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はてなキーワード: 凝視とは

2022-05-13

男の乳首評論家の姉

今年27歳になる姉は若い男の乳首が好きです

テレビとかで若い男が上裸になると必ず点数付けます

数年前 野外に湧き出る温泉家族旅行したとき大学生くらいのやせたメガネ男子の上裸姿をみかけた姉はすかさず

「熱い湯でますか~?」なんて甘ったるく近づき大学生が喋ってる間、乳首めっちゃ凝視

あとから「95点! わき毛もボーボーで男らしくてサイコ―!」とか勝手に採点しはしゃいでました

よく考えたらうちは三人姉妹だったので男のナマ乳首は新鮮だったのね

いやそれだけです

2022-05-06

anond:20220506100145

さっきワイの股間凝視してたんはお前やったんか😨

2022-05-05

anond:20220505124955

あれシーツについた髪の毛とかフケとか埃とか昨晩抜けた縮れ毛とか絶対風に舞ってるよなと思ってた

やっぱりそうだよな

主人公男子は地面を凝視したほうがいいと思う

2022-05-02

anond:20220430145800

内心の自由」については、

・「心の中で性的に見るのは自由」だけど、ねっとり凝視し、「性的に見られている」と相手に伝わっている時点で内心とは言いづらい。

・異性に直接「きみの身体エロくて最高だね」と言ったり、ネットで「巨乳JK犯してー」と言ったり、えちえちな創作を発表するのは、内心ではない。

・国(特高警察とか)が無理やり「お前!異性を性的に見ているな!」と拷問で内心を吐かせて犯罪者に仕立てる訳ではない。

これ全部お前の勝手思い込みじゃねえの?

2022-04-30

anond:20220430005212

いや、この件、内心の自由表現の自由は一切侵害されてなくない?

これだけじゃん。

なんか侵害されたのか?

内心の自由」については、

  • 「心の中で性的に見るのは自由」だけど、ねっとり凝視し、「性的に見られている」と相手に伝わっている時点で内心とは言いづらい。
  • 異性に直接「きみの身体エロくて最高だね」と言ったり、ネットで「巨乳JK犯してー」と言ったり、えちえちな創作を発表するのは、内心ではない。
  • 国(特高警察とか)が無理やり「お前!異性を性的に見ているな!」と拷問で内心を吐かせて犯罪者に仕立てる訳ではない。

表現の自由」については、



何をどう守っている気でいるんだ?

冷たいことを言うようだけど、元増田の言うところの「内心の自由反対派」を批判している人たちは、間違っている(と当人が考える)と思うモノに間違っていると言っているだけで、別に黒澤氏の庇護目的としているわけではない。

正しいことを言った黒澤氏には報われてほしいという同情的な気持ちはあっても、それはあくまで「表現の自由」や「内心の自由」を守ることと比べたら二の次の話であって、そこを最優先とはしていない。

FF14は地面と戦うゲームだったから耐えられなんだ

ずっと地面を凝視していて敵と戦ってる感じじゃなかったのが耐えられなかったんだけど改善した?

2022-04-29

性的まなざしダメ!」は、チンピラ因縁と同レベルだったらしい

そして、男は序列で下位だからやっちゃだめらしい

https://twitter.com/okisayaka/status/1519879339911049216

おきさやかSayaka OKI

RT そもそも人をじろじろ見てOKなら、不良なお兄さんが出てくる漫画の「あぁ?何見てんだコラ!」が成り立たない。一般に、相手許可なく凝視は難しい。特に相手が強い場合視線の向きには序列があることを知らないはずがない

2022-04-28

鼻の角栓物理的にぶりぶり押し出すのダメらしいな

指で押し出して太いの取れた時、指の腹に乗せたまま鏡に映して第三者的目線でそれをいろんな角度から20秒くらい凝視するのが楽しいのに

2022-04-25

保健室登校のあの子

高校の時、隣のクラス保健室登校してる子がいたわけ。結局、一度も喋ったことはないんだけどね

保健室では保健医に向かってすっげーうるせー鳥みたいにピーチクパーチク喋ってんのに、教室戻ると自分の席で下向いて机凝視したまんま少しも動かねえしもちろん喋らねえの。

え?二重人格?てかまあ、内弁慶みたいな気質だったんだろうな、とは思うけど。

んでさあその子名前も知らないその子が、俺の部活めっちゃくちゃこきおろしてんの。卓球部だったんだけど俺は。

オタクのあつまりだし、卓球とかだれでもできるし~みたいな卓球部が生涯で言われることベストテンフルスロットルでずっと言ってんのね。その保健室のベッドで卓球部部員の俺が寝てることも知らずに。

自分で言うのもなんだけど、うちの高校卓球部って結構強いわけよ。まあもれなく全員ダサメンではあっただろうけど。でも毎日必死練習してるわけ。

それをさあ、同じように部活頑張ってる陽キャとか、めちゃ勉強に打ち込んでるガリ勉とかでもなく、毎日教室に通う勇気も根気もろくになくて保健室女王様面してるその子に言われたのがクソムカついたわけ。

いやてか保健医なんか言えよって感じだったんだけど、俺らには厳しいそのオバハンは不登校予備軍の生徒には肯定しかしないわけ。腫れ物を扱うように「そうだね」しか言わないわけ。まあカウンセラーじゃないし仕方ないんだけど。

その日俺は水泳の授業上がりに冷えた牛乳飲みすぎて腹壊して保健室で寝てたんだけど、その子の話が不快すぎて顔色悪いまま教室戻ったわ。そのまま残った方が精神衛生上よくねーもん。

俺がカーテン開けた時、その子は初めて気付いたみたいであっヤベッって顔して一瞬で黙ったんだよ。さっきも言ったけどそこそこ強い部活だったから、名前も知られてたんかもしれない。でも俺はその子の顔しか知らない。

ここで俺がもっと性格が悪いかもっと度胸があるか、もっと機嫌が悪かったら「喋る元気あるなら教室行けば?」って言ってたのかもしれないけど、そんなに優しい人間じゃなかったので普通に無視して保健室を出た。

の子保健室登校になった理由とか、俺は知らない。

すげーいじめられたのかもしれないし、勉強についていけなくなったのかもしれないし、ただ単にクラスにムカつくやつがいたのかもしれない。何も知らない。

何も知らないけど、守られてるのは今だけだよってくらい、教えてあげればよかったのかなあ。

2022-04-23

こどもの習いごとに🩰バレエはやめとけおじさん「バレエやめとけ」

集金搾取

バレエはとにかく内向きの習いごとで、発表会で売り出す高額チケット

参加者が親戚などに売りまくらないといけないし、

その様はまるで

ネットワークビジネス保険営業のようだ。

バレエは、たくさんチケットを売る家がヒエラルキー上がっていく世界。そんな世界に入りたいですか? 

性的搾取

バレエには「無垢のふりした性的強調」の暗黙がある。

女の子更衣室に内縁の父が入ってきたり、

男の子更衣室にベタベタママが居座っていたり、

それを注意すると「そんなことを意識する方がイヤラシイ」と逆ギレする。

女の子の発表では謎のカメラ小僧が登場するし、

男の子の発表では股間強調を凝視する謎の男性女性が発生するし

異常な世界

2022-04-22

電車乗ってたらオタク痴漢された

月曜日たわわちゃん発見でおじゃる~。ボキのジュニア押し付けて欲しいでおじゃる」

私の胸凝視しながら迫ってくるの

もうマジ無理。日経広告に影響されてこういうこと平気でする奴増え過ぎでしょ

現実犠牲者が出ているのにそれには知らんぷりな世の中

2022-04-16

Iカップいかにも大人しそうな女子中学生がいたら、うわっデカいなって思うじゃん。

隣を歩いてた友人が思わず「でか!」と口にしてじろじろ胸を見たとして、それに気づいた女子中学生の顔が真っ赤になったとして、友人に対して確かにデカいから仕方ないと思いこそすれ本気で怒ったり引いたりはしないだろう。

口では「やめろよ」と笑いながら言ったとしても、男なら気持ちはわかる。たとえば通りすがりにその爆乳に肘が当たったことを自慢されても気持ちはわかる。楽しく遊んでいる最中に本気で咎め空気を悪くはできない。

男なら仕方ない。爆乳なら仕方ない。女の子別に嫌そうな顔はしてなかった、と思うだろう。

Iカップ女子中学生だった私自身もそう思っていた。

小学生の頃から通りがかりに卑猥言葉を投げつけられたり偶然を装って胸を触られたり教師にニヤニヤしながら凝視されたり同級生男子にふざけて羽交い絞めにされたり、そういうことがしょっちゅうあったけど中学生しからぬ巨乳女子中学生から仕方ない。

「やめてほしい」と本気で言うと、誤魔化すように笑うか空気を読めよとキレられる。巨乳のくせに本気で怒る私のほうが間違っているかのような雰囲気

顔色を変えず上手く躱すようになることが大人の女性の本当の賢さだと社会は言っていた。ほんの十年前まで、たわわな女子中学生高校生性的存在として扱われるのは当然だと社会のさまざまな場所広告されていた。

建前上はやってはいけないことだが、実際にそれが行われたのを見た大人の男は「気持ちはわかる」「男の本能から仕方ない」と言う。この苦しさは、ずっと欲情させる身体に生まれてきた自分が招いたことだと信じていた。

この巨乳はあまりにも人目を引き、これまで接した男性たちに「この女は性的存在として嘲笑していい」というメッセージを送り続けた。

私に大小の性的接触をしてきた人々は決して低能でも粗暴でもなく、普段は人のいい友人たちだ。ごく普通の善良な男性性的欲情を起こさせ、ラインを超える言動をさせるのは、私の身体だ。

私自身は重度のオタクだし、自由主義者であり性的表現規制には慎重な考え方だ。

だが同時に、私が子供の頃から好んで読んだり見たりしてきたメディアで示された性的表現自分が影響されてきたことも知っている。

周囲に溢れるバラエティドラマ漫画アニメによる刷り込みで、コミュニティの中で性的アイコンとして振舞うように求められるのは当然だと学習してきた。

辛いと感じるのは私が弱く、大人スキルをもっていないからだと思っていた。

大学ジェンダー論に触れ、あるいはいくつかのフェミニズム論に触れて初めて私は怒ってよいのだと言ってもらえたとき目からうろこが落ちたようだった。

それまでずっと私が受けた性被害は性被害ではなく、それは私自身が招いたもので、受け流せない自分が悪いと思っていた。

私の身体は私のものだと言ってはいけないと思い込んでいた。私の身体のせいではない、社会が間違っている。この社会を変えられると言ってもらって、涙が出た。

漫画アニメが実際の性犯罪惹起する確率は低い、というのは理解している。

だが私は漫画アニメから性的存在として振舞うのが正しいあり方です」というメッセージを受けとって成長してきた。

データを示せと言われたら困る。私は持っていないのでこれはn=1のただのお気持ち表明だ。

これから被害を受けるかもしれない子供たちに、それを肯定するような表現を見せたくない。あなた身体あなた自身のもので、踏みにじられそうになったら本気で怒っていい。あなた以上にあなたの周囲の大人たちも怒ってあげると言ってあげたい。

私が公的場所での性的表現をやめてほしい理由はこういうことです。性犯罪を誘発しかねないという理由性的表現批判していることについては否定的に見ています

2022-04-13

今日、近所の電器店でアレに使う大容量HDDなどを物色しておりましたら、 「萌えー!萌えー!」と叫びながらフロアをうろつくおっさん発見いたしました。anond:20220413103116

今日、近所の電器店でアレに使う大容量HDDなどを物色しておりましたら、 「萌えー!萌えー!」と叫びながらフロアをうろつくおっさん発見いたしました。

ああ、夏だな。

あいおっさん存在根本から抹消したらさぞかし楽しいだろうなとバッファローの200GBHDD凝視しながらレジへと並びました。

ふとおっさんに目をやると、いつのまにやらおっさん幼女に寄り添っているではありませんか。

これはいけませんと、買い物かごにあった唯一武器になりそうなUSBケーブルを握り締めていると、 おっさん幼女の会話が聞こえてまいりました。

「もえ。お父さんから離れたらダメじゃないか」 「ごめんなさい」 ああ、アレだ。

親子だ。

もえって名前のお子さんですか。

利発そうなお嬢さんですね。

抹消されるべきは私ですね。

2022-04-04

anond:20220404012652

触るの秋田から正面から視姦してるわ

少し離れてJCとかの胸を凝視するの

見るだけなら痴漢には出来んから騒げなくて身をよじってるのに発起する

2022-03-21

anond:20220321173756

気持ちの悪い(と感じる)もの」って、ついつい凝視してしまいがちだけど

まりやりすぎると感覚おかしくなってしまうからほどほどに。

天気のいい日には お散歩を。

2022-03-18

問題無関係な同僚が無言でじろじろ見てくる

仕事上のちょっとした問題を俺とA君で話しあってると

その問題無関係なB君がちょっと離れた自席からじーっと見てくるんだよね。いつも。

B君は俺たちよりベテランなわけでもないので、たぶん問題解決のためのアイデアがあるわけでもないし、

実際に助言その他で会話に加わってきたことはない。

ただただじーっと眺めてくるだけ。

めっちゃイライラしてくる。

 

まあ、職場でどんな問題が起こっているかに興味を持つのはすごくいいことだと思うんだけど

まるでこちらにアピールしているかのようなレベル凝視してくるのは違うよな…

2022-02-27

どんなキチガイじみた病にも社会性がある

視点死刑とは心の中に植え付けられた観念視点へと変質し、常に内面を除かれ内側から支配さる状態を指すがこのような気味の悪い病にも社会性があると思われる。

例えば松本人志の「遺書」がそうである。この松本人志の「遺書」が日本お笑い会に多大な影響を与えたことに異論はないだろうが、お笑い会のみならず一般社会にも多大な影響力をもったのもまた事実であろう。

一般人が「俺はどちらかと言うと突っ込みタイプ」とか「俺はどちらかと言えばボケ」だなとか言い出したのはどう考えても「遺書」以降であるし、当時はみんな松本人志の真似をしていた。

遺書」の中にちりばめられたさまざまな言葉哲学思想テレビ会を良くも悪くも「汚染」したのも事実であろう。

遺書」以降日本テレビ番組がつまらなくなってしまったのは疑いの余地の無いところである

で、その理由として松本人志言葉観念化し、テレビ会を凝視する視点へと変質してしまったと考えることは出来ないだろうか。

このボケ突っ込みをしたら松本人志につまらないと思われるの恐ろしく、笑いの質を変えざるを得なくなってしまった可能性はないだろうか?

松本人志的なあるいはダウンタウン的な笑いが日本中を席巻し芸人一般人もパクってたし、はっきし言ってそれはつまらものしかなかった。

日本テレビ番組は「遺書」以降どんどんつまらなくなっていった。

たとえばビートたけしが昔に比べてつまらなくなったのも、素直に笑いたいけど笑えなくあの、ビートたけし特有の「ニヤリ」とした笑いかたも「遺書」以降によく見られる現象である

私はビートたけしバイク事故も「遺書」に敗北感を感じたビートたけし自殺だったという説を持っているがどうであろうか?

最近お笑い芸人は何でもかんでも突っ込み、しつこいし、これは浜田雅功のパクりとしか思えないし、ワイプに映るタレントの笑い顔も「笑わなきゃならず笑ってる」という感じで素直な笑いではない。

最近の笑いはボケから突っ込みまで全てが予定調和でつまらないし、そこにはやはり松本人志の「つまらない」という視点があり「つまらない」と思われるのが怖いからではなかろうか。

どう考えても松本人志の「遺書」以降日本テレビ番組は変質してしまった。(そんななかお笑いの質が遺書以降も全くぶれなかった島田紳助は流石と言わざるを得ず引退が非常に惜しまれる)

笑いコンビ別にどちらがボケでどちらが突っ込みという決まり事なんかないのはたとえば、とんねるずウッチャンナンチャンを見ればあきらかで、

その時々の状況に応じてどちらが突っ込んだりボケたりすれば言い訳別にお笑い形態としては、必ずしもどちらがボケでどちらが突っ込みといった役割分担が必須というわけではない。

ウッチャンナンチャン的、とんねるず的なお笑いコンビもっといてもいいわけである

ダウンタウン以降、ほとんど全ての笑いコンビボケ突っ込み役割分担がはっきりしており、今は昔ほど酷くないが少しでもダウンタウン的な要素があるとつまらなく感じるのであった。

兎に角松本人志視点テレビ会に内在化されてしまたことは疑いようのない事実である

明石家さんまですら、松本人志視点を感じながら番組に挑んでるのも全く事実であろう。

ボケ突っ込みがしつこく見てて楽しいとは思うが正直疲れる。

ダウンタウンも歳をとりもうすぐ還暦である。流石に昔程の輝きはないが、ダウンタウンがどんどんつまらなくなっていくのと日本テレビ番組がつまらなくなっていくのは軸を一にしており、繋がっているとは言えないか

番組制作スタッフ本音を言えば正直松本人志視点邪魔で重苦しく感じているのではなかろうか?

私に視点死刑の刑が執行されたのも、「遺書」の発売年とほぼ被るし、私を自分支配下に置こうとした彼は松本人志の芸風をよくパクっていた。

気味が悪く絶対に誰も同じ目にあいたくない視点死刑という刑罰も実は彼のオリジナルではなく社会性があったのであり、私を支配下に置こうとした彼も時代の手のひらの上で踊らされてたのである

2022-02-24

彼氏持ちとか既婚女性が好き

女友達の方が男友達より好きだし関係性が自然だと感じる。

色々考えてたら分かった気がするので言語化してみる。


それは多分、相手から見て恋愛対象外という前提がはっきりしているから男としてジャッジされなくて済む、という安心から

踏み込んで言い換えるとフリー女性を目の前にするとあわよくばヤりたいだとか彼女にしたい、という欲から

自分をよく見せたい、だとか余計な力が入ってぎこちない自分になるからかもしれない。


友達同士はどうかというと、心のどこかで男として負けたくない、金を稼ぐ能力で負けたくない、無能だと思われたくない、とか思っているフシがあるのか、

ふとした瞬間にあいつは仕事ができなさそうだとか心の内で見下したり、

自分より上だと思う人間に対してはあいつは環境が良いから、とか実家が太いからだ、とか

嫌なことを考えてしまうところがある。

それが自分でも嫌で疲れてしまう。


普段去勢された草食系男子のように振る舞っているのだけれど、その実ただの非モテ30代が自己擁護するための手段にすぎない。

そう振る舞うことで警戒心を下げて女と仲良くしたいだけ、そういう戦略を取っているからこそこうなっている可能性はある。

カルピスを極限まで薄めて飲んでも美味しい、とい言って喜ぶ感覚というか、

その先にセックスはないが、友達として異性に受け入れられて喜んで誤魔化しているというか。

通常接しているときはフタをしているけれど、女友達に対する性の目線は確実にあって、

ピチッとしたセーター越しのおっぱい凝視してしまったりする。

大体そういうときはその後夜風俗に駆け込むのが常だ。


他人がしている恋愛に興味はないし、「男として」とか昭和ですか興味ないです、みたいな顔はしているけれど、

内情はセックスがしたくてたまらないし、誰かにマウントを取りたくて仕方がないという、

欲望を満たす能力がない男が一番安心できるところが、すでにパートナーがいる女である、と思うと、何かドンマイって気持ちになった・・・


恋愛市場における価値を高める努力をしたくないけど、女性とか関わっておきたい男が惰性でたどり着く行動。

最適化してると思いつつ、いつかどこかのタイミングで欲を出して、

お前ちんこついてたやんけ!と離れられる未来が待ち受けている気がしないでもない。

なんとかしないといけない、とは思うが

きっとこのままぬるま湯に浸かったままなんだろうなと思う。

お湯が冷めたときのことはまたそのときに考えます

2022-01-18

anond:20220118131942

ワイは背が低いから少し俯いただけで男性股間凝視してる人になるで。

2022-01-11

王将戦第1局

 渡辺明王将名人棋王)に藤井聡太竜王王位叡王棋聖)が挑む第71期ALSOK王将戦七番勝負は、2022年1月9日静岡県掛川市掛川城で開幕した。王将含む三冠を保持する渡辺と、竜王含む四冠を保持する藤井三冠と四冠によるタイトル戦は史上初で、文字通りの頂上決戦である。両者によるタイトル戦はこれが3回目だが、2日制のタイトル戦を戦うのはこれが初めて。より深い次元で互いの読みをぶつけ合う、最高峰舞台がここに整った。過去2回のタイトル戦では、藤井の前に敗れ去った渡辺。初となる2日制の対局で、藤井相手にどのような将棋を見せるのか。戦前に今回のタイトル戦を「(自らにとっての)正念場」と語った渡辺過去6戦全勝と抜群の相性を誇る掛川城で、最強の挑戦者を迎えた。

昼休前、突然の嵐

 戦型は相掛かり。振り駒で後手番となった渡辺は、比較的穏やかな形を選択し、自然な駒組みを続けた。先手番の藤井がどのような作戦に出てくるか、その動きを静かに待つ。

 盤上に突然の嵐が吹いたのは41手目。藤井が指した▲8六歩という一手は、盤上に突如緊張を走らせた。この▲8六歩という一手は、将棋をある程度知っている人からすれば、思わず何事かと凝視してしまうような衝撃の一手である。この8六の地点は、盤上にある一つの火種」。後手からは、△8六歩▲同歩△8五歩と合わせる継ぎ歩の攻めや、△8六歩▲同歩に△8七歩と垂らす垂れ歩の攻めがある。さらには桂馬を跳ねてくる手もあり、やられる先手としてはどれも相当に嫌らしい攻めである。できれば先手としては触りたくない火種に自ら歩を伸ばしたのだから解説陣は騒然。立会人永世名人資格保持者の森内俊之は、「何が起きたのか、すぐには分からいくらい衝撃的な手」と評した。

 盤上に嵐を読んだこの手だが、藤井がこの手を昼食休憩の直前にさらりと指したことにも衝撃が起こった。このような大胆な手があったとして、普通は休憩後に一呼吸置いてから指すのが定跡である。大胆な手は後に引き返せないし、休憩前に指してしまえば、休憩中に相手渡辺に考える時間を与えてしまう。勝負術という面でも、休憩後に指すのが有効と思われるところ、藤井は何事もないかのようにその一手を指した。ただ、この「▲8六歩」という一手は、初見なら相当な衝撃を受ける一手だが、すでに類似形の将棋も現れており、トッププロの間では水面下で着々と研究が進んでいるという見方もある。藤井にとっては、この手は大胆でも何でもなく、すでに嵐は過ぎ去った後なのかもしれない。現代将棋は、ものすごいスピードで変質を遂げている。昔は、2日制の将棋といえば、1日目は互いの了解で通い慣れた手順をなぞるだけ、本格的な解説ほとんどないというような時代もあった。しかし、現代ではそんなことは全く通用しない。2日制の1日目から研究がぶつかり合い、激しく火花が散るのが現代将棋である。1日目の、まだ昼食休憩も迎える前に時間に放たれた「▲8六歩」の一手は、かつての常識が全く通用しない、むしろかつての常識を全て疑ってかからなければ始まらないという、現代将棋の一端を高らかに宣言しているかのようだった。

 藤井に大胆な一手を提示された渡辺は長考に沈む。藤井が自ら突っかけてきた▲8六歩を咎める手順はないのか、それともこれは「罠」か。非常に悩ましい時間だったと思う。長考すること1時間31分、昼食休憩も含めば2時間30分以上も考えた末、渡辺は△1四歩と反対の端の歩を突いた。藤井突き出した歩には触らず、引き続き戦機を窺う一手だった。

 藤井の▲8六歩は、本当に突いて大丈夫な一手なのか。危険はないのか。それは、これから研究が深められる点であり、まだ分からないとしか言えない。ただ、盤上の形勢を示すAIは、▲8六歩が指された後も特に波打つことはなく、「互角」を示し続けていた。盤上に嵐が来たと人間が騒然とする中、その静かな波形はどこか不気味だった。嵐とは、これまでの価値観に囚われた人間けが見てしまう、幻のようなものに過ぎないのかもしれない。

羅針盤のない戦い

 その後はじりじりとした難解な手順が続いた。互いに間合いを取り合い、ひりひりした駒のポジション取りと鍔迫り合い。何がどうなっているのか。つかみどころのない将棋だった。この将棋には「羅針盤」が見当たらない。羅針盤を取り出したところで、針は決まった方位を示すことはなく、ただ揺れ動くだけである羅針盤機能せず、どこにどのように進めばいいのか分からない。そのような中で、二人の対局者は(AIが示すところによれば)均衡を保ちながら進めていく。これが現代将棋最先端かと、半ば呆然とするような気持ちで盤面を見つめた。

 戦機は熟し、堰を切ったように局面は動き出した。ここから応酬も難解を極めており、私には手の解説をすることなど到底できない。ただ、難解な応酬の中で感じられたこともあった。それは、渡辺明が、今回の王将戦に向けて、自身将棋観を相当にアップデートしてきたということである

 「玉の守りを固めた後、細い攻めをつなげる」。かつての渡辺が得意にしたスタイルはもはや見る影もない。渡辺現代将棋対応するため、バランス型の将棋に棋風をシフトさせたが、今回はそれをさら進化させてきたということが随所に感じられた。戦いが始まり渡辺の玉の周りには守り駒がほとんどない。74手目、△4四金と強く盛り上がって、玉の周りの8マスにはついに一つも駒がなくなった。裸の王様藤井の攻め駒が前に出てきており、傍目には相当に怖い。しかし、これでも均衡は保たれている。堅さより「広さ」「バランス」。ここにも現代将棋価値観が現れていた。このような将棋において、「囲い」の概念はすでに消失している。戦いは、盤上の空間を広く使って起こさなければいけない。駒の価値、手の価値に定まった指標はなく、局面によってその価値微妙に揺れ動いている。玉はもはや、周りの駒に囲われ、ただ守られている駒ではない。玉もまた戦っている。盤上を泳ぎ、時には自らが攻め駒にもなる。盤面は液状化され、局面羅針盤はない。難解熾烈を極める現代将棋だが、37歳の渡辺明はここに来てさら自身将棋観をアップデートさせてきた。新時代棋士藤井聡太挑戦者に迎えた番勝負への覚悟は並大抵のものではなかった。そうして、濃密で難解な異次元ねじり合いは演じられた。

永遠を願う

 将棋は激戦のまま最終盤に突入し、双方1分将棋を迎えた。互いにどうなっていたのか分からないと述べた大激戦。「終盤は悪手の海を泳ぐようなもの」。1分将棋では、到底全てを読み切ることはできない。二転三転の展開で、双方にチャンスがあったように見えたが、最後藤井渡辺玉に生じた長手数の詰みを読み切っていた。1分将棋の中を抜け出したのは藤井。大激戦を制し、七番勝負の初戦を白星で飾った。

 この将棋が終わった時にまず湧き起こったのは、勝敗についての感情ではなく、「この将棋永遠に見ていたかった」という思いだった。最後は1分将棋という制約の中で、盤上は1つの結末を迎えた。しかし、この将棋には途中で気の遠くなるような、膨大な数が分岐があり、この結末はその中のたった一つでしかない。もし、持ち時間が無制限で、両者が次の一手を極限まで追求できたとしたら、この将棋はどこまで均衡を保っていたのだろうか、そんなことを思った。実際には、持ち時間が無制限というルール不可能だし、仮に無制限に考え続けたとしても、膨大な分岐さらに膨大に広がるだけだろう。81マスと40枚の先にある結論には、まだ誰もたどり着けていない。人間はいったいどこまで行けるのだろうか。番勝負の行く末のはるか遠くにあるそんなことを思うような、壮大な将棋だった。

 渡辺明藤井聡太人類最高峰番勝負を生で見届けられる僥倖感謝しながら、次局以降も、一局でも多くの熱戦が繰り広げられることを期待したい。

2021-12-25

オタサーの姫の特徴

頬を膨らませる

目を細めて凝視する

2021-12-11

ぎりぎり定型発達な俺の成長記録

子供のころから習い事などは続かなかった。そもそもタスクがあること自体ストレスで、いざ始めてしまえばそれほど嫌ではないことも、「習い事に行く」ことが嫌で続かなかった。

これについては、小学生に上がってから習い事を始めさせ、すぐに続けさせることを諦めた両親に感謝しかない。当然塾にもいかなかった。

なお、長じては飲み会嫌い、付き合い嫌いとなって開花し、無事、友人づきあい交際消失した。

継続ができないので、低学年の連絡帳などは、ほぼ真っ白だった。人生のやり残した感の端緒は連絡帳に違いない。

根気が無いので暗記もできなかった。例外は百マス計算で、多分自分の(興味ないことへの)集中力限界がここらへんだったと思う。ミスは多かったが計算ができたことで何とか自我が保たれた。

テストはとにかく第一感で解いて見直ししない事で折り合いをつけた。空いた時間は、問題用紙にひたすら迷路を書いていた。

当然、ケアレスミスで点数は落とすし、漢字の書き取りなどは壊滅しているので満点にはならないが、8割くらいはとれていたので、ほおっておかれた。これも助かった。

すでにある程度分かっていることを繰り返すと激しく集中力が落ちたので、予習も復習もしなかった。小学生の頃はそれでも授業の進行が遅かったので、まだ終わらないのかと時計凝視している嫌な生徒だったと思う。

待合室で漫画にかじりついていたので、近所のお医者さんに、この子は将来大物になるといわれたが、そんなことはなかった。

真面目に頑張ればなんにでもなれると、無責任に言う親だったが、中学生ぐらいには、医者とかパイロットとか100点をとれる人向けの職業には就けないと確信した。

なお、中学から始まった英語も暗記科目なので死んだ。たまたま近所に、例文の単語を隠してその単語を問う5W1H文章作成するという特訓をしてくれる人がいて、英語の構文に慣れたので、全く筆記ができないにもかかわらずセンター試験でそこそこ点数が取れた。

理科は、とにかく根気が無いので、難しくて(解けなくても恥ずかしくない)薄いということでZ会問題集にお世話になった。

なお、社会地図帳にもかじりつくタイプ(鉄)の人間なので地理一択だった。

さいころから人前が苦手で学習発表会とかは仮病を使ってよく休んだ。実際問題風邪もよく引くし中耳炎なども一通りやられたが。

布団の中で横になって、NHKラジオ株価とか気象通報を聞きながら窓から雲を見ている時間が、今思えば一番幸せだったかもしれない。

そんなことだから大学に入る前から卒論発表に怯えていた。後に、卒論発表よりゼミの方がつらいし、終わらない恐怖より恐怖の結末のほうがましだ、と知った。

基本、話ながら考えることができないので、人前に出る前には準備が必要、トラブったら諦める、と自分に言い聞かせているが、社会人になってもいまだにストレスである

また、字の汚さもなかなかのもので、自分の書いたノート自分でも読めないので残っていない。

高校の恩師が、教科書という立派なノートがあるからそれを見ればいいと言ってくれたのは、一生の宝物である

あとは、両親があまりうるさいことを言わない人たちで、17帰宅21時就寝という簡潔なルールだけを課してくれたので、生活が整いやすかったというのはあるかもしれない。(大学入学まで変わらなかった)

以上

2021-11-26

自分の顔が好きすぎて、TeamsとかWebexとかのミーティング中ついつい自分の顔ばっか凝視してるの自分だけじゃないよねきっと

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