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2018-12-13

anond:20181213002343

偏差値が出てきた時点でそうだろ……

アメリカ偏差値50が日本偏差値40程度の学力しかないってそういう事じゃん?

2018-12-12

anond:20181212222406

ちょいずれるがアメリカホームスクーリング合法から学校行かずにオンラインで授業受けてる子は多数存在する。

けど、小学生子供だけでそれでちゃん勉強出来る子なんかそうそういないので(そもそもアメリカじゃ小学生を一人で家に放置したら違法だし)

親ががっつり面倒みられる家庭でないと無理だよ。

アメリカ小学生だろうと一定の成績取れなければ落第もあるからホームスクーリングという事にして全く勉強させないで放置は許されないし。

なので教養があり教育熱心な母親(たまに父親)が子供につきっきりで勉強教えられる(それが出来るだけの経済的余裕もある)家庭が多い。

中流層で高額な私立に通わせるほどの余裕はないor田舎在住でそういう私立が近くにないが

地元公立は荒れてるから通わせたくない、なんて親たちね。

そのせいでホームスクーリングの子の方が通学してる子より学力平均が高かったりする。

日本でも、それが(法律的、あと社会的に)許されるなら

学校に行かせず家や塾で勉強させたがる家庭は多そう。

中受するのに公立校の勉強なんか役立たずだし学校行く時間無駄、とか言ってる人沢山いるし。

まあ横並びの国民性からあと数十年は無理だろうが。

小学校全部オンラインにしたらええやん。

いじめ不登校学力差も一気に解決すんで

教員も精鋭100人ぐらいで済むし

体育他は個々でやればええやろ

校舎に欠陥があろうが修繕もクーラーもいらんし

登下校中の事故事件もなくなる

いっぺん終わった授業も何回も見れるから勉強の遅れもなくなるし

採点も一瞬で済む

受験もなくなるから全員ええ教育格安で得られて学力底上げ

こんなん後進国が思いついて実行したら導入をもたついてる日本速攻で負けるやろ

上司が、表向きは明るくて面倒見が良い体育会系って感じなんだけど、私が入社してすぐの頃、職場の人に対しての小さなねちねちとした愚痴を聞かされて…それ以来表とのギャップ気持ち悪くって、いくら良い所を見つけようとしても心根はあんなひん曲がってるんだと思うともう無理。自分から進んで仕事抱え込んでるのに、それを理由マウント取る感じとか。学力に対してコンプレックスが強いみたいなんだけども、自分よりちょっとでも良い大学出てる人だとはなから話も聞かないし…(本人は理路整然と話をしてるつもりみたいなんだけど側から聞いてると威嚇でしかない)

2018-12-11

anond:20181211151104

東大女性率が低いのも

東大理系学部の定員の比率が高いが、東大理系に入れる学力がある女子の大半は

東大ではない医学部に行ってしまうから」と言われてるね。

女だと東大医学部以外に行くより、駅弁国立だろうと医学部行った方が将来性あるしな。

anond:20181211142827

つーか

女医そもそも大学に6年通ったらそれだけで24歳クリスマスイブ

婚期をのがすからと孫を欲しがる親がいきたがらせないし

ってのも…田舎の人?

しろ女性が一生働いて高収入を得られる数少ない仕事から」と娘を医者にさせたがる親が多くて

から優秀な理系女子が皆医学部殺到する故に「女子の方が学力が高い」現象が起こるんだけど。

工学部必死女性優遇してるのも、大多数が医学部志望で工学部に来ないからだよ。

anond:20181201234710

まあ、医者になるのは難しいんだし、なれなくてもダメ人間だとかダメ人生というわけではないだろ。他にも立派な人生はいくらでもあるんだし。

中学生の時に既に英語の本を読んでいたというくらいの学力知的関心があった人なら、医者にはならなくても、それなりの立場人生を手にしているのでは?

2018-12-09

高校の意義

高校評価は概ね進学実績で評価されているけど、

その進学実績は塾や通信教育の手柄そのもの

なのに、塾の講師よりも学校教師のほうが格上っておかしくないか


高校は将来の進学や就職に備え必要知識習得する場であるべきだが、

進学のみを目的化、いわゆる学校の塾化が進んだ結果、未履修問題が生じた。

その背景には、進学実績を元に生み出された学力偏差値だけで高校評価する

風潮が関係している。

高校が単に進学に必要知識を教えるだけの場であるならば、

無理に高校に行かなくても、塾や通信教育

志望大学合格へ向けて勉学に励んでいればそれで十分じゃん。

要は、学力偏差値だけでなく、その他の要素を加味しオールマイティ高校

評価する体制確立することが必要

学校と塾を差別化し、学校、塾の双方の立場を正当に評価するためにも

2018-12-07

anond:20181207180952

そこは上位と下位で差があるしな。

おれは学力的には広大附属とか基町もA判定だったけどJRで通学するの嫌で近所のとこに行っただけだし

2018-12-06

うんこ算数ドリル子供学力を下げる

テレビうんこ算数ドリル問題が紹介されていた。

「夜うんこ11本さした爪楊枝が翌朝になると3本減っていた。残りの爪楊枝は何本か?」

という感じの問題だったが、あまりセンスのなさに愕然とした。

11-3」を誘導したいのだと思うが、問題シチュエーションならまず翌朝確認するのは残りの爪楊枝の本数だろう。

こういった問題に結びつけるだけの現実的にはあり得ない仮定子供の応用力を奪っているのではないだろうか。

うんこは良いと思う。

2018-12-05

anond:20181205091342

学歴なんて関係なく、その人の性格とか品の問題

そうだよ。

で、「性格や品の良さは階級相関性がある」って話でしょ。元増田からして。

上流階級の人(元増田の同僚である大企業正社員たち)は性格や品が良く、

下層階級の人(元増田地元の友人たち)は性格や品が悪い、って話だ。

お嬢様大卒」ってのが学歴自慢だと思ったの?

お嬢様大」なんて学力的にはFランも多いよ。

これが指し示すのは「高学歴」ではなく、「私立大の学費出せる親を持つ階級」って事だよ。

そりゃあくまで「傾向」であって全てがそうではないから、性格が良く品の良い下層階級の人も沢山いるし逆も然りだけど。

年齢や地域にもよるだろうしね。田舎の中高年だと高卒で当たり前だったりするから

2018-12-03

anond:20181202235356

返信ありがとうございます

わかります。要はどんな方向性でもいいか価値を生み出せるだけの能力を磨けってことですよね?

まったく持ってその通りだと思います

しかしですね。小さいうちからそれに気付ける人は多くないのです。

日本では小・中・高と基礎的な学力を身につける学校12年間通うのが比較的に一般的ですが、そこで最大公約数的に学べる事はせいぜい『より上の学校に行くための問題の解き方』でしかありません。

勿論中には世の中の仕組みとか、今の世をどう生きていけばいいか等を持論でもって教えて、生徒を『開眼』させる教師いるかもしれません。でもそんなのは正直言って運でしかない。

であれば、やはり今の社会は一つのルートしか示せていない。すなわちより良い学校に行って、より良い会社に入って、より良い給料を稼ぐ。その行き方しか教えないのに、「実はこんなルートもあるんだよね~。でも気付けなかったのは君が悪いね~」と言われている様に感じてしまます

そういう価値を生み出すための何らかの行為をしてこなかったことに対して自己責任が無いとは思わないかなぁ。

勿論最終的には各々の責任しかないでしょう。

ただ『何らかの行為をしてこなかった』という指摘には少し反感を覚えます。どうも貴方は『何らかの行為』をしさえすれば必ずそれが花開くと考えている節がある。現在花開いていない人間は何もしてこなかった人間だ、と。

自分能力とは『適性(才能と言い換えてもいい)』×『自信』×『費やした時間』だと考えています。適性と時間マイナスになることはありませんが、自信は曲者です。こいつはマイナスに成りうるからです。

大体世の中を見ていると「適性ってものがあるはずなのに、何故この人は何をやっても上手く行って、あの人は何をやっても上手く行かないのだろう…」と思う事が多々あります。で、観察していて思ったのは、上手くやれる人は大体背筋がピンとしていて受け答えがハキハキしています。対して上手くいかない人は大抵オドオドしている。

じゃあ自信を持てばいいじゃん、と思うでしょうが、小さい頃から成功体験のない人間にそれを求めるのは酷です。失敗が失敗を呼び負のスパイラルに陥っているのです。そうするといくら努力をしても空回り。次第に自分の殻に閉じ籠り努力しなくなる…。

厄介です。

私の事を少し話せば、別に底辺職でも良いんです。生きていくのに最低限のお金があれば良いんです。

anond:20181201172117

例の正社員から相手にされない増田のツリーひとつ、ここからの片っ方は私なのですが、見下しを正当化する増田には一時的とはいえ正直本当に殺意を覚えました。

自己責任でも何でもいい。低賃金でもいい。一生結婚出来なくても子孫を遺せなくてもいい。

ただ見下さないで欲しいのです。差別しないで欲しいのです。1人の人間として見て欲しいのです。それだけです。

2018-11-30

今どきの大学生個性的な人はあまりいないんじゃないか疑惑について

https://magazine.manba.co.jp/2018/11/30/manpo-giwaku/

読んだ。面白かった。こんな大学生活いいなって思った。

だけど実際のところ2005年以降くらいの大学生辺りから個性的な人はあんまり見かけなくなったような気がする。

単純に大学進学できる人が増えたってことはあると思うけど、学力によって学問を追求できるか資格を取る為のほぼ専門学校的な機能大学かって二分化されつつある。

日本史学科に徳川オタがいるわけでもなければ、

ロボット工学専攻だからと言ってロボットが好きなわけでもなく、進学したのは「良い就職のため」

情報理工系の人もその学問を学びたいのではなく、高給取りになりたいかプログラマになるんだって

単位が取りやすいか経済学部に進んだり

心に闇を抱えて心理学専攻する人もいるこど言うほど闇じゃない

良くも悪くもみんな『普通』に見える。ほどほどに将来の進路を考えて自分選択可能範囲学科を専攻する。就職するために大学があるみたいなもんでさ。正直自分もそんな価値観で、他学科の聴講に行けばよかったのに単位はほどほどにとれてるし別いいかって平凡な抑揚のない学生生活だった。

もっと強烈な「個性的な人」がいたらもっとしかっただろうな。両親の大学生活とか聞くと変な人ばかりでめっちゃ面白い。その学科にいきたくてしょーもなかった人だらけだったって。

そんなとこでは獣医学科とか専門性が強い学科だと志しがあって色んな価値観の人と出会えるのかもしれないね

あぁ自分ももっともっと大学生活満足いくまで思いっきり過ごしたかったなー。なんであんなに「いい子」であろうとしたんだろう。馬鹿だな。まずは自分がなりたい自分になったらよかったのにね。

みんなは大学生とき周りに個性的な人いましたか

2018-11-29

anond:20181128231115

状況をよく観察されているし、頼るべきところに頼られているようで、その点はよいことだと思います。ただ、あまり焦らないで、なるべく落ち着いて動かれることをおすすめします。学校がうまくいかないとき、家は最後の砦として安心感を得られる場所であることが何よりも大事からです。そして親御さんの不安は伝染するからです。まだ進学してから半年少々しか経っていないわけですよね。まだまだその先ずっと長いですよね。とりあえず年内(できれば年度いっぱい)はこのことを忘れるくらいできないでしょうか? まだまだ心身未完成な年頃で、調子が悪いときだってあるものです。

転校で済むならそれが一番いいでしょうがそもそも学校に行くということにはあまりこだわらなくてもいいんじゃないでしょうか。フリースクール的なところもあるし、あるいは一般の塾でもいいかもしれないし、家庭教師を頼んでもいいかもしれないし、娘さんの気が向く範囲代替選択肢はいろいろあるはずです。お住まい地方によっては厳しいですが、すでにそういった選択肢言及されているということはたぶん都市部なのでしょう。あるいはそれも乗り気じゃないなら、当面家にいたり、図書館で好きな本を読んでいたりしてもいいはずです。けっきょく、最終的にそこそこの大学に行ければそこまでのことはちゃらでしょう。少子化の方向は将来も動かないですから。というか、少なくとも今はどうにかなると思っていたほうがいいです。将来のことは将来なんとかするとして、今は目の前の娘さんに向き合うことのほうが大事です。

安易学校否定しているわけではありません。でも、行けないときは行けないんです。人生そんなに予定通りにはいかないときもあるんです。娘さんだってそれはわかっていて、自分自分を責めているんじゃないでしょうか。どうして学校に行けないのかって。中1なんてまだ学校世界ほとんどですから、その学校に行けなくなってしまったという衝撃は大人想像するよりずっと大きいはずです。親御さんには、そこに加勢してさらに心をボロボロにするのではなくて、自己肯定感回復することを目標にしてほしいなと思います。というのは、ここで心に深く傷がついてしまうと、目先で学校に行く行かないのレベルでは済まないからです。目標のために努力するモチベーションは、自分価値があると信じられたときにはじめて湧いてくるものです。

学力をぼちぼち維持していくことはたしか重要です。私は学校連想させるものもすべて拒絶して一切勉強していなかったので一気に追いつくのは大変でした。ただ、実際のところ学校勉強なんてたいしたことないですから気合いを出せればどうとでもなる面もあります。ふだんから本を読んで国語力や思考力があることを前提とするなら、英語数学さえ積み上げておけばあとはどうでもいいです。受験に使うならそのとき考えればいいです。学校教材をやるのが嫌でなければ普通に勉強すればいいし、そうでなければ大人の学び直し教材を使うと学校色がないのでおすすめです。あるいは英語なんて好きなら洋楽とかネットとかで触れる機会だっていくらでもあります。ただ、何をするにしても、本人のモチベーションがないとどうにもならないので、空回りしてもしかたがありません。

あともう一点気にするとするなら、両親でどのようなスタンスで接しているか点検することでしょうか。学校を離れると特に母娘関係は近くなりすぎてぶつかってくることがあるので、そこでよけいなプレッシャーをかけていないか気をつけたほうがよいです。娘さんと一対一で話せる時間があまりないなら、意識して作るようにしたほうがいいと思います

anond:20181128231115

友達の娘も同じパターンで、社会に出ることができないまま20代後半だけどニートになってる

完全に引きこもりってわけじゃなく挨拶したり出かけたりはできるものの、社会に適合できないらしい

学力が上がらないから、税金等の経済の仕組みもわからないままで自立できないって言ってた


そのままだと友達の娘と同じルートをたどると思う

友達の経緯を散々聞いた経験からアドバイスさせてもらうと、雑談でいいから会話量を増やして、その子を知ったほうがいい

ただ、学校社会進出へのプレッシャーを与えると心が安らぐ場所がなくなって壊れるから雑談オンリー

そして、日常とは違う場所へ一緒に行ったほうがいい

例えば海外旅行とか、県外へ数泊の旅行とかが重要

世界は広くて学校コミュニティなんて、どうでもいい場所ってことがわかれば開き直れる機会になる



勉強なんて、いくつになっても、どんなかたちでも始められるしフリーターでも社会に出られる

まずは会話して娘を知ったほうがいいし、経験を共有したほうがいいし、娘に1人の時間を与えたほうがいい

一番駄目なのは時間解決するだろうと放任することや、家でだらだらとなにもしない時間を作ってしまうこと

その時間が長いほど社会に出る機会を失ってニートになる可能性が高くなる



残業ができなくなるだろうし、週末の自分時間もなくなるだろうけど娘の将来のために頑張れ

2018-11-28

不登校気味

中一の娘が不登校気味で困っている。朝、気持ち悪い、頭が痛いなどと不快な症状を訴えて、なかなか学校偏差値50くらいの私立女子中)に行きたがらない。無理矢理怒鳴りつけて行かせるのも良くないと思いつつも、将来が心配になってついくどくど言ってしまう。

行けない理由は語りたがらない。が、どうも課題の多さについて行けてなかったり、できてないことによる先生から指導などが強烈なプレッシャーとなってきてるように感じる。

一方で、夜に僕が帰宅してみると、たいてい元気で、大きな声で色々話したり歌ったりしている。妻が、「新型うつかも」と困惑した表情でため息をついていた。

担任先生に状況を報告して相談したり、小児科専門医自律神経関係を診てもらったりしたが、なかなか好転せず(自律神経は特に問題なかった)。今週は既に月曜から3日続けて休んでいる。

いじめも疑っているが、本人は否定している。もちろん鵜呑みには出来ないけど、そういう徴候も見受けられない。油断はできないが。ただ、友達は少なく、お昼も一人で食べているっぽい。

もともと要領よく片付けることが苦手な子で、そこに小学校時代と比べて激増した宿題辟易しているのでは、と思う。要領が悪いのに愚直にやろうとするものから、なかなかハードだとは思う。

内気で友達作りも苦手なのも大きいと思う。人間関係ストレス対策として評判の、「友だち幻想」(菅野仁/ちくまプリマー新書)を買って、カバーを付けてさりげなくリビングに置いたりしている。「読め」と言ったら絶対読まないので。

最近はあまりくどくど言うのはやめて、行けたら行こうね、という方向にシフトしているが、不安で仕方がない。義務教育の段階でフリースクールとかあるのか。そもそも最低限の学力すら身につかないのでは…

今日は早く仕事を切り上げて、妻とともに娘に気になっていること、引っかかっていることがあれば話すようにと語りかけた。今日話してくれたことについては、決して否定したり注意したりしないし、学校に乗り込んでって先生に物申しに言ったりもしない。ただ、現状が分からないことには前に進まない、どんなことでもいいから思いつくまま話してくれと。娘曰く「よくわかんない。こういうのが嫌だ。家まで嫌になる。」だと。…難易度高い。がっつき過ぎたのかも知れない。むしろ事態悪化させたか心配したが、夕食をしっかり食べて、テレビを見て笑ったりしている。どう解釈していいかからない。

取り敢えず近々子ども療育センターにでも受診する予定です。

中学3年まで特別支援学級だった自閉症児の息子が大学合格した

 参考になるか知らないが、適当に綴ることにする。

 語尾がバラバラなのは許せ。(気が向いたら編集するが)

まずは生い立ちから

 3歳になっても言語を全く話せず、クレーン動作を始めとした典型的自閉症状を示していたため、児童センターを介して専門機関受診したところ、聴力も問題なく知的障害自閉症)との確定診断。

 そのまま知的障害者の扱い(療育手帳交付)。

 応募した私立保育園には全て断られたものの、自宅から少し離れた市立保育園へ無事入園

 「知的障害児」ということで、ほぼ専任のような保育士さんを増員していただき、時々奇声を上げて脱出を企むながらも、最後まで追い出されることなく何とか卒園

 保育園の間は、ずっと会話は不成立。

まずテレビを捨てました。

 3歳でビデオデッキ操作(VHSカセットの交換・スロー再生・逆再生等々)をマスターしていたものの、毎日テレビの前でビデオ操作しながら、全く同じシーンを延々繰り返しながら奇声を上げて踊ってる有様。

 確か「お母さんと一緒」のビデオだったと思いますが、キメのポーズのところで一緒にキメて、そりゃ見てて可愛いわけですが、親からの会話は理解できていない。

 テレビに映った、いわゆる芸人さんの笑いを(意味も分かってないくせに)オウム返しし始めたあたりで、これはヤバいと感じ、(当人は知らない)裏のコンセントをコッソリ抜いて「テレビさん壊れちゃったみたい」ってやってやりました。

 しばらくは寂しそうにしていたのですが、何ヶ月かしたら、直ったか試すこともしなくなったので、未練がなくなったのだろうとテレビごと廃棄。

 たしか4歳か5歳の頃だったと思いますが、この時から自宅からテレビがなくなりラジオだけの生活になりました。寝る時に子守歌かわりの童謡CDを流す習慣にしていたのですが、高校1年くらいまでは寝る時に自分操作して鳴らしてましたね。(ずっと川の字です)

 テレビがなくなると空いた時間を埋めるべく、絵本をめくったり、オモチャを手にしたり、パソコンに興味を示したりするようになりました。テレビは捨てて正解だったと今でも確信しています。(モニターDVDは視聴可)

小学校先生に恵まれました

 発語はあるが会話は成立しないのですから小学校は当然にしてストレート特別支援学級です。

 集団登校には親の同伴を求められたので、6年間ずっと同伴通学でした。(とは言え、後半は列の後方から見守る程度ですが)

 「環境の変化」と「予想しない事態」に極度のストレスを感じるのが自閉症児の特徴なのですが、特別支援学級の1年生~5年生まで、担当教諭の異動がなかったことが幸運安心すると精神状態が落ち着くんですね。

 特別支援学級教諭って、ナニかワケありで左遷ポストみたいな雰囲気があると思うんですが、1年生~5年生まで担当して下さった教諭は全く違ってました。

 言葉で書き尽くせないのですが、自閉症児では健常児以上に苦手なところが多いのですが、無理矢理に克服させようと正面突破させるのでなく、苦手なところを避けて歩く方法みたいなことを息子に伝授してくれたように感じます

 予期しないことが起きるとパニックに陥って奇行が始まるのですが、先に予定が分かっていて、その予定どおりに進行すればパニックは起きにくく、そういう特性最初から見抜いて下さって、本当に上手に導いて下さいました。

 伊藤先生、今でも感謝しきりです。(年賀状は欠かさず(息子に)出させてます

ほぼ毎週のように外出しました

 息子にはとにかく外界からの刺激が必要だと思って、ほぼ毎週、公園だの何だの、とにかく外へ連れ出しました。200キロ距離にある実家へは毎月通ったり、とにかく土日2日とも家に籠もっていたことは年に数えるほどだろ、という位に連れ出しました。

 電車が好きだったので、環状線一周(全ての駅で降りて看板写真を撮る)みたいな、そんなオタッキーなこと喜ぶ児童がいるのか?みたいなことやってました。時効から打ち明けますが、1区分切符でずいぶんと遠回りさせて頂いたこともあります

 地名や駅名とかはすぐに覚えましたね。

 実家へは(下道で行くと)幾つものトンネルをくぐるのですが「このトンネル最後」みたいなこと言ったり、いついつにこういうことがあった、みたいな何年も前のことを年月日まで揃えて呟いたり、とにかく記憶力だけは半端ない

 ちなみに息子と年子の妹(健常児)がいるのですが、彼女存在も大きかったように思います。友だちのいない息子にとって、唯一の同年代の子どもが妹だったのですから

 特に小さい頃の妹は兄の障害のことが分からないので、時々は手を繋いだり引っ張ったり(兄のほうは照れて逃げ回ったり)、それはそれは友だちのように接してくれたのですから

JRウォーキング企画に連れ出しました

 家族での外出のほか、JR沿線企画するウォーキングに猛烈に参加しました。

 参加するとスタンプが貰えるのですが、有効期限内にフルコンプリートして最上位の景品を貰えるくらい、1級障害者じゃないので運賃は安くならず、相当お金はかかりましたが。

 他の子達と同様、かならず電車最前列に張り付いて、運転手さんの呟き(点呼)をオウム返し。運転席に手が届くような、どこぞのローカル線に乗った時は、運転手さんが息子の点呼(出発シンコー)に合わせてマスコン操作してくれたりで、電車が大好きになったようです。

 あと英語ナレーションも覚えたみたいで、英語が流れないローカル線でも自分英語で This train ・・・ Bound for ××× Thank you! って大きな声で「通訳」すると、周囲の大人が褒めるもんだから、より調子に乗って・・・みたいな。

 10キロとかの健脚向けコースに参加しているときなんかは、おばちゃん達が「小さいのに偉いねぇ~」って飴ちゃんくれたりするものの、会話が成立しない(がんばって1往復)うえに当人は飴なるものを口に入れたがらず。

 食へのこだわりが強烈で、少しでも怪しいものは決して口に運びません。妥協なんてありえないのです。

パソコンに息子用のアカウントユーザー権限)を作って使わせました

 ヤフーキッズブラウザデフォルトにしたのと、使用時間制限(夜の9時だかを超えると使えなくなる)したくらいで、基本的にノンフィルターで使いたいように使わせました。

 パスワードはかけてなかった(息子も自分でかけようとしなかった)ので、時々何をしてるか監査してましたが、Youtube で馬鹿映像を見てるほかは名探偵コナンを追いかけてる風。あとドラえもんプリキュア(笑)

 年頃の男の子が興味を示すサイトへは立ち寄った形跡もなし。アニメ芸能関係Wikipedia更新もやってたみたい。

 基本的には「泳がせながら監査」という状態を続けましたが、ずっとパソコンで遊べるわけじゃありません。

 時々妹がやってきて「私もパソコンを使いたい」って言う話になれば、兄に勝ち目はないので、みすみすパソコンを奪われることに。

 まぁずっとパソコン漬けはよくないし、時々はパソコンを奪われたほうがいい(占有じゃなくて分け合う)と思うので、パソコンを追加することな喧嘩させる選択(妹相手喧嘩練習をしておけ、と)

5年生くらいか運動会で息子が見つけれなくなりました

 3年生か4年生くらいになると、少しずつ会話が成立し始めました。

 その奇行ゆえ、運動会では常に、どんな遠くからであっても、あれが自分の息子だ、って識別できていたのですが、5年生の運動会くらいからでしょうか、一生懸命に探さないと見つけれなくなりました。

修学旅行に息子だけで行けました

 小学校入学当初は「修学旅行へは親さんも同行してもらうことになりますから(同行できないなら修学旅行は無理です)」って言われていたのですが、伊藤先生の後任の女性教諭も「大丈夫でしょう」と。

 無事に一人で(同級生と)行ってきました。

 プラスチックの刀を土産に買って帰ってきましたが、どこが気に入ったのか今でも理解不能。

卒業式

 養護教諭フォローなしに壇上で卒業証書を受け取る息子を見て涙が出ました。

中学特別支援学級

 奇行も減って落ち着いてきたので、普通学級でも辛うじて何とかなるかも?って言われつつも、他の生徒さんに迷惑がかかるといけないと思い特別支援学級希望

 2人の学級で、これまでは異学年の混合授業だったのが、初めての同級生が出来ました。

 しか女の子! だけど家庭の事情引っ越し)で1年で転校して行ってしまいましたが、別れの日は私物を整理して親と一緒に帰る時間見送りに行ったようです。買って持たせた花束の中に、コッソリ前年の年賀状の余り(自宅の住所が印刷されている)を忍ばせておいたのは私なのですが、お礼状と共に今でも年賀状の往復だけ続いています

 その子もワケありなんだけど、息子とは特性が違う(不得意分野が違う)ので、嫁さんになってくれるといいんだけどなぁ~とは心の中の声。

同学年の女の子を好きになる

 気に入った女の子が出来たみたいなのですが、息子の挙動があまりキモかったらしく、当人から拒絶されたうえに親にも厳重注意

性的なことをやったわけじゃありません)

 当人は加減を知らないし、女の子のほうも自閉症児につきまとわれるのは嫌でしょう、分かります

混合授業を希望する

 中学校の特別支援学級担任は、父兄の間で評判の良くなかったらしい教諭が着任して翌年に異動とか、産休予定の教諭が数ヶ月だけ担当して交代とかアレな風でしたが、本人には良い意味で刺激になったよう。

 3年生になり進路が気になるころ、どこへ進学するかはともかく、特別支援学級という超少人数学級じゃなくて普通学級にも慣れておかないと選択肢がないと思い先生相談

 数学理科は進度が全く違うという理由NG が出たものの、それ以外は何とかなるだろうと(授業の妨げになるなら追い出す条件で) OK

 7割は同じ小学校から上がってきた生徒で一応は幼なじみ。1学年50人ちょっとギリギリ2クラス)という少人数な学校だったこともあり、先生の目が行き届きやすいという判断もあってのことだろう。

 JRウォーキング企画を始めとして外にばっか連れ出したおかげか、地名都市位置関係)に関しては健常児を超えていたと思う。

 理科小学校から全く履修していなかった(見込みなしと見捨てて他の教科に割り振られた)のだけど、履修してない教科があったのに卒業できてしまうとは。

偏差値40弱の普通高校合格する

 その下は定時制しかないというランクのところではあるものの、「荒れてない」という理由だけで選択した公立高校に無事に合格

 たまたま定員割れしていた年で、落ちた生徒はいなかったと思うのですが、翌年は定員超えしていたので1年ずれてたらヤバかったかも。

義務教育期間・無遅刻無欠席を達成

 9年間、無遅刻・無欠席ということで学校と市から表彰されました。

 ちなみに一つ下の妹のほうも同じく9年間無遅刻無欠席。

 4歳だか5歳の頃に妹のほうがキャンプに行きたいというので「キャンプ場は遠いよ」って言って大正池から徳沢まで歩かせたり、お山に行きたいと言われれば「山小屋売店であって泊まるとこじゃない」と諭してテント背負ってガチ登山に連れて行ったり、ロープウェイに乗ってみよう!って誘っておいて「入り口は上にあって登らないと乗せてくれない」って登らせて下りだけロープウェイとか、とにかく欺しまくりました。

 温泉に行きたいって言われて湯俣温泉に連れて行った(吊り橋の先の河原で掘って「これが温泉だ」って)のが最凶だったと自覚してます(小2+小1)

 よって、うちの子たちは本当に頑丈です。

高校普通学級で頑張る

 中学までの26~27人学級と違って、40人近い教室で、一人も知り合いのいない学校。つまり他の生徒も息子の特性を知らない。

 小学中学は通しの生徒が多いせいもあって、息子がワケありってのは全校生徒のみならず、その親にまで知れ渡っていて、わざわざ寄りついてくる奇特子どもはいなかったのだけど、高校では最初のうちは先入観なく普通に接してくれたみたい。

 同級生から寄りついて来られたことのあまりなかった息子は話しかけられただけで「友だちができたかも」って思い込んで家に帰ってニコニコ自慢してましたが、それが「ぼく友だちいない」に変わるのはそう遅くはありませんでしたけど。

 とはいえ、友だちが出来ないまま15歳まで過ごしてきてるので、全く気にならないようではあります

 年に数回、学校開放みたいな行事があって親も観に行っていい日には出かけたのだけど、偏差値が低い=ガラの悪い生徒が多い という先入観を見事に打ち破ってくれました。いやほんと、殺伐感の全くないノンビリした校風の良い高校で良かった。

 迷惑をかけるのだからせめてもの恩返しということで、学校保護者委員?(PTAに近いと思うが、もっとイージー)は進んでお受けし、時々校門にたって挨拶運動かに参加したわけだけど、先生命令に従って渋々挨拶してるような感じはなく、どの子自分言葉挨拶してくれて、挨拶運動に参加するのはとても楽しかった。

JRウォーキング企画に一人で参加するようになった

 高校になってから自我が芽生えたか、親と出かけるのを嫌がるようになり(本気で拒絶するほどでもないが)、親としても自立する方向に誘導しないといけないため、JRウォーキング企画に一人で参加することを許可

 前日までに行程(電車の乗り継ぎを含む)と予算を紙で提出すれば金は出すという条件で。

 コンビニの外ベンチにDSを置きっぱなしのまま買い物に行って、案の定その間に置引きされたときがあるんですが、ちゃん自分交番に行って遺失物届を出してきたり、普通じゃないながらも何とかなる次元には成長

大学見学会大学進学に目覚める

 学校行事か何かで、家から最も近い私大偏差値40~50クラスか?)の見学に行って、学食としてマクドナルドみたいなバーガー屋を含む何軒もあったりで感動したのか、コンビニなんてもの学内にあることに恐れ入ったのか、コナンに出てくる大学生のイメージと重なったのか、どういう訳でか知らないが大学なるものに興味を持った模様。ただし、最初に見に行ったそこだけが気に入ったみたいで、他の大学へは見学すら行かない。

最後文化祭の劇で一躍ヒーロー

 高校になると授業参観なるものが滅多にないのですが、高校3年の最後文化祭(平日)へは仕事を休んで観覧。

 劇で何の役をやるのか教えてくれなかったので、観に行くことも言わずに黙ってビデオ回しながら見てたのですが、ステージの袖からナレーター(司会だったらしく)として登場したところで目を疑う。

 名探偵コナンナレーション意識しているとハッキリと分かるのですが、恐らくは普段の息子と全く違うキャラだったこともあってか、会場の体育館は大爆笑の渦に。適度なアドリブ(意外性に沸く観客生徒に向かって「ありがとう!」って言ってみせたり)を交えたり、完全に自分世界に没入していたのだろう、とにかく凄かった。

 審査表彰式まではいなかったのだけど、息子のクラス最優秀賞を、息子は最優秀個人賞を、それぞれゲットした。

指定校推薦という優遇枠でありながらも大学合格しました

 進路指導先生からの「なりたい職業に応じて学科を絞って学校を選ぶべきだ」という助言を無視する形で、第一希望~第三希望まで全て前述の大学にある学科で、文系理系おかまいなく・・・という風に進路希望を出していたので三者懇談では「本当にいいのか?」って迫られたけど、「息子が大学に行きたいと思ったキッカケは、そこの大学出会たからです」なのだから仕方ない。

 いわゆる進学校ではないため、一般入試での合格絶望的だろう、と先生から言われ、最初最後のチャンスということで指定校推薦に応募

 そもそも、その下には定時制しかないような、こう言うと悪いんだけど学力的には良くない生徒の集まる学校だったのだけど、挨拶運動で感じたようにガラの悪い生徒はおらず、確かに当たりは少ないけど外れはいない、そんな学校ゆえにか「指定校推薦」という枠が設けられていたのは凄い幸運だった。(誰しも外れを引くことを恐れるわけで)

 第一希望学科(息子はパソコンが好きだったのでそういう系)は成績が足りないと言われ、第三希望くらいのパソコンとは無関係なところだったら・・・みたいなこと提案に乗って応募。ちょまどさんだって文系大学なのにプログラマやっててマイクロソフト行かれたんだから、その気があればどこの学科であってもパソコン仕事はできるのよ。

 劇のナレーターで最優秀個人賞をゲットした余韻もあってか、上手に面接をこなしてきたのと指定校推薦で落ちるのは難しいという条件が重なって、無事に合格の通知。

 

社会で自立できるか知らないが

 高校3年でやっと中学生?ってくらいの状態なので、大学卒業できるか知らないが、ちょうど卒業時点で高校生くらいの状態になるかもしれない。

 完治は無理、喋らなければバレない、くらいが限界なんだけど、健常児を遙かに超える得意な分野があるので、そこだけ見て、ダメなところは諦め。

 ただ普通の子に近づいたせいか、幼少期に感じた「ありえない記憶力」とかの特殊能力は徐々に衰え、ヒゲも生えだして、すぐに忘れる平凡なオッサンに近づいてることに寂しさも。

 仕事に就けるかどうかは分からないが、とにかく社会に出るまで大学生の身分に甘んじて時間稼ぎしてろよ、と

中学受験シーズンが近づいて

中学受験シーズンが近づいてきた。今年子供が受けた経験から反省も込めて今の時期の心の持ちようや準備できること等について書いておく。

1.子供学力はここから伸びる

 中受でよく聞く「男の子は直前まで伸びる」っての,正直半信半疑で受け止めていたけど我が家については実際この通りだった。息子の学力は秋(11月頃)までサピックス偏差値で言うと50に行くかどうか,一方の第一志望校偏差値は60で10くらい開きがあったんだけど,12月に入ってからようやく息子のエンジンがかかり,そこから目に見えて勉強の質と量が上がってそれと共に理解知識が深まっていくのを感じた。この時期はもう模試は全て受け終わっていたので数字で示すのは難しいが,肌感覚偏差値5くらいは上げたのではないかと思う。受験生全員がそうだと言うつもりはないが,子供目線,特に男の子で考えた場合受験本番が現実的な射程に入ってくるのは残り2ヶ月を切ったあたりからの気がするので,特にまだ100%本気で勉強に取り組んでいないなと感じるお子さんの場合,12月からでも十分学力が伸びる余地はあるので諦めないで欲しい。

2.1月校の受験有益

 どの受験でも言えることだけど,どれだけたくさん模試を受けて試験慣れしているように見えても,入試本番はやっぱり模試とは全くの別物。しかもそれに挑むのはまだ精神的にも発達途上の12歳の子である事を考えると,本命校の受験に先だって練習」校を受けておくことは有益である我が家基本的に「行くつもりのない学校は受けない」という方針で臨んだけど,それでも2月の本命校の前に1月校(都内の中受界隈では有名な埼玉の某校)を受けた。気合いの入った受験生とその保護者達が放つ張り詰めた緊張感と激励に来ている多数の塾関係者から溢れる熱気,そこに有名校ともなればマスコミも集まってきて,入試当日の現場模試では体験したことのない異様な空気に包まれる。自分の子供は肝が据わっていると思っていても,大人ですら平常心でいられない雰囲気本命校の受験で初めて接して呑まれしまい,実力を全く発揮できない可能性は大いにある。そうしたリスクを避ける意味でも本命校の前に1校は受験しておくことをおすすめする。また,上記1.と関係するが,12月からの直前期の勉強でどの程度仕上がってきているか確認する上でも1月校の入試有益である。(2月の受験本番までまだ2週間あるので,最後の弱点補強ができる。)

3.受ける予定のない学校も出願候補として押さえておく

 自分中学受験経験者だが,今の中学受験が当時と大きく違うのは,①ネットによって前日まで出願が可能となり,合格発表までの期間も短くなっている(翌日又は当日の発表が多い),②複数回受験可能学校が増えている,という点。これによって入試本番に突入してから受験結果に応じて柔軟に併願を再考・組み直すことができるというメリットが生じた一方で,受験生メンタルには大きな影響を与える事態となっている。

知らぬが仏という言葉があるように,昔は初日に受けた学校の合否結果が出ないまま2日目校,3日目校と受験するのが常だったので,最初に受けた学校の合否に心乱されることなく,それなりに心の張りを維持して試験を受け続けることができた。今はそうはいかない。初日に受けた学校の合否がその日の夜にはネットで分かる。仮にそこで不合格となっていた場合子供は落ちたショックを引きずって翌日以降の試験を受ける羽目になる。中学受験は同じ面子試験を受け直したら合格者の半分は入れ替わる言われるくらい拮抗した競争であり,そこで合否を分ける一番の要素は子供メンタルコンディションだ。その意味受験の結果次第では最悪の精神状態試験を受けることを強いられるのである。そうして2日目,3日目と不合格メンタル落ち込みの負のスパイラルに嵌まり込んで結果全落ちするケースもある。実際我が家は2月2日の押さえ校(当日夜に合格発表)でまさか不合格をくらってしまい,翌3日に向けて子供メンタルを立て直すのに非常に苦労した。こうした事態を防ぐ観点から,たとえ現時点では受けるつもりがなくても,子供の持ち偏差値から10~15くらい下で前日まで出願が可能な超安全校を2月の受験候補校として押さえておくことをおすすめする。

これから親御さんにとってはお子さんの受験準備に向けて精神的なプレッシャー高まる日々かと思うけど,結果がどうあれ中学受験を親子で乗り切った経験は決して無駄にはならないので頑張って欲しい。

2018-11-27

地方模試偏差値60でも全国模試偏差値47

学力の低い都道府県なんてこんなもんだよな

2018-11-24

受験経験値が低い

自分受験に関する経験値が低いのがすごく不安です。

小中と公立に通っていて、親も教育熱心な方ではありませんでした。

小学校の頃に周囲の子が塾や何かに通って勉強をしているのを「たいへんだなー」と見ていた記憶があります。正直、そういう勉強熱心な子たちの大抵よりも勉強ができましたから、見下していた面もあったと思います

受験なんて考えたこともなかったし、勉強宿題を嫌々やったりやらなかったりしていました。

高校受験して第一志望の公立校に入学しました。

自分ではそれなりに受験勉強をしたと思っていたのですが、クラスの9割以上が塾へ通っている中ゆるゆると自宅でネトゲの合間にワークを解いていたので実際あまり勉強をしていなかったのかもしれません。

かといって学力に余裕があったかというとそうでもなく、中学生活で落ちきった成績で一発合格できたのは奇跡だったと思います

地元田舎で、特に偏差値の高い私立数校と特に偏差値(と民度)の低い公立数校を除いては公立の方が『良い』とされています志望校学力的に中の中で、特別賢いところではありませんが、それでも比較的評判の良い学校でしたので合格した時にはそれなりに誉められました。

ちなみに私立の滑り止めも受験していましたが、そちらも合格していました。滑り止めは本当に偏差値の低い学校だったので当然ではありますが。

大学受験もあっという間に終わりました。

早い時期から志望校は決まっていて、その大学一般入試ではない形式合格したので、受験生らしい期間がほとんどありませんでした。

思えばこれまでの20年弱の人生で、勉強強要されたことがありません。塾へ行ったこともありません。

運でどうにか合格してきた気がします。

私の親も、塾へ行ったり特別勉強を頑張った経験をせずに大学まで進学した人でした。

そんな親の子から、こうやってゆるゆると生きてきてしまっているのかもしれません。

もし、将来自分配偶者ができて子供を育てたとして。彼ないし彼女医者になりたがったり弁護士になりたがったりしたら。

私は適切な教育を受けさせられる自信がありません。どんな塾へ通わせたら良いか、どうやって受験を乗りきったら良いか、なにもアドバイスできない自分気づきました。

まずは恋人を作れよ、というのは置いといて。受験経験値を上げられるアイテムはどこにありますか。

吃音とのお付き合い

音が治らない。

あれこれ30年を付き合おうとしているが、ようやく改善兆しが見えた。

なので、自分史を振り返りながら、記したいと思う。

当時、5才。吃音を指摘されて、どうやって言葉に詰まってしまうのだろう、と考えたのがきっかけだっと思う。

5才の私は周りの人と異質なことを認識していたが、楽天家気質を持ち合わせていたので、特に気にしていなかった。

小学校高学年になったころだと思う。吃音いじめが深刻になった。

味方だと思っていた学校先生からは、クラス全員に聞こえる大きな声でゆっくり落ち着いて喋りなさい、とどもる度に繰り返しいわれた。

いじめの耐性を強くさせるきっかけになったため、ありがたい指摘ではあるもの

吃音理解していない自己主張の強い先生は、先に生きる人であっても教師ではないだろうと心でつぶやいた。

そんな周囲の威圧嫌悪を抱き、私は普通に暮らせる周囲に負い目を感じるようになり、死にたいと何度も思った。

当時、心の寄せどころがない私に一筋の光が差し込んだ。それはインターネットだった。

インターネット吃音意識せずにいられる世界だった。

でも束の間の世界、当時インターネットは従量性であったため、長時間遊ぶことは親から許されていなかった。

当然、吃音を調べても有効情報は得られなかった。

高校生活が始まった。

目標をもった人たちが集まる高校であっため、自由奔放で楽しい毎日が続いた。

ある程度学力がつくと、いじめメリットよりも自己を追求するメリットを感じるのだろうか。

でも、吃音は相変わらずよくならないが、吃音を指摘されない環境はとても居心地がよかった。

大学大学院生活が始まる。

プレゼンテーションで何度もこける。

こけた日には、頼りのインターネット吃音者の傷の舐めあいと思えるコメントに安らぎを覚えた。

大学大学院生活では、えー、あー、など言葉を伸ばして発音することで、詰まることを回避できるのを実感したのが収穫であった。

いざ、社会人

無限可能性を感じる私は始めてもらった名詞ウキウキした気持ちがあった。

自己主張の機会がとても多い。あきらめずに上司はチャンスを与えるが、そのたびに失敗する。

自分嫌悪した。上司ごめんね。

幸いにも吃音者は私だけではなかった、お隣部署に私よりつらいだろう吃音者がいたから。

心が救われた気がする。でも、辛いのは変わらない。

決心して、吃音改善病院にいった結果、吃音改善する方法を会得した。

落ち着いて体の力を抜いた後、さらに体の力をもう一段と抜く。

最後に肩をぬき、胸から発音する。ただ、それだけでかなり改善するのだ。

ただし、胸から発音すためにはゆっくり話す必要があるため、早口をした場合魔法は解けてしまう。

そして数年・・・幸いにも吃音を認めてくれたパートナー結婚をした。

奇跡だ。運命悪戯は怖い。パートナーメリットはあるのだろうか。

結婚して幾年経つが、パートナー負担を軽減したいと思い、吃音改善をもう一度調べることにした。

その結果、どうやら吃音は脳の障害であることを知り、吃音は治すものではないことを悟った。

認めたくないものの、人の性別や体格がかえられないように、生まれときから与えられたステータスで生きていく必要がある。

それにしても数%の確立吃音になるのだから神様はいやなステータスの振り方をするものだ。

人は歩くときに、手足の動きを意識することなく、無意識のうちに動かすはずだ。だから無意識に人は歩ける。

でも手足がなかったり、手足を動かす信号に誤送受信が生じていたら、たぶん普通のように歩けない。

たぶん吃音者も同じだ。何かが普通の人と違うはずだ。

人と違うのは人によってステータスが違うから

そのステータスの違いを障害と捉えるか、個性の違いと捉えるかは自分自身だ。

吃音改善方法聴覚遅延フィードバックというのがある。

吃音者は感覚が早いため、聴覚から信号に体が追いつかないために吃音が生じてしまう。

なので聴覚から信号を遅らせることで、体を追いつかせようというのが聴覚遅延フィードバックだ。

聴覚遅延フィードバックは機材がいるため、一般人は入手が厳しいが、

私は自分の発した声を認識してから次の言葉を話すことを心がけることで、聴覚遅延フィードバックを作り出し、

改善することを強く認識できた。吃音の症状である難発の頻度を低く抑えることができた。

しかし注意が必要だ。

声はが耳に伝わるときに、体の中を通る声と、外から通る声がある。

体の中を通る声にフォーカスしてしまうと、吃音症状が復活し、

体の外を通る声にフィーかすすると、吃音症状(特に何発)を改善することができる。

それに、以前から会得していたからだの力を抜く方法と、胸から発する言葉を合わせれば、さら改善する。

それを意識し続けることで、やがては無意識のように話せるようになるはずだ。

今はその過程で、無意識のうちに電話対応ができるようになっている。

十分に改善している。私よ!グッドラック

2018-11-23

anond:20181123165444

高校数学とかそういうレベルで単純に効率を求めれば自習より効率いい勉強はないと思う

今まで受けた中で一番感心した教師は、どんな底辺学力でも付いていけるように基礎問題を解かせ続ける人

モチベ0でも最低限できるように強制するのが教師仕事じゃないかなーと

教師存在意義

高校数学教師をしている。定期テスト前は自身存在意義がよく分からなくなる。

教師は通常クラスの真ん中に向けて授業をする。

多少の変動やばらつきはあるが、トップ層と最下層を向けて授業をするわけにはいかない。

学校経営としてはトップ層の進路が大切だ。彼らが東大に入るかどうかが、

次年度、5年後10年後の生徒募集に大きく関わる。

手厚く指導すべきはトップ層ではないのか。

しかし、私自身を含めて多くの高校教員はその教科においては学生時代クラストップ層だっただろう。

当時、教師の手厚い指導なんぞ必要だっただろうか?

常に得意だった人ばかりでは無いだろうが、本気で勉強してみたら勝手に得意になっただけではないのか。

自分課題なぞは自分で見つけ出すことが出来、その課題の克服の仕方は自身試行錯誤によるものではなかったか

その試行錯誤が自ら出来る人だからこそ、得意教科に出来たのではないのか。

自身を振り返ってみても、数学以外ではそんな芸当は出来なかった。

世の中に自分よりも出来ない人だっていくらでもいるだろうが、自身数学の水準と同程度まで英語国語は出来なかった。

より優れた指導を受ければ数学と同等に出来るようになったのか?まさか

トップ層にフォーカスしてばかりはいられないし、そもそも大した指導必要ではない。

真ん中あたりの子フォーカスしても、学校利益となるほどの学力には到達しない。

ちょっと感謝されたりもするので、その感謝を糧にゆるーくやっていくしか無いのだろうか。

1億総VODにしてトップ層だけは勝手に育ってもらって、それ以外の雑魚は無理やりマーチに送り込んだりせず、高卒で楽しくブルーカラーやって貰って、

教師は授業の超うまいトップ1%以外は全て解雇

小学校とかはともかく、高校はこの方式の方が国力上がるかもね。

なんて何の身にもならないことを考えているうちに日が暮れる。未来教育環境ってどんなだろな。

2018-11-20

この前の初耳学

『子の学力母親から遺伝し、衝動攻撃性は父親から遺伝する』という研究結果が紹介されていて、昔のことを色々思い出してしまった。誰にも言えないのでここに吐かせてもらう。

うちの父は母に暴力をふるっていた。食器ガンガン投げて、朝台所に行くと母が泣きながら破片だらけの床を掃除していることが何度もあった。

一番忘れられないのは、私が小学校低学年のとき

テレビに夢中になっていて、「早くお風呂に入りなさい」と言う母に、もうちょっと観てから入る!と言い、お風呂時間が遅くなってしまった。私がお風呂に入ると同時ぐらいに父が帰ってきたのだが、なぜか激怒。怒りの矛先は母へ。

「なんで早く風呂に入らせないんだ!」

母を蹴る音と、痛いと叫ぶ母の声を浴室でちぢこまって聞いていた。

しかも私は、お父さんが怖かったのと自分のせいでお母さんが痛い目に合っているのが申し訳なくて、お母さんに声をかけることができず、お風呂から出たあと小走りで寝室に逃げた。床に座り、泣きながら蹴られた箇所をさすっている母の背中が今も焼き付いている。

あの時「大丈夫?」と声をかけていれば、母は少しは救われただろうか。勇気をだして父に立ち向かっていれば、何か変わっていただろうか。まだ10歳にもならない私には、見て見ぬふりをして逃げるのが精一杯だった。

数年後父は出ていくのだが、出ていったあとは母が怖かった。

教育ママで、言う通りにしなければ怒る。

宿題参考書を解いてるときは横に張りつき。解いてる途中でも、少しでも違っていれば頭をはたかれる。

怒られてる時は一切口答えできない。ただ泣いて我慢するしかなかった。怒りながらテーブルガンガン叩いているのが恐怖だった。物が飛んでくることもしょっちゅうだった。母へプレゼントしたコップが飛んできた時は凹んだ。

高校受験前は、ありがたくも塾に通わせてもらってたんだけど、志望校には落ちてしまった。「この金食い虫が」と言われた。

土下座して滑り止めの高校入学させてもらった。「資格をたくさん取ってたくさん勉強します」と念書も書かされた。

「お母さんは、よその着飾っている母親たちとは違う」「お母さんは、あなたよりもあなたのことを知っている。だからお母さんの言うことを聞きなさい」が口癖。

高校に上がると私は反抗する術を覚えた。口では勝てないので私も物に当たるようになった。この破壊行動は、20代に入り就職実家を出る頃まで続く。母は自分に都合の悪いことは知らぬ存ぜぬを貫く人で、話し合いで解決したことひとつもない。

話が通じないから物に当たることしかできず、ガラスを何枚も割り、扇風機や障子も躊躇なく投げた。

物を破壊しても満足できなければ、母を張り倒した。

母なんて死ねばいいと本気で思っていた。そのうち本当に殺してしまうんじゃないか自分が怖くなるときもあった。

あれから幾年。私は30代に入り、母はとっくに還暦を過ぎた。母はだいぶ丸くなったが、私は未だに母の前では笑えない。丸くなったといっても、私の就職先にケチをつけたり頼んでもないのに転職先をリストアップしてくるから本質は変わっていないと思う。

父の消息は知らない。高校卒業時、親戚の計らいで私とだけ再会したことがあったが、その後お金をせびられたので連絡を絶った。

母は、父から暴力を受けていたことは覚えていないという。私に吐いた暴言も、覚えていないと言う。

周りからは「女手一つで大学まで行かせてくれたんだから」「留学もさせてくれたんだから」「今は丸くなってるんだから」親を大事しろと言われる。

でも、大人になった今でも、忘れられない。

母に叩かれていたこと。

友達の家に遊びに行く度に、友達の家に「遊ぶな帰ってこい」と電話をかけてきたこと。

金食い虫と言われたこと。

土下座させられたこと。

反論するたびに出ていけと言われたこ

学校を辞めさせると脅されたこと。

辛かったことを伝える度に、私がそんなことを言うわけないと否定されつづけたこと。

かに助けてほしかったけど、誰にも言えなかったこと。

父に蹴られる母の泣き声と破片だらけの床。

「産んでくれたから」「学費を出してくれたから」ぜんぶ忘れて、水に流して、優しくしなければいけないのだろうか。

こういった、俗に言う辛い過去を抱える人は今は成功して幸せになりがちだと思うのだが、私は平々凡々。むしろパワハラ上司に負けて会社を辞めてニートまっしぐらだ。唯一の救いは、こんな私を見捨てないでくれている彼氏と、飼い猫が私にはもったいないぐらい可愛いことぐらいだ。いやそれで十分なんだけど。

から、初耳学のあの発表を見て、封印していた黒くてドロドロしたものが溢れ出てしまった。

いつか父のように暴力をふるってしまうのだろうか。

お金にだらしなくなってしまうのだろうか。

母のように、言ったことを「言ってない」と言い張り相手を混乱させてしまうのだろうか。

それとも母やみんなの言う通り、私は金食い虫で、一人っ子から甘くて、事実じゃないことばかり言っていて、親不孝なのだろうか。

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