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はてなキーワード: 猛勉強とは

2019-11-28

anond:20191128125253

ピンク着せない親は大体教育ママも兼ねてるよ

女児に「キャリアウーマンになれ!主婦腰掛けOLなど許さん」と猛勉強させる毒親

ある時期が来ると急に「結婚しろ!孫を産め!」とヒステリー起こすのもデフォ

2019-10-20

これが現実・・!現実です!

https://twitter.com/kazukichi3110/status/1185794479111860224

@kazukichi3110

ウェブカツ生を雇うな的な頑張り無意味過ぎてウケる

君ら数百程度のエンジニアじゃあね。

そもそも業界ITエンジニア人口は90万人を超えている。

超少数派でしかない。

そして、ボンクラ採用担当者でなけりゃそんなんで人の採用可否を判断しなけりゃ公開もしないから分からないワケで

うんまあ、ITエンジニア人口は90万人いるだろうけど、

その中で君らが標榜する、「年収いきなり1千万」を狙える椅子はいくつあるんだろうねって。

現実はこれだよね

@Rorome15Nikomu

プログラミング英語勉強しているアラサーです。既婚。SES(事務職)4年→フィリピン短期留学SES(インフラ系)1ヶ月で退職無職期間にウェブカツで猛勉強3月よりWEB制作会社アルバイト中。

フリーランスフロントエンドエンジニアプリケツを目指し中。10/5ウェブカツ卒業試験合格

https://twitter.com/Rorome15Nikomu/status/1184446949107236865

エージェントからあなたの経歴で提案出来る案件ないよ!すまん!って連絡きた。まあそんなものか…🤔

午後9:32 · 2019年10月16日·Twitter Web App

2019-09-13

anond:20190913153238

猛勉強して物凄い有能さを発揮してる可能性を考えないお前は差別主義

2019-09-03

anond:20190903123120

女をアピールすると軽く見られて変な男からセクハラ三昧ジェンダーロール三昧になるからねー

から賢い女性学歴つけて稼げるようになって社会的地位を得るために猛勉強して努力する

さらに稼ぎと社会的地位があってかつ家庭的な男性を伴侶に選ぶ

こうやって重武装すると変な男にハラスメントされる率が下がるから

それをできる女性能力的に限られてるかもだけど

2019-09-02

ゲイ大学生だけどおじさんと付き合いたい

大学生男性同性愛者なんだけど、無性にゲイ向けのマッチングアプリでおじさんと会いたくなるときがある。おじさんといっても世間から忌嫌われているような、わかりやすい?ネガティブイメージのおじさんではない。私が会いたいのはカッコよく、優しく、知的で、包容力があるおじさんである。中々いませんが…

前にそういう素敵なおじさん(以下Kさん)と会ったのはのは2ヶ月前、新宿高島屋で美味しいガレットを食べながらワイン呑んで、そのあとKさんの住んでるマンションに転がり込んでセックスしたのが最後である。その後Kさんとは会っていない。

Kさんと一緒に食事を食べて交わったのはせいぜい5時間とかそんなもんだったと思うのだが、この5時間は“彼にもう多分会えない”ことをこれまでの経験からなんとなく察知し、噛みしめるほど徐々に美化されてきている。また、あの5時間のような夢の時間を過ごしたい、彼氏になってほしいなどとおこがましいことは言わないからまたセックスだけでもしたい、相手はもはや、顔も見たくないのかもしれないけど。

Kさん40代半ばで、もう何年か彼氏はいないらしい。大学生の私とよく行く服屋が一緒だったりと年齢を感じさせない雰囲気を身にまとっていた。かと思えば、私が就活の話をしたときに、「俺はロスジェネ世代から就職大変だったんだよ、今の子が羨ましいよ」とも言っていた、聞けば、なんとかして入った会社を一度辞めて、脱サラ学校に通いなおして現在専門職をしているらしい。酸いも甘いも噛み分けた大人男性であることを感じさせていた。

1軒目のレストランを出たところで、「これからどうします?」と尋ねると、「何してもいいよ、付き合うよ」と笑って言ってくれた、でも目は合わなかった。Kさんは少なくとも私を見てはいなかった。笑顔も少し作っていた。今にして思えば、こういう僅かなKさん仕草を感じとったときに潔く別れた方がよかったかもしれない。でも、そうしたくなかった、私は平静を装いながら頭の中で、Kさん繋ぎ止めるための策を練りつつ、二人でニュウマンとかをちょっとロウロした後に、やっぱりこのまま別れてしまうのはなんとなく嫌だったので、思い切って「お家の近くになんかありますか?移動しましょうか?」と尋ねると(直接家に行きたいというのは気が引けた)「俺の家来たいの?まぁいいよ」と言ってくださったので家に行くことにした。

そのあとは二人でお酒を呑み直して、なんとなくテレビをつけて、なんとなく見つめあって、私がKさんの頬に触れて、その勢いでなんとなくキスして、シャワー浴びて、エッチなことをした。ある種のお作法の流れである

こちらはあんまりテクニシャンではないのでだらついたエッチだった。もしかしたらKさんには退屈だったかもしれない。私はKさん愛撫が止まっている間に、色々なことを聞いた。

出身県、前の彼氏Kさんフェチ名前の由来、そんなことだったと思う。

その日は「終電にまだ間に合う、泊まりたいけど帰らないと」と言って帰った、Kさんの方も明日仕事からと言っていたのでその日はそのままお開きになった。駅まで送ってくれたので、その後も少し世間話をしたのだが、セックスした後のKさんは家に来る前より声のトーンが少し低かった、私の話をどうでもよさそうに聞いていた。「多分もう会えないな」と思った。帰りの電車でザ・チェインスモーカーズの「Call You Mine」がSpotifyから流れてきて泣きそうになった、私だってKさんを「俺のもの」と呼びたい。淋しくなって、Googleで「ワンナイトラブ 会う 2回目」みたいなことを帰りの電車検索しまくっていた。

次の日、仕事のはずのKさんマッチングアプリで「今日暇!会える人!」みたいな募集をかけていた。(私が使っているアプリには、その日すぐに会える人を探し出せるように募集できる機能がある)私の嫌な予想が確信に変わった。やはり私はKさんのお眼鏡にはかなわなかったのだ。こうなってしまうとどうしても会いたくなってしまい、その後、Kさんがすぐ会える人の募集をかけているときにわざとこちらもちょうど会える人を探しているかのように「今日お仕事休みですか?よかったら会いませんか?」みたいなメッセージを送ったものの、のらりくらりと断られ続けている。というか流石に迷惑を超えてストーカーっぽいので連絡するのはやめた。

最近、何を見てもKさんを思い出す、自称していた出身県でよく取れる野菜路線図に書いてある新宿駅の文字、よくいくと言っていたルミネ入店しているセレクトショップKさんと同い年くらいのおじさん、街中のカップル赤ワインetc

そして、Kさんを思い出すたびに自分の中のKさんKさんではなくなっていく。

私の頭の中で、私を車に乗せて一緒に旅行をするKさん、優しくリードしてお姫様のような?チヤホヤした扱いをしてくれるKさん、平日の夕方に呼び出されて、サプライズで高級なレストランに連れていってくれるKさん彼氏になった大好きなKさんに思いっきり甘えられる幸せに浸る私。

もはや、あの日に会ったKさんはどこにもいない、私のヤバい妄想の中でKさん勝手理想化されていく。

こうなって始めて、「あぁだから俺はおじさんを求めているんだ。」と理解する、用は甘えたいのだ。私は人間に、それも「おじさん」という絶対自分自身には“甘えてこない”人に。

私は前から包容力があって日々の愚痴を聞いてくれて、リードしてくれて、チヤホヤしてくれる彼氏に思いっきり可愛がられたくて、この人なら、それを可能にしてくれるかもしれないという夢を見たくて、その夢を見るためにアプリ上で「よかったら会いませんか?ご飯でも」とメッセージを送り、実際に会えたらセックスのチャンスをちらつかせることで、この願望をその人で投影している。セックスで夢を買っている。そうすればセックスするまでの短い間はおじさんたちはみんな(程度の差はあれ)俺をエスコートし、チヤホヤし、歯の浮くような台詞を言ってくれる。

でも、セックスが終われば、おじさんたちは一気に態度を変える。もう一度メッセージを送ってみても望む返事は得られない。

あるおじさんは「君みたいな若い子はこんな大人と一緒にいてはいけない、もう会うのはやめよう」と優しく、でも本心かどうかはわからない返信してきた。

あるおじさんからは「いいよ!また会おう」と返信が返ってきたものの、こちらが「まずご飯行きましょう」と返すと「セックスしないならいいや」とシンプルで最悪な返事が返ってきた。

他に「最近仕事が忙しい」「いいよまたあそぼう!こんどは○○なエッチしたいな」「夜ならいいよ」こんな返事ばかりである。返事が返ってこないこともある。

ある時期から、「普通に考えたら、素敵なおじさんはたんなる大学生(特別頭がいいわけでもめちゃくちゃ見た目がいいわけでもない)を好きにはならないな」と思い直し、同世代普通にご飯に行くようになった、しかし、特に面白くなく、当たり前だけどマッチングアプリでなんとなくのプロフィール顔写真みて会った人とは共通話題があっても、いきなり意気投合したりはしないしなぁ〜と思いながら、なんとなく帰ることが多い。

時々、うっすら思い浮かべる人がいる、高校ときに、独りぼっちで浮いていた私に優しく接してくれた昔好きだった男の子だ。誰にでも親切で、努力家で、対して勉強ができなかった私と違い猛勉強して優秀な大学に行った彼。つまらない高校生活に一筋の光を照らしてくれた彼。私は彼がしてくれたことに感謝しつつ、彼には何も与えられないことがもどかしかったし、(唯一、彼が読みたがっていた漫画を全巻貸して欲しいといわれて貸すくらいはできた。)何も与えられないのならば、せめて、彼にとっての私が嫌な記憶にならないように、連絡をしたり、心の内に秘めていた恋心を隠し通すくらいしかできなかった。

好きな人に、無性の愛を注げるような人になりたかった。

いつから、私はこんなにも愛を貰うことに執着するようになってしまったのだろう。

2019-08-27

内申点制度はクソ

俺が高校受験したのはもう10年以上前だけど、

総合選抜制度」と「内申点制度」によって公立高校受験マジでやばかった。

総合選抜制度は今となっては採用している地区がないことからもわかる通り問題点の多い制度だった。

例えば地区に全て定員100人のA,B,Cの3つの高校があったとする。

この時地元がA高校の生徒がB高校受験した場合

(俺の当時の地区では)入試で35位までに入らないとB高校不合格になるものだった。

36~100位は地元民を優先するというのが総合選抜制度だ。

ただし、志望はしていないが地元のA高校順位に照らし合わせたら

100位に入るという場合はA高校入学してしまうというのも総合選抜制度なのである

しかもこの際に「公立高校を志望して地区高校に(A,B,Cを問わず)合格したら私学への入学はできない」

というのも総合選抜制度である

まとめると、以下のようになる。

1.地元ではない高校受験すると定員の上位35%までに入らないと不合格になる(36%~100%は地元優先)

2.地元ではない高校を志望し不合格となったが、地元高校に照らし合わせて定員内の順位場合地元高校合格する

3.公立高校を志望して合格した場合合格した高校によらず私立高校への進学はできない

本来的には学校感の格差受験戦争を緩和するための制度だが、

高校自由に選べない、また学校間の格差が大きい場合著しい問題が生じる。

まり地元のA高校偏差値35のド底辺高校で、地元ではない進学校(偏差値65)のB高校を志望した場合に、

当落ライン上にいる生徒はほぼB高校受験せず、1ランク落とした偏差値60程度のC高校受験する。

なぜならB高校不合格になっても地元のA高校には100%合格してしまうためだ。

もうわかったと思うが、俺は地元がA高校人間だった。

A高校は数年に1度警察マスコミに取り上げられるような事件が起きる高校で、

親は「B高校に落ちてA高校に回されたら高校には行かなくて良い」と言い切るようなところだった。

いやいや、テスト普通に点取ればいいんだろ?と思った人は正しい。

更にここに「内申点」というものが関わってくる。

俺が受験していた当時は、10段階評価通知表に対して

英数国理社は4倍、保健体育音楽美術技術は7.5倍して500点満点に

当日のテスト100点満点で合計1000点の順位付けをしていた。

内申点制度のものは当日のテストでのばらつきをある程度是正するものだとは思うが、

俺の出身中学では英数国理社のように明確にテストで点数が出ないことを良いことに

この副教科の数値をかなり生徒によって調整していた。

志望校に余裕で合格できる生徒の評定を下げ、

少し足りない、危ない生徒の評定を上げていたのである

故に、学年1位の成績であっても平均すると10段階で8程度しかつかない。

内申点で400点以上の生徒はいなかったと思う。

この「地元にド底辺高校がある場合総合選抜制度」と

教師による学年全体の内申点(副教科の評定)調整」が組み合わさることで

本人の成績と意図しない高校に振り分ける可能性が生まれていた。

俺は中3の時にA高校に生きたくない気持ち1つで猛勉強してB高校にいったけど、

もしA高校に行ってたら人生詰んでたと思う。

2019-05-23

「100点取ったら1万円の昆虫図鑑買ってあげる」

anond:20190523063925

同級生で、子供の頃から昆虫が大好きで、高校生の頃には既に昆虫写真撮影セミプロ級の腕前となっていた男がいる(雑誌とか掲載されていた)。

その彼が小学3年生くらいの時(多分1970年代)。

彼が欲しい物No.1は、「1冊1万円の昆虫図鑑」。

もちろん子供お小遣いでそんな図鑑が買えるはずもなく、でも、もの凄く欲しかった。

ある日、母親が「理科テストで100点取ったら、その1万円の昆虫図鑑を買ってあげる」と約束してくれた。

それで彼は猛勉強をして見事、理科テストで100点。約束通り昆虫図鑑をゲット。

1970年代の1万円って、今の3万円くらいになるんじゃないかな?

2019-04-24

anond:20190423112744

理系はいずれくる子供の「どうして空は青いの?」という質問完璧な回答をするため、化学数学猛勉強し、ついに自分言葉説明することに成功した!

一方文系Google検索して一番上に出た記事を見せた。

2019-04-13

新卒入社したのだけど同期の目がみんな輝いていて辛い。

同期の目がみんな輝いていて辛い。

別に偉い人がそれっぽい話をして輝いている訳ではなく、純粋に、根っこから輝いている目をしている。

先日、いわゆる""同期の飲み会””というものがあった。正直にいえば決して安くはないし、1ミリも行きたくなかった。しかし、私以外の全員が参加する飲み会に欠席する訳にもいかず、適当に参加して、たいして美味しい訳でもないにお酒を飲み、量の少ない料理を食べて、適当に相づちを打ってきた。

「なんでアイツは参加しないんだ...」なんて目をつけられて、陰でなにか言われたくなかった。それだけだった。

お察しの通り、私は所謂陰キャ”と言われる側の人間だ。ゲームが好きでアニソン声優ソング好きで、ライブにもたまに行く。強いて人にいえる趣味料理お酒。それ以外は(例え自分の事でさえも)興味が持てない。そういう人間趣味の話なんて、できるわけがなかった。

からなのか、同期に対してもほとんど興味を持てないし、何より自分のろくでもない、粗大ゴミより価値のない「今まで」という話をしたくなかった。そのくせ、周りの普通の人々と比べて”マトモに話一つできない”と、勝手に惨めになる、どうしようもない人間。目が輝いていて、自分は誰かに少なからず期待されている事を信じてる人々が羨ましかった。

所謂、”同期”と呼ばれる人々はみんなそれなり新しい環境に対して不安とどこか将来への希望があるように見えた。研修感想も私なんかよりしっかり書いている人がほとんどだった。

当の私はほとんど書けなかった。未来への希望だとか、目標だとかそういうものが一切なかった

(しいて言うなら今年リリース予定の推しているゲームの新作くらいだけど、流石にこれは違うことはわかっている。)

いじめられ、友人と呼ばれる人々に裏切られ人間不信になり、勉強部活も幾らやっても結果がでない自分絶望し、教師コーチにも見放された。なんとか変えようと受験猛勉強した。けれども、受かった先に待っていたのは自分ではどうすることもできない”生まれた家の経済的な差”だった。おまけに親からは「育ててきた時間無駄だった。」と面と向かって言われもした。

なにもかもどうでもよくなったのは20歳くらいの頃だろうか。未来への希望とかそういうものも一切なくなった。私の目はもう輝いていなかったと思う。

実を言えば、内定式の時から「ここにいる人達自分と生きる世界が違う」と薄々感じてはいた、しかし他に行くアテもないので見てみぬフリをした。「昔の友人が~」「高校クラスでは~」「免許お金は出してもらったけど~」「仕送りもあって学生が楽だから~」、聞こえてくるのはそういう話ばかり。私はその手の話はなにもできなかった。

だってなにも経験していないんだもの

振り返るような学生時代の思い出も、親しい友人や両親、兄弟のことも、私にはろくでもない思い出でしかなかった。全部忘れたかった。

入社して研修の時も、それはほとんど変わらなかった。周りにとって自分の「今まで」の人生はとても素晴らしい思い出。私にとっては忘れたい、ろくでもなさそう思い出。おまけに趣味の話をしたらなにか言われるかもしれない。そんな人間不信を抱えた私は、ほとんど何も話さなくなった。

周りの当人達にとってはごく普通の目が輝いている人々が怖いと同時に羨ましかった。私もそうなりたかった。

結局なにも変われない私は周りに合わせることすらできない自分が惨めになり、1人でつらくなっていた。どうしようないのだから、さっさと諦めればいいのに。

勢いで殴り書きしてしまたかほとんどまとまっていない文章だと思う。もし読んで頂い方がいれば申し訳ない。

そろそろ配属した先での研修になる。同期との関わりは減るだろうが、今度は”先輩”と呼ばれる普通の人々が近くに付くことになるだろう。

自分の話なんかできないし、そもそもしたくもない。かといって悪い印象を持たれることだけは避けないといけない。裏で何をされるかわからないのだから

いつになったら周りと比べて惨めにならず、割り切ることができるのだろう。少なくとまだ暫くの間は無理そうだ。

2019-04-02

かばちゃん足跡はこんな感じだと思う

・舟で外海へ行くが沈む

 

サーバルちゃんジャパリパークへ、かばちゃん人間たちの住む大陸へ流れ着く

 

かばちゃん孤児として施設に入れられ、なんやかんやで義理の両親と出会って戸籍上の名前も決められる

 

・その後しばらく普通暮らしを送っていたが、「ジャパリパーク」がサンドスター災害

 立入禁止指定された地区であり特別許可を持つ調査員以外は入れない事を知り、

 将来は調査員になって再び島を訪れることを決意

 

・その後、猛勉強を重ねて資格を取得し調査員としてジャパリパークに戻ってきた

2019-03-26

国家試験通過

あんなに猛勉強して合格した

研修も終わった

しか職場いじめにたえられなかったりして自律神経失調症になりいま無職セルフネグレクト2年目

いっぱい勉強してた頃のように働きたい

どうしたらいいかわからん 死にそう死ねやほんと

2019-01-03

京大受験までの思い出

https://anond.hatelabo.jp/20190102174908

自分のことを思い出した。

もう20年前の話。

親の仕事の都合で引っ越しの多い幼少時代だった。そのせいか内向的で、休み時間には教室に置いてある児童文庫学習漫画をよくよんでいた。地球太陽の周りを回っていると書いてあったから、影が1日の間で移動する理由テストで問われて「地球太陽の周りを回っているから」と書いたら、正解は「太陽が動いているから」だと言われた。テストでは僕の答えも丸になっていたが、動いているのは地球の方で太陽は動かないはずだと僕はずっと首をかしげ続けていたと、母親保護者面談先生から言われたそうだ。なぜか母親にとってそれは自慢話のネタらしい。

中学受験に向けて猛勉強する同年代の子どもたちの映像テレビで見たことをよく覚えている。そのときは僕は「ずるい」と感じていた。みんなが学校で同じように平等勉強の機会を得るべきで、塾で勉強するのは抜け駆けをするずるだと感じたのだ。そのせいか僕は塾に行くことな大学受験まで過ごすことになる。

親は放任主義というかのんびりしているというか、子どものすきにさせるというスタンスで一貫していた。ファミコンをどんだけやっても怒られないし、勉強しろと言われたことは一度もなかった。そのせいか、どの高校大学を受けるかにあたって僕が出した唯一の基準は「自由なところ」だった。

高校県内でも自由で名高い公立を選んだ。私立優位な地域だったので、東大京大に受かるのは3年に1人くらいの高校だった。そんな高校で僕はずっと学年で「2番」の成績をとり続ける。どんなに頑張ろうと常に2番。1番の子は一体どんなやつなんだろうと思わないでもなかったが、実は顔も知らない。1学年10クラスもあって、どのクラスにいるのかを探すのも大変だったのだ。

高3に模試を受けてみると、京大合格圏に入らないでもないくらいだった。調べてみると京大は、自由のもの校風ではないか。それなら受けるしかない。塾には行ってなかったが、通信教育は受けていた。コース京大向けに変更して、家で課題を解き続ける日々。子どもの頃に中学受験をずるいと感じたくせに、大学受験ではそのど真ん中に身を投じているのだから勝手なもんだ。つまり自分認識すらできない時点で人生に差をつけられてしまうようで、抵抗を感じていたのだ。

受験の当日、母親ホテルについてきた。「私は観光してくるからあんたは受験頑張りね」と。どこに観光してきたかは知らないが、そのとき写真お土産ひとつもなかった。どこにいたんだろね。

試験はよく集中できた。何問解けたのかはよく覚えてない。目の前にある京大らしい問題に、自分知識と知恵で格闘した。いつも通りの自分でいられた気がする。

合格発表は新幹線に乗って見に行った。

自分の番号を見つけた瞬間の感想は、あーそっかあという安堵のようなものだった。ここに受かるということは、親元を離れて暮らすということだ。その新しさへの不安と期待が少しずつだった。

噂によると、学年でずっと1番だった彼も京大に受かったらしい。が、いまだに会ったことも話したこともない。全く自由というか無頓着なのだろう、2人とも。

あれから20年経ち、僕も親になった。

僕も親のように、人生の岐路になりうる場に子どもを平常心で立たせてあげることができるだろうか。まあきっとできるだろうと、ポケモンをやり続ける子どもを見ながら思うのだ。

2018-11-16

anond:20181116121748

から家が遠いと、大雪台風や人身でJR止まった時にめちゃ疲れるよ。

前友人がおしゃれで広くて、ガスコンロ2口のお部屋を借りてて、某大学の近くで

若い人が多いので物価も安く楽しそうだったけど

大雪の日。

JRのうちの近くから電話かかってきて泊めてあげた。

彼女賃貸は駅から遠くチャリ10分以上もかかり、大雪の中こぐ体力ないし、激寒い

彼女彼氏さんは現在資格試験のため猛勉強中だとかで迷惑になりたくないとか

から歩いて10分程度の家にとまりたいとお願い電話が来て急きょ泊めてあげたよ。

彼女風邪ひいてて思い切りうつされましたが(˚ ˃̣̣̥᷄ω˂̣̣̥᷅ ) それで彼氏の処に行かなかったんだな?

彼女賃貸に比べて、狭いし、電気コンロでしたが、駅からは近いし、駅にはビルもあり

交通は断然便利でした。

2018-09-06

anond:20180906221231

マジレスすると

1) 働きつつ同業他社への転職トライ:その業界じゃなくて単に増田会社ヤバイだけの可能性がある。

2) とりあえずもう1-2年我慢しながら続けてみる:2-3年同じ仕事してるとなんだかんだサバイブする力はつくことが多い。特に社会人になってまだ1年チョイ?の増田はここからブレークスルーある可能性有。

3) このままだと鬱になるかもと思うならとりあえず辞める:あとのことはあとになって考える。捨てる神あれば拾う神あり。職はどうにかなるよ。あとはコスパ高そうな資格とるとか。半年くらいフィリピンでもいって猛勉強すれば誰でもTOEIC900点は越えられる。TOEIC 900点あれば高卒でもギリ食ってくだけなら職は見つかるよ。フィリピンは最も安上がりな英語圏としてあげたけど、そのお金もなければ日本でも本気で勉強すれば半年あればTOEIC 900TE点レベルならいけるよ。

頑張ってる増田に幸あれ。

2018-08-28

anond:20180828114142

小学校低学年の時は勉強させられた。

でも私は学校になじめず、勉強も嫌がった。だから私に勉強させる方針を両親は諦めたそうだ。学校勉強が出来ても意味ないよみたいなことを言っていた。

弟にも、そんな教育方針が受け継がれていたが、中学から猛勉強して良い大学に入った。

2018-07-17

anond:20180717180550

言及ありがとう

>>親のスネがかじれるうちになんとかしろ

>>猛勉強して通信制高校卒業したほうが良いと思う。

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僕もその認識です。だけど、学費が工面できないんです。在学中はなんとか卒業しようとしていて、そのせいで奨学金みたいなものを使い切っちゃったし、親が(というか親父)騙されて借金抱えていて、それが二千万円以上あるんですよ。おかげで、家差し押さえられるは、競売にかけられるは、その間も住み続けているわで大変だったんです。

そういうこともあって、まずお金。だから、雇ってほしいとあの日記を書いたんです。

.

>>親は疲弊しているだろうが、親のうち1人でも病気になったら、息子が家計の助け程度しか稼げないと、5年後~10年後は共倒れして遅かれ早かれ生活保護になる。

.

これも焦ってる原因です。両親ふたりとも60代なんですよね……。結婚するのが遅かった。もうすぐ年金もらえるから借金返すの楽になるね、とかそんなたわごとでるレベルです。

anond:20180717173436

親のスネがかじれるうちになんとかしろ

猛勉強して通信制高校卒業したほうが良いと思う。

平行してなんか在宅で仕事できる資格をとれ。

親は疲弊しているだろうが、親のうち1人でも病気になったら、息子が家計の助け程度しか稼げないと、5年後~10年後は共倒れして遅かれ早かれ生活保護になる。

それなら、eラーニングが充実してる学校を探して、10年後は完全に独立&親を助けて生きていけるという目標をたてた方がいいよ。

今更勉強とか思うかもしれないけど、中卒というのは一生ハードルになる。

仕事は、SEとかなら在宅でも経験積めばしっかり稼げると思う。

翻訳とかも良い。

やはりある程度は学力というか学習に耐えられる忍耐力は必要だよ。

ランサーズかに掲載されている仕事は在宅でやってる人が多い。

今は無理だけど、勉強すればこれならできるかもしれない、というものがないか見てみたら。

2018-06-26

外にでたら熱が出た

人間関係で引きこもって半年

教授にも連絡不能

脱落者とおもわれてるだろう

でも先週頑張って院の講義にでた。

しか帰宅から発熱

ようやく今日少し回復した

でも、あのとき、久しぶりに建物に囲まれて少しうれしくて悲しくなった

あんなにあの研究棟で毎日毎日寝る間も食事も惜しんで論文検索データ解析猛勉強してたんだよな

あの時の自分努力っていまのためだったんかな

今の自分ゴミ

ゴミ自分のために必死だったのかなぁ

2018-05-11

豊臣秀吉はどうやって政治を学んだのか

戦上手で人たらしと言っても農民の出だから基礎学力は低かったはず、そのような人物が天下を取った後さまざまな改革を行い政治システムを再構築できたのはなぜか。学者を雇って猛勉強をしたのだろうか。だとしたら現代人にも同じことができないか。不遇な環境を嘆く暇があるなら猛勉強をして金を稼げば良いのではないか。そうすれば天下は取れなくても一生、金に困ることはない。

2018-04-01

23から自分探し

からこの時間まだダラダラビールを飲みながら過ごす休日

すべきこともやりたいこともない、ここ最近は何事にも無関心で彼女電話するくらいしか予定がない休日が続く。

こうなったのは多分仕事のせいで、そろそろ入社して1年が経つがどうにもこの仕事があっていないと感じている。

残業が多いわけでもない、休みが取れないわけでもない、給料もそこそこだけど、どうやら仕事があっていない。

そもそもこの会社に決めたにも「この仕事社会貢献自己実現!」ってわけでもなく安定してそうだったから、

それなりの企業内定をもらった。

1年経って結局この会社では生きる気力が見つからないと気づいたときクルーエージェント登録をした。

例によって面談を行いヒアリングされたわけだけど、次の業界は?何がしたいの?の問いに答えられない。

あれ、、、俺は何になりたいんだっけ。

振り返れば就活時期からだったっけ。まわりが就活をし始めた流れに乗ってなんとなーく大学就職課に通い始めESを練った。

大学はそれなりの規模で就活解禁からの3週間は大学企業が来た。

就職からの教えに従って様々な業界を見たけれどどれもパッとしない。

説明を聞き受ける業界を悩むだけで時間が過ぎていった3月末、焦った自分社会的存在意義説いていたある会社説明

納得し業界を決めてしまった。

就活宗教だ、いか自分企業が素晴らしいか説明学生を募る、嘘ギリギリの謳い文句

無知だった自分適当業界を決めたし、面接では準備していた原稿を元にペラペラ話したら大体受かった。

それほど倍率の高くない業界だったしね。

でもある面接アイスブレイク的な質問で「なんでこの大学にしたの?」と聞かれた。あれ、、、なんでだっけ。


「せめてMARCH以上だな」と親に言われたのが高2のとき

その時から僕の目標MARCH合格になりその数カ月後に部活をやめ、同時期に部活をやめた友人と図書館に篭った。

平均8時間/日、多いときは10時間くらいだろうか。

ただでさえ高校猛勉強して入った自分にとって勉強は得意ではなかったから量でカバーしようとした、

今思えば効率が悪すぎるけど。この時の目標大学合格だけで、それ以外のことには目もくれなかったし、

辛い時は2ch受験スレなんか見たりして自分を奮い立たせて継続していた。

ただその時の熱量は本当の自己実現ではなかったんだ。当時の自分には大学に入ってあの先生のもとであの学問を学びたい、

社会をどうしたいなんて考えたことがなかった。


親を失望させたくない、親の世間体を守らなきゃ、親が喜ぶ顔を見たい。


自分のためではなくて全部親のためだったんだ。遡ってもそう、

自分がしたくてやったことが思い出したくても思い出せない。

思い出すのは親に勧められて始めたことが多いし、

しろ自分がやりたかたことを言うと否定され気づけば別のことをやらされていた。

サッカーだってそうだ、僕は野球がやりたかった。父親の影響で野球はよく見ていたし、

井端の下敷きを使うくらいには中日が好きだった。

でもサッカーをやれば母親が喜んでくれた。



そう、僕は何も自分で考えていなかった。

進学まで親に従い、満足する顔を見るための頑張りだった。

大学合格目標がなくなった、親のために入ることが目的だった大学では適当に授業とサークルバイトで過ごした。

大学3年も冬に差しかると就活が始まった。あれ、、、、自分がしたいことってなんだっけ。


親のために入った大学、焦って適当に選んだ会社、そこに合わない自分


今になってようやく自分人生を歩んでいなかったことに気付かされる。

俺は何がしたいんだろう、何が好きなんだろう、何者なんだろう。

生きがいもやりがいも何もない、そんな23の春、明日から社会人2年目らしいよ。


23歳、実質5歳くらいだぜ!!!明日も頑張って死なねぇように生き抜こう!!!

2018-03-24

anond:20180323205243

黒木と同じ大学に通いたくて猛勉強するうっちー

念願叶い、二人とも同じ大学合格する。

二人が通う大学は、電車で通えなくもないが、少ししんどい距離

そのため、意を決してルームシェアをしないか? と持ちかけるうっちー

当然、動揺する黒木だったが、掃除洗濯料理などの家事を全てうっちー担当するという条件に揺らいでしまい、許諾。

そうして始まった二人の同棲生活

二人っきりでいられることの嬉しさでいっぱいだったうっちーだったが、夏頃になると、いつまでたっても肉体関係を結ぼうとしない黒木にやきもきし始める。やきもちうっちーしてしまう。

やきもきうっちーしてしまう。

高校時代の友人たちに相談し、露出度の高い服を着て見たり、お風呂でた後に下着姿でウロウロして見たり、過剰にスキンシップをとろうとしてみたり、マッサージをしてあげたり、と右往左往するうっちー

ところが、全て暖簾に腕押し、黒木は一向に手を出さない。

モヤモヤイライラが募るうっちーはついに、黒木に「私ってそんなに魅力がないかな?」と聞いてしまう。

いつもならギャグ展開にいくワタモテだが、二次創作薄い本力が働き、黒木は二年生の卒業式の日、誰かに何かを与えたいと誓ったことを思い出す。

成熟した大人恋愛関係というよりは、互いの欲の穴を満たすような違いに独りよがりな二人の関係は次のステップを迎えるのであった……




変化球より王道が好きだから、ど直球で申し訳ない。

2018-03-10

いじめを乗り越えた「3つの掟」

これは俺の体験談だ。

俺は中学生の頃、いじめられていた。

殴られたり金を取られたり、物を捨てられたりしたわけではない。ある出来事きっかけで、友人グループから仲間はずれにされた。そこにいるのに無視された。聞こえるところで、でも直接ではなく、悪口を言われることが増えた。不名誉あだ名を付けられ、近くを通るたびにそのあだ名でヒソヒソ呼ばれたりもした。

そんなのいじめじゃないという意見もあるかもしれないが、当時の俺にはつらかった。もしかたらこのまま学校に行けなくなるかと思った。

だが俺にはそうすることはできなかった。

代わりにいじめを乗り越える3つの掟を決めた。それを心の中で唱えながら残りの中学生活を耐える道を選んだ。

1. 「人の悪口を言わない」

2. 「いじめてくる相手をとにかく避ける」

3. 「ひたすら勉強する」

1. 人の悪口を言わない

いじめてくる相手と同じことをしても意味がないと思った。悪口をこぼした人から噂が伝わって、またいじめられるかもしれない。絶対いじめてくる相手への不平を漏らさないことにした。いじめの原因となった出来事は、俺にも悪いところがないわけじゃなかった。だからそんなことをしたら余計に火がつくと思った。誰にも、何も言わなかった。親や教師相談するなんて言語道断だった。


2. いじめてくる相手をとにかく避ける

相手全員の行動パターンを調べ抜いた。どこを通って登校してくるか。昼休みはどこにいるか部活にはどのルートを通っていくか。それらを全て避けるようにして動いた。遠目に相手の顔が見えると血流がサッと冷たくなり、バレないようにこっそりきびすを返して別ルートに行く。そんな生活だった。とにかく逃げた。そして逃げていることがバレてはいけなかった。おかげで悪口を聞くことが減った。言われることが減ったわけではない。悪口不名誉なあのあだ名も、聞こえなければ言われていないのと一緒だと必死に思い込んだ。

3. ひたすら勉強する

義務教育学生最後に残されたもの勉強だと思った。他の全てを捨てたから、時間だけはたくさんあった。学校の授業を一言も聞き漏らさずに受けた。学校が終わると家でずっとずっと勉強していた。登下校以外家から出たくない。勉強だけしていたい。中学範囲をやり尽くし、高校問題集に手を出した。幸福なことに勉強の内容だけは先が見えないくらいたくさんあった。何も知らない親は、俺が急に勉強するようになったと無邪気に喜んでいた。ほどなく当たり前に成績が付いてきた。それでも心は重たいまま、頭脳けがキリキリ研がれていった。



始業前の教室で手持ち無沙汰の時間が嫌で、でも遅刻寸前になると逆に目立つから、と開始5分前に登校した。休み時間は全て寝たふりで乗り切った。始業のチャイムで目覚めるふりが上手くなった。授業が終わるとすぐに、でも目立たないようにそっと帰った。家に帰ると猛勉強した。そんな生活が続いた。

学校祭や体育祭は裏方役を選んだ。欠席すると余計に目立つからだ。同じように修学旅行も息を殺して参加した。行かなかったら負けだと思った。ただ、所属していたバスケ部は誰にも言わずにすぐ辞めた。狂ったように勉強ばかりしていたので、成績だけは相変わらず伸びていった。幸い試験の結果を貼り出すような学校ではなかったから、誰にもバレなかった。

おかげでその中学からでは考えられないような私立高校に余裕で合格した。だけど目立ちたくなかった。教師絶対秘密にしてくれと頼み込んだ。理由は言えなかった。教師は進学実績に匿名で加えるなら、と約束してくれた。

卒業式。開始5分前に行き、証書を受け取って式を終え、アルバムをもらって最後ホームルームが終わるとバレないようにそっと抜け出してそのまますぐに家に帰った。感慨はなかった。これでやっと中学生活を終えられた。いじめを耐え抜いた達成感ではなく、安堵の気持ちけがそこにあった。

高校では、1つめの掟「人の悪口を言わない」だけ守った。中学の同期が誰もいない環境で、久しぶりに仲の良い友人ができた。嬉しかった。いじめられることももうない。だけどもそんなとき中学時代自分が頭の中に呼びかける。調子に乗るな。人と関わるな。心に刻みつけた掟は、大学に行ってもなかなか消えてくれなかった。

実家の整理を手伝っていたら中学卒業アルバムが出てきて、いろいろ思い出しながら書いたら量の加減がわからず長くなってしまった。これが今いじめられている誰かの助けや参考になるとも思えない。俺も、俺をいじめていた相手も、もう大学もとっくに卒業して普通のオッサンになり働いている。別に今更復讐しようなんて思っていない。あのときひたすらに勉強たから今があると思えば感謝できるくらいだ。だけど俺は、久しぶりに集まった中学同期と「あのときは楽しかったなあ」って言いながら酒を飲むことはできない。それだけだ。

2018-03-07

anond:20180307122904

毎年毎年市場に新たに参加する投資家たちは、色々な金融商品を色々な手法で売買するが、大多数は資金ショートして退場する。

中には退場後に猛勉強して再挑戦するのもいるが、そいつらの大半は二度と投資に手をださなくなる。

生き残る者についても、誰もが莫大な利益を上げるわけではなく、投資に労力をかけるより本業に精を出した方がマシだった程度にしかからないというのが大抵。

こうして一般的投資家は、余剰収入の多くは信頼できる投資信託に毎月積み立て、ある程度は預金で持ち、後は好みで個別株とかを買ったり商品とか不動産を持ったりするのがベタという形に落ち着く。

2018-02-25

自分クズだと気付かずに生きてきた

中学ではどのテストもいつも一番だった。

運動部文化部を兼部し、どちらも県で優秀な成績を収めていた。秀才と呼ばれていた。

高校地元じゃ有名な進学校に入った。

その高校出身だと言うと、地元人間は目の色を変えた。優秀だと言われていた。

大学受験あたりから暗雲が立ち込めていたが、自分の目には全く映っていなかった。

大学受験はろくに勉強しなかったが、滑り止めの私立大学合格したので、そこに行くことに決めた。親は現役合格というだけで喜んでいた。

その時点で学歴勉強に対して価値を見いだせていなかったにも関わらず、自分が選んだ学部猛勉強必要なところだった。

大学生活は悪夢だった。というより、自分悪魔のようだった。

自分勉強しなかったために行くことになった私立大学ではプライドが満たされず、「こんな私立に推薦で来るやつ(笑)」と同級生を見下していた。

適当に決めた学部だったので、猛勉強必要なことを知って驚き、自分に合っていないと考えると楽になった。だが、退学する勇気はなかった。

進級するための最低限の勉強を続け、ギリギリながらも結局最終学年までたどり着いた。

そこまで来てしまうと、自分は最低限の努力物事をこなせる要領の良い人間なのだ勘違いするようになっていた。

周囲もいつの間にか自分を賛賞する人間ばかりになっていた。

その理由はただ一つ、自分の周囲に居たのは、口先に騙されてくれるような、善良で純粋無垢で心優しい、自分とは正反対人間たちばかりだったからだ。

そして、ついにいかづちが落ちた。

大学卒業できなかったのだ。

理由は単純、やる気がなかった。だが恐ろしいことに、それに全く気付くことができなかった。

自分勉強に集中できないのは何か重大な理由があるのだと考え、もっともらしい理由をつけ、周囲を納得させた。周囲が納得したので、自分は責務から解放されたような気分になった。

高卒プライドが許さなかったので、留年して卒業だけはすることにした。

プライドのためだけに将来を決めていることを隠そうと、常識ぶった物言いで親を説得した。親は納得し、自分学費のために病体に鞭打って働くと言った。

だが、相変わらず勉強へのやる気は皆無。勉学への情熱もなく、親の首を締めて学んでいる危機感もない。あるのは義務感、老いへの焦り、価値のない時間から早く過ぎればいいのに、という意識のみ。

できることなら好きなことだけして、好きなことで食っていきたい。でもも結構な歳だし、真剣勝負は怖い。人生を棒に振るかもしれない。

清々しいほどのクズだ。つい最近まで全く気が付かなかった。

自分は優秀で、才能があり、与えられたものに甘えず、目標をしっかり持ち、現実的物事を考え、自己実現に向けて努力し、自分の芯を持っている。

そう信じて疑わずに今まで生きてきた。なんてひどい人生なのだろう。

当たり前のようにクズを見下して生きてきた。

クズクズなりにクズらしく、クズを貫いて生きているというのに、自分の有様はなんだ。

クズにもなりきれず、優秀な仮面をつけるのも息苦しく、好きなことに情熱を注ぐ勇気もない、クソの中のクソが産んだクソみたいな人間じゃないか

最初から自分についてなにもかも諦めていたらよかったのだ。最初からクソらしく生きていたら、ここまで悲惨なことにはならなかった。

だが、今やるべきことは嘆くことではなく、これ以上更なる悲劇を産まないことだ。

いか、よく聞け、お前のようなクソがすべきことは、今からでも遅くない、自分についてなにもかも諦めることだ。

自分がクソであることを受け入れることだ。クソはクソらしくとっとと濁流に流されることだ。

自分についてクソと書くことで悲しくなっているようじゃ、お前はまだ自分のことを人間だと思い込んでいる。

泣くなクソ。これは罵倒じゃない。事実を書いているだけなんだ。お前は人間じゃないんだ。何らかの手違いで産み出されたクソなんだ。

本当はお前以外の人間らしい人間が産まれてくるはずだった。お前は間違って人間として産まれしまたから、クソなりに人間の真似をして生きてきただけだ。

人間モノマネばかり上手くなっても、お前はクソだから人間にはなれない。お前はかわいそうなやつだ。必死人間になろうとしてきた。

提示された課題をこなし、期待に応え、善良で、常識的で、聡明で、才能ある人間に憧れ、そんな人間モノマネに尽力してきた。お前はクソだが、人間の真似はクソ一倍上手い。それだけは認めてやろう。

楽になることをちょっと教えてやるから泣くなクソ。クソであることを認めれば、お前はクソだから、誰かを幸せにする必要はない。一般的幸せ迎合する必要もない。誰かを無理に愛そうとしなくてもいい。なんにも頑張らずにのたれ死んでもいい。誰とも喋らなくていい。ずっと一人で居てもいい。スマホも捨てていい。お前はもう人間らしく生きるために生きなくても良くなる。

でもお前が本当に人間になりたいと思ってたのは知ってる。だからクソだと認めたくないって渋ってることは分かってる。だからこそ、これ以上ひどいクソにならないために、クソだと認めなきゃならないんだ。これ以上信念もクソもないクソにならないために。クソなりに恩を感じてる人間たちをこれ以上失望させないために。騙さないために。

から泣くなクソ。お前が申し訳ないと思っている大切な人間たちが愛しているのは、お前が演じていた人間であって、クソじゃない。お前は不幸にも優秀な人間モノマネが上手すぎたことによって、クソのままで愛される術を失った。これからちゃんとクソとして生きていくんだ。そうしたら、数は少ないけど、スカトロ好きなやつが褒めてくれる時が来るかもしれない。お前はクソだ。人間のふりをしなくていいんだ。

クソであることを認めれば、お前がクソである事実に変わりはないが、お前が過ごすクソ生はクソじゃなくなるかもしれない。いいな、クソ。

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