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2018-11-01

弁護士(唐澤貴洋)が受けた被害まとめ

誹謗中傷無能バカサバイバーロリコン等)される

投稿サイト遊戯王カードジェネレータ)に似顔絵を盗用した作品が多数投稿される(それによって唐澤様への過度な神格化その他をしたカード投稿禁止される)

事実無根不名誉な設定・あだ名(ケツ毛が濃い、弟殺し等)を作られる

サジェスト汚染により検索予測依頼人不安を煽るワードが羅列されるようになる(例:唐澤貴洋 核兵器や唐澤貴洋 PAC3等)

自分名前を冠した誹謗中傷目的掲示板(唐澤貴洋掲示板法律事務所クロス掲示板等)が多数作られる

誹謗中傷する歌が多数作られる(例:KRSWハッピーハードコア尊師の歌、Alias等)

ネット上で多数の殺害予告をされる(少なくとも95万件)

・弟の自殺を笑い話にされ某氏が殺したなどという尾ひれまで付けられる(その上「生きるため、仕方なかった(弟を食べた)」や「弟みたいに水に流してくれよ」などのネタも生まれる)

・自宅や実家の住所を晒され複数人訪問(けんま)される

実家の墓にスプレーをかけられる(その上大量のオランジーナが墓に供えられる)

Twitter上になりすましアカウントを作られる(〇〇〇〇に強い弁護士

なりすまし爆破予告をされる(この時、某弁護士の書いた文章の一部が使われており、その部分をさしてコメンテータが「日本語ではない」と発言

・自宅や事務所宛にカッターの刃入りの封筒が送られる(カッターの刃入りの表彰状も送られた)

家系図を晒される(登記簿も晒された)

中学生の時の卒業アルバムを晒される(マスコミをつかい恐怖を植え付ければ等の怪奇文書も発掘される)

事務所爆破予告される

ポストチャーハンを入れられる

似顔絵が描かれたシールをあちこちに貼られる(シールが張られたコイン(カラコイン)が各所の自販機に投入される)

anond:20181101132613

お前まじでALVRを神格化してんの、オカルト過ぎて正直害悪しかねえから去ってくれねえかな。

6dofの意味すら理解してねえだろ。

2018-10-26

anond:20181026153329

ありがとうミーハーという単語がすごくしっくりきて、同時に自分ミーハーじゃないと思いたいんだなあってのもわかってなんだかムズムズした。

ただ、別にストーリー神格化してるわけではないんだ…キャラが魅力的ってどんな作品でも(例えそこまで魅力的でなくとも)言えるから、他の作品とはここが違うんだぜ!ってことを言ってほしいのかもしれん。

ピクサーのやつもちょっと読んでみる。

2018-10-21

プライド自意識が異様に高い惨めな絵描きの話

私は産まれからほとんどをオタクとして過ごした。

息をするかのように絵を描き、ゲームをし、漫画を読みアニメを見るような生活をしてきた。

pixiv歴は9年、Twitterアカウント作成しては潰してを繰り返してはいるが、初めてアカウントを持ってから6年が経過した、一般的オタク絵描きだ。

ただ、どんな時もオタク絵描きとして生きていて楽しいことはほとんどなかった。厳密には人と関わって楽しいと思えたことがなかった。

私の異常なプライド自意識邪魔をするのだ。

今、本当にオタク絵描きである意味を見い出せないほどに楽しくなくなってしまっているので、整理の意味を込めて自分語りをさせてほしい。

小学校では教室で絵を描いても、どの学年のクラスにいても1番にはなれず、いつも2番かそれ以下だった。

パッとすることもなく遠足のしおりの表紙を任されることもなく、1番絵の上手い子がちやほやされる姿を眺めては羨む日々が続いた。

中学校では「クラスという狭い世界でも1番なれない私は、相当絵が下手なのだろう」という自覚も持ち、イラスト部のような部活はあったが入部することはなかった。

画力人格までも叩き潰されるのが怖かったのだ。

この時点でもう十分無駄自意識が身に付いていたと思う。

高校に入る頃には某マイナーゲームシリーズを主とするTwitterアカウントを作った。

メジャーアニメ漫画も好きではあったが、自分のような低い画力ではそのような世界では淘汰されてしまうという自覚が十分にあり、その上そのマイナーゲームシリーズ物心がついた頃から家族の影響で好きだった。

狭い世界古参な方であったので、まずそれだけでマウントが取れると踏んだのだ。

予想は当たり、数年はイマイチ画力でもちやほやされる日々が続いた。

私が何かしら絵を描けば相互達がある程度のふぁぼをくれる。ゲームステージ構造音楽に関する深みを持たせたツイートをすれば空リプやふぁぼをくれる。気分のいい日々が続いた。

ただかなり古いシリーズであったので、再熱と飽きで人の出入りが激しく、たまにいわゆる「神絵師」のような人も現れた。

古いゲームなだけあって古参新参が、という話が盛んに行われる界隈であったので、そういう話はタブーであることは分かっていたが、ハマって数ヶ月の神絵師がその界隈で大きな波を作り出すのを何度か目撃した。

絵師擬人化を好めば擬人化流行り、あまり人気のないキャラを好めばそのキャラ神格化された。

私は正直、激しく嫉妬した。

この人はゲームシリーズを全作やってないではないかシリーズの中でたった1作やってイラストを描いただけで大きい顔をしないでほしい、といったどす黒い感情が渦巻いた。

結局2年経たない内に妙な輩に絡まれ、それを理由アカウントを消した。

その輩も不快ではあったが、それよりも界隈で波を作り出す「神絵師」を見ているのが辛かった。今思うと被害者面してアカウントを消す理由と機会がただ欲しかっただけだと思う。

それから半年、私は某アニメシリーズとあるAというキャラに本気で惚れた。

それまでゲームアニメを嗜んではいたが、特定キャラクターに入れ込むことはあまりなかったため、大きな衝撃を受けた。

ただ、それとほぼ同時に自分性癖の異常性にも少しずつ気がついた。

Aが洗脳されている姿が見たい。

Aが痛がる姿を見たい。

Aが致命傷や後遺症を負わない程度にあらゆる手を使って痛めつけてやりたい。

いわゆる「精神リョナ」というものだと、しばらくしてから理解した。

その性的趣向に嫌な予感と前述の苦い思い出もあり、すぐにTwitterアカウントを作ることはなかった。

しかしそのキャラにハマって半年ほど、できる限りイラストの腕を磨きペンタブレットの扱いに慣れ、そのジャンル流行っているものに媚び、溜めに溜めたイラストまとめのようなものpixiv投稿したところ、予想以上の反響を得た。得てしまった。

気分が良くてたまらなかった。

同時に、「今ならあの時の神絵師たちのように、私の趣味趣向で界隈に波を起こすことができるのではないか。私が好きなもので界隈を満たすことでできるのではないか」と妙に高い理想を抱いてしまったのだ。

それから少しした頃、そのAがいるアニメを主としたTwitterアカウント作成した。

できる限り周りの空気に媚び、私自身の趣向を出さず、ふぁぼやRTにより私の存在を知らしめるために絵を描いた。イラスト漫画RTが多めな絵師を中心にフォローした。

ツイートもそのアニメ話題で徹底し、他の話題自分語りをすることも控えた。

客観的に見て私の画力はそうでもないが、そういうことを続けているとアナログ適当落書きを描いても100ふぁぼはもらえるようになった。

その頃に界隈の流行りと自分性癖半々くらい織り交ぜた、オールキャラギャグ本を自身初の同人誌として出したが、完売させることもできた。

こうして私の実力が全てでない、媚びによって得た数値と実績による自意識プライドが着々と育っていった。

同人誌を出した少し後くらいからであろうか、私は自分趣味趣向を全面に押し出しイラスト漫画ツイートをするようにした。

媚びた絵よりも数値は減るがふぁぼやRTをしてくれる人も多くいて、正直投稿不安ではあったが予想よりは上手くいった。

ただ、私の絵(性癖)に便乗してイラストが描かれることはおろか、そういったツイートや私のイラストに対する言及空リプも見られなかった。

私は悔しかった。あそこにあるふぁぼやRTは惰性に近いものしかないのだ、と思ってしまった。やり口からして勿論なのだが。

そして、引かれているだろうな、とも思ってしまった。それまで好きだった相互の方々にも、ツイートを読むのが辛くなるほどの疑いを不安を抱くようになってしまった。

私の中の冷静な部分は「そりゃそうだ、精神リョナなんて倫理抵触する趣向広まらなくて当然だ」と思えているのだが、私の拗らせた部分は「なんで流行らない?擬人化の方がキツイでしょ。他の人の性癖を歪めることもできないなんてこの絵公開してる意味ある?」と思ってしまう。

私には波が作り出せないことが、あの羨んだ神絵師たちの足下にも及ばないことが自覚できてからは、自分趣味趣向が急に恥ずかしくなり、FFの極端に少ない身内アカウントに引きこもった。

身内アカウントに引きこもったまま数ヶ月。現在に至る。

結局は私の実力不足と、歪んだ自意識プライドが悪い。分かっている。

Aに対する熱意や、自分趣味趣向に刺さる創作物を見た時の衝迫を、自分表現して他人を揺さぶ画力や魅力はない。

他人を揺さぶらない創作になんの意味があるのだろうか?だったら絵なんて公開しないでパソコンファイルの中で腐らして、自分けが眺めている方が幸せなのではないだろうか?

最終的に私の趣味趣向を認め、同意し、同じ熱量で盛り上がってくれる仲間がほしい。

だって趣味趣向の合う仲間とオフ会がしたいし、Skypeだってしたいし、趣味から知り合った仲間とプライベートな話がしたい。

人とオタクとして接することが楽しいのは中途半端に知っているので、私が理想とする仲間とオタクとして楽しく生きたい。

そういう界隈を自力で作り出そうとしたのが失敗だった。

そして画力がそうでもないまま大人になってしまったのも失敗である

イマイチなままで固まった画力無駄に高いだけのプライド自意識をもって絵を公開して、何が楽しいのだろう。

何も楽しくないに決まっている。

Twitterで絵を描くようになってからというものの、評価評価をくれる人々の動向にばかり目を向ける癖が付いてしまい、私一人で何をすれば楽しいのかわからなくなってしまった。

絵描きなんて趣味やめた方がいいんだろうな、私には向いてないんだろうなって、今はそう思うのです。

力不足を痛感してとても悲しいです。

お目汚し、失礼致しました。

2018-10-20

ドラゴンボールが今読んで面白いか最高かって言ったら、面白くもないし最高でもない。

ストーリーこじつけ無駄アクションを繰り返すばかり。

それは北斗の拳だってジョジョだって同じだ。面白くもなんともない。

しかしそれは、今コミックで読み返すからだ。

当時は週刊連載で、毎週満足感を得てそれをまわりと共有することにこそ意義があった。また次週に期待する中毒性こそが週刊連載に求められた性質だった。そのバランスが好循環していたのが連載時の90年代前後だ。

その後はマンガ文化のものクオリティが上がり、雑誌としても読者としてもそれを達成していることを求めるようになった。しかトータルクオリティの達成は難しく、達成するためにどんどん多様化分化していった。

ドラゴンボールハラスメントは、思い出補正による神格化と旧作の陳腐化との争いなのだ真正面に争うこと自体無意味なのだ

2018-10-17

本物の天才と凡人でしかない私

ここから先に書くのは凡人から見た天才の話であり、天才を妬む凡人の醜い嫉妬けが書き連ねてあるだけなんです。だから気分を悪くする人は見ないでください。

知り合いに本当の天才がいて、本物の天才で、私はそれを見てるだけの凡人でしかなかったという話です。

もう誰にも聞かせることなんてできなくて一生涯胸にしまっていようと思うほどに汚くて醜い嫉妬の話。

ただ、私にとって原点とも言える大切なもので、記事に残したいと思ったから書かせてもらいます

軽くフェイクあり。

文体特に考えずに乱雑なままなので、見にくいとは思います

それでもお付き合いいただければ幸いです。

携帯から書いてるので字下げとか無しのがばがばです。よみづれーな!と思ったら読むのをやめて、他の面白いものを読んでください。

天才を妬み、嫉むだけの凡人の記録です。

大学時代の知り合いに天才がいた。

私も文字を書く人間なのだが、その人間文字を書く人だった。当時所属していたサークル文字を書く人間というのは珍しく、私と彼女意気投合。仲良くなった。

不思議雰囲気少女だった。

人懐っこいような、それでいて人付き合いに慣れていないような女の子だった。私は、彼女が大好きになった。

彼女も私を好きでいてくれているんだと思う。

彼女の口癖は、「私は天才から」というものだった。正直な話、自他共に認める天才というやつだった。

なんというか、世間一般想像する天才、という感じの子で、それ以外は何をしてもドジなところがあったりするのに、文章を書くことにおいて彼女の右に出るものはいなかった。

小説家になりたいとあの子は言っていた。私も小説家になりたくて諦めた人間だったからこそ、彼女のことを応援したいと思っていた。

私という凡人から見る彼女という天才はまさしく神様だった。

神様天使という存在によほど近かったし、私は彼女のことを神格化していたのだと思う。

それが間違いだった。

そもそもの話なのだが、私はあまり両親に歓迎されていない。

世間一般では虐待されているのだと思う。割とそれに気づくのが遅くて、その状況を甘んじて受け入れてはいるのだが。

常日頃から、呼吸するだけで呼吸がうるさいと言われ、醜い、臭いなんていうのは勿論、何をしても「お前には何もできない」「お前がやることは全て無駄だ」「言われたことだけやればいい」と言われ続けてきた。

唯一まともに出来ると自負していたのが小説を書くことだけだったのだ。

私は、両親への憎悪を込めて、幸せになりたい一心で書いていた。

認めてくれない周囲への憎悪や、どうしようもない「絵を描くことが出来ない」というコンプレックス(私は本当に絵を描くのが苦手で、当時二次創作活動していた私にとってそれは酷いコンプレックスになっていた)、そんなものを筆に乗せて私は一心不乱に憎悪文章を書いていた。

そんな私のことを認めてくれたのは天才彼女と、その周囲の文字を読むことが好きな人間だった。

今思えばその時が一番幸せだったのかもしれない。

私はそのコミュニティの中で、尊敬する彼女に認められ、彼女の周囲の人間にも認められ、初めて文章を書くという行為肯定された。

私は確かにそのときしかった。

天才彼女と会話することも、何もかもが楽しくて仕方なかった。

小説の話をすることも好きだったし、前向きに小説家を、もう一度目指してみようと思えたこともあって、色々なことを頑張っていた。

そんなある日、サークル主の交代の時期がやってきました。

ほとんど上下関係はないサークルだったのだが、一応、代表者みたいなのが存在していたので、そういうのの交代の時期だったんです。

サークル活動自体には私は熱心ではありませんでした。なんとなく所属して、なんとなく戯れるのが好きだったし、代表者なんて役回りも似合わないので私は普通に過ごしていました。

それでも、その日、ふと。

共通の知り合いから、天才彼女サークル代表者になるという話を聞いた。

私は、喜んだんです。

彼女はそういうのは苦手だと思うけど、それでも彼女に相応しいと思ったし、そういうことを頑張れる子だと思ってた。

から、そのまま彼女のところに言って。でも、私は私が彼女親友だと思ってたから、別の人から聞いたのがちょっとしかったんです。ちょっとじゃない。すごく悔しかった。すごく悔しかった!

からわざと、「次の代表者って誰になるんだろうね」って聞いて見たんです。ただの出来心だった。彼女が教えてくれると信じ込んでた。

嘘をつくのが、すごく下手な可愛い人は、「えっ!?し、知らない。全然教えられてないから〜!」って答えたんですよ。

そんなことあるわけないんだ。だって、私が聞いた「共通の知り合い」というのは、現在サークル代表者だった人なんだから

私は彼から、「次は天才彼女代表者になる。もう了承も取ったんだよ」という話を聞いたんです。

私の大好きな人が私に嘘をついたとき、感じたのは大きな絶望と圧倒的な失望しかなかった。

そこで気付いた、初めて知ったことがあった。それは、"天才彼女人間しかなかった。下手な嘘をつく、哀れな人間だ"という当たり前の事実だ。

それ以来私は、彼女接触することがなくなりました。本当に現金な話なんだけど、そうする必要を全く感じなくなったからだ。

私にとって天才のあの子が、凡人のあの子になった瞬間だった。

当時私は親から圧力に耐えられなくなっていた。就職の話や卒論別に入りたくもなかった大学押し付けられた学部での勉強に飽き飽きして、両親のいうことは全て「私たちが楽をするために働け」というものだと気付いてしまたからだ。

夜中に両親の寝室に包丁を持って入って、真冬最中眠る両親の枕元で正座して三時間過ごしたとき限界が来てることを知った。

まだ話が出来る父親に全てを正直に話した。その頃の私は完全に精神を病んでおり、外に出れば永遠と私を詰る声が聞こえるなんて状況だった。

大学を休学し、私はしばらくの間、彼女からも何からも離れた。

私にとって彼女天才だったのだ。

だが、その当時の彼女は全く芽が出ていなかった。

天才彼女は、家庭にも恵まれていたように見える。小説を書くことを認められていて、私と違い自信に満ちていた。

きっと、両親にも愛されていたのだと思う。

そんな彼女でも小説家の芽が出なくて、だからこんなに認められていない私が芽が出るわけがないと安堵していた。

大学を休学して1年が経った頃、風の噂で、天才彼女小説家としてデビューしたことを知った。大きな出版社だった。私でも知ってるような場所だ。

そのとき、全てががらがらと音をたてて崩れていく感じを味わったのだ。

まれ彼女は、その才能を十全に発揮し、そして、天才であることを世に知らしめた。

完全に私は折れてしまった。

私は彼女ほど恵まれていてもデビューできない"小説家"というものを、狭き門だと思っていたのだ。だから、何にも祝福されぬ私は通れなくて当然だと。

どこかで夢に向かって愚直に進む彼女を嘲る気持ちもあったのだと思う。

妬み、嫉み、嘲笑。そんな彼女に向けていた感情は全てがぽっきりと折れて、後に残ったのはどうしようもなく渦巻く嫉妬だけだった。

その嫉妬原動力にして、私は何度も物を書いた。

小説ではないものになったが、それでもそれは、世の中で一定評価されたのだと思う。

私は、出版された彼女小説を読むことはなかった。

憎悪に満ちた筆を止めることはなく、嫉妬怨恨の詰まった筆を進め、世界を愚弄して、そしてハッピーエンドを踏みにじることで精一杯になっていた。

そうでもしなければ。

私は、筆を折ってしまうと思った。私の見下した彼女が、天才彼女が、私を否定すると思って読めなかったのだ。

大学は、もうやめてしまっていた。価値がなかったからだ。私にとって、"彼女"という存在を無くした場所は、本当にひたすらに何の意味もなかった。

そんなある日、共通の知り合いから連絡が来た。

彼女の本が出版されてから1,2年経った頃合いだったと思う。

久しぶりに飲まないか、という連絡だった。天才彼女もいるという話で、私は当時の憎悪彼女を殺してしまわないか心配になったが、それよりも彼女がどうなったかが気になって仕方なくて会うことにしたのだ。

当日、待ち合わせ場所で待つ私に彼女が声をかけた。抱きついて来た。久しぶりだと笑った。

彼女は、何も変わっていなかった。

何もかも昔と同じで、ああ、と心の霧が晴れた気分だった。

あの時嘘をついたのは何か理由があったのかもしれない、と思えたのだ。天才であることを世に知らしめた彼女は、それでも変わらずに私という凡才に声をかけて、笑ってくれた。

そんな彼女が愛しかった。

彼女は、少しだけ、記憶にあるよりも疲れた顔をしていた。

から私は彼女が好きになったのだと思い出した。嘘をついたかもしれないが、彼女は、私という凡才を、愛してくれていたのだ。

しかった。そんな彼女が、大好きだった。私を見下さな彼女が好きで好きで仕方なかったのだ。

から私は、あの子の本を読む決意を固めた。読まないと、失礼だと思ったのだ。

天才である彼女が書いたものから、私は読みたかった。本当はずっと読みたかったんだと思って、何件も何件も本屋を駆け回った。しかし、田舎なせいか何件回っても無くて、読みたくて気が狂いそうになったときやっと見つけた。

冗談じゃ無く、手が震えた。

その本を手に取り私は、一気に読み終えた。そして、涙した。

登場人物の瑞々しい感情

豊かな状況描写

独特な心理表現

飽きさせない展開。

そして、ハッピーエンド

本当に、天才所業だった。嘘じゃない。この本を読むために私はこの世に生まれて来たのだと錯覚するほどに良い本だった。彼女に長文の感想をしたため、私は本当に、本当に、幸せな気分になったのだ。

今までの自分の恨みが全て浄化されるような気がした。私は、許されてもいい、と思った。

その小説の中で、天才彼女は、創作をすることの喜びを語っていた。創作をするときに悲しんではいけないと語っていた。

それは胸に響き、今までの怨恨原材料として書いて来た私に、幸せ気持ちで書いていいと許しをくれた気分になった。

早速私は、筆を取って。

そこで、絶望した。

先ほどまで許しだったものは明確な否定として私に牙を剥いたのだ。

私は、怨恨絶望嫉妬と、そんな汚い感情原材料にしてしか物を書けない人間だった。天才彼女のように、幸せで美しく綺麗な気持ちものを描くことなど出来なかった。

汚い感情原材料にして描くという、私に唯一ゆるされたことを、私に無邪気で無垢笑顔を向けた彼女が一番に紙面で否定したのだ。私の大好きだった文章否定したのだ。

ただの思い込みだとわかっている。

彼女はそんな気分で書いたのではないと知っている。それでも私は、それに気づいてしまった。

凡人と天才の間にある圧倒的なものに気付き、狂うほどに嫉妬した。

私にないものを持っている彼女があまりにもどうしようもなく遠い存在であるとそこで初めて認識したのだ。

今でも彼女の本は手元にある。

枕元において、ページがへろへろになるまで読み返した。

どんなになっても読み返した。何度も同じシーンで泣いてしまう。

それでも私は、勝手彼女を許すことが出来なかった。勝手彼女に対して憎悪の念を抱いた。

こんな素晴らしいものを世に生み出した人間を憎むことしかできないのだ。こんなに、素晴らしいのに。

私はその素晴らしさと尊さを正しく理解している。それでも尚、私は許すことが出来ない。

天才彼女を、心底憎悪している。

私という凡人を踏みにじった天才に対して、圧倒的な憎悪を振りかざしている。

私はこれからも、そういった憎悪嫉妬と、そんな汚い感情を持ってハッピーエンドを踏みにじって行くのだろう。それは、天才彼女に私が出来る唯一の復讐なのだ

かにわかるものでも、理解されるものでもないとわかっている。

彼女が悪いわけではないことも理解している。だからこそ、私は彼女に対しては今でもにこにこと、本当に彼女が大好きだと言い続けられる。これは本心だ。本心から私は彼女を愛している。

それでも私は、彼女無意識に踏みにじった私のために復讐を続ける。彼女という天才憎悪し続けるし、嫉妬しない日はないのだろう。

天才彼女ハッピーエンドを、素晴らしく描き続けるのであれば、私はそのハッピーエンドを何度も何度も何度でも踏みにじりたい。

わかりきっているのだ。

天才彼女が、何も思わないことなど知っている。そして、これを残す意味は、どこかで私のこの歪みきった感情に気付いて、認めて、謝ってほしいということなのだということにも。

私は彼女に認められたいだけなのだ

それでも、もし万が一これが彼女の目に入ったとしても、私は知らないふりをし続けるのだと思う。

凡才の私などを天才彼女が視界に入れてはいけないのだから

長々と読んでいただいたが、これらは全て私の妄想だ。私の大学時代に"天才彼女"というもの存在しない。存在しない。

からこそ、私は素面でこれを書けているのだから

よく書けてると思ったら、どこかで笑ってあげてください。一瞬でも本当のことだと思って騙されたのだとしたら、失笑してください。

私という凡人に騙されたのだと、少しだけ腹を抱えて笑ってくれたら幸いです。

私は今でも、憎悪に満ちたペンを握っているけど、きっとそれを架空の誰かのせいにしたくて、これを書いたのだと思います。だから全てフィクションなんです。本当だよ。

2018-10-04

教育勅語アレルギー馬鹿理屈がわかった

天皇が神になるーーーとか思ってんのか

ばっかじゃねーの

親孝行とかそう言う所が良いこと書いてある言うてるんでしょうが

てか天皇云々言うなら今上天皇反戦安部とか言っちゃって、それを錦の御旗にしようとしてる層を警戒した方がいいよ

あいつらが一番天皇神格化してるんで

anond:20181004001953

その名前を出すと奴を神格化することになってしまうからよくない。

本名松本智津夫でよい。

2018-10-03

anond:20181003123725

低能先生神格化されとるやん

死ぬ前に偉くなれてよかったな

誰彼構わず罵倒しまくった甲斐があった、てことか

anond:20181003130808

patoに空目して「おいおい、patoはもともとそんなやつだろ…何神格化してんだ…」と思ってURL開いたら全然違うやつだった

2018-09-25

anond:20180925135752

増田は「獅子王」を知らないのかな?

昔、源頼政という中二病ボーイがいて、彼は日がな「自分は世の中にはびこる悪を倒す英雄である」と嘯き町中でヒーローごっこを繰り広げていたわけなんだ。

そこにある日「頼政どのwww うちに憑りついてる悪魔を倒してくれでござるwwwフォカヌプゥwww」という依頼があったんだ。

それを請けた頼政は依頼主の家で夜まで待つと、そこには夜には聞こえないはずの鳥の鳴き声が聞こえたという。

ここで賢明諸君はお気づきであろうが、鳥は夜に活動はしない。だから夜に鳥の鳴き声がしたらそれは鳥ではない何かの化物である。その考えには重要落とし穴があることには気づいているだろうと思う。

テープレコーダーだ。テープレコーダーがあれば夜に鳥の鳴き声を再現することもたやすいだろう。そう、これは「有り得るはずがない」を逆手にとって仕組まれ演出だったのだ。

頼政悪霊退治依頼をしたヲタク、これは上手くいけば中二病ボーイのメンツ台無しにできると踏んで立てた茶番であったが、ここに誤算があった。

頼政中二病だったので、鳥の鳴き声にはひるまずに音源を探し当て、その音源を持っていた刀で叩き斬ってしまったのだ。

しかし、斬ったと言えど実際は頼政がくらやみの中で無闇に刀を振り回していたのみ。

だが音が止んでしまたことにはこれは「頼政が何か化物を退治した」ということにせざるを得ない。

仕方がないかヲタクは「我が家に憑りついていた『鵺』を成敗していただきありがとうございます」と礼を述べる。

頼政頼政で、礼を言われたのであるから化物退治の実績を挙げてしまたことになる。頼政はこのことをパパに告げると、パパはたいそう頼政を褒めちぎり、ご褒美に新しい刀をプレゼントしたんだとさ。

その刀の名前が「獅子王」。増田の大好き刀剣男子でもおなじみだね。

まり妄想が作り出した「鵺」を妄想で倒したり倒さなかったりすることによって結果的物事神格化されたりするっていうのは良くあることなんだ。逆に言うと、「鵺」を介して物事は万事解決の構えを見せることだってあるんだよ。

ちゃん角度とかは考えられているんだよ。

2018-09-20

anond:20180920105506

安室奈美恵離婚したのを忘れてるのか知らんのか

マジレスすると「結婚しても子供産んでも所謂ママタレ』化しない、結婚して子供がいる事を全面に出さな女性芸能人」ってのが当時は新しかったし

それが更に彼女神格化を促したわけだよ

よくいるママタレになってたら引退時にあれほどの騒ぎになるほどの人気は無かっただろう

2018-09-17

ジョブズが新で失速したという人がいるけど

アイフォンはいずれ中国に負けたんじゃないんですかね

過度に神格化されていると思うの

2018-09-08

起業って楽だぞ。神格化されすぎ

ペーパカンパニーでも節税目的でもない非個人事業法人だと…

設立1年後の生存率:98%

設立5年後の生存率:80%

設立10年後の生存率:60%

設立20年後の生存率:30%

設立30年後の生存率:15%

こんな感じだし。

サークルの延長くらいの見通し激甘のお遊び感覚起業しても年収500万くらいは余裕で稼げる。

ビジネスモデル陳腐でもう「またそういうのかよ」って呆れるようなレベルのやつでも。

起業した人って本当に話聞くとめちゃくちゃだぞ。

そもそも事務クソ適当

めっちゃ豪遊したいわ〜。そうだ!会社の金に手つければいいじゃん!ついでに人件費を鬼みたいに削ろう!俺天才♪」くらいのノータリンゴロゴロいる。

で、そいつらでも普通にサラリーマン並なそれ以上の水準で食えてる。

2018-09-06

震災発生してすぐ問題解決できないか安倍無能すぐ辞めろという電波ツイッターにいっぱいいて怖い

お前らは神様を求めてるの?

天皇神格化していた時代があったなあと思いだした

2018-08-31

anond:20180831121751

「憧れてるあの葡萄だって酸っぱいかも知れんぞ?」と言われてもなぁ。

そら甘い葡萄も酸っぱい葡萄もあるでしょうよ。

俺はその前段階で葡萄を一度も食べた事ないんだよなぁ。

別に夫婦カップルという存在神格化するつもりはないけど

どんな夫婦カップルでも孤立した人間よりは確実に幸せだと断言はできるね。

極貧だろうが倦怠期だろうがDVがあろうがね、何故なら頼れるという安心感があるから

孤立は無保険・無免許・無整備・ノーヘル原付毎日高速に乗ってるようなもんよ。

頼れるものがないってのはこういう状況。一発で即死に至る可能性が極めて高い。

毎日そんな状態から緊張感や焦燥感で頭おかしくなってくるって。

2018-08-26

鳩場つぐ界隈の安さ…

まずなんかもうロキノン厨空気をすごく感じる。自分が合わない集団匂いがすごいする。自分認識の上でロキノン厨は「やたらと過剰で濃い歌詞で、やたらと過剰で濃い叫んだ歌い方で、やたらとつまらない、安い作曲/編曲技法ばっかワンパターンで使ってるのに、やたらとファンが多く、そしてファンが一人ひとりやたらとその過剰で濃い表現エモいエモい言ってて、見てるとうわあああああああああとなるわ」的な認識になってる。それが鳩羽つぐ界隈のあれこれにもかなり感じてしまう…。

鳩羽つぐってまずlain系の世界観をやってるだけじゃん。ありがちなlainフォロワーに感じる。で最近またlainもいやに流行ってるし。そしてそれを好むファンがそれに向ける言葉がまたロキノン系歌詞っぽいというかやたら濃いというか変に神格化してるというかとにかくロキノン厨っぽい雰囲気すごく感じるから嫌なんだけどそれが直で鳩場つぐ界隈のファンにもまるまるあるんだよな。

今の時代なのにあえてフィルムカメラっぽくしたのを現像してみたり的ななんかとにかく表現が安いのにそれを全く疑問に思わずに「すげぇ…このフィルムカメラのおしゃれな感じ俺好きなんだよ…」と言わんばかりの上げ方をするようななんかもうそんな安い表現に対してエモエモなってる感じがある…。

崇め方がまさになんか某バンド志村さんが死んだ後の志村さんの神格化みたいな、なんかもうロキノン厨ありがちな浅く安い悦に浸った崇め方で見ていて疑問ばっか湧くわ…。そういうことを思わない人たちが平然と神格化作業をしてるんだよな鳩場つぐとか志村さんとかに対して…。特に鳩場つぐなんてもろに商業主義クラウドファンディング始めてるやんけ…。

2018-08-23

堀江貴文「せっかく東大生になれたのに就活なんて冗談じゃない」

これド正論だよな。

世代ほとんど全員が気づいたら参加さしてる超大規模レースに勝って、上位0.3%に入るような凄いことやってのけたのに、何が悲しくてサラリーマンやらなきゃいけないんだよ。

まるでサッカーで言うところのバルセロナみたいにネット民がことさら神格化してる三菱商事ですら、小樽商科とか滋賀大とか関西学院卒の総合職社員ゴロゴロいるんだぞ?

こんなん東大生からしたら「はい東大合格おめでとー。というわけで就活ではまたガラガラポン競争スタートね♪」って言われてるようなもん。

上位0.3%の偉業が価値毀損せずにそのまま活き続けるなんてことはまず「就活」ではありえない。

土俵に立った瞬間、今までの苦労が水の泡と言っても全然言いすぎじゃない。

そんなら東大看板引っさげてタレントでも目指したほうが全然割がいい。たとえ、クイズ番組で消費されるような三流が関の山であろうとも。

お前らは馬鹿にするけどタレント価値が高い。サラリーマン比較したら天皇ホームレスくらい違う。三流タレントでも県議会議員くらいには余裕でなれる。上位0.3%にふさわしい。少なくともサラリーマンなんかよりも。

から東大人脈と東大ブランドを活かすことを考えながら起業した堀江貴文戦略的に正しい。

東大!?凄いな!!」っていうので上位0.3%にふさわしい社会的地位までワープやす仕事を目指す、これなら損をしない。

山口真由は官僚時代が余計だったな。別に異次元の成績収めてなくても、あの顔なら在学中に今くらいのタレント活動できたはず。

2018-08-02

anond:20180802052422

そう

実際にどの程度の厳しさで適用されるかは別として、とりあえず現状の経典では否定されてる

からよく神格化されてる「欧米リベラル」なんてのも、要はキリスト教系の新興宗教みたいなもんで

既存ルール自分の都合や好き嫌い勝手にこねくり回しているのは変わらないわけでしょ

それがたまたま自分感性に合っていたから持ち上げてるだけでさ

あるいは彼らのやることならなんでも肯定するだけなのかもしれないけど

にじさんじSEEDs研修生扱いってなんだ?

別に嫌いじゃないし下げようと思って言うわけじゃないが

やってることは一期生二期生よりSEEDsのほうがそれっぽいことやってるじゃねーか

そうやって神格化させてるのは運営のやり方のせいだぞ?

2018-08-01

ジャンル形成

ジャンル形成される場合にまず必要なのが意志である

そのジャンル足らしめようとする意志である

ここではそれぞれのジャンル本質的意味においての差異を持っているかを論じることはしない

ジャンル形成過程とそれにおいて生まれる状況というのを語ってみたい

まず第一にある一定の傾向を持つと認識される作品群が意識されそれを求めるもの、好むもの達が生じる

ここに需要が生じ供給が生まれるこの時点でこのジャンル過去に対してのそのジャンル類型の再発見ではなく二次的にジャンルのものを扱ったを作品を創出するという過程に至る

またそのジャンルという認識確立が様々な媒体社会に間接的に直接的に影響を与え、様々な領域へと拡散、浸透していくこうしてそのジャンル一定数以上の知名度を得、また一定以上領域拡散するとそこに社会文脈が生まれ

そしてそのジャンルに対しての評価が下される

このジャンルに対しての評価に大きな役割を担うのは二次的にジャンルのものを扱い創出された作品であると考えられる

それらがそのジャンル体現した存在と見られるから

そしてこの時にくだされた評価によりそのジャンル肯定する意志否定する意志が生まれ

この辺りからそのジャンルに対しての本格的な定義付け議論が生まれ

容認される領域容認されない領域の間で少しずつそのジャンル存在可能範囲が確定するようになる

少しこの部分について実例を交えて説明してみよう


例えばラノベというジャンルがあるがこれは軽薄であまり稚拙であるという評価から様々な分野から攻撃を受けており

最も厳密と思える定義の仕方で言えばレーベルという出版社から出版されているもの極めて限定的範囲に押し込められる結果となっている

それどころかラノベ小説文学にさえ含まれないと言った論調すら生まれている

このラノベに対する定義付けは一定解決を見るには至っていないそれは私見ではあるがその共通項がラノベが持つ構造により見出されたものではなく読み手側の持つ感覚により見出されたものからだと思う


次に純文学を見てみよう

こちらに対してはあまり詳しく知らないため多くを語ることはできないが語ってみる

純文学拡散を自ずのうちにやめてしまったように思える

ジャンル差別化を図り自らを自らの内に神格化したように感じる

その結果、彼らは過去に縛られ新しい作品を作る術を失ったようだ


次に私の好きなSF

SFは当初、低俗大衆文学であるとされていたようだが現在地位が向上し特に否定されるような作品ではなくなった

最近ではSF作品自体の勢いは衰えているように感じるがこれは人類に対して未知の部分の多くが失われたからだろうか?

まあ何にせよこのような全盛に比べれば少し停滞気味の状況とSFの持つ2つの特性から面白い状況が生まれ

1つ目の特性は極めてその定義けが難しいこと2つ目の特性は多くの作品に対してSF要素を見つけやすいということだ

こうしてSFを広めたいもの商業的にSFを盛り上がらさなければいけない者達は多くの他ジャンル作品群にSF的要素を見出しこれをSFだと吹聴して回るのだ例えばガルパンまどか☆マギカなどがそれに当たる私としてはアイロニーを感じてとても良いと思うが

ハードSFこそがSFだと標榜する輩にとっては不快のようだ


話を戻そうこういった様々な場所や形においてそのジャンル肯定しようとする意志とそのジャンル否定しようとする意志が衝突する

先ほどの例でも見たようにこの肯定否定には様々なレベルベクトル存在する

こうした中で生まれてくる本格的定義議論とその様々な結論によって更にこれらのジャンルは影響を受けそのジャンル本質とされる部分がクローズアップされその点が更に深められた作品群が生まれ

このような過程においてはレーベルから出版されたものラノベであるという解釈は単に便宜上そのように定めた事実を表すに過ぎず意味を持たない

この時にその作品群は本質的とされる意味の深化とともに無駄な要素が削ぎ落とされる、この過程を繰り返し最終的にそのジャンルは別の分野やジャンル侵犯する能力を失う

有り難いことにSFはこの過程が未だ生じておらず縦横無尽傍若無人にに他人の畑を荒らすことが出来るのだ

このような過程を経てジャンル一定の恒常状態に入る

この後は内的思索が主たる課題となりこの地点からの逸脱は亜型と処理される

そしてそのジャンルから失われた何にか、新しい何かを望むものはまた新しいジャンルを見出す旅に出なければならない

2018-07-30

anond:20180730231016

現状その「適当に」が人間が決めた枠内の「適当に」でしかないっちゅー話をしてるんだろ

人間が点数をつけてあげないと(重要度を数値化するための式をあげないと)ElasticSearchだろうがなんだろうが無視できないじゃん


例えば「一瞬で怒る方法」を聞いたら人間なら「さあ、知らんけど格闘技でも習えば?」「知らない、何で怒りたいの?」とかって返すだろうけど

AIなら「一瞬で怒りを抑えるには次の方法があります(以下検索結果)」と返すだろう

「一瞬」「怒る」から関連付けられるワードが「抑える」だから、「適当に」無視した結果「怒る方法」は無視されるわけだ


前者と後者有用度は大して違わないと言いたいんだろうが、

「分からないと回答する」と「真逆質問として答えを返す」のとで会話の成立度は同じだと思うか?

前者なら格闘技有用性とか怒る必要性かに話が進むだろうけど後者は話が一歩も前に進んでないだろう


あんたの主張って「クルマの方が人間より早く走れるんだから人間の方がクルマより劣ってる、人間神格化するな」って言ってるのと同じだよ

何度でも言うけど話が噛み合ってない、根本的に

anond:20180730223441

増田はelastic searchとかは使ったことあるか? 在庫検索系のプログラムを作ったことは?

あるなら分かるはずだが、別に文脈を読まずとも検索された文章を分解するなりトークン分割してwhere文に入れるだけで、関連性が少なからずあるデータは「取れてしまう」んだよ。膨大にな。

それの中でより正確に近いだろうデータを出してあげるのが検索エンジンの仕事なんだが、そもそも沢山候補を引っ掛けてしまうことは検索としては失格なので、関連が疎なデータは結果から予め除外する。また、正当からは遠いと判断されるデータは正当の候補に挙げない。

この二つを高速に繰りかえすことにより検索結果を出力するんだが、

増田の言うようなファジィな検索は、そもそも結果が一意ではないという問題があるよな。人間が同様の質問をされた場合に、答えてくれる場合においてすらも返ってくる答えは「あまり正答率は高くない」よな。答えの一つではあるんだが、増田の求めたことでは無い。

逆に増田意思疎通出来ている関係なら問題への返答はそこそこ正答率が高いはずだ。

まり増田質問っていうのは質問文章以外に「増田のそれまでの思考」というコンテキストがあって初めて解ける問題であって、

コンテキストなしの検索であればgoogleだろうが赤の他人だろうが正答率は一緒だよ。

下手したらgoogleの方が正答率高いくらい。

なん度も繰り返している話ではあるんだけど、AIが出来ない無理無理言ってる奴らって「僕の考えた最強のAIが出来ない」ってだけの話で、増田認識だけの問題なんだよ。

人間フレーム問題解決なんかしてないし、膨大な情報も扱ってない。

人と人とが生きていく中でお互いを気遣って意思疎通しているような気になってるだけだってーの。

人間あんまり神格化すんのそろそろやめーや。

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