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はてなキーワード: 学力とは

2018-02-19

1992年まれだけど5年かかってやっと大学卒業できた。

今日、成績が発表されて必要単位が揃った。自分勘違いがなければ、予定どおりに大学卒業ができる。

高校卒業して、2年間の浪人生活は非常に辛かった。

1年目は予備校に通うも、合格したのは地元私立大学。結果に満足できず、もう一年宅浪を選んだ。

人間は昨日今日で新しい自分になれる訳でもなく、学力は伸びず、合格安全圏の地方国立大学に進学した。

学部経済学部。選んだ理由は「生きていく上で9割の事柄支配しているお金のことについて知りたかった」から

しかった浪人生活も大学入学で変わると思いきや、周りの勉強や世の中の出来事へのモチベーションの低さに幻滅。

何故なら、僕は2年の間に「大学生という生き物は毎日友達と世の中のことや勉強のことについて高度な議論を戦わせている」との幻想を抱いていたからだ。

しかし、現実議論すらなく、また議論をしてもそもそも事象に対する基礎知識がなくて「2ちゃんねる」の方がマシなのではと思える程であった。

学部の授業も最初の2年半は楽しかったけれど、だんだんマンネリしたこと一人暮らしアパートにひきこもって引きこもってしまい外出しなくなる。

いま思い返すと軽い鬱状態だったんだと思う。

1年の夏頃から始めた居酒屋バイトは結局3年生の秋まで続けることになるが、いま思い返しても嫌な想い出しかない。

板前からは客の前で毎日怒鳴られるし、タイムカードを押した後でも平気で1時間は皿洗いや掃除をさせられるし、夕方から日付が変わって深夜まで7時間ほど働くも6000円ほどにしかならないしで最悪だった。しかも、翌日は一日中眠かった。

3年生の頃はサークルでの友人関係彼女もできたこともあり、この時期は単位を一つも落とさなかった。また学部勉強以外も非常に充実していた。

4年生には遅れながらも4月頃から動き始め、金融関連の勉強をしてきたので証券会社を中心に受け内定もそこそこ貰えた。

しかし、いざ年度末を迎えるも卒業単位が10単位も足りなかった。周りには「勉強はした」なんて言い訳もしたが実際は、家でスマホばかり見ていた。

結局、内定が決まっていた。上場会社入社直前に断ることとなった。

24歳で大学5年生となった。前期は全単位を取ろうとしたが結局8単位しか取得できなかった。簿記すらも落とした。

9月に決心してもう一度就活を始めた。内定は一部上場会社を含めて2社ほど貰えたが、色々考えて大学がある県の中小企業に行くことにした。

そして、今日やっと卒業できることとなった。

最終的には高校卒業してから浪人留年を含めて7年が経過した。

小さい頃から勉強が苦手だった自分が今は勉強する喜びを知れたことが一番の成果だったと思う。そのことに大きな感慨を覚える。

色々言い訳して来たけど、ここには自分ホントのことを書いておく。

ああ、すっきりした。

2018-02-18

田村淳青学受験に関して

ニュースサイトやその他の掲示板サイトを見たけど、学歴コンプってこんなにいるんだね。

特に受験生に失礼だとか、心意気が足りないとか舐めているっていう意見は、意味がわからない。

高校生活で真面目に勉強せず成績悪い人間が100日までとは言わなくても

半年MARCH早慶受かる例ってのはちらほらあるのに、現実を見たくないのだろうか。

勉強時間や心意気よりも、受験時の学力のみによって決まるのだから

根性論感情論を振りかざして虚しくないのだろうか。

私の周りは起業家が多いが、彼らはこういう挑戦する人間に関して否定的見方はしない。

しろ頑張っている人間応援するという姿勢の方が強いように思う。

(というか学歴だけでは無意味なことを知っているからそこまで深刻な見方をしていない)

批判している層はどんな人たちなんだろう。

気にくわない人に気にくわないというだけで、

自分自身生活ルーチーンワークから抜け出す為に知恵を絞っている人間がどれだけいるのだろう。

あの否定的意見ばかりにイイネがつく状況を見て、日本の将来はやはり暗いのだろうと思ってしまう。

駿台市谷校舎と河合塾麹町校どちらに通うべきか?

医学部専門校舎とそれ以外の校舎の違い

麹町の某講師が仰ることには、こういった医学部校舎より小さい校舎の方が合格率が良いとのこと。

また、医学部校舎は多浪がかなり多いです。言い訳に聞こえるかもしれませんが自分は多浪するのは当たり前な気持ちになり普通に多浪してしまいました。(現実には難関大学は現役一浪ほとんど)

こういった校舎はできる人は確かにたくさんいますができない人もたくさんいます

現役で受かってもおかしくないような学力ある人には地方校舎じゃ刺激が足りないかもしれないです。

逆に現役で箸にも棒にもかからなかった学力の人は時間かけて市ヶ谷に来るより近場の校舎の方がおすすめできます医学部校舎は割と放任的です。

◯寮について

どちらも寮費は結構するせいか私立医学部受ける人が多いということを頭に入れておくといいと思います。実際の人数までは把握してませんがどちらも男子寮合格率が良くて女子寮は良くない印象があります

クラス分け、コースについて

駿台市谷校舎

ハイレベル公立医系

100人も余裕で届かない人数。スーパーより認定基準が低いがぶっちゃけ認定試験受ければスーパー認定取りやすいのでSF下位とハイレベル下位は似たり寄ったりであるクラス内の学力差が大きい。下はマーチにも余裕で引っかからない(SF下位同様)がクラス全体として見るとSFより医学部に受かる印象。

スーパー公立医系

土曜日に演習するかセンター演習するか何もないかのチョイスができるがそれぞれでクラス別になるわけでなく学力順に上からSA SB SC SD SE SFの6クラスある。前期は4月プレースメントテスト(英語数学国語)によって分けられ、後期は前期の間に受けた模試の素点の合計(国語が入ることに注意)によって分けられる。

講師の質は年度によるが大まかに言ってSASB>SC>SD>>>>>SE>>SF

SD以上に入りたいところだろう。市谷校舎に講師の質は一番良いところだと言える。

SA鉄緑出身者が多く一番騒がしい説がある。

河合塾麹町

駿台は入ってから分けるのに対し河合塾は入る時に分かれるイメージ

ハイレベル公立大医進コース

人数少ない。自分の知ってる人はことごとく私立薬学部歯学部に行きましたが中には医学部受かる人もいるらしいです。英語数学無印テキスト

トップレベル公立大医進コース

トップレベルアドバンスサクセスクリニックの英数の成績でクラス分けされます。上のクラスXDハイパーに劣らない学力だとか。慶応医科歯科受かった人何人かいました。

アドバンスは人数が少なめですがそれ以外は多め(と言っても市谷よりはずっと少ない)

英語数学はTテキスト固定。理科サクセスクリニックの成績によりそれぞれ無印かTテキストになる

ハイパー公立医進コース

認定基準が高い。英数Tテキ。理科ハイパー専用のテキストサクセスクリニック受ける必要性はあまりないのかもしれない。数理必修であとは選択制のため安い。規定以上選択たかったら追加料金払えば可能。人数多い。

プレミアム公立医進コース

数学SEG講師でそれ用テキストハイパーと違い全科目必修。人数が少ない。

カリキュラムテキストについて

駿台(スーパー)

理科は通年で全範囲が終わる。A〜Fまで全員同じテキスト(後期の物理はD以下で一部異なる)。

全体的に東大受験対応できるカリキュラムであり(東大コースほとんど使っているテキストが同じ)、文系科目はセンターを超えた内容を含む。

河合塾

ハイパー以外の理科は前期で大体の範囲をやり、後期で難度上げたものに取り組む。

国語センターレベルまで。前期の最初の方とかめちゃくちゃ簡単だったりする。後期は全てテスト演習。

数学は5つあるうちの1つの授業が後期はテスト演習になる。

指定席駿台vs自由席河合塾

自由席自由だけどなんだかんだ座るところが決まってきて固定席になります

指定席は1週間ごとに席替え。隣の人と仲良くなっても席替えして疎遠はよくある。

どちらも予備校アピールしているが個人的には決め手になるようなものではないと思う。

◯50分授業の駿台vs90分授業の河合塾

90分あると文章一つ終わりますが50分だと終わらず週を跨ぐので非効率的に思えました。

数学テキスト

駿台の方が(受験の)基礎ができる前提でできている印象。自習問題結構難易度高いものがある。

河合塾のTテキスト自習問題などで教科書レベルのものまで入っている。よっぽど基礎が危うい人以外はTテキだけで基礎固められると思う。

河合塾チューターvs駿台担任

河合塾の方が良く言えば面倒見が良く、駿台放任的。河合塾の方が強制的面談ぶちこむ。

奨学金

河合塾の方がずっと大盤振る舞いです。駿台には期待しない方がいいです。

◯講習

駿台の講習を受ける河合塾生はよく聞くが逆は聞かない。駿台の方が宣伝が多い。

総括

学費を安くしたい人→河合塾ハイパー

地方公立医学部志望→河合塾トップレベル

すでに学力が高く旧帝大首都圏狙い→駿台スーパー河合塾ハイパー(プレミアム)、トップレベルアドバンス

未履修科目がある→大手予備校の授業では下のコースでも基礎からやるといえ既習前提。頑張ってついていける人はいることにはいるが個別指導宅浪の方が合っているかもしれない。

2018-02-16

anond:20180215230733

そういうのは趣味の部類だから学力的な頭の良さとは別のモノだよ。

それこそ、瞬間記憶だとか、継続記憶だとか、IQ問題メンサと同じレベルIQだったわ俺〜とかいタイプの部類。

あと、Fラン大だから頭は良くないっていう思考を優先するより、あなたから見て旦那はどういう人かっていうのを判断する方を優先した方がいい。

じゃないと身内ですら人を符号しか見られない残念な人になるから

から旦那ちゃんは頭の中に白地図を待ってるタイプの人なんだ〜」って適当に考えておけば気が楽。

まり自分自分を賢いとか言い出す人は見栄を張りたいだけなのでちょっと褒めてほっとけ。

2018-02-14

[]偏差値BF

BFとはBorder Freeの略語で、簡単に言うと偏差値が付けられないほど要求学力水準が低いということです。

2018-02-13

勉強なんか出来なければよかった

義務教育ときの話だ。

小学生時代、私のクラスメイト個性的な子ばかりだった。

やたら計算が早くて算数が得意な奴、誰よりも漢字を知っている奴、国と首都を全部言える奴、作文を書くのがとてつもなく上手い奴、喋るのが得意で説得力が物凄い奴、とにかくいろんな子がいた。勉学において突出した何かを持っている子が、私の友達には多くいた。

かく言う私もどちらかといえばそちら側で、特別な何かがあったわけではないが勉強だけはできた。一応。この広いネットの海からすれば井の中の蛙しかないけれども。

結論から言うと、彼らは後にグレた。ほぼ全員がだ。

グレたといっても夜露死苦とか書いた短ランを着るようなアレではなくて、教師に反抗したり徹夜ゲームしたり、その程度。

その結果(一概に100%そのせいと言い切るのも危険だけれど)、学年でもトップクラス学力能力を誇った彼らは、高校受験の際にいわゆる地区トップ校には行けなかった。では誰がトップ校に行ったのか。

答えは「優等生」だ。

優等生トップ校に行くこと自体は何も不自然なことではない。問題なのは、幼少期から突出した能力を持っていた子達(変人とも言う)が軒並み途中でドロップアウトしていったことだ。

実はこれ、学年が上がるごとに変人の成績が下がって優等生の成績が上がっているのだ。少なくとも私の観測範囲では。

これは私の体験談だが、「終わった人から帰っていいよ」タイプ課題が出た際にとにかく早く帰りたくて全力でそれを終わらせて一番に提出した。すると教師は、早すぎる、本当にちゃんとやったのか、と怒った。ちょっと理不尽すぎて書いてて腹が立ってきた。

他にも、演習問題が終わったからと宿題範囲をやっていたら宿題は家でやるものだと怒られたりもした。一理あるが、ならば演習が終わったらただ黒板を見つめていろとでも言うのだろうか。

……私が怒られすぎなだけな気もしてきたがまあいい、続ける。

こんな感じで、特に小学生時代は「周りと足並みを揃えること」を強要された訳だ。

の子と違うことをしてはいけない。他の子と同じことをしなければならない。他の子より早く終わってはいけない。他の子より上手く出来てはいけない。最早これは呪詛だ。今でも私から離れない強迫観念

特に私が小学生の時はまだゆとり教育時代だったから、競うことは良しとされていなかった。みんな同じが平和だとされていた。みんな同じでなければ平和でない、と言い換えてもいい。

そういった価値観だったから、出る杭は打たれた。突出した能力がある子達は皆そうだった。彼らは頭がよく切れたが、それも教師の癇に障ったのかもしれない。出る杭たちは打たれて打たれて、その多くは折られてしまった。周りに好かれることが得意な優等生たちは折られずに済んだ。その結果が前述した「変人ドロップアウト優等生トップ校に行った」ということだ。

私自身も当時は出る杭だった。例に漏れドロップアウトした。教師同級生から同調圧力に耐えられなかった。今でも出る杭になるのが怖くて何も出来ずにいる。

あのまま伸びていたらとんでもなく凄い奴になっていただろうなという子もいた。本当に勿体無い。

どうして出る杭がここまで執拗に打たれなければいけないのか。生徒の能力を平らにならそうとして、折角の能力を削ぎ落としてしまってはいいか。心を折ってしまってはいいか先生に好かれ、周りの生徒に好かれることがいい生徒の唯一絶対の条件になってはいいか。多少模範から外れていても、秀でた能力をせめて認めてあげることはできないのか。

折れた心は元には戻らない。騙し騙しやってはきたが、義務教育を終えた頃から小学校後遺症が目立つようになった。何がやばいかって受験がとてつもなく苦しい。出る杭は打たれる、終いには折られると刷り込まれた頭でどうやって受験しろと?

勉強なんか出来なければよかった。

できなかったら、きっともっと生きやすかった。

カッとなって勢いで書いた。支離滅裂申し訳ない。

2018-02-12

褒めるのが得意というのが幻想だった話

店の店長として、若者を中心としたアルバイトスタッフをまとめる仕事をしている。

前職で実績ができ、「褒めて伸ばすのが得意な店長」というお墨付きをいただいた。

それを見込まれ、同業種の店に転職して1年半が経った。

転職先では散々で、かなり自信を失った。

分かったことは、私は褒めるのが得意なのではなく、自分より優秀なスタッフに対してすごいすごいと言っていただけということだ。


前職のスタッフはかなり優秀だった。

名門大学大学生院生が中心で、意欲があり、飲み込みが早く、スキルも高く、育ちが良いので性格も良かった。

学生以外の人たちもかなり優秀で、年下の私の話を尊重してくれた。

「本当はこの辺りまでやってほしいけど、大変だろうからここまでやってもらえれば良いか」という指示に対しても、その先を読んで期待以上の動きをしてくれる人が多く、感動しきりだった。

私は高校進学校だったが、芸術系大学に進んだため、勉強では彼女たちにとても敵わない。

だが、その業種での経験が長いので、スタッフが困ったことは大体解決できたので頼ってもらえた。

また、学校では教えないようなことを伝えられるので、慕ってもらえたと思う。

退職時の寄せ書きには「大好き」という言葉がたくさん並んでいて、とても嬉しかった。

自己分析なので間違っているかもしれないが、おそらく私は他人を羨んだり妬んだりすることが無い。

そのため、相手が年下だろうと「すごい」と思ったことは手放しでよく褒める。

褒めると相手もやる気を出してくれて、好循環が生まれる。

ただそれだけのことだったのだが、「褒めて伸ばすのが得意」だと勘違いしてしまった。


転職先では、スタッフ教育が足りていないのが目に見えていて、時間が空くと個人的作業勝手に始めてしまうような、意欲の低いスタッフが多かった。

前任の店長は、お客様が来店しても困っているスタッフがいても気づかないような人だったので、そのためだろう。

前職のスタッフほどではないが、頭の良い大学に通っている人が多く、能力も高そうだったが、やる気のなさを感じた。

「すごい」と思えるところが前職ほど見つけられず、あまり褒めることができなかった。

しばらく経ってから、別の店も兼任することになった。

その店のスタッフは、前職のスタッフよりも平均偏差値20以上低かった。

事務作業が無いため学力特に気にしていなかったが、失敗した後に対策する力や、先を読んで行動する力が足りないと度々感じた。

また、笑顔接客することすらできないスタッフが多く、笑顔お客様をお迎えする必要性を説いても響いていない様子だった。

お客様が来店してくださった時は感謝気持ち自然に湧いてきて、自然笑顔になるものだと思っていたので、それが分からない人にはどうすれば良いのか悩んだ。

それぞれに頑張っていたかもしれないが、「すごい」と思えるところが見つけられず、ほとんど褒めることができなかった。

だが、最近とても優秀なスタッフが何人も入った。それはもうしょっちゅう褒めている。

それまで、なぜ「褒めて伸ばす」ことができなかったのか考えた。


「すごい」と思ったこしか褒めることができない。それが私の能力限界なのだと思う。

上司には「人の良いところを見ようとせず、悪いところばかり気にしてしまう」という欠点を指摘された。

もっともだと思うが、前職の上司なら「そんな点は見受けられなかった」と言ってくれる気がする。

前職でスタッフに恵まれすぎていて、きれいな水でしかイキイキと動けない魚のようになってしまったのだと思う。

現職では心身ともに疲れてしまって、スタッフに対しての言い方がキツくなってしまたことがあった。

私の存在ストレスになったスタッフもたくさんいたはずだ。本当に申し訳なく思っている。

また、上司と相性が悪く、お互いの言い分と受け取り方がひたすら平行線になってしまった。


私はもうすぐ退職する。

尊敬できる人が多い環境に身を置ける人間になれるよう、努力していきたい。

anond:20180212163720

優秀者の給付奨学金なんて平等ちゃうやん

平等を謳うなら学力差を理由にすることは許されんだろ

実は1970代にアメリカベーシックインカムが導入されかけていた

NHKBS1スペシャル欲望資本主義2018」見ててへーって思ったのは、実は1970年初等にアメリカベーシックインカム施行寸前までいってたってこと。

当時のアメリカ経済学者左派右派もBIを支持してて、ニクソンベーシックインカムの実現を謳って当選し、議案を2回も議会に通したんだけど、民主党もっと支給額を高くすべきって反対して結局折り合わなかったみたい。

で、もっと驚いたのは、それからしばらく経ってアメリカで実際にベーシックインカム社会実験が行われていて、しかも結果は大成功だったこと。

社会保障費も犯罪も減少し、学力も上がり、人々が労働をやめることもなかったんだけど、ただ一つ離婚率だけは上がって、保守派が家庭を壊すからよくないとかいって反対して結局実現されなかったんだって

で、そこから10年後に、実は離婚率が上がってたってのが統計ミスだったことに気づくというオチ

まり番組の話を信じるとするとBIは成功することがすでに実証済みってこと。

2018-02-10

anond:20180210183733

東大には学力的に行けないけど他の旧帝の中で選ぶならってことじゃねーの?

阪大入試ミスでめんどくさいことになってるからそこ抜いてってことで。

友人を嫌いになってしまった

私は学生所謂女子グループに一応所属できている。

きゃぴっとはしてないので、客観的に見ると大人しめの4人グループ入学した当初からやってきた。

だがその中の1人を嫌いになってしまった。

決定的な事があったのではなくじわじわと苦手だなと感じるようになってしまった。

の子は(以下A子とする)頭が良く運動は平均美術部で絵が上手い女子だ。

4人全員美術部だが画力は部内でも1で他の子には失礼だが私含め足元にも及ばない。

何故苦手意識を持ってしまたか…嫌いになってしまたか自分なりに考えてみました。

A子も私も含め4人みんなオタク気質だ、しかし身なりには私は気をつかっているつもりではある。メイク勉強したりGU以上ぐらいのブランド買ってみたり…

でもA子は正直ダサい。決定的に服装ダサいのではなく毛玉が付いていたりシワがあったり…など。

あとはメイクをする人を早いだの早くからやったら老けるだの馬鹿にしたように言う。

服装だってメイクだって一種努力だ。解れや毛玉、埃、シワなどないか確認生地に気をつかったり…メイクも親が教われなかったか化粧品カウンターに行って教えてもらったり、、それを馬鹿にしたように言うのは少し辛い。

4人で会う時は気を抜いてるからメイクは余りしないし適当服装から名指しではないのだと思うが…まぁそれはどちらでもいい。

あとは無意識に人を見下しているところだ。

4人の中での学力はA子>B子>私>C子 の並びだが私とC子はそこまで差はない…が、自分よりC子を見下す頻度が高いような気がする、絵については全員を無意識に見下している。

自分は見下されるのはいいんだ、問題B子もだが特にC子を見下しているのがムカつく…より悲しい。

ほんとに人間本質が見えてないんだなーって、上から目線だが思う。C子は学力運動は平均だが思いやりがあり4人の中で一番空気も読めて優しい子だと思う。

不登校な私をよく連れ出してくれたり、数えられないくらいに根気よく一緒に行こうと誘ってくれた。絶対に行ける事はなく行けてる確率は半々だ。なのに誘ってくれる、ほんとに頭が上がらない。

なのに見下すのだ、A子は。無意識に…と書いた通りわかりやすマウントを取るような事はないが言い方がそう聞こえるのだ、○○とか出来たんだね、とか よく出来たじゃん。

私が気にしすぎなところもあるかもしれないが、無意識に見下しているのに加えKY気質だったり先程書いた通り努力簡単馬鹿にする。

正直進学したらあまり関わりたくない がグループの他2人とはずっと仲良くしたい。でも遊ぶ時はいつも4人だし1人ハブくなんてしないだろうし…。「A子の事ちょっと苦手になってきて~」って言えるほどグループがキャピってない、純粋で透明なグループで…。

どうすればいいんだろう…、、

2018-02-08

就活

そこそこいい学歴で院にも進んだけどじゃあ就活だってなった時に突然学力とかではなく中身を評価されることになるの、結構ビビる

元々自己否定人間から、余計にメンタルにくる。

甘えてられないけどね、せめて就活だけに悩んでればいい期間ってのがあればいいんだけど世の中色々なことが重なるね。

2018-02-06

anond:20180206180829

かにドイツ学校制度はなぞ。

未だにヒトラーの信じてた……優生学だっけ、を根底で信じてるんだろうなって思う。

Mittelschule出身の人は、人によってはコンプレックス持ってるし、大学では一部の人が偉そうにしてて辟易する場面がある。

普段は優しい院生チューターが、器具点検をしに来た人に対して超高圧的だったりとか)

ただ、私が小学生のころを思い出しても、小学生のころの学力と今現在学力って大きく乖離してる感じはしないし、(時計読めなかった子は大学行ってないし、頭が良いと思われてた子は京大に行ってるし)ドイツ制度効率的ではあるかな?と思う。下らない肩書を気にしなければ、手に職を着けるというのは生きていくうえで良いことだと思うし、一概にドイツ教育制度批判するべきではないと思う。

後、MittelschuleとかRealschule出身でも本人に行く気があれば、大学に行く手段はある。

なぜだか書いてるうちにドイツ寄りみたいになってしまった。

多分最善解がない問題なんだと思う。

そして、日本は優しい国なんだと外から見ていて思う。その優しさが自殺率の高さを招いているのかもしれないけれど。

奨学金の話なのにドイツの素晴らしすぎる奨学金制度BAföGについて触れられてないのはなぜなのか気になる。

外人受給できなくて残念。

まあ大学行ったら得だと分かってるから子供の頃から頑張る(頑張らされる)んだろうな、と思う。

なんかまとまりないな。

そもそもうちの親貧乏だけど奨学金私は借りなくて済んだし、奨学金が本当に必要な層ってどこ?って感じもする

anond:20180206131448

中卒というより、10歳だから小卒段階?

https://mikata.shingaku.mynavi.jp/article/5466/

ドイツでは、子ども教育において、生まれ持った素質を重視します。

10歳の時点で、必要学力レベルに達していなければ、「あなた勉強に向いていない」と判断されるのです。

これは厳しいようですが、とても合理的でもあります

子どもの大切な時間や労力を、適性に合った分野に費やすことができるからです。

10年来の鬱とADHD傾向が改善した

 今年で28フリーター


 幼少期(小学校の低学年頃)に脳に疾患が見つかって、以来十年近く投薬治療をしていた。

 また、高校の頃からずっと鬱を患っていた。頭の中が鉛のようになって自由に動けなくなる。生活の上でそういうことが多々あった。


 ADHDも併発している。破壊的な過集中を経て朝まで眠れないことが多かった。

 バイトシフトにはちゃんと遅刻せずに行く程度の社会性はあったけれど、やはりと言うべきかミスが多く、恐らく責任者も俺のことを発達障害者として認識していたみたいで、指示を出す時も俺にだけ妙に細かい明確な指示を出してくれたりした。それはそれでありがたかったのだけれど、時々ヒスを起こされることとなった。自分が主原因になっていることは分かっていたから、どちらかと言えば申し訳ない気持ちの方が強かったけれど。


 現役で地方駅弁大学入学して、卒業が近くなってから資格試験講座に通っていた。で、途中から引き篭もるようになる。

 一応何とか大学卒業できたけれど、定職に就くことはできなかった。


 自分は、根本的に人生ディシプリンというか一種の訓練期間だという固定観念を持っていて、それと同時に、より効率的自身を訓練できる人間がより優れた人間なのだという価値観を持っていた。だからと言うべきか、高校時代は朝5時に起きてジョギングを繰り返していた。

 恐らくその頃が、自分学力ピークになっていたと思う。

 確か当時の全国模試総合偏差値は70を超えていたはずである

 でも、そういう訓練が破綻を来たすのは思っていたよりも早かった。

 何年も日課にしていたジョギングが、高校生活半ばに突如として億劫になったのが始まりで、それ以来上手く眠ることができなくなったのだ。

 その頃から学力の減退も生じていて、自分自分コントロールできない感覚に苛まれるようになっていた。志望校ランクを一つ落として、何とか国立大学合格することはできたものの、今にして思えばあれが自分人生の最盛期だったのではないかと思う。


 大学に入ってからは、過密的な訓練期間と白痴のように生活崩壊する期間を繰り返すようになった。訓練期間には、暇があればジョギングに出かけ、膨大な量の学術書に当たった。また、複数語学習得を目指し大学ゼミを幾つも掛け持ちしていた。そして、大抵はそのような訓練期間は三ヶ月と持たずに破綻し、再び自分コントロールできずロクに睡眠も取れない白痴のような生活が始まるのだった。

 俺はそうやって訓練期間が破綻する度に、自分計画の建て方や訓練の方法に恐らくは問題があるのだと考えていた。実際、その考えにはある程度事実に沿う部分もあって、当時の俺はその自分が打ち立てた訓練方法の細部を限りなく修正し続ける作業に集中することとなった。そして、その細部を修正したトレーニング理論に基づく何ヶ月かの訓練タームを集中的に実施し、そしてその訓練タームの後には、訓練タームよりも更に長い破滅的な破綻の期間を迎えるということを繰り返していた。そのような生活大学卒業してからも戻らず、そんな具合に二十代の半ばを迎えた。


 何かが間違っていることには気付いていたけれど、何が間違っているのかはもはや分からなかった。考えつく限りの細部には工夫を凝らしてきたつもりで、主に食事における栄養バランスの調整には念入りという以上に念入りになった。卵、バナナ、木綿豆腐牛乳納豆青魚、葉野菜。こういうものバランスよく摂るようにしていた。でも、自分自分コントロールしているという感覚はついぞ訪れることはなく、相変わらず愚にもつかない趣味に熱中しては朝を迎え、疲弊しきった精神バイト先に行き、そして週末は48時間家に引き篭もって過ごすことも多くなっていた。


 いわば、この辺りが人生の暗黒期だったと言えるだろう。むしろ、そう言わずして何と呼べるのだろうか? もし他に呼び方があるとすれば誰か教えておくれ。


 さて。

 結論から言えば、この生活は現時点でかなり改善している。

 いわゆる躁鬱の躁期に入っただけの可能性も有ると言えば有るのだが、しか実証的に体系的に改善を目指した結果として、根本的に自己コントロールしているという感覚が数年ぶりに戻ってきたので、そこに関してはある種の信頼を置いている。


 原因というべき原因については既に見当がついていて、つまりそれは脳に対する血流の低下である身体におけるありとあらゆる不調や、自身コントロールを掌握できていない感覚殆ど場合、血流の低下に基づいているのであるADHDや鬱の改善に血流を効率よく増やす有酸素運動有効であることはとっくに知られていることで、つまり結局は脳の血流の有無が自己コントロール能力の有無へと繋がっているということなのだ。これを改善する為の様々な手段を講じ続けてきた結果、その中で極めて有効もののみが残ったので、それらについて以下に紹介していきたい。


 シンプルながら散歩ADHDや鬱の克服に大変役立つ行為である普段自転車原付で移動する距離を、例えば自転車原付を手で押しながら移動することで、とにかく歩く歩数を増やすことに集中した。iPhoneヘルスメーターも一応活用しており、実際に散歩した分の歩数が如実に数値として現れることにはかなりモチベーションを刺激されることとなった。


 腰の尾てい骨の下に柔らかいタオルを敷いた上での足の上げ下げなど、身体を横にして安定した状態にした上での筋トレは圧倒的に脳への血流を増やすことができる。これで週末の鬱傾向が随分と改善している。なお俺は心肺能力に二十代の半ばからかなり不安を抱えるようになったため、そこまで負荷を掛ける筋トレ実施していないが、自分の体調と相談しながら負荷を増やしていくことが肝要であるようだ。


 ドストエフスキー夏目漱石などといった純文学が望ましい。これらを読む際に脳に鋭い拒否感(としか呼びようのない感覚)が走る人間ほど、読書はうってつけの鬱・ADHD改善法となると俺は思っている。大抵の場合活字を読んだ際に訪れる決定的な拒否感は、脳に対する血流が急激に増えることに由来しているのである。そのように活字に対する拒否感が生じる際にはそっと目を閉じて、左前頭葉辺りに意識を集中してみると、はっきりと自分の脳への血流が増大している様子を感じることができると思う。特に、血流を増やす為には身体を横たえた状態でいることが望ましいのだけど、当然屋外や座った状態での読書も随分と効果を発揮する筈である。また、外国語の読解などもこの読書カテゴリーに加えておく。


  • 絵を描くこと(普段行わない趣味を行うこと)

 基本的に鬱の人間は、日々変化に欠ける生活を送っている場合が多い。

 同じパターンというか、悪い意味で安定しきった生活を送っていることが多いのである

 すると行動の多様性や、積極的な行動への意志が驚くほど抜け落ちていくという事態に遭遇した鬱持ち・ADHD持ちの人間は非常に多いのではなかろうか。というわけで俺はどちらかと言えば趣味としては読書文章を書くことに取り組むことが多く、空間的に物事を把握しそれを描写する絵などにはあまり集中力を払わないことが多かったのだけれど、これがどうやらいけなかったらしい。最近は、漫画イラストを模写したりだとか、積極的に絵を描く時間生活の中に設けるようにしている。ファミレスハンバーガーショップなどに行った時にサッと手帳を取り出して、軽く文章やそれに付する絵を描いたりすることも日課となっている。

 ここで言いたいのは、必ずしも絵を描くことが鬱やADHD改善に役立つといったことではなく、同じ行動パターンや同じ行動に固執することが如何に脳に悪影響であるかということなである。なので俺は最近文章を書き、絵を描き、詰将棋を解き、読書をし、と、とにかくやる事を一つに限定せずコロコロと変えることを意識して生活するようにしているのだ。

 鬱持ち・ADHD持ちにありがちな思考の切り替えや行動の切り替えが上手くいかない人間には、是非絵やその他普段行うことのない趣味を増やすことをオススメする。


 上で書いた通り、卵や牛乳青魚といったナチュラルフードが脳のパフォーマンスに影響することは学術的に証明されて久しい(と俺は思っている)。これはもう殆ど記述する必要性がない事実だが、しかし敢えてここに記述するからには、そこには当然ながらそれなりの理由がある。

 つまり、俺のような鬱・ADHDの併発した人間には、料理を行う際にとある事柄が圧倒的なハードルとして持ち掛かってくるということなである。つまりそれは、そう、料理煩雑さや億劫である

 基本的に鬱傾向やADHD傾向を持った人間はありとあらゆる行動に億劫さを感じるもので、よほどその行動に高い利益や見返りが見込めない限りは、その行動を行いたくないと思うものなのである。そういった面から言って、料理は味よりも栄養価と手間の少なさを重視するように俺は心がけている。準備や片付けの手間をできるだけ減らすために、単に塩焼きにしたり茹でるだけだとか、できるだけ工程の少ない料理(というか殆ど調理)で済ませられるようにしている。

 また、週末になれば殆ど外食で済ます

 脳に一定以上の煩雑さや負担押し付けないことが、ADHDや鬱改善の要点である。時にはサボることも非常に重要だ。


 追記。瞑想効果あると思う。瞑想時に、個人的には脳への血流が如実に感じられることが多く、恐らく脳に対してかなりポジティブ効果が起こっていると思われる。

 読書の後など、脳に負荷を掛けた際にその情報の整理や休憩の為に、短めのカジュアル瞑想を行うことがある。これもまたオススメ


 など


 こんなところだろうか。

 思い出し次第追記を行いたいと思う。


 今年に入って、文学小説の脳に対する効能が非常に大きいことに気付けたのは重要発見だったと思う。読書の際に襲ってくる倦厭感がむしろ血流の増大と関わっていることに気付けたのは、自分としては非常に大きな発見だったと思っている。というわけで、かなり重篤な症状持ちの人間としては、以上のような改善法を進める次第である

 上では書かなかったが、俺は重篤インターネット依存症持ちでもある。

 しかしその依存症もこの数ヶ月で劇的に改善した。俺という人間は、言うまでもなく長所よりは短所欠点の方が随分多く付きまとう人間であるからには、そんな人間にすら効果がある対処法は、恐らく全人類的に効果のある対処法となっていること請け合いである

 是非とも、皆さんにも実行してもらいたい。

 自身病癖を繰り返すようで悪いが、やはり疑いなく、「よい訓練こそが、よい人生なのだ


 それでは。

2018-02-04

社会を図りかねる

高校生なんだけど、以前自分くらいに若い起業家の下で従えてた?時期が半年くらいあって、そのお陰でいつの間にか、まわりにいるのが名門卒のヤバい才能のある人ばかりになって、ベンチャー起業家とかその世界では名の通った人とか、とにかく自分キャパ越えてくるような人ばっかりになってた。

おかげで、一般的ハードルの高さがとてもわからなくなった。

そもそも自分の生い立ちとかが少しだけ特殊だったから中2くらいまで自分天才だと思っていたタイプの痛い奴だったんだけど、最近はそれを彷彿とさせる同年代にモヤつかされてる。

自分は凄い器用貧乏で、かなり、凄く幅広く色んなことができるけど、極めたのが林業系であんまり今は生かせない。あとは、こんなクソ文書いているが国語だけ偏差値60越える……言ったって60だが、それくらいの能力しかないわけで、ずば抜けた才能がある人に囲まれていれば、当然自分の平均さに気がつかされるわけで。

小学生の頃にさんざん訓練されて討論はできるけど、今周りに議題をもって論ずることができるのは大人しかいないし、その大人レベルには遠く及ばないイキったガキに過ぎない自分

(学力が全てとは言わないが)自分の上にいた起業家偏差値的には自分より下で、何かコメントをした時にたまに返しが盛大にズレて話題が進まなくなることがあったりするような、正直下に見ていた奴だったが、推薦で名門大学に進学が決まり、ああ、世の中って金なんだなってズレた感想を持って救いを求めることしかできなかった。

多分ここら辺が上の人間に追い付けない理由なんだろうけど。

自分学歴社会が嫌いだし、能力のある人間は伸びて然るべきだと思うんだけど、起業なんて金がある奴にしかできないし、CFにしたって将来的にというよりは「今」価値があると思われたものしかまりにくい。

起業資金CFってなんかダサい気がするし(これは自分無知故なんだろう)

話がとっ散らかっているが、今一番嫉妬燃えているのは「何もできない本物の無能ベンチャー所属を盾に推薦を狙う同級生」だ。

悪い奴じゃないんだ。悪い奴じゃないんだけど。ひとつ違いの社長よいしょして気に入られて居座ってるだけの癖に、自分の半分しか数学英語もできないのに、そんな奴が推薦って本当に、大丈夫なのか?と。

もちろん自分が1つを極めなかったがためにこんな嫉妬をすることになったとよくよく自覚している訳だが、それにしたってまだクソガキの自分には許しがたいものがある。

この間母親の友人からメールに「息子が起業関係セミナーに行ってきたらしい」とあったが、どうも、「舐めてるあいつができてるんだからアメリカとかヨーロッパ留学してる彼にも、金さえあればできるんだろう」と思ってしまって。

世間を生き抜く厳しさのようなものが一切わからなくなった。

大学受験のために必死になって勉強している自分馬鹿馬鹿しくなる。

器用貧乏の下らない愚痴

意味不明申し訳無い。



釣りじゃないんだよなぁ

というかある程度身バレしないために文章ぼかすよ。

でもご指摘は賜りました

ありがとうございました

2018-02-03

女性若さや美を供出させるのが悪」

からなくもないんだけど学力とかなら良いんだろうか? 生まれ持っての差があるものを金に換金するのはすべて悪なのだろうか。

スポーツは全滅だよね。格闘技とか全部見世物だし。オリンピックもやめるべき?

男女問わず重いもの持ち上げてすごーいとか、見世物じゃん? 若くないとできない種目とか、差別なのかな。

anond:20180203091812

もし保育園入園層を収入によって選べるようになって、貧困層貧困層保育園へ、というようになったら格差が広がるだろうっていう話だな。そうなったらそうなったで貧困層はまた怒るんだろう。なぜ高い方の保育園に我々は行けないんだってね。

現状は色々な年収層が通って質も保たれているから、学力差にもでないだろう。

anond:20180203085007

あゆーても、保育園がどんだけ立派だろうがそうでなかろうが、それほど子供学力に差が出るという統計は今の所あんまりないんだよね…

保育園に通った子供より、幼稚園へ通った子供の方が成績が高かったっていう統計はあるんだけど、それもそれ以外の要素が強すぎで、純粋幼稚園保育園を比べた結果とは言い難い。

保育園格差があろうとなかろうと子供の将来や学力には影響はなくて、それよりもご家庭の経済力リテラシーの高さの方が重要だろうから、まあお金があるならもっと払えや。っていう意見もわからなくもない。

んでまあ、もうちょっと言わせてもらうと、そのくらいの経済的余裕があるご家庭は最初から認可には入れなくて、最初認証や無認可の15万くらいするところに預けてじわじわと点数を増やし、2年目とか3年目にやっと入れる程度だから最近は預かり保育が盛んな幼稚園にも流れてるし、そんなに言うほど貧困層保育園入園を阻んではいないと思う。

貧困層はすんなり入れた上でわずかに余った枠を、そこそこ稼いでる層が奪い合ってる感じが近いと思う。

2018-02-02

高校の頃、隣の家の家族のところに女子大生が移り住んできた。正しくは大学院生なんだけど。その夫婦の姪にあたる人で、院生になったのをきっかけに、より学校に近いそこへやってきたとのことだった。当時うちの母とお隣の奥さんは一緒に今でいうホームパーティみたいなものをやるくらいすごく仲がよくて、当然のように俺にも紹介されて挨拶した。高3の春だった。

しばらくして、受験生なのに全く勉強しない俺を不安に思った母親が「塾へ行こう」とパンフレットもって切り出してきた。家では全く勉強しないでゲーム三昧だったけど、学校ではそれなりに真面目に授業を受けていたので成績はまあまあ良くて、だから大学学力に見合った難しすぎないところに行こうと思っていて、塾なんてまったくやる気がしない。ずっと拒否っていたら、またしばらくして母が隣の家の女子大生を連れてきた。「バイト探してるっていうから、この子家庭教師してもらうことにした」ふざけんなと思ったが、もう家に上がっている彼女を追い返すわけにもいかいかと思いしぶしぶ勉強を見てもらうことにした。自分の部屋は汚すぎて入れられなくて、その日はリビング数学課題を見てもらった覚えがある。結局そのまま家庭教師として勉強を見てもらうことになった。

その人はすごく頭がいい上、人をその気にさせるのがすごくうまい人で、調子に乗った俺は家でもきちんと受験勉強をするようになった。成績も少しずつ上がり始めて、当時の志望校では少し目標が低いんじゃない?と担任にも言われるようになった。話も面白くて、週2回の彼女の来訪を心待ちにするようになり、模試でいい評価を取ると即メールした。

そんなこんなで、彼女を好きだと思うようになるのに時間はかからなかった。よくある話だ、高校生が少し年上の大学生に恋をする。(院生だけど)あまり読んだことないけど少女漫画の設定そのまんまみたいな状況すぎて、いやちょっと勘違いしちゃってるだけだろ、と必死にその気持ちに抗ってみたりしたけれど、もう会ってしまうとそういうの全部どうでもよくなって、少しでも成績上げて喜ばせたいと思ってしまうから秋ぐらいにはもう諦めた。

そしてその人が通っていた難関大学志望校を変えた。両親も担任も、そして彼女も喜んで応援してくれた。一層勉強に身が入り、必死勉強した。


次の春、晴れて俺は彼女の後輩になることができた。学部は違ったが、ものすごく嬉しかったし、ようやく同じ土俵に立てた気がした。当然そんなわけはないんだけど。向こうはその大学内でも屈指の偏差値を誇る理系学部院生で(院生から学部おかしいか)俺は文系比較偏差値が低い方だ。

それでも毎日なんとなく嬉しくて、タイミングがあった時は一緒に登下校したり、学食で一緒に飯食ったりした。夏休みに入る少し手前、初めて二人で出かけた。向こうはどう思っていたかしらないけれど、デートのつもりで誘ったか約束をしてからその日までずっとそわそわし通しだった。親にバレるのが嫌でわざわざ駅で待ち合わせて、彼女が行きたいと言っていた水族館に行って食事をして、お互い家に帰ってからメール告白した。「ちょっと表出て」って喧嘩吹っ掛けられるみたいな返信が返ってきて、それからマンションエントランスで話して、付き合うことになった。


それから彼女卒業するまでは本当に楽しかったし、俺も彼女に見合う大人の男になろうと必死だった。プレゼント背伸びして、百貨店に売ってるようないいアクセサリーを用意したり、デートでもなるべくお金出させたくなくて、少ないバイト代を精一杯はたいて奢ったりした。結局最終的に割り勘くらいになるように向こうに調整されていたけど。喧嘩しても大人ぶって先に折れて謝った。嫌われたくなかったというのもある。

冬が過ぎ、また春がきて、彼女就職して隣の家を出ていった。移り住んだアパートはうちから1時間近くかかるところだった。

学生の頃に比べると、格段に会える日が少なくなってしまい、些細なことでの喧嘩が増えていった。それでも最初の1年くらいは、彼女の家に泊まりに行って手料理を振舞ったり振舞われたり、ちょっと遠くへ旅行へ行ったり、何とかその壁を乗り越えようとがんばった。どうしてもその人を手放したくなかったから。大人な振りをして、ずっと背伸びし続けていた。

それがダメになったのは付き合って1年と少し経った頃、俺が大学2年の冬だった。

箱根に泊まり旅行にいって、旅館で夕食を食べているときだった。もうほとんど覚えていないような些細なことで、ふっと怒りがこみあげて、その勢いのまま机を殴りつけて怒鳴ってしまった。言った瞬間にすぐ我に返った。しまったと思った時には彼女は萎縮しきった顔で「ずっとそうやって我慢させてた?」と問いかけてきた。何も返せなくて、その日はもう会話もなくなって、朝起きたら彼女はいなくなっていて、携帯には「別れよう」というメールがきていた。

本当に大好きで大切な人だったのに、ずっとずっと彼女に見合う「大人な男」になりたくてなりきれなかった。悔しいのと情けないのと喪失感とごちゃごちゃになりながら一人で帰って、それからしばらく大学にもいかず家に引きこもってずっとオンゲをしていた。無心でレベル上げしていてもすぐに彼女のことがちらついた。もうしんどくてたまらなかった。

それでも時間は過ぎて行って、大学の成績通知を見ていい加減家を出なければと思った。単位結構取り落としていた。それからまた大学バイトゲームの繰り返しを毎日毎日やって、気づけば就活生と言われる年になった。

就職フェアみたいなやつに同期と出向き、彼女就職した会社ブースを見つけた。彼女がいないことを確認して(そもそも研究職だからいるわけないんだけど)説明を聞いてそのままエントリーした。運よく選考が進み、そして内定を勝ち得た。

そこで流石に一度我に返った。こんなストーカーじみたことして、どう考えてもおかしいしやばいそもそも入社してもし社内ですれ違ったりしたらなんて声を掛けたらいいんだ。もう一度会いたいとは思うけれど、向こうはもう俺のこと忘れてほかに相手いるかもしれないし、年齢的に結婚している可能性もなくもない。内定はあともう1社あった。期限は迫ってくる。悩みに悩んで俺は彼女に連絡を取ることにした。我ながらどうしてそうなったと今にして思うのだが、その時は考えすぎて頭が完全に煮詰まっていた。

電話番号は幸い変わっていなかった。電話で全部話した。まだ忘れられないこと、まだ好きなこと、それから同じ会社を受けて内定が出たこと、今行こうかどうしようか悩んでいること。付き合っていた頃の俺とは全然違って、本当に情けなかった。いや、付き合っていた頃だって決してちゃんと決まっていなかったかもしれないけど、それでも精一杯ずっと物分かりが良くて包容力があって大人な俺を演じ続けていたから、それはもうキャラ違うレベルだったと思う。彼女は静かに全部聞いた後、「うちはまあまあ大手だし、労働環境も悪くないから来るなとは言わないけれど、もう一社とよく比較して考えて」と言ったあと、「私のことは気にしないで」と言った。

突き放された気がした。それが余計悔しくて、勢いで「わかった。じゃあそっちの会社に行く」と即答した。するといつかみたいに「ちょっと表出て」と言われた。もしかしているのかと思って慌てて家の外に出たが、だれもいない。「どういうこと?」と聞いたら「そのまま駅まで行って、〇〇駅まで来て。私も今家出た」と言って電話を切られた。マジかよ。時間はすでに22時過ぎだった。〇〇駅は彼女の最寄り駅じゃなくて、うちと彼女の家の中間あたりで、付き合っていた頃よく一緒に飯に行ったところだった。こんなに長い30分があっただろうか。走って駅までいって、電車に乗っている間も落ち着かなくて、ずっと立ったままだった。電車から飛び降りて改札を出て、きょろきょろしながら電話しようとしたら、同じく携帯を片手に小走りで改札を抜けようとする彼女と目があった。


そんな彼女明日結婚します。

2018-02-01

anond:20180201051150

それもすごくわかるんだけど、でもそれで試験ハードル上げられちゃった人にしてみたら、なんで人種でそんな区別されなあかんねん、他の人種と比べたら学力は足りてるのに!って言うのもわかるんだよなあ…

まあでもハーバード大学と同等のことを学べる大学も他にも色々あるんかな。

その辺は全然わかんない。

まあでもそう言うことがあるのもわかってるけど、とりあえずハーバード大学としては、全ての人種に対して満遍なく教育できるようにすることを選ぶよ!っていうことなんだろうな。

そうなってくると単純な差別問題とは確かに別だよねえ。

2018-01-25

人生完璧にしたい人

私は高校の頃、苦手なクラスメイトがいて彼を避けていた。

彼は空手全国大会に出るような運動神経を持ち、人懐っこい感じの性格で、東京大学を志望していて、容姿もそこそこよかった。背も高かった。

入学式が終わって教室に入った人の中で、初めて口を開いたのも彼だった。学級委員長なども積極的立候補し、10名ほどしかいない進学クラスの中で彼は中心的な存在といえた。

そういう人が私は苦手だった。彼に優しく接される度に、「クラス落ちこぼれにも優しく接して差し上げているかっこいい俺」のアピール自分が使われているようで、それが嫌いだった。

クラスが嫌いになり、私は進学クラスでは当時不文律として誰も加入していなかった部活動に入り、彼には「話しかけないでほしい」と勇気を振り絞って言った。

1年の11月くらいだったと思う。

それから教室では孤立したが、部活でできた普通クラスの仲間がいたのでさして問題とは思わなかった。

受験の時期になり、3年の9月まで部活動を続けた私は国公立への進学をあきらめ、私立大学だけの対策をした。

部活で養った集中力は私の学力を大いに上げた。そのころ彼は本校初の東大受験(予定)者としてスターダムにあった。

センター試験があった。私立専願の私は受験しなかった。進学クラスの誰もは私を蔑んだが、その日は学校に誰もいなかったからよく集中できた。

2月の終わり、私は運よく早稲田大学合格が決まり、彼はセンター試験国語で大失敗をし、足切り東大受験できなかったようだった。

私は掌を返したように学校から称賛され(早稲田でも快挙といわれる高校だった)、彼は当初の思惑とはかけ離れたレベル私大二次募集合格した。

それから4年が経った。

再三にわたるクラス会の連絡をすべて断ってきた私も、就職したら二度と顔を見ないかもしれないという思いはあり、今日初めてクラス会に出席した。

からの誘いのLINEが、いつになく粘り強かったことも、私の罪悪感からの参加を促した。

相変わらず彼は楽しそうに、よく話を回していた。私はせっかくの食べ飲み放題無駄にすまいと、メニューを端から制覇していた。会話は3回した。

19時から2時間が経ち、街へ出た私たちは2次会の相談を私抜きでしていた。もとより行く気はないため、4回目の発言としてさよならと言おうと思っていた矢先、彼が声をかけてきた。

「1杯だけでいいからさ、乾杯しようよ!」

「俺、ずっとお前と仲直りしたかったんだよ!」

「ね?だから2次会行こうよ!」

このとき確信した。

彼は自分人生の汚点であるところの私を清算したかったのだと分かった。

からすれば私は、人生の中で唯一思い通りにいかない目の上のタンコブだったのだろう。

受験勝敗はないが、彼にとっては敗北に見えたはずの大学受験がそれを加速したのだろうことも推察できた。

このまま、私が彼を「認めてあげる」ことで、彼の人生の汚点はすべてなくなり、思いのままに生きているという意識絶対に持たせたくないと思ってしまった。

今日私は、初めてそんな悪意をもって、「僕は君のことが嫌いだから、いやだ」と言って帰ってきた。

何も勝っていない。誰も救われていない。むしろ、人を傷つけて帰ってきた。

でも、なんだか高校の頃の自分が、彼に比べて自分は何もいいところがないといじけていた自分が、報われたような気がした。

随分後味の悪い成仏だけれど、いい心の供養ができたような気がしている。

(だれかに今日のことを伝えたくて書きました)

学生 vs 社会人

どっちが好きかという話

自分社会人のほうが好きだ

 

学生の何より辛いのが競争序列化

学力運動、外見、行動について、あれだけ比較される時期は人生で他にない

しかもそれらは努力でどうにかなる類のものではあまりない

努力は皆多かれ少なかれしてるんだ

から学生理不尽な、あるいは理不尽でなくとも現実を突きつけられるような自尊心との喪失と戦わなければならない

 

翻って社会人の良いところは、それぞれ少しずつ別の仕事をしているところだ

全く同じ存在しかも年齢まで同じな者が一箇所に居るというのはあまり存在しない

例え仕事仲間が自分より優秀でも、逆に劣っていても、お互いの得意分野ではそこそこ戦える状況になる

すると素直に相手尊敬できる

 

また、お金のためにやっているという言い訳が立つのも良い

例えば、月あたりの生産高が500で、社内の順位100人中90位、1位の生産高が1000だったとする

これはとても悔しいけど、500分の給料を貰うと考えると納得ができる

500というのはある程度絶対的な値なんだ

これが学生だとこうならない

テストの点数が500点で、学年の順位100人中90位、1位の点数が1000点だったとする

500点というのに意味が生じない、あくまで90位という相対位置けが重要視される

また、90位じゃなくて例えば10位でもそれほど嬉しさがない

まだ上に9人居るという事実けが残る

実際、中学生の時に150位/250人から20位/250人に上がったことがあるが、嬉しいのは1ヶ月だけで

あとは「上の19人に比べてどうか」「前回より良かったか悪かったか」という相対的発想にしかなれなかった

 

学校差別化ができないのも苦しい

集団生活の秩序という名目のもと、一部以外は全て同じであることを求められる

すると、どうしても皆残りの違いに注目せざるを得ない(学力運動、顔立ち、体格、性格、行動)

 

もちろん社会人になると集団戦になるので苦いこともあるし

日々死にたい気持ちでいっぱいだが

あの悪魔じみた序列比較の中で尊厳を奪われ続けるよりはマシだと常々感じている

2018-01-23

anond:20180123190750

いいと思うよたしかに食いっぱぐれないしとりあえずスキルつくし

何の言語やるかにもよると思うけどjavaとかpython2/3とかやっとけばいいか

文系の基礎学力のないバカでもできるぐらい敷居は低い

2018-01-22

普通科普通科は無理

ちゃんと調べてね。

普通科高校(おそらく通信制普通科)を卒業したら、定時制全日制問わず普通科高校」には入学できない。それは、単位の再修得ができないという原則に基づいている。

専門科への入学可能教育課程が異なるから)。だから、彼が全日高校に通いたいと思うなら、全日制の専門科または総合学科高校などを探して入学する必要がある。

個人的には、大学での学問にいわゆる「学力」なんかいらないので、心配せず大学に入った方がいいと思う。年齢も近いし、たぶん(中学校時代みたいに)楽しい

https://anond.hatelabo.jp/20180115015705

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