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はてなキーワード: フランス革命とは

2020-05-24

anond:20200524001225

そうなんだけど、それが日本国民民意教育レベルなんだよ。フランス革命功罪ナチスドイツ顛末もみんな頭にない。

もう、みんなで滅ぶしかないんだよ。民主主義からね。仕方ない。

2020-05-22

anond:20200522203459

結婚できている夫婦の平均的な子供の数は2人ちょい。

だけど未婚率が上昇している。

非正規化で安定して子供を持てないようにした新自由主義の結果だが。

右翼左翼というのは、しょせんフランス革命時の議会に端を発して、強者より、弱者よりぐらいの意味しかない。

ケインズ社会主義(右)とマルクス社会主義(左)が競争していて、自由主義が放逐されていた時代には意味があった。

だけどケインズ社会主義オイルショックで難癖ついて、ケインズ社会主義よりさらに右の新自由主義になった。

そしてバブル崩壊が起きた後、企業は保身で金をため込み、設備研究投資をしなくなり不景気かつ産業弱体化を招いている。

その一環として労働非正規化が起き、ゆえに家庭を作れず未婚率が上昇した。

左翼側になったのではなく、本来あるべきケインズ社会主義より右翼側に振れた新自由主義になったからこその日本衰退だ。

2020-05-16

うわーん!やだー!見たいよー!

フランス革命の真の姿が見たいよー!

anond:20200516130111

基本的政治グループは一番強いグループには一番バカが紛れ込むんだ。

バカはただ強いグループに属してれば馬鹿でもおれつえーとできるからと。

昔は左翼が強かったが、バカが集まって自沈した。その後右翼が強くなったが、これまたバカが集まって自沈した。森友事件大事にならなかったら今でもどうなってたか

あと右翼左翼国民関係ないことばかり取り扱うようになってしまった。

そもそも右翼左翼というのはフランス革命時代右側に強者ブルジョアより、左側に弱者民衆よりの議員が陣取っていたことの名残。それだけでは強者より、弱者寄りぐらいの意味しかない。

経済において右翼左翼というのは、ケインズ社会主義(右)とマルクス社会主義(左)が競っていた時代の考え。なおこの時代自由主義資本主義世界恐慌対処ができなかったからと世界中から放逐されていた。

ケインズ社会主義オイルショック対応ができないかケチがつき、マルクス社会主義冷戦崩壊して消え去って自由主義資本主義が復活した。右のケインズ社会主義よりさら強者より、右に触れた。

けども自由主義資本主義は例えば1990年バブル崩壊2008年リーマンショックで、企業ビビって金をため込み不景気にすることの答えはない。せいぜいコウゾウカイカクダーザイセイキンウダーと石を投げるが、30年たっても経済は良くならない。

ちょっとましになりだしたのが安部リフレ

経済こそがある意味一番大事だ。メフォ手形によるヒトラーの台頭も、リフレによる安部の台頭も経済こそが第一であるから。けど安部は少し経済を復活させたと思ったら消費税増税を繰り返して経済を落とし続けてる。そこにコロナが来襲した。

そして現在の右左の区分では経済問題解決できないし現代では有害無意味概念現在は右左も主流派は両方自由主義資本主義から

2020-05-03

GW古典名作漫画を読もう

おすすめをいくつかリストアップたから追加してくれ



ガラスの仮面」49巻(未完)

主人公北島マヤ女優として花開いていく様を描く演劇漫画。数巻ごとににマヤピンチに陥るが、その演技力で敵をコテンパンにのしていく。

いわゆる「舐めてた相手ハイスぺでした」モノ。



ベルサイユのばら」全9巻

フランス革命にいたるまでの激動の時代を描いた歴史群像劇。思ってるよりオスカルは出てこないしラブロマンスが主軸ではない。

男性でも読みやすいと思う。



エースをねらえ!」全18巻

主人公岡ひろみテニスプレーヤーとしての成長、そして人間としての成長をえがくスポ根漫画ひろみを取り巻く人物たちがとにかく魅力的

特にお蝶婦人を「主人公イジメ高飛車縦ロールお嬢様」ぐらいのイメージしかない人にこそ読んでほしい



あしたのジョー」全20

なぜジョー最後まっしろ燃え尽きたのか? ジョーという一人の孤児人生追体験する漫画戦後日本がどういう雰囲気だったのかも伝わってくる

あと力石はラスボスじゃないので注意



漂流教室」全6巻

ある日突然大地震と共に小学校ごと異世界トリップしてしまった主人公たちの命をかけたサバイバル漫画ポストアポカリプスもの好きな人おすすめ

楳図のトリッキーな発想による予想もつかない展開の連続であっという間に読み終えてしま



デビルマン」全5巻

もうとにかく読んでくれとしか言えない。永井豪デビルマンを書いたというだけであとどれだけ駄作を書こうがすべて許される

今読むとそこまでインパクトはないかもしれないが、時代性を考えるとそれぐらい凄い

2020-05-02

最近、思う。

日本にも、百姓一揆安保闘争学生紛争があったのに、

なんで、フランス革命が持ち上げられているんだろう。

江戸幕府を終えたのも、財力と武力が背景にあったので、幕府を脅せたんだよね。。

ルノー日産を立て直した雇われ外人経営者が、ずるずるっとしたのをV字回復なんていうが、

化けの皮がはげたよね。パリ症候群じゃ無いが、なんか、海外革命ばかりを持ち上げるのは、

どうなんだろうか。

日本の良さを、その右翼的で無くて、真っ当に評価したいが。

誰か、そういう研究出版物はないのか。

2020-04-17

anond:20200417174732

フランス革命時代から思想かぶれて社会変革を目指すのはまず貴族の家に生まれボンボンと決まってる。

次が彼らに乗せられた大衆だが、彼らは思想理解していない。

 

別に思想から悪いまではいわないけど(状況によるので)、思想かぶれると現実に興味がなくなりがちっていう傾向はあるな。

2020-04-04

anond:20200404224449

今が後世から見て幕末フランス革命みたいな大混乱の時代評価されれば、例外的に注目される可能性があるな。

2020-02-04

馬鹿にしてる方が馬鹿っていう一番恥ずかしい奴

『今年のチョコレートケーキは、○○○○革命の味。』洋菓子店POPに書かれていた不穏なキャッチコピーに震え上がる人々「鉄分たっぷり摂れそう」

https://togetter.com/li/1464208

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1464208



フランス革命食文化の関連などちょっとググれば出てくる程度のメジャーな話であり

ケーキフランス革命?どういうこっちゃ」とググれば新しい知識を得られただろうに馬鹿はそれをしない

ネット知識マウントするイキリオタクありがちなのだが彼らの持っている「知識」は「フランス革命=血みどろ」みたいなネットで話題になったキャッチートリビアであり

非常に一面的薄っぺらい。にもかかわらず彼らはそれだけで普通の人は知らない特別知識を得たと勘違いし、キーワードに反応するbotのごとくそれをひけらかす(「月が綺麗ですね」とかその典型

つの事柄でもどういう観点から見るかでいろんな見え方があるとわからず「ケーキフランス革命?血の味がするのか!」とかアホなことを平気で口にする

そんな馬鹿が集まり馬鹿披露しあうまさに馬鹿エコーチェンバーネット地獄である

2019-12-26

クロちゃん水責めを楽しんで見てる奴って

フランス革命期のフランスに行っても楽しんでギロチン処刑見てそう

2019-11-24

anond:20191124114403

今の太陽暦は元々エジプト起源ヨーロッパではカエサルが持ち帰ってローマに合わせて修正したものだけど、古代エジプト文明が滅んでも古代ローマ帝国が消え去っても、いまだに使われている。そもそも、なぜこの特定の日を一年の始まりとするのかなど全く恣意的(arbitrary)なものであって、暦の起源など殆どどうでも良い話。

こういった例は他にもいろいろある。

そういう事を考えると、今の西暦を他のものに取り替えてしまうだけのよっぽどの動機理由原動力が無いと変わらないだろう。あのフランス革命をして暦の(革命暦への)置き換えは成し得なかった程なのだから

2019-11-05

左翼の大勝利なのに何が不満なの?

歴史的に見たら個人人権は拡大する一方だし、グローバリズムの全盛で左翼の大勝利なのに何で左翼は常に被害者意識全開なの?

フランス革命以降、お前らの大勝利じゃん。

2019-11-03

アンチフェミのための本当の社会構築主義入門

 以下では、フェミがオタク叩きをする根幹思想”社会構築主義”とは?における主として次に挙げる2ツイート問題点の指摘と、関連して宇崎ちゃん献血ポスターについての議論を行う。

そもそも

社会構造ってなに?

どこにあるの?

どうやって見つけるの?

それは反証可能性あるの?」

って、どの研究書を読んでもまともに書いてない。ただ、「ある」ってことを前提にして話をしてる。

そもそも社会構築主義」に限らず、社会学において、社会構造人間行為関係は、最も根本的なところでまったく解明されていない。

人間社会構造を作り、その社会構造人間規定するというのがどういうことなのか(ミクロマクロリンク問題)、社会学出来てから100年以上全くわかってない。

 この文章を書いた理由としては、上記Togetterがあまりに「社会学」についてのひどい誤りを書き散らしているにもかかわらず「参考になった」的なコメントが多くついておりヤベえと思ったためです(「ジェンダー論」についても誤りがありそうだけど詳しくないのであまり触れませんでした)。また、それはそれとして献血ポスター批判側にも「社会学」(同じくたぶん「ジェンダー論」も)を誤解していたり、受け手を誤解させかねない振る舞いが多く見られるのでその点についても指摘しています

 以下では最初に「反証可能性」についての話をした後に、次に「社会構造」の話をし、最後に宇崎ちゃんポスターの話をします。

 まず、反証可能性という用語を真顔で使っていいのは高校生までです。科学哲学(「なにが科学か」「そもそも科学とは何をしているのか」についての哲学)に詳しくない人のために反証可能性について一応説明しておくと、「それが間違いであると認められる可能性が無いもの科学ではない」という理論です。たとえばオカルトに対しては結構これが有効で、やつらはこれを買うと病気が治るとか言って壺を売りつけてくるわけですが、当然買っても病気は治らない。それで苦情を言いに行くと「あなた信心が足りないからです」とかなんとか言って「仮説:買うと治る 実験:買った 結果:治らなかった→仮説は棄却される」という「反証」を受け入れてもらえない。こういう状況を反証可能性が無い、といい、その状況と「まっとうな科学はすべて反証可能性を持っている」という前提からオカルト科学ではないと結論されます

 しかし、であるオカルト科学ではないのはいいのですが、すべての科学反証可能性を持っているかというと怪しい。化学物理学最先端研究だと、現状そこの施設しか営利企業だったりする)でしか検証できない実験結果がネイチャーかに載ってたりする。あれはいいのか、という話になる。「いずれ反証できる『可能性』があるからいいのだ」という人がいるかもしれないが、いまこの瞬間はまだ反証可能性が無いのにネイチャーかに載っちゃうのはどうなのそれは本当に科学なのということはまだ言える。というかそれでやばいことになった事例もあるわけで(ヘンドリック・シェーンSTAP細胞など)。まあ「可能性がある(実際先の2つは実際反証されたやろ[STAP細胞が無いと証明した人が居ないのに反証されたと言っていいのかとか問題もあるのだが省略!])」というところでそこは押し切るとしても、更に根本的な問題がある。

 反証可能性理論から出てくる規範として「科学者ならば反証された仮説にこだわっていてはならない」というものがある。例えば「STAP細胞はありまぁす」とかほざいた奴に対する科学コミュニティからまなざしを思い出してみるとまあわかる話でしょう。しかしそんないさぎよい態度が歴史上とられたことがあっただろうか。例えばニュートン万有引力を「ありまぁす」と言ったわけだが、当時の科学者(とか錬金術師とか哲学者とか、ようするに当時のインテリほぼすべて)から袋叩きにあった。ほぼ1人vs全世界の構図なわけで、それだけの物量の「反証」が寄せられると中には正しいものもあったりする(たとえばニュートンは「エーテル」を存在するものとしていたが、そんなものはない。あるいは単純な計算ミスもあっただろう)。さて、正しい反証を示されたニュートン万有引力という仮説を撤回しただろうか。皆さんご存知の通りしなかったのである。なんと卑怯にも奴は後出し理論マイナーチェンジを続けて「ありまぁす」と主張し続けたのである。壺を売ったあとに「壺は仕事をしたが信心が足りなかった」と言う宗教家と何が違うのだろうか。というのは流石に極論であるにしても、反証可能性という概念が当初思ったほど切れ味の鋭い概念では無いことは理解してもらえたと思います

 そういうのをコミコミで、普通反証可能性」という用語を教わるときは「という便利そうな概念があるけどそこまで便利でもないよ、だから次のパラダイム論が出てきて、それも思ったほど便利じゃなかったので…」というところを必ずセットで教わると思う(ので真顔で使っていいのは高校生まで)のですが、件の人は一体どのような教わり方をしたのでしょうか。

 この時点でこの問いがどうかしていることは明らかなのですが、「社会学が専門」と言った上で「社会構造ってなに?」という問いはまして頭が痛いです。

 社会学史のおさらいをしましょう。なぜ社会学なんて胡乱な学問が成立したのかと言うと、それが必要だと当時の人たちが考えたからです。どういうことか。一般的社会学の成立は、19世紀前半~中盤に活躍したコントスペンサーという人たちから19世紀後半~20世紀初頭に活躍したデュルケームウェーバーという人たちあたりが成立させたと言われています。以下ではコントデュルケームという2人の流れを説明します。スペンサーウェーバーも偉いのですが、「実証的」とか「科学的」とか言われる社会学を作ったのはやはりコントデュルケームだと思うからです。あとぶっちゃけスペンサーウェーバーには筆者が詳しくないという理由もあります

 さて、時代19世紀初頭、フランスコントという人がいました。大抵の社会学史的な文章にはこの人の名前が出てきます。逆に言えばたいてい名前しか出てこないのですが、その理由はおそらくデュルケームと比べるとぶっちゃけまりに見劣りするからです。それでも名前が出てくるのは、彼が今の意味での「社会学」という言葉を初めて使ったからです(正確に言えば彼が提唱したのは社会物理〉学でしたが、ここでの物理学physicsは明確に形而上学meta-physicsと対比される形で使われており、社会形而下学とか、社会についての実証的な学問とか、まあ要するに社会学のことでした)。19世紀初頭のフランスといえば、フランス革命の余波も大きく、社会しっちゃかめっちゃか状態でした。偉かった教会とか王様とかの権威が失墜して、ナポレオン独裁して、また昔の王朝に戻ったりしてました。多分一年ごとに自民党共産党政権を交代してもここまでの混乱はしないんじゃないかってくらいの混乱だったんだと思います。そういう中で生きてると不安になるわけです。幸せになれないわけです。じゃあどうすればええねん、と考えた人がコントでした。彼は「社会学」という言葉を初めて用いた『社会組織必要科学作業プラン』の中で次のように述べています。昔は王様とか宗教とかが社会をまとめあげてたよね。で、今もそれを復帰させようとしてる人がいる。気持ちはわかるよ、でも一度変わってしまったものは元に戻らないわけで、そういうのは無意味。新しい社会には新しいまとめあげの方法必要だよね。そのための方法社会についての実証科学を創設してみんなにそれを教育するということです!なぜならそれによって、社会のみんなで同じものを見て確認するということが可能になり、それでまたみんなの団結が可能になるからです!と。今の意味での「社会学」を全員に教育するべきかはともかくとして、社会についての科学的知見を皆が持つべきだ、というのはなんとなくわかる気がしますよね。というか200年経ってもまだ未達成なプランじゃないかと言う気がしてきますよね。「身の丈」とか言ってる人にはコントの遺灰を煎じて飲ませたいくらいじゃないでしょうか。正直天才の発想だと思います。ここで大事なのはコント王様教会権威(当時は王様神様みたいなものでしたからようするにまとめて「神学」でしょう)の代替物として、「社会学」を構想したということです。にもかかわらず「社会学は神学も同然だ!」と鬼の首を取ったように繰り返してるあたりで、ああこの人は歴史を知らないんだなと思ってしまますが、まあ確かにいまどきハンショーカノーセーのない神学のままではよろしくない。

 それをどうにかしたのがデュルケームでした。彼は19世紀末に『自殺論』という本を著しました。一般教養講義などで社会学を取ったことがある人なら聞いたことはあるはずです。この本の意義は簡単で、社会しっちゃかめっちゃかになると自殺が増えるということを統計的に明らかにしたという点に尽きます。まあわからんでもないけど何がそこまですごいの?って思いますよね。デュルケームがすごいのは統計学が未発達(というかほぼ存在しない)なかで、しかも「社会個人に影響する」という概念自体存在しないなかで、自殺という究極的に個人的だと思われた事柄と、季節や宗教といった普遍的社会事柄統計を用いて結びつけた点にあります。それまでも人の死についての統計は無いわけではありませんでしたが、それは保険のための年齢別の死亡率表のようなもので(それも当時としては画期的だったのですが)、社会と死(それも病死戦死ではなく自殺)が結びつくという発想はまったく存在しませんでした。どれくらい革新的だったかというと、「『社会がこうなると自殺が増える』って書いてるけど、自殺してないやつのほうが多いよね?」「てか社会がそうじゃなくても自殺してるやついるよね?」みたいなクソリプ殺到するほどでした。それほどに統計というものが未知のものだったのです(今でもたまにこんな人いますよね)。かくしてデュルケームは、自殺というものすごーく個人的な(と思われている)ことと、社会構造との結びつきを発見しました。現在に至るまでその後のすべての社会学は、このデュルケームの発想の上に成り立っていると言っても過言ではありません。別に学問的なものでなくても、たとえば「社会をよくして自殺率を下げるべきだ」とわれわれが当たり前に考えているのも、デュルケーム社会自殺関係を明らかにしなければありえなかったことでしょう。あるいはより学問的なことを言えば「身の丈」発言があれだけ叩かれたのも、「貧困家庭の子供の大学進学率は低くなりがちである」「大学に進学しなかった場合は、進学した場合よりも収入が低くなりがちである」といった、日本社会学がこの30年ほどで明らかにしてきたことが人口膾炙したためであると思われます(ちなみに教育社会学を専門にしている先生[竹内洋苅谷剛彦だったと思う]が公民館で講演したところ「先生のおっしゃってることって、魚屋の息子が魚屋になるってことですよね?そんなのみんな知ってますよ」と言われたというエピソード個人的に好き。みんな知ってることを統計的確認するのが大事なんです)。

 このデュルケーム研究ひとつとってみても、あるいは「身の丈」発言に怒れるようになった日本人をとってみても、「社会構造存在する」というのは科学的に正しいし、世間的にも常識となっているとみてよいのではないでしょうか。それを否定するのは、Twitterなんかではなくそれこそ論文を世に問うことによってぐらいでしか可能にはならないでしょう。そのためには社会学の100年以上の歴史通暁していなければならないでしょうが、「反証可能性」を錦の御旗のように用いている人がそうであるとはとても思えません(社会学はその歴史最初からかなり頻繁に科学性を疑われる学問ですから何度も科学哲学の成果を吸収したりそれに反発したりしてきました)。

 まあ、件の人のおっしゃりたいことも部分的にはわかりますよ。社会構築主義うさんくさいって。まあそもそも社会構築主義というものがほぼ定義不能こんにゃく理論なのでそれに反発してもなあって感じもしますが。知らない人のために大雑把に説明しておくと、広義の意味での社会構築主義とは、何か(大抵は個人的で意外なもの)が社会的に構築されていると主張することの総称です。その意味ではデュルケーム自殺社会的に構築されているという社会構築主義者ですし、おそらくフェミニストであろうがなかろうがすべての社会学者がそうです。狭義の意味では現象学的な理論が語用論的展開の中でエスノメソロジックになんちゃらみたいなのがあるようで、一部フェミニズム的な社会学者はこの立場を取っているようですが、この書きぶりからもわかるように筆者は詳しく知りません。こんな曖昧概念を「ラディフェミ(≒社会構築主義)」と書いてしまえる胆力には脱帽しますが、その後社会学全体が神学だみたいな話もしているのでそもそもよくわかっていないのでしょう。

 それとは逆に「よくわかっている」人が社会構築主義批判した例として、イアン・ハッキング『何が社会的に構築されるのか』『何が社会的に構成されるのか』(誤字指摘感謝Twitterで「社会構築主義」と「社会構成主義」の違いを尋ねていた人がいましたが、場合によって一緒だったり違ったりします。ここではルーズにごっちゃにしていましたが流石に書名はだめですね)を挙げておくことは有用でしょう。この本は社会学を好きな人も嫌いな人も読むべき本だと思いますハッキング学者たちによって「Xの社会学的構成」とか「Xを構成する」とか言われているものリストをわざわざ並べ立てます。いわく「著者という存在、義兄弟子供テレビ視聴者感情事実ジェンダー同性愛文化、病、知識、読み書き能力、『要治療』とされた移民自然口述歴史ポストモダニズムクォーク現実連続殺人工学システム、都会における学校教育人口統計女性難民若者ホームレス現象ズールー族ナショナリズム」などが社会的に構築されるのだそうです。まあ、「若者ホームレス現象」とかは確かに社会的に構築されてそうだな、と思うけど、「クォーク社会的構築」とか「ポストモダニズム社会的構築」とかはさっぱり意味不明である。また、その種の中には「実験器具メーターを社会存在(つまり人間である)が社会の中で観測しているのだから科学社会的に構築されている!」みたいなものもあるようで、そこまで行くと「万物は流転する」みたいな悟りレベルに達してそうですげえなと思わされます

 ハッキングは中でも「ジェンダー社会的構築」について着目します。いわく、「ジェンダー」って概念そもそも生物的性」に対するカウンター概念としての「社会的性」だったのだから、「社会的性の社会的構築」と言っていることになり意味なくね、と。まあフェミニズムの側にも言い分はあってハッキングはそれも紹介しているのですが、詳しくは本を読んでください。最初20ページくらいまででまとまっているので。

長すぎたので続きます

https://anond.hatelabo.jp/20191103164229

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