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2018-09-25

「鬱だ、死にたい」と言うキャラの話

「鬱だ」「死にたい」が口癖のキャラって、どうなんだろう。

広い創作世界だ、複数いるかもしれない。でも私が知っているのは、今のところ一人だけ。女性向けアイドル育成ゲームキャラクターだ。こう聞いただけでわかる方もいらっしゃるかもしれない。

言い訳じみた前置きをさせていただくなら、私はそのゲームキャラアンチではない。むしろ好意的な目で見ている方だ。ここで言いたいのは、ちょっとした問題提起、ただそれだけ。それでも、自分の好きなキャラに関する否定的意見を見たくない人は沢山いるだろう。そういう方には、ブラウザバックをおすすめする。

それでは、まず少しだけ、私自身に関する話をさせてほしい。

去年の夏、鬱病だと診断された。

大学の授業に出るのがどうしても怖かったのだ。内容理解課題提出、交友関係にも一切問題は無い。それなのに、何故か教室の扉を開けられなくて、逃げ帰ってしまった。そんなことが何日も何ヶ月も続いた。年度が変わって、心を入れ替えようとしても駄目。授業をサボった日は何をするでもなく、電車上り下りを何往復もしては駅員さんに怒られたりしていた。

どうもおかしいぞと思って病院に行き、診断が下された。いくつか軽度の発達障害も発覚。障害によって出来ないことが、自主性を重んじるバイト大学生活で浮き彫りになり、それを自分怠惰によるものだと誤認していたから——とのことだった。

病気が判明する前もしてからも、私はずっと死にたかった。大学に入るタイミングで始めた人生初のバイトブラックだったこともあり、理不尽に怒鳴られ続けて心は萎縮していた。自分必要の無い存在だと思いながらも、死にたいと思うなんて罪悪だ、親不孝だと考え、そんなに親不孝なら死んだ方がましだと思う、矛盾の真っ只中に居た。

さて、初めの問いを振り返ってみよう。「鬱だ」「死にたい」を口癖にするキャラって——どうなんだろうか。

先程の話は、私だけの個人的エピソードだ。読者のみなさんには全く興味の無い話だと思う。でも、どこかに似たような思いをした人はいるかもしれない。それどころか、実際に死んでしまった人さえも。

彼の口癖が、「憂鬱だ」「帰りたい」ではいけなかったのだろうか。語呂が悪いから?インパクトに欠けるから自殺を本気で考えてしまった人を刺激しかねないワードでありながら、それを使ったのはどうしてなんだろう。

鬱や自殺を描くなと言っているわけではない。それをひとつの題材とすること自体はいいと思う。けれど、某キャラクターのノリは、私にとってはあまりにも軽すぎた。あの台詞が出てくるのは、何もシリアスシーンに限らない。そして、それだけならまだ良かったけれど、舞台版で「鬱だー!」「死にたーい!」というコーレスが行われたと聞いて、ぞっとしてしまったのだ。なんて軽々しくそ言葉を口にするんだろう。日常会話の中、疲れやおふざけでこぼれてしまうならともかく、演出として意図的に叫ばせるなんて。

たかゲーム台詞だろ」と思うだろうか?私自身でさえそう思う。どうして、たかだかゲームひとつ言葉にこうまで狼狽えてしまうのかわからない。同じく自殺願望のある人、あった人の中にも、これを問題にしない人はいるだろう。それでも、不可解で苦しくてたまらないのだ。

そのゲームは私も昔プレイしていて、いくら課金だってしていた。重課金ユーザーランキング報酬で追いつけずやめてしまったけれど、それから情報だけは少しずつ追っている。そんな自分の好きだったゲームが、鬱や自殺を軽く扱ってしまうのは、とても悲しい。

もちろんキャラに罪は無い。問題があるとしたら制作の方だろう。もう少し柔らかな言葉で、彼の台詞を作ってほしかった。そうすれば、内気でネガティブ男子高校生が見せる精一杯の頑張りや笑顔を、心の底から応援できたのに。

それでも、制作に直接苦言を呈したり、貶めるつもりは一切無い。ただ、「死にたい」と「生きたい」、「生きてはいけない」と「死んではいけない」——この矛盾を抱えた人間が、どこかにいるかもしれない。そのことだけ、心の隅に留めていただければ、私は本当に救われます

本当にどうでもいい私事ですが、色んな方々のサポートのおかげで、死にたいと思うことは少なくなっています。鬱になってしまった全ての人が、幸せになれますように。

嫌いな小説書きの話

クソみたいな自己愛のはきだめ。

とある作家ネット上でもう半年くらい追い続けている。

べつに、その作家のことが好きだから追っているわけではない。

私は同人文字書きの端くれで、わたしが追っている彼女小説を書く二次創作同人作家

私たちは同じジャンルにいるが表向きはなんの面識もなく、オンオフともに彼女は私のことを知らない。

私が一方的彼女を追いかけている。

と言うとまるでファンであるかのようだが、ファンと私では彼女に向けている思いがまるっきり違う。

私は、彼女が嫌いだ。

嫌いだから彼女のやることなすことを監視せずにいられない、アンチに似た心理彼女のことを追っている。

なぜ嫌いなのか。

理由普遍的かつ単純で、わたし彼女嫉妬しているか彼女のことが嫌いなのだ

いや精確には、彼女作品と、それを生みだす彼女の才能に嫉妬している。たぶん羨望に近い。

彼女作品は、私の作品にはない魅力で溢れている。

読み手にすらすら文章を追わせる勢いや説得力があり、個性情熱もある。

彼女の書く話にはまず真ん中に〝感情〟という揺るぎない芯がとおっていて、その感情を軸に人間というものがみずみずしくそこに描写されている。

自分なかにある感情が気付けば彼女文章呼応し、自然作品世界に入りこめる。

そういう、強く惹かれる引力みたいなものがあった。

それで、彼女にずば抜けた文章力や構成力があればすべてよかったのだ。

そうであれば私も素直に彼女作品を称賛し、彼女に心酔するファンの列に加わることが出来ていた。

彼女作品にいっさいの隙がなければ、他人作品に過剰な自意識を持ち込み嫉妬心をいだくような事にはならなかった。

けれど、彼女の綴る文章にはどうしても、『隙』があった。

これなら私のほうが、と思わせる、あら探しをさせるだけの隙が見えてしまった。

たとえば、有り体に素人くさいと感じさせる文体単語のえらび方、エピソードが矢継ぎ早に通過していく展開の強引さ、

状況説明台詞に頼りすぎるところや、メインとするモチーフのわざとらしさなんかが、読んでいて私には引っかかった。

それでも、それなのに、とにかく彼女作品は「読みやすい」の一言に尽きた。

自分文章を読み返すときに感じる堅苦しさやとっつきにくさが彼女作品にはなく、

自分文章に感じる、くどいと思う描写や言いまわしを、彼女はたった数行のかんたんな表現で読者に納得させてしまう。

私がありきたりにならないようにと頭をひねって考えたストーリーよりも、彼女のありきたりなストーリーの中で光る表現や細工のほうが私には鮮やかに感じた。

「私のほうが」と思える隙があるのに、その隙間を覗けば覗くほど、私のほうが優っている要素が見えなくなった。

彼女作品を読むたび、私は彼女よりもはるかに書けていると思える瞬間と、私は大差をつけられ彼女よりずっと下にいるのだと思う瞬間が交互にやってきて、自信と劣等感でぐちゃぐちゃになった。

そんなふうに散らかった情緒自分の力できれいに整理することは難しく、彼女のことを「嫌いだ」と疎もうとする強い感情が、私にはもっとも手近で易しい感情に思えた。

から、嫌いだ。彼女のことが。

私は彼女投稿するすべての作品ブックマークしているが、ブックマークの設定はすべて非公開にしている。

彼女作品を「好きだ」と評価すること、そしてそう評価した私の存在彼女に知られてしまうのが嫌だった。

それは彼女の才能の前にひれ伏し、負けを認めることと同等の敗北感があってただ、悔しかたから。

彼女ツイッターにしてもそうだ。わたし彼女ツイッターを非公開リストにいれて観覧している。

わたし彼女フォローして、彼女から私にフォローが返らない可能性を考えると耐えられない。先にフォローをしたほうがきっと負けになる。だから死んでもフォローはしたくなかった。

彼女ツイッター投稿する作品いいねRTで触れることもしない。いいと思ったものは黙ってローカルに保存した。

負けたくなかった。

彼女作品が好きだけど、彼女作品を好きだと感じる瞬間は嫌いだ。

キャラクターのえがき方や心情の拾い方が絶妙だと思うけど、同時に、文章力がその熱量に追いついていなくて拙いとも思った。

しかしその拙さは、言い換えれば小説をあまり読まない人から見ても読みやす文章ということでもあり、そのまま共感感情移入のしやすさでもあった。

まり彼女は、ちゃん小説が上手いのだ。技術などは関係ない。彼女小説が上手い。

書きたいドラマテーマを人に伝える才能がある。私よりも。

多分、彼女の書いた小説を読んだ瞬間に本当は、私は圧倒されていた。圧倒しきるほど完全ではないのに、それでも力押しで圧倒してきた。そんな経験は初めてで、それがとにかく悔しかった。

彼女のような作品を私の技術で書けるようになりたい。でも模倣はしたくない。彼女に影響などされたくない。彼女の書く作品とかけ離れたものを書いて、上回りたい。そう思う時点ですでに影響されている。嫌だ。負けたくない。

『負けたくない』

彼女への執着の根幹にあるこの「負けたくない」という対抗心こそが、とにかく厄介でわたしを惨めにさせる。

だって彼女のほうは、端から私と勝負なんかしていない。

私の感じている、勝ち、負け、という卑しい価値観彼女の中にはなく、そもそも彼女は私の作品など読んですらいない。

わたし彼女に負けたくないが、

彼女わたしのことを知らない。

最初から勝負になっていないのに、強すぎるプライドと折り合いをつけられずに独り相撲をしているだけの間抜けが、つまりなのだ

少し話を変える。

わたし彼女が設置している匿名感想ツールに、よくコメントを入れる。

お題箱や質問箱やマシュマロなんかの匿名ツールというのは、一人のファンの連投によって、無数の信者存在作家幻視させることが可能ツールだと私は思っている。

そして私も書き手の端くれだからアマチュア作家が言われて嬉しいこと、作家が読者から訊かれたいこと、そういうのはだいたい分かる。理想的匿名コメントというものを作り出せる自負もあった。

からわたしは、匿名メッセージから彼女純粋信者を装い何通ものコメントを送った。

あるとき彼女作品のおかげでこのジャンルCPにハマった新規ファン

あるときは昔から彼女作品を追い続けてきた古参ファンにもなった。

それから創作ルーツについての質問や、彼女作品にだけ感じる唯一無二の個性、工夫された演出や、タイトルと内容のリンク、読者に気づいてほしいであろう描写や箇所を、

すべて小出しで拾って「ちゃんと届きましたよ」と都度、読者からのアンサーを返してやった。

おおよそ作家が喜びそうな意見を私はいくつも彼女に送った。

それらすべてが私一人からの打算のコメントであることを知らずに、たくさんのファンに向けて何度も「ありがとうございます!」「そんなふうに言ってもらえて嬉しいです…」と答える彼女を見て、せめてもの優越に浸りたかった。

私は一度だけ、その匿名ツールからさりげなく小説を書くのは好きか」と彼女に訊いたことがある。

彼女は迷いなく、書くのが好きだと答えた。

うまく書けなくても、理想に届かなくて悔しくても、書くのが楽しいから書いてしまうし、きっとこれからも書き続ける。そう言った。

この模範回答にも私は打ちのめされ、嫉妬で頭が燃えそうになった。

彼女小説を愛し、小説からも愛されていることを知り、心の底から彼女を憎たらしく思った。

私はちがう。手段として書きたいと思うことはあっても、書くことが好きだと感じたことはない。むしろ書くことはつらいことだ。

書くという行為こちらに寄り添ってくることはなく、「自分は息をするようにこれから小説を書き続けるだろう」と根拠なく信じることなんかとても出来ない。

なのに彼女は書くことが好きだと言い、創作を信じ、私にはとうてい書けない小説を楽しみながら書いてみせる。まるで物語主人公だ。

大きく差が開いていく感覚を味わいながら私はまた彼女作品を読みにいって、私より劣っている要素をあげて安心しようとするけれど、

そのたび私よりも優っているところばかりに目がいって結局、コントロールできない感情けが重くなってどうしようもなくなる。

私がこれほど彼女作品を読み返しては否定と肯定に挟まれて息苦しくなっているというのに、とうの彼女は私の存在も、作品も知らない。

彼女ツイッターなどで、良いと思った作品は気軽に共有し、前向きにその感想を述べる(こういうところも、卑屈な私とはちがう)。

私の作品は一度も彼女に拾われたことがない。

私は彼女ブクマ作品も定期的にチェックするが、いつ見ても彼女ブクマ一覧に私の作品があがることはない。

彼女わたし作品を読まない。

しかすると、同じジャンルいるか名前くらいは目にしたことがあるのかもしれないけど……でも多分、彼女にとって私の名前などは、意識に留まることもないつまらない文字列にすぎないんだろう。

それでも、「私を知って!」とこちから声をあげることはできない。

だって彼女はいちども、私に「わたしを見て!」と言ったことはないから。

やっぱり心では、わたし彼女に認められたいのだ。

私を圧倒していった彼女という存在に近づきたくて、対等になりたくて、私を見つけてほしい、知ってほしい、認めてほしいという気持ち根底にある。

そして思いどおりになってくれない彼女のことを、恨めしく感じている。

……なんて言い方をしてしまうと誤解を生みそうだが、この心理は『だから本当はあなたが好きなの』と言えるような可愛いもんじゃない。

好きと嫌いは裏表だとか、そんな収まりのいいものでも決してない。

きじゃない。言い切れる。嫌いだ。大嫌い。

彼女が「スランプで書けない」と思い悩む発言をすれば私は「やった」と思うし、

逆に、今は筆がのっている、書きたかったものが書けていると満足する様子を見せられると、焦燥を感じる。

途中まで書いていた話がどうしても気に入らなくてボツにしたと嘆く彼女を見て、一歩前に出たような気になって嬉しくなった。

彼女作品ブックマーク数が増えていくのを確認するたびつまらない気持ちになって、

私以外のだれかが彼女に送った匿名メッセージの絶賛コメントを見ると、そのすべてを否定したくなって腹が立った。

創作に関するマイナス感情ネガティブ思考で落ち込んでいる彼女を知れば、いつまでもそうしていればいいと胸のすく思いがする。

これが嫌い以外の何だというのだ。嫌いでなければこんな悪意は生まれない。

いっそ、彼女作品がなくなればいいのにと思う。でも作品を消されるのは嫌だ。

彼女にどこかにいなくなってほしいとも思うが、私の追えなくなるところに消えることはしないでほしい。

もう無茶苦茶だ。

そんなに嫌なら見なければいいのに…と呆れる(あるいは唾棄する)意見一般的で、健康なのは分かっている。

だけど、こういう執着をそれでも続けてしまう人はむしろ、現状から楽になりたいからこそ、原因となるものを断ち切れないんじゃないかと私は思う。

わたし彼女の才能を認められずに、必死になって彼女を妬んでいる。それはひどく不様で惨めなことだ。自分が惨めであることを自覚しながら生きるのはつらい。

からその〝原因〟を自分の中で貶めることで、少しでも惨めさをやわらげて救われたい。貶める要素を見つけるために彼女言動を追いかける。

楽になりたくて、楽じゃない感情にせっせと薪をくべている。

ほんと馬鹿みたいだな。

分かっていてやめられないんだから救いもない。

きっと私が彼女に正面から偽りなく本心を伝えるか、彼女から好きだと告げられることが、私の思いえがく理想のゴールなんだろう。

いや、本音後者のほうか。

彼女から好きだと熱烈な告白を受け、抱擁でもされようものなら、その瞬間に私の中にわだかまっているぐちゃぐちゃが全てすがすがしいものに変わる気がする。

そのとき私を満たす思いは、『勝った』という勝利の喜びだろうか。分からない。想像がつかない。

何にせよ、そんな日はどうせ来やしない。昨日も今日明日も、彼女は私を嫌うことすらしない。

すべてがむなしいまま、なにも変わらず続いていくだけだ。

彼女は今年、とある同人イベントに出る。

めったにオフ活動をしない彼女の、それが当面の、最後になるかもしれないイベント参加なのだそうだ。

そのイベントに足を運んで、彼女の姿を一目、この目で確認してみようか。

私はずっと、それを迷っている。

2018-09-23

全部この暑かった夏のせいにしたい

大学卒業後、ソフトウェアエンジニアとして数年働いてきた。

特にここ数年は、仕事も順調。

休みの日も触れたことのない技術を触ってみたり、知り合いとご飯を食べたり、充実した日々を送っていた。

だが、その糸は唐突にぷつんと切れてしまう。

やる気が出なくなってしまったのだ。

正直、この年齢にしては色々なことをやってきたと思う。

これ以上のないチャンスと幸せを噛み締めて生きてきた。

そうして、いよいよやることがなくなってしまった。

きっと一時的ものだろうと離れてみようと思っていたが、そもそも休日にやることがなかった。

そう、のめりこめる趣味がなかったのだ。

そうこうしているうちに出版社から執筆の依頼が来た。

本でも書けば気がまぎれると思った。休日にやることができたのだから

しかし、本の執筆というのは、人の心を蝕んでしまうことをこのときは知らなかった。

一週間やれば終わるものではない。数ヶ月は心の片隅に本を書くことを置いておく必要があった。

休日せっかく予定が入っても本のことが頭から離れない。

出版社から出る本となると、読んでくれる人のことを想起せざるを得ない。

ようはプレッシャーになるのだ。

プレッシャーは、時に筆を進めるための起爆剤となるが、弱ってる人間に対してはまったくの逆効果だった。

本を書いている間もSNSを眺めて、各々が趣味に打ち込む様子を見てきた。

楽しそう。

そうして、筆を止め、友人と遊びに出かけたこともあった。

友人と遊ぶのは本当に楽しかった。

しかし、この人は、休みの日はこんな楽しそうにしているのかと思うと、自分は友人を楽しませられているのか、なぜこの友人のように過ごせないのかと自分貶めるような思考に至ることもあった。

その友人は人に好かれるので、常に人が周りにいた。

ご飯に誘っても、先に誘いがあるからと断られるようなこともよくあった。

一方自分の周りには、会うたびにすごいと言ってくる人たちはいたが、心から友達と言える存在は数えるほどしかいなかった。

「すごい」という言葉は、相手との距離を取る言葉だ。

「私とは釣り合わないですが、すごくできる方なんですね」と聞こえてくる。疲れる。

それを聞いてしまうと、一緒には過ごせないと思ってしまう。こんな思考から友達も少ないのだろう。

友人はそんなこと気にもせずに自分と関わってくれる。とてもシンプルだ。楽しければそれでいい、と。

話を聞いていてもいつも面白い

自分の知らない世界をたくさん知っていた。お金を払ってでも知り得ないような世界だった。

自分純粋に新しい技術に触れているときは楽しかった。

きっとこれから技術者として、新しい技術に触れたり、とき自分が生み出すのだろうとキラキラしていた。

でも、もうその光は自分からは失われつつある。

ある人に言われた。それは自己満足からだよ。と。

そうして合点がいった。

あぁ、自分がこれまでやってきたことは自己満足だと。

そして自分がほしかったのは承認欲求だったと。

人にちやほやされたかった。

でも、今はそうじゃない。

こんなこと書いてる自分に対して、

「ほんとお前はしょうがないやつだなぁ」「休み付き合ってあげるから楽しいことしようぜ」

といってくれる友達がほしい。

私が誘う側ではなく、誘ってほしい。

新しいところに飛び込んでみたい、でもそんな元気はないのだ。

いや、あのちやほやされている友人が、そんな自分に気づいて、そう言ってほしいんだ。

そうこうしているうちに、技術へのモチベーションを取り戻して、色々触れたいし、還元したい。

この夏は、そういうことを考えさせる程度には暑かった。つらかった。

先の未来に、何かい趣味が見つかるように。

もしこの増田を読んでる方々のまわりにこういう人間がいたら、面倒かもしれないがどうか構ってあげてほしい。

たった一言声をかけてもらえるだけで、きっとその人は報われると思う。

2018-09-18

左翼人権大事にしているような風潮

嘘だよね。

連中が大事にしてるのは外国人人権だけ。

日本人言論を縛るための法律を作り(日本人に対してのものスルー)、

日本人言論威圧するために釘バットを持った写真をアップし(しか反社勢力とともに)、

日本議会の進行を遅らせるために議会ボイコットしたり証拠もない「事件」を追及したりして日本人参政権貶める

これらすべて「人権」の名のもとに行われてるが、俺たち日本人の「人権」はどこに行ったんだ?

2018-09-16

anond:20180915175012

嫌いだから難癖つけてたんだけどそれの何が悪いん?

好きか嫌いで語れってんだろ?語ってるよ、嫌いだから貶める為に真偽に関係なく貶める

2018-09-14

若ゲのいたりor遠藤雅伸氏が叩かれる理由が、やっぱり分からん

https://anond.hatelabo.jp/20180913172917元増田です。

こういうのに名前つかないの?( https://anond.hatelabo.jp/20180913211909 )が総合人気エントリーに入ってて、なんで自分のが…ってちょっと思ったけど、
それとは別に、一通り増田やその言及ブクマコメントを読んでたけど、やっぱり今回の内容(田中圭一氏、遠藤雅伸氏それぞれで)がそこまで叩かれる理由が分からなかった。

事前に明言しますが、飽くまで『日記』です。また、個別id記載しますが、この文章に置いて特定の誰か/何かを貶める意図は、一切ありません。

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http://b.hatena.ne.jp/entry/news.denfaminicogamer.jp/manga/180913

id:moons この連載については脳内で「歴史秘話ヒストリア」と同じ箱に入れてる

id:hitac このシリーズ、大した取材もしないで当事者の一部へのインタビューだけで構成されてるからあんまり鵜呑みにしないほうがいいと思う。田中圭一なのになんの毒もないし。

id:kingworld日本人は○○」で急に胡散臭くなって残念…。ゲーム企画書の1本目は超おもしろかった http://news.denfaminicogamer.jp/projectbook/xevious

id:syunzone 回を増すごとに悪い意味での胡散臭さが増していく感じ

複数

はい、そうですか』としか言いようないコメントなのに、何でスターが着くんだろう。特に言及はなし。せめて、これらの考えに至った具体的な経緯が知りたい。

id:straychef こんにちわマイコンは違うしAppleIIも違うだろう ゼビウス特別感はなくもないがそれ以前からの流れの1つでしかない この3つの中なら最も影響はあっただろうけど強引に選ぶなら他の2つよりマシなだけ

漫画の中で描かれているように『取材したクリエーターが言っていたこと』であって、『万人がそうである』という話ではないような。

id:ytRino 田中圭一抜きにしても内容ひどすぎる ナラティブ世界初ってアホか

アホか、っていうくらいなら、それ以前の作品例を認識してるうえでのコメントだと思うけれど、なんで例示しないだろう。

id:honseiri 過去の美化、ネトウヨうつ病模倣相互に密接に関係しているという例。本来美しくもない過去を、無理に正当化するからネトウヨになる。真面目だからうつ病になる。規範から外れない神経質さが、模倣に行き着く。

漫画のどこを読めば、こんな結論になるんだろうか…。

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長すぎるのか、登録できないのでここで中断

続き: https://anond.hatelabo.jp/20180914223920

2018-09-13

知的であるかどうかは、五つの態度でわかる。

共有しとくぞ

■ 一つ目は、異なる意見に対する態度

知的な人は異なる意見尊重するが、そうでない人は異なる意見を「自分への攻撃」とみなす

二つ目は、自分の知らないことに対する態度

知的な人は、わからないことがあることを喜び、怖れない。また、それについて学ぼうする。そうでない人はわからないことがあることを恥だと思う。その結果、それを隠し学ばない

■ 三つ目は、人に物を教えるときの態度

知的な人は、教えるためには自分に「教える力」がなくてはいけない、と思っている。そうでない人は、教えるためには相手に「理解する力」がなくてはいけない、と思っている

■ 四つ目は、知識に関する態度

知的な人は、損得抜きに知識尊重する。そうでない人は、「何のために知識を得るのか」がはっきりしなければ知識を得ようとしない上、役に立たない知識蔑視する

■ 五つ目は、人を批判するときの態度

知的な人は、「相手の持っている知恵を高めるための批判」をする。そうでない人は、「相手の持っている知恵を貶めるための批判」をする。



cloq ググったらうさん臭そうなブロガー出所不明な伝聞話だった。なんでいまごろ増田コピペしようと思った?

お前のその毒にも薬にもならんクソブコメよりためになるからだよ

 
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