はてなキーワード: フランス革命とは
バッキンガム宮殿で展覧会を開くというのは大衆にドラゴンボールはアートであると広める文脈になるだけであってハイクラスの人間にアニメや漫画がアートであると喧伝することにはならない。もともとアートは王族や貴族がパトロンとなって芸術家に作らせたという歴史があって、フランス革命でルーヴル宮殿を大衆に開かれた美術館とすることで芸術が大衆に開かれた。
つまり美術館とかで芸術を公開するっていうのは大衆にアートを広める、つまり下から攻めることであって上から攻めることではない。実際ルーブル美術館とかバッキンガム宮殿は安値で公開されて観光客でごった返してるだろ?そんなところに大金持ちはあまり来ない。
村上隆氏と左派論客の斎藤幸平氏がReHacQ(高橋弘樹氏が運営するチャンネル)で対談している動画が4連続で上がっていてすべて見た。
※以下敬称略
結論から言うとこの動画で村上隆が何をやろうとしているのかよくわかったので彼への嫌悪感はすべて消えた。
1動画40分近くあるので見るのは大変だと思うが興味深く見れたので余裕がある人は見てほしい。
一応言っておくとこれはあくまで私の個人的見解なのでその点には注意してほしい。
ざっくり動画の流れを説明すると斎藤幸平が布施英利と対談した際に村上隆が嫌いと悪口を言ったので、村上隆がYoutube?にコメントを書きそれを見てチャンネル運営者の高橋弘樹が対談に誘ったという流れのようだ。
※斎藤幸平氏はマルキストなので拝金的に見える村上氏の行為があまり好きではない
現在京都で開催中のもののけ展の展示内容を村上隆が斎藤・高橋、両氏に説明しつつ最後に対談という流れになっている。
そこで現代美術とは何か、芸術とはなにか、現代美術のマーケットがどのようになっているのかという基礎的な内容を質疑応答形式で確認していく中で村上隆がどのようなことをやってきたのか、目指しているのかという事も語られていく。
村上隆の顧客はforbes上位に入るような超大金持ちであるだとか、日本人の想像もできないような西洋のお金持ちの間でアートはある種のコミュニケーションツールとして機能しているだとか。斎藤氏や高橋氏のアート素人の目線からの質問として、アートは大衆に開かれるべきなのでそれほどの高額でアートがやり取りされるのがどうなのかという質問などもあった。
ただ、結局動画の内容を見た上で私が理解した村上隆がやっている事というのは以下のようだ。
「西洋を中心とした世界の信じられないようなハイソサエティの間で流通している概念上のアートの文脈に日本のアニメや漫画といったオタクカルチャーのスタイルもアートであると認知させるため芸術活動をしている」ということだ。
それゆえに、彼のアートは"芸術の枠を拡張する"という典型的な現代美術ということになる。
これは別の動画(漫画家の山田玲司のチャンネル)で言及されていたが、村上隆はもともとは典型的な第一世代のオタクで宇宙戦艦ヤマトのファンであった。そこでアニメ業界に憧れはあったが庵野秀明の作品が続けざまに放映されるのを見て業界を諦めたらしい。その結果彼はアニメ以外に興味のある分野として日本画を専攻することになる。
つまり根本的な動機としてアニメは素晴らしいものなので世間に認められるべきだというものがあり、それがスーパーフラットという概念「アニメも漫画も日本画も同じような手法を使っており、同じようなシステム体系であり、アートである」という主張に繋がることになる。
だから、オタクカルチャーを世界に認めてもらう手段として、西洋のハイソサエティのコミュニティを顧客とし、自分の作品をその人たちに売るという行為につながる。
彼はしばしば「高額で売ることが重要なのではない」と言うがこのロジックを理解すると容易に彼のアートや発言の意図がわかるようになる。つまり西洋のアート文脈を支配しているハイソサエティにオタク系の作品をアートであると認知してもらうには彼らのマーケットに入り込みそれらの作品を売り込む以外に方法がないのだ。だから値段は顧客が勝手に決めることになるし、高く売ることが重要ではないという事になる。目的を達成するための単なる手段に過ぎないわけだ。
またそれが彼の作品がオタクカルチャーの作品をパクったかのような作品群が混じる理由でもある。動画のなかでドラえもんとソニックを混ぜて作った作品がある(ルックとしてはミッキーマウスに似ていたためにディズニーに買われたらしいが)
これはつまりドラえもんとソニックを混ぜて作った作品が美術マーケットで売れたということは大本であるドラえもんとソニックもアートである。という論拠になる。むしろ元ネタがある作品をあえて作ることで"漫画やゲーム作品もアートである"という事になる。
"世界のアートとはいったい何なのかという概念を決めているのは西洋を中心とした大金持ちの上位層である"という彼の視座から見ると、日本人は資本主義に組み込まれてすらいないとか、敗戦国の悲哀等という発言の意図も理解できる。
アートとはいったい何なのかというルールを決める場に日本人は存在しない。
だからその世界に入り込みその概念そのものを拡大して自分の好きなオタクカルチャーをアートであると概念を変容させる。
アニメやゲームの制作者や漫画家がエンタメとして世界に売り込むことで楽しんでもらい大衆という社会階層の下からオタクを世界に拡散している。一方で村上隆がやっていることは世界の上位層に対してオタクカルチャーを広めオタクを拡散することだ。
1990年代以降実際にオタクカルチャーは全世界に拡散し人気を得てきた。私もアニメや漫画を楽しむ人が世界中に増えることは純粋にうれしい。直近でもご当地初音ミクに感動した人もいたはずだ。
だから私は村上隆がやろうとしている事に反対しないし、もう嫌いではなくなった。
※追記
幸いいくつかブコメが付いたので補足する
昔からこの趣旨の発言はしてて、それをオタク文化の収奪と見る界隈から批判されてた。ドラえもんとソニックを混ぜた作品をアート領域で認めさせてくれたからオタクの味方!というのはむしろ議論が後退してる気が
はっきり言うが、村上隆が文化盗用だと批判されたのはオタクの部族主義(トライバリズム)が原因だと思うので"村上隆がオタク第一世代である"という部分が広まれば相当数その批判は収まると思う。もともと知っていた人はいると思うが、今回かなりのコメントで"村上隆のオタクのとしての過去の部分をここまで詳しく初めて知った"という意見が目についたので。
これもクリティカルな部分で、では集団製作のアニメはアートではないのか?アシスタントを使っている漫画はアートではないのか?
というところにロジックがバックボーンとしてある。まぁ要するに高畑勲みたいに絵を描けなくて指示して作らせても別にアートだろということ
トラバにも書いたけど、もともと王侯貴族のものだった芸術をフランス革命でルーブル美術館の門戸を開いて大衆に開いたという文脈がある。つまり展覧会とか美術館で公開するのはあくまて大衆にアートを広めるのが目的であってハイソサエティのアートを変容させるという事にはならない。日本人から見るとルーブル美術館は権威だというように見えるかもしれないが、あれは権威が"大衆"に啓蒙するという文脈がある。
コミックとかを芸術にするのってロイ・リキテンスタインがすでにやってて、その土壌がすでにあるうえでヲタク文化を単にスライドで持ってっただけに見えるから嫌われてるんでは?
コミックは西洋のものであって、日本のものではない。村上が広めたいのはあくまで漫画とかアニメといった和物(より狭義に言えばオタクカルチャー)。そして西洋人がアートを決めてるんだから西洋のものがアートとみなされるというのは当たり前だと思う。
ただ、村上隆の発言を見て分かったけど、彼の思想は明確にナショナリズム(日本)やエスニシティー(アジア人)を強調してる。これは日本のものである漫画やアニメを広めたいという思考で直線的に結びついている。今回の動画で弥助問題に言及したのは非常にわかりやすい。つまりはてなのリベラル左派と相性多分悪い。
政治的な「左右」とは、政治的なイデオロギーや立場を示すために使われる一般的な用語です。「左」と「右」は、それぞれ異なる政治的価値観や政策の方向性を表します。この分類は、フランス革命期の議会の座席配置に由来しており、そこから広く使用されるようになりました。
※この「左右」の分類は、国や文化によって多少異なる場合がありますが、一般的には上記のような特徴で分類されます。
1.基本的価値観:
3.例:
1.基本的価値観:
3.例:
アメリカと日本のメディア間のニュース提携の一覧化してみました。
2.朝日新聞 :tv asahi(日本) と ABCニュース (アメリカ)
4.産経新聞:フジテレビ (日本) と Fox News (アメリカ)
5.読売新聞:日テレ (日本) と The New York Times (アメリカ)
ルソーよりもずっとずっと前のプラトンの哲人政治じゃないのかなと
民主政治は衆愚政治に上塗りされて、それを上塗りするには哲人政治しかないっていう
練馬のやつだと公職選挙法を足かせ扱いで、民主政治は通り越していて現状を衆愚政治と捉えているように思える
(公職選挙法は民主政治の自浄作用と捉えていないと思われないことから)
今回の都知事選の結果を受けて、立憲民主党や共産党支持者をはじめとしたリベラル・左派の人達が、「蓮舫が落選したのは愚民が悪い」という趣旨の発言を繰り返している(典型的な例として[B! 蓮舫] 「都知事選の蓮舫敗北は都民が差別主義者に投票したせい」 蓮舫支持団体の総括は、リベラルが選挙で負け続ける理由を如実に示した)。
こんなの悪手に決まってるのに何故こんな発言を繰り返してしまっているのか、外野からみたら不思議に思うだろ?
中学の公民とか人権の授業で社会契約説(論)ってやったろ?ホッブズ、ロック、ルソーってやつだ。
この中で、ロックの考えは主にイギリスに、ルソーの考えは主にフランスと、革命を経て左翼思想に影響を与えてきた。そこでルソーの社会契約説を確認しておこう。
多くの個々人には欲望があるよな、金儲けしたいとか異性にモテたいとか。こういった個々人の利己的な欲求を「部分意志」、部分意志の総和を「全体意志」と呼んで、下劣なものとしたんだ。この時点で、個人の欲求(=自由な経済活動)こそが社会全体の利益に適うとする資本主義とは折り合いが悪い。
更に、公益に適うものとして「一般意志」という概念を作り出した。一般意志ってのは、正しく思考した個々人は必ずこの考えにたどり着くし、人々は個々人の自由や権利を一般意志に移譲し、これに服従すべきと考えられている。
つまり、
パリオリンピックの開会式のおかげでフランス革命に注目が集まった。そして、その革命の中で大量虐殺が起こっていたことも話題となった。何故虐殺が起こったのか。
フランス革命を主導した人達は、革命こそが一般意志だと考え、それに服従しない人は人ではないと考えていたってのが簡単な説明になる。
フランス革命の中では、この一般意志ってのが「理性」という言葉に言い換えられることが多かった。
そして、「理性(=一般意志)」という神を祀るお祭りを行っていた(理性の祭典 - Wikipedia。
どうみても奇異なお祭りだが、参加者にとってみれば大真面目で、全ての人はこの考え方(一般意志)に至るべきだし、そうならない人は人ではないと考えていた。
(イギリス流の保守主義が「理性」という言葉を激烈に嫌うのもここに理由がある。)
そして、この考え方はヘーゲルを経てマルクスに至り、共産主義に結びついている。
日本みたいな島国と違って、地続きなのに、「一緒には住めない」と思ったから別の国として独立してるわけで、「アイツらとは違う」という選民意識はどこの国でもあると思う。
でも、日本の場合、他国と自国の間に線を引く、他国民と自国民の間に線を引くにあたって、日本という国家や日本人という概念があまりないまま、よそ者、外人、くらいの雑なくくりで認識してる。島国で侵略を受けた回数が少ないことや、幕藩体制もその前の戦国も連邦国家だったためだと思う。
偉大な王が興した国も腐敗してグダグダになり遊牧民が滅ぼすというようなのももちろんだけど、いろんな事件や物事を、故事成語や宗教の言葉、古典文学の一節に絡めて総括したがる。
アメリカ人は、歴史に「なぜ?」を求めるけど、誰のどういう決断によってどう動いたかということに帰結させようとする傾向が強く、歴史は個人の決断が動かしたと考えてる。「そのときあなたならどういう決断をすべきか?」という歴史教育をする。
フランス人は社会全体のうねりに帰結させたがる。誰々から誰々の手紙みたいな、膨大な一次資料を歴史の授業の教材にする。フランス革命がアイデンティティなのだと思う。
日本は、歴史にifを求めないし、歴史を責めない。あちら側からしたらそれが正義で、こちら側からしたらこれも正義で、全ての出来事は仕方ない。みたいな考えに落ち着く。
イランの鼻につくところは、選民思想と歴史観が、悪魔合体してるところだと思う。それでいて、こんだけ欧米から干されてもうまいこと綱渡りしてるし、アカデミアは強いし、賢いっちゃ賢いんだろうけど、やっぱ特異的だ。
それより、日本じゃイラン人っていうと薬物関係の犯罪者が多い印象。北朝鮮やロシアといい、欧米に輸出入を禁じられると違法な物品の売買が強くなるだろうか。ならずもの国家だからなのか、欧米が締めつけるからならずもの国家になるのか、卵が先か鶏が先かだね。
この言葉はフランス革命期の「(憲法制定)国民議会」(1789年7月9日 - 1791年9月30日)における9月11日の会議において、「国王の法律拒否権」「一院制・二院制」の是非を巡り、議長席から見て議場右側に「国王拒否権あり・二院制(貴族院あり)」を主張する保守・穏健派が、左側に「国王拒否権なし・一院制(貴族院なし)」を主張する共和・革新派が陣取ったことが由来。
もともと王の権力をがっつり削いで改革を強く推し進めたい勢力が議長から見て左に座って、緩やかに変革したい勢力が右側に座ったのが元だよ
左の人は民主制を主張し、これがのちに共産主義につながっていく。だから革新派で労働者中心主義。
右の人は左の反対みたいなもの。だから左翼と考えが合わない資本家や保守派はこちらにつくよね。
今じゃ区分けはそんなに大事じゃないけど、日本の場合は天皇制を軸にしたら覚えやすいと思うよ。
ただ、国会でも自民が議長席から見て右、共産党が左に座っているといううわさもあるね。
元増田の納得できるところ
左翼は思考主義なので民衆の自然な考えを「社会はこうでなければならない」と教化・矯正しようとするから独裁に走るよね。
自然主義の右翼はいろんな人の欲望交じりの「こういう社会がいい、ああいう社会hがいい」というような自然な主張を調整していくから、金持ちも貧乏人もひっくるめて多くの人の意見を取り入れるよね。うまくいってるときはいいけどうまくいかないと衆愚政治だね。
「フランス革命についての省察」が保守思想の原点みたいにされるけど、案外はてなーはフランス革命に否定的なんだな
ちなみに「フランス革命についての省察」でバークはヴァンデの虐殺の予言めいたことも書いてる
革新の行き着く先は暴力だよねって1790年に既に指摘されて、未だに上手く否定できていないことは都知事選で踊ってた人たちは意識すべきだろう
と思うよ
ケンモメン「フランス革命は民衆が自由を勝ち取った偉大な出来事」←実はただの金たま革命でした
2024/07/30(火) 22:33:13.338 ID:JDe3V5RZH
民衆(笑)が暴れて王様追い出した結果ジロンド派(共和派)が勝手に対外戦争初めてボロ負けして、民衆(笑)の求めたジャコバン派(急進共和派)は勝手に恐慌政治を始め、次に民衆(笑)の選んだナポレオンは帝政の独裁を始めてまた戦争でボコられ、気づいたらウィーン体制で王様がまた復活してました(笑)
その後も7月革命→2月革命→第二帝政でバタバタ混乱してナポレオン3世(笑)とか持ち上げてたら普仏戦争でドイツにボコられ(笑)、その後第三共和政下で帝国主義やって世界中に迷惑かけた上に世界大戦でドイツに2回ボコられ全て失い(笑)、戦後は戦勝国なのにドイツに経済負けて苦し紛れに左傾化してフランス革命で生まれた国民国家の理念も忘れて多文化共生とか言ってポリコレで遊んでたらオリンピックで金たま出してました(笑)
フランス革命を語る上で結構重要な人物だと思うんだけど、フランス革命絡みの話題になってもあんまり名前がでてこない。
WW2からだいぶたって、この辺の歴史観もだいぶ変化してきたな。
でも、どっちもその時に出た被害とか、最終的に何をもたらしたのかとか冷静に見れるようになって見方がだいぶ変わってきた。
フランス革命も今話題になってる虐殺があったり、明治維新もただのテロリストだって言われるようになったり。
これからどう変わっていくんだろうなぁ。
フランス革命勃発後は、オランダで始まった女権運動に刺激を受けて、フランスでも女権運動を開始して、女性新聞を創刊し、愛国募金運動、 女性のための第二国営劇場の建設などを計画した。
そしてフランス語では人間を意味する言葉は同時に男性を意味するため(仏 : homme)、『人間と市民の権利の宣言(人権宣言)』の中の「人間」には女性が含まれていないと考えて抗議運動を始める。
1791年憲法では実際に女性の権利は無視されていたことから、9月14日(9月5日)に自ら17条(人権宣言と同じ条数)から成る『女性および女性市民の権利宣言』を書いて発表した。
オランプは積極的に演説活動を行い、記事を書き、愛国を謳った劇も書いた。彼女は公然とロベスピエールやマラーを批判しジロンド派を支持し、急進派の山岳派ながら"寛容派"のダントンを賞賛した。
1792年12月15日、オランプはルイ・カペー(前ルイ16世)の裁判に先立ち、元国王の弁護をしたいと国民公会に申し出たが却下された。
これが原因で彼女は王党派と疑われ、家には人が押し掛けて脅迫を受けた。また女権伸張論を快く思わない革命派は彼女の行動を取り上げて嘲笑を浴びせたが、彼女は問題にしなかった。
1793年7月20日、オランプはロベスピエールらを批判するポスターを貼る準備の最中に、反革命の容疑で逮捕された。
共和制、連邦制、立憲君主制のどの政権を選ぶか住民投票にすべきと呼び掛ける本を著したことによって反革命的と見なされた。
11月3日に裁判が行われたが弁護士が出席せず、代わりの弁護士を付けることを願い出たが却下され、オランプ自身が自身の弁護を行った。