はてなキーワード: 社会復帰とは
①生きていく能力がない
②能力を獲得するやる気がない
③生き続けたいとも思わない
この3つが揃ったら、国が設備を整えてとっとと安楽死できるようにしてほしい。
世の中にはこの先、生きれば生きるほど状況が悪くなるだけの人間がいる。自分もその一人だ。
生きてれば何とかなるなんて無責任に言う人はいるが、絶望的な状況から社会復帰できる可能性があるのは、最低限の生活能力と社会性があって、何とかなろうというやる気がある人間だけだ。
社会のせいでも親のせいでもなく、自分の無能と怠惰がこの現状を招いたとわかってる。自分が同情の余地すらないクズであることを自覚している人間に、今さら頑張って生きていこうなんて思えるわけがない。それどころか、いつ逆恨みで社会を呪う人間に成り果てるかわからない。そんな風に思っている人間は、自分の他にもそれなりにいると思う。
そういう人間が完全な無敵の人になる前に、安らかに処理する仕組みを作ることは、どちら側の人間にとっても利益のあることであると思う。
まず息を止めてみましょう。
事前に深呼吸とかの準備しないで!今いきなり呼吸を止めてみて。
10〜20秒もしたら死にそうなくらい苦しくなってくるでしょ?
突然に心肺停止して倒れてる人は、そんな状況です。
声もあげす苦悶の表情もなく、失神するかのように突然倒れます。
机の前で椅子に前傾で座ってたら、机に突っ伏して居眠りし出したのと区別つきません。
(救命増田↓は背もたれにのけぞって普通でない姿勢だったのですぐ異常に気づかれ運が良かった。前に倒れてたら「疲れてるんだな、そっとしとこう」と数時間放置され昼休みや定時になって始めて死んでると気づく恐ろしい展開になってたかもしれない)
https://anond.hatelabo.jp/20220620095815
倒れて数秒で即座に救命措置されるなんて、家族やあなた持病を知ってる仲のいい友人が隣にいる運のいい状況で倒れたのでなければ、まずありえません。
学校や職場といった顔見知りが周囲にいる状況ですら、倒れてしばらくは心配そうに顔を覗き来みながら取り囲んで声をかけ、
10秒ほどして「あれ?反応ないな、おかしいぞ」となり、ゆさゆさ体を揺らしても反応なく、
ここで気の利いた人がいれば「もしかして」と呼吸を確かめ、心音を確かめ、ここで初めて救命措置が必要だと気付いて周りが動き出します。
(実際に学校で生徒が倒れ、教師がAEDの必要性を認識できず使わないまま死んでしまい、遺族がなぜ使わなかったと学校を訴えてる事例が複数あります)
https://www.sankei.com/article/20181215-S5ZCH4HEJVJQJPNFZPH4KI6VUE/
https://www.asahi.com/articles/ASL2R3SB2L2RUBQU00Q.html
これでもう30秒たってます。
意識があれば苦しさを感じてる状況です。脳細胞はエネルギーと酸素の供給を断たれ死に始めてます。
倒れた場所が、運良くAEDが置かれている施設の中なら、誰かが走って取りに行き取って戻ってくるまで数十秒から一分程度でしょうか。
その間、心臓マッサージと人工呼吸の必要性を知り、どうやればいいか経験がある人が運良く隣にいれば、心肺停止してても外部から強制的に酸素が送り込まれ心臓がポンプされ、AEDで心臓が動き出すまでの間、脳は一息つけます。
そしてAEDが床に置かれてから、殆どの人はそこで始めて説明を読み、運用を理解してパットを取り出し胸の正しい位置に貼り付け、スタートボタンを押すまで1分かからなければ、かなり手際がいいでしょうね。
その間に心マ人工呼吸がされてなければ、もう脳細胞は多くが窒息死してます。
AEDで心臓が動き出し呼吸が回復しても、これまでどおりの人格や知能が保たれ社会生活に復帰できるかわかりません。脳のどこがどれだけ駄目になるかの運次第です。
まして街中や駅で歩いてる時にそうなれば、「朝から酔っ払って」「道で寝てる変な人だ。近寄らんとこ」「遅刻しちゃう。急がないと」と声掛けすらされされず、通り過ぎる人が多いでしょう。
とくに都会で身なりがしっかりしてない中高年の場合は酔っ払いや変人と見なされトラブル回避のためスルーされる可能性が高くなります。
人が倒れてる、流されてる、等の危機にある!と気づいたとき、咄嗟に反射的に対応に動くのは男性が多く、
しかし駆け寄っても見知らぬ意識のない女性の胸を押したり(心マ)、口づけしたり(人工呼吸)という行為を普段は性犯罪として認識しているため、緊急時にも気後れして実行に躊躇する男性が多く、結果として男性に比べ若い女性ほど現場で救命措置される率が低くなる現実があります。
https://twitter.com/drk0311/status/1537076913788751872
脳細胞が酸素とエネルギーを数分間絶たれ続けて次々と死んでいってる状況で、
女性だから周りに人垣を作って取囲んで人の目から隠してからAEDを使おうとか、第一に駆けつけた男性は措置せず他の女性を呼んで任せようとか、服を脱がせず器用にパットを貼ろうとか、無茶言うなって感じです。殺す気かと。
一秒で救命率が下がるこの状況下での「意識を取り戻したあとに感じる恥ずかしさへの配慮」を提言する人は、実際に倒れてる女性を殺しにかかってると自覚してほしい。知識もなく他人事だからと無責任な提言をして、それを真に受けて実行してしまう人が出てきたら、救命や社会復帰できなくなる人が増えるかもしれないと考えると、激しい怒りを感じてしまう。
死んだり大脳が駄目になって植物状態になったら、恥ずかしさを感じる事すらできないんだぞ。
わかった上でもそれを言うのか?
元増田は、引きこもる前からなのかもしれないけれど、引きこもっている14年間の間にたくさんインプットして、感受性も磨いて、その結果こんな文章を書いたんだね。アウトプットの技術も上手だ。
これからも何を感じたのか、何をしたのか、或いは何をしなかったのか、些細なことから大きなことまで発信して欲しいな。Twitterでも良いし、ブログでもいい。
呪詛の言葉や呪いや恨みの言葉を並べ立てるのでなくて(勿論それをしていけないわけではない)こういう気持ちのいい言葉だからまた読みたい。
無理して欲しいわけじゃないけど、前向きに検討して欲しい。
ちなみに自分は37歳、中学1年2学期から不登校になり中卒、学歴職歴なし、逮捕歴ありの引きこもり、現在社会復帰訓練中の人間だ。
他人と比較して優越感や安心感を得るのは良くない。だけど、それでも一時的な励ましになるかもしれない等と言い訳をさせて欲しい。元増田はまだまだ全く健全だ。だから胸を張ってのんびりリラックスしてお散歩日記を綴って、できれば読ませてほしい
本人は事故でケガをしたという認識はあるが、自身の能力に障害を負ったとは思っておらず、病識がない。
しかしながら実際はボロボロで、事務はほぼできない。でも権利・人権の主張は一人前だとかなんとか。
本人にフォローを与えたことがある人たちは、エピソードの披露に余念がない(ほぼ悪口としか思えないが)。
私は勤務している事業所が違うので、そんな状況をただ聞いているだけなのだが、それでもいたたまれない気分になる。
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本当なら、事故後にちゃんと観察して、そこから検査と診断を経て、本人にきちんと病識を持たせて、自立訓練など受けさせ、リハビリののちにゆっくりした社会復帰の方法を検討すべきだったと思う。
事故のときは見過ごされたのか、直後は軽度すぎたのか、近年悪化したのか、はたまた本人や親族が認めたがらなかった(病識を持たせるのに失敗した)のかはわからない。
親族は、事故のとき何もしなかったのだろうか。今はどうなのか。
関係者の勧めで過去に精神障害者保健福祉手帳の交付を受けたことはあったらしい。勤務する上での助言もなされたとか。しかし手帳交付の2年後、本人は手帳の更新を拒否したという(精神の手帳は2年更新)。
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上層部は、本人が自己退職するように仕向けているといううわさを聞いた。
本当にいたたまれない。
自分が救われてないと過去を振り返って半生をマンガに描く余裕なんてないからだと思う
社会復帰挑戦中とか今現在働いてるとか「今戦ってる最中」なら今後どうなるかわからないし、
マンガ描いた後やっぱり働くの無理でしたってなる可能性も大いにある
専業主婦になってがんばらなくてよくなって初めて今まで大変だったけど生きてきてよかったな、と思えるようになるんだと思う
それが元でそいつらは警察沙汰になり退学。私も学生生活を続けられない精神状態になり退学した。
それから二年ほどして、少しずつ社会復帰をという親の提案で、知り合いの小さなレストランでバイトを始めた。
営業で外回りをしていた旦那はいつもピーク外の時間に来ていたためちょくちょく話しかけられたが、
だがしばらくして仕事にも他人と接することにも少しずつ慣れ、旦那にも愛想笑いくらいは出来るようになれた。
その頃から旦那は前にも増して積極的に仕事の話やプライベートの話を離してくるようになり、私も旦那の飾らないところや屈託のない笑顔に少しずつ心を許していった
後から聞いた話だけど、旦那が積極的に話してくるようになったのは、
私が親に仕事の話としてそれまでは別にとしか言わなかったのが旦那のことを話すようになり、
それを聞いた母が私が休みの時にレストランに行き旦那に事情を話して私が立ち直る手助けをしてほしいと頼み、
旦那は大したことは出来ないけど今まで通りならということで承諾してくれたかららしい
そういう関係が一年くらい続き、旦那のおかげで他の人ともそれなりに話せるようになり、
旦那には完全に打ち解けて旦那が来るのを楽しみになるようにまでなった。
そんなある日、旦那から休みの日にどこか遊びに行かないか誘われ、私も旦那なら大丈夫と思いOKし、そこで告白され付き合うようになった。
これも後から聞いた話だけど、旦那は私と話していくうちに好きになったが、
今の関係を壊しては私のためにならないと散々悩み、マスターから私の家を聞き親にどうしたらいいか相談に行ったらしく、親は親で旦那の人柄に惚れ是非ともと頭を下げたらしい。
そうして旦那と付き合うようになったんだけど、私は完全に立ち直ったわけではなく、精神的に体調を崩して旦那に八つ当たりする事も多かった。
それでも旦那は私の全てを受け入れてくれて、認め褒め根気よく手助けをしてくれた。付き合って一年頃には入籍もした。
そんなこんなで四年くらいが過ぎ、私もほぼ完全に一人立ち出来るようになったところで、私が暴走してしまった。
旦那に植え付けてもらった自信がついた私は、自力でここまでこれたと勘違いをし、
もっともっと世の中を知りたい色々な経験をしたいと思うようになった。
具体的に言うと色んな男性と付き合う様になった。そして旦那に離婚を切り出した。
旦那は凄く悲しそうな表情を浮かべながらも、それが私の為ならと受け入れてくれたけど、親には死ぬほど怒られた
あの時の旦那の顔は今でもはっきり思い出せる。
そうして旦那とは離婚。旦那とはたまにメールをする程度の仲になり、
そして友達達と色々な所へ出掛け、色々な物を食べ、色々な男性と出会った。
そんな生活を一年ちょっと続け、ようやく自分の馬鹿さ加減に気が付いた。
それなりに楽しい生活ではあったけど、旦那と出掛けたほうが楽しく、旦那と食べたほうがおいしく、旦那よりいい男性なんか一人もいなかった。
バイトと貯金と慰謝料で賄っていた生活資金もどんどん目減りしていき、私の生活はまだまだ旦那の力を借りてただけだと思い知らされた。
そうして恥を忍び、けちょんけちょんに言われることを覚悟で旦那と連絡をとり、直接会ってヨリを戻してほしいと頼んだ。
すると旦那は相変わらずの屈託のない笑顔でこうなると思ったよと笑ってくれた。
そんなこんなで復縁して四年。
今でもたまに自信が暴走しがちな時もあるけど、理性で必死に押さえている。
ようやく私も、一人前の人間になれたなって、少しずつ実感している。
・体力がない(ので、長時間労働ができない)
・金持ってない(ので、風俗に行くこともできず、婚活パーティーにも行けない)
・プライドが高い(ので、無職と認めず「俺は働いてる」と言い張ってるだけ)
・学歴低い(ので、一流大学卒の女性と結婚できないし、出世コースからも外れている)
・健康じゃない(ので、年取ってから病気になったら死ぬしかない)
こんな感じなので、どうやって救えばいいのか分からない。
ただ一つ言えることは、これらの人々は社会のゴミであり、生きているだけで害悪であるということだけだ。
だからこの世から消えてもらって構わないと思うのだが……しかし彼らは意外としぶとく生き残っていて、なかなか絶滅しない。
おそらく彼らには何か生きていくための理由があるんだろうけど……その理由を探り当てたとしても、彼らが社会復帰することは絶対にありえないだろう。
彼らに残されているのはただ絶望的なまでの虚しさだけであり、その虚しさを埋めるために彼らはひたすら自傷行為や自殺を繰り返すのだ。
そんなことをして何になる? 何もならないよ。
それどころか余計に虚しくなってもっと死にたくなって、また自傷行為をするという無限ループに陥ってしまうんだよ。
本当に救いようのない連中だよね……。
※ちなみに私は弱者男性ではないですが、もし私が彼らと同じ立場だったとしたら、やはり同じように死んでいくと思います。
だってどうしようもないもんね。
私には彼らを救済する方法なんて思いつかないし、仮に思いついたとしてもそれを実行するだけの力はない。
だからまあ仕方ないと諦める他ないでしょう。
それにさっきも言ったように、彼らには何も残されていないわけだし。
死んだところで誰も悲しまないし、むしろ喜ぶ人の方が多いんじゃないかなぁ。
少なくとも私の知り合いの中には一人もいませんね! そう考えると、やっぱり生きててもしょうがないような気がしてくる。
でもそれでも、せめてもの抵抗というか意地みたいなもので、何とか生き延びようと足掻く人もいるみたいだけど……そういう人は大抵、途中で心折れちゃうんですねぇこれが。
そして結局、最後は自殺したり首を吊ったり飛び降りたりといった形で自ら命を絶つことになるんですよ。
なんとも報われないことですねー。
本来は飯塚氏以外も拘束されるべきじゃないのでそこだけは"許す"として
(すべての逃走の恐れがないケースで飯塚氏のように拘束しないでおけよ。マジで)
被告を警察が身辺警護ってストーカー障害事件・殺人事件の被害者は絶句なのでは?
自業自得ではあるが猫殺しの税理士のところには自称猫好きの輩と自称愛護団体が乗り込んだりしてたけど
まぁそれも犯罪被害に遭う可能性が極めて高い場合は本来は警護すべきとしてこれも更に"許す"として
医師や周囲から運転は適さないと言われてたし足が不自由って自分でもやってるじゃん
どういう理屈で100キロぶっ放すのが誰でも起こり得る過失って判断になったの?
被害者全員と示談が成立しているケース(求刑10年懲役8年)よりも軽い理由は?
あと収監先は下記みたいなところだと思うよ
増田が書いた内容は『お外に出るとか人と話すが主目的になってる』になってるよ
精神科デイケアとは?
精神科デイケアとは、分かりやすくいうと「精神障害のある方が安定した日常生活や社会復帰を目的とした通所型リハビリテーション」のことです。精神科デイケアでは、精神疾患の再発防止や生活リズム改善、対人関係スキル向上などを目的に、人との交流や各種プログラムへの参加など通じて、リハビリテーションを行っていきます
お外に出る・人と話すが問題無いと医師に判断されている、自己認識出来ているなら、
デイケアじゃなくて就労移行訓練とかすると思う。就労移行訓練の中でもソーシャルスキル(対人スキル)の向上がどうたらってやるぞ
これも良い悪いについては言及しないがこういうことやるみたいね
そもそも当事者の声語るなら、当事者団体に意見をうかがえよっていう。
ADHDや発達障害の診断が下りた人の契約能力を一律に否定する法律に賛成しますか?社会復帰は絶望的になりますけど、生活保護あるんでいいですよね?って聞いてみろって話だよな。
ADHDや発達障害の診断が下りた人の契約能力を一律に否定する法律に賛成しますか?社会復帰は絶望的になりますけど、生活保護あるんでいいですよね?
AV新法の話であって以上でも以下でも無いよ
例えば、発達障害の検査ではIQ検査をしたりするので軽度知的障害があることが判明したりもする
だけど『療育手帳(愛の手帳)』を取る(軽度知的障害と認定される)ことによって法律行為が制限されたりは別にしないぞ
むしろ、軽度知的障害の方は、身の回りのことを行うことに支障はないことが多い、
家事や子育て、金銭管理、健康管理上や法的な決断は支援があればうまくできることが多い、そんな風に想定されているので、
携帯電話の障害者割引が受けれたり、電車の運賃が半額になったり、様々な支援が受けやすくなるぞ
障害福祉サービスを利用してヘルパーさんに来てもらうことに
市の相談支援事業所で相談したところ、生活の自立能力が低いということでヘルパーさんが派遣されることになりました。最初の月2回からだんだん増やして、今月からは週2回の計4時間になります。
私の場合は、料理を主にお願いすることにしました。材料は適当に野菜や肉を買っておきます。それが難しければ買い物に同行してもらうことも可能です。
ヘルパーさんが来たら、一緒に冷蔵庫を見ながら「今日は小松菜はベーコンいためにして肉は唐揚にしよっか」という風にヘルパーさんに案を出してもらい作ってもらうものを決めていきます。そのときに古くなった調味料やダメになってしまった肉や野菜など、冷蔵庫の腐海を整理してもらうこともあります。
あとはおしゃべりしながらヘルパーさんがメインで料理を作っていきます。毎週決まった日に4~5品の作り置き料理を作ってもらうことで、「あと3日間は何もしなくてもごはんがある」と思うことができるようになり、ものすごく心が軽くなりました。
それまで、疲れたときはお惣菜を買ったり、冷凍食品に頼っていましたが、コンスタントに手作りの料理が食べられるようになり、罪悪感が減って心が明るくなってきました。
娘は味覚が敏感なので、「ママが作った料理が食べたい」と言うこともあります。これだけ料理の負担が減ると、ストックがなくなった日にリクエストされた料理を作る余裕もできてきました。それにヘルパーさんが作る料理にもだいぶ慣れてきたようです。今では、料理が出来上がったらすぐ味見に来るほどになりました。
また、うちの場合は、ヘルパーさんが来てる間に見守ってもらいながら掃除をすることにしました。そうすると過集中を起こすことを避け、掃除をすることができることに気づいたのです。
ADHDとうつ病で、今の私は掃除ができない、料理作れない、お風呂に入れない。
保健所の人が家を訪問して必要と判断されれば、ヘルパーさんが来て掃除、料理の作りおき、お風呂に入るとき家にいてくれて、保健が効くから月3000〜4000円でお願いできるという。こういう行政の支援、知らない人多いと思う
高校生の頃にADHDの存在を知って「あっ、これ自分じゃん」と思った。
それからはなんとなく周りの人間を「ADHDかそれ以外か」で見るようになり、ADHDの人には仲間意識を持つようになった。
大人になるにつれ、ADHDの症状は社会生活に強く支障を来たすようになり、通院を始めた。
それでも、学生時代の友人やネット上に居るADHDの人たちを見て「でもあの人たちは頑張れてるし」「ちゃんと仕事もできてるし」「結婚してる人だって居るし」と考え「だから自分も大丈夫!ADHDはただの特性!」と思いながらストラテラを飲み続けた。
自身の根本的な問題が"ADHDでは無い"と気が付いたのは初通院から約8年経過したあとで、引っ越しの都合により転院した先で「双極性障害」と診断された。
ADHDの二次障害としてよくある障害らしく、思い当たる症状はいくらでもあった。
そう診断されてから「ADHD仲間だと思っていた人たち」と自分とでは、状態が全く違うことに気が付き、心の支えが崩れていった。
今まで縋ってきた"同じ属性の成功者"という希望は手の届かない幻想で、その人たちは自分とは全然違う属性だった。
結局、社会復帰は出来ず、今は無職の引きこもりで、障害年金と生活保護を受給し、一人暮らしをしている。
ADHDの人を見ると「でもこの人はADHDだけなんだよな」と思うようになり、双極性障害の人たちに仲間意識を持つことは無かった。