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2018-10-19

金なさすぎてノートパソコン売ってくる

金がない。今月上旬の段階で貯金は底をついてた。消費者金融でも限度額いっぱいに借りてる。にも関わらず財布に数万入ってるのいいことに風俗行ったり飲みに行ったり夜中小腹が空いてラーメン食ったり。その帰りにコンビニスイーツ買ったり。案の定、本当の本当に底をつく。

にも関わらず試練があった。実家に帰らなくてはいけない。その交通費さえない。幸運にも週末に副業による現金収入が発生する。しかしそれを実家帰りにあてたら生活費がまったくのゼロなので本を売って2000円手に入れる。ちなみに2000円手に入れた瞬間にタバコを買い喫茶店コーヒーを飲む。

実家に帰るイベントは無事終えたものの、再び金が底につく。昨日、領収書で散らかっていたところをあさったら200円ちょっと見つける。発行年が古かったのでなんとなくとっておいた100円玉二枚だ。おかげで夜散歩したとき缶コーヒーを買う。

しかし次に収入が入ってくるまであと10日近くある。タバコも買えない。つらい。家にある金目になりそうなものテレビノートパソコンテレビリサイクルショップまで運ぶのがややしんどいのでノートパソコン一択。面倒だがこれからそのノートパソコン初期化して中古パソコンショップに行く。

こういうとき手軽に現金ゲットできるよう動けるフットワークの軽さやお金を借りれる友達が欲しい。

なお食料はそこそこストックがあるので栄養的にはひもじい思いはしてないのでご安心を。

諺はすべてパンティーに変換できる

・犬も歩けばパンティーに当たる(犬もパンティーのような幸運出会えるという意味

・猫にパンティー(猫にはパンティーの価値がわからないので洗濯物を引っ掻き回すという意味

・猿も木からパンティー(得意分野でもパンティーでなんやかんやあるという意味

・五十歩パンティー(50歩逃げるのもパンティーを被るのも逃げたことには変わりがないという意味

・塞翁がパンティー(いろいろなパンティーがあるって感じの意味

井の中の蛙パンティーを知らず(蛙ごときパンティーがわかってたまるものか)

・光陰パンティーの如し(パンチラは一瞬だという意味

・くたびれ損の骨折パンティー(くたびれたパンティー)

可愛い子にはパンティー(興奮する)

・石の上にもパンティー(不法投棄にしたパンティーも小学生には宝物だ)

山椒パンティーでもぴりりと辛い(山椒パンティーの相性は最悪)

パンティーのないところに煙は立たない(パンティーは可燃性)

2018-10-18

オタク他人の「嫌い」に負けた話

厄落としのつもりで書き捨てる。

サブカルオタクをそこそこの年数やっている人であれば、好きな作品アニメ化コミカライズノベライズ舞台化、実写化した経験がある人は少なくないだろう。いわゆるメディアミックスというやつだが、コンテンツ提供側の思惑はさておき、既存ファン立場からするとよいことなのか悪いことなのか、実際に体験するまでわからない。

せっかくアニメ化したのに原作で好きだったシーンが悉くカットされていたりとか、実写化したのにおでんの具にした方がまだましな大根役者推しを演じてたりとか、まあそういう感じのがっかりメディアミックス枚挙にいとまがない。反対に、メディアミックスが人気を博してファンが急激に増えた結果、新参古参原作信者)の間で溝ができることもある。

で、これを書いている私は、割とメディアミックス前の原作をひたすら愛でる、いわゆる古参原作信者になってしまうことが多かった。学生の頃はアニメに期待をかけすぎたせいで「あんなに楽しい原作がどうしてこんなアニメになった!」「アニメだけ見た人に『原作もつまんなそうだな』と思われるのは嫌だ!」と何度も泣いた。

だいたいメディアミックスに潤沢な予算をつけてもらえるような巨大ジャンルにハマることがあまりないので、仕方がない。予算がない→アニメ等の出来がいまいち新規ファンがつかない→新参ファンが現れないので、古参新参バトルで思い悩むことがない…というのはまあよかった。

なお某覇穹は許す許さない以前に、思い出すと感情が虚無になるからなにも言えない。言えないんだ。

本題。そんな自分が珍しく新参側にまわったジャンルでのことだ。

もともと歴史の長い原作があり、数年前にコミカライズされた。そのコミカライズされた漫画にハマり、漫画の最新巻の内容よりもさらに先を知りたくて、綱を手繰り寄せるような調子原作にもハマった。ストーリーおもしろいし、キャラも魅力的だった。

私と同じように、漫画からハマって原作も好きになったという新参ファン大勢いた。しかも昔から原作が好きだった古参ファン漫画好意的に受け入れてくれている人が多かった。原作おもしろいのが大前提として、漫画版の評価客観的に見てとても高いのだ。ファン歴を問わず語り合える友達がたくさんできたのは、幸運だった。

そのうち、二次創作も始めた。ありがたいことに、何冊か出した同人誌好意的感想をたくさんいただいたりもした。オタクライフは充実を極めていた。

そんな中、ツイッターで知り合ったのがAだ。推し共通していた。

原作をていねいに読み込んで熱心に語っている人だった。ジャンルオフ会で実際に対面してみると、清楚で物静かなお嬢さんといった雰囲気女性だが、話す内容はズバッとしていてキレがいい。オタクらしくややこじらせている。ツイートの文面から受ける印象そのままだったと思う。

そのオフ会を機に、首都圏近郊の同士数人が集まってごはんに行くことが増えたので、私もAも飲み食いしながら推しを中心に原作のこと全般について語り合った。これまた充実していた。

そんな中で、私も他の人も、Aが長いこと我慢していたことに気づかなかったのだ。

Aの正体は、だいぶこじらせた原作信者だった。こじらせすぎて漫画版のアンチになっていた。

ツイッターではそれらしいそぶりは見せなかったが、オフで会っているときに「私あまり漫画版好きじゃないのよね」「(私)さんは原作好きなのに漫画も好きなの?」と言っていたこともあったような気がする。そのとき正常性バイアスみたいなものが働いて、それほどの人だとは認識できなかった。

そのうちAはツイ垢を非公開にしたりなんやかんややった。次に私が見たときには、FFから私やジャンルクラスタの名は消え、プロフィールに堂々と「漫画版が死ぬほど嫌い」の文字が載っていた。

以前Aとつながっていた人たちもこれに気づき対象をぼかしつつ「あの人どうしちゃったの…?」「仲良く過ごせていたと思っていたのに悲しい」とつぶやいていたことをよく覚えている。

先にも書いたように、漫画から参入してきた新参ファンが多く、また漫画版を好意的に受け入れている古参ファンも多いジャンルだ。漫画の最新話が出るたび、フォロイー全員がそろって「最新話のここが最高だった!」「今後の展開を踏まえてこう変えてくるなんてさすが!」等絶賛するタイムラインは、Aにとってさぞ居心地の悪いものだっただろう。

いったん区切りをつけたつもりのAは、プロフィールのみならずツイートでもこれまでの鬱憤を晴らすかのように、大っぴらに漫画版を叩き始めたのだ。

もうだいぶ前に見たきりなのであいまいだが、Aのつぶやきはこんな内容だったと思う。

このあたりで語られている改変はもちろん事実で、原作漫画の両方を兼任するファンからは「漫画という表現媒体ジャンル時代に合わせた改変」と受け止められている箇所だ。

ここが改変されているから嫌い、というボーダーラインは個々人で差がある。ドン引きしつつ、そこが嫌いならまあしょうがないだろうなあ、と思う自分もいた。

で、さらに遡ってみると

などのツイートも出てきた。

総合すると、Aは

漫画版作者が直接制作しているわけではないので、漫画派生アニメは許容する、ということらしい。私にはちょっと理解しがたかったが)

ということが読み取れた。

自分を含め、それまでジャンル内でつきあってきた人たちは、原作漫画版のどちらも好きな人ばかりだったので、交流を切られる対象となったのだと思う。仲良くしていた時期のツイート風貌を知っていると、Aが豹変したように見えた。

結局Aはツイッターから姿を消したが、Pixiv二次創作の新作を挙げるたびに、その作品キャプション漫画版を口汚く罵り続けていた。初めは彼女のことを気にかけていた人たちはいなくなったのは自然の流れだ。代わりに、Pixivの新作が上がるたびに「またあの人暴れてるよ…」というニュアンスツイートがこっそり流れることもあった。私は無駄と知りながらも彼女作品(中身は見ない)を「違反報告」し続けた。

過去、別ジャンル古参原作ファンだった自分を思い出すと、好きな作品メディアミックスが気に入らなかった場合はその媒体をなかったことにして原作だけ楽しむようにしていたと思う。なにかの拍子に思い出してしまったときは、気心の知れたジャンル友達と「ほんとあの実写版主人公セリフ改変わけわかんなかったよなー」などと笑い話のネタにするのだ。

Aがそうできなかった理由は、まあわかる。好きなものを存分に語り合えるファンはたくさんいたのに、自分と好悪を同じくするジャンル友達に巡り合えなかったからだ。彼女孤独だった。漫画版のあれもこれも嫌いだ!と愚痴を言える場所は5ちゃんねるしかなかったのだ。

その後ずいぶん経ってから、結局私はそのジャンルを離れることにした。たくさんの友達ができたし、まだまだ好きでいたかったが、「そのジャンルを好きでい続けるメリット」を「そのジャンルを好きでい続けるデメリット」が上回ってしまたからだ。

デメリット理由はいくつかあったけれど、Aの件も含まれた。Aの強烈な「嫌い」という名の毒ガスを浴びた結果、自分の中の「好き」という気持ちが弱っていたのだと思う。

偶然とは恐ろしいもので、今週、久しぶりにAのツイ垢を見つけてしまった。つい最近まで鍵垢にしていたのを公開にしたらしい。

彼女は元気だった。元気に(鍵垢で)漫画版叩きをやっていて、「そろそろ漫画版のファンも少なくなってきたから外に出てもいいかな」(意訳)とつぶやいていた。

またあの疲労感に見舞われた。できる範囲健全に楽しもうとしていた自分のふんわりした「好き」という気持ちより、Aの確固とした「嫌い」という気持ちが勝ったのだと思った。なんというか、次元がちがった。

手持ちのすべてのアカウントでAをブロックした後に、これを書いている。

一般的幸福快楽を伴う「好き」という気持ちは、あまりにもデリケートで、自分の手で守らないと弱ってしまう。他人であるAをどうこう変えることはできない以上、私は早めにAの存在シャットアウトして、私の「好き」を守ってあげないといけなかったんじゃないかと思う。まあ相手ブロックする以外に具体的な守り方はわからないのだが。

おそらく死ぬまであの調子のAを内包して、ジャンルは今後どうなるんだろう。もう自分には関係ないけど、ちょっとだけ気になった。

障害言い訳にしてる奴らが図星突かれただけなんだと思うわ

「同じ程度の障害(才能)を持つ者同士で比べあった時、あなたが他の人よりも劣っていると感じたなら、それは貴方障害(才能)を言い訳にしてきたせいなのかも知れない。」

唐突にそんな言葉が飛んできて、傷つかないで居られるような人生を生きていけたならそれは幸運な事だよ。

大抵の人間は大なり小なり傷つくと思う。

そして、自分が傷ついた事に傷つくと思う。

SHIRBAKO第20話「がんばりマスタング」なんだよ。

図星だったんだよね。だから腹を立てた。見当違いのことを言われたんならどうでもいいはずだよ」

アリアは キャシー言葉に傷ついて、自分が傷ついた事にショックを受けたんだと思います

なんだよ。

あのポスターストイックだよ。

とてもストイックだ。

でもそのストイックさを突然向けられた時、受け止めきれない人もいる。

そしてあのポスターは、見た人間にその言葉自分に向けられたものなのではないかと思わせるような言葉の選び方をしている。

ポスターを作った人は意識してそうすることで、見た人間をハッとさせたかったんだろう。

でもさ、いきなり他人の頭を透明なハンマーでぶっ叩いたら怒る人だって出てくるだろうよ。

まして、日頃から自分存在意義についてビクビクしてきた障害者をいきなりぶっ叩く必要なんて、無かったんじゃないかな?

出遅れた気がするけどこれが自分感想ですわ。

岡口Jの分限は残念でもないし当然

東京高裁岡口基一裁判官について最高裁戒告分限処分を下したことについて,法曹界からは岡口氏を擁護する言説ばかり喧伝されているので若干のコメントを。

彼の擁護者らは,裁判官自身表現の自由無くして市民表現の自由を守れるのか云々などといった声を上げる者がいるけれども,もしかかる主張が,裁判官特殊地位に鑑みて裁判官私的表現の自由一般市民のそれよりも強く保障されなければならない,という意味だとすれば,全くの失当である裁判官表現行為について,憲法保障する表現の自由によって保護されるべきであることは言うまでもないが,裁判官はその職責上,品位を保持し国民の信頼を得ることが何よりも求められており,その職責の点から私的行為についても一定節度あるいは限度があるというべきであり,その意味では,裁判官身分との関係では裁判官私的表現の自由一般市民のそれよりも制約されると解さなければならない。

要するに,表現の自由と言ったところで,およそどのような表現を行うことも自由であるかというと,そんなことはない。

たとえばもし仮に,現役裁判官が,Web週刊ポストの「都内の人気公立小学校 小渕優子の息子のクラス学級崩壊」という記事リンクとともに,

小渕優子の息子が一番暴れてたりして(^_^)

http://www.news-postseven.com/archives/20180309_658021.html

8:15 AM - 9 Mar 2018

Twitterに投稿した想像してみてほしい。上記ツイートは,公人でもない一人の児童について,それが政治家の子であるというだけで,個人特定して揶揄するものであり,憲法禁止する門地に基づく差別表現である。仮にこのようなツイートを現役裁判官投稿したならば,裁判官人権感覚ひいては司法制度に対する国民の信頼が害される。これが戒告で済めばむしろいくらいである。

このように,裁判官ツイートには一定節度限界がある。彼の支持者らは,この前提から争うような主張を繰り返すのであるが,全くの失当である

以上を前提に検討するに,本件で問題とされたツイートは下記の通り。

公園放置されていた犬を保護し育てていたら,3か月くらい経って,もとの飼い主が名乗り出てきて,「返して下さい」

え?あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・

裁判の結果は・・

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180517-

なお,「裁判の結果は」元の飼い主である原告の勝訴である

通常の理解力を有する一般人上記ツイートを見たときに,「岡口氏は原告請求が不当だと思っているな」という感想を抱く者が,10人中1人もいないと,言えるであろうか。

岡口氏は,上記ツイートは単に両当事者の主張を要約したに過ぎない,リンク先に対する予告編でありリンク先を読めば原告勝訴とわかる,すぐに消したか問題ない,自分裁判官であるとは明示していない,等と反論している。

しかし,原告の主張については「返して下さい」と鉤括弧を付けているのに対し,岡口氏が言うところの「被告の主張」には鉤括弧がなく,むしろ情感を込めた独自表現になっている。

(鉤括弧がなくても自身見解ではない,との言い訳をするためであろうか,岡口氏はしばしば,彼の好みに適う他人表現を,引用であることを明示せずにTwitterFacebook投稿する。)

このツイートを見たときに,「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ? 3か月も放置しておきながら・・」という表現が岡口氏の意見であるとの印象を持つ人がいたとしよう。岡口氏や彼の支持者らは,そのような理解をした人は知能が劣るかあるいは精神異常者であると言うのだろうか。

もしそうでないとすれば,上記ツイートは,相当数の一般市民に対して「高裁裁判官から見ておかしな主張をする原告がいる」との印象を与えるものであることを認めなければならない。リンク先まで読めば,高裁判事である岡口氏が地裁判決をも批判しているとの印象を抱くであろう。

本件ツイート上記欠陥は,岡口氏やその支持者が大量の紙幅を費やして弁明したからといって治癒されるものではない。むしろ説明に大量の紙幅を要していること自体が,本件ツイートの欠陥を如実に示している。

そして,一般人ツイッター閲覧・利用方法を前提とした評価は,ツイートスクリーンショットのみから判断可能できるから最高裁としては,それ以上の事実関係に関する資料の提出を求めて審理を継続する必要は無いであろう。なお,分限裁判性質上,職権探知主義妥当するものと思われるが,岡口氏の本件に関する近時の言動や,情状資料としてのその他の事情収集されなかったのは,むしろ幸運ですらある。たとえば岡口氏がChange.orgでの署名集めを試みたがごときは,あたか裁判官署名証拠価値を高く評価するかのごとく受け取られかねない(署名基本的多数決原理であって,司法と相容れない)。署名目標である100人に達せず,証拠提出しなかったのは,国民司法に対する誤解が未然に防がれた点で幸運であった。

なお彼の支持者らは,本件の分限裁判結論をもって裁判官表現活動が萎縮する等と声高に叫ぶ。

しかし,そのような宣伝活動はあたかも本件分限裁判裁判官表現活動を厳しく制限たかの如き誤解を広めるものであって,却って裁判官表現活動を萎縮させること大である

彼の支持者らこそ,補足意見の末尾2段落音読してほしい。

5 ちなみに,現役裁判官が,ツイッターにせよ何にせよ,SNSその他の表現手段によってその思うところを表現することは,憲法保障する表現の自由によって保護されるべきであることは,いうまでもない。しかしながら,裁判官はその職責上,品位を保持し,裁判については公正中立立場で臨むことなどによって,国民の信頼を得ることが何よりも求められている。本件のように,裁判官であることが広く知られている状況の下で表現行為を行う場合には,そのような国民の信頼を損なうものとならないよう,その内容,表現選択において,取り分け自己を律するべきであると考える。

 そして,そのような意味での一定節度あるいは限度というものはあるものの,裁判官も,一国民として自由表現を行うということ自体制限されていないのであるから,本件のような事例によって一国民としての裁判官の発信が無用に萎縮することのないように,念のため申し添える次第である

2018-10-17

anond:20181017212434

似たような性分だから分かるが、人の目や評価を気にするなってアドバイスをしてくれる人がいても、実行は難しいよ。

そんな簡単なら長年苦しまなくてもとっくに克服できてるもんだからね。

(1)自分より客観的に低レベルな人ばかりの集団に入る

(2)自分より優れているか劣っているかからないが、自分けが持っている特技を認めてもらえるような集団に入る

(3)猛努力して、集団自分が一番優れた状態になる

小生の場合、(1)の職場でド鬱になった。

幸運にも(2)のような職場転職したおかげで多少気楽になった。

毒親に育てられた自覚

毒親から逃げられた記念に書かせてほしい。

毒親エピソードはたくさんあるけども、一番大きなものは「ママが正解」の呪いだった。母は私を育てる上で「何事も自由に選ばせた」と思っているだろうし、表面上はそうなっている。しかし実際は母が望んだもの以外を選べばたちまち気分を害し、相づちがおざなりになり、もしその後私の選んだものに少しでもケチがつけば「やっぱりママが正解だった」と笑った。

この「やっぱりママが正解」は今でも私の根底に残っており、何かを選ぶ時(特にその選んだもの・ことを母に見せる予定がある時)には母の反応を必要以上に気にしてしまう。また、母の望んだもの以外を選択した時にはひどい罪悪感、人でなし感に襲われ、何かあると「やっぱり母の言うことが合ってたんだ」と思ってしまう。そんなの気にしなくていいと笑われるだろうが、幼少期から刷り込みなのでもう一生振り切れないだろうと諦めている。今となっては実害もないし。

そんな中で私が唯一幸運だったのが、「自分母親おかしい。そしてそれは周りの人に気づかれない方がいい」という自覚があったことだ。毒親という言葉もない時期に、早い段階でそれに気づけて本当によかった。無事に逃げられたのもそのおかげだと思う。というのも、大人になって気がついたのだが、私の母のような過保護タイプソフト毒親に育てられた人は一定存在する。ただ、それを口に出すかどうかで周囲からの印象は大きく変わっていく。

私が最も気の毒だと思ったのは、以前勤めていた職場40歳近い女性が「門限があるからごめんなさい」と飲み会への参加を断っていたのを見た時だ。ごめんなさいと言われた幹事男性は「◯◯さんちはお母さんが厳しいからなぁ」と笑い、女性は「そうなんですよ、もう」と困り笑いで返していた。

ごめんなさい、母が。

ごめんなさい、母が。

飲み会以外の話題でも、彼女は毎回毎回繰り返してきたのだろう。その結果、彼女職場で「少し変わっている」というポジションにおさまっていた(もちろん大人なので皆あからさまにはしないが)。

また、この女性は「映画を観に行ったら上映直前で母から電話があり、帰らなければならなくなった。しかたないか映画あきらめた」というかなりパンチの利いたエピソードも持っていた。それを笑い話として職場で話してしまうのもまた彼女の不運であったように思う。

私も毒親持ちとして、彼女の話にああ〜わかるわかると思ったことが何回もある。しかし、私がひそかに共感する部分でほかの人々は「えー!?」「それはやりすぎだ」と驚いていた。これは推測だが、彼女は母の話をして周囲から驚かれるのをどこか特別なことのように感じていたのかもしれない。

姉御タイプの同僚が時々彼女に言っていた。

「そろそろ独り立ちしなくっちゃ!」

軽い口調だが、それは真剣忠告だった。

しかし、私はそれを聞くたびに彼女がその忠告を受け入れて独り立ちすることはないだろうと確信していた。なぜなら、彼女の中には私と同じく、そしておそらく私より強く「やっぱりママが正解」の刷り込み存在しているはずなのだから

何かを決める時、親が基準になっていませんか?何かを断る時、親を理由にしていませんか?周りにいる人々は、あなたとおなじくらい親の話をしていますか?親子仲がいいのは悪いことではないし、毒かどうかの基準は人それぞれだ。職場彼女だって、望んで母親そばにいるのかもしれない。

それでも、自覚なく縛られ続けている人々が少しでも減ってくれればと思う。

2018-10-16

[][](仮題)第4話

執筆途中の作品であり、本稿は最終稿ではありません。)

サトシ

ガレージの中は身を切る寒さで、キーを持つ手が悴んだ。毎日こうも寒いと、地球温暖化でっち上げだなんていう冗談の一つも言いたくなる。

知人の頼みで留学生空港まで迎えに行くとメイリンに話したところ、自分も行くというものから、僕は直接空港に行くという当初の予定を変更し、彼女の家に向かっていた。

ここ数日は晴れていて、雪は随分捌けてはいたが、路面の凍結があるかもしれず、神経質にならざるを得ない。バスを使っても良かったが、大きな荷物を抱えてやってくる右も左もわからない留学生には、足がないのは心許ない。

ブロックほど走行メイリンの家に到着すると、車を道路の脇に寄せ、彼女が現れるのを待った。

Me: I’m here (着いたよ)

Meiling: k (わかった)

Meiling is typing… (メイリン入力中……)

Meiling: I’ll be there soon (もうすぐ行く)

あと4分。そう僕は打算した。彼女が「良い」と言ってから出発しているのに、どうして到着してからさらに待つことになるのか、時々不思議に思ったりもするが、これはいものことだ。

Me: No rushゆっくりでいいよ)

僕はアイフォーンダッシュボードに置いた。

**

4年前、僕が初めてシアトル・タコマ国際空港に到着したとき、僕はBITの寮に向かうシャトルバスを探して、空港内を歩き回っていた。

海外に行くのはそれが初めてのことで、文字通り右も左もわからなかった。

やっと見つけたターミナルは、タクシーが行き交っていて、シャトルバスが停まるところではなかった。疲労で立ち尽くしていた僕に、タクシー運転手が声をかけた。

タクシーを探してるのか」

「いえ、大学シャトルバスを」

「どこの大学

ベルビュー工科大学に」

彼は僕を空港内のインフォメーションセンターに連れて行った。そうして僕が探しているターミナルを案内員の女性に問い合わせてくれた。

その女性は、僕にターミナルへの経路を伝えるだけでなく、わざわざ近くまで付き添って歩いてくれた。

そうして僕は、やっとの事で正しいターミナルに辿り着いたのだった。親切に恵まれて。

ターミナルのベンチには先客がいた。きっとこれは幸運なのだと、僕はわけもなく直感した。

それは小柄なアジア人女の子で、彼女は僕に親しげに話しかけた。

BITに?」

はい

「良かった。私もです」

直感は正しかった。そう僕は思った。

彼女が続けた。

シャトルバス、もうずっと待ってるんです」

「どのくらいですか?」

「1時間くらいです。もしかして場所を間違えたんじゃないかって思ってたんです」

「インフォメーションセンターの人が、ここだって……」

「やっぱりここですよね」

「もうすぐかも」

「そうだと良いんですけど」

「……」

僕は会話に言葉を継ぎ足すことができなかった。

彼女の座っているベンチはまだスペースに余裕があったけど、僕はなんとなく気が引けてそこに座ることができなかった。脚は棒のようになっていたのに。

代わりに僕は、スーツケースの角に腰掛けた。

シャトルバスは来ない。彼女も黙っている。

手持ち無沙汰になって、僕はバックパックから宮部みゆきの『火車』の文庫本を取り出した。

その時、

「来た」

彼女が叫んだ。

BITマスコットであるブルドッグの『ジュリアン君』のプリントが入った白いバンが、僕たちの目の前に止まった。

僕は慌てて文庫本バックパックに戻して、車輪の滑りの悪くなったスーツケースを引きずり始めようとしていた。

「ところで、」

歩き始めた彼女が踵を返して言った。

「お名前聞いても良いですか?」

僕はサトシと答えた。彼女メイリンと名乗り、ピカッと笑った。

**

偶然、僕は親切と幸運に恵まれたが、宮本恵梨香が同じだとは限らない。彼女が迷わないように、僕は昨晩、手荷物レーンから僕が迎えに行くターミナルまでの経路をできるだけ詳細に説明して、空港マップとともに彼女宛にメールした。僕の車の車種とナンバーも添えて。

窓をノックする音がした。

メイリンが手を振っていた。ピカッと笑いながら。

2018-10-15

12・了】2018秋、ベトナムホーチミン

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anond:20181015193728





話したい事が、たくさんある


自分という人間は雑な割には心配性で、空港に到着したはいものの、本当に出発の日取りや場所を間違えていないか、まだ安心できない。

正面掲示板フライト情報を確かめる。

ベトナム航空302便。あった。

ひとまず安心だ。

しかし、自分のことではないとは言え、残念な情報も目に飛び込んできた。

ジャカルタ行きと香港行きは一部欠航

共に最近災害に見舞われた地で、まだ爪痕が残っているのかもしれない。

ここは出発の場だが、全ての人が目的地にたどり着くことは出来ないみたいだ。

そう考えると、憧れの地にやって来られた自分は、幸運というより他ない。


ここで、タンソンニャット国際空港名誉回復しておこう。

初日に「石垣空港の様な質素さ」というなんだかどの方向にも角が立ちそうな言い方でターミナル表現したが、それは到着側の旧ターミナルで、2016年増築された出発便のターミナルは巨大で緩やかなアーチ構造を持つ、立派という表現がぴったりの建物だった。

これなら空港泊も問題はない。

半野外で夜を明かすという心配杞憂だった。


3:00

心許なかったスマホタブレットレンタルwifiを充電できる電源を探り当て、しばらく充電するに任せていたが、同じ椅子に座り続けるのも疲れ、一旦充電を切り上げて、ターミナルを一回り。

突き当たると、おそらく工事業者が壁一面のガラスにシートを張っていた。

修復か、それともさらなる増築か。

充電できる別の席に座って調べると、あの工事関係あるかはわからないが、2025年竣工目処に、ターミナルを新設する計画があるという。

この地を訪れ、また、この地から旅立つ人は、更に急激なカーブを描いて増えそうだ。

未来にここを行き交う人々の、その個人の心は分からない。

でも、たくさんの愛と希望が、その胸に似合う気がする。


4:15

シンとしていたタンソンニャット国際空港も俄かに賑やかになってくる。

フライト情報を確かめると、帰国便のチェックインは始まっていた。

椅子に座ってこの旅行記を書いていると、隣でゴージャスなお姉さんが電話で会話している。

中国語だ。

ちょっと不機嫌そう。

でも、きっと国に帰れば、土産話もたくさんあるだろう。

彼女は乗らないのかも知れないが、目当ての帰国便は成田行きなので、カウンターには続々と日本人がやって来る。

彼らもベトナムで見た何かを、大切な人たちに話すのだろう。

笑顔で話してくれるといいなと思う。


自分もも日本に帰ろう。

すぐに仕事に戻れるかどうかは分からない。

でも、みんなにたくさん、話したい事がある。

2018-10-13

anond:20181013083405

その辺は海外もやってること変わんねえなあと思う

多様性とか言って無理やりブスねじ込んでも、それは結局幸運なブスが何匹か出るというだけで、美意識のものに手をつけるのは無理なんじゃないか

2018-10-12

ごくごく個人的な、キズナアイが巻き込まれ騒動のまとめ

キズナアイの件、だんだん疲れてきたので自分見解をまとめることにする。

文章化しておかないと区切りがつかなくて永遠に頭の中グルグルしそうなので。


論点は二つあった。

  1. キズナアイの格好はNHKに出せないくら性的かどうか
  2. ジェンダーロールの再生産になっていないか



1. キズナアイの格好はNHKに出せないくら性的かどうか

1. は個人的には問題ない。というか、フェミニストから批判してはいけない部分だと思ってる。




2. ジェンダーロールの再生産になっていないか

2. が今回の主戦場

年代階級普段二次元表現VR界隈に触れているかによって感覚が違っているようだとは感じた。

批判側の意見としては、男性講師役・女性が生徒役という枠組みが旧来のジェンダーロールを再現しており、女性を萎縮させるとのこと。

世の中が完全に男女平等になっていれば、たった一つの例に目くじら立てないが現実はそうなっていないという意見を見た。


なんとなく納得できそうなところと、でもなーというところとあり、未だに整理できていない。

このくらいのことで、本当に女性は萎縮してしまうのか?と思ってしまうが、それは自分があまり抑圧を受けずに育ってきたからかもしれないし。

公的性格が強い媒体ではポリコレに則って多様性配慮した表現をするべきだ、という理屈はある程度納得できなくはないんだけど、

などなど疑問点や不安な点がいっぱいある。

そもそもそういう表現公的場所から狩ろうとすることは、長い目で見るとポリコレに反する表現絶滅させることに繋がるんじゃないか?という懸念が拭えないわけで。

ポリコレに反するから隠す。存在自体が許せないのではない、悪ではないが場所をわきまえてやれ」

これが、容易に

「隠されるものは悪いもの。悪いものは細々と裏で楽しむべき→悪いものはなくなるべき」

に変わっていくんではないか?大多数の人は「存在自体が悪い訳ではない」と思ってくれるのか?

多様性配慮した表現も大好きだけど、多様性クソ食らえ!な表現も大好きなんだよ。

男性向けも女性向けも、エロも非エロも。

でも、社会の大多数に認められにくいのって後者じゃん?

ポリコレ絶対を突き詰めていく先に、多様性クソ食らえ表現が狩られる未来しか見えないんだよな。

そこまで社会の理性を信じることができない。だから怖い。

本当は楽観的でありたいんだけれども。


規制しろとは言ってない、ゾーニングだ、という人がいる。

でも、ゾーニング規制だし、ゾーニングのやり方によっては容易に表現の場が失われてしまうこともある。

からゾーニングって簡単にすることができない。


個人的理想としては、ある表現をなくして目立たなくするのではなく、自分がいいと思う表現をどんどん作ったり推したりしてそれらの存在感を上げていく方向が建設的でいいと思う。

子どもができたら「これは良くないから見るな!」って言うより、「こっちにはこういうのもあるよ」って接したい。

その上で、親が眉を顰めるようなものに触れてしまうのも当然だしそれは成長の一部だと思う。

親が全部管理なんてできやしねぇしするべきでもないし。

全部ひっくるめて子ども当人人生で、自分自分がよいと思うものを選び取れるようになってほしい。

結局は私も根拠のないお気持ちでこう主張するわけですがね。


そして今回、一番衝撃だったこと。アカデミックフェミニズム側がジェンダーロールの再生産を非常に問題視しているという点。今更なんですが。

今回、1.の論点重要視してるかどうかでフェミニズム側は分かれていたように思う。前述したようにこれをフェミニスト自称する人が問題視するのはどうかと思うので、ここでだいぶフェミニスト側を分類できた。しかし、性的だとはしない/もしくは問題視しない人々でも共通していたのは、あれが旧来のジェンダーロールの再生産であり若い女性を萎縮させる、ということだった。個人的に、アカデミックフェミニストの中で信頼がおけると思っていた人も、ここは強く問題視しているようでかなり衝撃を受けた。

かつて自分が被ってきた女性差別を生々しく思い出して重ねてしまう傾向が一定年代以上の人や女性差別が酷かった業界の人には多いということなのかもしれないが、それ以上にフェミニズムの中で長らく重要視された観点っぽい。そこまで確固たる共通見解となっていたというのが驚きというか。それを各種表現にここまで簡単に当てはめることに躊躇がないんだな、と。

個人的にはうなずける部分もあるが、女性差別のみを特に重要視して男性に対するジェンダー的な抑圧を無視する傾向がある気がするし、私が育ってきた中では幸運にもひどい女性差別を受けては来なかったこと、そして自分ジェンダーロールの再生産になりそうな作品もそうでない作品も両方楽しんで育ってきたことなどから、そこまで切迫感を持つことができない。私とそういう人たちとの間に断絶がある。

女性差別って私が想像する以上に酷いものがまだまだあると思うし解消に向けて動くべきだし動きたいんだけど、私は上記理由からこの方向の活動にはどうしても同意できないな…。この方向で頑張ることによって、そういう酷い女性差別改善していくとは思えない。


おまけ1 VR界隈について

ちなみにVtuberVR界隈に対しては、既存ジェンダー観でははかれない技術革新がもたらした今までとは違うジェンダー観が存在すると思っている。キズナアイも見た目は女性だがAIという設定で性別はない。ガワと中の人性別が違うなんてざらにあるし、自分が望めばなりたい性別セクシュアリティになれる・それを当たり前のように受け入れてもらえるという土壌がすごくいいと思っている。

まりVtuber界隈詳しくなくて今回初めていろいろ調べてみた程度なのであまり語れないんだけど。バ美肉とかは、すごい革新的すぎて興味持っている。みんなもっとチャレンジしてジェンダーの壁を軽率に越えるべき。

参考:おじさんを美少女化したテクノロジー 先端心理学が語る「VR世界

https://withnews.jp/article/f0180401000qq000000000000000W00g10701qq000017020A



おまけ2 社会学等の研究成果評価システムについて

1~2の派生で、千田氏の炎上から社会学などの研究成果評価システムにまで話が発展したのは大変興味深かった。

というあたりか。それぞれの分野に合ったシステムがあって、外野から簡単に口出せるものではないと思うが、若手の方々がより良い方向を目指して試行錯誤されているらしい、ということは分かった感じ。

参考:社会学では査読論文より著書を重視する文化でそれで学術クオリティが保たれるシステムもあるらしい?という話。

https://togetter.com/li/1274988

2018-10-11

大航海時代コロンブス日本を目指していた

あの時代日本発見されずに済んだのは、日本人にとって歴史上最大の幸運だったと思っている。が、しかし、その当時のポルトガルスペインが持っていたのは装填に時間のかかる火縄銃だったわけだし、日本刀があれば十分に戦えたのかなあとも最近思ってる。実際のところどうなんですかね。>歴史に詳しい人

大至急○○まで!!!釣りはいらねぇ!

自動車学校卒業検定だというのに、なんという事だろう、ぼくは寝坊してしまった。開始時刻は10時30分。9時にセットしたはずの時計は既に1020分だった。玄関から学校まではそれほど遠くは無いけれど、送迎バスや何やらで最低40分はかかる。絶望なのは誰が見ても明らかで、もちろん僕も、頭の中ではエンディングテーマが流れ始めていた。「諦めんなよ、どうしてそこで辞めるんだ!」どこからか声が聞こえた。僕の神、松岡修造だ。彼の暑いエールをまとめた音声を聞きながら朝から朝まで頑張って勉強留年危機を乗り越えて卒業した大学時代松岡修造がいなければ今の僕は無い。ここで諦めたら、それは神への裏切り行為だ。今日という日だって、「免許持ってないとか信じられな

い。」と言われても耐えてきた仕事の合間を縫って教習を受けながら、やっと漕ぎ着けたんだ。というか再検定で5000円かかってしまう。マンションの周りはタクシーの休憩場所になっている。急いで飛び乗ればチャンスは無くはないか・・?。ここまで起きてから約1秒。僕は飛び起きて手近なズボンを履きながら財布を掴んで家を飛び出した。かーちゃんに「なんで起こしてくれないんだよ!」と八つ当たりする暇もない。頼むタクシー、そこに居てくれ!と祈りながら全力で走り降りると、そこには幸運にも1台のタクシー。僕は飛び乗り、「ハァッハァッ!○○自動車学校まで、大至急頼みます!!!!」運転手は、ただごとではないと悟ったのかすぐさま発進させた。あとはこの人の技量に懸けるしかない。祈りながら運転を見ていると、この人は大当りだった。最短かつ最適なルートを、ぶっ飛ばして送ってくれた。抜け道路地を駆使し、驚くような速さで自動車学校へ着いたのは1031分。まだだ、まだ間に合う。1秒でも惜しい。メーターは1000円少々だったが、僕は2000円を渡し、「釣りはとっといてください!!」とバタバタ自動車学校へ走り込み、窓口のお姉さんに「あと1分遅かったらだめでしたよ。」と言われつつも無事検定を受けて合格することが出来た。まさか自分が「大至急○○まで!」「釣りはいらねぇ!」なんてセリフを使う日が来るとは思ってもみなかったよ。この件で僕が得た教訓は、「諦めたらそこで試合終了」というのは真実だって身をもって体感したことだ。この経験は今後も僕人生の支えになってくれるはずだ。みんな免許は取れるとき取っとけよ。

2018-10-10

anond:20181010164811

 [私]も骨髄移植を受けさせて頂いた者です。

増田さんの幸運を心より祈ります

 

骨髄移植進歩日進月歩ですので、[私]が受けた時よりも医療進歩している事を祈ります

[私]はフルマッチの方も数名おり、更に細かい遺伝子の一致率が最も高い方がドナーになって頂けたのですが……。

そのミスマッチの方々の中でも最も相性が良さそうな方が協力して頂ければ幸いですね……。

 

 

とは言え、はてなユーザーは「618万人」らしく全員協力して頂けるのなら単純計算で6人のフルマッチが居る筈です!

 増田は輸血の経験が有り登録する事は出来ません。口惜しいです……。

 

 

抗がん剤との相性が良い事。これからの待つ生活が少しでも安らかなものになるように祈ります

 増田は、既に今年のインフルエンザワクチンが出荷されているようなので、それを打ちますし。

風疹流行っているようなので、風疹ワクチンも打ちます

 それで少しでも 増田さんの安全に貢献できれば良いのですが……。

 

重ねて、ご幸運と安らかな生活祈ります

https://anond.hatelabo.jp/20171110205203

[]若おかみは小学生!

若おかみは小学生!』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨です。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向け。またこ作品書籍漫画版アニメ版あるけれど、それらは横に置いといて映画の話します。

総評

これは120点っすな。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」なので、「見れて大満足! もうちょいお布施したい」でした。

演出とは裏腹に内容的にはかなりヘビー(というのを見越して爽やかで明るい演出を用いていた)なので、児童文学原作でお子様向け痛快娯楽活劇とは言い切れないんですが、個人的にはクオリティさえ伴えば子供を思いテーマや悲しい作品でぶん殴ってもええやないか、いてもうたれ、子供ってのは子供なりに受け取るんだ派なので、クオリティでぶん殴ればいいと思いますふるぼっこドン

この映画に関してはTwitter児童労働がどうのこうのという話もちらりと耳にした程度で事前情報収集もなく見に行ったんですが、そういう物語じゃなかったですよ。

喪失を乗り越えるという話

じゃあ、どういう物語だったかといいますと、大きく2つの柱が絡み合うストーリーでした。それは大きなテーマで言えば「喪失を乗り越える」と「自分自身と居場所を見つける」という話。

初っ端から重いですが、主人公である女子小学生・関織子(通称おっこ)は、本作冒頭の交通事故において両親を失います。もうこの時点で軽い話になりようがないわけですよ。にも関わらず事故被害のシーンはグロカットされ、葬儀とそれに続くドタバタのシーンも描写はされず、おっこは新生活の場であるところの、祖母の営む温泉旅館「春の屋旅館」へと向かいますトランクひとつ持って別に落ち込むわけでもなく、ちょっと大変なだなあくらいの顔色で一人旅をして、到着し、新しい部屋(いままでのマンションとは違う昭和的な和室)を与えられ、転校して新しいクラスメイト挨拶をして、ひょんなことから家業である温泉旅館を手伝うことになります

若おかみは小学生!』って言うタイトルから当たり前ですが、こうして女子小学生おっこの若女将修行生活が始まるわけです。

「春の屋旅館」がある「花の湯温泉」は歴史のある温泉街で、古都然としたまちなみに浴衣姿の観光客が歩く割合賑やかで、カラフルな町です。この辺音楽美術演出あいまって、しみじみと明るく暖かく描かれていて雰囲気良いですね。美術レベルは高かったです。

でも、この明るく爽やかなあたりが(とうぜんそれは演出意図に沿ったものなんですが)、ある意味ホラーでもあるわけです。

小学生児童にとって、両親を失うというのは、最愛家族を失うということであるのみならず、加護者も生活基盤も導き手も失うということです。もう、それは世界崩壊かいレベルでの悲哀なわけですよ。

にも関わらずおっこはそこまでの苦しさを見せない。両親を思い出してちょっとうつむくことはあっても、笑うし、日常生活を送るし、新しい出会いにも前向きでいる。それはよく考えればとてもとても異常なことなわけです。

異常なおっこの新生活は、やはり物語後半に向けて徐々に破綻してゆきます。「両親がまだ生存していて自分と一緒に暮らしている」という幻想を何度もみてしまうおっこは、あるシーンにおいて事故の原因となった(もちろん別のですが)大型トラックを見て、事故フラッシュバックから過呼吸になってしまう。おっこは、両親の喪失という悲しみを乗り越えたわけではなくて、ただ単に今まで封印をして日常生活を演じていたに過ぎなかったわけです。

あらすじなんかにおいて本作は「主人公おっこの成長を描く」なんてサラリと書かれているわけですけれど、それは不誠実な欺瞞であって、おそらくおっこの身になってみれば、それは成長じゃなくて引きちぎられてバラバラにされてしまった自己の修復というサバイバルなわけです。失った何かから目を背けて、決定的な破綻をしないようにごまかしながら疾走するというのが、この物語の前半部分でした。

自分自身と居場所を見つけるという話

そういう意味で、おっこが若女将をやるというのは、児童労働とかそういうレイヤーの話ではないのです。両親を失って加護者も生活基盤も支えも失ってしまったおっこにとって「いまできるなにか」に必死に飛びついて自分を騙そうとしていたとも見ることができます祖母である旅館経営者(現女将)の後継者問題という、旅館側の都合があったにせよ、おっこが旅館雑務に飛び込んで笑顔で充実していく背景にはそれがあるはずです。

事実おっこの若女将雑誌に取り上げられて評判を呼ぶという広告的な価値はあったものの、従業員としてみたとき、お客さんに感情移入しすぎて夜闇の中に駆け出すなど(一般的社会人価値からすれば)行き過ぎな面もありました。

でもそれも仕方がないと思うのです。両親という生活基盤を失ったおっこは、同時に目指すべき将来の自分像も失っています。「将来こういう自分になったらいいな」です。その空隙を、目の前に提出された安易な「若女将」で埋めてしまったわけですから、その意味では、おっこの若女将労働としての若女将ではなく「若女将ごっこ」でもあって、つまりはある種の自分の居場所探しなわけです。

たとえおっこ自身がそれを言語化できるレベルで気づいてなかったとしても、まだ収入もなく住む場所自分では決められない小学性にとって、他にできることなんて事実ないじゃないですか。それはせめて居場所を獲得するという生存努力です。

おそらく祖母はそのおっこの悲痛に気がついていて、周囲が無責任に「若女将誕生!」とはしゃぐなかで、決して自分からは手伝え、継げとはいいませんでしたし、おっこの労働危惧してた素振りも見えました。経営者として「子供接客なんてさせられない!」と拒絶することもできたでしょうけれど、おっこから女将をとりあげて、じゃあ不安定彼女精神に何をしてあげられるかと言えば何もない。だから黙認しかないわけです。

だいたい「自分自身と居場所を見つけるという話」なんてもの現代社会において、大学卒業して就職して一年二年経った青年が、俺はどうやらこういう方面には我慢が効くがこういう方面は苦手だぞ、どうやらおれはこういう仕事とこういう人間関係の中でなら生きていけそうだ――みたいなのをやっとこさやるものなわけで。そんなものを、小学生が引きちぎられるような喪失を乗り越えるのと二正面作戦でやるのは無茶というものです。

そういう意味では、周囲の大人たちはもうちょいどうにかフォローしてやれなかったのかよ、とも感じるんですが、でも逆にそれこそ大人視点傲慢物言いであって、大人だろうが子供だろうがどんな人間でも自分自身の心の中の悲しみや未来とは、自分一人で向き合うしかないというのも一面の真実です。

おっこは画面上の軽やかさやおっちょこちょいさに隠されがちですが、実は誇り高い女の子です。特に自分が設定した自己目標に対しては愚直なまでに誠実です。だからこそ、宿泊客のために対立している真月に頭を下げて教えを請うこともします。その実直さが両親を失うという危地の中で彼女孤立してしまった原因だし、それが巡って彼女の味方を増やす原因でもあったのは素敵だったと思います

ふたつの話の交差点

おっこは「喪失を乗り越えること」から逃避して、目の前のロールである女将に飛びつき、そこで必死に働くことによって苦しかった過去ある意味塗りつぶそうとしたわけですが、その逃避が「自分自身と居場所を見つける」ことにつながってゆきます

幾つかの出会いがあって、目指すべき未来のヒント、ロールモデル出会います。たくさん登場人物がいるのですが特筆すべきなのは三人でしょう。

まずは旅館女将である祖母。登場シーンは少ないのですが、彼女個人人格職業倫理が融合してしまったあの佇まいは、今は亡き母経由もふくめておっこの誠実さの根っこのように思います職業倫理がついには人格化しちゃうって、昭和的な善人のあり方としてすごく共感できるんですけど、今の時代では流行らないのかもしれないと思ってちょっとロリしました。

二番目には、おっこの同級生、秋野真月(大旅館の跡取り娘、通称ピンフリ)でしょう。この娘は小学生女子なのですが、広い視野旅館業と湯の花温泉京の未来を見つめていて、顧客に対して誠実であろうという、幼いながらある種の達人系キャラです(傲慢物言いをする残念キャラでもあるのですが)。この娘と同年代として出会うことができた、ライバルとして対立したり和解したりできた、というのはおっこを取り巻く幸運の中でも格別のものでした。彼女との交友は、悲痛から逃げ出して飛びついた「若女将ごっこ」に、その内実の精神性を加えて「本当の若女将」へ進化させてくれたと思います

(余談&劇中では語られませんが、温泉郷に住まう子供の中でも誰よりも本気で町の未来について抱え込んでしまってる真月の孤独にとって、その孤独の闇に現れて、自分の高さまで登ってくれると約束してくれたおっこの存在は、想像すると涙がこぼれるものが有ります。真月からみてもおっこは救いであったと思うし、そうだと良いなあ)

三番目は宿泊客である占い師グローリー水領です。長い黒髪をたなびかせたこ宿泊客は、都心部事務所を構える凄腕の女占い師なのですが、私生活での失意から「春の屋旅館」で飲んだくれ生活をしています

抑制的な演出描写される彼女鬱屈をおっこはどうにかして励まそうと、浴衣を着たことのないという彼女着付けを手伝います浴衣経験のそんな彼女艶姿におっこが感嘆した感想が「格好いい!」でした。

ものすごくさり気ないシーンだったのですが、それはおっこが喪失していた「自立した憧れるべき大人の女性像」を見出した場面だったんじゃないでしょうか?

私生活で辛いことがあっても他者に当たらず、それどころか宿泊先の幼い従業員おっこに気を使っておどけてまで見せる。グローリー水領はおっこ視点では「素敵な大人のお姉さん」です。その素敵な年上のお姉さんに、「可愛い」でも「素敵」でも「綺麗」でもなく「格好いい!」と小さく叫んだおっこに、少し泣けました。お洒落で(←女子小学視点では重要です)、颯爽としてて、自立をしてて、視線を合わせて話してくれる。そんなお姉さんはおっこにとってどれほど輝いて見えたことでしょう。暗闇の中で我武者羅に迷走していた、それでも笑顔だけは守っていたおっこにとって、それは小さな灯火で「未来自分」「目指すべき形」です。

祖母の言う「誰も拒まない花の湯」、同級生真月のいう「客を癒やすレストスペース」、女占い師自分仕事を「他人を励ます仕事」だと評したこと。それらは全て本作テーマに重なるパラフレーズです。そしてそういう人々の輪の中に、自分も入っていける。癒やしたり癒やされたりしながら前へ進んでいくコミュニティの一員になる。「若女将」という「自分自身と居場所を見つける話」は、おっこにとっては生存努力であり逃避だったわけですが、それを誠実に、ごっこから実体にしていくのならば、結局逃げていた「両親の喪失という苦しみを越えていく」につながっていくのだ、という脚本はすごく良かったです。

別れ

ここまで触れてませんでしたけれど、おっこには霊感があるという設定で「春の屋旅館」にきてから騒々しい幽霊少年やおませな幽霊少女出会い、励まされています。両親が今でも生存していて日常は壊れていないという幻想に悩まされていた頃おっこを支えていたこ幽霊たちですが、物語終盤でおっこから見えなくなってしまうという形で別れが示唆されます

でもそれは、おっこが人間社会のなかで居場所確立した――七つまでは神のうちといういわばまだ神様たちの一員であり神楽の主役でもあったおっこたちが、社会の中で着地して、痛みも悲しみも乗り越えていく季節がやってきたのだというエピソードです(おそらく魔女の宅急便黒猫ジジが喋れなくなる、も同様の構造ですよね)。

見終わってから気づいたのですが、この作品幽霊や鬼たちは、幼いおっこが空想したイマジナリーフレンズだとしても物語が成立するように設計されています

おっこは自分の中の勇気かしこさと一緒に自分の悲しみと戦った。「春の屋旅館」はその舞台であり、若女将はおっこが戦うための姿だった。

すべてのフィクションファンタジーなので現実視点を持ち込みすぎるのは野暮というものなわけですが、今後おっこは中学入学卒業して、大学はともかく高校くらいは出るはずで、一人前になるまで十年近い時間があります。(このお話のおっこは絶対旅館業一筋だと思うのとは別に一般化するのならば)そのなかで、旅館から離れるかもしれない。現実に寄せて考えるならその可能性は高い。

でもそんなことはおっこの戦いとそこで得たものとは関係がないわけです。おっこは若女将というコスチューム身分を手に入れたわけではなく、戦いの中で手に入れた人間関係自分自身がある。将来どこでなにをしようと、おっこの手に入れたものが曇ることは二度とない。それがこの映画の中心であって、それは児童労働とかそういうのではなく、もっとパーソナルで尊いものだったと思います

ps.おう真月ちゃんパート書き足したで!

2018-10-09

anond:20181009155650

ハーケンクロイツナチス党の党のシンボルでしたが、旭日にはそのような政治的意味はありません。

これは航海の無事と漁の成功を祈るための伝統的な意匠で、19世紀日本海軍軍艦旗として使用されました。

旭日旗は大日本帝国海軍シンボルでしたが、ハーケンクロイツにはそのような政治的意味はありません。

これはヨーロッパ幸運を祈るための伝統的な意匠で、20世紀ナチス党旗として使用されました」

というくらい意味不明だな。

韓国さえも2011年までは旭日旗を拒絶していませんでした。

ちょっとググるだけでも2011年以前の旭日旗に批判的な記事が見つかるんだから

こういう嘘はやめといたほうがいいと思うぞ。

症状が病気だという幸運

病気バグ

病気じゃない=体の仕様

 

バグなら治る可能性がある

医者から仕様です」って言われたときは切ない

2018-10-04

旅行のはなし

そう、2か月前頃に

彼氏と一週間旅行するんだけど、嫌いにならないか心配~~」

って投稿した増田です。

結局喧嘩、一度もしませんでした。

なんなら旅行中、ずぅっと好きでした。

びっくり。

ありがとう幸運を祈ってくれた方々。

ありがとう四国

ありがとう彼氏


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淡路島バーガー(たまねぎ、ほんとーに甘くてさくさくしてて大きかった)

・鰹の刺身(たたきも美味しかったけど脂を感じて好みでした)

山越うどん(うどん県、Googleマップうどんのお店見るとほぼ星4以上あるの笑いました。うどんおいしいね!)

明石焼き(大阪にて。とろとろのたこ焼きもとってもおいしかった~)

美味しさの感性は人によって違うこともないかなと食レポにて四国宣伝を致しました。

ぜひ。

感情の整理。

なんでこんな日記を書こうとしているんだろうか、私にもわからない。

何故なら私ははてな匿名ダイアリーというものがびっくりするほど嫌いだからである

言いたいことがあるなら名乗れ。名乗れないようなことはネットに書くべきじゃない。

そんな考えの私がこうやって筆を執ってる?のだから相当異常なのかもしれないですね。

おそらく自分感情の整理のために書くんだと思います

これが真のチラ裏

あ、文章を書くのがびっくりするほど苦手なので読みにくかったらごめんなさい。

願わくば誰の目にも触れないことを願っています。まぁネットの海に流してしまった以上無理だけど。


結論からいうと「自分クズ過ぎて消えたい」ということです。

ここから先くっそ長いので結論だけ知りたい人はここで帰ってもらって結構です。


私はとある地方国公立大学に通う4年生です。

無事に就職先も決まり、あとは卒業するだけです。

理解ある親の元で育ち、少ないながらも友人がいて、趣味もあって、そっちの方面の友人もいる。

なんなら趣味関連では二次創作一定の評価は得ています

まぁここまでくれば人生順風満帆のように思えます

びっくりするほど運動できないし、顔面偏差値25だけど。

どこから話そう。

筋道立てて話すのが苦手なので、箇条書きでばーっといきます

まぁ箇条書きの一つ一つが長いんだけど。



・私は他人と比べると本当に脆いんです。

何でそんなことでへこむの?というところでへこむ。

みんななら耐えられるところで挫折する。

努力のやり方がわからない。

おまけに体力もないからすぐに疲れる。

・だから周囲が「つらいことあっても耐え抜いて乗り越えて今がある!」

みたいな感じなのが眩しすぎて。

「それに比べると自分は実際なにも頑張ってないからつらいなんて言えない」

これ、本当は頑張っている人が吐きがちな言葉だと思うんですけど

実際私本当に何もやってないんです。無。

もう周りが普通に生きてることが眩しくて。

いや、普通って何?ってなるけどさ、その普通すらろくにできてねーんだよこっちは。

自分というパーソナリティに一切の希望見出していない。

周りの環境に恵まれたからここにいるだけ。

中学校の頃から何かが崩れ始めて、リスカもしたし、小児精神科に通った。

そのころ幸運なことに勉強だけはできたので割かし偏差値上位の高校に入った。

高校勉強に関しては落ちぶれたものの、運よく地方国公立大学に入れた。

大学入って自分のやりたいことが揺らぎ始めて、途中であった実習で完全に挫折

この学問で食っていくのは無理だ、となった。

私の大学専門性の高い大学(かなり専門学校に近い)なので、周りも真面目な人、

優等生として生きてきて挫折とかしたことない人、逆に挫折まみれで傷だらけでも

何とか今日まで生きている人、みたいな感じの人が多くて、

そんな人たちと同じ環境にいるのが耐えられない。

あと、その学問と向きあうのがしんどくなって、実習報告書が書けなくなって、

去年の12月、休学しました。

・休学といってもかなり短いもの2月に受けれるテストはすべて受け単位取得。

4月には一応復帰という体を取った。

ただ4年前期はまじでゼミ卒論しかなかったので学校に行ったのは片手で数えられる程度。

いろいろあってゼミ選びを失敗し、教授とひたすらそりが合わない。

そのため顔を合わせることもしない。

卒論で何やりたいかからないまま今に至る。1文字も書いていない。

ていうか卒論という言葉すら聞きたくない。

教授の顔も見たくないし、何なら名前も見たくない。

10月、休学中に取りこぼした単位を取るために本当は学校に行かなくてはならない。

この単位を落とすと、卒論を出さないと、留年

うちの大学留年はかなり少なく、学年でも片手で数えられるかなレベル

しか留年後に卒業できる率がかなり低い。ほぼみんな中退

学歴高卒で働いて食べている人が世の中にいっぱいいるのは知っている。

ただ私の周りには大卒・専門卒しかいないため、高卒で働いているビジョンが、見えない。

・このような状況にもかかわらず、大学に行けない。

何でだろうね、行けばいいじゃん、卒論も書き始めればいいじゃん、って思うのにね。

思うだけでどうして行動に移せないんだろう。あーあ。

学問に向き合うことすら嫌だ。

ほら「嫌だ」って感情論でわがまま言ってちゃだめでしょ私。

ちなみに定期券の期限は切れた。履修登録もしていない。

これもう行く気なくない?笑

・この状況を親にとても言えない。

まず留年なんて、口が裂けても言えない。

理由は何て言おう。卒論が書けそうにない?そんな馬鹿なことを言えるか。

また休学なんて、申し訳なさすぎる。

企業からもらった内定はどうするの?

学費は?国公立から比較的安いけどそれでも大きい金額だよ?

また休んでも、どうせ同じことの繰り返し。

また就活するの?就活向いてないよ私。

そもそも人間として呼吸するのも向いてないけどな!あはは

・このまま生きているのが親に申し訳ない。

お昼に起きる私にお昼ご飯を買ってきてくれる親を見ていると自分が情けなくなる。

親に対しては「私を産んでくれてありがとう」という感情

「なんで私なんか産んじゃったんだよ」という感情がある。

こんなこと思う自分が嫌で仕方ない。

・すごくわがままなのかもしれないけれど、

今持っているものをすべて捨てたい。

でもなにかやり直せる気もしない。

・世の中の人間まじで自分人間やめた方がいいって思わないのかな?単純な疑問

・すごく病んでるように見えるし「もう病院行った方がいいのでは?」とも思うかもだけど

食欲もあるし、人と会話もできるし、好きなソシャゲプレイしてる。なんならバイトも行ってる。

何の問題もない。むしろ何の問題もないことが怖い。

・私を見ないで。

私という存在をないものにして。

こんな人間存在することが世間申し訳ない。

頑張って生きている世の中の人に顔向けできない。




はいクズがひたすらわかりづらい文章をつづっただけでした。

自分でも書いてて意味わかんなかったもん。

たぶんこれ絶対「ならさっさと死ね」とか「行動に移せ」とか言われるんだろうな~~~~~

まぁそんなもんだよね事実だし!

からといって慰めの言葉もいらない。

もっといっぱい書きたいことはあるけど頭の中がぐちゃぐちゃしてきたのと、

これ以上綴ったらもっと支離滅裂になりそうなのでやめます

時間も4時になったし。朝の。

ここ数年この時間にならないと眠れないんだよ。

とりあえず気の迷いがあってもいいように国家試験の申込だけは忘れないようにしないと。

明日はお世話になってる先生と先輩と後輩(どれも大学とは関係ない)とご飯から

「私」を装っていかなきゃ。心配はかけないように。



追記(2018/10/04 14:00)

こんなに見られると思ってなかった。やっぱりネットって怖いね

かれこれ15年以上ネット住民やって、一時期2ch(今は5chっていうのかな?)の徘徊もしてたのに!笑

私がはてな匿名ダイアリーを嫌いといったのには、私の趣味の界隈?で

愚痴があってはてな匿名ダイアリーに書く→学級会って流れがあってそれが嫌いだからです。

とりあえず今日は背負ってるもの全部忘れて先生たちとのご飯を楽しみます

母親へ。買ってきてくれたクッキー美味しかったよ。

2018-10-03

anond:20181002214303

マジレスだけど。

この業界、裸の仕事から足を洗うつもりで辞めても、やっぱりダメで戻ってくることも多い。同じ店に数年いたってことは居心地は良かったってことだから半年後ぐらいに同じ店にまた復活する可能性も高い。

もし、復帰して幸運なことにまた会えたらその時はLineを教えてもらおうよ。優しくて話が合うお客さんとは仕事の外でも会いたいと思うよ。

2018-10-02

人生も実利を追い求めるだけではなく厚みが必要だなという話

実利と厚みについてはこちら(anond:20180929234326


人生は実利(目先のお金)だけを追っているとジリ貧に陥ると思う。

実利を追ってる最たる例がしょうもないアフィリエイトブログだろう。

手っ取り早く見える形でお金にはなるかもしれないが、あんなことをやっても稼げる金額たかが知れているし、中々スケールしない。

仕事も実利。金額は安定しているがスケールしない。安定して飛行できるかもしれないが、それだけをやっていては低空飛行に終わる。


一方で人生の厚みとはなんだろうか。

友情コネクション)や自己投資等が、人生における「厚み」だと思う。

友情コネは思いがけない幸運を招いてくれたりする。すぐにお金にはならないかもしれないが、風が吹けば桶屋が儲かる的な複雑な事象は人との関わりを除いてはありえない。一人ではビッグムーブメントを起こすのは困難だ。

読書スキルアップ等の自己投資も厚みの形勢だ。すぐお金にはならないが将来においてきっと力を発揮する。

お金お金の形をしてやってこないのだ。わかりやすお金の形をしている物にはみんな飛びつき旨みはすぐなくなる。


投資という言葉最初に思いつくのは株だ。

しかし株は「厚み」とは言い難い。どちらかというと「模様」だろう。

模様は雲のようなもので、つかみ難い。地になりそうでならなかったりする。

株は大勝ちも大損ももたらす。

厚みに見えて厚みではない、キズだらけの大石に近いと思う。

この株を持っていれば安心だと思っても、思いがけない落とし穴があったりする。


やはり人生においての厚みは人とのコネクションと、自己投資だ。

これだけが確実な「厚み」となる。




あなたは厚み築いていますか?

私はコネがないのでまだまだです。

2018-09-28

シングルマザーである

一歳になる少し前の子どもを連れて離婚した。シングルマザー生活一種としてうちはどうなんだってことを書く。

元夫から逃げるときに都23区内で築40年1LDKの家賃85000円のアパート引っ越した。外観はボロボロだったんだけど中はリノベーションされててキレイで駅近で住みやすい。近所に激安のスーパーもある。水圧はなんか他の世帯と共有しているのかしょぼしょぼ。部屋は快適ではあったんだけど夏の間中毎日毎日ゴキブリが出ていたのがキツい。これ以上の部屋には家賃的に住めなかったし死ぬ思いで入った保育園をやめるわけには行かなかったのでここしかなかったとも言える。

私は普通会社員時短で働いていて年収240万円くらい、それに児童扶養手当などが支給されて月に5万円強もらってた。贅沢はしないので日々の暮らしはまったく困ってなかったけど、将来的には教育費などや老後が不安なのでお金は貯めてて現在8桁に届くくらいの金融資産がある。もちろん結婚からコツコツ貯めてたものが大半で財産分与に影響しないやつ。金融資産と書いたけど現預金:株式が8:2くらい。もっと貯めたいけどなかなか増えないもんですね。子どもが3歳になれば時短が終わってもっと働けるんですけど。

保険には医療保険ガン保険個人年金保険に入ってて死亡保障はなし。子どもには私と同じ個人年金保険に1歳から入れてて20年ほど払い込みを続けると解約返戻金が保険料の100%を超えるので、学資保険みたいなイメージで入れてる。保険はいろいろ見たんだけど同じような保険返戻率が断トツに高いのがP社でしたが他にいいの知ってる人がいましたら教えてください。老後が心配です。

離婚しようと思ったのは夫のモラハラがきついのとクラブ通い(本人談)の朝帰り子どもが産まれたにもかかわらず毎週続くことだったんだけど、シングルマザーになることを決心したのは子どもが認可保育園に入れた、結婚から貯金がある、が大前提でありました。これのどちらかもなかったら今でも離婚できてなかったと思う。幸運に恵まれたと思います

ちょっと下層に行くとシンママが増えると書いていた人がいたので書きました。確かに下層にきたのかもしれない。一人馬力と二人馬力では生活水準が変わってしまうし子ども側の選択肢も狭まると思う。私自身は子どもを愛しているし子どもと離れることなんて考えられないからこれからもなんとかしてやっていくつもりではあります

2018-09-26

高校生の娘とカービィカフェに行く喜びを隠し通せない親父の内緒日記

 1年と3ヶ月前の父の日に、高校生の娘とカービィオーケストラを観に行くという幸運https://anond.hatelabo.jp/20170619135108)に一生の運気を使い切ってしまったように思われた私こと娘の親父の内緒日記である

 昨年、カービィ生誕25周年の特別企画で開催されるに至ったと思われるカービィオーケストラだが、それも過ぎてしまい次の節目は30周年だろう。30周年と言えば2022年4月27日であり、すっかり娘は成人してしまっているので、さすがに親父と出かけるなんてことにはならないに決まってる。

 もはやここまでか、と物寂しい思いにふけっていた私に朗報が舞い込んだ。東京限定であるものの「カービィカフェ」なる飲食イベントが開催されるとのことだ。もちろんこの情報は娘が先に察知していたのだが、なるべく全種類を食べたいものの、メニューの種類が半端なく、一回でのコンプリートは望むべくもない、というのが娘の抱いた率直な印象のよう。

 かつ、この手のイベント料理は、それがサイゼリアだったら399円で供していたであろうパスタに対し、ちょっとしたピンクい小物を添えるだけで1500円に化けてしまうという、例えればプラレーラーがNゲージに片足を突っ込んだときに抱く感情と同質のものとも言え、つまり端的に言えば胃袋の空き容量に比例して財力も必要イベントなのである

「パパ、東京限定なんだけど、カービィカフェやるんだって

誕生日月の人にはコースターが貰えるんよ」

「予約制で、9月21日18時から予約開始なんだけど、10月某日(月)は平日だけど学校休みなんだ」

 カービィオーケストラ争奪戦経験しているので、事は理解した。連れて行ってやるから面倒な手続きクリアしたうえで軍資金を手配せよって意味だ。

 学校の友だちは、こぞって iPhone であるところ、同じものを欲しいとは言わないで、通話用の F801i に加えて 15000円弱の中華製のシムフリーな泥タブという二台持ち体制に満足してくれ、その泥タブに使う通信用シムだって、友だちらはキャリア謹製シムで「ギガが足りない」って声を揃えているところ、「メガが足りない」と愚痴をこぼしつつも殆ど 0sim の無料枠で賄ってくれているので、突発的なイベントに限って少々財布の紐を緩めるくらいは親として受忍すべきと認識している。

「分かった。。。」

 9月21日17時50分からパソコンの前に張り付き、18時と同時にひたすら F5 を連打しまくる任務従事するのだが、予約サイト側は Cloudflare を導入してるぽい割には全く繋がらない。チケピの客の9割がボットという話を聞いたことあるが、きっとボット達が動いてるに違いない・・・娘の誕生月は10月なので、10月分の予約争奪戦には決して負けるわけにはいかないのだ。

 とっさに Visual Studio を起動させ、新しいプロジェクトWindows フォームプロジェクトC#)を選択した。

 デフォルトで用意された Form1.cs に WebBrowser コントロールを貼り付けて、DocumentCompleted をフックし、WebBrowser にエラーぽいメッセージ門前払い)が出力された時に Navigate し直すコードを書いた。たぶん10分かからず書けたと思うが、アプリエラーなく直ちに起動した。

 突貫で作った割にはそのアプリは非常に効率よく、おおよそ2~3分門前払い突破したのだが、「上記の内容を確認しました」にチェックを打って「予約する」のボタンを押しても反応がないではないか相手サイト側)がきっと(少なくとも) UserAgent を見て WebBrowser コントロール であることを識別しているに違いない。

 UserAgent を偽装するコードを書く暇もないので、FireFox で F5 を連打する作業に戻った次第だが、平均2秒に1回は押していたと思うので、1分間に30回、つまりは計500~600回は押したであろう暁にようやく「予約する」のボタンが出現する画面に遭遇できた。門前払い突破できたら後はスムーズで、人数「2人」と娘が指定した平日の日付を指定した。スカイツリーから都心の”カタワレどき”を眺めて下りてきてちょうどいい時間帯をチョイスし、無事に予約成立。

 9月21日午後6時50分、私は無事にカービィカフェ10月分の予約争奪戦を制したのだ。

※当初は嫁の予定も考慮したのだが、どうにも合わない上に「勝手に行ってきたら?」だったことを書き添えておく



 東京旅行の準備開始である

 カービィオーケストラ大阪へは距離が近いこともあって日帰りで行ったのだけど今回は華の大東京である。前日が日曜日なので無理に日帰りに拘る必要もない。娘に聞けば、土曜日部活があるが日曜日用事がないとのことだったので「せっかくなので前泊して観光しようか」と打診してみる。

 この際、嫁の許可なんてものはどうだっていい。娘が行きたいと言えば、それが総てなのだ

 前泊するなら断じて横浜である

 みなとみらい山下公園中華街、そんなアーバン地帯へは嫁と行ったことがあるが、それが結婚前だったのか結婚後だったのか、更にはどこを回ったのか、昔のことすぎて全く記憶にないので、横浜は娘のみならず私にとっても新鮮であるに違いない。

 休前日はどこも予約で一杯だったが日曜の夜は空いていて、中華街に程近いロケーションツインを取れた。

 あとは、20年ぶりくらいに横浜ガイドマップを調べてコースを選定するのみ。当時はガイドブックだったが、今はインターネットがある。

 媒体が変わって、ページを開くかわりにマウスクリックするような時代にはなったけれど、ワクワク・ドキドキした感覚20年前と何ら変わっていない。

藤子不二雄はあまりきじゃないようだから川崎ミュージアムは喜ばないよな

カップヌードル博物館なんてものができたんかい

鎌倉ちょっと遠すぎ? 江ノ電とか乗ってみたくない??

八景島までなら何とかなるかな。

夜は中華だよな、だけどボッタが多いって聞くし、よくよく調べないと

 ちょっと白髪が増えたらしいけど、君が生まれる前のパパがここにいるんだよ。きっと気が付かないだろうけど。

2018-09-24

努力幸福関係

勉強に寄って上の階層に、という増田があるけど、努力をすることが本当に幸せにつながるのだろうか。

田舎母子家庭で育って、幸運なことに勉強ができたか国立大学院まで卒業して、外資企業就職してぼちぼち3年目になる。

自分の実力以上の給料をもらって、勤務環境も不満はないんだけど、それなりに難易度の高い仕事も降ってくるようになってきた。

それはある意味これまで努力してきた結果ではあるものの、正直なところ自分本心としては「お金はそこそこでいいから楽な仕事をしたい」ということに尽きる。

大変な上に給料も低い仕事も多いか転職もうかつに考えられないけど、毎日毎日仕事が嫌で寝るのが遅くなるし、なんとか週末まで生き延びるという感覚で毎週過ごしている。

こんなことになるんだったら中途半端勉強なんかできなければいいのに、とも思ってしまう。

けれどきっとそれはないものねだりで隣の芝生は青く見えるというやつなんだろう。

毎日頑張らないといけない環境がとてもしんどい

努力幸福関係

勉強に寄って上の階層に、という増田があるけど、努力をすることが本当に幸せにつながるのだろうか。

田舎母子家庭で育って、幸運なことに勉強ができたか国立大学院まで卒業して、外資企業就職してぼちぼち3年目になる。

自分の実力以上の給料をもらって、勤務環境も不満はないんだけど、それなりに難易度の高い仕事も降ってくるようになってきた。

それはある意味これまで努力してきた結果ではあるものの、正直なところ自分本心としては「お金はそこそこでいいから楽な仕事をしたい」ということに尽きる。

大変な上に給料も低い仕事も多いか転職もうかつに考えられないけど、毎日毎日仕事が嫌で寝るのが遅くなるし、なんとか週末まで生き延びるという感覚で毎週過ごしている。

こんなことになるんだったら中途半端勉強なんかできなければいいのに、とも思ってしまう。

けれどきっとそれはないものねだりで隣の芝生は青く見えるというやつなんだろう。

毎日頑張らないといけない環境がとてもしんどい

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