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はてなキーワード: 縮小再生産とは

2019-03-25

ケムリクサつまんないよ

注意:これはケムリクサがつまらないって人向けの文章で、

作品をかなりディスってるので好きな人普通に読まない方がいいです。


自分はつまらなくて途中で視聴をやめて、

今回の盛り上がりでまた見始めたけど。

騒ぐほどか?ってのが正直な感想めっちゃ普通です。

普通アニメ(なんなら、普通より面白くない)をけもフレ騒動以降のたつき監督がやったらファンが大騒ぎって感じ。

視聴を途中でやめた人は、無理して11話を見る必要はないよ。

それまででもう大体わかってる謎をわざわざ昔の回想場面をつかって長い答え合わせをして、

最後に引きのシーンを入れただけ。

これまで通り、メリハリのないだらだらしたテンポでそれを見せられるだけだから

離脱した人を引き込む何かがあるわけではない。

終盤の1011話が2話かけて最終ステージの直前から進まない話(戦闘での足止めとかじゃなくて、作者都合の時間稼ぎ)ってのも、どう考えてもテンポが悪いし面白くない。

ていうか、説明セリフで済まさないために11話を回想にしたのに、

結局重要なことはほとんど回想の中の台詞でべらべら説明させてるのって本末転倒だと思う。

言っちゃ悪いけど下手だなあと。


1話アクションと謎設定をたくさん用意してて面白かったんだけど、

その後はのろまな展開と説明が続いて、ぶっちゃけ相当つまんないんだよね。

2話以降は1話の半分の内容を薄く引き伸ばしたような話の進み具合だし、

盛り上がりどころのない低いテンションが延々続いて(でもキャラはうるさい)、本当にかったるい。


毎回、作り手の用意した小イベントに沿ってキャラが動いてスローペースでそれを達成してくだけ。

ストーリーキャラが一体になって話が動き出すような快感はない。

キャラがただの駒。

テンポが悪い一本道のゲームをやらされてる感覚で、

破れたメモを手に入れた、続きを読もうとしたら邪魔が入った、主人公が急に別のことに興味を示した、みたいな。

1話で「死」を強く意識させてるのに、それ以降はドキドキもワクワクも感動もなくて、ピンチも探索もほんとイベント消化くらいの描き方。

丁寧な話を作る監督、って評価されてることが信じられない。


大体、話の形式けものフレンズそのまんまのワンパターンだし(基本的ワカバ役回りも)、

けもフレのような魅力のあるキャラが減ったせいで縮小再生産の感が否めない。

自主制作ケムリクサの方が先だと言われればそうかも知れないが)

ストーリーも、重要話題に入った瞬間に邪魔が入るとか

肝心のアイテムを調べないで放置して話を引っ張るとか、

モロ作り手側の都合っぽいのが見ててきつい。

自主制作版という下地があってこれなのか、と正直思う。

キャラ数が少ないのに、話によってはあい空気なの?ってくらい出番と印象が薄くなるのも、

喋るとうるさいくせにアンバランス全然上手くいってない。

キャラの駒っぽさがより強調されて作品へのイメージがどんどん悪くなる。

無駄矛盾する台詞もあって、

2話の最後でもリンが礼を言ってるのに、3話の終盤で礼を言ったら「リンさんでもお礼をいうんですね」とワカバが騒いだりとか、

なんで?って引っかかる。単なるミスなのか記憶力が弱い描写なのか。

ミスだとしたら、「その回の終盤」っていう重要なところでキャラ数も少ないのに矛盾した台詞を喋らせるのは、監督脚本として有り得ない失敗なんだけど。

やっぱり話を組み立てることが不得意なんじゃないかって気がする。


放送初期は視聴者からワカバヘイトを集めてたけどあれってわかりやす対象だっただけで、

結局は作品自体の出来がよくないんだと思うなあ。

ファン評価とは裏腹に、監督の実力の底を露呈した作品だと思う。

けもフレストーリー作りに参加してたメンバーたちが大事だったのが良くわかる。


こういうことを書くとすぐ新しい物や面白い物を受け入れられない老害的なことを言われるけど、

新しくて面白い物を求めて視聴した結果、期待はずれだったのだということは書いておきたい。

2019-03-09

日本は街も流行も止まったように見える

変わらないというか止まってる

とりあえずみんな縮小再生産してるだけ

2018-06-13

戸塚ヨットスクールとかは、そもそも欠落してる戸塚やその他スタッフが、

欠落してる他人を捕まえてきて監禁拷問するだけ。縮小再生産現場だよね。

戸塚が一番イカれてて救い求めてるよ。さっさと死んでほしいけど。

2018-05-21

過去日本に憧れを抱きつつ

粛々と縮小再生産を行い、イノベーションを切り捨て、みんなで仲良く貧乏になろう

反対するやつは売国奴

2018-02-12

https://anond.hatelabo.jp/20180212142157

シューティング死ぬほど苦手なので、その時点でやる理由がない。

そもそもシューティング格ゲーと並んで、どんどん廃人向けに先鋭化・縮小再生産して廃れた歴史あるじゃんか。

アズレンもいずれそうなるのは目に見えてるので、その観点でもやる気にならない。

あと2・3年しても今の人気を保っていて、初心者大歓迎なゲームバランスだったら考えなくもないが、そんな奇跡は多分ないだろうし。

2017-12-20

#youtoo

はあちゅうに言うべきは

#metoo

ではなく

#youtoo

だ。

お前も全く同じセクハラ世間に振りまいている、最低の糞蟲の縮小再生産で、より下位の糞蟲であると思い知らせねばならぬ

2017-11-23

学校制服でまーた利権叩きか、お前ら、本当に他人給料増えてほしいの?

増えてほしくないんだよね?

他人給料は下がって、自分の家庭の消費は抑えて、自分の家庭の貯蓄が増えればそれでいいと思ってるんですよね!

グローバルな環境下における公正な競争の先には、先進国の皆さんには縮小再生産しかありません!

それまでは利権利益を確保しなければ皆さんの給料増えません!

みなさんの仕事、本当に公平公正ですか?

2017-10-13

けものフレンズってここで終わったほうが伝説になると思う

だれが監督をやっても、一般層に広がるブームになったり、何年も続く息の長いコンテンツになったりしなくて、縮小再生産で「あれで終わっておいたほうがよかったね」と言われるパターンだと思う。

2017-09-25

anond:20170925215921

これまでのガンダム縮小再生産した二次創作SSのうえにガノタの僕が考えた最強のガンダムーを乗っけただけじゃん。

Gレコは新しいものを描こうとしていたぞ。

2016-06-04

自己啓発本ビジネス本の元ネタ ※追記しました

大学を出てサラリーマンとして長年働いてきたが、過労とうつ半年休職することになった。

まとまった時間ができたため、前から気になっていた『資本論』(大月書店の赤い奴で、8巻は読めなかった)と『聖書』(新共同訳で旧約のみ)を、ともに入門書・略解を引き引き必死に読んだ。

そこで驚いたのが、これまで好んで読んできた、自己啓発本ビジネス本の類が、ほとんどこの2冊の縮小再生産であることだった。

特に顕著なのがビジネス本で、ベストセラーになった本の数々が、資本論で書かれていることをひっくり返す(つまり資本論批判されている資本家の振る舞いをする)ことを勧めているだけだった。

知人に資本論を読んでいると言うと白眼視されることが多かったのだが、そいつが件のビジネス本を好んで読んでいたりするのを見ると、何だかなぁと思うことしきり。

くだらない本に金と時間を費やすのではなく本当に価値のある本を読もうとか、何事も中身を見ないで批判するのはやめようとか、色々学んだ日々だった。

追記

http://anond.hatelabo.jp/20160606162118

2016-05-09

http://anond.hatelabo.jp/20160509112458

横。

それなりに裾野が広がってるというか作品数も関わる人数も増えてるみたいだし、

映画的な手法を取り入れようとする人たちもいれば縮小再生産みたいなことをしている人たちもいるってだけじゃない?

業界に入る前に映画に親しんでいたならまだしも、

今の生産体制では仕事しながら昔の映画を見るにも限界がありそう。

もう少し制作現場に余裕があるといいんだろうけどね。

2015-09-07

http://anond.hatelabo.jp/20150907134853

うろぶっちーのやりかたは自分の好きな作品アレンジして別業界に持ち込むことなので、

しろ拗らせたオタクにとってはどっかで見たような話の縮小再生産に見えるし、

「見たこともない新しい話だ」と歓迎するのはニワカばかりだ。

2015-09-06

何を袋小路というのか

http://anond.hatelabo.jp/20150906022757

日常系作品を他にも読んだことありますか?

日常系空気系というけれど多くの作品はその日常の終わり(学校ものなら卒業)を意識して書かれていて、

楽しい時間にもいつか終わりが来ることを意識させられるような構成になっている。

決してそれは安寧の繭と呼べるものではない。

時間の経過を描かない作品ギャグに重点を置いていて、さざえさん時空的にループしていることを自己言及するものもある。

また、現代中学高校生活を描くものから大学社会人生活を描くものファンタジー歴史ものなどとジャンルも広がりを見せていて、

縮小再生産で似たような作品ばかり作っているわけではない。

日常袋小路と呼ぶのは不適当だと思う。

日常系としての『がっこうぐらし!

がっこうぐらし!原作コミック(1~6巻)を読みました。

アニメ版とは別物ですね。

日常系作品にちょいとホラー要素を加えたのがアニメ版だとすれば、原作コミックほとんどホラーです。

それと、ただ怖いだけじゃなくて、批評性の高い意欲作です。

日常系とか空気系と呼ばれる作品群をハッキリと否定しています

エヴァ旧劇なら庵野オタクたちのことを「気持ち悪い」と言ったのと同じです。

まどマギ劇場版新編なら、ラストで「自分勝手ルールを破るのって、悪いことじゃないかな」とまどかに言わせ、ほむらが創った心地よい虚偽の日常批判しているのに相当します。

作中、登場人物たちは二者択一を迫られ続けます

学校を出ること(卒業)、あるいはそのまま学校に残り続けること、どちらかです。

"巡ヶ丘"学院という名前場所のものが、終わらない、居心地の良い、都合の良い、フィクションの中にしか存在しない日常メタファーです。

最終的に、学園生活部のメンツ卒業すること(現実直視すること)を選びます

とりわけ丈槍由紀の成長は顕著で、ハッキリと夢想に別れを告げ、夢想彼女を守っていた周囲に感謝の意を示します。

と、ここまでが1~5巻までの概要です。

6巻では舞台学校の外に移ります

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』で言えば、ハリアー友引町を脱出するところです。

エヴァTV版なら、シンジ他人を受け入れるところです。

エヴァ旧劇なら他者アスカ)を望み、LCLから人間の姿に戻るところです。

まどマギ新編なら、魔女ほむら結界を破るところです。

ただ、揺り戻しがあるのですね。

嘘でも良い、安心できる妄想の繭に守られていたいという願望が再び頭をもたげてきます

1~5巻では由紀が繭の中に逃避していたのですが、今度は若狭悠里が繭の中に潜り込み、由紀と同じ道をなぞってしまます

一番現実に向き合っていた悠里の退行は象徴的です。

セカイ系の隆盛後、日常系流行り、まどマギで一旦は日常から脱出したのですが、また日常に戻った漫画アニメ消費者自身なのです、悠里は。

一度は他者を望んだものの、やっぱり怖くてアスカの首を締めたシンジ君そのものです。

デビほむが創った新しい世界を半ば受け入れてしまう、まどか以外の魔法少女たちとも似ています

7巻以降はどうなるんでしょうかね。

おそらく日常現実の間を振り子のように揺れ、最後曖昧な位置で静止して終わるのではないでしょうか。

うる星~』は友引から脱出できたかどうか分からないまま幕を引きました。

エヴァ旧劇でも、新しい世界シンジアスカ共生できるかは未知数なまま終劇を迎えます

まどマギ新編でも、ほむらは「いずれあなたまどか)は、私の敵になるかもね」と言っています

日常系作品への批判は、クリエイター自己批判のものです。

縮小再生産で似たような作品ばかり作っていて良いのかという反問です。

劇場版けいおん!で既にその兆しは見られました。

唯たち4人はしきりに「高校卒業しても、今までのような毎日が続くかな?」と自分たちに問いかけ続けます

もちろんずっとクローズド学校生活がっこうぐらし!)が続くわけはなく、社会に対してある程度開放的であらざるを得ない大学けいおん!はすぐ打ち切りになりました。映像化もされていません。

まんがタイムきららは自ら日常系の潮流を作り、その流行に乗りつつも、自分たちがまずい方向に進んでいることが分かっているのでしょう。

がっこうぐらし!原案を、まどマギ制作に関わったニトロプラス作家担当していることはとても示唆的です。

日常を超えたところに、私はサブカルチャー成熟を期待しています

2015-01-02

Natural Color Phantasm Vol.07 『フロレアール~両極を繋ぐ物語

■本文。

 うう……今回こそちゃんとゲームレビューをやろうと思っているんだけども、とりあえず、前回の思考の続きから入ります。いや、書かないとイライラして、安心して本題に入れないんですよ……。

 まず、美少女ゲームの主流が、オブジェクト嗜好による「萌え至上主義に至った理由を考えると、前にも書いたけども、次のステップとなるべき目標不明瞭になっているからだろう。社会的成功といったもの価値を見いだせない世界であるために、細分化された個人主義……拡散という現象になるのだろう。もっとも、求心力のある価値観を求める動きが無かった訳ではないのだけど、それは、エヴァンゲリオンで暴発した結果、衰退し、その後は保守反動的な状況がずっと続いている。

 これは、過去においてもそうで、アニメを取り巻く言論は、『うる星やつらビューティフルドリーマー』など、問題作が次々と出現した、1984年を頂点に、アニメ情報誌として特化されたニュータイプが台頭してくる80年代後半にかけて、急激な反動化が起こっている。以後、閉塞に伴う縮小再生産を繰り返しながら、消費スピードは加速していく。また、ゲームという媒体が台頭し、それが大量消費に適した媒体だったことも、更に状況を加速した。

 結局、そんな閉塞が行き着いた状況で現れた、エヴァンゲリオンという暴発の反動で、何も考えたくないという心境に陥った人々は、萌えという言葉思考を止めて、大量消費を自己肯定する事で精神の安定を求めているのだと思う。現在は「閉塞による安定の状態」と考えてもいいだろう。だけども、極端な状態には変わりはない。

 おそらく、創作しろ批評しろ、これから商品という手段をもって、極端な両者の格差を埋める作業が必要になってくるだろう。また、そうでなければ肝心な人々には届かないと思う。そのためには、バランスの取れた商品必要になってくる……やべ、今回こそきちんとゲームレビューをやらなくては……。

 さて、いきなりあからさまな発言なのだが、『フロレアール~好き好き大好き』というゲームを買う動機は、メルンに萌えるか、前作『好き好き大好き』の続編(?)だから、のどちらかだと思う。メイドで、妹(的キャラ)で、ロリという、現在美少女ゲームにおいての最大公約数的な設定のキャラクターであるメルンに、ヒロインを一本化したことは、『好き好き~』に比べて、牙を突き立てる対象……もとい、購買層の狙いを絞ったことを伺わせる。だが、『好き好き大好き』をプレイした人にとっては、『フロレアール』には別の期待があったはずだ。

 実は、筆者も後者に属していたのだが……結論から先に書いてしまうと、どちらの期待も最終的には超越してしまった感があるのだ。

 『好き好き~』が、自己内面とひたすら対峙する内容……ヒロイン存在はあっても、ヒロイン像は自己内面にの存在しており、その内面現実との摩擦で生じるギャップ物語としての強度を求めた……いわば、変化球的なアプローチだったのに対し、『フロレアール』の場合は、メルンとのコミュニケーションから生じるギャップから自己内面を浮き彫りにする手法を採っている。言ってみれば、正統派ストレート演出を行っている訳だ。そして、その演出を反復することで、物語の強度を上げているし、あくまでメルンという中心軸を崩さないあたりは、非常に慎重でもある。

 まあ、筆者も某誌のレビューでは『好き好き~』を「プレイする人を選ぶゲーム」と書いたのだけど、今回はむしろ、「こんなに分かりやすくしていいのか?」という感想を持った。確かに、平気で会話の中に「ハイデガー」とか「象徴交換と死」なんていう固有名詞が出てくるので、敷居が高い印象を受けがなのだが、そういう単語に頼っている訳ではなく……シナリオの中で、普遍化する作業がきちんと行われているので、意識しなくても意味のものは把握できるだろうし、作り手の思考が一貫しているため、むしろ分かりやす作品になっている。

 そして、この認識を間違えると食わず嫌いもったいないことになる……というか、『フロレアール』は、結果として、両者の中間を行ってしまったのだ。これは、どちらの期待をしていた人にとっても、予想外の事態だったと思うし、ニーズ意識した上での意外性には、商品としての誠実さも感じられた。

 だけども、物語としての強度が、商品としての強度とは必ずしもイコールにならないという状況がある。完結する物語や、密度の高い物語ユーザーが興味を示さないというか、ユーザーバランスの取れた作品より、歪んだ構造作品に惹かれるのが、現在の状況である

 確かに、物語を楽しむということは、「自分人生と違う人生を体験する」ことだけども、それは、「何も考えたくない」「楽しいことだけ考えたい」という意志肯定するものではない。そういう態度は、あまりにも想像力に欠けた姿勢だと思う。基本的創作批評という行為は、想像力限界を拡げるような意外性と強度を持つ必要があると筆者は考えている。それは、「萌え」とか「泣き」という、偏向した一つの感情ではなく、喜・怒・哀・楽、全ての感情を刺激して、初めて成立するものだと思う。何故なら、想像力の欠けた世界は、縮小再生産へ向かうだけだからだ。……まあ、青臭い理想ではあるのだが。

 偏向したニーズに合わせて、偏向した物語が生み出され、大量消費されていくという、最初から意外性を排除した状況からは、当然、意外なものは生まれないし、想像力限界は決して拡がらないだろう。

 だけども、巨大な意志集合体としての「市場」を無視しては、届く訳もないし、商業的にも成立しない。作家性と商業性の相克という問題は、本来、作り手と呼ばれる人々が抱える基本的テーマだったはずなのだが、オブジェクト嗜好による極端な記号化という、個人主義の究極的な所まで解体されてしまった世界では、作家性や意味といったものは、ノイズしか扱われないので、意味の伝達そのものが困難で、作家自体意味が見いだせなくなってくる。従って、慎重なバランス取りを行った『フロレアール』の誠実さが、単なる徒労に終わる可能性は高いと言わざるを得ないのだが……。

 そして、批評が追いつけないのは「個人」による創作ではなく、巨大な意志集合体としての「市場なのだ。深く閉塞し、肥大拡散していく状況に追いつけないのだ。

 結局、物語記号はどちらも極端な……両極と言える位置に離れてしまった。しかし、その両者はコインの裏表でもある。そして、両者を繋ぐものの可能性はどこにあるのだろうか……と、ぼやけた頭で考えているのだけども。

■新マシン購入で金欠な総括。

 確かに、新マシンを買ったこと自体は嬉しいんだけども、鬱の症状は悪化の一途で、あと何回この連載が続けられるか分からないし、自分がどうなるかも分からない。本文ではああいうことを書いても、自分に関しては、批評する意義とかは既に分からないし、実際、だんだん書けなくなってきているし……考えていると、際限なく落ちていきそうで……とにかく、このコラム自分への認知療法なのだと割り切って書くしかないんだろうなあ……新マシン貯金ゼロになってしまったし。いや、実は、うかつに貯金があったりすると、逃亡の旅に出てしまいそうだったんで……という訳で、来月は本当に未定です。どうしよう……。

2014-08-04

アニオタ社会人向けパチンコの打ち方

アニオタ社会人は金が余っているはずである。ここではそういう前提で書く。

金が余っているとき、君は、それを円盤に使うのもいいし、ガチャをまわすのに使ってもいいだろう。

だが、金が余っていて、かつ時間も余っているのなら、それをパチにあてても・・・

ダメだと思うが、まあ、そんなダメ自分を楽しむのも大事なんだよ。

大前提

パチンコは負けます

しかしながら、そんなに負けません。

パチンコは、だいたい賭けた金の七割くらいが統計的に戻ってくる財布にやさしいばくちです。

ですが、三割は負けます統計学的に負けます

まり、熱心にパチンコをやればやるほど、負けます

パチンコをやる回数は少なく、掛け金は少なく、という方針で挑むと、損する金を減らすことができます

間違っても借金してパチンコをしてはいけません。

借金した金がさら縮小再生産で三割減になり続ける未来がまっています

パチンコの打ち方

財布の中には五千円をいれます。一万円を入れてはいけません。

仕事帰りに行きますパチンコを打つことを目的パチンコを打ちにいってはいけません。

仕事帰りの自宅近くの店をみつくろいます

財布の中の五千円は、捨ててもいい五千円にします。

五千円を損したと思うと心につらいので、捨てたものだと思いましょう。

仕事帰りの九時ごろにパチンコ屋に行きましょう。

重要なのは「その後の予定がないこと」と「店の閉店時間に近いこと」です。

これがずるずると金を捨てることを避けさせてくれます

また、損しても、その後の予定がとくになければ、あまり落ち込まないですみます

忘れてはならないことは「パチンコはやると負ける」ということです。

ですので、土日の時間のあるときパチンコをうちにいってはいけません。

時間の許す限り負けるからです。

自宅近くの店を選ぶべきなのは職場近くの店だと打ち始め時間が早くなるため、負ける量が増えるからです。

パチンコの打ち方

台に座って、左上のお金を入れる口に五千円札を一枚いれて、右手前にある「玉貸」のボタンを押すと玉がじゃらじゃらでるので、右下にあるひねるやつをひねって打ちます

ひねるときには適度にひねらないと意味がないので、左半分に落ちるように手加減してひねります。これを左うちといいます

じゃらじゃらでた玉がなくなったらもう一度「玉貸」をおしましょう。

五千円だとだいたい全部食われるまであたらないので、全部玉がなくなったらおしまいです。帰りましょう。

パチンコの打ち方

あたった場合は面倒です。あたった場合は、とりあえずあたりが終わるまで台の指示に従って打ちましょう。

で、下側にある皿の前にあるでっぱりをつつくと、だいたい下皿の穴が開くので、えーと面倒くさいな。

じゃらじゃらと出た玉が自動的計算される店では、とくに気にしなくていいです。

玉が手元にたまるタイプの店だと、面倒なのですが、台の上の方にあるCALLボタンをおして店員をよびます

店員はなかなかきませんので、てもとの箱がもう二歩ぐらいでいっぱいになりそうだったら店員をよびましょう。

パチンコの打ち方

あたった場合は、「玉貸」の近くにある「返却」ボタンを押すと、カードが台の左側からでてくるので、それをもって景品交換カウンターにいきます

店内に、女性が立っているカウンターがあれば、だいたいそれが景品交換カウンターです。

ここでは店員のいうがままに動きます。深く考えないよう。

パチンコの打ち方

ここからが難しいのですが、まあ、ほかにあたった人がいたらその後をついていきましょう。

どうしてもわかんないときは、カウンターの人に「このあとどうしたらいいですか?」とききましょう。

台の選び方

えーと、台は確立が台の上のほうにだいたい張り出してあります

おおむね、100回に1回程度であたるライト、300回に1回ぐらいあたるミドル、400回に1回のマックスがあります

というそのまえに、デジタルな感じのやつと、羽が動くやつがあります

基本的アニメデジタル代なので、羽根の動くやつの説明は割愛します。

羽根が動くやつはものすごく「ああ、パチンコってあたんないんだな」と実感できるので、いいところもおおいです。

ともあれ、確立はみえるところにはりだしてあります

台の選び方

あーそうだ。1円パチンコと4円パチンコがあります。1円は4円の四分の一です。

台の選び方

基本的に、好きなアニメの台を打てばいいのです。

が、ここからが本題ですが、アニメ台にはできのいいやつとわるいやつがあります

まり、台の作成側が題材になったアニメ理解して作っているやつと、そうじゃないやつがあります

あたるとかあたらないとか、そういうのはいいのです。

別にあたるために打ってるわけじゃないのです。

でですね。これはですね。微妙なんですよ。

同じ会社が同じ題材で作ってるはずなのに、出来がよかったりわるかったりするので。

良い台か悪い台かはやってみるまでわかりません。

とりあえず、知ってるアニメの台があれば、順番に打ってみるのがいいかと思います

最近良かった台

化物語」は良かった。あれは理想的だった。ぜんぜんあたらないけど。

理想的なのは、パチだけで原作の内容を理解できて、かつ原作をみたくなるやつがいいのです。

さらにいいやつは、新規録音の台詞があるやつとか。新規アニメがあるやつ。

ひぐらし」はPVがすばらしい。

一騎当千」は煽りがすばらしい。

地獄少女」は雰囲気がいい。

サムライガールズ」はやっててたのしい。

まあともあれ、あうか会わないか、はやってみるまでわかりません。

まあだいたいそんな感じで。

最後

パチンコはやると負ける娯楽です。パチンコ一回いく金で円盤が一枚買えますフィギュアが一個買えますガチャが一回回せます

貯金に余裕があるときに、あまってるお金でやりましょう。

2014-01-06

http://anond.hatelabo.jp/20131217191112

定形に流し込んでつくる縮小再生産

定形破壊して切り拓く可能性.

音楽のための音楽には,確かに受け皿は少ないかもしれない.

結果が出るまで時間がかかるだろう.

しぶとく生きてれば勝ちだ.

2013-12-15

承認欲求VS自己目的的という構図がバカらしい

承認欲求(しょうにんよっきゅう)とは、他人から認められたいとする感情総称である

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%BF%E8%AA%8D%E6%AC%B2%E6%B1%82

最適経験の基本要素は、それ自体が目的であるということである

それは自己充足的な活動、つまり将来での利益を期待しない、することそれ自体が報酬をもたらす活動をいう。

自己目的経験、すなわちフロー生活の流れを異なったレベルに引き上げる。

http://www.shiawasehp.net/diary/200907/19.html



モチベーションの話としてよく

承認欲求大事だ、いや自己目的的じゃないとダメだという対立構造をよく見る。

まあビジネスのし上がってお金持ちになりたい、有名人になりたい、って人は承認欲求が旺盛な人が向いてて(マネーの虎達もよく言ってたなあ・・・)、

創作活動をしたい、何かを研究したい、って人は自己目的的な人のほうがいい、ってのをよく聞く。

ただ俺としては

「いや、普通どっちもあるでしょ、どっちもあっていいでしょ」

って思うんだけどね。

手塚治虫なんかもどっちもスゴイ人でしょ。それにまつわるエピソードも多いし。

要するに、なんでそんなに0か1かにしたがるわけ?ってこと。どっちもあるでいいじゃんか。

ま、そうやって2項対立にした方が記事として面白くて盛り上がりそうだから、だろうけど、読み手がそれを真に受ける必要全然ナッシングなんで。

ただ少なくとも、若い自己目的的にやった事で結果的チヤホヤされちゃったことでだんだん承認欲求が強くなっていって、後年は自己模倣縮小再生産に陥っちゃって成長しなくなった例があるからデ・キリコとか松本人志とか)、これには気をつけないとな。

2013-10-18

http://anond.hatelabo.jp/20131018172355

いや、そういう増田個人の問題でもないと思う。

現実オタク界隈には「分かる人だけに向けた」コンテンツ結構跋扈している。具体的に言うと、最近の長ったるしいタイトルラノベなんかが正にそうだよね。

個々に差異はあるとは言えども、旧い言い方をすれば「ラブひなクローンそのままで主人公の男が複数のヒロインといちゃいちゃし続ける構造全然違わない。

そういうのを俗に縮小再生産って言って、どんなジャンルでも2~2^32匹目のドジョウを狙う奴らが集うんだ。

でも、実際に成功するのは2^4匹くらいのドジョウまでで、みんな結局涙目になる。

オタク業界特にドジョウが多いから、内輪感がすごい強いよねって話さ。

反省しなきゃいかん所ではある。漏れガノタだったりするから

2013-08-23

http://anond.hatelabo.jp/20130823105024

さっさと潰れて新しいのが流行ればいいな。

これから改善する見込みはないから。

縮小再生産で書き込み値上げするだけだ。

 
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