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はてなキーワード: 失われた10年とは

2021-06-01

ニュージーランド移民に対するヘイトがひどい

ニュージーランドはこの30年で人口が350万人から510万人に増加し、その増えた160万人のうちの70万人が移民だそうだ。90万人が自然なのだから、国力の増大を移民に頼ることでほぼ倍速にしていたといってもいいだろう。そのくらいニュージーランド移民から受けた恩恵は計り知れない。

だが、ここ数年のニュージーランドにおける移民の扱いはヘイトのはけ口になっていると聞くと驚く日本人は多いかもしれない。

ニュージーランドという国が対外的に作り出したイメージとして、牧歌的でおおらかな国民性、豊かな自然企業がしやすい、投資がしやすい、ジェンダーギャップランキングが高い、幸福度ランキングも高い、若き女性首相任期中に産休を取るレベルで人々の理解がある、などなど。このほかに在留邦人政府税金を変に扱っても「これがNZの懐の深さ!おおらかさ!むしろ素晴らしいと言ってしかるべき!」みたいな変なポジショントークも相まって結局「羊ばかりの国」で落ち着いていると思うが、実際に生活してみれば、この対外的な印象のほぼすべてが虚構である半年もあれば理解できるだろう。

そんな地獄のようなニュージーランドだが、政権レイバーニュージーランドファースト連立政権に移行してからさら地獄感が増している。コロナに伴う国境の閉鎖と、それに伴う移民の減少がじわじわと現地のビジネスをむしばんでいき、なぜか秘密裏に導入された変なルール永住権申請が恐ろしいレベルで滞った挙句ちゃぶ台返しを狙ったルールの変更で、移民雇用する企業負担は大きくなり、移民永住権取得への敷居も爆上がりした。

まり移民制度をぶち壊しにしたおかげで、ニュージーランドはこれから失われた10年突入するといってもいいかもしれない。もう少し言うならばニュージーランド人は移民がなければ何もできない国であるという現実を知っているのが政府で、認めたくないのが国民で、我関せずなのが貧困層(そして彼らはさら生活どん底に落ちていく)というのが国の構図だ。これに気付いているのは移民だけなのだが、どうやら永住権を取得したら途端に忘れていくらしい不思議な国でもある。

さて、今から5年位前だろうか、ニュージーランドファーストというアンチ移民政党党首ウィンストンピータースが「移民のせいで不動産価格が暴騰し、国民が家を買えなくなっているからどうにかすべきだ」という討議を国会で行った。この時の首相であるナショナル政党ジョン・キーはのらりくらりとかわして自分はしっかり不動産による利益享受し、結局「永住権がない人には不動産は買えない」というルールができた。

こんなのは投資家にしたら大した問題ではなく、現地に夢を持ってきた移民貧困層にだけ直撃した。永住権などというのは欲しければ金で買える。要は不動産への投資はとどまることを知らず、さらに値段が上がり続けている。

レイバー政権になった今、首相のジャシンダ・アーダーンは2期目の主要トピックにこの異常事態解決を掲げたが、無理だろうことは早々に分かった。いくら政府が家を増産しようが、いくらルールを変えようが、そもそも年利ベースで7~10%という超優良投資財に投資が止まるわけがない。そして無理だと悟った政府最近言ったのが「移民のせいで不動産価格が上がっている」だ。

まぁ、ここに戻ってくるのは予想通りだったので何も驚きはない。

自分たちの住宅建築計画や、税制投資家への対応をひたすら放置した挙句に「家が高いのは移民のせい!」と言い出したのだから、これはヘイト以外の何物でもないだろう。

なぜここまで移民を苦しめたがるのか、と考えたら今の政権があからさまなアンチ移民思想に染まっているからだろう。移民大臣クリス・ファーフォイなどというど素人を置いているあたりも黒幕たる何者かが移民政策を操るためだと勘ぐってもいいかもしれない。

しかし、ここしばらくのレイバー言動が、どうしてもウィンストンピータースに似てきている。彼はとにかく移民排除し、一次産業を盛り上げ(要はマオリ利権を与える)ていくことを政策課題にしている。ここにはNZ地方経済想像を絶する惨状であることも手伝っている。

ニュージーランド北方にあるFar Northという地域は雨期になるといつも洪水に見舞われるがインフラ整備がされない。大都市圏ですら床上浸水が珍しくないこのニュージーランドにおいてはまぁそんなもんだろうとは思うが、貧困層は置き去りのままだ。

そして、こういったもろもろを全部移民にひっかぶせることにしたようだ。住宅価格インフラ整備、こういったものが追い付かないのは移民が多すぎるから、などという暴言は許してはならない。

しかし、NZファーストは昔から移民へのヘイトをぶちまけていたし、それに対して苦情を送るとその返事にメーリングリスト登録してくれるという政党だったが、まさかレイバーまでここに落ち込んでいくとは思わなかった。

ここにはコロナ対策ダメージを隠す必要もあるだろう。自分たちの政策によって、確かにコロナウィルスは抑え込むことに成功したが、誰も来なくなってしまい、国内に楽観論が蔓延したがゆえにワクチン接種もなかなか進まない。そのため国境を開放しようにもできない状況になってしまった。そして、移民を迎えることができなくなったニュージーランド国民の不満を解消するには、とりあえず移民いじめしかないのだろう。

移民には選挙権がないので、何をやっても彼らの選挙結果には影響することはない。さらに言うならば、レイバーはもしかしたら3期目に入るかもしれない。なぜならナショナルはその政党性質上、与党になったらほぼ間違いなく国境封鎖を緩めるからだ。そうなればパンデミックの嵐に突入することになるし、いくら中卒ばかりのNZでもそれくらいはわかるだろう。

そういうわけでいまNZにこようなどというもの好きはいないだろうが、移住先に選ぶことだけはやめておいたほうがいい。

2021-05-01

弱者男性12年前の最前線から語る

 男性が常に強者で勝者であるとするならば、あの真夏なのにエアコンなんてものはなく巨大扇風機が生ぬるい風をだらだらと放出し続ける倉庫で、全員時給1000円で集められた日雇い現場で、女性にはビール段ボールベルトコンベアの上で景品を貼り付ける仕事があてがわれ、男性にはびろんびろんに伸びきったまさに言い訳程度のコルセット安全靴を装着させた上で、ビール350mlが2ダース入った段ボールを上げ下げする仕事があてがわれた思い出はどう処理すればいいんですかね(挨拶)。

 むろんこの場合女性を憎む……のではなく、日雇いという弱者同士で連帯してそこでボーッと突っ立ってる監視役の倉庫社員をぶん殴る……のでもなく、倉庫社員とも連帯してサントリーを誅して社会主義革命を起こすのが唯一の正解であることは皆さん御存知の通りである

 さて、この増田では2009年出版された澁谷知美平成オトコ塾―悩める男子のための全6章』の内容を紹介する。澁谷は上野千鶴子ゼミ出身であるようだが、いわゆる「フェミニズム」的なテーマではなく、『日本童貞』『立身出世下半身』などを出版している、個人的に信用している書き手である

 目次は次の通り。

第1章 その「男の友情」は役に立つか?

第2章 「僕がキミを守る!」と思ってる?

第3章 非モテはいかにして生きていくべきか

第4章 暴力はなぜ、いけないか

第5章 包茎手術はすべきか否か

第6章 性風俗に行ってはダメ

 2009年の本で、いま論じられているテーマの大体が既に出ていることに驚くだろう。我々は弱者男性問題それ自体だけでなく、議論12年でほとんど進んでいないこともまた嘆くべきだろう。というかこういう話になると非モテ論壇とか言って侃々諤々やってたのが昔のはてななんだよな今の新参は昔のはてなを知らないから困る。失われた10年……。

 それはともかく正直、456章はそれまでの言ってきたことと関連性が薄く、また前の章ほど爆発的に面白いわけでもないので、言いたいことはわかるのだがこの本にいるか?という感じはする。なので、とりあえず3章から見ていくことにする。

 3章の冒頭でいきなり研究者としての特大のお気持ちドロップされていて面白いので少し長くなるが引用しておこう。

ヘテロ男性非モテ現象だけを扱うというと、必ず来るのが「ヘテロ女性非モテの方が、あまり苦しみが言語化されないだけに問題が多い。なのに、なぜあなたヘテロ男性非モテを扱うのか」という反応です。世の中には、Aという現象を扱う人に対して「A以外も扱え」と指摘することがエライのだ、これこそ目配りというものだ、と思う方が多数存在するみたいで、かなりの確率で前述のような発言出会います

が、そういう発言魚屋に対して野菜を売れと主張するに等しい。非モテ女子の話がそんなに重要なら、重要と思う人がすればいい〔澁谷注:私もいつかはしたいと思っていますが、「非モテ女の話の方が重要だ!」って言う人はどうぞお先に。止めませんよ。〕。それに、その手の話が見当たらないということは、苦しみがそれだけ大きいことを表しているのかもしれませんが、苦しみの不在を端的に表しているだけかもしれません。有力な傍証でもないかぎり、言語化されていないということから苦しみの有無を推定することはできないという、当たり前の事実も指摘しておきます。(p.75-76)

 「女性問題を扱え」といちゃもんつけられたことが一度や二度ではないのであろうことが怨念の籠もった書きぶりからわかる。まあ、それは12年後のネットを見ていてもよくわかるところで。

 男性について語れば女性の方がつらいか女性について語れと言われ、女性について語れば男性の方がつらいか男性について語れと言われる。もういい加減そういう「やってる感」を出すための100字ですら余るようないちゃもんはやめにしませんか。お前がやれ。俺もそいつもやったのだから

 澁谷は非モテを3種類に分類する。

[a]恋愛したくてもできないタイプ(内発的非モテ

 a-1 性的存在としての異性との関係性を欲しているタイプセックスをしたい、「女性」の存在に癒されたい)

 a-2 とにかく他者承認を欲しているタイプ(オレを認めてほしい!)

[b]「恋愛」をしたくないタイプ(外発的非モテ

 「恋愛」を押しつけてくる世間や、いま現在恋愛」と呼ばれている行為の中身や、それを統制するルール等々に違和を感じているタイプ(p.90)

 この分類に対して何か意見を言うことは誰にとっても容易であり、それは分類表の絶えざる細分化を招くだろう。むろんその行き着く先は完全に無意味な、総人口分のパターンである。だから、ここでは非モテ男性に最低でも三種類ある、という点を強調しておくことが必要だろう。

 男で、かつ非モテ、という狭く見えるテーマに絞っても最低これだけのバリエーションがある。そのことを非モテ男性当人達ですら大抵わかっていない。aのタイプ非モテ男性が「今すぐ女をあてがうべき」とまでは言わなくても「女をあてがってくれると嬉しいのは確か」ぐらいに思うことは自然であるが、bのタイプ非モテ男性から見ればまったく話が合わず、「非モテの中でも過激野蛮人」と感じられることだろう。それをきっとaは「すかした奴だ」とか「きれい事を言っている」とか感じるだろう。まして女性受け手場合さらに混乱が深まるだろう(男女の非対称性については後で論じる)。

 澁谷は当時の主流であった「経済的問題解決すれば結婚は増える」「機会をつくれば結婚は増える」といった主張を論駁し、「フリーター論壇」が経済について述べたフレームワーク非モテ問題スライドさせることを試みている。その過程で澁谷は「あてがえ論」について、2009年の時点ですでに考察している。

非モテ問題場合、これ〔若年労働者問題におけるベーシックインカム〕を「ベーシック異性」によって解決する発想がありえます女性をもれなく男性に分配する制度です。(p.95)

 澁谷はこの論が全くの荒唐無稽でないことを、19世紀半ばの宗教的コミュニティ、オナイダコミュニティを例に挙げ示すが、結局現代においては不可能であろうと言う。

当然のことながらこれを現代日本でやることは不可能です。「分配」される側の女性の中には、どうしても相手のことが好きになれない人が出てくるでしょうし、男性つがいになりたくない人だって居ることでしょう。そうした女性男性との共同生活セックス強要するのは、現代日本常識においては、「人権侵害」となります

もちろん、男性にとっても全く同じことが言えますあなた好みの女性あなたのもとに「分配」される保証はありません。〔…〕「なんであいつには美人が来て、おれのとこにはそうでないのが来るんだ!」なんていう新手の「格差問題」も生じるかもしれません。(p.97)

 この「格差問題」という未来予測面白い。「チェンジ」なんて贅沢は、限られた資源女性)をやりくりしないといけない政府が許すはずもない。チェンジOKをうたう風俗でも2回目以降は有料だったりするのだから

 個人的にはこの例示こそ「あてがえ論」に対する何よりのカウンターであると感じる。仮に「あてがえ」とガチに主張する人がいたとして、その人に人権を説いても馬の耳に念仏だろうが、こっちの懸念は聞いてくれるような気がするのである

 澁谷は続いて、経済問題における社会保障にあたるものとして、思想セーフティーネットの構築を提唱する。まあそれ自体は正しいと思うのだが、本田透電波男』における主張ほど面白いものではないのでここでは省略する。『電波男』を読め。

暴力的だったり、女性にたいして思いやりがない場合のぞき、ある男性女性から選ばれないのは、その男性のせいではありません。女性にとっての「よき男性像」が特定の偏り――収入学歴一定以上あり、ある水準以上のルックスをしていて、会話が続く――を見せている限り、そこに当てはまらない人や当てはまろうとしてもできない人が出てくるのは当然のこと。それは、男性陣が特定の偏りを持った「よき女性像」を持っており、そこに当てはまらない女性非モテ女性)が出てくるのと同じことです。(p.100)

 おそらくこの記述で多少救われる人もいるに違いない。KKOは来世に期待するしかないが、それはあなたのせいではない。

 ただここで考えたいのは、「暴力的だったり、女性に対して思いやりがない場合」をしれっと除外している点である。そんな男でも「女をあてがわれた」のがかつての日本社会であったことは、澁谷も指摘している。

とはいえちょっと脇道にそれますと、「分配」の方法は問わずに「男性にもれなく女性がくっついた」という現象だけを切り取ってみれば、それに近いものを一九五〇~六〇年代日本に見出すことができます。当時の男性生涯未婚率(五〇歳時点で一度も結婚したことのない人の割合)はわずか一%台でした。九八%の男性が一度は結婚したことがある、つまり女性を「分配」されたことがあったのです。

何故これだけ広範囲の「女性の分配」が可能になったのか。「男女とも結婚して一人前」という社会規範が強かったこともありますが、なにより男女の経済格差が今以上に大きかったことが上げられます

この時代、一部の職種を除いて、女性が一生続けられるような仕事はありませんでした。有名企業就職できたとしても、当時は、女性にの適用される「三〇歳定年制度」によって追い出されてしまったのです。一方、男性には安定した仕事がありました。給料は毎年上がり、先の見通しも明るい、なんといっても高度成長の時代です。(p.97-98)

 ちなみに本書では2005年男性生涯未婚率15.4%という数字を引いているが、2020年には23.4%になっているらしい。

 それに加えて、上で述べた加害性が必ずしも本人の責任ではないということも、90年代以降の精神医学社会学が明らかにしてきたのではなかったか

 とすれば、KKOのみならず、KKKOキモくて金が無くて加害性があるおっさん)もまた、必ずしも本人のせいとばかりはいえず、社会包摂すべき、という話になってくるかもしれない。その際には「ラベリング」「過剰包摂」など、社会学障害者ホームレスなどについて積み上げてきた知見を生かすことができるだろう。というか、福祉現場の人たちはいまもKKOだけでなくKKKO社会の内側へと復帰させるべく頑張っているのではないか

 なぜ、おっさん問題なのだろうか。あるいはより学術的な言い方をするならば、非モテはなぜ男性問題になるのか。本書はその問いに直接的に答えてはいないが、ヒントは与えてくれる。以下は1章のはじめの方の記述である

皆さんは、なーんか気分が晴れない、ってことありませんか? あるいは、漠然とした不安があるとか。原因不明の体のだるさがあるとか。そういった不快状態、つまり精神的に健康で無い状態を「ディストレス」といいます。そのディストレスが、独身男性と既婚男性とで、どちらが高いかを測った調査があります。〔…〕結果は〔…〕二八歳から七八歳まで、どの年齢層においても既婚男性のディストレスのほうが低かったのです(稲葉昭英「配偶関係精神健康」『日本男性心理学』二〇〇八)。男性にとって、そばに異性(=妻)がいる人生は、いない人の人生にくらべて、ハッピーなようです。(p.15)

 澁谷はディストレスと妻帯のどちらが原因でどちらが結果かはこの調査からは分からないと述べるが、続いて妻に感情を見せることによって、夫が精神的に健康になっていくことを示す調査引用し、「つまり女性と一緒に暮らすことがディストレスを低くすると考えるのは、間違っていないようです」と一旦の結論を置く。そして次のように続ける。

ならば、男性女性から精神的なケアを引き出している、といえる。「女性だって同じことでは?」という反論に答えておくと、女性独身か既婚かでディストレスに大きな差はありませんでした。〔…〕統計的な傾向でいえば、男性精神健康女性存在は欠かせないが、その逆はない、ということです。(p.16)

 この下りはまったく読んだ記憶がなく、今回読み返して一番驚いた部分である増田の実感としては「男がいないと鬱病になって死にそうな女」はよくいるが、その逆はあまりいない印象であるが、それはどうやら必ずしも正しくないようである(むろん男がいる=結婚ではないとか、ディストレスが高い=鬱病になって死ぬではないとか、そもそも元の調査やその読解がどうなのか、とかは考えなければいけないだろうがそれはそれである)。

 上の論述は、女性強者弱者フェミニストフェミニストを問わず)による「女に頼らずに男同士の友情で満足すればいいじゃん(私であればそれで満足するのに)」という主張が、必ずしも的を射ているとは言えない可能性を示唆している。もちろん逆もしかりで、「男性夫婦になれば女性だって幸せになるはずだ(俺のように)」という男性の主張が間違っている可能性も同時に発生している。

 ここに性にまつわる問題の隠れた難しさがある。「相手気持ちになって考える」ことと「相手気持ちになって考えたつもり」を区別することは、専門家であっても難しい。さらに加えて、先に述べた非モテ男性の三分類といった差異も隠れている。とにかく、話題への参入障壁が低い(男もしくは女であれば誰でも一家言持っている)わりに、トラップが多すぎるのである。これが2009年から今に至っても議論が終わらないし前に進んでもいない一因だろう。

 こうした非対称性が発生する原因として澁谷は、現在社会において女性男性より相手の話をよく聞くように育てられており、それに対して男性競争的に育てられていることを挙げている。その結果として男性女性に癒やされているし、女性女性に癒やされているのだろう。

 一応言っておくとここで澁谷や増田は「男性と違って女性は人を癒やすべきだ」とか、まして「男は働いて女は家にいるべきだ」とか主張しているわけではない。ただ、そういう傾向がいまの社会にあるようだ、と言っているだけである。それを望ましいとか望ましくないとか考えるのは社会科学の領分ではない。「〈こうであるから〈こうであるべし〉を導くことは不可能である」(ウェーバー)。

 12年後のいま、澁谷の主張に触れると、多くの部分はそのまま現在に流用可能であると感じる。しかし、目配りが足りていない部分もある。おそらく澁谷は包茎手術と高須クリニック関係よりも、男性における経済的問題について語るべきであっただろう。「女はホームレスにならなくて済むからいいよな」「いや危険から女はホームレスになれないのだ」「それでも事実として死ぬでもホームレスになるでもない選択肢がある女は恵まれている」云々のあれである。むろんそれは今だから言えることであるのだが。

 それでも増田が望んでしまうのは、そうした議論が両者ともにマジでクソだと考えるためであるホームレスと実地で接しろとは言わないからせめて、ホームレス女性は本当に少ないのか、少ないだとすればホームレスになるはずの女性はどこへ言っているのか、それはほんとうに「恵まれている」といえるのか、といった事実についての認識は両陣営ともに共有すべきであるし、その時点で認識差異があるならどの点で異なるのかを明らかにすべきである

 そうした仕事を澁谷が12年前に済ませてくれていたら、と思う。思うのだが仕方ないことなので、現在を生きる我々がやるしかあるまい。というところまでは澁谷の背中に乗って増田が到達させたので、ここから先はお前の仕事だ。頑張ってください。たまに手伝いに行くかもしれない。

 

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追記

 バズったので宣伝します。狐火という、この記事や通念における弱者男性というカテゴリーからはみ出す部分はありながら、それでも弱者男性であることを納得せざるを得ないリリック10年以上紡ぎ続けているラッパーがいます。売れろ!

27才のリアル狐火(2010

https://www.youtube.com/watch?v=tmJBGEFXOvU

勇気が欲しい

特に上司が活発で生意気な年下でも

余裕で頭を下げられる

勇気が欲しい

月給25万以上社保険出来ればジムの割引券も欲しい

採用面接から働いている自分想像してネガティブにならない

勇気が欲しい

けど、本当は1つの事を信じて続ける勇気が一番欲しい

31才のリアル狐火(2013)

https://www.youtube.com/watch?v=MRLXZGylQRg

チューチュートレインの一番後ろでしゃがんでるだけの人生でいい

絶対こんなはずじゃなかった

オレこんなはずじゃなかったんだよ

上司に怒鳴られトイレで叫んだ

あんたらステージ上じゃ無力だ」

36才のリアル狐火(2019)

https://www.youtube.com/watch?v=loWcv5VEObM

よく聞かれる

「もし音楽成功したら、サラリーマン気持ち

歌えないんじゃないですか?」

サラリーマン気持ちを歌いたくて音楽を始めていたならどれほど楽だったか

37才のリアル狐火(2020)

https://www.youtube.com/watch?v=z1J8BbnBLyQ

27才までに見ていた夢は全て叶った

生意気な年下の上司はオレのファンになった

2021-02-12

山本太郎MMT論者の詭弁レトリック

『1日の炭水化物摂取量とか摂取カロリーの目安なんて守らなくていいんですよ。だって体に入った糖は代謝されるんですから。当たり前でしょ。

病気になる?いやいや、無制限ではないですよ。そんなこと不可能ですから。制約は必ず存在します。それが何かというと、血糖値ということです。空腹時血糖値が125mg/dL以上だと糖尿病になる。つまりそれ以下なら全く問題ないんです。

血糖値が正常の範囲内なら、1日にどれだけ炭水化物摂取しても糖尿病ではないんです。ホントです。これ、財務省も認めてます

糖尿病になるって?なに寝言言ってるんですかって。糖尿病になった人って、どんな人ですか?って言ったら、血液検査で異常を指摘されても無視した人とか、アルコール依存症とか、そういうような人しか糖尿病になってないじゃないかってことです。

 

活動量が少ない、基礎代謝が低いかカロリーを抑えろなんて、無茶苦茶ですよ!!!

人間活動する時に、そのためのエネルギーを糖から調達します。炭水化物摂取しないと体内で糖が足らなくなる。

炭水化物摂取を抑えてたら、もっと活動できなくなる。つまり活動量が少ない人こそ、エネルギー必要で、炭水化物を摂らないととダメなんですよ。

このグラフを見てください。

縦軸が摂取カロリー、横軸が身長の成長率です。18歳までは摂取カロリーが年々増えて、身長も年々伸びてます。でもそこから10年間で、摂取カロリーは増えてない。むしろ減った。だから身長も伸びなくなった。摂取カロリーを抑えたことが失われた10年間の原因です。

いくら炭水化物摂取しても糖尿病はなり得ないんです。

これ、山本太郎勝手に言ってるわけじゃございません。参議院ちゃんと試算してもらったんですね、参議院で。

参議院が試算したところによると、健康な成人男性が3食コンビニ弁当を食べる生活を2年間毎日続けても糖尿病にはならないんです。

じゃあなんで食事制限させるんですか?ってことです。

麻生太郎さんもこう言ってます。「食べたら運動すればいい。簡単だろ。」

やらないとダメなんです。実際に1人暮らし女性の3人に1人がやせ気味という状況があるならば、これ普通に炭水化物増やさないと。

残念な状況なんですよ。これ変えるしかないでしょう。変えるしかないんですよ。私が変えます!!!

皆さんにお聞きしたいんですけど、この中にお金持ちいらっしゃいますお金持ち。私たちその財力ございません。なので無理をせず、気持ちとしてできる範囲で、もしもできる方がいらっしゃったら、ぜひカンパをいただければと。

あちらの受付でやっておりますので、よろしくお願い致します。』

2021-02-08

失われた10年20年、30年と言われてきたが

株価だけは30年前に戻ってるのはどう理解すりゃいいんだろうな。

日本会社世界の潮流に取り残されてショボショボじゃなかったのか。

2020-12-08

どうやったら、今よりも日本は良くなるのだろうか?

戦争・焦土から這い上がった日本昭和とは言われるし、

江戸から明治でも文明開化で変わったと言われる。

だが、平成30年間は失われた10年が失われた20年になり、気がついたら30年が過ぎていた。

令和に何か変わりそうな予感がしない。

  

だって、新型コロナウィルスの脅威の中で、東京五輪が開催されようとしているから。

国際的非難の的にならないと良いなとは思う。

個人努力だけでは、どうしようもない。

出来る人材は、日本官公庁よりもGAFAMに代表されるような外資系企業へと転職しているらしい。

  

中国台湾韓国の方がIT半導体産業スマートフォン端末では、1歩も2歩もリードしている。

日本でもユニクロ雑貨系のお店、ゲーム産業を牽引する任天堂があるが。

産業的な発展が起こって、景気が良くなることはあるのだろうか。  

  

2020-12-06

そんな文が空から降ってきたので、「twitterに書くのもFacebookに書くのもあれだな、よし、はてな匿名ダイアリーに書こう」と思って「日記を書く」をクリックしたら、はてラボ人間性センター人間性を疑われること数回、「人間失格」の烙印を押され、しばらく投稿することが出来なかった。ようやく投稿出来た。

2020-10-26

ドラフトという時代錯誤制度

野球では毎年ドラフトという会議がある。

この会議で、アマチュア選手がどの球団に入るか決めるのだ。

〇〇選手ジャイアンツ指名されました、というように、球団一方的選手を選ぶ。

ただし拒否することもできる。拒否した場合は、来年以降のドラフト指名されないとプロ入りはできない。

選手は一切球団を選ぶことができないのがこの制度のミソだ。

1位指名では、複数球団から指名されることがある。

その場合、何とくじ引きでどの球団に行くか決まる。

この時代くじ引きって。

「どの球団に行ったら一番力を発揮できるか」という観点は全く置いてけぼり。

ひどいマッチングだ。

野球が上手い選手ほど、行きたい球団には行けないのだ。本来は選ぶ立場にあるような選手なのに。

まり注目されてない選手なら、スカウトと仲良くなった球団から指名されるだろうし、選手から選ぶという意識もあまり無いだろう。指名されればどこでもいいというスタンスに寄っていく。

しかも一度プロ入りしたら最後10年近く活躍しないとFA自由移籍できない。

ドラフトでは東京家族も友人もいるのに、地方に飛ばされる事なんてザラだ。結局はFA宣言して東京に帰る。人として失われた10年を過ごしている。

こんな制度早くやめてやれ。選手がかわいそうだ。

2020-07-13

anond:20200712103445

俺それ40年前から気づいてた

だって地方じゃ学校漫画アニメゲームサークルなんてない

漫研アニメ同好会が成立するのはその地方内での高偏差値校のみ

まりエリート予備軍階層しかオタクはいない

地方平民の大多数はヤンキー文化圏階層

地方在住の十代当時、オタクの先輩はことごとく家が大きくて

なかに漫画書庫専門の部屋やアニメ雑誌バックナンバー専門の部屋がある人もいた

岡田斗司夫みたいな奴じゃなきゃ地方オタクは続けられない

と、思っていた。

ところが、考えてみればアニメBDボックスなんざ単価がせいぜい数万円

大人金持ち勝ち組リア充どもがお金を使う対象

高級車高級ブランド品とかワインとかゴルフとか料亭とか

ディスコを貸切にして軟派なパーティとか海外リゾートとか

そういうのの方が単価は桁が1つか2つぐらい上だ

バブル期はそういう消費スタイル王道のように喧伝されたが

失われた10年だか20年だか30年だかの間にそっちは廃れて

30歳過ぎても40歳過ぎてもアニメゲーム小金を使う方が主流になった

今のオタク文化の中心っぽいらしいスマホアプリゲームだって

確か1~2割の高額課金中毒者がサービスの存続を支えて

無課金or低課金の客が大部分なんだろ

まり物体的な所有欲を追求するとオタクでもお金はかかるが

従来の大人リア充趣味(高級車高級ブランドゴルフ料亭その他)に比較すれば

相対的お金をかけないで済む趣味ともいえるわけで

俺は貧乏系オタだが今さらこの歳になるとそれを恥じてもいない

しかしながら

若い頃のバブル絶頂期なら大人リア充趣味(高級車高級ブランドゴルフ料亭その他)が

上司とか取引先とか偉い人との「社交の道具」だったはずなのに

ついぞそういう教養を身につけないまま歳だけ食って

もう人生の残りの方が少なくなって

かつての標準的大人からずいぶん外れちまったなあ、という気はしている

(でも今さらリア充系に人生流派を改める気はない)

2019-10-19

もしあの詐欺師がいなかったら

日本ITバブルは、バブルではなく本物のIT景気になっていて失われた10年すら失われずに済んだのではないだろうか。

だれかタイムマシンちょっと過去に行ってこないか

2019-10-15

失われた世紀

失われた10年20年30年とかだとあれだけど、「失われた世紀」はなんだか格好いいぞ。

2019-08-23

anond:20190822233353

あえてマジレス的に考察比較してみる(★印は主観だが、世界観点のつもり)

1899年1909年 激変度★★★

 世界帝国主義絶頂期。飛行機実用化、ドレッドノート軍艦が登場。

 国内日露戦争に勝って一流国の仲間入りした気分になる。

1909年1919年 激変度★★★★★

 世界:清・独・露・オーストリアトルコ革命帝政やめる。第一次世界大戦で陸海空の技術レベルが激変。男が兵隊に取られた分を埋めるため女性社会進出が拡大。

 国内第一次世界大戦成金が続出。余禄で商工業が発達。

1919年1929年 激変度★★

 世界基本的に2つの大戦間の平穏な時期。アメリカ大戦後の好景気で急成長。自動車産業が発達。あと各国でラジオ映画が普及して大衆文化が拡大。

 日本大正デモクラシーの時期。藩閥政治家が高齢化して影響力を失う。

1929年1939年 激変度★★★

 世界恐慌で各国経済がガタガタになる。ファシズムが台頭。

 日本満州開拓戦争景気の時代右翼テロ流行

1939年1949年 激変度★★★★★

 世界第二次世界大戦の勃発と終結冷戦体制の到来。核兵器ロケット兵器実用化。戦勝国の多くも植民地を手放す。

 日本敗戦大日本帝国は一度滅亡。新憲法が制定。社会制度は激変したが、日本人の大部分は引き続き貧乏農民で、生活風景昭和初期とそれほど変わってないはず。

1949年1959年 激変度★★

 世界戦後復興でみな忙しい。あと冷戦期。

 日本:まだみんな貧乏。でも高度経済成長が始まる。

1959年1969年 激変度★★★★

 世界冷戦体制から緊張緩和。東南アジアとかアフリカ諸国とか次々と独立カウンターカルチャーとか出てくる。新左翼運動が激化。汎用コンピュータと月ロケットが登場。

 日本高度経済成長が本格化。農家個人商店からサラリーマン世帯が激増し、家電製品自家用車が一気に普及テレビが普及してエンタメも変化

1969年1979年 激変度★★

 世界ベトナム戦争は失敗。米中が国交樹立。米ソ両陣営とも停滞。

 日本オイルショック高度経済成長が終了。新左翼運動が失速。

1979年1989年 激変度★★★

 世界:前半は停滞の冷戦体制。後半急に米ソ冷戦は雪解け、ソ連より中国のほうが危険視されるようになる。イランイラク戦争を契機にイスラム原理主義が台頭。

 日本:一億中流とかポストモダンとか言ってたおめでたい時代。後半はバブル突入

1989年1999年 激変度★★★

 世界冷戦体制終結世界アメリカ一人勝ち……と思ってたんだよこの頃は。インターネットの普及、といってもまだダイヤルアップ時代

 日本バブル崩壊。だんだんみんな貧乏になる。ネットはまだどちらかといえばオタクアイテム宮崎勤という男のせいでオタは日陰者だった黒歴史時代

1999年2009年 激変度★★★

 世界テロ戦争時代中国経済が急成長。最後のほうはリーマンショックネットの高速・常時接続化とともに電子商取引が普及。後半にスマホが登場。

 日本失われた10年だか20年だか。新自由主義構造改革活性化するつもりで失敗。宮崎駿だの押井守だの庵野秀明だのの商業成功のせいか、いつの間にか「ジャパニメーション日本が誇る文化」になった。

2009年2019年 激変度★★

 日本:引き続き、総じて先進国は少しずつ落ちてアジア新興国が伸びる。

 日本:失われた20年だか30年だか。

2019-01-26

失われた10年とか言うけど

失われた20年とかも聞くよね

さっきネットでついに失われた30年ってのを発見して

平成元年まれなんだけど

俺生まれてないかもしれない

2018-07-04

世代勝ち組

60代

男性なら大卒

女性なら高卒一般職入社から結婚退職してから専業主婦

大学進学率が低くて、大卒なら幹部候補

進学する気さえあれば、貸与型奨学金やら、公務員になれば返済免除やらたくさんあり、情報強者就職する友人たち大半と袂を分かち進学した。

この時代高卒は、子供(現在30代〜40代)もやっぱり高卒

就職氷河期を迎え、フリーターから派遣から契約社員で二代揃って負け組

50代

勝ち組公務員

当時は公務員給与が低かったので、バブル期就職した彼等が公務員など選ぶはずもなく、ほとんどは中小企業に。

失われた10年20年、30年と長引くにつれ、差は縮小、逆転。

民間には買収、合併倒産の嵐が吹き、ワープロ、そしてパソコン順化できない人もまたオフィスを去った。

しかし、公務員はどうしようもない50代も部長クラス

40代

ぶっちゃけ就職出来ただけで勝ち組

就職市場氷河期就職出来ない大卒高卒大量生産された。

フリーターという言葉も定着してきたし、海外留学もだいぶ一般化したしで、負け組就職出来ない現実から目を背けてフリーターやら留学やら。

そうこうしてるうち一般職派遣が解禁で、3年で派遣から直接雇用ルールや5年で契約社員から正社員ルールのおかげで、派遣切りも契約社員切りも全て経験

歳だけ食って、親世代からはいい歳して就職しないで遊んでるかと思われただただ悲惨

普通に勤めて、普通に暮らすのがノーリスクハイリターン。

ベンチャー起業ブームになり冒険者が増えたが、出る杭は打たれ、ベンチャーには一罰百戒、大企業なら恩赦、報われない。

30代

金融商品投資した人が勝ち組

長引く不況サブプライム等々、今の30代が世に出た頃は、若者は株や投信なんか誰も手を出さなかった。

日経平均最安値は7000円台が、今じゃ2万円台。

初任給から全力で積み立ててれば今頃ちょっとした財産

他方、自分投資した人はあんまり報われてない。

MBAとか、博士とか。

カモられただけですね。

そこまでカモられた人は多くないにしても、妙な自己啓発ブームに踊って英語とか資格とかとった人が多い印象。

今じゃ英語が得意くらいじゃ見向きもされず、専門スキル20代に追いつくのがやっと。

専門性を高めるのもしんどく、管理職になろうとしても上には分厚い蓋。

大卒からといって優遇もされず、進学に使ったコストをペイしようと婚期を遅らせて結局損するという、進むも地獄、戻るも地獄

この世代派遣からスタートした人たちは悲惨だ。

正社員から正社員への転職はあるのに、非正規から正社員への道はすごく遠く、歩く歩道を逆走するような困難さがあった。

というか今もある。

20

わからん

勝ち組になる方法がわかってるなら、誰でもやってる。

周りに流されるな。

自分の道を貫け

人の行く裏に道あり花の山

2018-06-28

就職氷河期」は本当に悲惨だったか

https://mainichi.jp/articles/20161106/k00/00m/040/144000c

現在では、「1990年代初頭にバブル崩壊したら、即座に『失われた10年20年)』が始まった」というイメージがあるようだが、これは実感に大きく反する

失われた10年20年)」「就職氷河期」というフレーズは、いずれも小泉改革後の2005~10年代ごろ、改めて1990年代を振り返って出てきた定義のように感じる

1970年代まれ当事者として、1990年代の印象はこんな感じだった

1991年バブル崩壊の年といわれるが、ジュリアナには踊る若者が多数集い、悲惨な印象はなかった

・1993~94年:ようやく「女子大生就職難」が盛んに報道される。男子学生就職難だが女子の方がもっとひどかったか

・1995~96年:阪神大震災地下鉄サリン事件Windows95発売、小室ファミリー絶頂期、エヴァンゲリオンブームなどで、就職難や不況報道は影に隠れてた

・1997~99年:ITバブル起業ブームが派手に喧伝され、上記グラフでは就職率が最悪期のはずなのに負け組ほとんど報道されなかった

2000年以降:マクドナルドで半額セール常態化牛丼チェーンの値下げ合戦などで、ようやくデフレスパイラルが本気で実感として広まる

2001~2005年:小泉改革で世の中良くなると一方的喧伝される。結果はご存じの通り

***

今では誰も信じてくれないだろうが、1990年代当時、高学歴経済評論家も含めて、多くの人間は「数年待てばバブルが帰ってくる」と思っていた――というか、そう信じたがっていた

また、「デフレ時代が来る」なんて思ってなかった

これは無理もない話である

未来というのはまったくの未知だが、過去は既に体験したことである人間は物を考える手材料として、近過去の印象に強い経験に頼りがちだ。さらに、未来予想には希望的観測というバイアスがかかりがちである

当時は、まだ未知の不況デフレより、既体験バブルの方がずっと印象が強かったのだ

加えて、戦後日本は長期にわたってインフレが続いてきた

石油ショックの起きた1970年代なんざ「狂乱物価」などと言われ、皆インフレにこりごりした記憶が強く残っている

村上龍の『'69』によれば、石油ショック前の1969年には、150円ラーメンを食べて牛乳を飲んで、カレーパンメロンパンジャムパンが買えた)

***

自分記憶に頼る限り、1990年代後半当時の20代の若者にすさまじい悲惨感があったかというと、あんまりそんな印象はない

個人のことを言えば、97年に1度失業したが、翌年にはNEC下請け企業派遣社員として入り、時給は1700円(残業夜勤は増額)出ていたので、最盛期は月収が36万5000円あった。当時、同年代正社員でも手取りでは10万円台は多数だった。

短期的な視野で言えば、20代で「正社員より稼げてる非正規雇用はいくらでもあったのだ。

無論、短期ですぐ職場を離れることになるが、同世代正社員との差はまだ決定的ではなかった

「なんで氷河期世代20代当時に声を上げなかったんだ?」と言われそうだが、当時はそこまで悲惨と思ってなかったし、自分負け組だと認めるのを躊躇する意識もあったのだ

***

氷河期世代が本気で自分らが悲惨だと認識せざるを得なくなったのは、ようやく小泉改革が終わって、赤木智弘が出てきた2007年ごろだと思う。1972~75年生まれなら35~32歳、このぐらいになると、逃げも隠れもできようなく、同世代正社員との差が明確になる

***

失われた10年」という語句は良くない、「ゆでガエルになっていった10年」が正確だと思う

2018-06-12

失われた20

「失われた20年」なんてワードを聞くと、あたかも過ぎ去った歴史のような捉え方をしてしまいがちですが、「失われた10年」のときも同じようなこと言ってたなって思います

これは、高度経済成長バブル景気経験した人たちの戯言である若い世代はみんな気づいてるわけですが、日本はそのような思想を持った年配者が多数を占める構造となっているので、日本全体としては瞑想している感じに仕上がってると感じます

過去成功体験に引きづられて勘違いすると、必ずといって没落するのが世の常ではないでしょうか。

2017-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20170419130208

増田の半径数mの話を基準にされてもなあ

統計的には夫婦の年齢差は年々縮まっていて、女性が年上のケースも増えてるけど

勿論5年前から急増なんて話ではなくもっとから、長い時間をかけての話だ

ちょっとぐぐったがhttp://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2454.htmlなんてのがあったな

変化が大きかった時期を見てみると、妻年上は1985年までは1012%だったのが、2005年にかけて一気に20数%と2倍にまで拡大しており、

1980年代後半からバブル崩壊失われた10年を挟んで2000年代の前半までの20年間の変化が大きかったということが分かる。

だそうで

2016-01-28

失われた10年20年って何やってたの?

失われた10年」「失われた20年」って平気でニュースとかで聞くけど今まで何してたのって思うわ

ニート1年してたら厳しい目で見られるのに国の問題になると急にしょうがないよねって空気を感じる

と思う職歴半年しかない30歳無職であった

2015-12-21

日本もっと衰退すべき

少子高齢化とか失われた10年とか25年とかなんとか言ってるけど、まだ日本ダメになりきれてない。絶望が足りない。絶望が足りないから、足掻こうとする。足掻こうとすると、クソブラックみたいな発想が力を持つ。足掻くくらいなら、大人しく沈んだ方がいい。だが、バカなやつらが下手に足掻くから周りも巻き添えをくらってしまうんだ。そんなクソヤローは一人で勝手に沈んでしまえばいい。沈んで死んで二度と浮かんでくるな。

2014-07-02

最近何に価値があるかわからなくなってきてしまったのです。もしかしたら、何にも価値がないかもしれないですし、あらゆること、は価値があるかもしれないとも考えています倫理的でないこと-例えば、人を殺す。しかも、特に理由なく。それすらも価値があり、また価値がないとも考えています

また今、体調を崩していまして、仕事をしていません。働かない理由の一つにすることもしないことにも価値を見出せないことが一つかもしれません。

また、生きることについて、死ぬことについても考えています。まあ、これは在学時、また、それ以前からも考え続けたことでありますが。「社会的」(社会という単語もここでは自分日本語以外の言語が使用できないので日本社会のことを指します)に意味があるとされていることは本当に意味があるのか、建前は意味があると装っていて、実はそこまで辛い思いをしてまで建前を貫き通すことが出来ない人が増えている。そのように、私(のみているパースペクティブ)としてはそう思います。それがニートであり、そこからさら抑制された状態で、いわゆる「無敵の人」なのだと考えています

彼らは社会ハイコンテキスト空気適応出来ず、社会の無言の圧力抑制された存在なのだと思います社会倫理に虐げられた人間に今更、社会倫理で説得しようとするのは無駄なことでしょう。しかしながら、刑罰という面において従順なのが不思議なのです。それは、おそらく、日本教育、〜しなければならない(must be)が蔓延している結果なのでしょう

最近永井均中島義道に興味を持っています。私がその気になれば、すこしくらいなら直接話ができるくらいの距離にいます

彼らになぜ興味を持っているかと言うと、恐らく彼らも、哲学という手法を用いて意味価値、生、死について問いづづけた人だからでしょう

今、自分自身がどうしたらいいかわからないのです。社会的には休養して仕事をするという回答をえられるでしょうが、今の仕事は、マニュアル化しコンサルタントによる効率化によって、(世界的も含み)社会コモディティ化されている。それを経営者はわかっているので、マスメディア的にも経済社会的にも、現在若者ゆとり世代といい、多くの問題最近の若者的な問題すり替え押し付けている。俺たちの時代もそうだったと昭和世代はいうのだけれど、無縁社会化、監視社会化、昭和的なあなあさの消失失われた10年年金問題等々、当時の社会とは違い成長や豊かさという大きな物語が失われたのに関わらずのに同じもの、いやそれ以上のものを求められている。

また、就職活動においてもビジネス化が進み、自分世代もそうだったが、もはや、通過儀礼(イニシエーション)ともいえるものを乗り越えなければならない。しかも、この通過儀礼文化人類学的な単純なものではなく、ホンネとタテマエが入り混じり、時にはそれが入れ替わる。欲望、または純粋希望。そう言ったものが入り混じりそれを通過するにも。とてつもない精神的苦悩のあるものである

その通過儀礼を通過したとしても、ビジネスモデルとしての使い捨て、いわゆるブラック企業跋扈している。厳しい競争を勝ち抜いても、その後に、さらに厳しい社会へと放り込まれるのだ。

今の会社グローバルな競争に向かわざるをえず、主要企業の行っていたビジネスモデル一年たらずで崩れてしまう。

企業倒産による、失業リストラ些細なミスによる解雇、これらは社会においては自己責任であり、手を差し伸べるものでは無くなってしまった。

働かざるは食うべからず。行く場所行く場所そう言われる。

生活保護を受けるのは非国民のような扱いを受ける。そもそも生活保護を受けるのも役人によるしぶとい駆け引きに勝たなければならない。

しぶとく、適応性があり、あらゆることに精通しており、強く、人に従い、文句を言わず、逆らわず、なんでもやってくれ、生活できればどんな安い賃金でも耐えられる人間をどの会社も欲している

障害を持つものも、内臓疾患であれば甘えと言われ、精神疾患も同じく。足がなくとも、同じ状況にある人間ががんばっているんだといい、目の前にいる人間言葉無視する。

重要なのは、働くことのみである

たとえ儲けが出なくても、働かざるは食うべからずという圧力仕事が作られる。

駅でお菓子を売っている障碍者たちは働かざるは食うべからずの精神で駆りだされ売っている。全く売れなくても「そうしなければならない」のだ。

彼らの中にはそういった欺瞞性に気付くものもいるが、どうすることもできない。運営してる福祉ですら、その欺瞞性を飲み込んでいかなければならない。

初めは人を救うという意志があったものの、欺瞞性政治の結果、福祉の人として道を外れてしまい、いわゆる「腐った福祉」になってしま

しぶとく、適応性があり、あらゆることに精通しており、強く、人に従い、文句を言わず、逆らわず、なんでもやってくれ、生活できればどんな安い賃金でも耐えられる人間をどの会社も欲している

朝。そこには雀の気持ちいい鳴き声すら気づかない。

昨日の疲れが取れなかった苦しみだけが残る。

殺気立った満員電車突っ込み

痴漢冤罪にならないことを恐れなければならない。

改札のタッチミスで舌打ちが聞こえ、時に電車が止まる。

人身事故だとしても、その人を心配する人はおらず、

しろ遅延証明書遅刻の報告のほうが重要なのだ

知らない人間の命は関係ないーー

こういった風景を見てきてどうすればいいかわからなくなりました。どうすればいいでしょう

2014-06-29

ゼロ年代の大半

私は多分、死人のように生きていた。

何をやってもやるそばから邪魔が入り、計画は認められないか、次々に頓挫し、あるいは横取りの憂き目に遇い、軽薄な連中は私が無能で信用に足りない池沼だと嘲り罵り、見下した。

私には信用に足る友人の一人も出来ず、その責任はいつのまにか私一人の不徳のせいにされ、これも嘲笑いのネタとなった。

家族は私の訴えに耳を貸そうとはしなかった。だいぶたった今になって、それは彼の性格が悪いのでなく、不利を受け入れる勇気が足りなかったことに気づいたが、そんな事実で私の失われた10年間は戻ってこない。

私は死人のように生きていたが、恐らくそ10年は人によっては私が明らかに死んでいた10年だったのだろう。

近年私は自分社会的に息を吹き返したらしいことに気づいた。

ただ、社会的な死を一度体験した私は、何もかもが昔のようにというわけにはいかなかった。

人嫌い、対人不安睡眠コントロール障害、被害妄想、あらゆるネガティブな心のくせでがんじがらめになり、まったく自由を満喫できていない。

他人から挑むような不幸自慢を聞かされる苦痛苦痛苦痛、その あらゆる場での刺激が、私を苛むのだ。

せめて日常につきまとう、あの目の光さえなければと思いながら、社会の片隅で地味な服を纏った目立たない私は今日もゆるゆるとスニーカーで歩いているのである

2014-04-26

高校生の頃から証券会社に口座を持ってる。

カリスマトレーダーとか、そういうわけじゃなくて、当時は投信を買ったりしてただけだけども。

失われた10年とか言われてたころから投資しつづけ、リーマン・ショックや、ドバイ・ショックや、ユーロ危機、アベノミクス、まあいろいろあったけど、ずっと買い増しし続けた。

変わったのは、ネット証券に移ったくらいだ。

なんでみんな株を買わないのか理解できない。

資本主義の仕組み上、買わないなんていう選択はありえないでしょ。

2014-02-03

失われた10年が、20年になってこれからどうなるんだろうなあ

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