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2017-10-18

「糸の切れた凧のように自由

ツイッター検索してみたところ、「糸が切れた凧」を、割と自由度が高いポジティブな例えとして使ってる人が少なからずいて、

しろ不安定状態を指す言葉だと思っていたので、誤用とまではいかないが、人によって言葉の受け止め方は違うのだなとしみじみした。

糸につながっていない=自由ではなく、むしろ風雨などの自然翻弄される、自分の思い通りになど飛べるはずもなく操縦者という保険もなく、自由度安全性も低下した状態しかないと思うのだ。

強い風にあおられ地に落ち、水たまりでぐしょぐしょになったり、ゴミ同然になって踏んづけられたり、するようなものだと思うのだ。

「糸の切れた凧のような」というのは、かつて付き合っていた恋人に言われたことだ。

ある程度安全なところで好き勝手したいんだろう、それならせめて、風雨にさらされ地に落ち踏みつけられてゴミになるような目に会わせたくないと思っているのに、

きみは自分から糸を切りに行き操縦者(恋人)から逃れようとする節があると言われた。

かに言われてみれば、自分から糸を切りに行っている節を自覚はしたが、それは自由を求めてのことだったかと言われると、単に糸の存在自体がうっとおしいだけで、

操舵者とは別に行きたい場所や求めたいものがあるわけでもなく、凧糸一本の保険安全と考えて好き勝手して相手を苦しめる自分への情けなさや

凧糸一本であっても私の安心の場を作ろうとしてくれる恋人に対する自分仕打ちの"悪さ"に、自己嫌悪するだけの言葉だった。

自由を求めるのならせめて己の力で飛べる鳥になろうとする努力ぐらいはしてもよかったのに、それをする能力資質もなく、

凧糸の存在に甘えながらその糸を切ろうとしては一人でぐるぐるキリキリとしていた。なので、自由状態だとはとても思えないのだ。不安不安定

今でもあまり進歩していないのが、やっぱり残念。

そろそろドローンぐらいにはなりたいものだが、糸が無きゃいいってもんでもないし、やっぱり雨風には弱いよなとか充電しないといけない分色々アレだなとか、まぁそんな感じ。あーあ。

民主党

新進党フロムファイブ民主党民主党民進党民進党瓦解

繰り返されるスクラップアンドビルド。くだらない政治がここ20年近く続く。

馬鹿ではないだろうか。羽田圭介外山恒一とでもいうのか。

しかしなぜこんなバカげた自体になってしまったのか。

中の人が限りなくバカだったと言えばそれだけの事だが、きっとたぶん小選挙区制が災いしたのだろう。

二大政党制を目指したとか言うが、そんなもの絵空事だ。出来上がったのは一強多弱。そして瞬間風速に翻弄される人々。

今回の事に限らず、ずっとこれ。思えば30年前は政権交代こそない物の、野党がそれなりに強かった。過半数取らないまでもコンスタント議席を確保していた。

与党300議席とか、意味が分からない。

小選挙区という大いなる実験は失敗に終わった。もはや撤退すべき時だ。

大選挙区中選挙区が、広すぎるという意見もあろうが、今やネット社会情報は溢れている。

握手をしたから、人柄を知っているからとか、正しい政策をする政治家を選ぶにはむしろ雑音だ。

よりよい政策を実行する能力のある人間、それはどぶ板との因果関係はない。

いまこそ、中選挙区大選挙区に立ち返るべきだ。

2017-10-16

保毛尾田保毛男差別トラウマか(とあるゲイ意見

保毛尾田保毛男について思ったことを書く(長いからな)。ちなみに自分ゲイ当事者なのだが、今回の保毛男批判運動にはまったく乗れなかった。自分は毎年LGBTパレードに参加したり応援したりしにいく程度には差別運動には親和性のあるゲイなのだが、とにかく乗れなかった。どうして乗れないんだろうという内省をしていくつかの視点を得たので、ここに書いていく。

まず自分リアルタイム保毛尾田保毛男は見ていない。なのでとくにそれでゲイである自分が傷ついたという経験もないし、幸い(?)、学校で保毛男ネタいじめれらたこともない。とはいえ、「今の視点から見れば」、LGBTについての適切な情報がろくになかった放映当時、保毛尾田保毛男が「ホモってこういうものなんだ」という偏ったイメージを流布してしまたことや、ゲイ当事者テレビ流れる保毛男を見て「僕はこんな気持ち悪い生き物と同じなんだ」という同一化をして傷ついた、という批判は、(繰り返すが)「今の視点から見れば」差別的お笑いなのだという意見があることは気持ちの上ではわからなくもない。しかし、放映当時は差別問題としてゲイだのLGBTだのがエントリーしていなかった時代だったわけで、時間を遡ってなにかを批判することに正当性があるのかは分からない。重要なのは保毛尾田保毛男によってトラウマを抱えた当事者一定数いた」という事実はどうやら本当だということだ。

そして2017年になって保毛尾田保毛男が復活した。放映当時と時代は変わっている。LGBTという概念がそれなりに普及して、ネットを含むメディアにおいて、さまざまなLGBT情報や、顔を出している当事者に触れることができる時代になった。そんな時代保毛尾田保毛男が復活すると聞いて、自分にはむしろよい好機なのではないかと思っていた。それはなぜかというと、往年の「保毛男=ゲイ代名詞」という時代翻弄された解釈から、「ヘンテコだけど、どこかチャーミングな、ゲイなのかもしれないけど、なんだかよくわからない独特な変なキャラ」という解釈で保毛男を捉え直すだけの、余裕のある社会時代(それはLGBT当事者も含めた)になっているのではないかと、自分は思っていた。そして、現に復活放送の内容でも(自分は見損ねてしまったので伝聞で恐縮だが)ホモ一般を明確に差別するような言動ex.ホモは頭おかしい、死んだほうがいい)はなかったようだ。そもそもホモではなくて噂」というキャラなのだ。それでも「ホモじゃないの。あくまで噂なの」というネタ差別だと主張する人はいるようだが、カムアウトする前に三ツ矢雄二がやっていたグレーゾーンネタと同じようなもので、「明確にしないこと」をネタにしているギャグだと自分は感じている。

しかし、そうではなかった。当事者トラウマ自分が思うよりもずっとずっと深かったのだ。顔を出しカムアウトして反差別活動をしているようなメンタルの強いLGBT当事者でさえ、いやむしろ、そういう人たちこそが一丸となって、復活した保毛尾田保毛男批判した。差別だ、この時代にありえない、と批判した。自分にはよく分からなかった。あの復活放送のなにが差別的なのか分からなかった。冒頭にも書いたように乗れなかったのだ。なので、彼ら・彼女らの批判を読み漁ってみた、そしてある共通点に気づいた。その共通点というのは「自分子どもだった頃、保毛尾田保毛男のせいでこんなんも辛い目にあった、苦しかった」という自分史を綴り、それゆえに「保毛男はダメだ」と主張していることだ。彼ら・彼女らは「復活した保毛男」を批判しているのではなくて、「往年の保毛尾田保毛男」を「今の価値観から批判している、その根拠は、彼ら自身トラウマなのだということが、徐々にわかってきた。そして、このことが、僕がこの一連の保毛尾田保毛男批判に乗れなかった理由だったのだなと気づいた。つまりトラウマのない人にとっては「復活した保毛男」はとくに差別的でも何でもないものなのだ。その点で(話はそれるが)、BPOが「問題ない」と判断したというのもよく分かる。なぜならBPOは「復活した保毛男」を判断するわけであって、「往年の保毛男」を判断するものではないからだ。

ここで自分が主張したい意見は2つある。

ひとつは、過去の時点において差別問題として十分に認識されていなかったが故の行き過ぎていたかもしれない表現を、「今の価値観から断罪する」ことは正当なのかどうか。自分は正当だとは思わない。時代が変わっていくというのは過去を許容していくことだと思うからだ。LGBT当事者にも、保毛尾田保毛男流行っていたときに「ホモだと疑われたくないから、自分も一緒になって保毛男ネタを笑っていた」と自分史を綴っている人が少なくなかったが、しかし、そんなふうに、保毛男ネタを一緒になって笑っていたその傍らに、一緒になって笑うこともできなかったLGBT当事者がいたかもしれない。でも、そんな「一緒になって笑っていたLGBT当事者」を「今の視点から「おまえもいじめに加担した加害者だ」と批判するような言説は聞いたことがない。それはやはり「知らなかったがゆえの過去」を許そうということじゃないんだろうか。

もう一つは、トラウマを手当することの重要性だ。反差別運動をしているような心の強い人でさえ、過去トラウマと、現在を切り離して考えられなくなるほどに、トラウマというのは人間精神を縛り付け歪めてしまもの(=呪いなのだ。これまでのLGBT運動は、こういう深いトラウマを手当てしきれてこなかったのではないかと思う。この点については、当事者の一人として反省し、教訓にしていくべき論点になりうるのではないかと思う。「保毛尾田保毛男で傷ついた過去を語る会」のような、トラウマを吐き出して、呪いから自由になるようなピアサポートもっともっとあってもよかったのかもしれない。

(これはあくまで、自分個人的意見だ。復活した保毛男を批判してはいけない、とは思わないし、批判して得るものも失うものもあると思っている。ただ自分は、差別の名のもとに他者糾弾するだけの社会にならないことを祈って、せめてもの活動として、ひとりのゲイとして、ここに記しておく。ここまで読んでくれてありがとう。)

あたし男だけど、男を翻弄するようなかわいい子に嫉妬ちゃう

自分に持ってない能力待ってるのは素直に羨ましい

からかわいい子にはツンツンしちゃうのよ

あたしも男を手玉に取りたい

仕事でも、恋愛でもいいように使いたい

異性に選択される側ではなく、選択する側になって男をとっかえひっかえしたい

2017-10-12

昨日のねほりんぱほりんで25年間の恋から目が覚めた

昨日のねほりんぱほりん。観た方も多いと思う。

テーマは「元サークルクラッシャー」略して「元サークラ」。

以下、自分語りです。

俺が高校部活の先輩で1歳年上のA美を好きになったのは25年前。

何気なくディタッチとかしてくれるし、噂では「ヤリマン」との事だった。

童貞だった俺は何とかしてA美とエッチして童貞を捨てようとアプローチするがのれんに腕押しだった。

A美には彼氏が居るという噂がある一方で、後輩のB太の童貞を喰ったという噂もあった。

何とかしてA美とエッチがしたかった。

そんなかんだして、A美は高校卒業関係は疎遠になったが、A美の事を忘れることが出来なかった。

ただ、A美は腐女子であることだけは情報を入手していた。コミケに参加していることも入手していた。

俺はA美に逢いたい一心晴海コミケ会場に向かう。晴海に着いた俺は呆然

「何だこの人だらけの会場は」

コミケについて何の予習もしなかった俺は当時でも二十万人は来ているコミケを正直舐めていた。

当然A美とは逢えず。俺はなんとなくセーラームーンエロ同人誌を買って帰宅した。

そして10年。

A美と再会するのはmixi上だった。

A美は結婚し、そして離婚してまた独身になっていた。

俺は何故かそのコミケきっかけに同人活動を初めて同人作家になっていた。

A美はmixi上で俺のサークルスペースに来てくれることを約束した。

コミケサークルスペースでA美を待つ俺。A美に逢えて凄く嬉しかった。

離婚して独身になったが、彼氏は居たが。

それから5年ほど、共通の友人と一緒に遊びに行ったり飲みに行ったりするようになっていた。

ついに15年目にして俺はA美に告白する。

そしてあっさり玉砕する。

それ以降A美とは連絡を取っていない。

で、昨日のねほりんぱほりんを観てふと思ってしまった。

「A美って実はサークルクラッシャーじゃね?」

高校の時もヤリマンだったし、先輩と付き合いつつ、後輩のB太の童貞を奪ってたり。

結婚離婚後もなんやかんやと気持ち翻弄していたし。

そう思ったら、25年(四半世紀)の気持ちが一瞬にして消えた。

残ったのは同人歴25年の古参サークル主としての俺だけだった。

いまだに独身だ。

2017-10-11

触られると濡れてしま

知人の男性恋愛工学にご執心だ。時折彼は私に触れてくる。

恋愛工学では指先程の接触でも相手意識させることができるとある

そんなことで私を意識させられるとでも?甘く見ないでよ!

頭で反抗的言葉を思い浮かべても身体は反応してしまう。

端的に言うと濡れてしまうのだ。

自分に腹が立つやら恥ずかしいやら…。

やめてよ、と一度強く言ってから少しの間触られなかったのだが偶然私から

触れてしまってそこからまた同じく繰り返されるように…。

この間は彼に無理矢理抱かれる夢を見て飛び起きてしまった。

正直もう指先足先だけじゃ足りなくて辛い。

小手先の技に翻弄されるなんて嫌。

ちゃんと好きだって言ってほしい。それとも他の男同様体目当てなんだろうか。

何だか今日会社でため息ばかりついて心配されてしまった。

他にも言い寄ってくる男はいるのにどうして彼なんだろう?

初めて会った日から惹かれていた?

自分がわからない。

2017-09-30

話はおもしろ

話はおもしろいよ。「お金取る」という視点でも、十分及第レベルだと思う。細かい設定の詰めが甘いとかいろいろあるけど、たとえばハンター×ハンターだって連載当初はもっと設定甘かったと思うし、それは別に傷ではない。

しろ問題は絵と見せ方のほうだと思った。絵に関しては「読んでと頼まれれば一応最後までは読めるレベル」という感じで、うまい下手というよりは「こだわり」と「見せ方」がハッキリしてないところが読みにくい原因だと思う。漫画記号から省略は当然ある。でも、それは「ある意思の下に行われる省略」であるべきで、「ここはこのくらい書いておけばまあいいだろう」というような省略ではない。たとえば森薫の「乙嫁語り」なんて、一般漫画常識からすれば不要馬鹿みたいな刺繍の一つ一つまでの手書きが行われているけど、「これは省略すべからず」という書き手の強い意思により成立している漫画表現だとわかるので(好き嫌いは別として)安心感がある。逆に人物の顔とかは「表情がくっきり魅力的に見えればよし」で大胆に省略されている。けど、それはそれで筆者の意図が十分感じられるから破綻しない。


それに比べれば、この漫画は「省略に意図が感じられにくい」んだよね。たとえば、第一話の最初主人公の一人の登場コマだけど、WARNING(のAが抜けてるのはまあいいとして)の看板が「闇の中で光ってる」なら、周囲もぼんやりと光り周りは暗く沈むはず、主人公魔方陣みたいのも、一応光ってる描写っぽいけど主人公の体や顔がその光に照らされているように見えるはずだけど、そういう描写はなし。これは、「実際にそう見える」ことを表現したいのか単に省略してしまったのか、読み手にわかりづらい。背景の書き込みを見ればある程度リアル志向しているように見えるコマなのに、そういう陰影の描写が省略されているので、どのレベルで絵をみたらいいかからない。うまい下手ではなく「下手に見える」書き方をしていると思う。

同じことは第一話2ページめのおどろおどろしい「らしい」ドラゴンみたいな敵の絵にもいえる。最初見たとき、「最初に登場する敵の絵が白抜きとか手抜きもはなはだしい。全然怖く見えないから、しっかり書き込み、むしろ周囲のほうを明るくして敵のインパクトを出すべき」とか思った。後の方を読んで「ああ、一応白くやや透明?に光っている?描写のつもりなのか」とわかったけど、それならそれで(線をくっきり書くのはおかしいし)もっと描きようがあるはず。あんなクッキリした線で体の中は白い、だと、書き込み忘れの白抜きにしか見えない。そもそも、うすら透明な敵がいかに大きくても、それでは絵的な恐怖感を出すのは難しい。破壊される町の建物、吹き上がる黒煙、闇から突然現れる敵、あるいは高見から見下ろす恐怖に満ちた人の顔、みたいなやり方で描写すべきではなかったか

繰り返すけど、これは絵的な「上手下手」というよりは「見せ方」の問題。どこまで書き込めという話ではないんだけど、あの見せ方では省略や演出意図が感じられない。

実は似たようなことはプロットにおいてもいえることではある。白っぽい(無邪気、明るい、金髪主人公と黒っぽい(有能、孤独黒髪主人公、その対比のさせ方は定番でまあいいんだけど、筆者が描きたいのはそもそもどちらなのか? どちらに寄せて物語を書きたいのかわからない。 たぶん後者だろうと想像するんだけど(善人というのは物語上あまりおしろ存在ではないので)、筆者がこの二人から少し離れたところにいて眺めているような描写がおおいせいで、筆者=豚の人? と思ってしまう。そのせいで、読者まで豚の人に感情移入して読まなきゃいけないのかと思わされてしまう。中間管理職の悲哀とか美少女翻弄される豚の喜びとかを描きたいなら別にそれはそれでいいんだけど、一応「美少女活躍」をメインに描く構想なら、もっと美少女に寄った描写が行われるべき。誰かが描いてたけど、攻殻機動隊など参考にするのがよいと思う。現状、一番気持ちが伝わってくるのは豚の人だ。そういう演出、斬新といえば斬新だけど、読みたいかといわれるとちょっと困る。おそらく筆者の意図とは違うのではないかと思うので、これも修正必要

もし、ここから成長があるなら読みたい気持ちも少しある。が、誰かが書いているように、増田の才能はラノベとかそっちのほうにあるんじゃないかなあ。無理にコマ割とかポーズとか演出勉強時間を割くより、作劇の勉強をしてラノベ作家とか脚本家企画屋みたいな方向を目指すのが適していると思う。まあ、そっちの方向で飯を食うなら、こういう話を10本/年ほど量産するパワーが求められると思うけど。

https://anond.hatelabo.jp/20170930091504

2017-09-23

安倍総理日本を憎んでるから日本破滅へと追いやってるのか。

名無しさん@3周年2017/03/09(木) 19:59:15.59 ID:CTFqNg2W

国会野党がどれだけ問い詰めても、テレビが映ってない所で

アホゾウはいじめっ子振りに強がって手を叩いて笑って見せたり、ヤジとばしたり、見苦しい

短い足を無理に組んで、偉そうに座っている

トランププーチンといる時は借りてきた猫みたいに言いなり奴隷なのに(笑)

なんで、日本では偉そうなのか

幼稚な二重人格性に発達障害性がチラホラ

血税のばら撒きに、やりがいを持ってるなら、明日にでも辞任すべきだろう

よくも日本経済をここまで翻弄させて、貧困に導いた

日本代表する会社が次々に外資に乗っ取られた

日本に恨みがあるなら、日本経済を壊していくのは愉快かもしれない

本当の日本の一国の首相なら、日本人のための政治をすべきだろう

2017-09-22

彼女にフラれた

彼女にフラれた。

先月21歳になった僕は、誕生日を迎える2日前に「別れよう」といった旨の長文メッセージを受け取った。そして今日、"正式別離"が相互に了承された。以下は、別れを告げられてから今日までの鬱々とした日々に散々思考し散らかした自己分析を綴る、ただのマスターベーション日記である

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友人の友人から繋がり、遠距離恋愛での付き合いを始めたのは去年の冬頃だった。社会人一年目の彼女は、ある程度の遊びは経てきたという大人の余裕を匂わせつつ、一方では学生感が抜けきらないのか、社会翻弄されつつも理想を見つめる、等身大の素朴さを感じさせた。友人宅の飲み会出会った彼女の、その妖艶な魅力と純真さのバランスが僕にとってドンピシャだったようで、出会って数日で告白をした。最初ネタだと思われてサラリと流されていたのだが、その熱意が本物だと伝わるには一ヶ月もかからなかった。

東京大学に通う私と、大阪企業に勤める彼女の間に広がる"距離問題"を解決するには、ライン電話を多用することとなった。毎日連絡するなど今までの付き合いでは考えられなかった僕だったが、現実問題として立ちはだかる"距離"を目前にして、情報距離圧縮する手段に頼らざるを得なかった。しかし思ったよりそれは苦ではなく、バイトからの帰路の20分に電話をしたり、帰宅したらゴロゴロしながらラインを打ったりなど、段々と生活の中に溶け込んでいく感覚があった。最初20分だった電話も、敢えて遠回りして1時間にしたり、朝までラインが続いて翌日死にかけながら学校に行ったり、コミュニケーションを取る時間けが指標たるべきではないのだが、それは僕らに確実に愛を感じさせていた。

また、直接に会う機会も月に一度は必ず設けていた。どちらかがどちらかの場所へ。次の月は逆方向で。と、よくある遠距離恋愛パターンである。金のない僕らは夜行バスを使ってお互いの家を行き来した。8時間眠ることが出来なければ非常に辛い環境の中、互いのことを思ってバスに揺られるのであった。その時間さえ、貴重に思えたのだった。

とある夜、彼女東京に来た日だった。自宅周辺の飲み屋を何件かハシゴし、ある程度知性が無くなりかけた頃合い、彼女帰宅早々布団に潜り込んで寝始めた。片道8時間の移動に疲れていたのだろう。僕はなんとなくぼーっと起きていて、眠くなるのを待っていた。少し経つと、突然彼女携帯が鳴り響いた。男性名前での着信だった。酔いに任せて、というと自己弁護臭くなってしまうのだが、いいやーと思ってそのまま電話をとってしまったことが、全てを狂わす元凶となったのだと、今になって思う。

もしもし?」

電話の向こうの男性が声を発した。彼以外にも何人か後ろにいるようで、様々な雑音が聞こえる。

それに対して僕は黙って耳を澄ませていた。

「今から○○と家いっていい?」

僕は黙る。向こうも酔っている。却って冷静になる。

「あれ、なんも聞こえねー。もしもし?」

「男といるんじゃねーの?」

「じゃあなんで出たんだよww」

「…」

電話こちから切った。会話を聞くのがしんどくなったから。

男たちは彼女のどういう関係なのだろう?

男たちはあの子彼氏がいるという事実を知らないのだろうか?

彼女の家には頻繁に男が出入りしているのだろうか?

僕は彼女私生活を全てを知っていると思っていた。何故なら、毎日連絡を取り合っているから。しかし今まで男が出入りしているなんてことは一度も聞かなかったし、疑ってすらいなかった。この時から彼女に対する猜疑心が少しずつ芽生えるのを、それを認めたくない気持ち拮抗しつつ、感じ始めていた。

その日のことは彼女には告げなかった。彼女は全て開示しているようで、そうではなかったからだ。心の最終的なパーソナルエリアまで僕が触れることは、ついになかった。そして電話に出たという事実彼女のその領域を侵すことになると、僕はどこかで気づいていたようなのだ

しか猜疑心侵食は止まらなかった。連絡を取るときはどこか監視的な意味合いを込めた言葉をつかったし、何をしているのか、何処にいるのか、誰といるのかが気になって仕方が無くなった。夜に突然連絡が途絶えると不安になった。そんな日の翌日には、連絡をしなかったことを咎めた。友人と遊んでいるなら遊ぶ前に連絡をしてくれ、と。彼女はごめんと言いつつも、最終的には同意をしなかった。それに対しても、謝るなら直せ。納得できないなら言うな。といった言葉を浴びせ続けた。そんな状況で彼女が怒ることは稀だったが、その時には信頼されていないのが辛いと訴えていた。自由を得るにはまず信頼を勝ち取らなければならないと、私は信じているのだが、その順序の認識が僕らの間では相違していた。しかしこの時点で既に僕が彼女を信頼することは、支配すること以外には不可能だっただろう。

私の未熟は、幾つもあるだろうが特記すべきは、支配することで人間関係コントロールしようとしたことだ。今までの彼女との付き合いを考えると、支配的な関係を築いてきたように思える。

しか彼女は違った。彼女にとって、人に支配、被支配は無いのだ。だからこそ無条件に信頼してほしいと訴えていた。そんな彼女の"素朴さ・純真さ"に惹かれたのは、僕自身支配的でありながらも本当は"非支配"を望んでいるからなのかもしれない。僕の続けてきた俗な人間関係よりも、彼女のような純粋な付き合いを求めていたのかもしれない。

それに気づいた時、涙が止まらなくなってしまった。単純に惜しいという気持ちと、僕のわがままに長く耐えた彼女のことを思ってだ。

しかし僕がそれに気づけたのも、彼女が耐えかねた瞬間の感情の発露によってだった。すでに、手遅れであった。

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男は元カノの成分で出来ている、といった記事が少し前に話題になっていたが、僕にとって彼女は紛れもなく僕の一部になった。滅茶苦茶に傷つけておいて、学びになったというのもおこがましい限りであるが、僕は彼女にフラれて、一つ大人に近づいた。

2017-08-29

https://anond.hatelabo.jp/20170828213830

おおきく振りかぶって」は主人公が変なクセ玉を投げるけど天才ではないと思う。

地区大会で負けてるし。

 

……いや9分割したストライクゾーンに投げられることに皆驚いてたから、あれ天才なのか?

といってもコントロール翻弄するというタイプではなく、球威がないのを騙し騙し

戦っていく感じの試合をしている。

Call Me By Your Name@miffレビュー

8月29日、思ったより拡散したため追記。自分ではネタバレなしのつもりで書いて、ツイートにもそう明記してしまったが、ネタバレという言葉には個人差があることをすっかり忘れていた。ネタバレ見たら死ぬタイプの風上にも置けない。地雷を踏んでしまったら申し訳ない。配慮したつもりですが、どうぞご注意ください。太ももの話以外もします。

なにせ太ももがすごいらしいのである

俳優アーミー・ハマーの太ももである

サンダンス映画祭直後、賞賛と祝福の声とともに、あまりの刺激のために悩殺されてしまったという感想ツイート散見されて、映画祭参加の幸運に預かれなかったファンはもどかしさに身悶えしたのであった。

Call Me By Your Name1983年北イタリアとある町のひと夏を舞台にした、二人の青年あいだの恋を描いた映画である。くわしくはimdbを参考にされたい。

http://m.imdb.com/title/tt5726616/

この映画2016年5月世界中の一部界隈にて話題になった。言わずもがなアーミー・ハマーファン界隈である。そのあまりに蠱惑的なあらすじにつられて手に取ったのが原作小説である

そんなごく軽くかつ不純な動機で読み始めたAndré AcimanによるCall Me By Your Nameだが、回顧体で描かれた物語に一瞬で虜になった。

冒頭のシーンからして心憎いのである

まりにも印象的な出会い、一生を変えてしまうたった一言から語り始められるその物語は、意識の流れを実に巧みに取り込んだ、プルースト研究者でもある著者ならではの文体で読者を陶酔させる。やがて語り手であるエリオと一体化した読者はオリバーの冷淡さに苦しみ、意外な素顔を見せられはっと息を呑み、ただ呆然と結末を迎えることになる。

ツルゲーネフの「はつ恋」やらナボコフの「ロリータ」やらをこよなく愛するわたしにとっては好み直撃ど直球であり、そのうえアーミー・ハマーの太ももやばいとあってはなにがなんでも映画を見なくてはという気持ちになった。

しかネタバレ見ると死ぬタイプオタクにつき、どうしても世界公開より先に見たいという気持ちを抑えられない。はたしてMIFF(メルボルン国際映画祭8月3〜20日、CMBYNは4日と6日上映)に飛んだのである

笑ってほしい。

かなり早い段階でチケットも売り切れ(一度キャンセルが出たが、最終的に上映日までには両日完売!)ていたため、予想はしていたが、当日は冬のメルボルンにて1時間から長蛇の列である

席は早い者勝ちなのでみんな普通に必死だ。特に二度目の上映での、劇場をぐるり半周する列は写真に撮らなかったのが悔やまれる。みんなが手の端末にQRコードを表示させ、南半球ならではの冷たい南風に身を縮めながら待機している。

2度のCMBYN上映の他は同じくアーミー・ハマー出演のFinal Portraitに参加したばかりだが、それに比べるとやや平均年齢が下がるかなという感じ。

それでも、老若男女ということばがふさわしい、実に幅広い客層。

そんなことより映画だ。ここからネタバレはなるべく避けて進める。なにせネタバレ見ると死ぬタイプなので安心してほしい。後日一部シーンバレ感想もあげるつもりでいる。万全の態勢です。

さて、本編はピアノ音楽によって始まる。

劇中曲について、MIFFのQ&Aにてルカ・グァダニーノ監督が語っていたことだが、基本的には登場人物が耳にした音楽……エリオの弾くピアノ曲ギターオリバーが身を委ねて踊るダンスミュージック家族が耳を傾けるラジオレコード……に限った、とのことである。それを知らされるまでもなく、最初楽曲から没入感があり、一息に世界に引き込まれる。

そしてオリバーが現れる。イタリア太陽である。明るい陽光主人公エリオのいる部屋の暗がりを際立たせる。

エリオを演じる当時弱冠20歳ティモシー・シャラメは終始少年健全さと病的な魅力をひとしくたずさえて美しいが、とりわけ夜、ベッドでのシーンでの肌は内部から光を放つようだった。

アーミー・ハマーが、その見せ場においてはつねにイタリア太陽に照らされて灼けたなめらかな肌とあかるい金色に見える髪を輝かせているのと好対照で、一場一場面が絵画を見るようだった。あるいは、冒頭でわれわれを一息に映画世界に引き込む、連続的な彫刻群のショットのようだ。

この対照関係意識されたものだと思う。

エリオオリバーに魅了されるのはかならず真昼の屋外だし、エリオオリバーを室内に引き込むと、オリバーは初めて(ようやく、と言ってもいい)エリオに見とれるのだ。

野外と屋内、昼のシーンと夜のシーンが交互にさしはさまれて、われわれ観客はふたりうつくしい青年に2時間超の間目まぐるしくも目移りしてしまうのだった。

そしてくだんの、アーミー・ハマーの太ももである

ももに殺されたひとびとのツイートがいまならよくわかる。

しかしいざ太もも談議をするとなると血で血を洗う戦争になるにちがいない。

短いショーツか、あるいは水着でのシーンが大半で、太ももは終始晒されているので各人のフェイバリットももがあることだろう。

マイフェイバリットももとある場面にてエリオとともに床にぺったりと座るオリバーの太ももである。だが自分多数派である自信はない。これについてはまたあとで。

オリバー原作よりもなお複雑で謎めいたキャラクターになっていると感じる。

原作では物語がすすむにつれ、読者はエリオとともにオリバーの知らなかった一面に驚かされるのだが、映画ではむしろ序盤からオリバー大人の男としての魅力と奔放な子どものような無垢さが入れ替わり立ち替わり現れてエリオないし観客を翻弄するのである

(シーンバレありの記事にでも書くつもりだが)序盤からオリバーエリオよりも幼い子どものようないとけない振る舞いを見せ、グァダニーノ監督言葉を借りるなら、エリオより「なおイノセント」だった。

アーミーハマーファンの同志は心してかかってほしい。奇声を発するか原作エリオ言葉を借りるならswoonに至らないよう上映中握りしめるなり揉みしだくなりできる柔らかい布など持っていくことをおすすめする手ぬぐいとか)

そのような差異こそあれ、アーミー・ハマーオリバー原作を読みながら夢想していたオリバーほとんど完璧に一致していた。

この結論にはアーミーハマーのじつに感情たかな目の表現が大いに寄与しているのだと思う。たとえば「J・エドガー」でのクライドトルソン役において彼が見せたような目つきだ。沈黙の場面で熱っぽく目が話す。このものを言う目がとくに生きるのは、逆説的だが目の映らない場面で、たとえば映画の中でもひとつクライマックスにあたる戦争慰霊碑のシーンがその一例だ(トレーラーにも引用されていた)。

もうひとつ、結末に近い重要な場面でピントを外したカメラオリバーをとらえる。オリバーの顔が長く映されるのだけれど、けして鮮明な像を結ばない。観客は食い入るようにスクリーンを見つめてはじめて、自分エリオと同じようにオリバーの目に浮かぶ表情を読み取りたいと熱望していることに気づかされる。

目について語るならばティモシー・シャラメにも言及しなくてはならない。

ティモシー・シャラメは今後少なからず目にする機会が増える役者だとつくづく思いしった。身体の使い方が素晴らしく、手足の隅々まで神経を張り詰め、あるいは意図的脱力し、髪の先まで演技していると感じさせる。(この先エリオ面影を振り払うのが難しいのではとも感じるが、むしろその印象を己に利するものとして使ってほしいしこの期待は報われるにちがいない)

だがなによりも、その目つきである! トレーラーにも含まれていた、踊るオリバーをじっとりと見つめるあの目が全てではない。映画から小説通底する一人称の語りが省かれているものの(あれば安っぽくなり得たと個人的には思う)それを補って余りあるティモシー・シャラメの目つき。

まさに小説が羨む技法で、文字で書かれたフィクションを贔屓しがちな身としては、こういった映画化を見せられるとただひたすらに喜びを感じてしまう。

さてトレーラーといえば、あの実に夢見心地で幻惑的で、緊張感とせつない予感に満ちた映像を、わたしだってリリース直後には再生する手が止まらなかったほど熱愛しているが、 本編とは少しトーンが違っているとも思える。

トレーラーから、そして原作から想像していたものにくらべると、より明るく、ユーモアがあり、笑いだしてしまう瞬間がある。

かなりの頻度で笑いが起こっていたが、これは映画祭だったのと、おそらく英語圏中心とおもわれる観客層も関係してくるのかもしれない。

ただ、エリオ食卓でのとあるシーンについては国内映画館でも笑いが起きると予想できる。そしてその直後におとずれるエリオオリバー官能的な接触に息をのむことになることも。(さてくだんのマイフェイバリット太腿はこの場面で登場する。すくなくとも個人的にはこの場面はお祭りだった。細いのに肉感的な大腿部に釘付けになるあまり台詞をごっそり聞き逃したのだ……)

こういった感覚の急激な転換は映画全体を通して言えることで、一瞬たりとも気を抜けないと感じた。ほほえましく口元を緩めた直後に、心臓が指でひっつかまれるように締め付けられる。

ところどころに埋め込まれた、笑える箇所について、今ふと思ったが、これは原作にて重要役割果たしているが本来映画だと表現しにくい「時間性」をどうにか持ち込もうとした結果なのかもしれない。

10代のころの恋愛とか、恋愛でなくてもエモーショナルなやりとりは当時は必死真剣なんだけれど、そのときの行動を大人になって振り返ってみると、わがことながらおかしくて笑ってしまう、あの感じがよみがえるみたいだ。

そのようなノスタルジーを引き起こす展開に身を委ねるうち、二度の上映は割れんばかりの拍手でしめくくられた。自分も同じように手を叩きながらLater、と軽やかな別れの言葉脳内で繰り返していた。原作で読んで想像していたよりもなおあっさりと、冷淡で、なのに奇妙に耳に残るオリバーの声。

一夏の客人のその挨拶を、エリオが、母が、父が真似たように、自分もつい口にしたくなるはずだ。

じつは原作を読んだ時から自分は最適な読者じゃないと思っていた。

小説として心から好んではいものの、「この物語自分物語だ」「この物語によって救われた」「こういう物語が描かれるのをずっと待っていた」と感じる人がいることを、一行読むごとに、確信し続けたからだ。

この映画現代を生きるごく若いセクシュアルマイノリティに届くことを願っている。

キャロル』がそうであったように、相手性別特別なのではなく、ただその相手特別だっただけ、ということを描いた映画。だが一方で、両親という存在の描かれ方において、この作品はこれまでのクィア作品と一線を画している。

そして、『ムーンライト』があまりにも普通恋愛映画であるという事実特別だったのと同様に、Call Me By Your Nameエリオの一夏の恋愛は美しいと同時に「ごく普通青少年悶々とする」という部分が色濃くて、その事実をとにかく祝福したい。

自分はこの映画クィア映画だとは思っていないのだとグァダニーノ監督がQ&Aで語っていたが、この言葉がすべてだと思う。

10代の頃に出会ってたら人生が変わっていたなと確信を持つ映画はいくつかあるけれどCMBYNはそのトップに躍り出た。

現在のところレーティングはR18のようだけれど、そこまで直接的なショットはなかったように思う。

何かが起こったこと、そして何が起こったかから目をそらすという悪い意味での曖昧さは無いが、物語破綻させないように、そして必要以上にセンセーショナルに煽らないと努めての結果なのかもしれない。

からこそ、PG12かR15バージョンが作られるといいなと思っている。エリオと同年代の、この映画肯定感を本当に必要としているひとたちに見てもらいたい。

キャストきっかけに興味を持ったCMBYNだが、自分の中にそびえる金字塔を打ち立てた。日本に来た時にも従来の俳優物語ファンに愛されるのはもちろん、新しい映画として多くの観客に愛してほしい。そして本当に必要としているひとにぜひとも届いてほしいと思う。

ちょうどこのレビューを書いている最中8月23日)にMIFFの観客賞が発表され、Call Me By Your Nameが晴れて1位を獲得した。http://miff.com.au/about/film-awards/audience#

もちろん自分も最高点の星5つで投票したし、あの盛り上がりを考えると納得の結果だ。

アジア内では台湾映画祭での上映が決まっているCMBYN。東京国際映画祭に来ないはずがない、と信じている。

お願いします。

邦訳本もどうぞよしなに。

2017-08-23

債務整理した方が楽

クレジットカードを使えない引き換えに借金が減るかなくなる。

クレジットカードという使えこなせない道具に翻弄された人生

それは債務整理で解消する。

男らしく債務整理しよう。

これを読んだあなた貧乏なんです。

貧乏から抜け出すためには借金をやめるしかありません。

給料はそこそこあるのに貯金がない人

給料が600万くらいあるけど貯金がない人は、

勇気を出してクレジットカードを全て廃棄する(Debitはオッケー)

100万円以上の借入金がある人は債務整理

これだけで貯金ができるようになるはず。

クレジットカードというまやかしの打ち出の小槌に翻弄されてると老後を迎えちゃうよ。

1020年あれば、まだなんとかできるはず。

一刻も早くクレジットカードを廃棄しよう。

2017-07-15

おにいさまへ観てるけど

ベルばらの置き換え的な面でいくと

ベルばらみたいなのは歴史的な背景があるし革命のなかで翻弄される王公貴族悲劇的な面あるけど

これみた人の中には学内ソロリティみたいなのはあってもいいんじゃないのみたいに思う人もいるんじゃないか

2017-07-08

シバターを取り巻く最近の流れ 最終回

シバターコラボし、漢のいる9sari houseへ行く、へきトラハウス

シバターからコンサルされていることを表明され、急遽デビューした、YouTuberネタを歌にする、ウタエル

シバターから試合お断りメールをもらい、動画に対するアンチコメントがいっぱいになる一方、9sariグッズ売れ行きやブログ閲覧数が急増し、9sari cafe看板猫9ちゃんの動画をアップする、漢a.k.aGAMI

以上の動きに翻弄され一喜一憂し、シバター関連動画を急上昇一位に押し上げる、YouTubeキッズ

最後2chスレから以下を引用して最終回としたい

685 : 訴える名無しさん。2017/07/08(土) 02:00:03.64 ID:sfgHWQVs

良質な作品ライブコンスタントに発信し続けて音楽だけで食っていけているラッパー存在する中で、

今回の漢の動きは正直下劣と言って良いものだと思う。

ただ、他のレーベルオーナーは実質個人事業主で、せいぜい自分自分家族が食えれば問題ないのに対して、

法人格を持った株式会社経営者従業員に毎月賃金支給して、納税して、社会保険料を納付しなければならない。

プレイヤー時代価値観に縛られてマネージャーとして必要決断が下せない中小企業経営者が案外多い中、

その覚悟はあるように感じる。

プレイヤーとしては猛烈にシャバいが、収益確保の好材料が当座見当たらない現状において、

将来何かしらのアクションを起こした際の焚き付け材としてチャンネル登録者数という目標を定めたのなら、

今回の動きは経営者としては極めて正しい。

まして、この業界プロップスなど、漢が下がることで何故かONE-LAWが上がるような相対的で虚ろな代物なんだから

実はプレイヤー個人としても大して意味を持たない。

消費者の多くは「現在」の印象に支配される。1年後には1年前のプロップスは無意味となる。

まり、1年後にどうすることもできる。ならば、「現在」どれだけ叩かれようが数字という目に見えるものを取るべきだ。

代表取締役という現在の漢の立場における本当のシャバさはもっと別の部分にあって、

本体事業、つまりまともな音源リリースが停止している点にある。

たとえ収益を生む見込みが立たないとしても、本体事業の稼働は止めるべきではない。

この点については改善が見られないようなら、将来的に法人の存否にかかわる問題に発展しかねないと思う。

https://lavender.2ch.net/test/read.cgi/hiphop/1499431541/685



2017-07-01

推移を見るに増田の方が立場下で翻弄されて先に潰される側っぽいのに先に鬱るとかメンタルボドボドじゃないか同僚…

2017-06-24

https://anond.hatelabo.jp/20170624222722

俺まさにそのパターンだわ。

言われてみると何でだろう。たぶんプロレスに比べて物語スケールが小さいから、個別エピソードも小さい話になっちゃうんだろうな。

プロレスは世の理不尽に男たちが立ち向かっていく話になることが多いけど、アイドルは立ち向かうというよりかは翻弄される感じだからな。

2017-06-19

男は29歳までに子どもをつくるべきではない、4つの理由

30代後半、2歳の娘の父の感想

理由1. 仕事第一ピークは、33〜38歳にやってくる。

20代はがむしゃらに仕事に集中して少しばかり空回りしつつもそれなりに成果がでて、30代ではより責任のある仕事を任される。

周囲の期待も大きいぶんここできっちり成果を出さないと後が続かない。仕事に全力で取り組めたほうがあとで後悔はないだろう。

やりきって一段落すると、人生についてふと考えるタイミングが訪れる。

例えば休日なんかに出掛けると、子連れの楽しそうな夫婦が眩しく見える。

東京だとその夫婦は同い年くらいのことが多い。

暮れに実家に帰ると還暦を過ぎた両親がいつもと変わらず迎えてくれるが、白髪が増えたり髪が薄くなったりして老いを感じる。

まだ元気なうちに孫の顔を見せたいなと思う。これからでも遅くはない。

理由2. 20代の遊びなんて大体同じ。30になればもっと面白い遊びができる。

20代は「合コンソーシャルネットワーキングで刺激たっぷり」の薄っぺらい遊びしか知らなかったけど、30代になるとより深い趣味世界に足を踏み入れるようになる。

マラソンサーフィンクライミングロードバイクなど、特にスポーツ系の趣味金も時間も体力も必要だけど、

30代は金も時間20代より余裕があるし体力もまだ衰えてはいないのでハマると本当におもしろい。

スポーツ趣味に比べれば、子育て必要な体力なんてたかが知れている。運動会でも運動不足もやしみたいな20代より早く走れる。

仕事も遊びもピークは30代に訪れる。子育て翻弄されていてはすべてが中途半端になってしまう。

理由3. 父親ではなく、我が子の年齢でコミュニティ形成される。

東京では30代で子どもをもうける人が多いので、大学の同期や会社の同僚など周囲の同年代と話が合う。

若い頃に馬鹿話をしていた友人たちと、今度は子ども自慢でもりあがったり家族ぐるみ遊んだりできる。これは感慨深い。

理由4. 女にモテる

30代は20代より金銭的にも精神的にも余裕があるので、20代の頃より女にモテる

この人と結婚したいと思ったときに、それが成就する可能性が高くなる。焦って妥協して地雷を踏むリスクも下がるだろう。

以上が男が29歳までに子どももつべきではない理由だ。

2017-06-11

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今回は少年ジャンプ+

ファイアパンチ 55話

アグニの演技はこれまで周りに翻弄された結果、無意識に行うものばかりだったけれども、前回や今回のはかなり自覚的かつ自分本位利己的な使い方をしている印象がある。

本作における「演技」という概念が、テーマにおける何らかのメタファーになっているという予想はこれまでもしてきたけれども、今回のが何を象徴しているか判断しにくいなあ。

アグニの現状や心境の変化を表現している見方もできなくはないけれども。

僕のヒーローアカデミア すまっしゅ!! No.79!!

お茶子たちの心情は理解できるが、デク側が節操なく露呈してしまったケースならいざ知らず、あちらからわざわざ首突っ込んでおいてヒかれるってご無体な話だよなあ。

から見れば理解されにくい属性であったとしても、個々人が善良であるならば基本的問題ないことなのにね。

まあ、でもこれはコメディなわけで、そこらへんを気にすること自体が無粋ではあるんだけれども。

属性を過剰にするか欠如させてキャラクター表現するのは手法としては極めてオーソドックスなわけで、それはオタク(爆豪風に言うならナードだって例外じゃないだろうし。

地球人テラちゃん 4話

ちょっと銀魂イズムを感じるエピソードだったかな。

下品な話をとことん壮大にしつつ、ダブルミーニングを持たせたりして、何だか良い話っぽく語るって感じが。

つの要素で話を転がしつつテンポよく展開を進めているのは好感触なんだけれども、後半から話のテーマ提示して纏めに入ったためにギャグが控えめになってしまったのは残念なところ。

ギャグ漫画はいえ終始ネタを放り込みまくりものよりも、緩急のある構成の方が私は好みではあるけれども、その配分バランスについては繊細さが要求されるかもしれない。

青のフラッグ 12

後半に出てくる子猫がすごく舞台装置的だなあとは思いつつも、見せ方が上手いからそういう粗探しする気持ちが吹っ飛ぶね。

あの場面でのトーマの視点意図的に省略して描いているんだけれども、そこを不自然にしない構成なのは感心する。

あの場面での第三者目線描写は真澄なわけだけれども、前話を踏まえると最も適任だから自然なんだよね。

前回で真澄のエピソードを語りつつも、今回の太一フラグもたてていた。

で、今話の前半によって、後半の事態の重さを否応なしに理解させている。

構成だけで見るとやや露骨にも見えるけれども、丁寧な情景描写でゆったりと見せているからそれが緩和されている印象。

フルチャージ!! 家電ちゃん 51話

今回のプロット破天荒であることは明らかではあるんだけれども、それを大真面目にやればコメディになるっていう典型だね。

パロディ元があって、それがあからさまであるなら尚更。

結局、パロディって元ネタ受け手に伝わらないと面白さが半減するから、やや大衆向けに露骨にやったほうがいいんだろうね。

ギャグとしては話の説明自体は一応の筋が通っているせいで、イマイチ昇華し切れていない箇所もあるが(まあ、パロディ元もSF要素の強い作品ではあるんだけれども)。

2017-05-26

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今回はやわらかスピリッツ

天蒼軌道ルヴァリング12

いや、ほんと凄まじいテンポだな。

全体に漂う軽いノリの世界観含めて私は嫌いじゃないけれども、これだと話の細かい部分は読者側で勝手に補完しなきゃいけないからねえ。

ただまあ、個人的にはそこらへん丁寧にやりすぎな漫画辟易しているので、割り切ったスピードでどんどん話を展開させてくれるのはむしろ心地よい。

辻褄合わせのための解説とかに長々とページ割かれる位なら、これくらい開き直ったテンポで話を進めてくれるほうが私は好きだ。

闇金ウシジマくん外伝 肉蝮伝説 第7話

今日び、ここまで無理を通せば道理引っ込むキャラって珍しいよなあ。

悪役ってのは大なり小なり話が通じるし、あくま暴力ってのは一つの手段しかないことが多い。

けれども、こいつはもう我を通すためなら時と場所関係なく躊躇せず使う。

妥協案も自分が折れることもなくて、ただひたすら暴力でそれを押し通す。

ここまで開き直って大立ち回りを演じられると、かえって清々しいかもしれない。

fit!!! 第7話

今回はインストラクターの話か。

周りの状況の変化だとかに翻弄されつつも、苦しい顔を見せずに対応しようとする姿は、画風や世界観の描き方含めて卑屈になりにくい程度にスっと入ってくるね。

それ自体はいいんだけれども、これまで作中でフィットネスしている描写いかんせん薄いから、今回描写されているインストラクター努力バックボーン説得力が弱くなっているのは否めない。

人間ドラマとか、ストーリーに深みを持たせるために大事なことだとは思うんだけれどもヤキモキするなあ。

あと、アシックスっていうスポーツ用品店とコラボしているらしいけれども、碌な描写もないのにこれで宣伝になるのだろうか。

2017-05-16

生理がこなかった

残念ながら不純異性交遊的なものはないので、これは閉経ということではないか、と思い至る。

そう思った瞬間、心が晴れ晴れして、世界が明るくなった。

体が自分に返ってきたという感覚だ。

いざ閉経を前にしたら、とうとうこの年にまでなったかと、ショックを受けるのではないかと思っていた。恐れていたと言っていい。

でも、その事実に触れてみたら、実際にはものすごく未来が輝いて見えた。生理のことを気にしなくていい生活! 最高だ! 踊り出したいくらいだ!

一年のうち12週間ほどは生理翻弄される。

用心のため予定を入れないでおく週末は、PMSの影響もあるから1回につき4日、つまり年間48日は予定を入れらない。

1週間だけの楽しそうなイベントなんかを目にすると、ああいいなあ、行きたかったと思う。1週間のセール? 行けるわけないじゃん。

長期の旅行はどうするのかといえば、ピルで時期をずらす。ずらすといっても回数が減るわけではないから、回復前に次の生理がきたり、先のばしにしてめっちゃ重い生理になったりする。ちなみに3000〜4000円ほど。

生理というのはつまり、ことは出血なわけで、毎回いっきに体力が削られる。PMS生理の不調で1週間、体力が底を打ってからゆるやかに回復するまで1週間。不摂生もせず酒も煙草もやらず規則正しく自己管理してはいものの、どっと流れ出す血はシンプルに体力を奪っていく。

体力低下は年々ひどくなるし、生理痛やや重い方なので、漢方薬をずっと服用している。最近では体力増強も漢方に頼っている。これは月に1回漢方医に通うだけなのでさして負担ではない。1ヶ月あたりおよそ2〜3万円。(保険はきかないよ。ツムラちょっとね。北里大学までは通えないよ)

夜は眠れない。眠いのに寝付けない。

軽い鬱レベルコントロールできない不安が襲ってくるけれど「一時的もの根拠はないし数日で収まるから」と自分に言い聞かせてやりすごす。

もちろん生理痛はしっかりあるので、3日間ほどはイブプロフェンを欠かさない。イブプロフェンがあってよかった。学生のころはバファリンしかなくて、1回4錠飲んでも効かなかった。今は定量でちゃんと効く。(合う合わないがあるよ)

電車に乗れば酔い、物忘れも本当にひどくなり、食べ物の味もよくわからず、信号概念を忘れてふらふら車道に出そうになる。片付けなどできないから部屋は荒れるし、日用品の補充にもうっかりが増える。

というあれこれから! 解放される!

生きているゆえに生じる不調に振り回されることもない!

いろいろと諦める必要もない!

これほど嬉しいことがあるだろうか!!!

次に控えているのは更年期障害だと思うけど、まだそこまでのことはない。

おばさんになって色々と楽になったけど、閉経がこれほど心浮き立つことだなんて、歳を取るのも悪くない。

2017-05-14

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今回は少年ジャンプ+

ファイアパンチ 51話

引火しないから、実質ただのパンチの連打で引導を渡さなきゃいけないってのが物悲しいなあ。

ましてや、それで殴る相手相手だし、その最中夢想しているのも悲壮感が増しているね。

何の因果自分の昔の写真を見てしまっているが、その時の独白アグニのこれまでの動向を象徴しているともいえる。

アグニ一見すると自分意志で行動し続けているが、その実は周りの環境人間たちに翻弄され続け、そこでもがいていることのほうが遥かに多かったからねえ。

それは大なり小なり他の登場人物たちも同じだったけれども、アグニはなまじ非凡な力があった故に、余計に理想現実ギャップに苦悩している気がする。

そのせいで自分意志に伴った言動判別ができていないのかもしれない。

さて、ストーリー的にはクライマックスが近い印象だけれども、ここから更に二転、三転させるのだろうか。

マッチョグルメ 8話

最初読み切りの一発ネタを、短期はいえ連載するのは無謀だと感じたし、ましてや飽和状態グルメというジャンルに片足突っ込むのは見切り発車にも感じたけれども、まあそれなりに工夫していたんじゃないかと。

最後テーマ真正からアンサーを出したというか、上手いこと纏った印象すらあるね。

グルメ漫画としてみると今日び満足に足る描写ではなかったし、マッチョ描写に関しても水準はいってても惹かれるほどではなかったけれども、それらを添え物にしつつ『食の本質』をテーマにして描いていると解釈した上で読むなら、割と面白い作品だったと思う。

あくまで、ちょっと斜に構えつつ、一歩引いた場所から見た場合での評価だけれどもね。

フルチャージ!! 家電ちゃん 49話

登場人物機械メインな世界観で、今回は人間との違いを側面的にテーマにしたエピソードにしていて興味深い。

このあたりはメタ的に見れば、アイたちが分かりやすキャラ付けにされているだけで、作劇上の都合と言ってしまえばそれまでではあるんだけれども、それを考慮してもまあ悪くないエピドードかなあと。

人間のズルさというか、一貫性のなさというか、複雑さというか、したたかさというか、その性質の違いを機械人間とで差別化している感じ。

まあ、今回そういった人間翻弄されるのが、同じ人間であるヒロトってのが可笑しさにも繋がっているわけだけれども。

2017-05-12

ベネズエラ

どうでもいいけどベネズエラマジで悲惨だな。

新自由主義取ってもアメリカと一部の資本家に全部持ってかれちゃうし。社会主義政策を取っても市場翻弄されちゃうし。

今回の政情不安が沈静化しても、どうすればいいのか誰にもわからないんじゃないかこれ。

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