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はてなキーワード: 幾何学とは

2017-11-20

夢中になれそうなもの候補を書きなぐった

2017-10-26

誤った二分法

いい加減、日本人は「誤った二分法」をやめにしませんか?

 

誤った二分法 - Wikipedia

誤った二分法(false dichotomy)あるいは誤ったジレンマ(false dilemma)は非論理的誤謬一種であり、実際には他にも選択肢があるのに、二つの選択肢だけしか考慮しない状況を指す。

 

今どき、まだ「右翼」とか「左翼」とか言ってる時代遅れバカがいるの?(ネタでしょw)

日本人を分断するためのラベリングレッテル貼りは、知日派五毛党仕事だよね?

 

ノーランチャート - Wikipedia

ノーランチャートとは、アメリカリバタリアン党創設者でも有名なデイヴィッド・ノーランによって広められた政治思想概念である

ノーランリバタリアニズム経済的自由個人的自由の両方を支持するものとして定義し、彼によれば、個人的自由のみを擁護する左翼リベラルと、経済的自由のみを擁護する右翼保守とを対比させることにより図式化した。

ノーランチャートには、右翼左翼という伝統的な政治分類とは異なり、経済的自由を表すX軸と個人的自由を表すY軸とがある。

ノーランは左下の領域位置する政治哲学ポピュリズムと呼んだが、多くの人々は代わりに権威主義あるいは全体主義と呼んだ。

 

政治的スペクトル - Wikipedia

政治的スペクトル(Political spectrum)とは、異なった政治的立場分布モデル化した方法の1つで、1つまたは複数幾何学上の座標軸にそれらを配置することによって、個別政治的な側面を明確にするものである

学者視点によって多数の軸や分布図が存在する。

 

政治イデオロギーの一覧 - Wikipedia

1 環境主義

2 共産主義

3 ナショナリズム

4 社会主義

5 宗教

6 フェミニズム

7 保守主義

8 無政府主義

9 リベラリズム

 

ポリティカル・コンパス - Wikipedia

ポリティカル・コンパスpolitical compass)は、政治思想の傾向(政治的スペクトル)を点数化して二次元座標に表したもの

 

イデオロギーポジションマップ - ZF http://blog.goo.ne.jp/zf-phantom/e/cc36e7ea2394c28fd39f8187dd401000

 

こんなに細分化されてるのに、なんで2種類しかないんだよ?

おまえの食べてるラーメンは、しょうゆ味とみそ味だけなの?(塩ラーメンはどうするんだよ?)

2017-09-16

メルカトル図法の弱点はtan90°にある

メルカトル図法上下両端の線は何を表しているかというと北極点南極点いう点である

実際はも少し低緯度が限界なのだが、かりにそうしておく。

北極点南極点中学数学知識だと、面積がない。つまり大きさがゼロなのだ

点を直線で表現することで、赤道付近にくらべて、緯度が高くなるほど面積が増えていくのだ

線の長さを仮に1メートルとしよう。ゼロにどんな数をかけても1メートルになることはない。

ゼロに巨大な数字をかけてもゼロであることは義務教育レベルだ。

この時点で、メルカトル図法がとんでもないほら吹きだということがわかる。

この原理を率直に示すのが<tan90°=∞>である三角関数の詳細を覚えていなくても、これだけ覚えれば

メルカトル図法のとんでもなさがわかるというものだ。

追記

しわけありませんでした。

ガウスの「驚異の定理」でググったらある大学幾何学特論の講義ノートがヒットしました。

読み始めましたが「R^3=(R^3^0)の曲面をはめこみ…」で終わりました。

高校でうけた地理の授業を思い出しながら、書き殴ってしまいましたが、どうも怪文書になってしまったようです。

まあ、昨年ある国会議員増田を「便所の落書き」と罵ったのにくらべると、怪文書の方が少々誉められている気がしないでもないです。

2017-08-18

差別100%完璧定義しないと差別が悪とは言い切れない」ってあれだろ。

「太さ0の線なんて実在しないか幾何学は嘘」みたいな奴だろ。

小学校落第児の駄々にいちいち付き合ってられるかよ。

2017-08-01

書きたい欲求簡単な解消方が見つからない

増田に定期的に何かしら書く奴には分かってもらえると思うんだけど、「特にこれといって書きたいことはないが、何か文章が書きたい」ということはないだろうか。

僕は学生とき、絵と音楽趣味程度でやっていて、やはり同じような気分になることが多々あった。

そんなとき絵なら適当幾何学模様の落書きをしたり、ギターなら手癖のフレーズポロポロ鳴らすぐらいでもなかなか楽しかった。

しか文章だとそうもいかない。

雪景色の中で笑い声をあげている兎の盆踊りを見ていると心がチクチクと痛んだ」とか

現代若者が抱えている鬱屈解決する手立ての一つ、この鍵を握っているのはラモス瑠偉だ」

みたいな何のまとまりもない文章の断片を書き散らしても何一つ楽しくないのだ。

この違いはなんなのだろう。

結果、自分を満足させるためには最低限の分量と起承転結テーマのようなものを設定せざるを得ず、何を書こうかと思っているうちに何も書けずに不満だけ溜め込んで眠りにつく。

ちなみに日々の記録としてブログもやっていたことがあるがやはり満足できなかった。

ああ、もやもやする。

2017-06-28

ベクトル問題を解いていて絶望するとき

解答に載ってる解法が幾何学とき

ふ、ふざけるなよ……重心とか考えなくていいのがベクトルだろっ……それをやったら……戦争だろがっ…!

2017-06-25

これから時代数学科物理学科は使える。

理学部系(数学科物理学科)は使えないと言われながら進路を決めて来たけど、

ITが発展してきた今、データサイエンスとか金融系のアナリストとか言われてる分野じゃめっちゃ強いやんけ。

わい工学部、圧倒的劣等感に苛まれる。

外資系投資銀行クオンツとかアクチュアリは数学科物理学科が強いし、お給料バカ高いよ。うらやましいよ。


暗号理論情報幾何学宇宙物理学、楽しそう。

2017-06-17

酔える草を飲んで酩酊した話

アカシア根皮茶(ACRB)を試す機会があったので、様子を書いてみる。

例えば飲酒したとき、吐く寸前くらいの酩酊時は、気分が大きくなり、説教を垂れたり思考が飛び飛びになったりする経験がある人も多いと思うが、この草の場合酩酊と同時に視覚聴覚幻覚も一緒に楽しめる。

(効果は人によって異なり、効かない人はアルコールの悪酔い程度にしかならない。自分は多いにキマった)

試してみたい場合や調べてみたくなった場合はこのURLから辿っていけば一通りを知ることが出来る。 http://storys.jp/story/24344

当日の朝食は抜いて13:00からお茶摂取開始

13:20 アルコール酩酊に近い状態になる。寝転がっているのが楽で、座っているのが面倒に感じる。目を閉じていた時にも視界に液晶モニタを間近で見たようなツブツブが見えてくる。

13:30 目を開けていても、気を抜いていると何も無い白壁や、陶器の皿にプリズムのような幾何学模様のパターンが見えてくる(ルイス・ウェインフラクタルな猫のような見え方)白い皿の輪郭部分から色収差のように赤と緑の線が見える。

13:32 気分が悪くなり、嘔吐。体温が低く感じる。

13:40 目を開けて意識をしっかり持っている時はアルコール酩酊と同じ感じ。目を開けてぼーっとしていると視界が何重にも見え、幻覚幾何学模様のパターンが更に激しくなる。この視界が何重にも見えるのをぼーっと楽しんでいるだけで多幸感がある。目を閉じていても、フラクタルパターンモノクロの部屋など、各種幻覚強制的に見られる。

14:00 感覚の鋭敏感のピーク。瞬きしたときの視界の変化が知覚できるようになる。蛇口から水がポタポタ落ちる環境音などにタイミングを合わせて視界が歪む。毛布や服の感触安心感を覚える。同居人現在の様子を説明するときに、自分の心情や見えている物が伝わらないのがもどかしく感じる。

14:10 音楽映像摂取すると精神が持って行かれそうな状態になる。音楽映像を全部止めて、ぼーっと天井を見ている。その時に天井シーリングライトの丸い形状が愛おしく感じる。角張ったものに対する忌避感がある。

14:30 思考断片化しているのを自覚する。喋ったり文字を打っている途中にもう別の事を考えてしまい、発話がおいつかなくなる。おそらく、ボイスレコーダーをセットしておいて独り言を言い放題にしておくと、後で聞き返して悶絶しそう。

15:00 視覚聴覚幻覚幻聴が無くなる。以降は酩酊した状態に近い精神状態連続した思考が出来なくて、自分意思無関係に考える対象ポンポンと飛ぶのが、まるで自分の頭が良くなった、悟りを開いた、と誤解してしまう。

16:00 酩酊も一通り収まり、外に出る。太陽の光がまぶしい。

まとめ

ここまでキマると思っていなかったので、音楽映像の用意をしていなかったのが悔やまれる。人と話していたいのか、映像を流して視覚がめちゃくちゃに過敏になっているのを楽しみたいのか、ぼーっとしていたいのか、の様に方針を決めておくほうが良い。

思考制御が出来なくなった状態の時に、うっかり神からの啓示や、けものフレンズを見ると悟りを開いてしまいそうだった。

2016-11-23

いかに揚げ足をとるかを考えるのはよい勉強になるよ

http://anond.hatelabo.jp/20161122110427

確か、中学生の頃だったか定期試験で「コンパス正三角形を書け」なんて問題が出た。試験の持ち物の中に、コンパスとはあったが、そんなことすっかり忘れていたため手許にコンパスはない。そこで試験用紙を少し切り取り、そこに長さを図って鉛筆を突き刺し、即席のコンパスを作った。コンパスとは等距離の線を描くための道具だ。これでも問題なかろう。そして実に美しい正三角形を描画することが出来た。

しかし、答案用紙にはバツの印がつけられていた。図形に関する答案はすべて不正解になっていた。その理由教師に問うと、「君は当日コンパスを忘れていた。問題にはコンパスを用いるようにと書いてある」と言われた。

納得いかなかった。機能としてはほぼ同等、途中で幅が変わる可能性の低さについてはそれ以上であるはずの自家製コンパス否定されたこともだが、幾何学的な正しさより忘れ物をしたことを罰しようとしてきたことが癪に障ったのかもしれない。

その後、そもそもコンパスとは何かを厳密に定義していない、等距離であることは担保して作図した、これがコンパスではないとする理由を示せと繰り返し何度も毎日授業後に主張した。その結果、バツになった答案はすべて正解になった。

このことに味をしめ(?)他の科目でも似たようなことを始めた。家に帰ったあとは、ネットで授業内容のあらを探すことに大きく時間を割くようになった。鎌倉幕府成立は本当に1192年なのか?とかそんな話だ。教師から反撃されたときに備え、反対意見にも目を通した。使えそうな材料が揃えばこっちのもんだ。安全からネチネチ攻撃できる。

そんなこんなをしている中で、痛快に思われたのかクラス内でのカーストは何段階か上がった。おまけにあれこれ調べていた成果で学がついたのか成績は学年上位に入った。ついでに、試験では習ったことを書いて、あとでいちゃもんをつける程度の処世術は手に入れた。あと「実は知ってる?あの話って…」というネタは食いつきが良いのか、交友関係にも不自由することはなくなった。

おもえばあの時、何かを理屈に穴はないのか?に目を光らせることを学んだことは、その後の進学、就職に大いに役だった気がする。

そして今日も日々、はてブで揚げ足を取っている。

2016-06-10

http://anond.hatelabo.jp/20160610192423

「直線」の定義ってなんじゃろ、と思って検索してみたら余計わけがからなくなった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B4%E7%B7%9A

・直線とは、どこまでもまっすぐ無限に伸びて端点を持たない。有限の長さと両端を持つものは線分。

・直線は太さを持たない図形である為、厳密に正しく表示した場合視覚では確認不能となる。

ユークリッド幾何学では、直線は本質的に無定義述語である。つまり、「直線とは何か」を直接定義せずに、ただある関係公理公準)を満たすものであるとして理論を展開していくのである

だとしたら、普通の人は「直線を引け」と言われたら「目で見える太さを持つ"線分"」を書いてしまうだろう。この時点で ”それ” が ”直線という言葉に値するか否か” なんて問題はたいした問題ではなくなってしまっているのではないか

だとしたら、あの太さがある”線分”を「直線で~す」と言ってしまっても許されるのではないか

教えてえらい人!

ちょくせん【直線】

まっすぐな線。二点を結ぶ最短の線。 ↔ 曲線 

               大辞林 第三版

二点間を最短距離で結ぶ線。まっすぐな線。

              岩波国語辞典 第七版

一つながりのまっすぐな線。意図をぴんと張った時の形。

[幾何学では、両方の向きにどこまでも延びているものを指すが、日常語では線分のことを言う]

                                 新明解国語辞典 第七版

2016-04-25

http://anond.hatelabo.jp/20160425162056

  • デザインが複雑で細かすぎて縮小すると潰れるため多様な媒体に展開しにくい
    • そこまで細かくないしD案の線のほうが細すぎて消えそう

東京オリンピック作品Aについて

2016-04-22

http://anond.hatelabo.jp/20160421072734

どんな工場にも「定盤」と呼ばれる平面基準が設置されています

それは、何を作るにしても全ての基準となる完全な平面が必要からです。

完全な平面を作るには3面摺りと呼ばれる手法が使われます

これは3つの物体を交互に擦り合わせ、高い部分を少しずつ削りとる手法です。

高級な定盤では表面の粗さや設置の際の自重によるたわみなども考慮されています

大きな穴に小さな軸は入りますが、小さな穴に大きな軸は通りません。

工業的に物を生産するためには、違う工場で作られた部品が組み合わせられるように、

なるべく正確な世界共通物差し必要になります。そのためには、

初めにとても大きな長さを考えて、適当スケールに縮小すると使い勝手が良さそうです。

メートル現在光の速さで定義されていますが、もとは地球の全周長さの4000万分の1でした。

機械の多くは単純な幾何学形状の組合からできています

完全な平面があると、円柱や直方体が作れます。より正確に言うと、

正しい形状かどうかの確認や、正しい形状にするにはどの部分をどの程度修正すれば良いかが分かります

ドリルバイトなどの工具は正確な円柱や直方体に刃をつけたものになっています

ロクロの高級なのが旋盤、ロクロに砥石を付けて回すのが研削盤、ドリルを付けるとボール盤

材料や工具を縦横に動かせるようにしたのがフライス盤と呼ばれる工作機械です。

工作機械があれば色々な機械が作れるため、機械を作る機械として「マザーマシン」と呼ばれます

マザーマシンの精度が製品に転写されるため、100分の1ミリ精度の機械をつくるには、

1000分の1ミリ単位の精度を持つ工作機械必要だといわれています

2016-01-10

日本アニメ(ーター)見本市のオリジナル作品を全部見た

NHKで特集再放送があったんでまとめて見たら、けっこう面白いのを見逃してたよな気がしたんで書いとく。

http://animatorexpo.com/titlelist/

ちなみに1/31で一度だいたいの公開が一度止まるらしい。赤字プロジェクトのままらしいし、ちょっともったいないので感想を書いてみた。

エヴァ資料ちょいだし系とモヨコ(のマンガ紹介)は外した。正直わかんなくて項目を立てなかったのは「電光超人グリッドマン」「月影のトキオ」「偶像戦域」「ブブとブブリーナ」「ザ・ウルトラマン」「世界の国からこんにちは」「カセットガール」。エロい解説よろ。

アニヲタってほど詳しくない、作画ヲタでもないので、なんか間違いがあったらツッコミ歓迎。

http://animatorexpo.com/thedragondentist/

冒頭の湯浴みシーンの水の質感がちょっと懐かしい。キャラの動き方も世代的には旧エヴァよりちょっと前、ナディアとか好きだった世代には嬉しい感じ。サントラの中に「雲龍」ってのが入ってるのは、出てきた軍艦雲龍型ってこと?ミリヲタの人に聞きたいわ。あと和物ガジェットを少しずつ重ねていくことで和物ファンタジーにうまく繋げてるのがいいかな。

  • 「HILL CLIMB GIRL」

アップで映った時の女の子の口がなんか超絶可愛いよね。

  • 「ME!ME!ME!」「GIRL」

NHKで紹介されてた吉崎響×井関修一監督×作監コンビだったのでこれも見た。前半は単にエロでしょと思ったんだけど女体が非エロものとしてゲシュタルト崩壊していくのがいい。そのくせ幾何学模様もエロ連想させやすい形を維持しているのは、わかりやすく狙ってるんだろね。そこに至るまでを含めて見ると、どぎついコンセプトとは別にキャラ描線も美しいのが感じられてくる。早い段階で女の身体が襲ってくるモチーフが出てきたことで、序盤のエロが単なるエロではなくなった。その辺の流れの作りこみがうまい

後半エヴァスーツ一人称シューターする感じとか、デザインのものが新しいわけじゃないけどマイナーアップデート感があるね。最近映像作品全般でもわりと出てきてる手法だけどね。

幾何学模様もエロというのは、その後に同じコンビで出た「GIRL」も同じ。あの舟を見下ろしてるのはコレだよねってのが分かりやすい。百合クリオネみたいに生やすのはなんでだろって思ってたんだけど、終盤に対応するシーンがあったかな。

編集で出た「ME!ME!ME! CHRONIC」はさほどでもなかった。だから「ME!ME!ME!」と「GIRL」さえ見ればいい。

  • 「Carnage」

主人公西部劇短編なんだけど画面に古いフィルム映画風のヨゴシを含めたカメラワークが特徴。隻腕ガンマンアクションを網羅してるのも(・∀・)イイ!!

鉛筆書き風のは「かぐや姫の物語」があったけど、それで「南くんの恋人」をやるとスマホが意外と面白い表現手段になるんだなと思った。感情に応じた描線のゆがみもよいけど、最後の表情の微妙な変遷がかなりよかった。

  • 「そこからの明日。」

見本市にはMusicClip的なつくりのもの結構あるけど、その中でも都市描写がいい。おしゃれアニメって言葉濫用され過ぎてるきらいがあるけど、こういう「都市に在りそうな物体配慮の行き届いたのをオシャレって言ってほしいかな。

トップ推し。大型のなんかについての鈍重さの表現が、エヴァ周辺のあれこれだけでなくて、ここ数年の怪獣映画が気をつけつつあることとも呼応してるよね。『パシフィック・リム』とかね。

  • 「Kanón」

声優にハイテンションで喋ってもらう。こーゆーの好き。風刺モノっていうのは要点をわかってるほど基本付き合うのがタルいので、タルくない速度でやるならこのくらい早回しで作る必要がある、ということを確認させてくれる。これから見る人に言っておくと、英語字幕つきで見たほうが会話のリズムがわかっていい。

ここまで完全に言い忘れてたけど、「見本市」作品男役はみんな山寺宏一女性系の役はみんな林原めぐみ。この二人の声優が全作品で演じ分けてる。そういう契約なんだろうか、確認してないけど。作品は好き好きだろうけどこのことがわかるとヲタ的に楽しみ方が広がって、いいよな。

今石監督作品。「パンティ&ストッキングwithガーターベルト」とか「キルラキル」とかにあったうち一部の部分をさらにどストレートな方向に圧縮したようなやつ。煮詰め方は凄いけど、推せるかっていうとわからないな。

  • 「おばけちゃん」

わかりそうでわからない。中毒になる人はなるんでは。それはそれとして細かい演出結構凄いんじゃないか。だってイカ娘」と「日常」と「九井諒子短編集」が全部入りな上でエヴァ系の知財を使えたら、まあこうなるよなって。今更めぐ姉でそういう企画できるってのはつくづく良いプロジェクトだよこれは。おかわりいただけるだろうか。「そうそう、艦これ雪風二次創作を消費してる時の俺らってこういうの見たかったよね」みたいな。おかわりいただけるだろうか。

ミステリ時間SFとをショートショートでやったってところ。筋がさほど捻られているわけではないけど、男の指の滑らせ方の演出殺人と性欲(と愛情?)の狭間を漂っている。オチ文字通りの文脈依存なまま終わるのもショートショートとして(・∀・)イイネ!!

安野モヨコデザインしたキャラ四季を表すコマ撮りアニメを実演してる。コマ撮り用の素材のチョイスもいい。

コマ撮りがアニメジャンルとしてわりと好きだから推しとく。

すしお絵でこういうのやるの、かわいいに決まってんじゃん(ももクロZのもそうだったよ)、というのがファーストインプレッションだけど、まあ密度が高い。押し合いへし合い口撃戦のところとか良くね?良くね?

さかき漣「顔のない独裁者」って小説が元らしい。エヴァジブリってよりは大友アニメ押井アニメの大きな流れで見た方がいいのかな。政治を扱ってることそのものよりは政治性的不能とを安易に直結してしまうところに「いまどきこれはないでしょー」な筋悪さを感じる。原作をみてないからアニメスタッフにどこまで責任があるのかわかんないけどね。でもねこういうの好きだよなみたいな共感もあるよね。

クレジットを見ると監督平松禎史さんってことで。彼の関わってる寄生獣アニメ化は全体的に良かったし、こういう方向でももう少し長いのをやってくれるのかなという期待を持った。

  • 「神速のRouge」

俺屍をやってた当時の俺の頭ン中は終始こんな感じだったな。スキスキダイスキ。ただ他の人にとっても良いかどうかはわからん

盛々のグロ要素に対する薄暗い欲望と、あと昨今の劇場版アメコミ映画で金払って数時間座らされて「なんだこれっぽっちかよ」、みたいな気分にさせられがちなイライラの、どっちも手短に上手に昇華してくれてありがとう

中盤くらいからカウボーイビバップ直撃世代が泣く展開になってるんだよ。わかってくれるか。老害ですまんな。マジで

校舎内で上條淳士絵の美少年空想フィギュアスケートで踊りそのまま成長して表舞台に、というだけでもう楽しいでしょ〜。

ただ幾つかフィギュア素人なりに疑問に思うところもあったかな。男子シングルの練習をしている主人公妄想にしてもいきなりペアの技を繰り出せるのかとか、ジャンプ後の着地がイマイチそれっぽく見えない瞬間があるとか、そういうトコね。ただ今後フィギュアスケートアニメとかが出てきた時にこの短編はなにかと作例として見直されるんじゃないかな。

感心の方向としては「坂道のアポロン」の運指にちょっと近いものがあるね。

作品それ自体の好みを抜きにしてネタゴリ押しで大爆笑させてもらえたのはこれが一番だった。B級映画を見慣れてる人ほど笑いとして刺さるんじゃないかな。「エヴァのTVシリーズは前半でしょ」と言いたがるタイプアニメファンにもどうぞ。

  • 新世紀いんぱくつ。」

鋼鉄のガールフレンドですね、わかります

冗談はさておき、他の作品も広い意味ではエヴァその他のIPを使ってるのに一番半端な知財の使い方で、やらなくてよかったことなんじゃないのこれっていうのが残念。最後の数十秒の良さも音響のおかげというところがあるし、これの目指すエモさは本当はエヴァじゃなくてよかったんじゃないの。

これ自体がそこまで悪いってわけじゃないんだけど、パロディを取り混ぜた知財の使い方でとりわけ上手だったのは「おばけちゃん」だったから、比べてしまうね。

  • 「旅のロボから」

どうしようもない好色のロボの話ではあるので最初は見かけた時不愉快だった。だけど見直すと、作画の良さが際立ってることは間違いない。それだけ取り出して褒められるかどうかというのが、こういう好色バカを扱う作品の難しさだね。

この作品に限った話じゃないけど、そーゆーポリコレ関係ジェンダー論とか差別とかどうこうってやつね)がクリアできてないのは「見本市」にはむしろ多くて、さすがにこの貧相さで大丈夫かなと思わなくもない(映画もそうじゃん、とか言ってる人はごく最近映画を見てない不勉強人間なので無視するよ)。もっともね、そーゆーポリコレのズサンな点が気になりだして作画や造形が評価できなくなるのはよくある落とし穴なんだけどね。ハマるよね。

ジェンダー論ガン無視していい作品作ろうと思ってる作り手と、ジェンダー論だけやっておけばそれだけでいい作品語りができると思い込んでる語り手と、どっちも怠惰さで言やどっちもどっちだけど、四分六で後者の方がやや罪が重いかな。映像の良さをしっかり語れる作り手と語り手がジェンダー論にも手を抜かないくらいがちょうどいいね

結論としては「POWER PLANT No.33」「おばけちゃん」「イブセキヨルニ」が推し。次いで「ME!ME!ME!」「I can Friday by day!」「ENDLESS NIGHT」「ヒストリー機関」あたりが良かった。異論は認める

2015-10-28

http://anond.hatelabo.jp/20151028200804

三角形内角の和が180度を超える=凸な多様体上の性質の話

線が曲がっちゃうから=測地線の話

何気ない会話に見えて、いい感じで、一般相対論(の土台となるリーマン幾何学)の入り口に立っている。

この次の話は、

その曲がった線に沿って接線ベクトルを1周させると、どれぐらい180度から増えたのか、わかるんだ。

2015-09-08

本当に佐野氏のエンブレム著作権的にアウトじゃないのかの論考

深津氏の文章を読んで、本当に佐野氏のロゴ著作権的にアウトじゃないか

疑問に思ったのでベルギー弁護士の人がやろうとしていた

ことを代わりにやってみた。

著作権侵害が成立するには

1.依拠

2.類似性

3.利用行為を行ったか

の3つをすべて満たす必要があるらしいので、順番に検討してみようと思う。

なお、著作権侵害が成立する要件については、こちら

(http://www.saegusa-pat.co.jp/copyright/cr_02_3.htm

を参考にした。


1.依拠

はつまりパクった経路が確認できるかをベルギー側が

証明する必要があり、Pinterestの閲覧の有無が争点になると思う。

当然ベルギーデザイナーPinterest自分ロゴ登録しているし

佐野氏もPinterest登録していたことが確認されている。

これによって佐野氏がベルギー側のロゴを見たということには充分妥当性があるように思う。

ここで佐野氏が実際にそのページをみたかどうかの証明必要ないし(もちろん証拠があればそれに越したことはないが)、

佐野氏がもし仮に、見ていないと発言しても、忘れたと発言しても依拠性が覆されることはない。



2.類似性

まず佐野氏のロゴベルギー側のロゴ類似している部分を列挙してみる。

類似点 ベルギー側のデザインの要素

・中心の縦の棒のパーツ

・左上と右下におかれたパーツ

・3つのパーツにより切り抜かれた円の形を視覚的に感得できること

・パーツの組み合わせにより『T』と『L』の合字が視覚的に感得できること

以上の4つではないかと思う。

(1)判例判断基準

判例では、他人著作物表現形式上本質的な特徴を直接感得できるかが判例判断基準となるようだ。

ここでは、"表現形式上の特徴"が争点となる。

9分割による"モジュール"による展開性や"書体"などは、

"構造的な特徴"となり、デザイン本質的な特徴ではない。

もし仮にまったく別のデザインなのに、モジュール展開性が

可能だったり、たまたま『T』の書体が一緒だとしてもそれは

構造的な特徴(つまりアイデアのこと)として処理され、

類似性があるとは認められないのと同じ。



(2)表現共通性

これは一目しただけで、類似していることが認められるのではないかと思う。

相違点はベルギーデザイナーデザインが外側に黒丸で囲んであり、

モノクロ(2色構成)で構成されているのに対し、佐野氏の、エンブレム

外側の黒丸に対する円がなく、4色構成であり、右上に赤い丸があることの

いであるが、これらの違いはベルギーロゴが土台にあってはじめて

成り立つものであり、ベルギーロゴ本質的な特徴であることが理解できる。

まりベルギーデザインが土台にないと、佐野氏のデザインはまず

構成できないことに着目したい。




(3)創作的部分の共通性

ここではベルギーロゴ創作的か、一般的かが問われる。

日本側は、幾何学的模様による構成は、どこにでもあると

主張していて立証は難しいように思える。

しかベルギーロゴが『T』と『L』の合字であることに

着目してみたい。

ベルギーロゴの着想の出発点は『T』と『L』の合字部分

である

それに対し、佐野氏のロゴの出発点は『T』のフォントである

原案を見てもそれは明らかである


佐野氏の案を出発点にすると、どうしてもロゴの右下にあった

パーツ(≒△)は右上にこないといけない。佐野氏の原案でも

右上に△があり、右下に△を入れる論理的必然性がなく、

ここに飛躍的がある。

ベルギーロゴには元々、『T』と『L』の合字であるという

出発点となっているため、飛躍的な超越はない。ここにベルギー

ロゴ創作性が認められる。

おそらく佐野氏は『L』の合字部分に気付かなかったのではないか。

ベルギー側のデザインが『T』のみのロゴだと思い込んだのである

日本人には一見なにも問題ないように思われる。しかし『T』の

右下にパーツを入れることは欧米では一般的ではないのである

まり佐野氏のロゴは、『T』としては非常に不自然な形状をして

いることになる。この不自然さこそ、一般的でないことの証明であり

創作性を保有しているということになる。

さて佐野氏はどこから、右下に三角(≒△)のパーツを配置する

という着想を得たのだろうか。


3利用行為を行ったかどうか

あきらかに五輪エンブレムとして利用すれば利用行為を行ったことになる。

佐野氏がエンブレムを取り下げたために、ベルギー側も告訴を取り下げるしかなかった。




おそらく以上のことをベルギー側は証明しようとしていたので

はないかと思われる。

これを読んでもみんな(深津氏や山本一郎氏を含む)は、佐野氏は

エンブレムをパクッてないということになるのだろうか、聞いてみたいところである

ついでに以前の自分記事

http://anond.hatelabo.jp/touch/20150903190148


よろしくどうぞ

2015-09-04

続・佐野氏のこと

佐野氏のこと」を書いた元増田です。

今回増田に何かを書くというのは初めてで、まさかここまで大きな反響があるとは予想してなくて正直かなりびびってます。どちらかというと同業の方々に向けて書いたつもりなんですが、思いのほかそれ以外の方々から大きな反響をいただけたのは、好意的意見否定的意見も含めてとても嬉しく思っています。ほぼ全てのブコメツイートに目を通しました。そこでやはり僕の言葉足らずのせいで誤解を与えてしまった箇所がいくつかありまして、そこを補足する目的でこの追記を書いています

まずは多くの同業の方からお叱りをいただいた「程度の差はあれネットから無断で画像拝借して勝手に使っちゃうって経験」の部分ですね。ここで言う「程度の差」というのはその後の「人の目に触れるような仕事では他人の素材を勝手に使うのは怖くて出来ない」という一文で「最終の成果物には当然使わない」つまりラフカンプまり」という意味を込めてのことでした。いや、でもこれ自分で読んでもかなり微妙表現だなと。クライアントに「ネットから適当に~」みたいなことを言われるケースはもちろんその都度それがいかに問題のあることかを納得してもらうまで説明します。その上で限られた予算のなかで撮影するか、出来なければストックフォトから借りるか、フリー素材をあたるか、素材が無ければ無いなかでデザインを工夫するか、その辺はすべてのデザイナーさんたちが日頃当たり前のようにやっている通常の行いですね。だからあれほどの「ビッグクライアント」で「あり得ないよね」と。

ほんと言葉足らずでした。申し訳ありません。

次に扇のエンブレムのことで「幾何学的」だと優れていて、そうじゃないデザインは良くないという風に読み取れる書き方をしてしまっていて、実際そのように捉えている方が数人いらっしゃいました。デザイン(とりあえずここではロゴエンブレム限定します)というのは幾何学的なアプローチの他にも「手書き風」であったり、手書きとまではいかないけど自由曲線で描かれたものであったり、またイラストだったり、さまざまなアプローチがあります。ですが今回の佐野氏のエンブレムは「幾何学的」完成度を追求して作られているのが明白なのに対し、扇はどっちつかずで詰めが甘いのです。エンブレムとして目指す方向が定まっていないという理由佐野氏のエンブレムより劣っているという意味でした。皆さんご存知のAppleリンゴマークですが、デザイナーなら常識なんですけど、あれは全て厳密に計算された幾何学法則に則ってデザインされています。試しに「apple」「ロゴ」「図面」とかで画像検索してみてください。計算されているが故の普遍性や安定感というものデザイン世界には存在します。

あとサッカーを例えに出してJ2バカにすんなってご意見、ごもっともです。バカにしてるつもりは一切ありませんでしたが、ファン心理としてふざけんなってなりますよねそりゃ。ごめんなさい。

最後におまけとしてぶっ込んだマスコミの件ですが、彼らのやるべき取材ってあれでいいんですかね?いまネットで起こっていることは明らかに集団リンチです。そこに数字がとれるし楽だからという理由かどうか知りませんが、完全にリンチに乗っかってるだけですよね。

小学生佐野くんがテストカンニングをしたとします。たまたまの子にそれがバレてちょっと問題になって、そのうち他にも何件もカンニングをした事実が見つかってクラス全員の知ることになり、皆から誹謗中傷イジメが始まったとします。そのうちそれが学年全体に広まりさら学校全体に広まって、全児童から文句を言われてる状況を想像してください。そこにさら拍車をかけて教師までその彼へのイジメに加担している状況、この教師たちの対応と今のマスコミは同じです。教師たちのやるべきことは行き過ぎた誹謗中傷を止めること、なぜカンニングが起きたのかの検証、そして再発防止のための対策を考える、その他いろいろありますよね。児童と一緒に義憤かられてブーブー文句を言う教育者っておかしくないですか?

世の中のあらゆる「義憤」と言われるものはすべて正義と言う名の悪意です。例えるなら家族を殺された遺族が加害者に抱く怒りや殺意は、背景はどうあれそれは「怒り」であり「殺意」なのです。そこに自覚的でいられないかぎり、テレビでの影響力のある人間善悪論を振りかざすのってとても迂闊ですよ。誰とは言いませんが。

おまけ:忘備録より備忘録のほうが一般的用法だということを初めて知りました。人生常に勉強ですね。

2015-09-01

http://anond.hatelabo.jp/20150901082556

シンプル幾何学模様のデザインから、似通ったものが偶然見つかったというのは、それほど不思議なことではない。

どこかのデザインと似る事が最初から分かってたんなら採用すんなボケ

特に原案なんて長方形三角形と円を並べただけだからWindwos付属のペイントですら3分でほぼ同じモノが作れるぞ

佐野氏のこと

追記しました。

http://anond.hatelabo.jp/20150904121847


都内で細々と自営のデザイン屋をやっております。今回のエンブレムの騒動もここにきて(とりあえず)一つの区切りがついたようなので、この一連の出来事において個人的に感じたことなどを忘備録も兼ねて書き留めておきます

まず、佐野研二郎という人物についてですが、今回の騒動でまぁ国民に広く知れ渡るほどの知名度を得ましたけど、デザイン業界においてはスーパースター的な知名度が元からありました。まぁサッカーの日本代表スタメンに入るようなイメージですかね。ちなみに僕はJ2にも入れないぐらいですね。サッカー観ないからよく知らないけど。まぁ所詮業界内だけのことを国民的なスポーツに置き換えるのもアレなんですけど。

で、そんな彼がこんな形で騒がれ始めて、まるで自分自分のやってる仕事に対していちゃもんつけられてるような気になって一人で勝手に心を痛めていたわけです。しばらくは。

今回のエンブレムが発表されて最初に感じた個人的感想は「これはちょっとやばいぞ」でした。何がやばいかというと、一般ウケしないのは一目瞭然だったんですよ。まぁ皆さんがダサい理由としてあれこれ上げてらっしゃることと同じ理由で。でも選ばれた理由幾何学的な要素だけで構成された、今後の展開やブランディング視野に入れてのことなんだなというのは初見でなんとなくわかりました。

はいえですよねぇ。今回のオリンピックボランティアユニフォームはダッセーって騒ぎになったしスタジアムはまぁあんなゴタゴタですし。もっとかのぼるとAKB開会式に出すんじゃねーの?やめてよね!みたいな機運もあったり。もっとかのぼると、そもそも毎回オリンピックやるたびに選手団ユニフォームダサいって槍玉に挙げられてるし。もう国民感情ちょっとでも変なもん出したらただじゃすまねーよって空気が既に醸成されてたわけですよ。

そんななかあのエンブレムでしょ。「こりゃやばいぞ」と思うわけです。

でも正直ここまで大ごとになるとは思ってなくて、なんだかんだいって世間も落ち着いて、そのうちあのエンブレムがいろんな使われ方をして面白い展開がされていくなかで、徐々に世間から受け入れられていくんだろうなと楽観してたんですよね。

ダサいかダサくないかは正直これからの使われ方次第、というのが僕のデザイナーとしての見方でした。

そこにきてあのベルギー劇場ね。パクりかパクりじゃないかというと、個人的見解としてはパクりじゃないですねアレは。

ただ、あのとき記者会見で完全な悪手を打ったのは間違いないです。どういうことかというと、デザインプロセス素人にもわかるように説明しなかったからですね。

例えを出すと、アルファベットの「E」とカタカナの「ヨ」、ひっくり返ってるだけですごく似てますよね。でもこれらはまったく違う文化文脈プロセスを経てたまたまアウトプットが似てしまっただけなのはわざわざ説明するまでも無いんだけど、これぐらい明確に多くの人が納得出来るアウトプットまでのプロセスを開示してくれれば良かったんです。(ダサいダサくないは別な議論として)

ちなみにこの辺りではまだ僕は100%佐野さん擁護立場でした。

そのあとトートバッグの件とかあれこれパクりだなんだと掘り返されてく騒動を見てて、明らかにいちゃもんだろってのも多かったんですけど、こりゃ完全に黒だわってのもボンボン出てきて。ほんと正直な話をしちゃうと、程度の差はあれネットから無断で画像拝借して勝手に使っちゃうって経験ほとんどのデザイナーにあると思うんですよ。

からトートバッグの頃まではもちろん悪いことだけど同情も禁じ得ないみたいなね。下のデザイナー勝手にやっちゃったんだろうなーと。だからこの辺までは個々の問題は切り分けて議論すべきという立場で、まだ擁護派でした。

でもそのあとさすがに出てきすぎだよね。僕ぐらい小さな仕事しかしてないデザイナーでも人の目に触れるような仕事では他人の素材を勝手に使うのは怖くて出来ないのによくやるなーと。お客さんによっては「予算無いから素材購入はそっち持ちで。撮影?無理無理www」みたいなのとか「ネット画像適当に使っちゃってよ、どうせバレないっしょwww」なんてケースもけっこうあります。やんないけど。でもあれほどのビッグクライアントがそんな予算渋るとは思えないしね。あり得ないよね。

で、佐野氏を結構擁護してた僕なんですけど原案を見て「もうダメだわ」となりました。

だって当初発表していたデザインコンセプト自体が後付けだったってことがはっきりしちゃったので。亀倉さんへのオマージュなんてどこにも無いじゃん!みたいな。あー、どうりで最初の会見でプロセスをはっきり説明出来なかったんだなーと。この時点でもう擁護するのが面倒になりました。心ももう痛まないです。

まぁ結果的に取り下げになったのは佐野氏にとっても委員会にとっても国民にとっても良かったんじゃないかなと思います。というか空港画像の件、取り下げる理由を探してた委員会としてはとても良い言い訳が見つかってホッとしてるんじゃないかなと。

話がまとまってないけど、あのネットで話題になった扇のエンブレムね。あれを汚いって中島英樹氏は言ったけど、あれはデザインが悪いという意味とはちょっと違いますね。多分だけど。あれはあの丸のレイアウト幾何学的な法則性がなくて、なんとなく配置してるだけなんですよ。だから揃うべきところが揃ってない。あと配色もなんとなくで決めてるのがわかりますしね。その点佐野氏のデザインは円と正方形のみでちゃんと計算されたエンブレムなので、そういう意味での完成度は明らかに違います。(ダサいダサくないは別な議論として)

最後に「デザインわからん素人は黙ってろ」というこっち側人間に多く見られた反応ですけど、あれは呪詛ですよ。絶対にやってはいけない。

僕もネットの心無い書き込みを見て「素人がなんも知らんくせに」という感情が何度も湧き上がったのは正直に告白します。でもそれを言ったらもう終わりなんですよね。わからんやつは黙ってろじゃなくて、わからせるためにこっちは何が出来るか、わかってもらうための努力まで込みで考えてものを作るのがデザイナーアートディレクター仕事だと思うんです。

から出産直前で佐野擁護発言をした森本氏がこれから新しい命が誕生する前になんでこんな呪詛を振りまくんだろうと不思議で仕方なかったです。あれなんて典型的な「素人黙れ」発言だったので。

普段あまり文章を書く習慣の無い人間ありがちな、非常にまとまりのない文章すみませんでした。

でもデザイン業界側の人間で僕みたいな捉え方してる人ってわりと多いんじゃないかと勝手に思ってるので、多少そんな人たちの代弁ができたんだとしたらいいなと思ってます

おまけ:マスコミは全部ネットの後追いしてるだけで、彼ら仕事してないよね。

追記も併せてぜひ。

http://anond.hatelabo.jp/20150904121847

佐野騒動の争点

話題パクリ騒動で厄介なのは、色々な争点がごっちゃになっていることだと思う。佐野氏を擁護する意見に対して、擁護の主旨から外れた批判を浴びせるという状況もしばしば目にする。祭りに乗じて誰かを叩きたいだけの人からすれば、これぐらい混乱していたほうが楽しいのだろう。

折角なので、この騒動における争点を簡単にまとめておきたい。

(1) オリンピックエンブレムが (個人の好みとして) ダサいから嫌だ

(2) オリンピックエンブレムが、(素人目には) パクリであるように見える

(3) (2) の騒動を受けて、佐野氏や大会組織委員会が行なった弁明が迷走中

(4) 何人かのデザイナーが、単なる感情論佐野氏を擁護したり、素人を見下したような発言をする

(5) 佐野氏の名義で世に出されたデザインに、他人著作物が無断利用されている

_________________

佐野騒動は、少なくとも上記の5つが絡み合いながら拡大を続けている。

(1) は好みの問題が大きいので、議論する余地は少ない。

(2) は、相当厄介な問題シンプル幾何学模様のデザインから、似通ったものが偶然見つかったというのは、それほど不思議なことではない。デザイン業界の人たちが言うには、ぱっと見で似ているかどうかではなく、デザインの背後にある考え方やメッセージというのが本質的重要らしい。

(3) では、なぜか、佐野氏の立場が悪くなるような燃料が、本人側から次々と投下されている。すでに、主張に整合性を持たせるのが苦しくなってきているし、コンペティション公平性疑問視される事態引き起こしている。これは明らかに不自然な状況なので、何か、単純かつ重大な事実を隠しているのではないかと勘ぐってしまう。

(4) は、擁護する側の気持ちになってみれば、自然な反応だと思える。佐野氏の個人的な知り合いや、彼を尊敬するデザイナーからすれば、この騒動に関して感情的になるのが当たり前だ。また、(2) のような状況でエンブレムが取り下げになると、デザイン業界に悪しき前例ができてしまう。だから佐野氏個人に全く興味が無いとしても、(2) に関しては擁護しておきたいデザイナーが多いはず。ところが、デザイナーとしての理屈を、慎重な言葉遣いで、素人の神経を逆撫でせずに語ることのできる人は少ないようだ。世の中には、自分が見下されたと感じると物凄い勢いで怒るひとが結構いるので、迂闊なことを言うと、むしろ火に油を注ぐことになってしまう。

(5) は、擁護のしようがない。佐野氏の普段の仕事における雑さや倫理観の欠如が、絶妙タイミングで表に出た形だ。もちろん、理屈の上では、これはオリンピックエンブレム正当性とは全く関係がない。だが、大抵の人は理屈よりも感情を優先する傾向にあるので、信用出来ない人が作ったエンブレムは、やはりいかがわしく思えるだろう。

以上の騒動は、佐野氏のデザイナー生命にとって致命傷になりかねないし、ひいてはデザイン業界に大きな打撃を与える可能性がある。

小保方氏の論文不正が発覚した後、早稲田大学受理された過去博士学位論文をはじめ、他研究者論文不正が数々掘り出された。デザイン業界でも、今後同様の現象が起こると予想するのは、ごく自然なことだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20150831231737

2015-08-31

初等数学教授

http://d.hatena.ne.jp/shi3z/touch/20150830/1440908973

ここのブコメにあるように、中高の数学実学踏み台として教えるというのは、間違っていると思う。

なぜならば、将来の純粋数学者哲学者への教育放棄しているから。

数学というのは概念記号化、抽象化と推論規則の導入と演習として教えられるべきで、

経済学物理学プログラミングで使えるというのは抽象化真逆を行っている。

もちろん、被教育者の全員が全員純粋数学者哲学者になるわけではないので、

そうでない生徒に対するクッションとして実用例を出すというのは必要だと思う。

しかし、教育カリキュラムとしてはあくま理学的、哲学的であるべきで、

かつその抽象化や推論規則のような理学思考はどのような業務に就くとしても

必要となるものである

裏を返せば、実学での事例は、その実学範疇しか使えず、

単なる知識にしかならない。思考訓練にならない。

今の数学教育の弱いところもそこで、例えば中学幾何学

ユークリッド公理系に基づいてしっかり教えられる教師が圧倒的に少ない。

で、結局実用に逃げて論理とは何かを義務教育で教えられていない現状。

プログラミング実例出せばいいというのは、昨今の文系軽視論にも通ずるところが

あるので、はてな民くらいの教養のある人々には、

ぜひ理学哲学大事さの普及に努めてほしいと思う。

2015-08-25

http://anond.hatelabo.jp/20150825150348




元の日記を書いた人ですが、この辺は単なる個人的趣味の話。

TOKYOのTをロゴにするっていう発想自体別に、悪くは無いと思うんですよ。

扇子や桜はわかりやすモチーフだけど、それって凄く古典的で。

大正時代だったら良かったのかもしれないけど、今の日本人洋服を着るし、東京ビルばっかだし。

かと言ってニューヨークのような、ザ・都会じゃないし、パリみたいに整ってるわけでもない。

「1964」から進化した「今の東京」を具体的なモチーフで表すのって至難の技

海外から見た具体的でナウい日本文化といえば、アニメ漫画ファッション

さすがにそれをモチーフにしちゃったらそれこそ国民に怒られる。

じゃあもっとなんか別のモチーフ必要だと。何にしようかと。

個人的には「円」って今も昔も日本っぽいよね、と思ってるけどそのへんはおいておいて、

(そもそも「日本」じゃなくて「東京」なわけだし)

で、東京東京ってなんか、すっごい独特な場所だと思うんです。

私自身はそんなに海外行ったことなから断言できないけど、

海外の人たちの反応を聞く限りでは、他の国にはないような何とも言えない変な場所

高層ビル群があるかと思えば、路地裏には小汚い定食屋が並んでて、

大きなデパートが並んでるのに、突然神社やお寺が現れて。場所によっては屋上鳥居があったりして。

スクランブル交差点があって、うるさいモニターの下で演奏してる人達がいて、ちょっと歩けば広い公園があって。

日本人からしてみれば何てことはない日常景色外国人が珍しそうに写真撮ってて。

なんかそういう今っぽいカオス感が「TOKYO」ってものの中に内包されてる気がしてて

東京でもとうきょうでもトーキョーでもなくTOKYOだよなあ、みたいな。

からまあ「TOKYOのTをモチーフロゴ制作する」っていうのはアリだと私は思います

既存書体を元にするっていう話ですが、

文書体って一杯あるけど、その歴史みたいなのはすんごく奥深くてですね。

日本語と違ってとても幾何学的な字体なので、読みやすさ・美しさ・強さ、あらゆる観点計算されつくしていて。

から新しいフォントを作ったところで、昔からある伝統的な書体には何をどうしたって敵わない。

で、選ばれたのがDidotとBodoni。というか、「モダンローマン体」と呼ばれる種類の書体

これもまた伝統的で世界中から愛されてる書体

佐野氏が「これを元にしました」とか言っちゃうから話がややこしくなるんだろうけども、

DidotやBodoniを元にした書体なんかそりゃもう大量にあるし、

世の中の活字は手書きのものを除いてしまえば漏れなく「元ネタ」がある。

(遡りまくった先にあるのが2000年前にローマに建てられた「トラヤヌス帝の碑文」と呼ばれる石碑に書かれたTrajan)

美術というよりは数学みたいなもので、美しく伝統的な書体を元にしつつ、

その時代や使用目的最適化された書体を「新たに作り上げている」のですね。

で、今回はそれがオリンピックロゴであったと。言うことですね。




蛇足なんだろうけど、好みだけで言えばあのエンブレム別に好きでもなんでもないです。

円を意識して右下に下げたセリフの片割れ、あってもなくても私には円には見えないし。

黒のインパクト強すぎだし。9分割が逆に気持ち悪いような気もするし。

パラリンピックと並べれば、まあアリかなあ、ぐらいの。これから先の展開に期待というかんじです。

私も招致の時の桜のマークは好きでした。あれを使えばいいとは言わないけど。

長々と失礼致しました。

2015-08-22

http://anond.hatelabo.jp/20150821210802

ベルギー美術館にもそう言えばいいんじゃね?

あんたらはデザイン素人から知らないだろうが、ああいデザインは偶然似てしまうなんてのはよくあることなんだからあんまりガタガタぬかすなよ」ってさ。

どうした?

もしかして本当に幾何学的なロゴの類似はまったくないと思ってたのか?

例を挙げてみろって言われたから挙げたのに、どこにキレてんのよ?

真のリーダーとはなんなのか

任天堂岩田聡氏が亡くなったことを聞き、とある男性のことを思い出した。

初めて出会ったのは、とある武道クラブ小学校低学年の頃だ。

明るく朗らかで、でも平凡な子供だった気がする。

顔を合わせるのは週に一度だけ。

私は、そのクラブをやめたり、もう一度再開したりを繰り返し、彼もまたそんな感じで、終わったらササッと帰っていたので、それほど多くの言葉は交わしてなかったと思う。

同じ中学になって知ったことだけど、彼は学校勉強が出来るほうだった。

小学校が別であったため、小学校当時の彼の学校での様子はわからないけれど、親経由でオール5をとったという話は聞いたことがある。

私もまた、そういう小学生によくいる、プチ秀才だったので、ふーんという感想しかなかった。

中学での彼も、明るく裏表のなく、私は彼をとても好いていた。

成績は当初、私のほうがよかった。

月並みのように思えた。

普段も、すこし昔の出来事を綺麗さっぱり忘れるし、文系科目は苦手で、記憶力がいいとはとても思えなかった。

でも、時々、ものすごく難しい数学問題(私にはそう思えた)を解いたりして、普通とは違うかのように思える一面はあった。

学年が進んでも、彼は明るく裏表のないナイスガイだった。

でも、私だけは彼の異常性を感じていた。

人間関係における策略性のなさというべき、人に自分をよく見せようとか、他人嫉妬するとか、そういう感情の欠如のような感じ。

決して冷たい人間ではない。

しろ手品とか、芸のような、みんなを笑わせようという行動はよくしていたけれど、本当にみんなを楽しませようとしか考えてない感じがあった。

クラス会などで、話し合っても答えが出そうもないような時はフラリと帰ってしまう、そういうところがあった。

ある日の授業、どういうわけか、自習になり、コンピュータ室でワープロソフトをいじらされた。

内容は覚えていない。流行ってる歌の歌詞入力しなさいと言われてたと思う。

当時ベーマガ愛読していた私は退屈していて、その当時覚えたてのアルゴリズム自分なりに改造して、真っ黒い画面に英単語記号を並べていた。

幾何学模様が順に描かれていき、消えていく、そんな単純なもの

その時となりの席だった彼に、なにをしてるのかと聞かれて、ほとんどそのまま答えた。

「ここが変数の宣言で~」「ここからここまでを何回もループさせて~」

映像として動かしたわけではなくて、当時の中学生からみたら、英語のような文字の羅列があるだけに思う、真っ黒な画面で、私はそんな解説をした。

いま思えば不思議だけど、彼はそれを理解してたように思う。

「へー、イコール記号数学で使うイコール(右と左が同じ)と意味が違うんだねぇ。」

というようなことを彼が言っていたのを憶えてる。

今でも私だけが知ってる彼の秘密。彼自身も忘れてる彼の秘密だ。

同じ高校に進学して、数学物理テストで、彼の才は目立つようになった。

平均点30点代の試験で、1人だけ90点をとってしまったことが彼の名を校内に知らしめた。

その次の、平均点が20点代の試験でも同じ結果となった。

数学教師は、彼に惚れ込み、数学面白さを伝えようとした。

物理教師も、化学教師も同じことをした。

でも、私がみる限り、彼は数学にも物理にも興味はなかったようにみえた。

彼の回答は、数学的ではないところがあった。

前提の元に解かれていて、その解が一般解である確認や他に解が存在しないかの確認がされてなかったりする。

目の前の問題を解決することに、答えに辿りくことに興味があるだけで、普遍法則には興味がないのだと思う。

そのことに気がついた時、彼の人の良さの答えがわかった。

目の前の障害をクリアすることにしか興味が無いから他人を蹴落とそうとか、他人嫉妬するという感情がないのだ。

問題を解決するためのアイディア提案しあう話し合いでは強くても、参加者が気持よく賛成できる落とし所を考えるような話し合いでは帰ってしまうのだ。

彼が私に、彼の彼女に「「わかっちゃいるけどやめられない」と言われ、「それわかってないんじゃん」と笑ったら、怒られた」

愚痴をこぼしたことがある。

私は彼のことが大好きだけど、私が女だったら絶対にこの男とゲットしたいと思うけど、世の中の女の受けは最悪だろうな、と思った。

彼が結婚披露宴に呼ばれたとき、思わず私は彼の結婚相手の女性

「彼の良さがわかる女性がいて、本当に嬉しい。」

褒め言葉なのかけなし言葉なのかわからない言葉をかけた。

後に彼に、「嫁が私にかけられた言葉をとても喜んでいた」と教えてくれた。

自身は、その言葉がなぜ彼女を感動させたかから不思議そうに報告してくれた。

私の友人の話はここまで。

リーダーシップとはなんなのかを考える。

リーダーがバラバラの方向を向いた各メンバーの進行方向を、みんなの意思を、前に向ける仕事であるならば、私の大好きな彼は絶対に向かないと思う。

各セクションのメンツ気持ち考慮して、気持よく「イエス」といえるような空気作り、そんなことは彼に出来ない。

もう中年に足を踏み入れつつある今でも、そんなことが世の中で行われていることすら気付いてない。

岩田聡氏は、私の友人と同じ種類の人間のように思う。

みんなの気持ちを調整して、みんなが気持よくイエスといえるような会議の進行は、会社運営は出来ない。

理詰めで、冷徹に人を切るようなこともしない。

問題本質を見抜き、凡人が、「これしかない、これが最良」と思える答えのその向こうにある、本当の答えに最速でたどり着く。

各セクションの内情など、わからなくても仕事を割り振りできる。

インプットに対するアウトプットさえわかっていれば、自分が知らない分野のスペシャリストだろうと、外部の組織だろうと、使いこなすことができたのだと思う。

人生を、世の中を、Hackするのが楽しかったのだと思う。

目の前に問題があることは、リソースが限られていることは、ある種の人間にとって娯楽だ。

彼らのような人間こそ、リーダーであるべきだと私は思う。

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