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はてなキーワード: 50年代とは

2020-08-18

テレワーク」という名称昭和

英語準拠だと正しいみたいだけど、なんか昭和感が凄い。

エレキテル」とか「テルミン」の印象に引っ張られてんのかな。

昭和40~50年代当時の最新家電って感じの響き。

意地でも「リモートワーク」って言ってやるからな。

2020-07-10

ミュートにしても楽しめるアニメ動画

耳を使う仕事に変わったので、仕事中に音楽が聴けなくなりました。

1人でリモートしてると虚無感が強いので、前向きに働けるような動画を探してます

基本ミュートで小さな画面で流しています

YouTubeAmazonプライムで見れるとなおよいです。

○良かった

50年代カートゥーンアニメ

具体的にはトムとジェリー、バッグスバニーなど。ミュートでもドタバタしてて楽しいのと、字幕があるのがよい。

鉄道の前面展望動画

長尺の動画が多い。ちょっとした気分転換になる。無音だとやや単調すぎると感じることも。

パチンコの画面を流している動画

最終的には勝った負けたなのに、長々とごちゃごちゃ動いてよい。パターン豊富で飽きづらい。長尺の動画が多い。

バラエティ番組

字幕がついている箇所が多く、意外と楽しめた。

相席食堂でやってたピース綾部のインスタ動画めちゃくちゃ笑ってしまった。無音なのに。

2020-04-25

anond:20200420193915

それが成立した時代こそ存在しないだろうよ

多分お前さんはメシやうんこの世話を他人が見ていた時代があった・・みたいに取ってるだろうけどそりゃ当然無いよそんな時代

でも、昭和の40~50年代ですら近所のおっさんに怒られてゲンコツくらうとか、そもそも近所のおっさんがその小僧を誰の子供だと知っているとか、

長屋大家さんに「すみませんちょっと夕方までウチのガキ面倒みててもらえますか」とかそういう感じだったわけ

子供ケアってののうち「監督」って部分はかなり地域社会が担ってたよ

少なくとも保育園に預ける以外に誰も見てくれないしどうにも身動きがとれない!なんてことはなかったし、

そういう意味で「親だけで子供を育てない」のがずーっと人類普通だった

ただ地域社会だろうと他人他人なわけで、

悪事に引きずり込まれたり、事故にあったり、人さらいにあうリスクはあった

そういうの避けたい金持ちはお前さんの祖母様のようにお手伝いさん雇ってイエの中で自己処理してたと思うよ

んで戦後みんなそこそこの(昔で考えると)金持ち生活水準と考え方になったので、自分の家だけで育てるようになって、

ちょっと貧乏になったら無理があることが露見して、現代がある次第。

2019-12-30

ヨーロッパでの就活人種差別を受けた話

この文章では、人種差別に関する実体験を綴る。もしあなたがこのような話題トラウマがある場合、無理に読み進める必要はない。

私は20代日本人女性である。先日ヨーロッパとある国の大学院卒業し、就職活動を行った。

ヨーロッパには、日本のような新卒一括採用システム存在しない。企業が出している求人広告に応募→書類審査通過の場合のみ企業から直接連絡が来る→面接採用、というのが基本的な流れである大学キャリアセンターを通す場合特殊業界場合は異なるパターンもある)。

私は大手就職情報サイトである求人広告発見した。その求人は私の大学での専攻と非常に親和性が高い内容だった。具体的な仕事内容については言及を控えるが、小さなスタートアップが私の住む都市事業を展開することになり、プロジェクトサポートするスタッフ募集する、という感じ。検索すると普通に会社ホームページも出てきたし、活動記録やネット記事代表LinkedInなどもヒットした。私は迷わずに応募した。応募は、その就活サイトを通じて行った。

すると、しばらくしてそのスタートアップ代表本人から連絡があり、面接審査に進めることが決定した。大学卒業後なかなか仕事が決まらなかった私は、このチャンスに少なからず期待していた。

面接が行われたのは中心部にあるシェアオフィス一角だった。面接代表自らが行っており、オフィスにいたのは彼だけだった(同じ部屋にもう一軒別のオフィスが入っていて誰かが仕事をしていたが、ドアで仕切られた向こうにいたので話してはいない)。代表の話によれば、この街に越してきたのは先週で、まだスタッフも全く揃えていない状態だという。実際に部屋の中は殺風景で、最低限のデスクPCソファがあるのみだった。代表40代半ばくらいの白人男性で、ネルシャツカーディガン羽織っていた。話し方も落ち着いており、ふつうの人に見えた。

面接は至って普通に始まった。代表は今回のプロジェクトの内容を私に説明し、大学院での専攻内容やこれまでの職歴について質問してきた。しかし、話し始めて30分ほど経った頃、とても腹の立つ出来事があった。彼が、アジア人侮蔑するジェスチャーをしてきたのだ。少しでも海外経験がある人なら、どんなジェスチャーかピンと来るだろう。両手で目を細めて吊りあげる、あれだ。

アジアについて話し出したとき、彼は無意識のようにそのジェスチャーを行った。話の文脈からいうと私を個人攻撃するつもりではないように見えたが、少なくとも非常に不愉快だ。若い人などがギャグのようにこのジェスチャーを行うことはあるが、まともな常識を持った人ならこんな仕草はしない。このジェスチャーを行った時点で、それは教養ない差別主義者の証拠である。私はその場で危険雰囲気を察知し、「あとで連絡します」などと適当に話を濁して面接を切り上げてその場を立ち去った。悲しい気持ちでいっぱいだった。

面接終了から1時間後くらいに、代表から再びワッツアップ(ヨーロッパLINEみたいなテキストアプリ)で連絡があった。「あなたの専門分野に近い領域仕事をしている知人もいますのでよければ紹介します」といった内容だった。私は、当たり障りのない返事をした。すると彼は、続けざまに日本についての話を始めた。「最近新聞で見たんだけど、日本って・・・」というような感じだ。3、4通に渡って日本経済に対する持論を展開したあと、彼は突然こんなテキストを送ってきた。

「私は、若い世代日本人って好きじゃない」

ものすごく腹が立った。日本人の私を面接に呼んでおいてこのような態度とは、何だろう?バカにされていると感じ、すぐにこのような返事をした。「私はあなた想像するとおり、典型的日本若者です。残念ながら私があなたプロジェクトに参加することはありません」

すると、彼の態度は文字通り豹変した。続けざまに、彼からはこんなテキストが送られてきた。

あなた面接中とても大人しそうに見えたけど、本性を隠していたんですね」「僕の優しさを攻撃性の欠如だと勘違いしないでください」「私の知人は、日本人は〇〇人に対して最も差別的民族だと言っていました」「あなた差別主義者のようですね」「僕はあなたと話して、自分白人としての誇りが傷つけられたと感じました」

はっきり言って、この男が私に何を言っているのか全く理解できなかった。私は白人に対する差別発言はもちろん、如何なる人種に対しても何の言及も行っていない。ただ面接に行って仕事の話をしただけだ。しかし彼の逆上は止まらず、さらにこんなテキストが送られてきた。

あなたは最低です」「あなた差別主義者として警察に訴えます」「僕は差別犯罪通報するアプリを持っているから、今すぐあなた通報できる」「あなたをfuckする」

相手は話が通じる状態ではない。私は気が動転する中、彼にひとことだけ「why」と送信した。すると、それに対する相手からの返信は恐ろしい内容だった。

「僕は〇〇(とあるアジア企業)が大嫌いなんだ」「〇〇人(その企業本社を置くアジアとある国)は大嫌い」「〇〇人は、腐った魚ペースト臭いがする」

背筋が凍った。彼は気が狂っている。まともな人間ではない。明らかに私およびアジア人に対する激しい差別的感情があり、テキストを通じて私を脅迫攻撃している。このテキストを受け取ったのは彼のオフィスから程近いカフェだったのだが、私はすぐに窓の外を見渡し、奥の座席へ逃げた。まるであの男が窓の外に立ってこちらを見ているような気がしたのだ。

気が動転していた。何より恐ろしかったのは、この男が私のCVを手にしているという点だ。CVとは欧米就活時に使う履歴書のようなものなのだが、そこには私の名前メールアドレス電話番号、住所などさまざまな個人情報が書いてある。もしこの男が本当に私を犯すつもりだったらどうしよう?家までつけて来たら?待ち伏せされたら?

私が真っ先に思いついたのは、警察への通報だった。ヨーロッパでは、この手の脅迫暴力ヘイトクライムと呼ばれる。もちろん立派な犯罪だ。震える手で警察電話をしたら、男性警官が出た。詳しい会話は割愛するが、緊急性のない事件だと判断され、「明後日あなたの家に伺ってお話を聞きます」と約束した。

警察への通報後、私は卒業した大学の緊急サービスに連絡をした。健康相談メンタルケアについて、24時間通話可能な窓口である。とにかく帰り道が不安だったのと精神的に動揺していたので、その旨を早口で話しまくった。窓口の担当者警察への相談を勧めてくれ、最短で家に着くルート検索なども手伝ってくれた。幸い私には同居人がいたので、彼女に最寄りのバス停まで迎えに来てもらった。その日はまともな食事も喉を通らず、夜も全く眠れなかった。

警察が来たのは週末だった。男性2人、女性1人が私の部屋まで来てくれた。私はワッツアップの履歴を見せながらことの経緯を説明した。彼らは真剣に話を聞いてメモをとり、証拠としてテキストスクリーンショットを撮った。また、彼の名前会社名などを控え、レポート作成して記録を残した。警察の指示によって私は彼の電話番号メールアドレスSNSなどすべてを着信拒否した。また、警察は彼が求人広告掲載していたサイトに連絡し、広告を削除した。彼の脅迫はとても卑怯だが、これは単に若いアジア人女性を傷つけたいがための悪戯犯行であり、実際に家まで追ってあなたを襲う確率は非常に低い、というのが警察見解だった。身の安全を保持するため、私が彼の犯行警察通報したということは決して外部に漏らさないことを約束してくれた。彼からその後連絡が来ることはなかったが、私は1か月以内に全く別の場所引っ越した。

私は、まさか自分がこのようなヘイトクライム被害者になるとは想像もしていなかった。しか就職面接官、大手サイトで見つけた求人でこんなことが起きるなんて。まるで50年代のような差別的言動、30通を超える言いがかりメッセージレイプ連想させる脅迫精神的なダメージは計り知れず、しばらく携帯を見るのも怖かったし、SNSなどにこの事件について投稿することもなかった。

普段の私は、とても明るく元気な性格だ。友達もいるし家族との関係も良く、自己肯定感も高いと思う。私の周囲の人も口を揃えてこれに同意するだろう。しかしそんな私でさえ、この事件当時は性格が変わった。「こんな暴言を吐かれるなんて、私が悪いのかも・・・」そんな考えが頭をよぎったのだ。冷静になってみれば、私には何の落ち度もない。ただ求人に応募し、面接に行ったら、面接官の頭がおかしかったという話だ。しかし、アジア人であるという変えようのない事実理由差別されたことで、私の誇りはひどく傷つけられた。この男が狂ってるんだ、そう頭では理解していても、感情はしばらくグチャグチャだった。生まれて初めて、ベッドの上で「死のうかな」なんて想像した。本当に、人生の中で最も傷ついた出来事だった。

この話を増田に書くことで私が伝えたかったのは、ふたつ。

ひとつめは、「人種差別犯罪である」ということ。とくに日本人は、この辺の意識が薄い気がする。これは私たち他者差別してはいけないということだけではなく、「自分他者から差別されたときに怒っていい」ということである。私は迷わず警察通報した。「これぐらいのことで・・・」なんて迷う必要はない。警察はきちんと調書をとり、クリミナルレコードを作ってくれる。とくにヨーロッパでは、この手の犯罪に対し警察は動いてくれる。すぐに逮捕には至らないまでも、記録が残るだけで全く状況は変わる。何より、私は精神的な安心を得ることができた。

今回のケースの場合面接ジェスチャーをされた時点で彼にもっとはっきり否定的な態度を取るべきだったという見方もあるだろう。しかし、相手テリトリーであるオフィス内、しかも体格差のある男性相手だったため、感情的な反応はリスクが高すぎる。脅迫メッセージなども慌てて消してはいけない。あとから証拠として提出できるからだ。とにかく、自力解決しようとせず、警察を頼ってほしい。

警察通報するのが最もおすすめだが、どうしても勇気が出ない場合大学ホットラインなどでもいい。とにかくSOSを出し、怒り、差別主義者たちにNOを突きつけること。

ふたつめは、自分を責めないこと。差別犯罪に巻き込まれとき精神的な負担あなたが思うよりずっと大きい。自分国籍性別セクシュアリティ容姿など、自分で選ぶことのできない部分を攻撃することはとても卑怯だ。激しい悪意を向けられた時、人間の心は深く傷つき、自分を愛することができなくなる。私は警察と話している時、メッセージの内容を反芻して頭が混乱し、支離滅裂言葉説明をした。あまりに動転していたので、私は思わず警察官に「ごめんなさい、この国の言葉が上手くないから、私の言葉がわからないですよね」と謝った。すると警察官は、「何を言っているんだ。あなた語学力はとても素晴らしい。何の問題もなく聞けています私たちは、あなたがどんな被害にあったか理解できているんだからあなた大丈夫」と返してくれた。この言葉を聞いて、それまで一滴も流さなかった涙が堰を切ったように溢れた。

悪いのは差別主義者だ。そのことを決して忘れないでほしい。あなたは悪くない。あなたは美しい。他人に何を言われても、何をされても、あなたの心も身体あなただけのものだ。

私は現在、とても元気に暮らしている。新しい職場にも恵まれた。正直なところ、今も時々あの男の顔を思い出すことはある。しかし、新しい年の訪れとともに、前向きな気持ちで歩き出したい。

2019-12-18

バディ・ホリーを初めて聴いて驚いた

50年代後半の曲だとは思えない

これが天才か……

2019-11-22

anond:20191122144545

ブルースマンを調べてみたが、バディ・ガイ50年代から10年代まで7連続で出しているのではないかと思う。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%82%A4

50年代スタジオアルバムは出していないが、シングルは出しているので、7連続ということでよかろう。

また、ジャズミュージシャンでも何人かいるようだ。

デイヴ・ブルーベックhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A4%E3%83%B4%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%83%E3%82%AF)はなんと40年代から10年代まで出しているし(40年代は若干怪しいが)、有名どころだとウェインショーターも7連続で出している。なんならまだ御存命なので、更新可能性も。

2019-11-21

連続年代で新作を出したミュージシャンっているの?

https://anond.hatelabo.jp/20191121142443 を読んでてふと気になった。ビーズ80年代10年代と4つの連続する年代で作られこれからも作られ続けるわけだが、6連続連続年代オリジナルアルバムを出した人っているのだろうか。50年代60年代から10年代まで新作を出している人。活躍し続けかつ長生きでないとできない。

思いついたのは吉田拓郎井上陽水なのだが、この二人のデビューアルバム70年代から惜しいけど違う。もちろん来年以降に新作が出れば6連続となる。ベンチャーズデビュー50年代だけど1stアルバム60年代から現時点で6連続。ただしメンバーの入れ替わりがある。7連続年代活躍するのは難しそうだがいるのだろうか。

2019-11-09

敗戦直後の日本を美化したアメリカ製ゲームってあるのかな

韓国人日本統治時代に抱く感情について考えてみたのだが、占領期~50年代米軍の振る舞いについて日本人が抱く感情がそれにかなり近いのではないだろうか。

良く知られていることではあるが、敗戦後の日本には現在沖縄のように米軍基地があちこちにあり、各地で米軍兵士が軽ふざけで日本人殺害していた。

そのような時代背景を無視して、アメリカ会社敗戦直後の日本を美化したゲームを売り出したらムカッとする日本人も出てくるだろう。

いま韓国で怒っている人たちがいるのはそのような理由からだと思う。

1957年昭和32年1月30日、薬莢を拾う事を目的に演習地内へ立ち入った日本人主婦(当時46歳)に対して、主婦の背後から第1騎兵師団第8連隊第2大隊ウィリアム・S・ジラード三等特技兵(当時21歳、イリノイ州オタワ出身[1])がM1ガーランド装着のM7グレネードランチャーで空薬莢を発射し、主婦即死する事件が発生した。目撃者証言からジラードが主婦に「ママサンダイジョウビ タクサン ブラス ステイ」と声をかけて、近寄らせてから銃を向け発砲した可能性があることがわかるとアメリカへの批判の声が高まり社会現象となった。

ジラード事件 - Wikipedia

当時茨城県にあったアメリカ水戸対地射爆場(現・ひたちなか地区から離陸したL-22連絡機が上昇せず、滑走路東端から500mはなれた道路自転車走行していた親子に機体が接触し、母親(当時63歳)は胴体を切断され即死、息子(当時24歳)も腹部に重傷を負った。

この異常な離陸についてアメリカ軍側は異常高温による熱気流が原因の不可抗力による事故であるとした。しかし、地元ではアメリカ軍のパイロットがわざと低空飛行を行い通行人を驚かしていたことが度々あったと主張し、今回の事件は同様なイタズラをしようとして不幸な結果を招いたとしていた。

米軍機母子殺傷事件 - Wikipedia

事件は1958年9月7日に起きた。狭山市などにあった米軍ジョンソン基地(78年返還現在航空自衛隊入間基地)で、警戒監視任務に当たっていた3等兵=当時(19)=が基地内を通過する西武池袋線電車に向けて発砲。1両目に乗っていた武蔵野音楽大の男子学生=当時(22)=が被弾し、死亡した。3等兵の名から「ロングプリー事件」と呼ばれている。

電車に発砲…米軍事件相次いだ本土 沖縄に基地集中、進む風化 | 共同通信

2019-07-20

anond:20190720140325

大昔流行ったと聞いたような…

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%85%E8%8C%B6%E3%82%AD%E3%83%8E%E3%82%B3

日本では昭和40年代末から50年代初頭にかけて、健康食品としてブームとなり、流行した。

(略)

日本でもSNSなどを通じて関心を集め、「逆輸入」の形で平成26年から28年頃にかけて販売が拡大した[6] 。

前者のブームはちょうどちびまる子の時代か。

後者全然知らなかった…

2019-02-09

anond:20190208235403

たぶんこの人は自分子どもだったころの世界観のまま生きてるんだ

昭和40~50年代ぐらいのパパが会社行ってて偉くてママはずっとおうちにいて

ご飯作って洗濯して掃除して僕をヨチヨチしてくれるっていう妄想の中に今も生きている

心が幼稚園児~小学生ぐらいの人なんだ

それで肉体だけが年を取ってキモくて低収入おっさんになってしま

友だちも彼女もいなくて童貞妄想上のむかつく女を叩くしかないんだ

70過ぎたママとはセックスできないし子どもも作れないもんね

悲しいね

2018-11-09

Amazonプライムで見られるアメリカドラママーベラス・ミセス・メイゼル」が面白いです。

50年代NYで、若い主婦漫談家を目指すというコメディですが、衣装とセットがすごくいいし、当時の文化映画好きにはたまりません。

それでいて「女が漫談家になる」というテーマはとても今日的。

おすすめです。

2018-04-30

50年代ぐらいは、朝鮮戦争が始まったのか。

東京オリンピックって70年代頃?

ほんで、カラーテレビ

  

景気回復戦略が、なんだか昭和初期と変わらないって感じだな

テクノロジーITをイットと呼んでしまう人が行政の上の方に君臨するあたりに、問題がありそう。。。

2018-04-17

世代早見表

まれ大雑把な世代世代の近い総理大臣1945年
終戦
1954年
(高度成長開始)
1973年
(安定成長開始)
1986年
バブル開始)
1991年
バブル崩壊)
2018年
現在
1925年戦中派(20年代まれ
徴兵経験あり
竹下登(1924)
宇野宗佑(1922)
村山富市(1924)
20歳29歳48歳61歳66歳93歳
1935年昭和一桁世代(1927-1934年まれ
焼け跡世代(1935-45年生まれ
徴兵経験なし
海部俊樹(1931
細川護熙(1938)
羽田孜(1935)
橋本龍太郎(1937)
小渕恵三(1937)
森喜朗(1937)
福田康夫(1936)
1019歳38歳51歳56歳83歳
1945年全共闘世代40年代まれ
団塊世代40年代後半生まれ
小泉純一郎(1942)
麻生太郎(1940)
鳩山由紀夫(1947)
菅直人(1946)
小沢一郎・1942)
谷垣禎一・1945)
9歳2841歳46歳73歳
1955年しらけ世代50年代まれ
ポスト団塊50年代前半生まれ
安倍晋三(1954)
野田佳彦(1957)
小池百合子・1952)
岡田克也・1953)
石破茂・1957)
岸田文雄・1957)
18歳3136歳63歳
1965年バブル世代60年代後半生まれ
新人類60年代まれ
オタク第一世代60年代まれ
前原誠司・1962)
河野太郎・1963)
枝野幸男・1964)
蓮舫・1967)
8歳21歳26歳53歳
1975年氷河期世代(1970-83年生まれ
団塊ジュニア(70年代前半生まれ
1116歳43歳
1985年氷河期世代ゆとり世代のちょうど隙間小泉進次郎・1981)1歳6歳33
1995年ゆとり世代(1987-2003年まれ
さとり世代90年代まれ
デジタルネイティブ
23

下半分が寂しかったので民進党代表や次期首相候補と言われるような人も括弧書きで追加。

就職氷河期に関する補足→https://anond.hatelabo.jp/20180417161628

1985年ゆとり世代としていたのを修正https://anond.hatelabo.jp/20180417163706

関連→https://anond.hatelabo.jp/20180105170201

2018-04-03

anond:20180403110236

まったくその通りなんだが、

介護や保育で50年代60年代医療運動をやろうとするとはたして賛同者が集まるのかな、という気がする。

世間から人の命を盾にするのかと言われないだろうか。

もちろん、スウェーデンのように介護を担う労働者のために入所者を放置しまくるという手もあるが。

2018-02-17

養育費親権

https://anond.hatelabo.jp/20180217105829

親権母親に有利な現状は変えるべきだと思う。

性別判断せず、子どもにとって経済的かつ精神的に一番良い親権判断及び養育費設定がなされるといいよね。

ただし、親権司法で決められるものであるのに対して、養育費徴収制度政治行政の論ずるべきもの

両者は独立した問題

ちなみに、戦前50年代までは父親親権を取るパターンが多かった。

母親親権取る割合が増加するのは60年代以降。

親の経済的機能ではなく精神機能ケア機能が重視されるようになった結果。

今では父親お金母親ケアという考えは時代錯誤

繰り返しになるけど、親のジェンダーではなく子ども福祉を中心に据えて離婚に伴う取り決めがされるようになってほしい。

2017-12-25

anond:20171225034726

書いてることは概ね間違ってないけど、結論は間違ってる。

 大衆シンプルキャッチー音楽を求めるという見方は全く間違っていないし、実際にその理屈のもとで大成功を収めたベリー・ゴーディJrという人物がいる。彼はもともとジャズが好きで、ジャズ中心のレコードショップを開いていたのだけれど、売れるのはより音楽的に簡素演奏技術も高度でないドゥー・ワップやダンス向きのジャンプブルースロックンロールで、自分が売りたいものが全く売れなかったという苦い経験があり、そこからリズムが豊かでわかりやす楽しい音楽を作る会社であるモータウン・レコードを創設し、ミラクルズ、スプリームスジャクソン・ファイヴといったミュージシャンを輩出していったという経歴がある。

 音楽理論的に高度であるということが音楽的に優れている、という見方は極めて安直で、音楽理論的に高度な音楽音楽理論的に高度な音楽なのであって、優れた音楽であることとは直結しない。

 アメリカ、及び現代の音楽史を語る上で、アメリカ黒人奴隷(強制労働者)が生み出したブルースは欠かせないけれど、ブルース自体はごく僅かなコード進行からなる、元増田言葉を借りて言うなら“音楽理論的に低レベルな”音楽だ。けれども、ブルースが持つ音楽価値というのは極めて大きなもので、黒人がより高度な音楽教育習得するようになった1950年代以降においてもシンプルギター演奏だけで音楽を作り続けるレッドベリーライトニン・ホプキンスといった黒人ブルースシンガー評価は続いていたし、更には彼らの直系の影響下にはウディ・ガスリー、ボブ・ディランといったビッグネームがいて、彼らについてはもはや言うまでもない。

 それに、理論的高度さを追求する人間シンプル音楽を“低レベルであると見做している、というのも違う。

 例えば増田の言う現代音楽の分野で成果を残しているフランク・ザッパキャリアはドゥー・ワップやリズムブルースといったシンプル黒人音楽内面化から始まっているし、生涯に渡ってこうした音楽に興味を持ち続けていた。ロック文脈ではアヴァンギャルドノイズシューゲイザー先駆者であるルー・リードボビールイスアイズレー・ブラザーズファッツ・ドミノ、フレディ・キングといった50年代黒人ポップスの愛聴者だったし、日本でも山下達郎ジェームズ・ブラウンはじめ60年代ソウルミュージックの愛好ぶりはよく知られているところ。

 というように、わざわざ結論を書き直すまでもないけど「音楽理論的に高度な音楽けが優れた音楽であるというわけではない」ってこと。

 あと最後蛇足だけど

アーティストでも、若いころは電子音バリバリの歌を歌っていたのが、歳を取るにつれアコースティックな静かめの曲ばかり歌うようになったとか

 これのわかりやすい例にロッド・ステュアートがいて、彼も年齢を重ねるに連れてビバップ以前、あるいはポップス寄りのジャズスタンダード(わかりやす音楽)を積極的に採り上げてカヴァーしてます

 

2017-08-05

うるせーよ奴隷商人

S40 S50年代と比べてもどんどん劣化してってるだろ。

昔はよかったになるのは当たり前

2017-07-07

すごい店を見た

最初見た目は普通おもちゃ屋さんで、(今の時代珍しいな)

って思って見てたらswitchがなんか細長い箱に入って売ってて、

(何か凄い箱に入ってる!しかも50ドルセールとか書いてあるし何だこれ?)

って思って店内見てたら上の方に穴みたいな空間があるところ見つけて、

(これボルダリングで登るの?おもちゃ屋で?)

って思って店員

「ここなんです?」

って聞いたら

ギャラリーなんですよ。'50年代販売してた商品とか展示してます

とか言われて興味持つじゃない?

クライミングしか行けないとこにギャラリーだよ?

イミワカンナ

とか思いながらえっちら登っていったら店員

オニーチャン彼女はいるの?」

とか言い出して

「いやーいないですね」

とかへらへらして応えたら

「そうなのかもったいない!私なんてそのくらいの歳ならいたよ!」

みたいな話をこっちはボルダリング真っ最中で片手片脚宙ぶらりんでヒーヒー言ってるのに。

そんな訳で「ハハ」って言いながら話を無理やり切り上げて登って行きましたよ。

そしたら上の方にはしごが見えるのね。

(ああ、これに捕まればやっと上まで登れる)

って思ったら

「私が下から押して上げる)

っておばちゃん店員が言い出して。

(あれ?もう一人おじさん店員いなかったっけ?)

って思ったんだけど、まぁ不思議な店だからいかなってスルーして下から押してもらうのをお願いしたんだよね。

そして上の方まで下からスマタみたいなので押してもらってチラとはしごに目をやったら紙製で、

(これに掴まったら折れそうな?何でここにあるんだ?)

って思いながらその狭い天井に空けられた穴から身を乗り出して、はーはー言いながら周りを見渡したら、一角に古そうな洗濯石鹸が棚に並べられてて、

(ああ、こういう感じに展示されてるのかー)

って思って周りを見渡したら、そこに制服着た女子がいて、中学生くらいの。

の子ソファで寝そべってスマホいじってるのね。

俺それ見た瞬間ドキッとしてここはギャラリー兼家なのかも?とか思いながら目をそらして、色々妄想したんだけど

(あの店員家族になるのは勘弁じゃないか

って思ってそのまま辺りを逃げるように歩いていたら、家具が展示してるところがあって、ふとその商品に値段が貼ってあるのを見つけて、さらにその家具コーナーの周りを見渡すと外につながってるエリアで、そのギャラリーは外のショッピングモールみたいな所と繋がっていて、さっき必死に登ったあの体験は一体何だったんだ。














って思ったところで目が覚めた。

ともて、不思議な夢だった。

あん不思議な店があったらぜひ行きたいと思いましたまる

誰か作って。

2016-12-24

http://anond.hatelabo.jp/20161224215725

だがそこで考えてほしい。

もし昭和40年台後半~50年代序盤の団塊ジュニア世代自分たちのことを「他の世代よりもつまらない世代だった。不幸ジェネレーションだ」と言い出しそれに賛同する人が増えたとしたらどうだろう。

そやつらが定年を迎え社会保障必要になったとき自分をほかの人より不幸と思い込むやつらのクレクレ攻撃はいかようなものになろうか!

自分が周囲よりも恵まれてないと思い込まれることほど面倒な老害はない。

自分たち幸せだと思っているならいいじゃないか

しかしたら「ま、子供の時幸せだった俺らなんだし。かわいそうな他の世代にはちっとは遠慮してやるぜ」くらいに思ってくれるかもしれないぞ!

2016-12-10

結局皆、お見合い結婚に憧れている。

 『逃げるは恥だが役に立つ』というドラマ流行っている。

 要約すると最初便宜上契約結婚を交わして夫婦だんだんお近づきになり「本物の夫婦」になる話だ。

 こういう話は昔から日本人が大好きだ。男向け女向け問わず

 好きでもない相手同棲状態になったり、なかば無理やりお近づきになり、付き合っていくうちに本物の恋仲になる。

 そういうお話バリエーション含め、あなたはいくつも知っている。どれも人気作だ。

 少女向けコミックのそれ系統最近じゃ一月に一作は実写映画化されてるし、

 男性向けの場合は落ちものだとか、ハーレムものだとか呼ばれている(まあただハーレム場合、「好きでもない相手と〜」は一昔前の流行になってるかもしれない)。


 こういう系の恋愛物語がいったいなんで受け入れられやすいかというと、

 それは我々にとって(少なくとも概念的には)馴染みぶかい恋愛形態でもあるからです。

 見合い結婚メタファーからです。


 親や仲人から引き合わされて、ほとんど初対面の相手となんだかよくわからん結婚し、最初は家と家との結婚という感じだったのが、

 寝食を共にしていくうちに個人個人の「夫婦」になっていく。

この世界の片隅に』なんかもそうでしたね。

 あれが理想の「見合い結婚」、日本人の好きな「恋愛物語」のパターンです。


 日本人現在に至るまで実はアメリカ的な意味での恋愛結婚をよく理解していないのじゃないか、と思う。

 いやね、アメリカ人だってから自由恋愛バンザーイ!みたいによろしくやってたわけじゃないんです。

 50年代60年代あたりまでは、結婚相手なんて「ご近所さん」が普通だった。

 特に都市部では出稼ぎにきた移民労働者が、やはり移民であるお隣の娘さんをなんとなく良いな、と思って、デートを申し込んだり、

 あるいはいきなり「娘さんを僕にください」とやってきてそのまま結婚することも多かった(後新聞結婚相手募集広告出したりなんかしてた)。

 「結婚したあとで好きになっていく」パターンは実はわりと最近までアメリカにもあったんです。

 それが変わっていくのが60年代後半から70年代にかけて。

 カウンターカルチャーフリーセックス時代です。

 フリーセックスの方はエイズやらキリスト教保守派バックラッシュやらで廃れていくんだけど、

 自由恋愛のほうは残った。

 なぜなら自由恋愛が「技術的に」可能になったから。

 そう、電話の普及ですね。といっても、

 今みたいに個人につき一つってわけにはいかなかったけれど、約束を取り付けるのは楽になった。

 娯楽も増えたし、公民権運動余録女性地位も向上して女性選択肢もちょびっとながら増えた。

 なんたって50年代までは女性が単身で社会にでる手段なんて絶無に近かったわけですからね。

 やたら女性結婚を急いだのも実家という家庭から逃げ出したいところが大きかったんです。もっとも、結婚実家脱出したところで新しい「家庭」に囚われるわけですが。


 恋愛自由市場化が何をもたらしたかといえば、相手を「事前に」品定めできることでした。

 やはり恋人楽しい人じゃないといや。自分と合う人じゃないと。たとえば、音楽趣味映画趣味。本の趣味が合う人。

 食べ物の好みも重要服装センスも忘れちゃいけない。それに犬派か猫派かも……そうそう、絶対ウンコはもらさない人じゃないとね。


 こうして相手要求するリスト無限に増えていく。このうち一つでも「アウト」だとたとえその他の条件を満たしていてもバイバイさよなら、となりやすくなる。

 要求リストの細分化に貢献したのもやはり技術です。

 特にインターネット以後。フェイスブック以後。

 あなたは見知らぬ他人いくらでも知り合えるようになったし、その他人情報を一切会うことなしにいくらでも知れるようになった。

 メールSNSの発展は新しい人とのつながりを容易にもしたけれど、同時に既存のつながりの切断も容易になった。

 ネットで知り合ったあなたのカレの音楽趣味が最悪だと一分前にわかった? よっしゃ、ならメールを送るんだ。

あなたがそんな人だとは思わなかった。別れましょう」

 それで着拒すれば万事解決あなたは晴れてフリーだ。

 そういう人はまだやさしいほうだ。なかには、別れのメールすらおくらずに元恋人一方的ブロックする人間もいっぱいいる。


 アメリカではカジュアル出会えるマッチングサイトが普及しているけれど、

 日本ではまだ「出会い系」には抵抗がある人が多い。

 でも、なぜかアメリカ式自由恋愛マインドだけは心得ていて、相手への要求レベルは格段に細かく、高くなっている。

 知り合う手段は相変わらずインターネット以前のもの限定されているのに、意識だけはポストフェイスブックと化している。

 この齟齬は、なんだろう。

 といえば、おそらく日本人には「運命の人信仰があるからだと思う。

 「運命の人信仰とは、趣味が全部合うとか食べ物の好みが一緒だから好きなんだとか、そんなんじゃなくて、

 理屈抜きで前前前世から結ばれるべき運命だった人がいるんだよ、という幻想のことだ。


 そう、『君の名は。』だ。


 あの映画現代日本人の恋愛観が非常によく出ている。

 なんだか理屈はよくわからないが唐突に異性と結ばれて、

 わけのわからないまま同居生活を続けるうちに相手のことがなんとなく好きになって

 いつのまにかそれが運命だったということになっていく。

 実は構造的には『逃げ恥』と同じ話なのだ

 お見合いを引きずった現代日本人の恋愛観において重要なのは

 自分の好みと相手の好みが一致することではない。

 自分の好みを相手が事後的に受け入れ、相手の好みを自分が事後的に受け入れることだ。

 それは家父長的な家庭であれば、夫の好むを妻が一方的に受け入れなければならず、逆はないという非対称な関係であったけれど、

 現代恋愛物語ではそれがアップデートされて「お互い様だよね」ということになっている。

 理想論ではあるだろうが、まあ、理屈としてはそういうことだ。


 日本恋愛では、まず運命が先にあり、個人人格はあとからついていく。

 それはおそらく個人人格を認め合う自由恋愛の本義からは外れた思想なのだろう。

 でもまあ、なぜか日本人はそういうのが好きだ。

 結局、皆、自由恋愛最高!を謳いながらも、心の奥底ではお見合い結婚に憧れ、理想化しているのだ。

 

 

2016-11-02

邦画の90%はクズである

ただしすべてものの90%はクズである。ご存知スタージョンの法則である

さて、今回は次のブログエントリー反論していきたい。

邦画はクソ!」というあなたに見て欲しい日本映画黄金期の名作 - シロッコ手習鑑

http://sirocco.hatenablog.com/entry/Japanese-Movie

1行で要約すると

邦画はクソ、つまらない」という人は日本映画黄金期の名作見てないんじゃないの?「七人の侍おすすめ

通常であれば、うんうん「七人の侍」いいよね。黒澤映画の基本だよね。で済ませていたところだが、

面白いという保証のない現代映画をみるなら映画黄金期の名作を見るのをオススメします。

という一文がどうにもひっかかったのでここにキーボードを執った次第。

1.「邦画はクソ」とは基本的現代の新作邦画への評価なのでは

邦画について検索すると「邦画はクソ」という結果が出てくるらしく、その一例として示されたまとめサイト

記事過去の名作邦画も含めて批判する主張。

でも現代人が「邦画クソ」という場合、この前見に行った邦画がつまらなかった、ハリウッド大作と比べると

どうしても全米が泣けない、原作改変しすぎて新規ファン流入もないし原作ファン激おこだし誰得なの?

マンガ実写化文句言うのはカッコ悪いってカッコつけるために言ってるんじゃねえよこちとらカッコ気に

してられないほど必死なんだよ。

みたいな文脈だと思うんだよね。もっと良い新作邦画を作ってくれよ、の裏返しの邦画クソ。

もちろん全ての新作邦画ダメだとは増田も思わないけど。

まずいものを食べてまずかった、という生の声味噌汁がしょっぱいので盛り上がらなかった、とかね。

そこへ評価が確定している過去の名作を見ればいいのに、とアントワネットばりにケーキを薦められても違くない?

オールタイムベストランクインしている名作を見るランキング型消費では、「君の名は。」「シン・ゴジラ」が

ブームからと見に行くのと大差ない、いやむしろ悪いんじゃないか

新作を見て評価するのは、きさんがやらねば誰がやる?

面白いという保証のない現代映画をみるなら映画黄金期の名作を見るのをオススメします。

新作映画は見てみるまで面白いかどうかわからない。評判はあっても時間の審級を経てはいない。

それでも、新作を見る人がいるからこそ映画は作り続けられる。回転資金がなくなれば味噌汁さえも作れなくなり作品数は減る。

最初スタージョンの法則に戻る。名作は幾多の駄作の屍の山の上にわずかに咲く花だ。

山が小さくなれば名作のド壌も枯れてしまう。

新作見るより過去の名作を見ればいいのには、映画興行否定だ。

邦画の良さを紹介するために邦画を殺したら本末転倒ではないか

2.映画黄金期について

1.で大体言いたいことは終わった。あとは重箱の隅です。

当時の娯楽の王様である映画作品が数多く作られていた50年代60年代日本映画黄金期なのには異論はない。

しかし、その後テレビの隆盛、レンタルビデオの登場など、作品数・入場者数が減っていくには理由があり

単に数が下だから今は暗黒期、だから黄金期のを見ようという論は雑である

物価の上昇はあるが、観客動員数映画館の数は最盛期より減っているにもかかわらず興行収入上位には

現代作品ばかり並んでいる。現代だって捨てたもんじゃないよ。上位=名作とは言わない。

では黄金期に多く作られた中でどれほどの作品が今に伝えられているのか。直木三十五作品は読み継がれているだろうか。

名作とされるものしか今に至るまで残らないか黄金期はより素晴らしく見え、洋画もヒットが見込める

ものしか伝わってこないから大作・名作の粒揃いに思える。

現代邦画は、ダメものも全部さらけだされているか相対的に90%クズ感が増してしまう。

上澄みと生データを比べたら勝ち目無いよね。観る側向けにはこの点クギをさしたい。

だが、過去の名作を踏まえた上で今映画を作っている方々には、なんで見えてる地雷そびえ立つクソを作りあげてしまうのか。

味噌汁のミソとクソを間違えてはいいか映画評論してきた経験製作現場には役立てられないのか。

各自点検をおねがいしたい。

3.「七人の侍」(1954)

名画が今もスクリーンで上映されるのはいいことだと思う。

金と時間が許せば名画座毎日入り浸って映画漬けの日々を送り何百本のノルマ果たして蓮見ゼミに潜り込むんだ。

という夢の前提条件も今ではhuluなりNetflixなりで自宅に居ながらにして叶えられる。

しかし大スクリーンで一時停止も巻き戻しもなく集中して見る体験映画館しか味わえない。

七人の侍」が公開された1954年、「ゴジラ」と「君の名は」も公開されていた。

奇しくも今年、その系譜を継ぐ「シン・ゴジラ」「君の名は。」が、それぞれ好評を得ながらヒットしている。

過去の名作は逃げない、銀幕にまたかかることもあるだろう。

シン・ゴジラ」「君の名は。」が新作としてかかるのは今しかない。

面白いという保証がなくても現代映画を見ていこうよ。

4.シネフィルアマゾンプライムで見られる映画おすすめ

ドリーマーズ」(2004)R-18 

ラストエンペラー」のベルトルッチ監督作品

1968年五月革命パリ舞台パリ留学中のアメリカ人青年マシュー

シネマテーク抗議デモを通じて知り合ったテオとイザベルの家に転がり込み……。

エヴァ・グリーンおっぱいがきれい。

邦画でなくてすまんね。

2016-07-31

なんで国鉄分割民営化をしたのかっていう

 JR北海道ヤバいということで、分割民営化おかしかったのではみたいな議論が出ているから、分割民営化の経緯の要点を書くぜ。

 まず「民営化」の方。

 そもそも国鉄独立採算制であり、要するに税金運営されていたわけではない(ここ勘違いしてる人がとても多い)。しかし、それでありながら経営の最終決定権は国にあったので、だいたい以下のような具合になった(数字はてきとう)。

 自民党「これを作るように」

 国鉄「これ2兆円かかるけど、うち1兆円しかないんですが」

 自民党「いいから作れ」

 社会党運賃の値上げや人員整理は許さないぞ」

 国鉄「仕方ないので足りない分は借金します」

(数年後)

 国鉄借金の利子が利子を呼んで手がつけられなくなりました」

 「政府が金は出さないが口は出す」というどう考えてもヤバい体制であり、これなら「金は出されないが口も出されない」民営の方がマシやんけ、というわけである。これは国鉄できた当初から予見されてたことであり、産業能率会議(昔そういうシンクタンクがあった)なんかは、50年代60年代に2度にわたって「これ将来絶対破綻するから、分割民営化しないとヤバいって! せめて、公社のままだとしても口を出されないシステム改革しなきゃ!」と政府提言していたのだが、まあガン無視された。

 要するに国鉄民営化は、50~70年代政権与党の無策の尻拭いであり、「中曽根ちんが国労つぶしのためにやった」なんていうのはそれを糊塗するためのおためごかしに過ぎない(早川タダノリとかフジヤマガイチとかの有名なリベラルアルファツイッタラーがこの見解にガン乗りしてるのは謎だが。君ら本当はネトサポなのでは?)。中曽根ちんは確かに国労嫌いマンだけど、第二次中曽根内閣運輸大臣に分割民営化反対派の細田吉蔵を据えるなど、民営化に関して途中まで党内風見鶏に徹してた人でしかないし、国労80年代には主流派社会党右派)・非主流派社会党左派)・反主流派日共)の内部対立がひどくて(その結果が86修善寺大会よ)往年の力なかったから、民営化なくても崩壊しそうだったやないか。分割民営化のせいで国労崩壊したというのは、原爆投下のせいで日本は負けたと言ってるようなもんで、最後のひと押しを過大評価している。スト権ストの大敗北がミッドウェー、マル生粉砕が南部仏印進駐とみるべきじゃないですかね。マル生粉砕の成功が致命的な失敗やでほんと。

 で、もう一つの点、「分割」である

 これは、当時の国鉄が極端な東京中心地方軽視主義だったことへの対策である。いやほんと、国鉄時代時刻表JR後の時刻表と比べてみれば分かるんだけど、国鉄時代地方ダイヤってスッカスカだぞ。あと東北地方とかが本当にスピード遅くてさあ……(国鉄ローカル線用に、うんこみたいな性能でスピード出ない上に排ガスがひどく、排熱管のオーバーヒートが原因で発火しやすいので安全性もクソという、褒めるところのない内製エンジン積んだ車両しか入れなかった。地方民の利便性より内部の論理が優先されていたんであるJRになったら海外メーカーの高性能エンジン積んだ新車積極的に導入したのでめっちゃスピード上がった)。別に今のJRだってそこまで地方大事にしているわけではないが、国鉄との相対評価でいえばめっちゃ大事にしてる(各社でバラつきはあるが)。組織デカくなると、何をやるにも本社の顔色をうかがうようなことにどうしてもなるという話ね。

 というわけで、各JRはある程度小さめに分割しようという話になっており、実際当初は本州を5分割(東北上越東海道山陽の各新幹線沿線関西北陸)した8分割案が有力だったのだが、線路を共有する東北上越分割の難しさなんかがあって、予定よりも会社の規模が大きすぎる本州3分割になったのだった。東海については、名古屋大阪の下につける本州2分割案には名古屋政財界からの非常に強い反発があったため、当初の予定に近い形で割った。

 で、こうしてできたJR各社の経営状態には差があるわけだが、別にここを何も考えていなかったわけではない。本州3社には国鉄債務を渡して利子で苦しんでもらい、3島会社には債務どころか逆に「経営安定化基金」という補助金的なものを渡すことでバランスを取ろうとしたわけである。よく「JR北海道赤字になると分からなかったのか」ということを言う人がいるが、「赤字になることが分かっていたのでその対策もしたのだが、それでもダメになってきた」が正解である

 諸々の詳細については、今では『戦後史の中の国鉄労使』『国鉄最後ダイヤ改正』などいろいろといい参考文献が出ているので、気になる人はそういうのを読んでね。

 ちなみに今後のJR北だが、まあ厳しい。再国有化上下分離を言う人もいるが、国も道も沿線自治体沿線住民も、そこまでしてローカル線を残したいとは思ってないだろうしなあ。交通弱者の話にしたって、「バリアフリーとかにまでは手が回らないローカル鉄道に金を投じることが、その金をバス福祉タクシーなどの補助に全額ベットするよりも交通弱者に優しいと、お前心の底から断言できるの?」という話になる。鉄道交通弱者にも十分優しいのは都会の話であり、みなバスの強さを過小評価している。インフラ税金で維持されるべきだが、いつでも鉄道ベストかは本気で考えなきゃいけないところだぞ。中標津や音更、中札内など、鉄道廃止されてからの方が街が栄えてる例というのも道内にあるしな。

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