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はてなキーワード: 定型とは

2018-02-19

anond:20180219152344

特にアドバイスはできないが

新型うつ病というワードがよくないなーと感じてる

一部の医者は「それ昔からある非定型うつ病だよね」って言ってるらしい

そもそも新型うつ病で診断されないんじゃないっけ?)

病気名でググる時も、非定型うつ病でググったほうが良い答えが出てくると思う(経験談

2018-02-17

anond:20180215101911

テキストの書き方に常識とか定型は無数の宗教があるのでなんともいえないけども。

読みやすさで言えば、そもそも文章自体が悪文で句読点つけたくらいではどうにもならない。

見出しとして考えると一気に読ませたほうが次のステップを踏ませるきっかけになる。

なので、一旦リズムを切る読点をつけるよりも流し読みしやすいようにしたほうが良いのではと思う。

おまえだったのか

普段パッドでネットをしているんだけど。

かれこれ1年近く使っているのに一向に定型文を覚えないし

ブラウザ開くたびにIDパスワードを求められてきた。

面倒だけどタダでもらった端末だし と諦めてたら

あの、プライベートブラウズというものがあるんだね…

パソコンにあるのは知ってたけどアプリでもあるんだ…

切り替えてみたらまあ快適、快適。

なんだおまえだったのかー もっと早くに気づきたかったよ

2018-02-16

anond:20180215234634

小売業界では、女性店員セクハラストーカー行為を行うヤバイ客は、店の円滑な営業のため=店員トラブルから守るためにブラックリストに入れる。

(たまに出禁になってる客がいるでしょ?)

 

スーパーとかでは、ブラックリストヤバイ客が来たら、店内放送隠語暗号)が流れて、店員は警戒態勢に入る。

増田が買物に行ったとき、いつも店内放送

  • 従業員は店内の商品確認してください」
  • 「○○店の△△様、受付までご連絡ください」

とか、定型フレーズが流れていないか?それ、お前のことだから

コンビニスーパーは、合コン会場じゃないし、婚活パーティー会場でもない。女性店員無料キャバクラ嬢でもない。

大人しく買物してサッサと帰れよ?女性店員をジロジロ見たり、無駄に話しかけるなよ?(それがお前のためでもある)

2018-02-13

anond:20180213045547

発達障害は、障害ではなく個性ひとつだと思ってる。

統計見てみてください。

こんなにたくさんいるんだ、と驚くでしょう。

自分は人(定型発達の人)とは思考回路や感じ方が違うことがある、ということを自分認識しておくのはすごく大事だと思います

でも、定型に合わせる必要はないし、あなたの生きにくさ(定型発達の人とのやり取りにおいてうまくいかないことが多いでしょう)が悪いことではないというのも認識してほしい。

私も大人になってからどうやら自分自閉症らしいとわかって、いろいろあったけど、今は対人関係がうまくいかない時になぜそうなるのかを自閉症特性から推測できるので、以前のように自分を責めなくてよくなりました。

あなたが、どんな診断結果であれ、今の自分を好きでいられますように。

2018-02-08

anond:20180208172658

人間はある程度体の仕組みは同じだから、同じような内面を持つ人はある一定顔面筋を使う傾向によってある一定の特徴を持つ顔に次第に変化していくのではないかしら。

それを定型的に読み取って、「ああこの手の顔は知っている、思慮深い人の顔だ」とか無意識判断するのではないかしら。

ショーンKたまたまそういう特徴を最初から持っていたことで、信頼した人がたくさんいたのではないかしら。

もしくは経歴を詐称していただけで、そういう経歴の人と比べても遜色ないほど、賢さはちゃんとあったのではないかしら。

2018-02-05

茶の間ヅカオタ記

タカラヅカ世界に入った私がしたのは、いわゆる「会」に入ることだった。劇団非公認のジェンヌさん個人FC。噂の「会」というものがどういうものであるのか、潜入してみよう。そんな興味本位そもそもの始まりだった。

しかし前提が茶の間なのでそんなに現場に出ることは出来ない。一公演にほんの数回の観劇が精いっぱいの私にとって、「会活動」とはどんなものであったのか。未知のものとの遭遇はとてもスリリングでエキサイティングだった。好きな人の前に立って、私はあなたファンです、と合法的に言えるということにとっても興奮した。初めて勇気を出したのはある日の公演終わりの楽屋出待ちだった。急遽お稽古待ちスタイルに変更になって、私はバス時間ぎりぎりまで待機することにした。会からのお知らせでスタンバイ場所は聞いてはいものの、他の会との兼ね合いがさっぱりわからず、スタッフさんに電話で泣きついて待ち合わせてもらった。当然一番乗りだったのであれよあれよという間にお隣歩きというものをすることなった。今思い返してみてもあれは怖いもの知らずならではの蛮勇だった。今の私は機会に恵まれてもお隣を歩くことを固辞してほかの方に歩いてもらうことにしてる。あんなに恐ろしいこと、二度とする気になれない。あの時のお隣歩きは、今も大事な思い出になってる。遠くからたことをアピールする私に私の好きな人はやさしく笑って、遠くからありがとうございますと言ってくれた。幸せだった。それだけでいい。それ以上なんていらない。そう思ってその思い出を大事に抱えて一生を生きて行こう。そう思った。

無事に初めてのお稽古待ちとお隣歩きを済ませた私は、少しずつヅカオタとしてステップアップしていくことになる。

公演の入り待ち出待ち、会総見に、親睦会。現場に出られないながらも少しずつ経験を積んでいった。そしてチケットを買えないからこそ、現金を振り込んだ。タカラヅカには好きな人に直接現金を送ることができるのだ。応援するなら金をくれ。身も蓋もないシステムだけど、そこには真理しかない。現場に出られないならお金を送ればいいじゃない。ささやかな額ではあったけど、毎月決まった口座に振り込むということは「贔屓」という言葉を実感させてくれる行為だった。私の贔屓。そういうプレイを楽しんでいた。

そして大人会の入会案内が届いた。参加条件がどういうものなのかは分からなかったけれど、私に送られてくるくらいだから単に年齢のせいなのかなって思った。ただ、現場に出ることのできない私にとってお食事会というイベントはとても魅力的だけども参加が難しく、会費だけを払うことも考えたけど、それはあまりにも不相応、私の身の丈には合わないと、散々悩んで入会は見送った。大人会がどういうものであるのかを覗き見ることができるかもしれないというのはとても魅力的だったのだけれど・・・!そしてこのことが後々尾を引くことになる。

いろいろあったけど、ピークはディナーショーだった気がする。宝塚ホテルの公演はキャパが小さくて、チケット難が予めアナウンスされていた。限られたパイを分け合う時、タカラヅカではどれだけお金を出したかで分け前が決まる。そういう世界だ。知ってる。多くを出したものが欲しいものを得る権利を持つ。自明の理だ。単純なシステム。当時の私は持てるものをすべて出した。やるだけのことはした。なんとかパイの欠片は与えてもらえた。ホッとした。

そして迎える退団公演。最後からといつもは現場に出られない私も私なりにチケットを申し込んだ。初日も。千秋楽も。大劇場最後に大階段から降りてくる姿が見たい。そう思った。最後からと今まで頑なに行かなかったお茶会にも申し込んだ。他の会の方から連れて行ってほしいという申し出を受けたりもした。嬉しかった。彼女ファンということで私のことを思い出してくれる人がいるという事実が嬉しかった。実は私も初めての参加なのだとは言えなかったけれど。千秋楽には白装束と言われる全身白コーデのファッションで入り出もして、そしてフェアウェルパーティに行くんだと意気込んでた。まず最初の躓きは、フェアウェルパーティ足切りだった。FC会員なら全員参加できるものだと呑気に思い込んでいた私は冷や水を浴びせられて言葉を失った。ショックだった。条件は、大人会に入ってること、もしくは去年一年間で入出の回数が規定数を満たしていること。お金を出している人もしくは現場に出ることの出来る人、それが条件。ああ、大人会・・・!現場に出られない私にとって大人会が救済措置だったのに、私はそれを自分の手で握りつぶしていた。ショックだった。フェアウェルがどういうものなのかは噂でしか知らないけど、ファンとして最後のお別れができる場なのだととらえていた。ご本人よりもファン同士で別れを悼むという意味合いもあるのかなと思っていたので、孤高の茶の間おひとりさまの私にはハードルが高いなぁって若干尻込みはしていたんだけど、それでも最後からとぎゅっと握り拳を固めていたところだったのに。

過分なことを望んでいたんだなぁってようやく自分立場自覚した。私はお金時間も費やしていないただの茶の間なんだから現場に出ないでも楽しむことができると嘯いてたタカラヅカ世界において、一番の底辺だということを思い知らされた。卒業最後に立ち会えない、そういう人間なんだって。分かってたつもりが全然分かってなかったんだと。ファンというざっくりとした括りの中に私は含まれていないんだなって全力で拗ねた。応援してくださってありがとうファンの皆様の力が支えとなっています、そんな定型文を耳にするたび、自分に対する言葉じゃないんだって心が荒んだ。私は私の好きな人世界存在していなかった。ただ遠くから眺めるだけの人間だった。いや、それが茶の間の正しい姿だし、清く正しい茶の間であることが私の誇りだったはずだ。少しのぞき見をしてしまったばっかりに、自分が内側にいるかのような錯覚をしてしまった。大いなる錯誤。なんたる勘違い。私は大好きだけど、でも彼女の設定してる「ファン」の中に私はいない。まずはそこに立ち戻ることにしよう。

そして千秋楽チケット難のお知らせ。ここでも、今までの貢献によってチケットを配分しますとアナウンスがあった。またか。もうたくさんだ。うんざりだった。

私の中で何かが失われた瞬間だった。

もう千秋楽なんて行かなくてもいいや。白服も買わなくていいや。そうだ、だって、私、ファンじゃないんだもん。

大の字になって真っ白な天井を見ながらやけくそなことを思ったらちょっと落ち着けた。自分の出来ることをできる範囲でやるだけ。現場に出なくても楽しいことはたくさんある。それが茶の間の正しい姿。それなのに、ちょっと現場に出ると欲が出てしまった。私も何かになれるんじゃないかと思ってしまった。とんだ思い上がり。茶の間大人しく茶の間に戻るだけです。楽しかった。最後にはままならないことに泣くことになったけど、それも含めていい想い出になるんだと思う。さよなら、大好きな人。ずっと大好きな人。どうか幸せに。

2018-02-04

僕とOD発達障害

僕は自身発達障害者ではないか、と疑っている。その理由には、僕の特性だけではなく、親戚に発達障害者が多いというのもある(未診断だが発達障害特性を強く持つ人も含めるとさらに多い)。

僕が実際に発達障害者なのかは置いておいて、こんな悩みを抱えている時点で社会に適合できていないのはわかってもらえると思う。

じゃあ診断してもらいに行けばいいじゃないか、と思うだろう。だがしかし、実は今僕は学生で、親の庇護下にある。かつ、親が大の精神科嫌いで、ちょっと訴えてみたら、そんなところ行く必要はない、なんでそんなことを言うんだ、と怒鳴られ、泣かれてしまった。そのために診断を受けに行くのは難しい。あと、単純に健康保険証を持ってない。

ODをした時の話をしよう。

僕は馬鹿なので、このやりとりの後にどうしようもなくつらくなって、とある風邪薬を買って全部一気に飲んだ。最終的にはめちゃくちゃ吐いたし、体が動かずに外で寝っ転がって泣き続けるはめになったが、効きはじめは最高だった。体が軽い。常に微妙にある倦怠感や眠気が吹っ飛び、脳に霧がかかっているような感覚も消えた。この状態日常生活を送れたらどんなにいいだろう、と思った。きっと最高のパフォーマンスを発揮できるにちがいない。

そして僕は、事あるごとにODするようになった。

眠ったりぼーっとしたりすることなく授業を受けたかった。

忙しい両親の代わりに家事をしたかった。

提出物の締め切りを守りたかった。

これら全てを薬は叶えてくれた。ODをすると僕はちゃんと動くことができた。普通になれたような気がした。だけど口は乾くし頭は痛いし排尿が難しくなるし体が痒くなるし切れると以前よりも動けなくなる。金もかかる。色々あってやめることができたが、やめられなかったときのことを思うとゾッとする。その可能性は十分にあったのだから

家庭環境はさほど悪くない、いじめも今はない。だけど僕はとてもとてもとてもとても、生きているのがつらい。家族とは合わないし、社会とも合わない。だけど僕ごとき境遇でつらいとか言うと、僕の方が私の方がつらい、それごときでつらいとか言うな、なんてお叱りを受けてしまう。発達障害です、とかいうと診断されてないのでこれもお叱りを受ける。周囲の人はみんな僕を普通だよという、だけどみんな僕を普通人間として扱ってくれるわけではない。僕は一体なんなんだ、どうしろっていうんだ。僕は一体何になることが求められているんだ。きっと普通になって欲しかったんだろうな、普通になれなくてごめんね。

僕と同じ中途半端状態でもがく仲間たちはわかってくれるかもしれないんだけど、僕は自分をちゃんと定義して欲しくてたまらないし、定義して欲しくない。定型発達だとも発達障害だとも言われたくないし、言われたい。普通だよと言われるのもつらければ、発達障害だろと言われるのもつらいけど、何も言われないと自分が何者かわからなくて不安で仕方ない。診断を受けに行くのは怖い。家を出たらすぐに病院に行くつもりではあるけど、果たしてちゃんと自分と向き合えるのだろうか。

何が言いたかったんだっけな。

とりあえず、明日までは生きることにしよう。

2018-02-03

anond:20180203123534

SSRI抑うつ不安などの症状に対してよく使われます。そのため、うつ病だけでなく不安障害においても第一選択薬となっています

すぐに効果が現れるお薬ではなく、毎日定期的に服用しても効果が出始めるまで1ヶ月近くかかる場合もあります

抗うつ薬は、SSRIの他にもSNRINaSSAリフレックス)、ドグマチール四環抗うつ薬、三環系抗うつ薬などがあります(この中では三環系抗うつ薬という古い抗うつ薬が最も効果が強いですが、副作用もそれなりにあります)。

SSRIを「十分量、十分期間」試しても効果が見られない場合、他の抗うつ薬を試してみるか、オーグメンテーション(増強療法)といって、抗うつ薬に少量の気分安定薬または非定型抗精神病薬を併用してみるといった方法もあります

何が言いたいかというと、SSRIが効くか効かないかは「十分量、十分期間」試してみてはじめてわかるものだし、たとえそのSSRIが効かないことがわかっても、まだまだ他に手はあるということです。

anond:20180203010903

自分の知ってる範囲だけの話になるが、「私の語彙力がたりない」、「え、ちょっと待って無理無理尊い尊すぎ」などの感想を漏らす人はその表現に逃げているんじゃないかって思うところはある。

おそらく、その人の心の罫線に触れまくって感情がああああああってくらい揺さぶられてるんだろうなとは思うが、それならそれで自分の口で○○の何々って言動が云々かんぬんって長ったらしくてもいいし説明して欲しい。

感じた感情をそんな皆が使っている定型言葉に納めるのはもったいないなぁとついったぁの一部の人を見て思いましたまる

2018-02-02

高学歴発達障害よりも低学歴発達障害よりも

アーア、クソ食らえ。

掘り返すにしても賞味期限切れだろうが知らねぇよ、酔っているし関係ない。

ぶっちゃけ高学歴だろうが低学歴だろうが発達障害だろうが、知らんし当時もなに議論してるのオレにはよくわからんかったわ。

バカだし。

アァ、あと酔っているていうのは嘘で、勢いをつけるための嘘だ。

学歴とかでキャンキャン言うてるてめぇら幸せそうだなと思ってみていたよ、レペゼンまれも育ちもクソの離島部落母子家庭

住んでた地域にゃ大学なんてモンなくて、金持ちで頭良くのボンボンけがシマ出て高校とか大学とか専門学校とか行けたんだが、バカ貧乏育ちのオレには関係のない話で。

中学から周りのバカ大人にキッツイ圧力で責め立てられて、不登校登校拒否自殺未遂だ、本当に低能ゴミカス大人しかいなかったからな、3年間毎日死ぬことしか考えてなかったわ。

学校でも家庭でも心療内科でも、どこにも居場所ないんだぜ?んで出来上がったのがこういうポンコツだよ。

高校リベンジ大学で大逆転みたいなこと考えてたこともあったわ、結局ヤンキーしかいない通信制高校スクーリングガクブル、何が東大だ、夢見てんじゃねぇよ、バカががよ、実家にも金ねぇしよ。

んで無職続いて親から働けと言われてパートに就くも、田舎福祉施設、安い時給に休憩も取れずにサービス残業当たり前。

もうダメになってクリニックに相談しても「鬱ではない」とだけ増やされる睡眠薬、あぁ、とにかく自傷しまくって辞めたよ、半年もっただけで偉いだろ。

んで工場に務めるも、最初説明とは違って休み無し、すぐに睡眠がとれなくなって自殺未遂して辞めた。

実家出て一人暮らし始めて、福祉生活保護で生きようと決めて、精神科でようやく「鬱」の診断もらって、PSWさんがいなけりゃ書けないようなさっぱりわからん保健所行政書類を書いて提出して、精神障害手帳貰って、受給者証もらったよ。

今は就労移行支援受けてるけどさ、社会でやっていける自身がない、人がなんかだ、社会がなんかだ、マナーだ、礼儀だ、仕草だ、気持ちだ、全部嘘っぱちにしか聞こえない、そんなバカみてぇな嘘ばかりで社会構成されてるのか?

自分人間として生きるのを諦めてぇよ、ゴミクズが、生産性のない肉の塊が、どっかの安いクソアパートの部屋の片隅でプカプカ生きられたら、それでいいなと思っただけど、社会はそんな甘くないらしい。

嘘っぱちで塗り固められてるくせしていっちょ前に正義だとかみたいな面して、社会だ、社交だ、義務だ、就労だ、精度だ、金だ、なんだと責め立ててきやがる。

インターネットでは発達障害が、非定型が偉い、頭いいみたいにトレンディだったんで、ネットのお気軽ADHD診断でどうやらADHDみたいだと踏んだオレはWAIS-IIIを受けることにした。

オレはてめぇらより頭悪いが、でも非定型だと認められれば、社会の中でも、ダメ人間として認められれば、言い訳を増やすことができれば、それで良いと思った。

結果はIQは平均的、まっすぐ一直線、凡の凡、ディスクレパンシーなんて存在しない。

作動記憶と処理速度はガタガタに平均以下だったが、言語理解と知覚統合が平均より上だったせいか総合的にはスコアは平均ってこった、言語なんか理解できないし知覚も統合できてねぇよ、ほら、ご覧の通りのバカでござい。

一縷の望みに賭けて報告したよ、精神科に。

発達障害特性はあるが、それと診断できない」だってさ、みなさんよりバカ低学歴でんでもって発達障害だと診断も降りないゴミカスが出来上がり。

みなさんが、社会の人たちが、インターネットのお前ら共が、なに言ってるかさっぱりなんだな。

定型ニート生活困窮者について「弱者の味方だぞ」みたいな面してさ、毎日まどろっこしい語り口で意味の分からないタームと目眩がしそうな論理を駆使してるのを見ると、あぁ、こんなのも理解できないオレはもう"そこ"にも居場所を作ることができないんだ、みえないんだよなって気になっちまうんだよ。

手ぇ差し伸ばしてくれやなんて言えねえぇよ、でもオレみたいなゴミクズより何億倍も優等生のてめぇらがさ、「オレはとっても弱者、そして弱者の味方」って言ってオレには手ぇ差し伸ばさないで程よい弱者に語りかけてるの見るの腹が立つんだよな。

大学出て、日本語できて、社交もできて、仕事やってるお前らのどこが、どこがだよ、ふざけんな。

ウィキペディア自分性格かに似た”障害”を見つけて並べ立てて、オレはこれはオレの障害だと安心しているんだが、そのままで現実味もない、素人の目で自己診断したところで障害でも何でもない。

すぐに逃げる、薬を沢山に飲む、侵せない自分ルール生活費を削る読まない書物の壁、飲む、鬱、買う、じっとできない、上手くしゃべれない、頭が悪くて大変だ、文字も読めりゃしない。

回避性、境界性、強迫性衝動性、パーソナリティ障害強迫性障害強迫ホーディング発達障害学習障害、色んな可能性を考えてるよ、このどれかがオレに当てはまると良いなと思ってる。

ただ、医師相談できない、今までに鬱に強迫性障害発達障害睡眠相後退症候群医師から否定されてきた、オレが希望にしてる、"かもしれない"障害が、全部否定されたら?死ぬしかねぇな、裸んぼで社会で生きてけないよ、障害言い訳だ、免罪符だ、それがほしい。

実際のところ、診断書貰えたのは「社交不安障害」なんてありきたりなもん、これはこれで困ったもんで、リアルでもネットでも、友達が作れないんだが、まぁ、それくらいだ。

あとは「睡眠障害」なんて曖昧ものと、あと「鬱」なんて今の時代10人に10人が鬱だろ、意味なんかない。

特別になれなかった人間特別になりたくて特別になれないか特別になれた方の、お前らに憎悪をむけてやる、それしかできないんだよ。

あぁ、タイトルのアレ、高学歴発達障害よりも低学歴発達障害よりも学歴ない障害未満の方が何倍も厳しいってことだ、そんだけ。

ほら、頭いい増田、なんか言って来いよ、それかもっとオレより頭悪いバカマウンティング取ってこいよ。

いみなんてねぇよ、全部、クソクソクソクソクソ。

あるゲームを辞めました

とある女性向けのブラウザゲームを辞めました。

なんとなく、辞めた経緯を残しておきたくなったので書いてますが、もしこの文が誰かの気に障ってしまったなら申し訳ないです。すみません

あと、一応ゲーム正式名称は伏せますが、別に隠したいわけじゃないのでわかる人にはガッツリわかってしまます。というかプレイヤーじゃなくてもわかると思う。いろんな意味で有名だし…。

私がそのゲームを始めた理由は、周りの友達がやってたから、っていう非常に簡単ものだった。

誘われてじゃあやってみようかな、と思ったころには既にサーバーの数が足りず、周りの事前登録からはずいぶん遅れてのスタート

私はオタクだけど、ゲームにはほとんど触れたことがないタイプオタクだ。

特に女性向けの、いわゆる乙女ゲーというものはどうにもむずがゆくなってしまって進められなくなるから、正直苦手な部類だった。

から最初はそこまでゲームに対してやる気がなかったし、ぶっちゃけオタク友達と話を合わせるため以外の意味を感じていなかった。

けど私はそのゲームにドハマりした。

登場キャラは見事にイケメンの男ばっかりで、確かに女性向けのゲームではあったけれど、みんなプレイヤーに対して過剰に接触してくることはなかった。普通乙女ゲームのようなタイプではなかったことに衝撃を受けた。

なにより、そのゲームの中で運命出会い果たしてしまった。大好きな推しキャラができた。

私が今までゲームプレイし続けたのはほとんどその推しキャラのおかげと言っても過言じゃないです。とにかく大好きだった。

推しが大好きすぎて、推しに所縁のある地に一人旅したこともあります。ここが推し地元推しの過ごした街…などと考えながら。

ところでそのゲーム、決して公式から供給が多い方ではなかった。

一応戦闘シミュレーションゲーム…なのかな?多分…。キャラたちが戦いに身を投じるに至るあらすじみたいなもの存在したけど、メインストリー的なものとかは一切なかった

あるのは特定キャラを組ませたときに発生する、特殊会話だけ。

よく覚えてないけど、サービス開始当初はこれからどんどん物語が展開していくよ、みたいなことがほのめかされていたと思う。

けどそれも多分ないんだろうな、っていうのをサービス開始から半年経ったぐらいで察しました。

前述の通り私はソシャゲには疎かったし、よく知らないけどまあ、ソシャゲってたぶん全部こんなもんだよね。と諦めた。

ストーリーの進展に対して期待がなかったわけはない。というか元々漫画とか小説とかを好む人間だし、それをこそ求めていた部分がある。正直ガッカリだった。

ぶっちゃけこれ、人にオススメできるようなゲームじゃないなと思った。

それに、ストーリーの進展がないことがオマケみたいなものに思えるぐらい、そのゲームはたびたび問題を起こした。

いわゆるトレパク問題や、ユーザーへの事前報告なしの突然のキャラ情報修正など、とにかく火種には事欠かなかった。

トレパク問題では一応謝罪修正が入った。本当は修正が入った部分だけじゃなく、他の部分でも問題があるところがあったんだけど、当時の私は一応はそれで納得した。

納得させたかったんだと思う。

そこで辞めてしまうには推しキャラのことを好きになりすぎていた。

推しだけじゃなく、登場キャラクターみんな大好きだった。一時はキャラコンプリートしたりして、とにかくやり込んでいた。

課金キャラゲットにわかやすく直結してるゲームじゃなかったけど、当然課金をするメリット存在したし、お金を払うことは愛だと思っていたから、少なくない額は入れてた。

要は、キャラ愛にすがって辞めどきを完全に見失ってしまっていました。

半年も経つころには、私を誘ってくれたプレイヤー仲間はゲーム自体に飽き始めていた。

当然だと思う。だって進展が無い。イベントもいつもと同じ周回だけで、楽しいと思える要素がない。

キャラ間で発生する特殊イベント動画サイトツイッター簡単ネタバレを見ることができる。

そうしてるうちに、ネタバレを見ることも減っていって、他のゲームアニメにハマっていく人が多かった。

私はそのゲームがとにかく好きだったからこそ、離れていくユーザーに対して何も言えなかった。

酷い部分、悪い部分を他の人より深く知っていたと思う。中には根も葉もない噂話程度のものもあっただろうけど、そうじゃないものも多かった。

ぽつぽつ増えだしたアンチの人たちが、間違ったことだけを言ってるわけじゃないのをわかっていた。

もともと人に勧められるゲームじゃないとは思っていたけど、私はそのゲームプレイし続けていることを、友達に話したりしなくなった。


あるときアニメ化発表があった。

離れていたユーザーが少しずつ戻ってきた。ストーリーが無いゲームをどうやってアニメ化するんだ?とか、ネタにされることも多かったけど、楽しみにしてる人がほとんどだったと思う。(あくまプレイヤーの中では)

私もその一人だった。すごくわくわくしてた。十数種類程度のセリフと、変化のあまりない立ち絵だけにすがってプレイし続けてきた私にとっては、アニメ化はこれ以上ないご褒美だった。

でもそのアニメは、私が期待していたようなものじゃなかった。

いっちゃあなんだけど、ツイッターとかピクシブ蔓延ってる二次創作適当に詰め込んだみたいな、ひどい内容だった。全然楽しめなかった。

ツイッターでは絶賛されてた(表向きそんなふうに見えた)から唖然とするしかなかった。

私が推しキャラ課金したお金は、こんなふうにして消化されたんだ、と絶望した。

そんな折、推しの新しいイベント実装された。

本当に個人的感想からあんまり詳しくは書かないけれど、二次創作の、アニメの中で改変された推しが、ゲームの中に侵食してきた、と思った。

アニメ化第2弾の発表があった。

まり期待しないで見たけど、やっぱり酷いものだった。

ゲームログインする回数が減っていった。





ログインの回数を減らすと同時に、今まで視界に入っていながら見ないふりをし続けた、ゲーム自体問題について改めて調べてみた。

問題の詳細については例によって詳しく書かないけど、よくもこれで今までやってこれたなあ…と呆れてしまうような内容ばかりだった。

そんなゲームを今まで支えてきたのは私みたいなバカユーザーだってことも思い知った。

今このゲームやその周辺がやっていることは、ただの延命治療だと思った。

私みたいなバカユーザーと書いてしまったけど、ゲーム問題自体を知らない人も、全て解決したと思ってる人たちも居ることでしょう。私はその人たちを一方的に責めることはしたくないし、する意味も無いと思う。平行線になってしまうと思うし…。

それに、ずっとキャラにすがりついて、キャラ愛を言い訳にして問題のあるコンテンツ居座り続けた私が、誰かに何かを言うことはできない。

本当に賢明な人は、問題が明らかになった時点で見切りをつけてる。

私は加害者の一人なのであって、被害者を名乗れる立場じゃない。

だけど少し言い訳を添えるとするなら、私はなにも運営への悪口を一人で書き連ねたり、アンチ活動に精を出しているわけじゃなかった。

なにが起こるたびに、疑問を抱くたびに問い合わせを送った。本当のことを運営から話してくれたら、と期待した。

でも、帰ってきた言葉が、定型文以外だったことは一度もなかった。

たぶん、私みたいな人はまだ大勢いるんじゃないかと思う。問題に蓋をして、好きなキャラだけにすがってしまう人。

改善が無いと知っていながら、諦めきれずに運営にお便りを送り続けてしまう人。

そういう人には、ただ早く楽になってほしい、と願うばかりです。




長くなってしまったけど、要約すると「ゲーム問題があると知りながらそこに目をつぶってきたけど、推し最初思ってたのと違うキャラなっちゃったから辞めます」っていう、クソみたいな話でした。

でも、これで良かったのかなと思う。私がゲームを続ける一番の理由だった推しが私の理想キャラじゃなくなってくれたから、私は足を洗うことができたんだと思います

ところでそのゲームブラウザゲーで、とあるプラットフォームを利用したものだったので、辞めるときはそれ自体から退会をしてしまい、同じプラットフォームプレイしてた他のゲームデータも当然消えてしまったわけですが…。

問題、起きましたね。同時プレイしてた他のゲームでも。

たぶん呪われてるんですね、ソシャゲというものは。もうソシャゲ自体引退することにします。

やっぱり漫画アニメと、あとゲームテレビゲームとかボードゲームとか、そういうのに限ります

これからも元気にオタクやっていくうえで、清算すべき過去だと思ったから、このゲームへの思い出は捨てていくことにします。

ありがとう推しくん。本当に大好きでした。今度は良い作品の中に生まれてきてね…。

ありがとうございました。

2018-02-01

anond:20180201140244

主人公正義感はあるけど短絡的で直情的でおっちょこちょいだったりで

それをしっかり者のヒロインが支えるってのが王道だけど

しろそういうのが定型的男女役割分担で差別的なんで

消えつつあるんじゃね?

2018-01-30

「新しさはいつも否定と拒絶を生む」2.5次元作品について思うこと

2.5次元作品が狂ってしまった、と嘆き憤る方の言葉を読んだ。

そのことについて思うところがある。

誤解のないよう、まず初めに私の立場を表明しておこうと思う。

私は、ペンライトうちわなどを持ち込んで応援のできるスタイル作品が、正直に言って苦手だ。「うちわ」が苦手なのである

作るのが面倒とか、視界に邪魔だとか、そういうことではない。

ピースして、ウィンクして、というような「要求型」の応援が得意ではないからだ。

ただし、くだんの記事で書かれていたように、こういう客席参加型の作品を狂ったとは思わないし、舞台ミュージカルではないとも思わない。

うちわさえなければ普通に、というかハチャメチャに楽しく観劇するだろう。

客席に降りてきたキャストファンサを貰ったら嬉しくて飛び上がるし、この色と決めていたペンライトカラーはすぐに揺らいで、軽率ブロマイドを買ってしまう。

界隈にはよくいるオタクだ。

ただ、気持ちは分かる。痛いほど分かる。

あれほどの感情は持ち合わせていないが、理解共感ができてしまうのである

例の記事にはもう少し冷静に、悪感情だけを振りかざさずに話をしてくれればよかったのにと思ってしまう部分が少なからずあるが、何言ってんだコイツ、と切り捨てられてしまうばかりではあまりに悲しいので、今回筆を執るに至った次第だ。

なんだよ老害が、と思った方も、時間が許すばら話を聞いてもらえると嬉しく思う。


先ほど、この応援スタイル作品は苦手だが、舞台ミュージカルではないと思わない、と申し上げたが、それはおそらく2.5次元より先にそのスタイル出会っていたのが根源にあるのではと思う。

舞台だけれど、歌って踊ってファンを振りまき、客はペンライトを振ったり声援を送ったりする。そのことに対しての違和感あるかないか。そこが私と彼の方との大きな差であろう。

例を挙げるなら、宝塚なんかが有名ではないだろうか。

1部と2部で分けられた構成で、似たようなもの存在している。観たことのある方も多いのではないだろうか。

それから四季マンマ・ミーア!なども、近いものがあるだろう。

カーテンコール熱狂ぶりは、一度体感して欲しい。

2.5次元作品名前をお見かけする俳優さんたちが出演しているものでいうなら、私は数年前に上演された「ボーイ・バンド」が分かりやすい例ではないかと思う。

劇作家であるピーター・キルター作品だが、世界中で初めての公演を日本で行ったものだ。

これは2.5次元作品ではないのだが、ミュージカルではなく、けれど歌があり、客はその歌に合わせてペンライトを振る。

ペンライトを持ってくることについて公式からアナウンスがあった)

少し時間が経ってしまったためよく覚えていないが、演者が客席に降りてのファンサービスもあったように思う。

歌われている曲は大ヒットしたJ-POPだ。(興行主側が曲を決めるらしく、作品として固定の曲はないようである。)一緒に歌ってほしいなどという煽りもあった気がする。

例の定型にはめるのなら、これらは舞台ではないということになるのかもしれない。

こういった作品は、知らないだけで、きっとずっと前から数多く存在しているはずだ。

ただ、昨今の2.5次元作品という界隈で、アイドルコンサートと一体化しているようなものが乱立している。

からとても目立つのだ。

2.5次元作品をかじっていればどうしても目についてしまう。それを苦手だと感じる人がいれば、極度の嫌悪感を抱いてしまうくらいには多いと思う。

おそらくだが、嫌悪までいかずとも、僅かばかりもやもやとしてしまう人にとって、そしてくだんの記事を書いた方にとっても、舞台コンサートイベントなどの種別に関わらず、興行というものは全て「参加するもの」ではなく「観るものなのだ

ただ、作品を観賞したい。それに尽きるのだ。

から舞台上の出来事を受けて起こる笑い声は演出ひとつと受け入れることができても、客席側から舞台上に向かって存在要求を主張するようなうちわや歓声は必要ないと感じてしまう。

少々暴力的言葉を使うなら、邪魔なのだ。余計なものだと感じてしまう。

要は、酢豚パイナップルなのである

あれが許せるか許せないか。あったほうが美味しいか、入っている意味すら分からないのか。

けれど、公式的にそれが認められ、あまつさえもっともっと要求までされているのものから困惑するのだろう。

どうして、と思う。

そして、自分が好きだったジャンルが「どうして」で溢れかえってしまう。

パイナップルの入っていない酢豚が食べたいのに、流行のせいで中華料理店パイナップル入りばかりを提供しているのだ。

こんな酢豚は要らない!私の思う酢豚はこんなものじゃない!と感じるのである

私自身、この手の舞台にっついては冒頭に書いたように苦手な部分があるので、チケット代分をしっかり楽しめる気がしないから近寄らないでおこう、くらいのスタンスでいるつもりだ。

2.5次元作品も好きだけれど、他にもオリジナルなり古典なり、全然関係ないアーティストライブなり、あちこち手を伸ばしているというミーハーな側面があるからだろう。

パイナップル酢豚しか見つからないなら仕方ない。

回鍋肉でも麻婆豆腐でも何かおいしそうなものがあれば、気が向けば食べる。

けれど、私が好きで好きで仕方ない漫画アニメ作品が、うちわを持って応援するスタイル舞台になってしまったら。

楽しいと思うしそういうのがあってもいいと思うよ、私は行かないけど」という立場を貫けるのか。正直わからない。

きっとあの記事を書かれた方は、一足先にその憂き目にあってしまったのだと思う。


とにもかくにも、最近このドルステタイプ作品が多いのは紛れもない事実だ。

少なくとも私が2.5次元作品を観るようになったばかりの頃は、ミュージカルストレートかといった分類だったように思う。

それを証拠に、ある作品舞台化するという情報が出たときは「ミュなの?ステなの?」なんて疑問文をよく見かけた。

最近では、うちわは有りなの?なんて言葉をよく見る。

新たなジャンルが生まれているのだなあ、と感じる一端だ。

この新たなジャンルは、確かに舞台作品範疇ではあるが、独特な応援スタイル存在しており、それを楽しめる人もいればとんでもなく苦手な人もいる。

2.5次元ミュージカルの先駆けのひとつと言われ、多くの動員数を誇るテニスの王子様だって、初めは観客もぽかんとしていたという。

テニミュに触れたことがあれば、知っている人も多いのではないだろうか。あの最初の曲。You Know?

はじめの台詞を言っとき、お客さんが「???」という反応だった、と演者の方が話していた。

そんな始まりだったが、千秋楽の頃には満員御礼

けれど、2.5次元ミュージカルがここまでの台頭を見せていなかった当時、「何で急に歌いだすの」「ミュージカルでやる必要ある?」と感じていたファンは一人もいなかったのだろうか。

決してそうは思わない。思わないが、徐々に受け入れられ、ファンが増え、公演数が増え、途絶えることな3rdシーズン

その折り返しをすぎた今、世の中には同じように漫画原作とするステージが数多生まれ、『2.5次元ミュージカル』という言葉自然発生的に生まれ、すっかり市民権を得ている。

今この時代チケットを握りしめて劇場にいった人の中に「何で急に歌いだすの?」「ミュージカルでやる必要ある?」なんて疑問を感じる人はいないと思う。

そうとわかった上で、私はそういう作品が好きで観にきているのだ、という人が殆どだろう。


先日放送されていた情熱大陸松田さんが仰っていた。

映画などとは違い、舞台初日の幕が上がるまでどんなものなのか分からない。

当たり前だが、その通りだ。

先ほどのテニミュ初めての公演のもそうであるし、刀ミュが初めて上演されたときなんかも記憶に新しい。

実質ドルステ。そういうような単語がいくつも踊っていた。分からないのだ、幕が上がるまで。

私が知らないだけで、もしかしたら公式サイトのQ&Aなどで、内容が予想できるようなものがあったのかもしれない。

公演前の宣伝番組で、内容が示唆されていたのかもしれない。

だが、そこまで下調べをし予想についての情報収集をしていく客の割合は、そう多くはないだろう。

出演者ではなく作品ファンというなら尚更だ。

少なくとも「ミュージカル刀剣乱舞」のタイトルフライヤーだけでドルステだろうなんて、よもや想像がつくまい。

そして、とても現金な話ではあるが、決して安くないチケット代を払い、宿泊先を押さえ、はるばる新幹線に乗って都市部へ足を運んで観る。どうせなら、心から楽しめる演出作品のものを選びたいと思うのが人の心理というものだ。

苦手だなと思う私の立場とは逆に、うちわを作ってペンラを振って推しキャラキャスト応援するスタイルが大好きで仕方ない人だっているはずだ。

知人にも数えきれない程いる。舞台には行ったことがなかったけれど、評判を聞いて2.5次元アイドル応援しにいった女の子。いつの間にかうちわ制作プロになっていて、自分の住んでいる県でも上演があるのに、このスタイル舞台なら!と言って、うちわを持ってあちこち飛び回るようになったお姉さま

舞台を観たことがない人を、いか劇場に来させるか。そんなことを、制作から聞いた。これまた情熱大陸だ。大成功である。そして、すっかり確立された演出方法にもなった。

きっと今、文化の変遷と定着の、まさに過渡期に立っているのである

からそろそろ、この新しいスタイル演劇名前つけませんか。

そうとわかった上で、私はそういう作品が好きで観に行くのだ。

これを当たり前にするために。

オペラから派生し、最初は格下だと思われ、あんもの芸術じゃないなどと言われてきたであろう、そして現代ではすっかり格式市民権を得たミュージカルのように、いつかこスタイル演劇も一つの舞台芸術の形としてウィキペディアに載る日がくるかもしれない。

2.5次元も嗜むしがない舞台ファンからの、ただひとつの願いである。

最近見たロボアニメ感想

ネタバレあり。増田でアニメ感想文書く人は義務的に全部見て薄い感想書くくらいなら、好きなアニメだけ見て、これくらい気持ち悪い文章を書いて欲しい。せっかくの匿名だから気持ち悪くいこう。

新幹線変形ロボ シンカリオン THE ANIMATION

エバーエバー言ってるオッサン多かったけど、このシンカリオンで注目すべきは、主人公が自分以外の誰かのためにロボットに乗るってとこ。お父さんのため、シャショットのため、誰かの夢のため。いい子すぎかよーーーー!!! ハヤトくんCVあやねる超かわいいかよー! ドライブヘッドとはタイプが違いすぎる主人公持ってきたな。それにしてもドライブヘッドは極度に萌えっぽい要素は宗像チーフの激エロ制服くらいだったのに(タイガくんのアイス好きは超可愛かったけど)、のっけからいきなり激カワショタCVあやねるって。ここにクールなCVぬーさんが加わるって。これ朝アニメなのに声豚狙いすぎだろ! 更にりえしょんも来るんだろ!? そしてヒロインのJSユーチューバーがあやち(今期ヒロインめっちゃ多いね)。この組み合わせはもう声豚を殺す気満々だよね。あと指揮官役が特急のライバルだった緑川光と、機関車だった杉田智和なのは、往年のタカラ玩具ファン狙ってるのか偶然なのか(これプラレールだからトミー側だけど)。オペ子のCVが雨宮天(今回は綺麗)なのはガイストクラッシャー感ある。でもケツの穴とは言わなさそう。

ロボオタのみんなは俺が言うまでもなく見て「柳瀬?」「これテンカイ…」って言ってるけど、声豚のみんなも早起きして見ようぜ! YouTube他で公式配信もしてるから寝坊しても見ようぜ!!!!! 配信中のドライブヘッドの新シリーズもよろしく!!!!! ドライブヘッドは夏の完全新作映画もあるぞ!!!!!

この段落は読まなくていいよ。「大人がまともなエヴァ」って評には、「そもそもエヴァが『子供が戦う話に出てくる大人が全員ダメ人間だったら』なんだから、素直に作ればそうなって当然だろ!」ってケチを付けておく。あとJRの協力どうこうも、そもそもアニメ原作である玩具がJRの子会社と小プロとタカトミの共同企画だったでしょ、と。JRの車内でウチが関わってる企画ですってテロップ入ったCMもやってたんだけどな。このはてなーの反応でテレビアニメ無しの玩具コンテンツがどれほど世間に届かないかを再確認できた。ちょっと前にトミーの人がアニメ玩具批判めいたことを田中圭一の電ファミ漫画で言ってたけど、やっぱアニメ化しなけりゃこんなもんなんだよ。トミカではハイパーに人型ロボが定着して、プラレールにも久々にロボが来て、新作ロボ玩具の波がタカトミのトミー側から来てるな……なんてロボ玩具・男玩ファン界隈では数年前から盛り上がってたんですけどね。既存の安定した人気IPに乗っかる形だから、変形ミニカー売り場にビークールを25種くらい一気にブチ込むことでブーブとダイヤロボを焼き払って売り場ごと全滅した時みたいにはならないと思ってみてたけど、そもそも盛り上がってるとは言えなかったんだな。やっぱり地上波アニメハリウッド映画じゃないとダメか。まあそれはゾイドの現状を見て気付くべき……死体蹴りになるからやめようか。とにかくアニメになったから、みんなが知ってくれたし、プラレールも買って盛り上がってくれたら嬉しいね。最後に、ドライブヘッドをハズレアニメ扱いしたクソッタレブクマカの骨が、成型から20年経過した金色のプラスチックになりますように。

ダーリン・イン・ザ・フランキス

はいはい、セックスセックス

マジンガーZ / INFINITY

楽しかったけど、これを東映アニメーションが作った意味が分からない。◯◯周年みたいな看板掲げたかっただけ?

こんなんバンビジュチェンゲ以来やってきたダイナミックプロ系のリメイクアニメと変わんねえだろ。マジンカイザーインフィニティでも、真マジンガーインフィニティでもいいし、新しいタイトルにしてもよかった。なんで「マジンガーZ」にしちゃったの? というのが最大の減点ポイント

いや、楽しかったよ? 音楽いいし(Zのテーマで泣いたけど、スクランダークロス時に空飛ぶマジンガーZが無かったのは大幅減点)、CGのアクションもかっこいいし(ちゃんと足裏の光子ロケットで宙返りしてスクランダードッキングしてて感涙)。でもこれが東映動画制作アニメの続編として出されると「は?」となる部分が多い。OPで東映版アニメ風のイメージイラストを散々見せといて(主題歌流れた時点でもう泣いてて、このイラスト駄目押しになって声出すの我慢するくらい本気で泣いた)、その続きですといって出すのがあの本編かよ。

弓先生が大人の事情を現場に押し付けるおじさんになってるのは「なんで……?」ってなるし(脚本の都合にしか見えん)、さやかさんが光子力の研究者になってるのが謎すぎるし(東映版では高校に通ってないんだぞ。中卒所長か?)、ガミアQの存在とかマジンガールズの演出とかお前永井豪漫画版と東映版アニメ混じって記憶してんじゃねえの? みたいな点もあったし(弓「総理」もマジンサーガの読み過ぎなのでは? と邪推したくなる)、あしゅらがジェットファイアーバッタモンに乗ってるし、そもそもあしゅらもブロッケンもサルードやグールで指揮しろよ! だし、しょうがないとはいえピグマンいないし、これもしょうがないとはいえミケーネ闇の帝王の先遣隊・ゴーゴン大公がいないのも淋しいし(武人タイプでかっこいいんだよね。グレートでの死に様は敵ながらあっぱれだった)……。桜多版設定を全面的に支持するわけじゃないけど、ヘルの世界征服の動機なんかをああやって今風にアップデートさせちゃうと、これはテレビの続きなのかなぁという感想が出てきてしまう。まだロボガの方が東映要素目立ってたかも。もういっそゼーレンみたいな新作立ち上げてやればいいのに。ヘルの動機とか先の戦争どうのこうのとか正に。結局昔のかっこよさ中心のヒーローものと今風のリアル系な設定との整合性とれねえよなって話でしょ。しかもこれ一本で消化しきれてねえじゃん。最後の会見で元おかちめんこ(さすがに今回のデザインをおかちめんことは言えねえ)が次は上手くやるとかブン投げてたけど、この映画には次があるのかよ。本当になんでマジンガーZってタイトルでこの話やったの?

あとね。インフィニティマジンガーに似た姿である意味が分かんない。たぶんマジンガーマジンガーやりたかったんだろうと思うけど、それ東映版でやってないだけで、他では散々やってきてるネタなのよね。グレンダイザー数えていいなら東映動画でもやってるし、漫画だと『双魔人ダブルマジンガー)の恐怖』が傑作。これと『魔神の挑戦』(ダイザー対グレートのコミカライズ)の二作品は桜多版と並んでコミカライズマジンガーの必修だから、みんな読もうね。それはともかく、マジンガーマジンガーは近年ではマジンガー作る度にやられてるネタ。それなのに今「富士山に埋まってたマジンガーに似た巨大ロボ・インフィニティ世界中光子力でデカい幻像実体化させたZ」とかやられても。なんだよマジンカーネルって。小説とはいえ『スーパーロボット大戦』で「十蔵博士が作ったZを剣蔵博士の設計図を元に弓先生が改造し甲児が動かすゴッドマジンガー 対 十蔵が破棄した設計図を元にあしゅら男爵が密かに建造しヘルの怨念で強化され闇の帝王を吸収したデビルマジンガー」というなんともシリーズ集大成感溢れるマジンガー同士の最終決戦が20年前に世に出ていたのに、2017年(国内公開は2018年)に東映が作るのはこれなのかよ。ヘルが乗った悪のマジンガーとの対決という点で比較しても完敗だよ。当時ダイナミックプロでブレーンやってた作家に当時の没プロット持ってこられたら勝てねえのは当然だけど。だってある意味では原作者以上に原作者だもん。それと比較して思うのは、マジンカーネルとかいう知らないモノ持ち出すよりも、まずテレビアニメから存在してる光子エンジンクローズアップすべきだったんじゃねえの? テレビでも改造といえばまずエンジンで、武器や他の装備の強化はその次だったでしょ。とは言っても当時の文芸スタッフはだいたい亡くなっとるし、生きてるからといって藤川桂介担ぎ出すのもなぁ。永井隆もPとして一歩引いてたようなことを雑誌か何かで読んだ記憶がある。それに団龍彦が本物のZはエンジンにおじいちゃんのサインが! とかエンジン話を散々やったから今回はあえて避けてたのかもしれない。そもそも今の人が作るんだから当時の雰囲気は引き継げるわけないよねって話もある。でもだったら最初に言ったように、バンビジュ系のリメイクみたいに漫画なり当時の企画書なりを原作に、もしくは完全に独自の世界でやりゃいいじゃん? 鋼鉄神ジーグみたいにアニメとも漫画とも微妙に繋がらない話にしてもよかったはず。くどいけどなんで東映版の続きにしちゃったの? 失望しましたインフィニティの話するのやめてダイナミックヒーローズ読みます(って定型文で言ってみたけど、そういやエンドクレジットに原画で越智一裕いたね。OPの旧作の画風再現イラストがそうだったのかな? 各種DVDジャケットといい、超合金魂DCの監修といい、すっかりそういう仕事の人だなぁ)。

お話はともかくとして、キャスティングは良かった。知ったときに「えっ、しょうなのぉ!?」って思った森久保祥太郎の甲児くんは思った以上に甲児くんだった。関俊彦の鉄也さんもかなり合ってた。でも活躍少なかったのが残念。かやのんもすみぺもいっぱいちゅき(これは感想ではなく、ただの声豚の鳴き声)。タレントも棒じゃなかったね。宮迫あしゅらいいじゃない。おかずクラブはセリ自体少なかったのでまあうん。

キャラさやかさんが普通に美人ヒロインやってる事自体は悪いことじゃないし(喧嘩で顕微鏡投げるアラサー女はさすがにヤバいからね……)、リサも娘尊い。ネットで甲児とさやかに種付けックスさせたガールとか酷いあだ名付けられてたけど、これが何一つ間違ってないのが一番酷い。ジュンさんはあれから10年経っても石鹸持って「色が落ちない!」しそうな超危ういメンタルしてるわ、この人。見てる方がこわいから鉄也さんパイロットやめて側にいてやってほしい……。

ところでこれ完全に妄想なんだけど、隣接次元って手天童子の母親の病室じゃない? リサの容姿や性格や行動は、あのとき甲児くんが可能性に触れたから遡って決まったのでは。さっきのリサのネタ的な呼び名もここから逆算すると本当にそういう行動規範を持ってる可能性が……この話はいいや最近手天童子読み返したが故のこじつけだし。

機械獣との戦闘シーンはものすごく良かった。これは声を大にして言いたい。Zが機械獣と戦ってる間は、スクリーン観ながらずっと泣いてた。機械獣はもうちょっと種類絞って個々に活躍させてくれよ! とも思うけど、そうなったらジェイサーやダムダムやデスクロスといった今回めっちゃ目立ってた連中はもちろん、ジャイアンタイターンみたいなデカいだけで知名度微妙な子も出てこられなかったろうし(永井豪版やリメイクにいるでもなければ、スパロボ常連ってわけでもないからなぁ)、個人的にはサタングロースがスクリーンに! というだけでニヤリとできたのでまあいいかな。もし数絞ったら毎度おなじみガラダとダブラスに延々立ち回られることになりそう。前期OPにいるおなじみの機械獣ではあるけど、あいつら作り置き組だから以降の機械獣より格が落ちるはずなのにね。知名度は偉大だなぁ。でも賢ちゃんが双葉社アンソロで描いたガラダブラがいいかげん乱用されすぎだったから、ここでちゃんとプレーンなのが出てきたのは良かったかな。残念だったのは、富士山での戦いだったから水中戦が得意な機械獣の影が薄かったこと。とはいえ富士五湖グラナダとか、今出たらやべえよな。水爆工場が爆発とか風評被害どころの話じゃない。

Zの武器も一回こっきりの謎武器以外は全部出てた(だから指ミサイルブーメランは無い)。ちゃんと「スクランダーカット!」って言ってた。嬉しい。ドリルミサイルの多用もありがたい。アイアンカッターラリアットが最高にカッコ良かった。グレートもキックやブレードを使ってZと差別化してた。Zは脚に装備が全然ないんだよね。ロケットくらい。

忘れちゃいけないのがボロット。ちゃんと活躍してた! しかも陽動で! そうだよ、ボロットといえば陽動と足止めと時間稼ぎのプロなんだよ。なんだかんだ言ってあいついなかったらZの修理間に合わないときいっぱいあったからね。グレートでも二面作戦で街と研究所を同時に攻められたとき、しっかり足止めしてくれてた。偉い! さすがはボスロボットだわさ。あからさまに足引っ張ったのって、テレビじゃパイルダーから燃料抜いたときぐらいじゃないか。そういうやつなんだよボスって。後続作品のコメディリリーフロボ(と書いてお邪魔虫)が真似できてなかったのは、こういうところよ。

重戦車Zが量産配備されてたのも偉い。もしもあれなかったら「イチナナ式とか考えたやつキャットルーにしばかれろ!」って念じてたところよ。ちゃんとテレビに出てきたものを活かしてる。

バカラスが小ネタ的に登場したのも嬉しかった。Zの映画だけどグレートのキャラもちゃんと出てくる! それもバカラスが! でもZの映画の割にはみさとさんがちょっと事情を知ってるただの人になっててなぁ……まあ尺考えたらしょうがないよな。後半ヒロイン同然だったとはいえ、この映画で女007が活躍する隙なんて……あ、マジンガールズ……。

長々と感想書いたけど、今はまだこの映画を愛することも憎むこともできない。でも大スクリーンで大機械獣激闘する鉄の城が素晴らしかったので観てよかったとは思ってる(ここ劇伴作曲者的に考えて彈劾凰→G彈劾凰に掛けるべきだろってツッコミを入れてね)。

この映画は「昔見た記憶がうっすらと」「漫画/スパロボリメイクで知ってる」「マジンガーが悪いロボと戦う」くらいの薄い知識の方が楽しめると思う。昔のアニメを変に神格化してると、こういうめんどくさい感想文を書くマンになっちゃうから

もし次の映画があったらマリアちゃん出してほしいな。40年前のキャラとは思えぬ美少女っぷり。荒木伸吾おそるべし。未だメグちゃんに心奪われたままのおじさんおばさんは多いと聞くが、マリアちゃんも負けず劣らずかわいい普段妹萌え無いんだけど、マリアちゃんには萌えを感じる。もしキャラデ続投するなら飯島弘也がどうデザインしてくるかも気になるところ。マリアちゃん24歳かぁ。声は誰がいいかなー。(以下マリアちゃん妄想が続く)

2018-01-27

anond:20180125200234

モルダー、あなた疲れてるのよ。

懐かしい定型文を捻りもなく書いてみる。

2018-01-19

anond:20180119083549

普通女の子に戻りますなんてキャンディーズ発明したアイドル辞めますという意味

「ただの定型文」

じゃん。

拝啓には敬具とかそんなレベル意味考える話じゃないと思うけどな。

2018-01-15

嵐のコンサートに行った

昨日、嵐のライブツアーが終わった。

終わってから1日以上経った今でもなんだか気持ちふわふわしていて、言葉にもうまくまとめられないんだけど、とにかく心にあることをここに書こうと思う。支離滅裂な文を読むのが嫌な人は、できればここで読むのをやめてほしい。それほど、ちゃんとした文章を書く自信がない。そもそも文章力なんて皆無なのに、その上感情がまとまっていないので、よりひどいことになっていると思う。それでもいいと思った人は、よかったら私の独り言に付き合ってほしい。

今回私は3公演コンサートに行った。今まで1年に1回しか行ったことがなかったんだけど、運良く周りの人や自分当選したので、幸運にも3公演も入ることができた。

最初12月末。東京公演の最終日だった。私は大阪に住んでおり、遠征は初めてだった。一年ぶりのコンサート半年ぶりの生の嵐(ワクワ学校というイベント6月に行ったため)。沸かないわけがなく、結果喉を使いすぎて風邪をひきさらにはインフルエンザももらってきた。席はスタンド下段の真ん中あたりで、いわゆる天井席(スタンド上段の、ほぼ天井といった席)ではないがファンサは望めない席だった。けれど、トロッコが来れば騒いだしペンライトも振った。

次は1月13日スタンド下段の1列目(アルファベット列というやつが前にあったため、最前列という訳では無い)だった。前は上から見ていたステージをほぼ横から見ていた。近いし、肉眼で顔が分かるし、とにかく幸福感が半端なかった。一緒に入った友人が騒ぐタイプの子でなく、それに影響を受けて私もあまり騒げなかったが(こんなときも恥を捨てられないのかと少し後悔している。今後は隣に構わず声を出すところは出そうと思った)、それでも終わった後意識ぼんやりしていた。

最後は昨日、最終日だった。いわゆる「オーラス」というやつで、過去数年間を見ているとこの公演だけアンコールが多かったりするので、ファンの間では正直特別視されている公演である(もちろんオーラスの他にも誕生日だとか特別視されている公演はあるけれど)。オーラスに入るのは初めてだったのでとにかく緊張していた。今年は挨拶定型文だったので、自分達の言葉での挨拶も聞けるんじゃないかと期待していた(実際聞けた)。席はスタンド上段、しかも横で、ファンサはおろか演出もすべて楽しめないんじゃないか?という席だった。結論から言うと今までと違う視点で見られたので新たな気付きが山ほどあったし、伝わらない演出もあったけどそんなの気にならないくらい楽しかった。嵐を好きでいてよかったと思った。そして、これからもずっと好きでいたいと思った。

そして翌日である今日。ふとした瞬間にコンサートのことを思い出して、何度も泣きそうになった。というかこれを書きながら今大泣きしている。

あれで、嵐が「untitled」というアルバムを引っさげて行うコンサート最後なのである。もうあのセットリストコンサートを行うことは二度とない。何なら、一生行われない曲だってあの中にはあるのではないかと思う。自分が見られる最後の公演だ、と思ったわけでなく、嵐が行う最後の公演だ、と思うと泣けて仕方なかった。

特にそれを感じてしまい涙が止まらなかった曲がある。UBという曲である二宮和也相葉雅紀ユニット曲だ。そもそも私はこの二人のコンビ死ぬほど好きなのであるユニット曲メンバーが発表されたときは2週間くらい信じられなかった。それゆえこの曲は私にとってはいっとう大事でいっとう好きな曲だ。そんなこの曲、間奏で行われるダンスが「コンタクト」というもので、簡単に言うと組んず解れつ、知恵の輪みたいに手と足を絡ませ合うものである

MC中、思い出深いことは何か?という質問に、二宮和也が「最終日のこのダンス」と答えた。「やりながらいっこいっこなくなってく。もうやらないから。これおわりこれおわりこれおわり…って」と言っていた。その言葉を聞いて涙が止まらなかった。ああ、もうこのダンスはしないんだ。二人が引くくらい近い距離で高難易度かつ密着度の高いダンスをすることも、相手パート口パクで歌いながら近付くことも、曲が終わってスタンド・バイ・ミーの振り(20年前に二人が出た舞台で行われていたハンドサインで、手を突き出しからサムズアップ、というものである)をすることも、もうないのである。そう思うと悲しくて悲しくて仕方がない。

UBに限らず、どのパフォーマンスも、これからしないのが寂しくてたまらない、素敵なコンサートだった。

さて、ここまで支離滅裂ながら思ったことを簡単に書き出してきた。しかしとにかく読みにくく、本当に言いたいことが伝わらない文だったと思う。というか本当に言いたいことはここまで言っていない。ここからが本題である

私は相葉である自担である相葉雅紀には昨年末熱愛報道が出た。昔からネタに耐性がない(恋愛ドラマも苦手なレベルである)私は大きなダメージを受けた。そんな矢先のコンサートだった。

女がいると分かっているアイドル(もちろん彼女がいないと思っているわけではないが、週刊誌によってその存在証明されたり結婚発表によって公式に認められたりするのと、勝手ファンが「彼女いるんだろうなあ」と想像するのには、私たち心持ちには大きな違いがある)を歓声をあげて応援するなんてできやしないと思っている私は、前から「嵐誰か結婚したら担降りする」と言っていたし、正直今回のコンサートも女の影がちらついてしまい全力では楽しめないんじゃないかと思っていた。

しかし先述の通り、死ぬほど楽しかったのだ。これからもずっと応援していたいと思えるコンサートだった。確かにコンサート中女の影がちらついた時は山ほどあったが、それでもそんなの気にならないくらい彼らは魅力的だった。

からこそ悔しいのである。女の存在が明らかになることで、ファンが離れ、少しずつでも彼らの人気が落ちていくのが悔しい。彼らはこんなに魅力的なのに。女絡みだけでなく、褒められたところではない点もあるけど、それ以上に彼らは魅力的だ。それでもファンは離れていく。ましてやこのまま結婚なんてしてしまったら、彼らの人気はどうなるかわからない。少なくとも、今より上がるようなことはないだろう。

私が言いたいのは、「嵐、頼むから結婚なんてしないでくれ」、ただそれだけだ。こんなところで言ったところで本人達に届くわけがないのは分かっている。けど、こんなところで吐き出さないとやっていられない。

もし結婚してしまったら、素直な気持ち応援できなくなるのではないかと思う。私たちがいま大好きだと歓声をかける相手には、家に帰れば最愛の妻がいるのだ。そんなの耐えられない。

中にはアイドル結婚するのを嫌がる心理がわからない人もいると思う。納得しなくていい。その気持ち理解しなくていい。けど、私たちにとって女の存在は大きなものであるということだけは知っていてほしい。

アイドルだって人間だと思うかもしれないけど、人間であるけれどアイドルなのである。疑似恋愛商売にしているアイドルなのである結婚してしまった時点でファンの夢は覚める(覚めないファンもいるし、そこまでの夢を見ていないファンもいると思う)。その時点で彼らはアイドルではなくタレントである

人気が落ちるのを見るのが寂しい。まだトップでいてほしい。そして何より、まだアイドルである彼らを応援していたい。だからどうか、嵐の皆さんは、もう少しだけ結婚しないでいてください。

(本当はもう少しと言わず一生結婚しないでほしいし、嵐に限らず全"アイドル"はそうであってほしいと思うけど。おわり)

結果最初から最後まで支離滅裂、取り留めのない文章でした。ここまで読んでいただいた方に深く御礼申し上げます

もちろんすべてのファンがこのように思っているということはありませんが、中には私と同じようなことを思っている方もいらっしゃると思いますし、逆に一切わからないという方もいらっしゃると思いますこちらで話したものは一ファン意見に過ぎません。嵐ファンの総意である勘違いなされることはないよう、お願いいたします。

2018-01-07

コミュ力やばい

学生時代は友人と話す機会があったが、社会人になってからはそういうこともほとんどなくなった

会社だと全部チャットツール

直接話そうものならどんな緊急事態?って思われるほどだ

直接声をだすなんて来たときと変えるとき挨拶定型文2つくらい

仕事以外だとコンビニ店員にエルキチくださいとかファミキチくださいとかいうくらい

基本は仕事と家を往復するだけの制服

話すことも聞くこともないかコミュ力の低下がヒドイと思う

趣味も引きこもってマンガ読むかゲームをするか

まだアニメだと言葉を聞き取る必要があるが、ゲームだと基本文字が書いてて、言葉は聞いてもあんまり音だけに頼ってない気がする

久々にアニメみると音だけで聞き取るのって意外と難易度高かった

2018-01-06

会話をすると言語能力が落ちる

元々の言語能力が決して高くないせいってのもあるんだが、それにしたって人と会話をしている時の言語能力の低下っぷりと来たら目に余るものがある。

だが考えてみればそれも当たり前なのだ

私にとって人と会話をするということは思考回路をこれでもかと酷使する行為にほかならないのである

私が会話をするのには行き帰り共に3つのプロセス必要とする。

まず、私が今相手に伝えたいことを自分用の形で言語化する。

次に、普通の人(定型発達者)のするような会話をリバースエンジニアリングすることで作り出した定型発達者会話エミュレーターに一度通す。

それから、そうして出てきた会話文が定型発達者同士の会話にふさわしいものかをチェック用のシステムに通し、問題が無いと判断された場合口述の形で出力する。

そして、人から受け取るときも、相手言葉定型発達者同士の会話で使われる文脈をエミュレートした仮想OSに一度通し、それから自分なりの言葉に変換し直し、そうしてようやく内容について考えるという事が出来る様になる。

普通の人はこれを1プロセス、または2プロセスで行うのだろう。

たった1つプロセスが増えた程度で何をそんなに苦労するのだろうかと思われるだろうか、私はこの状態の時2つのOSを同時に頭のなかで走らせなければいけないという事を考慮して欲しい。

だって文章で読み書きする程度ならば、頭の中で簡単な回路を作ればいいだけなので人並みに出来るのだ。

だが、面と向かっての会話となるとそうはいかない。

あの、非言語コミュニケーションなるもの、顔の筋肉仕草、声の抑揚等だけでなくその場の雰囲気しか表現しようもないものまで交えて行うコミュニケーションを処理するのには、もはやOSをもう一つ仮想空間で動かしてしまった方が効率が良くなってしまうのだ。

それほど、私の普段思考回路からアレらの儀式はかけ離れてしまっている。

そんな訳だから、私はただ普通に会話をしたいだけでも非常に脳を酷使することになる。

挨拶のような決まりきった約束事ならば、何とかなるし、内容に自由度がある友人同士での純粋雑談や、逆に何をどう話すかが前もって決まりきっていくらでも事前練習出来るようなビジネス的な会話などであれば人並み(とはいえその底辺に触れるかどうかのレベル)に可能だ。

しかし、時折これらのどれにも属していないような会話が飛んでくると途端に脳が限界スレスレに陥りときには応答なしとなってしまう。

たとえば、上司から普段生活について聞かれたときなどだ。

定型文を使って対処できるうちはいいが、そこから深く踏み込まれると非常に困る。

考えるべきことは無数にあるし、内容についての精査は必須だ。

相手が何を思ってそんな事を聞いているのかも考慮しなければいけないし、どの程度のフランクさをこちらに求めているのかも完璧に近いレベルで読み取ることが求められる。

そのような状態に陥ったとき、私の言語能力ほとんど失われてしまう。

目の前で展開される定型発達的な会話(が出来る人間の振り)をやりきることに精一杯になりすぎて、脳の処理能力が許容限界に達していることに気づかないままアクセルを踏みっぱなしにした結果として、自分の頭の中で生まれ概念を、まず私に分かる言葉に直す能力すらも唐突に失われるのだ。

あの感覚はぞっとする。

言葉が消えるのだ。

概念が形を為さないのだ。

伝えたいこと、考えたいことの漠然としたイメージは浮かぶが、それを他人や、10秒後の自分に手渡せるような実態のある物に変換できないのだ。

思いつくたびにイメージは失われ、失われるたびに再生産され、そのたびに崩れ去っていく。

あの感覚を味わうのが嫌で、私は人との会話を割けるようになった。

頼む、私と会話をするのならば、本当に取り留めのない会話をするか、極めてビジネスライクな会話のみをするか、定型文の投げ合いだけをするか、その3つのどれかにしてくれ。

そのどれにも属していないような会話を私にふるな。

私にとってそれらはどれも苦痛の種でしかないのだ。

2018-01-01

能力がない人にツライ時代

戦後から平成2000年代と観ていくと

徐々に一発逆転の芽が無い世の中になっていっている

昔ならば、独立して成功するという流れもあっただろうが

今は定型ビジネスを始めてうまくいくケースは稀だ

大概はどこか大手FC契約しなければならないのでは無いだろうか

今や企業後ろ盾なしに戦っていくのは至難の技だし、後ろ盾があっても大量の知識能力必要となる

まり能力の無い人にチャンスは無い

ちなみに今話題にしてる「能力の無い」は、大多数のことだ。普通の人と言ってもいい

 

エントロピーが小さいと言うのだろうか

今の時代は高度化されていて、ビジネス勝敗簡単収束してしま

戦える位置まで登れる人は能力がある極僅かだ

しかも大抵は勝者が掻っ攫うことが多いので、ちょっと優秀なくらいじゃまるで歯が立たない

ちなみにこれはアメリカなんかの方がキツイはず

 

じゃあ昔はもっとカオスだったかと言うとそうではない

江戸時代まで遡ればやはり能力がない人の未来収束していたのだろう

じゃあ何がカオスをもたらしたかと言えば、産業革命戦争機械化、IT化などの、生活を揺るがすレベル地殻変動に違いない

たまたまそれらが立て続けに起きたため、カオスというチャンスが生まれ

今後も起こるかどうかは誰にもわからない

 

景気が良くなると、その時に流行ってる何かに多くの金が流れ込む

最近だとAIブロックチェーンあたりだろうか

正直、これらが注目されてるのは「他はもう収束してしまって、残りはコレしかない」というイメージ

少しずつ行き詰まっている感じがある

 

 

追記

こういうポエムは伸びない印象だったが、珍しい

ご指摘の通り穴だらけの主張ではあるが

もっと端的にいえば、昭和時代のように、個人が専門知識なしに事業を始めようとしても、上手くいくようなモデルがないなという話

始めるには始められるけど、喩えるなら将棋で上手い人に挑むように、端から詰んでいるケースばかりに思える

新しいビジネスモデルでも大抵同じ、例え上手くいっても数年程度で分析は尽くされ、収束してしま

「まじめに努力」しても、周りから一歩抜き出るには難しいのではないか

夢がないんだよなあ

現実的時代

2017-12-29

うそうそ」の限界まとめサイト

‪まだ2017年にも関わらず‬、

2018年福袋ネタバレなどという「未来予言」が書いてあるサイトが多数ある。

‪単純に来年の参考に今年の福袋の中身が知りたい人にとっては迷惑だ‬。

その話題についてまとめる経緯、もくじ、情報、おわりに、という定型の構文にそった所謂まとめサイト。(ここでは2chまとめサイトについては触れず、上記定義に当てはまるものまとめサイトとして扱う)

このようなサイトは金儲けの手段だろう。よく見る「儲ける方法!この方法なら無料で稼げる!もう働かなくていい!」というバナークリックし、なんやかんや金を払い得た「方法」が、広告収入を得るためのまとめサイトの作り方ということなのかもしれない。

(実際には売る方側にとっての儲ける方法だが。)

あれほど類似した内容のサイト複数人が偶然作成するとはとても思えない。

個人的には広告収入で金を稼ぐことは悪いことではないとは思う。

問題なのは類似内容の、情報をまとめただけの多数のサイトがあるために、その元の情報を持って

いるサイトにたどり着きにくくなること。

また、本当のことのように嘘が紛れていることがあること。

何故、このような「ゴミサイトがなくならないのか。

それはネットリテラシーの欠如のためである

うそうそであると見抜ける人でないと」

というネットリテラシーについての、ひろゆき氏の有名な言葉がある。

かにそうなのだが、そうも言ってはいられない時代が来たのではないだろうか。

上の言葉が生まれ時代ネットが普及したてで、限られた一部の人々が情報交換ツールとして利用していた。

玉石混交なのは今も変わらないが、少なくとも利用者と、利用はしないがネットを見ている(知っている)人達には「話半分」で受け取るものという認識があったのではないだろうか。

しか現在では、現実イコールネットといっていいほどプライベートでも仕事でもネットが利用されている。

分母として利用者が増えれば、「うそうそ」が理解できない人、実践できない人が増えるのは当然だ。

そういった利用者まとめサイトのような不正確なサイトでも、「ネット検索した」情報として利用してしまう。

その結果まとめサイトは無くならない。

まとめサイトは利用せず信頼できるサイト複数参照しましょう」

こう言い聞かせたとする。

先日路上喫煙禁止看板の横で喫煙する男女を見た。

ルールがあっても守る人、守らない人、守れない人がいること。悲しいがそれが現実である

2017-12-27

ねこみこれいむあいしてるは怠慢

たった一行の定型文を毎日書くだけとか余りにも芸がなさすぎる

なぜスターウォーズ 最後ジェダイダメなのか

※ この記事にはネタバレが含まれています

公開初日最後ジェダイを見て来たのだが、何とも言えないモヤモヤが残り続け

自分の中ではずっと評価保留になっていた。

色々と他人感想を聞くにつれ、モヤモヤの正体が見えてきたので聞いてほしい。

前作であるep7「フォース覚醒」はパーフェクトではなくとも、それなりに楽めた。

ep6「ジェダイの帰還」から作中でも実世界でも30年越しの新作、ファンとして興奮しないわけがない。

ep7を鑑賞した後、次回作の展開について頭の中で空想を巡らせた。初めてスターウォーズを見た子供のように。

レイスノークの正体は?ルークはどんな活躍をするのか?カイロ・レンはアナキンの後継足り得るのか?

今になって思えば、公開前までが一番ep8「最後ジェダイ」を楽しむことができた、幸福時間だった。

実際にep8を鑑賞すると、想像していたような展開は何一つとして実現せず、常に観客の裏をかく脚本に仕上がっていた。

もちろんこれは意図的路線変更であり、明らかに過去作との差別化を目指している。

過去キャラクターとの決別や「お約束」の排除、「神話」と揶揄される古いヒーロー像の否定・・・

これらは確かに旧作ファンからすると寂しいものがあるが、私は実のところこういった「テコ入れ」は嫌いではない。

少し話が逸れるが、私はスクリプトをこねくり回すような職についていたことがあるのだが、

国内外わずシリーズものが強いコンテンツ業界においては「テコ入れ」や「リブート」は必須スキルだ。

これは持論だが、テコ入れはいくつか定型パターンがある。

構造の変更」とは例えばギャグ漫画がバトル漫画になったり、

冒険譚が日常系になったり、物語フレームを取り替えてしまう。

舞台の変更」とは例えば現代の話が江戸時代タイムスリップしたり、

SFになったりファンタジーになったり、「海外編」が始まったりする。

キャラクターの変更」とは例えば敵キャラ主人公に抜擢されたり

性別を変えてみたりキャラクター解釈を変えてみたりキャッチーな新キャラを登場させたりする。

演出の変更」とは絵柄や作画担当を変えたり、アニメ化実写化もこれに当たるかな?

そして最後に「抽象度の変更」、これは物語リアリティレベルを変え、

リアルハードストーリーになったり、逆にマイルド子供向けになったりする。

ep8の「テコ入れ」で大きいのは「キャラクターの変更」と「抽象度の変更」だろう。

ep8ではジェダイ血筋神話性を否定し、これまで凡俗とされていた人々にフォーカスを当てた。

正直、このタイプテコ入れは大好きだ。大好物だ。

X-MENの新作「ローガン」では今まで考えられなかったウルヴァリンキャラクター性と生き様を描き、

シン・ゴジラ」では原点回帰意識させつつ妙なリアリティ説得力を持って庵野ワールド表現している。

しかし、ep8はどうだろうか。

本来この方針で行くならば徹底的にリアリティを追求して凡俗な者たちの力で泥臭く物語を進めたり、

新世代のジェダイ」は「滅びゆくジェダイ」と全く違う描き方をすべきだった。

凡俗な者たちの人間ドラマについても群像劇なりに感情移入できるだけの脚本力が欲しい。

しか実査には御都合主義的で破綻した脚本感情移入できないキャラクターたち、

とりあえず性別は変えたが扱いに困る「新世代のジェダイ」。

これが自分の中のモヤモヤの正体だった。

ついでに書くと、この方針転換はep7からやるべきだった。

ep7では旧作を意識した作りをして、旧3部作を踏襲するかのように思わせておいてep8でどんでん返しを決めた。

かに驚きはあったが、仮にep8の物語が上出来だったとしても幸福裏切りにはならなかっただろう。

最後に望むのは、ep9がep8の「テコ入れ」を上手く回収し、ep7からの3部作を「名作」たらしめて幕を下ろすことだ。

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