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2017-07-18

マックうんこを漏らしそうになって人生が変わった

 それは昼下がりのマクドナルドでのことであった。

 わたしがいつものように夏の暑さとセミの音と夏休み乱交合宿の打ち合わせにはしゃいでいるヤリサ学生どもを呪いつつマンゴースムージーをすすりながら次の次の次くらいのどうでもいい会議書類に目を通していると、どこからか甘く懐かしいささやき声がひびいてきた。


「……すだちゃん。ますだちゃん。増田ちゃん? 聞こえる?」


 そ、その声ーーあなたうん子!


「よかった。おぼえていてくれたのね。忘れられちゃったかもと思ったけれど……」


 忘れるわけはない。

 わたしとうん子は小さいこから親友だった。

 うん子はうんこ精霊であるうんこに関するあらゆる事象を司り、時に歴史の流れを決定づけるほどの暗躍を果たしてきた。

 カエサルナポレオン徳川家康コロコロコミックドナルド・トランプ……偉人たちの便意と決断の裏には常に彼女の姿があったといっていい。

 わたし人生においても、常にうん子の助力があった。そう、幼稚園でのお遊戯時間うんこを盛大に漏らしてから、小二の給食、小五の運動会、中一の合唱会、高一の塾合宿ーーずっとわたしとうん子はいっしょだった。

 唯一の友達だったといってもいい。

 心無い同級生からうんこ」「うんこ漏らし」「下痢便カレー」「うんこに愛されし子」「ザ・うんこ」「進撃のうんこ」「逢うんこうんこ園(ジャンプ打ち切りマンガにちなんだあだ名は他にも30ほどあった))「うんこ界の稲尾和久(約三日に一度のペースで漏らしていたため)」などと残酷あだ名をつけられ、うんこにちなんだいじめを散々受けていたわたしに近づくものなどいなかった。

 だが、気にしなかった。彼女と一緒にいたころは、うんこを漏らすことがはずかしいことだなんて微塵も思っていなかった。

 パンツを茶一色に染めたことで母親からものすごく叱られて、ひとり部屋で泣きはらしていた夜にも彼女は現れ、

うんこを漏らすことをできるのは、選ばれた子どもだけなのよ」と、励ましてくれた。

 うん子さえいれば、わたしは他に誰もいらなかった。


 だが、いつのころからだろう。おとなになるにつれて、わたしには彼女の姿が見えなくなり、彼女の声が聞こえなくなった。

 大学生から社会人になる過程で段々と「ほんとうはうんこを人前で漏らすのははずかしいことなんだ」という意識が芽生えるようになり、今の職場面接を受けるさいの「うんこを漏らしたことはありますか?」というよくある質問にも平然と「ありません」と答えた。

 そして、毎月給料をもらい、ちゃんとトイレを便座に座ってやるようになると(ウォシュレット存在を知ったのもこのころだ)、うんこ精霊うん子の存在も忘れ去ったーー。


「落ち着いてよく聞いて。これから十数秒後にものすごい勢いで貴方うんこをもらす」

 再会の驚きをふっとばすうん子のことばにわたしはことばを失った。


 漏らす?

 このわたしが?

 立派な社会人であるこのわたしが?

 この増田??????


 わたし恐慌に陥った。

 今ここで漏らしたらどうなる?

 隣の席で互いに性的視線を送りっているヤリサーのブスどもは持ち前の野生の勘で間違いなくうんこのにおいを嗅ぎつけるだろう。そして瞬時にそのにおいの発生源を特定するだろう。

 彼らはわたしをゆびさして嘲笑し、周囲の客たちもわたし汚物を見るような視線を投げるだろう。

 そうだ、わたし汚物になるのだ。

 うんこ漏らした汚物ニュースはたちまちその日のトップニュースとしてローカル局報道され、会社にも伝わり、わたし面接ときについたウソをとがめられ(「おとなになってうんこを漏らすような人間が、以前にもうんこを漏らした経験がないはずがないよな?」)、おりもののついたナプキンがごとき扱いで会社から、そして地域社会から追放される。借りているマンションも追い出されるだろう。実家からも縁は切られる。

 それからは宿無し生活だ。行く先々でこどもたちから「いたぞ! うんこだ! マックうんこをもらした早打ちマックとはあいつのこと!」とはやしたられ、石を投げられる。

 額に投石を受けて、地に倒れ込んでも、わたしは「しょうがないんだ」と自分に言い聞かせなければならない。それだけの罪を犯したのだから……と。


「あきらめないで増田ちゃん!」

 うん子の声がクソみたいに悲惨未来予想から現実を取り戻す。

わたしがーーこのうん子がどうにかするわ。あなたうんこなんて漏らさせない。絶対あなたを助けてみせる」

 ほんとうに? と絶望するわたし疑念を口にしかけるが、できる、ほんとうに彼女なら可能なのだとおもいなおす。 


 なにせ彼女うんこ妖精。便意など思いのままだ。


 だがーー。


 あなたはそれでいいの、とわたしは言う。

 うん子にはうんこを漏らしたときしか会えない。

 今は声しか聞こえない彼女だけれど、わたしが「実」をこの場で出せば、その姿を現前させられる。


 あの愛らしい、あの懐かしい、

 わたしのたったひとりの友だち。


 会いたい。

 眼から涙が溢れ出していた。

 会いたい。会いたい。会いたい。

 うん子にもう一度会いたい。

 この十年間、十五年だっけ?

 ほんとうにいろいろあったんだよ。

 あなたに話したいこといっぱいあるんだよ。

 あなたから聞きたいこと、いっぱいあるんだよ。

 話したい、お話したい、

 三ヶ月溜めた便秘を吐き出すように私の話を聞かせたい。

 三時間つづく下痢便のようにあなたの話を聞いていたい。


わたしあなたに会いたい」

 とうん子は言う。

 だったら、漏らしたってわたしはーー

「でも、ダメあなたはおとなになったのよ、増田うんこを漏らすことをできるのは子どもあいだだけ。おとなはうんこをもらしちゃだめなの。わたしと会っちゃ、ダメなの」

 わたしマックの硬いソファの上で恥も外聞もなく駄々をこねた。いやだいやだいやだ私はうんこを漏らすんだ。

 だってそうすれば、あなたにまだ言ってないこともーー。


 うん子の「ふふっ」という笑い声が虚空のかなたか漏れた。戸惑うような、愛情の篭った吐息だった。

「ごめんね。ありがとうさようなら増田



 ブリブリブリブリブリイジギュルリルリイリブリッブッブッブッブーブリリリリィ!!!



 盛大に漏れる音がした。

 尻に湿ったものほとばしった。

 この感触

 十年間ずっと忘れていたこのなまあたたかさ。


 終わった、と思った。


 だが、不思議とヤリサーたちが異臭に気づいたようすはない。わたしにもにおいはわからない。自分の便だからだろうか?

 うん子の気配もどこかへ失せていた。

 わたしは平静を装って席を立ち、トイレへと向かった。

 便座に座って下を脱ぎ、解脱した僧侶のような心持ちパンツを見つめる。買ったときには真っ白だった、清純と純潔の象徴のようなパンツ……。


 白いままだった。

 夏空に浮かぶ背の高い雲、この前観た『メアリと魔女の花』に描かれていた積乱雲のように晴れやかな白だった。

 茶色い粘った汚れなど、かけらもついていない。


 わたしは漏らしていなかったのだ。

 だとしたら、あの確実に三リットルはぶちまけたような大きな排便音はいったいーー?


 トイレから出て、席に戻ろうして、店内がやたら騒がしいことに気づいた。

 ヤリサーどものあたりである。彼らの阿鼻叫喚が聞こえてくる。

「テメーおまえウンコなんか漏らしやがって」「マジふざけんな」「これからおまえの名前はウンコノミクスだ」

 わたしはそのまま席に戻らず、店外へと出た。

 雲ひとつない、パンツはいていないお尻のように清潔な空に、純白の肛門にも似た太陽が燦々と輝き、けがれのない世界をつつんでいた。

2017-07-12

この前、息子(小学生)の学校先生から電話がかかってきた。

息子よ。また今度はなにをやらかしたと思いながら応対。

先生、すごい言いづらそうに「いやぁあのそのですね、相手の子も悪気があってってわけじゃないと思うんですよ…」

えっ、まさかウチの息子が被害者まさか

なんでも我が家果物農家なんだけれど、給食我が家で作っているものと同じ果物が出されたらしい。

で、クラスメイト男子から「これお前んちで作ってるやつだろ~」とからかわれたと。

ああ、そんなこと。でもうちの子はそこで大人しくしているタイプじゃなよね??

「でもうちの子それ言われて大人しくしてたんですか??」

「…いやしてなかったです。」

ですよねー。やっぱりやり返してたか。頭の中で、ああ相手のお家に電話かけて、程度によっては家に謝りにいって、また米つきバッタのごとく頭を下げる私の映像脳内で流れる。

「いやそれでですね、〇〇君、怒って相手の子に対して「ふざけんな!うちの作物はな!!東京とかに出荷してめちゃくちゃ高く売ってるんだ!!千疋屋とかで売られてるんだ!!お前ら貧乏人は一生口にする機会なんかいないやい!お前なんか千疋屋自体知らねーだろ、やーい!!」って言っちゃって相手の子貧乏人って言われて怒って取っ組み合いになっちゃって…。」

「まあ、先にからかったのは相手の子なので一応、先方の親御さんからお詫びの電話がくると思うのですが…。すぐに止めたのでお互いにケガはないです。一応、相手の子にも〇〇君にも説教はしてときました。まあ、こうゆうことがあったというご報告で…。」

ちょっと、お母さん笑っちゃったよ。息子よ。

まあ、貧乏人っていう言葉使いとか(相手の子はうちより年収よっぽどあるぞ)、すぐに取っ組み合いに応戦しちゃうとことか何も思わないわけじゃないけど、

ちょっとしかったぞ。

君が農家を継ぐか継がないかは知らないけど、君が胸を張って親の職業を言い続けられるように頑張りますくそ暑いけど…。めっちゃ暑いけど…。

注 ちなみに当たり前ですが我が家は高価格帯の商品だけではありませんし、高価格帯の商品を作ってる農家けがえらいとは思っていません。皆さん等しく農家です。

2017-07-05

ウイルス付きの給食を召し上がれ、とな

彼女が(彼女の)母親経営する保育園に入って調理補助やってるんだけど、

熱上がって物も全く食べれず嘔吐繰り返したりとウイルス性胃腸炎ぽい症状になってたので

医者に行くようにと再三促すも面倒くさい今は症状軽いとかで全く行こうとしない。

(終わるの16時頃だし月曜は休みだし充分行ける時間はあった)

色々言い合って4~5日後、やっと行ったと思ったら(もうだいぶ経っていたのでほぼ治りかけの風邪の診断)、

今度は貰った薬をウソをついてまで飲まないでそのまま保育園に。

とにかく貰った薬ちゃんと飲めとまた言い合いになって昼休みに一度帰らせて(近い)やっと飲ませる。

病院行くのとか薬1つ飲むだけで毎度こんななるのも異常だし、

そもそも親のコネだろうが保育園先生なんだから子どもたちの命を預かってるって自覚を持つべきって言えば

モラハラだのそんなの普通じゃないだの自分風邪引こうがそっちには直接関係ないと言う。

別に直接関係なくても子どもたちに食べさせる食物扱うわけで、今園児死亡とかで色々そういうの敏感なってる時期だし、

もし集団感染しようものなら子どもたちやその家族はもちろん、経営してる母親先生たちにも迷惑が掛かる。

それでも「上に言われてないからいいし、そこまで踏み込んでくるのがおかしい。そっちに直接迷惑掛けてるわけじゃない。」だの。

調子悪かったら言われんでも自主的に行くし、自分に直接関係なくても周囲や社会迷惑になるよと説明しても

「お前には社会が全てで自分意志はないのか」とか見当ハズレなこと言ってくるし、もう疲れた

まあこういうの初めてではないし、付き合う時は単なるアホの子だと思ってたんだけどなあ。

から「アホなのはいいけどバカにはならないでね」とは言ったんだけど、ここまでホームラン級のバカだとは思わなかった。

歯磨きの時間から見た日本

皆さん、歯の磨き方を誰に教わりましたか。お母さん、お父さんだけにですか。当然親だけに教わると、私はずっと思っていました。でも去年の12月に、仕事の一環として、或る小学校母国であるアメリカ文化を紹介しに行き、目を丸くするようなことを見ることが出来ました。それが、給食の後の歯磨きの時間だったのです。この歯磨きの時間を見て実感できた日本教育と私の国の教育との違いを、三つ挙げさせていただきたいと思います

まず一つ目は、子供のしつけの責任分担のことです。これについて日本アメリカは大きく違うと聞いてはいました。例えば、夜遅くまでお祭りで遊んでいる教え子を見かけた学校先生が「早く家に帰って寝なさい!」と注意する話を、日本語教科書で読んだ覚えがありますアメリカだったら、特に学校外において子供を注意することは親の責任であるという考えが強いため、こういった場面で先生は注意しないと思います

この日本アメリカの違いを、歯磨きの時間を通して目の当たりにすることができました。アメリカでは、歯磨きを教えるのは当然親の役目であると思われています。そうした中で生まれ育った私が日本に来て、学校で歯磨きを教えているのを目撃して感じた驚きを、なんとなく想像できるでしょうか。それから自分の中の常識と食い違うことを目にして、自分視野が少し広がったような気もしました。

日本先生は教科のみならず、歯磨きなど生活のことまでも教えなければならなく、本当に大変だと思いますが、子供のしつけという非常に難しくて、なおかつ重要な親の仕事学校が手伝うことは、親と子供、そして社会全体のためになると思います。一方で、学校がしつけを手伝ってくれるなら自分は怠けてもいいと思ってしまう親が出かねないでしょう。それでしつけの責任が主に学校にあると親が思い込み子供学校の窓に小石を投げつけるなど悪いことをしたとき学校のせいにしてしまうことまであるそうです。 子供のしつけの責任分担に関してアメリカのやり方も日本のやり方も一長一短があり、うまく組み合わせることが出来たら、親が主な責任を持つと同時に学校も手伝うような仕組みが出来るのではないでしょうか。

では二つ目の違いに移ります。更に驚いたことに、教室の前に立ち、良い歯磨きのお手本を見せていたのは、担任先生ではなく、児童2人だったのです。つまり小学生先生に教わるだけではなく、お互いに教え合うのです。児童の協力によって学校が成り立つわけです。歯磨き以外の例を挙げますと、私が参加する小学校訪問には必ず開会式があり、その司会を務めるのは、ほとんどの場合児童です。アメリカだったらきっと先生が果たす役割児童が果たすことにより、協力する心が育つと思います学校の清掃時間や日直などにも、協力のような人間性を育てることを重視する日本教育が見られます。この点に関してアメリカ日本を見習ってほしいです。

最後に三つ目の違いについて話します。日本人集団で行動する場合が多いとは、日本に来る前に聞いていたことですが、来日し、社員旅行など団体旅行の普及や、合コンの人気などをみて、確かにそうだなと思いました。しかしなぜそうなるかは、あの12月小学校訪問まで、不思議に思い続けていました。もちろんこれだけが原因とは思いませんが、30人以上の小学生完璧に一斉に左上の奥歯の内側を「いち、に、さん、し」と磨いている光景を呆気にとられて見て、なるほどと思いました。歯磨きの時間の他に、私の国にはほとんどない修学旅行や、全員が同じメニューを食べる給食もありますし、集団志向学校で育ち始めるのだと思いました。これも一長一短がありますね。一方では、集団志向といいますと、集団の和を保つために周りの人に同調する必要がある場合が多いですが、そうしますと個性が出にくい環境になってしまう恐れもあると思います。他方で、アメリカでは一日中一緒にいる学級というような学校構成小学校のみなのに対し、日本では中学校高校も学級があります。そのおかげで、将来は社会の一員になる生徒が、グループの一員として頑張ってグループに貢献する精神社会に出る前に身に付けておくことが出来ます

本日は日米教育比較テーマにし、しつけの責任分担、それから人間性集団志向も育てる日本教育という、歯磨きの時間を通して実感した点を三つ挙げました。あの日きっかけで、日本教育に対するイメージがよりはっきりし、日本アメリカもお互いに学び合えることがたくさんあるのだと改めて気づきました。しかし、不思議ですよね。歯磨きのような本当に何気なくすることが実は、日本教育理念を色濃く示していると思うと、自分常識がどれほどこうした平凡なことから成立するのか、ということに気づかされます。皆さんが今度歯磨きをされるとき、私のスピーチを思い出し、そのことについて考えて頂けたら幸いです。

ご清聴、ありがとうございました。

ジョナサン マイケル

Mr. Jonathan MICHAELS

(アメリカ茨城県庁国際交流員)

https://www.jpf.go.jp/j/project/japanese/education/benron/pdf/49/6.pdf

2017-07-01

https://anond.hatelabo.jp/20170701073619

重い鬱でない場合に限って優先順位が高いものから書くと、

1.ストレスから距離を取る

もし頑張ってこれができるのならすぐやろう。一旦休憩という形をとってもいい(別居、求職etc.)。ほとんどはそれができないか・・・ということだとも思うけど。

2.正しい食事を取る

子供の頃に正しい食事をしてこなかった人にはなにが正しいかからないと思うけど、要は給食とか普通定食を考えれば良いと思う。ご飯、味噌汁野菜っぽいもの、肉・魚っぽいもの。この際、塩分が多少多くても構わない。すべてバランスよく食べるのがよい。勘があれば自分が足りないものがなんとなくわかるものだが、わからなければ愚直に満遍なくとればよい。

3.運動

スローマラソンだっけ、ゆっくり走るやつとかでもいいし、歩くだけでもいいと思う。通勤歩いてるよとかって人は、知らない道、あまり通らない道を20分くらい歩いてみよう。駅を1,2前に降りて歩くのもよい(あまりやらないよね?)。

4.薬

これまでの方法ちょっと改善してきたら飛ばしOKだと思う。それくらいの優先度。でもこれでも改善しないなら(たぶん1が解決できないんじゃないか?もしくは結構長く引っ張ってるか)、飲んだほうがよいと思う。ただし適切な医者に処方じゃないと信じちゃいけないと思う。まじで適当医者がいたりするので。話をあまり聞いてない、診療が早い、とかのポイント試金石だと思う。

5.瞑想

慣れてないとネガばかりが頭をよぎるので、ある程度改善して(といってもちょっと鬱とかのレベルになって)きたら効果的だし、20分でよいので手軽。

2017-06-28

中学校教員仕事ブラックと言われる本当の理由

それは部活動があるから…ではない。

正確に言うと部活動もその一つではあるけど、それだけではない。

多すぎる授業時数のおかげで、8時から16時まで休憩なしでほぼ立ちっぱなしなんてザラ。(プラス部活動で、事務仕事や授業準備を始められるのが20時位からなんてのも中学教員あるある)

それでも仕事が回らないから結局土日も出勤して事務仕事、授業準備を行うことになる。しかもそれは部活動指導ではないから無給だ。まあ部活で出勤しても四時間以上やってやっと3,000円程度(八時間やっても一緒)なのだが…

これらの仕事は、仕事効率化をはかるとか、努力して早く終わらせるとかそういうレベルを越えている。

そして、一番問題なのがそれらの仕事をやることは当たり前であると考える管理職。平の教員意見を聞く振りだけして、結局なにも聞いてくれない管理職。「仕事がなければ早く帰ってください」といいながら仕事が無くならない現状に目をつぶる管理職。「子どもたちのために」という言葉をかざし教員やりがいにつけこみ、各学校の過剰労働を許す教育委員会教育事務所教員の数を減らそうとする教育委員会教育事務所。(事実私の学校も生徒数が増えたにも関わらず二人減った)

人間は、「自分の力でなんとかなる」と思えることは頑張れる。だけど、今の現状は自分の力でなんとかならないことが多すぎて絶望しか感じない。教員は、色んなことが上手くいかないとき、それは自分が悪いから、と考える人が多い。努力して、努力して、努力して、そして潰れてしまう。そうしてダウンしてしまう人を何人も見てきた。そういうことから私は、これは違うんじゃないか?と思うようになってきた。

そして管理職への失望感。平の教員自分達でコントロールできない仕事量を調節するのが管理職だと思う。それを上手くやってくれればなんとかやっていける。

でもそうではないと…地獄だ。うちの学校教員はみんな口をそろえて言う。「なんで今年はこんなにキツイんだ?」「なんで今年はこんなに生徒指導が大変なんだ?」

。間違いなく自分の力でどうにもできない仕事(量及び質)に忙殺されているから、そしてそのせいで一番大切な「子どもに向き合うこと」ができていないからだ。余裕を持った心で生徒に接することができなくなっているからだ。

このあとは更なる地獄が待っている。学級崩壊だ。学級経営が上手くいかなくなる教員絶対に出てくる。そうなるともう…地獄すら生ぬるい。

私は今、体調を崩して入院している。休んでしまって本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。同僚は笑顔で「気にしないでゆっくり休め」と言ってくれている。みんなが大変なことがわかるだけに本当に申し訳ない。

だがその一方で、やっと休めたと安堵している自分もいる。

今は真剣転職も考えている。それとも校種が変わればこんなに辛い思いもしなくてすむのか…?

入院する前は、痴漢でもして逮捕されてやろうかとも思っていた。どうにでもなれって思った。初めて不祥事を起こす教員気持ちがわかった。もちろん許されないことだと言うことはわかっている。だけど、地獄から抜け出すためなら、そんな倫理観なんて糞の役にも立たない、と考えてしまうことがわかった。

中学校教員ブラックだ。その本質は「自分の力でどうにかならない仕事が多すぎるから」。自治体管理職の力量によってその黒さの純度はさらに上がる。

夢も希望も感じられない教員が、子どもたちに何を教えられるのだろうか。

今年度はまだ6ヶ月もある。体がダウンするか、心がダウンするか…どっちが先になるかな…

追記

コメントで「その過剰な労働の9割が思い込みから発生しているもの」と書かれていた方がいたので、他の教員名誉のために反論したい。

教員仕事簡単に言うと「勉強を教えること」ですが、「学校内で行われることの責任を持つこと」というのもあります。だから給食時間や昼休みだって一緒について様子を見る。学校で行われる行事関係する提出書類も作る。そして集計とかもする。それらの仕事の9割が思い込みなら、残りの1割は何が残るんでしょう?笑

授業だけやってればいいなんてそれこそ思い込みもいいとこです。

もちろん授業に集中したい。そのための準備もしっかりやりたい。でもその準備ができるのは、職務規定で決められてる労働時刻(8時~16時30分)を過ぎてからなんですよね。(もちろんその間休憩なんてあってないようなもの)。部活がなかったとしてもです。事実うちの学校部活無しの日とか作ってますけど、その日ですら退勤時刻が夜9時、10時になるなんてザラです。

ではその他の事務仕事研修を断れるかといったら、断れるものと断れないものがある。(こないだも休んでるとき研修には行けと言われたし、病室で仕事できる?とか聞かれたし笑)

そもそも、このエントリーを書いたきっかけは、自分がやらなくてもいい仕事を切って切って、切りまくってもそれでもどうにもならない現状に嫌気が差したから。さらに言うと、管理職がそういう平の教員の頑張りを評価してくれない、辛い現状を考えてくれていないように思ったからです。

同情してくれとは言いませんが、中学校教員の現状をわかって欲しい。(管理職に向けても含め)そんな思いで書きました。

追記2

多くのコメントありがとうございます

このエントリが少しでも人の目に触れることが願いです。

今の教員指導要領に反することをやっているから苦しくなっているわけではありません。

自分コントロールできない仕事そもそもの週当たりの授業時数(多すぎて休憩無し)。委員会から出される研修依頼(断れない)。宿泊校外学習の細案作成(旅行会社が作ってくれ…)。教育事務所訪問に伴う指導作成、過剰な環境整備(どうせダメ出しをくらう)。保護者からの言い掛りともとれるクレーム(まずは聞く、そして時間精神が削られる)。急なカリキュラム変更によって引き起こされる授業時数の増大、その一方なぜか起こる単位時間の不足(そもそも無理なカリキュラム)。などなど…

これらが次から次へと押し寄せて来るために平の教員の体力と精神はどんどん削られていきます

逆に本当にやりたい仕事(現在切っている仕事)…学級通信を出して子どもを誉める、やる気を引き出すこと。学級の様子を子どもとおしゃべりしながら人間関係を把握すること。授業準備をしっかりして、授業の質を高めること。部活動の子ども達への指導。などなど…は全然できていません。上の仕事に追われているため。

現場先生から異論はあるとは思いますが、私の周りはこんな感じでみんな疲れています

組合は…うちの地域はみんな県の教職員組合(悪名高い日教組系列)に入るんですが現場の忙しさが軽減することはないですね。

しろ加入率が低い地域にも居たけど、その時の方が伸び伸び出来てたような気がします。

2017-06-24

豊田真由子」さんと私の関わり について

https://www.facebook.com/note.php?note_id=10155518526459066

2017年下半期の怪文書コンテストグランプリを掴み取りそうなこちら。

 

私は正直にいってドン引きした。

 

この文章を書かれた田中さんという方のtwitter,facebookを遡ると、思わず眉間にシワが寄る。

大量にアップロードされている謎のセクシー中国語動画自撮り写真。中には裸エプロンなんてものもある。

あの怪文書を読んでいても感じたが、承認欲求自己顕示欲の闇に飲み込まれしまった人間の成れの果てを

見てしまったような気がする。

彼女現在子供六人を抱えるシングルマザーらしい。

  

話を豊田議員本人へ移す。

の子供が通う小学校の近くに、この一帯では有名なモンスターペアレンツがいる。

豊田議員その人だ。

すこしでも気に食わないことがあると、物凄い剣幕で怒鳴りこんでくるそうだ。

それにより、心が壊れてしまった教師が何人もいる。

子供はというと、他を寄せ付けない圧倒的な学力を有しているものの、同級生ちょっとした衝突を起こすと、

給食味噌汁ぶっかけたり、発狂したりとやりたい放題。

 

子供は親を選べない。

多分きっと、豊田議員のお子さんも日常的に言葉暴力へ晒されていたことと思う。

他人の家の事情でありながら、自分子どももつ一人の親として、本当に胸が痛い。

周りから見て、明らかに異常な環境下に置かれている子どもたちに何か出来ないか悶々と考えている。

 

 

 

2017-06-22

さけるチーズ給食で出てたわー。

クッソまずくて不人気だった。

2位とかありえねー。

ちなみに東京都給食です。

2017-06-21

学年主任しんどい

当方小学校教諭

学年主任っていうのは、その学年を取り仕切るリーダー先生のことね。

学年主任ベテラン自分、後輩の三人で学年組んでるけどもうすでにしんどい。

何がしんどいかというと

①全体指導茶々を入れる

校外学習とか学年での発表の時に基本全体指導をやらない。「若い人がやったら~」と言う。それは別にいい。やれと言われればやる。しかこちらが指導していると、茶々を入れてくるのがうっとうしい

俺「〜を気をつけてね」

主任「〜ヲキヲツケテネ(俺の声マネ)」

子どもたち「クスクス

俺「(# ゜Д゜)イライラ

やめろ

自分でやらないくせに文句はい

指導が終わって子どもたちに良かった点と改善点を話す。

俺「主任先生からは何かありますか?」

主任「俺先生がいいならいいよ」

放課後職員室で

主任「俺くん、あれでok出したの、うーん、あれでokかあー、やっぱりどのラインok基準を学年で揃えておかないといけないよね」

俺(だから何かありますか、って聞いたがな。その時何も言わないくせに、後になって言うなよ!)

意味分からん

③誰がえらいとかい

給食時間に連絡のため主任クラスに入る

俺「コンコン、失礼します」

主任「俺大先生じゃないですか、おはようございます(大げさな礼)」

子どもたち「クスクス

俺「…。連絡です」

教室でも「俺先生はえらい先生」とか言ってる。だから主任クラスの子が、「誰が一番えらいの?」とか聞いてくる。

まれ

他にもいろいろあってしんどい

4月に所属決める時に、俺とその後輩以外の若手は「主任と組むのだけはやめてくれ」と言ったらしい。それでこちらにお鉢が回ってきた。「俺くんも、主任と組みたくない、って校長に言っといたら」と言われたけど、ここまでとは思わなかったので言わなかった。後悔している。

それで結局主任クラス現在崩壊状態。同じ学年だからこちらでフォローしないといけないことになった。

子どもで悩むことはあっても、同僚で悩むことがあるとは思わなかったな。

2017-06-17

https://anond.hatelabo.jp/20170617074355

食うの遅いこにとっちゃ地獄だろうな給食時間を設定されてなおかつ教師と同席しせっつかれるのは

しかもさ給食時間はさ机をギーって動かすのさ6つの机を組み合わせたりするのな小学校

給食を食う時間を作るために机を組み替えて教室食堂にするという発想はなかなかだな

そこでどのような地獄があるのかすでに小学校を出てしまったのでなんだかだな

きっとその頃あんたは何かあったんだろう

朝飯をたらふく食うあんたの家庭は

給食全部食べさせる小学校教諭は国全体で恨もう

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170616/k10011020581000.html

給食を全部食べさせる小学校教諭は、人の心を持たない人殺し。国全体で、そういう小学校教諭をうらみ、「お前が子供を殺してる、お前は人殺し、お前は人間じゃない」と24時間耳元でささやかれる刑罰を与えるべきだ。

2017-06-10

[]6月10日

○朝食:納豆ご飯

○昼食:野菜カレー(なんか給食カレーみたいな味で懐かしかった)、ゴマだれフォー冷蔵のやつを二つ)

○夕食:考える

調子

まりにも昨日のことでイライラしたので、お昼にどか食いをしてしまった。

最近わかってきたんだけど、カレーを食べると、すごくストレスが発散する。

なので、夕飯もカレーにしたいぐらい。

それから、寝て寝て寝て寝まくった。

そしたらさすがにスッキリした。

スッキリしたはいいけど、もう夜なので、ご飯食べてまた寝ようと思う。

体に悪そうだなあ。

3DS

ポケとる

ログボのみ。

iPhone

○はねろコイキング

トレーナーランク27。

コイキングは、32代目。

コマスター

ログボのみ。

2017-06-03

大人になっても続く給食呪い

小学校の時、ぽつんと残って休み時間まで給食を食べていた生徒は

クラスに必ず1人はいたのではないだろうか。

食が細かったわたしも、そのうちの一人で泣きながら給食を食べさせられた。

5年生の時担任だった男性教師は、残すことに厳しく、完食するまで永遠に給食タイムは終わらない。

しかも、最初に減らせる量は向こうが管理しており、

その上、完食できた翌日は、事前に減らすことが不可能というトンデモシステムだった。

それがつらくて6年生のクラス替えの日、ウキウキして登校したのに、またソイツだった。最悪だ。

給食地獄は2年間だったが、大人になった今でもその弊害が残っている。

食事に対する嫌悪感

2年間も続けば、男性教師の怒号と「満腹感」が自然と結びついてくる。

食べることに対する幸せみたいなのは全く見いだせず、

早くiphoneのように充電式になるか、人間として満たされる錠剤1粒で生きたいとすら思う。

人間の三大欲求のうちの一つが、恐怖によって潰されるのは、生活にも支障をきたす。

◆人付き合いも億劫

親睦会、合コン歓迎会、祝賀会…一般的交流を深めるために使われる手段食事だ。

給食というものは、人が必ずいる環境提供される。

人と食事をする「会食」が、給食の恐怖に結びついてしまい、せっかくの人付き合いにも支障が出てきてしまう。

お店に入るまでは大丈夫だったのに、お店に入った途端吐き気がこみ上げてくる。

お手洗いに行って、何度かえづいておかないと座席に戻れない。これがかなり苦しい。

せっかく誘っていただいたのに、残すことになりお互い気を使ってしまうので、

誰かと行く外食は、ほとんど断るようにしている。

今、22歳なので、給食地獄10年以上前出来事だ。

ただ、驚いたのがこの悪しき風習は今でも続いているらしい。

富山県小矢部市の市立小学校で今年1月、嫌いな給食のおかずを残した当時4年生の男児に無理やり食べさせ、嘔吐させた」

http://www.sankei.com/west/news/170504/wst1705040035-n1.html

というニュースを見かけて戦慄した。

下記URLを見てもらえると分かるが、嘔吐しただけでなく、その後の掃除までさせられている。

・全員の前で吐くという羞恥と恐怖

・食に対する嫌悪

は、その後もトラウマとしてずっと残っていくだろう。

給食に悩むお子さんを持っている場合、これは未来の子から手紙です。

学校という子供にとっては絶対的な狭い社会で、子供を守れるのは大人たちのみ。

給食呪い10年以上も続くのだ。

少年少女たちが、不要トラウマを抱えず、せめて人間らしく生きられるように

校長先生教育委員会なんでもいい。とにかく厳しすぎる教師たちを告発してほしい。

食事の裏には

農家の人や犠牲になった動物たちがいるということは、無理やり食べさせなくても理解は出来る。

それよりも。

無理やり教師が食べさせた裏で

大人になっても食に苦しむ元生徒たちがいることを、忘れないでいてほしい。

2017-05-26

たくさん食べたい

おばあちゃんに育てられたので、めちゃくちゃ食べて生きてきた。

おばあちゃんの作る煮物が大好きで、それだけでご飯3杯ぐらい食べてキャッキャ幸せ〜〜てしてた。

(おばあちゃんって、食べたいだけ食べなよ〜〜っていっぱい作ってくれませんか?うちだけかな。)

思春期になってくると、周囲の女の子たちが「太る」「痩せなきゃ」「食べ過ぎた」ていうのを聞いて、はじめて食へのマイナスイメージ(?)みたいなのに触れた。

でも気にせず食べてた。美味しいもんは美味しかった。ていうか、給食の余った牛乳ですら争奪戦をする男の子に混ざって、その上勝利し、ガッツポーズしながら一気に飲んでた。恥を知らないデブだった。

色々あって、2年だけ母と二人暮らししたら、驚いた。

作ってくれる食事の量の少なさ!

母はめちゃくちゃ料理が上手くて、いつもいつもすごい美味しいものを作ってくれる。

からこそ物足りない。

なにこれすっごくおいしい!ご飯のお代わりしていいかな?茶碗を持って立ち上がると、母は「もうご飯全部終わってるよ」と。

えええ!!?!?

ていうか、このちっちゃいのは炊飯器だったの!?

そして、「増田ちゃん、あなた、こんな言い方したくないけどね、デブなんだよ。お母さん協力するから、少しずつ痩せよう。」なんて追撃を食らった。心臓にヒット。

ひどい苦痛を味わった。

デブ!?肥満ラインには達したことはないぞ!!!!?でも、でも、内心周りの子より太いのは知ってた。だから、すっごく美味しい、少ない食事を、我慢して食べた。美味しいからこそ、たくさん食べたいと思ってしまうから、本当に厄介だった。

2年かけてやっとちょいぽちゃ?ぐらいになれた。

それで、今度は一人暮らしになった。

元の体重から10キロ増えるレベル生活をした。半年ぐらいで10キロ増えた。

スーパーのお惣菜を買ってきて、米を毎回一合ぐらい食べてた。袋麺に肉入まくって、油揚げとかも混ぜて、麺すすり終わったら米入れるとかしてた。コンビニが近所にあったので、一番でかいポテチおやつに食べた。バイト先のまかないで、丼系大盛りとミニうどん食べてた。毎週末には気になるラーメン屋ギョーザライスセット食べてた。

食べる量に関しては不満がなかった。幸せだった。でも質はというと、週末のラーメンの日しかおいしい!ってもんを食べれなかった。(週末のラーメン屋が外れると、普通のものをいっぱい食べてるだけになった。)

母の作ったあれこれそれを、腹一杯食べたいなあ。と思いながら、生きていた。

久々に母に会うと、普段しかったはずなのに、「痩せろ!!!」と口調も声色も変えて怒ってきた。あんなのテストで30点取った時だけだったのに。うっそぉ…そんな太ったかな?とか思ってたけど、そう、先述した通り10kg増えてた。身長は1センチしか伸びてないのに。BMIがいう「健康体重」の枠を飛び出しかけていた。

友達カラオケで大騒ぎしている最中、小さめサイズで買ったワンピースの脇腹が、破けた。

ちょっとした距離を歩いたら、膝を壊した。

このときやっと、この生活は、体に悪いんだなと気づいた。

友達監視してもらいながら、おやつ禁止。その子さらに気を使ってくれたのか、結構な頻度で喋ろう、街散策しよう、と言って歩く機会を与えてくれた。

自分でも食事の量を減らしたり、週末ラーメンをやめて月1にした。バイトの賄いはサラダのみにした。

…それで、いまやっとこ7kg落としたところなんですけど、

たくさん食べたいんです。

たくさん食べたい!

目一杯食べたーーーい!!!

豆腐を2パックぐらい食べて落ち着けたり、もやしいっぱいチンして食べたり、米食べないように気をつけてます

でも、炭水化物がたくさん食べたい。

できたら、お母さんの作ったおいしいおかず付きで、もう目一杯お米を食べたい。おばあちゃんの煮物も一緒に出して欲しい。

実家に帰っても、おねだりできない。痩せたねー、もう一息だよ!とニコニコする母を前に、目一杯食べることを要求できない。

家で一人でも、なんだか、いっぱい食べれない。一日一食にして、いっぱい食べる日を作ったりはしてるけど、1日中いっぱい食べるのが、なんか怖い。

思春期女の子たちがご飯に抱いていた感情てこんな感じなのかな…だったら、あんなに若いうちになんて思いをしたんだろうと思う…。

何はともあれ、昔みたいにおいしいものを、気兼ねなくいっぱい食べたいよ…。

2017-05-22

WAWAWA

発達障害】多くの教員は「忘れ物をしない普通の子」として生きてきたから「やる気があったら忘れるわけない」という発想になる、という説

https://togetter.com/li/1112722

この人たちはどうして欲しいんだろう

テストで100点満点中10点しか取れない、ハンドボールがあさっての方向に飛んで行く、歌えば音階を外しまくる

こういうのはまあしょうがないって言ってもいいけど忘れ物しょうがないなあじゃ済まないんだよね

教科書を忘れてしまったら周りの席の子が見せてあげなきゃならない

はさみを忘れたら先生が予備のはさみを貸してあげなければならない

用意してないなら教室の隅でボーッとしてろ!なんてのは許されないわけだから


「せんせぇ~~わたしの○○がありませぇ~~んわすれましたぁ~~」

「ぼく○○がないんですけど、どうしたらいいんですかぁ~~」

そうやって数人のボーダー児童毎日毎日何かを忘れてその度に周りがフォローしてあげなければならい

支援学級の児童ならしつこいくらいに担任忘れ物をしないように配慮してなんなら保護者電話かけて念押しとかできるけど通常学級でそこまで面倒見れない

結局、「通常学級にいるけど実質障害児なんだからたとえ毎日忘れ物をしても僕は私は特別に怒らないでほしかった」ってこと?

もっと言うと健常も障害関係なしに「忘れ物しょうがないんだから誰が何を何回忘れても怒っては駄目、フォロー学校で全部やれ」ってこと?

は~……

怒らなかったら健常の子も気が緩みに緩んで忘れ放題になるでしょうね

予備のリコーダー教科書コンパス体操着給食着やありとあらゆるもの忘れ物をすることを想定していくつも余分に用意しろ

予算はどこから出るんですかね。あんたが用意してくれんの?だったら存分に忘れてもいいですよ

2017-05-19

感動を忖度する子供たち

小学生の頃の話だけど、今で言うサヨクぽい先生日の丸君が代義務ではないんです的なことをやたら授業中に吹き込んでくる)が担任になった。

その学校では数ヶ月に一回「弁論大会」みたいなのがあって、クラスで一人ずつ代表者が作文を全校生徒の前で発表することになってた。

その担任になるまでは代表になるのはクラスでも成績が良くて目立つ存在だったのだけど、担任が変わった途端に弁論大会代表者スクカ下層のちょっと鈍い感じの子供が選ばれるようになった。

最初代表者になったAちゃんは食が細くていつも給食最後になっていたのだけど、担任先生最後まで食べるまでは5時間目が始まってもまだ待ち続けるくらいのことをしていた。

そんなAちゃんが弁論大会で発表したのは「先生から食事の大切さを教えられました。厳しく残されたことで今は好き嫌いがありません」という内容の作文だった。

次の代表者になったのはB君とちょっと運動が苦手な男の子で、体育で長距離走をするときには遅くてクラス全員がよく待たされた。

そんなB君が弁論大会で発表したのは「苦手なマラソンを通じて素晴らしい発見がありました。疲れたあとみんなが出迎えてくれた笑顔が忘れられません」という内容の作文だった。

小学生ながらAちゃんもB君も勉強が得意とは言い難いし、よくもまあこんなきちんとした文章がかけるんだなと思ったが、弁論大会原稿は当然のことながら担任校正が入るようになっている。

なんかこええなと感じたことを、小学校卒業の時にやたらなれなれしく肩を撫でてきつつ涙ぐんでた担任笑顔とともに思い出す。

anond:20170518204136

自分炊飯器別に買えば。

小型ので3合くらい。

寝る前に炊いて保温か電源切で2日くらいで食べきる。

自分でカビさせないよう食中毒にならないよう管理する。

 

それがダメならさとうのごはんで。

それか思い切って米の食物アレルギー診断をとってみるとか。

自分健康上全玄米しかたべない、2時間かかるから前日から炊いて保温してくれっていう手も。

 

心理的にとかいわれたら、

どうせ年取ったら一人一人糖尿食だの高血圧食だの違うもの食べるようになるんだから、それが少し早まるだけのことといえ。

主婦はぜひ均等給食教育から早めに卒業したほうがよい。

無駄自炊信仰多すぎ。

2017-05-17

http://anond.hatelabo.jp/20170517122717

自分の行ってた中学校は、ライスカレーかけないのがマナーという謎ルールだったが

家でも誰もライスカレーかけないとか(嘘つけ)、給食のおばさんの洗う手間が増える(普段そんなこと一度も言わないのに)とか

2017-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20170516105847

嫌なら学童に預けるの止めれば?

学校給食と違って義務教育じゃないんだしさ。

学校だってそこが私立で、ウチは給食は全て食べると言う教育方針です、と言われたらそれに従うか学校辞めるかしかないわけだし。

2017-05-13

教師はなぜいじめ助長するのか

私は、小2から小3にかけていじめを受けていました。

きっかけは、小2の時にクラス女子メガネケースが机から落下し、壊れてしまう。ということでした。

その様子を遠くで傍観していると、赤井さん(女子)が教師にこの事について話しているようでした。

赤井さんは、「近くにいたから」という理由大石さん(仮名)と何故か私を指名しました。

その後、緊急の学級会が開かれ、教師が明らかに私に対して不利になるような言葉を並べ、

柳沢さん(仮名・私)と大石さん、どっちが悪いか多数決しましょう。」

と言い出しました。

クラスの大半が私がやっていた。と手を挙げ、私は反論しました。

しかし、それは無意味もの教師はなにも認めてはくれませんでした。

下校後、学校から連絡が来ていた。ということもあり、親から様々なことを言われ、私は「絶対やっていない。そもそも、その場所に行っていない。」という趣旨のことを伝えた後、同じクラス友達の親から電話がかかってきました。

柳沢くんは、やっていないらしいね。私の子供が言うには、『大石くんがやってた』ということだった。詳しく話聞きたいからおうちに来れる?」

かけてきた友達の親の家は、とても近所で電話がかかってきたあとすぐに親が私を連れ、到着後話し込んでいるようでした。

次の日、教師から「もうあなたが認めれば、ことが丸く収まるから赤井さんに早く謝って。」と言われ、私は、赤井さんに「ごめんなさい。」と言ってしまいました。

帰宅後、親から「どうだった。」と聞かれ、「謝ったよ。」と伝えると、「何で謝ったの! あなたやってないんでしょ! それは罪を認めることだよ!」と言われました。

この時、小学2年生だったため、「謝る」という本当の意味を知らなかったためです。

これらのことがあった後、クラス内で1人でいることが多くなりました。

3年生に進級し、新たな楽しい生活が送れると思い、とてもわくわくしていました。

しかし、現実はそうではなかったのです。

クラス担任を中心とする、酷いいじめを受けるようになりました。

相談する相手も居ず、学校が嫌いになってしまいましたが、「とりあえず学校には行け!」と言われ、抵抗はしたものの通じず、仕方なく学校に行きました。

このときの私は太っていて、担任からおなかを直に触られることが数え切れないほどありました。

また、クラスメートから悪口や陰口、さらには過度なちょっかいなどがあり、とてもこのクラスはいられない気がしてきました。

給食の際にも、いじめを受け、給食を食べないということもありました。


小学3年生の夏、私は自殺を試みました。

しかし、担任が止めてくれましたが、それがきっかけで、さらいじめエスカレートしていきました。


小学4年生に進級しました。

担任は、私のすべてを受け入れてくれるとても優しい先生でした。

今まであったことをすべて話した私は、泣いていました。

小学3年生の時と同じクラスメートでしたが、その先生の支えもあり、クラスになじめていたような気がします。

私はパソコン趣味で、その先生IT系に強い先生ということもあり、Excelの話やPPの話など様々なことで盛り上がりました。

ただ、先生はそこまで甘くはありませんでした。

毎日職員室に行って先生から様々なことを聞いていたり、教室プリントを運ぶ手伝いをしていたりしました。

突然、「お前はもう大丈夫から、朝職員室には来るな。」と言ったのです。

私は、少し悲しくなりましたが、自分に自信を持っていたため、「わかりました。」と返しました。

小学5年生の時、いじめが再発しました。

担任は、とても優しかったものの、その事が理由クラス雰囲気は崩れ始め、学級崩壊・学年崩壊とまでいくようになりました。

秋頃、小2の時に私は大石さんと喧嘩をして、感情を抑えきれなくなり、教室にあった水槽を割ってしまうということがありました。

その後、私はクラスから省かれるようになりました。

小学6年生の時、すべてが変わりました。

担任は、少し厳しい先生が入り学級・学年がまとまってくるようになりました。

私がパソコンに強い。ということを知っていた担任先生は、放送委員会の引き継ぎを私に優先していただきさらには委員長までになりました。

その先生は、ダメなことはダメ。というはっきりした性格で、私の曲がってしまった心を矯正してくれる、恩師でした。

さらには、「小2の時にメガネケースが破損した」という事に関して、真犯人が出てきたこともありました。

卒業式の呼びかけの際には、担任の計らいで、私と大石さんがラストラスト2という大役を任されました。

中学校1年生から自分感情を抑えきれるようになり、中学校2年生の時には、学級副委員長にもなりました。

中学校3年生の時には、学級副委員長文化祭実行委員をやるようになり、いじめコミュニケーションも控えめになっていましたが、それが改善されるようにまでなってきました。

現在は、中学2年生の時から志望していた高校合格入学し、部活勉強にのめりこむ毎日を送っています

私は、絶対小学2・3年生の時の担任教師が許せません。

その人たちに、会っていなかったら私はとても楽しい小学校生活を送っていたと思います

何故教師たちは、いじめを隠しているのでしょうか。

何故教師たちは、いじめ助長するような言葉を発するのでしょうか。

何故教師たちは、いじめを認めないのでしょうか。

いじめは、受けている側が「いじめ」と思った瞬間にいじめになります

まだ「いじめ」という考えが浸透していなかったこともあるのでしょうか。

しかし、苦しんでいる人たちはたくさんいます

しかしたら、今も苦しんでいるかもしれません。

教師たちは、現実ありのまま教育委員会に伝えるべきです。

学校の評判が下がる? いじめに関わったらいい役職に就けない?

それは、学校教師の話であり、苦しんでいる人たちはさらに苦しむことになります

もし、あなた教師なのであればその考えを絶対に捨ててください。

子供が好きだから教師になったのでしょう?

教師子供を守ることは当たり前です。

いじめ絶対に許せない。

2017-05-05

給食を口につっこんだ問題

つの小学校担任として働いてきたが、どの学校でも完食は正義であった。だから他の学校もだいたいそうなのだろうと思う。

完食は正義、お残しは悪

とてもシンプルである


これに異議を唱えた教員はこれまでで1人だけいた。

打ち合わせで、「給食委員会の取り組みで完食を目指そう週間やるので担任先生方協力よろしく」っていうのに反対したのだ。

反対できるのがまずすげえって思ったし、こういう考えを持つ人が職場にいたのも新鮮だった。


他の教員給食についてどう考えているのかは知らない。

聞いてみたいが「ハァ?完食が当たり前だろ」と呆れられそうで聞く勇気もない。

毎日完食させてることを誇る担任はどこにでもいたから、みんなそっちの方の考えなのだと思う。

うちのクラス結構残菜出してた時、パートのおばちゃんから、◯年◯組はけっこう残すよね と言われた。

たまに栄養教諭給食中にクラス巡回するが、食缶におかずが余ってると、それを手に持って子供達にくばって回り出す。

そんな感じで、教員調理員、そして子供達みんな完食=正義だと考えてるから、口に食べ物つっこむって事件きいても驚きはなかった。

うつっこんだか知らないけど、「はい口開けて!」っていって食べ物運ぶやつはけっこういるんじゃない?

こういうときトップ(文科省教育委員会)がなんかいわないと現場変わらないんだよね。まあでもニュースになったから、やる人は激減するかなきっと

2017-05-04

小学生の時、自殺すれば教師が喜ぶと思っていた

小4の口に給食押し込み、嘔吐させる 50代教諭 富山

http://www.asahi.com/articles/ASK53340FK53PUZB004.html

ご飯も焼き魚も、給食牛乳で流し込んだ小学生時代。うちは、「全部食べないと給食のおばさんが悲しむ」というのが、担任先生の口癖だった。要は、自分たち小学校教師被害が及ばないように、「給食全部食べルール」を給食のおばさんのせいにして言い逃れ戦略で、今考えるととても卑怯なのだが、当時、小学生だった自分には分からなかった。「自分は苦しんでご飯を食べている。給食のおばさんは自分たちが苦しむことで喜ぶ。大人は、自分が苦しめば喜ぶ。だから自分自殺すれば大人は喜ぶに違いない!」という理屈で、「死にたい死にたい」と連呼して親を苦しめてしまった。

あーだこーだ言い逃れ教師が多いので、記録のために残しておく。「給食を全部食べさせる」教育は、「自殺したい小学生」を生む。「そんな前例はない!」とか言い逃れるなよ。実例がここにいる。

息子は積極奇異型アスペルガー

児童精神科に通院し強迫性障害衝動性を抑えるためリスパダールストラテラを服薬している。

1/2成人式を終えた頃から「授業中に勝手なことをしている」「急に大きな声を出す」「自己中」と級友から名指しで言われることが多くなり、最近クラス女子全員を敵に回している。

「お父さん僕はガイジなの?」「ガイジって何?」「みんなからお前はガイだって言われる。病院に通っているのは僕がガイジだから?」「いまは言えない。もうちょっと待って欲しい」これだけ答えるのが精一杯だった。

告知はまだ先と甘く考えていた自分が情けなかった。2ヶ月悩んで息子にASDのことを告知してみた。

「この色は何色に見える」「赤色」「その色は何色に見える」「赤色」「じゃこの色とその色は同じかなぁ」「同じじゃない」

「そうだね。赤色でも薄い赤もあれば濃い赤もある。人によって色や匂いや音の感じ方は異なるんだ」「うん」

人間の脳の感じ方は人によって異なっているけど、どうも多数派の感じ方と少数派の感じ方があるみたい」「ふーん」

多数派の方が正義で少数派の方が悪というわけでもない。ただ左利きと同じで少数派の方が不利なことが多いようだ」「うん」

あなたの好きなさかなくんや庵野秀明さんもあなたと同じ少数派のようだ。少数派も生きるのに困らなければこれは障害ではないんだ」「ふーん」

こんな感じで告知してみた。翌日妻から息子が同級生に「この色は何色に見えるテスト」をやったことを知り、告知のミスに気がついた。

アスペルガーは言われたとおり(文字通り)に受け止める」ことを計算に入れておらず、息子が同級生アスペルガーであること知られてしまリスクを背をわせてしまった。

先週中ごろから学校行きたくないと渋り始め就寝中に嘔吐し38度の熱が出た。1日休ませたら平熱に戻ったので登校させたのだが、給食を食べた後再び嘔吐し再度38度の熱が出た。

救急外来検査したが異常なし。嘔吐発熱を繰り返す息子が「学校で具合が悪くて倒れたら顔にティッシュを被されて『○○さんはお亡くなりになりました』と言われて皆に笑われた」

と言われ頭に血が上った。本人はなぜ笑われたのか理解できていない。午前2時頃まで息子について妻と悲観的な会話をしていたら息子が呻きだし38度の熱が出た。

カロナールを飲ませて寝かしつけをし、いまこの日記を書いている。

2017-05-01

ハーゲンダッツを作っているタカナシ乳業は、小食な横浜市小学生救世主だった

ハーゲンダッツを知っているだろうか?そう、あの、全国のコンビニに売っている高級アイスクリームだ。濃厚なミルク豊富フレーバー。単純に美味い。ハーゲンダッツオランダ会社だという事を知っている人も多いだろう。が、実は、日本で全国のハーゲンダッツオランダで作ったものではない。日本ハーゲンダッツは、「タカナシ乳業」という会社契約して一手に製造を引き受け、群馬県の専用工場で作っている。

タカナシ乳業」という名前を聞いたことのある人は少ないだろう。横浜市本社のある、横浜地元企業だ。タカナシ乳業テトラパック牛乳は、約25年前、横浜市立の小学生だった自分給食に、パンの日もご飯の日も、毎日配られていた。

当時の小学校給食は、「給食は全部食べなければならない」という厳格なルールがあった。特に自分小学校給食調理室が併設されていたためか、ルールが徹底されていた。12:25から12:45までの20分の間に給食を完食しないと、その後の片付け・掃除時間や昼休み時間も残って食べさせられた。片付けの時間は皆が机を後ろに下げて掃除するので、残って食べている生徒の周りの机は取り払われ、周りが皆掃除をしている中、1つだけ浮かぶ机の上で給食を食べさせられる。掃除中の教室でホコリが舞い、食べ物に降りかかる中、一人だけ給食を食べさせられる。「お前は何で掃除を手伝わないんだ」、「お前が食べるのが遅いせいで皆が迷惑するんだ」という周りの生徒の視線の中、一人だけ給食を食べさせられる。ひどい場合には、まだ給食が残っているお皿1つだけ残して、立って食べたり、教室の角で食べたりした。

しかも、給食を全部食べなければいけない理由付けとして「給食を全部食べないことは、給食を作ってくれる給食のおばさんたちを悲しませる行為だ」という理屈が使われていた。つまり給食を完食しないことは、大人を悲しませる反社会的行為なのだ、と教育されていた。食の細い自分は、小学2年生までは1週間に1回ぐらいの頻度で、居残りで食べさせられた。正直、地獄だった。給食のおばさんは、自分が苦しむ事で喜ぶらしい、では、自分が死んだら給食のおばさんはどんなに喜ぶのだろう、と毎日思っていた。「給食を完食できないボクは、社会迷惑をかける犯罪者だ、早く死んで社会迷惑かけないようになりたい。お父さんお母さん生まれてきてごめんなさい…給食を完食して社会に貢献できる人間になりたい」と思っていた。

小3になって、ようやく、転機が訪れた。いつも、早く処理するため最初に一気飲みしていたタカナシ乳業テトラパック牛乳をとっておいて、残っている食べ物牛乳で流しこむことを覚えたのだ!これは、本当に画期的発明だった。教室時計を見て、約半分、12:38ぐらいから、計画的に流しこみを始める。正直、マズイけど、給食を残って食べさせられる地獄に比べれば、味なんかどうでもいい。食べきることが大事だ。割り切りと優先順位を覚えて、何でも牛乳で流し込んだ。ご飯の日は嫌だった。牛乳にご飯は合わない。マズイけど、流し込む。焼き魚も合わなかった。醤油牛乳は本当にマズイ。コッペパンの日は、幸せだった。パン牛乳は合う。揚げパンが出る日は天国最後牛乳で流し込んでも美味しい。

タカナシ乳業テトラパック牛乳は、小食な小学生だった自分にとって救世主だった。タカナシ乳業テトラパック牛乳のおかげで、給食を完食できるようになった。給食を完食できない、反社会的犯罪者という自意識から解放され、クラス給食完食という目標に貢献できるようになった。社会に貢献できる自分になれた事が本当に嬉しかった。

タカナシ乳業のおかげで救われた自分は、その後、普通に東大に入ってエンジニアになった。そんなタカナシ乳業には、この4月14日から横浜駅東口にあるそごうの地下2階で、初の直営ミルクパーラー開業した。行って来た。普通に美味かった。

http://www.takanashi-milk.co.jp/wp-content/uploads/2017/04/20170405_04.pdf

タカナシ乳業社員横浜市立の小学校教員も、苦笑いすることを承知の上で書いた。どれだけ自分が「給食完食ルール」で苦しんだかを知ってもらうために。小学校PTAでは、「来年から楽になるなんてずるい」という意見で、楽にすることが許されないようだ。私の通っていた小学校にも、PTAがあり、不毛ベルマークも集めていた。

自分は、ちゃんと苦しんで給食を食べ、社会に貢献した。あなた世代だけ、楽をして逃げ切るなんてずるい。私は苦しむのが仕事だと思って小学校を生き延び、今、社会に貢献している。あなた世代も、私のように苦しんで、社会に貢献して欲しい。

http://www.huffingtonpost.jp/2017/04/23/pta-reform_n_16199536.html

2017-04-29

学童おやつスナック菓子では許されないそうです

https://togetter.com/li/1104938

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1104938

いやこれモンペにも程があるだろ…

小学生おやつなんて、余程意識高い家でない限りスナック菓子はごく普通だろうに。

学校遠足菓子だってスナック菓子持ってくる子が大多数でしょ。

特別な日に給食にデザートがついたとしても、市販ゼリーとか安っぽいケーキとかだし。

そこまで意識高いなら自分が家で面倒見ればいいのに、端金で他人に預けておいて

菓子栄養たっぷり()手作り()でなければ許さない!って…

じゃあその分の費用全部自分で払えよとしか

つーかこの人たちは子供友達の家に行ってスナック菓子出されても憤慨するんだろうか…付き合いたくなさ過ぎる

当然子供スナック菓子食べたいと言っても買ってやらないんだろうし、大きくなってお小遣いで買い食いとかも許さないんだろうな

最早毒親じゃね?

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