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2017-11-15

株式会社和久環組これで『ワクワク』と読む。とてもユニークな社名だが、

同社が手掛けている事業も実にユニークだ。

 

和久環組(WAKUWAKU.Inc)は【衣】【食】【住】【環】【学】【健】【職】【遊】【和】の9つのVISION実現に果敢にチャレンジするベンチャー企業だが、まずは暮らしの根幹となる【住】の分野から変革を起こしている。

 

リノベーション”という選択肢日本住宅購入の新たなスタンダードにしていく試みだ。

 

 

従来なら、各社がBtoC事業として不動産業建築業を行なうが和久環組(WAKUWAKU.Inc)はちょっと違う。自社のBtoC事業で培ったノウハウを、全国のBtoB向けに水平展開し「リノベ不動産ネットワーク」というビジネスプラットフォーム確立を進めている。

だめだ・・・ブラックしか思えない。。

2017-11-13

うつヌケがお下劣サイテーパロディ漫画より危険理由

話題の「うつヌケ」はお下劣サイテーパロディ漫画より危険だ。

理由はこれを読んだ患者治療拒否する可能性が高いからだ。


うつになった原因は「自分キライになったこと」

うつを克服できたきっかけは「自分を好きになったこと」

科学的根拠が全く見えない言葉とともに、通院や投薬の無意味さを主張する。これがこの漫画の正体といっても過言ではない。

から見ればあの近藤誠医師書籍と同じである


第2話において、うつ病治療を始めたが効果が見えず、薬が増えていくことに恐怖を覚えたこと、そしてドクターショッピングに至ったことが描かれている。

精神医療失望し始めたころに「薬では『うつ』は治らない。なぜなら…」という本に出会い、そこからアファメーション」に傾倒する。


まず「アファメーション」が何なのかをググってみるといい。大半の人が目を覚ますだろう。

このアファメーションは一部で有名な苫米地英人日本に持ち込んだものである詐欺的な自己啓発集団商品化しているケースがあまりにも多い。

ドクターショッピング対象自己啓発ショッピングに切り替わっただけと考えてほぼ間違いないだろう。同じ罠にはまる精神疾患患者はそう珍しくないかである

田中圭一はもちろん医療専門家ではない。それゆえに精神病理について全く無頓着である

脳の器質的な疾患であるとか、そういったことを無視してメンタルヘルスを語っている。

その結果


うつになった原因は「自分キライになったこと」

うつを克服できたきっかけは「自分を好きになったこと」


という非科学的なセリフが登場するのである。いうまでもなく、これらはうつ病の発生原因や回復要因としてまったく因果関係が判明していない。

メンタルヘルス回復の補助としてある程度役に立つかもしれないが、あくま治療のメインは投薬治療である

ストレスで胃に空いた穴は、ストレスを解消するだけではふさがらない。精神疾患もそれと同じだ。


まりこの漫画一見精神病患者の心に寄り添うように見えて、言っていることはマイルド根性論なのだ

うつなんて甘えだ。気合で治せ」というのと

自分キライになったかうつになった。自分を好きになればうつは治る」

というのは、理屈としてはほぼ同じである

うつ病というのは自分の気の持ちようで治る病気なんだ、という、多くの精神科医師が解きたくてたまらない誤解をますます深めているのだ。


うつ病患者をはじめとした精神病患者は、長患いの結果、病院医師に対する信頼を完全に失っている。

そんな折に「薬ではうつは治らない」「アファメーションで治る」と書かれた本を手にしたらどうなるだろうか。

すべてに絶望した末期がん患者が「抗がん剤ではがんは治らない」「手術も抗がん剤も無しでがんは治る」と書かれた本を手にした時と同じことになるのではないだろうか。


最後に。著者も含め、世の中の精神病患者はあまりにも「薬を飲み続ける」ということをネガティブにとらえすぎていないだろうか?

「一生薬漬けの体になってしまった」と嘆く人がいるが、よく考えてほしい。

健康人間でも食べ物を食べ、水を飲み、空気を吸わなければあっという間に干からびて死ぬ

薬がないと生きられない人間と、健康人間には大して差は無い。


まれから生薬を飲まなければいけない人。自分自分注射を打たなければいけない人。

自分意志では歩くことができず、たくさんのチューブにつながれた人…

「生きている人間」のうち、彼らが占める割合はあまりにも大きい。

だが彼らは果たしてみじめなのだろうか。

「一生薬漬けの体になった」と人目もはばからず嘆き、薬を飲まない人生こそを至上とする精神病患者は、彼らの生き方否定している可能性に気付かないのだろうか?


治療のゴールは薬を飲まないことではない。治ったといわれたいために治療放棄するのは絶対に間違っている。

第三者に害を与えかねない病気からこそ、スタンダード治療重要性を常に心に留めてほしい。

職場

職場に行くのが辛い。

転職したばかりだというのもあるが、前職と大体同業なのに、私の今までのスタンダードと今の職場スタンダードが違い過ぎて業務がまずしんどい

正直、人間関係も上手くいっておらず孤独感と自分の役の立たなさに毎日自己肯定感がすり減っている。

今までの職場業務が辛いことはあっても職場人間関係が悪いことは無かったのでどうして良いかも分からず土日はひたすら仕事のことを考えないようにしている。

が、ここ最近職場で泣きそうになったりすることもあり、そろそろやばい気がしている。まさか自分がこうなるなんて夢にも思わず、これがうつ病なのかなとぼんやりと思ったりしている。

転職休職退職。どれも何かに負けた気がするのでしたくない。どの選択肢をとっても別に死ぬわけではないのだけれど、決断して実行する余力が無くて何となく耐えながら明日職場に行くんだろうな。

2017-11-10

本当にCGアニメ時代が来たみたいだ(宝石の国

ポリゴン・ピクチュアズ東映、そしてヤオヨロズ

CGアニメ話題になった所はそこそこ出てきていたが

どうにも特殊会社が多い印象があった

 

今期の宝石の国で驚いたのは、これまで普通にアニメを作ってきた制作会社が作っているということだ

しかも今回元請けらしい

 

オレンジ

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8_(%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A1%E5%88%B6%E4%BD%9C%E4%BC%9A%E7%A4%BE)#.E3.83.86.E3.83.AC.E3.83.93.E3.82.B7.E3.83.AA.E3.83.BC.E3.82.BA

 

今までのCGアニメは、かならずどこかで「CGアニメだ!」があったが

個人的に今回はそれが薄い印象がある

何故かと言ったら、やはりCG以外で作ってきた会社からかもしれない

ニコ動コメントで気づくんだが、宝石の国では一部はCGではなく描いているっぽい

言われないと気づかない精度だと思う

 

オレンジがどれだけ一般的か、どれだけ特殊か私は分からないが

ようやく「普通にCGアニメができる時代がきているのではないだろうか?

 

とは言っても元請けというところをみると

やはりまだリスク要因と思われているのだろうと思う

しか最近CG化のスピードは目覚ましい

毎期新しいCGアニメが生まれたら、いずれより一般的になるのではないだろうか

 

一旦玉石混交の時期を経るかもしれないし、順風満帆にとはいかないだろうが、ナレッジが貯まればいずれよく方向に向かうだろうと思う

視聴者としては少しワクワクする

来年か、再来年

どういった表現可能なのか

誰がスタンダードを作るのか

楽しんで見ていきたい

2017-11-06

anond:20171106175430

そのカテーテル本来は他の用途に使うもの転用しているのでは、とどっかにあったような

怪しい民間療法一種スタンダード医療情報としては扱われず、

「誰でも知ってる」は嘘でたまたま聞いた人が知ってただけなのに話盛ってる、

ってな所だろうか。

美男子と女のブスの「裏」恋愛市場について

今の社会スタンダードとなっている恋愛形態は、容姿の冴えない男が美人な女を手に入れると言うストーリーだ。冴えない男は経済力なり男らしさなりの裏付けを持って、美人な女にアタックし、二人は晴れて恋人同士となる。これが下位の男と上位の女が作り出している正規恋愛市場だ。しかし、そのような価値観が主流になっている社会では、女のブスと美男子にとっては肩身が狭い。

女のブスにとっては、ブスに生まれた時点でこの正規恋愛市場に参入することは不可能だ。そして美男子にとっては、そもそも自分は何もしなくてもモテるのに、なぜ自分から女にアタックしなければいけないんだと、美人としてのプライドをひどく傷つけられる。ブスが常に卑屈な気持ちになっているのに対し、美男子は上記の正規恋愛市場のもの憎悪しているのだ。

からこそ、表題の通りの「裏」恋愛市場である。ブスと美男子は、世の中から無視されている者同士として非常に馬が合う。ブスにとっては、美男子自分にない美貌を持っている者であり、何としても自分のものにしたがる。美男子にとっては、自分を求めてくれるブスは、自分自身自尊心を満たしてくれるのだ。今の世の中で一番の勝者は、普段から底辺だ最下層だと蔑まれている女のブスなのかもしれない。

2017-11-02

🎃ヤマハバイクPVが糞キモ性欲オバケ店員養護で恐怖のハロウィ~ン👻

https://www.youtube.com/watch?v=_9y3PjEiagY

こんなん恐怖でしかない

女を風俗嬢だとでも思っているのか?

乗る為のバイクよりも、乗る為の女なの?!

ちょっとまって!

窓の外で見ているだけの一般人若い女性が、

なんで小売業一言もしゃべったことのないおっさんを好きになると思った!?

これが日本会社スタンダードだと思われたくないが、

この調子性差別的な作品を乱発するのはマジで辞めて欲しい

2017-11-01

無償仕事をしてはいけない

まず、出発点となるのは契約自由だ。契約自由があるので、原則として価格設定当事者同士できめてよい。それの例外となるほど、無償仕事をするのは悪いことか、ということが問題になる。

論点はいくつかある。

まず、公正取引法で不当廉売(正当な理由なく原価より低い価格販売すること)は禁止されている。不当廉売禁止されているのは、それが長期的に維持不可能からだ。

もともとのきっかけはアメリカスタンダードオイルの行動による。以前、町に数えるほどしかガソリンスタンドがなかった時代のこと。全米ネットワークを持つスタンダードオイルは、ある街に、原価割れの激安価格で攻勢をかけた。スタンダードオイルは全米のネットワークを持つので、その街での赤字にも耐えられたが、地元ガソリンスタンドは、原価割れ価格に耐えきれずみな倒産した。そうなると、その街の消費者スタンダードオイルで買うしかないので、スタンダードオイルが相場より高い値段を設定しても、払わざるを得ない。これを様々な街で続けることで、スタンダードオイルは強力な独占力を持ち、大きな利益を上げた。

ライバルつぶしのための不当廉売は、長期的に消費者に悪影響をおよぼす。ただ、大阪での無料デザイナー依頼など、ネットで話題になっている事例は、ライバルをつぶしてそのあと高値をぼったくってやろう、という意図のもとにやられているものとは思えない。他のクライアントでも使えるような実績を作るため、最初は安く請ける、というのは契約自由範囲内で、公正取引法で規制されるべき筋合いの話ではない。

無償仕事をするのは、「相場を下げる」からしてはならない、という議論が、デザイナーなどを中心にみられる。これは、中世ギルドなどで見られる議論で、契約自由職業選択の自由がある現代では通用しない。無償仕事をすることで、デザイナークオリティが下がり、最終的に社会デザインの質が下がったとしても、そのこと自体否定する根拠はない。社会は移り変わるもので、デザインクオリティも移り変わるべきものだ。もし、デザイナー団体価格規制をしたら、談合と呼ばれ公正取引違反になる。

2017-10-27

anond:20171027140843

栗なら栗蒸し羊羹よりは、栗きんとんのほうが旨いじゃん。時期は限られてるけど。

これに関しては羊羹としても普通に夜の梅のほうが羊羹としてスタンダードな味がして好きだよ。

2017-10-19

Aを叩いてる奴はBも叩けよ、じゃなくて

グレーゾーンのものに対して、どういう基準で白黒つけるんだって話なんですけどね

ダブスタ以前にそもそもお前のスタンダードは何なんだとお尋ねしたいわけですよ

2017-10-18

anond:20171018102103

「家にこもってソファに張り付いてテレビに怒鳴ってるうちの祖父

実際にはこっちがスタンダードだけどな

2017-10-17

炭水化物制限ダイエットについて

メモ

 

通常の推奨が大体300g/日

プチ糖質制限 110〜140g

スタンダード糖質制限 70〜110g

スーパー糖質制限 30〜60g

ケトン体 25g(カロリーの5%以下)

 

カロリー定食 120〜160g/食  意外と普通

ラーメンとかそばとか 70g/食  意外と高い

ドーナツ 50g

おにぎり 40g

ジュース 30gくらい?

缶コーヒー微糖 5〜20g

コンビニサラダ 6〜10g

豆腐とか納豆とか 5〜15g

肉とか魚とか 物によるが、少ないと0.5gくらい

 

これらを踏まえて

 

プチ糖質制限 110〜140g

→ 低糖質外食くらいは普通にできる

スタンダード糖質制限 70〜110g 

→ モロ炭水化物ってのを除くイメージ

スーパー糖質制限 30〜60g 

→ かなりシビアに見ていかなければならない

ケトン体 25g

→ おにぎりで1発アウト。外食1回で1週間分ほとんど達する。きっつい

 

普通の人はスーパー糖質制限あたりでいいんじゃない

これでも痩せないケースあるらしいが

2017-10-16

anond:20171016153408

ダブスタ以前にゼロスタというか、スタンダードが見当たらないんだよね。

あるとすれば、全盛期に比べて人気の落ちたとんねるずなら遠慮なく落ち度を指摘して叩けるぞ、

みたいないじめっ子根性ぐらいしかない。

低能先生擁護に回らないのが不思議なくらいではある。

この世から料理なんてなくなればいいのに

息子ができてから、妻の機嫌が悪くなることが増えた。

あれほど穏やかだった妻ですらこうなるのだから子育てとはかように過酷ものなのかと実感する。

日常の様々なシーンの中で、特に私が気を使ってしまうのは食事の時だ。

家事育児に追われ、時には子供の泣き声をBGMにしながら、それでもなるべくきちんとしたものを貴重な30分や1時間を費やして用意してくれる。

それは本当にありがたいと思っているのだが、私は食べるのが比較的早いほうで、作るのにかかった時間の何分の一の時間食事を終えてしまう。

できるだけ感謝気持ちは表すようにしているつもりだが、それでも体調が万全でなかったり子供の世話がいつもよりかかった日などは、

こいつ私が大変な思いをして毎日作っているのを当たり前のような顔して平らげやがって、と思われていないか不安になる。

でも私としては、それを妻に強要しているつもりは一切ない。

いくらでも手抜きをしてもらっていいし、何なら毎日手料理でなくとも構わないとも思っている。

そもそも食事とは単なるエネルギー補給手段であって、呼吸や排泄と同じように、生きるために必要不可欠だから仕方なくやっていることではないのか。

動物だって、肉食なら狩りのために動く必要があるが、獲物が手に入れば後は肉を食らうだけだし、草食動物はそこら辺に生えている草をのんびり食べて生きている。

なぜ人間けが、わざわざ余計な時間と労力をかけて調理などというまどろっこしいことをして、そのために心の余裕を失わなければならないのだろうか。

そのことが私はいつも不思議でならない。

からしばらく前に、カプセルを飲むだけで栄養源が取れて食事をしなくて済むソイレントという画期的商品が出てきた時は本当に心が踊った。

そういうものがあれば、私たち食事を作る手間と片付ける手間が省ける上に、消化に無駄エネルギーを割かなくても済むようになる。

それが人類スタンダードとして市民権を得ていけば、日々料理に拘束されている膨大な時間を開放することができ、まさに革命的な出来事になるだろう。

まだ商品としては不完全なようだが、今後の開発が進んで実用的なものになってくれることを待ち望んでいる。

そうなれば、料理なんてものは好き好んでやりたい人間けがやるような高尚な趣味に置き換わっていくはずだ。

レシピを考え、必要食材吟味して調達し、それを加工するための器具を揃え、熱や電気を使い、時間をかけて調理し、きれい盛り付けテーブルに並べ、食べ終わったら後片付けをする。

しかも、この一連の膨大な作業は、料理スキル一定以上なければまずいものが出来上がるだけで全て無駄になってしまう。

冷静に考えて、日々生活の上で必ずしなければならないこととして、料理はあまりにも過剰な負担と言うべきなのではないだろうか?

最近はクラシルなどという新しい動画レシピサービス広告を見るが、あんなに楽しそうに料理ができる美人主婦なんて空想上の生き物、完全にファンタジーだと私は思う。

なのにどうして私たち料理から離れることができないのかと言うと、それが社会通念上健全日常生活の一風景として規定されているからに過ぎない。

しかし、時代が変われば暮らしも変わる。

今は昔のように、男が稼いで女は家のことを黙々とこなすという生活様式ではなくなった。

から私たちの考え方もそれに合わせて変えていく必要があるのだと思う。

例えば料理スキーと同じように考えてみればいい。

わざわざ寒い冬を選び、高速を飛ばして都会から離れた山まで行き、年に数回しか活躍の場がない用品の手入れをして、お金を払ってリフトに乗り、怪我や最悪遭難、転落死などのリスクを抱えながら、わずか数分の滑走を楽しむ。

興味のない私からすると、準備の困難さから時間の経過まで、まるで料理みたいなもんじゃいかと思ってしまう。

そういうことを、私たち日常生活の中に組み込んでおく必要性がどこにあるのだろう。

人間が生きるために必要なのはエネルギーであって、料理のものではない。

美味しいものが食べなくなったらレストランに行ってお金を払えばいい。

そういう考え方が広まれば、生活がずっと楽になると思っているのは私だけだろうか?

2017-10-13

iPhoneXのカメラが画面に食い込んでるやつ

http://ascii.jp/elem/000/001/568/1568266/00-02_480x.jpg

シャープまで真似してきた。

評判悪かったけど、あんがい、狭額縁カメラが食い込んでるやつがスタンダードでカッコイイって風潮になったりして。

2017-10-11

マンドリン業界、そろそろ足並みを揃えようよ

※完全に業界人向け

大阪でARTE国際コンクールフェスティバルが開催された。

マンドリンオーケストラに入って10年近くになるが、様々な演奏を、しかもとてつもなく高いレベルで聴ける機会はこのコンクールを除いてほぼ知らない。

高校の全国フェスもこうはいかないから、やっぱりすごいことだと思う。

何となく派閥みたいなものが見えてきた。活動が活発なのはいいことだが、各々が勝手な方向を向いて、互いが互いの悪口を言っているのは見苦しい。それだけでなく、大切な部分で足並みがそろっていないのが情けない。

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ARTE MANDOLINISTICA

活動の幅が広く、若い世代からはそこそこ信頼も得られているのではないだろうか。しかし、2012年頃の丸本大悟作品集ピークに演奏会での方向性が定まっていないのが不安である

私が地方高校生の頃は遠路はるばる聴きに行ったが、今は関西関東学生集客すら苦戦しているようである地方出身の私からすると、目の前にいい演奏があっても行かないなんて信じられないことだが…。

交響曲シリーズ個人的には大好きだが、業界人間の興味を惹くには的外れ(これには思うところがあるけど)で、一般の人には何だかんだハードルが高くなっている気がする。業界に向けるか、一般に向けるか、折衷案をとるか、悩ましい部分だが、ここが上手くいけばマンドリンオケコンサートで新しいスタンダードが出来て、全体の集客にも貢献できると思うので頑張ってほしい。

マンドリン響演

先日、京都で行われた演奏会プロ奏者の演奏公募した奏者(主に学生かな?)によるオケ演奏会。実力者が集った演奏の上に、オケに乗れば指導を受けられるという仕組みは非常に魅力的だ。特に比較学生団体が盛んな関西地区でこのような機会を設けるのは良いことだと思う。モチベーションアップにつなげてほしい。

同じことを、次は関東でも出来ないだろうか。学生団体社会人団体が乱立している関東地区は、指標となる奏者、団体に乏しかったり指導者同士の絡みがあったりして何となく全体のレベルの魅力が低く感じる。奏者人口は多いので、こんな機会があればいいのにな、と思う。

Mandolin Lovers Club

試みとしては非常に面白い。有料会員制をとったこと、奏者が頭をひねってコンテンツを全力で提供することは意義深いと思う。マンドリンオーケストラでの演奏会というのが一つの活動単位となっている感がある。それに対して、演奏会1回分の値段(マンドリンで3000円取るところは少ないけど)でコンテンツ提供しているのは発送としては良い。

しかし、時期尚早かと思う。そのように価値判断を出来るアマチュア奏者は非常に少ないのが現状であるマンドリンオケだと無料演奏会が基本となっているなかで、そのようなコンテンツお金を払う意識がきちんと芽生えるかが大きな課題である本来なら、もうワンクッション置いて、マンドリン業界における価値(お金を払う場所)についての意識が高まってからこのサービスが出来たのなら最高だったと思う。

無駄な対抗意識

アマチュア奏者でも、プロ奏者でも、指導者でも、互いが互いの足を引っ張ることが非常に多い。

とある団体で賛助で出たときアンケートを読ませてもらったら「○○(普段私が所属しているオケ)より上手かった」と書かれていた。純粋無垢高校生が書いてしまうならともかく、わざわざ他所団体を引き合いに出してくる大人がいることに笑ってしまったし、関係者が乗っていることに気付かない(普通気付かないだろうけど)ことにさらに笑ってしまった。

百歩譲って、アマチュアだけでやる演奏会であれば理解は出来る。他所団体に負けたくないから同じ曲をやるとか、初演が良くなかったから再演したいとか、器が小さいとは思うけど、人間なんだからそういうことはあってもいい。

問題は、演奏会以上のことでそれが発生することだ。

高校の全国フェスでは、審査体制が変わって、あげくに大会名前が変わって大騒ぎになった。自分の頃よりは審査はマシになったけど、ちょっとマシになったところで止まってしまっている。その頃に「他のコンクール演奏した曲を全国フェスでは演奏してはならない」という規約がついたことには卒倒しそうになった。誰がどう見ても、アルテの合奏コンクールへの嫌がらせだった。

ARTE国際もそうだ。せっかくの三連休で大きな行事をやるというのに、そこに演奏会を合わせてくる、被せてくる団体結構多い。何も一番規模の大きいコンクールに合わせなくても…と思う。高校の全国フェスに合わせて演奏会をする団体はいない、下手したら独奏コンクールでもいないにも関わらず、アルテがやるときはそういうことを平気でしてしまうのは腑に落ちない。方法はともあれ、頑張ろうとしている人の揚げ足をとっているように感じる。

(同じようなことをトップの人が個人アカウントで言っていたが、言い方がやらしすぎる点には共感できなかった)

コンクールはみんなで支えてあげようよ

支えると言っても、みんながスタッフをやるとか、そういうことじゃない。コンクールに行って、感想Twitterに書く。全国フェスでもARTE国際でも独奏コンクールでも、全部一緒だ。

チケットを買って、聴きに行く。一人じゃなくていい。大学メンバーをみんな引き連れてとか、オケマンドリンパートだけでも一緒に行くとかでもいい。

普段の態度が気に入らないとか色々あるかもしれない。でもそんなのは演奏会でやろう。

(個人的には、演奏会にも行かず、聴きもせず「気に入らない」と言ってしま人間が最も愚かだと思うので、そのままのスタイルマンドリン生活を楽しんでればいいと思う)

あるいは、そんなに気に食わないなら自分達でコンクールを開いてみるとか。

精神論になってしまって恐縮だが、私はコンクールを聴きに行くと、楽器が弾きたくなる。「その程度かよ」と思われるかもしれないが、足を運べば確実にモチベーションが上がる。そこから楽器を上手くしていこうと思うのは別に恥ずかしいことではないと思うがいかがだろうか。上手くするモチベーションがなくても、得られるものはあると思う。

以上、高校フェス出身者の戯言。

2017-09-25

月蝕歌劇団の公演を見に行った記録

なんかひょんなことから月蝕歌劇団の公演を観てきた。

怪人二十面相 黒蜥蜴復活篇-ガス人間第二号とフランケンシュタイン-』

ピーターパン 月蝕版』

自分にとっては初めての月蝕歌劇団

忘れてしまわないうちに記憶を記録に変えるため、レビューを残しておくことにする。

月蝕歌劇団を知らない人は目の前の箱でググってほしい)

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■全体として

劇団標榜しているところの“アングラ”とは何か、つかんだ。

マジックリアリズム大衆演劇の合体だ。

これ、過去の演目を見る限り、そう間違ってはいないはず。

自分のボキャブラリでいうと、ボルヘス池澤夏樹イタロ・カルヴィーノ筒井康隆、このあたり(マルケス積ん読状態なので知らん)。

怪人二十面相』やら『ピーターパン』やら、もとからマジカルな舞台設定の既存作品をさらに2つも3つもカットアップマッシュアップして、"魔法世界の中で、さらに有りえねぇ超現実が起きる"ある意味なんでもありの“ごった煮”的な世界設定を作って、舞台の制約が許すかぎり絢爛豪華なスペクタクルに仕立てる。

で、そこに昭和風俗をまぜ込んで(たとえば突然、山口百恵のワンフレーズが出てきたり、吉本新喜劇的なシークエンスが乱入してきたり)、さらに'60年代新宿のアングラシーンの楽屋オチ、「唐十郎李麗仙が~」みたいなネタをチクリ、チクリと混ぜ込めば月蝕歌劇団になる。

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あと、これはどうかな……はずれてるかもしれないけど。

60年安保、70年安保的な新左翼臭いと、その文化の“祭りの終わり”みたいな寂寥感が通底しているような気がする。

自分が当時のアングラシーンの空気と政治的な空気を混同しているだけかもしれないけど。

でも、“岸信介”とか、“ロシア革命”とか、そういうワードはちらほら出てくる。

2演目とも、終盤クライマックスマシンガンの乱射をきっかけに急速に話が収束するところも、かならず流血をみるところも、まあ、ほら、いろいろと。

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ともかく自分にとっての月蝕歌劇団はそんな感じ。

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あと、演目の間に『詩劇ライブ』というのがあって、基本は歌唱ショー。短い芝居と群舞。

キャストの紹介も兼ねている、のかな?

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良かったかって? うん、良かった。

ただね。

大正末期(1910年代)の冒険小説明智小五郎シリーズが戦後(1945年~)に伝奇ロマン化したものアングラ時代(1960年代)の空気感舞台化しようとして、当時の若手(高取英1985年)が古豪となって2017年に上演した作品世界に、どの時代の気分で接すればいいのか、混乱するところはあった。

寺山修司とかが登場する楽屋オチに、どの時代の気分で笑えばいいのやら。

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良かったところは……、

舞台は超現実的なんだけどプロット自体は、なんというか、それぞれの人物群が自分たちの課題の解決を目指して動くような、破綻も不条理も無いオーソドックスな作り。

ときどき舞台袖で狐舞が始まったりとか、解釈に困るような隠喩的な演出が入るほかには、ストーリーを楽しむのに支障はない。

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くわえて、これは自分が舞台観劇初心者だからだろうけど、衣装舞台と演技と、つまり色々と作りこんだ箱庭を見ているような感覚

これが新鮮。

そりゃ、どんな超現実もCGでリアルに作ってしまハリウッド映画はすごいけど、いっぽうで、いろいろと“作りもの感”のある世界を、19世紀見世物小屋パノラマのぞき窓みたいに見ている感覚が良い。

(どうしても想像できない人は、映画でいうと

 『バロン』(テリー・ギリアム)、

 『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』(ティム・バートン)、

 『落下の王国』(ターセム・シン

 あたりを思い浮かべてください)

同じビジュアルスペクタクルでも、モデリングレンダリングが古びてしまったら一気に観る価値がなくなってしまうVFXではなくて、どんなに古びても観ていたくなる、吊り操演とミニチュアと火薬の特撮みたいな。

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で、そこに少女歌劇団(厳密には若手女性主体の歌劇団)の、なんというか、キャッキャウフフ感がのっかってくる。

実際、終演後にはチェキ時間があったりと、アイドル公演的な。

(昨年だか一昨年だかに『アリスインデッドリースクール』を観たときにはチェキ握手会があったけど、そういうのって少女演劇のスタンダードなのか?)

というわけで、全体として

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 1)呪術的なストーリーテリング

 2)箱庭的な幻想感

 3)若い娘さんたちが頑張ってる感

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が、それぞれX軸、Y軸、Z軸に広がって立体的にホンワカした気分になってくる。

これで役満。いい気分。

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以下は、キャスト演出について。

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■岬花音

歌、ダンス、芝居、3枚そろって超人。

もともと彼女アンテナに引っかかったか舞台を観に行ったわけで。

行く前は「ひょっとしたら芝居が弱いかなー」と思ってたけど、そんなことはなかった。

純朴ショタ(少年探偵団の小林少年)からガラッパチ女子高生まで演じ分けていた。

いま確認したら、全体の振り付けもやってる。スゲェよこの人。

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白永歩美

上に書いた岬花音菜嬢がトップか一枚看板かと思ったら、すごい人がいた。

白永歩美

OG客演なのか、現役トップなのか、よくわからん。(そもそも一般的な意味でのトップと、月蝕歌劇団の“ヒロイン”とか“トップ”の意味が違うのかもわからんが)

動いて良し、喋って良し、歌って良し。加えて舞台向きの強力な眼と唇、長い手足その他ビジュアル

ピーターパンになって最後は飛ぶ(榊原郁恵ばりとは行かないけど)。

普段は何やってる人だ? 専属か?

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白川沙夜

コメディアクションストーリーテリング、怪盗紅あざみのパートほとんど彼女一人で回していた。

アンサンブル彼女が周囲をブン回している感じ。(いや、周りが抑制しているのか? そこまでの鑑賞眼は俺にはない)

イヤそりゃ紅あさみ役なんだから当然といえば当然なんだけど、そういう長時間の高負荷に耐えられるキャストなんだから、信頼性の高い人なんだろう。

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新大久保

どうしても必要なサポートには男優さんも入る。

で、この人。

発声から演技まで、一人レベルが違った。

いや、レベルというのとは違うな。

キャラクターの性格と感情と現在の意図がわかりやすい、演劇らしい演劇をしていた。

キャリアの違いか。

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■河合瑞恵

この人というか、この人を見て思ったことを書く。

河合瑞恵さん、男役として帝国軍人とラスプーチンを好演。なんだけど、それとは別に幕間のライブで『夢は夜ひらく』(藤圭子)を歌っていて、これが実に良かった。

宝塚OG的な妖艶な雰囲気が出ていて。

そこで気が付いた。

「この劇団、成熟した大人の女性の出番がない」

いや、大人の女性キャラクターは出てくるのよ。でも、『二十面相』の誘拐少女の母親にしても、『ピーターパン』のアレクサンドラ皇后にしても、設定上の年齢よりは10歳か20歳は若いキャストが演じてる。黒蜥蜴も紅アザミも、おそらく。

少女ショタと男役とサポート男優だけで構成されていて、大人の女性存在がすっぽり抜け落ちてる、この劇団

いつもそうなのか? そういうコンセプトなんだろうな。暗黒タカラヅカだし。

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■嘴音杏

タイガーリリー役はさておき。詩劇ライブ歌唱

上手い、凄い、空気も変わる。専業で本業なんだから当然か。

声量といいキャラクターといい、どれをとってもレベルが違う。

ただ、ほかのキャストが黒を基調にした演出で、おそらく劇団ストック音源をバックにJ・A・シーザーの幻想世界や女心とかを切々と歌ってるところに、パーソナルカラーの赤コルセットと赤ドレスで生バンドの高音質2MIXをバックにブルースゴリゴリ歌って月蝕歌劇団を3分間だけ痴人倶楽部にしてしまった感じがする。

良いか悪いかは別として。

芝居は。んー、良しあしが言えるようなキャラクターじゃなかった。

政治的に正しくない、だけど、ある意味では由緒正しい戯画化された“インディアン”だったので。

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■江花実里(と高畑亜美

明智小五郎+α役。オフの顔を見たら、アラかわいいお嬢さんベテラン主体の劇団だったら、小林少年をやっててもおかしくない。

客演らしい。

「美丈夫ですか? やりますよー」といってこなせる彼女みたいな人が、実は隠れた高能力者なのかもしれない。

だってあれよ? 明智小五郎と黒蜥蜴といったら、つまり天地茂と丸山明宏よ? そういうダークで苦みのあるキャラを演じて象徴的にせよベッドシーンまでこなす。役者ってすごい。

そういえば高畑亜美さん。一緒に観劇した元同僚が「あの黒ボンデージの人は役者魂を感じる」と言っていた。

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■北條華生

緊縛師をエキストラで連れてきたのかと思ったら、そのままシレっと芝居を初めて、V・フランケンシュタイン博士を演じきってしまった。しかもうまい

調べたら緊縛師ではなくて緊縛もこなす役者さんだった。みんな多芸なのね。

吊るしのとき、役者の影で見えなかったけど、1/2なり1/3なりのプルアップ・システム(滑車みたいに距離2倍、荷重1/2にするロープワーク)をやってるはずで、一瞬、芝居が停滞したように見えたけど、あれでも相当手際が良かったんだなと後から思った。

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はるのうらこ

北條さんのロープワークもさることながら、吊るしというのは吊るされる方にも技量がいるわけで、ハーネスガッチリつかんだまま気絶するという難しいことをやっていた。

男役。

悩める青年将校をきっちり演じきっていたけれど、華奢なのはいかんともしがたい。女性役であらためて見てみたいと思った。

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中村ナツ子

な!に!も!の!だ!? こ!の!ひ!と!

Web/エディトリアルデザイナーライターイラストレーター、Photoshopper。

チャラっと調べてみたけれど、原稿(というか体当たりルポ)もロゴデザインも依頼主のテイストに合わせて手堅くこなす。

役者で声優。前説もこなす。となりの知乃さんにも目配りしながら観客席と当意即妙のやり取り。

舞台にも立つ。しかも端役じゃなくてしっかりスポットのあたる役どころ。

これでJavescriptとSQLが書けたらホンマモンの超人や。

こういう人が一番まぶしい、そして怖い。

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プロップ舞台

足りぬ足りぬは工夫が足りぬ。いやそうなんだけど、せめて南部十四年式拳銃は用意してほしかった。ポスターにもあるんだし。

ネバーランドの崩落シーン。大道具の意地と苦労がしのばれる。というか、そのための柱だったのね。

周囲の柱といい、中央の小部屋といい、随所に設けられたピットといい、演目に合わせて必要十分な空間の設計がなされていることに、いまさら感心する。

意地と苦労といえば、ピーターパンの飛行シーンも、無くても成立するだけに、「これをいれねば!」とウィンチを仕込んだ意地と心意気がうかがえるよなぁ。

ところで、いま調べたら、中央の小部屋は常設みたい。

なるほど、上手と下手のほかに中手があると、バーン! と登場するシーンとかに便利だよね。

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J・A・シーザー(と音響

絶対運命黙示録』『私の中の古生代』(←だったっけ?)しか知らなかったんだけど、「ほかにどんな曲があるんだろ」と思ってたところ、つまりはこれこそがシーザー節だった。

主旋律の音域を広く取ってロングトーン多用おまけに変拍子の幻惑的なスタイル

これがそのまま歌手泣かせの難易度となって跳ね返ってくるわけで。ノリで合わせていたら絶対にロストする、ブレスで死ぬ、超絶覚えゲーみたいな世界

こりゃ役者さんが大変だろうと思った。

あと音でいえば、既成の歌謡曲のダビングものJ・A・シーザー氏の打ち込み音源、ボーカル無しで舞台で歌うものボーカルありの既成曲で舞台でも歌うものマイクあり、マイク無し、古いローファイ音源と新しいハイファイ音源、とバラバラのチグハグだったのが気になった。

歴史の長い劇団だから地層のように多種多様な音源が混ざってるんだろうと想像するけど、どこかで専門家がDAWで新録して整理しないと、大変なことになると思う。

あとマシンガン銃声のポン出し、キャストトリガーを渡せるような仕組みはないものか?

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……んー、こんなところか。

機会があったら、一度は観てみても良いと思います。そこでハマるかハマらないかは、あなた次第。

自分? チャンスがあったら、もう何回か行こうと思ってる。

日本人絵師はほぼ駄目

あいつらテンプレートみたいに体格が一つしか描けない。

そのキャラクター毎に普通人生があり、そこまでの経験や生い立ちから骨格から皮膚のシワまで変わってくるもんだ

欧米ではそういう考え方が普通だし、そこに師事している中国韓国絵師も同様の考え方を持っている事が殆どである

日本人でそういう描き方が出来ている絵師はmadac氏ぐらいしか居ない。

氏のみ欧米の水準に達していると言えるし、実際に世界中からオファーが来ている。

ただ、氏は未だ道を極めていないと謙遜している。

欧米スタンダードである、毎秒毎の経験を全て画力向上につなげるという行為日本ではじめに実践した方でもある。

anond:20170925005303

母語人口が多いってことがスタンダードなの?

ああ中国語じゃなくて英語スタンダードと言ってるのか。失礼。

日本人絵師はほぼ駄目

あいつらテンプレートみたいに体格が一つしか描けない。

そのキャラクター毎に普通人生があり、そこまでの経験や生い立ちから骨格から皮膚のシワまで変わってくるもんだ

欧米ではそういう考え方が普通だし、そこに師事している中国韓国絵師も同様の考え方を持っている事が殆どである

日本人でそういう描き方が出来ている絵師はmadac氏ぐらいしか居ない。

氏のみ欧米の水準に達していると言えるし、実際に世界中からオファーが来ている。

ただ、氏は未だ道を極めていないと謙遜している。

欧米スタンダードである、毎秒毎の経験を全て画力向上につなげるという行為日本ではじめに実践した方でもある。

2017-09-23

痛い

気を逸らそうと思ってテレビを見る。

その時は楽しいけど、少し期待しながら携帯を見るとなんの連絡も来ていない。

どうせ自分なんてどうでもいい存在なんだろうなと思う。

こんなに苦しんでるのにどうして誰も気にかけてくれないんだろう。

人と関わりたかったらSNSをするのがスタンダードみたいになってるけど、いざ開くと元気自慢大会から参加もできない。

毎日病気の人はどうしたらいいんだろう。

あなた方にとっては元気が当たり前かもしれないけど、こちらにとっては痛いのが当たり前なんだよ。

まあイイネとも言いづらいのかもしれないけど。

本当にはみ出してしまったなと感じる。

小林麻央さんは全くの他人なのにあんなにたくさんの人から心配されてた。

でも身近な人間である自分は腫れ物にされてる。

見て見ぬふりというか、存在してはいけないものみたいな感じ。

その感覚がわからない。わからないよー

2017-09-16

anond:20170916224741

どこまで単純化してんの

ガチャソシャゲMtGみたいにスタンダード性盛り込んだら終わるだろ

ハースストーン?アレは安価カード揃うようになってっから

2017-09-14

RPG冒険が薄れてきたような・・

昔のRPGはサブクエストもファストトラベル任意場所に瞬間移動できる)

のできるものは少なく、もしくは序盤からは使えずひたすら進むのみでした。

サブクエストに関しても新しい街の周囲で行うものに関してはまだ許せても

前の街に戻らなければならないものもあり、折角冒険の旅に出たのに台無しです。

理想的にはサブクエストクリアしていくといつの間にか新しい街、

そしてメインクストと言う流れが嬉しいのですが。

前の街にサブクエストで戻る、または受けに行くにしてもせめて終盤、

飛空艇のような移動手段が手に入ったあらかた冒険をした後からにしてほしいです。

あとはサブクエストもメインくらい凝った作りのものだとやりがいがあります・・・

ではサブクエスト、ファストトラベルを使わなければいいのではと言われてしまますね。

レベルを上げるのにもサブクエストをやらないと苦労しますし、

そのサブクエストを素早くクリアするために便利な移動ツールは使いたくなるのが常です。

そもそもサブクエストが残っているとなんだか気持ち悪いんですよね。

この2つを極力なくしてバランスを取ったオープンRPGが増えると嬉しんですが時代の流れか難しいんですかね。

追記1

ファンタジーRPGの最新作はいたるところにクエストが増え、前訪れた場所を行ったり来たり。

どこを冒険してるのかわからなくなるほどでした。

ろくでもないテキストベースのサブクエスト1020あるくらいなら

フルボイスでリッチ演出のサブクエストが一つのエリアに2,3位が嬉しいです。

いっぺんに引き受けてストーリーからなくなる心配もないですし。

ソシャゲHuluなどのオンデマンド現代では面白いコンテンツが山のようにある中

クリア時間水増しのお使いのようなクエスト時間を使いたくはないです。

それをするくらいなら短くても1つ1つ(サブクエスト等)が丁寧で記憶に残るRPGプレイしたいです。

追記2

海外ゲームウィザードリィウルティマ面白いですが日本の伝統的なRPG

フィールドがあり街があり飛空艇のようなものが後半手に入り

移動エリアが格段に増えるスタンダードなもが楽しく感じました。

最近オープン系のRPGとはゲームデザイン自体違うかもしれませんが・・・

そんな中で近年でちょうどいいと感じたのはブレイブリーデフォルトです。

1つのエリアにサブクエストは2,3ほどで専用のダンジョンも用意されていましたし

前の街に戻るお使いもありませんでした。

エンカウント制ですし最近のエルダースクロールウィッチャーのような

オープン系と比較はできないかもしれませんが少ない数でリッチなサブクエストが多い方が

メインのストーリーを楽しむエッセンスとしてはちょうどよかったと感じました。

他にもゼルダ等素晴らしいタイトルは多々あります

1度訪れた場所へ戻るのはシステム側ではなく本人の意志で行えるゲームデザインが私は嬉しいです。

2017-09-09

「直接的に壊してない分だいぶ穏当」「ナイーブな方が多いなぁ…。」

気に食わないツイートをコピーし公道に広げて踏みまくる、おぞましい連中の話。 - Togetterまとめ

という、

いつものレイシスト集団しばき隊憎悪活動についての記事

例によってキモがられて非難多目なブコメのお二階ではてサがブー垂れてた


yas-mal

日米貿易摩擦での日本車破壊の例など、抗議活動としてはスタンダードな方

(直接的に壊してない分、だいぶ穏当?)だと思うけど、ナイーブな方が多いなぁ…。

2017/09/09

http://b.hatena.ne.jp/entry/344624447/comment/yas-mal




はてサ名言集にまた1ページ…

とか茶化す気も起きないぐらい呆れた。


憎悪に対する反応に「ナイーブ過ぎる」がありだと思う感覚なら

あんたらはもう二度と反差別とか反ヘイトとかを自称するのはやめてくれ、な!

ていうかそれがありならそもそもtwitter暴言もありじゃん。

いちいち気にするナイーブな方達がナイーブ治せばいいんだからさ。

チョ○死ねとか言ってるネトウヨも「直接殴ってるわけではない穏当な抗議」「気にしてる方がナイーブ過ぎるなあ…」でセーフ。


これからもうなんでもこれ一本だね

ナイーブな方が多いなあ…。」で直接暴力以外はオッケー。

この基準ならしばき隊複数暴力事件)以外のほとんどのヘイターはオッケーだね。


どういう脳味噌してたらこんな擁護を思いつけてしかも実際に書き込んじゃうのか

ぶっちゃけあんたら普通にレイシストだよ

マジで

追記

1.

whkr 出自等に対する攻撃と、発言に対する攻撃は同一視できないのではないか

・その理屈を大好きな人が一部にいるけど、

 「差別していいクラスタ」「攻撃していいクラスタ」を作り出そうと頑張る理屈しか見えない。

 この理屈を持ち出す人は、反ヘイト反差別自称してても中身は違う人だなと判断してよいのでは。

 きっぱりと「憎悪は全て悪い」と言いたくない人の動機って、

  「ぼくの憎悪だけは正当な憎悪から、誰にも制限受けたりせず自由憎悪する権利がある!」

  「だから全ての憎悪否定するのはちょっと都合が悪いぞ!」  

  という心理計算だよね結局。

  その心理計算しばき隊みたいな人達とそれを擁護しがちな人達みんなが共犯的に持っている。

2.

ところで今回の騒動で意外だったのが「俺のツイートいくらまれても痛くないから好きにすればw」と言う人が少なかったこと。皆真剣なのね

こういう茶化しで混ぜ返そうとするのも「ナイーブな方が多いなぁ…」と同じやり口だけど

これでいいなら

意外だったのが「俺の国籍いくらまれても痛くないから好きにすればw」という在日が少なかったこと。

みんな真剣なのね

ナショナリスト乙w 民族主義乙w

かいう茶化しもありだよね


「同一視出来ないのではないか」にも通底することだけど

ある人達感情については大問題にする一方、

別のある人達感情については「ナイーブな方が多いなあ…」とか「意外。皆真剣なのね」と矮小化や茶化しをしたがる

その無意識の心の動きは反差別でも何でもないものだと思う

しろ反差別の逆で

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