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はてなキーワード: アマチュアとは

2017-11-21

というか信頼性こそが高い金払うプロに求められるもの

納期も守れないような芸術家気取りはアマチュアに淘汰されればいいんじゃないかね

2017-11-20

anond:20171120141517

誰もがプロフェショナルたりえない

主婦が日々の料理で「私のやったことはオリジナルではない」などと叫んで自殺する話も聞かない

アマチュアリズムに則って気楽にやるといい

誰もがプロフェショナルたりえない

2017-11-18

日本ってインディーズゲーム弱すぎじゃね?

こういう話すると未だに「東方Projectガー」「ひぐらし忘れたかー」「型月は元々はー」って話になる。

日本インディーズが弱くないって反論しようとして口にされる言葉がそのまま弱さを物語ってるよね。

「俺将棋めっちゃ強いよ?なんてたってアマチュア5級持ってるもん」みたいな?

2017-11-16

お供え泥棒

実家の墓のある納骨堂はお供え禁止

檀家が交代で清掃をしていて、処分がたいへんらしい。

昔は、缶コーヒーとか清掃の時に持って帰る人がいたらしいけど、いまどきそれも問題があるだろうってことで禁止になってる。

 

で「ゆっくり」という創作ジャンルがあって、アマチュアゆっくりキャラクターを使って漫画小説を書いてる。

その中に「ゆっくり」がお供え泥棒をして、それが見つかって「お前はやってはならないことをした!」ってボコボコにされる漫画があったのだけど、うちのお寺の納骨堂ならどんどん泥棒していいわって感じだわ。

https://anond.hatelabo.jp/20171116001132

B'zとかなら、パクリとか言うのは分かるけど

それで金儲けしてるわけでもないアマチュア作品にどうこういうのはな

2017-11-11

anond:20171111131428

企業とのコラボも盛んな月間15億PVサイトをつかまえて営業能力ないとかいうのは笑う。

小説しか書けない様な陰キャ」とか言ってるし、

そもそも「なろう」をWEB小説書いてるアマチュア運営する互助サイトとでも勘違いしてるのか。

2017-11-09

ちょっと可愛い子とプロ雑誌モデルの違い。

インスタで、動きのある画像プロフェッショナル

いつも同じ角度の地鶏は、アマチュア

  

お陰で、顔のパーツや髪型微妙な変化を学ぶには、アマチュアモデル読者モデルからの方が、学びがあるわ。

2017-11-05

72時間ホンネテレビネット勝利・・・というわけでもないと思う件

例の元SMAP3人がabemaTVでやってるやつ。

いや、確かに今、地上波ではできないことやってるかもしれないけどさ。

そもそも3人は地上波でがっつりトップを張ってた人たちなわけで。

応援に出てくる人も、基本、地上波の人たちだし、やってる企画もまあ、多少youtubeやらインスタやらが絡んで、若干ゆるくなってるけれど、基本、テレビバラエティと一緒のようだし。

youtuberとかも出てたけど、むしろ、共演したらyoutuberなんて所詮アマチュアで華がないことがばれちまってるし。

まりネットからは、既存コンテンツを超えるような才能なんか出てこないことが明らかになったわけで、見ようによっては「ネット界に、地上波テレビを頂点とする既存エンタメから黒船がやってきた」ようにも見える。

CMも、普段のアベマと違って、かなり地上波と一緒だし。

今は、ネットがまだまだ周縁の地だから自由可能性があるようなことになっているけど、このままくいと、ネットテレビ地上波と同じようなしがらみやら「大人の事情」が支配するようになるのも、時間問題じゃないかな。

しかに、言葉本来意味での「メディア(=媒体)」の中心はネットに移っていくのだろうけれど、それは「ネット」を「地上波的なもの」が支配していくということになりそうな気がする。

ま、abemaって4割は地上波テレビ朝日のものだしな。

今、3人がライブやってるけれど、これが見事なまでに「みんながテレビを見ていた時代懐メロ大会」になってんだよな。

で、「なつかしい!」とか「いい選曲!」とか「3人最高!」とかコメントがあふれてんだけど、結局、「テレビ黄金時代を懐かしんでる」だけじゃないのかな、あれ。

anond:20171105085406

アマチュア小説家小説を読み続ける限り、そうはならないでしょう

小説読みの人数<アマチュア小説家の人数 みたいになりつつない?

そろそろ小説読んで感想書いたらお金が貰える時代突入するのでは。

人類は衰退しましたに似たようなのあったけどあれめっちゃ理想なんで早く実現して欲しい

2017-10-30

anond:20171030121834

アマチュアがいなくなった業界はもうどうしようもないよ。

アニメーターとか若手をどんどん使いつぶして新しく入ってくる人もいなくなってるし

そもそも同人のほうが売れる、ってか同人やらないと生活できないレベルになってるし

んでもって「プロ」は結局アマチュアと違って自分が食っていかないといけないか

ロハ技術を教えたりしない。基本的には身内にしか教えない。でもその身内が入ってこないか

技術継承が行われない → 技術自然消滅or運が良ければ中韓米あたりに引き抜かれて存続

もうさ、「技術は見て覚える」みたいなのが通用しなくなってきてるんだよね。

一子相伝なんかより、ネットで数万人に知識無料バラまいて、そいつらに競争させた方が技術進歩するわけ

日本だと未だにマニュアル作らずに忖度して仕事するっていうのがまかり通ってるでしょ?

それを何度も繰り返すうちに「業界」の中の人しか理解できない「暗黙のルール」ができてしまった。

から暗黙のルールを知らない人は業界に入って来れないし、排斥されていく。

業界」のほうが勝手一般社会から離れていったのに「一般社会から新しい人が業界にきてくれない!」

と嘆いているのを見るのは滑稽ですわ。

2017-10-29

anond:20171029145207

サッカー野球といったスポーツ世界でも。将棋などの競技でも。芸能でも、そうだよね。

プロアマチュア以上の差がつくのが、この年代画一的教育は、難しいんだろうな。

はてなハードウェアエンジニアが少ない件

エンジニア一言で言っても星の数ほどのジャンルがあるが、その中でも代表的なのはハードウェアエンジニアソフトウェアエンジニアだと思う。

まりに広範囲区分けだが、敢えて定義はしないでおく。

さて、自分新米ハードウェアエンジニアで、ソフトウェア趣味人間である

はてなにはソフトウェア記事(及びブックマーク)が多く、日曜プログラマ自分にとって大変有益である

大抵の悩みは検索をかければ解決するし、自分では想像し得ないようなユニーク記事もあり毎日が発見連続だ。

特にユーザコメントが好きで、皆の関心が伺える“はてなはいくら見ていても飽きない。

ただ、ハードウェアに関する記事が少ないことが残念でならない。

エンジニアカテゴリを覗いても、ハードウェアに関する記事が上がっていることは稀である

たまにラズパイIoTキットに関する記事があるだけで、デジタル回路におけるインピーダンスシミュレーションとか、高速差動信号の放射電波対策とか、そういった踏み込んだ記事はほぼ無いと言っていい。

当然アナログ回路のGNDレイアウトに関する記事は皆無だし、ソフトウェア寄りと言えるRTLコーディング記事さえ見当たらない。

ハードウェアエンジニア守秘義務なのだろうか?

・・・・・・

・・・

ソフトウェア技術日進月歩

イマイチ盛り上がらないハードウェア業界比較して、ソフトウェア業界の隆盛は火を見るよりも明らかである

コーディング環境、つまりPCがあればその先には広大な世界が広がっている。

語弊を恐れず言うが、アイディア次第ではその日のうちにスターダムにのし上がることも可能かもしれない。

当然、アマチュアを含めたエンジニア人口を見るとソフトウェアエンジニア人口は突出しているだろう。

なので記事数の多さは人間性質に依るものではなく、単純に人口の違いだろう。

ハードウェア面白いのに、何故手を出す人が少ないのだろうか。

ロボコンなんか見ていると、胸に込み上がるものがあると思う。

ハードウェア自然界の物理法則の下で成り立っているため、主に電磁気学電気回路電子回路勉強するだけでいくらでも応用が効く。

言うなればソフトウェアよりも参入障壁は低いはずで、高校物理で習ってきたこである程度の回路が組める。

FPGAなりでハードウェアアクセラレータ自作し始めると計算機科学知識必要になるが、ここはむしろソフトウェアエンジニアの方が得意な領域だ。

・・・・・・

・・・

こんなことを言っておいて、自分ハードウェアを始めたのは社会人になってからである

学部修士時代の専攻は材料物理学だったため、工学とは全く縁が無かった。

ここから自分ハードウェアの道に進んだきっかけを書こうと思う。

新人研修の昼休み、あるフラクタル図形を高速描画するハードウェア記事が目に留まった。

当時の自分にはその偉大さが理解できなかったが、2年もの間寝食を忘れて没頭できるその世界に心が惹かれた。

人生を変えることになる出会いだった。2012年の春である

早速オームの法則から復習し、使ったこともない半田ごてやテスターを買ってきて4bit CPU製作に取り掛かった。

ALU(算術論理演算回路)以外はディスクリート部品で組んだため、デバッグ含めて完成までに6ヶ月も掛かってしまった。

その後FPGA存在を知り、8bit CPUを載せてみた。

機械語勉強し、命令デコーダ設計して1年後、自分の考えたプログラム動作したときは嬉しかった。

上述した記事追体験しているようで、仕事を忘れて没頭していた。

続いてFPGAマイコン+汎用ROMの組み合わせでプリント基板を起こしてみた。

目的は勿論、あるフラクタル図形の高速描画である

ここでレベル変換やリセットシーケンスなど、デジタル回路の基礎を身に付けることができた。

基板レイアウトの考え方は専門的であるものWEB簡単情報が手に入ったし、殆ど電磁気学世界なので理不尽ものは無かった。

苦労したのがマイコンプログラムだった。

機械語論理的な手順をコード化するだけだったが、組み込みC言語はそのルールが難解だった。

言い方は悪いかもしれないが、人間の考えたルールだろうと理不尽に思える理論もその設計思想を調べもせず暗記で済ましていた。

メモリリークが発生した場合ハードウェアのように現象を観察して仮説検証することが難しく、ダンプなどのデバッグ手法も知らなかった。

そんなとき、社内でセキュアプログラミングなる研修があったため同期と潜り込んでみた。

参加資格の無い自分が参加できたのは、配線だらけの汚い自作CPU子供のような目で見てくれた上司の厚意だった。

そして1年後、自分モニタの中で鮮やかに描画されるフラクタル図形を眺めていた。

上述した研修講師に1年間師事し、半ばマンツーマン計算機科学を教えて頂いていた。

大学講師の方だったため、C言語ルールではなく命令処理系としての働き、ハードウェアとの関連を核にして叩き込んでもらった。

・・・・・・

・・・

紆余曲折を経て、ハードウェアエンジニアとして働いている。

こういう部署では多少なりともソフトウェアができると光るものである

ただ組み込みC言語以外はサッパリのため、日々独学の毎日だった。

そこで出会ったのが“はてな”だった。

そこにある記事はどれも眩しくて、「ある疑問の解決法」を検索するだけでは決して出会えない珠玉記事の宝庫だった。

きっとハードウェア世界にも、自分では想像し得ないような発見があるはずだ。

それこそあのフラクタル図形のような驚きが。

・・・・・・

・・・

今は仕事の傍ら、奇しくもプロになってしまった自分義務として細々とハードウェア記事を書いている。

残念ながら驚くような技術ではないが、誰かにとって小さな発見があれば嬉しい。

これを読んだ人がハードウェアに興味を持ってくれたらと思う。

2017-10-22

自分らで勝手に上げた「凄い」のハードルでお互いに苦しめ合う時代

skycrawler333 「スゴ過ぎる」っていう言葉が安くなってきていると感じる今日この頃

私に出来ないことが出来るから「凄い」ぐらいでいいんじゃないのかな、と最近良く思うんだ。

今の世の中ってネット世界中情報がかなり細かい所までほぼリアルタイムで届いてくるから、何でも見えすぎてとんでもなく凄い物以外はどうでもいい存在価値ゼロに等しいものみたいな扱いを受けやすくなってる。

でもそれって、見てる側でいるうちはいいけど自分が何かする側になったらかなり辛くなるよ。

何ていうのかな「40代おっさんですが最近将棋アマチュア1級取れました」→「へー、でも10代でプロになる人がいる事考えればカスも良い所だね。なんでわざわざそんなゴミ情報発信したの?検索邪魔からどいて」みたいなのが増えすぎてるというかね。

それがネットの中に有るうちは良かったんだけど、ネット現実が近くなりすぎた結果、そういった「果てしなく凄い物以外は凄くもなんともない」みたいな価値観リアルでも吹き荒れるようになってきてる気がするんだ。

それはとても息苦しいことだよ。

その息苦しさはお互いの首を締め付けあって最後には誰もが疲弊する時代になりりつつある。

もっといいものをと求める気持ち大事だけど、更に上がいくらでもあるからって理由で、十分に凄いものを凄いという事を躊躇うような世の中は狭苦しくて人が不幸にしあう社会しかないよ。

2017-10-16

もっと音楽をやって欲しいという話

弦楽器奏者として以前在籍していた、社会人オーケストラの話。

ちょっと前に仕事の都合で遠隔地に異動となり、練習に行くにも移動時間がえらいことになったので、今は別の団体を探しつつ、たまに他団体助っ人に行く程度。

そこのオケには、気がついたら10年以上いた。

10年以上の活動を通し、当然そのオケの美点も欠点も見えてきたわけだが、欠点と言っても、当時は特に移籍する(というか逃げ出す)ほどの強い理由にはならなかったため、なんとなくそこで弾き続けてきた。

しかし、そこをやめてから団体演奏を聴いたり、スポット参戦で合奏する機会が増えた結果、昔は違和感程度に感じていたオケ欠点について、だんだん怒りがこみ上げてきた。

良い思い出もある反面、その部分については「よくもやってくれたな」という気持ちが収まらない。

そしてその欠点は、恐らく日本中アマチュア団体散見されることだと思ったので、苦言として書き置くことにした。


問題となったのはただ一つ、吹奏楽癖の抜けない管楽器に尽きる。

とにかく木管金管も、管弦楽という音楽がどういうものなのか、真面目に考えたことある?とツッコみたくなる吹き方なのだ

そりゃ中学高校、人によっては小学校高学年から毎日のように練習してきたんだろうから、その貯金演奏技術は色々と身に付いていると思う。少なくとも大学で始めた弦の人よりは。

でもねえ、から何?って感じなんだよ。

それだけの積み重ねがあって、そんな無神経で無節操な音しかさないんなら帰ってくれよ。

反感を買うのを承知で言うと、オケは弦の縄張りなんだよ、人数だけじゃなく音楽的にも。少なくとも現在頻繁に演奏される曲は全部そうだと思っていい。

まり、弦が主体で音を出している(だから弦の音符の数は管楽器より遥かに多い)所に、管楽器が彩りを添えるようになっているのは、ハイドンから現在に至るまで不変なの。

例えるなら「ケーキ主体あくまでスポンジであって、そこにクリームフルーツがあるの!」って話。


それが何だ、「こっからソロ、私が主役としてガチで吹く」ということしか頭にない木管ホルン、「ずーっと休符…はいここ4分音符あるから吹く、せーの!」という音しかさな金管

どっちも、「自分が登場するまで、弦を主体とした皆が、どんな物語を紡いできたか」を全然意識してねーじゃん。

ハナから「そんなのかんけーねー」という音で吹いて、それがどれだけ場違いかも分からない、それが気にならないことが信じられない。

そもそも合奏を何だと思ってんの?

オーケストラ舐めてる?

それとも弦楽器音程テンポもヘボいからって見下してる?

なんかもう「このケーキクリームフルーツはこうあるべきだから、その通りになるように全力を尽くす、ケーキはまあよろしく焼いといて」みたいな事をしている。

その結果、ケーキクリームの味がケンカしようが、上に乗っけたフルーツの重みでケーキクリームもろとも圧壊しようが気にしないとか、本当にそんな仕上がりになっているのだ。


これが

「そんな音でお膳立てされて、どんな音で入ればいいんだよ。もっとちゃんとやってくれないとこっちも困るんだけど」

という文句だったら全然いい。それは責められて当然であって、頑張らないといけない所だから

「そんな不味いケーキじゃ、どんなクリームフルーツを合わせたって美味しくならないから」みたいな話だし、それは「このケーキはこういう味と食感で攻めてきたか、そしたらクリームの味付けは…フルーツの切り方は…」という意識気遣いがあってのことでしょ。


勿論、上の文句に当てはまらない、本当に上手な人もたまにいる。

ヘボい音でしか伴奏できない我々が思わず恥じ入るほどだ。

でもそういう人は、漏れなくプロのレッスンを受けて研鑽を惜しまない人で、吹奏楽上がりというだけの人は大概ダメ

信じられるか?社会人になってからレッスンでオーボエを始めた人が、技術面はともかく、音楽面では中学からの吹奏組よりセンス良い音してるんだぜ?

もうチューニングのAからして違う。

吹奏組は全員「ヘビが出てきそうな音」がチューニングにおけるデフォルトである。お前そのヌメヌメした音でソロ吹くのかよ?そうじゃないならソロの音でA出さなかったら意味なくね?そもそも合ってるように聞こえねーし。

と、自分コンマスだったら相手がキレるまで詰めてやりたい。

一方、個人レッスンやってる人は本当に合わせやすい音を出してくる。聞けば「やっぱりぶら下がった音とかじゃなく…」と言っていて、全くその通りという感じだ。というか、綺麗な音で吹いてくれたら弦の人間は何も文句言わない。この感覚も、吹奏上がりには理解されないんだよなあ…当たり前だと思うんだけど。

2017-10-11

好きな絵を観るのが苦痛

私はイラスト制作や、美術館鑑賞が趣味である”はず"である

だが、その趣味が近年は苦痛である

他にやるべきことがあるのに趣味を楽しむべき時期でないとか、他鑑賞客のマナー辟易しているとかそういうものもあるが、むしろ内面的な問題の方が大きい。

絵は好きなのだが、観ていると遣る瀬なくなってきた。

私が絵画鑑賞をするきっかけは、両親の影響が強い。

私の中学時代美術部(とは名ばかりの、漫画ゲームの絵を描いていた部活だった)に所属し、毎日好きなゲームキャラクターイラストを描く、よくいるありふれた子だった。けしてうまくはないけど情熱はあったと思う。

高校受験時の進路として、美術の基礎をたくさんやれるところに行きたいとぼんやり考えていたが、親の猛反対を喰らった。

いわく、「おまえの絵にはセンスがない。基礎もなっていない。」という指摘である

基礎を学びたいからそういう学校に行きたいのだが、と伝えてみても「本当に絵を描きたいやつならば、そこらへんにあるものを題材にして描けばいいのにおまえは描かない。笑わせないでほしい。」といったことを言われた。

(確かに描くものなんぞそこらへんに溢れているし、その気になればそのへんのカゴでも満足いくまで描けばよかったとは思う。おまけに、我が家には石膏像もあるし環境としては揃っていた方ではあったかもしれない。)

家族さらに続けて「おまえは絵がわかっていない。もう少し他の画家の絵を見て、どんなもの評価されるかを勉強したらどうだ。」といったことを言ってきた。

かに漫画絵やゲーム絵ばかり見ていてもよくない。その指摘は一理あると思い、それ以来何かあるたびに美術資料を眺めたり美術館写真展示会に通うきっかけになっていった。

大学こそは美大に行きたいとは思った。しかしまたしても家族に「ああいうところは、もう既に基礎ができあがっている人間が鍛えられるところ。おまえが行くべき世界ではない。」と言われた。

他にも2~3ほど進路選択で揉めてしまい、とうとう情熱よりも面倒くささが勝って、紆余曲折があり今現在美術とは違う進路を選んだ。

(今でこそわかるが、当時我が家経済的に相当逼迫しており、お金がかかるかつ親の知識価値観からすれば将来性が不安定でありがちの美術系には猛反対したかったのだと思う。)

話は少し変わるが、私には母方に年下の三姉妹の従姉妹がいる。

その三姉妹は全員、美術系を専門にやる高校に進んだ。

加えて書くとその高校は、私の母と三姉妹の母(すなわち私から見ると叔母にあたる人なのだが)の、母校にもあたる。

三姉妹が通っていたときは母と叔母はその話でよく盛り上がっていて、従姉妹の誰々が陶芸でなんちゃらをやっているようだ、従姉妹の誰々が文化祭でこんなすごいものを創った、従姉妹の誰々が賞を獲ったらしい、などとよく聞かされた。

しかしその度に 「私も行きたかった世界なのだが。」という気持ちがどうしてもこみ上げてきてしまっていた。

三姉妹のそれぞれが高校卒業後に美術とは関係ない職業に就くことになっていると聞いたとき三姉妹には申し訳ないが「やはり美術では食えない程度の実力で、美大に進む金も度量もないのだな。」と思った。われながら性格が歪んでいるとは思う。

そうして、とりあえず美術館にいく趣味だけは残った。

おそらく私自身の絵画芸術における審美眼は、ある程度は肥えているとは思う。明らかにサブカルファッションのために行くのではなく、きちんとした芸術鑑賞であるあくまで、絵を描かない人間として、だ。

ただ、食うために絵を描くわけでも絵を観るわけでもないのに、シビアな物の見方ができているのがキツイである

アマチュアが描く絵を見て「頭蓋骨が陥没している」「手足のバランスおかしい」「内臓はどこに入っているのだ」「下手ですみませんと思うのならそもそも上げるな」「昔の絵を批判しておきながら、視点誘導もなっていない絵を平気で自画自賛するな、見苦しい」という疑問や批判が、頭の中から離れない。

もちろんお世辞で「わあ、可愛らしい絵ですね!」とコメントすることはできても、別にからその人の技量に関して賞賛しているわけではない。

その人がその絵を描くことに関する時間技能を捧げることができたことは幸福であり、それを賞賛しているに過ぎないのだ。

しかし仮に、私が美術の道に進んでいたとしても中途半端に終わっていた可能性もある。自分の絵のセンスの無さに絶望して、とりあえず美術教師にでもなっていたのではなかろうか。

(これは私の気質問題であり、断じて美術教師の職に就いている人を指して批判したいわけではない)

どうしようもない過去に想いを馳せ、ぼんやりとした暗い気持ちを抱えたままで美術イラスト鑑賞をすることが、ときにたまらなく辛くなる。中途半端に持ってしまった、虚しいプライド画力を抱えたのも相当厳しい。

なぜ自分は絵を観ているんだろう?たまに絵を描いてしまうのはなぜだろうか?

どうやれば、純粋に絵の世界を楽しめるのだろうか。なにかいっそ別の趣味を見つけた方がいいのだろうか。他にもこういう人がいないか、ついつい考えてしまう。

マンドリン業界、そろそろ足並みを揃えようよ

※完全に業界人向け

大阪でARTE国際コンクールフェスティバルが開催された。

マンドリンオーケストラに入って10年近くになるが、様々な演奏を、しかもとてつもなく高いレベルで聴ける機会はこのコンクールを除いてほぼ知らない。

高校の全国フェスもこうはいかないから、やっぱりすごいことだと思う。

何となく派閥みたいなものが見えてきた。活動が活発なのはいいことだが、各々が勝手な方向を向いて、互いが互いの悪口を言っているのは見苦しい。それだけでなく、大切な部分で足並みがそろっていないのが情けない。

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ARTE MANDOLINISTICA

活動の幅が広く、若い世代からはそこそこ信頼も得られているのではないだろうか。しかし、2012年頃の丸本大悟作品集ピークに演奏会での方向性が定まっていないのが不安である

私が地方高校生の頃は遠路はるばる聴きに行ったが、今は関西関東学生集客すら苦戦しているようである地方出身の私からすると、目の前にいい演奏があっても行かないなんて信じられないことだが…。

交響曲シリーズ個人的には大好きだが、業界人間の興味を惹くには的外れ(これには思うところがあるけど)で、一般の人には何だかんだハードルが高くなっている気がする。業界に向けるか、一般に向けるか、折衷案をとるか、悩ましい部分だが、ここが上手くいけばマンドリンオケコンサートで新しいスタンダードが出来て、全体の集客にも貢献できると思うので頑張ってほしい。

マンドリン響演

先日、京都で行われた演奏会プロ奏者の演奏公募した奏者(主に学生かな?)によるオケ演奏会。実力者が集った演奏の上に、オケに乗れば指導を受けられるという仕組みは非常に魅力的だ。特に比較学生団体が盛んな関西地区でこのような機会を設けるのは良いことだと思う。モチベーションアップにつなげてほしい。

同じことを、次は関東でも出来ないだろうか。学生団体社会人団体が乱立している関東地区は、指標となる奏者、団体に乏しかったり指導者同士の絡みがあったりして何となく全体のレベルの魅力が低く感じる。奏者人口は多いので、こんな機会があればいいのにな、と思う。

Mandolin Lovers Club

試みとしては非常に面白い。有料会員制をとったこと、奏者が頭をひねってコンテンツを全力で提供することは意義深いと思う。マンドリンオーケストラでの演奏会というのが一つの活動単位となっている感がある。それに対して、演奏会1回分の値段(マンドリンで3000円取るところは少ないけど)でコンテンツ提供しているのは発送としては良い。

しかし、時期尚早かと思う。そのように価値判断を出来るアマチュア奏者は非常に少ないのが現状であるマンドリンオケだと無料演奏会が基本となっているなかで、そのようなコンテンツお金を払う意識がきちんと芽生えるかが大きな課題である本来なら、もうワンクッション置いて、マンドリン業界における価値(お金を払う場所)についての意識が高まってからこのサービスが出来たのなら最高だったと思う。

無駄な対抗意識

アマチュア奏者でも、プロ奏者でも、指導者でも、互いが互いの足を引っ張ることが非常に多い。

とある団体で賛助で出たときアンケートを読ませてもらったら「○○(普段私が所属しているオケ)より上手かった」と書かれていた。純粋無垢高校生が書いてしまうならともかく、わざわざ他所団体を引き合いに出してくる大人がいることに笑ってしまったし、関係者が乗っていることに気付かない(普通気付かないだろうけど)ことにさらに笑ってしまった。

百歩譲って、アマチュアだけでやる演奏会であれば理解は出来る。他所団体に負けたくないから同じ曲をやるとか、初演が良くなかったから再演したいとか、器が小さいとは思うけど、人間なんだからそういうことはあってもいい。

問題は、演奏会以上のことでそれが発生することだ。

高校の全国フェスでは、審査体制が変わって、あげくに大会名前が変わって大騒ぎになった。自分の頃よりは審査はマシになったけど、ちょっとマシになったところで止まってしまっている。その頃に「他のコンクール演奏した曲を全国フェスでは演奏してはならない」という規約がついたことには卒倒しそうになった。誰がどう見ても、アルテの合奏コンクールへの嫌がらせだった。

ARTE国際もそうだ。せっかくの三連休で大きな行事をやるというのに、そこに演奏会を合わせてくる、被せてくる団体結構多い。何も一番規模の大きいコンクールに合わせなくても…と思う。高校の全国フェスに合わせて演奏会をする団体はいない、下手したら独奏コンクールでもいないにも関わらず、アルテがやるときはそういうことを平気でしてしまうのは腑に落ちない。方法はともあれ、頑張ろうとしている人の揚げ足をとっているように感じる。

(同じようなことをトップの人が個人アカウントで言っていたが、言い方がやらしすぎる点には共感できなかった)

コンクールはみんなで支えてあげようよ

支えると言っても、みんながスタッフをやるとか、そういうことじゃない。コンクールに行って、感想Twitterに書く。全国フェスでもARTE国際でも独奏コンクールでも、全部一緒だ。

チケットを買って、聴きに行く。一人じゃなくていい。大学メンバーをみんな引き連れてとか、オケマンドリンパートだけでも一緒に行くとかでもいい。

普段の態度が気に入らないとか色々あるかもしれない。でもそんなのは演奏会でやろう。

(個人的には、演奏会にも行かず、聴きもせず「気に入らない」と言ってしま人間が最も愚かだと思うので、そのままのスタイルマンドリン生活を楽しんでればいいと思う)

あるいは、そんなに気に食わないなら自分達でコンクールを開いてみるとか。

精神論になってしまって恐縮だが、私はコンクールを聴きに行くと、楽器が弾きたくなる。「その程度かよ」と思われるかもしれないが、足を運べば確実にモチベーションが上がる。そこから楽器を上手くしていこうと思うのは別に恥ずかしいことではないと思うがいかがだろうか。上手くするモチベーションがなくても、得られるものはあると思う。

以上、高校フェス出身者の戯言。

2017-10-07

Wantedlyにご用心

転職活動の合間に、何とはなしにWantedly登録してみた。

プロフィールがうまくまとまらないまま、気になる会社10社ほどラブコールを送ったけど返事が来たのは1社。

うん、興味あるかないかをはっきりさせてくれてて好き。

それとは別にスカウト機能があり、そこでベンチャー企業に「ぜひ一度遊びに来てください!!」と声がかけられた。

「では遊びに行きますね!!(実際はもっと丁寧な返事)」と返し、会社の話を聞きに行くのをメインと思ってアポを取った。

当日、行ってみると、会社の話を聞くのはそっちのけで面接スタート

志望動機を言い(本当はここで話を聞いてから考えるつもりだったのに…)、スカウトメールではセールス担当で話が来ていたので、それでやってみたいと話した。

それから一方的なお説教タイム

「前職から逃げたわけか」

「まず、印象が悪いか営業なんて絶対無理

「俺は経営者から何人も人を見てきたけど、お前は社会を舐めている」

そもそも他の面接も通らないんじゃないの?」

非常に驚いた。腹は立ったが、キレる気はしなかった。私に興味を持ってる体で連絡をもらったのに怒涛のダメ出しの嵐で皮肉の一つも浮かばなかった。

結局、反論する気力も湧かず、「そうですね」と相槌を打ち、そのうち「お帰りください」と言われたので開始5分で早々と切り上げた。

反論するも何も、正論だったので(でも面接はそこそこ通ってる)、言われた内容自体に対しての憤りはない。今後の転職活動に活きる場面もあるだろう。

しかし、呼び出されて、道に迷いながら、看板のかかってないオフィスまでたどり着くという時間と体力の浪費をしたにも関わらずサンドバックにされたのには納得がいかない。

経営者様は低学歴で何もスキルを持っていない人間を呼び出して憂さ晴らしをするのが趣味なのだろうか。

もし自分がもう少しこの会社をきちんと調べていればこのようなことにはなっていなかったかもしれないので、その点は反省をしている。

(少し言い訳をさせてもらうと、ベンチャー企業に話を聞きに行くというのが初めてだったので、浮かれてしまっていたのだ)

面白いSNSだと思って浮かれてしまっていたことがはっきり分かった。怪しいものにはすぐ飛びつかず、気を付けて使っていこう。

…煮え切らないので、もうちょっとぐちぐち言う。

会社ビル看板がないのを「周りと同じ普通なことをしても仕方ない」(by経営者)として敢えて付けていないそうだが、普通に困った。

けれどエレベーターにはその会社だけテプラ名前をぴらっと貼っていて、非常に貧相で面白かった。

許せないのは、その会社音楽事業をやっていることだろう。しかもちょくちょく炎上してるし。

私は中途半端アマチュアプレイヤーだが、あまり音楽を舐めないでいただきたいな。

2017-10-01

最終日本黒幕XX10Edgeフレンズ

anond:20170930045332

大勢素人門外漢相手に、アニメーターアマチュアハイブリッド坂本龍馬である我が申し上げるが

製作委も一次請けヤオヨロズも、権利関係取扱いに関する、体制、手順の示し合わせ、が不徹底だった】だけの話で、アニメ業界でなくてもたまにあるケース。

請にも委にも不備が共通してたから、権利違反コンテンツとなり、たつきツイートになったわけで

三方一両損しかない。民事的には。コンプラってのは、旧来の空気読めだの不文律ってのは通用しないからな。

手順書がなかったら、関係各位全員出席による手順書の示し合わせ意識統一会議の機会がなかったら、原発事故現場で早々に行き詰まって詰んじゃうだろがw日本全国がww

ナアナアの暗黙のやり方がだめだっていうなら、ニチアサ3枠もガンダムUC企画立案やってきた我はどうなるw

門外漢のままだがギャラもらったこともないが、いずれも主席企画者だぞ。いづみ、、三郎、肇だぞ、この我は。いい加減で許されざる存在権化だ。

…というわけで、けもフレ製作体制の皆様は今後、コンプライアンスの明文化意識統一会議を徹底しようね時間が余ってるもんならやってみやがれと。

https://twitter.com/elm200/status/914309449279352832

https://twitter.com/WorldKuromaku/status/914475104452710401

https://twitter.com/WorldKuromaku/status/914479721395580928

https://twitter.com/WorldKuromaku/status/914478075001413633

https://twitter.com/WorldKuromaku/status/914475483579977728

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 ◆

たつきだってもうアラフォー視野だしさ、「ぼく二十歳。今年アニメスタジオ起業しちゃったヒャッハー」とは違うわけでな

さすがに発注最上位を名指しするリスク社会人にわかってるはずなのだよ。製作名称ごまかすのが常識だということは。

丸の内JV現場元請け側にひどいことされた」つう時に、2chちくり板とかにどうしたって「ハザマだよハザマ、あすこのS課長がよー」とか書きたくなるのが人間だろ。

しかしたらまだ心が17歳で、すぐキレる、思ったことそのまま書く、たつきなのかもしれんが、中の人しかわからん

からビジネス常識的には「たつきコンプラ違反を口実に、カドカワミカドに密告し【たつき謀反の疑い】で隠岐に島流し、という線が浮上するわけだよ。

カドカワ製作委の主幹かは関係ない。たつきが実際にカドカワに頭にくる仕打ちを受けたかもしれない。

実際、カドカワはあかhりさとrを使い捨てにしていきなり仕事全部横取りしてクビ切った前科がある(ネットカミングアウト記事になったことがあるhttp://bizmakoto.jp/makoto/articles/1012/30/news001_4.html)。

だがアニメゲームってそういうことあんのよ。漫画原作者しか作れんから略奪しにくいが。

ふつう、という言い方は語弊があるが

ふつう、12,1話が一回きりだったら、初回だし目こぼしするだろ。だからヤオヨロズもそう思ってただろ。

おかしいんだよ今回。製作委に、たつき切りたがってる一派がいたような容赦の無さ。

たとえば東eの白いクラさんが子供番組大ヒットの業績を請けて副社長になったのに、

それを面白く思わないオトナ番組エリート部課の連中が、地獄少女とか、昼メロドラマみたいに「今に見てろ…」と物陰からずっと睨んでて

の子番組ちょっとだけコケたら鬼の首取ったように「ヒャッハーイエーー!白い蔵さん更迭鋼鉄ジーグーー!」っって部長降格人事クーデター成功させちゃったような、ああいうの。

つづく

anond:20171002122443

古代[ソース編集]

日本における相撲の記録の最古は、『古事記』の葦原中国平定の件で、建御雷神(タケミカヅチ)の派遣に対して、出雲建御名方神タケミナカタ)が、「然欲爲力競」と言った後タケミカヅチの腕を摑んで投げようとした描写がある。その際タケミカヅチが手を氷柱へ、また氷柱から剣(つるぎ)に変えたため掴めなかった。逆にタケミカヅチタケミナカタの手を葦のように握り潰してしまい、勝負にならなかったとあり、これが相撲起源とされている。

人間同士の相撲で最古のものとして、垂仁天皇7年(紀元前23年)7月7日 (旧暦)にある野見宿禰と「當麻蹶速」(当麻蹴速)の「捔力」(「すまいとらしむ・スマヰ」または「すまい・スマヰ」と訓す)での戦いがある(これは柔道起源ともされている)。この中で「朕聞 當麻蹶速者天下之力士也」「各擧足相蹶則蹶折當麻蹶速之脇骨亦蹈折其腰而殺之」とあり、試合展開は主に蹴り技の応酬であり、最後宿禰が蹴速の脇骨を蹴り折り、更に倒れた蹴速に踏み付けで加撃して腰骨を踏み折り、絶命させたとされる。これらの記述から、当時の相撲は打撃を主とする格闘技であり、既に勝敗が決した相手トドメの一撃を加えて命までをも奪った上、しかもそれが賞賛される出来事であった事から見ても、少なくとも現代相撲とはルール意識も異なるもので、武芸武術であったことは明確である[2]。宿禰・蹶速は相撲の始祖として祭られている[3]。

さらに『古事記』の垂仁記には、

ここをもちて軍士の中の力士の軽く捷きを選り聚めて、宣りたまひしく、その御子を取らむ時、すなわちその母王をも掠取れ。髪にもあれ手にもあれ、取り穫む隨に、掬みて控き出すべし。とのりたまひき。ここにその后、かねてかその情を知らしめして、悉にその髪を剃り、髪もちてその頭を覆ひ、また玉の緒を腐して、三重に手に纏かし、また酒もちてその御衣を腐し、全き衣の如服しき。かく設け備へて、その御子を抱きて、城の外にさし出したまひき。ここにもの力士等、その御子を取りて、すなはちその御祖を握りき。ここにその御髪を握れば、御髪自ら落ち、その御手を握れば、玉の緒また絶え、その御衣を握れば、御衣すなはち破れつ。

とあり、初めて「力士」(ちからひと・すまひひと と訓す)の文字が現れる。以降の記紀六国史においても、相撲に関する記述散見される。

相撲節会」を参照

奈良時代から平安時代にかけて、宮中行事の一つとして相撲節会が毎年7月頃に行われるようになる。毎年40人ほどの強者近衛府により選抜され、宮中で天覧相撲をとった。最初の記録は天平6年(734年)のものであるが[4]、節会を統括する相撲司の初見養老3年(719年)であることから8世紀初頭に定着したものと思われる。相撲節会は当初は七夕宮中行事の余興としての位置づけであったが、後に健児の制が始まると宮中警護人の選抜意味を持つようになる[5]。時代が下るにしたがって相撲節会重要宮中行事となり、先例が積み重なるとともに華やかさを増した。然し同時に、健児選抜という本来趣旨は次第に忘れられていった。12世紀に入ると律令制の衰退、都の政情不安定とともに相撲節会は滞るようになり、承安4年(1174年)を最後に廃絶となる[6][7]。

神事相撲」を参照

一方、神社における祭事として相撲をとる風習が生まれた。これを神事相撲という。農作物の豊凶を占い、五穀豊穣を祈り、神々の加護感謝するための農耕儀礼であり、これは一貫して現代にまで続いている[8]。

中世[ソース編集]

武家相撲」を参照

相撲節会に求められていた実践的な意味での相撲は、組み打ちの鍛錬として、封建制を成立させた武士の下で広まった。これを武家相撲という。武士棟梁となった源頼朝特に相撲を好み、鎌倉を中心に相撲が盛んに行われた[9]。

日本礼儀と習慣のスケッチ』より、1867年

土地相撲」を参照

続く足利幕府は、相撲奨励には消極的であったが、戦国大名は熱心に相撲人の養成に力を注いだ。また、応仁の乱以降都落ちをした貴族とともに京都相撲文化地方に伝わり、民衆の間に相撲が定着、相撲生業とするものが現れる。これを土地相撲、または「草相撲」という。[10]。

近世[ソース編集]

「勧進相撲」を参照

江戸時代に入ると武家相撲はその存在意義を失い、土地相撲興行化して民衆一般に広がる。興行主はこれを神事相撲の「勧進」にことよせて勧進相撲と称し、また武家相撲力士大名の抱えとすることでその名残をとどめた[11]。

近代[ソース編集]

相撲を取る皇太子時代昭和天皇

大相撲」を参照

明治文明開化相撲をはじめとする伝統芸能は軒並み危機に陥るが、明治天皇の天覧相撲が繰り返されるなどによりその命脈を保つ。大正14年1925年)には幕内最高優勝者に授与される天皇賜杯が下賜され、また東京相撲大阪相撲合併することにより日本相撲協会誕生、勧進相撲大相撲に一本化された。

平成に入って、日本ビーチ相撲連盟というアマチュア組織が結成された。また、義務教育武道必修化の必修科目として、相撲剣道柔道の三種を基本として加味された。

https://ja.wikipedia.org/wiki/相撲

兎に角臭そうなので相撲は撲滅するべき

殺人競技ルーツにする相撲人権違反で即刻廃止するべき

そう言う事を言いだしたらオリンピック競技殺人競技ルーツにする種目がたくさんあるのでオリンピックを即刻廃止するべき

2017-09-25

なろう原作商業アニメと、生物学的に女性男の娘

男の娘が実は女性だった(!)ことが判明してファン激怒!!!!』

そのニュースを見た時は「ふーん。バカだな。皆。バカばっか」としか思わなかった。

それから12時間ほどして、私の頭に突如として稲妻の如き電撃がスパークしてライトニング

なろう原作商業アニメが何故こうも残念な子扱いをされるのかと、男の娘が実は本当に女だった事件類似性に気づいてしまったのだ。

恐ろしい。

まるで古典的推理ドラマ

「まてよ……それだ!凄いぞ相棒ナイスナイス!違うよそういう話じゃねーよ!わかったんだよ……犯人が。」ってアレだ。

なろう原作商業アニメが叩かれる真犯人、それは『アマチュア扱いとプロ扱いのギャップ』だったんだ。

なろう小説ってのはアマチュア作品だ。

プロが書いてることも結構あるし、面白い作品書籍化されるんだからアニメ化される頃には全員プロなんだが、あくまWEB小説投稿サイトというフォーマットアマチュアの遊び場だ。

その中で輝いてる作品ってのは、いうなればアマ十段作品なんだ。

プロ世界に行けば、段持ちになれるかどうかも怪しくても、アマチュア世界では十段なのだ

それは単なる実力不足よりも、アマチュア世界で戦い抜くのに特化した戦略を取っていることに起因する。

ネット男の娘チヤホヤされるのも原理は一緒だ。

本物の女性プロ女性であるのに対して、男の娘アマチュア女性であり、「アマチュア女性なのにプロ並なんて凄いね!」と褒めてもらっているのが男の娘人気の秘密だ。

そして、その人気は「本当は男なのに」という前提を活かした戦い方をすることで加速するのだ。

それを叩き壊したのが今回の本当に女だった事件だ。

前提が完全に崩れた。

アマチュア限定大会プロが参加していたんだからそりゃ荒れる。

なろうは一応プロの参加もオーケーになっているが、アマチュアのノリに合わせられないプロはノーサンキュー世界だ。

そして、なろうで人気が出た作品基本的アマ十段的なポジションとなる。

そんなアマ十段プロ世界にいきなり投げ込んで十段として戦えるか?

ノーだ。

先程も言ったが、戦術アマチュア同士の戦いに特化しているのでプロと戦うとメタゲーム的にボロクソに負ける。

だけど、たまーに地雷的な感じでメタゲームをぶち壊して勝ってしまうのがある。

そういう連中になれそうなのを掘り当てて瞬間的な勝利を狙ってばかりいるのが最近のなろう原作アニメだ。

いうなれば男の娘戦略だ。

半端な美人同士なら男の娘の方がインパクトがあるという滅茶苦茶な戦法でなんとか戦っているのだ。

恐ろしいほどのバイタリティ

なろう原作アニメ修羅世界だ。

そんな事してコケたらただのカマ野郎プロデュースしたアホで終わるというのに。

というか実際に、カマ野郎プロデュースしたアホが如き扱いを受けているアニメ制作は沢山有る。

それでもロマンを求めるギャンブルプロデューサーたちは、今日もなろう小説というアマチュアカマ野郎の尻を視聴者に向けて差し出してくるのだ。

2017-09-13

2.5次元いまいち食指が動かない理由考察してみた

最近2.5次元の勢いはすごい。

人気のジャンルを見ていると自分がハマっているハマっていないに関わらず舞台化いつだろうな、と思います

しかし、私は2.5次元に全く興味がないのです。

周りの友人や仲の良いフォロワーがどんどん2.5次元沼に吸い込まれているのを何となく眺めている状態です。

こんなに多くの人がハマっているのに、逆に何でだ?と思って自分なりに考えてみました。

※ここから言っている事はあくまで私個人の考え方で、2.5次元否定する内容では決してありません。が、気を悪くされた方がいたらごめんなさい。




とりあえず、私と同じく2.5次元に興味がないと言っている人たちの間でよく言われている事に対して自分意見を述べてみます。。

現実人間から2次元しか興味がない。→ジャニオタだし好きな俳優もいるので違う。2.5次元に出てる俳優さんかっこいいと思う

そもそも舞台とかミュージカルに興味がない→小さい頃からよく見ているので違う

実写化するなら声優がやるべき →声優が歌って踊るタイプライブは好きだけどキャラと同一視はしていないので違う

・↑と関連して、声がキャラと違うから→それはちょっとあるかもしれないけど根本的なところではない気がする

2.5次元を生で見たことがないから興味があるない以前の話→それはあるかもしれない・・・

他にもいろいろあるとは思うんですが大体こんな感じです。

「実際に見たら絶対ハマるよ!」というのはいろんな人から言われているのですが、「そっか~じゃあ見に行こうかな」とも思わないんですよね。

どこでその線引きをしているのかと思い返してみると、大体Twitterでその作品公式アカウントが流すビジュアル公開とか、撮影現場とかの動画ツイート

現実世界で一番そのキャラを演じるにふさわしいビジュアル演技力のある人」が集まっているのすごい。

すごいんだけど、キャラ台詞を言っているのを見るとなんだか首をかしげる。キャラの歌っている曲とは違う声が聞こえる。

俳優さん本人はかっこいいのに、キャラ恰好をするとなんだか違う。

ここらへんはもう個人のこだわりのふり幅の問題だと思うので、そう思ってしまった時点で私には向いていないんだろうなと思います

プロアマチュアを同列に語るべきではないとは思いますが、私はコスプレという文化に興味がありません。

まり2次元3次元に持ってきてほしいとは全く考えていない、ということなのかもしれません。

私が2次元で好きなキャラと、現実世界で好きになる人のタイプ真逆です。つまり、私の中では2次元3次元の間に互換性は存在していないんじゃないかと思います

2次元推しはどうやったって生身の人間表現しうるものではないし、現実で大好きなアイドル俳優はどうしてもイラストより本人の方が魅力的です。

かっこいいなと思った俳優さんたちも、もし2.5次元ではない作品で見ていたら熱狂的なファンになっていたかもしれません。

ここまでに語った事は2.5次元舞台に限った話じゃなくて、漫画の実写ドラマ化とか映画化でも同じように思っているので普段から見ません。例えば評価がすごい高かった某明治時代剣客実写映画も、原作が大好き過ぎて一度も見てません。

「私もそうだったけど見に行ってみたらハマった!」という人は、好きな作品から、好きなキャラが出るからという時点ですぐにチケットの申し込みをしている人が多いのですが、私はそこまでフットワークが軽い方でもありません。好きな作品キャラなら全部見たい!欲しい!という考えではないので、実写以外でも自分に向いてなさそうなものは適宜距離を置いてます

あと、「興味ないけど試しに見に行ってみるか」みたいな気持ちだと、本当にその舞台を見たいと思ってる人に申し訳ないし、俳優さんにも失礼な気がして申し込むことすらやめようと思ってしまます

「そんなこと言ってもお前中の人キャラ衣装着て歌うライブは行くじゃん」と言われますが、多分その声で歌われる曲が大好きだから、としか言えないです。

その声優さん推しと同じタイプイケメンだったとしても、推し本人だとは思いません。

結局何が言いたかたかというと、私にとってはキャラ「本人」が全てだということです。

他にも同じような思いの人がいるかわかりませんが、自分なりに考えてみた結果でした。

2017-09-11

https://anond.hatelabo.jp/20170911172415

絵師」という呼称について調べたことのある俺がまとめてやろう。

1. 明治以前の画工、浮世絵師など

2. プロイラストレーターあいだで用いられる敬称尊称

3. ネット上の匿名コミュニティにおいてイラスト投稿する(概ねアマチュアの)絵描き呼称

4. 「イラストレーター」の単なる略称

「2」はプロに対する敬称であり、プロの中でもさらに「1」に匹敵するような優れたイラストレーターといった意味合いがあるため、この文脈アマチュアを「絵師」と呼ぶのは誤り。

「3」はアマに対する敬称であり、同時に「所詮アマチュア」という侮蔑ニュアンスもあるため、この文脈プロを「絵師」と呼ぶのは失礼。

「4」はラノベカードゲームソシャゲ界隈で多用されるもの意味合いとしてはニュートラル

anond:20170911172415

絵を描く人でアマチュアの人、みたいなイメージ

元増田にもあるようにイラストレーターだとプロ感出ちゃうから駄目

絵描きもなんか油絵とか描いて本格的に活動してる人感出ちゃうからいまいち

一発で変換できて短くて覚えやす言葉で他に代わるものがないから「絵を描く人」の意味で「絵師」と呼んだり名乗ったりしているだけで

実際にこの言葉を使う人は「オレは(アタシは)絵がとっても上手いんだぞ!ひれ伏せ!えっへん!」「キャー絵師様ー!師匠ー!」などと一切思っていないのだが

定期的に「絵師~~!?汚い落書きネットに上げてるだけのアマチュアが絵“師”なんて大げさな名前で呼ばれておこがましい!」とコミュニティから怒る人が出てくる

見ててめんどくさいからなんか他にいい呼び名があったらいいのにと思う。俺は絵描かないから絵描く人がどう思ってるかは知らんけど

2017-09-09

いわきFCが去年の全社でベスト4にも残れず地域CLに出れなかったこととか都合よく忘れ去られてるよな。

相手アマチュア上位だと対策取られて簡単には勝てなくなる。敗退した試合を見たわけじゃないが相手対格差を考慮してそこでの勝負を避けパスサッカーで崩したそうだ。

将来J3とかJ2行けたとしても、対策取られまくって思うように勝てないんじゃないの。そりゃ幾つかは勝てるだろうけど。今までのJだってそうだったじゃん。革新的なところが革新的なままJ1まで大成功ってあったか相手があるんだから普通に対策取られて徐々に通用しなくなってくと思うのだが、いわきFCだけはそうじゃない一気にJ1へ行くぞ、とか言ってるのJをなめてるとしか思えんかったり。

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