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はてなキーワード: 優等生とは

2022-05-21

バイデンさんちっす

この1年は国際政治的にはかなり優等生大統領だったなあ

2022-05-20

[]11日目

今日は邦キチを読みながらショーシャンクの空にを見ていた。

刑務所の中で作り出される独特の価値観、その中で「マジメ君」として通っていたお爺ちゃんが遂にその世界に……!

だが、その結末は……。

私はこれにエコーチェンバーの中で「優等生」をやっていた人達がお外に出たあとの姿を重ねてしままする。

お前ばはてなにも独特な世界の中でベテランとして君臨してその経験を外で活かすぞと意気込んでいた人達がおりましたね。

ショーシャンクの空にが描く人生の教訓はインターネットコミュニティという電子牢獄の中でも同じだったわけでありまする。

みんなもああならないうちにこの落書きまみれの便所からウンチまみれになりながらでも脱出したほうで良いでござりまするよ。

2022-05-17

嘘をつきすぎて本当の気持ちを誰にも言ったことがないという話

別にかっこいい理由があるわけではなくて、理由は単にプライドが高すぎて他人に弱みを見せたくなかったり、少しでもいい顔をしたいから。

誰でもそんなもんなのかもしれないけど、もう今日なんか全部無理になっちゃったのでここに吐き出そうと思う。

これまではネットでも嘘ばっかりついてたけど、なんか今日は全部言える気がする。

別に誰に見せたいわけでもないけど、誰にも見せないことにも耐えられないので公開する。

全部本当のこと言いますって言ってるくせに匿名なのはダサすぎて笑えるけどダサいのでしょうがない。特定されたくないけど今日くらいは嘘はつきたくないので、ぜんぶ本当のことだけを書くことにする。

自分がなんで嘘ばっかりつきはじめるようになったんかな~っていっつも考える。

結局答えは出なくて、生まれ持っての性格?とか、環境?とかわからん

原因ぽいのは、まず新興宗教

まれときから信者だった。母親祖母が主な信者

せっかくなのでどんな宗教なのかをご紹介。

なんか世界平和祈り他者のために生きようみたいなやつ。

その家につながる因縁を消そう!みたいなノリで護摩(火を焚いてそこにいろいろ投げ入れて燃やす字面草)と、施餓鬼先祖の供養。コメとか水を注いでやると喜ぶらしい。ちょろくて草)

教祖様一家への「感謝」(献金)も重要

あと、接心というカウンセリング的な占い的なやつを定期的にやってた。

さてさて、母親祖母がメイン信者っていいましたけど、ちなみに祖母は現役、母親もたぶんそう。

母親父親離婚してて、祖母祖父離婚してる。祖父離婚後死亡。

なんか知らないけど母親祖母はまじで仲が悪い。

母親祖母悪口吹き込まれて育ったので自分あんまというか結構祖母のこと嫌い。

世界平和にする前に家の中平和にしてくれや。頼むよ。

そんなわけで、とりあえず小さいときから自分精舎(しょうじゃ、教団施設)によく連れられていっていた。

読経真剣にやってたし、教祖様一家と現ご当主様のお話や、他の信者の私は救われましたああエピソード披露会も真剣に聞いてた。

そこで正座しすぎてたせいで膝壊した。さすがに草。薬師如来信仰対象に入ってたはずなんだが。なんとかしてくれや。

そんで精舎にいる祖母友達かにはすごいちやほやされてた。

若いのにすごいねえ!!」「遊びたいだろうにすごいねえ!!」「えらいねえ!!」「徳を積んでるねえ!!」みたいな。

たぶんここで自分特別だあというプライド自尊心が育ったんじゃないかな。他人のせいでごめんな。でもしゃーないよな。いいじゃん。ほんとに仏がいるんなら助けてくれ。

でもそれはちょいと違うね。精舎しか行くとこねえんだよ。

保育園幼稚園(厳密にいうと保育園中退理由不明ちなこ伏線な。)も卒業してねえし。

友達いねえんだよ。同世代との遊び方がわかんないんだよ。

精舎でおばあちゃんとおばさんたちにちやほやされて育ったから、同世代と話せないんだよ。

そう、友達がいない。

今も、昔も。いや、昔はちょっとだけいたな。でもあれ友達かな?怪しい。今は話を送り付けることができるやつは一人だけいる。そいつあん友達多くねえけど、自分よりはいる。

それ以外本当にいない。ご飯行こうよっていえる友達、なし。

たぶん葬式に来てくれるやつもいねえんだよな。情けないねえ。

中学とか高校の時はさ、強制的交流させられるイベントがあったからそこそこ友達ぽい人はいた。

でもプライド自尊心邪魔して、本気で話せる人は一人もいなかった(今もいない)。

なんなんだろう。同世代と会うと、なんか自分キャラを設定しないと話せない。いじられキャラとか頭いいキャラとか、金がないキャラとかな。

そんなんみんな見抜くよな。

嘘つくやつと仲良くなりたいやつなんていない。しか自分自分以外の世の中のすべてを馬鹿にしてた。(今もしてる。)

さあそんなやつがいたらどうなる?そうだよなあ。いじめられる。いじめられた。

まずこれは小学生から。小2のとき腹パンされたことを今でも覚えてる。なんでかはわからん

Wくんという子だった。Wくんはスポーツがよくできてみんなの人気者タイプだった。

なんか先生ため口でいけるタイプ

自分は、小学生ときから今に至るまで優等生、というか権威者に弱い。

先生ため口なんてありえなかったし、廊下は走っちゃだめだよと注意とかをするタイプであった。いやうざすぎて草だね。

とにかく、W君に腹パンされたことを覚えている。

あと小4のとき裁縫箱でK君に頭を殴られた。今でも覚えているのすごいな。

あとは小6のとき、N君にズボンを下ろされた。これは卒業式の練習の時。N君見てるか~??

N君は転校生。目立ちたがり屋。好きな子と付き合ってるって家では嘘ついてた。前の学校はいじめられてたらしい。だからか?

ちなこつんちは某新興宗教学会信者。以上、まだ仲がよかったときのお泊りで判明。

あれ、意外と共通点いか?そんなことねえか?

ここまでは序章。問題中学よ。

中学でもいじめられた。最初はなんかヤンキーに殴られた。不登校になりかけて、親に無理やり学校に連れてかれた。

担任のおばさんはなんもしてくれんかった。大人を信じちゃいけねえなあって思うようになった。

今思えばしょうがないよな。生徒の一人一人に向き合うなんて無理だよ。面談で話聞いてくれただけ感謝だ。ありがとう感謝。シェイシェイ。つまらいね

まじで本当に学校行くの嫌だったけど、行かないと母親に行くように言われるし、母子家庭だったか心配をかけたくなかった。

あぶねえ。嘘ついてた。

心配をかけたくないわけじゃない。母親心配されるのが嫌だった。

母親はすげえ馬鹿非正規仕事をしてたから、そんな母親心配されるまでもなく、自分ちゃんとやってるんだって言いたくて、しょうがねえから学校に行ってた。結局皆勤賞。えらい。

どうしても行きたくない日もあって、前日の夜とか布団の中で泣いてた。新興宗教教祖様に心から祈りを捧げ、心の中でお経を読んで夜を明かした。

学校について、校門に入る前は「教祖様今日も守ってください」

校門から昇降口までは「いじめっ子に会いませんように。教祖様。」

昇降口から教室までは、「今日はみんなと仲良くできますように。教祖様

今考えるとピュアすぎる。もち今は信じてないよ、安心してください

さあさあさあ。

いじめはどう終わったかというと、終わりはしなかったんだけど(卒業まで、いじめっ子に会うと首絞められたりしてた。クレイジーやな)

やり返すようになったらあんまりしなくなった。

ピュアだった自分は、「教祖様のおかげ・・・?」と感謝し、信仰を深めていった。ピュアだ。いい子すぎる。

彼女もできた。(ちな自分は男。普段一人称は俺だけど俺っていうのあんまりきじゃないし僕っていうのは有り余る自尊心表現しきれないか自分て呼ぶね。)

でもいくらなんでもブスすぎたのでふった。最低だね。

なんか中学最後の時に一人の女の子のこと好きになって告白しようかなって思ったけど同じクラスバスケ部のやつのことが好きらしいと聞いて断念した。バスケ部ってモテるよね。なんで?バカみてえな玉つきクラブなのになんで?

あとサッカー部モテるのも謎。球蹴りクラブなのにモテてるのほんと草。

こういうふうに、ぼくは人のことをすぐ見下す。

特に勉強は人並み以上にできた(というか中学ときは学年1位やった)ので、バカは嫌いだった。

親もバカなんで親もバカにしてた。

でも勉強ができたのは別に勉強が好きだったからではなくて、あくまでなんかできただけ。

勉強するの好きじゃなくて、受験勉強もしてない。でもなんかできたんでそこそこの高校に行った。偏差値60くらい。中途半端高校だった。

今もバカは嫌い。というかバカを見下している。世の中のすべての人を見下している。

最悪だなあ。

眠くなってきたよ。お酒を飲んだからかな。また明日続きを書こう。

明日大学の授業が1限から4限まであるんだけど、(ちな大学生)

だるいし一緒に受ける友達いないから行かない。テスト前になんとかなるでしょ。オナニーして寝よう。おやすみ

2022-05-08

anond:20220508011053

から社会的イメージ()とやらを大事にしたい企業からスポンサー受ける必要なんてないって書いただろw

ほんと人の話理解できないんだなwお育ちがよろしく遊ばれていらっしゃるのに残念ですねーw

お前みたいな育ちがいいだけで低能人間正義感や真面目ぶって優等生ムーブするのはクソうぜーんだよ

失せろ

2022-05-07

anond:20220503175511

この話題でさあ、「じゃあこれからは、プロゲーマー普段生活から行方正な言葉遣いにする必要があるし、視聴者とかゲームプレイヤー自分言葉遣いをよくし、またインフルエンサー過激言葉遣い面白がらないようにするのが大事」みたいなことを大真面目に言う人いるけど、ヤバすぎるよな。

文化清浄化作戦じゃねーか。

あのな、口が悪く、ガラが悪く、頭が悪く、アウトドアよりインドア派で、それでも生きてる人間達が楽しめてるのがゲームだったりするんだよ。

ハイソインテリな皆様とは違う、ゲス民度の低い会話が飛び交っておりますが、でも薄汚れたそこは大事コミュニティであり文化なんだよ。

死ねとかキモとか雑魚とかが飛び交う、そんな泥沼でだけ呼吸できて救われるやつがいるんだよ。

「でもそれがネットで有名になるからにはキチンとしなきゃ」だって

いや違うだろ。

薄汚れてはいるが誰かにとっては救いになるゲーム友達が作れなかったようなやつでも、ネットの発展によって、地方済みとか引きこもったままでも、そういうプレイヤー文化に混じれるようになったんだ。

情報リテラシーがなくて個人配信者を見つけられなかったやつにとっても、プロになって知名度上げて活動してくれるのは助かるんだ。

それを「有名になるからプロから」なんて清浄化しようとするのはやめてくれよな。


もちろんゲームの魅力は、ガラの悪さや野蛮さだけではない。

から別に行方正なプロゲーマーとか、優等生配信者とかが出てくるなら、それは全然問題ない。

どんどんやってくれ。

だが、口が悪くてガラが悪くて差別的でそれでも人気のあるプロゲーマー配信だって、それはそういうものしか馴染めない全国の少年少女おっさんおばさんのメシアになってんだからそいつらはそいつらで堂々と活動させてくれよ。

大昔のロックンローラーがファックと叫んだりギターを燃やすのを見る時にだけ救われたやつ、人が死ぬ小説を読んでる時だけ救われたやつ、そして配信者が不道徳ジャーゴンでふざけてるのを楽しんでる時だけ救われるやつがいるんだ。


TheHabanero 2022/05/07

プライベートで「ガイジ」「(罵倒としての)障害者」「身長cm未満は人権なし」みたいなこと言ったことないし言ってる人間も周りにいないが、ゲーム界隈はそういうことを日常的に発する連中の集まりってこと?

ゲーム界隈全体ではないがゲームストリーマーの一部はそうである。そしてそれは何も悪くない。そいつらも、そういう発言を楽しむ奴らも、そうならざるをえなくてそうなったんだから、そのコミュニティ文化肯定すべきだ。

2022-05-02

anond:20220502100019

途上国優等生20年前の日本に来ていたように、日本優等生外国教育を受ければ良いのでは

日本もそのうち途上国腐敗国家のように金で学歴を買う場所になって対外的学歴が信用されなくなる

2022-04-29

円安でも俺だけは対策してたか大丈夫!みたいな

でも他の日本全体がボロボロなっちゃった

田舎金持ちとか底辺校優等生みたいな感じで

外国中流層のほうがイイ暮らしシテね?ってならね?

2022-04-27

anond:20220427162836

シンプル日本大学民間に基礎研究する予算が無いからだろ

成績上位者は潤沢予算研究できる米中で研究者になる

外国でやれない程度の優等生公務員になる

結果的研究者になる人はワクチンを作れないレベルの人しか居ない

2022-04-25

ワッシュには人の心とかないんか?

https://twitter.com/washburn1975/status/1514173583857451011

たぶんこの「優等生学校風紀委員」てのも現実のものじゃなく学園アニメかなんかを基にして考えてるんだろうな。一から十まで妄想だけで出来上がってる。結構長いことネットで見てる名前から、それなりの年代になってるはずなんだけどな。どんな生活してきたらこうなるんだろう。

なんてひどいことを言うんだ。こいつが大学の時に2chでさんざん自分容姿をいじられてコンプレックスを抱え、大学卒業した後就職に失敗して青果売りをやってるブラック企業しか就職先がなく、あっさり会社にすりつぶされそのあと10年間ずっと無職ニートであることは古参はてなユーザーであるワッシュなら当然知ってるはずなのに。知ってて「どんな生活してきたらこうなるんだ」という揶揄をしたのだとしたら性格が悪すぎる。

https://anond.hatelabo.jp/20121209083635

https://anond.hatelabo.jp/20140704171301

人には言ってはいけないことというのがあるんだぞ。「こいつは風紀委員にとりしまられてた劣等生がそのまんま大人になった感じだから」とかそういうことを言ったらもう戦争だろうが。

俺、すごいことに気づいたかもしれない…。ツイフェミさんが作品の内容に関わらず、「胸の見え方」「スカートの丈」「男女比」「年齢」「男性の性欲を刺激してないかどうか」をチェックしてるけど…これ、よく考えたら同じことしてるのは【昭和中学高校ブラック校則を守らせてる教師】じゃん…これに気づいた途端に、「ツイフェミさんって、逆に優等生学校風紀委員がそのまんま大人になった感じだから模範的な行動とか、権力のある人間がすることのイメージが、昭和学校で止まってる??」みたいなことに気づいてしまったんです。事実知識人と呼ばれる職業の人は多いし…

2022-04-20

anond:20220419224757

地方公立進学校藩校から旧制一中を経て新制高校になったような学校)だと、優等生はだいたい旧帝大地方医学部を狙っている。一握りのトップ層が東大京大あたり。でも東大京大医学部に行くようなやつはそもそも私立進学校に行くから公立には殆どいない。

anond:20220419140308

個人的御三家底辺層が秋からチョロっとやっただけで早慶受かる現象よりも

東大数人くらいのまあまあ進学校優等生番狂わせ早慶全滅する現象のほうが興味深い。

2022-04-19

anond:20220419221301

その校内で落ちこぼれというだけで、外に出したら基礎はだいたい習得してる優等生しかないっつー話ちゃうの?

2022-04-17

中学時代友達巨乳で、

しか爆乳といって良いほどに巨乳で、目のやり場に困ったものだ。

中学一年生の春、その友人とはとある運動部見学に行った時に出会った。彼女は薄暗い所に一人でちんまり体育座りしていたので、パッと見男子かと思ったがよく見たら女子だった。そのとき巨乳であるとか気にしていなかった。ひとの乳の大きさに別に興味がなかったので見過ごしたようだ。

正式に入部して、部活更衣室を使うようになった頃になって初めて、友人が巨乳であることが気になりだす。その前に、部活の先輩達が人前でも臆面なく服やユニフォームを脱ぎ着し、友達同士で乳やブラジャー品評会みたいな事をし合う様に、おののきそして呆れ、やがて自他の乳に関心を持たざるようになった感じだったと思う。

私と友人はたった二人だけの新入部員で、先輩達が着替えているときは、いつも部室の隅っこでぴったり体を寄せあって体育坐りしていた。場所は薄暗がりだが、日なたに香箱を作っている仲良し猫みたいなもんで。そして我々は、中1にもなってブラジャーを着けていない者仲間であり、先輩達が他人ブラジャーの肩紐を引っ張って悪ふざけをする、そのノリに巻き込まれるのが嫌で、胸をガードするように膝を抱えていたのだったりする。二人で、昨日見アニメの話とかをしていた。

その頃(今でも)私は貧乳だったのだが、それでもブラジャーなしで体操着を着れば胸というか乳首下着体操着の布越しにも目立っていた。かといって良識を持った同級生達は何も言って来なかったが、持たない奴はなんか色々言ってくる。入学当初はブラジャーを着けていない女子は少なくなく、だがやがて同級生の反応に泣かされたり、直接の被害を受けなくとも、自衛をするようになっていくようで、仲間の出方を窺いつつブラを装備するようになっていった。

たった一級上の部活の先輩達は、ブラを着けることも乳が大きくなることも屁でもないぜという様子で、ブラも制服の下に隠した小粋なお洒落みたいに楽しんで好きな色柄のものを着けていた。なのに、一年の私達は、体育の授業の前に女子更衣室で着替える時は、他人に見られないように隠しながらそそくさと着替える。この文化の違いみたいなのが謎だった。

夏が過ぎ、秋頃だろうか。ある日突然、母が「初めてのブラ」とかいう白くてダサいブラジャーを買ってきて、今日からこれを着けろ、寝るときもだと私に言い渡した。それ以前は、私がもう恥ずかしいからブラがほしいと訴えても、そんなもんはまだ子供には要らないとにべもなかったが、おそらく母の事なので、ママ友達との井戸端会議で感化されただけなんだろう。そういう訳で、私はレベル1の装備を図らずも手に入れてしまった。正直、先輩達が着けているような、水色のチェックとかピンクレース付きのようなのがよかったと思いつつ。

装備レベル1を初めて身に付けた頃も、私と巨乳の友人は部活で二人きりの一年生で、部室で着替える時は先輩がふざけながら着替えを終えるまで、隅っこに肩を寄せあって体育座りで待っていた。

そしていつものように座っていると、不意に友人が私の背中に手を回して、体操着シャツの上からブラの紐を引っ張り、パチンてした。

「なんだよこれ」

友人は相変わらず、豊満なボディと不釣り合いな男子みたいな顔でいう。

「そっちこそ、なんなんだよ」

と私は言い返す。なんだなんなんだよと言い合いながら、小突き合い始め、仔犬の兄弟がする喧嘩の真似事みたいになる。先輩達が、お前ら本当に仲良いよね、という。だが、先輩達がお互いにセクハラのし合いをして悪ふざけをしている様子ほど、なんか楽しさがないよなと私は思った。友人は、私よりもずっと乳がでかいのに、まだブラを着けていなかった。二人だけのノーブラ仲間から1抜けしてしまった事への罪悪感がじわじわとひどい。

友人は、ふざけて私の膝を枕にすることがよくあった。私も友人の肩に凭れかかることがあったが、膝枕は遠慮した。友人は乳だけではなく体全体がむちむちしており、膝枕の柔らかさはたぶん何か他のものの柔らかさを連想させるし、ていうか、膝にも頭を乗せればその何かがすぐ顔の目の前にぶら下がることになる。目のやり場がないどころの話ではない。

友人は顔が男の子みたいだが、言動も男みたいで、男以上に野蛮だった。私はわりと野生児だったので気が合い、友人とどつきあいなどをして遊んだ。そんなんだったが、ある日友人がこそっと言った。

「この間、本屋立ち読みしてたら痴漢に遭ったんだよねー」

私は驚き、

本屋痴漢が出るの!?

と言った。痴漢放課後のひとけのない道端に出るものだとばかり。だが、広々として客が常時うろついているような大衆向け書店の中にも痴漢は出るものらしい。しかも、狙われたのは友人。乳はでかいものの女らしい格好をてんでしないような、パッと見男子に見える中学生ターゲットになるとは。友人は背後から尻を触られたそうだ。そこか。はあ、世の中は私の知らないことばかり……と思った。

友人は部活サボりまくるようになってしまい、クラスも離れていたのでしばらく接点がなくなってしまった。

二年と三年は同じクラスだった。いつのから友人がブラを装備するようになったのか、記憶にない。いつの間にか、ノーブラ普通に過ごしている様子を見た男子達が「見た? あい乳首立ってるぜ」と忍び笑いをする所を見かけなくなった。

ブラ装備になったとはいえ、友人の巨乳の迫力がすごいことには変わりなく、同じクラスになったので、気軽に私の席に友人が遊びに来る分けだが、名前を呼ばれて顔を上げると、まず視界に入るのはその大迫力の乳だった。よく巨乳の人が「男はあたしじゃなくてあたしの乳に挨拶してくる」と言うが、友人の場合、私にまず友人の乳が挨拶してくるような状態だった。

地味にリアクションに困った。同性同士なのであまり気兼ねしなくても良いのかもしれないが、私が先にブラを装備したときはだいぶ気にして私のブラの肩紐を引っ張ってみたり服の上からホックを外すような悪戯しかけて来たような奴だ。そして、性格が勇ましくて乱暴な癖に痴漢に遭った時は驚いて一言も喋れず身動ぎもできなかったというし、痴漢遭遇頻度が私よりもずっと高いような奴だ。同性の気安さでなんか言ったりしたらどう思われるかわからない。そんな怖さがあった。それ以前に、私があんまりそういう方向性のおふざけをするのは好きじゃない。

でも、ぶっちゃけて言うと、いつも突然視界にばいんと入って来るあれに、ちょっと触ってみたいなという気持ちがあった。でも私も女子の端くれなので、乳がただの脂肪の塊ではない事を知っているので、触ったって思ったような感触はしないし、触られた方は痛いだけで楽しくもなんともないだろうと思った。巨乳を気にされていたら、どうリアクションして良いのか、わからないし。

修学旅行の夜、同室の皆が、こんな夜だし恋バナをしようとか言い出した。友人も同じ部屋だった。そんな事言われても、私はそういう話をするのは好きではなかった。だが、私は幼馴染の男子毎日時間を合わせて下校していて付き合っていると思われていたので、誰が好きとは問われなかった。ところが幼馴染を他のクラス女子が好いていた事もあり、私と幼馴染みの話はタブーに近い話題だった。それで難を逃れたと思ったら、友人がやおら私に聞いてきた。

「お前、男同士ってどう思うの?」

当時はボーイズラブという言葉はなく、ゲイというのも一般的ではなく、かといって軽々しく当時普遍的に使われていた差別用語ホモというのはうっすらと憚られた。でも「やおい同人誌がめちゃめちゃ流行っていた。中学生でもけっこう際どい同人誌を平気で買って読んでいた。友人はやおい同人誌ものすごい数コレクションしていたような手合いだ。私にも貸すといって頼んでもいないのに押し付けて来ることがよくあった。そんな奴が、何を改まって男同士の恋愛をどう思うのか聞いて来たのか、意味がわからない。

「いいんじゃね、お互いに好きなら」

そう答えたら、同室の全員が黄色い声をあげた。男同士だよーとか、太っ腹とか心広すぎでしょ、とか言われた。お前らだってしょっちゅう更衣室でこそこそ隠れてやおい同人誌読みまくってるじゃん、なんだよその優等生ぶりっこは! と腹が立ったので布団を頭から被って寝ることにした。友人が、

「そっかそっか、お前は男同士でも受け入れられるんだな」

と布団越しに話しかけてくるので、

「おー。美しければな」

なんて、偏狭な応えを返したら、友人は何もこたえなかった。

そんな友人だったが、十何年後かにSNS相互になったところ、実はバイなんだと誰にともなくタイムライン告白していた。昔、いきなり私に男同士はどう思う? と聞いて来たのとそれは関係があったりするのだろうか。それを問うのは、その乳触ってもいい? と聞くのと同等にタブーな気がする。今となっては生活環境が違いすぎて、SNS上でさえ滅多に話すことがない。

最近とあるエッチ漫画を読んだ。要の部分だけ言うと、主人公に対して同性でありながら長年片恋をしていた人がいて、色々あって念願叶ってセックスしようってなるんだけど、そいつ経験がまるでないので、主人公に目隠しをして半裸に剥いたはいものの、次に何をしたら良いのかわからない。それで思いきって出た行動が、主人公の胸にぴとっと頬をくっつけて見ることだった。若干の羨ましさを感じるシーンだが、友人相手にこうはならんやろ、と自分に置き換えて想像してがっくりした。

皐月賞予想続き

anond:20220415202757

続きだよ

色々調べて考えた

そうするとねー、なんというかドウデュースが強いし結果残してる割に、関係者から評価がそこまで高くはないんだな、という感じはすごく伝わってくる

レースが上手な優等生から、荒削りな素質馬に勝てている、みたいな見方をされている?

まあ強い馬のひとつだよねー、みたいな扱いを感じる

関係者が1番意識してるのはダノンベルーガなんだな、というのは安田先生談話などからも感じる

ダノンベルーガ大目標はダービーだったので、皐月賞では余裕を残したかったらしいけど、馬に余裕がなくて仕上がってしまった、とのこと

これはまずいから今からでもなるべく余裕残るように、ではなくて、こうなったら皐月賞とるぞ、ってなってるかどうかだよね


アスクビクターモアはその点、挑戦者立場世代トップを迎え撃つ覚悟陣営が持ってた

中山ホームだし、コース適性はダントツである

騎手田辺中山巧者だし、この馬がG1を勝つとしたらここだろう、というのは思う



まあ、問題馬場だよ

中山の芝はいまは荒れていて、内が走りにくくなっている

今日レースみてても、内回り最後外に出してる

でも向正面まではポジション取らなきゃいけないからきっちり内をロスなく回っている

距離はロスを嫌って内で伸ばす馬もいたし、内は多少不利だけど、内では勝負できない、みたいなことはどうやらなさそう

しかし、外に出す方が馬場が良くなることを思うと、最終コーナーで大外回してもリターンがあるということで、最終コーナーは全員が殺到しそう

中山2000の内回りを18頭で走るので、やはり最終コーナーで少なくとも7、8番手くらいまでにはつけておきたいところ

多少外目でも、不利を受けにくい位置で半分より前につけれる馬が良さそう

そうなると外でも逃げるだろうし荒れ馬場も苦にしなさそうなデシエル

様子を見ながら進められる中心付近のドウドュース、ジャスティパレスあたりはよさそう

しかし、ダノンベルーガアスクビクターモアが重馬場を気にしないなら内をスパッとぶち抜けそう

枠で言えばやっぱり真ん中付近臨機応変にいくからいいよなあ、と言う感じはある

でもまあ、外枠に行ったジオグリフより外は、少し割引かなって気はしてる


で、結局どうなのと言われたらわからん

ある程度、連対する可能性がある馬で言えば、

やはりドウデュースアスクビクターモア、ジャスティパレスキラーアビリティ、デシエルト、ダノンベルーガ、イクイノックス、ジオグリフの8頭でほぼ決まるのでは?

オニャンコポン入れるかどうかですね

3着はほぼ全頭に可能性あるだろうから、買うなら全頭流ししかない

3連複3連単はよほど何か情報確信を持ってる人でない限り、あてるのはきつそう

じゃあ複勝単勝はと言うと、それも、こいつは必ず入る!みたいなのがいないのが難点

複勝が堅くないレース

そうなると買える馬券は限られている

多頭軸の馬連しか、絞ったワイド

絞り切れたらワイドだけど、絞れないか馬連を買おうかな

併用でもいいかもしれない

買う馬は上述のドウデュースアスクビクターモア、ジャスティパレスキラーアビリティ、デシエルト、ダノンベルーガ、イクイノックス、ジオグリフの8頭

軸はアスクビクターモア、ジャスティパレスキラーアビリティ、ドウデュースの4頭のうち1か2にしぼりたいよね

それでもまだガミが発生するのをどうするか

また直前まで考えます

2022-04-10

中学受験は大変だという、逆生存バイアス

よくTwitterを見ていると中学受験で辛い思いをした、貴重な遊びの時間勉強に充てて苦しい思いをした、というネガティブな話ばかり流れてくる。

生存バイアスの逆、というものはあるのだろうか、苦しい思いをした人の話ばかり流れてくるが、少しの才能があれば別に何も大変なものではない(ちょっとお金がかかるくらいである。)

個人としては、中学受験は全く苦労せずに地域トップ中学合格したし、そもそも地元公立中学に行きたくなかったし良いこと尽くしだった。

中学受験するより公立から優秀な公立高校行った方が大学受験良いよね〜なんて話も聞くが、そもそも大学受験目的中学受験をしていない。むしろ高校受験も無いか中学時代はずっと遊び呆けることが出来たし、内申なんてものも気にしなくてよかった。中学3年時点で下位20%くらいの順位だったが、国立医学部にも合格した。流石にずば抜けて優秀ではなかったので中堅どころだが…。

公立中の底辺を見てなくて価値観が歪む?

田舎のことを全く知らない都会の人が都会の公立中学を見て底辺を語るなら笑ってしまう。

なんてことを書いているとやっぱお前中学受験したせいで性格悪いじゃんと言われてしまうのでこの辺にして

ではそもそも中学受験するには本当に苦労して勉強づけの日々を過ごさないといけないのか?

そもそも中学受験をしてまともな中学に行く人間なんて、大抵小学校クラスじゃ1番のちっちゃな頃から優等生で、他の人が2時間かかる学校宿題を15分で終わらせられたじゃないか。その余った時間を余分な勉強に充てているだけだ。

週に何日か塾には通わないとは行けないが、他の人がサッカー習字ピアノ習い事をしている時間ちょっと塾に割かないといけなくなっただけだ。(もちろんそれらを習ったまま受験する人もいくらでもいるが。)

たまたま習い事選択肢として、Aちゃんピアノそろばん、Bくんは水泳習字、私は塾という選択をしただけである。今になってピアノを弾ける人カッコいいなあって思うけどね。

とは言っても、6年生になれば土日は潰れてゲームをする自由時間はたくさんあるもの友達と遊ぶ時間は中々確保出来ず、1年ほどは本腰をいれて勉強しなくてはならない。

ただここで勉強した分、高校受験する人が中学3年の時にたくさん勉強していたタイミングでひたすら遊び呆けていただけなのだ

中学受験は極論、受験タイミングが小6にあるか中3にあるかという違いでしかない。

受験科目に英語も無いし内容も複雑でないし、なんなら高校受験より楽だと言っても過言ではない。(いや、流石に過言だ。ただ高校受験における内申点かいゴミみたいな制度を聞くと、やはり過言ではないのでは…?)

失敗した時に浪人が出来ないのも同じだし、最悪失敗したら公立中学に行くという手がある中学受験と違って、高校受験は失敗したら詰んでしまわないのだろうか。二次募集高校に行くのと公立中学に行くのとでは流石に意味合いが違う。

私が「中学受験をしたんだ」と言うと、「そっか、大変だったんだね〜」と哀れみの目で見て、中学受験をせず大変な思いをしなかった自分肯定するのを辞めて欲しい。

だって大変な思いはしていない。

私の地域は違うのだが、関東などでは?私立中高一貫校は土曜日にも授業があるのが当たり前らしい。それで「大変だったんだね〜」と思うらしく、大学に入ってから大層驚いたのだが、それならば仕方ない。

anond:20220410000312

「いい子」からはみ出そうが、この人たちが自分内面に関心を寄せることはないのだ、と悟った私は、「じゃあ優等生でいた方が得じゃね?」という発想に至り、以後自立まで「聞き分けのいい子」で通した。

結果親のしたこ大正解で草

Aくん、キミはお墓に行こう

万引きをする子どもだった。

それなりに名前が知れていて、金銭的には全く困っていないであろう俳優アイドル万引きを繰り返していたというニュース報道された。

彼が出演していた特撮も楽しく視聴していて、ゆるい人間性含めふわっと好きだったので衝撃的だった。

そして、長年忘れていたけど、自分自身万引きを繰り返す子どもだったことを思い出した。

時期としては確か小学校2、3年のころ、関西のど田舎祖父母共働きの両親と暮らしていたときのことだ。

そのころスーパーへの食料品の買い出しは祖父母役割で、自分も車に乗せられ同行するのが常だった。

基本じっとしていられない子どもだった私は、カートを押して店内をまわる祖父母の元を離れ、お菓子売り場や文房具売り場をうろつくことが多かった。

そしてその際、私は誰にも気づかれず、何度もポケットに入るサイズお菓子文房具万引きした。

私の家は田舎にしては収入が安定した世帯であり、チョコでも飴でもかわいい消しゴムでも、「これ買って」と祖母のもとへ持っていけば、大概はすんなり買ってもらえた。

から、何かがほしくて万引きを始めたのでないことは確かだ。

今回真剣に思い起こしてみたけど、盗ったお菓子を食べたり、文房具を使った記憶は全くない。

また、そのころの私は「万引き」という言葉を既に知っており、それが犯罪にあたるという認識もあった。

警視庁24時」的な、顔にボカシがかかった万引き犯がGメンに取り押さえられる場面をテレビで何度も見ていた。

窃盗症」や「クレプトマニア」で検索すると、「監視の目をかいくぐるスリル病みつきになり…」といった記述散見されるが、そういう高揚感を得てもいなかったと思う。

ただ淡々と、万引きを繰り返していた。

私が万引きから得ていたものはなんだったんだろう?

今の私の語彙で言うなら、「やっぱり大人は私のことをちゃんと見ていない」ということを確認していたのだと思う。

私が生まれる前から続く父の不倫、父との関係破綻仕事にのめり込むことで見て見ぬふりをする母、破綻した夫婦に変わって「家」の役割を担う祖父母、早々に実家に見切りをつけ都会の大学に進学した兄、その全員が、私のことを「若干落ち着きがないが聞き分けの良いいい子=放っておいてもいい子」と認識していた。

たぶん万引きをするたび大人を嘲り失望しながら、いつか見たドラマのように万引きが発覚し両親が店に呼ばれ、母親に泣きながら「なんでこんなことをしたの!」と聞かれる展開をどこかで望んでいた。

そしたら私も泣きながら、「さみしい」「かまって」「口を聞いて」と主張できるのに。

書いていて改めて思うが、滅茶苦茶な理屈である

別に聞かれなくても「さみしい」と主張する権利ぐらいはそのころの私も有していたし、お店に迷惑をかけていい理由には全くもってなっていない。

結局、私の万引き癖は突然終わりを告げた。

たまたま休みの日に父が私をスーパーに連れて行くことがあり、調子に乗って小さいサイズ折り紙を盗った私は、不自然ポケットの膨らみを父に看破され、往復ビンタ等の激しいお叱りを受けたかである

その際「以前にもお菓子文房具を盗った」ことを白状し、父とともにスーパー謝罪をし、お年玉貯金から盗品に相当する額の弁償を行った。

子どものしたことですから」と謝罪を受け入れてくれた店長さんには、改めて本当に申し訳ない気持ちだ。

ちなみにこの過程で、「なんでそんなことをしたのか」とは家族の誰からもついぞ聞かれることがなかった。

「いい子」からはみ出そうが、この人たちが自分内面に関心を寄せることはないのだ、と悟った私は、「じゃあ優等生でいた方が得じゃね?」という発想に至り、以後自立まで「聞き分けのいい子」で通した。

その後、家族祖母の大病、両親の離婚再婚などを経て、見る影もなく離散している。

あのころ言えなかった「さみしい」は、心の隅っこの方にまだいる気がするが、別に家族に期待せずともそれなりの人生が送れることも学んだ。

クソ長い自分語りになったが、要は万引き、あるいはその他の嗜癖も、その時のその人に必要な、なんらかの役割を持っているか嗜癖になっている。

不器用な、笑顔の似合う、お菓子作りの得意な、彼にとって万引きとはなんなのだろう。

何か別の、社会的に認められている行動で代替可能だろうか。

彼はそういう道を歩めるだろうか。

歩んでほしい、と思う。

できればそれをゆるいファンとして見届けたい、それが許容される社会であってほしい、と思う。

自分もまだ社会の一員でいたいので。

2022-04-03

優しい男、大体結婚してる説

大阪大学の院を出てメーカー就職し、学生時代研究室の先輩(研究機関所属)と結婚した女だけど、周りの誠実でちょっとキモい男達は全員結婚した。女を見下したり無闇に手を出すことは基本なくて、穏やかでアニメが好きな優等生。案外楽器が上手だったり英語中国語が堪能で、だけどそれを自慢しないような人たち。

30過ぎて同窓会で再開したら、研究室の私の同級生(男5人、女2人)は皆結婚していた。お相手会社の同期(高給取り)や趣味を通して出会った人で、おおむね国公立大や優秀な私大関西に優秀な私大はないですが)を出ている穏やかな人。

世間的に聞くような上昇婚は全く観測できず、穏やかながら所謂パワーカップル誕生を知った。

ドロドロした婚活の話、奢らされた話、全然聞かなかった。大阪大理系はそういう人に相手にされないのか、それとも単に観測範囲が狭すぎたのかは知らないが、意外と世の中の結婚事情健全なのかもしれないと思った。

2022-03-31

修了しました

どうしてこんなことになったんだろう。ここ数年で何度も思ったことだ。

これは奇妙な巡り合わせで出会った私にそっくりの友人が大学卒業時に書いた文章の書き出しである。この鏡合わせの彼が書いた文章を何度も自分事のように反芻してきた私は今年大学院を出る。修了という立場に際して、私も少し自分語りをしてみようと思う。他人自分語りなど興味の無いという方もたくさんいるだろうから、そういう方はこの時点で引き返してほしい。思うままに書き殴っているので読みづらいし長いと思うが、それに我慢できる人だけ読んでもらえればと思う。

・生い立ち

私はごく普通環境で育ったと思っている。地方在住で金持ちでも貧乏でもない家で、両親は優しくて、友達もいた。小中学生のころの自分一言でいうと優等生気質だった。学校勉強はそこまで苦にしなかったし、危ないこともしなかった。先生の言うことには従っていたし、学級委員を務めたりするタイプ人間だった。強いて言えば両親が少し頑固だったくらいだ。

小学校では初めに陸上クラブに入った。運動は苦手かつ嫌いだったし、何よりブラスバンドのようなクラブがありそちらに入りたかった。父が無理にでも私を陸上クラブに入れたのは運動の楽しさを知ってほしかったのだと思っている。運動神経のいい父にしてみれば運動は娯楽だったのかもしれないが、運動神経が壊滅的な私にとっては純粋身体能力を問われる陸上は苦しかった。そのため5年生からブラスバンドやらせてくれと懇願した。タダで許してくれるはずもないので中学では運動部に入ると交換条件を付けた。5年生から始めたトランペットは本当に楽しくて練習した。6年生の途中からは1stトランペットを担うこともできた。

中学では周りの部員吹奏楽部に行くのを横目に約束通り運動部に入った。誤解のないように言っておくと別に部活動自体は楽しかった。ただ音楽から聞こえてくる音を聞くたびに自分もこの中にいたらどうだったろうと思うことは度々あった。中学では同学年内でいじめもあって、被害者ではなかったものの学年中を巻き込みつつも教師黙殺しているそれに優等生気取りの私は心を痛めたものだった。その頃の私はもっぱら公正世界仮説(当時この言葉は知らなかったが)の敬虔信者であり、親や先生にほめられている優等生自分はいつか報われるし、逆にいじめなんぞ加担している人間はその人間からどこかで破綻すると思っていた。

 高校は少し離れた進学校に入った。近隣の学校に行く人が多かったが、いじめの件もあり彼らと距離を置きたい気持ちも大きかった。流石にレベルの高い授業でもあったが、モラル教養を持った人が多く非常に楽しい生活を送った。高校部活軽音部と兼任しようかなと考えていたが、他方の顧問専任希望するような言い方をしたので諦めた。別に悪い人ではないと思うが、他人に機嫌を取らせるタイプ人間だった。高校では成績をぐんぐん落とした。周囲のレベルの高さもそうだが、私には2点の欠陥が見え始めていた。1つは努力中学生まであまり勉学に苦労しなかった私は勉強に労力をかける癖がなかったし。加えて苦手な運動は一向にできなかったし、好きな人アプローチしても付き合えなかったし、理論武装して親に頼み込んだことも結局許されなかったり、努力してできた経験と言えば自転車の補助輪を外すときくらいのものであったように思う。努力の数と成功体験の数なんて鶏と卵かもしれないが、努力をした経験もおそらく人よりは少なく、努力が実った経験もっと少ない人間だったように思う。もう1つは先天的能力限界である。これまでの自分は「丁寧に教えてもらえば理解ができる」という能力を有していたと思っている。中学生までの自分が苦労しなかったのもこれが原因だと思っている。しか高校3年生になると少しそれに陰りが見えているのを人知れず自覚していた。周囲の人間には見えていないようで、親や先生は褒めてくれるし、同級生から勉強ができるという認識をされていた。

 3年生になると嫌でも受験を考えなければならなくなる。私はどこに行って何をするのだろう。勉強は好きではない。高校では文芸部の本に部外から投稿してすごく評判が良かったし、文化祭の劇の脚本演出担当して最優秀賞を取れた。そのあたりの活動は楽しかったしクリエイティブなことがしたいかな、あと音楽。それとなく親に専門学校の打診してみたけど、4年制大学に行けといわれた。「いい大学に行けばいい企業に行けるからね」と言われてきていたし、親心としてはそんなもんだよねと理解した。自分としてもレールを外れることに恐怖はあったし、レールに従うことで周りと同じように大学に行って、就職して、結婚して子供を作って、今の家族のような生活が送れるならそれでいいと思っていたのでじゃあ普通大学に行くねとなった。

 問題になるのは何がやりたいかである。私がやりたいことって何だったんだろう。結局見つからなかった。そこで親がアドバイスをくれた。

「まだやりたいことが見つかっていないなら、ここに行けばいいんじゃない?」

親が指し示した大学は、入学時に専攻を決めなくてよいという特殊制度もつ大学だった。みなさん名前ぐらいはご存じの都内大学である。幸か不幸か、私にはそこを目指せるだけの能力はあった。

長くなったが、これが地獄の幕開けである

大学という場所

1浪しなんとか2年目で合格して大学1年目。はじめに学んだ格言がある。

大学では勉強サークル恋愛バイトのうち2つしかできない」

勉強は好きではないので、サークルバイトをやるんだろう、恋愛もあるのかななどと入学後の私は胸を躍らせていた。憧れのバンドサークルにも入った。周りは経験者なので食らいつこうと頑張った。大学から帰って仮眠を取り深夜の安いパック料金で明け方までスタジオ個人練、シャワーを浴びて大学へ。その生活をしていたら資金ショートした。親にバイト禁止されていたため練習交流のためのお金が足りず、実力もつかず人脈もできずにフェードアウトした。

 大学の授業はひどく不親切であった。大学レベルも相まって何をやっているのか理解できなかった。高校の時に疑問を持っていた内容が解決されるかと期待していたが、それらは大体1,2回目の講義解決してしまものか、もしくは深くがっつり専攻しないと理解できないようなもののどちらかで、学ぶモチベーションにはつながらなかった。教える側も教科書も「説明してはいる」「書いてはある」という感じで、高校までのようにわかやすくとはいかなかったから、「丁寧に教えてもらえば理解できる」タイプの私では太刀打ちできなかった。つまらないし時間無駄に思えて次第に講義休みがちになった。

 それでも、とりあえず大学を出れば何とかなると思っていた。ここで耐えている自分はきっと報われると思っていた。好きなもの大学で見つかればいいし、そうでなかったら高校までの勉強ができるから教師になればいい。これが1年目の私であった。

崩壊

 初めてショックを受けたのは成人式のことだった。新成人代表として何人かの陽キャ集団が壇上にあがった。式の前後に彼らと会ったがある人はバツが悪そうに私から目をそらし、ある人は肩を組んで話しかけてきた。どちらもいい気はしなかった。彼らはいじめの関係者である。なんで彼らの方が人生謳歌しているんだろうか。その時にふと思った。「結局彼らは世渡りがうまかったんだ」と。くだらない正義なんて捨ててその場で空気を読んで得なほうに回るっていうのが正解で、黙殺していた奴らもそうだったんだ、なんて自分は愚かだったのかと。そう考えてみると社会に明確な悪役はいなくて、したがって明確な正義存在しない。正義道徳立脚した自尊心のなんと脆いことかと思い知らされた。

 そして、もう一つ。親や教師というのもまた所詮人間だとこの年になって気づいた。この中の何人かが数年のうちに教師になって、親になる。はっきり言って話の通じない人だっているが、そんな人も年さえ取ればいつかは親や教師になりうる。だから黙殺した教師も、話の出来ない親もおかしくはない。じゃあ私が優等生してきた、私が正しさの根拠としてきたものは何だったんだろう。優等生であることを数字で示してくれるものは成績くらいしかない。世渡りが下手で運動などの技能も持たず、それでも私が公正世界仮説を信じてこれたのは、案外「勉強ができること」に依存していたのかもしれない。勉強しかできないやつだけど勉強ができるから何とかなる、そんな風に自分無能さを騙して生きていたのかもしれない。

 さらに拠り所の勉学さえ崩れ落ちた。留年が確定したのだ。受験でも足を引っ張った物理がとことん苦手で何も理解できなかった。2年目は学費負担を減らすべくバイトをさせてもらった。サークル活動事実上全部やめ、バイト勉強の日々が始まった。バイト先は学生が割と多かったため、みんなと仲良くなれた半面、繁忙期が重なった。私は試験前はむしろシフトが増加し、結果的に致命的な必修単位だけ落としてしまった。2留である。親に電話して事情説明した。単位くらい取れとストレートに怒られるかと思った。代わってあげる優しさを評価しつつもやりすぎだと注意されるかもとも思った。

あんた人にいいように使われてるだけでしょうが

人にやさしく優等生してきた自分生き方への批判自分が仲良くしている人たちへの非難ダブルパンチで頭に血が上った。怒りで何も言葉が出ずに何秒か無言の後電話を切って、壁を殴った。

数日すると気分が落ち込んできた。親はそれを「単位を落としたから」と解釈したようであるが、全く違う。私は他の人が当たり前のようにサークルバイト恋愛を掛け持ちして進級している中で、バイトしながら進級できなかった。私は当たり前のことすら満足にできない無能であると、薄々感じていた自分無能が隠せなくなってしまったのである

 3年目は再びバイト禁止した。クラスでの試験対策仕事もやり、その科目の勉強をしなければいけない状況を作った。サークルとしては冒頭の彼の紹介で新しいサークルに入った。サークルでできた友人とは本当に仲が良く、勉強を助けてもらったり、サークル関係なしに遊んだ大学での生活の基盤になった。助けてもらえる人も増え、自分学習するようになり、この年の上半期では単位の取得ができた。しかし、私が感じていたことは決してポジティブなことではなかった。私がこの年の経験でわかったことは「お前はやればできるが、環境サポートがあって自分勉強してもちゃんとできるのは2単位」ということである。私は2年で70単位以上取得する想定のカリキュラムを、半年で2単位しか取れない脳みそでやっている。無能すぎてもはや卒業が無理なのではないかと思った。

公正世界仮説評価軸としてきた大人たちへの信頼、自身の実力への評価の3つが音を立てて崩れて、この時私は確かに一度死んでしまった。このことに気づく前の自分に戻れなくなってしまった。中学いじめがらみで「死にたいけど死ぬ勇気もない」って言ったときに「死ぬのなんて勇気って言わねえ」って怒鳴りつけてくれた友人がいた。

・専攻決定

4年目にして2年生。この年は諸々の事情クラスから孤立した。喧嘩別れのようなものである。私としても仲良くする気はなかったので1人でどこまでできるかやってみようと思った。結果は惨敗だった。単位取得こそぎりぎりできたものの私はこの大学では人に寄生しないとやっていけないと気づかされた。

そして、4年前に選択先延ばしにしたツケの返済期限が来ていた。専攻の決定である。結局4年間でやりたいことは見つからなかった。勉強面白くないし、勉強以外の何かを思い切って始める余裕もなかった。教員になろうかとも思ったが、それもかなわないと思った。教職卒業単位には含まれないため、追加でいくつも講義を取る必要がある。通常のカリキュラムすらまともにできない私にそれは無理だろう。ちなみに私と同じく成績の芳しくなかった冒頭の彼は教職を志して単位を取得しに行ったが、弊学では満足に教職まで取り切れなかった。教職を目指した世界線の私もきっとこんなものだろうと思ってしまった。

理系科目はわからなかったので、唯一興味がわいた心理学を専攻しようと思った。しかし、成績が足りなくて進むことが絶望的だった。ここで初めて間違いに気が付いた。この大学システムは何をやりたいか不明瞭な人間を救済するシステムではなく、やりたいことや才能が複数ある人間選択肢を与えるシステムなのだと。私などがこの大学には来てはいけなかったんだと激しく後悔した。

このシステムでは通常、成績が足りなければ次の年に再挑戦することができる。しかし、私は4年目であったがために在学年限が迫っており、この年で専攻を決定しなければならなかった。そのため、当時人気の低かった化学を選んだ。化学は苦手で高校化学すらわからないが「とりあえず大学を出れば何とかなる」のであれば、と苦渋の選択をした。

実験異変

5年目、3年生。1限からの授業と週3回の実験があり、9時-18時のような生活になる。実験には予習とレポートがあるため、実際の拘束時間はこれより長い。何とか4月を乗り切ったところで、レポートを1つ残してしまった。GWに入ってレポートをやらなければと思って毎日机に向かおうとした。いや、向かったこともあった。だが、ペンを持っても何も書けない。そのまま時間が過ぎてごはん時になり席を外してご飯を食べる。そんな日が続いてGWの最終日、床にへたり込んで泣いた。書かなきゃいけないと思いつつも1文字も書けなかった。

 3年生の必修は実験だけだったので、他の単位犠牲にしてでも取ろうと考えた。1時間だけ講義を休んで...その1時間を何も書けずに終えた。これを繰り返してほぼ全ての講義を欠席した。次第にいろいろおかしくなっていった。頭痛もちでもないのに頭が痛みだした。文字が読めなくなり、教科書はおろかネットニュースくらいの簡単文章でも字が滑るようになった。1日にできることがゴミ出しと洗濯くらいになり、起きて寝る以外に食事、入浴、ソシャゲの周回くらいしかしてない生活になった。

 溜まりに溜まったレポート夏休み前に呼び出しを食らったことで、無理やり夏休みを使って消化した。歯を食いしばりながら全部消化したことは覚えているが、歯を食いしばればできたことがなぜここまでできなかったのかこの時は疑問だった。

 4年生になり、大学院へ進学することになったが、大学院の手続き入試勉強、足りなかった単位試験勉強などでタスクが溜まった瞬間、この症状は再発した。友人の勧めを受けて学生相談所に通うことになった。

能力環境

学生相談所のカウンセラーはいい人だった。いろいろお話をして気持ちは和らいだ。専門的なこととしてはWAISの検査を受けた。結果は処理速度だけが異様にへこんでいる格好になった。別に数値は低くないので大丈夫と言われたが、「問題の有無は環境によって決まりませんか?能力の高い人が集まる環境ではそれなりの能力要求されますよね?」という質問には満足のいく回答は得られなかった。

 親にも何度か愚痴を言ったことがある。そのたびに「あなた世間一般には優秀だから大丈夫」と返されるのである。何が大丈夫なんだろうか。”今の環境”が辛いと言っているのに”世間一般”という別の集団を持ち出して何の救いになるんだろうか。これ自体も言ってみたことがあるが「なんでそんなこと言うの」と言わんばかりの困惑した顔をするだけだったのでやめた。別に親以外でも同様のことを言う人はいる。世間一般評価邪魔をして、まともに助けを求めることすらままならない。内部の人間から見て無能で、外部の人間から見て有能な私は、共感を得られる対象がとても限られていて苦しかった。大学ブランドという呪いにかけられて苦しかった。

 やりたいことをやれていればよかったのだろうか。サークル作曲体験させてもらう機会があった。でも続かなかった。結局忙しいとかいろいろ言ってインプットから逃げている自分がいる。クリエイターにはなれなかっただろうなと思った。好きなことも頑張れない自分に「自分が勉学を頑張れなかったのは勉強が嫌いだからじゃない、努力が嫌いなんだ」という事実を突きつけられてまた悲しくなった。あれほどに信じてきた公正世界仮説は「お前が苦しいのはお前が間違ってきたからだ」と自分に牙をむき始めていた。

・進学と私

大学院へ進学することにした私だが、実は私は望んでいなかった。学部時代夜遅くまで研究に勤しむ先輩たちを見ていて「私にこれは無理だ」と実感していたかである研究への熱意はおろか、化学への意欲も知識もないのである。ただでさえ病む人が多く出る大学院という環境にこんな人間が行くのは自殺行為に他ならない。そのため、私は就職を強く希望した。しかし、親にそれを伝えると「今のお前に就職はできない」と言われた。就活を終えた今だから言えるが、これは正しかったように思う。議論は「就職はできないから進学しろ」「院でやっていけないか就職させろ」の平行線で、就職も進学もろくにできない無能をぼこぼこにリンチするだけで生産性はなく、結局「とりあえず進学はするがいつでも辞めてよい」という落としどころになった。

 私は院試に落ちるのが最適解だと思った。学力もないので真面目に受けても受からないだろう。院試を受けたけど落ちましたというのが親にも研究室にも一番角が立たない。しかし、筆記試験が思ったより点数が低かったのか通ってしまった。面接をすっぽかすことも考えたが、会場に研究室の先生方がいるかもしれないことを考えると気が引けた。面接では辞退の意思を伝えるつもりだった。面接官と私だけの秘密である。私は院試を受けて落ちたのだと周りに言えばよい。

 Permalink | 記事への反応(0) | 23:43

2022-03-30

anond:20220329074118

教育ママとかに強制されて優等生やってるのが天真爛漫な主人公にほだされて学歴の縛りから解放されるみたいなんよくあるやろ

2022-03-27

高所恐怖症のほんとにやばいところ

飛行機故障したらとか、

手すりが折れたらとか、崖が崩れたらとか、気圧の変化でスポッと吹き抜けの真ん中に吸い込まれたらとか、

ありもしない妄想ベース勝手に恐怖を増幅することも多い高所恐怖症だが、

1つ、起こり得る切実な問題がある。

怖すぎて足の力が抜けるから怖い連鎖、だ。

高所恐怖症人間は、これを長い上りエスカレーターとかでやる。

今ふらっと後ろに倒れたらやばい想像する→怖い→足が震える→本当に倒れそうで怖い→もっと足が震える→怖いいいいい

自分は、手の力は抜けないので、手すりに捕まってなんとか耐える。

ただこのとき、倒れてはいかん方に倒れるイメージけが増幅するんだよね。

もう、魅入られているかのように。

言いたいことがある。

バラエティ高所恐怖症を高いところに連れてくのやめて。

そのうち事故るよ。

自分なら1000回やれば2、3回、洒落にならない事故を起こすと思う。

命綱をつけているって?

バンジーの何メートル手前からつけるんだろう? つける前に、立ちくらみしてフラフラ動いてから倒れるかもしれないけど大丈夫かな? スタッフ掴んで巻き込んで落ちたら、命綱あってもやばいよね。

高所アスレチックとか、命綱のフックを自分で付け替えながら移動するじゃん。あんなん、一瞬外したタイミングミラクル起こすで。

って考えると、足の力がまじ入らなくなる。

言いたくないけど、地上では優等生でも、高いところでは急にすごいトラブルメーカーになるのが高所恐怖症です。やめたげて。

これは根性とか勇気問題ではないのです。

グループアイドルとか、一蓮托生で雰囲気作るじゃん。まじでやばいよ。

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