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はてなキーワード: 忙殺とは

2019-04-16

anond:20190416094119

総額が増えてるけど、事務経費とか運営費が削減されてるし、重要度の低そうな書類忙殺されて効率悪化してるじゃん。

2019-04-09

妻が面倒くさい

とてもマッチョ思考

子供のものはすべて手作りしないと気がすまないので、この既設は特に忙殺されていて不機嫌。

それに対して感謝しないと更に不機嫌になる。

それ、必要な頑張りなのか?"ための努力"になってないのか?

心情的には、「我慢して息を5分止められたよ偉いでしょ!」と言われたような感覚なのよ。

自分は既成品で良い派なのだが、提案すると一言目で即却下だし、二言目を発すると激怒で終わる。

自分は親の手作りからありがたかったとか思わなかったし、

それで不機嫌不健康になるくらいなら既成品買って余裕を持ってくれたほうが、

子供としても有り難いよね?

2019-04-05

大学に進学した直後なのに「大学教員になりたい」という学生がいて閉口している。

親が大学教員なのかもしれないが、わからない。

こんな学生が1人だったら、「意識の高い変わり者がいる」で終わるのだけど、なぜか複数いる。

新入生なんだけど、今まで大学研究機関の何を見て、どういう考えに至って、大学教員になりたいと言ったのだろう。

まず教員になりたい、というのがわからない。大学教育業務をやりたいということなのか?研究をするのではなく教育をしたいということか?まだ大学の授業も受けていないのに?

かい話をすれば、うちの教員は全員研究所属で、研究業績がなければ採用もされないし職階も上がれない(教育業績はあまり加味されなくなった)。才能があるのにテニュアが決まらないポスドク教育忙殺されてテニュアトラックに乗っても論文が書けない大学教員精神を病んで論文もかけず研究費も獲得できない研究員を山のように見てきた。

そんな多くの屍の上に、大学教員ポジションがある。そんな覚悟も現状もおそらく知らない無垢な新入生達に、天真爛漫に「大学教員になりたい!」と言われたので、面食らっている。

なるな、とは言わない。

でも、なりたいうちは、絶対になれない。

大学教員はなるものではなく、「何かに対する探究心と熱量人一倍持った人たち」のうち、運が味方した人たちなのだ

そしてそんな人たちも、大学教育学内政治に関心がなければ、リタイアしてしまう。大学教員大学運営できなくなって、立ち行かなくなった大学もある。

から大学教員になりたいとか、変なことを言う前に、自分の夢中になれる大好きなことをまず探してください。

そして、それが国が税金を払って進めたいもので、あなたがそれについて国内で最もよくわかっている人間だと認められたら、研究所の研究員や、大学教員になれると思います。いや、自然にそうなるのです。

大学講義を受けたり、学びを進める上で、大学教育問題があって自分がぜひ解決したいと思うようなら、大学教育研究する大学教員になってください。

そうでないなら、民間に行った方が数倍は楽です。求めている人がいるなら、お金はもらえるはずです。

肩書きの聞こえの良さだけで、何者かになりたいというエゴで、どうか自分人生を潰さないように。

入学おめでとう。

2019-03-31

全然全くモテないけど、私も30過ぎたら結婚してマンション買ったり子供産んだりするのかな〜」と高校生の頃までは夢想してた

現実は、

大学四年間男女比7:3の学部だったにもかかわらず男子ほとんど喋ることな卒業

インフラ系のIT企業就職したら自分以外全員男の職場に配属されたもの仕事の話以外一切することな仕事忙殺されるまま連勤残業まみれで精神病んで休職から退職

なんとか派遣契約で二社ほど渡って三十半ばでようやく正社員として事務系の仕事に就いた

女子校育ちでもないのにこの年までほとんど男性と会話することなく来てしまった

容姿にも性格にも能力にも恵まれなかったんだなぁ…ってしみじみ思う

なんとなーく想定してた将来が来ないことはよくわかったけど、その分この先の自分の将来どうなるのかが全く分からない。

今の職場女性ばかりの部署だけど、ドラマの話とかイケメンの話とか、恋愛の話とかばかりで居心地がものすごく悪い。

みんな悪い人では無いけど、恋愛したことないし、お金なさ過ぎてテレビ買うお金も毎月のNHKお金払う余裕もないかテレビも持てないし、そもそもコミュ力なさすぎて全く話が広がらない。

オタク友達がいるけど、常に好きなアニメ漫画の話で楽しそうだし、趣味が合う友達を作ってはイベント出かけたり聖地巡礼旅行したりして、毎日モチベーション高くてすごいと思う。未婚の子も、彼氏の有無は分からないけど、ある日突然結婚するからって紹介されても驚かないと思う。

趣味があるとか、好きな人がいるとか、毎日楽しく思うことがあっていいなぁとよく思う。

気分が落ち込むことはあっても、気分が高揚するような何かを持ってなくて、本当につまらない人生だなって思う。

毎日淡々仕事して、ご飯食べて、風呂入って、布団で友達SNSニュースサイト眺めて寝るだけ。時間が有り余ってて平日も毎日10時間くらい布団にいる。

友達からは、その暮らしは流石にどうかと思う、って言われて彼女たちの好きな作品を「とりあえず見てマジでいから」って勧められてとりあえず見て、面白かったけど趣味として何かしたいほどの気持ちが湧かない…っていうのを何度も繰り返してる

彼女たちとしては、ハマらなくても良いけどとりあえずストーリーキャラクターを把握して自分の話を聞いてほしいということみたいなので別に私がハマらなくても良いらしいので私の暇つぶしにはなってる

一時期はネット婚活サイトにも登録してみたけど、自分父親に近い年齢の人からしかメッセージも来なかったし、自分からアクション取りたいと思う人も見つからなかった。どういう人ならアクション取りたいかって言われると困るけど…

そもそも、30過ぎたら結婚するものらしいからとりあえず結婚するための行動を取ってみたけど、何のために結婚するの?結婚してなにをするの?ってのが全然イメージできなくて結局半年くらいで婚活も辞めてしまった

繁殖もしないし、やりたいこともないし、生きてる意味ないよなぁ

昔読んだ自由自殺できる仕組みができた世界の話みたいに自由自殺できたら良いのになぁ(小説の内容は自殺自由にできる世界って最高!っていうのとはむしろ逆なんだけど)

何して生きてったらいいんだろうなぁ…

anond:20190331130352

妊娠したら退学させられるのが日本高校

それがたとえレイプであっても。

高認あるとはいえそのまま出産子育て忙殺される予定(親、旦那が当てにならない)ならたしかにその通りだな。

2019-03-29

東大情理システム情報学専攻の放置&雑用系人気研究室で2年間過ごして

はじめに

 ブラック企業という言葉市民権を得てしばらく経ちますね。毎年、ブラック企業大賞なるものが発表され、だれもが聞いたことのあるような企業が名を連ねます。それに対し、ブラック研究室という言葉も有名なものの、どこの研究室ブラックだとかいった情報大学内部の学生でないとなかなか知りえないものがあります。ましてや研究室の内情は所属している学生しか分かりません。

 今回は、そんな研究室の中でも異質なケースとして、自分修士課程の2年間過ごした研究室の話をみなさんに紹介したいと思い、筆を執りました。必ずしも拘束時間が長く、人格否定を行うような研究室けが悪い環境ではないということ、メディアなどでよく見かけ、有名で人気な研究室が良い環境であるとは言えないということだけでも皆さんに覚えていただきたいです。後進の方々の研究室選びの参考に少しでもなれば幸いです。

研究室運営問題点

 初めに、研究室運営面について書いていきたいと思います

 第一に、とにかく人員が不足していたというのがあります。まず、先生(教授講師)はあまり研究室にいませんでした。先生たちは予算の獲得や大学内外の事務に追われるため、多忙になります基本的助教研究員博士課程の方が下の修士学士課程の学生の面倒を見ることになります。これだけなら普通なのですが、先生が後先考えずにどんどん仕事を受けてしまうことにより、プロジェクトに対して人間が足りていない状況が常に生じます。(先生曰く「断るの苦手なんだよね~」とのこと。)その仕事研究だけではなく、各メディア取材研究室見学など多岐にわたります自分研究室に配属されて一年は、講義を受けるほかに、(詳しくは後述しますが)研究室の立ち上げ用に物を発注したり組み立てたり、見学対応をやる日々で、ほとんど研究はしなかったように思いますさらに、月一くらいの頻度で(今はだいぶ減りましたが)先生のお友達を呼んで講演兼パーティーをやる準備や、先生の思い付きで増える仕事などに日々忙殺されていました。また、インターンアルバイトといった形で外部の学生を呼んで研究してもらうこともあり、その人達雑用をする義務はなくお金をもらいながら成果を出していたのに対し、学費を払っている学生雑用に追われるといった状況もありました。事務スタッフ教授所属している社団法人経理をさせられたり、共同研究先の企業から出向(?)の形で来てた研究員の方も、後述の巨大予算運営周りの仕事をやらされたりとひどい状況でした。

 第二に、新設の研究室で、研究を行う環境づくりをゼロから始めなければいけないことがありました。これは事前からわかっていたことではありましたが、自分想像以上の大変さでした。情報系の研究室なんて机と椅子PC発注すれば、あとは個々人の研究に応じて必要ものを買い足していくだけだろうと思っていました。しかし、先生方針で、リビングラボという生活空間研究室が融合したような形態ラボ運営することが決まっていたため、それを満たすような研究室の構築に修士最初一年は消えました。なぜ一年もこのようなことをしていたのかというと、9月ごろに先生とある巨大予算を獲得し、学生スタッフを増員するとの方針キャンパスを移動することに決まったからです。一度ゼロから作り上げた研究室をもう一度ゼロから作り上げることになりました。自分としてはキャンパス移動ですら最初に聞いていた話と違うので、とても不満に思いました。通学時間10倍以上増え、それだけでも大きな負担となりました。(授業は元のキャンパスでやることがほとんどで引っ越すわけにもいきませんでした。)

 このような状態でまともに研究が回るはずもなく、助教自分所属する学科・専攻で博士までとった唯一の人)はやめてしまいました。そこから、特任研究員の方に学生指導仕事が集中します。(本来、特任研究員助教とは違い、学生指導ではなく自分研究に専念するという名目雇用されます。)そして、社会人博士の方がその有能さゆえに研究室内の仕事を一手に引き受けこなしてくれたおかげでなんとかなっていた(?)のですが、当然彼らも自分研究は進みません。

 第三に、教授講師間でうまく連携が取れていなかったようにも感じました。二人とも物事放置・後回しにしたり散発的に進んだりと、計画性とは無縁の進行でした。ミーティングでもその場の思い付きのアイデアで話を発散させるばかりで収束には向かわず学生はどうしたらいいか当惑することが多かったです.

 さらに、二人の共感性の低さも研究室内の人間関係に大きくヒビを入れていました。特に事務の方々への接し方や飲み会の席(講師は酒を飲まないので主に教授ですが)での学生に対する発言は聞くに堪えないものがありました。(詳しくは後述)

 また、学内の期限(修論題目の提出など)を過ぎてから学生に通知したりと時間・期限に非常にルーズでした。そのことを詫びる様子もなく平然としている様子も腹が立ちました。その結果、学生事務員が期限を守らない印象を外部に与えていたのではないか懸念しています

 オーサーシップ周りに関しても不満が残りました。これは自分ではないのですが、大して面倒を見てたわけでもないのに、camera readyになって急に講師が「見るからオーサーに載せろ」と主張してくることがありました。 教授ゴーストオーサー常連からかそれには強く言わず結果的に受け入れられる形となりました。学生側としては教員陣の命令に背くわけにもいきませんしね。(この話に関しては、この研究室に限らず、分野としてそういう傾向があるのかなあと思います。他研究室の話は詳しく知りませんが。)

 このように研究室としての体を全くなしておらず、自分を含め最初3人いた同期修了出来たのは自分だけで、1人が休学、1人が留年という形になりました。(もう一人修了者はいますが、別の研究室がなくなった結果移ってきた人です。)

教授人格面との不適合

 次に、研究室の主である教授性格が合わず人間として尊敬できなかったということについて話したいと思います上司と合わないということはよくあることだと思いますが、よくあることだからこそ、記しておきます

 初めに、衝動的な発言暴言が多く看過できないということがありました。衝動気質に相まって、酒癖の悪さがそれを助長していました。例えば、論文を提出できなかった学生に対して「負け犬じゃん」といったり、昔自死した学生に対して「勝手に死んだんじゃん」などといったことがありました。(なお、これらの発言学生職員に窘められ即座に撤回しましたが、そう思っていたという事実は消えないと思います)。その他にも配慮のない発言が多くありました。

 また、自己顕示欲の強さとマウンティング(いわゆるイキり)が挙げられます。「君たちは潤沢な資金のあって、待遇のいいこの研究室に来てラッキーだ」などといった身内へのイキりを聞いた時は、上で書いたような現状に疲弊していた自分感情を逆なでするのには十分でした。また、自分は偉く、自分が言ったことはどんな無茶でも通ると思っているきらいがあり、無茶な予算申請事務の人を疲弊させることが多くありました。それにあきれ果てた事務の人が次々とやめることがあり、その結果事務仕事が逼迫することもありました。怪しい予算の使い方をしていて、機構の人に怒られたみたいな話を聞きました。大学に目をつけられているのはいわずもがな。

 内弁慶というわけではなく、外部の人間に対しても自分を良く見せようとしていることが多く、鼻につくこともありました。自分にはこのような先生の在り方が、いわゆる口だけの軽薄な人間に感じられてしまいました。いい環境を作りたいとは口では言いつつも自分は何もせず下の人間が苦労したり(「然るべきとき然るべき場所」というアイバン・サザランド言葉をよく引用しますが、これが「然るべき場所」なら笑止です。)、自分は人脈のハブだといいつつスタッフをなかなか引っ張って来れなかったり(前の大学にいるときこの業界で悪評が立ち、人が来たがらないとの噂)とあきれかえることが多かったです。他にも「教育が最優先」と口では言いつつも後回しにしたり、下の人間に任せているようなことなどとにかく「口だけの人間」というイメージです。隔月で1回20分ほどの面談教育したということなのでしょうか。

 専門用語拡大解釈して援用することで知識人を気取るようなスタンスが多く見受けられたのも癪に障りました。例えば、「インピーダンスマッチング」という、高周波電気信号の伝送路において、入力と出力のインピーダンス電圧電流で割った値で直流回路では抵抗にあたります)を合わせるという意味言葉があります。この単語力学などでも用いられます(こういった多分野に共通する背景理論研究しようという思想を持っているのが我が学科・専攻です)が、これを特に理論的背景もなく「折り合いをつける」くらいの意味で使って、さも各分野に精通している感を醸し出すことに長けていました。他には「バウンダリーコンディション」とかもありますね。微分方程式で言うところの境界条件です。これを前提・条件みたいな意味で使います。(こちらについては検索すると若干引っ掛かりますが。)これらにツッコミを入れた学生は以降食事会に呼ばれなくなりました。自分に媚を売らない用済みな人間簡単に切り捨てるようです。こういった拡大解釈した単語を用いてアナロジーを使い、自分の分野に話を引き寄せるのは上手いなと感じていて、知識がない人を煙に巻いたうえで自分の得意技を披露するのは、非常に参考になると思いました。

研究分野との不適合

 3つ目に研究分野であるHCI研究(と研究コミュニティ)との不適合について書きたいと思います。これは研究室自体問題というより、自分との相性の問題ですが、研究に着手できなかった大きな要因のひとつです。

 そもそも自分はどちらかというと、巨大で合ったり高性能であったりするものを着実に組み上げていくのが好きで、アイデア勝負だったり、プロトタイピングといった手法だったりが受け付けなかったというのがあります(同じような人のエントリ https://swimath2.hatenablog.com/entry/2018/07/30/205255)。

 また、この研究分野は、一見役立たなさそうなおもちゃのようなものに、理屈をこねくり回して正当化させるのが多いように感じ(もちろんすべての研究がそうというわけではありません)、興ざめししまったのも要因の一つです。元々内向的性格なのもあって、自我意識などに興味があり、ならば「人に興味があるということであり、工学的なアプローチで人の研究をやれるのはこの分野だろう」という薄い理由で選んだのもあって、この不適合はモチベーションに意外と大きく関わりました。学部時代の成績は良い方で(必要進振り点はそこそこの学科でしたが、コース内ではトップクラスと周りには言われていました)院試第一希望で通りましたが、勉強ができるということが研究できるというわけではないという言葉を痛感しました。ただ、この研究室を選ばなければ、自分ももっと研究が出来ていたのではないかと思い、研究室選択毎日後悔しています

なぜ回避できなかったのか?

 それではなぜ、このような大きな問題点が数多く存在しながら、この研究室に進学してしまったのでしょうか?

 第一に、自分所属していた学科は、院試卒論研究室配属より前に存在し(実質4か月で卒論を書かないといけないのです)、自分研究および研究室への適性がいまいちからないまま、修士で進学する研究室を決めなければいけないという点が挙げられます。(一応研究室に配属されてプチ研究のようなことをするのですが、研究室生活とは程遠いので参考にするのは難しいです) それに加え、卒論研究室修論研究室別にするという慣習があり、卒論配属後合わないから冬入試を受けようというのも難しいです。

 第二に、サークルの先輩(同じ研究室ではないです)にこの研究室を勧められたというのがありますサークル飲み会の時に、同じ分野で研究をしている先輩に、「この研究室はいいところだし、一期生として面倒を見てくれる」と勧められたというのがありました。当時は若く、盲目的に先輩の話を信じてしまいました。悪い噂が流れてこないなら大丈夫だろうと。それに先生記事ネット上で見たこともあり、先生研究科学雑誌を通して知っていたこともありました。学科内でも新設の研究室に関わらず人気があり、これは安パイだろうと考えていました。今考えると人気・有名だから自分にとっていい環境だろうと考えるとは愚かなことです。(ちなみに、この先輩はD取得後うちの研究室内定を蹴り、他の研究室ポストに就くそうです。)

 第三に、一番重要ともいえる点ですが、上でも書いた通り自分大学では新設の研究室で、情報が流れてこなかったというのがあります。今思えば前の大学OBの方などに話を伺うなどをすればよかったとも思いますが、学部勉強サークルに追われていてそこまで気が回らなかったし、回っていたとしてもする余裕まであったかわかりません。しかしながら、新設の研究室に進学するというのは大きなリスクはらんでいるということはもっとしっかりと自覚するべきでした。これを読んでいる方でもし新設の研究室に行くという人がいれば、もう一度自分選択をよく考え直してほしいです。

最後

 ブラック研究室といえば、拘束時間が長いとか日常的な人格否定などがやり玉に挙げられやすいですが、最近では放置ブラックなどという言葉も耳にする通り、劣悪な環境というのは色々な形で存在しています。また、他人にとっての良い環境自分にとっても良いとは限りません。トルストイ著作に「幸せ家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」(望月哲男訳、光文社古典新訳文庫)との言葉を残しています研究室も一つのさなコミュニティであり、同じことが言えるのではないでしょうか。これから研究室に配属される人には慎重に自分の進路を考えていただきたいと思います。このエントリを通して構成員がみんな幸せになるような運営に変わってくれると嬉しいです。

 文字数制限に引っかかってしまったのでコメント追記します。長文で申し訳ないです。

2019-03-26

拡散希望】私はお酒が飲めません。どうか大麻を解禁してください。

お酒好きな人は、人生で何回、酒の席を経験するのでしょう。

何百?何千?

気の合う仲間と飲み交わし、語り合い、おおいに笑い、時に泣き。人生を変えるような新たな出会いだってあるかもしれない。そんな夜を何度となく過ごしてきたのでしょう。

それはとても豊かな人生だと思う。

別にそんな分かりやすい素敵なことじゃなくてもいい。職場で嫌なことがあった日に一人愚痴りながら気晴らしに飲む。テレビサッカー試合を観ながら飲む。旅先で飲む。

そんなことですらうらやましい。

私はお酒が飲めない。両親も同じように一滴も飲めないので、たぶん遺伝的なものだろう。

もちろんお酒人生の全てなわけはないけれど、ずいぶん不公平だなとは思う。

せめて大麻を解禁してほしいと思う。

大麻の体や精神への悪影響は、アルコール以下、他人にかける迷惑の度合いなら比べものにならないほど少ない。

なのに国の勝手な都合で、私が楽しむ権利を奪わないで欲しい。

仕事家事忙殺されるような日々のなかで、ほんのひと時休息する時間を与えてほしい。

私はお酒が飲めません。どうか大麻を解禁してください。

2019-03-15

確定申告

倒したぞ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

仕事家事育児卒園卒業入学準備で忙殺されてたけどギリ間に合った

から卒園女児担任先生への寄せ書きを書いて在園生へのメッセージカードを書いて

卒業男児先生へのお手紙を書いて明日は参観日終わったら仕事

2019-01-06

技術者(もしくは技術者出身マネージャー)の殺し方

わずもなタイトル釣りです。たぶん、過去に色んな技術者メディア等で議論されてきたのではないかと思う。自身が今の職場で久しぶりに清々しいくらいに経験しているので、備忘録として状況をできるだけ冷静に書き記すものである。参考になりえるとしたら”現職の状況がヤバイんだけど、どうやって現状打破を目論見ながら最悪のシナリオを想定した逃げ道も確保するか”といったところの考え方くらいかもしれない。それ以上もそれ以下も意味はない。

背景

業界についてはあえてぼやかすが、歴史が長い業界だ。自身が参画したのははじめての業界だ。いろいろと勝手がわからないことはある。業界歴史が長いからということではないと思うが、業務フロープロセスが古臭い。逆に私達技術者活躍の伸び代がまだまだある業界でもあると言える。自社事業サービス)を持つベンチャーだ。

技術的なことを包括的担当してほしいということだった。結果的に(他にマネージャがいるのに)ただの人月計算をするおじさんになっている。ベンチャーでそういった担当者がいないのでよくあることだ。

状況

いくつか状況を記載しておく。

状況1 : 期待値コンテキスト不足、ナレッジマネージメントされていない

やり方はどうでもいいか

当初このように聞いていた。目的が達成されれば、もしくは課題解決すれば、ということだと思っていた。しかし、そうではない。

この方法以外認めない

という含みがあり、フォーマティが実はちゃんとあるしかし、そういった期待値コンテキストが不足しているという状態。そしてすべての事柄について隠しフォーマットがあり、それに準拠しなければならない。なぜならこういった背景だから。というものがしっかりある個人的ベンチャースタートアップでは抜けがちな”背景”がしっかりあるのは良いことがと思うが、後発で加入してきた人に対して明文化されていない状態もあり、自身役割としてはそういった期待値の明文化をすることも含まれるのではないかと思った。(しかし、そこにそんなにコストかけんなバカってことにもなった)

Webスタートアップベンチャー界隈ではこういった課題に関しては社内Wiki的なSaaSサービスで全員で知見を同期的に書き出して意見交換をすることでナレッジ化していくといった手法を取っているところが多い気がする。そしてその行為を”文化形成”などと表現しているところもある。しかし、業界的にはそういった文化にはないためすべてはファイルベースでの情報共有となっている。もちろん、そういった手法で十分なケースもあるのだが、一方的に送りつけておいて”これ読んでおいてください”などとして一切の背景を説明されていないのが現状な訳で、背景が不確実なまま自身想像力経験で行動してしまうと業界常識等の地雷を踏んでしまうことが多々あるのでできるだけ不確実な要素をなくしていくといったことにコストをかけることになる。

前に言ったじゃないですか

となる地雷が沢山あるやつ。スタートアップベンチャー限定したあるあるみたいだと思われるのも問題なので、一応書いておくと大手でもある。しかし、大手は割としっかり明文化している。その代りそのフォーマットを厳守することを要求されるし、従業員はその制限の中でいかに最高のパフォーマンスを出せるか?というレースになっているという印象。

これは確実に消耗戦になるやつだ。殺しにかかっている。

状況2 : 課題管理

別にWebスタートアップベンチャー界隈のやり方にこだわるつもりはないが、課題管理表を管理する工数を取る文化は色んな業界にまだ根強くあると思う。具体的な管理手法としては昨今では一般的なIssueベースなのに結局Excelでやることになる。ただのExcelではなくてWBSという形式で欲しがっているケースが多いのではないかと思う。WBSを引くということはアジャイル的な変動的なスケジュールを持つといった管理方法ではなく、割とFixされたウォーターフォール型に近い考え方がある場合にこういったことが起こりやすいのかもしれない。とは言え、何らかのプロジェクトマネージメントツールを使いたい。そしてこれも確実に消耗戦になるやつだ。殺しにかかっている。

状況3 : SPOF

とにかく割り込みタスクが全員から投げられる。(WBSで欲しがるのに)具体的な優先度や期日もない。下手すれば”何をしてほしい”といったコンテキストもない。すべては投げられた人のMy Wayで処理されることになり、ナレッジマネージメントおざなりになっているような状況ではスーパー属人化する。こういった状況は”投げられる人が投げる相手がいないからPlaying Manager化していること”が原因でも起こる。人事計画次第では解決できる可能性のある問題ではある。しかし、そういった見通しがない場合しんどい。これも確実に消耗戦になるやつだ。殺しにかかっている。

まとめ : 確実性と不確実性に切り分け

自身としては”確実性”のある部分については"可能な限り確実に"しておきたい。それは具体的にいうと"今見えてる課題で緊急度が高いもの"の対応だ。これは"確実に飛び越えられるハードル"という意味ではなく、"確実に解決しなければならない課題"という意味だ。もちろん、そういった課題がなぜ緊急性が高いのか?というコンテキスト説明についてはコストをかけて説明しなくてはならない。地道ではあるが方法はそれしかない。しかし、そういったことを経験しておくと”自分言葉でわかりやす説明する”といったスキルがつく。そういったスキルが欲しい方にはおすすめする。また、確実に処理したことでかつて不確実だったものの具体性があがることもある。もっと理想を言えば不確実なものの具体性を上げるためにどう確実化していくか?というスケジュールの引き方をしても良いと思う。

問題メンバーそれぞれのスペシャリティ、経歴、興味、個性がまだわからないことを前提にした説明必要で”相手が何からからないのか?”がわからない状態だ、色んな補足情報ゼロから入れながら説明すると物凄いコストになる。かといってあまり上から目線でモノを言ってしまうと後のチームビルディングにおける心理的安全性にも影響するため、嫌がらずできるだけニコニコしながら説明するしかない。これは一種の”信頼貯金”に将来つながってくるものだと思う。

しかし、何事も限度はある。それを自身で見極めないと確実に消耗戦は始まる。殺しにかかってくるのだ。

今後

さて、正直困っている。というか疲れている。

ライフスタイルへの影響度

忙殺されてしまったりするとどうしても以前のライフスタイルや状況と比較することすらできずにいることがある。気をつけたい。ある人は独身かもしれないし、ある人は配偶者子どもいて育児家事などのタスクを抱えているかもしれない。自身は家庭の事情もあり家庭運用タスクももっているライフスタイルなので、ワークがライフ侵入してくると大きな問題として認識する。実際に今、そういった状況が起こっている。(もちろん、それなりの待遇場合家庭内で調整して検討しても良いとは思うがあくま運用可能状態であることは前提である

そういった判断ができにくい状況にあるということを一度立ち止まって認識するということが大事だ。さもなくば遠慮なく消耗戦に持ち込まれ、殺しにかかってくるのだ。

定時内のパフォーマンスで測る

実際、定時外(邪魔の入らない時間)でのパフォーマンスに大きく依存する状況が続いている。死にたい体調不良等でリモート勤務にしたときの捗り具合がヤバイ(笑)しかし、本来、定時内のパフォーマンス自身の力量や限界を測るべきだ。そして無理なことは無理という勇気を持つことも大切だ(自戒)。

https://youtu.be/0sEM3UKuRw4?t=28

あれもこれも含めてオンボーディングコストと見れる可能

完全に気力・体力との勝負ではあるという前提ではあるが、少し粘ることで状況が外的要因等により改善したりすることもある。内的要因であることが理想的ではあるのだが…そこは自身の気力・体力と相談して”いつまでこの船に乗るか?”を決めていくべきだろう。自身でその状況を変えたい!と思うモチベーティブな人間はその限りではないが、その状態でいられる状況とそうではない状況もあるということは言っておきたい。

代表と合わない

多くのベンチャー場合代表哲学経営方針事業方針に深く影響しているというか、そのまんまそれが方針になっている。そして多くの求職者はその”綺麗な上澄みだけを抽出した部分"だけを読んで共感して入社することになる。しかし、入社してみると違うと感じることもある。感じるだけじゃなくて、実際に言っていることから違うこともあるだろう。しかし、それが会社だ。と最近思える程度に大人になった。

それって理念に反してませんか?

みたいなことを言えるなら良いと思うが、言えないならそれはすでに消耗戦の始まりであり、いつでも殺しにかかってこれるヤツだ。

自分が楽しめているか

正常な判断が困難な場合、こういった指標評価することにはなる。自身仕事が好きな方ではあるので割と参考にする。そして、楽しめていない。もちろん、苦しいときもあることは承知の上だが、この状況を具体的に変えていくモチベーションも沸かないのでそれに輪をかけている。これは確実に殺しにかかっている。

まとめ

現実問題として不確実的で抽象度の高いタスクを集中砲火されてしまい、自分優先順位を決めにくい状態が起こっている。自分の手に余る程度であれば良いが(多少の無理なら許容する)、確実にこのままでは消耗してしまうことは目に見えているので、年末年始や週末を利用して(週末は邪魔割り込みが入らないか作業やすいという悪循環にもなっている)自分なりの"働きやすさ"を作ろうと必死だ。しかし、それが自身限界を超える前に構築できなかった場合、最悪倒れる。その前に転職も見据えた行動を取るべきだろう。ということで行動するしかないので行動している。

おかげさまで既に数社からリファラルで引き合いがある。しかし、こういった状態であることもご存知なため(笑)、あまり良い状況(良い印象を与えることができる状況)とは言えない。迎え入れる側も気力・体力が満たされた状態の人に来てほしいに決まっている。しかし、命辛辛逃げようとしている脱北者みたいな人たちにはそういった余裕がない。それとそういった状況において転職先を正常に判断できない可能性もある。また同じ状況になりやすい。気をつけたい。というか面談ときに”他に聞きたいことはありますか?”というところで聞く質問はそこだと思う。

全てはここに帰するのではないかと思う。

期待値を明文化しろ

さて、生き残れっかな(CV : 野沢雅子

2019-01-02

向いていないならSEを辞めよう

お前は絶望的にプログラミングに向いてないから諦めて刺身にタンポポ乗せる仕事でもやってろ がバズってるようで、私もかねてから考えてることをちょっと発信してみようと思う。匿名での投稿にはなるが、私は日本国外大手企業フルスタックエンジニアをしている。

私の主観では世の中の人の99.9%はプログラミングに向いていない。もしかしたら、9をもうひとつ増やしてもいいかもしれない。それくらいプログラミングに向いている人は希少だと思う。
ある程度数学の素養があったりする人の方がプログラミングに向いているというけど、理系でもプログラミングが苦手な人は多くいる。どういった人がプログラミングに向いているのか、もしくは向いていないのかという点については、この投稿では特に言及しない。

この投稿プログラミングに向いていないのにやらざるを得ない環境にいて無理をしている人に向けて書いている。

自分高校時代の友人が仕事プログラミングを始めたけど、ボロボロになって仕事を変えるという姿をいくつか見てきた。以前の職場にも、経験者として入ってきてはいるが、向いてないなあと思うような人物を何人か見てきている。また、大学在籍時にTAとしてプログラミングを教えた経験上、向いていない学生というのも多く見てきた。この記事では、そういった人たちがプログラミングを諦めて他の道へ早く進めるように、私の意見を書き連ねていこうと思う。

こういった人々がプログラマとして多く採用されている環境では、本当に優秀なプログラマというのが少ないので、以下に書き連ねるような問題点はあまり可視化されてこない。ただ、こういう人が集まってプロジェクトを進めている環境では、プログラマとしての仕事は全員にとって辛いもののように思える。仕事は難解だが、納期関係残業が多くなり、精神を擦り減らしながら仕事を進める。反して、プログラミングに向いている人にとってプログラムを書く仕事というのは、美しいプログラムを書くことで自己肯定感を得ることができるという点で天職なのである

私の経験

プログラミングに向いている人は、簡潔なコードを短時間で仕上げてくる。読んでいて疑問に思いそうなところに対しては適切にコメントがなされていて、システムデザインも適切である

対して、向いていない人は時間をかけて煩雑コードを仕上げてくる。本人も「動けばいいや」程度の意識しか無い(私の推測だが、時間がかかっているので次の段階へ進むことしか考えられていない)ので、コードは読みにくく、洗練されていない。

こういった傾向は私が観測してきた範囲内でのことでしかないのかもしれないが、おおよそ一般的に当てはまると考えている。これを前提にこの先の内容を書いていくので、納得などをできない方はここで読むのをやめてほしい。それでは、向いていない人のもたらす問題点について書いていこうと思う。



生産性10倍以上違う

向いている人のコードシンプルであるがゆえに、バグが入り込みにくく、コードレビューもすんなりと終わる。対して、向いていない人はコードを仕上げるまでに時間がかかるだけでなく完成度も低いので、レビュー段階でコメントが付きやすく、多くの修正必要になってくる。また、コード自体煩雑になる傾向が多く、そういった部分にバグが混入しやすい。

向いている人にとっては早く問題なく終わる仕事が、向いていない人にとっては時間がかかり、不確実な結果を出すことになりがちである

他人に任せた仕事アウトプットを見て、自分実装していたらもっと上手く速く出来ると思うことは稀ではない。実際にバグが混入して対応する可能性、コードレビューにかかる工数、そういった点を考慮すると、生産性10倍以上違うのではないかと思う。

周囲との兼ね合い


正直に言うと、プログラミングに向いていない人が書いてくるコードは見ていて辛い。仕事場合、そういった人の書いてきたコード100%美しい状態に達していなくてもマージせざるを得ない場合もある。私は整ったコードだけをマージしたいのだが、コードレビュー時間がかかるほどマージコンフリクトが発生しやすく、他の変更との競合も発生しうること、また全体の納期の兼ね合いやタスク依存性を考えて、早くマージせざるを得ないという状況になりやすい。

こうしてコードベースが汚くなっていく。

簡単に言うと、向いている人の場合は「成果9:技術負債1」程度で変更を加えていくのに対し、向いていない人は「成果7:技術負債3」程度の変更が最初コミットされ、この段階での技術負債割合を減らすためにコードレビューをじっくりしていく程の余裕が無い場合が多いということだ。もちろん、これはプロジェクトの内容に依存するということは言うまでもない。

そして、途中から入ってきた優秀な人材コードを見て萎えるのである。「いや、僕もその辺のコードはあまり良くないとは思っているんだけど、事情があってね」なんてことを苦笑いしながら、説明とも言えない説明をすることになる。

向いている人がコードを書けない

向いていない人がプロジェクトで多くなってくると地獄である本来、簡潔で完璧コードを書ける人がコードレビューをする側へと回らざるを得ない状況になってしまうからである本来コードを書くことに専念した場合に、向いていない人と比べて10倍の生産性を発揮する人材が、数人の向いていない人を管理することに忙殺されてしまうのである

結果として、プロジェクト全体での生産性は落ちる。

まとめ

しかしたらあなたの周囲にはいいかもしれない「デキるプログラマー」に任せれば、あなた仕事は一瞬でより美しく完成させられます。出来ない人は精神と肉体を擦り減らしながらプログラムを書いている傍ら、本当に出来る人たちは楽しみながら完璧コードを仕上げていきます

無理してそこで働く必要はあるか?向いていないのであれば、新しい仕事を探した方が身のためだ。特に1020年先のキャリアを考える上で、あなたの輝ける未来は今のレール上には無いのではないか。今は目の前の仕事忙殺されているかもしれないが、これを機に考え直してほしい。

2018-12-16

社会人になった私が『ヲタク』について考えてみた。

私は学生時代の頃から自分自身が『オタク』または『ヲタク』と呼ばれる存在であることを自負していた。

アニメリアタイ視聴が当たり前、その翌日にはオタク仲間と共に語り合ったりSNS感想を述べたりするからだ。

PC美少女ゲーム秋葉原ソフマップから、今は亡き紙風船に買い物に行って、神ゲーからクソゲーまで一通り触ってきた。

一時期は本気でシナリオライターとして食っていけるのではないかと夢見る時もあったが、今ではなぜか普通社会人になってしまった。

学生卒業して早七年……あの頃、本気でヲタクをやっていた自分がいなくなっている気がした。

アニメVODが当たり前に

翌朝六時から出勤しなければならない事が多かった日々、私が心の支えにしていたのはアニメだった。

その当時、何を見ていたのかはハッキリと思い出せないが、とにかく忙しい日々には通勤途中で見られるVODが超優秀で、スマホから月額400円相当で過去作も含めたアニメが見放題だった。

仕事忙殺されていたせいかSNSも頻繁に見ることもなくなった。そのために何人かネット上の友人を失ったが、なぜか全く後悔していない。

その程度の関わりだったと、どこか気持ちが切り替えられていたせいなのだろう。

当然ながら、リアタイ視聴にこだわっていた自分は、気付けばどこかに消え去ってしまっていたのだ。

美少女ゲームも買わなくなった

「おっ、Asaプロの新作出てるじゃん」

smeeの新作、ちょっと雰囲気変わったな〜」

などと、好きなブランド絵師名前は一通りチェックして回る日々も忽然と姿を消してしまった。

新作の量はソフマップが圧倒的だが、旧作だが超名作がぞろりと揃っている『紙風船』が閉店していることを知ったのは今年に入ってしばらくしてからだった。

流石に閉店を知った時にはショックだったが、何よりも驚いたことが『その情報を察知していない自分』だったのだ。

正直に言えば過去の名作をプレイしておらず、自室の押入れに何本か積んでいる時点で、新作を買う気力があまりないのだ。

早く消化したいと思う気持ちと、一週間に一日しか無い休み美少女ゲームを立ち上げようものなら、何もかもを放り出して没頭する自信がある。

それよりも翌日にまで支障が出てしま可能性もゼロでは無いのだ。

から、落ち着いてプレイ出来る時にプレイしよう。

そう思ってから未だに一本も消化できていない時点で、自分は本当にヲタクだと呼べるのか、という自信が薄れつつあった。

趣味読書カラオケです」

職場の人に「休みの日は何してるの?」「趣味ってなんかやってる?」と聞かれる事が増えてきた。

「いやぁ、趣味という趣味は無いんですが、読書カラオケぐらいですかね〜」

私はへらへらと愛想笑いを浮かべながら答える事が多くなった。

当然カラオケ趣味と言っても『ヒトカラ』が当たり前である私だが、社会人ともなると「友達と行くの?」と勝手に都合の良い質問をしてくれるので、肯定するだけで「社交的な自分」を伝える事が出来る。

まぁ、学生時代友達と一緒にカラオケに行けばアニソン縛りが当たり前、ヒトカラでは上司にもウケるように昭和歌謡曲などもフォローしている。

誰かと歌う事が当たり前だから、一人でもカラオケに行って練習するという習慣が、学生の頃と比較すれば異常なまでに人との関わりを意識してしまっていることに気付かされる。

学生の頃は誰かと歌うのが面倒だから自分一人で自由気ままに振る舞えるヒトカラが良かったのに、今では予行演習じみたカラオケになっていた。

読書だってラノベしか読まない私からすると『ビジネス書』『一般文芸』など読むはずが無いジャンルも、上司取引先との会話の中で趣味話題になった際「この作品って知ってる?」というフリに対し「芥川賞を受賞された作品ですよね。私も読んでますよ」という返しが出来ればポイントが稼げるのだ。

仕事で後輩が出来た際にも、ビジネス書受け売りを酒の席でわざとらしく言ってドヤ顔もしちゃったりできるのだ。しまいには「もっとアンテナを広げた方が良いよ」なんて言っちゃったりするのだ。

でも、意識高い系の後輩が出来た際にはバッチリ効果が出てしまって、ちょっとだけ成績が伸びてしまったもんだから読書も幅広く読むようになってしまった。

閑話休題

私が学生時代の時は『アニメリアタイ』『ゲームは好きなジャンルから総なめ』『SNS情報共有』が当たり前だった、陰キャ街道まっしぐらだった人間

性格などに関しては変わることは無いのだが、友人を見ると『好きなジャンルを深掘りしているタイプであるのに対し、私は非常に浅い。

その代わり、あまりにもニッチ話題でなければ、ある程度の話題に関してはコメントで打ち返せるほどのボキャブラリーは充実している。

しかし、それをヲタクを言うのだろうか。

アニメをたまにしか、好きなジャンルしか見ない人間ヲタクと呼べるのか。

ゲームも今は一切しないが、昔やってた経歴からヲタク自称できるのか。

予め言っておくと、オタク自称したいとか、オタクプライド云々が言いたい訳では無い。

そんなもの、そこらの犬にでも喰わせてしまえば良いと思っているくらいだ。

ヲタクアイデンティティだった、という事実

私が言いたいことは自分でも名乗れないほどに『ヲタク』というアイデンティティが失われてしまうことで、自分は一体何者なのだろうか、という疑問が残されてしまう。

別にオタクであろうとなかろうとどうでも良い。ただ、友人たちの目からは『ヲタクである自分』というフィルター越しに私が見られている気がしてならない。

もうとっくにそんな姿は存在しないと言ったとしても、私はいつまでも『ヲタクである自分』で物事が進んでしまうのだ。

仮に『ヲタクである自分』が手放せたとしても、今度は『ヲタクではない自分』がどんな存在なのか、皆目見当もつかないのも空恐ろしい。

結局、私がヲタクであることを証明できるように、自らの手でヲタクという生き方を捨てきれないだけなのだと思った。

本当にヲタクであることを辞めてしまったら、どうしようもなく薄っぺらい、何も無い人間になってしまうような気がして怖いだけなのだと思う。

今はただ自室のオブジェとなっている積みゲー呆然と見つめながら、年末の予定をひたすらに考えておきたいと思う。

2018-12-02

anond:20181202114305

でもそういう消費豚がオタク自称することはなかったのよ。その主な理由オタク賤民であって自称する魅力も利益もなかったからなんだけどね。

そもそも中世から昭和に続く日本社会において、未成年は家の従属物(ソフト表現)だったし、成人女性家事労働提供者(ソフト表現)だったし、成人男性会社奉公人ソフト表現)だった。この社会において自由の幅ってのは現代に比べて極めて少なく、特にそれは趣味分野において顕著だった。庶民が嗜んで白眼視されないものなんてのは、男性において飲む打つ買うとその後継だけだったし、パチンコなんてのはその最たるものだった。女性においては男性にもましてきつきつであり、かろうじて数種の習い事が芸として社会認知されてたかどうかくらい。書物を購入してそれを読み漁るなんてのは、金持ち道楽であり、庶民の間ではむしろ唾棄すべき軟弱さの現れとみなされていたふしがある。まあ、だからこそ与謝野晶子あたりの明星派などによる「既存価値観への抵抗」としてのそれがあったわけだけど。

高度成長期を経て70年代から急速に文物が発展して、今現在趣味と呼ばれる文化が爆発的に多様化した。多様化した以上に「余暇に個々人が己の興味のあることをして過ごすのは当然の自由であり権利である」という認識一般化した。テレビ文化がひろまって、ヒッピームーブメントの余波から洋楽ブームが来て、ニューエイジ思想からオカルトブームUFO心霊写真! そしてフジテレビホイチョイ結婚してユーミンウィンタースポーツブームを生んで、広瀬香美とチューチュートレイン若者苗場に連れ出した。

の、だけど、そんなに主体的に生きてる人間ばっかじゃないのよな。増田の言うとおり。結局現在、「ソシャゲと深夜のアニメネット炎上案件に対するコメント時間を潰している、オタク自称している(下手したら自分自身ですらそう信じ込んでいる)人々」ってのは、昭和中後期で言えば「パチンコやって飲み屋愚痴言ってる箸にも棒にも引っかからないおっさんたち」だったわけよ。別段彼らはそれが好きでやってるわけではなく、「受け身で流されて適度に脳内麻薬がチョロチョロ出る余暇の消費」としてそこに流れ着いただけで、最初から徹頭徹尾ただの消費者であって、オタクでも何でもなかった。多分当時であったとしたって、パチンコ博打や酒が本当にそこまで好きだったかどうか疑わしい。そういうふわっとした人々が社会の大多数だったってのは、当時も今も変わらない。

どちらかというと「社会人は全員そういうもん(休日パチンコするくらいしかない消費者)だろ」っていう同調圧力がなくなり「余暇自由選択」になっちゃった結果、それが可視化されただけにすぎない。そのうえ「社会人は全員そういうもんだろ」っていうのは同調圧力である以上に、大多数にとっては劣等感を刺激しないカバーストーリーでもあったっていうのが問題で、いまのこの日本現代社会は「余暇の過ごし方」でさえも階級があるってのが、多分きつい。

まりはっきりとは指摘されないけれど、「何ら主体的趣味を持たない人間」ってのはやはりいまの社会では軽んじられる。一回級下の存在だと現在みなされるんだよ。それこそ「オタクであるほうがまだマシ」と考えるほどに。

から「(絵が好きなわけでも今まで描いてきたわけでも強い動機がなんにもないにも関わらず)絵が掛けるようにな(って賞賛を受けるようにな)りたいな」なんてボヤキがWebにあふれる。

べつに「何ら主体的趣味を持たない」って罪でもなんでもないのにね。前述の戦後から高度成長期にかけて、そんな人々は、社会に出て飲む打つ買うを一巡経験したら、すぐさま「どうやったら異性に興味を持ってもらえるかレース」に回収されて、あまり悩む間もなく半強制的結婚させられ、身体に異常でもない限り速やかに子供ができて、子育て忙殺されるというスケジュールに打ち込まれていた。そうすれば「主体的趣味を持ってない」なんてことは遥か彼方にぶっ飛ばされて、問題意識すら持たないで済んだのにね(その後は、後輩や年少者に対して「結婚社会人の義務だ」とか「子育てはいいぞ」ってマウンティングして余生をすごせた)。

社会の多くの人にとって、「個人アイデンティティと紐付けられた強固な趣味邁進する人生強要苦痛だし、でもそれを拒否するにせよ趣味する余暇なく仕事を詰め込まれるのはもっと苦痛だ。多くの人にとっては自由が毒にしかなってない。そういう価値観の変遷に、オタクは巻き込まれちゃっただけなんだよね。

2018-11-30

男に生まれなくてよかった

男性ヘイトではない。多分。

私は現在既婚の子持ち女である

増田くらいでしか書けない、拗らせた若い頃の変態性の記録とを吐き出したいので読み流して欲しい。先に書くけど今ハッピーオチから自慢と感じる人は読まないほうがいい。

私は物心つくのが遅く、性認識もだいぶ遅かった。

内向的子供だった。

現実他人にはほぼ関心を持たず、初恋ゲームキャラだったのを覚えている。

思春期になるとBLにハマった。男女物の少女漫画は苦手だった。

何故なら、私は図書館エンカウントするタイプの女で、ヒロインのような朗らかで素敵な少女にははれないので、読んでいると辛くなってくるからだ。

BLは男同士の世界なので私には関係がないため傍観者として好きに読むことができる。

BL以外には当時父親が買っていたジャンプをこっそり読んでいた。当時の月刊過激エロい漫画掲載されていて、そこだけドキドキしながら読んでいた。このとき男性側に感情移入していたと思う。

次第に思春期の私は「男になりたい」と思うようになった。

女は与える側にしかなれないが、男なら与えるのも享受するのもどちら側も選べると思ったからだ…と思う(当時はモヤモヤしていて言葉にできなかった)

それを拗らせていき、フェミニンな物が全て苦手になっていった。スカートフリル、化粧、恋愛など。

これはだいぶ長く続いて、どんな人に告白をされても二度と声をかける気がなくなるくらい、こっぴどく振っていた。そもそも性の拗らせ以前に、趣味時間を取られるのが惜しかった。恋愛する時間や気力があったらネトゲをしたい。

当時すっかりネトゲにハマっていた。ネトゲでは男女両方のキャラを作って、男のときは女キャラの人にセクハラぽいことを言ったりもしていた。男とはそういうもので男キャラを動かすにはそうしたほうが良いと思っていたからだ。誤認識も甚だしい。

でも実際に男キャラ中身男という設定で動かしてみるとしんどくなってしまった。男なんだからと率先して戦闘をしたりしていたがネトゲ内ですら内向的作業のほうが向いていた。男をやることに向いていない。そう思ったので結局女キャラばかり動かしていた。

キャラ自称女でもネカマだろうと周りには言われていた。オフ会に行ったときは本当に女だったのかと驚かれた。

そしてドール趣味が始まってしまった。きっかけはアニメ顔をしたフィギュアのようなドールだった。

とても可愛いと思った。そして、これだ!と思った。

私は同性愛者ではないので現実女性とお付き合いしたいとは思わない。女のままでは享受する側になれない。でもドール相手なら自分享受する側になれるのだ。

ドールセクシーあられもないポーズをさせて安いデジカメ写真を取りまくった。

でも繊細なドール界隈、特に女性ドーラーの間ではそういうものは忌むべきものとして大変嫌われていた。匿名の場でセクシードールスレッドが立っていた。レス写真を公開していたが、スレッド自体存在ドール人権侵害くらいの勢いで罵倒された。スレッド削除依頼を出されて、実際に何度も消された。

別の場所で、あのスレッドドール世界を壊すクソ男性ドーラーどもという扱いをされていた。でも私は女だった。女ドーラーだと弁明しても余計に荒れそうなので、私は匿名のままそういう表現にふさわしい場所に公開場所を移していった。

その当時はオリエントダッチワイフが本当に欲しかった。でも大きいし高額だしと結局購入に至らなかった。男だったら即買っていたと思う。でも、ここでまず男じゃなくてよかった。男だったら田舎の100万くらいで買える中古のボロ家を買って中を人形別荘にしていたと思う。大変なホラーである

そのあと社会人になって仕事忙殺されているうちに今の夫と付き合うことになった。

夫もオタクだが漫画をたくさん読むというレベルマイルドオタクだ。

付き合うことになったのは20半ばになって未だに恋愛経験がないのはヤバイのではないかという焦燥感があったからだ。喧嘩も沢山したが、こいつを逃したら自分は一生独身とお互いに思ったために結婚まで漕ぎ着けられた。

私は男性は大体えろいと思っていた。夫もオタクなのでケモナーの話をふったらドン引きされた。ふたなりNGと言われた。それを見て、もう私のこういう話はリアルでは話せないので墓まで持っていこうと思った。結婚引っ越しを機会にドールを全て処分した。人形用のエッチな服などが見つかったらドン引きされてしまう。

男性は大体えろいけど、変態濃度がみんな高いわけじゃないという当たり前のことがネット知識しかないのでわかっていなかった。

子供が生まれたらホルモンバランスなのか?憑き物が落ちたようにフェミニンもの抵抗が無くなった。私は胸を張って女である子供を生む性である。と自分で受け入れたからかもしれない。それを受け入れたので今は割と幸せだ。不思議BLにも興味がなくなってしまった。ドールは持っていないながらまだ好きだけれども。

男に生まれなくて良かった。男に生まれていたら田舎ドール別荘と都内の家と職場の往復で人生が完結することになっていた。それはそれでめっちゃ幸せだったと思うけれども、子供がいる幸せはまた別ベクトルだ。

私が男性で、ダッチワイフがあったらリアル女性もはやいらなかったと思う。

まあ、これも成功者補正なんだろうけどもね。少なくとも、私個人は女のほうが合っていた。

2018-11-12

結婚に向いていない男性に向けたメッセージ

「夫が定年したら離婚を考えています。夫の年金って、妻が半分もらえるんですよね?」 https://precious.jp/articles/-/8510

人気のブコメをいくつか抽出:

でもまあ、時代的にも事実上旦那さんが仕事に集中できたのは奥さん内助の功みたいだし(奥さん談ではあるが)妥当では?

まあ子育てのためのプロジェクトチームプロジェクト終わって解散したと考えると妥当

労働力再生産や育児を妻に任せきりで働けていたのに「年金横取りとかちゃんちゃらおかしい。

あなた価値観がどうであれ、世の価値観はこのような感じなのだ。これに反発を覚える男性結婚に向いていない。幸い 結婚させようとする社会的圧力は低下傾向にあり、家事労働も道具の発達で軽減されているので、生涯未婚という選択肢も十分現実的だ。かくいう私もその一人に挙げられる。

ミソジニーをこじらせるのも結構だが、価値観対立する場面は 視野が広がるチャンスだ。少しだけ冷静になって自分生き方・考え方をよい方向にできないかを考えよう。

役割分担と謙虚

「二人とも働いて、家事も半々で」みたいなノリは必ず破綻する。家事育児に関連するあれこれを完全に半々にすることなんてできっこいからだ。「どっちかが得しないように全部半々。これで公平でしょ」という価値観対立を生むだけだし、均衡する領域が非常に狭く、環境の変化に対して脆弱な かりそめの安定をもたらすだけだ。

そこで、二人の間で役割を決めるという発想になる。昭和的な価値観では「猛烈リーマンの夫&専業主婦の妻」という役割分担があり、最近価値観では「共働き夫婦家事育児を分担」という分担が一般的になっている。程度の差こそあれ、役割分担を選択するということは、数あるタスクへのコミットメント具合が夫婦間で異なることを意味する。「お金を稼ぐ」というタスクに対して夫が400万円のコミットメントをし、妻が200万円のコミットメントをするという事態は不当ではないのだ。同じく、「幼稚園児の送迎」というタスクに対して、夫が週 1回のコミットメントをし、妻が週 4回のコミットメントをするという事態は不当ではない。

タスクごとに夫婦間でコミットメント具合が異なることを受け入れ、安定した共同生活を営むために必要なことは何か?もちろん、不公平がないようコミットメントの総量が同程度になるよう調整することは大事だが、どうせ、そんなことはできっこない。一番大切なのは、お互いを信頼し、尊重することだ。「確かに俺の方が稼いでいるけど、奥さんはその分面倒な町内会活動をやってくれているし、俺より生鮮食品を安く手に入れる術を持っている」とか、「夫は送り迎えをしてくれないけど、買い出しの際や終電を逃したときにすぐに車を出してくれる」とか。

それでは、このように、お互いを尊重することを阻害している要因はなんだろうか?そのうちの一つとして、価値観の狭さがあげられよう。自分コミット過大評価し、相手コミット過小評価する。「俺は稼いでやっているのに」とか「家事の大変さがわかってないでしょ」などの典型的夫婦喧嘩はこれに起因する。もちろん、価値観の近い相手パートナーに選ぶことはこの問題を軽減させることに寄与するだろう。しかし、このズレは累積して破滅的な結末を迎えることも少なくない。

結局、謙虚精神必要なのだろう。「自分には価値が見いだせないがあの人は一生懸命やっている。きっと私にはまだ十分感じることができない価値があるのだろう。その判断尊重して、今ある不満をぶつけるより事態の推移を見守ろう」。男性には結構独善的な人が多いので、いか謙虚になれるかというのは一つのカギだろう。自分のモノサシを絶対化せずに、相手のモノサシの価値を認めるということだ。

幸せになるということ

あなた幸せになる権利がある。だがその一方、幸せとは何かについて深く考えているだろうか?

日々の仕事忙殺されると、「とりあえず金稼ぎたい。稼げれば幸せになれるっしょ。」「この金をどう使えば楽しいだろ。旅行?メシ?ゲーム?」といった短絡的な思考に陥りやすい。まあそれを否定するわけでもないが、その価値観いつまでも続けられる?とは問いたい。自分幸せになるという課題に対してもう少しの熟慮してもよいとは思わないだろうか。そして、「普通の」人間にとって幸せ生活には結婚という家族形態が伴うことが多いのも事実だ。

あなた、本当に結婚しなくていいの?結婚をしなくて幸せになれますか?

結婚に向いていない男性に向けて

私は、仕事が嫌いで、自分が一番頭がいいと思っていて、社会性を獲得しきれずにおり、お金が一番好きで、家事になんの価値も見出さず、子供が嫌いだ。若いころは性欲ドリブンで結婚をしようかと思ったこともあったが、30も半ばを過ぎて落ち着いた今は結婚をしていなくて本当に良かったと思っている(もし結婚していたら、相手も全く同じことを思っていただろう)。

だが、それとこれとは話が別だ。結婚に向いている男性というのは、同時に対人関係が良好な男性という側面もある。結婚しなくていーや、という単純な話ではなく、社会で上手くやっていくために、結婚に向いている価値観を身に着けたり、身に着いているフリをすることは大事だと強調したい。

2018-10-18

レズ風俗に通いつめた話

社会人になって早10年。

当時、仕事忙殺されていた私にとって、丸一日の休日は久しぶりだった。

今日は一日、羽を伸ばせる。

そんなことを思いながらネットをしていると、ふと、魔が差した。

レズ風俗」に行ってみよう、という気になったのだ。

そういうお店を知ったきっかけは、ネットで見かけた体験談

最近は、仕事を除けば、異性と接することがなく、もはや、男性との接し方が分からない。

かといって、性的欲求がないわけではない。

そんな私にとって、「レズ風俗」は、とても魅力的に思えた。

ネットで慎重に調べた結果、私は、あるデリヘル店を選んだ。

男性向けの風俗もやっている、大手のお店。

できれば、女性向け専門のお店が良かったが、それよりも、大手安心感を優先した。

ホームページを見て、直感女の子を選び、ドキドキしながら、お店に電話をした。

値段が高めのお店だったこともあってか、電話の応対は非常に丁寧で、少し安心

指示に従って、ホテルで待機をした。

大柄なわりに短足な私。

私を見てあの女の子はどう思うだろうか……。

亜熱帯かどこかの爬虫類のような私の顔を見て、もし、ヒかれてしまったらどうしよう……。

ホテルにきて、今さらだったが、そんなことを心配した。

やがて、彼女が来た。

雑誌に載っていてもおかしくないような、容姿の整った女の子だった。

全身が「改造」されてるわけでもなく、「お絵描き」があるわけでもない。

スタイルの良さなんて、最近モデルと見紛うほど。

見惚れるほどのかわいい子だった。

私の心配をよそに、彼女は、好意的に接してくれた。

しかしたら、それは営業スマイルだったのかもしれない。

それでも、彼女にその眩しい笑顔を向けられると、とても幸せ気持ちになった。


こうして、私は、お金を払って、サービスを受けた。

詳細は伏せるが、それは、とても、とても、良かった。


サービスの合間には、色んなことを話した。

彼女が、バイセクシャルなこと。

ミッション系の女子高に行ったこと。

そこで、レズビアンのクラスメイトと、付き合ったこと。

奨学金を借りて、大学に行ったこと。

派遣社員をしていること。

女性アイドルが好きなこと。

少し前は、アイドリングが好きだったこと。

今は、坂道系が好きなこと。

私の話も、たくさんした。

営業で飛び回る私の愚痴を、彼女は優しく聴いてくれた。

同性の友達すら少ない私にとって、仕事以外で、こんなに誰かと話をしたのは、久しぶりだった。

以来、私は、たびたび、彼女を買った。

サービスを受けている時間よりも、話をしているだけの時間割合が増えていった。

そのお店では、女の子が、それぞれブログを書くことになっている。

彼女のふとした日常垣間見るのは、とても楽しい

また、彼女を呼ぶと、私のことをイニシャルブログに書いてくれる。

一言でも私へのメッセージを書いてくれると、そわそわするような嬉しさを感じた。

しかし、彼女を呼び始めてから半年も経つと、彼女ブログを見るのがつらくなってきた。

当然ながら、ブログには、他のお客さんへのメッセージも書かれる。

彼女が、他のお客さんにもサービスをしている。

そう思うと、どこか心が苦しかった。

かといって、彼女の出勤枠全てを買い取れるほど、暇もお金もない。

毎日ブログを眺めながら、苦しい思いをする日々が続いた。

もっとも、彼女のお客さんは、他の女の子に比べて、明らかに少なかった。

それは、歩合で稼ぐ彼女にとって、決して良いことではなかったのだろう。

しかし、どうしても私は、そのことを喜ばしく思ってしまうのだった。

彼女と初めて会ってから、1年ほど経ったころ。

いつものように、彼女を呼んで話をしていると、衝撃的なことを告げられた。

彼女は、お店を辞めるのだという。

原因は、あるお客さんとのトラブル

詳しい原因は、彼女自身すらよく分かっていないが、どうやら、彼女サービスが、お客さんの逆鱗に触れてしまったらしい。

彼女にとって運が悪かったのは、そのお客さんが、お店の超お得意様だったこと。

お店は、激怒するお得意様を優先し、彼女をクビにするというのだ

そんなことは、おかしい。

私は、そう訴えたが、彼女はそれを受け入れていた。

お店に対して愛想をつかした部分もあるのだろう。

「どうせ、あんまりお客さんもいなかったしね。」

自嘲気味に言う彼女の顔を、私は正視できなかった。

ずっと会える日が続くと思ってたのに……。

私は、目に涙を浮かべるだけで、しばらくの間、何も言えなかった。

「もう……会えないの?」

私が、なんとか言葉を絞り出すと、彼女は、いつもの素敵な笑顔を見せた。

彼女は、私と連絡先を交換してくれたのだ。

今度、食事にでも行こうよ、と言いながら。

天高く舞い上がるような気持ちだった。

嬉しくて泣いてしまった私に、彼女は優しく寄り添ってくれた。

その後、私達は、友達として、食事ショッピングに出かけている。

地に足ついた生き方をする彼女と、どこか浮ついている私。

見た目も、住む世界も、何もかもが異なる私達。

私達が、一緒に行動している様子は、はたから見たら、奇異に映ったかもしれない。

でも、そんなことはどうでも良かった。

恋人になれなくても良い。

前みたいに、サービスを受けられなくても良い。

彼女と一緒に出かけられるだけで、私は、世界幸せだった。

私は、あのお店––飛車竜王––で彼女に会ったときから彼女に恋をしているのだ。

私達が、女同士であるにもかかわらず。

私がドラゴンで、彼女自動車であるにもかかわらず。

2018-10-16

anond:20181016131216

でもだいたいの場合純粋感性だとか、子供向けの表現に感動してる大人という捉え方は勘違いなんだよね。あるいはナチュラルアニメを侮ってる。

普通良識的な大人が見ても大人感覚で感動できるような多面性をもたせて、よく練られて作られている事がほとんど。

から架空の憎らしい「幼稚な大人」を妄想上で作って嫉妬してしまうほどに余裕のない人から攻撃されてるんだよ。

また、特に深夜帯のアニメは高度なコンテキストを汲んでいないとついていけないものも多く、それが理解できない非オタからまれる原因かもね。

いずれにしろ感動すること自体は何も社会的にも人格的にも悪くないのに、それを熱心に論評できるくらいのエネルギーを割けるというそれだけでも、社会生活忙殺されてる人からすると憎らしく映るんだろう。どうしようもないね

てかネットをしてたら分かるけど、案外インテリな人ほどアニメ偏見なくよく見てるんだよ。

業界の著名な人がその業界独自視点アニメ評してたりするし。

先日だってテスライーロン・マスクスノーデンがアニメ通だと露呈して話題になってたよね。

2018-09-30

囲碁にはじめて触れてから十数年経つ。

anond:20180929195948

・私が高校生時代の時に『ヒカルの碁』の漫画連載が始まり、瞬く間に空前の囲碁ブームが巻き起こった。

・けど私はあまりヒカ碁には興味がなくてスルー友達毎日佐為の話ばっかりするのを聴くだけの日々。

大学時代、独り暮らしを始めて、暇な時間を潰す為にPS2を購入。ついでに気まぐれを起こして入門者向けの囲碁ソフトも購入。だがさっぱりルールがわからず。

・なぜかというと、近眼なのでゲーム画面の文字全然見えなかったから。あと思うほど自分ゲーム好きではないと悟りPS2囲碁ソフトは部屋の片隅で埃を被る事に。

・当時はヒカ碁ブーム高潮で、大学サークルの先輩が伊角さん激LOVEだったので、何となく毎日伊角さんの話を聴くだけの日々。

少年ジャンプを毎週講読してたから一応ヒカ碁は興味無いなりに読み続けた。

・そのうちバイト卒論就活に追われて囲碁の事は綺麗さっぱり忘れる。

・数年後、色々あって現実逃避パソコンを購入。はじめてインターネットに触れるが、ネットに関して無知すぎて何をしたらいいのかわからず、PS同様部屋の片隅で埃を被るだけに終わるかもという時、ふとヒカ碁に出てきた「ネット碁」を思い出す。

・が、検索下手なのでcosumi(無料コンピュータと対局出来るサイト)しか見つからず。cosumiの9路で悪戦苦闘したが訳がわからぬまま飽きる。

携帯日本棋院の「碁バイセンター」という携帯サイト発見。ここではじめて囲碁ルールを覚える。地の概念と超基本の手筋(ウッテガエシ、シチョウ、コウ、オイオトシ)を覚えたが本当にただ覚えただけだし、シチョウにいたっては石を追う方向を理解していなかった。

・同時期に携帯版『銀星囲碁』をやりはじめる。月額何百円だったか。ちなみに、銀星囲碁スマホ版もあるのだが、たぶん携帯版の方が強かった。

・銀星囲碁自分では打たずにヒントを見てその通りに打って勝ち、正しい打ち方を習得しようと試みる。

しかし(当時の)銀星囲碁は超変な打ち方をしたので全然参考にならず。

・数年間、銀星囲碁で時々打って惨敗するだけの囲碁ライフ

・三年ほど育児にかまけている間に放置していたパソコンが壊れていた事に気づいて、うちひしがれる。

携帯料金節約の為に銀星囲碁を解約。

産後ホルモンの変化か疲労のせいか痴呆状態になってしまい、物忘れは酷いし吃音にはなるし本は読めなくなるしで、囲碁以前に自分の知能に自信をなくす。

・今から4年ほど前、ガラケーからスマホ機種変。3日後にGoogle playストアで『囲碁クエスト』に出会う。深夜、当時赤ちゃんだった次女に授乳をしながら囲碁クエストで遊ぶだけの囲碁ライフ

・4ヶ月で囲碁クエスト6級までいって伸び悩む。囲碁ちゃん勉強したい熱が高まる

図書館で『ヒカル囲碁入門』を借りて9路盤の部分だけ読む。すぐに囲碁クエスト4級に昇格。ヒカル囲碁入門すげえ!

・同時期くらいに『チェスをする女』という小説を読み、元気付けられる。お母さんだって囲碁プレーしていいんじゃないかという気になる(チェスには興味が向かなかった)。

・時々『ヒカル囲碁入門』を図書館で借りてきては読み返し、囲碁クエストは停滞し続けるだけの囲碁ライフ

・去年の夏、ひょんな事から長女が将棋を始めるとか言い出す。将棋にはトラウマのある私だったが、図書館将棋入門書を借りて来て、長女に将棋の基本中の基本だけを教えたら、長女は将棋を覚えてしまった。

10月地元文化祭将棋クラブ出展するというのを広報で知り、長女を連れていく。そこで将棋クラブのおじいさんと知り合い、長女は将棋クラブに入る事に。

11月、長女は今度は囲碁をやりたいと言い出す。

・次女がやっと碁石を食わないだけの知性を身につけたので、長女を言い訳にしつつ念願の囲碁セット6・(9路のミニボードと13・19路盤の塩ビ盤とプラ碁石)を購入。合わせてヒカル囲碁入門3冊セットも購入。

・長女に教えつつ、ヒカル囲碁入門を読み込み19路の打ち方を学び囲碁クエストをするだけの囲碁ライフ

囲碁クエストの9路で2級に昇格。13路盤はやっと勝負出来るレベルになり、急に6級に昇格。

ヒカル囲碁入門で、基本定石や布石を学ぶ。また基本死活と詰碁を学習リアル碁盤を手に入れたことで、やっとシチョウの追い方をマスターする。

・ふと思い立ってTwitter囲碁垢を作る。すぐに囲碁友が出来、学びあい喜びあい励ましあう生き生き囲碁ライフ

年末の『碁ワールド特別誌上認定に挑戦したらいきなり2級認定される。

・今年3月、長女が囲碁教室に入門

4月医療保険がおりたので、『GO・碁・ドリルシリーズと『基本がわかる囲碁トレーニングシリーズを購入。

子供達の入学入園により、平日昼間に囲碁勉強をする暇が出来る。

・購入した問題集を全部三回解く。

囲碁クエストは9路2級で停滞。対戦相手が段持ちばかりになり、勝てない。13路盤は3級に昇格。19路は6級に昇格。囲碁クエストの19路は強者しかいないので全然歯が立たない。

コンビニアルバイトを始める。専業育児で鈍っていた脳と身体が復活する。

・『ひと目の詰碁』『ひと目の手筋』購入。4、5回読む。

図書館でしばしば『明解初級囲碁読本』を借りて読む。

スマホアプリ石倉九段の実戦詰碁』をやり込む。

囲碁クエストで詰碁知識をもって相手を倒す事が多くなる。

・古碁の棋譜並べにハマるが、棋力には反映されず。棋譜並べ単体が趣味の一つとなり、人生に疲れると取り合えず棋譜並べするようになる。

・定石の知識必要と感じるも、すぐに挫折する。変化が多すぎるんや……。

・というわけで、定石はいまだにヒカル囲碁入門に登場するものしか覚えていない。

・シチョウとコウは単に石を取るだけでなく駆け引きの道具なのだと、棋譜並べしてる最中に悟るが、悟る前に誰か教えてくれよ!とも思った。

・『やさしい布石特訓200』購入。序盤戦の力が飛躍的にupした。

・『依田ノート』購入して読む。定石を最後まできめるよりも盤全体を見て最大の手を打つ、利き筋を残す、ということを知る。

スマホアプリ『みんなの碁』を始める。依田ノート効果でみん碁19路はめきめき上達し、黒番で2級、白番で3級に勝てるようになった。

・相変わらず囲碁クエスト19路ではボコボコにされる。しかし以前のように100目以上も差がついて負かされることはなくなった。

・恐怖の夏休み到来。碁石を触れる時間がなくなるばかりか、家事すら子供達に邪魔されてままならなくなる。

夏休み明け、積み残した家事と相次ぐ学校幼稚園行事忙殺される。バイト学生さんドタキャンにより出勤が増える。長女の宿題を見るのに手一杯になる。

・私がバイトをはじめて以来、日に日に子供達のワガママが増す。

・ちっとも碁石に触れない日々。←イマココ

11月になったら学校行事が片付くからがんばる!

2018-09-26

anond:20180926174807

女が作った社会を、男が暴力のし上がったのを「男が作った社会」って呼ぶかな。

そもそも女がたくさんカロリーを集めたから女が作った社会、と言うのもおかしいけど。

なにが言いたいかというと、どっちが作ったとかじゃないでしょ。オスメスどっちも不可欠なのは自明だし。

元増田根本的な違和感は以下の誤解で成り立ってんじゃねえの。

1. 男が頑張って働いて今の社会食べ物とか建物とか法律とか科学とか)はある。

2. 女は専業主婦で楽をしているように見える。女は養ってもらってる側だ。

3. 女は子育てとか家事とかしか貢献してない。それは社会貢献の割合で言えばわずかだから社会は男が作ったといえる。

実際には

1. 男が主要な職業についていたのは、そもそも女性差別によって社会進出ができなかったから。

2. 専業主婦が楽に見えるのは、家電進歩たここ数十年のこと。

3. 子育て家事も、数十年前ではかなりの重労働で、それを担うもの忙殺されていた。実際の業務量で考えれば、男女で差は無かっただろう。

2018-09-20

君死ニタマフ事ヨアレ ~過労死ラインの向こうから

俺が殺される前に誰か死ねば何かが変わると信じて誰か死んでくれと毎日思う。

でもふと気づいたんだよな。

既にこの職場人が死んでるんだ。

首吊り自殺してるんだ。

それで何も変わらなかった。

人が居なくなった所を他の人が兼務してその人が忙殺されそうになりながら、毎日イライラしては他の人と怒鳴り合ってる。

この職場はもうどうしようもねえんだ。

ここに居てもただただ殺されるだけだ。

逃げなきゃ……人が死んでも何も変わらないならもう逃げなきゃ……。

「あの人は旦那さんが病んでいたかしょうがないんだよね」と自己暗示を賭けている人はいるけどさ、ハッキリ言わせてもらう、「旦那が病んでいると分かっている人に重圧をかけ続けて、心のフォローもせず最後に殺したのは何も変わらないぞ」ってな。

この職場は人を殺すような職場なんだ。

人殺しの集まりなんだ。

横で人が死んでいて「うわー余計な仕事が増えたー死ねよー。あー死んでるのかーマジかよ死ねよー」と平気で言えちゃう奴らしか居ねえんだ。

畜生、お前らもう死ねよ。

俺も死ぬべきなんだろうな。

畜生、死にたくねえよ。

なんでハムレットやってるんだよ俺は。

チンケなプライドを守るためには、自分人殺しじゃないって言い張りながら死ぬためには今すぐ自分死ぬしかねえのか?

なんでこんな事になったんだ。

もう辞めるか。

辞めるしかねえのか。

畜生……面倒くせえ……転職したって俺みたいな奴がどこに行きゃいいんだ。

また何処かで食い物にされるのか。

もう駄目だ。

死にたくねえ。

死にてえ。

辞めてえ。

辞めたくねえ。

どこかにある、過労死ラインなんて誰も越えなくて済むような職場、そこにたどり着きてえ。

本当に日本にあるんだろうか。

この業界には無さそうだ。

付き合いのある会社の人みんなして残業バリバリだ。

そうじゃなきゃ夜中に電話して何で通じるんだろうな。

職種を変えるのかこの歳で。

どうすりゃいいんだ。

教えてくれはてなー、俺は後何時間過労死ラインを超えればいい。心の相談ダイヤル電話にも出てくれねえ。

2018-09-19

最近命に関わる事で忙殺されてる

しかし本当に命に関わるので無視できないという。

投稿がすっかり空きまくってるー

やっぱり私にゃ人気ブロガーなんてムリだ―><

2018-08-28

自分へのご褒美

忙殺される日々が終わり、本当に仕事がひと段落して定時きっかりに帰れる日は、

近所にある銭湯でひとっ風呂浴び、超上手い焼き鳥屋に行って冷たいビールせせりでやる。

それかチーズたっぷりピザを頼み、冷凍庫キンキンに冷やしたビールでやりながら録画したアニメを見るが自分へのご褒美。

増田達の自分へのご褒美は?

2018-08-01

anond:20180801112321

ヒマだから余計なことを考えるんだ。結婚して子供を持ち日常忙殺されろ。

2018-07-16

50歳強制安楽死制度日本を救う

現在日本が抱える様々な問題は、国民を50歳で強制的安楽死させることでその多くが解決されることに気づいた。

50歳強制安楽死制度下での日本国民の一生は大体以下のようになる。

0~5歳

まだ若い両親の寵愛を受けて育つ。

後述の通り両親はまだ学生であるため時間も体力もあり、全面的な愛を受けて育てられる。

6~12

小学生

現行の小学校とほぼ同様だが、来るべき中学生時代に備え恋愛セックスに関する踏み込んだ性教育実施する。

13~15歳

中学生

男女ともに中学校にて婚約相手を見つけて婚約第一子をもうける。

妊娠中は女子生徒は学校に通えなくなるので、e-larningや家庭教師などで国が全面的学習サポートする。

子育てはまだ若い双方の祖父母のサポートの元で行う。

16~18歳

高校生

それぞれ配偶者と2~3人目の子をもうける。

学習に伴うサポート体制中学時代と同様。

19~22歳

大学生

子供かわいい盛り。

大学生活を謳歌しつつ子供と遊び成長を楽しむ。

学生であるため長時間残業子供と接する時間が取れないなどということもない。

23~39歳

社会人(あるいは大学院生)。

社会人時点で子供小学生。両親は40歳弱。

後述するが両親はすでに退職間近であるため、子供の面倒を全面的委託することができる。

子供の面倒に気を奪われることなく、全身全霊を仕事に注ぎ込むことができる。

1日最低15時間、週休1日前後で猛烈に働く。

40~49歳

退職

40歳以上の人間仕事パフォーマンスが下がるため社会には不要。早々にリタイアする。

40歳とまだ若いため、十分に余生を楽しむことができる。

孫(概ね10前後)とも仕事を気にすることなく存分に触れ合うことができる。

社会人時代は身を粉にして働いたため、遊びに使う貯金も十分にある。

第二の青春と言って良いだろう。

50歳

安楽死

病気に苦しむことなく楽に逝くことができる。

仕事に遊びに子育てに、充実した人生であった・・・

これによって何が解決するのか

純粋恋愛結婚回復

初恋をしたのは中学生の頃だった」という人も多いのではないだろうか。

この制度下では中学生時代結婚するため、現在のような30歳を過ぎて男女ともに打算で行う醜悪結婚とは異なり、若い純粋な恋情をそのまま婚姻という形で実らせることができる。

高齢童貞処女問題の解消

今日恋愛自由主義化はますます加速している。それに伴い男女ともに恋愛結婚から取り残される人間が多く出現するようになった。特に男性高齢童貞社会に対して抱いている怨念は凄まじく、その存在自体が人々や社会迷惑を与え、中には直接人々に危害を加える人間まで出現する有様である

この制度下ではかつて共同体企業果たしていた「お見合い」の機能中学校代替する。これにより恋愛セックス結婚から漏れ落ちる人間がいなくなり、それは即ち高齢童貞消滅意味し、治安においても精神衛生の面においてもこの国が安定することに繋がる。

万全なる労働力の確保

40歳以上になると体力も低下し思考も硬直化するため、労働力としての価値は低下する。

この制度下では40歳退職となるため、20~30歳の働き盛りを労働力の中心に据えることができる。

完全なる女性社会進出の実現

女性生物学宿命により、妊娠出産のために最低でも1年近くは前線から離れることとなってしまう。一方グローバル社会での企業間の競争は日に日に激しくなり、どの企業産休・育休による社員前線から離脱容認できる体力がなくなっている。女性社会進出の意義を企業理解していても、どうしてもこの事情があるために女性社員雇用や重役に任命することに二の足を踏んでしまうのだ。

この制度下では新卒入社時点ですでに女性は2~3人の出産を終えており、また祖父母による育児サポートを得ることができるため、産休・育休による戦線離脱がない。これにより企業安心して第一線の企業戦士として女性雇用することができる。

グローバル社会での競争に勝つための競争力を得ることができる

24時間働けますか」とはバブル時代象徴する栄養剤のCMキャッチコピーであるが、この言葉通り資源のない日本は粉骨砕身の労働によって世界トップ経済大国に躍り出た。企業間の競争苛烈さは日を追うごとに増すばかりだが、それに反するように労働者の育児に関する休職・早退の問題も増してきている。この制度下では前述の通り現役労働世代育児問題に悩まされることはない。気を惑わされることな自分の取り組むべき仕事100%のエネルギーを注ぎ込むことができる。これにより日本競争力は高まりグローバル経済戦争覇者となるだろう。

ネグレクトから解放

両親が仕事忙殺されるがためにネグレクトとは行かないまでも十分に愛情を受けることができない子供も多くいる。特に専業主婦が少なくなり母親フルタイムで働くことが多くなった今日においてはどうしても子供が両親と触れ合う時間が少なくなってしまう。

この制度下では0~7歳くらいまでは両親に、1020歳くらいまではリタイアした祖父母と触れ合うことができるため、多くの愛情を受けて成長することができる。

少子化問題の解消

この制度化では中学高校時代になるべく多く子を産むことが奨励される。

まだ学生身分であるから仕事を気にすることな産休・育休を取得することができる(休暇中の学習は前述の通りe-larningや家庭教師サポート)。

また、すでにリタイヤ済みの若い祖父母に全面的育児サポートを受けることができる(両親は仕事に集中しているためまだ孫の養育には参加できない)。

社会としても少子化が解消されるし、仕事に熱中するあまり出産適齢期を逃して涙を流す人も減るだろう。

不妊問題の減少

卵子精子も加齢によって痛み、男女ともに年を取るごとに妊娠能力が低下する。

この制度下では生物学的な妊娠適齢期である中~高校生の間に妊娠出産を済ませるため、不妊問題は大きく減少するだろう。

高齢化の解消

50歳で安楽死するからこれは自明

リタイア後の人生の充実

現在日本社会では60歳定年制度すらも無くなり、65歳あるいは70歳までも働かせようとする動きがある。

70歳でリタイアしたとして、その老体でどのような第二の人生を楽しむのか?

この制度下では40歳という若い年齢でリタイアするため、旅行スポーツを存分に楽しむことができる。

10年という余生は短く感じられるかもしれないが、まだ若い中年時代10年の密度は後期高齢期間の数十年に匹敵するだろう。

破綻した年金制度廃止

50歳で安楽死するため退職~死までの期間は10しかなく、現役時代苛烈労働によって十分な貯蓄を行うことができるため、年金制度廃止することができる。

苦しい死の可能性の軽減

日本人の死因の1位はガンである

ガンの終末は苦しい。

ガンに限らず年を重ねるごとに重い病気によって死ぬ確率高まる

そうなる前の50歳という比較若い時点で安楽死することにより、苦しみの果てに臨終するという悲劇可能な限り避けることができる。

2018-07-13

新型出生前診断中絶体験談

 40代前半の女性です。

新型出生前診断経験し、

初めて気づいたことや考えたことがあったので、

備忘録として残します。

 メディアがこの問題について発信する情報は、同診断を受けないことを決断した人、

あるいは受けて陽性が確定したけれども生むことを選んだ人を取り上げる「美談」が殆どで、

陽性確定者の多数派である中絶手術体験者の声が反映されていないと感じます

このため、手術体験である私の考えをお伝えします。

<経緯>

 30代の終わりから不妊治療を始め、40代の始めだった2016年体外受精で初の妊娠

同年に新型出生前診断を受けたところ、18トリソミーであることが確定し、手術。

<手術に踏み切った理由

・当時の私には、重要資格試験が目前に迫っていました。

試験勉強育児を両立させるために、健康であることは大前提でした

夫婦共に健康なので、子ども健康状態で産まれると思い込んでいました)。

 

 医療ケア児であれば、受け入れる施設も限られ、お世話に忙殺されることが予測されます

「もし産むと、あなた毎日家の中で赤ちゃんに付きっ切りだよ」と夫に言われ、

自分キャリア崩壊する怖さからわず「それは無理」と言い返しました。

 さらに、その子が将来、認知症などで要介護状態になれば、入れる老人ホームはあるのか。

ネット上には、医療ケア児の受け入れ先や成長後に関する情報ほとんどなく、不安に駆られました。

胎児女の子でした。心配なのは、この社会知的障害者に多発する性被害です。

施設に入れたとしても職員から被害を受けるのではないか

あるいは通所途中で誰かから……と考えると、とても我が子にそんな辛い体験はさせられないと思いました。

私たち夫婦染色体異常の子どもが産まれたとなると、

家族や親戚までが世間差別的な目にさらされるかもしれず、

もはや「自分たちさえ良ければ産める」という問題ではないと思いました。

 また私自身、高度な知性を要求される仕事従事しています

知的障害児を生んだ場合、私の知性すら信用されなくなるのではないか

人知からも憐みの目を向けられるのではないか、と懸念しました。

 そしてこのように考えること自体自分の中に知的障害者への差別意識があるのだと、

認めざるを得ませんでした。

<なぜ、新型出生前診断を受けたのか>

 私たち夫婦高齢なだけに、「障害がないことを確認し、安心してその後の妊娠生活を過ごしたい」と考えて

同診断を受けることにしました。

私としては、「事前に疾患がわかれば心の準備ができる」とも思っていました。

その時点では、どんな疾患のある子でも受け入れて産もう、と漠然と考えていたのです。

 ところが、いざ診断で陽性判定が出ると、上記に述べた様々な不安が一気に押し寄せ、

坂道を転がり落ちるかのように、気持ち中絶手術へと傾いていきました。

 しかし、実際に手術によって死産した我が子と対面した時、愛しさが込み上げ、

「なぜ息をしていないの。お願いだから生き返って!」と号泣しました。

手術を受けてから後悔しても遅いのです。

ももし、この診断を受けていなければ、とりあえず出産し、

覚悟を決めて育てていっていたかもしれません。

<新型出生前診断を受けるかどうか迷う人へのメッセージ

 「安心したいから」という理由で受ける人は多いようですが、お勧めしません。

私たち経験上、陽性判定を受けると冷静な判断力が失われ、未知の将来への恐怖心から

とにかく「生活が変わらない選択肢」を選びたい強い誘惑に駆られます

 従って、診断を受けるのは、

「陽性の場合は産まない」と決めた時のみとするのが良いと思います

 陽性でも産み育てることを決めているのであれば、「心の準備」は産んだ後からでも間に合うのではないでしょうか。

染色体異常を持って生まれてくる可能性への心配はあるにしても、

あらゆる状況を想定して、妊娠中に情報収集しておけばいいと考えます

カウンセリングのあり方>

 私がカウンセリングを受けたのは、出産予定先だった大学病院産婦人科からでした。

18トリソミーとして生まれ子ども知的身体的特徴について説明がなされました。

ただ、私たち親が知りたいのは、「そのような疾患を持つ子どもをどうやったら育てていけるのか」です。

 医療ケア児には、健常児にとっての保育園幼稚園学校に代わる施設はあるのか。

親が共働きでも育てることは可能なのか。

成人後の住居や生活費はどうするのか。

老後は介護施設に入れるのか、など。

 そうした社会サポートに関する情報医師からほとんど与えられず、私たち不安に駆られるばかりでした。

是非、これらの情報に詳しい専門家カウンセラーとして配置して欲しいと思います

 

メディアのあり方>

 冒頭で述べたように、新型出生前診断に関してメディアに登場する当事者には偏りがみられるため、

診断を受けるかどうかを迷う人にとってはあまり参考になりません。

 私自身、診断を受けるかどうか、手術に踏み切るかどうかを判断する際に、

手術体験者の声をメディア上に求めましたがほとんど得られず、

心細さを抱えながら性急な判断をせざるを得ませんでした。

 メディアが同診断に関する美談ばかりを取り上げることは、中絶手術を選ぶことを暗に非難するメッセージとなり、

手術体験者はますます沈黙を守ります

その結果、手術体験からアドバイスが発信されないために、受診者及び受診者予備軍が的確な判断ができないという、

悪循環に陥っているように感じます

 是非メディアが、多様な声を報道することを望みます

以上、ご参考まで……。

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(出典 https://anond.hatelabo.jp/help

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