「コンピュータゲーム」を含む日記 RSS

はてなキーワード: コンピュータゲームとは

2019-05-10

実演せずにゲーム説明

難しすぎない?

トランプですら『大富豪大貧民』にしても『ババ抜き』にしても、言葉だけで説明する自信がない。

神経衰弱』なら説明できそうな気がする。

将棋』『チェス』は、駒の動きさえ図解できればなんとかなるかも。


麻雀』は役を除外しても無理だった。牌の並べ方とかドラの決め方とか。

コンピュータゲームルールだけは知っている人に、実際の卓での遊び方を説明しきれなかった。

2019-04-10

anond:20190410011847

いままでのゲームはおおむね「シミュレーション」だったわけですね。

シミュレーションゲームは言うに及ばずRPGFPSシューティング格闘ゲームなどのほかのジャンルシミュレーション性を内包しています

コンピュータゲームの利点はシミュレーションから「失敗しても現実に痛みのない」点でしょう。

その点ソシャゲは「リアルマネー」が絡んでくるからシミュレーションという範囲から逸脱してしまったのでしょう。

マウンティング合戦においては逆に「失敗しても現実に痛みのない」ことは欠点とみなされますからね。

2018-11-20

競技ゲームを「スポーツ」と呼んだだけで発狂する人たち

anond:20181120204741

ゲームを好きなはずの人がゲームゲームではないと偽りながら広めようとしてるの、ほんとに見てて可哀相。

見当外れな哀れみの仕方をする、知能の低いお前が可哀想でならない。

eスポーツを紹介する時は「競技性の高いコンピュータゲームeスポーツと呼ぶ」と紹介してるわけで、

GAMEという呼称を捨ててるわけではない。

2018-11-02

ヘクスマップって廃れた?

ボードゲームはよく分からないけど、コンピュータゲームほとんど四角のマップだなーと。

Steam漁れば見つかるかもしれないけど、観測範囲内だと見かけない。

結構好きなんだけどなー

2018-10-22

ビデオゲーム業界 どうしてその用語になったのか不思議言葉(追有

ビデオゲームの進行で区切りとなる単位。登場している敵をすべて倒すなどすると次の面へ進む。

(以下追記ブコメから

参考リンク

ヒットポイント

キャラクターが持つ指標。体力のアナロジーになっており、ゼロになると死んだり行動不能になったりする(プレイヤーキャラクター場合残りが1つ減ったりゲームオーバーになったりする)

TRPGではすでに「HP」の呼称が使われていたとの指摘あり。

ゲームオーバー

ゲームの進行が終了すること。アーケードゲームにおいては1クレジットで遊べる状態が終了し、さらに遊ぶにはクレジットを追加する必要がある。

(これに関しては、「なぜ『GAME IS OVER』ではないのか」という考察ウェブ上に複数あると思う…と検索せずに書く)

1up

プレイヤーキャラクターの残りが1つ増えること。「増えること」を「up」と表現した最初ビデオゲームはなんだろうね?

説明適当です

(参考:https://anond.hatelabo.jp/20181022115008

2018-09-05

anond:20180905175948

もともと将棋チェススポーツ扱いされるようになって「じゃあコンピュータゲームスポーツじゃん」ってなった流れなんだからどっちにしろスポーツなんだよ。

2017-11-20

たまに、絶対普段ゲームなんてしなさそうなおじいさんとかがポケモンGOしてるのを見たりする。

コンピュータゲーム子供マニアの2極化しているという話を鵜呑みにすると、ポケモンGOって普段ゲームしないような層にまで浸透したんだな。

あれすごかったよ。今はもうオワコン化してるけど。

2016-09-28

http://anond.hatelabo.jp/20160928175535

1. カイジライアーゲーム的な「極限状況での頭脳バトル」

2. 龍騎ローゼン的な「異能者による殺し合い」

3. SAO的な「ゲームオーバーになると死ぬコンピュータゲーム

が別個に生まれて、それぞれ「デスゲーム」と言われている感じ。

一つ目と二つ目境界曖昧になりつつあるけど三つ目は混じることなく廃れた。

2016-06-07

オタクコンピューターエンジニアが遠くなった

 一昔前のオタクなら、趣味が高じて好きなコンピュータゲーム

 別のOS移植してみたりとか、そういう人がちらほらいたけれど、

 今は仮想環境やら、メーカー側で別OS版だしたりで充実してるからか、

 そういうハッカーみたいな人が減った気がする。

 

 オタクって大半が、優れた生産性を持ってるわけじゃなく、

 横断的にその分野の歴史に明るいわけでなく、

 強い意志もなく、ただなんとなく、そのとき好きなモノを消費するだけの移り行く存在

 彼らは深く考えてなくて動物のようだけれど、

 その消費活動がその業界を維持するためには必要不可欠な知性なき妖精のような存在

 

 

 まるでファンタジーでよくある魔力の根源となるエーテルマナのような存在

2014-11-24

ポケモンサークルに見る、死ぬまで続く嫉妬心

大学ポケモンサークルがあちこちできているという。

ポケモンの初代は1996年2月発売。18年前だ。

なるほど、今の大学生(1993年1996年まれ)が物心ついた時には、普通スポーツやらなんやらと同等に、既に世の中に当たり前のようにポケモンがあったというわけだ。

そんな世の中に当たり前にあったポケモンに関するサークルができても、おかしくはないというわけだ。

理屈は分かった。

だが、納得はできない。

1983年まれ自分場合はどうなる?

ファミコンと同い年だ。

だが、大学ファミコンサークルファミコン同好会なんてなかった。

時代の違いといえばそれまでかもしれないが、所詮ファミコンポケモンコンピュータゲームではないか。

なぜこれほどまでに扱いが違う!?

自分大学時代に、ファミコンで仲間と遊びたかった。

中学校時代友達の家で遊んでいて楽しかった。

時間がある大学生だったときもきっと楽しかったに違いない。

なのに。なぜ!?

今の大学生が妬ましい。

ああ、醜い。

今の大学生を妬んだところで、自分青春は戻ってこないのに。

そしてこの嫉妬心は将来にも再び現れるだろう。

きっと、自分が50歳くらいになったとき、将来の30歳には、今の自分には考えられないような娯楽があるだろう。

そのときまた今と同じように嫉妬するのだろう。

自分の時はそんな娯楽なかった!今の30歳はずるい!自分もやりたかった!」と。

ああ、それを想像してまた気分が重くなる。

そしてそれは自分死ぬまで続くのだろうと思うと、気が滅入る。

病院で死を待つばかりのボロボロの老人がこう思うのだ

(ああ、あれもしたかった、これもしたかった、なんで死ななければいけないんだ)と。

これはもはや一種の病気のようなものだ。

治療薬でもあればいいのだが。

2013-08-12

http://anond.hatelabo.jp/20130812002952

「食いタン」「食いピン」は、おれもないわーと思うけど、それらを「あり」にした場であれば、そこはもう「何でもアリ」の場なのだから、文句言う方がアホ。


つか、そんなことよりも、おいちゃんは「子でドベなのにオーラスでツモのみあがるアホ」が顕著に増えた気がするよー。

コンビ打ちでもねぇのに、そんなことするアホは、二位の奴がキレてる理由がわからんらしいのだよね。

まぁべつに、自分最下位自分の手で確定させるのがルール違反ってこたねぇが、コンピュータゲームに毒されすぎじゃねぇかな。

2013-06-17

恋愛しようという気持ちが薄れてきた

俺、26歳男性SEやってる。

職場の同僚は基本的に男性ばかり。

趣味漫画を読むことかゲームすること。コンピュータゲームアナログゲームもやるけど、一緒に遊ぶ相手は男性ばかり。

で。ここから恋人を作ろうと考えて、『女性がいるコミュニティに入る』か『ナンパする』ぐらいしか思いつかない。

どっちにしても、『ゲーム系の趣味を許容してくれる女性』というのが少ない。そもそも全体的にそういうのを許容する女性が少ないと思ってて、前述の方法出会える女性だとさらに減る気がする。

言い換えると、交際や結婚をしたときに「いい歳してゲームとかどういうこと。さっさとやめてよ」って言う女性出会う可能性が高い。

隠しながら交際するか、それとも最初のうちに「実はゲームとか漫画とか好きなんだけど」といってふるいにかけるか。

いずれにしても、自分の行動範囲や趣味を大幅に変える必要があるなと思う。


これがもうすこぶる面倒でやる気になれない。

から女性にウケそうな趣味を見つけて、そういうのにのめり込んで。んで女性出会うことが出来たら飲みに誘ったりして徐々に関係を縮めていって、交際に至る。

そういう手順を考えると「もうめんどくせーや。今のままでいいや」って思っちゃう

twitterは以前やってたけど、最近ほとんどやってない。facebookは、すでに男女交際とか趣味とかが充実してる人ばかりが居るイメージで怖くてやってない。

他の人はどうやって出会いを探してんのか知らないけど、なんかもう『出会いを探す』ということ自体が自分の行動範囲とかけ離れすぎてて面倒に思えてしまって。

たぶん、『出会いを探す』ってことが苦にならない人だったら簡単に恋人が見つかるんだろうけど。俺には無理だわ。

2012-11-28

破綻しないバトルバランス

カードゲームコンピュータゲームをやっているとたまに思うことをまとめたいと思う。

さまざまなゲームヒットポイント通称HPライフとも体力とも)、マジックポイント(通称MPマナ、エナジー、リソースとも)という概念が使われているのだが、この関係をよくよく考え直してみるとバトルバランスは数式(のようなもの)で書き表すことができるのではないだろうか?

まず、ゲームのバトルとは基本的に「自分MPを使って行動を行い、相手のHPゼロにする」ことを目的としている。まずはここからスタートしよう。

議論の簡単化のため、まずは連続時間リアルタイムバトルではなく離散時間のターン制バトルとし、ターン内のMPを使用した行動は完全に同時に終了することにする。

さて、まずメラ(仮)という行動を導入してみよう。このメラという行動は自分MPを1消費して、相手のHPを1減らすという行動になる。

  • A(100, 100) vs. B(100, 100) [Aのメラ]→ A(100, 99) vs. B(99, 100)
  • A(100, 99) vs. B(99, 100) [Bのメラ]→ A(99, 99) vs. B(99, 99)

こんな感じだ。さて今ゲーム目的は相手のHPゼロにすることであるから、AもBも相手のHPゼロになるまでメラを打ち続けることが最適行動である。この行動を続けていくと必ず次のような状態で収束するだろう。

  • A(0,0) vs. B(0,0)

AもBも勝利条件を満たしているが、勝敗が付いていない。しかも何回やっても勝敗が付かない。これはバトルバランスとしては破綻してはいないだろうか?

破綻しないバトルバランスの第1条件「バトルは常に勝敗が決しなければならない」

さて、この条件を満たすためにメラという操作に工夫を加えることはできないだろうか?すぐに思いつく方法ダメージを固定値ではなく乱数である程度の幅を持たせることである。こうすれば期待値では互角であっても引き分けになる確率はかなり下がる。よってこのバトルバランス破綻していない!

・・・しかちょっと待ってほしい。このバトルバランス破綻していないと本当に言えるのだろうか?抽選の揺らぎの積み重ねだけで果たして本当にAとBは「相手に勝った・負けた」と納得できるだろうか?答えはノーだと自分は考えている。

破綻しないバトルバランスの第2条件「乱数抽選の揺らぎのみによって勝敗が決してはならない」

この第二条件を満たすためによく採用されるのが回復という行動だ(以下ホイミ(仮)とする)。この行動はメラとは逆に自分MPを消費して自分HPを増加させる行動である。A、Bはこの行動を適宜行うことで相手の行動を阻害することが可能になる。

しかしこのホイミはメラの完全に逆の操作であるために、Aがメラをし続けBがホイミをし続けてしまうと:

  • A(100, 100) vs. B(100, 100) [Aのメラ]→ A(100, 99) vs. B(99, 100)
  • A(100, 99) vs. B(99, 100) [Bのホイミ]→ A(100, 99) vs. B(100, 99)

以下の状況に収束する。

  • A(100, 0) vs. B(100, 0)

両者も勝利条件を満たせず、MPが尽きるという事態が発生する。これは第一条件にも反するし、別の条件としても書き下せるだろう。

破綻しないバトルバランスの第3条件「誰も何もできない状況を作ってはならない」

(以下自分の手元と頭の中で続く。たぶん不変条件としてバトルバランスが綺麗に書けるはず……)

2011-07-21

http://anond.hatelabo.jp/20110721123216

廃人を基準に考えるなら、ランキング全体を見直す必要があるような…

つか、ネトゲエロゲ以外のコンピュータゲームが入ってないのがちょっと不思議リストだな

2010-10-07

http://anond.hatelabo.jp/20101007191912

うそう、そう思う。

ゲームらしく、完璧ゲームにしようとすると売れなくなるんだよね。

ゲームスポーツだから。コンピュータゲームって、多分本物のゲームよりも運の要素が大きく、技術ではなく忍耐が要求されるようなものだったんだと思う。それが、どんどん「面白くするため」に本物のゲームっぽく厳しい仕様にしていったら、プロスポーツみたいになっちゃってライト人達は手が出せなくなった。あるいは手を出してもすぐ投げだしちゃう。

それで、本物のゲームから再び離れていったんじゃないかなと(売るために)。任天堂の遊びの原点に戻る的な発言もそれだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20101007185138

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%81%AE%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0

ここでいう「運と技術の両方が適度に必要。」ってのがゲーム性の原点、だと思うんだけど

それだとコンピュータゲーム登場以前に「ゲーム性」って言葉存在するはずなんだよなぁ・・・

2010-05-21

http://anond.hatelabo.jp/20100521013236

あの話はコンピュータゲームCRPG)のパロディだから、TRPGを持ち出すのはなぁ。

RPGなら、それこそ国別の通貨と為替、言語などが設定されているものがある。

そしてそもそも、世界侵略を企む魔王存在する世界設定の場合、それに関連する項目(魔物分布や影響、侵略活動による世界情勢など)も「設定範囲」だろう。

MERP(指輪物語をTRPGに落としたもの)の場合、第3期(指輪戦争の時代)なのか第4期(人間の時代)なのかで世界情勢は全然違うし、当然それに伴い経済活動なども違うものとなる。

冒険者」の世界に対する役割も違う。

まおゆう」に対する論としてTRPGを持ち出すのは、端的に言えば「ずるい」。

2009-06-27

ゲームをサボるという事

身の回りには長時間勤務をしてる訳でも無いのに「疲れた」言う人が居る。

そして自分もそれに該当する。


まず私は、パチンコしない、タバコしない、飲み会以外では酒しない。

運動も特にしなくリフレッシュ手段はゲームなのだ。

電子ゲーム歴は…数えると10年に上ると思う。

1999年といえばプレイステーションゲーム真っ盛りで、FF8が出た時期だ。


Category:1999年コンピュータゲーム

http://ja.wikipedia.org/wiki/Category:1999%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0

正直な所、ゲームは嗜む程度のモノであるという考えは根底から抜けていない。

「別にハマってないしすぐ止められる」系の人だ。逆に言えば

「する事してるし(仕事とか)止める必要があるとも考えてない」とも考えてる。


そして慢性的な疲れを感じている。

体を動かしたくないと感じてる。

だから動かなくていいゲームをする。

そして、ここ数年はオンラインゲームをしている。


・・・で「ゲームする事が義務化」されてるんじゃないかと最近ひしひし思う。

レベリングギルド狩り、対人戦、攻城戦・・・

楽しいと思える時は「圧倒的に勝っている時」ぐらいだ。ただそれも枯れた喜びに感じる。


似たような境遇のゲーマー複数に聞いてみた。

「今のゲーム楽しいか?」回答は殆ど同じで、殆どの人が容易に想像できる感覚

昔は楽しかった

一般的には「昔のゲームの方が面白かった」という解釈が殆どだろう、だが少し違う気がする。

今のゲームに比べ演出もクオリティも見劣りする作品が殆どだ。

名作と言われるゲームは確かに面白い・・・が、操作性は明らかに劣る為「当時の評価」は既に使い物にならない。

遊びづらいというだけで面白さは幾分も下がる。個人的にはこう思う↓



単純に、ゲームに対して疲れてるのでは無いか

熱中・没頭・反復により習慣化された性分はそう簡単に消えない。

その為新作をどんどん買っていく。そして徐々にツマラナイという感情がわいてくる。

これは似たり寄ったりなゲームに対して「刺激」という反応を脳がしなくなってるせいだろう。

同じ反復運動は明確な目的が無い限りはとても退屈なものだ。

工場の流れ作業は生活に直結する作業なので幾分マシだがそれでも年単位で続ければつまらないので止めたいと感じる。


つまらないと思う事はサボってしまえばいい

仕事勉強がつまらないからサボりたいと願う人は居るだろう。

そこで「つまらないと思うゲームもサボる」行動はアリだ。

だが行き成りスパッと止める事は出来ないだろう。

タバコ吸ってる人に禁煙しなさいよ!と言って止めたためしが無いのと同じ理屈だ。


徐々に内容を薄くしていけばいい

前途の通り私はオンラインゲームをしている。

プレイヤー人間同士の為色々都合をあわせないといけ無い事もある。

だが、これは非常に「心が疲れる」原因になる。

だからゲーム内部で「普段強いられてる事」から徐々にサボっていこう。


サポート&ヒーラー役は活躍出来無いのに疲れる仕事。こういうのを要請されたら断る、もしくはそもそも参加しない。

交流もあるだろうから頻度を減らす事が大事。これで幾分か時間に余裕が出来る。

徐々にゲームから遠ざかるのだ。そしてたまに思いっきり楽しむのだ。



少々下品な話になるがオナ禁という活動がある。

私は体の不調の原因がオナニー後に発生する為頻度を減らす方向で調整している。

数日間溜まると相当に気持ちが良い。理論的にはゲームも同じだ。

ゲームは止めなくていい

違った趣味を見つけるのは大変だ、なぜなら今までの生活スタイルが変わるためだ。

新しい事へ行き成りシフトしようとすると、当日張り切って疲れて、終了。三日坊主の出来上がりだ。

ゲーマーは一種の脅迫概念が染み付いている為「遊ばなければ…」という考えを緩めなければ話にならない。

そのために、ゲームをサボるという感覚を身に付けなければならないのだ。

ゲームに限った話ではない

最後に、サボるという概念ゲーム以外へ応用出来る。例えば仕事だ。

職場が働き蜂状態でサボる…もとい休暇を取る概念無ければ、まず他人を休ませて習慣を作るしかない。

1人ぐらい休んでもらった所で会社破綻しない、それどころか毎日高負荷を持続させる方が破綻しやすい。

ガス抜き息抜きはしなければならないのだ。


そして、真の休暇とは趣味をサボる事。

自分時間を遊びに当てるのは一種の「自分への仕事」であり疲れる要員だ。

PCを付けず寝たり、30分ばかり家から最寄の駅まで散歩する等、いつもと違った行動を「少量」含ませるだけで

かなりのリフレッシュ効果がある。


もし心当たりある人がいたら試してみてほしい。

…なんか凄く長くなったが反省しない。反省

2009-02-03

古典ゲームに埋め尽くされてしまったゲーム業界

コンピュータゲームが生まれて以来、ほとんど進化がない状況が現在まで続いている。

うわべだけのキレイさで本質的な部分が進化してないことを覆い隠してるだけのゲームが多すぎる。


特に物語を語るタイプゲームに多い。

RPGアクションシューティング、どのジャンルでもそうだけど、製作者がつづった物語ユーザー押し付けるだけ。

ゲーム機進化しても同じ事の繰り返し。一向に進歩をしない。

物語を左右する重要な場面に遭遇したとき、プレイしているユーザーはまさに千差万別の考え方をもって

そのイベントに参加しているはずなのに、誰がプレイしても同じ内容。

いちいちブレーキがかかる映画みたいな感じ。


ガッチガチに固定されたスクリプトで動いてるから、ユーザーの行動に対して動的に対処できない。

最短ルートを進んでいき、敵にとって相当な脅威となっているようなプレイでも、寄り道に寄り道を重ねてボケーっと進んでいようと

同じ対処しかしない敵。

RPGだと敵は世界を掌握していないのにボケーっと待ち構えているだけ。

アクションなら、ザコをスルーしてボスを瞬殺し続けているような猛者に対しても決して対策を取ろうととしない敵。


いつまでシナリオキャラが違うだけの似たようなゲーム作り続けるの?

こっちの行動に対して動的に対処できないの?


コストがかかる?商売にならない?

まぁ、そういう言い訳して既存のフローに沿ってゲーム作ってるほうが楽なのはわかるけどね。


まだ初期段階だけど、ValveなんかはLeft 4 Deadユーザーの状態を定量的に測定する手法を実装してるよね。

コレが即革命的な何かになるわけじゃないだろうけど、着実に進歩してる。

ユーザーごとに異なる体験を届ける、っていう壮大な目標に向けて着実に歩を進めてる。


日本はどうなの?ゲームらしいゲームとかホザいてる人たちは進化について考えてるの?

ほっとけば誰かがするようなグラフィックの向上じゃなくて、ゲームとして別の次元に到達するような何かを作ってる人いるの?


別に古典ゲームは滅ぶべき、とはいわない。

歌舞伎相撲、能、雅楽といった古典芸能のように存在し続ければそれなりに需要あるだろうけど、

それだけじゃ面白くないじゃん?


俺も考えてるけど生きてるうちに何か出来上がりそうにないから、考えをここに記して誰かに期待する。

誰かよろしく。

2009-01-25

優れたゲーマーになるための5つのこと

もちろん「ゲームが好き」というのは当然の前提条件。コンピュータゲームには「インタラクティブ」という便利な性質があるのだから、それを利用してもっとゲームを楽しめるようになろうよという話。

近年はゲーム内容について「ゲームらしいゲーム」などと見直す傾向があるけど、プレイヤー側の態度も見直してみたほうがいいんじゃない、と思って書いてみた。言ってるのはありきたりな上に今のゲーム業界が求めるものとは相反するものだけど。言葉足らずなのはゲームのやりすぎなのでごめんなさい。

「魅せるプレイ」ができるようになる

別に全国大会に出るとかプレイ動画DVDになるとか、全一プレイヤーとかランカーとか、プレイが金になる程度に上手になれという話ではなく、DDRで実際にダンスしながらプレイするというエクストリームプレイで、嫌でも目につくようなエキセントリックさを発しろということでもない。

そこまで上手でなくとも、先のステージに進めるようになったとか、対戦ゲームなら同じ戦法は通用しなくなってきただとか、そういったプレイヤーの成長には見てて手応えを感じるはず。傍目から「こいつ見てて面白いな」などと思われるぐらいが、プレイヤーとしてもゲームをかなり面白くプレイできているもの。下手でも愛嬌があればつい笑って許せてしまう。ゲームセンターCXはそれらを絶妙に兼ね備えているからこその面白さとヒットなのだろうと感じる。

基本的にゲームにはゲームシステムがあるから、プレイのしかたは無限ではないけれども、その中でもプレイヤーによってプレイ内容の個性は非常に出やすい。上手い下手、開発者想定内外は別として、別に見せるわけでなくても、(無意識に)他人に「魅せる」ようなプレイができるのが良いゲーマーだと思う。

「魅せるプレイ」というのは自分の中で一番近い言葉としてここで使っているのですが、もっと良い例えがあったら是非教えてください。

色々な遊び方をしてみる

普段の遊び方からちょっと変えてみるだけでいい。簡単には使うキャラや戦法を変えてみるとか、ちょっと制限を課して「縛りプレイ」、極端な例だと「ダブルプレイ」などという遊び方もある。でもここまで来たら軽くキチガイ。ふとした拍子に未知だったゲームの面白さが見つかり、面白いゲームをさらに遊べる・楽しめるようになる。別に新しいゲームをやらなくても、新しい楽しさは見つかるもの。

もちろん、最初からそんなこと出来るはずもないので、最初はゲームからの説明や攻略情報などで敷かれたレールに沿うほうがいい。

ゲームを育てて、最終的にゲームの面白さを決めるのはプレイヤー自身。広い遊びしろを持ち、色々な遊び方を受容するのが本当に面白いゲームです。

ゲームに対して反応する

早い話が「楽しそうにプレイする」ってこと。ぶすっとした顔でプレイしても他人から見て面白くないし、実際プレイヤーも同じ感情を感じているはず。クリアしてガッツポーズミスってオーバーリアクション。ADVRPGでは感動場面で涙。たかがゲームでも真面目に大げさにプレイしましょう。

コミュニケーションをする

別に非電源ゲームでなくとも、会話はゲームの面白さを確実に底上げする。

二人以上で同時にゲームをしているときでもそうだし、プレイしてる人に向かってツッコミを入れてあげたり、プレイを見てる人に色々説明をしたり、話題を広く取って全く関係のない話でもいい。ゲームの無い場所でも、ゲームを通して知り合った人同士でゲームについての会話をしたりするのもある意味一つのゲーム

「一緒にプレイしてて面白いヤツ」と思われるような人が優れたゲーマーの一つの形。ニコニコ動画の実況プレイ動画で客付きのいいものは、プレイ自体の面白さはどうでもよくて、どれも実況人のパーソナリティが面白い。まあ、そういうパーソナリティのある人はプレイそのものにも面白さがよく現れてるものだけど。

本当に好きなゲームを一つ以上持つ

本当に好きというのは生半可なことじゃない。理屈も余計なこだわりもなく、上手も下手もなく、時間を忘れひたすらにやりこみ、つい思い出してもう一度やりたくなる、それで初めて本当に「好き」と言える。プレイした数が問題じゃない、ゲーマーとして輝くのはそういう作品を見つけてプレイしてる時だと思う。

自称ゲーマーの皆は、そういうゲーム、本当にある?

2008-12-05

ビジネス研修外国ボードゲームを取り入れよう!

http://anond.hatelabo.jp/20081205205641

この続きとして書くけど

ボードゲームってマジで対人関係スキルや度胸、場の盛り上げ方とか身につけるのに最適だと思ってる。

日本コンピュータゲームゲーム業界を奪われ廃れたけど

海外ではドイツを中心に今でも盛んに行われていて種類が豊富

ストーリーアクションを楽しむコンピュータゲームとは違った楽しさを是非!

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん