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はてなキーワード: 微分とは

2021-05-01

いい歳して、今さら数学を学び始めた。

微分積分とか線形代数とか大学一年レベル簡単な例題を写経しているだけなので、自分の頭で思考しているとはとても言えない。本当に数学をやっている人たちの目から見たら、児戯に等しいレベル。それでも、何だかノートを書くのが少しだけ楽しい、ような気がする。

もう少し計算に慣れたら、イプシロンデルタ論法も学ぼうと思う。

anond:20210501064830

シャファレヴィッチは「代数学とは何か」という本の中で、圏論をちょびっと出してるけど、

あれを「数学科大学1年生対象」って。

ほんとにできたのかどうか疑わしいが、1980年代ソビエトなら可能だろう。

でも、今のロシアではどう頑張ったって無理みたいです。

アメリカでも圏論大学院の1-2年生くらいではないでしょうか?QEで出てくるとかでしょう。


将来中学生はどこまで勉強するのかってのはまだわかりませんが、

今の中学生だとチャート式微分積分を読んだ、くらいが上限で、それ以上は0か1か。

今の中学生だとシュトックハウゼンのKlavierstueck IX聴くかどうかでしょ。(わたしがそれだったが)

背伸びガキはどこにでもいますが、その背伸びだって、大して変わらないでしょ。

まあ、背伸びしたい人は大学初年度まで、微積線形代数やってキューネンの基礎論の最初の部分までは、どこまでもやってもかまいませんが。(それはどこの教員でもオーケー出すはず)

確か、キューネンの基礎論の最初の4ページほどは、かつての日本高校数学に入ってたはずですがね。


https://www.amazon.co.jp/%E8%AB%96%E7%90%86%E3%81%AE%E8%A9%B1-%E5%9B%B3%E8%A7%A3-%E4%B8%AD%E5%AD%A6%E7%94%9F%E3%81%AE%E6%95%B0%E5%AD%A6%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%BF%97%E7%94%B0-%E6%81%B5%E7%A9%82/dp/B010FML6NW

ほれ。

こんなのあったでしょ。

大学初年度までは背伸びしていいよってのが、1970年の段階であったんですわ。

2021-04-30

「解けない方程式

よくアニソンとかの歌詞で「解けない方程式」みたいなフレーズが出てくるが、代数方程式だって5次方程式(たった5次!)以上になったら一般には解けないし、微分方程式に至っては「ミレニアム懸賞問題」として100万ドル懸賞金が懸かってたりする難しさなわけで、たいていの方程式は解けなくて当たり前なんだよ!って、聞くたびにツッコミたくなる。

まり、「解ける方程式」なんてほとんど無いのだから、「解けない方程式」に悩むなんて、空が飛べる翼がないことに悩むくらい実現不可能空想であり、そもそも悩み方として間違っている。

というかまずは、お前の歌詞で求める「解」は近似解ではダメなのか、どうしてダメなのか、歌詞はせいぜい10分も無いけど、小一時間膝を付き合わせて問い詰めたい。ゼミを開いてお前の意図を詳らかにしたい。

ガロア群が可解にならないからって諦める前に、最適化のための近似アルゴリズムを試せよ。ニュートン法でも最急降下法でもいいから、なんか試せよ。微分不可能か知らないが、それでもなんかアルゴリズム考えろよ。

色々試した結果がそれでもダメだったら、初めてそのことを歌詞に表せよ。方程式が「解けない」んじゃなく、近似さえもできなくなったら、その内容を個別具体的に歌詞に表せ。そうしたら、俺もそのためのアルゴリズムを一緒に悩んでやろうじゃねぇか。

というか、方程式として問題を数式に表すことはできたんだよな。しか歌詞という万民に伝わる形で。そこは偉いな。尊敬する。問題は多くの人間に共有すべきだ。

問題数学手法で解く場合、一番重要なのは方程式を解くなどの計算手法じゃない。問題を数式に落とし込む「問題の定式化」の部分が一番重要なんだ。だってそもそも数式にできなかったら、どんな立派な手法があろうと問題なんて解けやしないだろう?

からこそ、お前の歌詞は本当に惜しいんだよ!「解けない」ながらも、方程式として問題を定式化できたんだろう?定式化できたら問題は8割解けたも同然なんだ。

から、お前の悩むべきは方程式を「解けない」と思い込んでいるその姿勢だ。

解けないことが問題なのではなく、妥協できないお前のプライドこそ問題なんだ。もう少し妥協して、近似解としてのアプローチに悩んでみてもいいんじゃないか?「一番じゃなきゃダメなんですか」なんて、お前以外の誰も求めてないかもしれないじゃないか

なに?一番であることはアニソンとしての、つまり物語としての要求だって

それなら、常に一番として勝ち続けないと存在しえない主人公、そしてそれを称える曲なんてアルゴリズム的にもう古いと、作者か作詞家かに最新の論文ごと叩きつけてやれ!

十全な状態で戦えずに、ひねった手法でなんとかやり込める、そういう近似解法としての物語が今や手法トレンドじゃないのか?真っ正面から物語を「解く」んじゃなく、端からだんだんアルゴリズムで解を詰めていく、それ以上は妥協する、そういう姿勢がこれから物語像だと思うんだよ。

とにかく、こんなに絡み合った現代は「解けない方程式」だらけなんだ。正面から方程式を解くなんて今日流行らねぇよ。だから、「解けない」という悩みを脱し、近似アルゴリズム必死に解を詰めようとするお前の歌詞こそ、論文として採択されうる価値を持つものだし、これから物語としてのロールモデルだってなるはずだ。

から、もう方程式が「解けない」なんて悩まなくていいんだ。次の作品も期待してるぞ。

2021-04-19

anond:20210419064412

足し算引き算がやっとなんだけど、微分積分がわからない!

といわれても、そりゃ、わからねーだろうなぁと

まずは、掛け算ができるようになってくれ

というのにちかい

50あれば贅沢できるから

まずは差額の30を3ヶ月定期にぶちこめ。そうやって、簡単ハードルをつくって、浪費を防ぐ。贅沢はそこから、賢く消費 

『3ヶ月』というのが贅沢のコツ。

2021-04-15

微分可能性必要なだけ仮定する」

数学書に書いてある日本語は全て完璧論理的であるかような気がするが、たまには上記のようにしれっと面倒を避ける人間臭いところもあったりする。

上記言葉は、複数回微分偏微分微分形式などを説明するときに、微分する関数等が何回微分可能なのかをいちいち書き記すのが面倒だから、細かい説明を避けるために使う用語数学書ではわりとよく出てくる。

でも私なんかは人間関係にこそ必要なだけ微分可能性(ある種の滑らかさ)を仮定して、そうであれば解析しやす相手の心を数学のごとく計算して易々と生活したいものだと常々思っている。

例えば、相手の心が十分に滑らかであれば、ある時点で微分してテイラー展開できる。そうすれば、相手の心というあんな複雑な関数でも多項式で表せる。

まだ無限多項式ではあるが、十分なレベルの項まで取れば後は誤差項として切り捨てられる。あんな面倒な相手の心というものが、こんな単純な式に落とせるなんて!

それが普段できないのは微分可能性が証明できないから。読者なんてまさにその典型例。微分可能性を仮定するあの言葉も、そんな叫びを隠したものなんだろうと私の心で思ったりする。

2021-04-07

三浦ローリーだかルーリーだか知らんが、安倍晋三応援団的な立場でありながら、

米国北京オリンピックボイコットを批難するってことは中共の味方なのだろうか?

歴史を知らないどころか、単に逆張り芸人しか思えないのが酷い

自分中国は良くも悪くもスゴい国、

技術的発展の積分値はともかく微分値には目を見張るものがある、

ロケット開発など意外と人命軽視が科学の発展に繋がることもあるのでそのバランス必要

中国国策として意外と地味な所に金と物を大量に注ぎ込むイメージがあるが、

日本クールジャパンだのカジノだの政治家個人献金、保身に浮かれて終わるイメージさえある、

シグマプロジェクトなんかは国内大手メーカー国策追従する姿勢だけ見せて金だけは貰う、

国は頓珍漢なことを言ってるが、ただ追従してる姿勢だけ見せればお金は降ってくるので、

みたいになってた感がある

日本仕事してる感の方が重視される国なのかもしれない

パクリだろうがハリボテだろうが、10年ぐらいの歳月を掛けて量産化するための技術を脇から固めたり、

オリジナルさえも食ってやろうという、少なくとも意気込みだけはあるわけで、

思想だの文化だの人権だのになると疑問の多い国だが、どこかぶっ飛んでるところがスゴい

ライブフェスモッシュダイブをやって血だらけにはなりたくはないが、

から見ていたりビデオとして観る分には楽しいというのに似ているかもしれない

その中国というバンドステージパフォーマンスに良くも悪くもスゴさを感じるのはそういうところだと思う

ただ、ウイグルだのコロナだのは別腹であって、

それによって世界的に反中国的なムード高まるのは、ある意味では好機とも言える

しかし、この国は衣料品食料品中国なしではやってけないだろう

というか、中国の狙いは最初からそうであって、世界工場としてみんなが嫌がる下請け仕事を引き受けることで、

逆に世界中が中国依存するように仕向けることであり、

下請けとしてボケっとしてても物や金が流入してくることからノウハウを盗むということに繋がり、

ひいては完全コピーからオリジナルを食うところまで持っていければ、

そこから中国という国家だけで他国に頼らず経済が完結するようにさえなる

というのが理想であり、その理想へはまだまだ先が長いかもしれないが、そういう意味でも十分脅威である

から米国が中心になってボイコットの機運が高まるのは好ましいようにも思える

自分愛国とかどちらかといえばどうでもいいのだけど、三浦なんとかみたいなのが愛国心があるようにはとても思えない

日本からしても中国ロシアの良い面は学び、刺激されるべきであり、

しかしながら国益に反する点は牽制するべきに思う、当前のことだろう

2021-04-01

社会人になって気づいたこ



なお、自分理系エンジニアです。

ぶっちゃけ技術論理筋道がしっかり整理されているから、上で挙げたことが出来たら歳とった後でもある程度追いつける。

ただ、上で挙げたことはサボってたら追いつくことが難しい。

勉強ができても社会じゃ通用しない」を言語化たらこれと同じ感じになると思う。

2021-03-29

anond:20210329191028

dxは積分測度だと思ってもいいし微分形式だと思ってもいいよ。座標変換を考えるときの振る舞いが変わってくるが。

2021-03-24

anond:20210323104232

貸借対照表的な話なんだけどさ

権利責任責任価値価値福祉みたいなのって鏡写しというか近い関係性をもっているのよ

たとえば、知的障碍で価値がない人を追い出していい、相手にしなくていい、というのなら

そうでない人の生活区域内に、知的障碍の人たちの住むエリアを別途確保することになってしまうよね

用意なんてしねえ一般人の目に触れないところに行けっていっても日本権利者がいない土地はないんだけど

どこかに知的障碍者権利者となっている土地」を日本国土として無料でお分けすることになるのかってことや

いや不要なので殺していけばいいじゃんって言うのだとすると「人を殺すということ」をする事になるので

人を殺すことに社会的リスクと支払うべきコストがあるよね 殺人を犯した人は法治国家では裁かれるの

それを「裁かれない」って大幅コストカットをすると「人の命としての価値」を大幅カットすることになるよね

知的障碍がどこまでか、微分積分ができない障碍者とか三角関数ができない障碍者って価値をいま普通だとおもってる人にもつけかねないし

人の命って不要になれば切り捨てていいんだ、一定土地に住んでる人は水害にあうこと前提なので救助なんていらんわみたいな

いま生活してる人の価値のものダイレクトに削っていくんだよね

権利価値保証されている人たちのもの障碍者の人たちという区分で削ると同じ分だけそうでない人のものも削れるの

人を殺したり支配したりすることが上位だという表現があるから位置関係的に上というイメージに、行動に安全性が確保されてる雰囲気にとらえられやすいけど

実質それだけのコストを支払って安全圏を確保しているってことなんだよね

弱ければ強くなるってことではなくて、弱い部分を補強しているのが強さってことなんだわ

弱さを削っていけばフォーミュラカーみたいな強さとかサラブレッドみたいな強さとか手に入るかもしれない

でもふかふかのシートにエアコンがついてる車とフォーミュラカーなら一般生活はどっちが楽かな

毎日特訓のような生活に明け暮れるならフォーミュラカーでもいいとは思うけど

サラブレッドのような訓練と調整の毎日幸福な人もいると思うけど自由謳歌したい人もいるんじゃないか

人を殺してでも生きていかないといけない社会って銃社会みたいなところがあるかもしれないよね

人に銃口をむけたり、手を挙げろっていってるのにポケットに手を入れようとしたりする人は撃たないといけないかもしれない

そんな人たちを殺してもいいってことになると、ころすひとが殺す準備をしたりリスクを背負ったり殺した責任とかを取らないといけなくなるよね

殺す自由が完全に自由だとしても遺体の処理からなにから税金でするとしてもその税金分なり処分費用をし払う必要があるよね

人として生まれたらどの時点でどう判別してどんなふうに対応するか、っていまはほとんどご家庭で家族でやってもらってるところを社会が人の生活管理することになるかもしんないし

国がそこまで管理しないと基準規定もつくりようがないかもって感じ


自分の部屋が自分統治する世界だと考えてみて

お部屋、常に片付いてるかな

あるべきものがあるべきところにあっていつもほこりを払ってきれいになってる

そんな感じかな

出しっぱなしとか汚れてるとかないか

よごれたりだしっぱなしだったら捨てないといけないっていわれたらコストがロストな感じじゃない?

障碍は出しっぱなしじゃなくて傷だろって思うかもだよね

傷はここでいうと個性みたいなもので多少あっても「おさまっていれば許容される」ことだよね

傷があろうとなかろうと収納規範から逸脱するもを逸脱することについて「障碍」って言ってると思うんだけどどうかな

よごれはそのお部屋の規範とはちがう基準存在してるものだとしたら、基準にあうように洗ったりそういう基準の扱いにしたりすべきがいいか

捨てるよりは洗って使えるなら洗ってまた使ったほうがいいと思うんだよね

それよりやっぱり部屋のものは使ったらすてる 片づけてないものは捨てる いつのなにをもって片づけというかって決めるほうがいいか

毎週金曜日20時の時点で片付いてない物は捨てるって基準だといいのかな

その日帰りが遅くなってたまたま、みたいなことでもごっそりすてていいのかな

基本捨てる捨てないっていうなら、捨てないほうがありがたくない?

優遇しないっていうなら優遇しないって対処をするコスト自分か誰かか何かがその分補填することになるんだよね

なんかもうすでに言葉になってるもの言葉で示した方法で操れる感覚みたいなのがどっかある人たちがいるとおもうんだけど

障碍者ってもなにが障碍者かって1例だけでいえばはっきりそうかもしれないけど自治体レベルの数でいうと

「どっちかわからない」なんて人もでてくるし、それを排除する社会って機能があったらそれを誰かが担う必要があるんだよね

もちろんその人たちを雇用する費用もかかるわけ

お子さんがもしいらっしゃるご家庭で最初反抗期がくるあたりを経験されていたら思い出してほしいんだけど

「それやだ、これがいい、こうじゃなきゃやだ!」ってものすごく無駄ものをせがんだり同じものを欲しがったり

どうせすぐ捨てるのに買うとか言い出したりするのを対応したことあるかなって思うんだけどもちろんない人もいるか

そんな問題は欲しがってるもの与えればいいだけで簡単解決する話ですよね

それが親御さんから目線だと最善の解決方法だとして買い与えていたかどうかって、同じもの無駄にしたりいくつもあったり

使い道まちがってたり、お値段の価値もないものだったりすると、そういう買い物なんかにコストどれだけ払ってるのかって

ちょっとうんざりすることもあると思うんだけど

子供目線から今日はお弁当じゃなくてハッピーセットがいい!同じお昼なのにハッピーセットじゃないのは嫌だ!」って選択肢には

ご家庭でお弁当をつくったりする材料備蓄料理の手間、他の時間帯に波及する食器ダイニングの掃除なんかのコスト無駄にしてるよね

要望をあげる目線からメリットの陰に、大きくコストを払っている人がいたりするってことね

制度を作るって考えてみてさ、その執行や処理や対応をする人たちがいるとして、その人たちのお給料生活・気分・保証その他もろもろ

どれだけの予算でどう運営していくのかってことと、共存ってカタチで予算があればそれぞれの家族地域や近い人やお仕事をそれもかねている人たちを

既存のまま運用できるのとどっちがコストがかかるかってことを考えたら処分専用に高いお金払うより共存のほうがコスト的に浮くとおもうんだよね

高度に管理された社会って結局人間がその高度で管理されながら生きるっていう意味なわけで

相手が大きく失うものがあるとしたら、奪う側はそれを奪い取っても吸収できたり自分のものにできたりしないんだよね

たとえば命をうばっても命は2個にならないよね

奪った命で褒められるのなら褒められるために社会的地位を上げるために奪うだろうけどそういうお仕事って地位あがりそうかな

だれもがやりたくない仕事をさせられる人をふやして、命が奪われることになったとして人の住む領域として健康が最低限天賦されていることが基準という狭さになって

人とはなにか人のあるべきはと定義されて逸脱すると障碍として排除されるようなのって

提案しちゃいたい人からしてみても暮らしやす社会ではないとおもうんだよね


いまの嫌いな人間はみんな死んでほしいとか、異世界に云って無双したいとか、自由発言できてその呪詛がどこにも届かず

空虚に消費されて、ほどほどの労働とほどほどの娯楽ですごせるゆるい今の社会のほうが良いのではないか

そういう目線でみると、優遇って弱者にするとかされてるとかっていうのは、自分優遇措置そのものだって思ったりしない?

2021-03-21

anond:20210321033559

? 応用の次から基礎だろ

基礎と応用って、足し算の基礎はなにか?って微分積分

2021-03-15

Udemy 我妻



みんなのAI講座 ゼロからPythonで学ぶ人工知能機械学習2020年新版

BERTによる自然言語処理を学ぼう! -Attention、TransformerからBERTへとつながるNLP技術-

AIのための数学講座:少しづつ丁寧に学ぶ人工知能向けの線形代数/確率統計/微分


人工知能AI)を搭載したTwitterボットを作ろう【Seq2Seq+Attention+Colab】

Flutter+Firebase+MLKit】人工知能AI)を搭載したiOSAndroidアプリを作ろう

2021-03-09

anond:20210309102154

アクセラレイター

オリジナルではそういうんだ。

2回微分でもいいといえばいいのだが

物理学なんだあれ。

厳密には人間工学

人間物理をやると

数式はこうなる。

それがアクセラレイターという技術

2021-03-08

数学無慈悲なまでに積み重ねの教科

他の教科だとなかなかこうはならない。

小学校1年生の漢字を覚えていなければ小学校2年生の漢字を覚えられないということにはならない。

奈良時代学習完璧理解していないと平安時代学習がうまくいかないということもない。

同じ理系科目である理科物理化学生物地学)も、たとえば小学校学習ができなくても中学校で、中学校学習ができなくても高校で、得意になれるくらいには、カリキュラム独立している。

しか算数数学はそうではない。

小学校1年生の学習理解しないまま、小学校2年生の学習に進むことはできない。

学習したつもりでも、実は理解しきれていない箇所があれば、必ず後に響く。

もちろん他の教科も初めから順番に学んだ方が当然わかりやすいし、それに越したことはない。

ただ数学のそれとは取り返しのつかなさが違う。

誰かがスキルリーに喩えていたのがわかりやすかった。

数学は前のスキル解放しなければ次がとれないスキルリー

一方、他の教科は、推奨レベルお勧め解放順、必要ポイントの差はあるけれども、基本的にはどこからでも取っていけるスキル表だ。

この数学の積み重ね性を表す顕著な例として、たとえば、高校3年(2年かも?)で習う微分導関数)の定義を考えてみる。

f'という記号が導入されて、limなんちゃらかんちゃらで、f'(x)は定義される。

そうしたら教師が、例えばf(x)に具体的な関数x^3を当てはめると、ここがこうなって、3x^2になるんですと。

この「具体的な関数」って言葉面白いよなあとつくづく思ってしまう。

この説明の中ではx^3は「具体的」なのだ

中学の頃には、関数理解するため、xに「具体的な数」たとえば10を入れて考えてみましょうとか言っていたはずなのに。

具体的ってなんだ?

コトバンクで調べると、「はっきりとした実体を備えているさま。個々の事物に即しているさま。」だという。

小学校で初めに数を習う時、我々は指を折ったり、タイルを数えたり、林檎想像したりした。

そうだ、それこそが真に具体物だ。

自体が、それを抽象化した存在にすぎない。

したがって我々は、導関数定義を「具体的に」理解しようとする際、まずf(x)に具体的な関数x^3を当てはめ、そのx^3を理解するためにxに具体的な数10を当てはめ、さらにその10理解するために林檎10個を思い浮かべ……

とはならない。

関数のことを理解する時、我々は数のことはもう既に具体的だと思って接している。

同じように、導関数理解に臨もうという段階では、個々の関数のことはもう具体的だと思えるようになっている。

そう思えるようになるほど、個々の数や関数に対する様々な操作を、手癖レベル熟達し、理解している。

理解して慣れ親しむことで、抽象物は具体物に変わるのだ。

そうして、その新たに手に入れた具体物を土台にして次の抽象が受け入れられるようになる。

これが数学は積み重ねと言われる話の核であり、一度理解をとばせばたちまち着いていけなくなる要因である

2021-03-05

anond:20210305171018

政治については「もし国民コンピューターならどうやらせればいいかはわかってる」

「でも国民コンピューターほど思考力がないのもわかっているのでしょっちゅうあれこれいうのではなく、

励まし、甘やかしながら染み込むのをゆっくりまちながら新しい国づくりにうごかしている」って感じ

微分値とったら0からまり大きくはなれない程度の方向転換がいいよね

あと医者コロナ自分の受け持ちの病気について毎日毎時毎分毎秒考えてる(はず)だよ

2021-03-02

微分積分ができない

私が微積ができるようになったら多分量子論かにハマってすごい技術を生み出す。その技術は争いに使われて地球破壊されてしまうから神様がそうならないように私に微積ができないルート選択するように仕組んだんだ。きっとそうだ。

2021-02-27

anond:20210227155459

ワイは1/xの微分が出来なかったけど大学受かったやで。

2021-02-21

鬼滅の刃遊郭編の懸念を茶化したり便乗炎上記事見てイキってるオタクくんさぁ……



1.元々深夜アニメだし子どもが見るものではない。親が規制すべき。

→だいたいここに帰結する。でも現在Amazon primeなどの動画配信サイト作品を視聴するのがメジャーになりつつあるので深夜アニメという時間帯に放送するというゾーニング機能しなくなってると思う。

もう少し明確なゾーニング、レーディングを設けていく必要がある。親だって子どもの全てを管理できる訳では無い。

そもそも現在鬼滅の刃子ども向け商品が数多く出ているので「子どもに人気だから子ども向け商品出せば売れるぞ!!経済回るぞ!!」と後先考えずに売り出した故の弊害だと思っている。

2.聞かれたらちゃんと教えるべき。教えられないのは親の落ち度。

遊郭の実際の歴史を低学年や未就学児に教えるのはかなり骨が折れる。性教育を年齢に合わせて段階的に教えたいと考えてる親には特に難問。1桁の足し算くらいしか出来ない子に今の子もの学習内容のみで理解できるように微分積分教えなさいと言われてる状況ぐらい難しい。

言わば遊郭歴史を教えるには様々な人権意識と性についての知識が頭に入ってるという前提がないとどうしても正しい説明ができない。

重ねてアニメ文化に疎い人だったら遊郭というもの知識自体持ってない可能だってあるので「説明できない」「どう教えればいいのか分からない」という人が出てくるのは必然と思われる。これは鬼滅の刃オタク層だけでなく一般層にも広く知られたからこそ出てくる問題オタクが当たり前に持ってると信じてる知識アニメなどに普段まり触れない人が持ってるとは限らない。

3.俺らが子どもの時はおっぱいとか出てる番組とかあったし時代劇で当たり前に遊郭出てたし、賢い子は自分で調べる。気にしすぎ。

過去時代劇劇見てた所謂「賢い子」が自分で調べた結果、遊郭現代キャバクラセーフティーネットとか言ってるから問題なのですが。普段インターネット情報鵜呑みにするなとかガキはネット使うなとか言う癖にネットリテラシーがまだしっかりしてない子どもには自分で調べろって言うのおかしくない?懸念の声を上げている人は「間違った価値観、考え方を子どもに知って欲しくない。再生産したくない」んですよ。

あとゴールデンタイムおっぱい出したりする番組やってたのが正しいとは思わないしことある事に前時代的の考えを「あの頃はよかった」とか言うのやめてほしい。今は令和なので。

4.銀魂でも遊郭やったじゃん。なんで鬼滅だけそんな過敏に反応してるの。

吉原編やってたあたりの銀魂リアルタイムで追ってたの多分オタクのみが大半だったでしょ。なんだ、お前たちのところでは小学校の8割方の生徒が銀魂知ってて「オイィイイイッ!!」ってツッコミ入れてたりネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲作るの流行ってたんか。怖。

鬼滅はもう既に子どもの大半が何かしら見てる、読んでるという一大コンテンツとなってしまったのでコアなファンが多い銀魂と比べるのはおかしい。本当に鬼滅流行ってるか懐疑的な人いたら休日ショッピングモールなどに行けばいいと思う。小さい子や小学生くらいの子の大半は鬼滅の和柄マスクつけてるか何かしらのグッズ身につけてるよ。

5. 嫌なら見なきゃいい。見せなきゃいい。

子どもが気になる、見たいと思うのを親が無理矢理禁止すると後の反動がでかいオタクが1番分かってるのでは?何度も言うけど子どもの大半が現在何かしら触れている。家で「見てはいけない」と言われても周りの子が見てたらそれは気になるし、隠れて見る子どもも出てくる。隠れて見たら親だって万能ではないので気づけない。オタクならアニメ嫌悪してた親に隠れてアニメ見てたという経験持ちの人いるでしょ。また今は共働き核家族のケースも多いので大人鬼滅の刃子どもより先に履修して見せていいかどうか判断するなんて不可能に近いのでは。無闇矢鱈に見せない、規制するのではなくアニメを一緒に見て、分からない所を教えてあげる親の方が子どもことちゃんと考えてる。

2021-02-20

anond:20210219143644

本文の感動・深みをよりしみじみかみしめられるようになっている。これが非常に素晴らしく、「文学的文章入試問題かくあれ!」と感じた。いとあはれなり。

文学的感じ方を入試に出さないでほしい

文系の連中だって微分積分の深みとか行列演算の感動とか最初から拒絶してるだろ

わかるやつはすんなり理解するけど、わからないものはわからないんだよ

2021-02-19

大学入試共通テスト古典問題が凄かったので解説させてほしい

タイトルの通り。筆者は高校教員で、いま業務が少しだけ落ち着いていて分析する暇が出来たので、次年度以降の入試対策のために解き直してみたのだが、新テスト方針をすごい形で問題として体現していたので、なるべくわかりやす解説していきたい。


わかりやすとはいえ大学入試古典問題について突っ込んで書くので、もし興味(と古典知識)があったら実際に解いてから読んでみてほしい。

問題解説予備校分析などは以下から参照。解けなくても解説や、現代語訳と設問を見るだけでもいい。


予備校

https://www.toshin.com/kyotsutest/

https://kaisoku.kawai-juku.ac.jp/nyushi/kyotsutest/21/


ちなみに大学入試センター問題作成方針はこっち。

https://www.dnc.ac.jp/albums/abm.php?f=abm00038406.pdf&n=R3年度大学入学共通テスト問題作成方針(令和2年6月30日一部変更).pdf


以下は教員仲間とのディスカッションメモを元にしているから内容はかなり専門的かもしれない。それと、自分の専門は古典ではないので専門家から見れば細かい部分で雑だと思うが許してほしい。


まず、第三問の古文

センター試験から変わると事前に予想された、複数文章や会話形式選択問題はなかった。

本文(「栄華物語」)は妻を亡くした夫の哀しみについてのしみるストーリーだが、新傾向の問五が回答することによって本文の感動・深みをよりしみじみかみしめられるようになっている。これが非常に素晴らしく、「文学的文章入試問題かくあれ!」と感じた。いとあはれなり。


・具体的には、問五では本文中の和歌X(妻の死の悲しみを無常観を引き合いにして慰める歌)とそれに対する返歌Y(無常の教えなど今は悲しみが深くてとても考えられなかったよ、という返歌)に加え、本文とは異なるXへの返歌Z(無常の教えは肯定するが、それでもなお悲しい、という趣旨の返歌)を問題は示している。

・問いとしては、本文とは異なる返歌Zの存在を指摘し、Y/Zの内容を比較したうえで正しい説明を選ばせるというもの

これは表面的には和歌を中心とした複数の出典の内容を読解するという新傾向問題であるが、作問者の意図はむしろ文学的文章の鑑賞」つまり作品の情趣や感動の理解」に重点があるのではと感じられた。

・本文のストーリー的なキモは、妻を亡くした夫が、この返歌Yを書き終えながら「こんな悲しみにあってなお私はこんな冷静に返歌を書けているわけだが、それならこれから数ヶ月、数年と徐々に時間が経っていけば、私はこの悲しみをいつか忘れてしまうのではないだろうか」と考えるところにある。そして、亡き妻との思い出をまた振り返るところで、出題の本文は終わっている。

・問五の正解の選択肢⑥「和歌Yは、世の無常ことなど今は考えられないと詠んだ歌だが、そう詠んだことでかえってこの世の無常を強く意識してしまった長家が、いつかは妻への思いも薄れてゆくのではないかと恐れ、妻を深く追慕してゆく契機となっている」。この説明は、本文の感動を得るための入り口を示すものとして非常にすぐれた一文であると感じられる。さらには、本文の内容が古文学習における重要概念無常観」と繋がっていることに自然と気づくことができる。現代人にはなじみの薄い「無常観」という価値観が、悲しみと共に実感を持って感じられてくるだろう。これを正解として選べた受験生は、本文の「あはれ」を回答前よりも深く感じられたのではないか。(少なくとも自分は深まった)

・「こんな問題作れたらキモチイーだろうなぁ!!!!」と同業者的(?)的におもった。


・また、過去試行調査でも、本文と同一内容の文章だが異なる出典で差異のある文章を出題する、本文異同研究や異本系統研究といった国文学研究のよくある題材を意識させるものがあった。今回の出題も「栄華物語」とは異なる返歌が「千載和歌集」にあるということを指摘した問題である。新傾向で問う能力古文の中で定義した結果が、人文学研究的な意味での「思考力」ということかもしれない。(これは友人で一生敵わないんじゃないかってくらい優秀な国語教員が、試行テストを見て上記のようなことを半年前に言っていたのを思い出したから言ってる。持つべき者は優秀な友人である


これだけでも十分すごいが、続いて漢文

こちらは長い五言詩と短いエピソードを記した漢文で、いずれも馬車を操縦する「御術」に関するものという点で共通テーマ文章ふたつの出題である


・新傾向の問題は問三の押韻と内容理解を組み合わせた空所補充問題と、問六の2つ文章の内容正誤問題

とはいえ、問六は二つの文章の内容合致問題であり、多くの予備校などが予想していたものと大差ない印象。

・対して、問三は感心するくらい出来の良い問題で、複座的な視野を持ち、落ち着いて整理しながら考えるという多角的思考力が要求される。

漢詩押韻知識で、5択の選択肢をなるべく削るところまではセンターと同じセオリー通りの知識問題しかしそれで絞っても選択肢は残り三つ。

・そこから正答を選ぶためには文章Ⅱの読解と漢詩の読解ふたつを重ね合わせる必要がある。この二つの重ね合わせが難しく、よく考えられている。

文章Ⅰの空所補充については、該当部分を訳せば「四本の脚は馬についているとはいっても、その脚の速さが遅くなるのは御者である私の【X】のせいである」という感じになる。ここの【X】に入る候補「心」「進」「臣(臣下・わたくし、の意)」。

・該当部分の漢詩の訳ができていてテクニカルに解くなら、この時点で文脈判断して「心」が正解は出せる。(予備校でもそのように解説を打ち切っている)。

しかし、そもそも選択肢に上がっているのは文章Ⅱに入っている字なのであるしかも、いずれも馬の御し方の神髄について述べるところに選択肢の漢字は入っている。

受験生を惑わすのは、文章Ⅱの内容が「馬を早く走らせる条件」となっていて、その中に「心」「進」「臣」という字が傍線と記号付きで強調されていること。つまり受験生心理としては、文章Ⅱの内容が正確に理解できていないと「進」「臣」が誤りなのか判断しづらく、疑心暗鬼になるように作られている。あるいは、先ほどのテクニカルに導いた回答と矛盾するような内容がここに書いてあったら……という心理を誘発する。

・よって受験生文章Ⅱを慎重に読解せざるを得ず、その中で文章Ⅱを精読してゆく。同時に文章Ⅰとの共通点を探りながら、最終的に文章Ⅰの内容を考えて空所補充の内容を決定する。このような思考過程要求される(というよりも問題から誘導されてゆく)という問題構造が、出題者の作問力が並大抵の出来ではないことの証左である


このように、古文漢文ともに「受験生思考力を求める」という建前のもとで「受験生を深い読解へと誘導してゆく」「受験生思考多角的ものに仕立て上げる」問題に仕上がっているのは驚くべきことであり、事前の予想を超えた完成度の高さだった。

また、問題によって誘導した思考迷路の中で、その読解の深度や多角的視野に立って考えようとする態度の有無を測ろうとしている。能力の低い受験生ならこれだけの思考を繰り広げることはできず、中途半端な読解や類推に頼ってしまうので確率的に正答率が下がるが、問題誘導する深い思考対応できる受験生は自ずと正答へたどり着けるよう適切に迷路設計されている。学力を測る目的大学入試問題としても適切である

センター試験からの積み上げがあるとはいえ、「言語を手掛かりとしながら,文章から得られた情報多面的多角的視点から解釈」するという方針を、古典という題材を用いながら、新テスト実施初年度で見事に実現させたのは、高校教育の成果というよりも大学入試センターおよび作問者の作問能力の高さや学術知識の豊かさが結実した結果であると思う。高校教育現場から、惜しみない賛辞を送りたい。



2月22日追記

・思ってた以上に反応があったので、書いてよかったと思いました。ありがとう自分にとっても、いろいろ考える機会になった。

・別記事で「古典義務教育で扱う意義について」の返事を自分なりに書いてみました。

https://anond.hatelabo.jp/20210222160532

この記事みたいな筆の乗り方はないし、教育制度についても専門とは言えないが……

古典の魅力はもちろん語れるんだけど、他の科目と同様にそれは万人に共通でない、というのが義務教育のむずかしさであり、教員にとっては腕の見せ所でもあるとは思っています

古典が嫌いな生徒に古典を学んでみたいと思わせることが、自分の授業の到達目標でもあります

・あと、改行のやりかたを学んだのでついでに上に付して見やすしました。

文学的感じ方を入試に出さないでほしい

文系の連中だって微分積分の深みとか行列演算の感動とか最初から拒絶してるだろ

わかるやつはすんなり理解するけど、わからないものはわからないんだよ

こちらの書き方が悪かったなら申し訳ないけど、「感じ方」は出題されていません。あくま論理的に、勉強した成果を発揮できたら「あはれ」を感じられるような構成になっている、というつもりで書きました。

よくある誤解だけど、国語入試はとことんまで「論理的に」答えが出るように作られていて、必ず本文中に根拠があるし、その根拠と解答をつなげるものは「感情センス」ではなく「論理」になっています

しかしたら昔はそうじゃなかったのかもしれないけど……。

入試問題批評だと「大学受験のための小説講義」「教養としての大学受験国語」が面白かった

石原千秋の本は納得感高くていいですよね!どちらも自分現代指導根本にある本です。

解答して読んだ。長年古文から離れていたが丁寧な注釈と設問に助けられて理解できた。テクニック丸暗記ではとても太刀打ちできないが、当時の情緒を解する読解力があれば知識は最低限でも解ける良問だと思った。

解答までしてくれてありがとう!まったくその通りで、重箱の隅をつつくような部分もなく、古典学習におけるエッセンシャルな部分が試されていると思います

これは数学の同僚の先生に聞いたことですが、数学ⅡBでは指数問題でも非常に数学エッセンシャルな(そのぶんやや抽象的な)問題が出たのだとか。

共通テストについて、これまでの学力測定に加えて、より学問エッセンスを感じられるような方向を現時点では感じています実施されるまでの経緯がひどかったので、これについては非常にありがたい。

今回の共通テストセンター試験名前が変わったにすぎない。その程度の変革だったのだけど、もともとセンター試験がかなりよくできてるんだよ!国語でも随分前からちゃん多角的思考力を問う内容になってる!

そうなんです。ただ、今回の新傾向がそれをさら進化させたような代物で、ただただ凄いと思って、まずは同僚の先生に伝えようと思って書いたのがこの文章のもともとです。しかも、これまでと比べて劇的な変更と呼べるほどではなく、受験生にとっても取り組みやすものになっています

文系研究醍醐味を先取りできるテストってわけか。

それもあるし、これを見た高校先生は「知識だけでなく、学問的な思考方法を教えていく必要があるかも?」と授業を見直すきっかけになります

大学入試改革は、高校入試改革嚆矢としての役割を持っているので、この方向性国語の授業を探求性を高める方へドライブしてくれると思います

古文漢文って、歴史を学ぶだけで拾えない、当時生きていた人たちの生き様や心情を拾える学問なんだなあと思った。そう思うと大事やなー。未来人達に私達の心情とか踏まえて歴史理解して欲しいって思うもん。

こういう言葉を生徒から聞くために古典を教えているんだと思います

今回の内容はいずれ、授業にアレンジして生徒へ伝えるつもりです。その意味で、非常にいい「教材」になるのもセンター共通テストが良問であるとされる所以ですね。

2021-02-18

anond:20210218001750

大概の人間にとっては大学入試人生で一番勉強するんだからもっと負荷をかけていい

ほんとは、数研出版チャート式の「微分積分の基礎」くらいの内容は、50年前の高校生は、アッパークラス高卒でも知ってたの。

貧しすぎて、みんな大学に行けなかったから。

今の高校生で、あのレヴェルを高校で知ってるのはせいぜい7%くらいかな。

2021-02-15

へー理系なんだね、微分積分とかできちゃうかんじ??

って馬鹿にされている気がするのは気のせいかな、重積分とか微分方程式とか学んできた身に。

2021-02-06

anond:20210206004511

努力ができるか否かって完全に才能だから

一番ひどいのは、フェミニストの敵だったマッチョ男の学のなさなんだよ。

今や小学生からIT英語で、幼少時から理系の話をするでしょ。

これは、1970年代まれ以前では考えられないことなんだよ。

氷河期世代田舎地方高校生は、その2/3が数I(旧課程)で挫折した。東京だけ挫折がなかった。

東京民が挫折するのは代数幾何(旧課程)で、回転体がどうのってネタが出てくると、東京人が折れた。30年前の話である

基礎解析(旧課程)で、地方進学校理系志望の高校生が壁に当たっていたが、東京人はこれでも大丈夫だった印象がある。

肝が代数幾何だね。

微分積分(旧課程)はどこの全国の高校生にとっても得点源だった。統計は重視されていなかった。

この程度の知能しかなかったのだから、当時の高校生の男親がどのくらい馬鹿なのかは察せるのではないだろうか。

私は高校理系コースだったが、よかったと思っている。自分友達も「いやあ本当は数学やりたかったんだけどねえ、競争率が」とか言ってる。

そういう人が自分の傍らにいる。今でもfacebookで連絡がある。

けれども、1990年代理系といえば変人と思われていた。

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