「存在価値」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 存在価値とは

2020-05-21

若い頃には呉智英かぶれていて

今は「やはり呉式の封建主義メリトクラシーによる身分制社会の復活に過ぎず、民主主義へのアンチテーゼ批判のためのツール、以上の存在価値を持たない」と思っているのだけれど、「すべからく」を「全て」のカッコイ言い回しと思って使う馬鹿は滅びて欲しいと思っている。

2020-05-17

ここ2、3日の話

つんと糸が切れたように堕落している。

東京、1人暮らしの部屋の中で、ずっとゲームをしていた。

これまではずっと目的のある、意味のある時間を過ごさなければいけないという切迫感に駆られていた。本を読んで、映画を観て、少しでもそこから吸収して、肥やしにしなければならないのだと。おばあちゃんは言っていた。「自分の学んだことは誰にも取られやしない」と。

しかしそこにどうしても向かえないのがここ数日。そもそも別に人生の目的なんて大層なものはなかったんだけど、「目的がないこと」を明確に意識しなければならなくなったように感じる。人生や、今後の時間の先に明るい未来が思い描けなくなっている。いくつかの暗いシナリオが「そんなばかな」から「なくはない」に変わっている。

結局は人の役に立っていると感じられないことが問題なんだろうか。

人間自分で向かっていきたい方向性がないとそれを他人に求めようとする。人の役に立つことで自分存在価値確認しようとする。しかしこの環境下で他人との関わりが薄くなった今、これがなかなか難しい。

おまけに、頭では人の役に立ちたいとか思っていても、いざ日々の活動の中で立ち振る舞おうとしても、どうしても自分可愛さが出てしまう。本気で人の役に立とうと思うなら、人の目、評価なんてものはどうでもいいし、恥ずかしさも嫉妬もいらないはずなのに捨て切れない。

どうすればこのがんじがらめから逃れられるのか。陸上トラックを走っていたつもりがいつの間にか濁流に流されていてこのままでは溺れてしまいそうだ。自分の足で立って、歩く方向を決めないといけないのに、ただ身を流れに委ねようとしてしまっている。

2020-04-29

岡村擁護民、敗北するw

お前がかばってる相手はもう負けを認めたんや

お前もごめんなさい私は存在価値のないゴミですって言え

童貞を捨てたら世界が変わるか?彼女が出来たら世界は変わるか?

人生で初めて彼女が出来たのは28歳の時。

相手人妻だった。

彼女といっていいのかわからないけれども。

彼女がいると公言するわけにもいかないので、そのあともずっと、彼女いない歴=年齢を名乗っていたが。

北方健三みたいに、童貞を捨てたら悩みが消えたというわけじゃない。

そのあとも何度か恋愛をして、そのたびに自分存在価値について考えたが、ある時振り切れた。

恋愛に限ったことではないけれども、自分がなにを思うか、なにがしたいか重要で、それが幸せと言うこと。

他人にどう思われてるかばかりを考えたって仕方ない。

みんなに嫌われていたって、反対にみんなに好かれたって、自分自分しかない。

2020-04-27

anond:20200427090902

風俗嬢が不幸じゃないと抜けないだろ

いやいや性接待されてると思うからいいんじゃねーか、アホかな?

まぁ不幸な女がいなくなったらおフェミさんの存在価値がなくなるから仕方ないね

不幸な女を作り出して女は不幸だって騒いで承認欲求満たすのが仕事から

2020-04-25

コロナウイルス人類の敵ではない。彼らによって私たち進化する

100年に一度という未曾有のコロナウイルスショックに世界が見舞われている。

世界の多くの国でロックダウンが起こり、経済は停滞し、多くの企業経験したことのない困難に見舞われている。

リーマンショックどころの話ではない、世界の人々の生活スタイルを大きく変え、これまでの価値観が大きく変化している。

生活スタイルの変化に伴い、人々のニーズは大きく変わり、これまで必要とされていたビジネスはどんどんその価値を失い、その一方で新しいビジネス価値が高まりつつある。

しかし、この認識に対して私は違った視座を持っている。

私の視座はこうだ。

今回のコロナショックは「人類の壮大な過剰反応であると思っている。

今回問題になっている新型コロナウイルス人類にとって大きな敵ではない。

・これまでのインフルエンザと変わらない致死率

感染していても本人が気が付かず無症状で免疫を獲得している人々の存在

空気感染でなく接触感染もしくは飛沫感染を主な経路とした感染

こういったことが徐々に研究の結果見えてくるようになった。

今、アメリカでは大規模な抗体検査が行われている。

その結果、想定の50倍以上の人々が「知らず知らずのうちに感染免疫を獲得している」ということが分かってきた。

実際のところ、私たち人類がこのウイルスを脅威だと認識する以前から彼らは私たち人類感染し続けていた。

まるでステルスマーケティングのように私たちの知らないところでじわじわと拡大していた。

拡大しているにもかかわらず気がつかない理由

それは以下の二つ。

ウイルス感染しても本人が気がつかない

・極めて低い致死率

このウイルスは非常に特殊な「能力」を持っている。

ここでひとつ思考実験をしてみよう。

・もし世界インターネットがなかったら?

・もし人々がスマートフォンを持っていなかったら?

この二つの前提において、今回の新型コロナウイルス感染拡大したとしたら?

おそらく、ここまで世界中の経済を停滞させ、人々の生活スタイルを変えるほどのインパクトはなかっただろう。

人々は通常通り経済活動を行い、 低い致死率で一部の人々が亡くなり、 インフルエンザの延長ぐらいの感じで新しいウイルス流行っているのだと報道される程度であろう。

しかし実際はそうならなかった。

その理由は明白である

世界情報でつながっている」

これが唯一の理由である

その世界中をつなげる情報は必ずしも正しいものではない。

不安や、誤った認識や、 不信感。

それらも含めての情報である

我々はインターネットスマートフォンによって、身体的なつながりや、対面でのコミュニケーションで得られる範囲を超えて大きく繋がった。

そして、これによって不安や、誤った認識や、不信感も世界中で繋がっていく。

もし世界インターネット存在せず、普通の人々スマートフォンを持たなかったとしたら、不安や、誤った認識や、不信感も広がっていくことはなかっただろう。

そして、今回のように大規模に経済も止まることはなかっただろう。

これから日本でも抗体検査が行われるにつれ、すでに免疫を獲得している人がたくさんいることがはっきりしていくだろう。

免疫を獲得している人々は、いち早く経済活動に参画し普段通りの生活を行なっていくだろう。

そうやって一部の人を除いて経済は徐々に戻っていく。

しかしもう一つ大切なポイントがある。

いかいか別にして人類は壮大に過剰反応してしまった。

そして、それによって「人の移動が必要とされない側面」に気がついてしまった。

具体的に言うと、

飲食店食事に行くのではなくウーバーイーツなどのデリバリーで運んでもらう

飛行機で移動してビジネスホテルに泊まって出張するのではなく、会社からビデオチャット仕事をする

・平日毎日学校に行くのではなく、自宅でビデオ教材やオンライン授業で学習をする

病院に行って診察をしてもらうのではなく、電話スマホを使った遠隔診察をしてもらう

今回の「人類の過剰な反応」によってもたらされたメリットがあるとすれば、こういったことに人類が気づいたことだと思う。

アフターコロナ世界は、もう以前のようには戻れない。

「人が移動する価値」は、もう日常には必要とされない。

ほとんどの経済活動がオンライン化し、その反面「人が移動する価値」は「ラグジュアリー体験として」のみ存在価値を維持し続けると思う。

ただ泊まるだけのビジネスホテルは消滅するが「ラグジュアリー体験」としての旅行などの宿泊は高い価値を維持し続けるだろう。

ただ情報を伝えるだけの営業はどんどんオンライン化されていくだろうが「ラグジュアリー体験」としての対面接客は残り続けるだろう。

私たち新型コロナウイルスによって、新しい時代へと進化することができた。

世界はより効率的により快適になっていくだろう。

今我々がすべきことは何か。

新しい時代」を楽しもう。

新しい時代に、どんなビジネスができるのか。

新しい時代に、どんな家族のあり方があるのか。

新しい時代に、どんな働き方ができるのか。

もう一度言う。

新しい時代」を楽しもう。

2020-04-20

コロナに警戒してキチガイ扱いされてる

社員の半分がリモートになった今週になって、リモート勤務できない部署から不満の声が上がった。

「こっちは毎日出社してるのに自宅組だけずるいぞ。俺達と同じようにお前らも出社しろ

「家でできる仕事なんですけど。むしろ家でやるほうが効率いいです」

効率問題じゃねえんだよ!全員で集まってやるのが仕事だ。絆だ。絆のない会社存在価値なんかないよ!」

社会的要請もありますし。。」

「周りが休んでる時に働くのが社会人だ!」

「いや、休んでないし」

「やましいことがないならなぜ出社しないんだ!」

「だからコロナが。。」

あんなもん、インフルエンザと同じだ! サボる口実にするんじゃねえ」

「さぼってないですって」

「怖いんだろ? お前。コロナにかかるのが」

「そりゃこわいですよ」

幼稚園児じゃあるまいし、風邪ぐらいで怖がってるようじゃ社会人失格だ!お前、頭おかしいぞ!」

私は頭おかしいんでしょうか?

もう勘弁してほしい。

2020-04-16

毎日メソメソしている

在宅勤務に切り替わって約1カ月半、未だに毎日鬱々メソメソしながら過ごしている。

 

自分東京のそこそこ大きなところで勤めているが、会社は一人の感染者を出したという理由で早々に全社リモートでの勤務体制を整えた。

今考えると健全で素晴らしい判断だったと思うが、当時は差別されるようで怒りが湧いた。突然そんな働き方を変えられるわけがない、仕事のやり方を変えるか会社が求めるハードルを下げるのか、方針を決めてくれと抗議したが上司はめんどくさそうな顔をするばかりだった。仕事のやり方を考えるのは末端社員役割だった。

 

だんだん世の中の空気が変わってきてこれはヤバいかもとなった3月半ば頃、その流れに逆らうようにしてプライベート時間は遊びに出かけるようにしていた。

平日は引きこもりっぱなしだし、休日くらいは人と会わないと息が詰まるような気がした。そのうち自社だけでなくて取引先や名のしれた企業からもポツポツ感染者が出るようになっていた。そうしているうちに楽しみにしていたイベントが順々に延期や中止を発表した。それもそうだ、海外では感染者数も死亡数も膨れ上がっていて、日本未来可能性の一つを示唆していた。

 

今月に入ってからはやれロックダウンだ、緊急事態宣言だとドタバタしていて、会社の同僚は「もう東京から出られなくなるかもしれないから」って言って仕事もあるのに山梨実家に帰っていった。あれだけ海外帰省した若者感染拡大に寄与した可能性が報道されていたのに同年代マジでそんなことするヤツがいるのかと驚愕した。(余談だが、頼りにならない先輩が取引先に「非常事態宣言について」とメールを送っており、物知らずな人間と働いている自分に腹が立った。使えねえ)

宣言が出たあとの週末、買い出しに出かけたら駅前家族連れの買い物客でごったがえしており、子ども危険晒す親にこれまたびっくりした。自分はまだ平日に仕事をサボって買い物に行けばいいと引き返した。

 

そうやって迎えた今週、なんとなく体調もメンタルも整わなくてどうしても仕事に向かえないでいる。もう水曜日だと言うのに最低レベル生存確認連絡にしか返事をしていない。仕事があるだけマシ、電話が鳴るだけ存在価値がある、何よりこの状況で在宅ワークが許されていることを幸せに思うべきである。でも、末端独身社員であるところの自分には頼れる仲間もおらず、守る家族もいない。仕事迷惑をかけても所詮は末端なので大したことはない。なんなら誰とも濃厚接触しないか感染危険性も薄いけれど、会いたい人もいないのだ。

 

どちらかといえば自分感染するより感染させるリスクのほうが怖いから、買い出しくらいは出かけるけどこの状況も甘んじて受け入れている。でも、よく晴れた昨日でさえ仕事に向き合えず、とはいえ仕事から逃げ出して遊ぶことも出来ず、パソコンの前で膝を抱えてスマホばかり見てしまった。自分の機嫌を取ることだけは得意だったのに、選択肢も減ってしまってメンタルがやられてるんだろうな、と客観的に考えている。

今日仕事に打ち込めるだろうか。寝付けていない時点で負け戦のような気もする。どうしたらいいのかわからないまま過ごすしかない。みなさん、なんとか、生き延びましょうね。

2020-04-15

anond:20200415204222

だったら、それだけ保護すればいい。そもそも、下がりにくいだろうけど。だけどまともに日本にも世界にも貢献しない企業存在価値はないし、いずれ陳腐化して買収する価値すらなくなる。

2020-04-14

両親の不仲について

両親の喧嘩が絶えない家庭で育った。といっても、毎日、諍いがあるわけではなくて。父親単身赴任をしていたので月に二度、帰ってくるのみだった。だから月に二回の喧嘩があった。そういう状態だったので、私は母親の味方だった。父親のことが嫌いだと思い込んでいたし、父親に娘としての好意を示すことは母親に対する裏切りだと信じていた。母親は私に父親愚痴をよく聞かせた。私はいっしょになって父親愚痴を言い、母親一方的被害者として慰め、それが中学生までの私たち家族だった。

今、両親は離婚している。父親再婚して、再婚相手とその連れ子と暮らしはじめて何年になるだろう。父親は、母親のことがなかったとしても満点の父親ではなかった。そもそも両親が険悪になったきっかけは父親浮気であるし。ただ、娘でありながらもはや娘ではないという関係になった今、父親と話をするのは楽しい私たち他人同士であればうまくいく相性だったのだと思う。それで、当時、一方的に嫌っていたことに罪悪感がある。

からは当時のことを感謝される。つまり、私が母親防波堤となり、母親のすべての苦悩を受け止めていたからこそ自分はまっとうに育てたのだと。すげえこと言うじゃん!でも、かわいい弟の精神を守れていたならそれは嬉しいことだ。

母親は…少し面倒くさい。両親の離婚を勧めたのは私だった。というか、母親離婚したいというから勧めた。けれど離婚したあとになってから離婚しなければよかった」と言うので、私は、自分がとんでもない間違いを犯したのだと思って、それ以来、他人選択に一切の口出しはやめることにしている。他人責任を持つって怖いね。ほんとにね。

責任を恐れること、好意を抱くというそのものに罪悪感を覚えること、人に弱音を吐けないこと。私は一人で大丈夫だというポーズで助ける側に回ること(助けられるとほんとうに申し訳なくなる)全部養育環境説明がついちゃうんだな〜、と思う。最後のはあれね。弱っている母親にこれ以上の気苦労をかけたくなくて学校いじめられていること、言い出せなかったことです。まあそれから不登校になったので気苦労はかけたんだが!

もう、だれのことも恨んでない。父親との関係は良好だ。弟を守れたなら嬉しい。不登校ですべての存在価値をなくした私にとって、母親が、母親を守るという存在価値を与えてくれたことも事実だ。どろどろの共依存関係だったが、自立した今、私の方はうまくあしらえていると思うし。なにより私は成人した大人なので、今更、両親のせいで、なんてかっこわるいまねはできない。今の破綻している自分性格だって大嫌いで大好きだ。でもなんかね、たまにね、やっぱり今でも泣きたくなるなってそれだけです。

2020-04-10

anond:20200409230530

終身雇用保証もない今の日本で、会社への帰属心を持てという方が無理

帰属心がないか服従心もない

屈服はハラスメント

それくらい理解できないなんて、時代錯誤老害存在価値いか給与返上したほうがいいよ

2020-04-08

anond:20200408065042

存在価値のない国なら滅んでよくね?

そこまでして「日本」が維持する必要なくね?

2020-04-07

自分存在価値

こんな世の中が大変なのに、自分仕事が切れて暇になっただけ…。

自分に世の中のために家から出ない事。

甲斐ないな…。

2020-04-06

不要不急の存在価値ない仕事をしてる人間が大多数ということがよく分かった

2020-03-22

anond:20200322130244

きもくて金のないおっさん存在価値がないので早く4んでください。

2020-03-15

新型インフル対策特措法改正案に反対した山尾しおり氏をなぜ批判

立憲主義」とは”政府統治憲法に基づき行う原理で、政府権威合法性が憲法制限下に置かれていることに依拠するという考え方。”(wikipediaとある

では、今回の新型インフルエンザ対策特措法は立憲主義に即しているだろうか?

答えは、否である

山尾志桜里氏は、Twitterでこのように指摘している。

『報告さえすれば、宣言も延長もし放題。宣言や期間や措置根拠を正すための市民イベントも開催禁止できる。外出自要請も、保育園老人ホーム使用禁止も指示できる。

これが、国会承認までは不要国会報告で足りる「抑制的な私権制限」なんですか?私はそう思わない。』

https://twitter.com/ShioriYamao/status/1236832421967888384

しかもこの特措法の発動要件は「新型インフルエンザ等の感染が拡大していると疑うに足りる正当な理由」という極めて解釈余地が広いものです。

パンデミック抑止のため初動の柔軟性を重視してこの要件を維持するなら、入り口が広い分だけ民主的統制や期間制限が強く要請されるはず。』

https://twitter.com/ShioriYamao/status/1236832502951510016

また、山尾氏は私案の骨子として、

① 緊急事態措置を行う期間(現行法は2年)と延長の上限(同1年)を6か月する。

② 緊急事態宣言する前に、国会承認必要とする。

③ 延長する場合国会承認必要とする。

④ 実施区域の変更も速やかに国会承認必要とする。

⑤ ④に関して国会不承認議決があった場合、効力を失う。

⑥ 実施状況を国会に報告する義務

を出している。

https://twitter.com/ShioriYamao/status/1235845649779707906

まりは、政府の行動を監視し、チェックできる機能を強化する方向性だ。

これは、立憲主義的と言える。

山尾氏は問題点をこう指摘する。

『「危機管理法制法律で十分。憲法緊急事態条項は不要野党の多くはそう主張してきた。

その法律国会統制や説明責任ゆるゆるだったら、説得力なくすでしょう。

昨日枝野代表は、安倍総理に対し国会質疑の確保などを求めたけれど、言質をとるだけじゃ足りないから「法」がある。』

https://twitter.com/ShioriYamao/status/1235449170598617089

『ましてや強力な私権制限を伴う法案事実上の歯止めでは全く不十分。

民主党政権法律だって言われたら、だからこそ足りなかった部分が分かると返せばよい。すぐさま具体的な改善策を提示すればよい。そんなに複雑な作業じゃない。

時間切れの妥協を待つより、私は法案つくります。』

https://twitter.com/ShioriYamao/status/1235449306477285378

また、3月11日には「総理民放放送内容変更・差し替え可能。」という政府側の答弁が出てきた(3月13日撤回)。もはや異常である

解釈次第でテレビ局放送内容を指示できてしまうようなものを、出来ないよう明記して防ぐべきではないか政府解釈わずか二日でまるっきり変わってしまうような状況。であればこそ、法律内で明文化することが大事であり、それが出来ていない法律は許さない、というのが立憲主義的ではないだろうか。

必要なのは権力側が”やろうと思えばできてしまう”ものを、明確に禁止出来るようにすることなのだと思う。そのことを山尾しおりさんはずっと訴え続けてきた。枝野代表ツイッターにも間違いがあると指摘し続けてきた。

また、異常だと思うのは、異論を言うのを認めない空気だ。ある野党支持者は山尾氏の行動が「野党バラバラな印象を与える」などと言っていた。ならば、野党議員は党執行部のゆうことを聞くロボットほうが良いのだろうか?おかしいことを自分政党がやっているのに、何も言わないことが正しいというのだろうか。問題点の指摘、さらには改正案の私案まで出し、発言を続けてきた人に対して、口を塞ごうとするのは、同調圧力しかない。

今回の場合、山尾氏の主張自体に反対する意見は少ない。であれば、どうしてこれほどにまで拙速に審議と成立を目指す必要があるのか?政府与党の出した法案に対して、審議を通じて、良くない点を指摘し、改善し、出来る限りの努力を行うことが野党議員責任ではないだろうか。安倍首相も「今すぐ緊急事態を出す状況ではない」と発言している。審議を伸ばす時間はあったはずだ。

成立した改正法には、付帯決議がつけられたが、付帯決議があったとしても、それは努力義務以上の何の意味も持たない。立憲主義に鑑みれば、明文化して権力を縛るもの法案のものに書き込むべきではないだろうか。それが出来ないのなら、反対の意思を示すべきだ。

将来、時の政権解釈を変更し「テレビ局に指示できる」としたらどうするのか。その時「当時の野党法案に賛成したじゃないか」と言われれば、何も反論できない。法案に反対をすることは、”おかしなことがある”という意思を示すことになる。賛成をすることは、その意思を示すことを放棄している。立憲主義に反する法案に反対せず、事実上白紙委任に等しい賛成を行うことは、立憲主義を捨てたに等しい。

そんな野党は、”立憲野党”とは言えないし、政府与党の出す法案白紙委任をする野党は、存在価値のない、それこそ「いても仕方がない」存在しかない。

山尾氏を批判する、立憲支持者たちにとっては、立憲主義などどうでもいいのだろうか。立憲主義は、”立憲野党”にとって絶対に譲ってはならないものだし、”一度妥協したら死んだも同然”ではないだろうか。

特措法の問題点を指摘し続けた山尾しおりさんや、反対の意志を貫いた議員の方々に敬意を表したい。

2020-03-12

anond:20200311165317

同じ業界にいる人間として補足を少し。

広告文化ってのは何も現場人間のこだわりじゃなくて、

今はそうならなければ広告がすべて淘汰されてしまうという意味合いが強い。


そもそも広告ってのはweb普及前までは機能だった。

あれば欲しいけど、自分存在を知らないもの

今まで食べたこともない、美味しそうなもの

行ったこともない、美しい場所

そういったものを「知らせる機能」を広告が多少担ってたのがweb普及前の時代



ただ、もうみんなわかりきってるように

今の時代、欲しいもの自分で探すし

良いものは周りの評判になるし

必要情報勝手に集まるし自分で集めることもできる。


そうなると広告ってのは大して必要もされていないものを、

無理矢理相手の視界に入れて押し売りするものしかないわけだ。

邪魔なことこのうえない。

今の時代広告屋なんて、世の中で最も必要とされてない職業だって自分では思ってる。



からこそ、見た人が楽しめる、感動するものを死にものぐるいで生み出さないと存在価値自体がなくなってしまう。

そこで生み出された表現のひとかけらでも、文化として残っていくことになればせめてもの救いなんだが。

その結果、web広告のようなコスト極限まで抑えたゴミ一歩手前でレスポンスだけ取り続けるものと、

ブランディング文脈メッセージ性またはエンタメ性の高いものとに二極化されてきてる。


なんとなくイメージつくと思うけど、IT系気取った勘違い野郎たちか、鼻持ちならない上級クリエイター気取りどものどっちかだ。

この表現にはやっかみも多少含んでるが、この業界にいる人たちならよく分かると思うけど、

年収1,000万オーバー大手代理店ディレクターより、年収2〜300万しかない制作会社ディレクターのほうが優秀なんてざらにある。



元増田自分のように、その中間で戦ってた多くのクリエイターたちは今後

その矜持を持ち続けてすり減っていくか、割り切って時代に適合するか、戦いの場を変えるかを選んでいかなきゃいけない。

かくいう自分制作よりマーケティング系メインになってきてる。

そのうえで、なお古戦場に戻る戦友に幸あれ。

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