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はてなキーワード: 包含とは

2021-05-04

KKOという衰退した言葉

増田では、KKO(金がなくてキモいおっさん)という単語が行脚していた。

かにつけて「でも、キモくて金がないおっさんには〜」とトラバをつける人もいれば、社会的に虐げられている男性を指す言葉として使われてきた。

 

それが、今「弱者男性」という言葉に置き換わっている。

 

おっさんと言われる年齢じゃなくても、虐げられている。

 

おそらく、そんな声からまれ言葉だろう。

 

ただ、省みてほしい。

「僕はもうどうしようもなく困ってるんだ!助けて!」

そんな幼児のような声をあげている人は、おっさんじゃなくても「KKO」という言葉で十分に包含されていることを。

2021-04-02

俺の家の話よかったな〜

能面マスクをかけてるところとか、マスクをつけた自分のない男を中心としているとか、そもそもコロナでみんなが普通にマスクをしてることとか、

ボケた爺さんのリアルな感じとか、

最後プリティ原が世阿弥マシンを継ぐところもよかったし

発達息子が普通に包含されてるのもよかったし

クドカンが渾身で長瀬葬式出して送り出してくれた感じがよかった

いやーよかったよかった

2021-03-30

anond:20210209190902

簡単な話で、方言話し言葉から地域時代による違いが激しいだけだよ。書籍に使われる言葉書き言葉って言われる比較的全国共通の経年変化が少ない言葉。(あと書き言葉話し言葉文語口語は違う。書き言葉の中に口語文語包含されている。文語はいわゆる近代小説みたいな堅苦しい表現方法で、ネットはそれと反対の口語。)

浄瑠璃狂言台本が例に出されていたけど、それで方言が使われているのは、台本は「話し言葉を書き起こすもの」だから。だからこそ地域だけでなく時代中世近世とか)すらも反映した言葉文字という媒体によって記録として残される。

まりネット方言使われないのは書き言葉から地域時代による違いが少ないってだけです。ネットスラングに関しては「口語書き言葉」を前提とした集団が細分化され、またその集団の中で共有される言語形成されたから…だったと思う。(論文もあるらしいけど私は読んでない)

2021-03-24

anond:20210324103514

いうても「男は間引け」だの、さらには「男にセックスさせてる既婚女は裏切りもの」だの言うレベルフェミまで包含するような団体作るのは難しいと思う。

現状、耄碌したおばあさんとか性被害ミサンドリーこじらせた人とか虚言や妄想があるボダとか小5病の学生とか全部含めての一人一派だし、その手の人と普通の女とが連帯できるわけないし。

普通の男だって無職にも女あてがえ」とか「女子中学生結婚できるようにさせろ」とかいってる連中と連帯できないでしょ。

正直そういうのと同じく「またアレな人らが変なこと言ってる」ぐらいで流してほしいと思ってる。

2021-03-19

anond:20210319084301

チー牛、ワロタ。

チー牛は、陰キャも、昔言われてたネクラ包含する、新たな(そんなに新しくないけど)表現だね。

俺も若くないなあ。

2021-03-17

anond:20210317202436

先進国普通に流行ってる伝統宗教はだいたい宣教の段階で土着宗教包含して大きくなってるけどね。

宗派でなんかやりましょう、みたいのもわりとあるし、原理主義カルトとして忌避されがち。

改宗しろってのは難しいけど、教義解釈問題やん?ってどんどんガバガバになっていく傾向はある

2021-03-12

ジャニーズが退所や解散するとき“ひとりの男として”と強調するキモ

「ひとりの男として」には、

コンセプトからし少年たちの卒業という意味で“男”になると言っているキモさと、

そもそもV6は既婚者が4人いる点では、一人の女に向き合うという意味での“ひとりの男”には既になっていたわけで、その上での芸能人キャリアに関する個人(“ひとりの人間として”)の大きな決断を“ひとりの男として”の言葉包含してしまグロさと、

(キャリアに関する大きな決断をすること=男だと言ってしまうことで、“ひとりの女として”と言った場合に同じ意味にはならないという歴史を再強化しているキモさ)

手越V6くらいの年齢でそう言うのは、これまで続けていた活動やめる決断ができないと/アイドルを辞めないと/グループを組んで仲良くやっていると/誰かを養えないと/結婚できないと、男になれないという化石みたいな価値観を強調していることになるキモさが詰まっている

(先進的なことをやろうとしていた、やっていくように見せていた手越ですら“ひとりの男として”の呪縛から逃れられないジャニーズ呪い根深さよ)

が、アイドル人生ってただの芸能人より遥かに犠牲にするものが多く、人間として生きられなかったグロさがまず存在して、

「残りの人生をひとりの人間として生きたいから」と言ってしまってそのグロさにファンを直面させてアイドルを終わるのではなく、

マイルド表現として“ひとりの男として”を選ぶ優しさなのかもしれない


アイドルが“ひとりの女として”と言った場合マイルドにならない辛さは辛さとしてあるが、

一方で“ひとりの男として”と強調した場合に“ひとりの人間”以上に背負わせていいとされてしま男性の生きづらさから、彼らは結局一生逃れられないんじゃないかと思うと辛い

2021-03-10

ネタバレ:シン・エヴァンゲリオン日向くんの恋心

シン・エヴァンゲリオンは私にとって完璧エンディングだった。

言うべき人が言うべきセリフを言い切って、みんなが解放されたと思う。ただ一人を除いて。



エヴァ出会ったのは14歳の時。

女子校に通いアニオタ声優オタ腐女子として目覚め、それらを順調にこじらせていた真っただ中だった。

そりゃドはまりするわ。謎めいた舞台装置厨二病をこじらせた根暗女子にはドストライクだった。

はまって、はまって、毎週ダッシュ学校から帰ってきて、18時だったか18時半だったか、録画もしつつ必ずリアタイしていた。

(今思えばウテナ前後した放映で、よくよく当時のテレビ東京夕方アニメ枠は頭おかしかった)


前半は惰性で見ているところもあったが、物語が進むにつれてのめりこむようになった。放映時のことは今もよく覚えている。


MAGIにハックしかける使徒とその迎撃は、PCなんて持っていなかった私にこんぴゅーたーかっこええ!と思わせるに十分だった。

バルディエルのぐっちゃーのシーンが放映された日、夕飯は焼肉でさすがにちょっときつかった。

ミサトさんと加持さんの例のシーンはぴったり夕食時で(夕食時に食卓で親の前でエヴァ見るなよ、と今なら思う)、

母親から冷たい声で「あんた、いつもこんなん見てるの?」と言われたトラウマは今も忘れない。あれが私の冷や汗デビュー

高校声楽の授業でヘンデルメサイヤ歌った時は22話のアスカのことを思い出して最高に興奮した。


でも私がひそかに熱狂していたのは、個性の強いメインキャラやストーリーのものではなく、オペレータ日向マコト存在だった。



日向くんはネルフオペレータ3人衆の一人で、ミサトの部下。

上記イロウルによるMAGIハックの回ではやや出番は多かったが、基本的セリフも少ない。

マヤちゃんほどキャラが立っているわけでもなく、人柄を掘り下げられることもない。

(が、ロン毛の青葉シゲルよりはやや目立つあたりがまたいい)

そんな彼に一瞬強いスポットライトが当たったのは、24話。いわゆるカヲル君の回。

カヲル君がセントラルドグマに降下していき、管制室に緊張が走る中で当初のプランどおり自爆を考えるミサトとのやりとり。


ーーーーー

ミサト:初号機の信号が消えて、もう一度変化があったとき・・・

マコト:分かってます。その時はここを自爆させるんですね。サードインパクトが起こされるよりはマシですから

ミサト:すまないわね。

マコト:いいですよ、あなたといっしょなら。

ミサト:ありがとう

ーーーーー


日向くんはミサトが好きで、そのためなら死んでも構わないと、すこし掠れた声で決意を伝える。

が、そもそもミサトは加持さんと付き合っているのはネルフ内でも自明で、つまり日向くんの恋は叶わないことが前提だった。

劇中で恋心はちょいちょい漏れていたが(そしてEOEで彼のLCL化を導く使者ミサトの姿をしていた)、明確に伝えたのはこの時だけで、

盛り上がるストーリーと逆に一瞬だけ静寂が訪れるこのシーンが、ミサトと加持さんの例の直接的なシーンよりも大人世界に見えて、

14歳のあの時から今に至るまで消えない記憶として残っている。


私は報われぬ恋をしている日向くんに、ミサトではなく正面を向いてひとりごとのようにそっと告白する彼に、恋をしたのだ。



そんな日向くんは新劇でも登場はしたものの、TV版や旧劇で見せたミサトへの恋心を表に出すことはせず、

仲の良い上司部下の関係を貫いていた。

新劇からあの片思い設定もなくなったのか、ま、尺の問題もあるだろうししゃーないな、と思いつつ見ていたところの、今回のシン・エヴァンゲリオンだ。

物語終盤で特攻するためにヴンダーに残るミサト。彼女を一人残して脱出ポッドに乗るクルーたちが映る。画面右に日向くんもいた。

そのシーンで残ったミサトを思い、自分も残る、と言ったのは、日向くんではなくQから登場した新キャラ長門っちだった。


いやいやいやいやいやいや、ちがうだろ、いや、ちがうだろ。そこは日向くんでしょう。そのセリフを言うなら日向くんでしょう。

画面にいるじゃん、長門っちの右にいるじゃない。いや、長門っちも思わぬ感じでいいけど、

でもそこに日向くんがいるのよ、なぜ彼がそのセリフを言わないの?

いや、新劇TV版とも旧劇とも関係いから、この世界線なら日向くんはミサトのこと好きじゃないしそんなセリフ言わない、ってことかよと一旦は自分を納得させた。

が、その後私を待ち受けていたのはTV版も旧劇も貞本漫画版すらもすべて包含した、完全なるエンディング

繋がってるのかよ!!!TV版と!!!!旧劇と!!!!!お帰り惣流の方のアスカちゃん!!!

だったら日向くんの恋心はどこいったの?なぜ、彼にこそミサトのもとに残りたいというセリフを言わせてくれなかったの?

日向くんはね、ミサトが加持さんとの間に子供生もうがなにしようが、もうそういうのに左右されないんですよ。

そんなことはとっくに受け入れて覚悟して、仕事に生きるミサトを部下として支えていこうって決めて、ネルフからヴィレまでずっとついてきているんですよ。

彼女も作らず結婚もせず、日々仕事(というには壮大だな)に忙殺されながらも、ずっとそっとミサトを見守ってきたんですよ。

あのバイザーをつけて髪形を変えて自分を捨てて頑なに艦長として生きざるを得なかった14年間のミサトにずっと寄り添ってきたんですよ。

加持さんが死んでミサトは一人になったけど、そこに付け入るとかじゃなくてただそっと寄り添ってきたんですよ、メイ見たもん!!!

もうおっさんになってプラグスーツ着るの恥ずかしいだろうに、がんばって着ちゃうくらい覚悟決まっているんですよ。

(完全に余談だけど予告編プラグスーツ着るシーン見て鼻血出たよね)

なのに最後最後にすら、日向くんに思いを語らせてあげないなんて。そのシーンが無いならともかくあるのに!なんで!



見終わった後、エヴァがこんなに見事に完結した余韻と、その中で唯一成仏しなかった日向くんの恋心を思い、私は虚脱状態になった。

そしてこのエントリーを書くことでやるせなさを供養しようと思っていたのだが、はたと気づいた。



そうだ、大人世界だ。



日向くんはいだって大人としての情愛を示していた。

叶わぬ恋だからかもしれないけど、決して自分気持ち押し付けることはなかった。

から今回、ミサトの意思尊重して脱出することこそが、彼の愛をそっと示す行為だったのではないか

一緒にいたいとかそういう意思表明をするなんて表層的なことではなく、もっと深い部分で愛しているからこそ何も言わず、指示に従い下船したのではないか

14年前からこの時までの長い時が、彼の恋を愛に変え、その最終的な結実があのシーンだったのではないか

日向くんが何も言わない」というシーンを見せるために、敢えて他のキャラセリフを言わせたのではないか



日向くんの恋心は消えてなんかいなくて、ちゃん成就したんだ。

私が好きだった、他の人を好きな日向くんは、ちゃんといたんだ。




シン・エヴァンゲリオンは私にとって完璧エンディングだった。

言うべき人が言うべきセリフを言い切って、もしくは言わないことを選んで、みんなが解放されたと思う、そういうお話

2021-03-01

[]

琵琶湖博物館訪問デスワー!!

家族に連れられて琵琶湖博物館デスワー。おそらく違う正式名称があるはずデスワー。お昼前に入場デスワー。いきなり併設のレストラン名前記入デスワー。そのあとAとかいう展示場で座り込んでスマホを触っていたら妻がレストランの前でするように示唆デスワー。レストランの人に呼ばれたら電話するように命令デスワー。ランチが終わった後、B以降の展示デスワー。外には樹冠なんとかっていう施設デスワー。6年くらいかけてリニューアルし、最近オープンしたばっかりデスワー。見どころ満載デスワー。

館を出たあと宿泊所デスワー!!

宿泊所で入浴デスワー。終わったらすぐにディナーデスワー。アルコール飲料を大量摂取デスワー。部屋に戻ったらすぐ就寝デスワー。翌朝、観察会とかに参加デスワー。まあ息子(小学低)が喜んでいたからこういうのに付き合うのも満足デスワー。アオサギシラサギは、みませんデシタワー。朝食ののちは別行動ということで妻子としばしの別れデスワー。

追記

デスワームを略して・デスワ・!!

追記

博物館魚屋を模したブース存在デスワ。妻子が別行動してる間、モデルになった店が対岸(湖西側)にあるってんで翌日そこで淡水魚琵琶マス、小鮎など)を大量購入デスワ。

追記3

併設レストランで妻子は湖天ぷら定食デスワ。これにはブラックバス琵琶マスが包含デスワ。乳は動物肉。。。。デスワ

追記4

かつては日本海でとれた鯖をえっちらおっちら京都まで運んだので鯖街道デスワ。地理的には琵琶湖湖畔は通らないデスワ。カテの選択不適切なのは甘鰤デスワ

2021-02-22

ネットサービスあいつ今何してる?

個人的2000代前半のネット雰囲気が好きだった。

あのは頃まだ一部の人がやっている感があり、そこはかとないアングラというかアウトロー感というか

当時中二病を引きずっていた高校生自分には、とてもワクワクする場所だった。

その時のサービスというか、そんなものがどうなったのかちょっと考えた。

2ch⇒5ch及びtwitter

当時の2chユーザを主とした中年層と業者と幾ばくかの他の年齢層が5chに

少し趣を変えてtwitterの一部クラスタが昔に居た2chの層としている感じ

匿名の若気のバカ遊びみたいなノリが機能する場所はなくなった気がする。

個人ニュースサイトはてブスマートニュースキュレーションサイト

はてブに関してはリンク中心の前者からコメント中心の後者になった感がある。

あとははてなバイアスというか技術系に偏りがちな気も。

キュレーションサイト個人の色がないというか、あまり面白みがない。

まだ更新してくれている個人ニュースサイトさんをたまに見るのが、月1の楽しみ。

後は更新の止まったサイトをさっさと丸ごと保存しないと、多分いつか消えるからしないとなぁ。

mixi⇒数多のSNSFacebookInstagramtiktok,Clubhouse等):

mixiの対抗にGreeとか居たけどあの時代SNSとしてはほぼmixiで、

進化できず改悪を繰り返すことで他のSNSに散らばった形なのかな。

mixiは止まった時を保存しつつ現存するSNSとして今も生き続けており、

たまに見ると楽しい。引き続き歴史文化の保存として社名を背負って頑張ってほしい。がんばれモンスト

何気にmixi現存しているのもあり、mixi代替となるSNSはないように思える。

基本匿名テキストベース趣味任意の人とのつながりみたいな、なんというかうまく言えないけど、アレは好きだったんだ。

テキストサイトブログnote?:

テキストサイトと並行してブログもいたけど、、GeoCities的なアレからブログとかnoteかに移ったのかな?

ただ、日記ネタみたいなはテキストサイト的なノリは少なくなったのか、少なくとも盛り上がらなくなった。

今もテキストサイト的なノリでたまに更新しているけどやはり当時のような熱はない。

それは、大量の読者があってのあの熱だったのかもしれない。

十数年後には今の状況を懐かしく思い出せるものなのかな。

何か他にあるかな

(2/22 20時 追記

酔いに任せて書いた適当つぶやきがホッテトリってる。せっかくなのでコメントを拾って補完してみる。

デイリーポータルテキストサイトデイリーポータルオモコロ

イメージ的にはこんな感じ。デイリーポータルは生き続けて、

テキストサイト成分とデイリーポータルを足していくつかで割った感じがオモコロの感

OKWave教えてgoo人力検索はてな、⇒Yahoo!知恵袋

OKWave教えてgoo回答者優位の構図だったけど、

はてなについては、ポイント質問者が配るという構図で、質問者優位の構図が新しかった。

情報はタダというネット常識に一石を投じたように見えた。

が、結局Yahoo!知恵袋収束された感。

発言小町発言小町

上記カテゴリは一緒なんだけど、「女性の悩み相談」というジャンルに特化した先見の明生存戦略の妙が見える。

質問系はYahoo!知恵袋以外は駆逐されたけど、発言小町発言小町として生きている。凄い。

関心空間サービス終了:

存在を横目で見ていただけなので、よくは知らないけど趣味ベースSNSということでmixiコミュニティつながりを特化させた感じかな。

しかしこれもサービス終了ということでこの手のつながりに、今はビジネスとしてペイするほど需要がないのかもしれない。

梅田望夫氏⇒梅田望夫氏:

結局Web2.0とかdocomo2.0とか何だったんだという感。

どっちかというと2000年後半な気もするけど、本人のHP2008年が最終更新Wikipedia2012年が経歴の最終。

と、まぁアメリカ活動している人なんで、日本に飽きたんでしょう。

はてなハイク⇒サービス終了:

2000年後半だけど好きなサービスだった。

なんでもないつぶやき独り言にゆるく☆を付けあう優しい世界

多分収益問題サービス終了。

同じく収益問題があるはてブよりも全然世界平和に貢献していたと思うんだけど、

悲しいけどこれ、ビジネスなのよね。なんで、代替もないでしょうね。

掲示板BBS)⇒5ch系匿名BBS群、各種SNS

HPホムペ)にぶら下がる掲示板、という感じでそこでの会話があり、HP主のみの発言の悲しい掲示板

メジャーSNS無き時代ネットコミュニティとして機能していた活発な板など様々。

基本的HNでの発言で、コミュニティでは独自ルール「お礼3行以上」とかがあったりなかったり。

この掲示板を抜き出して集約して匿名化した、あめぞうから2ch、まちBBSとかの系譜は既に2000年を待たずに出来ていた。

で、今もあるところはあるけど大体閑古鳥。5chとか、SNSに行っちゃったね。

お絵描き掲示板pixivtwitter

これはツールが変わっただけでコミュニティの働きとしては同じく機能し続けているようにも思う。


チャットICQMSN MessengerLINESlackなどのチャットツール

ここにおけるチャット上記BBSと同列で個人HPにぶら下がっているものを指す。

ここでの状況はBBSと同じ。ただそのレスポンスが基本リアルタイムというのが新しかった。

ICQは便利だったけどあまり使わなかった。

MSN Messengerというより敷居の低い神サービスがあったので、これを主に使っていた。

そこから特にMSN Messengerから現在チャットツールでは基幹は変わっていないので

99年にできたMSN Messengerは凄かったな、とコメントにもあったね。

BlogTrackback)⇒BlogSNS

GeoCities的なアレからBlogという新しい概念発明!とか騒がれていた気もする。

全盛期は使いやすさのLivedoorBlogと賞金と芸能人Amebloアングラfc2独自はてなダイアリーみたいな感じだった。

そのなかでTrackbackという「情報で繋がれる!」なんて画期的っぽい仕組みも持ち上げられたけど、スパム横行で衰退。

※今も見ている個人ニュースサイト

いくつかあるけど、ugNews.netさんとか無駄領域リサイクルさんとか面白いです。

ポストペットメッセージングアプリPostPet GO」:

当時は素敵そうだったけど、そんなにメールでやりとしなかったし。。。

メールサービスは終わったみたいだけど、メッセージングアプリで復活する予定みたい。

Flash系⇒派生としてのニコニコ動画Youtubeとか:

常時接続環境が出来上がりつつあるとはいえ動画コンテンツに飢えていたネットユーザーの救世主だったのがFlash

ネットネタを絡めた吉野家コピペペリーなど名作は数々。

個人的にはNightmareCityが好き。

Flash自身がその死に向かう今、これらに近いのはニコニコとかYutubeとかあるけど、ちょっと違うんだよな。

言語化が難しいけど。

何か長くなってつかれたので、いったんここで中断しまっす。

(2/23 0時 追記2)

ちょっと復帰してみる。全網羅無理じゃね?と思いつつ。。。

clubhouseは…今後セカンドライフ化するのか、化けるのか。

少なくとも今時点では前者っぽい空気がするけど。

flickrInstagramflickr

flickr写真共有SNSとしてはこの時期の始祖だけど、PC前提っぽくて。

スマホ時代の今はInstagramかな。

まり詳しくないけど、flickrflickrでよいところはありそうなので、

大枠としてはInstagramに流れつつも、flickrflickrとして残るって感じかな。

ヤフオクメルカリ、その他フリマヤフオク

オークションという、売り手は予想外の高値を望み、

買い手はなるべく安く落札する、ゲーム的要素の強い個人売買の走りだった。

出品者となるには、本人確認必要だったり

きれいなページにするためにはHTMLを打たなければだったり

住所、口座情報などの個人情報をお互い共有する必要があったり

高値更新を見据えたスナイプ合戦だったり、いかんせん敷居が高いし、めんどくさかった。

その辺りの敷居の高さを、おおよそ取っ払ったのがメルカリをはじめとしたフリマアプリうまいことやったなと。

今は相場が決まっているものライト層はメルカリ相場が分かりづらいものヤフオクみたいな住み分けか。

pya!tumblr

pya!のもの宝島VOWネット版という感じで、画像はまさにそんな感じだった。

そこにFlashが乗っかったりで、”「ありがとう」って言いそびれたヤツいる?”は泣けた。

画像的な位置づけはtumblrに移ったんだろう。

pya!ネタ色が強かったけどtumblrネタ含めwebスクラップって感じでそこに包含された感じ。

デリシャスはてブ

デリシャス?はて?と思ったら、Delicious、あの格子状のアレか。

かに、この頃はDeliciousの方がよく見た気がする。何で衰退したんだろう。

自分個人ニュースサイトをしつつ、いつかはこれに置き換わるんだよなぁ、なんて見ていたけど。

匿名オフ会HN,実名オフ会

主に2ch界隈で色々な板でされていたオフ会に参加していたりしていた。

学生時分にいろんな人と話ができたのは面白かった。

匿名がゆえに想定外の人と話をするとか。

キャバクラに初めて行くより前にキャバクラ嬢と深夜ボウリングハイタッチしたのは今でもいい思い出。

今はそういう匿名闇鍋オフ会、あるんだろうけど自分はめっきり出てないな。

で、SNSでのオフ会とかはある程度ペルソナの知れた人の集まりなので、これは面白みがなさそう出てない。

日記ブログ出版twitterのバズからのそれ

いくつか出版とかされてて、それが映画ドラマになった電車男とか鬼嫁日記とかネットリアルに来た、なんて見てたな。

ネットメディア化という点ではむしろ加速していて、出版はもとよりTVの街の声とかもTwitterだしなぁ。

360SNS

存在すら知らなかったけど、この時期、MIXI派生版みたいなSNSはいっぱいあった気がする。

その中でこの360SNS みたいに意味ある形で定着できたものは少なかった様だけど。

ふぁぼったー逮捕

あれはしゃーない。

と、キリがないので飛ばして。

探偵ファイルオモコロ

それな。あの頃の探偵ファイルは軽快なノリと探偵ならではの情報ですげー面白かった。

大住氏とかえりす氏とかだっけ。あの人たちのバカなノリがとても好きだった。

オモコロもノリとしての継承はそれなんだけど、なんというか当時の探偵ファイル的な熱量面白さはないなぁ。。。

網羅無理っぽいのでいったんここで〆

(2/24 5時)

早朝に目が覚めて、数時間後の勤務に目をそらすために蛇足を書いた。

https://anond.hatelabo.jp/20210224050656

2021-02-10

anond:20210210093524

一般的な男のホモソーシャルって一般的な女のホモソーシャルの持つ排他性や権力性と相似してる単なる同性集団しかないのに片一方だけ解体を迫られるの謎だわ

これは微妙で、女のホモソーシャルに比べて男のホモソーシャルは、特に文化系ホモソーシャルは「これはすべての男の子が好きなやつ」とか「男のロマン」とか「男が好きなようなバイクとか格闘技とかホラー映画とかの趣味を持つ女は彼氏の影響」とか、「女にはわからねーよな」「男の世界」「女子供はすっこんでろ」的な、女を排除することで結束を高める傾向が強い。女を排除することで自分たちの優位性をアピールして、女を見下して蔑むことを娯楽として楽しむというか。

女は女だけで固まってワイワイやってても、男を排除することそのものを楽しむ楽しみ方ってないんじゃないかセーラームーンが好きな男がいても、彼女の影響に違いない!とか言わずコミュニティ包含すると思う。

2021-02-05

anond:20210205112134

1,保守が全体の傾向として保守議員を支持しているかと、保守グループは全て必ず保守議員を支持しているかは別の話だぞ

2,議員業界全体を代表するとみなされることと、業界全体の思想が同一だってのも別の話だぞ

3,在特会保守議員の集まりだなんて誰も言ってないぞ

 

色んな話がごっちゃになっちゃってるね

集合と包含とか、いろんな論理的理解問題があるね

日本語論理も苦手みたいだからもうちょっと考えてから書こうね

anond:20210205103222

包含関係が逆だぞ

大谷の話を聞かれて野球全般の話をしはじめるのはコミュ障だぞ

2021-02-03

anond:20210203202834

意訳です。ニュアンス違ってたらごめんね。

哲学社会学は、世間の人に、難しくて偉い学問だと捉えられているふしがあるけれど、実際は大したことない。

例えば、哲学歴史学倫理学の一部とみなせるチンケな学問だ。社会学も、民俗学経済学心理学包含される狭い学問に過ぎない。

ところで、『哲学社会学』と『歴史学倫理学民俗学経済学心理学』との関係を、日本実在する組織になぞらえてみると、

警察』と『公取・麻取・労基署国税庁消費者庁』との関係に似てるのかも。いや、そうでもないかな。

哲学を学ぶ人は歴史学倫理学も併せて学んでいるだろうし、社会学にも他の学問知識が求められるはず。

これに対して、『警察』と『公取・麻取・労基署国税庁消費者庁』との関係は、互いに独立している。ということは、そんなに似てないか

とはいえ、『哲学社会学』と『歴史学倫理学民俗学経済学心理学』との関係を、『警察』と『公取・麻取・労基署国税庁消費者庁』との関係になぞらえるというアイディア自体は、悪くないと思う。

なんか頭良さそうで格好いいし。だから、こだわっちゃう。

例えば、一つの組織だけではカバーできないほど業務領域が拡大した場合に、その組織とは異なる新たな組織作成するのはアリだと思う。

同じように、『歴史学倫理学民俗学経済学心理学』でカバーできない学問領域があるならば、それらの学問とは異なる『哲学社会学』という独立した学問領域を設定するのもアリだと思う。

でも、現状の『哲学社会学』は、『歴史学倫理学民俗学経済学心理学』でカバーできない学問領域を探求するものではない。やっぱ、『哲学社会学』って不要だと思う。

2021-01-18

なぜ私は聖地巡礼をするのか(の話をかくはずだったが)

聖地巡礼とは中世ヨーロッパ封建社会においてキリスト教徒あいだで流行した、キリスト教聖地であるエルサレムを訪れる宗教的行動である

転じて、現代においてはアニメ映画などの熱心なファンが、創作物キャラクター縁の地を訪ね歩く行為を指す言葉として使用されるに至った。

私も昨年度から今をときめくアイドルグループ乃木坂46好きが高じて、(暇を持て余していたことも手伝い)彼女たちが番組ロケで訪れたり雑誌メディアで紹介したりしていた場所を巡ることが退屈な日常を彩る楽しみの一つとなっている。

大塚天祖神社バッティングセンター千歳船橋喫茶店ぱおーん、五反田デニーズ……

思い起こしてみたがそれほど多くはなかった。

それはさておき、この日記(?)で私が考えたいのは「人はなぜ聖地巡礼をするのか」その理由だ。

聖地巡礼には楽しさがある。

思えば私は日本史世界史も好きなので、歴史上の史跡を巡ることが旅行に行く際の主目的の一つだったりする。映画ロケ地を訪れることもある。

(前提として書き加えておくが、行ったことがない土地を訪れるのが好きな方であると思う。「まだこのへん歩いたことがないから」という理由で6時間ぐらい散歩することがざらにある)

今も『世界史をつくった海賊』(竹田いさみ著)なる本を読んでいて、大航海時代マゼランに続いて史上二度目の世界一周航海を達成した海賊フランシス・ドレーク(ワンピースのドレークのモデル)に関する記述を読んで、「彼の航路を船で辿ってみたいなあ」などと空想に耽っていた。

そう、私はフランシス・ドレーク足跡を辿りたいのである

乃木坂メンバーが参詣した神社自分も赴きたいし、バットを振るったバッティングセンターで、彼女らがそうしたように、自分バットを振るいたいのだ。

そして、「ここに彼らも、自分と同じように立っていたんだ」などと感じたいのである

この衝動はなんなのだろう。何故、こんなことをしたいと思うのか。

バッティングセンターで行ったバッティングは、それ自体として面白かった。乃木坂のことがなければ、私はバッティングセンターに行きはしなかっただろうが、バッティング最中乃木坂のことは忘れて純粋ボールバットで的確に打ち返すことに集中していたし、それが成功することに喜びを覚えていた。

しかし、やはりその一連の行為には、「メンバーも同じ場所で同じことをした」という事実認識によって特別意味を付加され、それが私の心に満足感をもたらしている。

私の記憶には、明らかに「ただのバッティング」以上の色が付いて、この思い出が保存されているのだ。

この違いは何に由来するのか。

まず一つ、見逃せない重要な点は「私は乃木坂が好きである」という事実だろう。これは明らかに聖地巡礼動機に深く関わっている。

私は何も藤田ニコル西野亮廣の訪れた場所に行きたいとは微塵も思わない。ニコるんはどちらかと言えば好きだが、出演番組をチェックするほどではない。西野に至ってはどちらかと言えば好きではないし、好きではない人間の縁の地を訪ねたい、その足跡自分足跡を重ねたいとは思わない。

フランシス・ドレークのことも、まあ好きになりつつある。(暇があれば伝記を読んでもいいかなと思うぐらいには)

では、好きな人なら誰でも聖地巡礼したくなるのかと言えばそんなことはない。身近な友人のことは好きだが、彼らの足跡を辿りたいとは思わない。

これは極めて重要着眼点である

恐らくは、その人物との関係性および距離感聖地巡礼に向かわせしめる大きな引鉄の一つなのだ

想像するに乃木坂メンバーでさえ、もし私が直接的に関係性を構築してしまえば、聖地巡礼したいという衝動はなくなるだろう。

同じ場所を訪れて、同じことをしたいという気持ちの裏にあるのは、「近付きたいが手の届かない者の存在」を少しでも身近に感じたいという欲求なのだ

友人という生々しい関係は、最早相手をそういう「聖なる存在」にしておかない。

ただし、友人との関係が何らかの理由で解消され、手の届かない存在になった場合はその限りではない。その最も単純な例は「死別である。死が二人を分かてば、当たり前な存在は当たり前でなくなり、会いたいのに会えない、焦がれ求める対象になる。

「手の届かない特別存在を思うこと」が聖地巡礼の肝なのだ

そしてその感慨は、対象と同じ空間的座標に立つこと、そこで同じ行為追体験することで増幅される。ただ、家でスマホをいじりながらその人のことを考えているだけの時間よりも、その人に少し近付けたような気になる。

その対象は人に限らない、作品、ひいてはその世界観全体も対象になりうる。

私は宮崎駿監督映画が大好きで、監督ハウルを撮り終えた後に数ヶ月間療養し、次回作の『崖の上のポニョ』の構想に繋がった広島県鞆の浦や、『耳をすませば』の舞台となった聖蹟桜ヶ丘も訪ねているが、ポニョや雫個人をそこまで好きかといえばそんなことはない。

フランシス・ドレークのことは好きになりつつあると言ったが、やはり人物に対しての好意それだけというよりは、世界史的な偉業であるという点の魅力が大きいように思う。俗な言い方をすれば世界一周ロマンを感じるし、楽しそうである(実際は辛いことの連続だろうが)。

しかし、ドレークな先立って世界一周航海を達成したマゼラン足跡を辿りたいと考えたことはないことを踏まえれば、やはりドレークには読書を通して僅かながら彼の功績やエピソードに触れたことにより、マゼランに感じる以上の魅力を感じていること、それが巡礼への衝動を後押ししていることは間違いない。マゼランのことは何も知らない。何も知らないので魅力も感じなければ、より深く知りたいという動機も起こらない。

(どうやら相手のことを「知りたい」と思うには、まず相手のことを知ることが必要らしい。少なくとも私にとっては。難儀なことだ。)

「手の届かない「聖なる存在である対象をその足跡を辿り行為をお手軽に追体験することで、少しでも身近に感じること」が聖地巡礼の意義であると一旦結論付けてみる。

ここで唐突に「お手軽に」という制限を付け加えたのは、私はバッティングセンターバッティングをする程度の追体験はしたいが、乃木坂メンバーが日々の研鑽を重ねたダンスレッスン場で一年間同じレッスンを受けたいかといえば真っ平御免だなということに思い至った。

一年彼女たちが受けたレッスンと同様のレッスンを受けることは、彼女たちの辛さや頑張りをよりリアル追体験することになる。追体験としての質は高い。だが時間がかかりすぎる。ダンスよりもやりたいことがあるし、辛そうなので、暇潰しに週二程度通うならチャンスがあればやらなくもないが、それはもう追体験としての価値は薄れて、一年間におよぶダンスレッスンそのものが持つ価値が問われている。(追記そもそもこれ、巡礼ではなくダンスでは?)そういう意味で1000円分のバッティングには十分その価値があったし、世界一周航海も同様である。(追記:これも巡礼と言えるのか?場所を訪ねる行為限定するべきだったかもしれない)

聖地巡礼はお手軽でなければならない。言い換えるなら、その行為自体を楽しめないのならやりたくはない。滝行は楽しそうなのでやりたいが、例えば彼女らが受けていた辛い仕打ち自分も受けたいかというと難しい。

例えばメンバーの誰かが過去イジメを受けていたとして、それと同様のイジメを受けたいか。これに関しては少し受けたい。マゾヒスティックな願望ではなく、多少なりとも彼女らの苦労を追体験することは彼女らを理解することにつながるからだ。

しかし、紛い物のそれはやはり本当のイジメ体験とは辛さの質が大きく異なるし、よりリアルに状況を再現するために半年継続してイジメを受けてくださいと言われればお断りする。あくまでもその一部を、私が本当には辛くならない程度に体験することで、辛さに思いを馳せたい、という程度に存在への接近願望は留まる。

キリスト教徒だってエルサレムには行きたくても、ゴルゴダの丘の上で十字架に磔にされたいかと言えばそんなことはないだろう。ごっこ程度にはやってみたいが、それはごっこ遊び自体が楽しさを持つからである。高所に磔にされて「こえ~」などと言ってるのは楽しいが、手足を本当に釘で打ち付けられるのはたまったものではない。(追記:これも巡礼の話ではなくなっている気がするが、でも巡礼先で対象が何かしてたら同じことやりたいよなあ。(追追記:でもやらなくても巡礼は成立するからやっぱりおかしいねはい。))

体験総体として楽しくないならやりたくない。少なくとも私は。この「楽しく」は何も笑顔になったり、興奮したりするといった類の楽しさである必要はない。

心地よい感情が動きがあればよい。

郷愁に浸るとか、感慨に耽けるとか、今風に言えばエモさがあってもよい。「泣く」ことによる感情の発露も、人間にとっては快感であるので、ここで述べる「楽しさ」に含まれる。

いや、違うな。

上に述べたエモさは体験のものに由来する(既出の例をとればバッティング行為によって引き起こされた)感情ではなく、「行為追体験している」という事実に付随する感情の動きだ。そこは切り分けるべきだろう。

例えば「同じ場所に立つ」ことも、聖地巡礼に伴う追体験行為の一形態だが「立つ行為のもの」には特に何の楽しみもない。(立っているだけで楽しい場所もあるが、必ずしもその必要はない)(追記:この例の方が純粋巡礼っぽい)

先例のイジメのように行為自体許容範囲であれば不快であっても構わない。これは個人差があるし、対象に対する思い入れの深さによっても許容範囲が変わってきそうだが。

追体験行為包含する巡礼行為」が総体として満足感をもたらす体験であればよい。(追記:「巡礼追体験包含する」よりも「巡礼追体験が付随する(ことがある)」が正しい)

距離重要な要素だ。ここで言及する距離とは、対象との関係性としての距離ではなく、その聖地との物理距離感である

遠ければ遠いほど、巡礼を達成した際の体験価値は高い。エルサレムが近所の公園にあったら巡礼の有難みも霞むだろう。

「ここまで来た」という感覚聖地巡礼には必要である

私は電車移動含めて一時間もあれば十分であるしかし、ここまで書いて想像してみたが、家の隣にあった昔馴染みのなんでもない祠が実は家康が足繁く通った祠であったと発覚すれば、そこにはそれなりの感慨が生まれるように思える。巡礼と呼ぶにはあまりにも短距離だし、巡礼としての価値希薄化するものの、完全に失われることはない。いや、とはいえやはり価値の減少は免れないな。

遠ければ遠いほどいい、というものでもない気がするが。例えば、乃木坂メンバーが訪れた場所比較として、私の現在地から大塚バッティングセンターパリ街角にあるカフェとの物理距離には圧倒的な差があるが(もちろんパリの方が遠い)、パリカフェを訪れた際の感慨がバッティングセンターに比べてそれほど深いかといえば、あまり変わらないような気がする。

これは、「パリ旅行のついで」にカフェを訪れるのか、「乃木坂メンバーが訪れたカフェを主目的に」パリを訪れるのか、物理距離を越えんとする直接的な動機がどちらにあるのかによっても異なりそうだが、メンバーが通った小学校とか、生まれ育った地域ぐらいの重要地ならともかく、たかだかロケで立ち寄っただけのカフェ目的渡仏する気にはならない。

いや前者でも渡仏する気にはならないが、(追記:というかメンバーの母校って言うほど感慨深いか?その頃のメンバーが好きな訳ではないし……)するにしてもそれはやはりそもそもパリ自体が好きで巡礼を抜きにしてもパリに行きたいからであって、パリの一地域を訪ね歩く行為のもの乃木坂とは無関係に楽しみを見出している。その意味巡礼行為は「ついで感」が否めない。(追記:「むしろ行きたくない場所への巡礼」を考えてみようと思ったが、思いつかなかった。(追追記日焼けと車酔いに弱いのでそれらが伴う場所には積極的行きたくない。苦労した分、到達時の達成感はありそうだが、それは聖地が持つ意味とはやはり無関係目的地に至る行程に由来する価値を抜きにした純粋巡礼価値は何によって決まるのか。))

これはもしかしたら聖地巡礼も、エルサレム旅行のものに少なから体験としての楽しみが含まれていた可能性もあるが、中世を生きる農民の長旅の過酷さや宗教に対する敬虔さはとても無知蒙昧な私の想像のおよぶところではないので、お叱りを受ける前にこの説は引っ込めておく。

でも伊勢参りとかは楽しそうだよね。明日(もはや夜が明けたので今日なんだが)近所のブックオフ聖地巡礼事情に関する本でも漁ってみよう。

眠いし目も疲れたので「過去自分への巡礼」とかまだ考えたいことはあったが、このへんにしておく。

おやすみなさい。

2020-12-28

anond:20201228050702

包含される=3塁生まれ様がホームインなさるための養分となる、格差固定に協力する

ということだよ

自分包含されていた年月を悔いている

リベラルバカにしてたけど心から反省する

今まで本当にすみませんでした

リベラルに対する批判としてよく言われていたのが「いくら偉そうな理屈をぶち上げたって、どうせ中年おっさんは気に食わないか適用するつもりがないんだろう?」というものでした

そして私自身もそう信じていました

所詮あんものは既に「弱者」と認められた人のための運動に過ぎず、もっと言えば金持ちの家に生まれマイノリティ様が経済的格差ごまかすための代物でしかないのだと

しか最近ネットを見て、それが間違いだったとわかったのです

環境配慮していますか」などと質問啓蒙をぶつけられるであろう店員に対する同情のコメントの数々

そしてガス会社の件では配偶者を「主人」と呼ばれるのは嫌で仕方がないのに、自分他人を「おっさん」呼ばわりするのか、という批判がありました

どちらも今までの保守的な考え方のままでは、まず実現しなかったことです

これはリベラリズムがより多くの人たちに浸透した結果と言えるでしょう

もちろん今はまだ「上級国民ウエメセが気に入らない」「あれはもうクレーマーだろう」という反感ありきの話ではありますが、リベラリズムは確かにおっさんをも包含していたのです!

今後に向けて希望を抱くと共に、これからは私もリベラルの一人として他者に優しい人間を目指していこうと思います

ところでまさか、これが気に食わないリベラルの方、いらっしゃいませんよね?

2020-12-11

anond:20201211150326

一般的に彼等の主張は容易に理解可能だし模倣することもできるが、彼等が自分達と意見を異にする主張を理解することもうまく模倣することもできないという包含関係だよ。

俺も昔は彼等がその気になれば、自分達と異なる主張を理解できるのではないかと思っていた。でも無理だ。脳の気質的に無理というしかない。

2020-12-10

anond:20201209202741

多様性マジョリティマイノリティも認めて仲間として包含するというものであって、自分たち多数派強者であること前提の社会正義なんだよ

LGBTQが市民として生きることは認められるべきというのは多様性尊重であり、LGBTQしか入れない店とかLGBTQ限定イベントに異議を唱えることは多様性尊重ではない

翻って、勉強ができない子が大多数の環境における勉強ができる子や、貧乏人が多い環境の中の金持ち、それは一般的に言えば強者かも知れないが、環境面でいうとマイノリティだよね。

マイノリティである我が子を保護するために、マイノリティの多い環境に入れようっていうんだから、それは、別に多様性尊重という正義感に反するものではないんじゃないの。

自分の子どもが入る学校から不良生徒を追い出すザマス」って言うんなら多様性尊重できてないって言えるだろうけど。

2020-12-03

anond:20201203092614

自分で作った3Dゲームの中に入って、遊ぶとかやってるぞ

生主と同じこと"も"やってるのは分かる

>生主がガワついただけのこれを新しいコンテンツとか言い張るやつそれだけは絶対に認められない

生主とVが必要十分だって書いてあるから包含関係の例を挙げた

anond:20201202235740

宇宙人間を含め、生命を生み出した源であり、全てを包含している。

2020-11-19

anond:20201119103602

こういう厄介な人を社会でどう包含したらいいんだろうね。どう考えても迷惑で、人を傷つけて、でも本人に悪気がない。そういう人同士で互助会をやればいいんだと思うけどそうするとその中で比較迷惑度の低い人を傷つけて終わるんだろうね。

2020-11-17

ホームレス異文化でしょ

ホームレス異文化でしょ

それから目をそむけてはダメ

家無いのは異文化だし 金なくてPC無いのは異文化だし 金なくてスマホ持てないのも異文化だし 毎日カレー食ってたり不労所得で生きてるのも自分と違ったりマイノリティなら異文化でしょ

異文化別にいいでしょ

異文化自体は悪いことじゃないでしょ

異文化からじゃなくてそれが社会として手厚く保障すべきかどうかでしょ重要なのは

[B! 差別] ホームレス異文化扱いしてはだめなのか|池澤 あやかnote

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/ikeay/n/nad1517232125

はてブトップコメント見て絶望したわ

oka_mailer

だめですね。彼らも我々も同じ社会の中に包含されてるもので、それをわざわざ「異文化」と線引きするのは当事者ならまだしもマジョリティが振るうには無邪気過ぎる。

瀬川深 Segawa Shin

ワープア派遣社員を「異文化扱い」する発想まであと一歩だよこれ。逆ギレてる人たちは「駅徒歩30分1Kの快適空間」「手取り12万円で生きる逞しさ」「閉店まで粘って半額弁当をゲットする生活の知恵」も許容すんのかな。 / “[B! 炎上] ホームレス異文化扱いしてはだめなの” Twitter

https://twitter.com/segawashin/status/1328199330247766016

はてブトップコメントのこの人もトンチンカンなこと言ってるし

ワープア派遣社員もも異文化になってるでしょ。それから目をそむけるなよ。

(まあむしろ大多数になってるからメインかもしれんが)

とにかく異文化から目をそむけるな


最後にこの内容でふたばちゃんねるでスレ立て

ホームレス異文化扱いしちゃダメなの?

二次元裏@ふたば

https://tsumanne.net/my/data/2020/11/17/897141/

こっちの方が理知的じゃねえか

はてブのおめえらヤフーコメントに成り下がってんで

2020-11-16

新しい炎上ネタ

ホームレス記事のやつ。

ブコメで多く見かけるのは異文化として切断するのではなく社会的包含しなければならない的なやつ。

 

御立派ではあるけども、ぶっちゃけはてブよりもホームレスにより近い人たち、

たとえば地方公営団地に住んでる低収入な人、ネット上ならホスラブとか爆サイ下品なこと書いてる人、

もしくは春ごろに叩かれながらもパチンコに通ってた人、

そういう人らと随分扱いが違う。

 

馬鹿隔離しろだの、馬鹿選挙権は与えるなだの、

マシなところでも、馬鹿存在するのは仕方ないからそのつもりで社会設計しなきゃだの。

異文化として切断処理してんのは誰だよって。社会的包含どこ行った。

結局かわいそうランキング条件反射してるだけじゃねえのか。

 

見下す視線を持ちながら実際に何年も異文化交流を実行してる人の方がマシ、とまでは言わんけどな。

あの記事書いた人も、はてブにだけは言われたかないだろ。

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