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2022-09-26

人魚チンコって言葉の響き似てるよね

チンコ食っても不老不死になるのかな

anond:20220926034101

不老不死人魚不老不死不妊イメージがそれぞれ関係してるだけじゃないかな。つまりA=>B,A=>C,BとCを結びつけていいわけではない。「何故、人魚イメージ生殖能力の有無が結び付けられたか、」という問題設定が間違ってるんじゃないかな。不老不死子供を作り続けるとみんな一人の子孫になってしまうということは誰でもわかるから不妊になるのは自然だしね。

人魚の肉と不老不死関係についての話

人魚の肉を食すると不老不死・不老長寿となる」という物語は、八百比丘尼伝説・昔話として有名でもあるし、仮にそれらを読んだり聞いたりしたことは無くても、高橋留美子連作漫画人魚の森』シリーズを読んだから何となく知っているという人も少なくない。

しかし、そもそも何故、人魚の肉を食したら不老不死・不老長寿となるのか?その理由というか説明については、知らない人も多いのではないだろうか。

これを書いている増田が、その理由らしきものについて書かれたもの最初に読んだのは、神話学者大林太良の著書『神話の話』(講談社学術文庫)であった。この現物を、確かに所有しているはずなのに本棚倉庫の中から見つけられないので、ここでは記憶を頼りに大林説を書き起こすが、もしも『神話の話』の現物を持っている人は、そちらを見た方が早い。図書館で探してもよい。

まず、八百比丘尼伝説概要は、大同小異、以下のようなものである。「龍宮の主を助けた漁師が、龍宮に招待されて主から宴などの歓待を受け、家路につく際に主から土産として、人魚の肉を貰い受ける。聞けば、それを食した人は、不老長寿となるという。家に持ち帰ったはいものの、人魚の肉を食べるのに怖気づいた漁師は、いったん戸棚にそれを保管する。しかし、漁師の留守の間に、彼の娘が人魚の肉を食べてしまう。人魚の肉のことを父から聞かされるが後の祭り。はたして、娘は不老長寿となってしまう。父親である漁師も、娘が結婚した夫も、近所の人たちも、漁師の娘が愛した人たちは皆、寿命が尽きて世を去るが、彼女だけは不老長寿の若々しいまま、この世に取り残される。その孤独境遇を嘆いた娘は、仏門に入るものの、その後も長く若々しいままで生き続け、とうとう八百比丘尼(八百歳の尼僧)と呼ばれるようになり、最後洞窟の中に籠もり、人々の前から姿を消す」

大林太良によれば、これと殆ど同じ内容の話が、朝鮮半島平壌仏教寺院伝説として残るという。但し、日本八百比丘尼物語には見られないディテールとして「結婚して夫を迎えたが、子宝に恵まれない」という描写が、朝鮮半島版の物語には有る。

まり人魚の肉を食することによる不老不死・不老長寿の獲得は、生殖能力喪失するというトレードオフになっている。このような不老不死性と生殖能力トレードオフは、八百比丘尼物語にだけ見られることではないことを知っている人もいることだろう。

例えば日本神話では、人間寿命に限りが有る理由として、ニニギノミコトオオヤマツミノカミから娘の女神を嫁に迎える物語が語られる。オオヤマツミには二人の娘、姿形が麗しくないイワナガヒメ、姿形が麗しいコノハナサクヤヒメがいた。ニニギノミコトは、見た目を重視してコノハナサクヤヒメを選ぶが「イワナガヒメを選んでおけば、不老不死でいられたものを」とオオヤマツミノカミから言い渡される。花が咲き、実を成し、種を残して枯れる植物のように、こうして人は有限の寿命となった。岩石のような、長い年月が経過しても残るような不老不死性は、こうして人から失われた。

女性差別侮辱する古語として「うまずめ(=子を産まない・産めない女)」というものがあるが、これを漢字で書けば「石女」である。言うまでもなく、この言葉にはイワナガヒメ(岩石の女神)とコノハナサクヤヒメ(植物女神)の嫁取り物語と同じ考え・物の見方が、素朴な形で反映されている。

昔の人たちが呪術的な発想として、生殖能力の有無と不老不死性を結び付けて考えたであろうという仮説自体は、現代人も自然と受け入れられるであろう。

問題は、何故、人魚イメージ生殖能力の有無が結び付けられたか、その点が定かではないところである。これについて『神話の話』の中で大林太良は、一つの示唆として、中国の人・袁枚(えんばい)の残した『子不語(しふご)』という書物に収められた、次のような挿話を紹介する。

「袁枚の甥が、地方役人として赴任する旅の途上で立ち寄った集落で、住人たちが騒いでいた。何があったのかと尋ねると、その集落に住む或る夫婦の妻の下半身が魚になってしまったという。彼女証言によれば、昨夜は夫と同衾し(夫婦の夜の営みを行い)、眠りについた。夜更け、下半身がむず痒くて堪らず、手で搔いていた記憶があるが、疥癬のように皮膚がポロポロと剥がれ落ちる感触が有った。朝になり、彼女が目覚めた時には、下半身は鱗の有る魚のものになっていたとのことである。剥がれ落ちていたのは、どうやら鱗だったようである

大林太良は、この『子不語』の挿話について、わざわざ夫との同衾について言及しているのは「下半身が魚になる前の女性は、二本の脚を開いて男性を迎え入れる性行為可能であったが、下半身が魚になったことで、脚を開くこと、すなわち性行為不可能状態になった」と言っているのだと考える。そして、人魚の肉による生殖能力喪失も、これと同じ発想なのではないかと言うのである

個人的には、この大林太良説を初めて読んだ時は「ううん、ホンマかいな?」という半信半疑感想であった。しかし『神話の話』を読んでから暫く経過した後、大林説を補助するような話を、別の学者著作で見かけた。が、やはりこの著作も、本棚倉庫で見つけられずにいた。それがつい最近、その本を古本屋発見して再入手した。嬉しい。だから舞い上がって、ここで記念にメモを残そうと思い立ったわけである

件の大林太良の説を補助する記述が載っていたのは、金関丈夫著作木馬と石牛』(岩波文庫)である。ちなみに、解説大林太良その人である

この『木馬と石牛』に収められた「榻(しぢ)のはしがき」という論文が、人魚による不死性と生殖能力喪失イメージの結び付き仮説を補助するような記述を含むものである。この論文は何について書かれたものか、簡単説明すれば、国文学におけるオナニー文学について論じたものである。これは、悪巫山戯で書いているのでも、嘘を書いているのでもない。本当のことである。初めて読んだ時は「お硬い岩波文庫で、こんな珍論文を読めるとは」と、かなり吃驚したものである

本題に入ると、金関丈夫によれば、天明六年の自序がある東井春江による『譬喩尽(たとへづくし)』という俚諺(りげん)辞典の「い」の部には「一夢二千三肛四開(いちむにせんさんこうしかい)」という俚諺(ことわざ)が収められている。その意味は「性行為の中で快感が大きいものランキングベスト4」である。念のために言うと、男性立場でのランキングである。4位の「開(かい)」が「女色すなわち男女の営み」を指す。この「榻のはしがき」の一節を初めて読んだ時「なるほど、『開(かい/ひらく)』の語と『男女の性行為』のイメージは、昔の人の頭の中では自然に結び付いていたのだなあ」と納得し、大林太良説も納得して受け入れられるようになったと、そういった次第である

何?ベスト3の意味が知りたい?いちいち言わなくても、字を見れば薄々察しがつくだろうからかい説明は書かない。なお、同「榻のはしがき」によれば、戦国時代頃に来日したポルトガル人宣教師たちが、布教活動を行うために編纂した日本初の日本語/ポルトガル語翻訳辞書『日葡辞書』には「Xenzuri」という単語が収録されているとのことである

とりあえず『神話の話』も『木馬と石牛』も、どちらも非常に面白い本なので、機会があれば図書館などで探して一読することをお勧めする。

また、人魚の話に関しては、椿のモチーフなど海女文化八百比丘尼伝承などにおける人魚イメージに影響を与えた可能性の話、人魚の肉はフケツノカイ(キュウケツ[9つの穴]ノカイ)すなわちアワビのことではないかという可能性の話など、色々ほかに面白そうな話が有るので、興味が有る人は調べてみることをお勧めする。

木馬と石牛』再入手で舞い上がっている状態で書いたので、乱文になり申し訳ない。とりあえず以上である

2022-09-10

anond:20220909211701

20代後半のころは、自分徹夜できなくなったり肩こりが増えたり大食後に胃もたれしたり背中にいつのまにか吹き出物ができたりと老化を感じるたびに

「このまま体が劣化していく一方なのか。年とりたくないなぁ、いつか老人になって死ぬのは嫌だなぁ、どんなに趣味の物を集めて楽しんでも死んだら終わりなんて空しいなぁ、いつか死ぬ人生って無価値だ、不老不死になりたいなぁ」

と思ってた。

「1000年生きたい」の増田みたいに、将来の人類の行く末をみたいと思う事も多かった。たった数十年で死ぬ人生のなんと儚く無意味なことかと。

 

30後半にして妻と出会い奇跡的に結婚して、子供をさずかり、今毎日のように子の体と頭が発達して出来ることが増えて驚かされる日々を過ごしていると、

の子が成長して幸せ大人になれるようになるだけで自分がこの世に生まれてきた価値があると思えるようになった。

40になって白髪が増えたり頭頂部が薄くなったり血液検査の値に異常値が増えたりと、ますます体の劣化を感じる事は増える一方だけど、

子の成長とひきかえに自分老いていくことに抵抗感や虚しさといった、かつて感じていた感情がすっかりなくなってることに気付いて驚いた。

の子大人になって幸せに過ごせるなら、それだけで自分がこの世に生まれてきた価値はあったな、と。

自分が60やら80で死んでも、この子がその後も生き続けてくれるなら怖くないし空しくない。

 

毎日子供がだっこをせがんだりと甘えてきて、無条件に頼られ、子供生命力あふれる笑顔きらきらと輝く目を見ていると、この子を育てていることが自分自己肯定感になっていることに気付く。

子を育て成長を手助けすることは、自分の老化や死を受け入れるサイクルの一つだったんだなと感じている。

2022-09-08

anond:20220908104411

人類不老不死になった日、医者はいらなくなることがわからないのでしょうか。

2022-09-03

anond:20220903195812

作品によって不老不死の設定ちがうしな。

老化もしないし怪我も治るけど、限度をこえた損傷なら死ぬとか。

火の鳥は肉体が滅んでも魂で生きてるな。

anond:20220903195812

頭だけ切り取って体液を循環させる機械接続するのも不老不死でいいのかな

不老不死になりたいって人に手塚治虫火の鳥勧める奴って浅いよな

手塚治虫火の鳥なんて学校図書館地域図書館に置いてあるような漫画

子供図書館漫画が置いてあれば飛び付くんだから

多くの人間子供の頃に読んでるに決まってるじゃん

そういう事に思い当たらないのがまず浅い

で、火の鳥勧める奴って大抵火の鳥読んだ人間不老不死になりたがらないはずって固定観念がある奴が多い

その発想も浅いわ

お前は火の鳥読んだ直後に脊髄反射的に不老不死は駄目だって結論に飛び付いたんだろうが

不老不死になりたいって奴は大抵火の鳥読んだ上で、死ぬのと不老不死どっちがマシか子供の頃に何時間も考えて結論出してんだよ

その何時間も考えて出した結論に対してお前の浅い見識で冷や水かけてんじゃねえよ

2022-08-24

男女論ってクソだ

正論だろうが心当たりあろうがクソなんだよ

全員ブロックしたいのに数が多すぎるんだよ

全員幼児に若返らせて性器もぎ取って不老不死にしてやる

2022-08-20

anond:20220724011056

死ぬのって怖くね?

なんで死ぬことを気楽に受け入れられるのかが分からん

不老不死になりたいわ

anond:20220820145003

わかる

俺は人を殺すような悪人不老不死の素晴らしさを主張して

悪人から人々を助ける正義の味方が限られた命の素晴らしさを主張する展開が嫌い

現実不老不死の実現を目指してる人たちは人を殺すような悪人じゃないのに

作者から不老不死を目指してる人の印象を悪くしようという作為を感じる

これがあるから鬼滅の刃無限列車編は不快だった

2022-08-13

anond:20220808155936

永遠の命は怖いけど、今日は死にたくない。

しかし生きている限り「今日」は来る。

死にたい今日」は基本的には来ない。

結果として永遠となる。

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永遠の命が怖いことはあなただけではない。その証拠に、「不老不死」よりも「不老長寿」が良く使われるものである

2022-08-08

想像してみたけど

自分死ぬことより不老不死になって生き続けることの方が怖いよー。

2022-08-04

昔は年老いたり老死するのが怖かったけど

20代後半のころは、自分徹夜できなくなったり肩こりが増えたり大食後に胃もたれしたり背中にいつのまにか吹き出物ができたりと老化を感じるたびに

「このまま体が劣化していく一方なのか。年とりたくないなぁ、いつか老人になって死ぬのは嫌だなぁ、どんなに趣味の物を集めて楽しんでも死んだら終わりなんて空しいなぁ、いつか死ぬ人生って無価値だ、不老不死になりたいなぁ」

と思ってた。

1000年生きたいの増田↓みたいに、将来の人類の行く末をみたいと思う事も多かった。たった数十年で死ぬ人生のなんと儚く無意味なことかと。

https://anond.hatelabo.jp/20220803163404

 

30後半にして妻と出会い奇跡的に結婚して、子供をさずかり、今毎日のように子の体と頭が発達して出来ることが増えて驚かされる日々を過ごしていると、

の子が成長して幸せ大人になれるようになるだけで自分がこの世に生まれてきた価値があると思えるようになった。

40になって白髪が増えたり頭頂部が薄くなったり血液検査の値に異常値が増えたりと、ますます体の劣化を感じる事は増える一方だけど、

子の成長とひきかえに自分老いていくことに抵抗感や虚しさといった、かつて感じていた感情がすっかりなくなってることに気付いて驚いた。

の子大人になって幸せに過ごせるなら、それだけで自分がこの世に生まれてきた価値はあったな、と。

自分が60やら80で死んでも、この子がその後も生き続けてくれるなら怖くないし空しくない。

 

毎日子供がだっこをせがんだりと甘えてきて、無条件に頼られ、子供生命力あふれる笑顔きらきらと輝く目を見ていると、この子を育てていることが自分自己肯定感になっていることに気付く。

子を育て成長を手助けすることは、自分の老化や死を受け入れるサイクルの一つだったんだなと感じている。

anond:20220803163404

人工的に純粋知性体となって不老不死状態になったヤツが絶望してなんとかして死のうと頑張るがどうしても死ねずに絶望ますますつのらせるという話がSFにあったっけ。たしか宇宙スカイラークシリーズだった。ヴァレロンのスカイラークだっけな?

2022-08-03

anond:20220803164115

不老不死というよりは「病気や加齢による老衰に悩まされることなく元気なまま生き続けたい」の方が正しい気がするよね

不老不死になったら永久筋トレし続けられるんだろうか

でも不老ということは成長しないということだから永久筋トレしたとしても今の身体永久に維持されるんだろうか

 

だったら俺は不老じゃなくていい

anond:20220803163559

奴隷いくらしばいても死ななくなる?よっしゃじゃんじゃん不老不死にしたれ!先行投資や!

洗脳バッチリ済ませてあるから反抗しないし、新しい世代が出てくるたびに洗脳しなおす手間もなくなるやで!

2022-07-30

人魚の卵を食べる

今年の夏から人魚を飼い始めた。

身バレ防ぐため詳細は伏せるけど、旅行先で縁あって拾ってそれから一緒に暮らしている。

世話は慣れれば意外と難しくない。水道代はちょっと嵩むけど許容範囲だ。

食生活最初は気にして、魚料理とか食べないようにしてたんだけど、「平気よ。あなた哺乳類食べるじゃない」って言われたので気にしなくなった

ただ一つ気にしていることがある

人魚の肉を食べると不老不死になる」これだけは言っていない。言えば信頼関係が崩れるって考えたらわかるからだ。

ところがふとした事から口に出してしまたことがある。「人魚の卵ってイクラみたいなものなのかな」

 

言葉を出した後「しまった!」と思った。残酷想像をしたと思われたに違いない。ところが反応は意外なものだった

「似たようなもんだよ!食べてみる?ほぐして醤油づけとかにするよ」

ええ・・・そんな抵抗ないものなの?やっぱ悪いかと思って断ったんだけど

健康にいいよ」「肌ツヤもよくなるって」「他の魚卵と同じで美味しいと思う」

などなど、逆に薦めたがる。どうなんだろう

 

ある日、人魚はタッパーに卵を満たして準備してた。おちょこ一杯のウォッカと一緒に流しこむと最高なんだそうな

薦められるまま食べてみた。うん。おいしい。イクラだ。この人魚鮭の仲間だったのか。

それからというもの、悪くならないうちに少しずつ食べている。

 

それにしても気になることがいくつかある。

これで俺は不老不死になれるんだろうか。いや、少し健康になるだけなのか。

人魚はどうしてこんなに卵を食べることをお薦めするんだろうか。

自分の命を捧げているようなものではないのか。

そういうのは最初は気になったが、そのうち慣れていった。

 

だが一つだけ慣れないことがある

俺が卵食べてる時、精○飲ませてるみたいなイヤーな笑顔をするんだ。

https://anond.hatelabo.jp/20220926034101

2022-07-27

もし人間不老不死だったら限られた命を求める奴が少年漫画の悪役になってたんだろうな

主人公の仲間A「無限の命があるから人には無限可能性があるんだ!」

仲間B「限られた命になれば今よりも輝けるなんてお前の思い込みだ!」

仲間C「与えられた宿命から逃げる卑怯者め!」

主人公「俺たちは無限の命を生きる!これからも変わらずに!」

仲間たち「いけ!主人公!」

敵「何故だ……永遠に生きるから人は永遠に苦しむ……地球が持たぬときが来ているのだー!」

主人公「それでも!俺たちは乗り越えていく!それが無限の命を与えられた俺たちの生き方からーーー!!!

鬼滅とかゲド戦記不老不死を求める人間へのレッテル貼りが嫌い

不老不死を求める残虐な悪人が出てくるだけとか

りある命の素晴らしさを語る正義の味方が出てくるだけとかならいいんだけどな

不老不死を求める残虐な悪人を出した上で、限りある命の素晴らしさを語る正義の味方を出してくるのは受け付けない

現実不老不死を目指してる人間(久保田京大准教授渡辺正東大准教授等)が人を殺したりする悪人でないことを知ってるだけに

フィクション不老不死を求める人間が平気で人を殺したりする悪人で、限りある命の素晴らしさを説く人間が人々を守る正義の味方という構図を取られると

作者が自分思想(限りある命は素晴らしい)を正当化するために

不老不死を目指す奴は人を殺したりするような悪人で、不老不死に反対する人間は善人という印象操作をしているように思える

正直、プロパガンダ臭くて受け付けない

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