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はてなキーワード: 絶対王政とは

2022-03-23

anond:20220323090343

いや、今の与党の方がないな。

目指しているのは民主主義じゃない。絶対王政封建制度みたいのは民主主義とは言わない。

2022-02-28

anond:20220228231009

アメリカが強いのは、そもそも絶対王政封建制に対する革命から起きた国だから

議会政治、二党制による相互交代が徹底されているところだろうな

まり専制政治そもそも起きないシステム運営されているのである

2022-01-18

anond:20220118154808

検察貴族犯罪起訴しないのは、絶対王政時代植民地を奪い合ったときの話

今は銀行資金を奪いあっている、しかしこれもおそらくプロテスタント計画のうち

2021-09-13

憲法人権道徳の話をごっちゃにするな

https://twitter.com/If0r5do2xx3iL/status/1436884369231126536

これの話ね。

ツイートの指摘がズレてるんだがブコメも同じようにズレてるコメントが多くて変な方向に行ってる

何がズレてるのかって道徳教師道徳科でやる道徳の話をしているのに、元ツイート主やブコメがなぜか人権の話や憲法の話をしろと主張する点

発端はDaiGoホームレスの話なんだけどあの話自体人権に絡んでくるものだと思うよ?ただそれは人権すなわち公民の授業でやれ

 

憲法の話と人権の話をごっちゃにするな

ツイートでまず引っ掛る部分が「憲法人権保障されるということは道徳科においては重要すべきことではないっぽい」という一文

特に憲法の話は今ここでする?という感じがする

 

かに憲法では97条に

この憲法日本国民保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久権利として信託されたものである

と書いてあるけど、同時に憲法99条

天皇又は摂政及び国務大臣国会議員裁判官その他の公務員は、この憲法尊重擁護する義務を負ふ

と記されてる通り基本的国家権力を縛るものであって私人同士のあれこれを既定するものではない

※1一応一部は私人に影響を及ぼすこともできる。でないと納税の義務とか適用できない。ここも参照

https://anond.hatelabo.jp/20210902174107

https://twitter.com/yorinobu2/status/1437267319411994624

 

じゃあ私人基本的人権なんて何も考えずに行動していいの?って話だけど、そこは自然権としてみんなの心に備えつけられてるんで憲法では触れないよという建てつけになっている

そんなバカなとは思うけど憲法はそういう扱い。なので、元ツイート文脈憲法を出すのは変。

 

人権の話と道徳の話もごっちゃにするな

まあ憲法は筆が滑っただけかと思うけど人権のものDaiGoの話と超関係ある

でもそれを道徳科の教師にしてもしょうがないんじゃないか。一部オーバーラップしてても目的は別だ

例えば国語教科書にはよく反戦テーマにした題材の文学が載るけど

国語目的日本語文章理解することであって憲法平和主義が歌われることは国語科においては重要すべきことではないっぽいとか言われてもそれはそうという感想しか出てこないわな

 

んじゃあ道徳科の目的は何かって言うと成り立ちから言うと戦前から修身科に変わって現代的なモラルを教える教育

ぶっちゃけ今は何が主目的かって言うといじめ問題とかを防いで学級を恙無く運営するっていう感じになってる。(含むSNSいじめ)

こういうのを人権思想から解決しようとすると、人権には移動の自由みたいなのが含まれてるのでいじめが発生したらそれぞれ別の学校勉強しましょうみたいな解決法が出力されちゃう

いや理想はそうだけど学校組織はそれじゃ運営できねえだろ

 

というよりそもそも人権思想は難しい

ていうか人権思想ちゃんと教えるには背景となる知識がいっぱい必要なんで

いきなり子供実践として教育するのは無理ゲーすぎ

 

そもそも天賦人権説王権神授説の対抗として出てきたものだけど、絶対王政の背景のない日本でいきなりそこを説いたとして

なんでホームレス人権蔑ろにしたらルイ十四世みたいなのの台頭に繋がるのか全然わからんじゃん?

 

アメリカフランス国家統合というか国の成り立ちの起源絶対王政否定が深くかかわってくる※2からピンとくるんであって

日本は何で日本なのかと言ったら昔から日本なんであって人権については社会を強くするのに便利だから思想を借りてきただけなんだよ

なんで、人権が弱いと社会も弱くなるって機序から勉強しないといけない

迂遠じゃん?だから中学高校あたりで地理歴史ちゃんと習ってから段階踏んで教えるもんだと思う

 

つーわけでこんな大変な話を道徳教師に期待するな。彼らは学級運営でいっぱいいっぱいなんだ

 

※2 つまりホームレスだろうが何だろうが「俺たち」に安全意見を言う権利を与えろと主張している

 それがないと王様が国を無茶苦茶にしたり、荒れ果てた開拓地に還って瓦解してしまうという危機感がある

 日本には安定した国境血縁があるのでなぜそこが国の瓦解に繋がるのかピンと来ない

2021-06-19

anond:20210618191625

共産党支持者が共産党を望む理由なんて、労働者保護とか、そんな程度のもの

絶対王政封建制度、行き過ぎた世襲否定

近代民主主義国家としての権力の当然の振る舞い

日本国憲法の順守

戦後から二十世紀末までの政権与党なら曲がりなりにも当たり前だったことすらできてないからそろそろお前らいい加減にしろって言ってるだけなんだよ!

いつまでもお前らのやりたい放題でいい気になっていられると思うな!

2021-05-05

そういやフッってどうなったんだっけ

あのはてなーバカどもはバカの一つ覚えで文化ガーとかほざきやがるよな

すげえウザくて本当に今すぐ早く死んでほしいんだが

まあ本当に文化が好きなだけじゃなくて、

単に文化をダシにして優越感ゲームに浸ること、

相手を見下すマウンティングに使うこと、

自分こそが文化的に優れた高貴な存在なんだと悦に入りたいこと、

で、その割には全く中身が伴わないスッカスカのゴミしかないということ、

そもそも文化それ自体えげつない集約資本主義貴族趣味的金権社会が素地になっているということ、

絶対王政絶対権力文化の隆盛に密接不可分な関係が一つにあることを知らないということ、

まあ書き上げればきりがないな

こないだ読んだばかりの西太后にもあったけど、

おぞましいほどの収奪搾取構造による皇帝金権集中権力を恣にした西太后は、

しかし絢爛豪華な文化の爛熟にも寄与したという話。

で、ちょっとヤフコメtogetterで出てきたのが目につくと、

途端に猛烈に不愉快な気分が湧いてくるわけね

どうせ上述したようなバカの一つ覚えの穢らわしさしか持ち合わせないゴミが、

偉そうに文化を騙るだけでもクソ吐き気がしてくるのに、

その話題になっている内容で、本来だったら色々と検討すべき内容だと言うのに、

結論ありきに決まってるから

このクソ不愉快さが固定されるどころからさらなる穢れ悍ましさが増幅されることになるからもう吐き気がして見る気がしないわけね

―――そして、本来そこにあるべき有意義議論論点といったもの絶対にあるはずなのに、


―――――こいつらにその論点が「犯される」ということ。

これが恐らく俺の不快の強烈な根源なんじゃないかという気がする。



――例えば?


例えば平田オリザみたいなクソみたいな案件があるわけよ。

ゴミパワハラ、エセ人権スノッブ主義選民思想傲慢利権

これ一つ取ったって凄まじいほどの穢らわしい問題点が堆く積み上がっている。

そして搾取される側の構造芸能界はその特異点だったりするわけだが、

しか演劇とかあの手の業界構造的な問題はらんでいる。

最低賃金未満がザラとかそういうレベルじゃないでしょ。

実質的丁稚奉公構造で、アカやクソサヨの連中が舌なめずりしそうな強烈な搾取構造がある割に、

結局サヨってエセアカデミズムも蔓延している、

まあ戦前共産から連綿とあるあの勉強しか出来ないバカどもが自意識肥大化させて、

左翼的権力構造を構築するってのがあるけれど、

まあとにかくエセアカの体質があるから演劇文化界隈の搾取構造を平気で見落とすんだよね。


それからnoteであったあのボロボロのボロ雑巾状態にまでされた演劇界志望の40代女の例ね。

https://togetter.com/li/1696778


こんなゴミみたいな搾取構造放置しといてよくもまあ文化がどうのこうのと

また落語だって、本で読んだけど、まあ人の悪口を平気で言い合うような陰湿文化だよ

で、結局上で言ったけれど、不要不急と見られるようなスノビズムはあるわけだ

パトロネージ(笑)とか、言葉はいかにもおぞましくキモいが、

はてなゴミ連中自体がカネ・利権とは切っても切れないとわかってるわけだよ

パト(爆笑)なのに不要不急じゃない必須???ってなるわけだろどう考えても

チケットバカ高いしよ

youtubeでも見てろよ、って話だし、

そもそも文化芸術育成という観点からyoutubeみたいな仕組みはそもそもどうなんだって論点は当然あるんだが、

まあ馬鹿から何一つ考えられないだろう

本当に文化芸術のことを考えていればこうした論点は湯水の如く湧き出てくる

だがあのバカどもは穢らわしい自慰泥水を内輪で抱えて腐らせているだけ

いつも耐え難い腐臭の放つ泥水をバカの一つ覚えで撒き散らしているだけ

なんておぞましい連中だろ

でさ、スズキの話なんかも実際リアル現場の話として聞いたりして、

ああマジで金持ち道楽なんだなという感触がありありと手にとるようにわかるじゃない

…そう考えるとサヨク運動というのも似たような構図なのかもしれないな

宝塚の女なんかもどう考えても、ネットスラングで言えば実家が太い(笑)ってヤツだろ?

どうして誰も文句言わないんだろ

―――ああ、利権なのかもな。マジで

文化予算とかを、ああいう連中が食い物にしてるのかもな。

文部利権サヨクが牛耳ってたりしてるのと似た構図で。

フェミニズム利権もあるしなあ。

2021-03-28

回転寿司屋に主体性を求められて困っている

 最近回転寿司チェーンに若干の不満がある。味についてではない。

 私が不満に思っているのは「もはや回転していない」回転寿司店のシステムである(いささかレトロニム的だ)。客席の間を回転する寿司野良寿司…または市井寿司とでも言うのか、その部分を完全に廃し、タッチパネルで注文したものけがオンデマンドベルトコンベアで流れてくるシステム、あれはなんとかならないのだろうか。

 私が回転寿司屋に求めているもの、それは食事における主体性放棄に対する受容である

 私はこのところ非常に疲れていて、何かを選び取る作業というのが苦痛で仕方がない。給与役職、年次に見合わない過大な責任を預かる業務が続いており、そしてそれは自分選択を誤ると最悪の場合他人を殺める可能性のある業務でもある。そのためか、最近私生活でも自分から何かを選ぶこと、それを人や物に指示することが非常に億劫なのだ。あるいは一種鬱状態と言えるのかもしれない。

 それに較べて、かつての回転寿司屋というのはなんとも魅力的であった。お品書きや食券機に書かれた無数のメニューを選ぶために、考える時間精神負担を一切与えない世界!目の前に流れてきた食品を、興味があれば取りそうでなければ取らない。ルールがこれしかないのである。頼んだものと違うものが来ることもなければ、待てど暮らせど自分の注文した料理だけ来ないといったこともない。また、明快な従量課金制でサービスやお得なプランなどの介在する余地もない。私は、「回転寿司屋に行こう」という選択さえしてしまえば後は寿司屋の思うまま。あとは全てが寿司屋の主体性支配する王国に暮らす歯車Aであり、なんの責任も問われない…!私が回転寿司屋を愛する所以はそこにあったのである

 それがこの頃どうだろう。回転寿司屋の絶対王政には幾分翳りが増したように思える。歯車Aではなく、主体的選択しなければならない事項のなんと増えたことだろうか。私は食べたい寿司なんか選びたくないんですよ、この前まではそっちが提案してくれたじゃないですか。なんですか毎回、お取り忘れの無いようにだとか、寿司を取ったらボタンを押せだとか!座ってるだけで食べ物アピールしてゆく、デブ走馬燈方式の何がいけなかったのですか。こんな江戸っ子の考えたサイバーパンクみたいになっちゃって、昔のあなたはどこへ行ったんです。

 感染症対策やフードロス対策意味合いとしても回転寿司の正常進化であることは自明のようではあるが、思考停止飯に魂の救済を求める哀れな限界社会人のために、ベルトコンベア方式を何とか存続してはもらえないだろうか。

 (余談ですが、今日はま寿司に行ったら自動音声が全部葛城ミサトでびっくりしました)

2021-02-26

anond:20210226180208

あああああもう、だからなんでそう問いの本質無関係なところにこだわるんだよ。明らかに出題者の意図から外れた話だろ。出題者が回答者に何を問うてるかは明確なんだから、その他の前提なんぞ脳内補完してやりゃいいだろうが。絶対王政下の独裁的でとち狂った王の意向により治安地価に反映した者は即極刑一族郎党皆殺しにされるとか何でもいいから。お前はお前の矮小常識に囚われてるだけ。

2021-02-10

間違いだらけのクラシック音楽史の表を修正してみた

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1664833

↑このブコメ賞賛されている表がかなりデタラメなので修正してみた。

とりあえず同じように1600年代から始めます。「オケゲムマショーパレストリーナジョスカン・デ・プレがないぞ」とかい意見もあるようですが、それはもっと以前だから書いていないだけです。

作曲家の「生まれた年」ではなく「主に活躍した時代」で書きます。これに文句を言っている方もおられるようですが、何故かと言うと例えば生まれは1600年代終盤だけれど音楽家として活躍し世に認められたのは1700年代になってから、といったような例があるからです。

「あれは記憶だけで描いてるから素晴らしい」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、これも資料などは参照せず、ほぼ脳内情報だけで書いております

1600年代前半

イタリア

モンテヴェルディ(みんな知ってる「私を死なせて」)、カッチーニ(「アヴェ・マリア」が有名だが実はソ連音楽学者ヴァヴィロフの贋作。真作で有名なのはアマリッリ」)

ドイツ

シュッツ(「ドイツ音楽の父」として有名)、シャインシャイト(以上3名は「ドイツ三大S」として有名)

1600年代後半

イタリア

コレッリ(「ラ・フォリア」が有名)

おフランス

リュリバロックフランスオペラ第一人者

ドイツ

パッヘルバル(「カノン」だけが有名)

イギリス

パーセルオペラ「ディドーとエネアス」が有名)

1700年代前半

イタリア

ヴィヴァルディ(「四季」の人)、アルビノーニ(「アルビノーニアダージョ」が有名だが贋作。真作で一般に有名な曲は無い)、ペルゴレージ(「スターバト・マーテル」が有名)

フランス

クープランチェンバロ曲で有名)、ラモー音楽理論とオペラ

ドイツ

バッハ名曲多数)、ヘンデル日本では「音楽の母」などと呼ばれたが女性ではない。「メサイア」「オンブラ・マイ・フ」「水上の音楽」など)、テレマン(「食卓音楽」で有名)

イギリス

ヘンデル帰化

以上1600~1750年が「バロック音楽」の時代欧州における「絶対王政」の時代とほぼ重なるという見解があります

1700年代後半

古典派音楽」の時代啓蒙思想によって理性が重視され、それが音楽に影響を及ぼした時代です。

イタリア

チマローザオペラ秘密結婚」)、パイジェッロ(「うつろな心」)、ボッケリーニ(「女ハイドン」の異名を持つが男性)、サリエリオペラ巨匠

フランス

ゴセック(日本では「ガヴォット」だけが有名)

ドイツ

グルックオペラオルフェオとエウリディーチェ」)

オーストリア

モーツァルトハイドン兄弟

1800年代序盤(晩期古典から初期ロマン派

音楽における「ロマン主義」は文学絵画よりも遅れて1800年代になってから現れます。この時期は古典派音楽からロマン派音楽への過渡期です。

イタリア

ロッシーニオペラウィリアム・テル」「セビリアの理髪師」など)、ベッリーニオペラノルマ」など)、ドニゼッティオペラ愛の妙薬」など)

ドイツ

ベートーヴェンヴェーバーオペラ魔弾の射手」など)

オーストリア

シューベルト未完成交響曲 D 579、歌曲集「冬の旅」など)

1800年代中盤(盛期ロマン派

音楽におけるロマン主義成熟し花開いた時代

ドイツ

メンデルスゾーンシューマン世代的にはワーグナーもここに入る(この時期はオペラ「リエンツィ」「タンホイザー」「ローエングリン」など)

イタリア

ヴェルディ前期(オペラマクベス」「リゴレット」)

フランス

ベルリオーズ幻想交響曲

ポーランドフランス

ショパン

ハンガリー

リスト(本人はハンガリー人を自認したが実際はドイツオーストリア人で本来ハンガリー民族要素は無いのでドイツオーストリア音楽として捉えるのが正しい)

ロシア

グリンカオペラルスランとリュドミラ」)、ダルゴムイシスキーオペラ「石の客」)

1800年代後半

1848年革命の失敗により、ヨーロッパ音楽雰囲気も暗くなって参ります

イタリア

ヴェルディ後期(オペラ椿姫」「アイーダ」「オテロ」「ファルスタッフ」など)

オーストリア

ブルックナー交響曲では4番と7番、8番が有名だが初心者に聞きやすいのはむしろ1番と6番だと思う)

ドイツ

ブラームスブルッフヴァイオリン協奏曲第1番が有名)、ワーグナー後期(楽劇トリスタンとイゾルデ」「ニーベルングの指環」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」)

フランス

オッフェンバックオペレッタ天国と地獄」など。実はドイツ人)、グノー(オペラファウスト」)マスネ(オペラタイス」など。「タイス瞑想曲」)、サン=サーンス長生きしたので今年没後100年)、フランクバッハ対位法ベートーヴェンの劇的構成ワーグナー和声を融合した究極の交響曲作曲したが実はベルギー人)、フォーレ(「レクイエム」「幻想水平線」)

チェコ

スメタナ連作交響詩「我が祖国」その中の一曲が「モルダウ」)、ドヴォジャーク(「新世界交響曲」e-moll op.95 など)

ロシア

ボロディンオペライーゴリ公」、交響詩中央アジアの草原にて」、交響曲第2番など)、バラキレフ東洋幻想曲「イスラメイ」)、ムソルグスキーオペラボリス・ゴドノフ」、ピアノ組曲展覧会の絵」)、リムスキー=コルサコフ(交響組曲「シェヘラザード」など)、チーコフスキーバレエ白鳥の湖」、交響曲第6番「悲愴」など)

北欧

グリーグピアノ協奏曲、劇判音楽ペール・ギュント」、ピアノ曲「抒情小品集」、歌曲最後の春」など)

1800年代終盤から1900年代初頭(後期ロマン派印象派音楽

イタリア

プッチーニオペラトスカ(星は光りぬ)」「蝶々夫人(ある晴れた日に)」「トゥーランドット(誰も寝てはいかん)」など)、マスカーニ(オペラカヴァレリア・ルスティカーナ」映画ゴッドファーザー PART III」のあれ)、レスピーギ交響詩ローマの松」などローマ三部作

オーストリア

マーラー11曲の交響曲歌曲)、ヴォルフドイツ歌曲の頂点として非常に有名)

ドイツ

リヒャルト・シュトラウス交響詩ツァラトストラはかく語りき」〈映画2001年宇宙の旅」のあれ〉オペラサロメ」〈裸踊りで有名〉「薔薇の騎士」〈少女漫画オペラ〉)、レーガー(変奏曲と室内楽の達人。歌曲も秀逸)

フランス

ダンディ(「フランス山人の歌による交響曲」は初音ミクが歌った冨田勲の「イーハトーヴ交響曲」の元ネタ)、ショーソン(「詩曲」、フランクの影響を受けた1曲だけの交響曲など)、ドビュッシーオペラペレアスとメリザンド」、交響詩「海」など)、ラヴェルバレエ音楽「ダフニスクロエ」、ピアノ協奏曲ト長調など)

チェコ

フェルステル、ヤナーチェクオペラ利口な女狐の物語」、村上春樹のせいで何故か有名になった「シンフォニエッタ」)、スーク(アスラエル交響曲などが有名)

ポーランド

シマノフスキ(「スターバト・マーテル」など)

ロシア

グラズノフロシア浪漫交響曲集大成した作曲家として有名)、ラフマニノフ無伴奏合唱曲「晩祷」で非常に有名)、スクリャービン神智学に陶酔した交響曲第4番「エクスタシー」と、「神秘和音」を駆使した妄想ピアノソナタで非常に有名)

イギリス

エルガー(「威風堂々」が有名だが真の傑作は交響曲第2番)、ディーリアス(「春始めての郭公を聴いて」は英語圏では誰もが知る名曲)、ヴォーン・ウィリアムズ(「田園交響曲(3番)」と「南極交響曲(7番)」が有名だが5番も捨て難い)

北欧

シベリウスニールセン交響曲第4番「不滅」が有名)

1900年代中盤以降(第一次大戦終了によってロマン主義印象主義が古くなった時代に真価を発揮した作曲家たち)

ドイツ

ヒンデミットオペラ画家マティス」と、その音楽をまとめた交響曲が有名)

オーストリア

シェーンベルク(無調音楽12音楽創始者。彼が最初12音楽による楽曲を完成したのが1921年なので今年はシェーンベルク12音楽100周年。まず聴くばきは「ピアノ協奏曲」「ヴァイオリン協奏曲」「弦楽四重奏曲第3番、第4番」)、ベルク(無調音楽12音楽調性音楽的要素を取り入れて聴きやすくした人。オペラヴォツェック」「ルル」、器楽曲では「ヴァイオリン協奏曲」が有名)、ヴェーベルン12音楽の究極として有名)。以上の3人は「シン・ヴィーン楽派」として20世紀音楽を語る上で非常に重要です。

フランス

いわゆる「6人組」の時代現在でも有名なのはプーランクミヨーオネゲル交響曲第2番と第3番はカラヤン盤もあるので聴いて下さい。このほかオラトリオ火刑台上のジャンヌ・ダルク」も泣けます。実はスイス人)。現代音楽史的により重要なのはメシアン(「トゥーランガリラ交響曲」「世の終わりのための四重奏曲」「彼方の閃光オペラアッシジの聖フランチェスコ」などが非常に有名)。

ハンガリー

バルトーク、コダーイ

チェコ

マルチヌーなど

イギリス

ブリテン(とりあえず「戦争レクイエム」は聴いておくべき)

ソ連

プロコフィエフ大人は「ピーターと狼」みたいなガキ向けの曲は聴かず「交響曲第2番」の暴力的激しさにヒャッハーしましょう)、ハチャトリアン(「剣の舞」とかいう曲は子供の頃運動会で聴いたでしょうから、そんなものより「交響曲第2番」でファシストとの激しい戦いを体感しましょう)、ショスタコーヴィチ世間一般では交響曲第5番が知られていますが、高く評価されているのは4番、8番、10番、14番など偶数番号の交響曲です。真髄はオペラ弦楽四重奏曲です)

20世紀後半以降は省略。

2021-02-04

anond:20210204224320

日本民主主義の国だ。

お前たちが望むような絶対王政や封建体制の国ではない。

お前らのようなゴキブリ以下のクズ野郎に大切な国民人生生命財産蹂躙され続けていつまでも黙っていられると思ったら大間違いだ!

この国を出ていくべきなのは罪もなき名もなき一般市民ではない。

腐りっきた権力構造下で罪もなき勤勉で質素な人々をさんざん泣かせながら甘い汁を吸ってあぐらをかいてふんぞり返っているお前たちの方だ!!!

さあ!!!

今すぐこの国から出ていけ!!!!!

2021-01-23

anond:20210123150007

右左以前に、

封建制度絶対王政には反対

近代民主主義精神尊重すべき

国民基本的人権尊重すべき

それだけです。

今の基準で言うとこれが極左ということになるが、時代国家を超越して俯瞰すればこんなものが右でも左でもないことは明らかです。

2021-01-14

anond:20210114164029

左翼ではない。

リベラルというのも的外れというか論外。

ゆるく

絶対王政、反封建主義、一応民主主義支持者

せいぜいその程度。

元々はせいぜいその程度の話だったのに、

ネトウヨが極端な奴隷根性をさもウン万年から普遍的人間の行動模範であるかのようなもっともらしい屁理屈ゴリ押しして伝播し続けた結果がこのザマだ。

まったくたまったもんじゃない。

あと、リベラル自称する人間馬鹿すぎるからそう自称するのはやめたほうがいい。

今の時代文脈リベラル自称することは本来意味でのリベラルとはもはやあまりにもかけ離れすぎていて、そんなことを自称するのは、私はうんこした時にトイレットペーパーちゃんとお尻拭いてますって言ってるのとほとんど変わらない。

じゃあ、なんて言えばいいかって?

別に呼び方なんかないよ。

ネトウヨキチガイなだけなんだから

初めて人に会って「私はキチガイじゃありません」って自己紹介する人なんかいないんだから

2020-12-01

anond:20201201123350

過去の過ちの結果今はどうなっているのかが重要だろう。

過去やらかして失敗をしても、そこから反省して改善すればいいんだよ。

過去に一度でも失敗していたら、それを語れないなら、新興国以外は、平和自由人権も語れないよ。

過去帝国主義掲げてくせに、人権とか自由とかよく言えるよなあ、みたいな。

過去絶対王政だったのに、侵略戦争したのに、宗教弾圧したのに、人権侵害したのに・・・

みたいな。

長い歴史を持つ国だったら、これらのやらかしをやっていない国はない。

過去やらかした、でも今は違うというわけ。

それは、法人でも国家でも個人でも同じなわけ。

過去の失敗から反省して改善すればいいんだよ。

2020-09-06

ネトウヨとか日本凄いってSNSで言ってる層が戦争中も日本には世界レベル技術者研究者がいたか原爆開発もコンピュータ開発も可能だったっていうけどさ

そもそも基礎技術力を持った技術者や研究者がいたっていうけど

そいつ投資できるリソースがないんだからしゃーないだろ

イギリス世界初プログラム内蔵型コンピューターのコロッサスを作って稼働させて

アメリカマンハッタン計画天文学的予算ピカドン作って、余った予算諜報員用の特殊作戦クロスボウ現代でさえ特殊部隊で使われてる戦闘ダガーを作ってた頃

お金も資材も避けない日本研究者技術者が作れたものと言えばタンポポコーヒー電気パン、竹槍に竹で作ったゴミみたいなボウガンだけだ

金もねぇロクな人材いね技術もねぇ食料もねぇ

あるのはどうしようもない根性論絶対王政末期のフランス並みの格差社会だけ

現代社会日本ならまだしも、戦前戦中なんて北朝鮮プロトタイプみたいな社会だった国にのどこにそこまで魅力があるんだろうかと思う

2020-09-01

憲法改正論議における安倍晋三の華々しい業績

改憲派の先鋒でありながら護憲の要石を地中深く打ち込んだ安倍総理が辞意を表明された。改憲に向けて日本がやってきた道のりをガキの泥遊びで全て台無しにした安倍閣下護憲派にとって駐印イギリス軍にとっての牟田口に等しい。

ここにその輝かしい業績を記したい。

 

まずは安倍晋三以前の状況から

WWII以後も熱戦の時代は続き、世界民族自決植民地独立冷戦下での大国介入に伴う戦争経験してきたが、敗戦武装解除された日本関係のない話で、経済成長に邁進してきた。この路線を決めたのは吉田茂である(吉田ドクトリン)。

その冷戦下で9条改正を目指すのが自民党護憲革新という図式が定着した。数で劣る革新だが思想的には優勢で、冷戦後期には自民党改憲路線を表に出せなくなっていた。冷戦により国際政治的にも日本の専守路線固定化されていた事と他国では熱戦が続いていて海の向こうでは若者戦死が伝えられていた事もある。憲法学者と言ったらほぼ全てが革新護憲派だった。

 

ところがここに「憲法フェティシズム」的な趣向が定着して行く。つまり憲法は良いものから朗読しましょう的な考えだ。反リアリズムである

その為護憲=お花畑空想平和主義という評価が出てくる。そして冷戦終結により日本立場は流動的となった。

そこに降って湧いたのが湾岸戦争で、ここで戦後初めて日本戦争への協力を求められる事になり、世論右往左往する事になった。秩序維持の為の戦争であるという大義名分もあるし、憲法9条が前提にしていたのは国連軍が結成されて国軍は縮小されるというカント的な世界である多国籍軍国連軍とは違うが名分的には相似だから護憲派も一概に否定しにくい。

 

湾岸戦争を戦費拠出という形でお茶を濁した日本だったが、戦争に寄らず国際貢献をすべきとの議論が高まってPKO活動自衛隊が参加するようになった。その第一弾はカンボジア民主選挙監視である

また同時にそれまでタブー化されていた改憲の機運も上がり、護憲派ばかりだった憲法学者にも改憲派が現れ、メディアに出るようになってきた。その筆頭は小林節である

 

先に書いた憲法フェティシズムのせいで、憲法学には「微妙」な空気が取り纏っていた。

憲法法学なので法学部で扱う。だが法学一般は最終的に実学接続しているのに憲法はそうではない。例えば国民主権自由主義的な思想意味が延々とこね回されたりする。

国民主権主権は元は絶対王政国家正統性の為のフィクションであって、統治権外交権交戦権などを示すが、こういう肝心な事はスルーされて国民主権思想的に称揚されるばかりだったりする。

一言で言うと左翼神学的な評価がされていたのである

 

例えば国際政治での人権の扱いなどが憲法学周囲から出て来ない。国際政治では人権国家に対する対外的権力だ。

統治問題主権の壁によって外部から干渉できない。この前提が共有されないので人権がその壁を突破できる国際権力となっているという事が扱えない。特にコソボ紛争ではNATO軍事介入理由人権が挙げられた。国民主権は扱うのにこっちに接続できない憲法論というのはリアルを欠いている。

 

コバセツはこんな左翼神学的な憲法学に割り込んで行って安楽椅子を蹴り飛ばして塗り替えたと言って良い。

 

改憲問題エポック的な出来事があったので紹介しよう。2003年の朝ナマで西部邁がコバセツに追い返されたのである

西部改憲派テーブルに座り「憲法9条や前文の精神日本人に悪影響を」と長々語っていた。これはモロに憲法フェティシズムだ。憲法を唱える事で精神浄化され理想的市民国民が出来ると言う考えだ。

それでイライラMAXとなったコバセツは「そんなの相手にしなくていいから」と侮辱。衆前で面子を潰された西部は退出した。

これは左翼神学の単に裏返しで、コバセツはそういう神学的安楽椅子を蹴散らしてきたんだぜ。そんなを見たら撃てと訓練されたコバセツの前でそんな事言ったらバカ扱いされるに決まってる。

 

それでリアリズム的にもう9条一国平和主義は困難だし、ちゃん改正しようという機運が高まっていたのだが、これに疑問符を付けたのがイラク戦争であった。

当初から戦争理由疑問視されていたのだが賛同者達は「アレは最初から予防戦争だった」等と誤魔化していた。だがISIS勢力伸長すると彼等も黙りこくるようになった。

これによって米国主導の国際秩序維持に付いて行くという路線留保すべきという流れになるのは当然だ。しか国連の影響を抑える為の政策米国しまくった。この為に国連路線を旨としていた日本国際貢献イマイチリアリズムを失ってしまった。国際貢献路線の空白である

 

そこに颯爽と現れたのが我等が安倍晋三閣下であった。

改憲旗艦となった彼は新右翼学生運動流れの学者を重用、党内の勉強会でコバセツは対立するようになった。

彼等の憲法観は嘗ての左翼神学の裏写しであった。コバセツが蹴散らした椅子に座りだして頭の悪い理想論を語るようになったのだから当然だ。

すると2007年にコバセツは自民党憲法勉強会に呼ばれなくなった。パージである

ここでリミッターが外れ、改憲論というのはお笑いリアルと全く接続しない理想論を語るだけのものとなっていく。

例えば若者がチャラチャラして国家について考えないのは怪しからんので徴兵するなど。

日本会議の中枢に居るような新右翼学生運動家には就職せずに大学に残った者も多い。また六本木にあった生長の家などで寮生活を送った者も多い。その集団的生活史が投影されている。

吉田茂は後に吉田ドクトリン撤回して海軍力を増し海洋国家となるべきだと主張していた。これは日本海岸線は長いので防衛力をそこに集中すべしという考えと、当時の日本重厚長大産業国で造船がその筆頭だった事もある。

徴兵海軍に向かず陸軍歩兵に向く。つまり海兵隊のような外地でのの占領などが多い事が前提になるが彼等にはそんな考えは無い。国家意識希薄若者は怪しからんから集団生活をさせろ、国を守るのは美しい行為から戦争従事させろというだけだ。

 

またいつのまにやら立憲主義否定されて憲法国民が守るべき事柄になっていった。

コバセツを追い出して何年も顔をつき合わせて「現憲法には国家を統制するような事ばかりかいてある、おかしい」とやっていたのである

何年も何百時間も掛けてバカの思いつきを言い合って論議のつもりだったんである機械ばらして直せなくなるガキかよ。

それに対する言い訳は「家族愛は良い事だ」などであった。良い事だから朗読しましょうというのが憲法だと思ってたんである。良い事を書くと良い国になると思ってるんである

まり彼等は憲法どころか毎日やっている立法の仕組みも判っていない。法律が肉付けされて権力を持つ仕組み=政令省令の事や閣法の提出過程も判っていない。

これは左翼神学的で実学接続しないので憲法学者微妙な扱いされていた20数年前の完全に裏焼きであろう。

そういえば日本会議の活動家たちが動いて成立させた国旗国家法や年号法などには政令が無い。普通立法プロセスが付いていないのである

 

こうして「改憲」は厨房タームとなり、現実に即した意見を言う人との評価が欲しい人は避けるようになってしまった。「南京虐殺朝日新聞捏造によるもの」とか「地政学的にナンタラ」と類似コンテンツとなってしまった、

 

安倍閣下の華々しい業績はこれだけではない。

南スーダンPKO日報破棄はその最たるものだ。

南スーダンの情勢が悪化自衛隊PKO活動をしている地域危険に晒された。他国から派遣されている軍を置いて撤収していいのか?これは改憲上の一番重大な局面だ。

今回は撤収するにしろしないにしろ国民の皆さん、憲法の枠内に納まるよう戦闘地域では活動しないという区切りPKO活動をしてきましたが、コソボ以後のPKOは変化し、戦闘状況では積極的な介入により平定を維持するというポリシーになっています。今後もこのように情勢が悪化して危害射撃をする必要に至るでしょう。憲法PKOポリシーを変える為の議論をする時です」というのが改憲派の筋である。そしてその時である

なのにたかがその場の政局が荒れる事を忌避した聖帝閣下はそんな事に興味は無かった。日報を破棄させる圧力をかけたのである現実に即した改憲に至る正統な道筋と思わなかった。改憲は既にガキ臭くて老害じみたルサンチマンを集合させる事でその手の固定票を集めるフワついた寝言であったか自衛隊憲法問題なんて気にも留めなかったんであるな。そしてその寝言化を成し遂げたのも聖帝閣下とお仲間の努力の賜物であった。牟田閣下前線から離れて芸者遊びを続けたような血の滲む努力の。

 

更にこの件では防衛大臣が辞任する運びとなった。

だが隠蔽責任を率先して取ったのではない。後から無くなった筈の日報が出てきたのだ。

まり自衛隊に後ろから刺されたのである制服軍人スーツ政治家が統制するのが文民統制であってこれが失われると国家破滅に突き進む。そんな憲政上の大問題だ。

だがこの自衛隊が成した暴露は正当な行為である。やってはならぬ不正を成さしめそれを是正した事で文民統制上の問題となった。

しか自衛隊活動が蓄積された一部であって、改憲への正当な道筋ど真ん中の事を無きものにするという不正であって改憲派として正気の沙汰ではない。

だがこの時既にこの政権にまともな責任を取らせようという国民意識は無くなっており、子供の間違いのように擁護されて忘却された。

ど真ん中改憲問題はこうして消え去り「家族大事とか良い事が書いてある憲法朗読しましょう」という流れは保護された。

アイドルのような還暦女性ポストを与えた防衛大臣が軍に後ろから刺されるという事態の深刻さにも晒されずに相変わらず神学徒達は安楽椅子ロリポップを舐め続けることができた。

 

安保法制憲法解釈変更問題本来なら改憲問題だ。

だが集団的自衛権への移行に就いて憲法論議国民に投げかける事はしなかった。

この理由時系列を辿ると判る。

2013年に盛んに言っていたのが「戦後レジームからの脱却」だ。更に年末靖国神社を参拝したところ、日米関係戦後最大の冷え込みとなった。

太平洋地域戦後レジームが米国のなした国際秩序という事に気が付かなかったんである靖国参拝英霊への感謝という言説に自家中毒になりA級戦犯合祀から問題化したという事を忘れていたんであるバカな…と思うがそれが聖帝閣下とその友達だ。

因みに日本会議中枢などの「新右翼」とは反米主義右翼の事だ。戦後体制はYP(ヤルタポツダム)密談による分割であるから打破するというのがその趣旨だ。

こうして2014年には聖帝はオバマに擦り寄るようになった。そんな中で米議会で発表されたのが集団的自衛権への転換である

議会であるのも理由がある。湾岸戦争以後、日本憲法改正させて米国戦争サポートさせるというのは共和民主わず共同認識になっていたのだ。

こういう経緯なので改憲論議という手順を踏まずにやったのだ。

集団的自衛権が必要なら当然改憲の重大な理由の一つになる。だが解釈変更という形で現憲法合法としてしまったのだから改憲カードは無くなった事になる。

 

カンボジア独裁化に関しても何も言っていない。

PKO歴史を知っていたらそのエポック性は無視できない。「日本軍事的国際貢献への一歩とした国であり憂慮している」ぐらいは言うべきだがそうはしていない。

尚、日本民主選挙以前は外国に逃げたポルポト政権承認していた。あの虐殺国民の半分近くを殺しまくったポルポト国家承認したままだったのだ。選挙監視にはそういう理由もある。

 

こういう風に改憲上の最大の障害は聖帝閣下とお友達なんであるが、この状態は方々に都合がよろしい。

護憲派は憲法9条が国際状況にそぐわなくなっている事を考えずに済む。あんだけのバカ草案を出したら改憲反対は当たり前であって、PKOポリシーの変化にどうするかなんて問いを考えなくて済む。コバセツ含む嘗ての改憲派憲法学者も全て護憲派に寝返った。

一方、米国主導の軍事秩序賛同派はイラク戦争賛同の総括をせずに済む。ISIS支配地域にあの連中置いてくるべきだ、なんて意見に晒されずに済む。

そんな情況空白地帯で先人の積み上げた蓄積の意味判らんかった聖帝閣下友達と泥遊びに明け暮れ、田んぼをぐちゃぐちゃにしてしまったが意味が判っていないからなんという事もない。お友達稲田防衛大臣制服に後ろから刺されたのににこやかに軍事パレードを行い、胸に手を当てて国家への忠誠を示したので上機嫌で去っていった。

統計公文書も無くなった国に護憲の要石を深く打ち込みやがて聖帝閣下も去る。

2020-08-20

正解などない読書感想文の、正解と言える書き方

 小学生の子供がいる増田ブクマカもいるだろ、その中に読書感想文が苦手だった奴いるだろ。8月も終わりに近づいてきて、そろそろ「かーさんとーさん、読書感想文ってどうやって書いたら良いの」が来る頃だろ。安心しろ読書感想文ナントカ賞をいくつも貰った私が書き方を伝授してやる。これは私に娘息子が生まれたら伝授する一子相伝の技にしたかったんだが、そんな予定は一切なく、今後一生ないだろうという見通しになってしまったので全国公開だ。滅びよ人類

 そもそもコロナ禍で3月4月休みだったけど夏休みちゃんとあるのか?読書感想文課題って今でもあるのか?しらねえ、書きたくなったから書くんだ。書かせろ。

本の選び方

 なんでもいい。薄ければ薄いほどいい。読みやすいからな。課題図書じゃないと駄目っていう狭量な小学校なら課題図書でいい。私くらいになると増田でも書ける。あとで実践編やるので期待せず待て。

感想の書き方

 読書感想文の「読書」は前項で満たした。次は「感想」だ。感想に正解はあるのか?そんなものはない。感想とは誰のものか?筆者のものだ。筆者が絶対王政の、何やっても良い文章感想だ。つまり、筆者が書いたことこそが唯一の正解だと心得ることだ。読書感想文の中ではな。

 読書感想文苦手パーソンは、結構割合読書感想文の主役を「本」にしがちだ。だからあらすじを書きたくなるし、この本が伝えたいことは何か、みたいな答えを探し出す。それをやるのは感想文じゃなくて紹介文。読書感想文の主役は筆者。あらすじも引用も正しい読解も不要だ。堂々と誤読曲解勘違い拡大解釈被害妄想を自信満々に書いていけ。しかし、文章を書く訓練を積んでない人が「書きたいこと書け」って言われたって難しいことくらいはわかる。読書感想文こそが文章を書く訓練だからな。必要なのは具体的な方法論だ。

自分語りをしよう

 自分語りって嫌われがち?それは公園砂場でしょんべんしたら嫌われるのと同義。しょんべんはトイレで。読書感想文トイレだ。本を適当に開いて、気になった一文について文句つけたり褒めたりしよう。正しさは不要だ。そこに自分体験をくっつければ、あっというまに400字は書ける。1ページ埋まったな?

好きなものの話をしよう

 自分語りに繋がるが、好きなものの話というのはリアリティがあって、本人にしか書けない素晴らしいお気持ちが書ける。好きなものと本との共通点こじつけろ。400字は書けるな?

嫌いなものの話をしよう

 好きなもの同様、嫌いなものへの悪口もスラスラ出てくるものだ。嫌いなもの悪口言っても怒られないのが読書感想文という場だ。好きなだけこじつけて、比較して、罵倒しよう。適当な一文をあげつらって、怒って、作者は性格が悪いと決めつけよう。400字以上余裕だな?

社会問題こじつけよう

 何でも良い。その学年の児童・生徒が興味を持ちそうな、センセーショナルではない、できれば同じ議論が繰り返されてるような社会問題こじつけよう。環境問題とか、食料廃棄問題とか、いじめ問題とか。本の感想として自分体験を書いて、それを社会問題まで広げる。国語先生の花丸と、ナントカ賞のニオイがしてきたな?

 以上が方法論。賞が不要で、とにかく終わらせたいなら、社会問題こじつけ必要はない。自分語りだけでOK。さて、実践編だ。

実際に書く

 実際に増田ピックアップして書いてみるぞ。まあ今のタイミングならこれだろ。

anond:20200819164355

タイトル:嫌なら嫌とそう言おうぜ

 自分はひねくれ者だ。いや、ひねくれ者でありたいと思っているだけの、単純な奴かもしれない。なぜそんなことを思ったかというと、兄から「お前は単純だな」と、何度もだまされてバカにされたからだ※。だから、単純であることは人として劣っていて、ひねくれているずる賢い奴のほうが優れている、という思い込みがあるのかもしれない。だから自分はひねくれ者だ、なんてことを考えている。

 今回読んだ本は「夫を松潤扱いしてみた」だ。松潤松本潤といえば、アイドルグループの嵐のメンバーであり、とてもカッコいい人だ。夫を松潤扱いするということは、つまりは夫を騙して調子に乗せて、あとからハシゴを外してバカにする、自分がよく兄にやられていることを、自らが選んだ夫にするのか、なんて性格の悪いやつだと怒りを覚えた※。他人を騙してバカにして、何が楽しいのか!いじめと同じ構造じゃないか!と怒りつつも、自分TBSの「モニタリング」という番組が好きなことを思い出した※。あれも、突然〇〇したら、人はどうするの?という、騙して反応を楽しむという構造だ。いじめと何が違うのか?そしてそれを笑って見ていられるのに、自分にふりかかったら怒ってしま自分は薄情で性格の悪い人間なのか?そんなはずはない、あの性格の腐った兄よりも、自分はずっとマシなはずだ。兄とモニタリングは違うはずだ。

 そんなことを考えて、頑張って違いを見つけた。「騙された側の反応」だ。兄はただ自分不快にして、兄だけ笑って終わる。モニタリングは、騙された側も笑顔で、騙した側も笑顔だ。騙された側も嫌じゃないのだ。騙された側もハッピーに終わるなら良いことだ。騙された側が「嫌だ!辞めろ!」と言えば辞めるのがモニタリングだろう、ただ人に嫌がらせがしたい兄とは大違いだ。相手が嫌な気持ちになったら辞める、謝る、というのが、いじめ大好きな兄と普通の人の違いだろう。

 実際に、この本も「夫」は楽しく騙されて、そして良い結果になっている。作者も、悪意が合って騙しにいっているのではなく、うまく調子にのせて良い結果を生み出している。そうだ、この「夫」は単純なのだ。そして単純で素直だからこそ、いい結果が生まれている。やはり単純であることは悪いことじゃない。悪意のあるひねくれ者の兄こそいじめっ子で、悪い奴なのだ

 しかし、自分友達に対して「嫌だ」と思われていることをしてしまっているのかもしれない、という思いが出てきた※。いじりやからかい名目で、いじめと変わらないことをしてしまっているのかも、と不安になってきた※。そこで、自分ルールを決めようと思う。「『嫌だ』と言われたら善意であっても辞めてきちんと謝る」だ。きっと、この本の作者も、「夫」が辞めてと言ったら素直に松潤扱いを辞めているだろう。嫌がらせのつもりはなく、悪意がないからだ。そして、自分も嫌だったらきっぱりと「嫌だ」と言うようにしよう。

 米津玄師のLOSERという私が大好きな曲がある※1。とてもカッコいい曲で、タイトルは「敗者」なのに、全く負けている感じがない。歌詞はひねくれ者の歌詞でも、ひねくれてちゃ何も始まらないぜ、負け犬だっていい、遠吠えだっていから、それこそ単純に「愛されたいならそう言おうぜ 思ってるだけじゃ伝わらないね」と歌っている。自分の好きな曲も、ひねくれ者でもいいから、思ったことを単純に言って伝える、そんな単純さを肯定している。やっぱりひねくれ者に憧れるのは辞めだ、単純に生きていこう。嫌なら嫌とそう言おう、悪意がない相手なら伝わってくれるはずだ。

 今後、自分は「嫌だ」「愛されたい」をはっきりと言っていこうと思う。そして願わくば、この本の夫婦のように、信頼しあい、愛し愛されて幸せに生きていけるようなパートナーに恵まれますように※1。この祈りに、「恵まれますように、なんて受け身じゃ始まらいね」なんて混ぜっ返す、心の中の兄が顔を出してきた。兄は居なくても他人嫌がらせをする。兄よ、愛されたいならそう言おうぜ。

※ 全部ウソテレビもねえ、兄もいねえ、友達いね

※1 本当

 原稿用紙5枚分である。書くのに1時間くらい。便宜上元増田のことを本と呼んでいる。賞がほしければ、ここから架空の兄への恨み節みたいなものを削って、もっといじめ問題フォーカスしていけばいい。今回は架空の兄への恨み節をメインに据えているが、やりたければ好きな曲とかゲームの話でも良いから、書けるものの話を延々すればいいし、ちゃんと本を読んだなら本の内容をメインにしてもいい。これ全部読んだ人はわかると思うが、私は元増田はそこまで読み込んでない。好き勝手自分のことを話しているだけだ。あらすじなんて微塵も引用してないし、正しいテーマなんて探していない。読書感想文なんて、本は添え物だ、好きなものと嫌いなものを書け。賞が欲しかったら社会問題トッピングだ。簡単だろ、簡単に書くんだよ。難しく考えるな。

2020-07-10

anond:20200710180251

Twitterは「Twitter Rules」に違反した奴は凍結されるマジョリティの国だから。あの「Rules」はどう解釈しても絶対王政の「統治権」だから

2020-07-04

anond:20200704192037

ネトウヨじゃない

人治国家ではなく法治国家の方がいい

封建制度よりも民主主義

絶対王政反対

ただそれだけの話だろ?

自称リベラル」の自称基準に照らせば

30年前なら国民の9割以上は「リベラル」だ

じゃあ、リベラルというワード本来意味に照らして考えてみたら実際そうか?

30年前なら国民の9割以上はリベラルか?

んなわけねえだろ。

奴らは使ってるワードが間違ってるんだよ。

人前で「私はリベラルです」なんてわざわざ言うのって「私は裸ではありません!ちゃんと服着てます!」って言ってるのと何もかわんねえよ。

そんなの偉くもなんともないし当たり前なんだよ!

それだけのためにリベラルなんて自称するのはやめろ!

っていいたい。

2020-06-24

anond:20200623194658

元増田だけじゃないけど、リベラルって言い方が鼻につく。

世間一般基準じゃおれだってリベラルってことになるんだろうけど、おれはそんな呼び方認めないよ。

大体、近代民主主義否定論者でも封建主義者でも絶対王政主義者でもないってだけでリベラルって言い方が大げさ過ぎてマジありえないよ。

全裸じゃなくてパンツはいますってだけでは正装って言わないだろ?

外を出歩く時に包丁を振り回さない人のことをモラリストっていうか? 言わないだろ?

包丁振り回さないのが当たり前なんだよ。

原因としては十中八九、近年の

ネトウヨ普通の人 が浸透してきた反動なのだろう。

リベラルなんて大げさな言い方するとネトウヨがつけあがるからホントやめたほうがいいよ!

2020-06-22

ネトウヨが狂ってるのはもはやウヨサヨ問題なんかじゃない

右翼左翼以前に、

近代民主主義概念すら完全否定し、中世以前の封建主義体制絶対王政を渇望、垂涎しているにすぎない。

知性主義でもあり、一種の退行だ。

世界史にとってマイナス存在しかない。

どうしても筋を通したいというのなら、本物の右翼を見習った方がいい。

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