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2018-01-22

西部邁自死に思いのほか動揺している

何なんだこの喪失感は。

断っておくが、西部の主張に同意たことはない。

多様な人々が共存して暮らしていく現代社会では、

多様性肯定するリベラル的な価値観は、全てのベース存在するべき前提だと信じている。

西部の、上記観点からは諸々居直って足を引っ張るだけの主張に、私の理性が同意たことは過去一度もない。

どんくさいおじいちゃん。

それが私の西部への印象だ。

だがしかし

何なんだ。

この半身がもがれたような喪失感は。

思うに、保守リベラルは、双方共が、社会にとって必要なんだ。

保守派の主張が、リベラル価値観あざ笑う事があってはならないし、

リベラルの主張が、保守派の居場所駆逐してはいけないんだ。

双方が、合意に達する事がないと分かった上でなお、

対話交流を続けることが必要なんだ。

こんなことは私の望んだ結末ではない。

ご冥福をお祈りします、なんて行儀よくいう事なんてできない。

ただただ、悲しい。

絶対に何かが間違っている。

2018-01-21

恋人いたことない人は

どこで人生機微を学ぶの?

議論し尽くされてきたこととは百も承知で、20代後半にもなって恋人いたことないひとがいるのが信じられない。

異性(場合によっては同性)から意図的距離を取ってきたのか、とても強い意志で一人を貫いてきたのか

年末に会った(仮にAさん)はいい人なんだけど30を目前にして恋愛経験が皆無らしくて、引いてしまった。当方女性

あなたの目の前にいるいい男は、元カノたちの涙の結晶」とはよく言ったもので、裏を返せばAさんは(少なくとも恋愛的側面において)何も完成されていないということになる。

から恋愛のなんたるかを私が教える(?)のも億劫だし、そんな歳にもなったら相手色に簡単に染まることもないだろうと思う。

それに、恋愛経験してこなかった人って、恋に落ちてしまって後戻りできないと感じた時の感じや、ときめき、思ってもないことを勢いで口走ってしまって後悔した夜、遠距離で再会できた時の喜びや幸せ計画性のない将来への曖昧妄想別離の後の喪失感、そう言った感情の揺らぎを経験してないってことよね。こういうのって、友達趣味では互換不可能なところだと思うし。

単純に30手前まで恋人いなかったって、なにかと拗らせてそうで怖い。

2018-01-20

文春への共感

本屋で文春、文藝春秋文字を見ると、立花隆の巨悪vs言論が浮かんでました。



スキャンダル記事には、華や色気があるものだったり、勧善懲悪的なものだったり、

切り取る話に独特の雰囲気を感じてました。



丁寧に取材を進めて事実を集め、訴訟対策も練った上で報道する姿も技が見えていて粋だなと思っていました。

今回も文春は「ファクトで闘う姿勢」を貫いた。



ただ、今回は共感できませんでした、

苦労続きの小室氏を窮地に立たせるのが文春が狙った結果なんだろうか、

この後味の悪さを予想して出したのだろうか。


引退報道も辛いけど、味方な気がしていた文春にがっかりした喪失感

共感って大切だよね。

2018-01-18

みなさんは現実土下座謝罪されたことがありますか?

わたしはありますドラマみたいだなと思いました。


みなさんはコップの水を目の前の人間にぶちまけたことがありますか?

わたしは一度だけあります土下座している人に向かって、そのとき持っていたコップの水を全部勢いよくぶちまけました。うわっ、ますますドラマみたいだなと思いました。

すなわち、わたしには「土下座して謝っている人に向かってコップの水をぶちまけた経験」があります稀有経験だと思いますが、リアルで話すと絶対に引かれるので、致し方なく匿名ダイアリーに書いています


どうしてそんなことをしたのか?

相手土下座という、およそ非現実的謝罪方法選択したときわたしは強い危機感を覚えました。彼の必死さが怖ろしく、一方で、ここで舐められたら終わりだと思いました。わたし相手絶対に赦さないことをはっきり示し、復縁を諦めさせる必要があると感じました。

伝統的には土下座をしている相手を踏みつける方法もありますが(ドラマとかで)、現実にそれをやると犯罪なので、とっさに手に持っていたコップの水をぶちまけました。水は弧を描いて、土下座をしている相手の後頭部と背中を濡らしました。

厳密に言えば、これも暴行罪に該当する可能性がありますが、場所が自宅のリビング相手パジャマ姿だったので、万が一、被害届を出されても警察は動かないだろうと考えました。

相手は、土下座して謝っている最中に水をかけられるという完全に異常な状況であるにもかかわらず、特に驚く様子もなく、か細い声で「ごめんなさい。本当に反省してる。許してほしい。」と言いました。

わたしはここが正念場だと思ったので、普段は出さない大きな声で「うるさい。早く出て行け。視界に入るだけで不愉快だ。」というようなことを言いました。その夜はさすがに眠れませんでした。


その日に至るまでの3カ月間、彼はほぼ一日おきに「とても反省している。愛しているのは君だけだ。君を失ったら生きていけない。なんでもするからやり直すチャンスをくれ。」といった内容のポエムメールを送ってきていたのですが、その夜を境にピタリと止み、2週間ほどで荷物をまとめて出て行きました。

彼が去ったあと、がらんとした部屋のテーブルの上に記入押印済の離婚届と一緒に四つ折りにされた便箋が置いてあり、確か「君と暮らし10年間、とてもしあわせだった。本当にありがとう。傷つけてごめんなさい。」というようなことが書いてありました。

わたしはそれを読んだあと、すぐに鋏で細く切って他のゴミと一緒にマンションゴミ捨て場に持って行きました。

部屋に戻って靴を脱いだ瞬間、ああ本当に一人になってしまったんだなという実感が湧いてきて、涙が溢れて止まらなくなり、床にうずくまって、文字通りわんわんと泣きました。

離婚たことについて後悔はなかったのに、それでも10年の歳月はあまりにも長く、喪失感は大きく、どうしようもなくてわんわん泣きました。


それから一年は、これまでの人生で最もつらい期間でした。一番つらかったのは、人を信用できなくなったことです。わたしはおろかだったので、10年も一緒にいた相手が病的な嘘つきであることを見抜けなかったのです。客観的証拠により相手が膨大な嘘をついていたことが分かった後は、誰も彼もが嘘つきに見えました。

周囲の人からは、なんであんなにいい人と離婚したのか、もったいないと責められたり、浮気は男の甲斐性だ、許せない女のほうが悪いと説教されたりしました。

離婚後も相手からは「元気にしてる?君のことをとても心配している。落ち着いたらまた会えないかな。」といった内容のメールときどき来ていたのですが、返信せずに削除していました。

最近連絡がないなと思った矢先に、「ご報告」という妙にかしこまった表題メールが届いて、開けてみると「結婚再婚)することになりました。相手妊娠しています。」といったことが神妙なトーンで書いてありました。彼が出て行ってから半年も経っていませんでした。


彼の再婚相手は、複数人いた浮気相手の誰でもなくて、わたしもよく知っている、ほんの数日前に一緒に食事をした女性でした。わたし彼女を友人だと思っていました。お酒がとても好きなはずなのに、その日はガス入りの水しか飲まなかったので、体調が悪いのかなと少し心配していたのです。ああ、なるほど、妊娠していたかアルコールを飲まなかったのかと妙にスッキリ腑に落ちました。

わたしは、「土下座して謝っている人に向かってコップの水をぶちまけた」瞬間が一連の出来事クライマックスだと思い込んでいたので、まだ続きがあるなんて想定外でした。事実小説より奇なりとはこのことかと思いました。

そして、ようやく治り始めた傷口に乱暴に塩をすり込むようなことをした彼らを強く憎みました。彼らを憎んでも自分を損なうだけだと頭では分かっているのに、感情コントロールできなくて、四六時中、彼らがしたことについて考え、彼らが不幸になるように願いました。そのときには、もうわんわん泣く余裕もありませんでした。


その後どうなったかというと、特に何もありません。

彼が出て行ってから一年くらい経ったある日、気が付くとすべては過去になっていました。時折、激しい憎しみの名残が発作のようにやってくるのですが、それも長くは続かなくなりました。ただ、不倫浮気を美化する内容のドラマ小説に強い嫌悪を感じるようになりました。

彼らが不幸になったかも知りません。子どもは無事に生まれたらしいと風のうわさに聞きました。それでよかったと思いますわたしの見ている前で、彼らが不幸にならなくて本当によかった。

さっき「離婚して、わんわん泣ける女になりたかった。」というタイトル記事を読んだら、一連の記憶フラッシュバックしてつらくなったので、気持ちを静めるためにこれを書きました。

自分経験に照らすと、記事中できれいごとを言っている元夫は嘘つきで、本当は慰謝料を払わず離婚して他の女性再婚したいだけなのではないかと感じましたが、そんな風にうがった考えを持つことは人を幸せしません。



なので、ここに書くことで忘れてしまうつもりです。

2018-01-11

失恋した!!!!!

びっくりしてる、自分でも。

会って3回そのうちデートは2回っていう相手にここまで恋焦がれてた自分にも、2回目のデート死ぬほど手応えがあった気がしてたのに、今は連絡が途絶えてしまたことにも、びっくりしてる。

連絡が途絶えただけで失恋定義するのは早いかもしれないけど、相手自分と同じ環境にいる人間ではないので、連絡がないと脈ないなーと感じてしまう。今までどんなにくだらないLINEでも続いてたから余計に。

2回目のデート、めちゃくちゃ良い感じだったんだけど、そう思ってたのは自分だけだったっぽいな〜〜

また会ってくれるって約束もしたんだけどな。だめだったね。あっけないね

片想いのままで終わる失恋が生まれて初めてだから、どういうテンションでいればいいのか分からないよ。

ちゃんと振られたかった。既読無視なんていう曖昧理由失恋を察したくなかった。あなた気持ちには応えられませんって言われて、LINETwitterもぜーんぶブロられたい。だったら諦めつくのに。

ただの既読無視だと、諦めつかないよ。失恋だって自分に言い聞かせながら、どっかでまた連絡くるの期待してしまうもん。「前まではこんなLINEにも返事してくれたから、今日しかしたら返ってくるかも」って期待するの、辛いよ。

振られたいか告白するべきなのかな。でも既読無視されてる相手に今更会う約束取り付けて告白なんて少なくとも自分には無理だわ。LINE告白なんかなおさら無理。

何すればいいかからない〜〜

ここ最近好きな人に会うために頑張ってきたから、目標見失った喪失感もある。失恋辛い。

2018-01-07

他人を拠り所にしすぎて失敗した

から一人でいることが多かった。

一人でいるのが好きだったし、他人といることはとても疲れた。一人でいても全然暇じゃなかった。むしろやることがありすぎて忙しかった。テレビを見たり、漫画を読んだり、親が使わなくなったパソコンディグダグマインスイーパーをした。スーファミドンキーコング2も64の時オカも何周しても飽きなかった。勉強もかなりやったし、成績が上がるのは楽しかった。

もちろん、友達とも遊んだ。それも楽しかったけど、遊ばなくてもよかった。半日以上他人といると疲れたし、それは年齢が上がるほど顕著になった。高校の時には親が相手でも長時間一緒にいると疲れるようになった。ただ、高校生までは嫌でも毎日かに会わなくちゃいけなかった。学校いかなくちゃいけないし、家には家族がいた。だから、一人でいられる時間は貴重だったし、とても大切にしていた。

それが大きく変わったのは大学に入って一人暮らしを始めたからだった。

本当に衝撃を受けた。

家にいれば誰にも会わないし、学校に行っても知り合いと会わないことは容易だった。そして大学入学祝いに買ったもらったノートパソコン無限時間を消費できる代物だった。はじめて開いた2ちゃんねるは常にスレッド更新されたし、親の足音を気にして見ていたエロ動画は何時間でも気兼ねなく見られた。インターネットは俺の一人好きを助長した。それは嬉しいことだったし、望んでいた環境だった。大学1年の夏休み、気が付いたら家を出ずに1週間たっていたこともあった。ご飯は宅配で頼んだ。大学で知り合った同級生から遊びに誘われても忙しいからと断ってテレビを見ていた。

今思い出しても、あの頃は本当に充実していた。

そんなことをしていると、時たま誰かに会いたくなる。一人でいる時間を9としたら、誰かに1は会いたくなる。夏休み明けは少しずつ同級生と遊ぶようになった。だんだん仲良くなっていった。そんなことを繰り返していくと、友達ができるようになった。友達と遊ぶのも悪くないなと思った。

大学4年になる頃には、一人でいる時間より友達といる時間の方が長くなった。楽しかった。本当に。

一人でいるときの楽しさと別のものだった。ふと、最近一人でいる時間が少ないな…と思った途端に怖くなった。もし、また一人になったらどうなるんだろう。あの頃のように一人でも楽しめるんだろうか。誰かがそばにいないことを不安に思わずにいられるんだろうか。そんなことを考えたけど、まぁ大丈夫だろうと見ないふりをした。いつだってそばにいてくれるだろうと思ってた。

そのうち社会人になって、環境が変わった。でも、大学の時と違って一人の時間は少なかった。会社って、本当にずっと仕事してるんだな。一人でいる時間なんてほとんどなかった。真面目だったし、さぼらず一生懸命働いた。そんなことをやってれば、会社人とは仲良くなっていく。同僚の枠を超えて、友達と呼べるような人たちも増えた。飲みに行ったり旅行したり、いろいろ遊んだ。俺にとって、自分自分であるのはその人たちと遊んでいる瞬間になった。

その人たちと遊ぶために生きるようになった。

残業も面倒くさい仕事も、友達と遊べるならと頑張った。空いている時間は誰かしらと遊んだ。寝ずに遊ぶことがかっこいいと思っていた。飲みすぎて吐くことがイケてると思っていた。一人でいる時間が少ないことが生きている証だった。

そんなことを何年も続けて、もう30手前。

仲いいと思っていた人間たちは、次々と自分の道を歩み始めた。

結婚転職独立

俺が他人だけを拠り所にして生きてきた中、その人たちは色々蓄えてきたらしい。

人脈、貯金能力

全然気づいてなかった。俺には友達しかいないと思った。でも、友達もいなかったらしいことが分かった。俺が自分人生をかけて仲良くなってきたと思っていた人たちは、他の人と仲が良くなっていた。俺は1番どころか、みんなのランキングにも入っていなかったらしい。

そうか、あれはうわべの付き合いだったんだな。

誰かと遊ぶために思考して、行動していた俺よりも、切磋琢磨している中で同じ時間を過ごしている人の方が仲良くなれるらしい。気が付いたら、俺だけ時間だけ過ぎていて何も得ていなかった。

思い出せば、昔一人でいるときは多くのことを磨いていた。勉強をしたし、絵も描いたし、ピアノもやったし、習字かいた。運動も一人でできることは何でもやった。そんな俺でも、誰かと会ったときは緊張しながらも話が盛り上がっていたと思う。

どうやらそういうことらしい。

他人を拠り所にした俺には、何も残らない。自分を大切にした人には、きっと色々集まってくる。

無駄時間を過ごしたと思う。他人を拠り所になってしなければよかった。

何より喪失感が大きい。寂しいってこういうことか。大学の時に恐れていたことは正しかったな。

けど世間から見れば、まだ、若いんだろう。

からでも、自分時間を生きていこうと思う。

他人ではなく、自分自身を拠り所にして。

2017-12-19

個人的ベスト増田2017

流行ってるから便乗便乗!!&個人的備忘録

2016年12月から今(2017年12月)まで、自分ブクマから好きなのをピックアップしてたら大量になったんだけど、好きだから全部紹介しちゃうよ。

と思ったら、2017年に書かれたものじゃないものも含まれてたけど、発掘されたのが2017年なのでそれでもOKってことで。

多すぎて時期・ジャンルはまとめられなくてバラバラだけど、気になったものをチェックしていただけたら幸い。

旦那ドルドルンうるさい車を買ってきた(anond:20170508181335

どんな車かわからない人は、「ケータハムスーパー7」でググろう。この車の見た目に大爆笑間違いなし。この奥さん増田には悪いが、笑うわこんなん

顔の巨大な美女欲情する特殊性癖anond:20170125015317

ちょっといたことのない性癖でびっくり。その後の追記やトラバさらに深い話になっていくのも面白い

私たち勃起について語るとき起こりえるささやか奇跡anond:20170915215309)、男、その他の乳について(anond:20170918232739

何か読んではいけないものを目にしたかのような、クセになる独特すぎる世界観の謎増田文学。おそらく同一人物による作品なので二つにまとめた。ファンになったので、是非続きを読みたいのだが、その後この文体増田は目にしていない。

わたし峯田和伸さんのファンanond:20170720191841

この異常な熱気!こういうのが読めるから増田は辞められない。

本日を持って同人活動をすべて終了することにする(anond:20170927004524

会社めしながら表現活動をする者が必ずぶちあたる、考えさせられる問題

明日おじゃる丸SP再放送)を見てほしい(anond:20170811221705

もうとっくに終わった話だけど、これで教えてもらって見たら本当によかったので。教えてくれてありがとう!!あんヤバいものとは思わなかった。みんなも機会があれば、是非観てほしい。

副業風俗レポを連載していたのだが、(anond:20171023190844

風俗レポって読み捨てられるだけの存在だが、こうしてまじまじと読むとちゃんとしたひとつの「作品である

aukusoeは9月8日に何が起きたのかを説明する責任がある(anond:20170914205755

増田アイドルあうくそえちゃん。これ、個人的にかなり気になってたのに、全く説明ないまま、今も相変わらず助六パクパク、はややーしとる。

しまじろう!トリッピーのおじいちゃんが生活保護だということをTwitter拡散したらだめじゃないの!(anond:20170707002924

冒頭から心を鷲掴みにしてくる憎い増田。とにかく読んでほしい。

笑わなければ、人生勝てない(anond:20150625224054

海外生活するための覚悟

姉とセックスしてしまった(anond:20170601213011

乙女チックばあさんがつらい(anond:20170530104942

本人は本当に辛かろうが、傍から見るとすげえおもしれえ。

おっぱいを吸わせてあげている(anond:20170530100257

たぶん俺も泣く。

本当にあった笑える話」みたいな4コマ雑誌anond:20170522075152

漫画って研究され尽くしたと思ってるけど、まだまだ未踏ジャンルがある奥深い世界である。他には植田まさしパチンコ漫画などもあるな。

ボキャブラ天国って何が面白かったの?(anond:20170519081429

当時は毎週楽しみにしてた番組ひとつで、笑い転げてた。たしかに、今見ると全然面白くない。類似企画空耳アワーは相変わらず面白いのがすごい。

美大生との合コンがやばすぎた。(anond:20170429110724

句読点、改行が全くない長文なのに、ものすごい勢いでスラスラ読めてしまう。むしろ逆に読みやすいし、面白い。謎の魅力溢れる、天才が書いたとしか思えない魔文である

職場オナニーがバレったぽい(anond:20170206190014

こんなタイトル目にしたら、開かずにいられんだろ!!

ち・ち・ち・ち〜んぽ〜ちんぽほ〜け〜(anond:20170209001741

人目で何のことかすぐわかっちゃう個人的に大好きなやつ。

はぁちゅうとか村田まりとか塩谷舞とかが関わるフェイクニュースステマ記事を一切みないようにしたい。(anond:20170205102547

今はネットヒーロー存在はあちゅう氏、この頃ははてなでボロクソにされてた。時事ネタとして捻じ込んでみた。

セフレ無修正動画に出てた(anond:20170201191934

なんともいえない読後感。読んだ後の喪失感がすごい。ブコメも良い。

婆ちゃんに戦争の話聞いてきた(anond:20170116162327

バカ増田ばかり読んでるけど、急にこういうのが目に入ってくるのも増田の良いところ。

2016年ヤッて良かった女(anond:20161230142101

こういうのって有名作家のやつじゃないと面白くないと思ってたけど、そうでもなかった。今年も書いてほしい。(そういや、まだ2017年買って良かった物はまだ増田で目にしないね。)

日本死ね」のGoogle翻訳 不動点を求めてみる。(anond:20161223225658

たぶん去年の暮れに一番笑った増田。今見ても笑う。

オーバマオマオバマ黒人anond:20170813204902

読んで鼻水出た。こういうの思いつけるのうらやましい。

待ち合わせの約束をすっぽかされることが多い(anond:20171204213513

感覚異次元増田。脳が亜空間に飛ばされる。これはいかん・・・

笑っちゃうanond:20171117210824

ブコメが荒んでるが、俺はこれ大好きだよ。好きなものは好きだから今年のベストに選んだ。

野良猫って頭悪いのでは?(anond:20171102152338

議論のあってるあってないはどうでもよく、後半の怒涛の返信ラッシュの勢いがすごい好き。

クールに行こうぜ。(anond:20171027200200

これが初期2ちゃんねるなら、コピペされて有名になるような香ばしい文章。こんなのが今の時代読めるとは感動すらある

アンパンマン狂気YOUTUBE動画anond:20171101092144

ようつべって自分の好きなジャンルしか観ないから、知らないところで謎のジャンルが広まってたりしてて奥の深い世界だなあ、と。

今までで一番腹立った煽りanond:20171027134228

狂おしいほど愛おしい増田。「クソ雑魚ナメクジレベル流行ると思ったが、そうでもなかった。今から流行らせてもいいのよ?

ケツの穴かっぽじってよく聞きやがれ!!!!!!anond:20171029172139

これの次エントリが、「下ネタ投稿する方、恥ずかしくはないのですか?(anond:20171029172155)」という奇跡連携プレーで笑う。どちらもブコメトラバ共にバカバカ

オリーブの首飾りは風評被害など受けていない(anond:20171013062716

全く知らないムダ知識が増えるのも増田の魅力。

ネカマはシコれる(anond:20171014111808

ブコメのどうしようもなさ。ブコメ含めてひとつ作品である

iBuddyっていうアイコス( @iqos_support_jp )のパクリ商標侵害じゃないのか(anond:20171011042143

最近量販店でヤバそうな中華コピー品が堂々と販売されているのをよく目にするが、大丈夫なのか。ファミコンハックロム入りの互換機とか堂々と売ってるし。炎上しそうと思ってたら、全く話題にならなかった案件


他にも紹介したい増田があったけど、けっこう削除されててガッカリ

まり他のベスト増田に被らないようにしたつもりなので、みなさんがまだ読んでないものを紹介できてたらいいな!

リンク:五番煎じぐらいの、2017増田50選(anond:20171218232754

2017-11-24

初デートだったんだが

彼女と別れてから喪失感半端ないので、ポエムを残す。

初めての彼女との初めてのデートだったんだが、デート中は天国だった。

彼女が笑いかけてくれたり、つまらないことに一々反応してくれたり、顔真っ赤にして手を繋いだり等

そんなこんなでさっき別れて今家なんだが、世のカップル彼女とのデートが終わった後のこの孤独感・喪失感にどう対処してるんだ?

実家帰省して、しばらくくつろいでから自宅に帰ってから孤独感とそっくりなこの感じ、未だに慣れない。

たかデートの一回なのかもしれないがその一回が童貞には大きすぎてその後の一人が辛い。

デート終わったばっかなのに次のこと考えないと死にそうになる。

2017-11-22

2017年徳島ヴォルティス振り返りメモ。何が僕らをアツくさせたのか。

・去年まではガチガチに守って、カウンター一発のヴォルティスサッカー試合には勝てても、面白くない。

ロドリゲス監督が打ち出した「攻め」への追求

・前半戦の名古屋戦で最高のパフォーマンス、つないで果敢に攻める攻撃は観る者みんなを興奮させた。

DF馬渡の退場行為ジェフ戦)

・格下相手に取りこぼしが続く

DF馬渡の世間の逆風に耐え、フィールドプレイで示す姿勢

山形戦での攻撃爆発6-1

・相次ぐサポーター不祥事(水掛け、乗り出し)

FW渡の謙虚すぎる姿勢、90分走り続けて、ゴールを狙う姿勢

FW山崎FW渡の息の合ったツートップ(目に見えるほどのお互いの信頼)

サポーターグループの再編

チャント応援歌改善フラグシップによる応援

キャプテン岩尾の一年間を通しての献身的守備

・岩尾のMIP(サポーターの多くが岩尾を見ていた)

ホーム終戦大分戦)後の岩尾からメッセージ東京で待っています

東京ヴェルディ戦1000人動員(高々1000人と言うなかれ)

僕たちはヴォルティスサッカーだけを見ていたわけではない。

その背後の物語を見ていた。

登場人物みんながエネルギーに満ちあふれた、そして若すぎる物語に酔いしれていた。

ヴェルディ戦後喪失感。宴の終わりを知らせる笛。

あと少しだけでも、この甘酸っぱい物語に酔いしれていたかった。

これから選手移籍市場。僕たちは渡をはじめ主力選手流出覚悟している。

もちろん徳島に残って欲しい、もう一度、このメンバーで戦って欲しい!と思う気持ちはある。

しかし、一方でそれではいけないのではないかと心の底で思っているのも確か。

そう2017年ヴォルティスは「若さ」が紡ぐ物語こそが魅力だった。

若さ予測できないからこそ、ワクワクするのだ。

これがサッカーか。これがサッカーなんだな。

日本Jリーグが、徳島サッカーチームがあって本当に良かったと心から思う。

ありがとう

No Soccer, No Life.

2017-11-05

フラれてから24時間建った

自分(31男) 相手(34女)

電車で二時間程度の距離

スタートから終わりまでの期間は約半年

相手はとっても仕事熱心&責任ある役職

・好きという感情自分の中で確信が持てない

➡️そんな状態で付き合い続けることが自分自分を許せない という相手談。

あなた(自分)と別れたらもう結婚しない人生になるかもしれないから後悔するかもしれない。だけど別れたい と言われてしまった。

もう頭がパニックなので誰かアドバイスや、野次ください。喪失感で心がバラバラになりそう。

2017-10-18

ゆっきー

新参の俺ですらこの喪失感

古参はたまんないだろうな。

卒業公演は行きたいが、本州はあまりにも遠い。

卒業ツアーで全国行脚してほしい。1年くらいかけて。

2017-10-08

圧倒的な喪失感の前では何もかもがどうでもよくなるということが分かったので何もかもがどうでもいい

死刑の改善案

死刑制度賛否について、実生活だとキチガイ認定されると面倒なので、本音と建前を使い分けてます

死刑仇討ちの違い

応報刑論と目的刑

本音説明

自分家族や大切な人が殺されたら、その憎しみ・恨みを晴らすために、犯人自分の手で殺したい。(仇討ち派)

死刑制度があると、自分の手で殺すことが正当化されない。(死刑制度仇討ち邪魔になる)

死刑制度がなければ、自分犯人を殺しても、自分殺人罪を問われて死刑になる心配がない。(安心して仇討ちができる)

 

こんな理由説明したら、お前は野蛮な奴だ!と叱られちゃうから言えない。

現代仇討ち

私刑復讐連鎖を呼び起こすからダメだという批判もありますね。

しかし、現代でも犯人自分で殺す「仇討ち」は絶えません。

 

(例)6歳娘を強姦され犯人を射殺した母親 多くの親が「気持ちはわかる」(米)

http://japan.techinsight.jp/international/2017/09/yokote201709021811.html 

アメリカじゃ被害者遺族が犯人を射殺する事件がよく起こってます

 

遺族への償い

遺族が本当に望んでいるのは、死んだ被害者が生き返ることです。

死人が生き返るなら、犯人にも死んで同じ苦しみを味わえ!と憎む必要もないでしょう。

 

しかし、死人が生き返ることはないので、その代わりに犯人には死んでもらいたいのです。

犯人が死んでも、被害者を失った喪失感回復されないので、100%満足はできないけどね。

死刑改善

死刑制度は存続させるとしても、欠陥の多い制度なので改善余地があります

 

中国は今も囚人から臓器を摘出している?

http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/02/post-4454.php

 

より良い死刑仇討ちを実現するために、良いアイデアがあれば教えてください。

2017-09-15

人間死ぬように設計されている

なのに、身近な人が死んだら悲しいっていうのは身勝手感情だと思う。

与えられた状態幸福だとすれば、幸福が取り消されるのはゼロになるというわけにはいかず、一気にマイナス振れ幅へと変わってしまうのだから、たちが悪い。

悲しみには目的がない。脳内物質コントローラーとしての役割はあるのだろう。

悲しみとは失った相手にではなく「あなたを失った私の喪失感絶望感がかわいそう」という、自分の内的なものだ。

から悲しみは身勝手だ。

克服する選択肢しかない。だから、たちが悪い。

2017-09-12

https://anond.hatelabo.jp/20170912103426

どうして、管理職を一度もやらずに止めるのかわからない。

平職から管理職になったら、自分管理やすいように仕事を変えられるチャンスだと思うけど。

平職で上司残業ストレスで過労しているのを見ていたからかな。

手に職とか、職種にこだわって今まで仕事をしていなかったのならば、無職になって喪失感があるのはわかる。

趣味でもいいから声がかかるくらいに何かに打ち込むとか、アクションを起こさないと本当に脱落しちゃうよ。

引きこもったり世捨て人みたいな生活をせず、毎日家族以外の1人以上と会うべき。

モンハンとかポケモン好きすぎて仕事貰えてる人もいるくらいなんだから

2017-09-07

血はつながっていないけどばあちゃんは確かに俺らのばあちゃんだった

少し前の話だが、ばあちゃんが死んだ。

ばあちゃんと言っても血は繋がっていない。隣に住んでるばあちゃんだ。

うちは母子家庭で、当時40になったくらいの母さんと、小学生のおれと、弟の3人家族だった。

まぁ母さん一人の稼ぎじゃもちろん裕福ではなく、地味な暮らしをしてた。

小学生だった俺ら兄弟はまだ金の使い方も知らなくて、友達の持ってるゲーム機とか、はやりのソフト

カードゲームなんかをいいなぁと思いながら、ま~子どもと言ってもその辺の雰囲気は分かるから

いい子ちゃんしてわがままもそんな言わなかった(小学1年の弟はまぁまぁ駄々をこねてたけど)。

それより俺らがしんどかったのは、母さんが全然家にいないことだった。

小4と言ってもまだまだ子どもなので、寂しいは寂しい。

朝俺らを送り出して仕事にいく母さんは、9時10時まで帰ってこなかった。

そうなると俺は小1の弟を放っておけないから家に居がちになるし、夜はどうしても家で2人ぼっちになって、

母さんが作ってってくれたご飯やら買っておいてくれたパンやらを食べて、テレビを見たり2人で小突きあって時間を過ごした。

そんな俺らに救世主が現れた。隣の家のばあちゃんだ。いま思えば60代前半のばあちゃんは

「おばあさん」ていう歳ではなかったのかもしれないが、俺らはばあちゃんて呼んでた。

ばあちゃんとじいちゃんは、月4万5千円のボロ戸建てに住む俺らの家の隣の、それなりに広くてきれいな一軒家にずっと2人だけで住んでた。

日本家屋って感じの畳部屋ばっかの家で、中庭があってっていう少し広めの家だ。2人の子ももいたけど、あまり見かけたことはない。

ばあちゃんとの出会いは、笑っちゃうんだけど、柿どろぼうだった。

ばあちゃん家の庭には大きな木が何本かあって、中でも2階以上の高さの柿の木は、毎年沢山実をつける。

俺らは塀越しに手を伸ばして棒とか使ってとってたんだけど、ある時、「上の方のならもっと獲っても気づかれなくね?」

ってなって、こっそり隣の庭に入って木に登って獲ってたんだ(普通にDQNだな)。

ガラって音がして家の窓が開いて、あ、ヤバイってそっちを見たら、にこにこしたばあちゃんが顔を出して、「おとなりの●●くんと●●くんね」って言われた。

俺らは怒られるものとばっかり思ってたから拍子抜けして、「こ、こんにちわ~」って間の抜けた返事しかできなくて、

そしたらばあちゃんが「柿が好きなの?沢山持って帰りなさいね」って。

「え、いいんですか?」って聞いたら「私たちだけじゃ食べられないし、木にも登れないから、窓から手が届くところ以外は鳥のえさなの。

だったら沢山食べてもらった方が柿も喜ぶからね。お母さんに持ってってあげて」って言った。

緊張が解けてどっと安心して、ずうずうしく「あざ~す」みたいにそのまま沢山とって、ばあちゃんがくれたビニール袋に入れて持って帰った。

夜に母さんがたくさんの柿を見て驚いて、勝手に入っちゃったけど怒って無かったよって言ったら、ちゃんと謝ってこい!って怒られた。

翌日母さんに持たされたりんご持って謝りに行ったら、「そんなことよりうちにあがんなさいよ。蒸しパン沢山作ったのよ」

って言われて、またほいほい中に入って食わせてもらった。

それをきっかけにお隣によく上がりこむようになって、ご飯だのお菓子だの沢山食わせてもらった。

一度、「柿盗んでた時なんで怒んなかったの?」って聞いたら、「うちにはもう息子たちも寄り付かなくって孫にも中々会えないから、

何かあの木に登ってるところ見たら嬉しくなっちゃった」って言ってた。

今思うと、ばあちゃんも寂しかったのかもしれないし、何より隣だから母さんは母子家庭だってことを話してたと思うし、

ばあちゃんは俺らが2人だけで家で過ごしてることとか、うちがあんまり裕福じゃないこととかもわかった上でそう言ってくれたのかなぁって思う。

チビだった弟はことさらばあちゃんになついて、子犬みたいにばあちゃんの近くをうろうろしてた。

多分話を沢山聞いてもらえることとか、すごいねえらいねって褒めてもらえることとかが嬉しかったし、やさしいばあちゃんが好きだったんだと思う。

家庭環境からお察しだが、今まで周りにじっくり話を聞いてくれる大人なんかいなかったから。

そんなこんなでばあちゃんには沢山世話になって、俺が高校入って部活に精を出したり、

弟も大人びてきて友達と外で遊んでばっかりだったりして通う頻度は減ったけど、ばあちゃんは変わらず俺らを可愛がってくれてた。

ばあちゃん家に呼ばれた日のご飯は育ち盛りのおれらを意識して、どんどん肉が盛り込まれ、量もすごいことになってた。

夏は庭で花火をして、すいかトマトやらきゅうりやらを冷やしながら食べた。

(もちろん、じいちゃんも色々世話をやいてくれたし、ばあちゃんがそんだけ俺らに手をかけてくれたのもじいちゃんの広い心のたまものだと思うからめちゃくちゃ感謝はしてる)

そんな時だった。ばあちゃんが脳溢血で倒れて、後遺症からじいちゃん一人では世話が難しく、しばらく入院した後施設に入ることになった。

俺らは病院へお見舞いに行ったりしたけど施設となるとなかなか行きづらく、

施設も遠くて、大学に入って日常生活がにぎやかに忙しくなっていた俺は自然と疎遠になってしまっていた。

弟はたまにお見舞いに行ってたみたいだ。

そこから2年ほどで、ばあちゃんが死んだという知らせがきた。

母さんから電話でその知らせを受けて、俺は泣きだしてしまった。でも、泣き出してしまった自分に驚いた。

なぜなら遠くに住んでた方のじいちゃんが死んだ時は、葬式では少し涙ぐんだが、こんなに泣いたりはしなかったからだ。

堰を切ったように自然と涙がボロボロ出てきて、ああ、家族が死んだんだ、もう会えないんだっていう寂しさつらさがガーって襲ってきた。

急いで家に帰ったら、同じく飛んで帰ってきた弟がいて、顔を合わせた瞬間またボロボロ泣いて、

「にいちゃんばあちゃんが死んじゃった」って子どもみたいに泣いてて、ああ、こいつも同じなんだなって思った。

通夜にも告別式にも出た俺らはあちゃんばあちゃんってボロボロ泣いて、花入れて出棺する時はことさら泣いた。

しわくちゃになったばあちゃんが、穏かな顔で寝てるみたいで、手を触っても硬くてひんやりしてて、たまらない気持ちでいっぱいだった。

実際の孫たち(もちろん顔見知りではあった)はそこまで泣いておらず、

俺ら兄弟尋常じゃない様子に若干引いてた。

じいちゃんは、俺らのそんな様子を見て、「ありがとうな…」って涙ぐんでた。

ばあちゃんがいない喪失感は大きく、何か実感がわかないなぁってしばらく思ってた。

ばあちゃんは俺らの本当のばあちゃんだったよ。沢山可愛がってくれたばあちゃんは、本当のばあちゃん以上に俺と弟のばあちゃんだった。

血のつながりも大事だ。だけど人と人の絆には、血縁関係ないと思う。

一緒に過ごした時間や思い出が多ければ多いほど、繋がれるものなんだと思う。

から、俺らとばあちゃんを一緒に過ごさせてくれた全部と、ばあちゃん本人に感謝してる。

ばあちゃん、愛して育んでくれて、ありがとう

ばあちゃんの蒸しパンがまた食べたくてしょうがないよ。

すげえ長くなってしまった。どうしても吐き出さずにはいられなかった。読んでくれた人はありがとう

2017-09-06

葬式にフルで出ると人生モチベーションが爆上げする

だいたいタイトルで言いたいことは終わってるけどまあ適当蛇足

親戚の葬式とか行くことあるじゃないですか

子供だったころは焼香だけして外で遊んでたりするけどある程度年行くと喪服着込んで色々参加するわけですよ、しかもその頃になると昔よくお小遣いくれたおばちゃんとかたまにしか会わないで毎回「でっかくなったなあ!」とか行ってくる母方なのか父方なのかよくわからん人とかの関わりがあって元気だった頃をある程度知ってる人がピクリとも動かず棺桶に入ってるわけですよ

顔を見て、念仏を聞いて、挨拶とかして、運び込まれて、焼却場に移動して、入れられて、お骨になって、って色々続いていって

この前に会って話してたおばちゃんが2度と動かなくなってて、しかもそこまで家族と関わりが深くないと病状の進行なんて全くわからないわけで、来年正月とかにまた会うかなーとか思ってた人が初夏に死んでて、そこで能動的に会いに行くことになるんですよ(というか自分はそっちの家族の家にはほとんど行ってなかった)

んで、そこに同じような人らが集まる

死んでて二度と動かないし喋らない人のために大勢集まってるんですよ

死んだら自分は終わりじゃないですか

それなのに自分のために大勢人が集まるんですよ

こっちからは何も返せないのに

1日参加しながらそんなこと考えたら急に

「ただ日時を浪費してるんじゃないか?」って気持ち普段の100倍くらいになって、しかも、だからと言って「死にたい」なんて非生産的な思いにも変換されなくて

どうしようもないし何をすればいいのかもわからないけど、とにかく何かしなきゃ、なんか残したり身につけたりしなきゃって思ったんです

自分にとっては身近すぎる人ではなく、ある程度な人が亡くなってしまったのでこのような気持ちになったというのはあるとは思います、実際に親しい親族が亡くなった場合には喪失感に伏せるかもしれません

というかこの葬式自体は数ヶ月前なんですが、今現在自分祖母が死を待つような状況になりはじめていることでふとあの感覚を思い出したので書き殴らせていただきました

私がクズでありよっぽどのことがないと奮起しないという点は置いておいても、自分が死んだ時のためにやっておきたいことはあるのではないのでしょうか

私はやってないやるべきことが多すぎて、こんなことしてる場合じゃない、もっと人間として大きくならねばならない、という感情に包まれました

私が死んでも誰も来なくていいし、骨なんてそのまま海に投げ捨ててもいいけど、自分が生きているうちにしなきゃならないことってまだまだ色々あるんだよなって思ったんです

2017-08-26

中絶手術のエントリー読んだ。

私も三週間前の日曜、掻爬手術をした。

中絶じゃなくて、心拍確認できないけいりゅう流産

中絶手術と流産の手術は手順は全く一緒。

朝来てラミナリアを入れて、昼から10分間の手術をして、夕方には帰る。

帰りは夫の車で帰って途中でマックに寄った。家で大粒の涙をこぼしながらポテトを食べた。

自分で産まないことを選んでも、育ってくれなくても、きっとこの日の痛みは一緒だと思う。

半身をもがれたような、えもいわれぬ喪失感

でも、生きていかなきゃいけない。

この日を経験した女性しかからないなにかがあると思う。

私は、例のエントリーからそれを感じた。

色々な事情があると思うし、手術を経て彼との関係自分気持ちも様々揺れ動いたと思うけど、幸せになってほしい。

今度は望んだタイミングで授かることを心から願う。

私も、また同じ子に会えればいいなって思う。その気持ち絶対嘘じゃない。

2017-08-23

はっきり言って肉親が死んでくれてホッとする人もいる

動画:故人がペッパーでよみがえり、テクノロジーで弔う「四十九日」 写真9枚 国際ニュース:AFPBB News

この記事話題になってて、故人の顔と音声をPepperで49日間だけ再生するという奇妙なプロジェクトがあるのを知ったんだけど、記事を読んでもこの発案者の市原さんという人の考えてることがよく分からない。

記者はこう書いている。

故人が四十九日の間、そばに居てくれたら。懐かしい口ぶりや仕草をもう一度目にすることができたら──。大切な人を失った喪失感を、テクノロジーで癒やす「新しい弔い方」に目を向けたのはアーティスト市原えつこ(Etsuko Ichihara)さん(29)。

遺族の悲しみを癒すと記者は書いているが、市原さんの考えはもう少し深いところにあるらしい。

「誰かが亡くなった悲しみや、自分死ぬかもしれない恐怖を、科学では根本的に解決できないところがある。それを担ってきたのが宗教宗教がかつて担っていた領域を、テクノロジーを使って再輸入できないかと思った」

意図するところがわからないが祖母の死をきっかけに思いついたそうだから、肉親を亡くすとはどういうことか、具体的な何かの思いがこのプロジェクトを動かしてるんだと思う。


でもさ。

俺の父親認知症で60代半ばでボケ出して徘徊をするようになり、二人きりで住んでいた老齢の母を散々手こずらせ、もちろんヘルパーさんは来てくれるんだが24時間つきっきりな訳はなく、70をいくつか過ぎて足腰が弱ってからはやっとおとなしくなったけどその頃にはもうまともな会話ができなくなって、80のだいぶ前に病院のベッドで干物みたいになって死んだんだけど、あの10数年間の父、誤解を恐れずにいうと徐々に父でなくなっていった父Pepper再現する意味はないし絶対してほしくないな。だって死ぬ間際の父はロボット以下だったのだから


父の通夜では俺が添い寝した。焼き場で骨を拾った時は泣いた。母は通夜葬儀も泣き通しだった。だから悲しくないなんてことはない。

でもある種の解放感を感じなかったかと言えば、それはウソになる。


肉親を失うって、ただ悲しいだけじゃない、色々な感情のごちゃ混ぜなんだと思う。通夜から葬儀の間は、感情に向き合うのを忘れさせるために、わざとバタバタと忙しくさせるのだとも聞く。

49日、あるいは納骨までの一定の期間というのは、介護で苦労した母の思いや遠くで働いているためにモヤモヤした思いでいるばかりでロクな孝行ができなかった俺の悔恨を整理するために用意されていたように思う。

父には大した遺産なんてなかったか相続がどうのというのはなかったけれど、相続で揉めると憎しみさえ生まれるかもしれない。


そんなこともあってか、亡くなったのお面をかぶり喋り方を真似るPepperというのが、ビジュアル的な気色悪さを除いても、何でそういうものを作るのか、やっぱりピンと来ない。晩年の父はボケてたから。ボケた肉親のロボット出会いたいと思うだろうか?

もちろんこれはうちの場合だけで、中にはPepperになった肉親に会いたいと思う人もいるだろう。だからそれぞれの家庭の事情に結局は帰着するのだという身もふたもない話になるのだが、少なくとも俺には故人のモノマネをするPepperというものに対して、拒否反応がまず第一に来てしまう。

2017-08-14

人生いろいろ

すこし昔の話。

流産ののち、妊娠した。つわりは辛かったけど、安定期には落ち着いて、きっと今年は忙しくなるなぁ、とか思っていた。

しかし、妊娠後期に入って異常がみつかった。状態はある程度判断ついたが、病名確定せず。

結局予後不良で、看取りの出産になった。

どんな子なのか、妊娠中怖くて仕方がなかったけど、生まれてきた我が子は、とてもかわいくてかわいくて…でもすぐお別れになってしまった。

こんなことってあるんだ、と思った。

短い時間しか一緒にいなかったのに、この喪失感はなんなんだろう?

検査の結果、常染色体劣性遺伝可能性があるということらしい。次に妊娠した場合、1/4の確率子供は同じ病気になるようだ。つまり、また子供を看取ることになるのだろう。1/4の確率で。

この確率って高いのか低いのか、よくわからない。でも当事者にとっては0か100でしかないんだな。

配偶者親族でもない。こんなことってあるんだな。そして結局、同じ病気っぽい人、ネット上にもいない…(Google先生…)。

生命選択というけれど、もし1/4で子供死ぬとわかっているなら、そもそも子供を持つことを諦めるしかないのだろうな。

もう一回子供を看取る勇気がない。そして配偶者と別れるのも全く考えられない。

こういう理由があるって、知らなかった。

こういう人生もあるんだな。

でもきっと、人は皆、何かしら人生で予想しない出来事出会って、たたかっていくんだろう。

この悩みには蓋をして、また日常に戻っていかなければ。皆がそうしているように。

創作を辞めようと思う

結論最初から出ている。辞めようと思う。

これはただ、この哀しみを、この虚しさを、どうにも消化できないから吐き出すだけだ。完全にチラシの裏だし、なんの建設性もない。

勝手に辞めればいいと自分でも思うし、なにより、そんな断筆宣言なぞ古今東西あらゆる作家がやっては反故にしてきたものだ。なんの意味もないと言われればその通りで、反論余地もない。

だが、それでも、もう疲れてしまったのだ。

辞めようと思った理由は、すこぶるありがちで申し訳ないのだが、サークルメンバーとのモチベーションの差だ。

これを説明するためには、少々自分語りをしなければならない。突然の自分語り! なんともかまってちゃん香りがしてくる展開である。まぁ概ね犯人の自供シーンと大差ないので、ぜひ船越英一郎氏の気持ちになって聞いていただきたい。

私はもともと、一次創作小説をやっていた。書き始めてから、かれこれ十五年は経っていると思う。コミケ創作島に出すようになったのは、十年ほど前だろうか。

ここで初めて手に取ってもらって、対価と引き換えに本を渡した時の感動が、などと書けたら美しいことこの上ないのだが、残念なことに、私は自分の本が人の手に渡る瞬間を見たことは数えるほどしかない。なぜなら、どういうわけか知らないが、私がいるとみんな手に取ってくれないのだ。いないときに限って出るし、いないときに限って売り子に「〇〇さんですか?」などと声をかける。みんな、もっと本人がいるときに話しかけてくれていいのよ?

そんなこんなでのらりくらりと本を出し続けること約十年。ひょんな事から商業で本を出してみたり、ずっと書いていた物語が一区切りしたりで、コミケから足が遠のいていた私だったが、仲間内数名の酒の席で、とある二次創作で大盛り上がりをした。コミケで本を出そうという話になった。

ディレクションが一人、ライターが私含めて三人というメンバーだったが、私を除く二人は早々に脱落した。まぁそれは別に構わない。色々な理由があって書けないと判断するのは、それはそれで正しいことだ。

仕方ないねと思いながら書き上げてみれば、ディレクションしていた人物は、特に上がってきた話に対してのコメントはなかった。さらにいうのなら、その人物は何一つ、そう何ひとつサークルに益をもたらすような行動をしなかった。

今思えばディレクションとはなんだったのだろうか。商業で物作りをしているとかの人物は言っていたが、妄想のタネを配り歩くことを物作りであるというのかもしれない。それならそれで私の考えるものとは全く違う。

話を戻そう。その人物は、本のレイアウトまではかろうじてやっていた。だが、告知のための行動であるとかは一切せず、表紙に絵をつけようという話さえ黙殺し、空の写真を貼ってキレーとか言っていた。その空の写真と作中の物語には何か関係があるのだろうか。未だにわからない。

なんでそんなに消極的な行動しかしないのか、ちゃんと物を出す気はないのか、と問うたところ、かの人物は、趣味からそこまでやる気はない、と宣った。

曰く。自分は物作りを仕事にしており、趣味である以上、仕事ほどの労力をかけたくはなく、趣味範疇物事を行いたい、だという。

まぁそれは否定はしない。各々のスタンスは違うだろう。ただそれでも、あの日酔っ払いながら語った物語は、間違いなく面白かった。それを、必ず劣化するとはいえ、この世に存在するものとして送り出すことに、なぜ少しの手間さえ惜しむのか。だいたい、忙しいと言っているがドラクエXIやってんじゃねーかというツッコミは心の中でだけした。

そして迎えたコミケの日。私の前には、私が書いた物語があった。だがそれは、中身はともかくとして、外身はどう見ても他のものに負けている。もちろんそれが、物語を色褪せさせるものでないことは理解している。だが、そういうパッケージとは、タイトルフォントひとつ、本文のインデントの1mmにまで拘ったパッケージとは、物語として完結してしまったモノに、我々が贈ることのできる最期の手向けなのだ

会場には様々な本があり、彩りは様々だ。そのいずれもが、様々な制約の中、描き手が精一杯作り上げたものだろう。

翻って、自分の本はどうだろう。本文には妥協はない。少なくとも、自分面白いと思うものを詰め込んだ。だが、例えるならばその本が纏うドレスは、妥協妥協を重ねた、見すぼらしい、安っぽい既製品のようだった。

近くに、同じような内容の本があった。まぁネタ被りなどよくあることだ。内容は知らないが、そのパッケージは、とても良くできていた。これが愛だろうか、と思ってしまった。

そちらのサークルは、軽く数百部。翻って我々は三部。ディレクターは、あっちは印刷に百万ぐらい使ってるんだから仕方ないみたいなことを言っていたが、それがどうしたというのだろうか。

その差を目の当たりにしたとき、私の心は折れてしまった。

ああ、もういいかな、と。

そのあとは、逃げるように家に帰った。まさか自分の行動を逃げるように、だなんて表現する日が来るとは思いもよらなかったが、事実小説より奇なりだ。

一眠りすればこの空虚気持ち回復するかと思ったが、どうにも戻らないところを見ると、本当に私は心の底から創作にまつわる全てに失望しているらしい。

もっとも、自分が書かなくとも世の中にはごまんと物語が溢れているし、たかだか商業で本を何冊か書いたぐらいの弱小ライターだ。一人消えたところでなんの影響もない。というより、99%の人間は大なり小なりこういうエピソードで心折られて筆も折るのだろう。

別に彼らと自分が違っている、だなんて思ったことはない。だが、こういう風に筆を折るなんて、少しばかり、いや、だいぶ哀しい。

もう、私は彼らと創作の話をすることはないだろう。スタンスの違い、などでは許容できないほどに、私の物語蔑ろにされた。それを笑って見過ごせるほど、私は大人ではない。

吐き出してみればすっきりするかと思ったが、存外そうでもないものだ。それどころか、自分の未練を知覚するまである

だが、今はとにかく、創作というもの喪失感しか覚えていない。だから辞めようと思う。

今までありがとう

ここまで長い(原稿用紙6枚もあるらしい) チラ裏を、全て読んでくれていたとしたら、ただただ感謝する。

あと、コミケ出展するたびにブースに足を運んでくれた人。本屋で私の小説を買ってくれた人。今まで本当にありがとうございました

2017-08-06

少年フィクションに求めるものまとめ

1.全能感と勝利の時期(3〜12歳)

2.喪失感感傷の時期(13〜16歳)

3.現実感社会の時期(1720歳)

4.フィクションから離れる時期(21歳〜)

2017-07-03

些細なことで燃え尽きる

3ヶ月くらい楽しみにしていたライブに行ってきた。

ライブはすごく楽しかったし、感動したのだけど、一晩明けたらもう楽しみにしていたものは終わったのだと酷くむなしい気分になっている。

そのアーティストの次のライブだの今後の活動だのというのは告知されているのだけど、それを持ってもこの喪失感を払拭するには至らない。

どうしたものかと思いながら、淡々家事を片づけてあすからの生活に備える。

多分、また日常を重ねるうちにこのむなしさも薄れて落ち着いていくのだろうな。

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