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はてなキーワード: 希死念慮とは

2021-05-17

希死念慮キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

2021-05-16

内定取れたら希死念慮消えると思って舐めてたけど全然消えない

就活生は病む。

私も普通に病み死にたいと思いながら日々就活をしていた。

別に就活なんていつかは終わるんだし、終わるまでに死ななければ今死にたい気持ちなのは一切問題ないと思ってた。


内定が出ないか死にたいんであって、内定さえ出ればこの立ち上がることさえ困難で面接がない日は風呂にさえ入れない最悪の精神状態からは容易に脱却できると思っていた。

が、内定が出ても全く死にたい気持ちがなくならなくてびびっている。

彼氏に振られて死にたくなったときは、次を作れば死にたい気持ちは消えると思ってとりあえず次を作って爆速生活を立て直したりしてたんだけど、なんか、内定が出てもそういう立ち直り、全然できない。


これは、これはどうしたら良いんだろうな。

なんか、内定さえ出れば治ると思ってたのでメンタルが最悪な件に関してなんの対策もとって来なかったんだよな。

とりあえず学校カウンセラー室に安易に予約を入れたけど、うーん、死にたい

2021-05-15

anond:20210515004328

おう、おれは希死念慮出会って38年だ。まだ死なないな~。

生きるのも死ぬのも面倒だよな。

物心ついた頃には希死念慮みたいなものがあったのに、死ねずに30まで生きてる。惰性で息してる。

2021-05-05

自己肯定感無限ループ

 無限ループって怖くね?

 いや冗談はともかく。ここ最近新生活の疲れとか人生に対する希望の持てなさとか自分の無価値感の再認識とか色々あって、いやこれじゃダメだ! 自分自分の好きだと思えるところ探して自己肯定感上げさせるやつやろう! プラシーボでもいいから! と思ったけど好きなところ見つからなくて余計鬱になった。無限ループって怖くね?

 他人は褒めてくれなくても自分はいい、好きだと思ってるところ探すって難しくないか? そもそもそういう長所短所も最終的には全部他者から批評でできていくものでは。だって自分しか存在しなかったら自分がどんな人間性なのか知るよしもないし、自分身体機能芸術センスその他諸々の価値判断ってできないじゃんか。いやまあ自分一人しか存在しない、他者と比べることのできない世界芸術が生まれるのかとか、そういうのは一旦置いておいて。

 優れている、と好き・良いと自分が思う、が別物なのは理解できる。

 それにしたって、そもそも自己肯定感が低いやつが他人から言われたこともないような自分の好きなところ褒めれるところって見つけられるか? 自己肯定感が低くて鬱っぽい自分みたいな人間基本的自分の全部が嫌いで醜くて劣ってて無価値だと思ってるんだぞ。他人に言われてやっと向き合ってみるか、と思える時もあるけど、それって結局誰かから与えられた肯定感でしかないし。本当に、心の底から自分にはこれがある!」って自信がない。

 自分ダメなところはボロボロ出てくるのに、じゃあ自分を褒めてあげてくださいって言われると途端に困る。自罰的でいて精神リスカをして傷ついて、やっと世間存在を許されていると思っている自分もいる。自分が傷ついていると楽でいい。傷ついていることを理由にずっと何かから許されていたい。それは社会的責任だったり、やらなければいけないこと(例えば課題学業仕事)だったり。そんなことも思う。

 鬱になる→ちょっとでも良い状態に戻そうと自己肯定感を高めようとする→肯定できる場所がなくて鬱になるの無限ループ

 ところでどれぐらいの人間希死念慮を抱いてるんだ? 自分希死念慮抱くのが普通だし、インターネットの深層にいるようなやつは希死念慮抱いてそうなのは分かるけど、世間的にはどうなん? 明日朝起きることな世界が全部消えてればいいとか思わないのか? 気がついたら全部リセットしててほしいとか、早く安楽死させてほしいとか。思わないのかなあ、やっぱり。

2021-05-03

「うまぴょい伝説」を聴いて希死念慮が消えた

今日の午後から急に希死念慮が湧いて、会社を辞めたいとか、人生詰んだとか、ネガティブな考えがグルグルしていた。

そんな中、ネットをしていたら「うまぴょい伝説」がオススメ広告かで偶々転がってきた。ちなみにウマ娘アニメゲームは全くやっておらず、名前しか知らない程度。

理由もなく聴いてみる。歌詞、曲調、意味がわからない。でも聴いているうちに何故か泣きそうになって、気付けば希死念慮も消えていた。

何で?ライブで盛り上がる光景想像たから?電波曲ってメンタルに利くの?ドーパミンとかセロトニンとか脳内物質を作り出せるの?それともメンタル壊れているか病院行けってサインなの?

からないことは多いけど、何であれ救われたので感謝します。うまぴょい。うまぴょい。

2021-05-02

anond:20210501160143

あなた文章読みやすくて良い。

その気怠さ、希死念慮私小説にしてみたらいかが。

まり気負わず、暇なときに書き散らす感じで。

2021-04-28

首を吊ってる母親を、自分の手でドアから降ろした話。

これも結構前の話になる。

「そういえばあの時、どんな気持ちだったっけ?」と思い返す機会があったので、折角なので文字に書き残しておきたい。

そうすれば胸に落ちるものも、もしかしたらだけど多少はあるんじゃないのかな?って感じで。

内容が内容なので、少し長くなるかもしれないけど、お暇な方がいらっしゃいましたら読んでやってください。

あんまり仔細に年月日を狭めすぎるとアレなので、時期は今から7年ほど前。

ちょうど今のような、若干寒さも落ち着いてきたかな?ってぐらいの春頃のお話だと思って下さい。

当時の俺は大学入学したての、ピカピカの一年生でした。

兄の方がとても優秀だったんで、随分と見劣りはするけれど、俺の通っていた高校レベルからすれば「まあ頑張ったんじゃないの?」程度の大学へと入学

その筋のマニアには結構有名な、二郎インスパイアの名店が近くにある登り坂の長い大学ですね。

あれは本当に数少ない良い思い出です。メチャメチャ美味かったな。店狭いし、オッサン怖いし、汚いけど。

オススメは小ラーメン・麺少なめ・ニンニクマシ・アブラシマシです。

しか高校まではチャリ通で10分だったところが、電車を乗り継いで1時間半になったのは本当によくなかった。

職場学校は、絶対に自宅から近い場所を選びましょう。近い場所にないのなら、あなた引っ越ししまいましょう。(経験則

そんなこんなで深夜までゲームやらアニメうつつを抜かしては、中途半端時間に目覚めて、一限は余裕でアウト。

気付いた母親に叩き起こされて、仕方なく起床。もそもそと着替えて、遅刻前提の移動。

それで素直に大学まで向かえばいいものを、「途中で行くのも面倒くせえな」と地元カラオケで朝割フリータイムしてたり、本屋立ち読みしてたり。

入学当初からそんなんだから、とにかく授業内容は良く分からないし、眠くて眠くて仕方なかった。

何よりも人見知りだったもんで、良くも悪くも自由大学形式の授業とサークル活動に、いまいち馴染めずにいた。

大学は少中高と違って、能動的に働きかけないと友達はできないもんなんです。あの頃の俺に教えてやりたい。本当に。

夢見ていた大学生活は、俺にとってはただの眠気との闘いに成り代わっていたのである……。

そんなんで仲の良い友達全然いないもんだから、授業サボりまくって、図書施設ビデオ設備で「ロード・オブ・ザ・リング」とか「戦場のピアニスト」とか見てたな。

いや、完全に余談でした。すみません

とにかく、こんなカスの具現化みたいな大学生活を送らないよう、新入生の皆さんは頑張ってください。

話を戻します。

俺が小学校に上がるぐらいの前に、うちの母親は一度離婚している。だから俺は種親の顔をほとんど覚えていない。

自分ママとパパと話すけど、ふたり全然しゃべらないなぁ」とか「やたらと関西実家に行ったり、親戚の子がうちに来るのはなんでだろ?」とか。

そんなことを子供ながらに思ってたんだけど、今思い返せばそういうことだったんだと。

そんなこんなで気付いたら第一父親が消えて、俺が小学校二年生ぐらいの時に、新しい父親が来た。

第二の父親は、俺は子供ながらに「良い人」だと思った。

そりゃ向こうも腹を据えて、血の通ってない兄弟二人を抱えるわけだから、多少の上っ面は確保してくるには違いないんだけど。

一緒にお風呂に入れてもらったことが嬉しかったのを覚えてる。そんな第二のお父さんの背中には、ご立派な龍のモンモンが彫られていたけど。

仮初でも、その人は優しくて良い人で、色んな場所に連れていってくれたりした。なんかホテルが多かったな。海ほたるとかもよく連れていってもらった。

多分これまでの人生25年、その人が来てからの数年が一番幸せだったんじゃないかな?

中学に上がる前ぐらいの、それぐらいの間。ホント幸せだったと思う。ボンボンボンボンで、当時Xbox360COD4ネット対戦してたの俺だけちゃうレベルで。

母親も、その時が一番楽しかったんじゃないかな?

俺も兄貴母親父親も、心から「家族」を感じてた最後の瞬間だったと思う。

で、俺が中学に上がった頃に、第二の父親が手掛けていた事業が一気に傾いてしまったと。

これは直接見たわけでもなんでもないけど、父親の元同僚の方に聞いた話なんで、間違いないことだと思います

首の回らないレベル借金も抱えることになったと。

そっからの酒乱っぷりたるや本当に凄くて、中学生ぐらいになると俺も兄貴も(特に俺は)夜更かしをするようになってるから

ベロンベロン状態で帰ってきた泥酔親父に、子供相手に何を言い出すねんみたいな絡み方をされだして。

うわぁ、イヤやな……って、毎日夜になる度に鬱になってたのを思い返します。寝てたら寝てたで起こしにくるし。逃げようないやん。

そんな紆余曲折を経る中で、第二の親父が俺に放った言葉

「お前なんて、オレの本当の子供じゃねえんだからな?」

この一言が本当に忘れられなかった。シグルイのあの人ばりに、(この傷は二度と戻らんな)と泣きながら感じたのを覚えてます

しかもこれ確か、母親の目の前だった気がするんですよ。なんか二人で揉めてて、俺が仲裁に入るじゃないけど、間に入ろうとしたらこうなったみたいな。

酔うと貯め込んだ本質が出るタイプの人っているじゃないですか。つまりはそういうことだったんだな、と。

それ以降、父親と心を通わすことは一切なくなった。もちろん話したりってことはあるけど、他人みたいなことで。

そんなこんなで、それでも気付いたら中学生になって、高校生になって。

第二の父親は家からはいなくなって、お金だけを入れながら、たまに連絡を取るぐらいの関係になって。

こっからはもう蛇足なんで、ちょっと飛ばし飛ばし

小中校まではすごい楽しかったんですよ。面白い友達もいたし。なんで急に大学ダメになったのか、不思議だなぁ。

母子家庭あんまり余裕のある生活じゃないけど、塾にも行かせてもらって、奨学金も出る。

大学にも行けるんだと思えば、ちょっとぐらいの家庭内のゴチャゴチャがあるぐらいで不幸ぶんなよ、俺よりひどいやつなんて山ほどおるぞと自分自分を戒めたりもして。

そして母親の様子がおかしくなりだしたのは、このあたりだったと思います。ちょうど俺が大学受験を終えたぐらいの時分。

深夜、お腹すいたなーと思ってリビングに行くと、母親ワインと大き目なビニール袋みたいなんを用意してて、一人で黙々と飲んでて。

で、ちょっとなんか変な感じがして、母親の目から。据わってるって言えばいいのかな。とにかく、明らかに普通じゃないけど、普通を装うとしているのが伝わってくるような、そんな感じで。

無言でいるのも変なので、「なにこれワイン?家での飲んでるの珍しいね、いいやつなの?」みたいなことを訊いた覚えがあります

うちは父親の件もあったので、母親とはすごく仲良しだったから。

思い返せば、極度のマザコンだったんだと思います特に兄貴が遠方の大学にいってからは、実家には俺と母親の二人だけだったから。

とにかく変な雰囲気だったから、「お酒家で飲むの初めて見たかも!俺もひとくちもらおっかなぁ」みたいな、おどけてなんとかしようみたいなムーブをした記憶があります

「いいよいいよ。飲んでみな」と、母親が余裕で許可をくれたことも結構意外でした。酔ってたのかな?分かんないけど。

ド深夜、テーブルライトだけつけたリビングの机、ワイングラス、謎の大きなビニール袋。

なんかすげえヤバイことになってんのかな?と。

なんでだろう、このあたりから薄々感じ取り始めたというか、そんな気がしました。今までにこんなことなかったよな?って。

そして寝て起きたら、横に母親がへたりこんでるんです。体育座りを右斜めに崩したみたいな恰好で。

俺は一瞬、本気で死んでると思った。でも慌てて抱き付いたら、ちゃんと体温も呼吸もしてたので、本気で安心したのを覚えてます

えっえっ?ってなって、どうしたん?って聞いたら「いや、ちょっと……」みたいなことで、手元を見たらスカーフ?とハンカチを束ねて作ったような、首吊り用の縄?があって。

正直ワインときから厭な予感はしてたから、メチャクチャ驚いたし、なんで?ってなった。

「それはだめだって、それだけはだめだよ。これからどうすんの?」って泣きながら問い詰めた記憶があります

人間、本当に近しい人であれば、ちょっとした行動から、「なんとなく自殺しそうだ」というのが分かるものなんだって思いました。

マジでここらへんの記憶が、ずっと頭からこびりついて離れない。身体を下ろした時よりもキツかったかもしれない。

未だに良く分からない。要するに母親は、部屋のドアノブに縄を引っかけて、首吊り自殺をしようとしたんだと。

しかも俺の部屋のドアノブだった。誰のだったらいい、ということじゃないけど。この時には、兄貴はとっくに外に出ていたはずなのに。

首元を見たら、真っ赤っていうか、うっ血したようなアザになっていて、「失敗しちゃった」みたいなことを半笑い、作り笑いで言っていたような記憶があります

未だに後悔しています

あれだけ明確に希死念慮を見せていたにも関わらず、なにもできなかった。

母親がこのとき、俺に助けを求めていたのかは分からない。あるいは本当のショックを与える前に、「私は死ぬからね」という予告をしたのかも分からない。

兄にも周囲にも連絡をしなかった自分の愚かしさ。せめて身内だけには言うべきだった。

でも、言ってもどうにもならないんじゃないか、言われた側に負担を強いるだけになるんじゃないかと、どこかで想ってしまっていたのも事実です。

母親自殺をするかもしれない。どうか助けて下さい。」この言葉を俺はいったい誰に伝えればよかったのか、いまでもわからない。

救い方があるとしたら、それは俺がどれだけ母親が好きで、愛していて、感謝しているかということを、心変わりするまで何度でもいうことしかなかったんじゃないかと。

ある日、大学に行った。四月の上旬。はっきりと覚えてる。

ちょっと早めに授業が終わったのか?サボったのか。正直どっちでもいいけど、俺は家に帰った。

なんだかすごい胸騒ぎがしてた。兄も俺も家にはいない。家にいるのは母親だけ。

ただいまとドアを開けた瞬間、やはり自分の部屋の前で、足元に椅子を置いて、スカーフで作った縄を首にかけて、うなだれて扉にもたれかかる母親を見つけた。

凄まじい衝撃と同時に、「やっぱりこうなった」とどこかで思う自分がいた。

首にかけているスカーフ素手では取れなかったので、キッチンからハサミを持ってきて、片方の刃で切り落とした。

抱き抱えた母親身体は、思い返せば想像よりもずっと軽かった。

「誰か、誰か助けてください」と今までにいったことのような言葉を金切り声で叫びながら、居間の上にあおむけにさせて寝かせた。

そして震える指でスマホをうって、まず兄にコールした。

兄は大学二年生で、本来なら学生寮にいたはず。この日はたまたま里帰りをしてきて、何かを読みに本屋にいってくるといっていた記憶がある。

しかすると母親は、この日を待っていたのかもしれない。兄弟が揃う日じゃないと死ねないと思ったのか。分からない。

ママが首を吊ってた。いま俺が下ろしたけど、意識がない。救急に連絡するから、すぐに帰ってきてほしい」

と言って、すぐに電話を切った。兄は「わかった」とだけ言っていたような気がする。

家の場所を伝えて、どうか助けてくださいというと、すぐに救急車と救助隊の方々が来た。

俺は人命救助の方法とかがまったく分からなくて、もしかすると心肺蘇生とか、胸骨圧迫とか、本当はいろいろなやりかたがあって、

待っている間にそれができていれば、母親を助けられたんじゃないかと思う。

でも本当に現実現実として受け止められてなかった。頭がヘンに冷静だったのは、「こんなことになったけど、きっと助かるよな」と無根拠に信じ込んでいたからだと思う。

ここではどうにもならないから、と救急車に乗り込んだ。

ハサミで深く切った指から血が流れていることに気付いた。痛みはまったく感じなかった。

俺「こんなんなっちゃったな」

兄「俺、これからどんな顔して顔あわせればいいかわかんないわ」

俺「そうだなぁ」

こんな会話を、兄弟で悠長に会話していたのをハッキリと覚えています

ここまではすごくハッキリ覚えているのに、ここから先があいまいなのが不思議で、不思議で。

確か夜の病棟に運ばれて、「自意識が戻る可能性はない」と言われたこと以外は、実はほとんど覚えてないんです。

翌日の病室の面会で、意識のない母親を前に過呼吸になるぐらいに泣いてしまたことを覚えてます

そして「自意識が戻る可能性はありませんが医療を続けますか?」というような旨を医師の方に伝えられて、「もういいです」と伝えたことは覚えてます

そしてずっと病院に居るわけにもいかいから、家に戻って、母親のいない家で過ごして。

三日後か四日後、電話の連絡で「お母さんは亡くなりました」と同僚の方から連絡をいただきました。

母親の死に目に会わなかったのは、自分にとって幸運だったのか、不運だったのか、未だに分からずにいます

からない、本当に今でもわかりません。

あのワインの日から自分に何が出来たかをずっと考えています

間違いなくサインとなっていたあの日ちょっとでも行動を起こす勇気自分にあったのなら、もしかすると母親は今も生きていたのかと。

2021-04-24

鬱病の人が死にたい……って言いながらもしっかり差別もしてて興味深かった

鬱病毎日死にそう弱ってる人がいて、フォロワーなので見守っている。しかし「今メンクリに向かうバス。近くに在日チョンがいる。いやもうこんな日本で生きていく力がないよ。死にたい。本当に死なせてくれ」

みたいなツイートをしてて困惑した。

他にも「平日の昼間からバスに乗っている自分が恥ずかしい。無職シフト勤務の底辺と思われてるんだろうな。」とか、特定業種の人をを差別している発言もあった。

鬱病の人といえばかわいそうランキング上位だが、そんな人がかわいそうな発言希死念慮)と一緒に差別発言をしているのはなかなか興味深かった。かわいそうで模範的鬱病患者ばかりでもないんだなーと。せいぜい鬱で苦しめと思われるような鬱病の人もいるんだなと

2021-04-18

精神回復たか大学の集まりに顔だしたら、4年ぶりくらいに本格的な希死念慮が連絡よこしてきた。

会いに来る気がするぞ、あいつ。久しぶりだから接し方忘れて気まずいんだよな。

理屈が通じないから振り回されてばっかだし。

ももう、こっちには目標があるから

薬も貰ってるし。

本当は気合で抑え込もうとしたのに。無理だから精神科があるんだよな。わかってるよ。

もう一度戦おうぜ。

2021-04-17

両親がコロナになった

実家暮らしを続けている社会人です。この度、両親がコロナになりました。

いまは中傷という感じで、救急車を呼ぶ瀬戸際状態


できればそのまま死んでほしいと思っている。最低なのは分かっている。誰にも言えないから増田に失礼してる。


ヒステリックで子に依存してる母親他人批判しかしない大して能力もない父親

ヒトとして、どちらも嫌いだ。

私自身の性格はなかなか酷く、その原因は育った環境。頑張って矯正中だ。

とにかく否定されて育ったせいで、自己否定希死念慮に苦しめられてきた。今も完全に治っちゃいない。


ならば家を出れば.......と思うだろうが、試みた際に母が自殺するんじゃないかって勢いで止めてきた。

私を育てるしかなかった両親への同情から実家に留まることとなった。


可哀想なのでそばにいて、優しくして、まるで幸福な家庭を作り上げている。褒めてほしい。

心の中ではずっと、早く死んでくれないかなあと願いつつ。


そこでコロナが広まった。

ずっとずっと願ってた。両親が感染し、亡くなることを。

ついに、その時がきた。あと少し。

早く私を解放してくれないだろうか。


ちなみに、コロナへの対策バチバチに行っていた。

どこで感染したのか本当に分からない。

もはや気をつけても罹るみたいだから、みんなはどうか生き抜いてください。

2021-04-13

闘病してて呼吸が苦しいとか苦痛が強いとかで、「もう楽にしてくれ」と思うのは希死念慮なんかね。

今年に入ってからやけに体調が悪く、心臓が苦しく、そう思ってしま

2021-04-08

早世したい〜

30歳目前〜

恋人10年近くいない〜

給料そこそこ貰ってて、何も不自由してないけど、

早く人生上がりたい。

毎日漫画読んでたまに映画見たりゲームして、

趣味の絵を描いたり、買い物したり、

友達ご飯行ったり旅行したりして、

他人から見れば充分幸せそうだろうし、

自分でもかなり好き勝手に生きてる自覚はあるけど、

これからもずっとこの生き方するのかな?

って思うとなんか疲れるんだわ。

楽しくないと生きていたくなくなるから

日々楽しいことを躍起になって探してる感じ。

そんなだからお金はかかるし、

お金かかるから仕事しなきゃだけど、

そんなに仕事は好きじゃない。

いや、仕事の内容自体は好き。

基本的にやりたいことやらせてもらってる。

めちゃくちゃ恵まれてる。

なのに空虚

しろ、これから白髪が生えたり、

皺とかシミとかできるって思うと絶望しかない。

早世したいから、他人人生責任が生じる

結婚とか子育てとか考えられん。

犬飼うのが夢だったけどこんなんだからやめた。

片親だけど、親の葬儀に出たくないか

親より早くあの世に行きたい。

希望は35歳くらい。

かといって希死念慮はないんだな。

苦しいのは嫌だし。

早世したいくせに、

外見コンプをどうにかしたくて、

ジム美容外科に行くという。

矯正済みの歯並びも、もう少し整えたくて

また矯正している。

ご飯無添加宅食で日々健康

矛盾がひどい。

誰に話すことでもないから書き連ねてみたよ。

長生きしたい誰かに寿命を売りつけて、

そのお金ニートになって、

日々プラプラと生きたいな。

2021-04-07

希死念慮って要するに脳内パラドックスなの?

希死念慮死にたい死にたい死にたい

生命本能的なやつ→死んではいけない死んではいけない

希死念慮って脳内でこれらがバトルするからしんどいってことなのかね。死ぬのもいいじゃん?くらいの人だったらそんな希死念慮で悩んだりせんだろうし

2021-03-26

漫然としてたもの

希死念慮自殺念慮

そういったものが現れたのは18歳の頃。それまではツライ、逃げたいと思っても現実逃避できる何かしらを持っていた。しかし、いつの間にか、現実逃避できる何かしらを失ってしまい、現実から物理的に逃避する行動、つまり自殺願望が生まれるようになった。

それ以来、どうにか紛らわせたり、たまに完全消失させたり、ぶり返したり、弱まったりまったりと、波のようにこの気持ちを避けながら暮らしてきた。

それがどうしたものか。今、この気持ちは常に張りついている。胃の内側に、心臓の内壁に、べったりと。粘性が強く、擦っても擦っても消えない、まるでタールのよう。少しずつ少しずつ溜まり、呼吸すら苦しさを感じてしまう。

どこで拾ってきてしまったんだろう。四六時中まとわりついているわけじゃないはずなのに、気持ちが緩んだ瞬間、べったりと、来る。

何かで洗浄できたらいいのに。まっさらな、生死なんて他人事と思える場所に行けたらいいのに。そう思いながらも、図々しく生きている自分を嫌らしいと思う。ただそれだけの話。

言うほど美味い飯食って湯船つかりたいか

最近「死にたくなったらいい飯食ってゆっくり入浴すればいいよ」みたいなの流行ってるがどうにも共感できん

いやまあどういう状態が一番リラックスできるかとかは置いとくとする(そんなん人による)

そうじゃなくて希死念慮があるときあんまり幸せになるのって逆に嫌だって

そうやってやりたい事全部やって身体的に満たされた状態になったとする

もも完璧幸せで恵まれた状況で、なお死にたさが沸き上がってきたらもう一生どうしようもないって気づいちゃうじゃん

環境に依らない純粋な死にたさに向き合うくらいなら何か理由をつけてそのせいにした方がマシだ

2021-03-25

リスカしてー

自傷して傷ができるとかわいそうレベルが上がる気がする

かわいそうレベルが上がると様々な劣等感に苛まれとき自分かわいそうだから仕方なし」と逃げられる気がする

するととにかくしつこい希死念慮が薄まってすっきり前向きな気分になれる

から別に死にたいわけじゃないしむしろ

傷をつけられるなら手首じゃなくて全然良い

しろ手首はすぐそこにデカイ血管あって怖いか二の腕あたりがベスポジ

以上の理由から自傷行為をしたいんだけれど、やっぱり同居の家族心配をかけてしまうんだよね

昔はおかまいなしにやってたけど、見つかるたびにどうしたの?って聞かれるわけで

理由があれば良かったんだけど自分場合希死念慮がクソデカなだけで環境はめちゃくちゃ恵まれてるし、これといった説明ができない

死にたい気持ちと戦うためにやってまーすなんてますますヤバいやつやんけ

から心苦しくはぐらかしてたんだけれど

最近になってまた死にたいバイブス上がってきてやりたくなってきた

見えない位置にやろうとしても嘘つけないアスペから態度で怪しまれる

噛んだりかきむしったりしたこともあるけど同じ

家族と離れればやりたいほうだいかとも思ったけど、独り暮らしとか絶対自殺する自信あるわ

とにかく死にたいわけでも病んでるわけでもないから傷見かけても突っ込まんでくれ!ってお願いしたい

ごめんなトーチャンカーチャン産んでくれた体に傷つけて

でよ死ぬよりはマシやろ

なんかい方法いかなあ

2021-03-22

anond:20210322130413

すごいいっぱい怒るね

怖いなあ

私は大うつを含む気分障害10年以上患っているから、この病気を抱えた状態で行動を起こすためのスタート地点に立つのが大変なことは、私の分かる範囲で分かるよ

そもそもうつ病の人はセルフネグレクト状態になってることが大半で自分の見た目(清潔さ)に頓着しないので美容院に行こうと思うのは不自然すぎる

この文章の中に登場する「大半」も読めているよ

 

ツイートの発信者が、希死念慮を抱えながらも自発的美容院に行こうとしているのはおかしい、これは「死にたい」か「美容院に行った」のどちらかが嘘だと言いたいのだろ

でもその推理はざっくりしているよと私は思う

あなた

身綺麗にしてる人だって無茶苦茶努力してそうしてるのが分からんのかボケ

と言っていたように、この人もそうして頑張って一連の行動を成した結果、精神的に幾ばくか楽になったかツイートした可能性もある

 

そして私が腹立った「うつ患者の大半は〇〇である」という物言い

私自身よくされてきたから、その辺はあなたのいうように脊髄反射カットなってしまったのだろうなと思う

 

言いたいことは以上

頑張って体を起こして身支度するわ

anond:20210321221337

なんというか、最近は「うつ病」と「うつ症状」、「死にたい」と「希死念慮」が一緒くたにされすぎてることで多くて危険を感じる(テレビネットで言われるうつ対策うつ病者には全く効果のないものだったり、うつには筋トレとかやたら言ったり)

2021-03-19

anond:20210319200025

えっ 逆に自分ではなんだと思ってるの?

非モテ希死念慮は当初(2006年)からやってる定番ネタではあるけれど

anond:20210319112033

関係が薄くても知り合いが自殺したらショックだ

傷つくという意味のショックではなく、衝撃という意味

現在自分うつ治療中で希死念慮がある

その衝撃に必ず引っ張られると思う

結果死ぬか死なないかは分からないが

希死念慮があるからと言って、死にたい訳ではないのでとても困る

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