はてなキーワード: 昇給とは
詳しいプロフィール: https://anond.hatelabo.jp/20230415043128
今年は昇給と株高で見込み見込み年棒が2000万だった。27歳になり変化があったので備忘録代わり。
新卒380万→900万→1500万→2000万(昇給で20%ベースアップ&株高)
学生時代に留学をしたり、英語を真剣に勉強したのが効いて2社目から年収が激増した。
2社目からは完全に英語で仕事をするようになり、その経験から3社目に転職した。
それぞれ短い間しか在籍しなかったが、エンジニアの仕事なんて所詮1年もいれば全て習得できるものばかりだったので、すこし話を盛ればいくらでも就活エピソードをつくることができた。
新卒で年収1000万以上くれる会社に入れるのがいちばんいいが、それは難しい。
(ちなみになんで新卒で入るのがいいかというと、高い年収くれる会社で1から人間関係つくったり仕事を覚え直す必要がなくなるから。エンジニアでも会社が違えば仕事は多かれ少なかれ異なってくるし、偉くなるためにはそれなりのテニュアが必要。若くしてシニアになりたいなら、新卒で入るのがもっとも早い。ちなみにおれはシニアですらない。)
おれみたいな凡人ケースを仮定すると、以下がもっとも再現性ある高年収サラリーマンエンジニアのなり方だと思う。
1社目: 誰でも入れそうな年収300~500万くらいの開発企業に入る。1~2年の開発経験を積んで、得意分野をひとつつくる。(FE, BE, APP, INFRAなんでもいい)
2社目: その分野の経験者枠として色んな会社にチャレンジする。高年収を目指すなら英語を使う環境が良い。700~1000万くらいのオファーを狙う。入社したら面接で話せるようなエピソードをつくれるようにエンジニアとしてのリーダー経験を積む。シニアタイトルが得れるとなお良い。
3社目: 外資系の会社のミドルレベルを受ける。特殊なコーディング面接、システム面接、STARメソッドなどの準備が必要なので長期的な闘いになる。どの外資系でも落ちて半年くらいするとまた受けれるようになるので、宝くじだと考えて面接は受け続ける。(ここ大事)
オファー額は今の相場でだいたい1500~2000くらいになると思う。入社したらあとは外資系でグルグルするなり、転籍や昇進目指して社内の仕事を頑張る。
だいたい未経験から最短で3年、英語が苦手だったりエンジニアリング適性が高くないと長くて10年くらいかかると思う。キャリアが長くなればなるほどリーダー経験は重視される。
入社数ヶ月で名ばかり管理職になった。1番良くなかったのは、自分が初期段階で振られた業務を中途半端にもこなせてしまったことだと思う。
前の会社時代、デスクワークの経験がないまま転職をしたのでとにかくたくさんの迷惑をかけた。タスク漏れも多かったし、言葉足らずで取引先を怒らせることも多かった。その度にタスク管理の仕方も進め方も、ショートカットキーとかも見直す機会があって、前の会社でなんとか人並みに持って行けた。おかげさまで転職先でなんとなく言っていることがわかる、これが求められているのかな?で業務をこなせていた。ここまでで見れたらいい成長だった。
ただ、入社数ヶ月して今まで働いていた人たちがごっそりと退職。残ったのは正社員の自分一名。人手が足りない、といって上司が雇ってきたのはなぜかパソコンスキルがない人たちだったうえに、教育が我々に投げられて結局パンク具合に拍車をかけた。
思考する時間がない、動く人たちの指示や思考が優先、自分のタスクは後回しになって残業をする。ならば自分の持っているタスクを振り分けようとするとツールが使えない、パソコンが壊れてしまって、取引先怒らせちゃいました、関数が壊れちゃったけど治せなくてどうしたらいいですか?などで結局新人たちには依頼できない。でも「頑張ります!」といっている人たちを無下にはできない。仮に感情的になって八つ当たりなんてもってのほか。出来なかった頃、自分もされて辛かったから。上にされた以上、指示をしきれない自分が無能で、指導しきれない自分が悪いのだと考えて、感情は喜と楽だけ出す、とか、注意は勤めて明るくポジティブに次へ繋げられるように、とか、そう振る舞っているうちにトイレで1人になった途端、号泣してしまった。食欲も沸かない。私だってもともとキャパが大きいほうでも器用でもない。別に謝罪するのも責任をとるのも苦じゃない。一緒に働いている人はみんな嫌いじゃない。でもこの環境では弱音しか出てこない。前任たちがすぐに退職することを知っていたら恐らく入社はしていなかった。
1番怖いのはキャパオーバーでお客さんに迷惑がかかることだ。というかすでに片鱗が出ている。これから新人から漏れていたお客さん宛の緊急タスクを対応する。
マシなのは高圧的な人間や嫌味な人間がいないことくらいか。昇給もボーナスも出るのか危ういけど、早くプレイヤーから離れてみんなが楽に仕事をできるように整えられたらいいなあ・・・遠い遠い夢だな・・・。
これ系の記事見て毎回わかんないのが、「自分は男と同じかそれ以上に働いている前提で、それでも責任ある仕事が与えられない」という言説なんだよな。
自分はもうずっと、部下の評価で男女で仕事の割り振りや昇給に差をつけたことがないし、成果しかみていない。
あえて話にのって考えてみると、女は男に比べてリスクをとった行動が極端に少ないように思えた。
他人の意見に同調したり共感する。フォローも上手いから、その部分でチームが助けられることもある。当然その部分は評価している。
けれど女は男に比べて、プロジェクトを自分から推進して、他者と建設的なやりとりをして新しいものを生み出すということをしないように思える。
そうなると、責任をとって仕事をこなす覚悟と行動力が必要な役職には必然的につけたくはなる。
実際うちの会社では、そう言う女性社員は実力で管理職をやっていることが多い。
リスクと責任という点で差がつくのならわかるし、それが悪しき「男社会」というなら、なるほど頑張りは認められないかもね、そういう感想でも仕方ないねとは思う。思うだけ。
同じことやって違う給料だったら納得できないのはわかるけど、謎の男社会被害論法は正直効く耳もてないかな。女もその社会の一員なんだよ。そういう社会でどう振る舞うべきかは自分で考えて行動してほしい。現状に不満ばかり言って自分はその変える側にはつこうとしない。社会はリスクを取れない人間をリスペクトできないし聞く耳も持てない。仕事も同じなんだ。
男が下駄はかされてるとか言うやつ、もし現代社会まだ存在している会社があるならば、会社として非合理すぎて評価者が無能と言わざるを得ない。
そうならないようにオレは評価してるよ。原則平等。無駄すぎる。
先日、私が勤めている会社で「上司とのキャリア面談」というものがありました。
もちろん私もチームに部下がいる立場で働かせてもらっていますので、面談をする立場と面談をされる立場で視点の差があることは承知しています。
20代後半から現在にかけて約n年間、降格もしないが昇格もせずに働いてきました。
当時横並びだった面々や私が昇格をさせた元部下たちがどんどん自分を追い越して上の役職に就いていく背中を見送るのは、戦友や育てた後輩たちの功績が評価されたことを嬉しく思う気持ちや誇らしく思う気持ちもありながら、この人たちにできていて、私にできていないことは何なのだろうか?と考えることも多かったなと思います。
過去に、何度か組織の都合で上司も変わっているのですが、直接尋ねてみたこともあります。
「私は何ができるようになったら、昇格候補として検討していただけますか?」
「今の働きでなにか不足していることや、もっとこうしてほしいと思うことはありますか?」
「●●さんの部署でなかなか教育が難しい若手たちがいるので、その子たちが稼げるように教育してくれたら検討しますよ」
と言われたので、言われた通りその年は売上150%を達成し、他の部署で手を焼いていた若手の教育に力を入れ、相性の良いお客さまのお仕事を担当してもらうまでに成果を出しました。
しかしながら、その年の査定フィードバックでは「会社の人事規定が変わったので、色々頑張って成果を出してくれたみたいだけど、こればっかりはしょうがないですね」とのことで、約束を守ってもらうことはできませんでした。
代わりに私のチームで売上を牽引してくれていたリーダー格のスタッフが、私よりも40万近く高い給与オファーを受け、同じ組織の中で昇格となりました。
あれから数年が経ち、昇格へのこだわりも、正当な評価も薄れてきていたのですが、今年の住民税確定通知書を見て我が目を疑うような事実に気付いてしまいました。
コロナで会社の業績が悪かった時期も知っています。あのときたしかに、経営と管理職のボーナスから減らして従業員への割当金額を増やそうという方針になっていたなという記憶もあります。
ただ、去年、上司が代わったタイミングでも減らされているのはなぜだ……?と。会社業績は盛り返してきていたではないかと。
新米上司が困っているときにだいぶ、サポートをしたような気もするのになぜだ…・・・・?と。
しかしながら、直接上司にそんなことを質問するという行為は、あなたの査定結果に文句があります!と言ってしまっているようなものなので、冒頭で言及しました「上司とのキャリア面談」を通じて、情報収集に漕ぎ出しました。
ここまで前説が長くなりましたが、以下は面談の会話記録になります。
一部、個人を特定できそうな情報は伏せたり、フェイクを混ぜたりもしていますのでご容赦ください。
もちろん、フィクションとして読んでいただいても構いません。(楽しんでいただけたら光栄です)
X月X日
私「弊社の管理職はたくさんお金を落としてくれるお客さまのお仕事を担当できるかどうかででしか評価されないじゃないですか。従業員はこういうスキルを身につけた。とかこういう仕事もできるようになりました。という仕事における成長がちゃんと評価と給与に反映されますけど、私は管理職になって8年経って、もうそういう話を評価のフィードバックでいただくことはなくなりました。それでも3年ほど時間をかけて、給与が200万程減少傾向にあります。もしこういうスキルが身についていないから昇格や昇給の機会が与えられていない。とかがあれば教えて下さい」
※これは私よりも管理職経験の短い上司に対して意地悪を言ったような気はします。反省。
上司「えっ、そんなに減ってるの? でもたしかに管理職は収益成果だけで評価されがちですよね」
私(この人がそういう評価をしているのになんで他人事なんだろう……。しかも「えっ」ってことはこいつ昇進してから給料増えてるのか……?)
※私の現上司は前任の上司がX年前に不祥事で地方へ飛ばされたときに、私の役職を飛び越えて上司になっていたパターンの人です。
私「うちの会社は制度的にも昇給機会は年1回、業績連動賞与2回しかチャンスがないので、減った分を補填するには副業も視野に入れるしかないかなと思っているので、会社がもしキャリアのサポートを考えてくださるのであれば、余暇時間の確保とか副業規定の緩和を検討してもらえたらなと思います」
※弊社の管理職は裁量労働制のため、いついかなるときも呼び出されたら業務対応を優先しないといけない不文律がある。
上司「副業については、他の人たちからも要望が増えているところだから、会社としてゆくゆくは考えていく必要があることになるでしょうね。ただ、それとは別に、賞をとるとか、執筆活動をしてネームバリューをつけることで売上を伸ばしていく方向性とかはどうですか?」
私「それって、私個人としてではなく会社名義で名誉の労働ってことですよね? 弊社の規定では賞金や印税は個人で受け取れないルールになっていたかと思います」
上司「そうですそうです! 有名になって名前を売って、たくさん仕事を頼んでくれるようなお客さんを捕まえるって感じです」
私「それでたくさんお金を落としてくれるお客さまを見つけることができるんですか?」
私「なるほど。であれば上司は下位組織が収益達成に悩んでいるのに賞をとったり、執筆活動をして新しい仕事を獲得して分け与えることをしていないのはなんでですか? 選択肢として有効なんですよね? 下位組織のノルマが未達だと、上司も未達になっちゃいますから困りますし給料も下がっちゃいますよね?」
上司「……」
私「別に責めてないです。質問しているだけですよ。私はX年ほど前に違う上司の元で、賞をとったり講演会に出させてもらったり、広報取材を受けたりと社外活動をさせてもらいましたが、仕事を頼みたいので商談させてくださいというお声掛けはひとつもいただけなかったです。逆にうちはこういう仕事ができるので機会があれば発注してほしいです。という協力のお申し出はたくさんいただきましたけど……」
上司「あー……そうなんですね。でも執筆活動はしてないですよね? 本の出し方とかってご存知ですか?」
私「会社の広報からテーマに沿って、売り出したい人材に打診が来るはずです。最近は若い女性や働くパパ/ママが注目株なのでそういう人たちならお声がかかると思いますよ」
上司「なるほどですねー。勉強になります! あっ、そろそろ時間ですね。また何か困ったことがあれば相談してください。おつかれさまでした」
私の収入はこの上司によって、これからもどんどん下がっていくことになるだろうな。ということがなんとなく想像できてしまってとても悲しい気持ちになりました。
楽しいこともつらいことも色々あるけど、なんだかんだ嫌いじゃないなと思えたこの会社を思って1X年近く働いてきたので、給与以外で収入を得るという選択肢を常に近くにおいて置かなかった自分がバカで情けないなと。
そしてこれからも、みんなの背中を見送る人生を受け入れていかないといけないんだなと。
国の施策で今後増えていくだろう、女性管理職候補の方々の未来はどうか明るいものになるようにと願いを込めて。
賢い方ならきっと準備も当たり前にされるだろうと思いますが、女性の管理職を増やそう施策が注目されなくなったとき、一番最初に切り捨てられるのは女性管理職だろうなと思います。
いやぜんぜん的外れだよ
年収400〜700万(2回の転職で昇給)30代をほぼ独身で(39で結婚)過ごしたけどインカムは一人暮らしには困らん程度だし時間は余裕あるし一人暮らしは楽しいし恋愛もプレッシャーなく気軽だし健康でフットワーク軽くて30代は20代よりむちゃくちゃ楽しかった
20代はなんか未来が見えなくて仕事どうするのかとか結婚しなきゃいけないのかとか鬱々してた
30代が最高に楽しかったので、40代もめちゃくちゃ楽しいんだろうなあと期待していたが40過ぎたあたりからそんなに健康でも元気でもなくなってきて、収入と健康のバランスから言っても30代独身で目一杯楽しく過ごすのが最適解だと思ってる
養護施設に行ったほうがよさそうだけど親の思想が強くて通常学級に入れられているような、お世話が必要な子、
こういう子のお世話係にされている子は「無能の武器化」が下手な子ばっかでした。
世話好きってよりは、嫌なんだけど嫌がりながらもそつなくお世話をこなせてしまうせいで、担任から「よろしく」されてしまうんだよね。
この場合、通常学級に入れる親が最も悪くて(これだけは譲れない)、次に子供に子供の世話を押し付ける担任が悪いんだろうけど、
誰が悪いとか言う前に子供は自衛のスキルを身につけなきゃいけないみたいなところがあって。思想が強い親は存在するし、学校の先生が人手不足なのも現実だから。
ここでお世話に「失敗」するとか、「いじめる以外の方法で養護っぽい子になんとなく嫌われるのが上手い」とか、
うまいことお世話係・貧乏くじから逃れる方法がうまい子というのはいて。
それが企業において、評価される仕事は全力で取り組むけど、昇給や高評価にまったく繋がらない雑用的なものは他人に押し付ける、というムーブのうまさに繋がっていく。
基本、マイナスをゼロに戻す系の作業って、評価されにくいしカネにならないんだよね。
だから「無能の武器化」で妻に家事育児負担を全部押し付ける夫…という文脈が出てくるのも、家事育児というものがマイナスをゼロに戻す系の作業だから。
子供ってある程度育ってヒトのていをなしてくるとかかわる楽しさもあるかもしれないけど、乳児なんかマイナスをゼロに戻すのと危機回避だけだからね…失敗したとき叱られるだけっていう、地雷業務なんだよ。
「無能の武器化」がうまい夫にイライラしている妻が多そうだけど、「無能の武器化」ができない男だと、会社でも雑用係にされて出世できないかもね。
雑用回避しつつ出世できそうな案件はガッチリホールドできる、というタイプの男ですらなく、社内ニートだった場合はご愁傷様です。それが最も地雷案件。家でも会社でも何の役にもたたない、ただの搾取者。
タイトルの通り。
せっかくの人生で一度きりの『一人暮らし最初の一ヶ月』なので、その感想をまとめてみた。
・生きてるって感じがする
実家にいた時は日々、約三十年間生きてきた自分や家庭の習慣に従って漫然と生きていた。とくにコロナ禍辺りからは、義務的に仕事に行って、帰ってはダラダラするだけの生活が続いていた。今はどうすれば生活や人生がより良くなるか考えてちょっとずつでも行動に起こしている。なんか生きてるって感じがする。
きっかけは生活コストを全部自分で賄わないといけなくなって「お賃金もっと欲しい!」という感情が強くなったから。ただ、最初は昇給・昇進のためでも、より良い結果を出せるようにと目標を持って働くと、以前よりもやりがいみたいなモノも感じられるようになった。
・人間関係の大切さに気付けた
一人暮らし超寂しい。でもそのお陰で人との繋がりの大切さが分かった。もともと人付き合いと悪いし、自分から人を遊びに誘うようなタイプではなかったが、そういうところを改めようとしている。最近、数年疎遠だった友人に自分から声をかけて、久しぶりに飲みに行けたのは嬉しかった。今度、社会人サークルみたいなところのイベントに参加してみる予定。
・結婚願望があることに気付けた
より正確に言えば強固な形での生活共同体を作りたい願望かも。まず何よりも家に帰った時にその日あった下らないことを互いに話して笑い合えるような人がいてほしい。生活や将来について誰かと一緒に話し合って決めていきたい。あと打算的なことを言えば、共同体を築くことで一人辺りの生活コストを減らして、もっと広い家に住みたいみたいなのもある。
自炊とかほんの少しずつ練習してるレベルなので、「できる!」と言って良いかはアレだけど、生活を自分で回していくことで、生活力のなさというコンプレックスが解消されつつある。
実家にいた時は夕飯食って寝落ちして深夜に目が覚めてウダウダして明け方に寝直すみたいなクソみたいな睡眠習慣だったが、一人暮らししてからちゃんと寝る態勢を取って通しで寝ることができるようになった。一番大きいのは寝具がベッドから布団になって「敷かなきゃ寝れない」って状況になったことなのであまり一人暮らしは関係ないかも。ただ、家事をやらずに寝ると翌日以降に響くぞという意識が寝落ちを防止してる面もあるとは感じる。
家族が全員お菓子好きだったので、自分で買わなくても家にはいつもお菓子があって、それを色々チマチマとつまんでいた。でも、一人だと一袋を全部消費しないといけないから、まずあまり買おうという気が起きない。個包装の菓子を二日に一個食べるくらい。ポテチとか一袋全部しける前に一人で消費するのキツくない?
・ギャンブルをしなくなった
元からスッても遊びで済む程度の金額しかやってなかったけど。刹那の熱のために千円二千円とか使うくらいなら、その金で外食して美味いモノ食って洗い物スキップした方が満足度が高いと思うようになった。
・発達障害傾向が気にならなくなった
過去にちゃんとして発達障害の検査を受けて明確な認定はされなかったが、傾向があると言われたことがある。それは自分にとってある種のスティグマとなっていて、色んなことに対して「できないモノはできない」という諦めに繋がっていた。ただ、一人暮らしを初めて「やらないといけないことはやるしかない」環境になって、そして「やれば以外とできるじゃん」が積み重なって、まあ事実として自分にそうした傾向はあるのだろうけど、それがなんだよくらいに思えるようになった。
・一人が辛い
もともと友人も少数だし、家族とも不仲とかでは全然ないけど、揃ってお出かけするような仲良し家族ではなかったので、孤独耐性はある方だと思ってたけど、おはようもお休みも、行ってきますもお帰りも言う相手がいないことがこんなにも寂しいとは思わなかった。自宅の無音の空間がキツい。たぶんこれが一番辛い。
・喪失感が凄い
今まで慣れ親しんだ地元の空気、自室の家具の配置、母の手料理、生活習慣……、そういったモノがもう感じられないということを思うと、胸がギュってなる。いや、実は1時間くらいで実家には帰れるので、地元の空気や母の手料理なんかはいつでも味わいに戻れるんだけど。ただ、それら全てがパッケージ化された今までと同じ"生活"がもう二度と戻らないと思うと感傷的になる。親の介護とか考える歳になったら実家に戻る可能性もあるのかもしれないけど、その時の生活はやはり過去のモノとは違うだろうし。
このままずっと独身だったら、友人と疎遠になって孤独化していったら、親がボケたり死んだりする歳になったら……、そういった不安が隙あらば顔を出してくる。もともと一人だとグチャグチャとネガティブなことを考えがちな性格だったが、一人暮らしで一人でいる時間が増えた上に"生活"や"人生"というものを意識することが増えて、そうした性質が確実に悪化してきている。
・朝が辛い
起きれないとかではなく。上記の孤独や感傷が朝になると強く襲ってくる。仕事行くとフラットになって、夜はけっこう「今の生活を楽しもう!」って気分になる。
・常に金のことを考えている
少額の生活費を納めるだけで家にあるものは好きに使えていた実家暮らしと違って、お出かけとかせず家にいて暮らすだけでも金銭的な消費に繋がるので、いつもケチケチと節約を考えることになって疲れる。都内同年齢男性平均にはギリ届かないけど中央値は確実に越えてるくらいの年収なので、爪に灯を点すような貧困生活ではないのだが、まだ暮らして一ヶ月だと標準的な月の出費を体感として把握できておらず、自分にどの程度の金銭的余裕があるのか理解できていないせいで、とにかくお金のことが気になってしょうがない。七月から家計簿をつける予定なので、収支をちゃんと把握できるようになればマシになりそう。
・食欲が減った
食事の用意がダル過ぎる。家事の内、掃除や洗濯はルーティーンでやれば良いのでわりと平気なんだが、飯は栄養やら値段やら賞味期限やら考えることが多すぎてマジで大変。俺は考えるということが苦手なので、作業の手間そのものよりそっちがキツい。そのせいで食欲が減った。自炊は練習中だが、料理のレパートリーが増えればこれもルーティーン化できるのだろうか? いやでも外食・中食でもダルいし、変わらなそうだな。
・都会に引っ越したので人が多くて疲れる
自転車で近場をフラフラするのが好きだったけど、人も車も信号も多すぎてあんまり楽しくない。喫茶店なんか入ってもやはり人が多いし、席も狭い。
長い人生というスパンで見たら、一人暮らしを初めて絶対に良かったと言える。
あのまま実家にいたら、生活を親に甘えて、真面目に人生の道を考えもせず、孤独で生活力のない社会人をやってるだけの虚無のような中年ができあがっていたんじゃないかな?
一人暮らしはそういう道筋を変えるきっかけを与えてくれたと思う。
未来のことなんて一切考える必要がないならすぐにでも実家暮らしに戻りたい。
現実的には、自力でもっと物質的に豊かな暮らしができるようになりたいし、一緒に住んで会話できる相手を見つけたい。欲は尽きない。
家事の悩みなんかは今までが親に甘え過ぎていただけで、仮に幸いにも一緒に暮らすパートナーを見つけられても「金は俺が稼ぐから、家庭のことは任せたぜ!」なんて言えるだけの収入を得られる見込みはないので、一生付いて回ることになるのだろうけど。
色々と語ったけど、所詮は初めて一ヶ月。
高まった意識は初心だけで霧散して怠惰な独身生活を送るようになるのかもしれないし、逆に今は辛く感じることもすぐに適応して些末なこととしか思わなくなるのかもしれない。
もともと待遇が低かった弊社、人手不足の煽りを受けて人材確保のためだとか言って若手や初任給に重点的な賃上げを行い、
普通の就活市場では他社と見劣りはしない初任給になったけれど、それでも人材確保はままならず、
毎年数人しか新卒が入ってない(本当は10人ぐらい欲しいし以前はそのぐらいいた)し、
その新入社員も他社では相手にされなかったであろうような奴とか、発達障害グレーゾーンみたいな奴とか、やる気ゼロで高いものと言えば有休消化率の高さだけの奴とかが混じるようになって、明らかにレベルが低くなっているのに、
そんな奴らと勤続10年の俺で給料はたった2万円しか変わらなくて(毎年昇給が2,000円だけとでも言うのか???)、
しかも俺らが入社した頃とは違って配属希望ヒアリングを行って概ね本人の希望通りに配属されるようになったりして、アホみたいな「高待遇」を受けてるを見たら、
このことを話すと「若者は社会の未来だから」みたいなこと言ってくる奴いるけど、会社の給料は税金とかじゃねーんだから国家レベルの将来世代のツケ云々とは全くちげー話だよクソが。
Wikipediaでは「1993年から2005年に学校卒業・就職活動していた年代」と定義されている。
以下は、ちょうどそのど真ん中で新卒カードをきった者の独り言。
■ 女、四大文系、成績普通、親元を離れて暮らしながらの就職活動。自宅通いの友人たちが春先には内々定を決めた中、夏の終わりまで苦戦した。50社ほど履歴書を提出したうち、面接まで漕ぎ着けたのは6社だった。
■ 両親、特に専業主婦の母は、自分の知らない会社を娘が就職先としたことに不満を漏らした。人事担当者は、不況のお蔭で優秀な女子を採用できて助かると笑っていた。
■ 正社員採用だったが、会社からは消耗品扱いされ同期もたくさん退職した。退職した同僚の中には、なかなか転職先が決まらずマルチ商法に手を出した者もいた。
■ 次の年度、さらに次の年度と時間がたつにつれ正社員採用の数が減り、代わりに契約社員率が上がっていった。正社員のような福利厚生は提供しないくせに正社員同様のプロフェッショナリズムを要求する上司が滑稽に見えた。
■ その後、派遣社員率も上がったので、2008年の派遣切りも決して無関係ではなかった。非正規雇用をクールな働き方と喧伝していた者たちは、自己責任論者と化して何もしなかった。
■ 家賃が固定費としてのしかかり昇給率も低かったので、入社から何年たっても己ひとりを食わせるので精一杯だった。経済格差に勝ち組・負け組と名付けて面白おかしく流行らせた者たちのおかげで、必要以上に卑屈になった。
■ 何とか転職して待遇も改善されたが、年若い同僚がその待遇をはじめから屈託なく享受していることに複雑な思いを抱いた。
■ 金銭面で何となく親になる条件をクリアできた気がした頃には、肉体面で親になれる時期を逸していた。
元々焼け石に水だった厚生労働省の支援プログラムは、COVID-19と少子化対策で完全に忘れ去られた。ここ数年、メディアで就職氷河期世代の問題が取り上げられる頻度は極めて低い。我々の生殖適齢期が過ぎ、いよいよ加速する棄民か。