はてなキーワード: 看過できないとは
先々週の日曜日に奥様が20年来通っているサロンでばっさりショートにしたんだけど、なんというか全然似合ってなくて、見てるこっちの方が恥ずかしいくらい。美容師さんがたぶんショートカットを手がけたことないんだろうな、という雑な仕上がり。やり直しを求めてもいいレベル。
こんな仕上げでもカット代金は2.5万円だそうだ。美容院の相場がわからないのでこんなものなのか?
家に帰るまでの間や、家に帰ってきてからも鏡の前で仕上がりをみて、かわいい顔の眉間にシワ寄せて悩んでる。
さすがにこれは看過できない最重要事案と判断して、奥様にオレが8年程度利用している床屋さんでカットしてみたら?床屋だからショートの切り方には慣れてるし、ついでに顔剃りとか床屋のエステ試してみたら?代金はオレが払うからと提案してみたところ、快諾いただき次の土曜日に床屋さん初体験となりました。
床屋のオーナーには事情を説明し、仕上がりのハードルを上げてしまいましたw
当日は個室に案内され、カット、パーマ、顔剃り、エステなどもろもろ施術して都合約3時間半くらい。
終わったと連絡受けて迎えに行ったら超ニコニコ顔で店から出てきて、仕上がりに大層ご満足いただけた様子です。
オーナーのカットやパーマの技術もさることながら、顔剃りやエステの予想以上の気持ちよさに感激したみたい。
奥様曰く、別に美容院にこだわる必要ないよね、次回も床屋さんにする、とお言葉をいただき、紹介した甲斐がありました。
オーナーからも、会心の仕上げだけどこんなにカットで疲れたの初めて、とコメントありました。普段は男ばっかり相手してるので奥様の髪さわるの楽しかったと。
顔剃りとエステのおかげでなんかくすんでた顔色が二皮剥けたくらいに明るくなって職場でも大好評で、どこのエステ行ったの?と訊かれて、床屋さんと答えたらみなさん一様に驚くらしいです。
奥様の髪型にご不満を持たれている方、顔色がくすんでみえる方は、一度床屋さんでのかっとや、本気のエステ、顔剃りを体験されることをオススメしますよ。
コナン×哀派を好む人がよく言う
「哀ちゃんがかわいそう!だからコナンが分裂すればコ哀と新蘭でハッピーエンド!」
そのへんの基本設定わかってんのかな。
ってかコナンはアメーバでもプラナリアでもねーぞ!(二次は自由です
理由も
哀ちゃんが身寄りがなくて可哀想だからコナンくらいはくれ。両親揃ってる蘭は贅沢だしくれてもいいでしょ
哀ちゃんは蘭と違って探偵業に協力的だから相棒。蘭は「もう!」って邪魔する
とかいうやつ。
いやいやいや。
あとあれだ。蘭には武力がある。
蘭がいなけりゃ小さくなって最初の事件でコナンはバットでボコられて終わってる。
それをお忘れではないだろうか。
相応しくないor相応しいからコナンを哀ちゃんに「やれ」「あげて」って意見本当無理。
外野が決めることじゃなくて、新一=コナンが決めることでしょうが。
ってかコナン=新一は蘭に10年ゾッコンなわけで、分裂したところで蘭の取り合いになるだけ。
万一コナンだけ余って蘭が分裂不可だとして、そこでどうして哀ちゃん確定前提になるんだろう?
哀ちゃんよりコナンくんといる歩美ちゃんなどワンチャンキャラはそれこそ沢山いるだろう。
「分裂すればみんなハッピーエンド」っていうけど、そこに蘭と結ばれなかった上に自分の分身に蘭を取られたコナンは入らないだろ、全然ハッピーじゃない。
結局「コ哀推しの自分がハッピー」になりたいから、そういうことのたまうんだろうって思う。
二次では好きにすればいいよ。
でもね、お願いだからそれを公式への願望として呟かないでくれ。
二次でやる分にはいいけど、それをガチの願望にするのはやめて。
そしてそれを望んでる自分や自分達は「厳しめとかのアンチより穏健派だし公式寄り。公式地雷じゃないし。だって新一を蘭にあげてるでしょ?」
ナチュラルにズレてる。
インターネット広告を巡る議論は、常に賛否両論を呼んできた。広告は情報の流通に不可欠な存在である一方、ユーザー体験を損ねるものとしても認識されてきた。近年、広告ブロッカーの普及により、この議論に新たな火種が投じられている。
広告の本来の目的は、広告主の商品やサービスについて、ユーザーに有益な情報を提供することにある。それは、ユーザーと広告主の間のコミュニケーションの一環であり、両者にとってWin-Winな関係を築くことが理想とされる。しかし現実には、多くの広告が本来の目的を見失い、ただ単に広告収入を得ることだけを目的としているように見受けられる。
特にブログやアフィリエイトサイト上の広告は、質の低下が顕著だ。ユーザーを騙してクリックさせるような広告ばかりが目につき、ユーザー体験を大きく損ねている。これらは一時的には収入を得られるかもしれないが、長期的にはユーザーの信頼を失い、広告主のブランドイメージも傷つける。広告収入というシステムから利益を得ようとするあまり、本末転倒な状況に陥っているのだ。
特に深刻なのが、SNS上でのAIを利用した詐欺的な広告の蔓延だ。巧妙に作られたこれらの広告は、ユーザーを欺いて個人情報を盗み取ったり、偽のサービスに誘導したりする。健全な広告というよりは、もはやサイバー犯罪の一種と言っても過言ではない。プラットフォームの信頼性を根本から揺るがす由々しき事態と言えよう。
こうした状況下で、広告ブロッカーの存在は無視できない。ユーザーの立場に立てば、質の低い広告をブロックするのは正当な権利だと言える。しかし、媒体運営者にとっては死活問題だ。広告収入に依存するビジネスモデルは、存続の危機に直面している。だが、ユーザーによる広告ブロックを「不当」で「利己的」な行為と決めつけるのは短絡的だろう。問題の本質は、広告収入のみに依存し、広告の質の向上よりも単価の上昇で対応してきた媒体運営者側にあるのではないか。
さらに、広告主の視点から見ても、課題は山積している。詐欺的な広告主と正当な広告主の区別は容易ではない。ユーザーからすれば、どの広告が信頼できるのか判断しづらいという実情がある。そしてこの問題の背景には、広告業界全体の不透明な構造がある。広告代理店やアドネットワークが介在することで、広告主とユーザーの距離が離れ、悪質な広告主が紛れ込む余地が生まれてしまう。広告主側も、自社広告の配信状況を十分に把握できていない可能性がある。
結局のところ、問題の本質は利権の問題に行き着く。質の低い広告や詐欺的な広告を野放しにしているのは広告提供業者であり、その広告提供業者を公に許しているのは各種大型プラットフォーム(SNS及び動画サイト)や中小ウェブサイト経営者だ。そしてこの中で、詐欺的広告や質の低い広告を自主的に制限可能なのは、提供業者と大型プラットフォーム経営者のみ。特に大型プラットフォーム経営者は、広告主と消費者を結ぶ重要な結節点であり、交渉力を持ち合わせる業界のルールメイカーとしての立場にある。
ここで問われるのは、消費者が大型プラットフォーム経営者に対して、質の低い広告や詐欺的な広告を載せるなと要求する権利があるのかどうかだ。言い換えれば、消費者の利益のために、プラットフォーム経営者の「しない自由」を制限する正当性があるのかという問題だ。
この問いに対しては、肯定的な答えが導き出せるだろう。今やインターネットは公共の場であり、現実のビジネスの場となっている。プラットフォーム経営者には、その公共性を維持する責任がある。そして何より、消費者が実際に被害を受けているという現実がある。詐欺的な広告による経済的損失や、プライバシー侵害への懸念は看過できない。にもかかわらず、プラットフォーム経営者がその要望に真摯に対応してこなかったのは問題だ。
この状況を打開するには、消費者、広告主、プラットフォーム運営者の三者が協力し、具体的なアクションを起こしていく必要がある。
まず、プラットフォーム運営者は、消費者からのフィードバックを積極的に活用し、広告審査体制を強化すべきだ。AIを活用した自動検知と並行して、人間の目による確認を徹底することが求められる。また、広告主の身元確認を厳格化し、広告内容の事前審査を義務付けることも重要だ。広告ポリシーを明確に定め、違反広告には厳正に対処する姿勢を示さなければならない。
広告主側にも、自社広告の配信状況を適切に管理し、質の高い広告を提供する責任がある。業界団体などと連携し、自主規制のガイドライン作りを進めることも有効だろう。
そして消費者は、問題のある広告を積極的に通報し、健全な広告環境作りに主体的に参加することが求められる。プラットフォームに対しても、改善を粘り強く要請していく必要がある。
プラットフォーム経営者には、「しない自由」よりも、「すべき責任」がある。業界をリードする立場である以上、消費者の信頼に応える努力を怠ってはいけない。もちろん、行き過ぎた規制は表現の自由や市場の健全な発展を阻害する恐れもある。だからこそ、消費者、広告主、プラットフォーム経営者の三者が対等な立場で議論を重ね、バランスの取れたルール作りをしていくことが大切なのだ。行政にも、この取り組みをサポートする役割が期待される。
ここで、インターネットの本質的な位置づけについても考えてみたい。インターネットは、当初は「市場原理に任された自由な場」という性格が強かった。規制は最小限に留め、自由な競争を促すことが重視されてきた。しかし、インターネットが社会に不可欠の基盤となった現在、その公共性は著しく高まっている。フェイクニュースやヘイトスピーチ、プライバシー侵害など、弊害への対策が急務となっている。
こうした認識の下、各国で法規制の動きが強まっているのは事実だ。だが、だからと言って行き過ぎた規制は避けなければならない。インターネットのイノベーションや表現の自由を阻害しないことが肝要だ。市場原理と公的規制のバランスをいかに取るかは、社会全体で知恵を出し合うべき課題である。
今こそ、従来の広告依存のビジネスモデルを見直し、新しい価値交換の形を模索すべき時だ。サブスクリプションモデルや有料記事など、ユーザーに直接的な価値を提供し、対価を得るビジネスモデルへの転換も一つの選択肢となるだろう。情報に対する価値観も変化し、良質なコンテンツには対価を払うという意識が広がりつつある。
また、広告収入の一部を広告審査の強化に充てる仕組みを作ることも検討に値する。広告の質を高めることが、結果としてプラットフォームの収益向上につながるのだという認識を、業界全体で共有することが重要だ。
健全な広告業界の発展は、ひいては健全なインターネットの発展につながる。広告主、メディア、ユーザーの三者が協力し合い、透明性と信頼を高めることで、より良い広告の在り方を模索していくことが求められる。広告ブロッカーの普及は、そのための重要な転換点となるはずだ。
インターネットは、「市場原理に委ねられた自由な場」から「公共性を帯びた社会基盤」へと変貌を遂げつつある。そして、我々はその変化の只中にいる。だからこそ今、インターネット広告の在り方を問い直し、健全なインターネットの未来を築くために行動を起こす必要がある。広告ブロッカーが投げかける問いは、そのための重要な一歩なのだ。私たち一人一人が、その問いを自分事として捉え、できるアクションを起こしていくこと。それが、より良いインターネットの未来を切り拓く鍵となるだろう。
俺が成功者として生きようがお荷物のクズ人間として生きようが、そんなの関係なく人類は発展していくだろ?
だって80億分の一だぜ??
自分の人生を歩むことなんて放り出して、進歩していくものを眺めているだけで満足していたほうが幸せなんじゃないか?
もし眺めている最中に、満足できなくなるくらい看過できない人類の問題を発見した人だけが、動き出せばいいんじゃないか?
現代のほとんどの人はそこまで深刻な差し迫った問題意識を抱くことはないはずだろ?
なのに社会に参加しようとし、苦しみに塗れに行くって変じゃないか?
先人が平和を築き、血族が衣食住の生存環境を与えてくれたのなら、その恩恵に可能な限り浸っていくのはある種の努めじゃないのか?
それとも今がどんな環境であっても後世の人間に同じ苦労、同じ辛酸の味を共有したいと思う人が多いんだろうか?
親戚の長寿のお祝いに、もうすぐ一族揃って一泊二日の旅行に行く。
その配偶者に留守中の犬の世話を頼めないかと、うちの親が自分に打診してきた。
本犬並びに彼を可愛がっている家族には申し訳ないが、こちらとしては、実家を出た後に突然飼われ始めた苦手な生き物でしかない。何年いようが恐怖の対象で愛着もない。
自分がこんなだし、配偶者自身も別に犬好きではないし、暇だったとしても私用の旅行中の義実家にわざわざ赴いてシッターをさせられる義理はない。
それに自宅から実家まで普通に距離もある。近所でも通り道でもなくアクセスも悪い。時間だって交通費だってかかるのだ。
仮に交通費に多少色付けてくれても割に合わないだろうし、その金額を出すならもうプロに頼んだ方が双方の為だ。
まあダメ元で念の為言ってるのは伝わってはきてた。で、マジでダメなのでシッターでも探してくれと断った。
対する返信は「注射してなくても見てくれるとこ探す」と来た。
親の片方が自然派反ワクどんどん拗らせてるのは知ってた。良くも悪くも強い思想は何もなかったもう片方も、それに染められつつあるのも。
しかし、野生動物もたまに徘徊してる程度の田舎の外飼いで?力が強くて若い頃には一度脱走もした中型犬を?一体いつからその状態で?
今回連絡を寄越したのは過激派ではない方の親だったので、話が通じることを願いながら、ワクチンは義務であること、そこらにいる野生動物が保菌者かもしれないこと、未接種で見てくれるシッターは多分いないことを伝えた。
過激派ではなくとも反発されたら意味がないので、親や犬を悪く言っていると取られかねない言葉はとりあえず全部飲み込んだ。でも過激派の方の親に隠れてでもやることはやってくれと念押しもした。
悩んで悩んで送信した頃には向こうはもう寝てたようで、今は未読のままだ。
つい先日も別件で親が危ないことをしていたのを咎めたばかりだった(その時も親の自尊心を傷付けずに危険性を伝えるには…と結構悩んだ)
こんなのが続くと心苦しいが、危ないことは看過できないのはわかってほしい。
親戚の長寿のお祝いに、もうすぐ一族揃って一泊二日の旅行に行く。
その配偶者に留守中の犬の世話を頼めないかと、うちの親が自分に打診してきた。
本犬並びに彼を可愛がっている家族には申し訳ないが、こちらとしては、実家を出た後に突然飼われ始めた苦手な生き物でしかない。何年いようが恐怖の対象で愛着もない。
自分がこんなだし、配偶者自身も別に犬好きではないし、暇だったとしても私用の旅行中の義実家にわざわざ赴いてシッターをさせられる義理はない。
それに自宅から実家まで普通に距離もある。近所でも通り道でもなくアクセスも悪い。時間だって交通費だってかかるのだ。
仮に交通費に多少色付けてくれても割に合わないだろうし、その金額を出すならもうプロに頼んだ方が双方の為だ。
まあダメ元で念の為言ってるのは伝わってはきてた。で、マジでダメなのでシッターでも探してくれと断った。
対する返信は「注射してなくても見てくれるとこ探す」と来た。
親の片方が自然派反ワクどんどん拗らせてるのは知ってた。良くも悪くも強い思想は何もなかったもう片方も、それに染められつつあるのも。
しかし、野生動物もたまに徘徊してる程度の田舎の外飼いで?力が強くて若い頃には一度脱走もした中型犬を?一体いつからその状態で?
今回連絡を寄越したのは過激派ではない方の親だったので、話が通じることを願いながら、ワクチンは義務であること、そこらにいる野生動物が保菌者かもしれないこと、未接種で見てくれるシッターは多分いないことを伝えた。
過激派ではなくとも反発されたら意味がないので、親や犬を悪く言っていると取られかねない言葉はとりあえず全部飲み込んだ。でも過激派の方の親に隠れてでもやることはやってくれと念押しもした。
悩んで悩んで送信した頃には向こうはもう寝てたようで、今は未読のままだ。
つい先日も別件で親が危ないことをしていたのを咎めたばかりだった(その時も親の自尊心を傷付けずに危険性を伝えるには…と結構悩んだ)
こんなのが続くと心苦しいが、危ないことは看過できないのはわかってほしい。
青木祐子@mawarimithino (集英社オレンジ文庫 作家)
長尾彩子先生については、集英社オレンジ文庫の編集部にお問い合わせになるとよろしいかと思います。
なんにせよ、人が亡くなっていなかったと言うことは良いことです。)rp
https://x.com/mawarimithino/status/1762289040177676688
↓RP
白川紺子🏵️1月花菱夫妻3巻@koukoshirakawa (作家)
さすがに看過できない不謹慎なデマが出回っているので、訂正させてください。
長尾彩子さんは亡くなってません。ご存命ですので、ファンのかたはご安心ください。
https://x.com/koukoshirakawa/status/1762271654795952561
似鳥鶏 『推理大戦』講談社文庫版発売中!@nitadorikei (作家)
死んだことにされている!?
怖すぎる。普通にご存命です。
2部ラストのジョセフみたいだ……
https://x.com/nitadorikei/status/1762314408699793531
昨日のジャンプ買った?
・ 「アイシールド21」という作品にはひとつの欠点もないと感じる信心深い人
増田もそう思ってるよ。嘘じゃない。
看過できない仕上がりだったとも思っている。
なのでここにその旨のお気持ちを記録しておく。
・今回の読切に少しでも思うところがあった人
・「アイシールド21」という作品全体を通じて積年の思いがある人
向けの内容である。
・筆者について
・はじめに
・読切のストーリーについて
・作画について
・まとめ
の順で触れていく。
あと言っておくが「アイシールド21」の21周年は心から祝っている。
おめでとう。読切企画を実現してくれた関係者各位、先生方、心からありがとう。
・往年のアイシールドファン。連載開始から最終話までリアルタイムでジャンプで読んでた
・連載後半は2ちゃんのアイシスレ見たりもしてた(本スレがアンチスレを兼ねる様相で当時はおどろいた)
かきおろし読切の制作が決定したという作者の告知があってからこの日をずっと楽しみにしていた。
完結して十何年もたった作品の続きが読める、
こんな奇跡はまたとない。
発売日、即ジャンプ買って読んだ。
………………。
昨日からSNSは「アイシールド21が読めて嬉しい!」といった歓喜の声にあふれている。作品名でトレンド入りもしている。
いちファンが作品に真剣に相対したいち記録となることを信じてせっせとこれをネットの海に流している。
まずあの話、どうでした?
…とは思えなかった。
というか読切では当然のように「ヒル魔とセナ、双璧のW主人公」みたいな雰囲気が醸されているのだが、
という確認がなされないまま作られている印象だった。
ヒル魔というキャラクターが大いなる魅力や影響力をもっている、そのこと自体に異論はない。
彼の求心力とある種のカリスマ性が、読者並びに各種ファンダムを今なお牽引していることにも異論はない。
(原作者が格別の思い入れを注いでいることにも、この際異論はないものとする)
それでも、少年漫画としての「アイシールド21」に考えをはせるなら、第1話の構造からいっても、
この物語は「アメフトを通して描かれる小早川瀬那の成長譚」でなくてはならないはずだ。
……にもかかわらず、本作はそこをぶらしていった。
連載半ばから、ヒル魔は悪い意味でどんどん主人公化していった。
そしてそれが改善されていないどころか、全面化していたのが今回の読切だった。
思えば、最終話の落としどころはまだマシだった。
セナの結末とは別のレイヤーで、ヒル魔の着地点を描いていたからだ。
最京大・炎馬大・バベルスという別の進路をとり、三国志の道を選ぶ。
ここの3人が対等なライバルとなる結末は、
にもかかわらず読切で披露されたのは
「セナvsヒル魔、NFLにいくのはどっちだ!?」対決………って、
武蔵と栗田の立場がなさすぎて、あんまりじゃないのか????????
(※さらに言うなら武蔵に至っては読切に影も形も出演がないの、本当にあんまりだったと思う。回想の円陣にもいないとはいったい…。
※この点について「読切から興味をもった読者に武蔵の存在を伏せたかった・ネタバレを防止したかったからでは」という擁護意見も目にしたが、
そうであるなら円陣では後ろ姿で顔が見えないように描いたりすればいいだけだし、現在軸の観客ポジションにはいてもいいはずである。
読切の大筋を
という骨子にするのならせめて
セナ率いるドリームチーム vs デビルバッツ創立時メンバー3人が再結成するドリームチーム
…みたいな構図にはできなかったものだろうか。
さらに「AIをしのぐのは人間の勇気」みたいなテーマを(是非はともかく)導入したいのだったら、
半端にセナを主人公とせず、いっそいさぎよく「読切なので主人公はヒル魔です。セナは脇役として登場してもらいます」などとして構成してしまうほうが、
まだ「作者のエゴ」と「読者」と「読切作品としての完成度」、すべてに対して誠実な仕上がりをみたのではないだろうか。
このあたりの整合性のとれていなさ、ちぐはぐさが、読み味の違和感、納得感の薄さにつながっているように思う。
(※余談だが、アイシールドがスポーツマンガとして傑出している点であり特色のひとつに、
「天才と凡人」というテーマを残酷なまでに描いているところが挙げられると思う。
それを思うと、読切からその要素が完全に排除されていたのも惜しむべき点だった。
その意味においても、読切では
「身体能力においてはある種の天才であるセナと、今度はそれに挑む身体的凡人ヒル魔」
といったふうにセナとは別の視点≒ヒル魔視点から描いてしまうほうがいっそ面白かったんじゃないだろうか。
原作者のヒル魔描きたい欲も、キャラファン読者の需要も両方満たされただろうし
本作の新たな面を見せることができたんじゃないか、等々。
後述するが、原作者と編集者はそういった検討すらしなかったのだろうか)
「セナvsヒル魔の試合」という今回の読切が、アニメ最終話の追認に近いものになってしまっていることにも絶望しかない。
アニメのアイシールドはあらゆる意味で筆舌尽くしがたい出来栄えなのだが、満を持した読切がそれと今さらカブるって、そんなことがあっていいのか。
村田先生、みんなご存じ、少年漫画界屈指の超絶技巧ハイレベル画力の持ち主。
すなわち『ワンパンマン』のようなアップデートされた村田先生の作画で、
…というファンの期待は儚くも裏切られた。
今回の読切の作画、
……そうか……。
初期からずっと絵がうまくて、
どんどん画力が凄みを増していって、
20巻あたりになってくると最強に脂がのってきて、
強いこだわりや作品愛を感じられて、
あのすばらしい絵が、だいぶ淡泊でラフな方向へ変わってしまった、
そんな、あの頃の絵柄…
遠くにいるキャラには顔描き込みさえなく、
そんな、あの頃の絵柄…
それを誰も指摘しないままジャンプでお届けされていた、
そんな、あの頃の絵柄………
…………そうか………。
掲載日もガチガチに21周年に合わせているわけではなさそうだし、
読切制作告知はずいぶん前に行われていたし、
そんなこまごまとしたミスをチェックして修正する手間すら…惜しかったのだろうか。
もしや、アイシールド、描きたく……なかったのだろうか。
憶測にすぎないけれど、したくもない想像が膨らんでしまう作画がただただ悲しい。
なぜこんなにも失望感が大きいのか。
失望感を覚えるということは、
そもそも「アイシールド21」という漫画に何らかの幻想を抱かせるような霧でもかかっていたんじゃないだろうか。
その正体は何か。
理由をたどると「原作・作画の分業制でつくられた作品であること」が挙げられると思う。
そもそも、原作者の稲垣先生のほうはそこまでキャラの扱いに手厚いタイプではないと見受けられる。
かと思えば突飛なタイミングで再登場させたり、
桜庭のアイドルヘアや阿含のドレッドをある日突然無慈悲に剃り上げてファンを阿鼻叫喚の渦に叩き込んだり等々
(事実アイシ、ドクターストーン、トリリオンゲームと3本つづけて大ヒットを飛ばしている優れたストーリーテラーであるわけだし、どれもとんでもなく面白いし)
バックボーンを想像させる表情や振る舞いなどの魅力を付与して、
色んなキャラの色んな一面を描きまくってくれた。
別冊として出たデータブックでは各校の全チームメイトの顔カットを100人単位で書き起こし、
人物紹介には毎巻のように「ウォーリーを探せ」のようなぎっしり楽しい一枚絵を用意し、
神龍寺戦完結巻にいたっては、カバー絵などの余白をフルに使って、
アイシはただストーリーが面白い・アメフト題材に新規性があるというだけではなく、
そういう層のファンを獲得したという意味でも、商業的な成功をみた。
これは原作・作画別れているからこその、やや特殊な事例であると思う。
それは村田先生が魔法をかけてシナジーを起こしたキャラなのだ。
そして時を経て、魔法は解けていった。
何かのきっかけで、のっぴきならない理由で、本作を作画することへの情熱が失われてしまったのかもしれない。
読者にそれを知るすべはない。
ともあれ、作画による丁寧なフォローや補足はされなくなり、ありし日の熱量は失われ、
原作がある意味むき出しとなった結果が、連載終盤のアイシールドともいえる。
読切でも、魔法は解けたままだった。
そのことが残念でならない。
長々と書いてきたが、ぶっちゃけ少し真面目に作品に相対していればこのくらいのことはいくらでも思い浮かぶはずと思う。
なのにお出しされてきたのは、
そういう出来栄えの読切だった。
これに関して「編集者何やってんだよ」という視座を欠くわけにはいかない。
読切をつくるとなって、まともな打ち合わせの一つもしなかったのか?
批判されている点は?
少しリサーチすれば情報や感想は玉石混交いくらでも掘り出せるはずだ。
それを作品化するとして、最良の形とは?
精査していればもう少しブレや迷走は防げたはずだ。
編集者は作画クオリティ面にまでは口出しできないかもしれない。
にしても、あきらかな作画のミスを校閲し指摘することはできるはずだ。
「どうせ手を抜いたって、愛がなくたって、ファンなら喜んでジャンプを買い、涙を流してありがたがるだろう」
と、作品の知名度にあぐらをかいた編集部によって読者全員がナメられていること、
それが記念読切から透けてみえてくることが、作品を愛読してきた者として慚愧にたえない。
期待は捨てているけれど、改めて言いたい。
そして少しでも反省したなら俺らに誠意を見せてくれ。
すなわち、ファンもアンチもぐうの音も出ずに拍手喝采してしまうような、素晴らしいクオリティに練り上げた「アイシールド21」短期集中連載とか企画してください。金とアンケートならいくらでも出します。わあわあ言うとりますが未だにアイシールド大好きなんです。よろしくお願いします。ほんとマジで。
頭悪すぎだろ。
13.5%をどう判断するかだが、相対的に高くはないが看過できないというのがお前の挙げたリンク先の見解。読むこともできないのか。
一般的に、再犯を繰り返すことが多いと認められる他の犯罪として、薬物犯や窃盗犯が主に挙げられる。これらの犯罪より再犯率が高いわけではないとしても、性犯罪は、被害者の心身に回復困難な被害を生じさせるといった点において他の犯罪と性質の異なるものであり、その点において再犯率13.9%は看過できる数値ではないと考えられる。
3回以上性犯罪やってて最終が小児わいせつ型だった13人の内訳が大人か小児かを見てるだけの調査で、やってる奴見てるんだから当然だろ。
https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/62/nfm/n62_2_6_4_4_2.html
https://hakusyo1.moj.go.jp/jp/62/nfm/images/full/h6-4-4-03.jpg
なお,性犯罪再犯(刑法犯)の再犯率が最も高いのは,小児わいせつ型であり,その再犯の内容を性犯罪者類型に当てはめてみると,9人のうち8人の再犯が小児わいせつ型に該当した。
小児わいせつ型の受刑者の再犯が刑法犯は6.6%の9人。うち8人が小児わいせつ型。
やる奴(8人)はやる。ただし、全体は136+17=153人。すなわち矯正不可能な異常な人間が5%くらいの割合でいるということ。その5%側のサンプル見てるのがお前が挙げた子ども家庭庁の例だボケ。
西田敏行から松本人志に局長が替わって、探偵!ナイトスクープは格段に面白くなった。
西田敏行時代は、お涙頂戴なんでもOK の空気が流れ、くらやんの内輪ネタなど、放送するに値しないVTRが制作されていた。
松本人志に交代してからは、現場の空気もピリッとして、探偵たちもお叱りを受けないようにクオリティ向上に努めていたように感じられる。
思うに、松本人志が局長に就任したことは、探偵!ナイトスクープにとって神の采配であった。
性行為目的の合コンが開催されようがされまいが、私の感知するところではないが、探偵!ナイトスクープのクオリティが下がることは看過できない。
何が「事実無根なので闘いまーす」だ。ふざけるな。
芸人が乱癡気騒ぎを起こしても、番組のクオリティとは関係ないだろ。
その後も悪手を重ねて、ワイドナショーにすら出演できず、松本人志の評判に傷がついてしまった。
松本人志の番組は、松本人志の実績や信用があるからこそのポジションで成り立っているのに、軽率な発言で台無しにしてしまった。
なぜ、黙っていられなかったのか。松本人志に対する怒りが込み上げてくる。
次候補の条件は、つまらないVTRにつまらないと言えるかどうかである。
・たけし…高齢
・さんま…うるさい
・所…賢すぎる
・浜田…愛がない
・有吉…薄い
・マツコ…太り過ぎ
・川島…忙しい
・中居…ありかも
…アドバイスしたりは自由だから好きにすればいいと思って見てたけどさ。
さすがに看過できないわ。
でも最近は男女平等が浸透してきたからか、少しずつ女性もゲームに参加するようになった。
ガンシューティングとかFPSとか格闘ゲームなんて、ほとんど男だけだったらしい。
でも男たちが楽しんでるのを観て、女もやってみようと思ったんですよ。
私もその口。
だけど、男は、そんな女を同じプレイヤー仲間として見ない。
「女だ!!?」
とか数千人が観てる中で挙動不審さをさらけ出して大袈裟に反応する。
………女はね、当然やりにくいよ。
いちいちビックリされるこっちの身にもなってほしい。
悪いと下心丸出しにされた挙句、セクハラに、ぶつかりおじさんみたいな支配欲全開の暴言を言われたりする。
そりゃ、娯楽でやってるのに、SAN値ゴリゴリに削られるリスクに怯えながらのプレイングはおっかなびっくりになるわ。当たり前に。泣きそうだよ。
どうして男性ゲーマーは女性ゲーマーを人間扱いしてくれないんだろう。
ため息。
医療を含めた福祉が機能していない、そもそも存在していない状況で資本主義を推し進めるとどうなるかというのは既に産業革命期のイギリスで経験済みであり、労働者だけでなく資本家やエスタブリッシュメントにとっても問題のある看過できない事態になったから福祉制度が設計されたわけでありましてな。
国家という単位によって一人一人の生命、健康、福祉を維持することが出来ないなら国家に代わる枠組みを考える必要があるという話であって、国家を維持するために福祉をカットするというのは本末転倒なのであります。治安を維持するための暴力装置が国民を脅し賄賂を要求する後進国のようなものです。
暴力を独占し、自由に対して一定の規制をし、一定の義務を課すことが国家に許されているのは国民の権利や生命を擁護するためであります。
「しかし国家を維持しなければ国民を守ることはできないじゃないか!」という反論は当てはまりません。
何度でも言いますが、国家が国民を保護することができないのならば国家に代わる個人保護のための枠組みを考えるまでであります。
ジャニー喜多川の性加害について、外部専門家の調査報告書が出てファンの反応が凄まじいことになってる。
「過去のこと」「ジャニーさんは死人に口なしか」「ジュリーさんに罪はない」などの加害者擁護。
唯一、彼女たちは今回現役タレントから被害報告がなかったという部分だけ「現役ジャニタレが被害を受けていたかのような噂は否定された。中傷は許さない」と触れ回っているのだが一体どの口が言うのだろうか…。
外からの情報は信じず「告発は矛盾だらけで証拠はファンが調べたこれ」「ジャニーズを潰したい勢力が仕掛けている」など界隈での「真実」も広まっていて三浦春馬陰謀論と変わらなくなってきてる。
事務所ではなく現役タレント側からこの問題を認めて呼びかけでもしない限り彼女たちは止まらないと思う。
数もとてつもなく多いしすごく怖い。
https://g-witch.net/news/detail.php?id=20824
この件、ブコメが思ったより荒れてて、雑誌制作チョットワカル身からすると気になったんで書いときます、適宜消すかも
それらすべてが「憶測」という表現に該当するかはさておき、発言音声どおりの文言にならないのはほぼ当たり前。語順の前後入れ替え、「あー、えー」などのケバ取り、「とか」「みたいな」などの口癖の除去、だらついた言い回しの整頓。録音した音声のノイズや滑舌などで正確な単語が完全確定できなくなるケース。言葉足らずだった省略部や、説明の飛躍を補ったりするケース。それとは逆に、紙面に収まらないから文字数を削る必要が出ることもある。
(余談だが、声優のインタビューはやはり滑舌がよく文字起こししやすい場合が多い。助かる。)
文字起こしの過程で、発言の趣旨が微妙にずれたり、ニュアンスが抜け落ちてしまうこともある。会話するのは人間同士なので、誤解が残ってしまう場合も完全回避はできない。
だから誌面の形にしてからステークホルダーに見てもらい、修正要望の聞き取りをする。発言者がうっかり口を滑らせているケースも、こういうタイミングで修正が入る。この手の記事だと、製作委員会と声優の事務所はまず目を通してるだろう。
現に修正要望が出たわけだから「編集側がまずいテキスト化をした」と言ってもいいけど、制作初期に多少の誤解や語弊が入るのを完全に避けるのは不可能で、致し方ない。つまり、重要な修正を反映できなかったところが一番まずい。原因が「修正漏れ」であることが明らかだから、編集部に責任を負わせる形で手打ちにしたと思われる。
なんらかの理由で出したくなかったのは間違いないが、その理由が「表に出るとまずいセンシティブ案件だったから」とは限らない。
情報を「いつ・どの媒体で・誰が・どのぐらいの確実さで」出す予定だったのか、あるいは出さないつもりなのかは、この一件からだけではわからない。今じゃないよね、かもしれないし、ガンダムエース以外で出したかったのかもしれないし、声優が明言する情報ではないよね、だったかもしれない。
あるいは言葉で説明するのは無粋だ、映像から読み取ってほしい、なのかもしれない。だったら重要スタッフであっても、あるいは重要スタッフだからこそ、「私の解釈では」の部分をぽろりと前提のように明言されてしまっては演出意図が壊れてしまう可能性もあるだろう。
そもそも、実際の発言できっぱり言い切っていたかどうかも不明で、「文章にしてみたら断言しすぎの印象になっちゃった」から「その表現は言い切り過ぎ」と取る方向にしただけかもしれない。
理由は様々考えられて、確定できない。「とある理由で言い切りたくない。ただし理由は言えない(説明すること自体が狙いを損ねる)」としか言えないケースは大いにある。
広めたくない表現なんだから、再掲はしないだろう。説明不足になろうが、いま知らない人には知らないでいてもらいたい、が勝る。
そう感じる理路は理解するけど、「センシティブな発言を避けている、逃げ腰になっている」とは完全には言い切れないと思うよ
ちゃんと明言されてよかったなあ、とか思って久しぶりに読み直したら、看過できないブコメがあったんでメモしとく。
念のため確認したんですが、編集部の発表には「捏造」という2文字は存在してないはず(検索もした)。もしも「憶測」と表現してる箇所のことなら、文言を脳内で錬成して「原文ママ」をつけてるってことで、それこそ捏造であり、実にまずい。あるいは「あの文」が指してる文章が別にある可能性も……あるのか?
ま、そもそも「原文ママ」の使い方もちょっと変で、通常は「誤字がありますがこれで原文通りです」という断り書きとして使うものです。