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2017-11-17

anond:20171116210000

https://anond.hatelabo.jp/20171116121418

↑こういう人もいるからね。

4歳にもなれば保育園も「保育」だけではなく「教育」が始まるわけで、

朝決まった時間に登園して決まったカリキュラムをこなす、ってのも「教育」の一環。

いつ行ってもOKなわけないだろ。

この増田は、子供小学校に入っても朝決まった時間に登校させられません朝起こせませんだって私忙しくて2時間しか寝てないから、というんだろうか。

小学校ならそんな事は言わないというのなら、保育園だって同じだよ。

嫌なら「教育」なんてしない、認可外の託児所にでも入れればいい。24時間やってる所だってあるから、預けっぱなしだってOKだよ。

小学校に入る時に適応出来なくて苦労するだろうけど。

2017-10-17

anond:20171017163925

義務教育化の下準備として、3-5歳の幼児教育無償化を目指してるよ。

特に5歳児は諸外国でも義務教育である所が多い&所謂小1プロブレム

(新1年生が学校適応出来ない現象、本人だけではなく教師疲弊の原因となったり、

そういう子が授業妨害して他の子迷惑を掛けたりというのもある)の解消と言う意味もある。

でも「そんなのより0-2歳の保育に金かけろ」って勢力が多い。

0-2歳児は「教育」必要とはみなされていないし、そこを義務教育にするのは予算的にまず無理(3歳児以上より遥かに金かかるしな)

2017-08-09

https://anond.hatelabo.jp/20170809085627

それは差別是正されてきたからで、

一昔前はLGBT学校いじめられて当然扱いだったり「男らしい/女らしいまともな人間」になるよう「教育」されたり

就職もできない、バレたら首になる、ってのが普通だったし

今でもそういうケースはあるわけで

ハゲからと言ってそういう扱いされる事があるのか?

2017-07-31

https://anond.hatelabo.jp/20170731105902

土曜に預かってくれるのは、土曜に働いている人だけでは?

しろ認可保育園は「保育に欠ける子」である事が大前提から

例え平日でも親が休みなら保育園も休まなければならない、ってのが原則だよ

休みでも預けていいという保育園は、本来は駄目だけど黙認してるだけ)

3歳以上なら「教育」という側面も出て来るから教育考えると親が休みでも休ませない方が良いという方針の所もあるけど

一時保育だって激戦区は働いている親が優先(働いていても保育園に入れないから一時保育を何か所か使って繋いでいる親がいる)、

後は病気などのやむを得ない理由でないとまず無理(それですら無理だったりする)で

リフレッシュ制度としてはあっても実際は門前払いだし

そもそも日曜は休みでしょ

税金を使わない代わりに高いけど理由は問わない認可外の一時保育しかないんじゃない

それも激戦区は空いてなかったりするし、環境悪いけど

2017-07-14

いくら現場教員が奮闘したってなあ

非正規教員エントリを読んで。

小学校から英語プログラミングを必修化しても、学力テストで競っても、愛国心教育をしても、増田をはじめとするような現場教員が奮闘したとしても。

教育という道に希望見出して志を抱いた人間の末路(というには若いかもしれないが)が駒扱いの非正規教員だと思うとやるせない。

人事担当者や県教委の上層部は、20年かけて大切に育てた自分の息子や娘が増田のような待遇を強いられるとしたらどうするのだろうか。

今まで何千人、何万人の非正規教員現場に送り出してきたのと同じ目線で見ることができるのだろうか。

入念な「教育」を施して大切に育てあげた若者が、大学卒業した途端「教育」の現場でこれほどの扱いを受けるとは、なんたる皮肉

2017-07-03

学校教育について

最近部活問題だとか民営化しろだとか、教員多忙だとか、いろいろ話題になっているから、一教員として書いてみる。

自分東京都しか知らないので、東京都公立学校の話で。


まず大前提として

教員には、原則残業手当休日出勤手当とかはつきません。すべてサビ残、サビ出勤。

教員仕事は、家で教材研究したり、研修会に出たり、突然放課後生徒対応したりと、残業ってくくりで測れないからってのが理由

そのかわり教職調整額ってのが付くけど、残業代にしたら一日当たり20分足らずの額。

みなし残業20分と何ら変わらないのが現状。

まずここ押さえてくださいね

で、当然時間外勤務は義務じゃない、サービスから、「やらなくても良い」、もっというと「やりたい人が勝手に好きでやってる」という扱い。

土日祝日などの休日仕事も、勤務時間外の仕事も、すべて「その教員がやりたいか勝手にやってる」という扱いで、当然残業手当休日出勤手当もつかない。

(一応土日の部活は、特別勤務手当って名前で、4時間以上やれば4000円くらいもらえるようになってる。4時間未満だとゼロ。4時間以上なら8時間でも12時間でも4000円程度。交通費だけで足が出るから、時給換算するとコンビニバイトしてた方がマシw)


教員多忙か(部活問題からめて)

人によるし、学校による。

が、ほとんどの公立学校先生多忙。間違いない。

特別支援学校とか、一部の公立高校とか、年配教員は別。

問題は、多忙なことよりも、ブラック企業真っ青の勤務形態


まず、教員の勤務時間は、休憩込みで8時間半程度。

大体8時15分前後から16時45分前後くらい。


学生の人はわかると思うけど、先生たちが朝職員室で打ち合わせしてるでしょ?

その打ち合わせ開始時間が、勤務開始時間


はい、ここでまず一つ目の矛盾。勤務開始時間は8時15分とか8時半とかなのに、多くの教員はその前に出勤して登校立ち番とか補習とか朝練部活とかやってる。

これらは全て、「勤務時間外にその教員が、好きで勝手にやってること」という扱い。

当然お金は発生しない。

ある人は、「生徒のため」と使命感に燃えて、ある人は「みんなやってるから」と同町圧力に負け、ある人は「やって当たり前」と何の疑問も抱かず、今日搾取されていますうへぇ資本主義原則を身をもって教えてるんですね。さすが先生


はい、で、放課後

8時15分に朝の打ち合わせが始まる学校は、16時45分には勤務終了です。

8時半の学校なら、17時には勤務終了。


あれ? 放課後部活は?

当然そう思いますね。

あれは全て、「教員が勤務時間外に好きで勝手にやってる」という扱いです。

当然残業代も、部活の手当てもつきません。

だって好きで勝手学校設備借りてやってるんだもん。まぁ可哀そうだから事故とか怪我があったら学校保険適用内にはしてあげるよ、程度。


大抵の公立中学公立高校運動部は18時程度までは部活をやると思います。それは全て、教員サービス残業によるものですので、あしからず。勤務時間より後、教員部活をやる義務はありません。「その教員が好きで勝手にやってる」という扱いなんです。

これを読んでる公立学校中高生顧問先生は勤務時間後はボランティアで付き合ってくれてるわけで、練習日を増やせとか練習時間延ばせってのが、いかわがまま要求自覚しましょうね。


で、放課後部活があるせいで、授業の準備とか、担任だったらクラス事務作業とかは、部活が終わってからになる。

そう、自然と「勤務時間外」から仕事スタート

勤務時間がとっくに終わってから、ようやく仕事開始って、ナニコレ。


先生なんてそんな仕事あんのかよ。」って声が聞こえてきそうですが、近年どんどん増えてます保護者プリント一枚配るのでも、お役所的な書類作って、「これこれこういうプリントをいついつに出します」ってのを回覧して、許可とらなきゃいけない。

要はお偉方が責任取らないで済むように、何をやるにしても「事前に報告がきちんとなされていました」という事実を作るために、公務員っぽい書類を作らなきゃいけない。

学校によっては、授業一つやるにしても、その授業の案とか出さないといけないんだぜ?

正直、これら書類を勤務時間内に全部終わらせようとしたら、忙しくて授業なんてやってる暇がないってのが、教員ブラックジョーク


さらに、まじめで頑張る先生ほど、授業の準備とか、教材の準備とか、自分クラスのこととかに時間をかける。

部活終わってからこれらをやってると、23時なんてのもザラ。

当然サビ残です。


で、冒頭に「人によるし学校による」と書いたのは、人によっては「部活顧問なし」「授業準備一切しない(すべて去年使ったプリントをそのまま配るだけ。テストも去年使ったのをそのまま)」「担任してても自分クラスのために勤務時間外に時間使わない」って教員もいるし、それで成り立ってる学校もあるから

てか、教員が定時出勤定時退勤しようと本気で思ったら、このくらいしないと無理。

でも、ほとんどの先生はある程度の情熱を持って教員になってるので、人によりけりだけど、頑張っちゃう。だから多忙。勤務時間外になってようやく授業準備したり、テストの採点したり、家に持ち帰って頑張っちゃう

大体、定期テスト終わってその日に部活あって、いつ採点すんだよ。土日も部活で、家に持って帰ってやるしかねーわ、ってのが多くの教員の現状。

それが嫌なら、全部○×問題とかで、速攻で採点できるテストにするしかない。



実は民間経験者です

色々書いたけど、俺自身民間経験者。

教員民間経験者少ないから、世間知らずが多いってのは、本当。

から上記のような状況でも「それが当たり前」だと思ってる。

まして、「世間もっと厳しい」とか思ってる人までいる。


いやいや、俺から言わせればとんだブラック企業だよ?

ブラック度合いにかけては自信があるIT土方から転職だけど、それ以上にブラックよ?


なにより問題なのは、「頑張っても頑張らなくても給与は一緒」ってとこ。

ブラック企業に勤めてた頃は、一応歩合なり、成果報酬があった。

土日返上で働いて案件仕上げて、納品数多くすれば、その分歩合でお金貰えた。


公立学校教員は、基本的にクビにならない。それでいて、基本的に勤続年数に応じて給与が上がる。

から事件になるような問題起こさなければ、どんなに仕事サボってても、やる気なくても、給与が上がっていく。

逆に、どんなに頑張ってても、やる気で休日返上仕事してても、同期と給与一緒。


「生徒のため」を理由労働力搾取されちゃう人は、無限搾取されちゃうシステム。いやー、夢持って教員なっちゃったせいで、俺も順当に搾取されてますわ。


土日休みたいよ?

でも、生徒から部活もっとやりたいっす」「全国いきたいっす」とか言われたら「よーし、頑張るか」とかなっちゃうタイプ

受験近いんです」「先生の教え方がわかりやすいから、教えてください」とか言われたら、「よーし、放課後と土日、補講やるか」とかなっちゃうタイプ

予備校行けない生徒、家庭環境が悪くて家で勉強できない生徒のために、長期休業中も学校開放して自習&補習やる。

部活で全国まであとちょっとの連中のために、やりたいだけ練習やる。

あれ、気付いたら俺、去年10しか休んでないよ? 365日中だぜ?

なのに、土日祝日すべて休んで有給休暇全て消化した人と、同じ給料だぜ?


うーん、他に類を見ない、素敵な職業ですね。


ま、ここまでのは極端な例だとして

まぁ唐突だけど、民営化はまずいと思うんだよね。

部活制度是正されたり、勤務時間適正化とかは大賛成。

教員給与が高いってんなら、法外な時間外労働をなくすのと引き換えに、基本給引き下げもやむなし。


でもさ、「教育」って数値で出る結果だけが目標じゃないじゃん。

指導要領でも、教育目的って「人格形成」とかいう、わけわかんないのが目的にされちゃってるわけで。


大学進学率だとか、就職率だとか、そんなんじゃ教育成功たかどうかなんて測れねーのよ。

いやさ、じゃぁどうやって測るかって言われたら、そりゃ無理なんだけど。


というわけで、色んな奴が色んなように(人様に迷惑をかけない範囲内で)生きているのが面白い社会なんだから、そういう「色んな奴」を育むために「色んな教員」がいていいと思うし(いわゆる老害教員含め)、そういう「色んな大人がいる」ってのを身近に見られるってのが、学校教育の良いところの一つなんじゃないですかね、ええ。

から民営化して成果主義効率主義とかにならないためにも公教育ってのは必要なんじゃないかなー、と。


ただまぁ、生徒たちに「働き方」を見せる大人として、「サビ残当たり前」「滅私奉公」ってのを植え付けるのは、ちょっとなーと思うわけです。


教育にすべてをささげる熱血先生もいてもいいし、そういう人を必要としてる生徒もいると思うけど、のらりくらりの浮雲先生もまたどこかで必要とされてるんじゃないか、そういう人がほとんどいなくなっちゃったのは、物凄い損失なんじゃないか、と。


あー途中から支離滅裂の長文だが、伝わりますか?

2017-06-23

義務教育では教えない合理主義哲学 感情自己責任m9(`・ω・)ビシ

・「日本語・風紀・世相の乱れ」はそう感じる人の心の乱れの自己投影

問題解決力の低い者ほど自己防衛の為に礼儀作法マナー必要とする

真実事実現実史実は人の数だけある。「一つしかない」は視野狭窄

・「真実は一つ」に執着する者だけがその矛盾煩悩、争い)を体験する

・憤怒激昂は無知無能自己証明中途半端知識主ほど辛辣批判する

・あらゆる社会問題根本原因と解決策は「教育」に集約する

・十分なリテラシー教育を受けてない者ほど宗教偏向思想洗脳される

地球上で最も売れているトンデモ本新約聖書

体罰肯定論指導力向上心問題解決力に乏しい教育素人自己正当化

死刑国家による集団リンチ殺人廃止した方が凶悪殺人は減る

・虐めの原因は唯一「虐める者の精神疾患」。真に救済すべきは加害者

犯罪加害者必要なのは懲罰ではなく救済。被害者のみ救済は偽善

投票率政党支持率出生率・消費マインドの向上は社会低迷か後退の証

・全ては必然。偶然奇跡矛盾理不尽不合理と感じる原因は無知無学

2017-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20170530160602

学校では「教育」という建前で、教師と生徒は身分が違うということになっているし、だから教師説教も許されるけど、

会社においては上司も部下も同じ社員であり、ビジネスとして知識教授することが求められているわけだから老害が気分良く説教することは許されない。

2017-05-05

産ませてあげられてよかった(ハート

出産してからしばらくたって落ち着いた頃、酒にも酔ってない、激務でヘロってもいない夫が言った。

頭がおかしくなったのかと思った。

出産間際までショッパイ派遣でコツコツ働き、産婦人科の検診料は補助を限度いっぱいまで使って、アシが出た分は家計ではなく個人で払い、産前産後用のこまごましたもの貯金を崩しながら買い集め、当然出産費用自分が払った。月々の支払いで金がないと言うし(かなりの支払いをこちらがしているにも関わらず…)、マンション賃貸時に、少しまとまった金を親戚に借金しに行った(同行した)から出産にまつわるほぼ全てのお金自分が持った。後から何を言われるかわからないし、予防するに越したことはないからできる限り防御しようと思った結果にこんな言葉をかけられると思っていなかったので、ぽか〜〜〜〜んだ。

出産までに夫を「教育」しておくべし!!と幾つも見てきたし、逆上しないように誘導しながら産前産後の肉体の辛さ、疲労、予測不能の赤ん坊の体調などを話したり、父母教室とやらにも連れて行ってはみたが、ちっとも聞いていなかったようだ。頭がいいのに頭が悪い人なのかもしれない。

産みたかたかと言われるとそうでもない、ただ「ボク子供が欲しいよ〜〜〜!子供がいたらボクも頑張れる〜〜〜!」と言って、それに納得したので出産まで至ったわけだが、産後「君に赤ちゃんを産ませてあげられてよかった〜〜〜!」と言い出すとは思っておらず、予期せぬ被弾である。いわゆる産後ハイ花畑脳になったのはこっちじゃなくて夫だった。この先ずっとこれかと思うと、どんな手段でもいいから考えなくて済むように、ワッシャーになりたい、アンドロメダに行きたい。

2017-03-05

(毒)親との距離感

親に育ててもらったことへの借りを返す必要はない

人間的に尊敬できない親のことを感謝する必要はない

これから自分のことは自分自身で引き受ける。親には投げない

自己効力感を奪う親の存在は、人生のかじとりをしていく上で大きな障害である

もしほんとうにヤバいときはこちらから連絡するし、逆の場合も親を受け入れる


もう親とはこれくらいの距離感でやっていこうと決めた

親のせいでも親のためでもない、自分人生自分のものである

人によっては、このような親離れ・子離れのステップはあたりまえで、無意識的に達成されることかもしれない

しかし、親が自分のことを無力化して自己存在価値を高めようとする以上、こちらから決別するしかない

一度開けてしまったくさいものに再びフタを閉じてしまうことは、もうできない


父親は母を拒絶して家庭に居場所を失い、ワーカホリックとなってうつ病で死んだ

母は勉強しかできない無愛想な自分に、そんな様子じゃ社会でやっていけるはずがないというレッテルを張り続けた

そんな自分社会参加や人との交流を恐れ、もれなくうつひきこもりを経た。うつはまだ寛解への途中である

ところが、いざ働きはじめてみたら意外となんとかなっていて、業務以外の雑談すらできるようになっていた

それと同時に、母に植え付けられたセルフイメージのせいでずっと苦しみ続けてきたことへの憎しみが抑えられなくなった


正直なところ、自分は軽度のASDかもしれない。いわゆる「愛着障害」というものにも該当すると思う

勉強ができることで親が喜んでいると思っていたら、じつはそんなにデキのいい子どもはいらなかったらしい

世間から見ればうらやまれるような大学に入ってしまったが、そもそも母は「学び」や「教育」価値見出していなかった

母は死に体自分に、生産工場検査をするような仕事ならいくらでもあるから早くうちに戻っておいで、と言い続けた

そんな自分も、なにかの間違いでいい大学に入ってしまったが、本当は大卒になることすらおこがましい存在であると思っていた


ところが就活社会参加への恐怖とあいまって、母の望まない学問研究の道に逃げ場を見出し博士号までとってしまった

ただし心の奥では、また身の丈に合わない経歴をつくりあげてしまった、典型的高学歴ワーキングプアの完成である、と自虐していた

重度のうつと復帰のサイクルを繰り返していたころ、幸か不幸か地元にある大学教員ポストの紹介がきた

そのときうつ症状がマシだったので、ここで逃げ出してはいけないと思い、紹介を受けた

しかし次第に、また自分能力とは見合うはずのないところへ踏み出そうとしていることを自問し、うつに舞いもどった


それでも、やっとこれで親を安心させられると思い、安堵している部分があった。面接でも、なんとか健常人のフリをして押し通した

しかし母にとって、社会参加ができない無力な自分実験の「お手伝いさんしかできない存在であり、大学教員になるなどとは想像だにしていなかった

不安に耐えきれなくなって母にほんとうの気持ちを打ち明けたとき、なんでもっと身の程を知って行動しなかったのか、と責められた

今度も「お手伝いさん」の仕事をするのだと思っていた、こんなことになるなら、もっとちゃんと話を聞いてわたしが食い止めるべきだった、と言われた

自分も同じように反省した。自らの無力さにもかかわらず、できるようなフリをしてしまったことへの欺瞞からくる罪悪感で、心がツブレた


ところが今どうなっているかというと、上司ボスとは円滑にやっているし、決してデキのいいとはいえない学生たちをいかモチベートさせるか試行錯誤している

ある日、自分主体的に考えたり行動する能力がなく、いわれたことすら満足にできない無力な存在であったはずなのに、何かがおかしいと気づいた

たまたま自分に合った仕事につけて運がよかっただけかもしれない。しかしこれまでのセルフイメージとは全くことな自己の振る舞いに、自分自身がおどろいていた

もちろんクスリ底上げされている要素はかなり大きい。ただそれ以上に、自己像が根本から書き換えられていくようなフローがあり、かつてない大きな地殻変動を感じていた

これまでに双極性の症状を示したことはないが、このある種の成功体験がまた新たなうつの引き金となる可能性は当然あり、注意しないといけないと思う


地元に戻り、母から物理的な縛りつけを受けることによって、これまでの精神的な抑圧やダブルバインド的な母のやり口に気づくようになった

それからカウンセラーメンター意見も聞き、たどり着いた自分なりの結論が冒頭のものである


これから親との距離感を調整していく過程は、かなり難航するだろう

でも、そのことの負担リスクを引き受けた上で、自分自分のために行動することを決めた

2017-01-31

プログラミング特別じゃない

ポエム

冬なのでポエムを書きたかった. 炎上したら怖い.

プログラミングしてみたいとぼんやり考えている仮想的な若者妄想しながら書いた.

プログラミング特別じゃない

プログラミングは, おそらく多くの人が触れたことがないからだろう, 特別扱いされるきらいがあるように感じる.

すぐできるという錯覚

よく話題に上がることであるが, 最近プログラミング簡単!」「一ヶ月でプログラマになれる!」のようなキャッチコピーを売りにしたサービスなどが多い. そういうものを見るたび, たとえできたとしても, それは本当に目的合致しているのか考えてしまう.

料理だって, 一ヶ月あればできるようになると思う. ただし決して, それだけでお金を儲けられるということではない.

これは料理に限らない. スポーツだって, 日々の練習があるからちゃんとプロたりえているし, 自動車整備士だって, 普段やって慣れているか安心して任せられる. そういうものだとみんな知っている.

もちろん, プログラマだって, コードを書いたり勉強したり, そういうことは必要なはずである.

ビジネスとしての教育

「教育」は儲かりにくいとはいえ, ビジネスになる.

料理教室, 英会話教室や, 資格講座, パソコン教室などがある. 学校も加えても良いかもしれない.

そういうものをみて, カリキュラムを終えたらゴールだとは思わないと思う. あくま入り口として有用ものである.

ビジネスなのだから, 良いことを売りにするのは当然である. [『苦しんで覚えるC言語』](http://amzn.to/2htZRFi)のような稀有なケースもあるが, 大抵の人は苦しみたくないと思うので, 「明快!」とか「猫でも分かる」とか, 「n日でできる」ほうが心地よいと感じるであろう. また, カリキュラムを終えたら一人前な方が良いと思うので, そういうことを売りにしようとするであろう.

知らないからと言って, 鵜呑みにして良いものではない.

プログラミング楽しい
ポジショントーク

※ここで言う「[ポジショントーク](http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DD%A5%B8%A5%B7%A5%E7%A5%F3%A5%C8%A1%BC%A5%AF)」は誤用としての意味であるが, ぴったりなので使いたい. 正しい意味リンク先を参照されたい.

プログラマに聞けば, 「プログラミング楽しい!」答えると思う.

料理人に聞けば, 料理楽しいと答えるだろうし, プロ野球選手に聞けば野球楽しいと答えるだろう.

人によって合う合わないはあるだろう. 少なくとも, プロとして働いてる人は, 意識的であれ無意識的であれ, 続けようと思った人である.

ものづくり楽しい

工作好きな人は多いと思う. プラモデルとか体験教室とかは, お金を払ってでも工作を楽しみたい良い例だと思う. プログラミングもその中に加えたい.

教室などで, プログラミングアプリを作ってみることは楽しいと感じたとして, では次それが仕事になってまで楽しいかといえばそうとは限らない.

創作楽しいからといって, 美味しくもない料理を出すわけにはいかない.

プロにはもちろん責任が伴うし, すべてが自分の思い通りなわけではない.

はい

はいえ, 少なくとも自分は, 時にはつらくても, 最終的には楽しんでいるので, 世の中そういう人もいっぱいいると信じているし, いてほしいとも思っている. そう信じているが, あくま自分感情なので, 自分プログラミングを教える時, どうしてもその人にとって本当に幸せか考えてしまい, ジレンマを感じる.

もし今あなたが誰かに教わっているなら, ここまで考えてどう思ったかを, その人に伝えてあげてほしい.

プログラミング価値がある?

自尊感情

自分は, プログラミングを昔からしてきたから, 論理的思考力が身について, 大学受験もうまくいった気がしているし, バイトプログラミングのお陰で人並みに稼ぐことができた. PCの使い方に慣れて, 検索や, 情報の真偽判断もうまくなった気がする. もちろん, ただの結果論であって, 因果関係保証はない.

もし自分プログラミング価値はなかったといえば, それは同時に自分人生否定することに繋がる. 自分一定自尊感情を持って生きているので, 自分過去生き方について一定肯定し, その結果プログラミング価値見出しているにすぎない.

プログラミング楽しい?の節とほぼ同じ内容だが, プログラミングに限らず, そういうものだと思う.

プログラミングで何ができる?

プログラミング手段という考えは浸透しつつあるように思う. 同時に, プログラミングができると何ができる?という質問をされることもよくある.

大きなもので言えば, 人工知能と騒がれているものだったり, LINETwitterだったり, いろんなアプリだったりゲームだったり, WEBメールといった大きなシステムも, プログラミングの延長であると言えると思う.

ただし, そういうものは, 何十人, 何百人という, エンジニアだけでなくデザイナー, 企画, マネージャーなどが何年も協力してできていて, また, エンジニアだけでもフロントエンドエンジニア, サーバーサイドエンジニア, インフラエンジニア, グラフィックエンジニア, ……とても多くの, 各部分のスペシャリストが作っていることを知る必要がある.

一人でできる範囲は, それほど大きくはない.

さなことで言えば, 計算などを, 電卓よりもプログラミングをしたほうが速いという話がある. 僕の場合は, 確かにくり返し同じような計算をする場合や, 複雑な式の場合は, そうかもしれない.

但し注意すべきは, なにか新しいことができるようになれば, 他にもできるようになることが増えるのは当たり前である. 軽いプログラミングができることは、それほど価値があるのか?

アマチュアとしてのプログラミング

プロとしてのプログラミングをしなくても, アマチュアとしての仕事もある.

ホテル料理人は, 一人で良いものを作ることを求められる. 一方で, 飲食チェーンでのアルバイトぐらいなら, そこまでは求められないだろう.

いわゆる, エンジニアコーダーの違いだと思う.

また, オーナーとしても, 料理に関する知識を持っていれば有利なことはあると思う. デザイナーマネージャープログラミングをする目的である.

これも一つの価値だと思う.

やってみることの価値

何事も, 一度やってみることは価値があると思う. 自分田舎育ちかつ父親の影響もあり, 自転車パンク修理や, 車のタイヤ交換等は, 家で行っている.

本職ではなくても, お金節約になるし, いつでもできるというのはメリットではある.

将来の選択を決めかねている場合でも, やってみないと楽しいかどうかも判断できないので, やってみることは決して否定しないし, プログラミングに関して言えば自分もっと広めたい立場なので, ぜひやってみて欲しいとも思っている.

偉そうに書いておいて

偉そうに書いておいて, 自分自身全然社会の波に揉まれてるような年齢じゃないし, 人生めっちゃ成功しているわけでもない.

全てにおいて, 僕がプログラミングに近い立場いるからこそ言えたことだし, 自分が違うことをしていれば多分こうは言っていなかっただろう.

もしコメントを読んで自分が間違っていたとか、扇動的だと思えば記事を削除するし, そうやって考えを成長させていく. ネットの1記事というのはそういうものだと思っているし, そういう目線で読んでほしいとも思っている.

まとめ

プログラミング特別じゃない.

ビッグデータ, 人工知能, プログラミング, そういう流行言葉に踊らされて, 大事ものを見失わないでほしい.

意志を持って学びたい人を邪魔する人はいない. みんなプログラミングが大好きだし, 広めたいと思っているはず. 自分含め.

2016-12-22

愚痴とお願い

私は高校生企業への内定を貰い無事に就職活動を終えた高校生だ。

今日は終業式だった。

2学期の成績と出席状況が出る日だ。

放課後内定者の中で少しでも成績が下がった者、一回でも遅刻欠席をした者が就職担当教師に呼び出されて怒られた。

呼び出されたのは10数名もいた。

私は運動などは苦手だがいわゆる5教科の成績は10段階評価10か9だった。80点前後から90点後半。

2学期は中間テストでつまずいた教科もあったが、期末テスト挽回しようと「いい点数」を取った。80点前後から90点後半。

だが点数は100点でストッなのだから一回つまずいた時点で成績は落ちるのだ。

今回呼び出されるのは「少しでも成績が落ちた者」。

その頑張りは評価されない。

元々成績が悪いなら頑張って取った点数が私にとっての悪い点数でも成績が上がって怒られないのに。

その人はそれで褒められて、最初から成績が良かった者は少し落ちたら怒られるのだ。

何のために頑張ったのだろう。

確かに、例えば数学であれば思考力を鍛えるだとかの目的はあると思う。

でも学生にとっての一番の目的は進路を決めるため、再試にならないため、教師に呼び出されて怒られないようにするためだ。

前提が違うのに「成績が落ちた」と一括りにして10数名の前で名指しで怒る。

周りは他のクラスもいるので私の成績など知りもしなく、ただ「成績が落ちた」ということだけを知るのみ。

今回のことだけではなく、大勢の前で名指しで怒る行為がどんなに無意味で尚且つ怒られた人の心に傷をつけるのか。

しかも私は1教科、9から5に落ちた教科がある。

だが、その教科の教師は授業中に課題を出すだけで授業をしない。

「ここがわからない」と言っても返される言葉は「頑張れ!」。

頑張ってもわからいから聞いているんじゃないか

その授業を受ける価値はないと思った私は他の人の妨害はしない程度に態度が悪くなった。

するとどうだろう、20点代でも7を取った人がいる中私は5。

いい点数だけ言うのも格好悪いので恥を忍んで言うと私は55点だった。

でもおかしいだろう、何で20点代が7で50点代が5なんだ。

確かに授業態度の問題もあるだろうが、まず他の教科は成績を決めるときほとんどテストを見るのに何でこの教科だけ?

業態度が大事なのはわかるが、この教科だけ特別業態度が大事なのか。

そんなはずはないだろう。

そんな私怨のような成績で呼び出された内定10数名の中でボロクソに言われたのだ。

確かに点数を落としたのだから成績が下がるのは当たり前、でもしっかりと成績をつける教師だったのなら、ここまでズタズタに言われることはなかっただろう。

もちろん、怒られたとき反論出来る空気ではない。

就職担当教師は言った。

就職したら理不尽に怒られることだってある」と。

それはそうだと思う。

でも、その理不尽に対してどう対処したらいいかを教えるのが「教育」であってただ理不尽を与えるだけではその教師がいう理不尽と何ら変わらないと私は思う。

それから出欠状況のこと。

私は欠席はしてないし。遅刻が増えたのは私の甘えなので私に関してはそこは言われたことはその通りだと思う。

ただ、終業式で言われた「信頼される」ということを引き合いに出すのなら欠席を怒るのはどうなのか。

確かに健康体が一番。

でも体調を崩したなら素直に休めばいいと私は思う。

体調が悪いのに無理に学校に来て咳や鼻水で周りの人の邪魔をするか、大人しく欠席して早く治すか。

どちらが信頼されるのだろう。

確かに就職してお給料を貰う立場であれば絶対に休めない日もあると思う。

だがしかし、ここは学校である

それは「臨機応変」というやつではないのか?

周りにうつさないために、自分も早く治すために欠席という判断をした、それだけなのに何故怒られるのか? 大勢の前で恥をかいてまで。

私は冬休みの間に「決意文」を書く。書かされる。書かねばならない。

理不尽な怒られ方をしても。

何故ならば就職担当教師が「内定した会社に言う」と言うからだ。

しかもしれない。それでも書く。

何故ならば書かなければまた怒られるから

こうこんな理不尽に言い返せない空気ボロボロに言われるのは沢山だ。

遅刻は本当に私の気が緩んだ結果なのでそれは反省するが、それ以外は書くことが浮かばない。

成績が落ちたこと自体は私が悪いと思うけれども反省するような点数ではないし、そもそも反省たから期末で挽回しようとしたのに。

拙い文章に加えて、書ききれないことも山ほどある。

もしこれを読む貴方教育者または何かしら人に何か教える立場であるのなら。

大勢の前でボロボロに言わないこと、それは傷にしかならない。何も生まない」ということはわかってほしい。

そして怒るのなら。「一方的に言うのではなく相手の言い分も聞くこと」を頭に置いてほしい。

最後に。

今回「怒る」という言葉を使ったのはこれが何も生まない行為だと思うから

成長させるために相手欠点ミスを注意することだったら私は「叱る」という言葉を使う。

就職して、私の上司になる人にはちゃんと「叱って」ほしいし、今まで怒っていた人は相手押し付けるばかりでなくちゃんと歩み寄って叱れるようになってほしい

2016-12-08

http://anond.hatelabo.jp/20161207184419

大学出てから200社近く受けたけどどこも受かんない

そういう自分予測できない程度のボンクラから、300万もの借金を大して考えもせず借りちゃうわけよ。

住宅ローンで考えてみろよ。

今の自分はどのくらい働ける?

ボーナス払い大丈夫か?

無理はないか

真剣になるやろ?

それをさ、「進学」とか「教育」とかなった途端、馬鹿が増えるんだよ。

返せないのは日本が悪い、社会が悪い、政治が悪いってな。

200社受けて受からない程度の無価値無能に、自治体や国が300万投資しろとか、言わんよな?


高卒就職しろよ。

せめても専門学校行けよ。

プライドが許さなかったのかい

もっと遊んでいたかったのかい

そのために借金したのは自分だぜ。



早く金返せボケ

2016-11-05

出光佐三名言

出光佐三名言

いくら大学を出ていても困難を克服して,試練を乗り越えなければ何にもなりませんよ。人間が先であります。「育」が先で「教」が後である。それだから「教育」という言い方が間違いで「育教」といったほうがいい

コトノハサキ

http://nobie.biz/ac/kotono/archives/302

2016-09-20

http://anond.hatelabo.jp/20160919221323

昨日、これを書いた元増田です

とりとめなく思ったことを書いただけなのですが、ここまで反響が多くてびっくりしました

やはり、みなさん、国語の授業には色々思うところがあったのですね

自分も色々参考になりました。ありがとうございます

元増田トラバには、もう個別に返信したので、

はてブコメントで気になったものピックアップして、この話題は終わりにしま

ボトムアップでは細部に拘泥して大意を読み取れない

端的に言ってすみません、これは、パーツを「繋ぐ」工程問題があるパターンです

そして、上手く「繋げ」られないのは我々国語教員の教え方の問題でしょう

ただ、思うに、大意が読み取れないのは、細部に拘泥しきれていないのではないでしょうかね?

要するに、ある「細部」を読み取ったは良いが、また別の「細部」を正しく読み切れていないから生じるのだと思います

どっちも使え

はい。その通りです。現にセンター試験は4つの大問を80分で解かなければなりません

評論古文20分では無理なので、漢文小説は15分で解けと生徒に言っています

この場合トップダウンの読み方をするしかありませんが、元増田で書いた通り、

トップダウンの読み方と言うのは、ボトムアップの読み方が出来て初めて習得できるものだと思います

例えを出すなら、

知識のある人が頭が良いわけじゃなくて、頭の良い人は総じて知識を持っている、という必要十分の問題と似た感覚です

それを無視して、トップダウンの読み方だけを授業に持ち込むことには疑義を示したい、というのが元増田趣旨でした

世の中まともな文章だけじゃない

はい。その通りです。自分が書いているようなクソみたいな文章もあります

ただ、「読みやすさ」のクソさと「内容」のクソさの峻別が出来るようになってほしいと、国語に関わる者として強く願っています

ですから、「読みにくい」文章でもなんとか読めるように、内容を吟味したうえで「クソ」と言えるようになってほしいと思っています

時々、「読みにくい」を「内容がクソ」とイコールで繋げたがる人がいますが、自分はそうは思いません

しろ、読みやすくて内容にも優れている文章が見つかる方がレアではないでしょうか?

「読みやすさ」を守るために、「内容を理解すること」を拒絶してほしくないというのが自分の考えです

もう一度言います、「読みやすさ」を守るために、「内容を理解すること」を拒絶してしまうのは悪です

小学校中学高校じゃ授業のやり方が噛み合うわけない

おっしゃる通りです

小学校先生方というのは、非常にまじめな人が多く、丹念に、一生懸命にやっていると思います

ですが、小学校高校にもなると、言葉遣いから表情、距離の取り方まで、もういろんなことが違うのです

それ以前に、この業界は「他人仕事には口を出さない」という空気が強いですけどね

これはトラバですが消されていたのでここで

読解偏重をやめろ。話す聞く書くの練習をさせろ

はいすみません。「書く」訓練に関しては、本当に足りないと思っています、返す言葉がありません

他方で、「話す」「聞く」は、音声言語の発信と受信に対応していますが、

現実問題として「話す」「聞く」を言語だけで行うことは稀で、非言語コミュニケーションが伴う場合ほとんどです

一般的コミュニケーションにおいて、非言語的なものはその7割を占めると言われています

国語教育がそこまで立ち入れるかはなはだ疑問ですし、立ち入る必要もないと思います

しろ、純然たる「言葉(言語)」のみでどこまでコミュニケートできるかの限界線を知ることの方が大切だと思います

---

この業界は、どこまで行っても、場数を踏んで、手探りでやってくしかないのです

正直、わからないことばかりです

しかし、国語に限らず、教育現場は今、変わろうとしています

良い結果になるか悪い結果になるかは、蓋を開けてしばらくしないとわからないでしょう

また、純然たる「教育」が、どの程度社会に対して影響を持つかを正確に測定するのは無理です

それでも、「少しでもマシな」社会を作るために、自分にできることをやらなければなりません

日頃「つまらない」授業をしているバチが当たったせいかお茶が気管に入って噎せ込んで噴き出してしまいました

終わりにしま

2016-09-08

増田のわかってないところ

元のゲーマーも、この増田も、要は無自覚ボンボン普通に世間で苦労してる社会人に怒られて逆ギレしてる、それだけの話。

この場合ボンボン」とは、ただ「日本人」として生まれ島国の中で特段「民族」を意識することなく育ったことを指している。「自民族中心」どころかそもそも圧倒的に無自覚に日々を安穏と暮らしてるこの子らは、自分という存在立場暴力性やら何やらに対しても全く無自覚だ。過去歴史も知らず、「日本人であること」が「アイヌの人々」に対して何を意味するのか全くわかってない。そのせいで、「ドイツ人ユダヤ人」というごく分かりやすいたとえを出されても理解できず、それが「ヘイトスピーチになり得ること」の意味が分からない。「日本人であること」の上であぐらをかいているのに、「民族性とかオレたち知らないしかんけーない」が通用すると思っている。

もう一度確認するが、ドイツ人ユダヤ人に置き換えた場合、当該の発言いかヤバい発言になるか分からないはずはないと思うが、どうだろう? ヘイトスピーチ扱いどころか「冗談」「違う文脈」などという言い訳すら許されないだろうし、その発言したのが仮にドイツ人なら職を失ってもおかしくないくら社会的信用に関わるだろう。それは、まっとうな社会人ならそういう過去について「教育」されており、「知らない」ということ自体犯罪的だ、という共通理解があるからだ。では「アイヌ問題」に関しては? 残念ながらアイヌ問題についてしっかりとした「教育」日本場合ほとんどされていないだろう。北海道以外では、触れられることすらないのでは。だが、この日本社会で生きている「アイヌ」の人々にとってそれは生々しい日々の現実であり、まさしく「知らないこと自体が罪」なことなのだ。

まさしく「踏んだ人には踏まれた人の痛みは分からない」。だから「踏まれた人の反応」から推測するべきなんだよね。

この件について、アイヌの人の側から、当該発言者の余りの無思慮・無思想っぷりについて、むしろ知らないがゆえに/知らないことそれ自体批判されるのは、全く当然のことと思うし、知らないで許されるという筋のことではない。増田の分かっていないところは、まさにそこ。知らないで押し通そうとしていること自体が「そういう発言を許せ」という主張になっており、それは「知らないで済ませてよい」という主張とイコールになる。アイヌの人がどのような目に遭ってきて、いまどのような境遇にあるか、そのことへの想像力私たちがもたないで「よい」という主張であれば、これはもう政治的主張だ。本人がどういう意図で語っているのであれ、増田と元のゲーマーの彼の言っていることやっていることは、そういう政治的意味なる。その上で批判されているのだ。


というわけで増田および元のゲーマー発言は残念ながら「ボンボンの戯言」「子供理屈」でしかない。世の中には安易に触れていいこととそうでないことがある。ついでながら「今時の若者言葉」などという言葉に甘えず、「殺す/死ぬ」という言葉を軽々しく使うことがどういう結果をもたらすかこの機会にきちんと知るべきだ。

http://anond.hatelabo.jp/20160908103104

2016-08-19

キーボードしか買えないJKを救うのは「教育」なんだろうけど

趣味に散財して必要な時に必要な物が買えなくなるのも、まあ金がなくて困ってるんだから貧困」と言えなくはない。

でも、そういう意味での「貧困」家庭に金の使い方を学校行政「教育」しようとすると、パターナリズムだって叩かれるじゃん。

行政貧困家庭から娯楽を取り上げるのか」みたいな物言いをする奴が絶対出てくるじゃん。

生活保護受給者パチンコを止めさせようとするだけで行政を叩くような人たちが確実に出張ってくるじゃん。

そういう人たちがいる限り「貧困」家庭はずっと「貧困」のままだし、貧困救済の必要性納税者から認められることもないんだろう。

2016-01-04

http://anond.hatelabo.jp/20160104162555

保育園だって「教育」施設じゃないだろ

フルタイム残業ありで両親とも深夜まで働いてなきゃ共働きとはみなさない!学童なんて子育てじゃない!

と、増田意識高いのは分かったが

それは現在普遍的子育て常識ではないぞ

意識高い理想に合わせるのが大変なんだーと言われても、専業主婦だろうと意識高けりゃそりゃ大変だろうし

別に昔も意識高い親はいただろうし彼らは昔だろうと大変だっただろうし

2015-12-03

レジンキャストミルク (電撃文庫) 藤原

スペインユダヤ人 (世界史リブレット) 関 哲行

キリスト教歴史 (講談社学術文庫) 小田垣 雅也

帰ってきたヒトラーティムール ヴェルメシュ

社会福祉思想歴史魔女裁判から福祉国家の選択まで (MINERVA福祉ライブラリー) 朴 光駿

☆ザ・フェデラリスト (岩波文庫) A.ハミルトン

インフォメーション―情報技術人類史 ジェイムズ グリック

アメリカ文学史のキーワード (講談社現代新書) 巽 孝之

異端審問 (講談社現代新書) 渡辺 昌美

シルバー事件 アスキー

絶対に解けない受験世界史 (大学入試問題問題シリーズ) 稲田義智

筋と義理を通せば人生はうまくいく 高須 克弥

99歳ユダヤスーパー実業家が孫に伝えた 無一文から大きなお金成功を手に入れる習慣 矢吹 紘子

女子マネージャーの誕生とメディアスポーツ文化におけるジェンダー形成 高井 昌吏

世界一即戦力な男――引きこもり非モテ青年音速で優良企業から内定をゲットした話 菊池

愛についての感じ 海猫沢 めろん

借金底なし沼で知ったお金の味 25歳フリーター借金1億2千万円、利息24%から生還記 金森 重樹

猫背を伸ばして 新装版 (フレックスコミックス) 押切蓮介

こんな上司が部下を追いつめる―産業医ファイルから (文春文庫) 荒井 千暁

棟梁―技を伝え、人を育てる (文春文庫) 小川 三夫

石井直方筋肉まるわかり大事石井 直方

フルーツ果汁100% 第1巻 (白泉社文庫 お 3-1) 岡野 史佳

☆「個性」を煽られる子どもたち―親密圏の変容を考える (岩波ブックレット) 土井 隆義

読書の方法―なにを、どう読むか 吉本 隆明

予備校なんてぶっ潰そうぜ。 花房 孟胤

海洋堂創世記 樫原 辰郎

世界堂書店 (文春文庫) 米澤 穂信

コーディングを支える技術 ~成り立ちから学ぶプログラミング作法 (WEB+DB PRESS plus) 西尾 泰和

☆九月、東京路上1923年関東大震災ジェノサイド残響 加藤 直樹

大東亜戦争の実相 (PHP文庫) 瀬島 龍三

そこに僕らは居合わせた―― 語り伝える、ナチス・ドイツ下の記憶 グードルン・パウゼヴァン

クリスマス少女は還る (創元推理文庫) キャロル オコンネル

江戸のハローワーク (双葉新書) 山本 眞吾

Three Essays on the State of Economic Science Tjalling C. Koopmans

The Elements of Style, Fourth Edition William Strunk Jr.

ザ・フォール/落下の王国 特別版 [DVD] リー・ペイス

アメリカめっちゃスゴい女性たち 町山 智浩

☆船に乗れ!〈1〉合奏と協奏 藤谷 治

ちょー美女と野獣 (コバルト文庫) 野梨原 花南

11/22/63 上 スティーヴン キング

システム×デザイン思考世界を変える 慶應SDM「イノベーションのつくり方」 前野隆司

追われ者―こうしてボクは上場企業社長の座を追い落とされた 松島

劣化国家 ニーアル ファーガソン

ブラック企業経営者本音 (扶桑社新書) 秋山 謙一郎

創価学会研究 (講談社現代新書) 玉野 和志

グロースハック 予算ゼロビジネスを急成長させるエンジン 梅木 雄平

女のカラダ、悩みの9割は眉唾 (講談社+α新書) 宋 美玄

To Repair the World: Paul Farmer Speaks to the Next Generation (California Series in Public Anthropology) Bill Clinton

社会心理学講義:〈閉ざされた社会〉と〈開かれた社会〉 (筑摩選書) 小坂井 敏晶

Making the Modern World: Materials and Dematerialization Vaclav Smil

高校教育アイデンティティー総合制と学校づくりの課題 (「教育」別冊 (9)) 小島 昌夫

☆名作はこのように始まる〈1〉 (ミネルヴァ評論叢書・文学の在り処) 千葉 一幹

グラミンフォンという奇跡 「つながり」から始まるグローバル経済の大転換 [DIPシリーズ] ニコラス サリバン

単純な脳、複雑な「私」 (ブルーバックス) 池谷 裕二

天涯武士幕臣小栗上野介 (1之巻) (SPコミックス時代劇画) 木村 直巳

秋葉原事件 加藤智大の軌跡 (朝日文庫) 中島岳志

ぐいぐいジョーはもういない (講談社BOX) 樺 薫

LEAN IN(リーン・イン) 女性仕事リーダーへの意欲 シェリル・サンドバーグ

鬼畜のススメ―世の中を下品のどん底に叩き堕とせ!! 村崎 百郎

男性学の新展開 (青弓社ライブラリー) 田中 俊之

闘争領域の拡大 ミシェル ウエルベック

実録 ドイツ決闘した日本人 (集英社新書) 菅野 瑞治

男性ECCE HOMO (文春新書 934) ヤマザキ マリ





正統と異端 - ヨーロッパ精神の底流 (中公文庫) 堀米 庸三

魔女狩り (「知の再発見」) ジャン・ミシェル サルマン

図説 魔女狩り (ふくろうの本/世界歴史) 黒川 正剛

魔女狩り (岩波新書) 森島 恒雄

異端審問 (文庫クセジュ) ギー・テスタス

剣豪将軍義輝〈上〉鳳雛太刀 (徳間文庫) 宮本 昌孝

2015-11-06

http://anond.hatelabo.jp/20151106153838

横だけど、お前の考える「教育」タスクを与えることだけを想定しているのは少し歪だと思った。

世の中には放任という考え方もあるんやで?

2015-10-02

http://anond.hatelabo.jp/20151002045813

小学校先生ひとりに「子守り」と「しつけ」と「教育」全てを押し付けているのがおかしいと思うな。

それぞれそれに適した専門家を雇うべきだし、授業もアメリカのように能力別に選択できるようにした方が良いと思う。

算数は得意だから5年生のクラスで、読み書きは苦手だから1年生のクラスで、と言った具合に。

要は教育にかける予算リソースの少なさが問題なのだろうけれども、

批判文科省でも政府でもなく、なぜか現場先生達に向かうから救いがないね

似たような構図を医療たらい回し問題でもみたような気がする。

2015-09-20

http://anond.hatelabo.jp/20150919202550

・とにかく学習指導要領解説読め。「話す聞く」「書く」「読む」で、それぞれ何をどう指導しろと丁寧に書いてる。ぶっちゃけ、それをちゃんとやるだけで終わるくらい書いてある。多分、ぜんぶはできない。

・巷の参考書類とかは糞だから読まなくていい。エビデンスのない本で読んで良いのは、増田の言うようにほんとのビッグネームの本だけ。ちなみに指導書書いてる人間は、真面目に学習指導要領読んでないから、本当のところは役に立たない。

国語には、増田の言うような「実用国語路線(きちんと内容を読み取り、考え、簡潔にまとめて表現する)」と「情操国語路線(感動をベース感性を育てる)」の二つの流れがあるんだが、これは、「どちらか」ではなく「どちらも」だと考えるのが一番分かりやすい。でもって、現実的には、「話す聞く」「書く」「読む」の3領域それぞれ×2(実用&情操)の具体目標を1こずつ、低中高学年それぞれで設定して、1年目は仕込み、2年目で実現、て考えると、やるべきことは見えてくる。

・たとえば低学年ならこんな感じ

 実用情操
話す聞く大きな声でしっかり話す人の話に注意する
書く文法的に正しい文を書く気持ちを表す言葉を使う
読む一定の速度で音読する一冊の本に感動する

国語は、体育と同じでトレーニング大事から、知識も大事だが、実際に眼と手と口を動かす作業を飽きるほど繰り返さないと身に付かない。かといって飽きたらやらないので、飽きないように手を変え品を変え目先を変えながら、実は同じ事を何度も繰り返しやらせるのが大事。たとえば、低学年の話す聞くの力の実用目標を達成させるために、毎日の授業から色々な遊びっぽいことをさせる中で常に「大声でしっかり話す」ための基礎訓練をひたすら2年間やらせる。OK?

・これをやるためには、やらせる側が、目先にとらわれることなく「いま何をやらせているのか」を揺るぎなく把握していることが絶対必要。そこを分からないまま人真似でアレやコレやいろいろな「指導法」だけ取り入れても、効果のあるなしがさっぱり分からないのは当然。

・まあ、国語ぶっちゃけデタラメにやってもそれなりには効果が上がる。それは、体育の時間と称して運動場でただひたすら遊ばせていても、運動きな子適当に走り回って、結局体が鍛えられる。アレと同じ。だから適当にやってる教師でもそれなりになんとかなってるみたいに「見える」…でも、それは「教育」ではない。ただの給料泥ボーだわな。いやしくもプロならば、出来ない子を出来るようにし、自分からはやらない教科嫌いな子を好きにさせて、はじめて胸を張ってお金を受け取れるってモンだろ。そのためには、シンプルかつ具体的な目標をもち、そして、教育の内容だけでなく、教育計画そのものを体系化しなくてはならん。

2015-07-10

http://anond.hatelabo.jp/20150710074140

あと、薬飲んでたり感染症があったりしたら与えられないってのは、普通に大きなディスアドバンテージでしょう

母親や子に何らかの疾患があり母乳不適、とかの理由は除外」つってるだろうが。

そんな例外を持ち出すなら消毒しないのは適さない傷だってあるだろうが。

母体の状態や個体差によって分泌量に差があるのも、母親以外が与えられないのもディスアドバンテージ

これも足りなきゃミルク足せば良いだけだから大した問題じゃない。

つか「一般論として」は母乳の方が優れている(勿論「例外」はあり)からこそ、医療機関ではそれが推奨されるわけだよ。

わざわざ母乳バンクまで作ってるのは感染症リスクを考えてもそれを余りあるメリットがあるからで、

何の根拠もない「母乳信仰」などではない。

ひょっとしてそのレベルすら知らないのか?

母乳問題は、出産直後に適切な授乳指導を受けないと本来出るはずの母親でも出なくなってしまうことで

からこそ母親への教育が重視されているわけだけど、北斗ブログはその「教育」否定しているよね。

それを肯定するなら、「傷は消毒してはいけない」と言う上記の記事

破傷風に繋がるような危険な傷でさえも水で洗うだけで済ます人が出て来る可能性があるから好ましくない、とも言える。

2015-06-20

http://anond.hatelabo.jp/20150620170442

3歳以上なら、定員割れしている保育園は園側が独自入園者選んで入れて良かった筈だけど。

田舎だと幼稚園が無い所もあるからね。

多額の税金を使う以上、「教育」としての集団保育が必要ない2歳以下を認可保育園に入れるのが認められる事はないだろう。

個人的には2歳以下であっても保育に税金使う必要はないと思ってるけどね。アメリカみたいに。

その代わり児童手当を大幅に増額すればいい。保育が必要ならそれで買えばいいし、必要ないなら自力で保育してそれは懐に入れればいい。

現状は認可保育園利用者けが多額の税金恩恵に与れて、それ以外はろくに育児支援が無いという不平等な状況だからね。

2015-04-07

「教育」と「政治」は切り離されず、「政治」のネタに利用されている

前回、兵庫県芦屋市における小学校建設問題についての増田を書きました

http://anond.hatelabo.jp/20150401074440

これの続報です。

以前は、小学校の是非について問うものとなっていましたが、事態は変わりました。

まず、私の意見を先に述べておきますと、最終的な市の決定には従うより他ありませんので

今回小学校建設中止となってしまったことに関しては、納得しています

ですので、小学校建設必要か、そうでないかは今回の議論対象ではありません。

しかし、「教育」が「政治」のための道具として扱われていることが明白となり

その点に関して怒りを隠せません。

別に今に始まったようなことではないでしょうし、色々な所で往々にして行われている

ことではあるのでしょうが、黙って泣き寝入りするわけにもいきません。


以下、経緯を記載します。

まず、兵庫県芦屋市行政における経緯です。

基本的な流れはこちらの資料

http://www.city.ashiya.lg.jp/kanri/documents/ikenkoukankaihaifusiryou.pdf

これまでの経過、に記載があります

平成8年1月 兵庫県企業庁が『南芦屋地区土地利用基本計画』を策定

小学校敷地面積 約 24,000 ㎡

幼稚園敷地面積 約 3,000 ㎡

・合計 約 27,000 ㎡を確保することについて記載

平成8年12月 兵庫県企業庁との協議

小学校新設にあたり,12学級は必要であると回答

平成10年~ 10 年~陽光町,15 年~海洋町,16 年~南浜町,18 年~涼風町入居開始

平成20年 潮見地区と南芦屋地区児童数がほぼ同数となる。(各約 240 人)

平成23年4月 南芦屋地区児童数(316 人)が12学級規模に達する。

平成26年4月 建設公営企業常任委員会所管事務調査において,南芦屋地区教育

設用地の利用について,年内に結論を出すと説明

平成26年8月

~11月

『南芦屋地区教育施設用地幼稚園小学校建設検討委員会』を設置

(8回開催)

平成26年12月 市議会第4回定例会一般質問において,検討委員会での結論を踏まえ,

芦屋地区小学校必要であると答弁

平成31年4月 南芦屋地区児童数が約 600 人(推計)に達する見込み



件の小学校建設予定地は、兵庫県企業庁の所有になっており、開発時点で

学校用地として使うことを定めていることがわかります

芦屋市は、企業からはい学校を作るのか、という問いに対して、それに見合う児童数が

確保できたら、と回答を出しています

上の経過のように、おそらくは企業から、当初言っていた児童数にとっくに達しているのに

学校建設はどうなってるんだ、とお達しがあったのでしょう。

去年の8月に急遽、学校設立委員会芦屋市が立ち上げています

市の教育委員会議論が交わされ、学校を新設する方向で市長へ依頼報告が上がってきたようです。

そして、去年の12月の定例議会において、市長学校建設を行う方針を発表します。

非常に急転直下な話です。

山中芦屋市長は元々、小学校建設を願っていたそうなので、渡りに船ではあったのでしょう。


その後、今年の2月に「地域住民意見交換会」という名の説明会が催されます

その際の資料議事録はこちらに公開されています

http://www.city.ashiya.lg.jp/kanri/ikenkoukankai2.html

備考の議事要旨に、答弁の議事録が記載されています

これには私も参加し、その際の発言も記載されていますが、ここでは市は学校建設は行う、と明言しています

この時点では、いくつかの反対意見もあることが議事録から伺えます

しかし、反対意見があろうが、市としては「建設する意思」は覆らないという回答がされています


そして、今年の3月26日に芦屋市議会議員3分2を占める、14人の議員による「嘆願書」が市長に対して提出されます

それにより、翌日の3月27日に、山中市長は急遽、小学校建設白紙撤回を表明します。

(なんとその同日に、前回もURLを貼り付けましたが消えてしまったようで

 ビラが各地にまかれています

http://i.imgur.com/xY8EpUk.jpg

これは嘆願書を提出して建設を辞めさせた議員が、建設を辞めさせた議員たちと、それに賛同しなかった議員という形で

名前を連ねて、地域にばらまいたものです。明らかに選挙意識した動きであるのは明白です。

しかし、市長が翌日にすぐに白紙撤回するのがわかっていたかのような根回しのよさですね。

ビラはこの議員だけではなく、他の議員からも色々なものがまかれたそうです)

そして、昨日、4月6日に、今回の件に関する説明会が開催されました。

これが今までの経緯です。

そこに参加をしてきて、ボイスレコーダー議事を録音してきましたので、必要であればYoutubeにでもアップすることは可能です。

ですが、おそらく市から今回の説明会議事録が提出されるであろうのでそれまでは保留としておきます



さて、同日に都合2回開催された説明会ですが、内容としては最初市長から2分程度の謝罪言葉があり

後は市民の皆様から意見を頂戴します、と。ただ市民愚痴を聞いて発散させて、事なきを得ようという

目論見丸出しの会でした。

この会で、多くの疑問が新たに湧く結果となったのです。


まず、山中市長小学校建設白紙撤回させた理由について言及した所

市議会3分の2を越える議員から嘆願書が提出されたことを非常に重く捉えている

・それが芦屋市民の民意なのだ理解している

との回答でした。


しかしここで疑問が出ます

我々が選出した市長議員の総意が民意であることは理解のうちなのですが、

それが公式な場の議会で行われたことではなく

非公式な場での嘆願書により行われ、議論もすることな議決を得ることもなく

「決定」に至ったことです。

それは正式手続きを踏んだとはいえません。

しかもなぜこの時期に、選挙を目前にしたこのタイミングにそれが行われたのでしょうか。

これは、昨日の説明会に参加をした木野議員ブログにて言及をしておられます

http://blogs.yahoo.co.jp/urukino07/68394659.html

びっくりしたのは、市長発言でした。

 今回の14名の議員による白紙撤回を求める申し入れ書について、「議決に準じる。印鑑を押してあり、大変重い」と述べたことです。

 じゃあこれから、議案を出す前に、この申し入れ方式をとれば、議会なんか開かなくても済むケースが山ほど出てくるのではないでしょうか?

 予め、議員には議案を示し、賛成派・反対派がそれぞれ署名捺印合戦をして、多数を占めたほうが、「申し入れを作り、そこに署名捺印をする」。市長は、その申し入れ書を見て、反対が過半数を占めていたら、議会での論議をする前に撤回してしまう。

 ある市民の方が、「議会で論議をしてほしかった」と発言されていましたが、まさに今回は、議会での議論をすることなく、市民的な大きな課題市長独断で決められ、議員14名の申し入れ書という形をとって白紙にされたということです。

 議会議員役割とは何なんでしょうか。

それともう一つ。

 選挙議会構成が変わる可能性もあるのに、なぜ今の14名が「重たい」のか?



山中市長はしきりに「行政議会の決定に従うしか無い」と訴えていたのですが、

まだ議会で討論されたものではないのです。

それを民意だと捉えている市長の言に違和感を感じます

木野議員の言うように、今後もそうやって嘆願していけば、決定されてしまうのであれば

議会必要ないことになります

Youtubeにもアップしている方がおられるようでした。

https://www.youtube.com/watch?v=aKCjcM63AUA


また、次の疑問はこのようなものです。

下記が建設反対を訴えた議員達の嘆願書抜粋になります

教育委員会浜風幼稚園廃園決定の際、単学級が複数年にわたることを理由にしていました。南芦屋浜においても、小学校を新設しても10年後には単学級になる見込みであり、また、既存小学校の学級数児童数減少を招くことも明白です。市長は、統廃合はしないと言われるが、教育委員会のこれまでの単学級に対する考え方からすると現実的に統廃合検討対象となります

 以上のとおり、巨額の建設費を投じた上、毎年多額の維持費をかけることとなる小学校は、建設10年でその必要性を問われることが明確であり、その必要とする理由にも説得力が感じられません。南芦屋地区住民からも反対の声が大きい小学校建設で、これまで市長が3期12年の間、道筋をつけてこられた行財政運営に対する市民からの信頼を損なうことのないよう、英断をもって、計画の白紙撤回をされることを強く申し入れます

これは大きく分けると

・10年後には児童の数が減って、単学級化してしま

・巨額の建設費に税金を費やすべきではない

という2点に集約されることになります


1つ目の単学級化に関しては確かに問題です。

これから単学級になる学校を新たに敷設するのかという点には非常に納得はできます

しかし、単学級化はここだけの問題ではありませんし、今日本全国で起きている問題です。

長い時間をかけて取り組んでいかないといけない課題でありますし、教育観点で考えなければ

いけない問題まちづくりとは別問題です。

それに単学級を防ぐために、学校を市に1つにして家の近い児童も、遠い児童も全員に通わせるような

ことは現実的に難しいでしょう。児童の通学にどれだけの影響が及ぶかという点が置き去りにされています

そして、一番の問題は「巨額の建設費用」です。

これは上でもビラを巻いている議員がいると伝えたように、口をそろえて「70億円」の無駄公共事業

と言っています

これは30億円の土地費用と、40億円の学校建設費用と言われています

しかし、実際には兵庫県の他市の事例でも明らかなように、学校用地の土地を使うことは

兵庫県企業庁のプランでありますので、定価である30億円で用地を売るということは考えにくいのです。

これは過去山中市長も明言されており、実際には4億や5億くらいで土地を取得できると算段されていました。

学校建設費用の40億円もどんだけ豪華な学校を建てる見積なのかはわかりませんが、

単学級を見込んで小規模な小学校を立ち上げるのであれば、いくらでも縮小化が可能です。

しかしこれらの事実無視して、反対派の議員は「70億円かかる」と言い切り、当該地域ではない

市民にそれを伝え反対票を集めているのです。

これはおかしいのではないかという議論が集中しました。

それに関して市長は「誠に申し訳ない」の1点ばりなのです。

では今からでも、見積をやり直して学校建設するかどうかの議論を再開できるのではないか、

との問いには「それはできない」の1点ばり。

これはもうなにかの力が働いているとしか思えません。

山中市長は、3月の時点で14名の議員から嘆願書が出ているので、

6月の議会議決を得れば、確実に拒否されることが明白なので

これ以上続ける必要はない、と判断したと言っています

しかし、議員達は70億円かかると言い続けているわけですし、実際には

それだけの費用はかからないと知っても、本当に議会の決定は変わらないのでしょうか。

その点を重点的に多くの方が意見をしたのですが、山中市長は「無理」としか言わない。

このような決定には納得ができませんし、なにより市議行政への不信しか残りません。

そして、この事実は多くの芦屋市民が「知らない」まま、4月26日に統一地方選挙が行われます

当の山中市長市長選への立候補を表明しています

3月に、対立候補として出てきた人がいるのですが、その人は政策に「小学校建設反対」を表明していました。

おそらくは、この市長選山中市長が「小学校建設推進派」だと、この対立候補との戦いになるので

それをさせないために建設撤回したとの噂もあります

https://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/201503/0007830055.shtml

ちなみにこの北村氏も「70億円」と明言しています

70億円かからないのにです。

行政市議が正常に作動していない状況で、市民が振り回されています

特に昨日参加をした住民の多くの人は「兵庫県」と「芦屋市」と「不動産屋」がそれぞれ口をそろえて

学校を作る」と明言したため、家を購入した、移り住んできたという人だったようです。

それは詐欺行為にも等しいのではないかと。

そして、参加した私の感想ですと、山中市長はとにかく「謝らされている」感じがしました。

トカゲ尻尾きりで責任だけ取らされているような感触を受けました。

そして、今現在建設反対を叫んだ議員は全員沈黙しています

一方、それ以外の議員は、一体何が起こっているのか、どうなっているのかと

ブログで持論を展開しています

闇を感じますね。

今回の事例は兵庫県芦屋市の事例ですが、皆さんの自治体はいかがでしょうか。

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