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はてなキーワード: 喪失感とは

2020-06-20

「悲しい」を私はどこで手に入れたのか

少し前に祖父が亡くなった。

身近な人が亡くなるのはそれが初めてだった。

知らせを聞いたとき葬儀の場などでは悲しさを感じて涙を流した。

そしてニュースなどで著名人訃報を聞くたびにその時のことを思い出してまた泣いていた。

あれから少し気持ちも落ち着いた今、あの時の自分を思い返して疑問に思ったことがある。

私はなぜ泣いていたのか。

祖父の棺にすがりつきながら泣く祖母の姿を見て泣いていた。

遺品を整理し、やり残したことがあるまま逝った祖父に思いを馳せながら泣いていた。

これらは私が「悲しい」と感じたというより、祖母祖父の「悲しい」という感情共感していたのではないか。そう思った。

私と祖父だけの二人だけの関係を考えたとき、楽しかった思い出や怒られた思い出や嫌だなと思った思い出などなどすぐに思い返せる。

会いに行けばいつもいたその姿にもう二度と会えないのだという喪失感はある。

ただ、悲しいと思ったかと言われるとよくわからない。

著名人ニュースの件を考えたとき、私はその著名人に対して特に思い入れは無い。中には訃報で初めて名前を聞いた人もいる。

からきっと私は彼らの死自体には悲しみを感じていなかった、と思う。

それなのに泣いていたのは、彼らの死に寄せられるコメント共感をしていたからなのではないか

まり私は「悲しい」を共感しか感じていないのではないか

例え共感であっても私は「悲しい」をもう得ているのか。これから手に入れるのか。

私が共感を覚えた彼らは一体どこで「悲しい」を得たのか。

二次創作活動をやめた話

ここで言う二次創作活動とは描いた絵をどこかしらで公表する行為を指す。

二次創作をやめた話ではない。

私が二次創作を始めたのは7年前、とあるアニメにハマったのがきっかけだった。

それまで絵を描くのは好きだったが描くのはオリジナルのみで、二次創作は見る専門だった。

クールアニメを見終え、喪失感から二次創作を始めた。爆発しそうな好きの感情を吐き出す手段だった。

やめた理由は要約すると、私が老害オタクになってしまたからだ。

今の同人界隈(今回は二次限定する)についていけなくなったからだ。

現在二次創作活動を、同人活動を楽しめている人が読んでも腹が立つだけだと思うのでオススメしない。

以下に理由を挙げる。



キャラクターへのリスペクトが薄れた二次創作への嫌気

私の二次創作原動力は、キャラクターが好きという感情だ。

そのキャラクターを生み出してくれた公式への感謝があるからだ。

しかツイッターで見かける二次創作はとてもキャラクターが好きとは思えなかった。

天真爛漫なキャラは腹黒にされ、既婚者キャラ不倫野郎にされた。

とても着そうにない女性物の過激下着を着せられ挑発的なポーズをとっている推し(男)を見た時は衝撃だった。

本当に同じキャラが好きなのか。そもそも好きなのか?とさえ思った。

二次創作自由だ。当然だ。公式で見られないものを埋めるため、何を描いたっていい。

しかし最低限その自由にはキャラクターへの敬意があると思っていた。

自分趣味嗜好をキャラクター押し付けものではないと思っていた。

ただただ推しおもちゃにされている二次創作に耐えられなくなってきた。

公式へのリスペクトのなさ

人のキャラクターおもちゃにしているにも関わらず、それがさも良いことのように振る舞う人が増えた。

しかに昔より活動が活発化し、目立つようになったのにも関わらず公式は黙認してくれている。結果として利益に繋がっているからだ。

これを利益に繋がってるんだから認めろと言わんばかりの人がいる。

ガイドラインを出さない、立場としてガイドラインを出せない公式に対してわざわざ問い合わせを行いOKを出させようとする。

禁止にすれば公式けが利益を独占するな、それを禁止にするのは差別だと暴れる。

利益のため(金銭に限らずフォロワー数や反応を稼ぐ目的など)に好きでもないジャンルを描く。

何様だお前はと思った。感謝こそあれ盗人猛々しい振る舞いはなんだ。

公式が世に出してくれた作品を好きになり、ファン活動の一環として描かせてもらえているのだ。

己の利益のために描く人間があまりにも多い。二次創作が楽しめるなら公式を履修してなくたっていい。

④で書くがカタログとして土台が提供されていればいいのだ。

承認欲求との付き合い方の差

私は絵をTwitterにアップしている。

見てもらえると嬉しいし、反応があればモチベーションアップに繋がるからだ。

けれど反応がないからといって凹んだりすることもなかった。描いた時点で熱は昇華される。わざわざアップするのは上記付加価値のためだった。評価目的ではなかった。

今でこそそれなりに反応や感想をもらえるようになったが、アカウントを作って最初の4年くらいは全く反応はなかった。

それでも全く気にならなかったし楽しくかけた。だって好きで描いてるから

7年間大好きで大好きで同じキャラを描き続けている。

描いた絵に対して爆死したとか反応しないフォロワーに対して文句を言うのを見かけた。

反応をもらうために描いているの?

好きだから描いてるんじゃなかったの?

描かれた推し不憫だった。描き手の承認欲求を満たすために描かれ、反応がなければゴミのように扱われる。

推し交流の道具だった。

最近あの人反応してくれないから私も反応しない」と、他者作品キャラを借りているのに、優先されているのは自分承認欲求

私はそれに耐えられなくなった。

Twitter交流しない自分が少数派で場違いなのはわかっている。

これについては⑥で語る。

キャラカタログ

歴史上の物や者がイケメンになったり美少女になったり、それは別にいい。

ただ実在する人物、物に対して失礼なことが増えたように思う。

欲しいのは設定を考えなくてもいい状態と、見た目が好みのキャラクターデザインだけ。

実在してなくても声や顔で釣れるものは多いだろう。カタログから好みのお人形を選ぶだけ。

さらにそれを①で書いたように自分趣味嗜好を押し付けて楽しむ。

これが今の二次創作

二次創作が大切なのだ公式でも、元ネタでもなく、好みのビジュアルキャラでお人形遊びをするため。

日常アニメに生きてるキャラを血塗れの欠損にしてもいいし、欠損しているキャラに脚をはやしてもいい。淑女を痴女にしたっていい。カプのためなら不倫だっていい。犯罪行為に巻き込んだっていい。

二次創作だけを読んで二次創作をしたっていい。これは最早三次創作なのだがそれでも作品が好きだ沼だと言って騒げれば関係がない。

キャラクター性、アイデンティティなどいらないのだ。自分好みに改変できればいいのだ。

私はそれが嫌でしょうがない。

他者との距離感

Twitterは気軽にやりとりができるのが利点だ。

だが、気軽にリプが送れることと気軽なリプを送ることはイコールじゃない。

バズっているつぶやきに必ずと言っていいほど連なっている失礼な言葉

失礼なことが当然すぎて送られている本人も特に気にしてはいないだろう。

老害化した私が勝手に嫌がっているだけだ。

タメ口画像リプ、最近だと誹謗中傷話題になった。友達でもないのによくそんな礼儀を欠いたことができるなと思った。

相手が生身の人間だという認識はあるのだろうか。

けれど気軽なリプを送ることが今の楽しみ方なのだ

Twitterで丁寧な方がキモイと思う人も少なくないだろう。

この距離感が私には合わなかった。

マナーモラル

③で述べたがTwitter交流しない自分が少数派で場違いなのだろう。

けれどpixivはいくらマイナス検索を入れても住み分けされてないため地雷にぶちあたる。

ジャンル名男女カプのタグであらゆる腐要素をマイナス検索に入れてもBLにぶちあたるのだ。

Twitterはまだブロックミュー機能があり、信用できる人だけフォローしTLのみ見ていれば平和なのでこちらを利用している。

これは腐女子に対するヘイトではなくマナーを守らない人に対するものだ。腐女子存在特に嫌っていないし、住み分けをきちんとしてくれていればそもそも目に入らない。

私は男女カプを好んでいるが、男女者の中にも公式に平気で捏造カプを送りつけたり捏造カプを公式だと声高に主張する人もいる。

少しズレたが、とにかく学級会が多いのだ。

当然だ。大事なのは自分が楽しむことである人が増えた。

同人なので自分が楽しむことが正しいが、それはここまで書いたようにキャラクターへの敬意や公式への敬意が前提だと思っていた。

ここで言う「自分が楽しむ」は自分趣味嗜好のためにキャラカタログとして扱うことを指す。

自分が楽しめるなら公式迷惑をかけてもいいし、トレパクしたっていいし、ガイドライン無視したっていいし、地雷嗜好の人間嫌がらせしたっていい。

住み分け著作権も、今や邪魔者扱いだ。

何か変えようと主張する人がいても、一言お気持ち表明」と言えば真面目に取り合う必要がなくなる。

嫌ならスルーしろブロックしろと、誰でもネットに触れる環境になった令和にも関わらず配慮する気などない。

カプ表記絵文字にされればミュートもできない。配慮自分たちの界隈のみの存在

検索に引っ掛からないようにしたいなら最初から鍵をかければいいのだ。でもしない。

配慮あくま善意であって強制するものではない。それは分かっている。分かっているがここまでくると無法地帯だ。

黒に近い活動であるからこそ善意での配慮を大切にしてここまで続いたのだと思っていたが、自分が楽しめなくなる配慮はもうする気がないのだ。

常に誰かが怒っている。その怒りはトレンドに入ったり検索サジェストに出る。

もう疲れてしまった。


以上だ。

今の同人は~みたいな書き方をしたが、昔だってあっただろう。むしろ昔の方が色々と緩かった分酷い状態だっただろう。

ただその時期に私は見る専門であり、イベントに参加する財力もなく、二次を漁るときサイトの「はじめに」を読み、合う人にのみ触れていたから気が付かなかっただけだ。

若い人を指しているわけでもない。私はもう30も間近だが上の世代でも楽しんで二次創作活動をしてる人はたくさんいる。

自衛だってこれでもかとしている。

ブロックミュートも使うし、検索はなるべくせずTLだけを見る。

トレンドだって外国に設定して話題が目に触れないようにしている。

荒れている話題言及したこともない。

スルーし続けて、し続けて、それでもきりがないのだ。

それでようやく、自分が今の同人界隈に着いていけてないことに気付いた。

自分は少数派だった。

都度文句を垂れ流しながら二次創作活動を続けるのは簡単だ。

けれどこれ以上老害オタク化を進行させたくなかった。

私が老害オタクムーブTwitter晒して、ジャンルキャラが嫌われるのは嫌だ。

これから二次創作はするだろう。

だってそれが好きで好きでどうしようもない熱を発散させる私の唯一の手段からだ。

でもそれを公表するのも、二次創作活動をする人に感想を送るのももうしない。

公式情報だけを追い、絵を描く、そういう楽しみ方をこれからはする。

老害オタクになってしまった私の文句をここまで読んでいただきありがとうございました。

2020-06-13

全身用シャンプーを選ぶ

全身シャンプー無印良品

俺をこの沼に引き込んだ元凶身体と頭を同じ洗剤で洗っていいと言う概念に衝撃を受けた。

ほのか柑橘香りが爽やかだが、洗いあがりがさっぱりしており香りも残らない。

洗浄力はそれほど強くないが悪いとも思えない。強いワックスを落とすのは少し苦労するかなというところ。

髪の短い男なので、それほど気にしなかったが、髪がごわつく感じもそれほどしなかったと思う。

泡立ちが弱いので、使い始めた当初は洗っている感じがしなかったが、全身用シャンプーというジャンルは総じて泡立ちが弱いようだ。

しかし、じきに慣れる。そして慣れたころにはもう戻れない身体になっている。

ボトル一本と手ぬぐいひとつで、俺はたちどころに清潔になれるという万能感は堪らない快楽だった。

銭湯ジムシャワー室に行くたびに、周りの人々を見て「お前ら、身体を洗うのにそんな大荷物必要なのかい?」と歪んだ優越感に浸ったりもした。

とにかく身軽が嬉しかったし、浴室のモノが減って掃除も楽になったのも嬉しかった。

この蜜月永遠に続けたいと願っていたが、昨年末に突如販売終了となり、俺の心に風穴を開けたのであった。

メンズビオレ ワン (ONE) オールインワン 全身洗浄料 髪・肌なめらかタイプ花王

堪らない喪失感が俺を狂わせた。

AC部の狂ったCMに煽られて、俺はコイツに手を出したのだった。

最後の理性でレビュー確認したところ、普通タイプは髪の軋みがスゴいとの事だったので、俺はもう「なめらかタイプしかないッ!!!と意気込んでドラッグストアに乗り込んだ。

無印良品の全身シャンプーより圧倒的に安い。これがこの商品最初にして最後の美点だ。

安いので思い切って使える。しかし、流してもどこかヌメリが残る。これがお前の言う「なめらか」なのか?

そして、使い始めは何故か手の甲に発疹のようなものが少し出た。

でも、他にアテのない哀れな俺はとりあえず使い続けた。使い続けて分かったのは、やっぱり髪がごわつくという事だった。

そして匂いがキツい。フロ~~~ォラルな芳香手ぬぐい匂いが残る程であった。

どうしたものかと思いながらも使い続けていたが、梅雨の湿気でついにごわついた髪が制御不能(アウトオブコントロール)になり、もはや入浴なのか修行なのか判別できなくなったため使用を断念した。

LUX アスレジャー ヘルシーシャイン 全身シャンプーユニリーバ

俺は追い詰められていた。

髪と体は別々の洗剤で洗うという世間の風潮を拒否し、安住の全身用シャンプーを探し求めるまつろわぬ民 ――それが俺だった。

全身用シャンプーというジャンルはまだまだマイナーなようで、数多あるシャンプーボディーソープに比べると選択肢はあまりに狭い。

これまでの価格帯(1本1,000円程度)を外すと、次は1本5,000円台といった感じだ。

そして、1,000円クラスはやはりマイナーメーカーレビューも芳しくない。とにかく、キシつきは避けねばならない。

そんな中で出会った最後希望がこのシャンプーだった。

ボトルは150mlの小さいものしかなく、商品webサイトでもフィットネスジムで使うことを想定しているようだ。

それでも、容量あたりのコスト無印良品並で個人的に許容できる範囲だ。

使ってみると、使用感も無印良品に近い。髪の軋みもそれほど気にならず、大分良い感じ。

香りミント系で爽やか。もちろん、洗いあがりも良く、香りは残らない。流石ラックスと感激している。

願わくば、再び巡り合えた良き全身用シャンプーが終売の憂き目を見ないよう、こうしてささやかダイレクトマーケティングに励んでいる次第であります

みなさま、どうかよろしくお願い申し上げます

全身用シャンプー生活について

全身用シャンプー体験は、きっと人生を豊かにすると思う。

特段のこだわりが無ければ、身体を清潔にするのは簡単なほど良い筈で、全身用シャンプーは簡易とクオリティを両立させるものだと思う。

もし、他にも良い製品をご存知の方がいらっしゃれば、是非とも教えて頂きたい。

2020-06-07

喪失感

夜寝る前、いつものようになんとなく触ってたときしこりがあるのに気付きました。

気付いてましたが、健康診断チンコグラフィをするまで放っておいて、

結果で要再検査。それで大学病院に行くと、ステージ3のちんこがんで、

金玉にも転移してました。担当医は今日にでも入院して、がんの切除手術をと言いましたが、

「考えさせてください、明日ます」と帰ってきた。1人になって考えたい。

何もしなければがんが転移して、速やかに末期がんで死ぬだろう。

あいにく民間療法に賭けてみるほど絶望もしてなくて、結局


手術をして、ちんこと金玉を失った。なんだか男性でなくなった気持ちで寂しいわ。

2020-05-31

TBSラジオ山里亮太の不毛な議論 2020年05月27日放送分について

TBSラジオ山里亮太の不毛な議論2020年05月27日放送分の冒頭15分で

木村花さんの死とSNS攻撃された自分体験について語り

「今回のことは、僕は一生思っていきますし、考え続けます」と締めた。

ただ、この放送自体賛否両論で、

番組山里自身木村さんを揶揄するコメントをしていた加害性やその謝罪については一切触れず、

同じSNS攻撃被害を受けた立場として第三者的に話したのが悪い印象を与えたようだ。

自分感想としても、この放送は失敗だったと思う。

まずは放送時間全部使って木村さんのことや自分のことについて語るべきだった。

テレビ放送に乗らなかった木村さんの印象や思い出をスタジオメンバーからこそ知る話として

たくさん語ってほしかった。

山里言葉センスは、悪口自己卑下で笑いを取るときだけじゃなく、悲しんだり、悔やんだり、

思い出を語ったりするするときにも発揮されることを示してほしかった。

山里自身も多くのスタッフ家族を支えている立場上、自分責任と言い切って謝罪するのが難しいのはわかる。

からもっと主観的自分の中の喪失感、罪悪感や、今の芸風についてこの機会に素の状態で話してほしかった。

絶対に素を見せない山里からこそ、今回一度だけ素顔を出してほしかった。

弱者クズキャラで巧みに悪口を言う芸風を確立したのは確かにすごい。

それを若林には「マウントをとらせて下から関節を決める」なんて言われていたが

その若林がうまく弱者キャラを脱していったのを見ていてどう思ったのか。

山里が次第に人気者になり後輩も出てきて結婚もしてどんどん強者になっていくうちに

悪口芸がパワハラに見えて通用しなくなってきた実感は、空気に敏感な山里本人も絶対感じていたと思う。

ましてやプロタレントでもない出演者に、反論されない場所から悪口を言うテラスハウスで、

バランス役の徳井がいなくなった空気の悪さは絶対に誰よりも感じていたはず。

そういう葛藤ラジオ吐露することはできなかったのか。

またNSC時代から今の芸風を確立する間には、様々な試行錯誤があったはずで

そういう今の山里ができあがる過程を振り返る良い機会だったかと思う。

悪口芸にしても先輩に怒られたり、素人をいじりすぎたりした失敗が多数あったはずで

ずっとやってきた中で自分なりの踏み越えてはいけない一線があったはず。

それを今回踏み越えてしまったのではないかという自問自答を言葉にできたのでは。

そして今後誰かの悪口陰湿に言う芸ではもう笑いはとれなくなってしまったと思う。

それもわかっているなら、自分から今日限りでクズキャラ悪口芸はやめると言っても良かったと思う。

いままでこれ一本でやってきたしすぐには切り替えられないかもしれないが

これから誰かを傷つけるような悪口で笑いを取ることをやめるよう努力し続けると宣言すれば

みんな山里応援していこうという空気になったはず。

それが今回の件を一生考え続けるということだと思う。

※このエントリーは他の場所に書いた内容に加筆したものです

2020-05-18

てんしとあくま川口さんが亡くなったことに関して

お笑いは好きだが関東在住のため、俗に言う「関西お笑い」にはあまり触れていなかった

レースで決勝に行った大阪よしもとの芸人テレビで見たり、そこからYouTubeで周りの芸人ネタを発掘してみたりするぐらいだった

てんしとあくま」の存在自体は多分6、7年前くらいかぼんやりと知っていた

M-1キングオブコント上方漫才大賞などの賞レースでちょいちょい名前見るな〜という程度の認識だった

2015年の「おもしろ荘」で初めて地上波ネタを見た 面白かったという記憶はあったがどんなネタだったかは忘れた

今年3月の「ザ・ベストワン」でもネタを見た これも面白かったんだけど次の日にはもう忘れていた

漫才劇場(俗に言うマンゲキ)にレギュラーで出演されていたらしいから、関西劇場に通うファンならお馴染みの存在だったのかもしれない

関西のよしもと芸人によくいるネタはどれも水準を保って面白優等生タイプ、でも平場を見なければインパクトに欠ける、ただハマる人はめちゃくちゃハマる、ハマらない人にはすぐ忘れられるという印象だった

最近若手芸人にいるような「チャラ男で派手なパリピ」「元消防士から芸人に転身」「芸人と並行して税理士をやっている」といったキャラ付けも無かった

ただただ、ネタをやるだけの芸人

そんな芸人ごまんといる そういう人らに限ってネタ面白くて、でも世間評価はされない

から二日前、ツッコミ川口さんの訃報ネットニュースで知るまで久しく「てんしとあくま」の存在は頭からサッパリ無くなっていた

サッパリ無くなっていたというのに、衝撃だった

「えっ!?」と声を出してしまった

36歳の若さで、持病の内臓疾患で急逝だそうだ

数日前までは他の芸人リモート配信に元気に出演していた

てんしとあくまがそんなに印象に残っていなかったただの一お笑いファンだったはずなのに、泣けて泣けてしかたなかった

てんしとあくま真剣応援していたファンの方の気持ちなんてこんなもんじゃないだろう

他の芸人Twitterの呟きも見たが、「まだどう受け入れていいのかわからない」というものが大半だった

訃報が出たその日に行う予定だったZOOM配信生放送が次々と中止になった 「諸事情により急遽中止します」という事務的な連絡で

なんだろう、対して追ってなかったはずだったのにこの喪失感

心にぽっかりと穴が開いたような、ってこういうことか

その日のうちにYouTubeてんしとあくまネタを見た

ああそうだそうだ見たことある、と思い出せるものばかりだった チューリップ漫才椅子コント

面白いなあ

今まで頭の片隅にぼんやり存在していたてんしとあくま存在が急激にはっきりとした輪郭を持ち始めている

いやなんでだよ M-1決勝進出かにしてくれよそういうのは なんで訃報なんかで初めててんしとあくま存在をはっきり意識しなきゃいけないんだよ

今も頭の中が川口さんのことで埋め尽くされている 対して好きじゃなかったくせに

36歳なんてまだこれからだよ

M-1だってまだ出場権あったのに

一人の芸人が亡くなったんだなあ

うわなんかすごいやだな

ちゃんと生でネタたかったな

2020-05-10

ペットを飼いたい

犬か猫が飼いたい。鳥とかでもいい。

  

実家では子どもの頃からずっと犬を飼ってきた。

今は結婚して実家を出て、ペットOK物件に住んでいるのでペットを飼いたい。

  

でも夫が反対なのだ

理由は「死んだら悲しすぎて、その喪失感が怖くて飼えない」というやつ。

夫は動物嫌いではない。

しろ飼うことになったら溺愛するのは絶対夫の方じゃないかなと思うんだけど。

  

以前、当時夫が勤めていた職場ではとある小動物を飼っていたらしい。

夫だけではなく、社員全員が世話をしているような感じ。

ところが夏の数日休みの間、世話を怠ったせいで死なせてしまったという。

それをほんとうに後悔していて、生き物を飼うというのはハンパな気持ちではできないから飼えないという。

  

まあ、夫の気持ちもわかる。

その通り、生き物を飼うのってほんとうにハンパな気持ちではしていけないと思うから

  

私は、子どものころからずっと実家で犬を飼ってきて、その死をいろんな形で見送った。

1頭は老衰心臓病、1頭は若くして原因不明の突然死、1頭はてんかん&年老い状態で拾った末の老衰

の子の死もほんとうに悲しくて辛かったけど、やっぱり飼ってよかったと思った。

犬がどうだったか、というのは永遠にからいからそう思うのは傲慢かもしれないけど。

  

まあ色々書いたけど、なにより、一緒にいて、触れていて、その存在にとても癒やされるし励まされるんだよね。

実家を出てから常々痛感する。

あの、寝たり起きたりはしゃいだりする、フワフワした存在そばにいるだけで、どんだけ救われてたんだろう自分…って。

夫との二人暮らしに不満があるわけではないんだけど、犬や猫、人間以外の存在がいる暮らしがしたいよ〜〜〜。

2020-04-10

両親が僕の子供を抱いていることに感動する

子供を持つということと人生幸せは必ずしもリンクしない。だから全ての人が子供を産み育てるべきという論には反対だ。

ただ、僕は今のところ幸せだ。

父が僕の子供を嬉しそうに抱っこしている。

父が僕を授かった頃、男親は今ほど子育てに参加する風潮ではなかったし、仕事の都合で年単位家族と離れて暮らしていたし、そもそも父という人間はそれほど子供が好きではなかったらしい。

乳児の子育てに積極的に関わらなかった、関われなかったことが父にとってある種の喪失感になってると気付いたのは最近のことだ。

口達者な父なのに、母に「子供が小さい頃、貴方は何も手伝ってくれなかった」と愚痴を言われると貝のように黙る。少ししかない子育てエピソードを語る時は嬉しそうだ。「なんだかんだ言っても子供がいて楽しい人生だったよ」と語ってくれたこともあった。

父はもう戻れない過去に憧れているんだろう。それを孫をお風呂に入れながら取り戻しているのかも知れない。

あんなに優しい声の父を見たことがない。

母は本当に僕を愛してくれた。男の僕にとって母親干渉は年頃になるにつれて煩わしくなっていったし、今も顔を合わせると辟易とするけど、母親が僕を大事に思ってくれてる事はいつも感じてる。

その母親が僕の子供をあやしている。僕によく似てると言いながら。

母にとって大家族の中の育児家事は、毎日戦場のようだったろう。子供が最も可愛いとされる乳児期はあっという間に過ぎたはずだ。

母にとっては、そのあっという間に過ぎ去った貴重な時間を、息子に似た孫が再び与えてくれているのかもしれない。

母は今、あの頃の母の顔をしている気がする。

両親は、僕の子供を通してあの頃の僕に出会っている。

僕は自分の子供を通して、あの頃の両親に出会っている。

命の重みに差はないとか言うけど、京アニ社員志村喪失感は大きかった。

これからも凄い人が次々と失われて、野村監督の追悼特集みたいな番組が作られていくのだろうか。

人間喪失感だけで打撃が大きいので首里城などには気が回らない。

2020-03-31

ファクトチェック:2020コロナ危機

anond:20200124123112 について。

3月28日記事

https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2003/28/news034.html

1月27日では、感染者数は合計4474件、死者は107人

2月27日は、感染者数は合計8万2171件、死者は2804人

3月27日現在、全世界感染者数は54万2417人、死者は2万4354人

概ね2月世界中に広まったのは間違いない。

100万人が感染すれば1万人が亡くなる。は、50万人で2万人死亡。

オリンピック2020年の開催は中止、2021年開催宣言であちこちから非難を浴びている状況。

文明崩壊は、

世界部品工場である中国ロックダウンで、複数の国の生産ラインが一時停止するも、

中国国内での感染が終息を迎えて徐々に回復しつつある。

だが、複数の国で感染大中でまだ分からない。

人口の5%を失っても文明は滅びないだろうが、著名人文化人の死は大きな喪失感を伴う。

…といった感じ。

2020-03-19

anond:20200319115037

出会って100日しか経ってないのに考えたらすごく喪失感あるもんな

2020-03-18

大学卒業を迎えて感じたこ

卒業式は中止になってしまった。

からといってそれがとてつもなく残念だとか、憤懣やるせないなどと思ってはいない。

ただ少し思うことがあるとしたら。

「終わりよければすべてよし」なんて言葉がある。

皮肉なことに、最後区切りとなるイベントが中止になったこの状況は、さきほどのフレーズを真に受けるのあればあまり好ましくないだろう。

そう、別に落胆しているとか気落ちしているとか、そうではないのだけれど。

そう、ただね、あいまいに流れていってしまっていつのまにか社会人というのが、ちょっと味気ないなと、寒々しさを覚えているという具合なのかもしれない。

いわゆる「卒業感」というものを感じられないじゃないか

そして私は今、「卒業感」なる感覚を身に染みて感じている。

学位記を受け取りにいったり、同期とごはん食べに行ったり、後輩とお話ししたり。

そんなことをしているうちに、唐突に寂しさが押し寄せてきて。

ああ、この感情は知っているよ。

例えば、にぎやかな祭りが終わって人がまばらになった時の喪失感

例えば、遠い親戚の家に夏休み訪問して、食べたり飲んだイした後、見送られながら帰りの新幹線に乗る時の空虚感。

そういう類の感情で、それをもっと大きくしたような感覚

だって大学卒業たらみんなばらばらになって、今度いつ会えるのかもわからないんだよ。

今はSNSがあるからなにかしら繋がり続けることは簡単だけれど、でもリアルで合える頻度は減る。

それになにより、向き合う大賞が、変わってしまう。

今までは同じ大学で、学習とその先の就職という共通する目的があった。

でも、これからはみんな、違う場所で、違うことをやり、目指すべきものも変わるのだろう。

そう思うと、お祭りとか遠い親戚の家を離れるよりも格段に、寂しいと思うのかもしれない。

寂しさだけではない。

充実感と感謝気持ちもある。

「当たり前が尊いこと、幸せなことは、それを失った時に強く実感する」

そう、何の代わり映えもなくレポートを早く終わらせたいと投げやりになっていた時も。

何気なく友人と夜ご飯食べに行くのも。

一緒に勉強を教えあったり遊びにいったりした日々も。

当たり前のように流れていったことが、とても幸せで充実していたんだなと、改めて思うんだ。

から感謝してるよ。

綺麗なことだけではなくて、いろいろないざこざとか、投げ出したいこととかあった。

えれど確信している。なんだかんだいって、私たち学生をしていたと、いとおしめるんだって

みんなはどうなんだろうと、考えてしまう。

もう大学にいくことはないのだと思うと、とてもセンチメンタルな気分になってしまう。

そして、私の友人たちは私と同じようなことを感じているのかと。

別に友人たちとは社会人になろうとも、気兼ねなく遊べばいいし、それができるとは思っている。

ただね、別々な企業という対象に向かって、別々な歩みをすることがまだ想像できない。

から怖いのかな。

不安なのかもしれない。

これまでと関係性が変わってしまうかもしれないことが。

私の交流関係が狭く深くだから、だからその関係性に卒業という火種が加わるのを恐れている。いや寂しいだけかな?

友人たちも同じようなことを考えているのかな、そうであってほしいと私の強欲な部分がささやいている。

でも、ね。人は、関係性は、環境は、変わっていくものから

社会人になろう。

そして語り合おう、今までのようにね。

最後私自身に対しても、同期たちに対しても言おう。

He who would learn to fly one day must first learn to stand and walk and run and climb and dance; one cannot fly into flying.

最近アニメが見れない、ゲームができない、小説が読めない

作品というのは、それ単体が一つの箱庭であると思う

創作物である以上、そこにある表現以上の物はそこには存在しない

つの作品が終わることとは、その世界にそれ以上の未知がなくなってしまう事に他ならない

どうか私を置いていかないでくれ

うかいつまでもその世界にいさせてくれ

その寂寥感を誰と共感できるわけでもなく

その喪失感を誰が癒してくれるわけでもなく

その無聊を誰が慰めてくれるわけでもなく

から、年を取るごとに作品を消費するのがしんどくなってきた

世界でたった一人だけの狭い部屋に押し込められ、死ぬまでの永遠を過ごさなければならないことを思い出すから

誰もが自分一人だけの落とし穴のような空白と欠損に沈み、生きていかなければならないことを思い出すから

「そこは……どんな場所だ?」

「えっ?」

「お前が何にもしないで閉じこもっているその場所は、どんな所かって訊いてるんだ」

「え、なんで?」

「いいから答えろよ」

「うんっと、そうだね。……なんだか、牢屋みたいなところで、風がスースーと抜けるんだけど、どこにも出口とか窓がないの」

「それで……天井が低くて、立つことも出来ないんだけど、床に寝そべられるほど広くもなくて、ずっと膝を抱えて座ってるみたいな……」

「狭くて暗くて寒い?」

「うーん、多分、そんな感じかな」

――S.M.L「CARNIVAL

「なんか、いいね。すごくいい」

 僕は言ったんだ。だって本当にそう思ったし。それ以外、考えられないじゃないか。母さんも、黙って頷いた。きっと、同じ気持ちだったんだと思う。理紗が、そっと僕の手を握ってきた。その顔は、しらじらしく花火の方を向いている。僕は苦笑した。理紗もきっと同じ気持ちに違いない。彼女も、ずっと、一人で苦しんで来たんだ。辛い思いをして生きてきたんだ。みんなバラバラで、一人ずつ閉じこめられて孤独に苦しんできたんだ。でも、これからは、僕らはきっと、今まであったこと全部取り返すくらい、良いことばっかりしか起きないんだ。良いことも悪いことも、みんなで一緒に分け合って。

 みんな同じ気持ちなんだ、みんなで、幸せになるんだ。これから、ずっと良くなるんだ。良くなりつづける。一点の曇りもない、いつまでも曇ることのない、無窮の蒼天。影を作らない明るい太陽

 理想だったんだ。こんな風になるのが。いくら考えても、調べても、どうしてもこんな風に成れないって事ばっかり書いてあって、でもまだ知らない事があるから、そこにはなにかあるかもしれないって、ずっと調べて、知って、でも、知れば知るほど、不可能だって思うようになって、誰かが、全てが、全部僕の知識を裏切ってくれればいいと、ずっと望んでたんだ。そんなのはでたらめで、もっと素晴らしいものがあるって。そして、こんな風景を見たかったんだ。

(中略)

「もうよしな。あとがつらいよ」

 後ろから、声が聞こえる。

「あと、少しだけ」

 僕は、振り返らないで応える。

「見てられないよ。哀しい」

「お前が哀しいって言うなんて、思わなかったな」

「たまらないよ。わかるだろう? もうよせよ。辛いだけじゃないか

「僕のこと、可哀想だと思う?」

「ああ、思うよ」

「じゃあきっと、すごい幸せなんだ」

「ああ、そうだね。でも、お前は、これからも生きて行かなくちゃいけない。ここじゃまだ死ねない」

(中略)

 しばらく、花火を見つめてから、僕は、目を閉じた。また目を開けると、景色が全部消えて、真っ暗な中に、僕が、立っている。

「もう、充分だよ。うん、これでもう満足だ」

――S.M.L「CARNIVAL


<滅菌された物語>とでもいいましょうか。もちろん主人公の身に起きるのは良い事ばかりではなく、人並み以上に苦しい事や辛いことを経験しますが、最終的にはすべて彼の成長の糧となり、「人は何もかも受け入れて生きていけるんだ」という心強い感覚に浸れる、そういう話の事です。

(中略)

『いたいのいたいの、とんでゆけ』は、二度と抜け出せない穴に落ちた人の物語でした。しかし僕はそれを単に薄暗い話としてではなく、元気の出る話として書いたつもりでいます。とてもそうは見えないかもしれませんけれど、でも、そうなのです。

――三秋縋「いたいのいたいの、とんでゆけ」

2020-03-14

anond:20200313202224

若い女性はそれだけで求められるからな。

で、歳を取るとそのブーストを失う。

その喪失感ミサンドリーに突き進ませるわけだ。

男はその点、存在だけでは評価されず、何がしか価値を出さなければ他人評価されない。

自分の実力で得た評価ならいきなりの喪失というのはないわけだ。

実力ではなく、運や立場で得られた評価なら喪失もひどいだろうが。

そう考えると女の評価喪失時期は35あたりで、男なら退職時期か。

2020-03-01

お気に入り風俗嬢がいなくなった

何回か遊んだ嬢が何の前触れもなく消えた。来月の予定も出てたけど、それも含めてきれいさっぱり。

そういうもんだとは思っていたけど、それなりに喪失感あるな。口約束だけどまた行く予定だったし。

まあ何も言わずこっちから通わなくなるパターンの方が多いけど。

2020-02-26

メンヘラ彼女と付き合ってる奴は今一度ちゃんと考えてほしい。

2ヶ月ほど前、3年くらい付き合ってた彼女と別れました。

ごたごたが収束して僕にも新しい気になる女の人ができたので今これを書いています

まず僕の元カノについて説明したい。

容姿は下の中から下の下

発達障害らしいが、それを言い訳に使って僕に家事をさせたり金を出させたりする。

・聞いてもいない自分アピールがうっとおしい。

ちょっと休んだだけですぐ「私のこと放置した!どうでもいいの?」と鬼電(夜寝かせてくれない日も何日もありました。そのせいで今は僕が精神科にかかる羽目に......)

メンヘラってかわいいイメージあるよなw」とか抜かしてきた僕の友達、見てるか?

メンヘラ可愛いんじゃなく、可愛い子がメンヘラだと許せるだけ

これに尽きます。見た目の伴わないわがまま殺意を向けざるを得なくなる。

では、なぜ僕がそんな彼女とお付き合いしていたのか。思い返すと、あの頃の自分はいわゆる「オタ仲間」に飢えていたように思います。同じジャンルキャラクターを愛するフォロワーさんにはそこそこ恵まれていたのですが、いまいち話のピントが合わない。そんな時にツイッター上で出会ったのが彼女だったのですね。ツイッターアイコンを本人にする義務がないので、顔が基本的にわかりせん。まあ、ツイート内容のキモさと言うか、オタクとしての"濃さ"みたいなものがにじみ出ていて、よく考えられたらその時にこじらせたブスが背景にいるアカウントであることは察してしかるべきだったのです。僕のミスです。

愚かだった僕は、その子(元カノ)にコンタクトを取りました。「〇〇さんのツイートほんと共感性高い!」みたいなことを言って褒めちぎりました。彼女頭が悪い上、一度もモテたこともない汚い女だったので、すぐ僕になつきました。深い話を通話でするようになりました。

ここが騙されたポイントで、彼女気持ち悪いツイートばかりする「限界オタク」のようでしたが、初めて一対一で通話した時には「意外と声が可愛いな」と思わされる声質だったのですね。通話では顔は見えません。僕は彼女もっと自分好意を持つように、「かわいい声」「お話おもしろい」などと褒めちぎりました。これが大きな過ちの一つだった。

男でも女でも陰気なブサイクモテない。分かりやすい言い方をするならちやほやされたことがない。彼女もまたそうで、「かわいい」の一言を両親以外から言われたことがなかったようでした。(もちろん交際経験ゼロ)そうなると、毎日馬鹿みたいにそいつを褒めてやっていた僕は、ブスの片恋の的にされてしまうわけです。

複雑な事情があり、大きく端折りますが、結果的に僕とそのメンヘラブスは付き合うこととなってしまいました。

僕は幼い頃のさまざまな経験や育ちから自己承認力が弱く、汚いメンヘラの女からでも優しい言葉をたまにかけられるだけで依存してしまうほど弱い存在でした。

いつしか思考は「この子を手放したら自分には誰もいなくなってしまう」という強迫観念に囚われていました。

彼女を引き止めて置くためならなんでもしました。

働かない彼女ご飯を食べさせる。誕生日花束を贈る。汚いメイクのようなものを頑張ったね、上手になったね、と褒める。自分に優しくしてくれる存在であればどんなことでもしてあげよう、と思っていました。今考えると完全に病んでいますね。

余談ですが、僕の好みはボーイッシュ系が映えるショート美少女、体型はスレンダーが好きです。しかしこのメンヘラ彼女真逆で、手入れされていないボサボサの黒髪をだらりと流し、大会ババアかよって何度も言いそうになるくらいブヨブヨでした。そんな彼女必要に応じて何度も抱きました。頑張って自分を奮い立たせ、彼女失望されないようにそれだけを考えていました。そうしていたら、別れる間際から別れた直後あたりはセックスという単語を見るだけで彼女を思い出して具合悪くなるまでになってしまいました。

そうまでしてなぜ繋ぎ止めたのか?やはりこれは僕の自己肯定感の決定的な不足だったと思います。あとは周囲に本音で語れる人がいなかった。いか関係作りが大切かその頃の僕は気づいていなかった。本当に、恋人以外に本音を話せる友人を作ることは大事ですよ。

そんな彼女との縁の切れ目が見えたのが交際して2年半ほどのころ。

毎日僕が先に眠ると、明日仕事から寝かせてくれと何度伝えても暴れて起こされます。まるで赤んぼうのようですが、彼女20代の太ったブス。僕の精神は完全に疲弊していました。

その日も、僕が明日に備えて早めに床に着くと、「あたしがブスだから逃げるんでしょ!」「あたしのこと嫌いだから寝るんだ」等の支離滅裂言葉を叫ばれました。彼女はこのように「自分のせいなんでしょ」というスタンスこちらを攻撃してくるタイプ人格障害者でした。

その次の日は本当に大事仕事があったので、つい「そうだよ。だから寝かせて」と曖昧な返答をしてしまいました。

当然メンヘラ彼女はショックを受けて、黙ったのち彼女の鍵アカウント(僕も当時は相互でしたが)に勢いよく愚痴を書き込んでいるようでした。その日はその光景を横目に寝ることができました。

次の日の朝、いつものように彼女が「ごめんね、昨日暴れちゃって......」と誤ってきます。そうです、迷惑をかけるだけかけておいて、そのあとついでのように謝ることで自分は悪くないと思いたいクズ人間なのです。

僕は寝ぼけながらいつものように「〇〇さんは悪くないよ」と優しく言いました。重ね重ねですが、当時の僕は初めてできた"恋人"を何が何でも失いたくなかったようです。

そんな言葉を交わして僕が会社へ行き、帰ってきて通知を確認すると彼女から「ごめんね」「ブスで」

とだけメッセージが。これは「ブスじゃないよ待ち」です。しかし、夜中に大騒ぎされ、就業の後で疲弊している僕は優しく対応する気力はなく、つい「そうだね」と返してしまいました。常日頃から醜い姿(顔だけではありません、体型や体毛の処理の甘さなども辛かったです。)を見せつけられ続けているストレスも溜まっていたのでしょう。

そうすると、彼女から「え、やっぱりブスってことでいいんだよね」

という返信。そうだっつってんだろ

「正直かわいいと思ったことはない」

これを送った瞬間、「終わった」という気持ちと「言ってやった」という気持ちが混在した不思議気持ちになりました。

そしてしばらく連絡が途絶えた彼女しかし1週間後に「ごめん、かわいくなるから。捨てないで」というメッセージが届きました。

しかし、こちらとしては一週間距離を置いたことで彼女に対して実に冷静な対応ができました。

「それは聞き飽きた。誰のお金で可愛くなろうとしてるの?たぶん〇〇さんじゃ無理だよ」

突き放すことができたのです。自分自分を褒めてあげたかった。

「見た目も問題かもしれないけど、〇〇さんの性格の荒さにはもう付き合えないよ」

ときっぱりと追い討ちをかけることができました。

その後彼女から鬼のようメッセージや着信が来たので、すぐに全ての連絡先とツイッターアカウントブロック。だいぶ端折っていますが、そういう感じで彼女とは切れました。

「意外とあっさり別れたんじゃん」

と思われるかもしれませんが、生々しいので省略している箇所が多々あります彼女から受けた暴言、軽い暴力メンタル的なハラスメント金銭搾取......etc.

それでも、しばらくは喪失感ぼんやりする日々が続いていました。

僕が今現在素敵だなと思っている人は、またツイッター上にて知り合うことのできた同じジャンルオタクの方です。彼女とも話が合い、なんども通話を重ねていっているのですが、やはりあいつ(元カノ)はおかしい。今の方は人の話を聴くのが上手だし、僕の話を遮ってどうでもいい自分の自慢をしない。すごく大人な方に感じます

依存体質のままで、まともに恋愛はできません。狂った恋愛をするか、別のもの依存するかです。僕の場合、「新しい爽やかな出会い」が腐らせないでいさせてくれましたが、「メンヘラモラハラ恋人とは別れましょう」と言ったところですぐに分かられられないのが依存カップルです。

からこそ、今一度関係や、相手のことを見直してほしい。たいして好きでもない相手に、自分大事リソースを割かないでほしい。若いうちに考えましょう。意外と、自分のことを理解してくれたり、受け止めてくれたりする人なんて結構いるもんです。

2020-02-25

周りが表現者になっていくのに、自分には言葉がない、思想がないせいで何も表現できない。顔やスタイルが良いわけでもない。なにもできないじゃないかという喪失感絶望している。

2020-02-09

ユーチューバーってすごいな

あんなくだらないことしてて人生喪失感ないのかな。

金稼げても絶対無理だ。

そんな動画を見てしまう層が多いことも悲しいことだ。

2020-01-19

anond:20200119172853

第六感が目覚めた。。

肉体の喪失感覚で未来予知している。

半身が無くなる時

そういうときってない?

半身って言うのは大雑把すぎるけれど、体の一部が無くなったような感覚になるんだよな

その場にあるのは知覚しているし、動くには動くんだけど、異様な喪失感というか

ぽっかり穴が開いてそこの部分だけ通電しなくなった状態になるというか

幻肢痛真逆みたいな感覚になる


この前は右半身が無くなった

その前は右目を除いた顔面と、肩から袈裟懸けに上半身。その前にはおおよそ左の腰から下と一部の右足

適当に体を両断して、どちらかの半分を木偶人形と挿げ替えた感覚

そんで偶然だけど、大抵そういうときに限って知り合いが不幸になったりする

ラーメン作っててお湯足にひっかけて火傷したり、うっかり指を潰したり、ちょっと左目全損したりとか

幸いにも死人が出たことはないし、俺自身もそんな不幸は受けてない……と思う

一応病院行ったけどてんかんみたいなそういう類でもないらしいし、正常の範疇には入っていると思うんだけど

ただただ、なんか気持ち悪いんだよな 突発的に来るからどうにも防げないし

同じ感覚を持っている人とか類似例持ってる人がいたらちょっと症例を教えてほしい

2020-01-18

anond:20200116225739

ゼロの使い魔デルフィング好きだったなぁ

デルフが死んでから原作読まなくなったくらいには好きだった

アニメでは出番増えてたくらいだけど、常にそばにいる存在がいざ消えた時の喪失感ってなぁ…たまんないね

2020-01-17

兄弟に対する感情希薄

家族(親や兄弟)を大事にする気持ちとかが自分の中にないことに気づいた。

体面上、大事にするポーズはするし、

実際、家族のためにかなり動いている。

介護必要とき介護するだろうし、

金銭的に助けが必要ときは、助けたいと思う。

だが、大事にしたいとは思うけど、

感情的な親愛は感じていないんだと気づいた。

死んだところを想像しても、そこそこ悲しむんだろうけど

泣くようなこともないだろうし、

喪失感は感じないだろう。

そういえば墓参り意味も、葬式意味感情的にはわからなかったし、

テレビとかでやってる家族愛には気持ち悪いと思うし。

から悲しいことがあったときには心を無にすることで

精神を保っていたから、こんな風になってしまったんだろうか。

みんなはちゃん家族に親愛の情があるものなのだろうか。

少しこんな自分に悩む。

2020-01-16

親の勝手判断で、子供宗教に入れるな。

<注意事項>

※この記事は「個人信仰自由」や「特定団体」を批判否定するものではありません



私が言いたいことは、

「親の勝手判断で、子供宗教に入れるな」ということだ。

匿名ダイアリーでも散々語られてきた話題かもしれないが、こういう体験をしている人は意外と多いのじゃないかと思う。

長い文章になり、途中で少し口調が荒くなってしまうかもしれない。でも、もし興味が湧いたら読んでいって欲しい。


ここからは私の“個人的な”経験だ。私の家族はある宗教信仰していて、私自身は産まれたその日に入れられたらしい。物心ついた頃から行事などに連れて行かれ、わりと宗教色の強い生活をしていたのを覚えている。小さかった私は疑問を持たず、それが普通だと思って成長していった。

だがいつかは必ず分かれ道がやってくる。信じ続けていくか、信じないか

私が強烈な違和感を感じたのは、思春期の頃だった。学校のことで酷く悩んでいることがあり、たまらなくなって両親に相談した。すると両親は口を揃えてこう言った。

「祈れば分かる」

と。

ここで何か思い出した人は、この時の心境がどれほどのものだったか想像できると思う。私はそんな答えが欲しかったわけじゃない。両親が“自分の頭で考えた言葉”が欲しかったのだ。経験、あるいは何かしらの感情によって。

さっき、いつかは分かれ道がやってくると書いたが、私にとっては「祈れば分かる」がそれだったのだ。その日から、両親の発する言葉には“信仰”というフィルターがかかっているのだと知ったのだから。不信感が生まれるのは自然な流れだっただろう。

問題はそこからだった。私は一気に懐疑的になった。今まで当たり前だと思っていた自分思考も、宗教が土台になっていたのだろうかと考えるようになった。フィルターのかかった両親には、疑問をぶつけても満足のいく答えをもらえるどころか、「信仰が足りないのではないか」と叱責されたり白い目で見られることが何度もあった。何をするにも、何を話すにも必ずと言っていいほど宗教がまとわりついてくる。

私は、家族との「共通言語」をあっという間に失った。同じ土台に立とうにも、私はとっくにそこから転がり落ちてしまっているのだから

自分の置かれた環境勇気を持って必死に立ち向かう子供たちは世の中にたくさんいるけれど、小心者の私は不信感を隠して生きていく道を選んでしまった。それと同時に私は信仰心を捨てた。

その頃の絶望感は、どう言葉にしていいかからない。

知識が足りないのかと宗教について学んでみたりもしたけれど、論理的理解するよりも先にやってくるのはいつも悲しみと喪失感だった。

私はこの家で食べて、寝て、話して、育ってきたのに。 もうここは、私の「帰るべき場所」では無くなったと感じたことが何よりも辛かった。物理的には家には帰れても、もう家族とは同じ目線で会話が出来ないのだと気づいてしまたから。

たったひとつ信仰心を持ち続けられなかったがために。

少し感傷的になってしまって申し訳ない。今、私は信仰心を捨てたまま元気にひとり暮らしているが、どうもこのことに関してだけは平静ではいられない時がある。両親は健在で、正月に顔を合わせるくらいだが相変わらず同じ土台には立っていない。


ここで一番最初に書いたことに戻る。

「親の勝手判断で、子供宗教に入れるな」

一人の人間が、何かを信仰することは否定しない。

人間の、人生の寄る辺なさというものは、とても居心地の悪いものだということは分かるのだ。

それでも、産まれてきたばかりの何も知らない赤ん坊や、自分で考えることを覚える前の小さな子供を、勝手判断宗教に入れることだけはしないでくれ。

の子供たちが自分意思で同じ信仰心を持って生き続けられるなら良い。だけど、そう出来ない子供たちもいるのだということを知っていて欲しい。出来なかった時の、あの胸を抉るような絶望を、親たちは想像してくれ。そして、子供たちには“自分の頭で考えた言葉”で接してあげてくれ。

本当に、お願いだ。

2020-01-12

anond:20200111152852

俺の認識とは大分ちがうなあ。NTRジャンル内に新語を持ち出す人って、NTRで興奮するということが理解できない、「エロ一家言ある人」を装いたいだけの人なんだと思う。

そもそもNTR好きからすれば女の属性はそこまで重要ではなくて、喪失感敗北感その他諸々の感情を抱きながら興奮できる作品を「NTRジャンルとしていて、それで特に検索利便性等の不満もない人が大半な気がする。

NTRの主流は寝取り・浮気から快楽堕ち」というのもかなり違和感があって、それって単純に「快楽堕ち」ジャンルじゃないの? NTRジャンルの中に快楽堕ちジャンルが近年合流しているのはわかるんだけど、それをNTRの主流というのはどうかと……。さすがにNTR保守本流は「寝取られる男視点」だろう。

anond:20200112010006

嫁の理由を聞くのは大事だろう。

が、猫と別れる選択肢は無い。すくなくとも個人的には絶対それはやめた方がいいと思う。

おれは一年と少し前、19年一緒にいた猫を亡くした。

自分の至らないところで、その猫にはつらい状況も一杯味わわせてしまった。いまでも悔やんでも悔やみきれない感情がある。

でもただひとつ

飼う時に心に決めた

「ずっと一緒に居る」

それだけは貫き通せた。それが唯一救いになっている。

なぜそう心に決めたかというと、子供の頃、同居していた叔母が可愛がっていた猫がいたんだ。

叔母見つけて連れてきて、叔母が飼った。

その猫も叔母に一番懐いてて、他の家族とはさほどだったんだ。

そんな叔母が家を出て、独り暮らしをし、結婚した。

その猫は寂しそうだったよ。いつも叔母の部屋にあったクローゼットのなかで寝てた。

叔母が家にくると嬉しそうにくっついてた。

そんなとき、叔母に子供ができた。

動物の毛がよくないとかなんかで聞いたみたいで、高齢出産だった叔母は異常に過敏になった。

猫が近づくと、叫び声をあげて「来ないで!」って逃げてまわった。

おれはまだ子供で、友達遊んだり、そんなことばっかりで頭がいっぱいだった。でもその猫が亡くなった時、大好きだった叔母に避けられ、看取ってももらえずで(急だったからだが)もし次に猫を飼うことがあれば、何があってもずっと一緒にいるんだと決めたんだ。

一年少し前に亡くなったその猫は、晩年腎臓を患った。病気について、必死に色々調べた。そこら中におしっこを垂らして(腎機能が低下すると、水を飲む量が増えて、おしっこがぽたぽたと垂れたりする)毎日のように寝床掃除をした。

一緒にいるのは綺麗で楽しいことだけじゃない。けれど、毎日していた、寝床に敷いたタオル洗濯トイレ掃除。これが出来なくなったとき喪失感はとてつもなかった。

19年の間には、何度か引っ越し環境の変化で、猫と離れるかどうかの危機もあった。

けど、おれにはその選択肢はなかった。

そのお陰でおれはそういう大切な喪失感も噛み締めることができた。

もちろん、嫁と子供が絡む話だ。そう簡単問題じゃないのもわかる。

けれど、ずっと一緒に居ると決めて飼ったのなら、その猫と別れる選択肢だけは選んで欲しくない。

絶対後悔する。

どちらを選んでも後悔はあるかもしれないが、その後悔だけはして欲しくないな。同じ猫好きとして。

それに旦那にとって大事ものを奪う選択肢提示してくる嫁に一度折れたら、この先折れ続けることにもなると思う。

猫と別れた後悔が、後々いろいろな形で尾をひく可能性もあると思う。

最後に、10歳の猫にとって、1年は人間で言う4年なんだ。猫は1年で4歳分年をとるんだ。

例えば実家に預けるとかになったとして、月に一度会いに行っても、猫にとっては4ヶ月。

そんな速度でお前のその猫は時間を刻んでいくんだ。

その時間、出来ればずっと一緒にいてやってほしいなぁ……

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