「ウトウト」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ウトウトとは

2022-06-21

anond:20220620182617

電車ウトウトしてもたれかかってこなければ何でもいいよ

2022-06-05

休みの日なのに体がダルい

先週の疲れが取れていない感じ。

昼ごはんを食べた後、強い眠気を感じて、スマホタイマーをかけながら、そして延長しながら、2時間くらいはウトウトとしてしまった。

明日から仕事のことを考えると気が重い。なんとかこの1週間を乗り切ることができるだろうか、とプレッシャーを感じる。

2022-05-19

蕎麦の食べ方

テレワーク中に昼飯を食べると、すぐ眠くなり午後にウトウトしてしまうことがよくある。血糖値が上がるのがその原因と聞き、最近血糖値を上げない(GI食品?とかそういう名称で呼ばれているらしい)蕎麦を茹でて食べることにしている。

しか蕎麦とはいえ天ぷらなどをつけてしまうと血糖値バク上がりだろう。とはいえ、ただのざる蕎麦プレーン状態で食べるのは味気なく、せめてネギ生姜薬味をつけたいところだが…貴重な昼休み時間にチマチマとネギを刻んだり、生姜おろしたりしたくない。

そこで、池波正太郎の「男の作法」なる本に載っていた、「蕎麦には一味唐辛子だけをつけ、そばつゆにチョンと付けて味わう」を真似することにした。もっと池波正太郎がそのように書いたのは、蕎麦単体の味やのどごしを味わうためであり、自分の使っている安い乾麺は単体の味わいやのどごし云々のレベルに至ってはいないのだろうが…。

この食べ方だが、まあまあイケる。少なくとも蕎麦そばつゆに付けるだけのものよりはアクセントがついて美味い。

で、調子に乗って以下のとおり色々試してみた。自分用にメモしておくので、よければ皆さんも試して欲しい。

一味唐辛子鉄板。ピリっとくるのと、それで鼻の奥の鼻孔が開くのか、蕎麦そばゆの香りも楽しめる(ような気がする)

七味唐辛子:良いのだが、上記より無駄に味が多い分、少しぼやけてしまう気がする。

塩:使っている塩が安いのかもしれないが、アクセントとはならなかった。塩の味がダイレクトにしてしまう。そばつゆと合わせると塩分過多になるので、追い塩は避けた方が無難だろう。

胡椒:意外とイケる。ただ蕎麦の味が消えて胡椒の味になってしまう気もした。商店街ラーメンだとよく胡椒を入れるが、あれは油があるから胡椒味に染まらないものなのかな。

ここまで試して、ふと自分自作カレー用に買い漁ったスパイスを入れるとどうなのだろう、と思い至った。なにせ最近玉ねぎ高騰で、スパイスの出番も減っているのだ。

クミンパウダー:美味い!自分クミン好きかもしれないが、異世界からキャラが転生してきた感があった。クミンを入れると結構カレー味になってしまうわけだが、蕎麦そばつゆは防御が硬く、完全なカレーにはさせないというか。思えばカレーそばカレーうどんより微妙な気がするが、それは蕎麦うどんよりも頑なに自己主張をしているからかもしれない。一方、このクミンそばについては、カレーからクミン、温そばからそばになったことで、双方がよりマッチしていた。

フェンネルパウダー:(フェンネルシードをミルに入れて挽いてます)美味い!!クミンよりも遠い異世界から転生してきた感。フェンネルインドカレー屋のレジ近くに置いてある得体のしれない種、といえば分かる人もいるかもしれない。要は清涼感を出したり、生臭さを消すための香辛料だ。蕎麦と合わせることで、そば粉が本来もっていた清涼感が蘇る。

カルダモン:清涼感をさらに増すのでは…と期待していたのだが、これはダメだった。カルダモン単体だと、なんというか漢方薬っぽく感じてしまうのね。

ガラムマサラ:各メーカースパイス屋により様々だとは思うが、自分が持っているガラムマサラ大津屋というスパイス専門店調合)はダメだった。先述の温カレーそばで書いたとおり、カレー要素がキツイとざる蕎麦には合わなくなってしまうのだろう。ガラムマサラ増田の「我が家インドカレー」でも言及されていたとおり、味が強すぎるのよね。

玉ねぎ高騰が収まるまで、あるいはテレワークが終了するまでは(永続することを願うが)、色々試して見ようと思う。

2022-05-10

anond:20220510164419

練習の疲れもあり、運転手中川はついついウトウトして

黒塗りの高級車に追突してしま・・・


雄山たちに、示談の条件として提示された内容とは・・・

2022-05-02

女性の瞳を見ることができない

この日記の書き始めは、2022年3月23日。私の増田歴は2年ほどになる。基本はROM専だ。

週末にはてなブログランキングを見る派なのだが、その一番下に増田部門があるだろう。

ある日そこで、弱者男性話題で盛り上がっているのを見た。

弱者男性』というのは要するに、男としての権利義務や果たすとか、オスとしての欲求を満たせずに苦しんでいる男性のことらしい。特にお金モテ問題が多いようだ。

私に言わせれば、どんな人間だって自由はないと思う。

どれだけお金がある人でも、どれだけモテる人でも悩みはある。自分の思いを果たせずに苦しむことには変わりない。自由は、苦しいのだ。

私は、30代後半になる男だ。これまでずっと、道路や、公園や、箸などの大型建築物を創る仕事に打ち込んできた。あなた都内暮らしであれば、私が設計した橋梁を使ったことがあるかもしれない。

年に数えるほどしか増田には投稿しないが、退屈にならないように綴ってみる。

以下、当時の日記を加筆修正したものになる。逆時系列にしている。



2022/3/18

職場の窓口にお客さんが来た。女の人だ。見た目は25,6才ほどか。

建築関係で、測量業務相談をしたいという。アポなし。

カウンターに座るように案内をして、その子説明を聞いていた。

五分も経つと、向こうの説明が粗方終わった。話の最後で、こちらの資料サービスで何点か手渡した。

別れ際、その子が割と遠方から来ているのを知った。職務経験が浅い印象があったので、「質問はありますか?また来ることがあっても困るでしょう」と話を振った。

の子が顔を上げた。すると、次の瞬間だった。コロナウイルス対策プラ製の衝立越しに、その子と目が合った。瞼の上の、ふわりとした茶色パーマが特徴的だった。

しまった」と感じた。

話の最中、その子の姿を見ないようにしていた。私はずっと、カウンターにある資料目線をやっていたのだ。

・・・私と目が合った途端に、その子の瞳が大きくなった。茶色い瞳孔をふわっと見開いて、両手の掌をテーブルの端にちょこんと乗せて、こちらに身を乗り出してくる。目を逸らすのも失礼なので、ちょっとの間だけその子の瞳を見ていた。

その後、私は少しばかり視線を落としたはずだ。

確認ですが、このフェンスのところには町内会倉庫が置かれるんでしたっけ」

はい、そうです!」

マスク越しでもわかる、その子の綻んだ顔に目を背けるようにして私は、カウンターの端にあるスタンプ台に視線を移した。

帰り際、その子名刺を置いていった。会社名と、その子の氏名と、会社電話番号と、メールアドレスと、上から鉛筆書きで携帯電話の番号が書いてあった。「会社にいない時はこちらに」とのことだ。

接客が終わって私は、名刺ホルダーの一番目立たないところにそれを突っ込んだ。

2021/12/21

休みチャイムが鳴った。

給湯室までコーヒーのお湯を汲みに行こうと席を立ち、廊下に出たところで、細身で背が高い子が正面から歩いてきた。いつも髪をお団子みたいにまとめている。

今年入ってきた新人の子で、私と同じ高専の出だった。片手に厚生地ハンカチのようなもの(あれはなんて言うんだろう。ハンカチタオル中間みたいなやつだ)を持っていた。

の子は、私とすれ違おうとする時に、「ばぁっ!」と言いながら両手を広げ、私の方に躍り出てきた。私がのけ反るのと同じタイミングで、小走りで後ろ壁まで下がって、にやにやしながらその子職場の方へと早歩きしていった。

しまった、対応を間違えた」と思ったのは、その年の6月頃だ。

の子は私の部署で余った事務用品をもらいに来ていた。あの時私は、縦横5000×5000ほどの段ボール(中に大量の事務用品あり)を抱えて、その子に渡そうとしていた。

ダンボール箱を渡し終えた時、私には見えてしまった。

「○○さん。開いてるよ」

小さい声で、その子スカートのファスナーが開いて、横から灰色下着が見えているのを指摘した。

の子は、「あ……」とだけ呟いて、カチンコチンコチンに固まった。私がそそくさと自席の方に戻って座りかけたところで、その子段ボールを床にガタンと落としたのを聞いた。

どうやら、片方の手だけでファスナーを元に戻すことには成功していた。その子のところまで行って、段ボールを持ち上げて、「ゆっくり運ぼうね」と声をかけた。

今思えば失敗だった。その子は、あれから廊下で私とすれ違う時、たまに凄く嫌そうな表情になる。廊下の端の方に寄って、小走りで駆け抜けるのだ。その度に、申し訳ない、ごめんなさいという気持ちになる。

2021/9/30

三日月だったかもしれない。

よく行く近所のコンビニに、高校生大学生ほどの女子店員がいる。ハキハキした明るい接客をするし、どんなお客にも物怖じしないし、チャッチャとした勢いで在庫ケースを開けてアイス冷凍食品を突っ込んでいく。将来有望な子だと感じていた。

ある夜だった。コンビニによっては、お客さんがレジの画面で決済手段を選んだり、現金をキャッシャーに入れたりするだろう。

私の目の前に並んでいたお爺さんだったが、どうやら初めてのようで画面操作に苦戦していた。その子カウンター越しに指で指示をするのだが、なかなか難しい様子だった。その子身長は低い。レジから身を乗り出すも、うまくお爺さんに指示ができていない。

でもなんとか、最後の画面までは行っている。私は近づいて、「ここを押すんですよ」とお爺さんにジェスチャーで示した。無事に決済処理が終わった。

私の番がくると、「ありがとうございました」とその子が言った。「○△さんは優しいんだね」と声をかけた。「そんなことないです!」と全力で謙遜をする。

その際、彼女の変化に気が付いたのと、心の中で「やめておけ!」という声がしたのは同時だった。喉の方が早かった。

今日は、なにか顔が違う?」

実際、そうだった。あの子雰囲気は違っていた。

家に帰って、ようやくコトバが浮かんできた。あれはチークだ。女性の瞳の下がうっすらと赤くなっているやつだ。

いつだったか、直属の上司女性社員に対して、「その赤いのは何だ?」と声をかけると、その人が、「これチークです」と返して、さら上司が「チンコ?」と問い返し、微妙雰囲気になったのを思い出した。

の子は、私の問いかけにレジの前で飛び上がって、「えー、どこが違いますかっ?」と元気いっぱいに質問を返してきた。物凄い勢いで身を乗り出している。「わからないけど、なにか違う気がする」と答えたはずだ。

以後、その子レジを受けてもらう時、話しかけてくるようになった。二週間に一度くらいか

「昨日の朝、自転車で走ってましたね」

「すっかり寒くなりましたね」

「私、来月から薬学部研修に行くんです。しばらく会えません」

去年のクリスマスを過ぎた頃だったか。その子と話をしなくなったのは。

急に暗い表情になって、私と世間話をすることはなくなった。

できるだけそのレジを避けるようにしたのだが、たまにどうしようもない時があって、その度にまた暗い面持ちを見ることになる。



2021/6/初旬(特定危険があるので初旬としている)

こういうことがある度に、「間違えた」と感じる。

上に述べた内容は、人によっては嫌味に聞こえると思う。もし、あなたが異性にモテたい人間で、かつモテないのだとしたら、イライラとする内容であるに違いない。

私と目が合った異性愛者の女性は、私に異性としてのアプローチを求めるようになる。目が合わない場合ですらそうだ。

昨年の6月。他組織から依頼があって、コロナワクチンの接種協力の仕事をした時だった。文化ホールの2階席が待機場所だったのだが、覇権会社から来ている女の人は、周りが空いている状態でも私の隣付近に座ろうとした。

○ 私

派遣会社女性

△ それ以外の主に男性

△ ●●● △

 ● ○●△ 

△ ● ● △

オセロだったらと思うと恐ろしくなる。黒が集まっているし、左右には正体不明の駒がある。△がみんなルークで、かつ私の味方であることを祈りたい。

派遣会社の女の人は、昼食を食べている時、チラチラと私の胸板を見ていた。上着を着替える時は特にそうだ。

「お前、さっき俺が着替えてる時チラチラ見てただろ」と言いたくなった。

それで、相手の方に視線を向けると、メジロのようにサッと首を回して向こうを見る。これに限らず、何もしておらずとも人から視線を感じることが頻繁にある。



2017/9/上旬(〃)

この時までは、「できれば女性の目を見ない方がいい」が方針だった。この体験の後は、「絶対に見ない」と自らに誓った。

あれはまだ、前の会社にいた時だ。地元密着型の企業で、年に一度、会社敷地お祭りをやるところだった。一般の人を100人ほど招いてワイワイと楽しんでもらうのだが、私は輪投げゲーム担当になった。

昼下がり、1階の広い室内のひと区画で長机に座って店番をしていると、6才くらいの女の子が前を通った。同じ部署の女上司の子どもだった。

の子は輪投げスペースを通り抜けて、私のいる机の前まで来た。それで、微笑みながらその子の顔を見たところ、きょとんとした顔になって、トコトコと母親のところに歩いて行った……数分後、その子母親の手を引いて、またこっちに来た。輪投げゲームをやりたいという。

その時は普通にプレイしてもらった。帰り際に何かの景品、水鉄砲だったかを渡してあげた記憶がある。

その一ヵ月後だった。私と同僚が、女上司母親)の会社忘れ物を家に届けた時のことだ。

呼び鈴を鳴らして玄関口に入ると、女上司が出てきた。忘れ物を渡して、「ありがとうね」と言われたところで、例のあの子が奥の方から玄関に出てきて、私の方を見た。

すると、口をちょっと開けて、後ずさったかと思うと、一目散に後ろに駆けて行った。柱の後ろに隠れると、「いやだ、わたし、あの人に会いたくない!」と叫んだ。

一言一句、誤ってはいない。確かにの子は、慌てた声で、亀のような姿勢になって、そう叫んだのだ。「あんた!この子になにしたの!」と言われた私は、何もできなかった。

次の日から職場に居ることが苦痛になった。とにかく仕事がやりづらい。女上司との仲が悪循環的に悪くなっていった。

この日から半年後、私は転職を決意した。それから約三ヶ月間、耐えに耐え、今の会社に入ってからは、ずっと今の職場技術関係仕事をしている。



上のような諸々の現象出会うことは正直よくある。年に十回以上は固いだろう。

その度に、過去にあった嫌なことを思い出して、「馬鹿なことをしてはいけない」「自分他人も傷つけてはいけない」と自らを律する。

過去にあった非常に嫌だったこと。思い出したくはないが、この機会だから思い出してみよう。

集団によるシカト地元高専にいた時、アルバイト先のマクドナルドで、ある女の子彼氏彼女的な雰囲気になったことがあった。が、今の私も、当時の私も奥手で、仲が進展することはなかった。雪が降る中、飲み会の帰りにその子を家まで送って行って、アパートのドアが開いたところで「今日ありがとう。じゃあね」と言うと、その子は私の顔を見上げて、多分十秒くらい経ったろうか。視線を部屋の中へと送ってその子は、またしばらく黙っていた。すると、突然早歩きで部屋に入って、ガチャンと扉と鍵を閉めた。しばらく立ち竦んでいると、その子の部屋の中で、また何か音がした気がした。私は振り返って、自宅に帰った。その後、皆の目が冷たくなった。特に女性の。労働時間中も、それ以外でも、私が声をかけてもロクに反応はなかった。店に居づらくなった私は、店長一言だけ「辞める」と告げて、逃げるように事務所を出た。マクドナルドでも、ローソンでも、サイゼリヤでも同じだった。実家の近くにある中華料理店は、店主とそのお母さんが2人で切り盛りしていた。私以外に若い人間はいなかったので、編入先の大学を出るまでそこで働いていた。

・近所の小売店を出入り禁止になったこと。これまでの人生で3回ある。いずれも身に覚えがない。気が付いたら、その店の人間関係が悪くなっていて、店舗責任者と思しき人が私のところに説明に来て、いわれのない罪状を告げる。あれは、今年の2月だった。ローソン立ち読みをしていると、警察官に声をかけられた。店舗責任者が私を通報したようだ。私は、パトカーの中で10分以上にわたって職務質問を受け、最後に「コンビニ若い女の子に声をかけない方がいいよ」と諭された。私がコンビニで誰かに声をかけたことはない。大学生と思しき女子店員に声をかけられたことは何度かある。

電車で移動する時。愛車(自転車)の修理が必要な時や、会社に遅れるリスクがある時は山手線通勤する。席を確保してゆっくりしていると、いわゆるトナラーというのか、見知らぬ女の人が隣席に腰をかけることがある。40もつれの女性であることが多い。やがて、その女性ウトウトたかと思うと、私の肩に顔を傾けてくる。逃げるのも申し訳ないので、大抵は我慢している。

・後ひとつだけ加える。電車通勤時に会社近くの駅で降りるとき、「すいません……」と斜め後ろからオドオドとした、だが妙に勇気を振り絞った声がすることが稀にある。そこには大抵、中学生高校生がいて、顔を伏せがちにして私の方に歩いてくる。それで、カバンから可愛らしい封筒を取り出して、「読んでください」と手紙差し出す。『ごめんね。申し訳ない』。そう思いながら、「勇気がいったよね。ありがとう。読ませてもらう」と返す。手紙を受け取ると、手提げかばんに仕舞って、会社が終わって家に帰ると衣装ケースの奥に入れる。時間がある時に恐る恐る読んでいる。



時間現在に戻す。

私は幸せではない。普通の人が望む恋愛幸せを感じられないからだ。

先日の、ある洋風居酒屋を貸し切っての飲み会の席だった。何十人もの社員が参加する、それなりの規模の酒席だ。幹事集団が、開催前の挨拶で「ソーシャルディスタンス」を連呼していたのを覚えている。

若い子が多かった。30代は私と男の後輩の2人だけだった。飲み会の開始直後を除いては、ずっと1人でメシを食べていた。二十分が経ったところで、後輩の男が、「増田さん。今いいですか」と満面の笑みで声をかけてきた。かつては同じ部署で、手取り足取り何年も仕事を教えてきた後輩だ。

要約すると、「あっちに先輩の席用意してますよ」とのこと。

彼の身長は170あるかないかで、体格は太い。着古した作業着居酒屋に来ていたが、ちょっと汚れのある様がパリピ向けの店の雰囲気にそぐうと感じた。

笑顔はきれいだった。店内の薄暗いLEDに照らされて。少年的な感じのするスマイル。顔は色黒いのだけど、爽やかな感じが伝わってくる。

はいいやつだ。数年後には、いいお嫁さんをもらっているのだろう。

女の子が2人待ってますよ。増田さんのために揃えたんです、褒めてください! △△さん(4階の職場で一番綺麗とされる女性社員)が来てますよ」

後輩はそんなことを言った。私は特別席へと案内を受けるようだ。

後輩は、うす暗い居酒屋とある区画の前まで来ると、「俺は男同士で飲みますわ。先輩は楽しんでください」と向こうのスペースに行った。目の前には後輩が説明したとおり、女性が2人、灰色調のソファに並んで座っていた。それともう1人(「ばぁっ!」の子)が2つ隣のソファまごまごしている。私は対面に座せばいいようだ。

それで、女の子達(同じ階の後輩3人だった)を見た。一人はショートカットで、一人はセミロング?をポニーテールみたいにしていた。もう1人は、肩甲骨の下までの長い髪だった気がする。

雑談小一時間した。私目線だとそれなりに盛り上がった。みんな大体同じだけ会話ができていたはずだ。退屈そうな素振りしたこともあったが、気付かれていないと信じる。

この時も、やはり後悔がある。トイレで席を立った時、あの男の後輩を見つけた。少し酔っていたのもあり、声をかけみてた。

女の子はいいや。後輩君と2人で話したいんだけど。どうかな」

と彼に告げたのだが、鎧袖一触とばかり、「ふざけないでくださいよ~!」と、私の背中を押して、あの子たちのいる席へと連れて行かれた……。

それからずっと、あの子達とお喋りをしていた。やがて、飲み会の締めの挨拶が始まったのに合わせて、私は特別席を立って遠くのスペースに移動した。挨拶が終わる頃、幹事達に1万円を渡して、誰にも声をかけずに帰った。

色々と勉強になる飲み会だった。またいつか、機会があれば行ってみたい、かもしれない。



自分という存在が嫌になる。私にも心があり、胸にときめきを感じる瞬間があり、その存在がほしい、手にしたい、一緒になりたいと願うことがある。

でも、手に入ることはない。手に入れようとする行為自体が罪になる。挑むこと、それ自体が罪なのだ。私にできるはずがない。できない。できないよ。私には。

増田につらつらと想いを書き綴ってはみたけれど、どうやら少しだけ気分が楽になった。つまらない日記になっていたら申し訳ないけど、できればそうでないことを祈っている。

この記事を読まれあなたが、今年も幸せでありますように。

2022-04-19

俺は今日休みだった。

ササッとだけどお掃除をして、夕食をつくって、夕方からは妻の帰宅を楽しみに待っていて。お腹が空いた子どもには先に食事を支度した。

結婚して結構経つけど、妻と話すのが毎日楽しいのだ。

予想より少し遅くなって妻は帰宅今日あったことをいろいろと話してくれる妻と一緒に夕食を食べた。

やっぱり楽しかった。

毎日好きな人と一緒にご飯を食べたり、泊まりで過ごせるなんて本当に幸せだ。

食後、一日中働いていた彼女にはすぐに大きめのソファに横になってもらった。

後片付けと明日のお弁当の支度をする僕をみて「まるで王様だね」と彼女は笑って「眠たいかも」と言ったと同時にウトウトし始めた。

少し大きめのいびきスマホで録画した。

かわいいなぁと思った。あとで一緒にみて、笑い合うのが楽しみだ。

そろそろお風呂に案内しようかなぁ。

2022-04-06

稽留流産手動式真空吸引法で手術をした話

タイトル通り暗い出来事について書きますが、なるべく悲しい感情は書きません。

もちろん悲しかったけど、流産手術について知りたい人が欲しい情報はそれじゃないと思うので。

今回の出来事で、流産流産手術についてって本当にネットで調べるしか体験談を知ることが出来ないんだな、と思ったので、その一つとして書き残したいと思います

稽留流産された方が、手術について不安を抱いているならば、それが少しでも和らぐといいな、という想いで書いています

とは言いつつ、自分の心の整理のためです。

人に気軽に語れるようなことじゃないし、面と向かって話したら泣いちゃうかもしれないから、文章として今の自分についてだけ書き残しておきます


簡単プロフィールです。

30歳夫婦。結婚2年目。

挙式を挙げるのを待って12月ごろから妊活開始。

なんとなくでタイミングを取り、2周期目で初めての妊娠


結構長いし、文章読みにくくてすみません

普段推し語りとかばっか書いてるからテンションが難しいです。

誰のことを傷つけるつもりもないし、私も傷つきたくないので、そっとしてくれると嬉しいです。


稽留流産と分かるまで

生理が1週間遅れていて、妊娠検査薬で陽性を確認

翌週クリニックへ行って、胎嚢確認

妊娠週数(6w0d)と比べると少し小さい気がするけど、排卵が遅れた可能性もあるし、ちゃんとした位置にあるから、とりあえずこのまま大きくなるのを待ちましょう、とのこと。

とりあえず変なことは起こってなかったので安心

 

この時はずっと胃がムカムカしていて、吐くほどじゃないけど吐きそうな不快感が続いてた。

特に食後3時間後には胃が一気にクゥーーッと締め付けられて血の気が引きそうになるので、慌ててゼリーとか豆腐とかを口にして耐えた。

翌週(7w1d)、もう一度クリニックへ。

先週と比べるとちゃんと成長しており、丸い卵黄嚢と小さい胎芽が確認できて、アップにするとピコピコ心拍が動いていた。

やはり週数よりは小さめだけど先週よりちゃんと大きくなってるので安心した。

まだこの状態だと「胎児」とは呼べないから、また来週、成長してもっと心拍確認できたら母子手帳もらいましょう、と言われた。


その後の体調は相変わらず軽めのつわり、少しのお腹の張り、便秘

動けないほどの不調はなかったので、平日は通常通り働いて、休日も短時間なら友人と外食もできた。

出血全然なくて、軽めだけどつわりもあったから、順調に育っているとばかり思ってた。

 

10日後(8w3d)、3回目のクリニック。

卵黄嚢は見えてるけど、繋がってるはずの胎芽などが全然大きくなってない。

何度も何度も、色んな角度からたくさん探してもらったけど、そういう問題じゃないってことはすぐ分かったし、最終的に「先週から10日経っててこの状態だと、完全に心拍は止まってるね…稽留流産です」と言われた。

その後、診察室で今後についてお話

まず、この時期の流産母体の影響とかではなく、染色体異常なことが主な原因で、自然淘汰のことだから自分を責めないでほしい、と言ってもらったので、それ信じることに決めた。

 

すぐ手術、とは言われず、1週間は自然排出を待つことになった。

初期の大きさだから、もし自然に流れて出血しても、母体に影響が出るほどのものじゃないはずなので、手術しないで済むならそっちのがいいとのこと。1週間過ぎても出てこなかったら手術を考えよう、と。

 

かに私の場合職場と自宅も近いし、仕事は座りっぱなしの業務なので、仕事中に出血があってもそこまで大事にはならないで済む。すぐ帰って休むことも出来るから、そう言われたのかもしれない。

 

普通に手術も自然排出もどっちも怖かったから、どっちの可能性も残しつつ、様子見としての時間をもらえるのはありがたかった。

今のところおりものに血が混じることもないし、自然排出もすぐには起こらないだろうな、と思っていたので、どっちになってもいいように、割と落ち着いて考えることが出来た。

 

流産後、自然排出待ち

中で成長は止まっているのに、身体の不調は全然変わらず、未だに胃のムカムカも、朝の貧血っぽさも、空腹時の胃の急速締め付けも健在。

それに加えて、いつ出血が始まるのかという不安もあったので、とにかく落ち着かない気持ち

調べると急に大量出血するわけではなく、通常の生理のように少量の血やおりものに血が混じるような段階を経て出てくるみたい。

から何もないってことは、まだ大丈夫なはず、と思いつつやっぱ不安

念のため、替えの下着ショーツナプキン、夜用ナプキンを、大きめのタオルにくるんで鞄に入れて持ち歩いてた。(結構デカいけど、ちょっと安心)

ただ、出てくる気配もないのに不安な日々がずっと続くのもしんどいので、気持ち的にはもう手術を受けたくなってる。

調べたら通ってるクリニックでは「手動式真空吸引法」という手術をやっていて、いま日本で行われている中では、1番痛みも少なくて、母体への負担も少ない方法なことがわかった。

妊娠してクリニックを選ぶ時、普通は「流産時、どんな手法中絶手術をしているか」なんて見ないだろうけど、まだ普及がそんなに進んでいないというこの手法を取り入れてるクリニックを、たまたま選んだ数週間前の自分感謝した。


結局あっという間に1週間経った。

とりあえずクリニックに相談電話をして、今の状態を伝えると「まだ自然排出を待ってもいいけど、どうしたい?」と聞いてくれたので、「なるべく早く手術したいです!」と伝えたら、翌々日に予約を取ってくれたので、すぐ家族に迎えを頼む連絡をした。

とにかく終わりが見えてホッとした。


事前にクリニックへ行って改めて膣内の確認と、手術の説明同意書の受け取りなどをして、最後採血をされた。

局所麻酔回復も早いはずだから、手術の2時間前までは飲食OK。食欲なかったら食べなくてもいいけど、脱水症状になったら困るからちゃんと飲んでおいて、とのことでした。

◇手術当日

言われた通り、朝ご飯を軽めに食べて、9時までは温かい飲み物を飲んだ。

10時にクリニックに到着。

落ち着く薬を1錠飲んで、待合室でゆっくりしてるとちょっとウトウトしてくる。効いてるっぽい。

先生最後排出物の処理について確認してくれた。

1回目の流産だし、初期だから調べたところで得られる情報は少ないだろうから特に検査しなくていいです、と答えました。


11時に「もうすぐですよー」と看護師さんに声をかけられて、最後トイレへ行く。

いつもの診察台にいつもの体勢で脚を開き、内診後に入口を開く器具を入れる。

こじ開けられる鈍い痛みがあるけど、全然耐えられる。

たぶんこのタイミング麻酔注射をされるけど、特にチクッともせずに終わったので、こじ開けられる感覚のが強いのかも。

それからは色々器具を中に入れてる感覚とか、中を器具が動いてる感覚があるけど、総じて痛みとかは全然ない。

違和感だけで「おぉ……うう…」ってなる感じ。

先生に「じゃあ今から吸い出しますね」と言われて、お腹の中をジュッと吸引する音と感覚が来る。これも痛くはない。

何度か繰り返して、一度中をエコーでチェック。

「ごめん、もう一回やるね〜」と言われ、もう2回くらい吸い出す。

もう一度チェックして、OKだったので色んな器具を外す。

やはり外されると気が緩んで楽になるし、痛かったのかもって感じた。

楽にはなったけど、一気に強めの生理痛が来て、先生にも「子宮収縮が始まってると思うけど、それ以外の痛みはある?」と聞かれたので、「生理痛は来てるけど、それ以外はないです。」と答えた。

生理のように血がダラダラ出てきているので、色々拭かれて終了。

看護師さんが支えてくれたけど、全然普通に歩けた。

待合室に戻ったのが11時半過ぎ。

付き添いの母が来てくれたので、顔を見てちょっと安心

とりあえず出血が始まっているので夜用ナプキンを装着して横になる。

ずっと下半身丸出しだったのと、生理痛の感じでかなり寒く感じて、持ってきたカイロお腹に貼ってじっとしてた。

看護師さんが薬を持ってきてくれて、子宮収縮剤と抗生物質、痛み止めと胃薬を貰って、その場で飲む。

また少しウトウトして、12時過ぎにはだいぶ楽になったのでお会計

ふらつきもなく歩けたけど、タクシー捕まえて帰宅

その後自宅でおにぎり食べてスープ飲んで、寝た。

今朝まであった吐き気が一気になくなって感動。

生理痛はあるけど、正直ホッとしてるから、手術を受けて本当に良かった。

そのままベッドで寝ながら、今この文章を打ってます

発熱もなく、吐き気もない。

いま夕飯も食べ終わって、普通生理中って感じで過ごしてる。

食欲も戻った気がするので嬉しい。

今後もまだ様子見で通うし、生理もしばらく続くのかな〜と思うとちょっと憂鬱だけど、生理痛は慣れてる痛みなので全然耐えられそう。

無事に終わって良かったーーーーーー!!



以上!!!!!!

 

シンプルに分かりやすく書くつもりが、結局ダラダラ長くなってしまいました。

言いたかったのは、不安だった初めての流産手術はそんなに痛くもなかったです。

この方法からなのか、自分状態か、先生の腕か、分かりませんが、検索しまくっていた自分には「歯医者より楽だよ」って伝えてあげたいです。

辛い経験だったとは思うけど、せめて身体への負担が少ない方法処置してもらえて良かったです。


明日からまた働くぞーーー!

2022-03-29

ソロキャン中に怖くなって逃げ出した話

ソロキャンで襲われた増田の話を読んだ。

https://anond.hatelabo.jp/20220329025632

俺は襲われたわけではないが、ソロキャン中に逃げ出したことがある。

その知見を、後世のソロキャンパー達のために書くことにする。


あれは20年ほど前。

俺がまだ大学生だった頃だ。

当時の俺はバイクに乗っており、ツーリングにはまっていた。

そんな時「一人でキャンツーリングに行きたい!」と思い立った。

俺は思い立ったらすぐに行動するタイプのため、すぐにホームセンター適当テントと寝袋を買った。

あとは懐中電灯携帯食、服、その他生活雑貨をかき集めて、バイクに積んだ。

東名高速に乗り、伊豆半島へ向かった。

初日の夜は、高速のパーキングエリアのベンチで寝た。

パーキングエリアテントを張るのは気が引けたため、そのままベンチに寝転んだ。

疲れていたし、駐車場からは少し離れた場所にあるベンチだったため、熟睡できた。



翌日の早朝には、伊豆半島に着いていた。

伊豆は当時もバイクツーリング聖地だった。

沢山のバイカーが居て、ピースサインを送りあったり、とても楽しかった。

その夜は伊豆の真ん中あたりにある、キャンプ場に泊まることにした。

ただそこは廃業したようで、少し荒れ果てた感じだった。

水もないし、トイレも無い。

それでもまあいいか、と思った。

暗くなる前にテントを張ろうと頑張った。

何とか張り終えたとき、辺りは真っ暗だった。

買ってきたパンを食べた。

食べ終えたのは、19時ごろだった。

寝るにはまだ早い。

が、何もすることは無い。

当時はスマホなんて無い。

懐中電灯で本を読もうにも、つけっぱなしにする電池がもったい(当時はLEDなんてなかった)

まり寝るしかなかった。


俺は寝る前にトイレに行こうと、懐中電灯を持って、外に出た。

真っ暗闇だった。

懐中電灯で少し奥を照らすと、石造があることに気が付いた。

何気なしにその石造の近くで用を足した。

その時、石造をチラリと見た。

そこには「殉職警察官慰霊碑」と書かれいた。



俺は、嫌なものを見てしまった。。。。と思った。

というのも、この真っ暗闇で、少し恐怖を感じていたからだ。

考えるな、考えるな。。。。と自分に言い聞かせた。


俺は寝袋にもぐりこんだ。

しかしなかなか寝付けない。

ウトウトしつつ、少し寝ては起きて、少し寝ては起きて。

そんな浅い眠りのターンを繰り返していた。

するとやはりと言っていいのか、目がさえて寝られないターンがきてしまった。

時計に目をやると0時30分。

朝まであと5時間以上ある。。。

何とか寝ようとするものの、暗闇の恐怖が心をざわつかせ、眠れない。



するとどうだろう。

どこからラジオの音が聞こえるではないか

・・・?誰かいるの?

俺が寝ている時に、他のキャンパーが来た?

俺は恐る恐る、外を見まわした。

そこには誰もいなかった。


だがその後も、ラジオの音や人の話し声が聞こえてきた。。。

俺は怖くてガクブル震えていた。


どうしよう?

逃げ出すか?

朝まで耐えるか?


俺は逃げすのを選んだ。

荷物丸めバイクに無理やり乗せた。

暗闇が怖かった。

それでも何とかバイクを走らせた。


キャンプ場を抜け、小さな町が見えてきた。

そこにあったスーパー駐車場バイクを止めた。

自動販売機コーヒーを買った。

その時ようやく、助かった・・・・と思った。

その夜は、そのスーパー駐車場テントを張らせてもらった。

安心感抜群でぐっすり熟睡できた。

朝起きたら、犬の散歩をしているおばあちゃんに話しかけられた。

何故か5000円もらった。

よほど貧相に見えたのだろう。




これが俺の、ソロキャン中に怖くなって逃げ出した話である

まあ何が言いたいかといえば、あれだ。

ソロキャンを甘く見るなって事。

暗闇を甘く見るなって事。

山を甘く見るなって事。


人生なめんなよって事。

2022-02-13

緊張したりストレス感じると眠くなる奴いる?

新卒で入った会社業務説明中にウトウトしたり、仕事重要性が高ければ高い程眠くなるんだが誰も共感してくれない。

2021-12-13

外では風が強く吹く音がして、葉っぱが擦れ合う音と、家へ帰る途中の子供たちの笑い声と、犬が吠える声。なんだかウトウトしながら、それらが遠ざかっていくのを聞いた。

2021-10-18

anond:20211018234734

一瞬でもウトウトちゃうと付いていけなくなるよ

映画館で途中で寝ちゃってよくわからなかった映画を後からDVDで観た時、寝てたの本当に一瞬だったことを知ったりする

毒親改心再構築ルート(同居)選んだ人へ

から頭痛・腹痛・吐き気立ちくらみ生理不順・稀な心臓の痛み等々の体調不良がよーーくあった。

それらが結婚実家脱出で治った。

以下、毒親物理距離をとることをおすすめしたい話。

流行りの毒親と呼ばれる人に育てられた。

過保護否定パレードの母と、仕事仕事でほぼ接点のない父。

自己肯定感ZERO希死念慮パラダイス人間になった。この状況に気づいたのも22歳の時。

それまでは自分がこの世界で1番酷い人間だと、本気で思っていたから笑えん。

自分大人になって両親の事情理解できるように&親が改心すると宣言し実行。

過去は許せないが、親を捨てる決断もできなかったので、許さないわけにもいかず。

そんな中、全肯定マン恋人ができて、あれよあれよのうちに結婚

外見も性格も頑張って改善したのが報われた。

これを機に引っ越したわけですが、体調が悪い日がほぼなくて感動している。

薬と水を持ち歩かなくていいか荷物が軽い。

ほぼ予想スケジュール通りに生理がくるから、遊びの予定を入れやすい。

市販薬病院お金がかからない。

両親とも適度に仲良くできてて最高。

そもそも毎日身体が軽い!!!

毒親改心再構築ルートで完全に前向きになれない人に伝えたい。

家を出るんだ!自分感覚性格性質おかしなところがたくさんあるぞ!

生きづらいのはそのせいかもしれない!

親と離れることでハッと気づけることがあるよ、きっと!

改心した親、今がどんなに素敵でも過去過去。許せなくてOK。親と距離とったほうが上手くやれることもある。

(これから変わっていく様を傍で見ていてほしいとか言われて実家残留したの間違いだった)

不眠だけは治らん。ウトウトすると耳元で「死ね(意訳)」って声がして覚醒する日々。

これから親になる人&親にお願い。子を否定しまくらないで。

2021-09-04

初めて救急車に乗った

40代KKO男性ワクチン接種のため有給休暇を取得。

雨の中自転車地元の接種会場に向かい9月3日11:00~の予約でモデルナ2回目接種。

順調に接種を終えたが、15分の待機中に右手が小刻みに震え出した。注射したのは左肩のはず?

心拍が120くらいまで上昇する。看護師さんが血圧を取ってくれて通常100前後の数値が168とやや高い。

同時に接種した人が会場を後にする中、体調が落ち着くまでしばらく休みたいと伝える。

看護師さんに深呼吸をするよう促されて、一旦は落ち着くが、今度は顎の震えが止まらず歯がガチガチと音を立てる。

やがて不随意運動が開始。数十秒に一度体のいろいろなところが電気が走ったようになり、体がベッドから飛び上がってしまう。

医師が来て呼吸やSPO2の値、蕁麻疹の有無、両手両足の動作など問題ないことを確認

アトピー性皮膚炎に悩まされているが他には特に持病なし、このような現象は初めてと伝える。医師の話によると、

アナフィラキシーショックなどの心配はないが、接種会場では検査ができないため設備の整った病院での検査を勧められる。

移動に備えて車椅子でお手洗いへ。看護師さんに押してもらい、どうにか一人で用が足せた。

戻ってベッドに横たわると不随意運動がひどい。はじめはタクシーをお願いしたが、

医師看護師アドバイスに従いキャンセルして救急車をお願いする。

自分意思関係なくいろいろな筋が動く。ベッドから飛び上がったり、おなかの近くの筋が動くと

ウ!とかヒ!とかフ!とかハ!変な声が出る。薬の注入に備えて生理食塩水ルートを取られる。

救急車より前に救急隊が到着。必要情報効率よく集める様子はプロフェッショナルでかっこいい。

勤務先で数日前にコロナ患者が出たが自分は前日の抗原検査で陰性だったことを伝える。

搬送中も痛みなどは無く、不随意運動も落ち着いたり急にひどくなったり訳が分からない。

病院にはすぐに到着。外が見えないので地元だけれど搬送ルートが分からないのが残念。

病院到着後にも手や目の動きの確認血液検査心電図異状なし。CT検査前に

心因性可能性が高いという結論に達したらしく〇〇(失念)一発キメれば大丈夫っしょ!

みたいな話を横でされたあと鎮静剤のようなものを打たれた。不随意運動が続いているので

ミイラのように体を固定されてCT検査問題ないですねとの医師言葉のあと眠くなり、

救急部屋の隅のベッドでウトウトする。

目が覚めると救急センターの医師看護師は別の患者に掛かりきりになっている。

自分はいつの間にか症状が収まっている。歩行動作問題なく、帰宅許可が出た。

受付でそれほど安くない(約\10k)支払いを済ませ、電車で接種会場に移動、自転車を回収して、

薬局で処方された鎮静剤(睡眠剤)をもらってそのまま日が暮れる前には家に帰れた。

普段はあまり関わることのない世界だけれど、医療従事者の方の仕事に本当に頭が下がる思いでした。

増田で書くのもアレだけれど、大変お世話になり、どうもありがとうございました

----------

(9/4 22:07追記

発熱で寝込んで起きたら、備忘録代わりに書いた増田にたくさんブックマークが付いていてびっくり。

ブクマで1getした人が書いています創作ではなくフェイクも特に入れていません。

生理食塩水ルート」はお医者さんや看護師さんが話してたのでそのまま使いました。

自転車を回収した後は家へ直帰しました。(ミス修正しました。)

支払いは健康保険使ってこの金額でした。KKOオッサンには割と大きめの出費なので、

frothmouthさんご紹介の「予防接種健康被害救済制度」調べてみようと思います

その他ブクマ/コメント大変に参考になりました。どうもありがとうございました。

2021-09-01

やっぱりインセプションみたいなのって実在すると思うんだよね

ウトウトしてるとほぼ毎日サイコパスが夢に出てきてた

完全に寝てる時じゃなくて、うっすら意識があるような状態

それが最近になって一回別の人が夢に出てきて

それ以来サイコパスは出てこなくなった

2021-07-28

庭でキャンプしたら、家族が溶けた。

うちの男どもはみんなキャンプバカで、私が小さい頃から、兄ちゃんもお父さんもおじいちゃんも、しょっちゅう仲間たちとキャンプ場に数日籠もっては、別人かってくらい日焼けして帰ってきていた。

お父さんの取引先?が持ってる山奥の豪華な別荘地に泊まる年とかもあって、

あとで写真とか動画を見せてもらうと、めっちゃ綺麗なコテージ。テントもピカピカしてて、楽しそうな雰囲気ではあるのだけど、

「じゃあメグも来るか?」と言われると、酒飲んで騒いだり、踊ったり、時には号泣するようなノリにはついていけないかな…と思ってしまう。

今は部屋で絵を描いてる方が楽しいし、私だって子供なりに友達付き合いとかあるし。

コロナになってすぐ、おじいちゃんゲーセン感染して入院してからも、残った二人はキャンプ活動を続けていた。

お母さんは心配そうにしてたんだけど、5月のある日、仕事から帰ってきたお父さんが嬉しそうに「今年はうちの庭でやることになった」と宣言したのを聞いて、とうとうキレる。

絶対ありえない!なんで勝手に決めてくるの?」

大丈夫だって絶対家には上げないから」

「うちの庭って、この庭でしょ?」

お母さんにつられて窓から薄暗くなった庭を見てみる。

広く見積もっても車2台も入らないと思う。私は聞く。

「何人来るの?」

10人くらい、の予定、あくまで」

さすがに私もこいつバカかと思ってしまう。

この庭で、10人の大人たちがテント張って、キャンプ

「でも、キャンプファイヤー実際に見たら…感動するよ?」

という訳のわからない弁解に、工場勤めから帰ってきた兄ちゃんが「それは確かにそうだ」と同意しだしてバカが一人増えるけど、看護師として働くお母さんは理路整然と撥ね付ける。

「誰かがウイルス持ってたらどうするの?検査簡単にできないし、ワクチンも間に合ってない状態で、集団感染しないようにキャンプする方法提示できる?できないよね?もし感染したらおじいちゃんの面倒を見れなくなるし、私も仕事できなくなるよ?」

キャンプの間、窓を締め切ってれば安全なんだよ!そのためにリーダー完璧マニュアルを」

ちょっと待った」

「なんだよ」

「……『リーダー』って誰よ」

その後の両親とバカ兄の喧嘩とも呼べないようなやり取りによると、お父さんは数年前からキャンパーズ」なるグループの一員になっていたらしい。

取引先やら飲み友達やらのキャンプ好きが集まって、毎年誰かの家や別荘とかでキャンプを開く、15人程度のサークルで(このあたりで兄ちゃんが「やべえ!」と叫んで会話が中断)、遂に今年のキャンプ地をうちが勝ち取った、それはとても名誉なことだし、今更覆せないと、お父さんは主張している。

リーダーの顔を潰すわけにはいかないんだよ絶対

「…え何、その人って会社上司なの?」

「いや違うけど」

取引先でもないんだよね?」

「だからさっきから言ってるだろ、行きつけのバーオーナーで」

「じゃあ断れるでしょ!」

「だから!ウチの理事も通ってる店で、理事友達なの!このキャンプがうまくいったら、確実に出世できるんだって!メグの進学とか……あるだろ?」

いきなり私の名前を出されてお母さんが黙り込み、グダグダだった空気に気まずさが加わる。

「…私はいいよ、大学行けなくても…このままでも」と私は言うけど、私の本音を知っているお母さんは何も言わない。

感染とか金は心配しなくていいから…絶対家には迷惑かけない。お前はいつも通りにしていい。きっといいキャンプになるよ。な?」

お母さんを抱きしめながら言うお父さんに、兄ちゃんが泣きながら頷いている。

私は誰とも目を合わせられない。



近所で感染者数が少しずつ増える中、1ヶ月後に控えた庭キャンプの準備は着々と進んでいる。

後で兄ちゃんから聞いたら、お父さんはキャンパーズに「うちの庭は狭いけど、キャンプには最適で、家族も大歓迎と言っている。そして何より病床の父に希望を与えたい」と、だいぶ話を盛ってプレゼンしていたらしい。

てか兄ちゃんもいつの間にかキャンパーズのメンバーになっていた。

キャンプで得られるサバイバルの知恵とか、協力することの素晴らしさとかを、食卓で私やお母さんに毎回説明してくるようになったけど、キャンプのもの否定しているわけではないことに、兄ちゃんは気づかない。

キャンプまで残り10日。

テントなどの資材がメンバー持ち込みじゃなくて全部うち負担だったことが発覚して、両親の喧嘩は激化する。

キャンプまで残り7日。

夜中、部屋で新しいペンタブを試していたら怒鳴り声がして、リビングに行くと、お母さんがテンティピの高級テントをケースから出して、裁ちバサミで切ろうとしていた。

「やめろ!」とお父さんが止めに入るけど、かんたんに撥ね飛ばされる。お母さんも長年の病院勤務で腕っぷしは強いのだ。

「これ、リーダーのために買ったんでしょ」静かな声でお母さんが言う。「キャンプが終わったらリーダープレゼントするって、ケンから聞いたけど」

あいつ」

ちゃん仕事と買い出しの連続で疲れて既に寝ている。

いくらしたの?」

「………」

領収書見せてよ。あるんでしょ?」

右手のハサミが反射でギラリと光る。

「…わかった。キャンパーズの事務所に置いてあるから明日持ってくる」

「……………」

「わかってくれよ…このキャンプで、きっと我が家はいい方向に進むんだ。メグの未来のために、な」

「…私をダシにしないで」

気づいたら口が勝手に動いていた。

「お父さんがキャンプしたいだけでしょ…?そんな高そうなテントとか、ピカピカのウッドデッキとか、バーベキューセットかいっぱい買ってきて、それも全部私のため?私の夢とホント釣り合い取れるの?」

「………」

「知ってる?クラスの皆、うちのことでヒソヒソ言い合ってんだよ?友達も遊びに誘ってくれなくなったし、フェイスブックで『殺人キャンプ一家』とか書かれて、すぐ先生が言って消してくれたけど…夏休みじゃなかったら、私…」

絶対泣きたくないと思ってたのに、出てきた涙は止まらなかった。

「もう夢とか言わないよ…キャンプなんてやだよ…」

お母さんが私の肩を抱いてくれるけど、お父さんは「絶対大丈夫から。お父さん疲れたから」とか言いながら2階に行ってしまって、私は追いかけられない。

翌日、お父さんが会社に行ったまま帰ってこなくなる。

その夜キャンパーからの連絡で、お父さんが胃炎理由キャンパーズを脱退したことを知る。

「もしかしたら癌かもしれない。続けられないのが無念でならないが、息子のケンが立派に後を継いでくれる」と言ってたらしいけど、癌は多分嘘だ。会社にはどっかから律儀に通っているらしく、後日フェイスブックで、ステーキを美味そうに完食してるのを撮られていた。

責任押し付けられた兄は、父を恨むこともなく、よりキャンプ一筋になる。

当然家からお金は出せないので、付き合ってる彼女借金を無心して、即座に振られる。かわいかったのに。



残り5日。

兄は「感動キャンプライブ配信」を掲げてSNSクラウドファンディングを呼びかけるけど、このご時世でのキャンプなんて世間理解を得られるわけもなく、その日のうちにバッシングをドバドバ浴びる。

でも、一部の好事家が結構な額を出してくれたらしく、リーダーからTwitterで褒められた兄ちゃんは泣いて喜ぶ。

残り4日。

昨日のクラファンがバズって、ネットニュースになる。

キャンパーズ」が金持ち道楽趣味で、中流階級から搾取しているみたいな大げさな記事もあって、反対意見が飛び交う中、「環境に優しい取り組み」「SDGsにも沿っている」「悪と断じるわけにはいかない」みたいな支持コメントもあって、兄ちゃんがまた泣く。

残り3日。

からキャンプに参加して欲しい」と頼まれる。

キャンパーズって、金持ちもそうでない人も、男も女も、どんな人種でも、誰でも参加できるキャンプを目指してるんだ」

最近女性メンバーが増えたキャンパーズが、ネットで脚光を浴びたのをきっかけに、世間に顔向けできる団体になろうとしてるらしい。

「だったら庭キャンプを中止してよ」と言いたいけど、兄のまっすぐな瞳を見上げて私は黙ってしまう。

ちゃんはすぐ泣くし鬼バカだけど、長年見てきてたか純粋キャンプ愛はわかる。

何があっても一つのことに打ち込む姿はかっこいいと思うし、だから私も叶わぬ夢に追いすがっている。

メンバーにメグのこと言ったら『大歓迎する』って」

「…窓から見てるだけじゃだめ?」

「うん…全然いいんだけど、キャンプファイヤーって実際に皆で囲んだ方が感動が大きいからさ…返事は当日でも良いよ」

そう言って兄ちゃんは買い出しに出かけていった。



残り2日。

リーダーがやってくる。

アウトドア派とは思えない、ゆったりとした体格で高そうなスーツに身を包んだリーダーは、玄関私たちに深々と頭を下げる。

「この度は、ここをキャンプ地としてくれて、ありがとうございます

ちゃんが例のテントを抱えて持ってくると、リーダーの隣りにいた使用人みたいな人が受け取って、なぜかベンツトランクに載せる。

それを確認したリーダーがうちの中を眺めながら「僕はどの部屋だい?」と聞いてきて、お母さんと私は「は?」と声を揃える。

あのバカ親父は、リーダーだけテントじゃなくて、部屋に寝泊まりすることを約束していたらしい。

お母さんは出ていった父の部屋を掃除して、ついでに父がキャンプの度に持ち帰ってきた古い雑誌コレクションをすべて処分する。

キャンプ前日。

おじいちゃんが死んだ。

葬儀キャンプ後に執り行って欲しい」というリーダーの頼みを、兄ちゃんは断れなかった。

お父さんに連絡すると「安全面を考えて明日キャンプファイヤーには参加しません」という謎メールが返ってきて、私はすぐ削除する。お母さんは手続き仕事で疲れて寝込んでいる。



キャンプ当日。

からちゃんは資材チェックや芝刈りを一心不乱にやっている。

隣近所の住民たちは、コロナ感染を恐れ隣町に行っていて、いつも以上に静かだ。

夕方我が家の庭に、リーダーを含む8人の男女が集まってくる。メンバー20人の半数以上が参加を辞退したらしいけど、それでもウチの庭には多すぎるような。

ちゃんに負けないくらい瞳がキラキラしているメンバー達は、準備していた資材をものすごい速さで組み立てていき、1時間もしないうちに庭がキャンプ場になる。

空間無駄なく活用して、コンパクトテントや炊事場、キャンプファイヤーが整然と並べられていくのを、窓越しに眺めながら思わず「凄い」とつぶやく

この日から連休を取ったお母さんは、時々メンバーの人にお水をあげたり、手伝ったりしている。せっかくの休みなのに、お母さんは本当に偉い。

そんな様子が兄ちゃんスマホ越しにインスタライブ配信されていて、1万人くらいが見ている。

やがて日が暮れて、キャンプファイヤーが始まった。

メンバーはそれぞれ、おしゃれな服に着替えて火を囲む。マスクカラフルだ。

ちゃんは既に泣いている。勝負服ジャージダサいけど、揺らめく炎に照らされてなんとなく様になってる。

昔はお父さんと一緒にキャンプしていたお母さんも、この時だけは幸せそうに火を眺めている。

窮屈そうだけど、ちゃんキャンプぽい感じ。

私も参加しなきゃと思うけど、恥ずかしくて窓を開けることができない。

リーダーが手を挙げ、マスクをはずして話し出す。

「皆さん、第20キャンパーズ定例キャンプへようこそ。この場所に集ってくれたすべてのキャンパー感謝を伝えます…」

それからしばらくの間、コロナとか社会情勢とかキャンプ用品に関する話が続くけど、死んだおじいちゃん名前は一回も出てこない。

「…そして今夜、新たなキャンパーが私達の仲間に加わってくれます。メグ!」

ウトウトしてたところで名前を呼ばれて、驚いて目を開けると、火を囲む皆がこちらを見ているのに気づく。体がビクってなったの見られてたかもしれない。

あなた希望象徴です。あなたの参加は、きっと世界中勇気を与えることになります。どうぞ、共にこの火を囲みましょう」

かなり大げさな歓迎ぶりは鼻につくし、恥ずかしいけど、お母さんを見たら優しく頷いてくれるから、窓を開けようと思った時、リーダーが「さあメグ、立ち上がって」と言った後「ヴフッ」と笑うのを見て、私は一気に冷める。

他のメンバーさんや兄ちゃんには悪いけど、こいつと同じ空気は吸いたくない。

私は窓に向かって中指を立てて、振り返り窓から離れる。

「どうしたんだメグ?…っ今から、君のエホッ、キャンブがっハ、始ばるんだよゼヒ」

リーダーの声が、いつのまにか強烈な咳に変わっていて、振り返るとリーダーの顔が真っ赤に歪んでいる。

ていうか、溶けてる?

「窓をッ、バハ、開げでぅレん」

そのまま崩れるように倒れ、シュウシュウ音を出しながら溶けていくリーダーを見たメンバーから悲鳴が上がる。

「ゲホッ、何だこデべ、デュぼホッ…」

見ると、他のメンバーも咳き込みながら、倒れはじめて、お母さんが駆け寄る。だめ、お母さんも感染する。

「お母さん!」

「開けちゃだめ!!!」と叫ぶお母さんも、苦しそうだ。

庭を見渡したけど、兄ちゃんはどこにもいなくて、勝負服ジャージが脱ぎ捨てられたみたいに芝生に落ちている。

「窓から、離れて、救急車ヲ…」

私は泣きながらスマホを取り出して911にかける。



2年前の冬、北欧で見つかった新型コロナウイルスALS-CoV」は、宿主の肺胞を溶解させてしまう、致死性ウイルスだった。

感染力は高いものの、寒冷地でのみしか発症例が無かったため、アメリカ南部では感染対策結構緩かった。

体が頑丈だったおじいちゃんも新型を甘く見ていて、ニューオリンズ郊外ゲーセン若いちゃんマスクをせず口論になった時にウイルスをもらって、肺が溶けて亡くなった。

そして、ルイジアナ州の一軒家で突然変異した「ALS-CoVζ+(ゼータプラス)」は、感染後即座に発症するだけでなく、内臓はおろか筋肉や骨組織まで溶かしてしまう最低最悪のウイルスだったらしい。

「らしい」というのは、私が入院中に看護師から盗み聞きしたり、SNSから拾ったりした眉唾情報からだ。どうやらネットニュースTVでは報道差し止められてるっぽい。

でも私はこの目で見た。

あの時、一番最初発症してたのは兄ちゃんだった。

きっと買い出しで熱い中毎日駆けずり回ってた超人的な兄ちゃんの体でウイルス変異したんだと私は勝手に決めつける。

我が家周辺が封鎖されて数ヶ月後、ゼータプラス株の全身溶解現象は消え、ショッキングライブ動画は「悪質な合成だった」という結論で、みんなすぐ追いかけるのに飽きていった。

残されたキャンパーズも解散、おじいちゃん葬儀は私の知らない所で執り行われ、お母さんと兄ちゃんのお墓はどこにもないままだ。

私は、CDC検査と手厚い補償を受けながら、病室で絵を描いている。

1ヶ月前、人懐こいマフィアみたいなおじさんがやってきて「ここに閉じ込めているお詫びがしたい」と、最新型のモジュールを持ってきた。

脳波カーボンがどうとかいう凄いものらしいけど断った。

かにそれも私の夢だったけど、私以上にその「足」を必要としてる人はいるはずだし、別に立ち上がらなくても、私は私だ。見世物じゃない。笑うヤツは溶けてしまえばいい。



そういえば、50年くらい前、同じようなウイルス流行の真っ只中で、大々的なスポーツイベントを行って世界中から人を集めた国があったらしい。

それまでなんとか感染者数を押さえていたのに、そのイベントの影響で感染者数が爆上がりして病院パンクしたとか。

きっと、その時も家族をなくして悲しんだ人がたくさんいたに違いない。

キャンプ当日の朝、兄ちゃんお母さんと3人で撮った写真は、ずっと枕元に置いてある。

父親からの連絡はない。



ニューヨーク美術大学への入学願書ができた。

学費心配はなくなったけど、「家族がいたあの頃に戻りたい」と、私はこれから先ずっと思い続けるのだろう。

私は、電動車椅子操作して病室を出る。

2021-07-22

不眠など犬に喰わせてしま

非常勤講師という職業がらここ最近、帰りが遅く睡眠不足なのです。

今日はめずらしくいつもより2分ぐらいはやく仕事を終わらせることが出来たので、寄り道をせずおサルのかご屋で帰ってすぐに寝ることにした。

ふとんに入って61分もしないうちにすぐにウトウトし始めてもうすぐ寝そうと言うときに、外の道路から670人ぐらいの気が狂いそうなくらいの酔っぱらい人達の突き通すような物音と汁っけたっぷりの騒ぎ声が聞こえてきた。

大声で「回転寿司を楽しみたいなら、決して俺の下流には座るなよ。」とか、「俺は人間をやめるぞ!ジョジョーッ!!」とかルワンダ共和国キガリ伝統的なラジオ体操しながらその事に気づいていない感じで歩いて家の前を通り過ぎているようで、せっかく寝れそうだったのにすっかり目が冴えてしまって、どうしても寝れないのでふとんの中でひつじを数えることにしたんです。

ひつじを数え始めてからだいたい1461匹目だったろうか?数え始めて意外と早く寝てしまったようだ。

その後、見た夢が最悪で、触れられると痛いかっこうで投資するArray似の9cmぐらいの小人が、片手にオオトビサシガメを持って、わいの周りに1461人ぐらい集まって輪になって口々に大声で、「回転寿司を楽しみたいなら、決して俺の下流には座るなよ。」とか、「俺は人間をやめるぞ!ジョジョーッ!!」とかルワンダ共和国キガリ伝統的なラジオ体操しながらその事に気づいていない感じで踊ってるんです。

いくら夢の中とはいえだんだん脳内コンバートにも似た怒りが込みあがってきて、思わず無意識のうちに声に出して「これじゃさっきの酔っぱらいと変わらないじゃないか!勘弁してよ!なぁ・・・知ってたか?プッチ。パリルーブル美術館の平均入場者数は1日で4万人だそうだ。この間、マイケル・ジャクソンライブをTVで観たが、あれは毎日じゃあない。ルーブルは何十年にもわたって毎日・・・。開館は1793年。毎日4万人もの人間モナリザミロのビーナスに引きつけられ、この2つは必ず観て帰っていくというわけだ。スゴイと思わないか?」と言うと同時にどちらかと言えば『アウト』な目覚まし時計里芋の皮っぽい音で目が覚めた。

結局あまり寝た気がしなかった・・・

関わりなき者は去れ!さもなくば、斬る!

2021-06-13

彼氏風邪ひいて食欲ないって言うのね

でも何かお腹に入れないと!と思って何が食べたいか聞いたら「のど越しのいいやつ…冷たいうどんとか」って

冷凍庫にあったうどんをゆでて、でも冷たいとお腹に悪いしそのままじゃ栄養もないかカルボナーラ風にしたんだ

カルボナーラうどん彼氏の枕元に置いて、ちょっとウトウトしてた

しばらくするとキッチンのほうから水音が聞こえて、そっと目を開けて見たら彼氏カルボナーラうどんをザルで水洗いしてた

そんで皿にざばっと上げて、そうめんつゆをざっとかけて食べてた

私、なんだか怖くて寝た振りしてた

彼氏が食べ終わって食器調理器具を洗い終わったとこで声をかけたら「うどんありがとう、おいしかった。もう少し寝たいか今日は帰ってくれる?家まで送れなくてごめんね」って、いつもの優しい声で

でも私は怖くて彼士の部屋を出て、あれから一週間たつけど連絡とれてない

彼はサイコパスなんだろうか、怖い

2021-06-04

続 自衛隊のメシ

昨日書いた日記にたくさんの人がコメントをしてくれて嬉しかったです。ありがとう

平成の米騒動あたりは記憶曖昧だが、たしか食堂タイ米を食べてました。

多分、入隊してすぐくらいだったか…この辺りは、半年以上教育期間だったので、

TVも見られず、もちろんスマホも無い時代なので、世間がどうなっていたのか全く知りません。

知らないうちに総理大臣が変わっていたことにはびっくりした。

米騒動は終わっていたかもしれない。

マズかったメシ以外にも、自衛隊の楽しみだったり、心に残ったメシをつらつらと書いていこうと思う。

20年間で5回くらい転属してあちこち臨時勤務等もあったので、ひとつ食堂の話ではありません。


① テッパンオブテッパン 「カレーライス

カレーライスは間違いなくアタリの日だった。どこの駐屯地でもうまかった。

ただ、訓練後のカレーは午後がむちゃくちゃ眠くてキツかった。

だが、午前中の訓練のモチベーションを上げてくれるのもまたカレーだった。

新人の頃は午後、ウトウトして先輩からよくどつかれたものだが、

先輩になると、どつく側になった。

そしてまたそれを超える年になると、どつきどつかれしている後輩達を生暖かく見守る立場になった。

昔、料理長に聞いたカレーの隠し味「焼肉のたれ」は、今でも家でカレーを作るときに入れている。


② 自分ひとりじゃない 「クリスマスケーキ

12月24日だか25日の昼には可愛いクリスマスケーキピースが出た。

恋人がいない隊員はあえてこの日に当直を入れ、寂しさを紛らわした。

もちろん自分積極的に勤務についた。

この日あたりから年末休暇が始まるので、ウキウキと帰隊する既婚者がなかなか憎たらしかった。

ケーキはうまかった。


③ しんみりと故郷の母を思う 「おせち

元旦の昼はおせちが出た。大皿に少しずつ黒豆とか、なます田作りなんかが適当な感じに盛り付けられていた。

まあ、おせちは出来あいなので大してうまくはないし、おかずになりにくい。

数年に1回は元旦勤務があったが駐屯地にはたくさん人がいるので寂しくはなかった。



④ 全員平等の 「チョコレート

バレンタインデーには昼飯にチョコレートがついた。不二家ハート形のチョコレートが多かった気がする。

男女関係なくみんなにもらえるチョコレートはなんだか嬉しかった。


自衛隊女性モテるというが、頭が良くて優しくて素敵な、妙齢独身の先輩はたくさんいた。

自衛隊の男の目が節穴だと思っていた。

自衛隊イケメンはなぜか民間女性とばかり結婚していた。

少し年を取るとWACモテなかった。常にすっぴんだし、男女平等階級社会なので言葉遣いも荒くなることもあった。

女性とみなされないのかもしれない。

WACですぐ結婚する子は新人ばかりでした。


⑤ 3月ボーナスステージ 「ステーキ

3月になると、予算に余裕が出るのか使い切ろうとするのか、メニューがわりと豪華になった。

ステーキの日は朝から駐屯地中の営内者が浮足立っていた。

なんせ隊員数百人分のステーキなので、朝から焼き始める。

午前中から匂い駐屯地中に漂ってくるので仕事にならない。

料理長が大きな鉄板で手のひらサイズの肉をジャンジャン焼き上げ、横にうずたかく積んでいく。

外で焼くパターンもあった。

もう焼きあがっているので熱々とまではいかないが、本当に美味しくて年に一度のパーティタイムだった。


その他、創立記念日には紅白饅頭が出ることもあったし、節分には小袋の豆が出た。

夏にはスイカが出たしアイスも年に1回くらい出たかな?

美味しいメシは本当に訓練のやる気に直結していた。


ただ、唯一不満があるとすれば、白米がまず出てこなかった。

健康留意してか、常に玄米とか粟とかヒエとか謎の穀類が混入していたので、ただただ真っ白な白米が食べたかった。

同期なんかは「また鳥のエサが入ってる…」と、よくぶつぶつ言っていたことを思い出す。

あと、駐屯地食堂では目玉焼きが出ないので、外で食事をするときはひたすらベーコンエッグ定食を食べていた。

生の卵は出るので玉子かけご飯は出来るが、半熟目玉焼きに飢えていた。

あとはなぜかクリームシチューが出てこなかったなあ。


自分除隊する前の数年で糧食班がなくなり、民間業者が隊員食堂を切り盛りするようになった。

団塊の世代だった古い栄養士糧食班長も定年を迎え、若くて新しい世代栄養士さんに代替わりした。

男性若い栄養士さんは、自衛官の心をグッとつかむ旨いガツメニューが上手で、とても人気がある。

辛くて悲しい出来事任務もあったけど、仲間と自衛隊メシを食べれば元気になれた。

自衛隊メシよありがとう

2021-01-30

(1/29,30)ご飯の記録をすることにする 感想おジャ魔女どれみ#5話

anond:20210118212922

1/29:1423キロカロリー

 朝:味噌汁納豆ご飯

 22分1.1キロウォーキング 

 みかん

 昼:味噌汁ごはんキムチ唐揚げ3個

 はちみつヨーグルト

 69分4.9キロウォーキング

 リングフィットアドベンチャー:下のプログラム2のBトレーニング

 ホームトレーニーのリングフィットアドベンチャーレビュー #7 頻度とプログラム|すいーと|note

 牛乳ホエイプロテイン

 夜:もずく


30日:3396キロカロリー

 朝:ごはん味噌汁納豆

 117分10キロウォーキング

 チョコクロワッサン牛乳ホエイプロテイン

 昼、夜(一人飲み):もずく酢、鮭の塩焼き、キムチおジャ魔女どれみ#を見ながら作った※1もつ鍋(3.5人前くらい)、日本酒720ml

金曜日お酒を飲むと夜中の3時くらいまでダラダラ飲んでしまうので、金曜日はいかにお酒を飲まないかゲームになっている。Youtube有吉とんねるず番組日本酒を飲みまくっている動画を見て、日本酒が飲みたくなり、土曜日に大酒を飲むためにひたすら辛抱した。日本酒のおともにもつ鍋を作ることも、この時決めた。

土曜日はめちゃくちゃ歩いた!すっげー疲れた後にチョココロネを食ってすげーうまかった!そのことを記事にした。

散歩の話

そんで日本酒を飲むためにもつ鍋を作った。金はかかったけどすげー旨かった!鍋のだしを市販のものではなくちゃんと作ったのは初めてだった。めちゃくちゃ安く作れてビックリした!

12から下ごしらえをはじめ14時には飲み始めていた。19時には散歩の疲れもあってウトウトですよ。

1月30日の朝時点での体重は84キロだった。 体重は落ちてる。やったぜ!!!


※1おジャ魔女どれみ#の感想

第5話 さよならオヤジーデ

doremi

オヤジーデ卒業回&吉田玲子回。オヤジーデに関しては女児向けアニメには珍しいセクハラキャラだったので、「人気なかったのかなぁ」という印象。関先生と恩師シスターとのお話は、お互いがを通しつつも認め合っている感じが伝わってきて良かった。個人的には良い学生時代ではなく、当時の事から教師という職業にいい印象を持てないんだけど、こういう理想的関係を描くのはとても良いことだと思う。

この回のことも覚えていた。この時期にどれみをよく見ていたんだなぁ。

2021-01-06

無料プログラミングスクールからブラックSES就職した話

プログラミングスクール話題になっていたので体験談を書いてみた。スクールの中身と就職先がメイン。技術的な話はあまりしてないし長いけどよかったら読んでみて欲しい。細かいところは濁してるよ。


数年前の話。

20代半ばでフリーターをしてたんだけど正社員になるべくプログラミングスクールに通った。そのスクール授業料無料。代わりに斡旋してもらった企業には(法的拘束力はないけど)就職しなきゃいけないというルールだった。

スクールの開校初日はよく覚えてる。簡素な小部屋に同期生30人程が集められた。やたら顔のいい講師自己紹介をしてくれたが、ホント営業職らしい。意味わからん講師から最終月にグループ課題があるので同期生とは今から仲良くしてくださいねと言われ、前後左右に座る男女と自己紹介をした。理由は色々だったけどみんなエンジニアになりたいらしい。1人からは並々ならぬ熱意を感じる。熱血クンと呼ぼう。

突然、講師から質問

「独学でもいいのでプログラミング経験がある人〜?」

挙手したのは自分だけ。あれ?思ってたより少ないな。てか熱血クン手上げてないし。このクラス大丈夫かな?

嫌な予感がしつつも早速授業が始まった。映像授業を見終わったら演習課題を解いて講師に見せるという流れだった。内容はHTMLの基礎。映像があまりに遅くて退屈なので授業内容が要約されたPDF(たぶん復習用)を読んで演習課題を解いた。講師確認してもらう最中ふと横を見ると熱血クンはウトウトしていた。大丈夫だろうか。

授業内容も演習課題もめちゃくちゃ簡単でProgateの方が難しいレベル。進めていると熱血クンが質問してきたので教えてあげる。講師質問したら分からないと言われたらしい。自分講師存在意義が分からないよ。HTMLタグの閉じ忘れを指摘すると熱血クンは大喜び。ホッコリ。

1週間後、熱血クンは来なくなった。


2ヶ月目。何故か同期生がみんな仲良くなっていたが自分は馴染めず挨拶をする程度に留めておいた。毎週飲み会が開かれたが少しでも多く勉強たかったので断っていると、ある日講師から呼び出しをくらう。

増田さん、飲み会行かないんですか?プログラマーにはコミュ力必要ですよ。」

家でアプリ開発したいんですが……。とは言えず飲み会には1度だけ参加した。同期生は概ね人が良く楽しかったが2次会3次会はパスして1時間帰宅

翌日は半分くらいの生徒が遅刻してきた。

課題についていけない5人くらいが来なくなった。


3ヶ月目。グループ課題が始まる。グループ毎にCTOを決めるのだが、この時点で達成してるハズの課題自分以外終わっておらず必然的自分CTOになった。目立ちたくないのに。

課題はよくあるポートフォリオサイトを作るというものだった。要件定義や画面設計などを1人で終わらせチームメンバー役割を割り振るところで問題発生。ある女メンバー責任を負いたがらない。余程自信があるのか常に生脚を露出していたので生脚と呼ぼう。

自分「〇〇ページの作成をお願いできますか」

生脚「よくわかんないからイヤ!(ToT)」

自分「そしたら✕✕機能は……」

生脚「難しそうだから無理!‪٩(×_×)۶‬」

一体何ならしてくれるんだ?話を聞いてみると、どうやらチームメンバーEXILEみたいな男と同じ作業がしたいようだ。こいつはEXILEと呼ぼう。EXILEに生脚は技術的に不安があるから一緒に開発して欲しいと頼んだところ快諾してくれた。ありがとうEXILEイケメンは中身もイケメンなんだなぁ。

そんなこんなで開発が始まった。自分は全体の半分くらいの機能を開発しつつチームメンバーサポートを受け持った。講師が変わり技術的な質問ができるようになったので多くを学べるよう必死に開発した。最終日には成果発表のプレゼンがあり技術的な説明をさせてもらった。

生脚はEXILE告白してフラれたらしい。途中から来なくなった。


開発が終わり、ついに就活フェーズに入った。スクールの用意した就活アドバイザーが色々教えてくれる。面接でよく聞かれる質問とかそういうやつ。どんな企業斡旋されるのか聞いてみたところ開発時の講師が生徒を評価してスクール側で勝手に割り当てるのだそう。なにそれこわい

募集が来てる企業一覧から自薦することもできた。200社くらいか募集があり自社開発は4社。受託が8社。残りの188社はSES社内SEだった。SESは闇深と聞いていたので自社開発と受託をメインで自薦してみたが書類選考で通ったのは3社だけ。正社員経験がないとダメらしい。通った3社とスクールが割り当てた4社の計7社で面接してもらえることになった。この中に自分未来を預けるのか。

自社開発や受託企業面接はどれも厳しいものだった。スクールでは教わらないレベルの内容を問われ、アーキテクチャについて考えを問われ、はたまたOSS開発の経験まで問われた。どうやらスクール自分のことを高く評価してくれたようだが自分には壁が厚すぎた。スクールでのプレゼン経験を糧に伸び代アピールを頑張ったのだが落ちた。全て落ちた。技術不足で申し訳ない。

ところが一方でSES面接は楽勝だった。面接というよりはほとんど雑談レベルで聞かれることといえば出身地趣味大学の専攻、etc.お見合いかよ、なんて突っ込んでる間に全て受かった。人類なら全員受かるのではないだろうか。

どの企業も似たり寄ったりで、結局、面接で唯一「将来なりたいエンジニア像」について聞いてきた企業に決めた。ここならキャリアを積めるかもしれないと思ったからだ。給与が1番高かったのも理由の1つだけど。


タイトルにもあるが、この企業がそれはもうギリギリブラック企業だった。

入社初日はよく覚えてる。とんでもなく小さいビルの1室。インターホンを鳴らすと、なんと社長自ら出迎えてくれた!素晴らしいことのように見えるがSESなので自社に誰も社員がいないのだ。ホントに1人も。

社長から会社について説明を受ける。時折、ここは良いところだぞ!社員家族みたいなもんだ!と挟んでくるがブラック企業常套句をなぜ連呼するのか。そして早速お前呼びされた。

Windowsのクソ重ノートPCを渡されながら社長命令

「俺は今から営業行ってくるから、お前はSlackで指示を仰いで。じゃーね」

ん?社長がいなくなったら社内1人ですよね?電話とか来たらどうします?指示って誰に聞くんですかね?何時に帰ってくるんですか?

聞こうと思った瞬間には電話しながら外行っちゃった。やばい。とりあえずSlackの全体チャンネル入社挨拶と指示くださいと投げる。返事なし。1時間経過したところで返事が来た。多分上司だ。

新人担当が決まってなかったので連絡遅れた。とりあえず俺に聞いて。今日は自社開発してるサービスの開発環境構築しといて。PCに前の人が使ってたメモ入ってると思うから。以上」

えぇー。新人担当くらい決めておいて欲しいです。自社開発のサービスって何ですか聞いてません。あとメモに書いてあるライブラリバージョンが古くて起動できないです。

などなど聞きたいことは山ほどあったが上司も常駐先で忙しいようで返事が最速で30分かかるし、聞く度にバカかアホかと嫌味を言われる。こりゃ自分でなんとかするしかない。

環境構築をしてると電話が鳴る。しょっちゅう鳴る。人材紹介の営業ほとんどだったのでかけ直すと言ってメモだけしておく。1件だけ社長はいますかと聞かれたので名前を頂戴したところ銀座の高級クラブだった。私用電話をするな。

定時になったが鍵を持っていないので帰れない。Slackヘルプを求めるが誰も反応してくれない。結局その日は22時頃に社長が帰ってきた。営業という名目飲み会だったようでベロンベロンに酔っていた。「鍵渡すの忘れてたわ〜」だって。早めの退職を心に決める。


どうやらSESとして派遣されるのは1ヶ月程後のようで、それまでは自社開発をするらしい。実務で経験を積めるならラッキーと思ったが、この自社開発サービスがクセ者で大変苦しむ。

開発環境は大変にレガシー。当時すでに下火だったPHPとjQery。バージョン管理は驚きのSVN。2年前のチケット放置されたRedmineには辞めていった社員名前がズラリ。

開発スケジュール社長が思いついた機能を誰かが開発する流れなので常にグダグダSES現場に出ている社員は常駐先の仕事が終わってから自宅で開発をしているらしい。もちろん残業代なんてもの存在しない。よって誰も開発したがらない。社長はこのサービス市場流通させると息巻いていたが、とても使い物にはならないクオリティゴミだ。ゴミを開発する仕事だ。

とはいえ仕事が他にないので頑張って開発した。ここで頑張ったのが後に牙を剥く。


1ヶ月後、常駐先が決まった。有名企業の子会社技術レベルも相当高かったと思う。今から考えるとここに出向されたことが唯一の救いだった。

SES企業から常駐している人たちのチームに加わる。チームリーダーはとても優しい人で分からないことは何でも教えてくれた。顔すら知らないのに罵倒してくる自社の上司よりこの人の部下になりたいと思った。

常駐先の社員は有能だが淡々とした人が多く仕様確認以外で話しかけると嫌がられた。自分の専門外でどうしても分からない技術があったので1度だけ質問したことがあったが、何で分かんないかなぁとタメ息をつかれた。こわすぎる。

とはいえ優しいチームリーダーの元でなんとか仕事ができるようになった。知らない技術を学べるのは楽しくヤル気も上がった。


自社の業務は最悪だった。1週間に2度くらいの頻度で社長に呼び出されるので帰社する。

電球切れたから買ってこい」

「今から掃除機かけろ」

「社外用の資料印刷してホッチキスで止めろ」

ひえ〜!エンジニアって雑用係だったんだ〜!


ある日、雑用をこなしていると初めて見る社員が現れた。社長と話しているがスゴい罵倒されている。かわいそう。

「お前ホントバカだな!」

「そんなんだからクソデブなんだよ!」

やばい。これがパワハラか。

早く辞めたい。この一心だった。

でも今辞めたら転職できる気がしない。

半年だ。半年続けたら辞めよう。



その後、常駐前に自社開発を頑張ったせいで自社開発を押し付けられてしまう。9時~18時は客先常駐。19時から雑用係。明け方まで自社開発という生活になる。

結果、客先で倒れた。チームリーダーに何があったのと問われ、自社の開発が大変で……と答えてしまった。チームリーダーは客先社員に報告。客先社員は客先営業に報告。客先営業は弊社の社長に報告。当日に社長から呼び出しをくらう。

身体心配なんてされず、ただひたすら罵倒された。客先で倒れるなバカ野郎!お前のせいで謝る羽目になっただろクソが!とか言ってた気がする。意識曖昧だったので細かく覚えてないけど。

客先に自社開発の話をするな!情報漏洩で訴えるぞ!とも言われた。これは正しい指摘だけど一方で自分技術的な内容もサービスの内容も話していない。そもそも残業代未払いだろ。

そう思うと無性にイライラしてきて、その場で退職したいと伝えた。

社長は暴れだした。

机を蹴り飛ばし大声で怒鳴っている。お前にいくら使ったと思ってるんだ!お前は障がい者だ!地獄に落ちろ!とか言われた。やばい人だ。

そんなこんなで退職しました。


以上がプログラミングスクールからブラックSES就職した話。ここまで読んでくれてありがとう

ちなみに転職成功して、今は自社開発企業で楽しくエンジニアやってるよ。先日リードエンジニアになって年収SES時代と比べ物にならないくらい増えた。人間関係は良好だしリモートワークもフレックス制もあるからのんびり働ける。

あと数年頑張ればもっと有名な企業転職できるかもしれないしフリーランス自由気ままに海外生活夢じゃないレベルになった。

エンジニアに夢はあるんじゃないかな。でもそれはスクールを出てすぐに掴めるものじゃないと思う。スクール同期生は半分くらいがエンジニアを辞めたらしい。現実絶望したのかな。

もしあなたプログラミングスクールに通いたいなら止めないけど、まずはネットプログラミングに挑戦してみて欲しい。1日8時間。連日の開発が嫌じゃなければスクールに通ってみてもいいかもね。年末年始も開発しろ自分は思わないけど、週5で開発できないと仕事にならないし。

最後に、この記事を書くきっかけになった、鉄道会社を辞めたエンジニアさんが幸せになりますように。


終わり!


追記

ニュースサイト見てたら自分記事出てきてめちゃくちゃ笑った。以下気になるブコメに返信。


転職について詳しく

退職から転職まで書くわ。

退職を伝えた後、休職以外認めないと言われたので休職した。心療内科会社ブラックから辞めるために診断書くださいと伝えたらすぐに診断書を貰えたので退職願と一緒に社長に提出。

社長はずっと恨み言をつぶやいてた。

最初から目付きがおかしいと思ってた」

「お前はエンジニア向いてないよ」

とかそんなん。最後までやばい人だな。

ハンコ押してさよなら。その日は人生で1番清々しい気持ちマックを食べた。


転職活動を始めたかったが入社半年で辞めたので実績が終わっていた。ポートフォリオでも作るかと思い、AndroidiOSアプリを作ってリリースWeb系も手広く勉強した。GolangとかTypeScriptとか。あとAWSちょっとだけ。

3ヶ月くらいで貯金が底を尽きたので転職活動スタート。自社開発10社くらいに応募。面接できたのが3社。

2次面接で「恋人いるの?」と聞かれ、最終面接で「このアプリ使いにくいね」とボロクソに言われた会社内定をもらった。サービス内容も人も面白かったしオフィスキレイだったので入社。今に至る。

そういえば、転職先で前職の源泉徴収票必要になったとき総務の人が前職に電話してくれたんだけど、めちゃくちゃに悪口を言われたらしい。

「アイツは鬱病からすぐに辞める」

とかなんとか。総務の人に心配された。心配かけてごめんね。


嘘松

嘘松だったら良かったのにね。有名企業に行ってみたいとかエンジニアとしての夢はあるけど、今の会社は気に入ってるしストックオプション欲しいから辞めずに開発頑張るよ。


スクール悪くないよね

そうだね。スクールで教わったことは正直オンラインで学べるレベルだったけど、フリーターがいきなり正社員になれたんだから斡旋制度には助けられたよ。自分スクールに求めるのはもう少し実践的な内容にして欲しいことかな。せめてHTTP通信くらいはカリキュラムに入れるとか。


SES経験がないと難しいのでは

難しいと思う。社長が「スクール通っていた期間も入社していたことにしよう!」と悪魔的な発想を持ち出して経験者の体で出向してた。

もちろん業務内容にはついていけずチームリーダーに頼りっぱなし。最終的にテストコード担当になってた気がする。


PHPもjQeryもRedmineSVNも現役だよ!

仰る通りです。すみません

ただ、ホント個人的意見を書かせてもらうとWeb業界デファクトスタンダードからこれらの技術はすでに外れてると思う。

こういう意見が出るから技術にはあまり触れずに書いたんだよな〜。


いきなり8時間で脅すのはどうなん?

そうかもね。

諦めろとは書いてないけど指標ひとつにして欲しかった。スクール通ってたとき「あ、この人プログラミング嫌いなんだな〜」って人結構たから。向き不向きはわかると思う。


ホントに半分もエンジニアになれたの?

卒業した時点では同期生は全員エンジニアとして就職してた。スクールが何をしてでもねじ込む。その後もエンジニアを続けてたのが半分くらい。卒業した1年ほど後に同期生バッタリ会ったことあるけど人材派遣側に回ってて笑った。


終わり!

2020-11-25

ブロックしても無限ウトウト寄りかかってくる人なんなん?

ほんまに気が散る…😔

さりげなくガードしてもまた寝る…

男女関係なくやめてほしい

ウトウトして傾くなら前方向に!

2020-09-27

ピルの服用を始めた。

きっかけは生理が酷すぎて会社トイレで吐いて早退したこと。毎回が酷い訳ではないけど、毎回じゃないから逆に予測がつかなくて困るのでいっそコントロールしようと思った。

以下感想

ピル飲むの面倒くさすぎて世の中のピル(に限らず毎日欠かさず薬)飲んでる人尊敬する。

「1日1回」がこんなに面倒くさいと思わなかった。確実に毎日飲むの忘れて布団にもぐる。布団の中でウトウトしてきたところで「今日の分飲んでない!」と気づいて起き上がって飲む。気づかずに寝て起きてから飲む日もある。むしろそういう日の方が多い。自分がこんなに「1日1回」を守れない人間だとは思ってなかった。

副作用におびえる

職業柄、仕事中に飲食が全くできない環境に置かれるので、副作用(血栓症)がすごいこわい。なので仕事前に水を飲み、昼休憩にも水を飲み、仕事が終わった瞬間にも水を飲む。仕事トイレには行き放題なのが唯一の救い。

どれくらい水分をとっていれば血栓ができないのか、の具体的な摂取量がわからないのでとにかく水を飲むんだけど、これお茶とかジュースでもええんやろうか……?水を沢山飲むの無理なんだが?

生理がくる瞬間が予測できる

自然に任せた生理では数日〜1週間くらい予測とズレることが稀にあったので朝起きたら布団が大惨事とか、トイレに行ったらパンツ大惨事とか稀によくあったけど、スケジュール通りにピルを飲んでいる間は生理はこないし、スケジュール通りに飲むのをやめれば生理がくる。全知全能の神にでもなった気分。うっかりおねしょしてしまった小学生みたいな気分とはもうお別れできるので無敵

④意外と高くない

まーでも毎月決まってくる訳でもない酷い生理のためにピル代かけるのもどうなん?とも思うけど、スケジュール通りにピル飲んでる時にスケジュール通り生理起こすと生理痛がほぼない。全くない訳では無いけどロキソニン必要ないレベル。それによって毎月のように飲んでいたロキソニン代が浮く。そうすると浮いたロキソニン代でピル代が充分まかなえるような気がする(ちゃん計算してないけど)

⑤以上を踏まえて

「1日1回」きちんと飲むのが1番守れなさそうで不安だけど、まあそのへんはなんかの病気治療薬ってわけではないのでゆるめに考えればメリットの方が多いわけで、健康問題が出ない限りは飲み続ける気がする。

2020-09-14

エロマンガ大好きおじさん、睾丸の手術から逃げ出す

9月12日(土)、俺は、全身麻酔下で行われる精索静脈瘤(グレード3)の手術を断ることにした。

精索静脈瘤のことは、男性不妊受診した人なら良く知っていると思う。

精巣の周りの血の流れが滞ることで、玉袋の排熱がうまく機能しなくなり、

精子運動力が弱ってしまうというものだ。ご存じの通り精子は熱に弱い。

精巣のエコーと触診の後、俺はこう告知された。

左:3.6mm。右:拡張が見られる。自覚症状は全くなかった。

完治を望める治療法は外科手術しかない。保険適用自己負担は4万円。

命に係わるリスクなんて全くない、腹腔鏡による低侵襲な手術で、

盲腸切るよりもはるかにイージーだ。ひと眠りする間に治っている。

それで、俺の精子が元気になるなら、しない選択肢は無いと、理性ではそう感じている。

  †

5chとTwitter全身麻酔体験談を読んでいて、本当に気が滅入ってしまった。

過呼吸パニック気味になり、みっともなく妻の前で何度も泣いた。

 「あっという間に落ちる」

 「10数えようとして最後まで数え切らずに落ちた」

 「一瞬で落ちて、次の瞬間ベッドの上に居る」

これを、苦痛の全くない素晴らしい治療と捉えるか、それとも……

俺は、これはとても怖いと感じた。

から無意識というのがどうにも苦手だ。

 手術を受けている間の、無意識下の自分はどこに行ってしまったのか?

 目覚めた後の自分は、本当に、目覚める前の自分と同一なのだろうか?

 突然プツンと意識が途切れるのは一時的遮断ではなく、死そのものでないか

 今ここにいる自分は死に、同じ意識バックアップした他人が目を覚ましているのでは?

考え出すと、脳味噌ショートしそうになる。

 カリフォルニア火事で喪われた木々の本数だとか、

 人間の贅沢の為に毎日費やされる莫大な原油消費量だとか、

 宇宙が出来る前の何も無い世界だとか、

そういった、途方もないもの想像した時と同種の、金玉が縮こまる感覚が、ある

(これは静脈瘤によるものではない)。

手術に対する恐怖心は、弟が大病をしたこともあり、子供の頃から人一倍あって、

手術になったらどうしようと夜一人でベッドで震えて眠れないこともあった。

幸いにして、大怪我一つもせずにこの歳まで生きてきた。

から、この問いに対する結論先延ばしにしていればよかった。

その先送りのツケを、今払わされている。

いまどき、ガン告知だって、もう少しあっけらかんとしているだろう。

いい歳して、そのくらい動揺してしまった。精神的に堪えられそうになかった。

精液検査の結果は悪いものではなかった。運動率は少々低かったが。

自然妊娠不可能なほどの数値ではなかった。

医者も今すぐ手術しろとは、勧めなかった。

放置したところで、ガン化したり、命に別状のある病気でもない。

男性不妊以外では、積極的治療されることは稀という事実存在する。

から、今すぐに手術を受ける必要はない。

言い訳だけはどんどん出てくる。

結局、手術は受けないことに決めた。

  †

手術が怖いと訴える若者存在自体は珍しくもないかもしれない。

俺の場合、まず第一にくるのは無意識への惧れだ。

幼い時から、気を失う、失神することへの恐怖が半端無く強い。

30年余りにわたり肥大し続けた認知の歪みは、ちょっとやそっとで打ち砕けるものじゃない。

そうはいうが、お前は毎日キッチリ5時間寝てるじゃないかといわれるかも知れない。

正直に答えよう。俺は、睡眠を取ることさえ、怖くなってしまうことが、よくある。

実際俺は、イヤホンでASMR音声を聞き続けていないと、不安のために寝落ちすることができない。

から入ってくる音声を頼りに、眠りにつく前の自分と、目覚めた後の自分自意識

ひとつながりになっていることを、毎日自分に言い聞かせ、それで漸く、おっかなびっくり

落ちていくことができるようになったのだ。全身麻酔ではそれができない。

手術室でもASMRを流してくれたら、それも可能かもしれない。

先日は、それすら堪えられなくなった。中間過程――睡眠によって4時間も5時間も、

途絶えてしまった自分意識の屍――を想像してしまい、そのことがとてつもなく、恐ろしく

感じられたのだ。それは、死の時間のものだ。横たわるベッドはさながら棺だ。

自分という存在消滅してしまう恐怖を抱えて、どうして、赤子のように、

無邪気な安心を枕に、眠ることができるだろうか?

最近は、睡眠中1時間おきにアラームを鳴らすことで、これに対処するようにしている。

1時間睡眠ならまだ「こちら」へ戻って来られるという感覚的なものが、自分の中にはある。

3秒ルール」みたいなものだと思ってくれれば、それでいい。

ウトウトたかと思ったタイミングで、アラームが鳴る。現在の時刻をチェックする。

よし1時間は眠れた、次の1時間行くぞ、そしてまた入眠する。

これを繰り返すことで、無意識回避しつつ、朝までの時間をやり過ごす。

論理ではないのだ。

結局自分が納得できるかどうかが、恐怖を乗り越えるのに一番大事だと思わされる。

俺は、無意識下の自分まで、わが制御下に置いておきたいのだ。

全身麻酔ではそれができない。

手術室でも1時間おきに覚醒させてもらえれば、それも可能かもしれない。

(思考実験をしてみたが、30分で完了する手術なら、躊躇なく受けていたと思う)

昏睡への恐怖を訴える患者に対して、麻酔科Webページではこう説明されている。

 今まで麻酔から目覚めなかった患者存在しない。必ず覚醒している。だから大丈夫だ。

真っ当な説明だ、こちとら原理まで散々調べたからそれは承知している。

そう、それでも、絶対安全な「作り物の死」であっても堪えられないのだ。

思い出したが、俺はジェットコースターも楽しめない人間だが、それと同根な気もする。

ビビリの俺は、カリブの海賊からモールステップで難易度を上げていかなければならない。

幸いにして精索静脈瘤には、自費負担にはなるが、日帰り局所麻酔による治療

存在する(ナガオメソッドは良さげだがとても高額で、貯金を溜めておかないと払えそうにないが)。

どうしても自然受精が困難であればこちらも選択肢に入れることにしよう。

こうして俺は、種無し騒動回避した。

  †

一方、全身麻酔の予期不安は、一生付き纏い続ける。

一生のうち一度も手術を受けない幸運人間は稀だろう。

これから20年30年生きていれば、体中にガタがどんどん見つかるはずだ。

大病の経験こそないものの、健康には全く自信は無い。

癌やポリープが、あちこちに出来るだろう。

ドッグを受ければ、脳動脈瘤が必ず1個や2個は見つかるだろう。

祖母心臓が弱かった。心臓カテーテルを挿入しないといけないかもしれない。

そのたびに、泣きわめいて何とか全身麻酔回避する方法を探し求めるのか。

きっと俺みたいな臆病者がガン告知で取り乱し、代替療法にハマった挙句

治るはずのステージをみすみす悪化させて、全身転移の末苦しんで死んだりするのだろう。

いや、それよりも何よりも、人生終焉に待ち構えている大関門――死――、

これに対する対処法をいまだに俺は見いだせてはいない。

死こそ、人知の及ばぬ、理性の制御できない最たる存在ではないか

死ぬのは怖い――――そう、死ぬことも誰よりも怖いのだ。

妻や、まだ見ぬ子と、どれだけ輝かしい日々を送ったとしても、それはいつか終わるのだ。

偽りの喜びでしかないのだ。

俺と、その家族暮らしていた記憶は、いつの日かこの世界から消え去ってしまうのだ。

それに何の意味がある?


そうして、俺は今日も泣きながら仕事をしている。

運よく在宅勤務で顔を見られることもない。

まさに今この時も、数秒後に脳卒中で誰にも気づかれず突然死してしまう妄念が頭から離れない。

大人になれば、こんなくだらない恐怖は薄れていくものと信じていた。それがどうか。成人して以降不安は強まるばかりだ。

 膵臓癌じゃないか

 心筋梗塞じゃないか

 脳腫瘍じゃないか

まだ若いから、と一笑に付してきた最悪の可能性が、日に日に、無視できないほど大きくなっていく。

幼少期から不安感が全く緩和されていないことに、絶望しか感じない。

死の数か月、数日、数時間前、俺は更に激しく動揺し、どれだけの絶望で染められているのだろうか。

どうしてこんなにみっともない人間になってしまったのだろう。

どうして自分のことしか考えられない人間になってしまったのだろう。

誰よりも出産希望していた妻に対して、本当に申し訳が立たない。

それとも、こんなにも死に怯え、生まれてこなければとさえ思っている男が、新たな命の親になろうだなんて、烏滸がましいということなのだろうか?

2020-08-29

体調が悪い

このところ体調の悪い日がある

体温は出勤日の朝に測って

35度中盤〜36度中盤で平熱程度だが

寝起きから頭痛がある日が出てきた

時間が経っても頭痛は去らない

吐き気も少しするし

熱中症なのだろうか

今体調が悪くなると

まさかコロナか?!いや熱中症かなんかだろ…?」

って思っちゃう

寝室の気温は夕方帰宅して30度を超えていることもある

帰宅シャンプー体洗シャワー浴びて

冷房の部屋でビール1本飲んで

飯食ってしばらく過ごし

寝室行って横になる

冷やしておいたジェル枕をタオルで包んで

その上に首載せる

明かり消してスマホユーチューブ見てたら寝落ちるが

寝室は冷房が無いので一晩中扇風機をつけている

扇風機の首振り音がずっとする

音のせいでぐっすり眠れない

ウトウトが朝まで続く

俺がコロナだとしたら

一体どこでもらうんだって

およそ3月以降

外で飲みに行ったことも無いし

外食テイクアウトも片手で数える程度

どこへ行ったかな…と考えて

通勤自家用車

公共交通機関は滅多に無い

職場は50人程度の工場

出入り業者はそんなに多く無い

同室の机は俺入れて4人

いまだパーテーション的なものは無し

社内では常時マスク着用

毎日会う現場の仲間は10人くらいか

休憩時間はみんなで共用の休憩・食事室利用

コンビニは朝毎日スーパーは週に1・2回

映画は月に1回程度かな

同居家族は近所で週3・4日バイト1人

職場以外定期で会うような交友関係は無い

居住県はGoTo以降徐々に増えて今350人程度

俺がコロナだとしたら

同居人職場10人くらいも

アウトだろうね?

2020-08-27

風呂に入る直前が眠気のピー

風呂はいる前にゴロゴロしてるとウトウトして、

風呂入って寝よっと思って風呂入ると目が覚めて布団に入っても眠れない。

追記

布団に入って1時間すぎた。未だに眠れない。。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん