「三振」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 三振とは

2022-06-16

誰もが知ってるスーパースターが有名になる前に

全然勝てなかった相手を知りたい

TVチャンピオン初出場のさかなクンを決勝で負かした佐久間さんとか

日本時代打者大谷翔平を得意にしていた元ロッテの関谷亮太(9打数1安打6三振0四死球)みたいな

その人と比べて知名度の差があればあるほどいい

2022-05-28

anond:20150616100638

勝手に本気になるなよ

こっちは草野球がしたいんだよ

三振したりエラーしてもハハハと笑える遊びがやりたいんだ

甲子園に出る気なんてさらさらないんだよ

本気でやりたいならプロリーグでも作ってそこでやれ

2022-05-02

似たような人いませんか?:運動音痴なのに中学野球部に入った話

部活動のあり方がニュース記事になってたのを見て、自分人生にとって部活とは?とふと中学の頃を思い出した。

俺は小学生の頃、おそらく同級生の中で一番の運動音痴だった。なのに中学で突然思い立って、野球部に入った。

実をいうと、最初はなぜ皆は部活に入ってわざわざ忙しい道を選ぶのか、理解できなかった。が、体育の授業の持久走で同じく運動音痴だと思ってた奴より遅く走り、明らかに体力がないことに気づき、このままでは体育の授業すらついていけなくなるという危機感を抱いて運動部に入ることを決めたというのが実態だ。

ではなぜ野球部だったか理由は以下の2つ。

小学校時代の仲の良い友人が野球部で、誘われた

プロ野球テレビで見たり、野球漫画を読んだりはしてたので、他のスポーツよりはなじみがあった

さて、そうは言ってもド素人の俺。最初キャッチボールすらままならない状態だった。遠投で塁間届かないくらいだったし。見方によっては相当の「お荷物」なんだろうが、先輩も優しかったのと、一回戦勝てないことが多いくらいの決して強くはないチームだったのと、同級生中学から始めたのが大半で、俺ほどではないが決してうまくはない人も多かったので、まあ練習に混ぜてもらう分には問題なかった。

でも、スタートとしては大きく出遅れていた上に、同級生だけで12人。当然誰かよりも上手くならないとレギュラーになれない仕組みな上、2年生になると後輩がすぐにレギュラーになったりしてる有様なので、いわゆるレギュラー争いとは無縁だったし、そんなもんだろうと割り切っていた。

ただ、一生懸命やってるという評価だけはもらえたようで、背番号もらってベンチには入っていた。もはや補欠とも呼べないのに、これでいいのか?と困惑しながら。

3年になっても球拾いを続けてたが、最後大会だけ記念という理由だけで試合勝敗にかかわりそうにない場面で代打で出してもらい、見事に三振した。試合出たのはそれが最初最後

不思議と後悔はしてない。別に最後試合だって出れなかったらそれはそれで後で笑い話になるだろうと思ってたし。

万年補欠どころかそれ未満って、それはそれでいい思い出だったりする。活躍できないから辞めるなんて勿体ないよって思う。中学部活からそれが許されたとも思うし。

・・・ってことで、似たような境遇の人、いませんかね?

チョコバット抹茶

食べたけどめっちゃうまかった!ただ、くじ付きではないところが残念でした。三振

2022-01-25

anond:20220125163537

日本プロ野球に来てる外国人選手ってみんな細かい技術がなくて、当たったらホームラン、でも基本は三振守備も走塁も下手、人格も難アリみたいなやつばっかりで。子供の頃はアメリカ人って野球発祥の地なのに野球下手なんだなーって思ってたんだけど

いま考えると技術とパワーを兼ね備えたバランスのいい選手ちゃん本国成功するから極東には難ありのB級しか流れてこないんだよな

2022-01-12

99回も三振したら普通に戦力外だわ

2割打てるってことはだいたい毎試合ヒット打ってるってことを分かってない人多いよな

anond:20220112231457

野球バッターは概ね三振やゴロに終わってるが評価されてるやん。

過半数が当たりでないと不快という考えがそも間違ってるんや。

99回三振しても1回ホームラン打てばええんよ。

2021-12-26

江川氏は94年スタート前身番組スポーツうるぐす」で

江川氏は94年スタート前身番組スポーツうるぐす」でメインキスターを務め、2010年から「Going」に11年8カ月出演。この日の放送では「江川卒業SP」と題して、番組での江川氏のMCぶりや、試合解説選手の様子や変化を見極めて結果を当てる「予言解説」を展開してきたことなどが特集された。

巨人原辰徳監督(63)からビデオメッセージが届き、これまでの労をねぎらわれるとともに、「まだまだ江川さんは体も知力もお若いでしょうから、少し時間があるんであれば、実弾飛び交うジャイアンツのところに降りてコーチ、あるいは監督という形でやってもらえる可能性も、ちょっと増えたのではないかと思っています。先輩、ご苦労さまでした」と、今後の監督業も期待された。

MCくりぃむしちゅー上田晋也(51)もこのVTRを受け「我々としても、江川監督って言うのを見てみたいというのは長年思っているんですけど。そういう方向性というのはいかがでしょう」と問いかけると、江川氏は「ほぼないですね」と回答。上田が「え~やりましょうよ」と食い下がると「ないと思いますよ」と淡々と続けた。

上田あきらめず「ひょっとしたら原監督からちょっと江川さん、お願いします』って、臨時コーチとかあるかもしれませんよ」と粘ると、江川氏は「そうですね、臨時であれば、やらないですね」とクールな返答で笑いを誘った。ただ、最後上田が「やってくださいよ、日本中に見たい人がいっぱいいますから。その日を楽しみにしたいと思います」と言うと、江川氏はまとめるように「はい」と回答。今後の監督就任を“完全否定”はしなかった。

終盤には、今年まで巨人の場内アナウンス担当した山中美和子さんの「9番ピッチャー江川背番号30」のアナウンスに送られてあいさつ。江川氏は視聴者スタッフ感謝言葉を述べると、「私はもう少しマウンドに登ってみたいと思っていますありがとうございました」と、意味深コメントで締めた。



選手としての特徴

江川の球速は高校時代に既にピークを迎えていたとも言われ、当時スピードガンはまだ無かったが、150km/hを超えていたのではないか推定されている[49](プロ入り後の最速は154km/h[50])。スピードガンが各球場に導入された頃、江川ストレートの球速が135km/h前後と表示される記録映像が残っている。これについて掛布雅之西本聖槙原寛己など多数の人物異口同音に「江川の球速が140km/hを下回ることはありえない」と証言、当時のスピードガンは精度が低く、数値の正確さには疑問があると指摘している。特に掛布は「最低でも150キロ好調時は155キロ以上出ていただろう」と述べている。2021年12月4日Going!Sports&Newsにおいて、江川自身が最も速かったとする1981年中塚政幸に投じたストレートの球速を分析したところ、158km/hと算出された[51]。

江川が投じる速球の威力の高さは、投手としては指が短めだったこともその理由とされる。指が短めだったことは、スピンをかけるには有利だったが、フォークボールなどの変化球を投げるのには適さなかった。そのため、プロ入りまで変化球カーブしか投げられなかった。掛布高木豊の弁によると江川は手首の関節が非常に柔らかく、打席から見るとリリースの寸前まで手のひらが見えたという。この柔軟かつ強靭な手首によりボールに強烈なバックスピンを与え、江川独特の伸びのあるストレートが生まれたのではないか高木解説している。このことを掛布は「スピンが効いた独特のストレート」と評した[52]。

1980年代では、スピンが効いたストレートは「球質が軽い」「長打を打たれやすい」などと呼ばれ軽視もされていた。 しか2000年代に入り流体力学を使った解析により、バックスピン数が高いストレート普通の直球よりも沈まず、打ちにくい球であることが判明した。 江川の浮き上がるようなストレートはこの効果によるものと考えられている。

《なお、2021年MLBでは、回転数が高いボール効果があり過ぎるため、指に粘着物質を付ける投手が激増したことから、取り締まりに至る事態になっている。》

1985年から投げ始めた「相手の腰を引かせるスライダー系のボール」、コシヒカリ話題になり、本当にコシヒカリが贈られてきたエピソードがある。このことに味をしめた江川は、今度はメロンを貰おうと「相手マスク(顔)をメロメロにしてしまう顔の前を通すボール」、マスクメロンを開発している[19]。現役時代ライバルだった掛布雅之は、「ストレートへの強いこだわりを持ったボールを感じさせてくれる」唯一の投手だったと述べている[53]。

阪神ランディ・バースが55本塁打や7試合連続本塁打などで王貞治の記録に迫ったとき、逃げ腰の巨人投手陣の中にあって勝負を挑んだのは既述の通りだが、バースが2年連続三冠王を獲得した1985年1986年において、1985年は被本塁打0、1986年の被本塁打も7試合連続となった本塁打連続試合打点記録更新中の最後試合(13試合目)で打たれた2本だけであった。江川引退時、バース江川を「日本アメリカを通じて今まで対戦した中で最高の投手」と讃えている[54]。

9回を完投するため、中心打者には「最高出力」まで上げ、下位打線選手にはコントロール重視とするなど、メリハリをつけていた[55]。9回に全力の投球で三者三振を取ることを「やっぱり打てない」という印象を与えるという点で重視し、そのために7回・8回は少し力を落としたと述べている[55]。現役時代チームメイトだった篠塚和典は「江川さんにはギアがある」と表現しており、「試合の中でここぞという時、特に主力打者と対戦する時はトップギアに入れた。あの大きな体が更に一回り大きく見えた」と述懐している。

江川は与死球が極めて少なく、これは高校時代、自らが頭部死球を受けた経験から厳しく内角を攻めることにためらいを見せたためと語っている[56]。江川自身は、捕手が構えたままのギリギリコースに投げることができたため、わざと打者の体の近くには投げることはしなかったとも述べている[57]。また与四球も少ない。江川場合、豪速球で圧倒できた全盛期の与四球が非常に少ないのが目立っている。江川ボール球を投げること自体が嫌いだったと述べており、当時の巨人ではカウント2ストライクノーボールからヒットを打たれると罰金を取られたため、捕手から懇願でその場合は仕方なくボール球を投げていたという[58]。一般的に速球派投手コントロールが悪いことが多いが、江川はそれにあてはまらず、コントロール面も卓越したものであったことが伺える。

本塁打が多く、「一発病」といわれた投手の1人であり、本塁打を打たれた際、マウンド上で両手を腰に当てながら首を捻るシーンがよく見られた。1982年リーグ最多の36本塁打を打たれた。9イニングあたりの被本塁打通算で1.23である[59]。

上記の通り、デビューした対阪神戦では敗戦投手になったが、その後は阪神キラーとなり、対阪神通算36勝(18敗)を挙げた。これは通算135勝の1/4強を占める。逆に小林繁阪神移籍した1979年こそ対巨人戦8勝0敗と意地を見せたが、その後は引退までの4シーズンで対巨人戦5勝15敗と対照的な結果になった。入団2年目の1980年8月16日、対阪神戦(後楽園球場)での小林繁との初対決では、打撃でも小林から決勝適時打を放つ活躍で、3失点完投勝利を収めている[60]。のちに、「プロ野球でやっていく中で絶対に負けられない試合は数試合しかないだろうが、その中の一つがその試合だと思って試合に臨んだ」と懐述している。

打撃の優れた投手としても知られているが、初安打デビューから36打席目だった[† 28]。プロ入り最初打席で、阪神山本和行が初球に投げたストレートがあまり速くなかったため、「プロってこんなレベルか」と思っていたところ、そのあと「打ちごろ」と見て振った球をいずれも空振りして三振を喫した。江川はそれがフォークボールであったと気づき、「これはやばいぞ。プロはこんな高いレベルなのか」と思ったと回想している[61]。

人物

少年時代写真笑顔で写っているものはない。それは父親から写真は真顔でとられろ」と言われたかである[62]。

裕福な少年時代を送っていたわけではないが、父親財産管理が上手かったこから、年2回の旅行を行えたり、電化製品をそろえることができるなど、物資には全く不自由しなかったとのこと[63]。

幼い頃に父に背負われて散歩に出かけた際、背負われたまま崖の下を覗かされたことが原因で、極度の高所恐怖症となった。そのため妻が元客室乗務員でありながら飛行機いであり、国内の移動はどんなに時間がかかってもいつも鉄道などを用いている(妻との馴れ初めは、江川米国開催の日米大学野球選手大会に出場するため、やむを得ず飛行機に乗っていて青くなっているところを、客室乗務員だった妻が親切にしてくれたこである)。かつて巨人北海道遠征取材東京盛岡青森函館札幌と一日かけて陸路を乗り継ぎながら出かけたほか、宮崎キャンプ取材でも東京博多新八代鹿児島中央と乗り継ぎ、車で宮崎入りするなど、時間がかかっても陸路移動にこだわっている。現役時はまだ青函トンネルが開通しておらず、チームの北海道遠征時は登板がある場合のみ飛行機を利用したが、自らの登板予定がないときはチームに帯同せず東京に残った(江川引退した翌年、1988年青函トンネル開通)。松山でのオールスターゲーム取材したときでも、松山岡山東京と乗り継いで帰京したために、翌朝の『ザ・サンデー』のエンディング江川は既に松山を発ったとのフリップが出ていた(同行した女子アナ松山市内でゆっくり買い物をした後に飛行機で帰京し、江川より先に東京に到着した)。陸路がない沖縄キャンプ取材する際も、時間に余裕があるとき鹿児島から24時間かけてフェリー沖縄に移動するほどである横浜DeNAベイスターズ春季キャンプ取材沖縄に行った際、このときはさすがに飛行機には乗ったが、中畑清監督に「どうやって来たの? 潜水艦でも乗ってきたの?」といわれてしまい、名球会ハワイでの取材時にも長嶋茂雄から江川さん、よく飛行機に乗れましたね」といわれたほどである飛行機嫌いの一因には幼少時代体験だけでなく、現役時代に発生した日本航空123便墜落事故も影響しているといわれている。この事故で同じ球界関係者である阪神タイガース・中埜肇球団社長犠牲になっていたため、球界全体にも大きな衝撃を与えていた。

大学時代、後の夫人となる女性交際していたときデート東京六大学の試合登板予定が重なると、待ち合わせ時間として「試合開始から時間後」というように時間指定していたという。夫人によれば、指定した待ち合わせ時間に遅れることはほとんどなく、逆に試合の進行が早すぎると、わざと遊び球を投げて時間調整をしていたほどであった[64]。

現役時代から財テクに精を出し、不動産投機で大失敗して多額の借金を背負う。「投げる不動産王」とも呼ばれた。プロ入り直後には契約金を使って土地を購入したところ、予定納税のことをすっかり失念していたために資金繰りに窮し、結局土地を手放さざるを得なくなる[65]など、投資に関する失敗談も多い。この他、一時は第一不動産(のちのエフアール・イー、2007年1月破産)や、東京ベイホテル東急の運営会社役員にも名前を連ねていた[66]。なお、同様の呼び名桑田真澄にもあったが、こちらは本人が直接作った借金ではない。

現役引退の年、自宅に近い横浜市緑区霧が丘に喫茶店「きりんこ」を開店した。元々は巨人で打撃投手をしていた同僚が転職を考えているという話を聞き、その支援目的で当時近所に住んでいた黒澤久雄や羽川豊らと共同で出資したのがオープンきっかけだったという[67]。しかし、住宅地で回りにほとんど店が無いこと、すぐ隣に老舗の喫茶店があったことなどから、数年で閉店。その後駐車場となっており、建物の遺構の一部が駐車場の壁として残っている。

本人曰く「成金趣味」に結構金額を費やしている。一時はワインにはまっていたほか、ゴルフ好きが昂じて純銀パターを特注で作らせたこともある[† 29]。それらの贅沢には「ストレス発散」の意味合いもあったという。

テレビでの野球中継において選手呼び捨てにしている解説者が多い中、江川基本的呼び捨てはせず「○○選手」「○○投手」といった呼称を付けている。

2021-09-12

スポーツルール

昔読んだ野球漫画で、主人公の幼馴染の女の子が「え、野球って左手ボール投げていいんですか?」って質問してた

の子野球ルールを全く知らないんだけど、さすがにそれはルールを知らないとか以前の問題だろと思った

三振」とか「スリーアウトで攻守交代」なんかは野球独自ルールから知らなくても仕方ないと思う

俺もサッカーオフサイドとかはあんまりよくわかってない

でも左手を使うとかはルールじゃなくて体の使い方の問題だし、もしダメなら左利きの人に不利すぎるでしょ

知らない人からしたらそんなもんなのかな

2021-09-07

差別は良くない!」と常日頃叫びながらも差別感情意識させる記事

大谷翔平応援してるので、「今日打席はどうだったのか!?」と気になり、ヤフーで結果の記事最近よく読むんだ。

だけどこれがなかなかに酷い。

というのも、ヒットがないと大抵『ボール判定の球を見逃して三振!』という記事ばかりで、確かに動画確認するとボール判定をストライクにしてる。

記事の続きではボール判定に対する苦情を綴り、あたか大谷にだけ厳しい判定をしているような描写をしている。

しかしその後、実際の試合を観戦してみると大谷に限らず誤審はあったし、大谷登板している時にはこうした誤審に助けられていることさえあった。そのくせ、登板したときには誤審のことには全く触れないし、全体を通してみれば誤審もけっこうあるのにも関わらず記事の中では全体の誤審については全く触れず。

ただ『大谷、また誤審三振!』と煽るように書き、差別的ものがあるのではないか?と暗に示すような内容。

客観的に見れば差別的なところはないのにもかかわらず、穿った書き方で差別的見方提供しようとする現代コタツ記事ってどうなのよ?

なんだか、「モラルなんて置き捨てて、こうした差別意識喚起させるような記事の方がPV多いんだよ!」っていうのを見せ付けられているような気さえする…

2021-08-19

野球選手三振が多いことを称えるのってのもどうなんだろう

勿論三線が多いのにそれだけ打席に立てるという功績であり、名誉なことであるってのはわかるけど、

三振王おめでとう!」とやるのって、そこだけ切り取ったら「誤解を招く」可能性ある気がするんだよな

今は大丈夫だろうけど5年後とかにどうなってるのか怖いと思うわ。

2021-08-17

野球が嫌い

久々に野球の延長のせいで見たい番組の録画に失敗するという経験をした。

アニメ自体は別の媒体でも見れるのでそこまでショックでもないが、問題はその後。

 

録画されていたのは高校野球

野球憎悪するレベルで嫌いな僕にとって最高の煽りだった。

 

なんでこんなに野球が嫌いなのか、改めて自分の中でまとめてみたくなったので匿名で書く。

 

プロ野球放送で見たい番組が潰れた、録画がズレたりそもそも録画されなかった、という安易理由も当然ある。

高校野球優遇っぷりや、野球に関わっている人たちの傲慢発言や態度が気に食わない、という個人的嫌悪感もある。

でもそれ以上のキッカケがあったな、と。

 

僕が小学校時代地区のこども会で強制で参加させられたソフトボールという競技である

30年以上たった今でも鮮明に覚えているあたり根が深い出来事だったな。

 

自分が住んでいた町では5月8月末まで、小学3年生~小学6年生の男子ソフトボール女子ドッジボール強制参加させられた。

各学区ごとの予選があり夏休み終盤には町大会が開催される。子供たちに拒否権は無い。

ちなみに僕は参加させられるまでソフトボール正式ルールなんて知らず、せいぜいピッチャーが投げたボールバッターが打つ、程度の認識だった。

 

僕の住んでいた学区は人数が多くA,B,Cチームに分けられ、僕はCチームにアサインされた。

均等に分けたという建前はあったがAチームには少年野球をやっている子が多く集められ、Bチームはサッカーなどのクラブチームに入っている子が多かった。

Cチームは別競技を習っている子が多少はいたが、どちらかといえばインドアの子が多かった。

また、A,Bチームは過去野球をやっていたという親御さんが監督/コーチとして指導していたが、Cチームはただ野球が好きなだけというPTA会長おっさん監督だったのも色々察せられる。

 

小学3年生になり参加した初日、いきなり守備審査が行われた。

まずはピッチャーを決めるらしく、全員がマウンドからキャッチャーに向かって投げろと言われたので上手投げしたらめちゃくちゃ怒られ、その時に初めて「ソフトボールは下手投げ」ということを知った。

まれて初めて自分意志で下手投げをしたが当然上手く行くはずもなく、狙いは定まらキャッチャーの頭上を大きく超えた。

「この下手糞がぁ!!」と怒鳴られ、当然ピッチャー候補からは外された。

 

キャッチャーファーストセカンドサードショート、レフト、センターライト審査が進んでいったがそもそも運動が苦手なのと、今まで感じたことのないスピードで飛んでくるボールビビッてエラーを連発、どの守備位置にするにも難しかったと思う。

そもそも子供の人数が多いため初日から補欠扱い、正式メンバーと交代でレフト、センターライト練習といった感じだった。

 

2日目、攻撃練習が始まったがそもそもルール説明されていない。

1打席目はとりあえず打って1塁に走ったがどうやら守備側がボールを先に塁に送るとアウトらしい。

いつまでも1塁に留まっていたら「何やってんだ!!さっさと戻れグズがぁ!!」と怒鳴られた。

2打席目は当たり所が良かったのか1塁に出れた。

次の打者が大きく上に打ち上げたので2塁に走ったが、守備側がそのボールを上手くキャッチし1塁に投げたのを見ていたらアウトだから戻れと言われた。

えっ・・・?なんで・・・?と思っていたら監督バットで小突かれ、「子供のくせに野球ルールも知らねえのか!お前の親は何を教えてきたんだ!!」と怒鳴られた。

こんなことで親をバカにされた悔しさと申し訳なさで初めて泣いたので記憶に残っている。

 

3日目からは友人に聞きながらルールを少しずつ覚えていったが、多少ルールを覚えたところで競技が上手くなるわけもなくエラー三振、凡ヒットなどを繰り返しながら練習だけは参加し続けた。

なおここまでもこれから監督からソフトボールという競技ルール説明は一切ない。

 

下手糞ながらも練習を続けていたある日、そろそろA,Bチームと練習試合をするということになった。

僕は正式に補欠ということになり誰かがケガでもしない限り出ることはないはずだったが、レフトの子がケガをしてしまったのと別の補欠の子休みだったため急遽レフトをやることになった。

地区で一番強いAチームは打力もあり、レフトが弱そうと知ると集中的に狙ってきた。

当然エラーを連発、そもそも球に追いつけない、捕球して返す球はヘロヘロといいとこなしでボロ負けしたのを覚えている。

練習試合後の反省会は誰が戦犯か吊るし上げるまでもなく、激怒している監督バットで僕の顔面に向かってスイングし乳歯が折れ流血沙汰になった。

僕の両親と監督指導に疑問を持つ一部の親が暴力事件として町と教育委員会に話を出したが、「本人にも聞き取りを行ったが、あくまでも指導の一環で本人のやる気のなさを自覚させるために仕方ない行為でケガをさせる気はなかった」と結論づけられ大事にはならず謝罪もなく、田舎PTA会長という肩書の強さを思い知った瞬間だった。

また、監督金魚のフンのおばちゃんには「こういうのは勝つためじゃなくて、チームでやるということの意味と本人のやる気が全員の力になるっていう事を教えるためにやってるの」って諭すように言われたのも記憶に残っている。

 

流血事件が起きてからも何とか練習には通っていたが、失敗すれば「下手糞!」と怒鳴られ、たまに成功すれば「たまたま上手く行っただけでお前の実力じゃない!調子に乗るんじゃない!」と怒鳴られ、挙句に「お前みたいなチームの足を引っ張るやつは来なくていい!」と言われのをキッカケに練習サボるようになった。

久々に17からアニメを見れたのがとても嬉しかったのを覚えている。

そして2日サボったところで監督が「お前みたいなグズが練習サボるとはどういうことだ!それを良しとしている親も親だ!!」と怒鳴り込んできて、また親へ申し訳ない気持ちになり、親には言い訳しつつ渋々練習に参加するようになった。

 

夏休みも中盤になり地区予選が始まる1週間前、補欠を含めた全員にユニフォームが渡されることになった。

最初スタメンから順に渡されていき、監督テンションが上がっているのか「頑張ってな」「他のチームは強いけど気合い入れていけよ」と声をかけていた。

交代要員あたりになると「交代時はお前が支えるんだ」「ピンチの時は頼むぞ」と声をかけていた。

そして僕を含む補欠メンバーになるとそもそも手渡しではなく、砂にまみれた地面にボフッと置かれ「これ」とだけ。

なかなか屈辱的な経験を早めにさせてくれてありがとうございましたとでも言うべきだったな。

 

なおこの年の地区予選では見事にCチームは破れ、Aチームが町大会へと進出していた。

監督スタメン以外のメンバーに切れ散らかしていたのが思い出深い。

 

小学4年生、小学5年生の間は下級生より下手糞な僕に監督から辛辣言葉が増えた程度で扱いも地区予選での敗退も変わらなかった。

 

そして小学6年生の夏、Cチームは地区予選を優勝して町大会へ行けることなった。

これが決まった直後になかなか衝撃的なことが起こった。

Cチームのメンバーでは町大会では勝てなさそう、ということでAチームとBチームから少年野球をやっている子を引っ張ってきて加入させていた。

さっきまでAチームピッチャーという花形を務め、敗退して泣いていたS君がCチームのピッチャーになった。

さっきまでBチームでホームランを2回打ち、ヒット率も高いT君がCチームの代打要員になった。

大会ルールでは他チームからトレードや引き抜きは禁止とあったのに、それを平然とやっていた。

今までチームメンバー表を提出しなかったのもこういう時のためらしかったし、大急ぎで書き換えているのを大人子供も何人もが見ていた。

「勝つためにやってるんじゃない」という発言の軽さと、こんな汚いことしても許されるのがスポーツなのか、と思った瞬間でもあった。

 

Cチームのスタメンの半分が入れ替わり、交代要員にされた元スタメンの不満を押さえつけ、元交代要員は準補欠という謎要員にされ、補欠組はいよいよ試合に出る機会はなくなった。

それでも町大会には応援するためだけに来いと言っていた。

両親は反発してたけど、行かないと今後こども会の行事への参加は禁止するって言ってたのが聞こえていたし、応援するだけで面倒事を避けられるならいいかと思って渋々行った。

 

大会は町の大きめの運動場で行われたが、そこまでの移動はスタメン、交代要員は地区で用意したバス、それ以下のメンツ自力で、とのことだった。

現地について試合会場に入ると思ったよりもベンチが小さく全員が入りきらないので試合絶対に出ない補欠組は地面に座るように言われた。

 

優勝決定までは3試合くらい必要らしく1日かける町大会だったが、この日は当時にしては日差しが強く気温も高かった。

運動中に水を飲むのは厳禁、という当時の思想があったり、Cチームとして大きなタンク氷水を準備して持ってきていたらしいが監督が「補欠組はこの水を飲むことは禁止だ!優先度というのがある!!」と宣言したので補欠組は水タンクに近づくことも許されなかった。

2試合目あたりで限界に達してぶっ倒れて意識朦朧となったが監督は「町大会まで来て迷惑かけるような軟弱なやつに構うな!」と言って放置されていて、観客席で気付いた母親があわてて救急車を呼んだことで監督とその囲いから散々嫌味を言われた。

 

僕は病院に運ばれたので伝聞でしか知らないけど、Cチームは町大会でも準優勝まで勝ち進んで監督はご満悦。

閉会式での監督インタビューで「野球というもの精神と頑張る力を成長させチームワークを芽生えさせる素晴らしいスポーツ、そのキッカケとなるこども会でのソフトボール大会は残すべき文化です」とか語ってたらしい。

 

メンバーを入れ替えたこと、倒れた子供放置していたことなどを町と教育委員会に話すも、「同区から複数同じ話を聞いているが全て終わった事だから今更蒸し返して結果を弄りたくない、それで反感買って住みづらくなりたくないでしょ?(要約)」的な返事がきてたのも子供心に「クソだな」と感じた。

 

 

まとめてみると野球というより野球好きのPTA会長のクソさが元凶だな?

 

スポーツ全般に対していい印象なんてないけど、それでも野球に対して特にそう感じるのはソフトボールという競技に関わってしまったために受けた嫌な気持ち野球という競技にやられた理不尽な行いで間違いないと思う。

野球は素晴らしい、野球というスポーツルールは全員知っていて当然、野球は他のスポーツひいては文化系より優遇されてもいいとかいう風潮が鼻につくのかな。

教育の一環といいつつ流血沙汰が肯定され、下手糞はゴミのように扱っても問題なし、勝つためにはルールを破ってもいい、それがスポーツ!という現場を見て、体験してしまたからかな。 

これが他のスポーツだったら、そのスポーツが嫌いになってたんだろうな。

 

野球好きな人は好きでいいと思うし、楽しんでる人に対してあーだこーだいう気もないからどうぞご自由にって感じ。

ただ、自分野球のせいで割を食うのが我慢ならないんだよな。

 

なんか上手くまとめられなかったのでこの辺で。

2021-08-11

anond:20210811161139

ホームラン安全進塁権だから…でもワイも三振守備側に点とか回途中の投手交代ペナルティで点とか謎ルール妄想よくするわ

2021-07-05

増田投手

平均球速140km/h台のストレートと大きく変化するトラバ三振を取る投手

ピンチを招くと再投稿してイニングを最初からやり直すことができる

2021-06-21

土佐警察創作刀剣男士“ウメタダ”が怖いくて、陸奥守吉行二次創作が書けない

刀剣乱舞とは事前登録が始まった時からの付き合いだ。

初期刀選びのときから陸奥守吉行一目惚れし、舞台アニメも彼が出るものは全て行った。

が、二次創作は書く方でも読む方でもあるが、早々に怖くてやめてしまった。

陸奥守吉行ファンツイッターをたくさんフォローした結果、不可思議現象にぶち当たったからだ。

まず、陸奥守吉行同人作家の中では、創作刀剣男士“ウメタダ”が当たり前のように出てきた。誰?刀剣乱舞にそんな刀剣男士はいない。実在する刀のようだけど、実装されていない。にもかかわらず、作家内では性格など共通認識で出来上がっていて、「ウメってこういうとこある」「そんでウメがさ」みたいな当たり前にいるような会話がされていた。

正直意味がわからなかった。しかしあまり作家陣が当たり前に話しているので、解らない人間陸奥守吉行を語ってはいけない気もしてきた。あの時代周囲に合った刀をすべて網羅し、人格を与えるくらいにディープになっていなければ浅いと思われるのかもしれない。疎外感もあった。モヤモヤして同じ刀剣男士ファン友達を作るのを断念した。

次に土佐である。とにかく創作刀剣男士ウメタダを語る人たちは、同じように「正確な」土佐弁を求めた。

二次創作なら気にしませんから、書いてください!」とか言うが、公式が少しでも間違えようものならぶっ叩くし、公式アンケート実施されたとき修正依頼を陸奥守吉行ファン以外にも出してくれるように要求までする。メール何回も出しているけどしゅうせいされないんです!と。土佐弁の同人誌を出したから買って勉強してくれみたいなことも言う。そのムーブを眺めていて、二次創作なら気にしません、なんて到底思えない。読みながらこいつ間違ってんな勉強なんでしないのかな……くらいは思ってるだろう。

自分で書くとき文章土佐弁に変換してくれるところを利用させてもらっていた。間違いも多いらしく(そりゃ素人が作ったものだ)界隈ではあまり良く思われていないようだった。土佐弁なんてまったく解らない自分からしたら、神のようなサイトだ。イチから知らない言語を学ぶところから創作しろと言われたら、日中働いて時間を捻出して同人活動をしている私には無理だ。本当にサイト主さんには感謝しか無い。マイナス感情などイチミリも無い。

そんななか、陸奥守吉行から手紙公式がここを使っているような疑惑が出た。めっちゃぶっ叩かれていた。正直関西弁京都弁創作にはあやしいものはたくさんあって、まちがっていることもある、とそういうものだと思っていままで創作に触れてきたので、そこまで叩くことか?と思った。

陸奥守吉行担当してくださっている声優さん土佐ネイティブで、アニメでもだいぶ監修されていたので、ゲーム声優さんに直してもらえ!と言われていたが、彼が声を入れていない手紙文章を監修してもらおうと思ったら、わざわざ正式に監修依頼をしなければならない。彼が台本を読んで修正するのとはわけが違うのだ。金銭問題も出てくるだろう。その辺の手間や予算がなかったのでは?と思う。

とにかく寛容さがなく、自分が正しい土佐弁を使えるという自負から下に見ているような物言いが怖かった。

そもそも、「正確」な土佐弁とは何なのだろう。かつてアニメでエセ関西弁がどうこう言っていた時、関西の友人たちは地域年代でも違う。そもそもネイティブがやっても嘘っぽく聞こえるのが関西弁から、あまり気にしていない。と言っていた。

土佐弁についても、実は友人が数人おり、聞いてみたことがある。やはり地域年代でかなり違うし、そもそも陸奥守は龍馬時代の、そうとう昔の土佐弁を理想として、でも現代人でも理解できる程度にアレンジしてあるようなものだと思う。と彼女たちは言っていた。プレイヤー意味がわからなかったら、そもそも理解できないキャラなど好きになるどころか親しみも持ってもらえない確率が高い。だからそうするのは当然だと思った。

陸奥守吉行が使う「正確」な土佐指導とは、なにをもってそれを「正確」とするのだろう。公式けが決められる基準ではないのだろうか。

かつて陸奥守吉行同人小説を書き上げようと思ったことがある。というか、何度も思っているし、ネタも溜まっている。

でも、いちいち陸奥守吉行セリフを書くたびに辞書を引き、調べていては勢いもなくなるし、テンポも悪くなる。そして楽しくない。ではあとからすべて治すにしても、私は長編書きで、数百ページ分の文章から陸奥守吉行セリフを取り出し、全て調べて修正するとなると、どれだけ時間がかかるか考えてやめる。

他の作家さんのコメントツイートでも、土佐弁が難しくて手が出ない、というのをいくつも見た。

陸奥守吉行二次創作は消して多くない。グッズも多くない。ファン同士のコミュニティも“ウメタダ”系いがいはあまり見ない。

それは敷居の高さ、目の厳しさ、寛容さの無さ、出来上がっている謎のコミュニティからも来てるんじゃないだろうか。

今では陸奥守吉行肥前忠広、南海太郎朝尊の土佐組と言われる通常三振りに、当たり前のように四振り目がいたりする。公式がいっそ全く違うウメタダを出してくれれば、このなんとも言えない怖さはと内輪の創作男士が当たり前のように公式と同じにみたいに扱われる気持ち悪さはなくなるかもしれない。

2021-06-13

anond:20210612132706

データ分析の結果、三振ホームランが最適解になったからな。盗塁バントの小技や打たせて取るのは貢献薄く、信者幻想だっただけ。

選手データ分析に従うだけ。イチローが言ったように考える必要ない。

日本球界も直にこうなるだろうから、今が最後の楽しみ時かもよ。日本球界デメリットの戦力不均衡や選手流動性のなさもより一層問題になるだろうし。

2021-06-12

メジャーリーグ、というかそもそも野球自体がつまらなくなってきた

大谷活躍メジャーリーグをよく見るようになったのだが、ホームラン三振のみ、打撃も守備も粗い、打者に有利すぎるゲームバランス、まともなピッチャーが少ないなど、つまらないところが目につくようになってきた。

なんだかもう野球というスポーツ自体、つまらなくなってきた。

2021-02-23

各省庁に三振アウト制を導入したらいいのでは

今回の総務省みたくなにか問題を起こしたらカウント1

カウント3になったら有無を言わさずそこの省庁を取り潰し

中の人たちも問答無用連帯責任でクビ

これなら自浄作用が働くのでは

2021-02-18

anond:20210218132157

横増だけど投資するサイドの会社に居たことがあるので自分なりの考えを書く

元増田が言ってるバランスってのは投資と回収のバランスだと思う

VCが求めてるのは数千万~1億円程度の投資で5~7年後に4~5倍くらいのリターンだとする

でもそういう着地を描けてるのって全然居なくて

投資額を抑えてとりあえず黒字化して1年後には少しだけど日銭が入ってきますよ」みたい小物か

「あと5年くらいはキャッシュアウトが続きますけど、10年後には上場しますわ」みたいな極端なのばっか

こっちとしてはシングルヒットしか打てないアヘ単もHR三振かのアダムダンも求めてないの

そこらへんを理解してない人がすげー多いと思う

2021-02-16

増田いか漫画馬鹿にしているか、あるいは「クーロンズ・ボールパレード」はどういう漫画か。

anond:20210215174312

以下、ネタバレがある。

ジャンプ新連載の野球漫画クーロンズ・ボールパレード」は、

主人公であるメガネ少年野球の名門高校「白凰学院」に憧れを抱くところから始まる。

このとき彼は中学一年で、それ以前から野球をやっていたかは定かではない。

話は二年後に飛ぶ。

この二年間、彼は本格的なトレーニングデータ収集を続けていた。

もちろんそれだけでは白凰学院へのスカウトも推薦も望めないため、セレクション突破しての入部を目指すことになる。

この時点でメガネ少年に自信は無い。

半ば「野球エリートには敵わない」と自覚しながらも「いや僕がいちばん努力してきたんだ」と己を奮い立たせる。

そういう状態である

メガネ少年は基礎試験ギリギリ突破、なんとか実戦試験に入るが、そこで思わぬ大活躍をする。

研究の成果を発揮して相手打者を封じ込め、

ライバルとなる「アメリカ帰りのフィジカルエリート捕手」も三振に切って取り、

自身がサヨナ安打を放って試合勝利した。

しかしたら合格できるかも……とメガネ少年が淡い希望を抱いたとき

そこで突きつけられるのが「白凰学院必要なのは作戦どおりに動く屈強な兵士である」ということ、

まりメガネ少年のような「フィジカル頭脳で補う選手必要ない」ということだった。

メガネ少年は無言でその場を去る。

しかし、その帰途で――

これが第一話のあらすじである

まり研究熱心なはずのメガネ少年が白凰学院分析班の存在すら知らなかった」というのは元増田ミスリードである

メガネ少年は、「分析班がいるか選手個人は考える必要がない」と白凰学院が考えていることを知らなかった、のである

試験に落ちたあとのメガネ少年第一声は「なんでだよ」でも「おかしいだろ」でもなく「こんなもんだよな」である

しかすると、過去合格者の傾向などからフィジカル優先の方針であることも察していたかもしれない。

ただあまりにも試験が上手くいったから夢を見てしまった。

なまじ夢を見てしまたから、あらためて「おまえは不要だ」と言われたことがショックだった。

そういう話である

素直に読めばこのくらいの解釈はできるはずだ。

元増田最初から作品を見下して」読んでいる。

解釈に迷うような部分をすべて悪意的に受け取り、作者を馬鹿だと決めつけ、作品を貶めている。

作品に「つまらない」という烙印を押すために読んでいるような不誠実な読者である

潔くジャンプを捨てるがよろしかろう。

追記

https://b.hatena.ne.jp/entry/4698569589914734050/comment/Arturo_Ui

それなら「捕手枠の採用は1人だけ」という点を調べてなかったのも主人公不手際になりますね。

は?

主人公メガネ少年)は「捕手枠の採用は1人だけ」であることをちゃんと調べているが。

というか作中でその情報が明かされたのはまさに主人公発言によるんだが。

どういう勘違いをしてるんだこいつ。

作品を読んでないくせにこんな偉そうなコメントしてんのか。恥ずかしすぎるだろ。

2021-02-06

未成年刑罰に関しては三振ノックアウト系列対処でいいだろうね。

3回までは未成年対応だけど、それを超えるとガチ裁き。

それすると3回まで悪いことしないと損な気がする奴が出てくるからダメだろう。

と自リプするとこまでまとめて書いた。

分けるの面倒だから

2021-02-01

ノーアウト満塁で打席が回ってきて「外野フライで十分、バットにちょこんと当てにいっての内野ゴロゲッツーだけは避けろ それなら思い切り振って三振の方がマシ」

という状況であっさり追い込まれて低めのボール球にちょこんとバットを合わせて1-2-3ダブルプレー

自分人生はこういうことの繰り返しだった気がする

三振なんて怖くない」と思い切り振って三振orホームランという生き方をしてみたかった

2021-01-15

東京都で新たに2001人の感染確認 2021年1月15日

1918年スペイン風邪は発生から1年未満で終息した。

2002年SARSは7か月程度で終息

今回の新型コロナは発生から1年1か月が過ぎても一向に衰えを見せない。

規模も期間も比べ物にならないくらのものとなってしまった・・・

半年後にはなんとかなっているでしょーなんて、あまーい考えはやめにして、

本気になって対処しましょうよー

無症状、症状が急変して亡くなる人 感染の度合いによってさまざまだから

甘くみちゃっているのかな?

野球でいうと、

ストライクも多いけど、ボールも多い剛腕ピッチャー相手にしているかのようで

とっても打ちにくい・・・

まだまだ、試合は何回まで進んでいるかわかりませんが、

見逃しのフォアボール狙いでは、三振の山を築かれまっせ!!

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん