我しか興味がない人間妄言である

ああ、くたばれ霊長類

なんや意味分からん有象無象だと思っていたプロゲーマーかい人種でもチラホラ結婚してて、自分とは全く関連ないが焦る。

ツイッターのリツートで回ってくる。普通に結婚披露宴を行っている。

やっぱ本気で何かに取り組んでる人間は、人として魅力あるんだろうな。魅力+とりあえず暮らせるだけの金=そりゃそうだ

いくら貰ってるかは知らないが。

俗に言う”コアな需要”なのかもしれないが、公務員よりバンドマンってのも理解不能ではない。

将来はどうだか知らんが、こういうところの奥さんは、プロゲーマーではなくなっても寄り添って行きそうだ。

芸人の奥さんみたいな。子供はどう思うか分からないな。親がプロゲーマーの子気持ち想像がつかない。

小学生なら「父ちゃんプロゲーマーなんだぜー」自慢になるのだろうか。中学でグレるかも知れんが。

しかすればプロゲーマーの子ゲームエリートになる可能性もあるのかもしれない。

F-1レーサーなどは既に世襲エリート養成状態と言っても過言ではない状況だ。

まぁゲーム参入障壁が低いので、レーサーほどの世襲状態にはならないだろうが。

興味を持っていろいろ調べてみる。ミーハーの悪い癖だ。

格闘ゲームメーカーカプコン資料を見ると大会の開催で収益が上がっているとのこと。

メーカー側に収益が出るなら大会を開かない理由はない。

メーカー広告宣伝費文化事業費として"維持"しているのではなく、収益事業となっている点は強い。

プロゲーマー収入大会賞金だけではなく周辺機器メーカー飲料メーカーからスポンサーなどもあるようだ。

さらゲーム情報サイト運営企業椅子メーカー健康食品メーカー、変わり種では法律事務所などもスポンサーになる事例があるようだ。

裾野は広がっている。今が単にちょっとしたバブルなのかもしれないし、発展の途上なのかもしれない。

10年後、20年後どうなっていくのだろう。

少し羨ましいなと思ったのは、結婚披露宴大会祝勝会に、プロアマ色々だろうが、ゲーム好きであろう仲間が来ている所だった。

自分には家族彼女人知人同僚上司部下は居ても「仲間」は思い浮かばない。何か誰かと同じ目的で集まれ趣味でも始めようかと思った。

2017-08-19

CDが擦り切れるほどT.M.Revolutionを聴いてた20年前

数日前、なんとなく口ずさんだ曲がT.M.Revolutionだった。

中学のせいのころ、CDが擦り切れるほどT.M.Revolutionを聴いてた。

ものすごい好きだった。

どれぐらい好きかというと西川くんの前身バンドLuis-MaryCDを買ってしまうぐらい好きだった。

HIGH PRESSUREシングル特典だったシール水筒に貼るぐらい好きだった。オールナイトニッポンも一部二部両方聴くぐらい好きだった。

そして数日前から、ずっとT.M.Revolutionを聴いている。

会社の行き帰りも、外回りときも、自宅にいるときも、T.M.Revolutionが鳴っている。

何日か前に、口ずさんでいたのは、あれほど聴いていたHEART OF SWORDでもなく、Twinkle Million Rendezvousでもなく、LOVE SAVERでもなく

好きだけど記憶に埋もれていたaqualoversだった。

から最初タイトルが思い浮かばなくて、でも歌詞はすらすらと出てきて、歌詞検索をしてApple Musicで曲を見つけたときに、

中学高校時代の思い出が、とめどなく出てきてしまった。擦り切れるほど聴いた曲ではなく、意外な刺客急所を押されてしまったよう。

そして、いまなんともセンチメンタルモードに入っている。

20年ぶりぐらいに、こんなにT.M.Revolutionを聴いているということは、次にまたT.M.Revolutionをこんなに聴くのは20年後なのかな、

そうするとあと人生で多くて2回ぐらいしかチャンスがないのではないのかなって思ったら。

続いて、こんなに好き好き言ってながら魔弾以降はほとんど聴いてない。ignitedのころにはもうアジカンacidmanに没頭していて、

結局のところ言うほどT.M.Revolutionを聴いていない。むしろから、過ぎ去りし時が単純に懐かしいんじゃないかって。

そういう意味では、中学生自分に言ってあげたい。20年後自分金曜日の夜中にさぼてんとんかつ食べながら、増田を打ちながら、T.M.Revolution聴きながら、

それでも何か幸せを感じてまた明日から来週から頑張っていけそうだよって。

2017-08-17

40年後の中国日本侵略シナリオ

https://anond.hatelabo.jp/20170817030800

では僕の予測を書きます

まず中国水資源の枯渇が間違いなく起きる。これはもう既定路線ですね。水濾過のブレイクスルーが起きて今よりずっとコスト低く海水を淡水に濾過できるとか起きない限り水の枯渇が起きる。逆に発電に関しては太陽光発電が今のまま効率良くなると40年後にはタダ同然になります現在ですら民間向けは7年程度で元が取れるようになってきてる

石油みたいに大した資源と思われていなかった水は急に貴重品になります

農業はもちろん工業には必須なので生命

ちなみに石油資源として認められてたった30年で世界的な石油資本ネットワークが生まれています

儲かるならそれくらい早く資源経済っていうのは確立できるっていうこと



中国で水は汚染されすぎてとにかく飲料水が少ない

現在中国水資源への対策はしてるけどあの行政状態なので実質まともに動いてない。まともに動いていても需要は全く満たせない

人口が多い分中国水資源問題は深刻

水は石油くらい貴重になって水のある国に目が向きます。というか今でも水より石油の方が安いことあるからこれは簡単想像つきますよね



それで目を向ける先は東南アジア諸国日本

ちなみにこの時点で世界的な食糧難が起きていて金も食料もない国から餓死者が出まくって紛争が一気に増える

東南アジア日本も水を売ることを目論むけど失敗します。なぜなら水は高くなりすぎたから。水が枯渇してるのは中国だけじゃないから。中国もっと直接的な方法に目を向けます軍事力と金はあるけど自国特定資源がない国。どこかで聞いたことがあるような



ここまで来ると戦争足音が聞こえてきます

太平洋戦争も結局はイデオロギーでも狂気でもなく日本資源を求めるための戦争でした

武力はあるけど資源のない国と資源はあるけど武力では心もとない国

この武力資源っていうのは20年後とか40年後の話です

はい中国侵略が上手で最近でも自国より弱くて国際批判が集まりづらい国を取りに行ってるので、もし戦争起きるとしたら先に東南アジアだと思います

アメリカ中国経済止まると困るから逆に東南アジアへの侵略は見て見ぬ振りするとか


いちばんましな予測中国内で紛争というか反乱というか内戦が起きて国を維持できなくなるとか

20、40年前の予測20、40年後の予測 日本自治区となった中国

いま恐ろしいことに気付いたけど20年前にワープして中国経済発展して都会には日本人より良い服着た中国人が沢山歩き回ってる、って言っても信じるひと全然いないと思う



で、いま20年後からワープしたきたひとから、仮に、日本中国併合されかかってるよ、とか、40年後からワープのひとから中国語が第2公用語になって小学生はみんなピンイン使いこなしてるよ、とか、中国人移民がめちゃくちゃ多いし、会社も買収されまくって基本的大手はどこの会社中華資本入ってるよ

とか言われたとして、現在のひとは本当にそれをありえないって笑い飛ばせる?



20年前とか40年前のこと考えてたそれを未来に置き換えると笑い飛ばせないな

米中の代理戦争戦場になって台湾九州中国領土になるとかフィクションの話に現在では聞こえるだろうけど、それは40年前の日本人にとっての2017年現在と同じだよな

2017-07-31

プリキュアおじさん、プリキュア見るの忘れる

プリキュアはいい。

元気溌剌で、単純明快

小さい子を可愛がるのがかわいい

前向きに努力する姿がかっこいい。

悪いことを悪いと言えるのが素敵。

個性を打ち消し合わないよう、

それぞれのキャラクター性に不可侵なのが大人っぽい。

見ている子供達が、20年後、早ければ10年後には、

プリキュアで育まれ価値観のもとに子育てをするのかと想像すると、

まるで歴史うねりを間近で見たかのような気持ちになる。

子供向けの番組は、キラキラ、シャピシャピ、憧れだけではなく、

善悪規定不文律社会観を、

ハナデカチャラ男社会学者が言うところの感染動機で落とし込んでいく。

文化爆弾だ。

月曜になれば、幼稚園保育園プリキュアごっこをするのだろう。

あるいは小学生であれば、ロールプレイでキュアショコライタコし、

人格を同期することもあるかもしれない。

近くの人間関係を観察し、プリキュア人物相関図に当てはめて、

自分言動制御したり、周りの言動理解するかもしれない。

息を吐くように自分語りすると、幼い頃は仮面ライダーブラックターボレンジャーの相関図で社会を見、

RXベジータのように強いふりをしたりカッコつけてた。

成長とともに感染源を替え、脱ぎ捨てた殻を粉々にしたり宝箱にしまったりして社会に溶け込んでいく。

アンパンマントーマスプリキュア仮面ライダートッキュウジャー

クレしんドラえもんポケモンすみっこメッシ中島らも

こうやって頭と体が発達していき文化が移り変わっていくのかと思うとゾクゾクする。

かっこいいものに触れてかっこつけるのを、

いつから忘れてたんだろう。

深酒して寝過ごしてプリキュア見れなかった。

2017-07-27

日本もうダメだと思う

26歳既婚女

周りに子ども持ちたいって人があまりに少ない。

年齢的にまだって人もいるだろうけど、自分も含め日本の子育てって完全に地獄すぎて、

私はとてもじゃないけど考えられない。

夫婦とも地方出身で親も頼れないし、金銭的な面でもDINKsならどうにか老後資金まで貯められるかなーって感じで、子ども作って学費とか無理ゲー

都市部保育園も満員で入れないし、預けたりしてうっかり子どもに何かあれば母親が全方向からバッシングくらうし何なら社会的抹殺されるの、怖すぎる。

この状況で子育てしてる人本当に尊敬するわ……。

今はまだ少子高齢化やばい気がする……くらいだけど、私たち世代かそのちょっと下が40歳とかになったら本当にどうなるんだ……って感じ。

最近は真面目に海外脱出も考えてる。どこかオススメの国あったら教えてください。

本当は日本が好きだし、できればこのまま住んでいたいんだけど。

本気で20年後くらいが怖い。

どうにかして欲しいけど、政治家会社の偉い人もおじさんばっかりだし、その頃には死んでるからきっと関係ないやって感じなんだよね。

若者世代ものすごく少なくなって、そのまま滅びゆく国ってどんな風になるんだろう。怖い。

この国で夫婦ともに身体を壊さない程度に仕事して、かわいい子どもがいるそんな家庭を築きたいって、そんな一部の人しか許されない高望みなのかな……。

2017-07-17

なんだか結婚したくなってきた

結婚するということ、少し前までは全然意識してなかった。むしろ死んでもするもんかって思っていた。

そう思っていたはずなのに、ここ最近は人が変わったように結婚したいと思うまでになった。

こうなった理由はいくつかある。

1.年齢的なこと

僕は今年で30になる。男で30ならまだ早いと言う人もいる。

自分もまだ早いと決めつけていたけど、少し前から会社の同期や同級生が足並みをそろえたように次々と結婚し始めた。

少し焦りを覚えてしまった。

2.将来的なこと

10年後20年後も今みたいな淡々とした生活を続けられるかと考えたら、たぶん無理。

身の上話で恐縮だけど、収入は並以上にはある。

今はお金時間自由に使えるけれど、もはや自分に過剰投資する気もない。

だったら家庭を築き、将来に投資したほうがいいんじゃないかって思いが強くなった。

それと、どんどん老けていく両親に対して、自分ができる親孝行と言えば

やっぱり孫の顔を見せるのがベストなんじゃないかなって思いが芽生えた。

3.社会的なこと

僕の職場独身率がそこそこ高い。

同性の独身者と既婚者を見比べると、既婚者の方が落ち着いてて余裕がある。(ように見える)

なんだかんだで結婚社会的ステータスになるだろうって考えも出てきた。

4.パートナー的なこと

多分これが1番の原因だと思う。最近気になる人ができた。

僕にないものを持っていてとても尊敬できる人。

趣味趣向は全く違うんだけど、一緒にいて苦痛にならない。

まだ恋人関係じゃないからこの先どうなるかは分からない。

結婚することって本当はもっと複雑で、もっと単純かもしれない。

三十路のオッサンなのに今まで考えもしなかったから、とりあえずこれを書き

ひどく混乱したまま連休が終わろうとしている。

2017-07-11

ある程度の地位にいる人がタバコを吸っている

会社で言えば部長クラスの人とか。

自分の周りだと、中学タバコ吸ってるやつなんて半分暴走族みたいなヤンキーしかいなかった。

高校ではタバコ吸ってる人はいなかった。進学校からかな。

大学では多少喫煙者はいたが、たいてい自制のできなそうな陰キャラばかりだった。

現在、同じ世代の知り合いには喫煙者ゼロだ。

ところがどうだ、役職クラスになると不思議喫煙者が増えてくる。

はたしてこの人達若いからタバコを吸っていたのだろうか?

タバコをふかして頭の悪い奴らとつるむことが出世秘訣だったのだろうか?

それとも、役職重要になるにつれて、キャリアの後半から喫煙を始めたのだろうか?

(なぜそうなるのかはわからないが・・・)

10年後、20年後部長になるのは私達ではなく、

私達が会ったこともない、どこかにいる喫煙者なのだろうか?

2017-07-06

anond:20170706095823

20年後、すっかりおっさんになり自分無能さをやっと悟った

今は大学生増田の姿があった。

2017-07-02

子供をもう1人欲しいってなったときに妻が50歳とか過ぎてたら

普通代理出産を頼むの?

俺はあと20年後開花すると思うんだ

2017-06-27

豊田議員は勿論許されるべきではないけど

私もたまに怒鳴りたくはなる。

そして、男が怒鳴るのは「指導」でも、女が怒鳴ると「ヒステリー」って捉えられることはある。本当によくある。

理詰めで行っても、男に言われると聞くけれど、女に言われると屁理屈つけて反論して抵抗する…なんていう輩はたくさんいる。まぁうちの業界は男社会から、っていうのもかなりあるけど。

それで言うこと聞かせられない状況に対しては「お前の指導力不足」「叱れていない」って言い草

いやほんと、男は楽だよな。ただ怒鳴ってりゃいいんだから。そして女の言うことなんか聞かないじゃん。

たぶん男は、本心では女の言うことなんか聞きたくないし聞かなくてもいい、って思っているんだよ。だから怒鳴ればヒステリー、理詰めで行けば屁理屈あなた議論してるんじゃないんだ、説教してるんだって。本当に腹が立つよ。怒鳴りたくもなるよ。

確かに暴力脅迫はよくないしあの人のしたことは許されるべきではないけど、なんとなく気持ちが分かってしまうし、このままだと20年後自分もああなってしま可能性があるな、と思うと手放しで叩けない。

それより、女はどのように部下を指導していったらいいのかということをまじめに考えたい。

2017-06-26

ネットで大騒ぎになってるニュースなのに、はてなおっさん達が全くついてこれなくて残念

そのニュースがこれだ。

元ジャニーズJr.の会社員小原裕貴さん 「20年前の約束」で17年ぶり演技

https://news.yahoo.co.jp/pickup/6244638

伝説ジュニア小原さんがテレビで復活することの衝撃でtwitterは大騒ぎになっているのに

はてなではまったくホットエントリに入ってないね

このドラマ「未満都市」は20年前に放送されて、主演はKinKi Kids。当時ジュニアだった小原さんも出演していた。

劇中で「20年後にまた集まろう」的なセリフがあり、それを実現した形になる。

20年前流行ったドラマなので最近テレビ見てないアピールをしているおっさん子供の頃見ていたはず。

(ただ、学生時代陰キャだったはてな民は未満都市存在すらしらない可能性もあるのか???

言っておくと、小原さんはアラフォーはてなおっさん共と年齢は近いんだけど相変わらずイケメンから7/21にはおっさん共もよく見て彼の清潔感を学ぶべき。

2017-06-22

自立も就職も贅沢になる時代がくる

最近おそ松さんの二期をやると知り、一期を見ていた頃「自立も就職も贅沢だ」というセリフを聞いた時、なるほどなと納得したのを思い出した。制作陣が意図した事かどうかは知らないけど、自立や就職が”贅沢で高望みな行為”だと思われる時代が来るだろうなと、アニメを見ながら思ったんだよ。

説明するまでもない事かもしれないけど、昔は普通で当たり前だった事が、今や普通でも当たり前でもない事なんてたくさんある。恋愛結婚子ども代表的になるのかな。収入の少ない家庭で問題が起きれば、すぐに「金がない癖に子どもなんか作るからこうなる」というレスが大量につくし就職も同じだ。就職口が見つからなくて困っている若者が、休日がまともに取れない企業は避けていると言えば「ブラックを避けてりゃ見つかるわけないだろ」と、傲慢さを指摘するレスが大量につく。

お金がないのに子どもを作ったりするから、不幸になるのは仕方ない」とか、「お前程度の人間ブラック企業しか働く術はないのだから、消耗させられてもありがたく働け」というのは、ものすごい地獄を感じる。でもそういう批判にもちゃんと理屈があるし、間違ってるとも言えない。そして、そう言わせる様な社会の方が狂ってる事は皆わかってると思うけど、社会はそう簡単には変えられないから、仕方ないんだよね。リスクを避けるしかまともに生き延びる方法がないんだから、「リスクを避けない方が悪い」としか言えない気持ちはよくわかる。

それはともかくとして、今や結婚していない事、結婚していても子どもがいないことは普通の事で、就職できなかったり、就職できても会社ブラック企業であったり、ブラック企業で消耗する事、そして悲鳴をあげる暇もなく誰かが消えていく事は、どこにでもある、ありふれた光景になってるってことが言いたい。そういう話題新聞記事やらまとめをやら増田を、一体いくつ読んできたか。実際に自分の身近な人間から、何度聞いてきたか。本当に嫌になるね。

正社員派遣社員じゃ身分が違う」というのはもうよくきく話だけど、「正社員になること」が真っ当な大人の当たり前の通過点とだとは思われない時が、すぐ来るんだろうなと思う。というか、これはもう来ていると言ってもいいのかな。簡単には正社員になれないから、先が見えなくても派遣契約バイトで働いて、とりあえず今を生きるのが当たり前になるんだろう。「就職したり正社員になって安定した収入を得る事は、もう当たり前なんかじゃない」とか、すぐ言われるようになる。いい歳してフリーターってのも、馬鹿にできなくなるよ。そうなれば、経済的にひとりで生きていく事、つまり「自立」も難しくなる。「独り立ちして、家族干渉されない自分だけの空間時間を持ちたいなんて贅沢な望みだ。なんて傲慢なんだ」、とか言う叩き文句が当たり前になる未来なんて、簡単想像できる。

パラサイトシングルって言葉もあったけど、もうどのメディアも使ってない死語だ。むしろ大人になっても一緒に暮らせる様な家庭環境を持っているなんて、幸せなんだなとすら思える。もっと言えば、働かずに親に「寄生」していると蔑まれニートだって、働かなくても親の資産労働で食わせてもらえる、「家や環境が裕福な生まれながらの勝ち組」扱いになるのかもしれない。(というか、今考えても実際そうなのでは?)

「そんな事言っても、将来どうするの?親が死んだら?老後は?病気になったら?」という批判不安も生まれると思う。でも、来年、数ヶ月後、今月末の生活も見えない不安定な状況で、10年後20年後未来に備えるような余裕がある人がいるんだろうか。「将来の為に備えたくない」とか思う人いないでしょ。誰だってもしもの時の為に備えておきたいでしょ。でも、やりたいけど出来ないのが現実なんじゃないのか。逆に、将来に備えられない程の厳しい現実をとっくに受け入れて生きている人の方が、もう多いんじゃないか

そう考えるとほら、もう「自立も就職も贅沢」って言われる時代が来るかもな〜って気持ちになってこない?恋愛結婚他人と深く繋がること自体が難しくなっているいま、親兄弟と協力して経済的不安を分け合って生きていけるなんて、羨むような幸せなんじゃないか無職ニート貧乏孤独死も、明日は我が身なんだよ。

ギャグアニメをみて、自分も親兄弟と仲良くしときゃよかった!!って本気で後悔する日が来なきゃいいけどね…。

2017-06-11

まさか私が…」突然の発覚から3年、絶望から這い上がった私の乳癌

40歳の節目。私は乳がんになった。

素朴だけど優しく私を愛してくれる夫と2児に恵まれ、幸せな人生を手に入れてそれなりに満足感のある日々だった。

幸せな日常を一瞬にして真っ暗な絶望に追いやった乳がんの発覚。

乳がんは罹る人も多い病気負担はあるけど、治療なんてさほど難しくないと思っていた。

でも全然カンタンではなかった。

家族、友人、そして自分自身多くの人を深く傷つけ、心身共に疲れ果て全てを失う寸前まで追い込まれた。

判断ミスもあり、軽度とは言えない状態までいってしまった私だが、良き出会い、周りの人の支えに助けられたことは幸運だった。

手術、抗がん剤治療を行い私は今、再発の不安は抱えながらも元の幸せな生活を取り戻すことができた。

今思えば、「知らないこと」が理由で失ったものが沢山あった。

もっと早く気づくことができれば・・・
「あの時あの治療選択していれば・・・
「友人家族もっと接するべきだった・・・

いろんな後悔が今も心に残っている。

こんな思いをする人を一人でも減らせたら。そう思って私の体験を伝えてみたくなった。

興味があったら読んでみて下さい。

ピンク東京タワー、突然の不安

ほんの些細なこと。

10月1日、夫と食事に出かけた帰りに見かけたピンク色にライトアップされた東京タワーだった。

私:「綺麗だねー。今日はなんでピンクなんだろうねー」

携帯検索をする夫。

夫:「今日ピンクリボンデーらしいよ。乳がん認知を上げる目的だって
私:「乳がんねー。」

その時は何も思わなかったが、少しだけ「乳がん」という言葉が頭をよぎった。

それから1ヶ月が経った頃、

朝、着替えの時に左の胸に固い感触を感じた。

???

違和感を感じ指でふれた。コロコロとした1cm程度の小さなしこりを感じた。

まさか。。。乳がん?」

ピンク色の東京タワーピンクリボン、その記憶が私にそう思わせたのかもしれない。

ただし、その日は家事に忙しいこともあり、夜にはしこりのことは忘れていた。

夜の入浴時にもう一度触ってみた。朝のしこりはもちろん、あと2個程度小さなしこりを指先に感じた。

大きな病気をしたことが無い私は些細なことでもすぐ心配になるタイプだった。不安かられ、髪も乾かさずインターネットで幾つかのサイトを調べた。

しこりがある=乳がんというわけではない。40歳未満の場合は良性のしこりの方が多いらしく乳腺線維腺腫の可能性が高いと書いてあった。

人間不安ときは都合のいい方の考えに飛びついてしまものだ。

私は、

「なんだ大丈夫だ。良かったー」

と勝手に安心し、「こんなものはそのうち消えてなくなる」なんて、根拠もない解釈をしながら、眠りについた。

翌朝、しこりは消えていない。やはり気になる。「もしかしたら」が再び頭をよぎる。

考えないように過ごそうと思ったが、家事が何も手につかない。

今まで感じたことの無いものが私の胸に存在している。その事実から目をそむけることができなくなっていた。

一刻も早く安心したい。その一心で私は病院を探し始めた。乳がん検査してくれるのはどこか?今まで考えたこともなかったか検討がつかない。

よくわからないが、とにかく近くの産婦人科に行ってみることにした。

サイズも小さいし、しこりも動くから問題はないと思いますよ」

そういって若い女性医師は近所の外科への紹介状を書いてくれた。

その翌日は外科の診断へ。私は一日がかりで色々な検診が行われることを想像したが、触診だけだった。

診断は

「乳腺線維腺腫」

違和感があった日に確認した見解と一致していたため、その診断を疑うこともせず飛びついてしまった私がいた。

乳腺線維腺腫は放っておけば3ヶ月程度でしこりはなくなってくるとのことだった。私は安心して、日常生活に戻った。

大丈夫でしょう」という自分安易判断と、夫に相談せず自分で納得してしまったことがあんなことを引き起こすなんてこのときは思いもしなかった。

大いなる油断、取り返しのつかないミス

それから2年、私はしこりことなどすっかり忘れて平穏な生活を続けていた。

日々の家事、娘息子の世話、当たり前のことを当たり前にこなす。傍からみれば退屈かもしれないけど、愛のある満たされた毎日

その日もいつもと何一つ変わらない一日だった。

しかし、その夜、全てが一変する出来事が起こった。

夫と同じベッドで寝ていると、寝返りをうった夫の手が私の胸に当たった。すると夫が「え?硬っ!」驚いた様子で声を上げた。

暫く自分の胸に意識が向いていなかった私は自分の胸を触り、全身から血の気が引き、突然得も言われぬ恐怖感が襲ってきた。

しこりが大きくなっている。。。」

私がもらした一言を聞いた夫の青ざめた顔が今でも印象に残っている。

夫はすぐに「明日会社を休むから、一緒に病院に行こう」と言ってくれた。

とにかく早くということもあったが、2年前にいった病院は割けるため、隣町の女性クリニックへ診断に行った。すると「確かにしこりがありますね。技師が3日後に来るのでエコー取りましょうか」

との回答。

しかし、今すぐにどうなっているか知りたい。不安が募りの募った私達夫婦は待つことができなかった。

乳がん専門医でなくてはわからないのでは?」と夫の意見採用し、インターネットで調べ最も近くにあった乳腺外科のある病院へ行った。

大学病院では当日は難しいため個人病院だった。

まずは触診。先生の無表情さが不安掻き立てる。その後針生検へ。これは正直かなりの痛みがあり、辛かった。

終了後、先生は「結果は一週間ほどで出ます検査結果によっては大きい病院を紹介する形になります。」と。

もはや1週間を待てる心理状態ではなかった。一刻もはやく白黒を知りたい。先生にお願いをして大学病院への紹介をすぐにもらった。

幸いにも大学病院ではすぐに乳腺外科の診断ができた。

視触診
マンモグラフィー
乳腺エコー
CT
血液検査
マントーム生検

これらの検査を一気に検査を行うことができた。これで自分乳がんなのかそうではないのか、ハッキリと分かる安心感はあった。

「これらの検査結果は来週に」と先生。

この一週間は今まで感じたことのない長さだった。

死への恐怖心
来ることが当たり前に思っていた未来が来ないかもしれない喪失感
気を使わせてしまっている夫、子どもたちへの罪悪感
不安なく健康暮らしている人たちへ理不尽嫉妬心
色々な感情が目まぐるしく移り変わり心身ともに疲弊していた。

加えて、2年前、なぜしこりが気になった時点でもっと詳しく調べなかったのか、夫に相談しなかったのか、激しい後悔にも襲われた。

神さまはいないのか・・・

疲れ切った私たちにやってきた結果は優しいものではなかった。

「左胸に3cmの悪性腫瘍。99%の確率乳がん

診断結果を聞かされた瞬間、私は頭が真っ白になった。

先生が言っている言葉は聞こえるが頭に入ってこない。隣の夫も呆然としていた。同じ状態だったのだろう。

何も考えられない、何も声発せない状態が3分は続いただろうか。

我を取り戻した私は、

「どうすれば治りますか」と先生に聞いていた。

結論は手術。

私は家族と一日でも長く幸せにくらしたい。その思いが人生の最優先だと強く認識した。

女性として葛藤もなかったと言えば嘘になるが、全摘選択した。

その日から長い闘病生活が始まった。

入院の前に待っているもの

医師から告知を受けると今度は身内や親しい人に話をする必要が出てくる。

まずは娘と息子に12歳の娘、10歳の息子。

ともに私が大変な状況にあることは理解してくれたようで、神妙な顔つきをしていた。こんな状況だが「泣いたり喚いたりせず立派だな」と成長を感じ少し嬉しい気持ちもあった。

次に両親へ説明をした。福岡に住んでいるのでまずは電話で話をした。母が出た。

母とは昔から何でも話し合える仲だ。あまり回りくどく説明しても仕方がないと思い、率直に「乳がんになった。手術をする」と伝えた。

母は言葉を失い、暫く無言が続いたあと母自身を責めた。

「ごめんね・・・、ごめんね・・・、ごめんね・・・

と私に声をつまらせながら何度も何度も謝った。

親の前ではやはり自分子供に還るのだろうか、今まで必死に堪えていた恐怖心や悔しさ、絶望感があふれ、私も涙が止まらなくなった。

でも悲しみのスパイラルに入るわけにはいかない。

絶対に治すから

できるだけ不安を与えないように力を込めてシンプルに伝えた。

友人関係の難しさ、心無い一言、ひび割れ関係

仲の良い友人にも伝えておく必要があると私は考えた。

私のこの考えは安易だったのだろう、結果闘病前に友人関係で心のダメージを負うことになった。

仲が良いと思っていた主婦仲間、ママ友に告知をすると

「大変ね~、大丈夫??本当に心配だわ」

という反応。

「え?それだけ?」

特に親身になって欲しいとかそういうわけじゃない。何が欲しいのかもわからないけど、何か嫌だ。そんなダダっ子みたいな自分も嫌になった。

更に追い打ちを掛けたのは「親友」だった。

中学校からの友人、由美とは今でも週に一度は会う仲で、何でも話せる間柄。

私と由美はまるで姉妹のように、同じような進路を辿り、同じようなレベル男性結婚し、同じように幸せな家庭を育んでいった。

から進路の話、異性の話、結婚してからはお互いの家庭の話、旦那愚痴家族ぐるみでも付き合える最高の友人だった。

由美になら何でも話せる。親兄弟よりも私の気持ちをわかって親身に寄り添ってくれるそんな勝手な期待をしてしまったのだろう。

由美にも率直に

乳がんになった。これから長い治療に入る。手術は正直こわいけど頑張る」

と伝えた。

ただ、由美にだけは同じ女性、同世代ゆえに全摘によって片胸が失われることに関しての悲しさがあるという話をした。

するとA子は

「なにも腕や足がなくなるわけじゃないんだから胸くらい良いじゃない。」

と言い放った。

彼女は明るい性格だ。彼女なりに私を励まそうとしたのかもしれない。

死を意識する日々、あまりに多くのものを失っていく毎日、私があらゆるものに敏感になりすぎていたのかもしれない。

ただ、この一言はどうしても受け入れることができなかった。

私が置かれていた状況は私の平常心を奪っていたんだろう。滅多に感情的になることがなかった私が怒りを抑えきれず、由美に対して激しい言葉をぶつけてしまった。

これまで長年にわたり育んできた暖かな友情に大きなヒビが入ってしまった。乳がんはまた一つ私から大切なものを奪ってしまった。

遂に手術

家族不安、両親の涙、友人との離別、多くのネガティブ感情を抱えながら私は手術に挑む。

スケジュールが出た。

手術は診断結果が出た日から20日後に決定。全摘選択したために術前の化学療法はなし。

手術2日前から入院となった。前日から食事も取れない。当日は朝から各種検査を行い以異常がなければ全身麻酔をして手術開始。目を覚ませば手術が終わっている。

手術は予定よりも2時間遅れて終了。遅れた理由リンパ節への転移が見られたから。麻酔が切れて朦朧とした中で、病室で夫がずっと手を握ってくれていたことは記憶の中にうっすらと残っている。

乳がんが発覚し自分の信じていた世界が全て崩れてしまったと思っていた。

でも夫だけはどんな状態の私も暖かく包んでくれていた。こんな時だからこそ夫の愛情を強く感じることができた。手術が終わった安堵感と、愛を感じられたことによる充足感か、そのまま深い眠りに就いた。

翌朝の目覚めは心地よかった。起きたら包帯でぐるぐる巻きだ。まあ夢ではない。現実だ。左のおっぱいないよなー。と思って触ってみるとやはり・・・ない。

わかっていたけど、現実を突きつけられると涙がこぼれた。

術後に体内にたまるリンパ液や血液を出すためのドレーン管が二本入ってたが。ここから液がでなくなれば退院だ。

7日後、遂に退院が出来た。退院時の値段は50万円だった。私はがん保険には入っていなかったので正直この金額は厳しいものがあった。備えあれば憂い無し。

そんな言葉が頭をよぎったが、今は無事に退院ができたことの喜びの方が勝っていた。

抗がん剤治療・・・これから始まる本当の治療

左の胸がなくなってしまったことへの喪失感はあった。お風呂に入るときなど自分身体から目を背けたくなる時期もあった。

でも、疑似おっぱいの性能が以外と良く、服の上からでは見た目にわからない状態になった。そこからはだいぶ気分が楽になった。

気分は元に戻ってきたが、治療はまだ終わりではない、手術から30日経過した時点で今度は抗癌剤治療が始まった。

期間は3週間を1クールとして、8クール複数抗がん剤を組み合わせての実施

抗癌剤治療と言えば、ドラマでも度々その様子が描かれる。そのためわずかに恐怖心があった。でも生きるため。

ここでも家族存在が私の心を強く支えてくれた。

抗がん剤治療想像していたよりはキツくはなかった。最初の一週間は特に異変もなかったけど、8日目辺りから吐き気貧血が出始めた。割りと調子が良くなってきた17日後に遂に髪の毛は完全に抜けてしまった。「あー、やっぱこうなるのねー」と思った。

覚悟は出来ていたので、思っていたよりはショックは少なかった。

クール目は特に問題なく過ごすことができた。まあ抗がん剤の点滴の際は気が重いくらいかな。

クール目に入る前にはかなり抜け落ちてきた髪が目立つので、ウィッグを買いに行った。季節をまたいでの治療なので冬用と夏用を両方買った。

それにしてもケアグッズも高い。

まり大きな声で言う人はいないと思うが、乳がん治療以外にかかる金銭負担も大きい。

クール目に差し掛かる頃には髪の毛は全て抜け落ちた。髪だけでなくまつげ、眉毛、体毛全てが抜け落ちた。顔色も悪く自分を鏡で見るのがちょっときつくなった。

いつも看病してくれる。夫も私の姿をみてどう思っているのかな。。。と少し気になる時期だった。

こうして、長かった化学療法も遂に8週で無事に終わりを迎えることができた。もう吐き気に悩まされることもないと思うとかなり気が楽になった。

楽しい時期は2ヶ月なんてあっという間だが、治療となると1年間のような長さに感じる。

抜け落ちた髪も徐々に生えてきて、昔に戻れるのかな-と淡い期待を抱かせてくれた。

化学療法を無事に終えた私は最後治療放射線治療に入ることになる。

永遠に続くと思われた治療・・・遂に・・・

放射線治療は、全部で30回。毎日通院が必要で、一ヶ月半ほど平日は病院通いが必要になった。経済的負担も引き続き大きかったが、仕事の調整をして一緒に通院してくれた夫に負担をかけているという罪悪感も多くあった。

放射線治療にも副作用がある。軽い火傷のような症状だ。熱い、かゆい、痛い。放射線を当てている患部は赤黒くなってしまい、見るからに痛々しい感じだ。

ただ化学療法と違い体外的な副作用しかなかったので、辛さで言えば全然問題なかった。

手術をしてから半年が過ぎて、ようやく私の乳がん治療は全て終了した。

毎日毎日通った病院乳がん発見してもらった病院にそのままお世話になって本当に良かったと思う。

検査ときは無表情で怖かった先生も病に真剣に向き合って時には優しく、時にはハッキリと私が不安にならないように、また過剰な期待を抱かないように上手に説明をしてくれた。

この先生に出会えたことは私の幸運だったと思う。

お陰で私は現実と向き合い、治療目的を正確に理解しながら集中して治療を受けることができた。先生本当にありがとう

「これでがんは完治」

そう言えればどれだけ幸せだろうか。

がんとの戦いはここからが始まりといってもいいかもしれない。

一般的ながんは5年再発しなければ完治と呼ばれるが、乳がんは10年後20年後も再発の恐れがあるために、ほぼ一生に渡って再発の恐怖との戦いになる。

「一生がんに怯えて生きていく」

こんな人生を送ることはまっぴらごめんだ。

「がんをうまく扱って生きていく。」

家族献身的な支え。そして我慢我慢を重ねた闘病生活

そのなかで私の心は強くなっていた。がんを再発させないように生活改善していけばいいじゃないか。そうポジティブに捉えることができるようになっていた。

最初からこの心があればなぁと今では思うけど、

乳がんによって手に入れられたこともあるのかなと思うと、最悪なことばかりではないかと思った。

がんで失ったものを取り戻す旅

手術が終わって一年が経った。本当に激動の一年だった。

今の私の生活はどうなっているか

幸いといっていいかな。見た目以外は正直、乳がんが発覚する前とあまり変わらない状態だ。

リンパ節を取った左手は、日常生活にはなにも支障はない。

抗がん剤副作用だった爪の異常や関節の痛みも治まった。

ただ髪の毛はやはりなかなか生えてこずまだ5cmほどしかない。出かける時、来客のとき帽子を被るようにしている。

左胸がないことにはさすがにもう慣れてしまった。残念に思うのは大好きだった温泉に行きたくなくなっちゃったことかな。

胸のコンプレックスが薄くなった今なら親友言葉も笑った受け流すことができたのになーと思うと少し心が痛む。

変わった事と言えば、食生活生活習慣が改善したこと。

以前は特にお肉が大好きでカロリーは紀にしながらも好きなものを食べていたけれど、今は野菜を中心とした食事抗酸化作用の高い食品をメインにしている。

そのおかげもあってか、再発は今のところなく、検査結果も良好。適度な通院も生活リズムを整える意味で意外と気に入っている。

家族との結束は乳がんによって以前より固まった気がする。長女は14歳になったが私の身体を察してか、家事積極的に手伝ってくれるし、反抗期の気配もない。12歳になった長男もだいぶ私を労って自分のことを自分でやるようになった。時々一緒にお風呂に入るが胸のことには触れてこない。なかなか優しいやつだ。モテる男になるかも。

夫は病気の前から優しい人ではあったが以前に比べて、私を心の底からいたわってくれている。先週末、酔って帰ってきた時に話していたが、乳がん告知の際、私を失うかもしれないと思った時に本当の愛が溢れてきたそうだ。

先日からかったら、覚えていないと本人は言うが、どうだかは知らない。

親友との関係は残念ながらまだ修復には至っていない。先日スーパーで顔を合わせたが会釈程度で終わってしまった。今の精神状態なら素直に私から謝ることができる。彼女との関係修復は今の私の一番の課題だ。

こんな感じで意外と悪くない日常を過ごすことができている。

「私から全てを奪った乳がん

手術前後治療中は頭の中にはこの考えしかなかった。

でも、今こうして、振り返ると悪くないことも多いなと思うに至った。

あなたには絶対に「この後悔」はしてほしくない

どうしても後悔はある。それが今回私が体験談を語ろうと思った理由。いまでも本当に後悔していることは一つ。

乳がん発覚の2年前、最初に気になった時点で乳がん早期発見の機会を逃したこと。

もしここで、私の治療をしてくれた大学病院までたどり着くことができていたら・・・

早期発見というくくりの治療となり切除も再発のリスク存在しない状態治療が終わっていたと思う。

親友との離別も家族への過度な負担。これらも起こることはなかっただろう。

私の弱さゆえの判断ミス。これに尽きる。

10月1日ピンク色に染まった東京タワーを見た時にもっと深く乳がん自分ごととして考えられていればな-なんてことまで思ってしまう。

乳がん女性の12人に1人がなる病気と言われている。確率は高い。あなたもなる可能性が十分にある。正直発生自体を防ぐことは生活習慣などにもよるし、生活習慣を気をつけていても病気はいつ襲ってくるかわからない。

2017-06-04

6月4日

もう10年以上前になるのか。

2006年就職が決まった俺は、帰国することにすこし不安を覚えていた。

日本人他者に対して排他的だ。

身内と見られれば良くしてもらえるが、異物と見られればつつかれる。

本人たちは意識していないだろうが、日ごろから差別的対応をされたり

差別的対応をしないように注意を払いながら「ガイジン生活」をしていた俺には、

差別的だと感じてしまう。

仲間に入るためには、言い換えれば、信頼を得るためには、いろいろな規制を受ける。

郷に入っては郷に従え。なるほど、結構なことだ。

では、郷が保障する自由とはどのようなものか。

結果的には自由はなかった。

帰国してから生活は、俺にとっては罪悪感のあるものだった。

うまくアダプトするまでに時間がかかったことや、”ご迷惑をお掛け”したことは

個人的対応能力の無さなので何も言えないが、

個性的な「よその人」たちを傷つけるような敬意の無い対応をせざるを得ない

郷の掟に関しては、再考を進言したい。

俺が帰国してきてから見て経験した日本生活は、

言動だけではなく思考にも規制をかけるような自由しか保障されてない。

丁寧だ勤勉だと郷のすばらしさを誇るのは、逆に言えば

それがない人を排除することにつながっている。

それぞれの個性尊重され、社会内包されることこそ、

自由であり、福利である

ある国では、自由を求めることが政治的闘争となり、悲劇的な結末となった。

国を追われた人たちは自由を求めて西側諸国亡命した。

それから20年後自由を求めた彼らは「08憲章」を発表した。

帰国して疲弊していた俺は感銘を受け、「郷」の中で生き残るための勇気をもらった。

自由とは戦って勝ち取るものだ。

ただし、身を削るような戦いであってはならない。

誌士幽人莫怨嗟、古来材大難為用。

6月4日自由を祈念する日に書いた、現在個人的自由考の備忘録

2017-05-29

http://anond.hatelabo.jp/20170527191841

元増田です。ブコメ700超になりました。皆さんのおススメ漫画やアツいコメント、「伝説級ってなんだよ(なんだよ)」という的を射すぎて俺が半泣きになったコメント、何度も何度も読ませていただきました。本当にありがとうございます

トラバには返信させていただいたのですが、出来る事ならブコメにもすべて返信したいぐらいです。元増田に「俺のオゴリでみんなで飲み会したい」と言いましたが、あれは嘘じゃないです。身バレしないならマジで開催したい。ちきりん氏のように仮面をつけて参加すればいいのだろうか…。いやそもそも増田諸氏がどこ住みかも知らないのにやると言っても…俺以外全員パリ在住の熱心なJapanese MANGA fansだったらどうすんだ。

…何?増田のみんなと飲み会したいが皆がパリ在住で開催できない?元増田、それはムリヤリ日本で開催しようとするからだよ。逆に考えるんだ。「パリ開催でもいいさ」と考えるんだ…るんだ…るんだ…(エコー

…よし、集合はドゴール空港な!(←バカ姉弟みのある意見


いや、今回はそんな俺の脳内妄想を延々と垂れ流すために増田を書いたんじゃないんです。

ブコメの「2万字はよ」の方のスターが50ぐらい行ったら書くわ。俺、書くよ…。頑張って書くよ…。


伝説級じゃないんだけど好きな漫画家

二万字はよ!/伝説級な気もするけど、きゆづきさとこ神格化している。キャラの模写したり、この夏最後ファン同人誌に、(ギリギリ2017/05/27 19:53




どうしてこうなった。…き、きゆづき先生いいですよね!元増田きゆづき先生を「ユグドラユニオン」というゲームで知った人間なのですが、その後に友人からGAを猛プッシュされて、「へえ、この人漫画家さんなんだ」と思って読み始めたらガッツリとハマってしまったクチです。

すいません、そっちじゃないですよね。スターが何個ついたのかってハナシですよね。5/29の時点で、50個超えてました。やったぜ。50個超えたんで、約束通りレビューは書きます


この元増田、こと漫画に限り虚偽は一切言わぬ…書く!書くが…今回、まだその時と場所指定していない…そのことをどうか増田諸氏も思い出していただきたい…。つまり元増田がその気になれば、レビューを書くのは10年後、20年後という事も可能だろう…と言う事…っ!!

すいませんウソです。…ウンコを投げないでください!ウンコを投げないでください!!(ベンキマン応援団

可及的速やかに対処します。って言うか、もう書き始めてるんですが、2万字とか言ったやつ誰だよ!(俺だよ)

とりあえずぼつぼつ書き進めて行くので、できれば皆さん気長にお待ち頂けると嬉しいです。

2017-05-23

ツイッターで「はぁ、すき」とかつぶやいてるやつが

20年後旦那収入で惰眠とジャンクフードをむさぼりながら「はぁ、しあわあせ」とかつぶやくようになるのだろうな

2017-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20170513124105

ちゃんとした理由が聞けるまで結婚はできないと言って相手理由を問うべき。

10年後、20年後恋愛感情が冷めてきたとき、かならずこのしこりが膿になって出てくる。

自分を安売りしてはダメですよ。

2017-05-11

http://anond.hatelabo.jp/20170511172009

いやこれはマジでいっとけ。

結婚はともかく、ヤルことだけはやっておくべき。

今やっとかないと、10年後も20年後も後悔すんぞ。

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