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2017-09-25

なろう原作商業アニメと、生物学的に女性男の娘

男の娘が実は女性だった(!)ことが判明してファン激怒!!!!』

そのニュースを見た時は「ふーん。バカだな。皆。バカばっか」としか思わなかった。

それから12時間ほどして、私の頭に突如として稲妻の如き電撃がスパークしてライトニング

なろう原作商業アニメが何故こうも残念な子扱いをされるのかと、男の娘が実は本当に女だった事件類似性に気づいてしまったのだ。

恐ろしい。

まるで古典的推理ドラマ

「まてよ……それだ!凄いぞ相棒ナイスナイス!違うよそういう話じゃねーよ!わかったんだよ……犯人が。」ってアレだ。

なろう原作商業アニメが叩かれる真犯人、それは『アマチュア扱いとプロ扱いのギャップ』だったんだ。

なろう小説ってのはアマチュア作品だ。

プロが書いてることも結構あるし、面白い作品書籍化されるんだからアニメ化される頃には全員プロなんだが、あくまWEB小説投稿サイトというフォーマットアマチュアの遊び場だ。

その中で輝いてる作品ってのは、いうなればアマ十段作品なんだ。

プロ世界に行けば、段持ちになれるかどうかも怪しくても、アマチュア世界では十段なのだ

それは単なる実力不足よりも、アマチュア世界で戦い抜くのに特化した戦略を取っていることに起因する。

ネット男の娘チヤホヤされるのも原理は一緒だ。

本物の女性プロ女性であるのに対して、男の娘アマチュア女性であり、「アマチュア女性なのにプロ並なんて凄いね!」と褒めてもらっているのが男の娘人気の秘密だ。

そして、その人気は「本当は男なのに」という前提を活かした戦い方をすることで加速するのだ。

それを叩き壊したのが今回の本当に女だった事件だ。

前提が完全に崩れた。

アマチュア限定大会プロが参加していたんだからそりゃ荒れる。

なろうは一応プロの参加もオーケーになっているが、アマチュアのノリに合わせられないプロはノーサンキュー世界だ。

そして、なろうで人気が出た作品基本的アマ十段的なポジションとなる。

そんなアマ十段プロ世界にいきなり投げ込んで十段として戦えるか?

ノーだ。

先程も言ったが、戦術アマチュア同士の戦いに特化しているのでプロと戦うとメタゲーム的にボロクソに負ける。

だけど、たまーに地雷的な感じでメタゲームをぶち壊して勝ってしまうのがある。

そういう連中になれそうなのを掘り当てて瞬間的な勝利を狙ってばかりいるのが最近のなろう原作アニメだ。

いうなれば男の娘戦略だ。

半端な美人同士なら男の娘の方がインパクトがあるという滅茶苦茶な戦法でなんとか戦っているのだ。

恐ろしいほどのバイタリティ

なろう原作アニメ修羅世界だ。

そんな事してコケたらただのカマ野郎プロデュースしたアホで終わるというのに。

というか実際に、カマ野郎プロデュースしたアホが如き扱いを受けているアニメ制作は沢山有る。

それでもロマンを求めるギャンブルプロデューサーたちは、今日もなろう小説というアマチュアカマ野郎の尻を視聴者に向けて差し出してくるのだ。

2017-09-13

2.5次元いまいち食指が動かない理由考察してみた

最近2.5次元の勢いはすごい。

人気のジャンルを見ていると自分がハマっているハマっていないに関わらず舞台化いつだろうな、と思います

しかし、私は2.5次元に全く興味がないのです。

周りの友人や仲の良いフォロワーがどんどん2.5次元沼に吸い込まれているのを何となく眺めている状態です。

こんなに多くの人がハマっているのに、逆に何でだ?と思って自分なりに考えてみました。

※ここから言っている事はあくまで私個人の考え方で、2.5次元否定する内容では決してありません。が、気を悪くされた方がいたらごめんなさい。




とりあえず、私と同じく2.5次元に興味がないと言っている人たちの間でよく言われている事に対して自分意見を述べてみます。。

現実人間から2次元しか興味がない。→ジャニオタだし好きな俳優もいるので違う。2.5次元に出てる俳優さんかっこいいと思う

そもそも舞台とかミュージカルに興味がない→小さい頃からよく見ているので違う

実写化するなら声優がやるべき →声優が歌って踊るタイプライブは好きだけどキャラと同一視はしていないので違う

・↑と関連して、声がキャラと違うから→それはちょっとあるかもしれないけど根本的なところではない気がする

2.5次元を生で見たことがないから興味があるない以前の話→それはあるかもしれない・・・

他にもいろいろあるとは思うんですが大体こんな感じです。

「実際に見たら絶対ハマるよ!」というのはいろんな人から言われているのですが、「そっか~じゃあ見に行こうかな」とも思わないんですよね。

どこでその線引きをしているのかと思い返してみると、大体Twitterでその作品公式アカウントが流すビジュアル公開とか、撮影現場とかの動画ツイート

現実世界で一番そのキャラを演じるにふさわしいビジュアル演技力のある人」が集まっているのすごい。

すごいんだけど、キャラ台詞を言っているのを見るとなんだか首をかしげる。キャラの歌っている曲とは違う声が聞こえる。

俳優さん本人はかっこいいのに、キャラ恰好をするとなんだか違う。

ここらへんはもう個人のこだわりのふり幅の問題だと思うので、そう思ってしまった時点で私には向いていないんだろうなと思います

プロアマチュアを同列に語るべきではないとは思いますが、私はコスプレという文化に興味がありません。

まり2次元3次元に持ってきてほしいとは全く考えていない、ということなのかもしれません。

私が2次元で好きなキャラと、現実世界で好きになる人のタイプ真逆です。つまり、私の中では2次元3次元の間に互換性は存在していないんじゃないかと思います

2次元推しはどうやったって生身の人間表現しうるものではないし、現実で大好きなアイドル俳優はどうしてもイラストより本人の方が魅力的です。

かっこいいなと思った俳優さんたちも、もし2.5次元ではない作品で見ていたら熱狂的なファンになっていたかもしれません。

ここまでに語った事は2.5次元舞台に限った話じゃなくて、漫画の実写ドラマ化とか映画化でも同じように思っているので普段から見ません。例えば評価がすごい高かった某明治時代剣客実写映画も、原作が大好き過ぎて一度も見てません。

「私もそうだったけど見に行ってみたらハマった!」という人は、好きな作品から、好きなキャラが出るからという時点ですぐにチケットの申し込みをしている人が多いのですが、私はそこまでフットワークが軽い方でもありません。好きな作品キャラなら全部見たい!欲しい!という考えではないので、実写以外でも自分に向いてなさそうなものは適宜距離を置いてます

あと、「興味ないけど試しに見に行ってみるか」みたいな気持ちだと、本当にその舞台を見たいと思ってる人に申し訳ないし、俳優さんにも失礼な気がして申し込むことすらやめようと思ってしまます

「そんなこと言ってもお前中の人キャラ衣装着て歌うライブは行くじゃん」と言われますが、多分その声で歌われる曲が大好きだから、としか言えないです。

その声優さん推しと同じタイプイケメンだったとしても、推し本人だとは思いません。

結局何が言いたかたかというと、私にとってはキャラ「本人」が全てだということです。

他にも同じような思いの人がいるかわかりませんが、自分なりに考えてみた結果でした。

2017-09-11

https://anond.hatelabo.jp/20170911172415

絵師」という呼称について調べたことのある俺がまとめてやろう。

1. 明治以前の画工、浮世絵師など

2. プロイラストレーターあいだで用いられる敬称尊称

3. ネット上の匿名コミュニティにおいてイラスト投稿する(概ねアマチュアの)絵描き呼称

4. 「イラストレーター」の単なる略称

「2」はプロに対する敬称であり、プロの中でもさらに「1」に匹敵するような優れたイラストレーターといった意味合いがあるため、この文脈アマチュアを「絵師」と呼ぶのは誤り。

「3」はアマに対する敬称であり、同時に「所詮アマチュア」という侮蔑ニュアンスもあるため、この文脈プロを「絵師」と呼ぶのは失礼。

「4」はラノベカードゲームソシャゲ界隈で多用されるもの意味合いとしてはニュートラル

anond:20170911172415

絵を描く人でアマチュアの人、みたいなイメージ

元増田にもあるようにイラストレーターだとプロ感出ちゃうから駄目

絵描きもなんか油絵とか描いて本格的に活動してる人感出ちゃうからいまいち

一発で変換できて短くて覚えやす言葉で他に代わるものがないから「絵を描く人」の意味で「絵師」と呼んだり名乗ったりしているだけで

実際にこの言葉を使う人は「オレは(アタシは)絵がとっても上手いんだぞ!ひれ伏せ!えっへん!」「キャー絵師様ー!師匠ー!」などと一切思っていないのだが

定期的に「絵師~~!?汚い落書きネットに上げてるだけのアマチュアが絵“師”なんて大げさな名前で呼ばれておこがましい!」とコミュニティから怒る人が出てくる

見ててめんどくさいからなんか他にいい呼び名があったらいいのにと思う。俺は絵描かないから絵描く人がどう思ってるかは知らんけど

2017-09-09

いわきFCが去年の全社でベスト4にも残れず地域CLに出れなかったこととか都合よく忘れ去られてるよな。

相手アマチュア上位だと対策取られて簡単には勝てなくなる。敗退した試合を見たわけじゃないが相手対格差を考慮してそこでの勝負を避けパスサッカーで崩したそうだ。

将来J3とかJ2行けたとしても、対策取られまくって思うように勝てないんじゃないの。そりゃ幾つかは勝てるだろうけど。今までのJだってそうだったじゃん。革新的なところが革新的なままJ1まで大成功ってあったか相手があるんだから普通に対策取られて徐々に通用しなくなってくと思うのだが、いわきFCだけはそうじゃない一気にJ1へ行くぞ、とか言ってるのJをなめてるとしか思えんかったり。

2017-09-07

日野皓正ビンタ事件」は現代版裸の王様ではないか

日野皓正氏が演奏者の中学生ビンタした事件について。

アマチュアジャズバンド所属した経験のある私の意見です。

Twitterblogで見聞きした事実関係は以下の通りです。


演奏形態ビッグバンド 数十人もの子供演奏待ちしていた。

ソロパートフリーセッションに移行したため、指揮者は後を任せて舞台袖に下がる。

ドラムソロ

ドラムが4小節演奏したのち、ほかのパートが4小節演奏。これを繰り返す。

フォーバス とも呼ばれるもの

ソロを繰り返すうちにほかの演奏者が長さに戸惑い、演奏ストップする。

ドラムが構わず演奏を続ける。

日野氏、ドラムの髪の毛をつかみビンタ(軽く頬を叩いたとも)


①について。

私はビッグバンドフリーセッション、両方の経験があります

数十人以上を待たせたうえでのセッションというのは私自演奏したことがなく、またほかのビックバンコンサートでも見たことがありません。

ソロ演奏というのは自分がどこを演奏しているのかを見失いやすく、そのうえで何十人もの子供平等演奏させる計画という時点で破綻しそうだと感じました。

ビッグバンドソロセッションでのソロはだいぶ毛色が違います

ビッグバンドソロはどちらかというと吹奏楽クラシックに近く、演奏の長さやフレーズがある程度厳密に設定されています

一方フリーセッション形式では、楽譜はあって無いようなものです。

メインテーマコードが書かれただけの楽譜を前に、知恵を絞ってアドリブ演奏します。

このコンサートを鑑賞した人たちの言葉から判断すると、この中間形式を取っていたのでしょうか。

また、ジャズビッグバンド指揮者を置かずに演奏する形式メジャーです。それゆえ指揮者を据えての演奏形態は珍しいと思いました。


②について。

延々とドラムソロ演奏したというので、当初はこのドラムがほかのパートに一切ソロを回さず演奏し続けたのだと思っていました。

実際はフォーバス形式が続いたという話のようです。

本人の中ではほかのパートソロを回しているのだから自分演奏を独占したという意識希薄だったのかもしれません。


③について。

ジャズ経験した身としては、演奏をやめてしまった子供たちの実力に不安を覚えました。

ドラム中学生は、確かに暴走したのかもしれません。

しかし身勝手演奏者の存在に限らず、ソロが「暴走」することはよくある事態です。

例えば先ほど少しふれたように、自分がどのあたりのフレーズ演奏しているか見失った場合です。

彼らはそのような事態に遭遇したとき、いったいどう対処するつもりだったのでしょうか。

同じように演奏を途中でやめてしまうのでしょうか。

このような「暴走」に遭遇した場合、いくつか対処方法があります

ソロに構わずにメインテーマ演奏を始めてしまうか、ほかの演奏者がソロ演奏し始めるかです。

やや強引に思えるかもしれませんが、どちらもジャズ演奏する上でよく使われる手です。

今回のコンサートでは順番待ちの子供がたくさんいたそうです。

フリーセッション形式を良しとして見守っていたなら、初めに打ち合わせた順番に構わずに、次々舞台に出てしまってもよかったと感じます


④について。

ほかの子供たちが演奏をやめてしまったので、一人でも演奏を続けるしかなかったのではないか?という考えもできます

発端は彼の自分勝手なのかもしれません。

しかし途中で演奏をやめてしまうほかの演奏者にも責任がないとは言えません。

全員が演奏をやめてしまったのであれば、結局演奏会が失敗したことに変わりありません。

ドラム一人の責任ではなく、事故でも起こりうる暴走に全く対処できないほかの演奏者たち、そして対処の仕方を教えてこなかった指導者責任もあります


⑤について。

暴走する演奏者を止めるには体罰は致し方なしでは?という人も多いです。

ですが止めた後のことはどう考えればいいでしょう。

暴走は止まりますが、その後規律ある素晴らしい演奏成功したのでしょうか?

一人の演奏者の暴走が止まるだけで、演奏会の失敗を食い止めることはできません。むしろトドメを刺したといえます


これら諸々を踏まえた私の考えとしては以下の二つになります


大人数の演奏者すべてにソロを割り振るという企画の無謀さ

先ほどソロ暴走した際の対処例を書きました。

しかしこれらは少人数セッションでは有効ですが、正直な話ここまで大人数の演奏者が存在する場では難しいかもしれません。

ビッグバンドでは指揮者を立たせないのがふつうと書きました。

そこであえて指揮者を置くという意味は、彼らが統率のとれた演奏自力ではできないということです。

小学生中学生ビッグバンドは他にも存在していますが、やはり指揮者は置かずに、主にリズムパート演奏をひっぱっていくバンドほとんどです。

まり指揮者なしではそもそも演奏が成立しなかった。

その実力不足ゆえに招いたのがあの失態であると思います


ジャズという音楽の基礎知識を全く教育できていない

ジャズで最も重要視されるのがアドリブ要素といっても過言ではありません。

実際のセッションシーンでは舞台上のアイコンタクトジェスチャーソロバトンタッチし、自由タイミングアドリブ演奏を続けます

一見難しい技術なのですが、全くの音楽初心者でも、数か月間の練習を経てこれらを堂々と楽しむことは可能です。

上手、下手の差はありますが、そんなことは全く気にしなくていいのがジャズのいいところです。

アマチュアならなおさら

しか日野氏のバンドでは、呼ばれるまで舞台に立たない、ほかのパートソロが続いているにも関わらず演奏をやめてしまうなど、ジャズ演奏の基礎が全く身についていません。

ジャズをやりたいのか、吹奏楽をやりたいのか、マーチングバンドがやりたいのか…目標がさっぱり見えないのです。

そしてビッグバンドフリーセッションが奇妙に融合したバンド形式

子供たちにジャズとはどういう音楽かを教育することに完全に失敗し、その結果が一人の演奏者の「暴走」によって露呈した。

自分教育力不足が観衆に知れ渡るのを恐れた世界ジャズ奏者は、その責任を一人の少年の身勝手さに責任転嫁した。

私にはそう思えました。

これは現代版「裸の王様」なのかもしれません。

2017-09-05

天然培養デブ処女アラウンドサーティ

 物心いたころにはデブスだった。

 おおよそ30年間の内、痩せていた時期がない。

 自分自身、太っているのはよく分かっているし、それが美しくない、などという曖昧表現に納まらず、ストレートに申し上げれば醜いことも理解している。風呂上りに鏡で見る裸体は掛け値なしに本当に醜いと感じる。美醜という点でも、健康という点でも、「出来るなら痩せていた方が良い」ということは重々承知している。この「出来るならば」が曲者なのだ。私が思う痩せたい/痩せた方がいいという理解判断気持ちは、分かりやす表現すると、宝くじを買っていないのに「あ~3億円の宝くじ当たらないかな~」と夢見るようなものしかない。解決する気、つまりやる気がないのである。ちなみに私は宝くじを買っていないのによく宝くじ当たらないかな~と口にする。

 このやる気がないことはありとあらゆることに繋がっている。デブという体系以外の服飾や美容や化粧というものにもやる気がない。服飾や化粧や手入れでドブスがブス、ブスがまぁちょいブスくらいには変わるものなのかもしれないが、いたずらに耳目を集めるような汚さ/臭さ/奇抜さがなく、最低限の清潔感さえあればいいやと、仕事でもプライベートでも家でも全てユニクロを着ている。

 デブであることも運動食事療法生活習慣などを見直せば当然痩せるだろうが、努力してまで現状を変えようというガッツがない。美味いものを食って美味い酒を呑み、ろくに運動せずだらりと過ごすのが好きだ。

 幼少期から今に至るまで、テロメアに異常でもあるのだろうかと思うほどに運動が苦手であるが、克服しようという気がない。苦手なものは苦手なままでいいや、積極的に関わろうとしなければいいや精神だ。

 学生時代学業はそこまで悪くはなかった、ストレートで中の下といったそこそこの大学へ進学し、ストレート卒業した。努力をすればよりレベルの高い大学に進めたろうし、今だって勉強すれば知識は増えるだろう。でもそこまでやる気がない。

 料理掃除スキルもない。部屋は乱雑でごちゃごちゃしているし、未だに実家暮らしている上、母が料理が得意なので全てまかせている。家事スキルというのは人間として高いに越したことはない。どちらも経験を積めばある程度はレベルがあがるし、努力すれば身につくものだ。でもやらないで過ごしている現状が楽だ。

 人とコミュニケーションを取り交友関係を広げていくことは、トラブルに巻き込まれることもあろうけれども、悪いことではない。でも一人が気楽だ。

 当然、若いころは周囲も若かったのでデブであることを積極的からかわれ、なぜ自分はこうなのかと考えたこともあるが、デブであることは純然なる事実であったし、特に顔を真っ赤にして怒るようなことでもなかった。なによりそのころにそういったストレート事象で人を罵倒するタイプの子供というのは、悲しいことに得てして馬鹿だった。本当にごく一般的で、大した事のない自分よりも学校勉強すら出来ない馬鹿言葉を気にして反応する必要はない。そうしてなぜか無駄なほど高飛車形成されていた心の強さにより、そういった罵倒を全て無視した所、まぁ当然嫌がる反応を見たいからこそ投げられる暴言だ、頻度が酷く減っていき、気付けば自分も周りも大人になって、そういった言葉は投げかけられなくなった。

 本を読むこと、音楽聴くこと、歌うこと、映画を見るもの絵画を見に行くこと、そういったことは昔から今に至るまで好きだ。好きだからこそ努力していない。努力必要ない。それぞれでプロを目指している訳でもなく、自分楽しいと思える範囲しかやっていない。学生時代はかなり厳しい部活動所属して自分を追い込んでいたし、結局やめることなくきちんと務めきったが、その経験から精神を病んだり苦しんだりしながら努力を重ねるほどやりたいことではないなと思った。当然アマチュアレベルだしプロを目指すほど上手くはない。

 人と深く交流することも面倒で、必要最低限で済ませた。一人でも楽しめる趣味世界は溢れていたし、十分楽しいのだ。

 こうやってぐだぐだと思考を重ねていくことも好きで、SNStwitterだけやっている。趣味の話をする友人…と私が思っている対象もそこそこいる。

 そんなやる気もガッツも一切ないデブスなので、当然交際経験もない。処女というと性行為をしたことがない意味になるが、そもそも交際経験がないのだ。異性の友人もいるが、友人として成り立てるということは、価値観が近いということで、そりゃデブスに興味はないのである。見目麗しくなく、得意なスキルもなく、努力を重ねる高い精神性もない人間と、一体誰が好き好んで深い関係になりたがるというのか。自覚があるし理解もある。

 利益があるから好きになるんじゃない、というのが恋とか愛の定説だろう。きっとそうなんだろうなと音には聞く。他人事なのは特別好きになった相手もいないからだ。齢30を手前にして、恋とはどんなものかしら~なんて考えているなんて大笑いである。しかもそれが美しい娘が窓際で歌う小鳥ハーモニーを重ねるのではなく、ユニクロを着たデブスが乱雑な部屋で光る画面を見つめながらだ。

 承認欲求は人と同じほどあるし、彼氏/彼女は正直欲しい。女なのだろう?彼氏じゃないのか?という部分に関しては、正直どちらでもいい、両刀/バイやⅩジェンダーなのか?と聞かれても困る。なにせ交際経験がないからだ。より正直に言えば、男/女/LGBTに関わらず、別に動物でもいい。哺乳類以外も好きだ、爬虫類などね。虫は苦手だが蜘蛛は好きだ。でもまぁ彼氏/彼女と並べるなら変温動物よりは恒温動物がいいな。じゃあペットを飼えと思われるだろう。ペットに憧れはあるが中途半端に繊細なハートの持ち主なので、いわゆるペットロスペットに先立たれることに耐え切れないのが目に見えているし、やる気がないのだ。

 寂しいときに甘えられ、向こうが甘えたいときに甘やかしたい。そんな欲求ゆえに彼氏/彼女/恒温動物が恋しくなる。でもそれはつまり都合の良い相手が欲しいというだけで、苦労し努力してほど捜し求めたくない。ここでもやっぱり結局、やる気がないのだ。

 死にたい訳ではない、楽しいことは沢山ある。まぁ嫌なことも多いけれど。あと、まだ30歳前であるが、今後死に際も一人かと思うと猛烈に怖くなる。私は末っ子だ、不摂生が祟って早死にしなければ、身内と呼べるコミュニティの中では最も遅く死ぬことになる。じゃあ早死にしたいか?というと、絶対嫌だ。出来る限り楽しく生きたいとさえ思っている。じゃあ不安解消の為に努力をするか?といえば、やる気がないのである

 自分別に特別人間じゃない、ということはよくよく分かっている。つまりはこういうやる気のないが人寂しい人間というのは一定数確実にいるのだ。そういう人同士が寂しさを埋めるように体温を分け合えばwin-winじゃないかと思う。需要供給が成り立っている。でも実際そういう人間を探そうというやる気が私にはない。多分まだ見ぬ同じような存在もやる気がないのだ。

 出会えば幸せになれるかもしれないが、出会おうとするやる気がない同士なので出会えない。無気力ジレンマとでも名付けたい。

 私は生まれながらの天然培養デブ処女、年齢はアラウンドサーティン。寂しい、評価されたい、愛されたい、愛したい、頼られたい、良く思われたい、楽に行きたい、尊敬されたい、etcetc…欲望はつきない。でもその欲望をかなえるべく努力はしない。やる気がないからね。

2017-09-02

プロ作品品質を高めつつ締切りを守る

アマチュアは、

作品品質を気にせずにバンバン公開する

作品品質に拘りすぎて締切り守らない

のどちらかに別れてる印象

ソシャゲ流行ってた時にピクシブあたりで絵師(笑)一本釣りしてたけど、

締切り守らず逃亡ってパターンが山ほどあったらしい

真木よう子さんのコミケ参戦問題を整理してみた。

現時点で、本人が参加を辞退している以上、もう掘り起こさなくても良いんじゃないかとも思うけど、今回の件で色々と考えさせられたので、自分の中のもやもやを整理するためにこの日記を書いています

なので、自分と違う価値観の方には全然落ちてこない内容かもしれない。そして私は、コミケ同人誌即売会というイベントサークル参加した経験はないが、一般参加は何度もした事があり、友人に同人サークル活動をしている人もいて売り子で協力した事があります。このため、出来る限り中立的目線を持ちたいですが、所謂コミケ参加者側の"オタク"の価値観に寄った意見になる事をご容赦ください。

ただ、自分にも真剣応援している推し俳優がいるので、今回の一連の騒動はなんだか他人事とは思えなかったので。

まず、問題は一つではなく複数あり、複数問題が複合的に重なった結果、今回の騒動が起きてしまったんだと思う。混ぜて話すと分かりにくくなるので、1個ずつ取り上げてみることにする。

また、「真木よう子コミケ参戦を促した黒幕別にいるか彼女には何も落ち度はない」という意見もあるかもしれませんが、ここでは論点が少しずれるので詳細には言及しないこととします。

まず問題なかった点というか、これは是非とも賛同したいなと思えた点から

問題なかった点】
写真集作成するということ

オタク普段から表現の自由を訴えている癖に、彼女表現する機会や表現する自由を奪った」という記事意見を多数見かけたが、コミケ参戦反対派のオタク(以降、便宜上オタク」と略す)の中で「写真集作成する」という行為自体否定している人はほぼいなかったと思う。写真集作成し、彼女写真エッセイ等で自分自身表現すること自体はとても素敵で素晴らしいことだ。今回は残念ながらプロジェクト頓挫してしまったが、今後また別の機会があれば是非とも再挑戦してほしい。

ただしその時は、その作品を発表・発売するのに一番適切な環境手法について熟慮して頂くことを心から願いたい。

問題があった点】
◆「クラウドファンディングによって多額の資金を募った作品」をコミケの「アマチュアサークル」として頒布しようとした事

これは既に多くの記事でも言われている通り「クラウドファンディング自体資金集めの手段としては画期的であるし、彼女応援するファン支援できる、という事は全く悪いことではないと思う。ただ、「クラウドファンディング」というビジネスモデルに頼って「多額の出資金」で作成された「プロライクな作品」を「コミケアマチュアサークルとして頒布する」となると、やはり違和感が拭えない。

正式ルール化されていなくても、アマチュアサークル作品を作り頒布する人のほとんどは、例外を除き自費制作が主流。これは、出す作品同人誌でも写真集でも雑貨でもCD映像作品でも一緒だと思う。当然、自費制作なので多額の資金を準備するのは大変だし、制作数にも限りがある。そういう制約の中で最大限の努力をして、自分作品を出す。コミケというのはこういうDIY精神ベース根付いているし、そういう人達の活力で出来ている。

クラウドファンディング」の「制作したいものがあっても資金がないので、パトロンを募って出資してもらおう」という精神は今の時代の風潮に合う素晴らしいものかもしれないが、「コミケ」の中の主流である自分達の制作頒布するもの基本的自分達の資金力・能力範囲内で準備する」という精神とはやっぱり相容れない部分が大きい気がする。

多くのオタク拒否反応を示したのはこの部分のはずなので、同じことを別の人がやってもやっぱり叩かれていたと思うが、真木さんほどの有名人がやろうとしてしまったことが大炎上に繋がったのだろう。

コミケ企業ブースであれば、出展料金はアマチュア向けブースよりもかなり高くつくものの、そもそもが商用のスペースなので、企業ブース出展する企業コラボレーションして参加するという話であれば、もしかしたら成功していたかもしれない。(企業ブースには声優等の有名人が登場することもある)

真木よう子さん自身目的を達成するにはコミケアマチュアサークル向けスペースが不適切すぎた点

何故コミケに参加したいのかという質問に対し、真木さんは「ファンの方と交流したい」という回答をされているのを拝見した。コミケは、確かに作品頒布者とそのファン交流できる場でもある。ただそれは、あくま作品頒布する際に生まれる「副産物」であって、そもそもファンとの交流に適した場所ではまったくもって無い。

コミケは、毎年ニュースになるほどの人混みになる。アマチュア向けサークルブース基本的に長机を半分で1サークルが使い、サークル側の1ブース内に入れる人数は2人程。大手サークルでも2スペースで長机一つ分。一般参加者が歩き回れる通路もとても広いとは言えず、移動したくても身動きが取れなくなってその場で立往生するなんてことは当たり前に発生する。人混みではない場所でもブースの周りにずっと人だかりが出来ていたら、近隣のサークル迷惑がかかる。そもそも、入場するまでの待機列から目的場所に辿り着くまでに3~4時間以上経っている…なんてことも当たり前に起き得る。夏コミなら炎天下灼熱地獄の中で長時間外で並ぶことになるし、冬コミなら早朝の凍え死にそうな寒さの中で長時間並ぶことになる。

そんな場所で、所謂有名人である彼女が参加することで起きるであろうリスクを考えるのは簡単だろう。コミケ参加者彼女ファンを問わず真木よう子というネームバリューがあれば大量の人達がそのブースに押し掛ける。コミケ参加に不慣れな彼女ファンコミケ常連客との間でトラブルが起きるかもしれない。それによって、近隣のブース作品頒布するサークル迷惑行為被害が及ぶかもしれない。コミケに不慣れなファンが長時間外で並ぶことで体調不良者が続出したり、救急車が出動することもあるかもしれない。

こういった可能性に対するリスクマネジメントをきちんと行い、徹底的に対策することまで考慮されていたのかは定かではないが、少なくとも頒布する場所コミケではなく、個別に専用の会場を抑えてファンミーティング握手会等といったイベントを開催した方がよっぽどリスクが軽減されるはずである。それに、彼女程の女優であればそのようなイベントを開催することも可能なはずだ。つまり芸能人ファンとの交流に重きを置いているのであれば、コミケという場は正直不適切しか言いようがない。

これは、自分推し俳優に当て嵌めて考えても、やはりコミケに出たいと言われたら絶対に全力で反対するだろうし、専用の会場を抑えてファンイベントを開催してくれた方が正直何百倍もありがたい。というか、あん過酷空間推しを放り出すのはファンとしてとてつもなく心配である

あとこれは、個人的意思が多分に含まれるが、コミケというのはそもそも芸能人ファン交流の場ではないので、それを正々堂々と「ファン交流のためにコミケに参加したい」と芸能人が言ってしまうのはコミケ私物化したいと言っているようにも捉えられかねないと思う。やはり、ファン交流目的ならば別の会場をブッキングするべきである

もちろん、今年の夏コミでの叶姉妹のように上記リスクを全て懸念の上、事前のリサーチ対策を徹底的に行い、かつ準備を入念にしているというのをアナウンスをしてくれれば「そこまでしてでも参加したいのであれば…」と参加を応援する声が増えていたかもしれない。コミケに来るオタクの一部は、とてもトラブルに敏感である。そして「有名人が参加する」という事はそれだけでアマチュアサークルの何倍ものトラブル勃発の可能性を内包している。有名人アマチュアサークルコミケ参加にはそれくらいの差があることを、彼女ファンの方々にも是非知って頂きたい。

◆本プロジェクトを発表するタイミングとその内容の詰めが甘かった点

これは想定の話になってしまうが、発表時点で「クラウドファンディング写真集作成をする」という事だけが公表されていて、「コミケ参加」は当選が確定した後に発表されていれば、ここまで批判する者はいなかったように思える。もちろん、コミケ参加を発表する際には、先述のリスクに関する対策案も同時に発表しなければ結局炎上していた可能性はあるが。

毎年多数のアマチュアサークルからの応募があるが、その分落選するサークルだっている。そういった背景があるにも関わらず、確定前に「コミケに参加する」という発表をするのは「芸能人からたぶん当選するだろう」という驕りにも見えるし、「コミケ」というキーワードを使えば話題性高まるのでクラウドファンディング資金集めをするネタにしようとしていたようにも見える。この辺も、オタクから反論を買うことになってしまった要因の一つだと思う。

そもそも事務所意向に反する活動が出来ないと言っているのに事務所的にクラウドファンディングというビジネス彼女個人で実行するのは問題ないのか?

この辺は所属事務所規定にも関わってくると思うが、本人のみで完全に非公式プライベートコミケに参加するというのであれば、会社員をやりながらコミケに参加するアマチュアサークル形式は一緒な気がするが、クラウドファンディングというのは一つのビジネスであり、実際の必要経費よりはかなり少ない額とはいえ800万円もの資金所属事務所を通さず、大々的に公表して集めて、事務所から何も文句は言われないのか?というところも疑問である

コミケという場を借りててっとり早く本を出すよりも、少し時間はかかるかもしれないが、事務所相談するなり、事務所移籍するなりして、事務所側に彼女自身が望む企画理解してもらえるように働きかけるべきだったのではないかと思う。

今となっては、あの発表内容に書かれていた文章が、本人による言葉なのかどうかは分からないが、ファンから集めたお金を使う以上、沢山のファンコミケに関わる全ての人が閲覧できる場所で、あの内容を「本人の言葉」として発表する事を許容してしまったのは、一端の大人であり、女優という注目されやす仕事をしている社会人として、あまりにも配慮が足らなかったと言えると思う。

SNSでの発言内容やその使い方に配慮の無さが際立ってしまった点

これは、かなり個人的意見になるが、Twitterにて批判を受けた際に、数あるリプライの中から特に暴力的ツイート引用して、謝罪文投稿した事は正直ドン引きだった。彼女の元に来ていたリプライを見ていた人なら分かると思うが、その中には暴言だけでなく、建設的な助言や意見が多数寄せられていた。にも関わらず、謝罪ツイートにそれらの意見引用するならまだしも、敢えて特別ひどい暴言引用した意図が全く意味不明だった。

正直、自分ファンに「こんな酷い暴言を受けても謝罪しているアタシって可哀想」というアピールをしているように見えても仕方ないやり方だった。事実、その後Twitterでの論争は更に広がり、彼女擁護派対オタクでの言い争いが巻き起こっている。こういった状況を誘発する事すら想像できなかったのだろうか。

世間には何も考えずに心無い暴言を吐く人間が山程いる。特にTwitterをやっている有名人というのは、そういう人間には格好の餌食だ。そういうのを真に受ける必要はどこにもないし、逆に相手にすることによって、相手負の感情助長してしまう事もあるので、そういう相手へのスルースキルを持つべである

逆に、彼女のことを親身に考えてアドバイスをしていたオタクファンも沢山いたのだから、そういう意見尊重引用すべきだったのではないだろうか。そうすることで、擁護派の人もオタク意見に寄り添えたかもしれないし、オタク側の理解者も増えていたと思う。少なくとも、今よりもう少し、平和な状況になってたと思う。

このTwitterでの一連のやり取りから感じた彼女への印象は、SNS煽り耐性の無い人なんだなぁ、という印象である。仮にも34歳の立派な大人なのだからSNS発言すること、インターネットという世界中に開かれた場所情報を発信する意味を、もっときちんと考えるべきだと思う。

最近この騒動を受けてか、Twitterアカウントを削除されたようだが、一旦彼女自身SNSとの距離感を考える良い機会になってくれたら良いなぁと思う。

…以上が、一連の真木さんのコミケ参入に関する一連の騒動への所感です。素人意見なので、色々と間違っているところもあるかもしれないですが、自分なりに整理してみました。

長々とお付き合い頂きありがとうございました。

いつか真木さんご自身が、これらの問題をすべてクリアにして作品を発表できる事になったら、その時は快く応援させて頂きたいですね…!

その日が来ることをお待ちしております

2017-08-31

楽器真剣にしていたものから見た音楽部活体罰

昔はあったはずだ。先輩たちから武勇伝でよく聞いた。昔と言ってもそんなに昔ではないが、シンバルが空を飛んだとかいろいろ。

まぁ、15年以内にはほとんど無くなったのではないか

野球部より体育会系気質は低いはずであるし、女の子が多いので保護者も黙ってはいなくなった。

なので今、体罰をする音楽コーチはほぼ居ないはずだ。

じゃあ音楽は楽なのかというと、そうでもない。

精神攻撃が基本になった。(練習してないのか、とか、これぐらいできて当然、とか、○年やっててこれだけなのか、とか、周りより駄目だ、とか)

これは必要なことだと思う。音楽ステージにたつので、繊細さが必要だとして強心臓を求められる。

さらには客にアンケートもとったりすると若者にとって心のない…ありがたい言葉個人攻撃してくることもある。

褒めて伸ばす体制だと、この辺は鍛えられないので、時々褒めることはあってもガンガン褒める先生は見たことが無い。

(それだとどう評価されるのかといえば、野球サッカーのように本番に参加できるか、1st2nd3rdのどこに配置されるか、ソロを貰えるか、のようなところだ)

ただし人格攻撃はしない。顧問コーチは、しない。

(ここでコーチというのは、プロもしくはアマチュアプロだったりする。楽器は色々あるので一人で教えることは難しいのだ)

1つ2つ上の先輩から心の無い声をあびせられることもあるが、まぁそれは精神年齢問題だし中高生とかなら子供同士のいざこざだと思う。

某トランぺッターのドラマーいじめは、どこぞのセッションだ」と思うのだが

セッションの厳しさは無い話でも無いと思う。ただそれは一流の音楽学校(海外)に進んだ際

人格もひったくれもない音楽家たちに教えてもらわないといけない。そこで手が出るのは「あるだろうな」という感じで(まぁフレッチャーはやりすぎだしありえないが)

ただし「日本で」さら日本人が苦手な「ジャズで」なにが一流だって言うんだ。

現状『音楽』で一流を目指すのは海外に行かなければ無理だ。(音楽文化問題もあるし、楽器環境的にも日本は多湿すぎて楽器に向いていない)

あいうことをし許されるのは本人が日本を出て海外音楽現場に入った時だ。中学生にやっていいことではない。

中学生のプレーが暴走をした?じゃあ感情的になって叩く?猿か。いや、猿でもしないか

大人が(多分)反抗期の、しか自分音楽のみで暴れる子を殴るか?あのフレッチャーだってステージ上で手は出してないぞ。

あいう時、マジで怒ったなら指揮棒を置いて指揮台を去るべきだった。それならなかなか無いが、まったく無いことでは無い。体験学習中学生に対して理性が無さすぎる。

某トランぺッターはステージに立つプロだ。ステージ暴力台無しにした。失望する。

どれだけ変な援護が飛ぶかはしらないが、日野皓正時代遅れであり、大人として失格だ。

2017-08-30

美大生と広告代理店就活

※この情報オープンにされていないため、あくま個人意見として情報を受け取ってください。

■はじめに

美大生が広告代理店へのAD職の内定を勝ち取るために必要なことは情報戦である

これから来年就活解禁である3月1日(一応来年度の解禁日も3月であると聞いた)に向けて作品制作をしている学生に向けて言いたい。

私自身はAD職ではない。同じ美大卒ではあるが、しがないWebディレクターをやっている。

ただ広告代理店や有名プロダクションAD職の先輩、後輩を多数知っている、多くのポートフォリオを見てきたものとして美大生の就活に物申す。

美大生のポートフォリオ

彼らの作るポートフォリオアイデアにあふれ、非常に面白い

売れるほどの立派な作品集である

100万かけて作品をつくる先輩もいる。

留年してまでもつくる先輩もいる。

学部で失敗して院へいって内定を勝ち取った人もいる。

学部でも院でもダメ留学して内定勝ち取った人もいる。

あっさり別業界へ行く人もいる。



これだけデザインという言葉が普及している中、学んだ発想法を活かして美大生は方々で活躍している。

広告を学んだ美大生が、広告代理店以外の企業へ行く人も多くなってきた。

逆に専門学校一般大の人が代理店AD職になっても良いのではと感じている。

それでも大手広告代理店求人特定美大に集中する。それはAD職に必要手法特定美大に集中しているからに他ならない。


■AD職への就活の基本

就活情報戦である

しかし、その情報を知るもの同士の世界はごくごく狭いものを感じる。

電通へ行ったタマビの○○先輩のポートフォリオ 」であったり「博報堂へ行った芸大の○○さんのポートフォリオ」であったりが彼らの間で代々流通している。

それが社会へ出たあとも代理店AD職や有名広告制作プロダクションデザイナー同志の交流は続いていて、定期的な飲み会が開催されている。

美大生は美大生の間で群れ、社会に出てもクリエイティブクリエイティブ同士でつるむ。

(そうでない人もいる)

交流は大切であるが、身内となってしまうと危険な面もある。

(オリンピックロゴ騒動が良い例である。身内同士でコンペをやっているようにしか見えないのは半ば必然であると感じた。)

参考:http://francepresent.com/hakuhodo/


■やるべきこと

美大生の就活作品がすべてである。そのためにはポートフォリオ必要不可欠だ。

(各社審査方法は違うがポートフォリオベース作品必要)入社した先輩のポートフォリオを集め、自分なりの作品を作ってゆく必要がある。

私はこれまでに自身就活した年の直近2~3年の電通博報堂ADK東急エージェンシー内定をもらったポートフォリオを見たことがある。

年代によって求められてくるものが変わってくるため、直近入社した先輩のポートフォリオを見ないことには内定はまずありえないと感じた。

就職課に置いてあるポートフォリオは古いものも多くあまり参考にはならない。

優秀な先輩といか情報のやり取りをしておくかが内定につながると言っても過言ではない。

感性"とか"センス"ではなく"知っているか"、"知らないか"である。


その知識の一つに”広告を作ってはならない”というものがある。


■ポートフォリオ広告制作を入れてはならない。

まずポートフォリオを見る審査員広告プロである

アマチュア広告作品を見せても粗ばかりが目立ってしまマイナスポイントとなってしまう。


それ以上に、AD職になるためには”自分”という一貫性が大切である

審査員に”自分”というものを憶えてもらうためだ。

自分という広告を作るようなものである

分かりやすく言うと自分ポートフォリオテーマを付けていたのである


まず、大学課題作品という記載は一つも無かった。

確かに3年生の課題の展示で見かけたものではあるが、むしろ自分作品テーマ課題に合わせているというスタンスである

外部のコンペで入賞した作品自主制作など意識が高いスタンスがうかがえる。これらの作品も、ひとつテーマに寄り添って制作をしている。


そしてもう一つの知識、”アイデア”を出すための方法を身につけることである


■広告業界必要アイデアを生み出す秘訣とは

制作必要アイデアを生み出すのは一人で考えていると思われがちであるがそうではない。

基本的には複数人数によるブレストである

そしてそれは同じ業界を目指すライバル同士で行っている。

アイデア発想法自体既存のもので、これはAD職だけでなくどの仕事へ就いても社会へ出てから便利だ。


・KJ法

オズボーンのチェックリスト



この二点がおすすめ。詳しい説明リンクを貼っておく。https://liginc.co.jp/life/useful-info/37016

そして彼らは日夜休み時間が来ると食堂に来てはポートフォリオに入れる作品制作の打合せをしている。

これは面白い、あれをこうすると面白くなるのではないか

毎夜毎夜、いつものメンバーが集まってブレストをしている光景食堂へ行くと垣間見える。

この協力体制こそ、アイデアを生み出すための秘訣であると言える。(そして身内化してしまう原因でもある。)


■まとめ

就職をするのは個人で行うものである

しか就活集団で行うものでもある。

一人ひとりが数少ないパイを巡って争うよりも、協力体制をつくれば醜い争いをしなくて良い。しかもより高みを目指せる。

しかし変化と多様性必要である。このまま特定美大のみが代理店AD職になることはクリエイティブ業界全体の不振や成長の遅れにもつながる。

広告代理店へ行ったから偉い、有名なプロダクションへ入ったから偉い。美大ADにならないと偉くない。という価値観が広がってゆく。

毎年行われている各校のオープンキャンパスはそういった先輩たちの栄光が嫌というほど聞ける。

結局入社しても過労で死んでしまう人もいるし、逃げ出してしまう人もいる。世間さらし者にされてしまう人もいる。

私にとってこの数年の広告クリエイティブ業界不振は堪えた。

同じ美大卒が、同年代が苦しんだのだ。

(自分がそこに居ないせいかホッとしている自分もいる)

そして根本の原因は上記の閉じた知識に表れるのではないかと感じた次第である

私は美大生の作品が好きだ。もっといろんな人に可能性が広がれば良いと思う。 

真木よう子問題

もう取り下げちゃったからどーでもいいことなのかもしれないが。

CF自体ほとんど誰も批判してないし、おそらく前払いする印刷代を用意する方法として有効利用できそうな気はする。ただし、コミケ1週間前に極道入稿するようなサークルでは無理だろうけど。

問題商業との切り分け・コミケ理念への理解度

商業問題については色々出てきている情報によると、同人誌出版自体CAMPFIREが絡んでいる可能性がかなり高い。

コミケ自体商業ベース漫画大会に対する批判から始まったこともあって、そこで頒布される同人誌アマチュア色の強い創作物だ。二次創作についても商業誌ではないからこそ原著作権者からお目こぼしを受けている部分も多い。過去にはポケモン同人誌事件ときメモビデオ事件しまじろう事件などがあったが、今でも二次創作は危うい立場にある。オリジナルであってもその理念に沿ってサークルスペースで法人発行物の頒布はできない。

一応CAMPFIRE側はコメントを出しているが、目標金額に口を出していないとは言いつつ、出版のものに関わっていないとは言っていない。

そもそも真木氏も同人誌ではなく「雑誌」と書いている。もしかしたら同人誌がどういうもので、一般書籍との違いを分かっていないのかもしれない。同人誌を知らない者がコミケでなにか売ろうとしている、それもオタクカンに障る部分かもしれない。

事務所所属する芸能人写真集を出すとなれば肖像権問題が出てくる。果たして個人による自費出版可能なのだろうか。事務所側の内容チェック(もしくは口出し)や版権使用料の支払いなどがあればアマチュアベース同人誌とは言いづらい。

ちなみにこれまでコミケサークル参加したプロの方々は、肖像権であればコミケ限定特別許諾をとったり、その他の権利侵害しない様配慮しながら本などをつくっている。最近声優さん絵描きさんが所属する会社側で参加ルールを設けていたりして趣味としてサークル参加するハードルが低くなってきたようだ。先日の夏コミでも有名な声優さんが島中サークル普通に売り子していたが、一般参加者も特別扱いせず普通に人が流れていたのが印象深かった。真木氏は権利関係クリアにできているのだろうか。

プロプロルールで作ったものサークルに持ち込む、これもオタクカンに障る部分だ。

コミケサークルスタッフ一般参加者が一緒になって作り上げている表現の自由を最大限尊重する「場」であるしかしその「場」を維持するために「自由」と引き換えに参加者には「義務」(ルールといってもいい)が課されている。これを「ムラ」といって批判する者もいるが、そもそもマーケット」という閉鎖空間なので批判する意味がない。

今後また芸能人サークル参加があるだろうが、「一般で始発乗って3年通ってました」みたいなガチなのを期待する。

オタクは「真木よう子さん炎上」を重く受け留めるべきではないか

はじめに

真木よう子さん炎上について、水龍敬さんがサークル参加者の立場として問題点をよくまとめていらっしゃいます論点は大きく分けてこの4つかと思われます

なので、本炎上の抱える諸問題についての批判を、このブログに対する私見に代えて、以下につらつらと述べさせていただきます

(※ 念のため繰り返させていただきますが、水龍敬さんをディスってるわけではありませんのであしからず

クラウドファンディング金額多寡について

芸能人クラウドファンディングで8万円の印刷費を集めてコミケ写真集を出そうとした」なら(芸能人がなんでそんな金額を捻出できないのかと思われるが)ここまでの批判はあがっていなかったと思うので、やはり「クラウドファンディング」という手段批判しているわけではないように思える。一方で、その金額多寡は一つの原因ではあろう。「商業流通商品頒布してはならない」というのはコミケ公式ルールではあるが、それ以上にコミケには(そして一部のネットユーザーには)商業主義のものに対しての風当たりが強い側面があるのだ。

クラウドファンディング金額が高いのが問題」とは一体全体どういう理屈でしょうか。募集者は出資金額を直接操作できるわけではありません。出資金額が目標金額オーバーすることはしばしばあることです。

サークル参加者のみなさんには、ぜひ身の上に起こる話として想像してみていただきたいのですが、仮にみなさんがクラウドファンディング募集したとして、出資金額が目標よりオーバーした(それこそ800万とかい大金が集まった)らどうしますか?「出資金が予想よりたくさん集まったのでプロジェクトを断念します」と出資者に詫びますか?ありえないでしょう。

芸能人コミケに参加することの是非

一方で、芸能人コミケに参加することの是非もあるだろう。最初にあげた記事中にもあったが、コミケは元々アマチュアのための表現の場である。当然に何のネームバリューもない一般人基本的には参加するものと考えられている。かつてはプロ漫画家が参加すること自体否定的な者もいたし、企業スペースの存在を受け入れることにも是々非々があった。最近では見かけないが、コミケ知名度をあげてプロになった者はコミケ卒業するべきだ、なんて意見を言う者もいた。

芸能人コミケに参加することの是非」なんて、とっくの昔に克服した問題ではないですか。企業コミケ参加するようになって久しいですし、小林幸子さんとか叶姉妹さんとかが参加表明したとき最初は反発こそありましたが、実際に会ってみたらすごく盛り上がりましたよね。会えてよかったって思わなかったのですか。

出品物のクオリティについて

そこにTVに出るようなネームバリューの高い芸能人アイドルが参加すれば、どんな作品を出そうが当然に一般人よりもモノは売れる。一般人一生懸命に描いたフルカラー漫画本より、大物漫画家落書きペラ本の方が、残念ながら売れてしまうのは事実だ。まして芸能人アイドルコミケ写真集CDを出すとなると、それは半ば「握手券」的な意味合いを持ち、その作品クオリティ如何に関わらず、当人バリューを求めて買いに来る人達もいるだろう。それは真剣にモノ創りをしている人達の場では一種の「ズル」に見えなくもない(芸能人写真集が、真剣なモノ創りでないわけではないと思うが)。真木よう子ほどの知名度もあれば、最初から商業流通に乗せてモノ作りをすることも可能なわけで、それができないアマチュアのための場であるコミケであえてモノ作りをする意味が問われるのも仕方のない側面もある。

アマチュアのための場であるコミケであえてモノ作りをする意味が問われている」っていうのは、そのまま自分たちのことでもあるということをちゃんと自覚していますか。わずか16ページのぺらぺらの薄い本が500~1000円とかの値段でさも当然のように取引されていますが、コミケ直前の同人作家Twitter覗くと、どこもかしこデスマでひぃひぃ言ってますよね。みなさんは何のためにコミケに出品していますか?みなさんは本当に真剣にモノ作りをしていますか?それを胸張って真木よう子さんに言えますか?

出品物が「実写モノ」であることの是非

そもそもコミックマーケット」の名前にある通り、コミケ基本的には漫画の祭典である黎明期にはコスプレに対する扱いの是非も問われてたし、さらに実写モノの写真集となると今でも肩身の狭い部分がある。コミケット運営側だって、必ずしも実写モノの文化理解を示してくれるわけではなく、過去には一部のROMサークルが明確にコミケから排除されたりもしてきた。自分コスプレROM等には元から偏見もなかったし、今では自分でもROM撮影してリリースしたりしてはいるが、やはりコスプレイヤーに話を聞くと、そうした人々に拒否感を示す参加者も多いと言う。まして、コスプレでもなんでもない写真集となれば、さらコミケ同人世界では風当たりが強くなる。

「実写モノの表現自体そもそもデリケートな分野」って、そんなことないですよね。「あらゆる表現を受け入れる」、それがコミケのよいところです。「子ども向けアニメ鬼畜エロ漫画はいいが、ふつう写真集二次元ベース創作じゃないかダメ」っていうのは、端的に狂ってます

(あとついでに言うと、「コミケ排外的」っていうのもウソですよね?コミケ歴史的に「コスプレ」も「企業」も「有名人」もみんな受け入れてきました。こういう風に、「オタク」と「世間」とを分断する文脈コミケを語るとき、「○○○について不満を感じてる人がいる」とかい検証不可能な話を引用する記事が多いように感じるのですが、問題は「自分はどう思ってるのか?」です。そこを隠して知り合いの意見引用するのはフェアではありません)

まとめ

結局のところ、真木よう子さんの「ふつう写真集」じゃ抜けないか批判してるわけですよ。だってAKBとか大人声優とかが「ふつうじゃ出版できない過激でドスケベな写真集します」とか言ってたら大喜びでザーメンシャンパン撒き散らしてたでしょう。「クラウドファンディング金額が高い」だとか、「コミケアマチュアのための場でもある」だとか、「本のクオリティ」だとか、「本の中身が二次元ベースじゃない」だとか、あと排外性?だとか、さももっともらしいこと言ってますが、どうせ自分たちちんちん勃起すれば全部お咎めナシだったでしょう。

メディアに対する不信感についてはまったくその通りだと思いますしかし昨今、「オタクに対する謂れのない偏見」も薄れてきていて、一般の人たちにもオタク文化だんだん受け入れられてきているように思います真木よう子さんのコミケ参加表明がその証左になり得たはずでした。でも今回の一件で、「一般人オタクを嫌っている」のはでなく「オタク一般人を嫌っている」というのが明らかになりました。オタクのみなさんはどうかこのことを重く受け留めていただきたいと思います。長文すまんこ

追記:一部の誤字、衍字を修正しました。

そもそもコミケ有名人を利用しようと企んだのが間違いだったのではないだろうか

真木よう子とのDMなどの新情報が明らかになったが、

それを見ると最初に話を持ちかけたのはコミケ運営共同企画撮影会を行ってきた鈴木心らしい。

彼はもともとコミケ参加者で、企業広告写真有名人写真を発表し、坂井真紀の夫でもあり、ネームバリューがある人物だ。

そんな人物と手を組めばコミケますます発展する……と思ったのだろうが、それが結局こんな招かれざるお客様を呼ぶことになった。

自分他人名前を利用しようとすれば、自分他人名前を利用されかねないのだ。

今回の件はいい教訓になったと思う。今後は慎ましくアマチュアの祭典に戻るべきである

2017-08-29

https://anond.hatelabo.jp/20170829173607

まあアマチュアが目立つ場所ではないよな。

業者ブースが大盛況。セミプロ集客して終わり。

サークル3回やったら卒業にしよう。

コミケってアマチュア表現の場としての役目は終わってるんじゃないか

ただ、いろんな企業が参加したり、来場者数が多く、

中で億単位のカネが動くから、役目は終わっているけど潰すに潰せない状態になってるんだと思う。

 

そうでなければプロ企業もいるけど、

アマチュアも参加できる大規模展示会みたいな現状にはならないと思うんだよなあ。

https://anond.hatelabo.jp/20170829095856

http://www.comiket.co.jp/info-c/C92/C92hitokoto/04.html

企業について】 ◆デジタル(その他)配置担当

新規申込で何件か、サークルではなく「会社芸能事務所ショップスタジオ」等、企業と思われるところからの申込が毎回見つかりますコミケットは前記団体サークル参加禁止しています。具体的な例を挙げて一つ一つ解説していきたいところですが、抜け道を敢えてあげるようなものなので、ここでは書きません(続く)。

配置作業時に見つかったところはもちろん、カタログ発行後に発覚(場合によってはカタログ掲載後に起業)したところや、当日の見本誌提出時に発覚(委託物も含みます)したところも過去にありました。当日発覚時はそのままお帰りいただきます最近は配置時に見つかるストレートな申込もあり、正直困惑しております(続く)。

以前「サークル企業ブースで同一の商品を扱う」という事例がありました。この場合準備会対応ですが、サークルは(企業ブース委託した場合も含み)企業サークル参加した扱いとし、そのサークルの今後の参加を一切認めません。ブース出展企業側(委託を受け付けた場合も含み)にもペナルティが発生します(続く)。

法人営利団体)と同人の線引きをしていただきたいのはもちろんのこと、コミケットアマチュアのための発表の場である、という大原則をご承知おきください。企業団体の大小に係わらず、参加を希望される場合は、コミケット公式サイトの「企業参加サポートページ」をご参照ください。よろしくお願いします。

真木よう子コミケ参戦はコミケ目的に反している

https://anond.hatelabo.jp/20170828024450

上記の記事を読んでの反論です。

記事内の、オタ・非オタであるか、アマチュアプロ法人であるか、営利非営利であるか、などは本件に関係ない見当違いな意見だと思う。

真木よう子コミケ参戦はコミケ目的に反している。というより、全くの逆の考え方をしていると思うのだ。(目的理念については後述)


コミケ同好の士の為の場だと思う。自分の好きなもの表現したり、見つけたり、仲間を探したり、そういう場ではないだろうか?

しかし今回の真木よう子作品は、そこに当てはまるように思えないのだ。

理由は、彼女クラウドファンディングのページにある。参考:https://camp-fire.jp/projects/view/40020

ページトップ文章の一部に、

皆様と一緒にフォトマガジンを作ろうと、試みて居ります出版社を挟まず、皆様の御希望写真、ワタクシの本音。等、多数載せる予定で御座います

とある

まり皆様と一緒に、皆様のご希望写真+αをクラウドファンディング――出資者を募って皆様のお金で作ろうとしている。

先述した内容の通り、コミケ同好の士の為の場だとしたら、彼女は一体なにが好きなのだろう?

写真だろうか、それとも二番目のワタクシの本音だろうか、あるいは自分自身が好きでそれを表現したいと考えているのか。

自分自身表現したいなら正しいと思う。

究極的に創作はそういうもので、何らかの形式ジャンルを倣って表現するのは、その為の手段のはずだ。

彼女自分自身写真という媒体表現したいなら、写真という手法自分というオリジナルジャンル(或いは自分の好きなもの)を表現するとも解釈できる。

叶姉妹場合は、それに似た形ではなかったろうか。

しかし今回の件は違う。

彼女は、皆様をしきりに強調している。

皆様のお金で、皆様の御希望写真を、皆様と一緒に作りたい、と。

さて、最初に『全く逆の考えをしている』と述べたのはこの為である

まり彼女表現者として自己から他者へ好きなもの提供するのではなく、他者から自己へ好きなもの提供してほしいと言っているように思えるのだ。

クラウドファンディング使用は、この点をより顕著にしている。

当該ページのホームプロジェクト本文に、

より皆様とお近づきになりたく、この様な企画を思いつきました。

雑誌タイトル・内容も、未だ何も決まって居ませんので、是非、皆様の意見要望をお送り下さい。

とあるのもそうだ。

上記の文は明らかに、好きなものを外に出したい=表現したいとは書かれていない。

(もし自分本音やそれに類する表現したい内容があるなら、ここに書かないのは不自然だ。穿った見方をすれば、他者の好きなもの(或いは自己への好意)を内に取り込みたいようにも見える)

この根本的な表現の間違いが、"真木よう子コミケ参戦問題"の肝だと思う。

表現者としての内と外の優先順位が逆なのだ

自分の好きなもの(内)を他者(外)へ出す、のではなく、他者の好きなもの(外)を自分(内)へ入れる、という目的では、まるで読者(受け手)の目的である

例え結果的には同じ出版物であっても、コミケの、そして表現者目的に反しているという点が、この件の問題ではないだろうか。



記事への反論について

真木よう子氏は既に本件について謝罪しており参加中止を表明している。ネット上のコメントやまとめには、当記事と同じような発言も幾つか見られる。

それをわざわざ取り上げ反論したのは、記事の内容に不満があったからだ。

筆者に悪気があったとは思わない。コミケ文化を憂慮して書かれた記事だと思うが、結果として悪い印象を与えていないだろうか。

彼は真木よう子氏に問題はないとし、各々の批判問題のない理由を挙げている。

(なお、当記事への批判は以下が該当するように思われる。しか交流表現は別物であり、作家表現を前提に交流している。当記事反論はその表現目的に反しているというものだ)

参加目的に「(ファンの)皆様と会いたかった」と言ってる点を持ち出し、参加するなと批判している人がいるが、

同人作家で、「買ってくれる人や~~さん(同人作家)と交流が楽しみ」みたいな呟きをしている人なんて簡単に見つかるし、

彼のいうように、オタ・非オタアマチュア法人営利非営利コミケには関係ない。それには同意だ。

だが、最終的にオタが非オタ排除したような結論になっているのはどうなのだろう。

特に、オタというもの境界定義ますます曖昧になっていくであろうこれから時代に、

とあるにも関わらず、皮肉にもこの記事はその境界問題蒸し返しているように思える。

個人的な話をさせてもらえば、自分子供の時分は、まだオタク犯罪者予備軍という印象が強く、オタクというだけで世間から白い目で見られる時代だった。

だが、様々なメディアを介して有名になり人気も上がり色々な人が集まるようになり、現在は既にオタク一般人境界は限りなく薄く微かなものになったと思う。

そうした時代にあって、この記事は結局はオタク一般人(あるいはそれに類する言葉)の影に怯えているように見えるのだ。

彼にはそう思えたのかもしれないし、実際そのような考えの人もいるかもしれないが、オタクであるかどうかはこの問題を正しく捉えていると思えない。

そもそも自身も、

まず、コミケは、オタのためだけの、非オタは参加を許されない祭典ではない。

と言っているではないか

コミケの参加に関わる内容は、コミケ参加者とすべきで、不要言葉のくくりを認めるべきではないのだ。

これから時代に大切なのは曖昧境界に怯えるのではなく、境界を取り払い同じであると主張する勇気ではないだろうか。



目的理念について(補足)

最初タイトル理念と書かず目的にしたのは直観的なものでした。(タイトルを先につけた)

なんとなくコミケ理念なんて仰々しいものでなく、もっと単純で根本的なものだと思ったからです。

記事を書いている途中で見つけたのですが、http://www.comiket.co.jp/info-a/WhatIsJpn201401.pdf

コミックマーケット理念は、

コミックマーケット同人誌を中心としてすべての表現者を許容し継続することを目的とした表現可能性を広げる為の「場」である

とあります

記事は、その理念の前半の表現者について、表現目的に反している、延いてはコミケ目的を満たしてないと論じて、後付けですが一応タイトル回収?できているのではないでしょうか。

いやほんと、長々と失礼しました。

https://anond.hatelabo.jp/20170828024450

真木よう子炎上について、

問題が無いことを問題にしようとしているだけで、
どの批判意見ダブルスタンダードと化していることを文にしたい。

 

●「コミケ自費出版が当然だ。クラウドファンディングは間違っている。」
既にクラウドファンディング新刊を出してるサークルは点在しているし、
これを言ってしまうと、一部の合同誌が存在を許されなくなる。
参加者を応募し、参加者同士で製作費を出し合うタイプの合同誌が存在しているのだから
作品を作る能力がなくても作品費用算出枠として参加することは可能なはずだ。
もし、作品を作る能力が無いなら参加するなとの声があるのなら
一般参加者の存在が危うくなるし、
作品作れる作れないに関わらず同好の参加者だとの理念にも背くことになる。
この批判は共同出資サークルコミケから排除することになる。

 

●「コミケアマチュアの場だからプロは来るな。」
実の所コミケにはプロが沢山来てるので、
今になってこれを言い出したら多くのサークル出禁になる。
税金対策の為に法人化してるサークルだって一般ブース出展しているんだよコミケ
プロ漫画家の人が漫画を出し、プロアニメーターの人がイラスト集を出し、
プロゲーム製作者がゲームを出しているわけで、
よう子憎しでプロ批判をすれば既存サークルも一緒になって批判されることになる。
今まで特に大きな問題になったことはない要素を突如問題にするのはズルくないか
この批判プロサークル法人化サークル排除することになる。

 

●「写真集コミケに相応しくない。ファン層がコミケに相応しくない。」
別にコミケアニメ漫画ゲームの祭典ではない。
プロ料理人料理本や、牛肉写真集なんてものもあるし、
動物写真集手作り和紙人形を出品するお爺さんもいる。
それらを無視して女優写真集コミケではダメとはおかしな話
当然一般参加者側もアニメ漫画ゲームだけのオタクしか来ないわけじゃない。鉄道オタクもいればアイドルオタクもいる世界
何らかの強い好きがあるという意味オタク表現するなら、"女優オタク"たちが来ても問題ないはずだ。
勝手に「アニメ漫画ゲームオタクの為のコミケ」にしないで欲しい。

 

●「コミケのコの字も知らない一般人雪崩れ込んできたら危ないだろ。」
一理ある話ではあるけど、
オタクであれば初参加でもコミケルールを守るが、オタクじゃない人はルールを守らないって、
その選民意識は一体どこから来るのか。
漫画目当ての人はコミケ理解があるが、女優目当ての人はコミケ理解が無いって
そんな統計あるんだろうか?無いならただの偏見じゃないか
女優目当ての人はオタク偏見を持ってるに決まってる」っていう偏見じゃないか

 

●「ファンイベントでやればいい、コミケでやる必要が無い。」
まり、大きな名前のある人はコミケに参加するなということだろうか。
例を出すと、東方というジャンル公式は、既に法人化しているし、商業ルート外伝出してるし、
東方専用のイベントも行っているわけなのだが、
東方公式コミケに相応しくないものからコミケから出ていけとなるのか?
第一コミケでやる必要が無いって、部外者が決めることではない。
二度目になるが、今まで問題なく続いてきたものを突然問題にし、
これがルールだと宣うのはズルくないか

 

●「値段が法外すぎるからコミケに来るな。」
30P程度の本で500円とは一般書物からすりゃ法外な値段だが、それでも問題はないはずなのだが。
それを400円にする権利も600円にする権利も、あるのは製作者側だけのはずなのだが。
どんなに安いものでも興味がないなら買わないし、高いものでも自分が欲しいなら買うって世界で、
できるのは興味ないから買わないって程度のことで、値段が高い=コミケから追い出せとは繋がったら、
大手サークルも追い出されなければならなくなるだろう。

 

●「これがまかり通ったらコミケ芸能人に奪われる。」
多分それはよう子の前にいた芸能人サークルに言うべきだっただろう。
しろ彼らを皮切りにしていると言っても過言ではないはずだ。
そしてサークル参加者を選ぶのは我々ではなくコミケ運営である
オタクでも芸能人でも、受かったり受からなかったりするんだから
コミケ芸能人まみれになることがあるとしてもそれはコミケ判断であり、
言うべきは参加芸能人ではなくコミケ運営になるはずだ。
企業ブースみたいな芸能人ブースはできるかもしれないけど、
それを判断するのもやっぱりコミケ運営側だ。
あと別に芸能人からって売れるわけでもない。

 

●「存在コミケ破壊する可能性がある!」
クリーンオリジナル写真集を出そうとしてるサークル危険視するのは
私にはよくわからない。これに声を上げるならもっと別に言う所あるのでは?
まだ問題の起こってないことに、わざわざ悪い未来を想定して
まるで既に問題が起こったかのように騒ぎ立て、
参加辞退したことに対し「惨事を未然に防げた」ように表現するのなら、
コミケ作品の何割が「コミケ破壊しうるもの」扱いされるのか。
二次創作はグレーだし、エロ描写猥褻描写に引っかかる可能性があるもので、
時々版権元やコミケ運営からNGを食らう作品が出ているわけで、
惨事を未然に防ぐ」にはこれらにも自粛辞退してもらうのが筋ではないのか。

 

●「コミケルールを守れないなら参加はダメだ。」
言ってることは正しいように見えるが、
その実態は突如新たなルールを引っ提げて、特定相手押し付けているだけだ。
上記の通り、よう子炎上で言われ出したルールなんてものは、
今まで取り沙汰されることはなかったものだった。
これが今まで本当にずっとそのルールが守られていたのであれば良いが、
既存サークルは許しながら、新しいものにはお前はダメだと言い張り、
さも昔からそうだったかのようにアピールする歴史修正主義者の戯言だ。

 

●「なんか嫌だから参加しないでほしい。」
結局"なんか嫌"が不信の元の大半のように感じるのだけど、
変にそれに正当性主張の為の理由付けをしようとして、
いらぬ所にまで攻撃仕掛けていってない?と思う。
"コミケを守る為に"って主語が大きすぎない?
上記の主張を全て正統的なものと認めたら

参加者応募NG出資参加NGプロNG法人サークルNG
アニメゲーム漫画以外の作品は全てNG写真集も当然NG
コミケ検定で合格しなければ参加してはダメ
個別イベントのあるジャンルNG、値段は全て一律の基準に則ること、
有名人NG、少しでも危なそうな作品は全てNG

てなことになると思うのだけど、
そっちのほうが既存コミケ破壊する結果を招くんじゃない?

正直に俺が気に食わないだけだと言っておかないと、
コミックマーケットに流れ弾が直撃することになるよ。

2017-08-28

コミケ準備会”は来るもの拒まず,”参加者”は拒むかも…

もう結構話題になっているけど,個人的コメントで言うけど

オタクは多様な表現に寛容ではなく,自分の好きな表現に寛容ですよと

コミケの”準備会”は多様な表現を守る努力をしてるけど,参加者は……

コミケ準備会としては法人会社)あるいはそれに準ずる方の参加は明確に断っている,

コミケットアマチュア営利目的としない団体サークル)、個人のための展示即売会です。基本的法人会社)あるいはそれに準ずる方の参加はお断りします。

https://anond.hatelabo.jp/20170828024450

そしてコミケ準備会としては,ダメなことはダメと書くと明言している,

会場・警察との話では、「サークル参加を見合わせてもらう」「黒子関連の本を置かないようにする」だけで、それ以上の強制はしなかった。むしろコスプレはして欲しかったのであえて書かなかった。

ダメときダメと書く。最近自粛する方向に考えがち。書いていないときプラス思考で考えて。

https://10den.sakura.ne.jp/zakki_comi/c83-day3b/

よって,これまでクラウドファンディング資金を集めて参加することを禁止していないのだから,真木さんの参加に問題無いと思います

ただし,これは”準備会”の声明なので,コミケ参加者”の意見は異なるかもしれません……

私は,自分意見の異なる参加者排除する典型的な例として”逆カプ”問題があると思います

そうなると、自分の好きなキャラを 「無理解」「誤解」 で動かされているように感じられ、しばしば感情的トラブルの原因となったり、叩き へと発展してしまったりもします。

http://www.paradisearmy.com/doujin/pasok_gyaku_cp.htm

”逆カプ”問題トラブルにならないよに,準備会は配置を離すなど(カップリングは明記することが必須)工夫を続けていますが,いまだにしばしばトラブルになるようなことを耳にします.

(正直,私は逆カプでもOKなのですぐ近くに配置してほしいというのが個人的意見ですが……)

なので,コミケ参加者”の中には自分の意中に沿わない意見排除する傾向があっても,不思議ではないと思います(あってはいけないことですが……).

今回は”自分が自腹を切って赤字なのに通販も取り扱ってくれないのに,クラウドファンディングで,参加できなくても通販出来てずるい”という人が反発しているのかもしれません.

コミケ中の人は(表現の自由のために)誰でもウェルカムだけども,参加者の中には場合によってはそう思っていない人もいるという意見です.

https://anond.hatelabo.jp/20170828024450

理念には反していないかもしれないけど、真木よう子コミケ理念を分かってたか?ってのには疑問でしょ

コミケがどんなイベントなのか(過酷普通コンサートファンミ感覚で行ったら無理)を理解していない自分ファンに大して何も説明しないで、

それを諭そうとしてたTwitterオタク意見無視して自分へのアンチ意見だけを選んで掬い上げてファンオタク対立を煽ってたような姿を見ちゃうとどうもね……

そもそもコミケ徹夜対策の警備費(大部分は企業スペや有名参加者目当ての徹夜参加者)がかさんでいるせいで年々サークル参加者へのしわ寄せ(参加費の値上げ)が来ているけど、

それについては同じくサークル参加者の元増田はどうも思わないんだろうか?

営利目的企業スペース誘致や話題集めになる芸能人参加者の増加がこのまま続けばどんどんサークル参加費は値上げしていって本来コミケ層の「アマチュア」を圧迫するわけじゃん?

今回真木よう子非難されてるのって、そういう積もり積もったコミケオタク鬱憤

「他のコミケ参加者を顧みない営利目的の外部からの参入者」の典型である真木よう子へ向いた形もあるんだろうよ。

叩かれてる理由オタク的ではないとか、そういうことじゃなくて単純に自分本位真木よう子の行動にムカついたオタクが多いってことじゃないのか

https://anond.hatelabo.jp/20170828024450

適当なことをいうな。

C93(2017年冬)のサークル申込書にも1ページ目に

コミックマーケットアマチュアの為の展示即売会です。法人営利目的などの団体の参加は基本的にお断りします。また、頒布物もオリジナルのものに限ります

とある。「理念」は、企業ブースも含めたコミケットという場全体について語っているから、そういう表現に改められたのだろう。サークルスペースがアマチュアのためのものなことは変わらない。

真木よう子コミケ参戦はコミケ理念に反していない

かれこれ20年近く夏冬と連続当選してサークル参加してる身だが、真木よう子コミケ参戦は別に問題ないと思ってる。

真木よう子の参加は、コミケ理念に照らし合わせると、何の問題もないからだ。

私のようにコミケに長く参加している古参でさえも勘違いしている人がいるのだが、

まず、コミケは、オタのためだけの、非オタは参加を許されない祭典ではない。

そして、今のコミケは、「非営利」の、「アマチュア」に限った場ではないのだ。

2013年に、申込書等、コミケ準備会側の公式文書に書かれている「コミックマーケット理念」の記述から、「営利目的としない」などの一連の文言が消えたことを知る人は少ないんじゃないだろうか?

営利目的としない」の等々の文言が消える前は、

コミケットアマチュア営利目的としない団体サークル)、個人のための展示即売会です。基本的法人会社)あるいはそれに準ずる方の参加はお断りします。

と、なっていた。参考 http://wanda.hatenablog.jp/entry/20100418/1271549068

長らく「営利目的でない」「アマチュアの」イベントであり、「法人」は原則ダメですよー、という理念を掲げていたが、

こうした理念がとっくの昔に形骸化していたのは、コミケにそれほど詳しくない者の目にも明らかであっただろう。

そして、最も新しいC93(今年の年末に行われるコミケ)の申込書に書かれているコミックマーケット理念には、

コミックマーケット同人誌を中心として

すべての表現者を受け入れ、継続することを目的とした

表現可能性を広げるための「場」である

と、書かれており、続いて、

コミックマーケットは、法令と最小限にとどめた運営ルール違反しない限り、一人でも多くの参加者を受け入れる事を目標とする

とも書かれている。オタじゃないと参加はダメとか、オタク文化系の頒布物じゃないと参加はダメ、とも書かれていない。

有名人ダメ、とかもない。

このコミケ理念に照らし合わせると、真木よう子の参加希望を、現時点で全否定する理由は無い。

個人として、事務所を通さず好きに作りたいのなら、本人がコミケを選んだって構わないだろう。

クラウドファンディングで本を作るのだって別にいいと思うし、これから時代同人活動での一手法になりうると思う。

自分の金で作らないなら、参加は絶対に認めないぞ!なんてルールは、どこにも書いてないのだし。

また、「コミケでやる必要がないかコミケ以外でやれ」というのは暴論すぎる。

それこそ、よく知られている「一般的な」同人活動だって

委託店等の販路が多くある昨今なら、「コミケでやる必要はない活動」となってしまう。

参加目的に「(ファンの)皆様と会いたかった」と言ってる点を持ち出し、参加するなと批判している人がいるが、

同人作家で、「買ってくれる人や~~さん(同人作家)と交流が楽しみ」みたいな呟きをしている人なんて簡単に見つかるし、

混雑しそうだから参加ダメ!なら、そもそもサークルや島中の大行列を生んでいるサークルはどうなんだ?となる。

禁止されている徹夜等を含め、そういう混雑を生んでいる大人サークルは、コミケに参加するべきでなく、大手委託店等で通販のみを行うべきなのだろうか?



私が参加したこの20年近くの間に、オタとオタを取り巻く環境、そしてコミケも大きく変わった。

90年代には、アキバビルの薄暗いフロアスチールラックをおいただけ、という裏ビデオ屋のようだった同人委託店が、

今や全国に複数店舗を擁するようになり、販路も拡大し、

同人だけで食っていけるような人も(参加者全体の数からすると割合は少ないが)見受けられるようになった。

まり、明らかに営利目的収益目的だなってとこも珍しくはなくなった。

サークルのような大手や有名どころは法人成りしてる例も見受けられ、限定グッズを売り出す企業ブースは毎回長蛇の列で大盛況だ。

企業人間がブレーンとして関わって制作された、商業流通している本に顔負けの同人誌だってある。

コスプレ広場コスプレイヤーには、芸能事務所登録しているような子も増え、

芸能界へのステップアップを目指す子もおり、現役グラドルすら来るようになった。

現役プロ漫画家イラストレーターが参戦する例だって、ずっと前から枚挙に暇がない。

そうしたコミケに参加するプロアマチュアが、コミケを通して知名度をあげたい、広告宣伝効果を得たいという思いだってごくごく普通のことになっている。

コミケに参加したこと無い人でも、コミケ等大イベント前の怒涛の頒布広告宣伝ツイートはよく目にするだろう。

好き嫌いはあるだろうが(私自身はこうした一連の変化は苦手だが)、こうして世とともに変わっていったのもコミケ現実だ。

私は今の言葉で言うところの陰キャなので、キラキラした芸能人や、リア充と言うのかパリピというのか、

なんというのかそういうある種の言葉でくくられる人が来て多数派になっていくのは嫌だ。

しかし、それは私の好悪に過ぎず、そうした好悪の感情をもとにある参加希望者を叩き、拒むことは、コミケ理念に間違いなく反している。

極端な話、コミケ理念に反せず、法令と、準備会が定めた運営ルールを守っているならば、

「オタなんて大嫌い」という人が、「オタ大嫌い論」という本を評論情報ジャンル頒布するために参加したっていいのだと思う。

コミケ準備会側が、搬入計画懸念を示したりして参加させないと判断するならまだしも、

私のような一人ひとりのコミケ参加者らが、コミケ理念に反していない者を、

「こいつは参加するべきではない」「コミケに不慣れなこいつは問題を起こすに違いないから来るな」として叩き、

参加を断念させることになったら、ただただ禍根となる。

特に、オタというもの境界定義ますます曖昧になっていくであろうこれから時代に、

オタ的でないからと叩いて参加を断念させ排除するのは、悪用される恐れのある前例にもなろう。長文すまない。

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