はてなキーワード: 喪失感とは
年を重ねるにつれ実家で暮らす時間は徐々に減っていき、ついに実家を出て20年あまり
でも、どこにいても振り返れば、あの懐かしい暖かな場所はそこにある
はずだった。
その間、父は戻ったり再び出たりを繰り返し、
母からは財産分与を進めるだの、女性関係ではないかもしれない、だの。
浮気?喧嘩?2か月経っても真相は不明なまま、拗れていく一方。
まさか父と母に対して、こんな負の感情を抱く日が来るとは、夢にも思わなかった。
ずっと考えていることがある。
これは私に対する罰なのかと。
大切だった場所が、ルーツが、崩壊していくのを、ただ見ている事しかできない、罰。
これ以上見たくないのに、もう聞きたくないのに、目をつぶっても、耳を塞いでも、逃げられない。
もう元に戻すことはできない、そして、この先死ぬまで、続くであろう苦しみ、喪失感。
私はいつの間にか、どれだけの大罪を犯してしまったのだろうか。
私の半生が真っ二つに引き裂かれるような苦しみ。
父と母の血を引く人間はこの世にただ一人私だけ、だからこの感覚はきっと誰とも共有できない。きっと父と母とも。
せめて因果がなければ、とても耐えられないのに。
日々罪悪感に苛まれる。
父と母が無性に怖い。
そして憎い。
まずはNTRの物語を「主人公の男性と親密な関係にいる、または主人公がそのような関係を望む~恋人・幼馴染・友人・家族・片思い等の関係の~女性が、別の男性と性的な行為を持ち、最終的にその男性の"モノ"になる」物語としておく。
堀あきこ著「欲望のコード」を参考に、どこに同一化しているかで分類した。
性的な行為において快楽という道具を暴力的に使って、女性を徹底的に客体化(主体の否定、モノ化)して、その女性を支配・所有する楽しみ方。また支配・所有と合わせて、その女性を快楽に負ける"(非理性的な)劣った女"とみなすミソジニーが背景にあると考える。
親密な関係(またはそれを望む)女性を別の男性に寝取られる事の喪失感と、その男性に比べて、自分の(性的な能力も含む)能力が低いことの無力感、の二つに快楽を覚えるマゾヒスティックな楽しみ方。
自分との比較対象である寝取る男性は、汚いおじさん(*1)など一般に性的魅力に欠ける場合からイケメンの先輩など性的な魅力に富んだ場合まで様々である、どちらも寝取られる側の人間よりも女性を性的に満足させるという点はほぼ共通している。
女性へ同一化することで、セックスにおける男性のノブレスオブリージュ的な奉仕の役割を放棄して、快楽を受けること・またその背徳性を想像する楽しみ方。
寝とる男性への同一化は、ヘテロ男性向けエロ漫画に共通する読者と女性とセックスする男性とが一致する見方で、フェミニズムがしているポルノ批判の範疇にいるだろう「欲望のコード」で挙げられている男性向けポルノコミックの<視線>と同様で、これには『男性身体の透明化』(*2)が寄与している。
一方、寝取られる男性への同一化では、寝取られる男性の目を通して女性と寝とる男性を俯瞰し、かつ寝取られた後で自身を俯瞰するという点で、上で挙げたエロ漫画での一般的な同一化・視線とは異なっており、「欲望のコード」で提示されている男性向けポルノコミックス・レディコミ・ヤオイの<視線>のどれにも当てはまらない
俯瞰する視線という点ではヤオイと共通するが、その視線が自身に返ってくる点がどれにもない
最後に、寝取られる女性への同一化は、「欲望のコード」で提示されているレディコミの<視線>と同様である (お姉さん優位の)おねショタに見られるような、男性の性の主体性の放棄と快楽への受け身と捉えることができ、おねショタと違う点として、女性(挿入される側)への同一化であり、この楽しみ方はトランスあるいはホモセクシュアルへの潜在的な欲望と言える。またNTRは女性の快楽やそれへの戸惑いに表現の比重が置かれていて、それが『男性身体の透明化』と組み合わさって、逆に女性への同一化を促進していると考える。意外とこの読み方は多いんじゃないかな
「快楽への受け身」ではなく「快楽の主体的な獲得」と読み替えられたらポルノ批判をうまく躱せる面白い読みになるんじゃないかと思っているが、そのように女性の心情を表現した作品は知らない。読みたいので教えて欲しい
(*1)寝とる男性が汚いおじさんで、かつ読者がそのような要素を自身に認めているとき(つまり読者自身と寝とる男性が近い時)、寝とる男性に同一化して、女性を所有することを通じて、自分の性的な能力の誇示・確認をする読みもあり得そう
喪失感ではない。
心というかおなかのあたりにぽっかり穴が空いた感覚がする。よくいう喪失感に例えられる表現だ。しかしこれは喪失感ではない。
彼らは活動休止宣言をしてから実際の休止まで2年の猶予を与えてくれた。
何度も何度も彼らのあいだで話し合いを重ね、彼らも関係者も現状できる最大限の納得できる落としどころを見つけ、尚且つファンは心の整理をつけるのに時間がかかるだろうからと、この時期の発表。
何もかも妥当な決断だと思えた。何も間違ったことなどないと思えた。
それさえ切ない。
発表を知った時わたしはライブハウスにいた。とあるロックバンドのライブの日だった。
驚いて思考が一瞬止まったけれども、楽しみにしていたライブだったし、いま全力で楽しまなければバンドメンバーにも失礼にあたると必死に頭を切り替えて演奏をきいた。
終演後、ライブの余韻にすこし浸って、この度の発表をした彼らのことを考えた。
みるみるうちに視界が滲み、暗くつらい気持ちになった。たった一瞬で何もかも嫌になった。
彼らのことを憎いとは思わない。ずるい、にすこし似た感情を抱いた。
こんな気持ちになるくらいならもう誰も何も好きになりたくないとさえ思った。
でも、それでいいのかな?とも同時に思った。
チケットが当たって高揚した、当日までワクワクしながら準備して、いざコンサートで人生で1番じゃないかってくらい幸せな時間を過ごして、次のツアーまで早く会いたくてソワソワして、CDや雑誌やグッズに囲まれて、彼らの言動を深読みしたりファン同士の様々な意見を目の当たりにして勝手に嬉しくなったり落ち込んだりした。
思春期の大事な時期を彼らに寄り添ってもらった。それにどれだけ救われたか。
彼らが誇りに思うファンでいたかったから、彼らが恥ずかしく思うような行動はしないと心に決めていた。彼らに会いに行く時胸を張って笑顔でいられるようにと、本気でそう思っていた。
彼らを好きになったからこそ(わたしが勝手にだけども)辛い気持ちになったり嫌な思いをしたり、たくさんのことがあった。
でもそれをはるかに上回るくらいたくさん良いものも貰ってきたと思う。
少なくとも「好きにならなければ」なんて口が裂けても言いたくないくらいに。
ネガティブな感情もポジティブな感情も彼らからもらったものはやっぱり何も捨てたくない。
例え今まで、そしてこの先どんな嫌なことが起こったとしても。全ての感情含めて大事に歩んでいきたい。
そうは思うのだけど、しばらくは前向きにはなれそうにない。
わたしが1番熱心に彼らを応援していた時期から、もう何年も経っている。彼らが何か変わった訳ではなく、ただわたしが好きでい続けるのに疲れてしまったというだけだった。不安定な時期で、周囲の言葉に惑わされがちだったということもある。
あの頃から随分時が経って、休止という発表をもっと冷静に受け止められると思っていた。そんなことは一切なくて、彼らの決断を知った時からずっと大きく心が掻き乱されているし、気を抜くと涙が出てくる。
彼らの会見を見た。活動休止だというのに彼らは笑顔で、記者の粗野な質問には瞬時に強い意志で切り返して、どこまでも誠実で、やっぱり彼らを好きになって良かったと会見を見ている間何度も思った。
だからこそ、いやだつらいさみしいという言葉は間違っていないけどあの場に少々不釣り合いな気がしてしまって、口にできない。ある意味言わせてもらえないところが最高にずるいと思う。こんな誠実で大好きな彼らに、行かないでなんて言いたくないのだ。言いたいのに。事実彼らはどこにも行かない。嵐はずっと嵐でいつづけてくれる。そういう選択をしてくれた。今までくれた幸せな時間はなくならないし、休止なのだからいつかまたという夢も見せてくれる。それでも、さみしい。
彼らが5人揃って当たり前に活動している日常から、そうではない日常に移行する。その期限まで2年。2年経つまでにわたしたちは普通の顔をして、彼らが活動していない日常を生きていけるようにならなきゃいけない。そんなの全く自信がない。
現時点では、意外にすんなり受け入れられるのかもしれないという気持ちと、そんなの無理だよさみしいという気持ちが交互に押し寄せてくる。
会見を見て、彼らの誠実さに触れて、彼らの決断にどうしようもなく納得してしまった。こんな風に彼らが活動休止している日常に納得し、受け入れる日々が来るんだろう。
彼らは休止してもいつもわたしたちに寄り添ってくれるんだろう。だからこの気持ちは喪失感じゃない。何も失ってはいないから。ただ深く深くさみしいのだ。
あの頃、私は大阪の大学の研究室で、毎日ひぃひぃ言いながら研究に明け暮れる日々だった……とか書くと、何自慢してるんだ、とか言われそうなのだけど、なかなか良い結果が出ずにひぃひぃ言っていただけの話で、色々辛い思い出ばかりの時期だったのだ。
そんなときに来たのがあの地震だった。私は深夜に戻って寝ていた下宿であの地震に遭遇したのだが、幸いそこは大した被害はなかった(室内はぐちゃぐちゃになったけれど)。しかし大学は、あちこちで建物の窓が割れていたり、ある建物の最上階ではボヤになったり、実験に使っていた装置のアラインメントが狂っていたり……と、色々と問題が出て、その後も何か月もの間尾を引いた。友達の一人は、家の壁が抜けてしまい半壊認定、そして転居することになったのだが、もともとが貧乏人(馬鹿にしているのではなく、私も同様の貧乏人だった)だったので、見舞金で一種の焼け太りとでもいうような状態だった……いや、でもあの忙しい時期に引っ越すのはそれはそれで大変だったと思うけど。後輩のひとりは家が全壊し、しばらく研究室に住み着いていた。よく研究室のシンクで、湯沸器で行水していたっけ(後で考えるに、体育館にでも行けばシャワー位ありそうなものなのだが)。
そして……ここからがこの文章の本題である。あの日から一週間程過ぎた頃、隣の学科の教授が亡くなったという話が聞こえてきたのだ。その教授はある分野ではかなりのビッグネームで、私も概論のような授業でその教授の授業を受けたことがあったのだが、私の専門分野とは微妙にずれたものだったので、それ以上の関係というのはなかった。ただ、そのときの状況は、そんな位置にある私から見ても何やら奇妙なものであった。普通、教授が亡くなったら、それはそれなりに騒ぎになる。病気療養中のところ、とかいうならまだ準備ができているかもしれないが、聞いてみると、やはりあの震災で亡くなられたのだというのだ。だったら尚更、騒ぎになってもよさそうなものではないか。しかも一週間過ぎてから……どういうことなのだろうか。
友達に一人だけ、その学科の学生がいたので、学内で見かけたときに思い切って聞いてみたのだ。彼は言葉少なく、
「ちょっとな……」
「ちょっと、って、何よ」
「色々あるんや。言われへんこともあるんや」
言われへんこと……そのときは、ちょっと想像がつかなかった。まあ、周囲の目もある学内だから、話そうにも話せないことでもあるかもしれないんだが……でも、殺されたとかいうならまた別だけど、そういうわけでもなさそうだ。一体、何が問題なのだろうか。
共通の知人の家で遊ぶことがあったので、思い切ってもう一度聞いてみると、ようやく彼は事の経緯を教えてくれたのだった。
その教授は、最初行方不明という話になったのだった。確かに震災があったわけだが、その教授の家があったのは大阪である。大阪も、場所によっては確かに酷いことになっていたのだけど、その教授の家はそういうこともなかったらしい。しかし、教授と連絡が取れない。そうなって三日が過ぎたとき、思いもよらぬ報せがきた。神戸市内のある倒壊家屋で、その教授の遺体が発見されたというのである。
「……何故そんなことに」
「で?」
教授の遺体と共に、一人の女性の遺体も発見された。そして判明したのだが、この女性は教授の愛人だったのだ。つまり、この教授は神戸市内に妾宅があり、そこに滞在していたときにあの地震に遭遇、倒壊した家屋の中で亡くなったということらしい。
「……そんなことって」
「あるのか、って思うやろ? 俺もそう思ったけど、事実そういうことらしい」
恋人でなく愛人と書いたことからもお分かりかと思うが、教授には家庭があり、夫人がおられた。その夫人が、教授の遺体の引き取りを拒絶し、その後の説得に対してもなかなか翻意しなかったのだという。まあ、この夫人の心中を思えば、むべなるかなとも思うわけだ。三日間、消息を心配していたその矢先に、思いもかけぬ場所で思いもかけぬ経緯で命を失い、しかもそれが自分への裏切りとセットになって報されたというのだから。
こういう学界のビッグネームが亡くなったときには、その弟子や同じ分野の研究者達が「追悼論文集」をまとめ、出版するのが通例である。一年近くの後、この教授の追悼論文集が出版され、私の研究室にも回ってきた。教授をしのぶコメントに目を通してみたけれど、「不幸な事故に遭われ……」としか書かれていない。私もいくつかこの手の論文集を目にしたことがあるけれど、何々という病気で闘病され、とか、これこれの事故に遭われ、とか、少々リアルな話が書かれていることが多いものである。しかし、そりゃあ弟子も業界関係者も、今回ばかりは書きようがない。論文集を読むだけでは、何かその教授がすっと消えうせたかのようにしか思われない。そんな印象が今も強く残っている。
私はこのことから何を学んだか。いかに天災であったとしても、この教授は、自分が死んでしまえば後のことは知らない……などとはとても言えない程に、残された人を深く、多く傷付けることになってしまったわけだ。家族だけでなく、自分の育てた弟子と言ってよい研究者達も、師匠を突然失った喪失感を抱えつつ、その師匠のこんなことをどう扱ったらいいものか、と困惑し、悩みながら後始末をするはめになったわけだ。どれ程高潔に、後々の準備をして死んでいく人であったとしても、そういうものを完全に残さずに逝くことはできないだろうけど、やはりあれはまずかった。自分がある日この世から消えて、その後に残される近しい人達のためにも、誠実に生きていかなければならない。いや、それ以前に、自分がそういうことに対して誠実になりたいと思えるような、そんな生き方をしなければならないんじゃないか。そう思ったのである。
この日記の対象読者は恋愛経験の少ない30歳以下の男性のみです。それ以外の方は時間の無駄なのでブラウザバックしてください。
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誰かに読まれることを想像すると恥ずかしさで死にそうですが、何らかの形でアウトプットしなければ心が潰えてしまいそうなので、今の心の内を書き残そうと思います。
恋愛・婚活初心者。2ヶ月間、心の一部を占めていた彼女と別れてしまい、とにかく辛い気持ちでいっぱいです。彼女はとても女性的で、ユーモアに溢れた魅力的な方でした。
出会いのきっかけはマッチングアプリでした。4歳年下の彼女と毎日メッセージを交わすこと約2週間。彼女の提案で実際に逢ってみようという話になり、その後はおよそ週1回のペースでデートをしました。4度目のデートで自分から告白をしてOKを貰い、一緒にマッチングアプリを退会し、手を繋いで駅まで歩きました。幸せなひと時でした。
しかし、5度目のデートで彼女に会うと、彼女は終始退屈そうでした。微妙な空気のまま、4時間足らずで解散。その2日後、彼女からLINEで、やっぱり告白にOKしたことは取り消したい、と言われました。敢えて気にしないようにしていた、彼女が別れ際に放った「お疲れ様でした」という言葉の違和感が、頭に蘇りました。
彼女と最初で最後の電話をしました。なぜ取り消すのかと理由を尋ねると、今はやはり自分の趣味に集中したい、というような意味のことを言いました。実際に彼女は多趣味で、宿泊旅行を含む予定や様々な友人との約束が頻繁に入っており、忙しそうでした。無論、単にそれらに優先するだけの魅力が僕になかったことを、オブラートに包んで伝えてくれたのでしょう。恋愛偏差値低めな僕のことをあまり傷つけず、後腐れなく(彼女にとってもリスク低く)別れられ、告白OK自体を無かったことにすることで「元カレ」という立場さえ与えない、という言葉選びの巧みさに彼女らしさを感じました。彼女は文才に恵まれるとともに、相手の心を慮ることのできる、とても知的な方でした。そんなところが好きでした。
彼女は、電話で「本当に良くして頂いて」と僕に言いました。これが真の理由なのかもしれません。僕は、彼女の行きたいであろう場所をデートスポットとして提案し、ディナーの予約では彼女の苦手なものを先立って抜いてもらうようお願いし、それらの代金も全部持っていました。結局のところ、いい人だけど、それだけだったのでしょう。彼女との距離を縮めることではなく、上手に “接待” することが目的になってしまっていたのかも知れません。彼女は、最後まで僕に対して丁寧語でした。
今の僕の気持ちは、彼女を失った喪失感もさることながら、自分を否定されてしまったという挫折感(人間としての魅力の無さや、彼女にときめきを与えられない男性としての魅力の無さ、という、自分でも漠然と分かっていた事柄を明確に突きつけられたことによるショック)、2ヶ月間彼女のことだけを考えてきた努力が無に帰してしまったという徒労感(これは僕がもうすぐ30歳を迎えるという婚活に対する危機感から来るものだと思います)、そして、最後のデートでの自分のちょっとした言葉選びや態度が彼女の心を閉ざしてしまったのだろうなという反省と後悔が大きな部分を占めています。
最後のデートで、僕は何を誤ったのか。自分の中にはいくつか心当たりがありましたが、それらが正解なのかどうか、分かりません。堪えきれずに電話で彼女にも聞いてみましたが、はぐらかされてしまいました。もしかすると、最後のデートに来た時点で既に彼女の心は決まっていて、僕にそれとなく気づかせるために敢えてそっけない態度を取っていたのかな、とも思います。これまでパンクチュアルだった彼女が、最後のデートに理由なく10分遅刻して来たことの違和感を、僕は今まで見過ごしていました。
最後の電話を終えた後、僕は彼女のLINEを非表示にしました。結局一度も使われることがなかったメールアドレスや、一緒に撮った写真などのデータは、普段目につかないところにバックアップしてから削除しました。全てを完全に削除する勇気は、まだありません。彼女がクリスマスにプレゼントしてくれたマフラーは、どうすれば良いのかわかりません。身に着けてみると、彼女と一緒にいるかのような多幸感を与えてくれていたはずのマフラーが、今は自分の首を絞めてくるかのようです。
幸いなのは、彼女とLINE以外のSNSで繋がっていないことです。彼女が何をしているのか、これからどうするのか、全く分かりません。いつか彼女とマッチングアプリで再び出逢ってしまったらどうしよう、という一点だけが不安です。
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ここまでの文章を自身で客観的に読み返すと、恋愛話としてはあまりにも単調で、ありふれていて、馬鹿馬鹿しい、読んで損した、と思われるのだろうな、と思います。たったの2ヶ月、5回逢っただけの相手だろう、どれだけナイーブなのか、と。こんなレベルの失恋は高校生や大学生のうちに経験しておくべきだったのだろうなとも思います。僕は学生時代に自分の趣味を優先してしまった(あるいは、それに逃避してしまった)ばかりに、仕事ではそれなりに成功したものの、十分なコミュニケーションの経験を積むことができず、恋人はおろか友人さえ両手で足りるほどしかいません。その代償を今払っているのだと思いますが、結婚というゴールに至るまでにそのツケがどれ程残っているのか分からず、ただひたすら怖いです。何遍こんな辛い思いを繰り返さねばならないのでしょうか。人間的魅力、男性的魅力とは何なのか。この答えを見つけて自分を磨かない限り、何度やっても同じ結果になる。そのことに薄々気づいてはいますが、今から何をしたら良いのか見当がつきませんし、相談できるような人もいません。一方で、誰かがありのままを受け入れてくれるのではないか、という甘い期待をしている自分がどこかにいて、そんな向上心のなさに自己嫌悪を覚えます。
気持ちを切り替えて前に進もうと、再びマッチングアプリに登録しましたが、このままのやり方で相手が見つかるのか、分かりません。いいね!が来ると、一瞬だけ自己肯定感が回復して彼女のことを忘れられますが、メッセージの返信が1時間来ないとひどく憂鬱になる、というジェットコースターのような気持ちの揺れが続いています。この3日間は、彼女のことを考えたり、泣き腫らしてしまったりして、夜は殆ど眠れませんでした。月曜日から仕事がちゃんと勤まるのか、心配です。
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文章をしたため、推敲に集中することで、心が整理されて少しだけ楽になりました。この日記を公開するのは、こうして経験を共有することで誰か1人でも人生の参考にしてくれれば嬉しい、という承認欲求の現れですが、彼女にいつかこの日記を見つけて読んで欲しい、という僕のとても幼いエゴのためでもあります。今日だけ、悲劇のヒロインのように振舞うことを、どうか許してください。エピファニーのこの日に、あなたの人生がより幸せなものになることを祈っています。僕も幸せになれるよう頑張って生きてゆきます。
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《2019/01/07 追記》
想像していたよりも遥かに多くの方に読んでいただいたようで、ありがとうございます。数箇所、表現を微修正しています。
多くの方に励ましやコメントをいただいて、涙が出ました。また、このような極めてプライベートな事柄をコンテンツへ昇華することについて、彼女には(当然ながら)何の断りも入れていないので、彼女のことは非難しないであげてください。あくまで僕の主観をもとにした記述です。
敬語を使っていたのか、というご指摘について。すみません、これは「丁寧語」と書くべきでした(本文は直しました)。ただ、僕から彼女へは徐々にフランクな口調へ移行していたつもりなのですが、彼女は最初のメッセージから最後の電話まで殆ど丁寧語、さん付けのままでした。2、3度目のデートで「そろそろやめよ?」とか「〇〇って呼んで欲しいな」というように伝えても良かったかな、と思っています。この反省は “次” に生かします。
無理に結婚しなくてもよいのでは、というご指摘について。幸い両親や親戚からのプレッシャーは無く、少し前まで僕もそう思っていました。ただ、先輩や同期の子供たちを見ていてとても愛しく思うのと、やはり両親には家庭を持ったところを見せて安心して貰いたいな、という想いが高まり、婚活を始めました。踏むべきステップがもう少しあるのではというご意見も当然あるかと思いますが、残された時間もそう多くはありません。もうちょっとだけ、このまま頑張ってみたいと思います。
エピファニーはきもい、というご指摘について。夜のテンションで書いたので、ごめんなさい。
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《2019/01/07 追記 その2》
自分のブログでは400ブックマークも頂いたことがないので緊張しています。誰にも自慢できないのが残念ですが、自己肯定感が満たされる上に色々な観点からコメントを頂けて勉強になる増田は素敵ですね。このためにはてなIDを取得した甲斐がありました。でも、本当に彼女の目に触れてしまいそうです。
文章に書き下して客観視したことで想像以上に気持ちの整理がつき、一晩寝たら何故あんなに悩んでいたのか既に分からなくなりました。マフラーはただの熱を帯びる布に戻り、寒い思いをせずに出勤して仕事始めができました。それなりに高級なもののようなので、この冬は大切に使わせてもらおうと思います。
5回しか逢っていない女性と別れて泣くのは重すぎる(anond:20190107082818)、というご指摘について。僕自身、こんなに感情が揺さぶられたのは久々なので驚いています。対象読者以外の方には青臭すぎて理解できない、ということかと思います。ちょうど長期休暇の時期だったので、仕事に逃避できず考え込んでしまう時間が長かったことも、熱量が高くなってしまった一因かなと思います。この日記で伝えたかったのは、人生の選択肢を広く持つためにも、対象読者の皆さまは同じ思いをしないで済むように早めに動き始めた方が良いよ、ということです。また、自己憐憫というご指摘は、悲劇のヒロインと自分でも書いている通りで、反論の余地がありません。「彼女にいつかこの日記を読んで欲しい」と書きましたが、僕が彼女の立場だったら「やっぱりこいつと別れて正解だったな」と感じると思うので、全体的にはご意見に同意します。
マッチングアプリよりも結婚相談所の方が向いているのでは、というご指摘について。選択肢として考えてはいますが、なにぶん口下手なのと、経験値がモノを言う分野だと思っているので、いきなり限られた数の相手と対面からスタートするお見合いや婚活パーティーの類よりも、多数の相手と事前にメッセージで相性を確認しつつ関係性を深めてから逢えるアプリの方が向いていると現時点では考えています。実際に、アプリではかなり幅広くマッチングさせて頂いていて、色々なバックグラウンドの方とメッセージを交換することで雑談力や話題のストックが鍛えられました。また、彼女と初めて逢ってから告白するまでの間に、他の女性と電話をしたり、お逢いしたりしたこともありました。所謂同時進行なので、これを快く思わない方がいらっしゃるであろうことは承知しています。綺麗事かもしれませんが、その方々とお付き合いする可能性がゼロだったわけではないということをご理解いただければと思います。告白後には同時進行は一切していなかったことを念のために申し添えておきます。
業者やサクラだったのでは、というご指摘について。これは明確に否定しておきます。月定額数千円のマッチングアプリで、相手と5回も真面目にデートしていたら大赤字です。少なくとも、彼女がデートやプレゼントに費やしてくれた時間とお金はそれ以上です。
セックス(しようと)しろ、というご指摘について。相手に意識させろ、という意味であれば、「最近スマホ変えたんだけど、これ凄く綺麗に撮れるから一緒に撮ろ!」と言って肩を寄せてセルフィー、という程度のボディタッチはしていました。このあたりもやはり経験値が求められる感じがあり、自然にこなせるようになるまで時間がかかりそうです。艶のある話をしろ、という意味であれば、殆どできていませんでした。あるいは、もっと直接的な意味で仰っているのであれば… それは、告白する前段階で相手にそこまで想って貰えるほどのルックスやテクニックやセクシーさを持った方向けの助言なのかな、と思います。
あと、文章を褒めてくださる方もいらっしゃって、驚いています。普段は技術書しか読まない完全な理系なのですが、恋愛は表現力を高めてくれるのだなと思います。
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《2019/01/07 追記 その3》
様々な方にご助言いただけて大変嬉しいです。ついに追記パートの方が長くなってしまいました。
仕事を終えて皆さまのブックマークコメントを読んでいたらどんどん冷静になってきて、本文の自己陶酔感が恥ずかしくなってきました。昨日書いた文章のはずなのに、中学生時代のノートを開いてしまったかのような感覚です。「彼女を失った喪失感」などと書きましたが、僕の中の彼女への気持ちは、まださほど大きく育っていなかったのだ、涙の理由は全く別のところにあったのだと、改めて気づかされました。
「人としてはいい人だし、真面目そうで色々な条件も合う…清潔そうでもある…けどセックスする気になれない!!みたいな人かなと思う」(anond:20190107131655)というご指摘について。女性目線でのコメントありがとうございます。かなり腹落ちするご意見でした。ただ、これを単に相手との相性の問題として片付けてよいのか、あるいは男性的魅力の底上げが必要なのか、必要なのだとしたらどうすればよいのか… など悩みが尽きません。この観点で今行っているのは香水を付けることくらいです。僕は嗜好などに女性的な面があるので(文章にすると気持ち悪いですね)、アピールを抑えめにしようかな、とか、美容室へ行って髪型を変えてみようかな、などと思いました。結婚相談所だとアドバイザーの女性の方にこういうカウンセリングもお願いできたりするのでしょうか。お勧めしてくださる方が多いので真剣に考えたいと思います。
自分にばかり原因を求めるのは良くない、というご指摘について。改めて冷静に考えると、彼女はデートで少し選択肢を間違えたくらいで一旦OKした告白を急に取り消すほど非常識な方ではなかったかなという思いに至りました。影響力の強い身内から年末年始に「長男は止めておけ」と言われたとか、如何ともしがたい外的要因の可能性はいくらでも考えられそうです。そう思うと、また少し気が楽になりました。
結婚をゴールと捉えない方がよい、というご指摘について。少し表現が雑でしたが、結婚(書類を提出する作業)の前後が連続的である、ということは理解しているつもりです。
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《2019/01/07 追記 その4》
anond:20190107162510 の説明に、すごく納得しました。彼女の話ぶりとも完全に当てはまっているように思います。そういうことだったのか、と感動して思わず泣きそうになりました。彼女は、正式に付き合うことになれば僕の接し方が変わるのではないかと期待していたのですね。こういったことが直感的に理解できていないことがコミュ障たる所以なのだろうと思います。言語化していただいたことに感謝します。そのまま引用させていただきます。
「彼女は多趣味で、宿泊旅行を含む予定や様々な友人との約束が頻繁に入っており」ってあるけれど、友人が多い人は「旅行に行くときはこの友人」とか「悩んでいて話を聞いて欲しい時はこの友人」というようにどんな友人かによって付き合い方を変えていると思う。増田とデートしているときに、増田がどんな人か知りたかったけれど、尽くしてくれるばかりで人となりがわからずに、どんな付き合い方をすれば良いかわからなかったんじゃないかな。それを彼女なりに表現したのが「本当に良くして頂いて」なんだと思う。人となりがわからないから、イマイチ打ち解けられずにずっと丁寧語だったんだと思う。彼女は同じ人と深く付き合うよりも、多くの人と浅く付き合いたい。もう彼女がそういう人間関係を構築してしまっているので、今更変えられない。一方で、増田はもっと彼女と深く付き合いたかった。
彼女は上記のようなことを直感的にわかっていたけれど、うまく説明できなかったんだと思う。もしくは、わかっていたけれど、詳細に説明するには彼女のことをいろいろと話さないといけないので、デートを5回しただけの相手にそこまでしたくなかったのかもしれない。
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《2019/01/07 追記 その5》
5回しか会ってない相手に対して距離感がおかしいのでは(anond:20190107183800)、というご指摘について。彼女への思い入れで泣いていたわけではなかったことは上の追記に書いた通りです。なお、対象読者以外の方は「5回デートした相手に振られた30歳男性」を「生まれて初めてちゃんと告白した相手に10日で振られた15歳高校生男子」くらいに希釈してお飲みいただくと良い塩梅の甘酸っぱさになるかと思いますので、お試しください。
ひとまず、この記事の更新はここでおしまいにしたいと思います。アドバイスやコメントをくださった皆様、本当にありがとうございました。大きな進捗があったらまた投稿させていただきます!
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《2019/01/08 追記》
ほぼ全く同じ壁にぶち当たったからすごく共感した。職業も立場も何もかもふわっとした状態で仲良くなった友達との旅行が結婚でもう出来なくなる。
私の場合は突然ひとりぽつんと置いていかれた気分で、しばらく切り替えられなかった。旦那さんと暮らすんなら、もう私とは泊まれないし旅行も基本的には無理よな。
そこにあるのは妬みとかの感情じゃなくて、なんだろう、喪失感かな…。幸せなことだからもちろん祝福してるし最高なんだけど、でも…もうあなたとは同じ景色を見られない。あの場所に行けない。深夜、しょーもない通話をしながら旅行の計画も立てられない。
私は正直まだ切り替えきれてない。引きずってる。来年は一人で行こうかなと思ってる。
18歳のときから夢を目指し挫折、そのままニートになり今や42歳
もはやニートなどとも呼べない単なる中年無職となってしまった俺
親は昨年父が無くなり、パートで働く母しかおらず、一人っ子なので俺と母の二人で暮らしている
もっぱら最近の俺の生活といえば近所を散歩することやお小遣いでストロングゼロを飲むことだが、ふと思いたち乳首を開発することにした
きっかけはやはり父の死だった
そもそも比喩抜きで10年以上は話していなかった父ではあるが、やはり肉親が亡くなるという出来事は、どうしようもない喪失感と影響を俺に与えたのだ
そこで、乳首を開発することにした
そして絶頂を迎えそうあるいは迎える寸前そして迎えたあとの間、乳首を弄り倒すというシンプルなものだった
最初はくすぐったい程度だったが、一ヶ月ぐらいだったあたりから乳首をいじるだけで快感を感じるようになった
そしてそれを6ヶ月続けた頃、俺の乳首は‘変化’した
もはや触るだけで声が漏れそうになるぐらい気持ちいいし、触っだけで絶頂を迎えるまではないものの所謂がまん汁がドロドロと出てくるまでになった
よく言われる「Tシャツが擦れて気持ちいい」という技術もこの時期から会得した
しかも、恐ろしいことに乳首で絶頂するということは性器での絶頂と違って、何回もいけるということなのだ。これには自分も驚いた
最近はタイムアタックにハマっている。たとえば道を散歩していて、公衆トイレに入って乳首をいじって何分でいけるかというゲームだ
彼女の人生はとても苦しいもので、辛く悲しい思いをし続けた人だった。
今僕は悲しくて、辛くて、自分を責め続けている。
付き合っている間も、楽しかった思い出より苦しんでいる彼女をどうやって助けてあげられるのか、
自分にできるのは何で、何ができなくて、どうしたら互いにプラスになるように付き合っていけるのかを考え続け、こちらも辛かった時間のほうが多い。
でも、その少ない楽しかった記憶の彼女は、とてもチャーミングで素敵な女性だった。
嬉しそうな笑顔を見たら僕の抱えていること・彼女の抱えている事の全てが消し飛ぶほど嬉しくなった。
可哀想なだけじゃない。本当に可愛らしくユーモラスで魅力的な、綺麗な声の人だった。
居ないと分かっていても信じられず、彼女の部屋へ行ってきた。
何度か寄っていったパン屋は休みだったので、これもいつものコンビニでよく頼まれたパン(それはなかったので似たようなもの)とおにぎりを買った。
いつも灯りの付いていた部屋の窓は暗かった。
何故、何をしに行ったのか分からない。
彼女はそれは滅茶苦茶な性格と生活だったのだが、仕事をしていた彼女を慕う人は多かったようだ。
その「もう一人の彼女」は、常に笑顔で相手のためを思い努力をする、元気で明るく楽しい頑張り屋さんだった。
一風変わったセンスとユーモアの持ち主で、スケジュールは常にぎっしりだった。。
「もう一人の彼女」であり続けるためそれを保ちつづけるために、見ていて痛々しくなるほど仕事に埋没していることもしばしばだった。
もしかしたら様々な理由で失われてしまった本来の自分を取り戻そうとしていたのでは無いだろうか?
自覚していなくても無意識で自分を急き立て足掻いていたのではないだろうか?
当時は苦しい現実を一時でも忘れるために、自分を削りながら「もう一人の彼女」を必死で保ち逃げ込んでいたように思っていた。それが更に自らを痛めつけることを知りながら。
そして僕は何も出来なかった。一時は助けに心の支えになれている気がしていた。
もしかしたら、彼女を変えられるかも、僕も変われるかもしれないという期待した事もあった。
気がしていただけだった。結局彼女は何も変わらず苦しみ続け死を選んだ。
おそらく素顔の彼女を知る人は少ない。
過剰なくらい責任感があり、断じて頭も悪くないし世間の常識が無かったわけでもない。
無茶な生活も頭では分かっていても心と身体が言うことを聞かなかったのだろう。
それを自覚し苦しんでいたのだろう。
自死という選択が何を意味するのか理解していても、そう選択せざるを得ないほど苦しくこれ以上耐えられなくなったのだろう。
今はそう想像している。
僕の知っている彼女は僕の記憶と僕の手元にある記録にしかいないのだから。
これが僕が今彼女にできる唯一の事なので、せめてこれだけは辛くても抱えて生きていくつもりだ。
一緒にいる喜びを感じたときのことも忘れず思い出すよ。
可哀想な人だった、では終わらせたくない。
苦しみながら何とか良くなろうと誠実であろうと懸命に戦いながら生きてきた人だった。
凄いよ。偉かったよ。
嫌いになって別れたのではない。形的には振られた格好だが僕は彼女の持っている「つらさ」に耐えられなくなっていた。
彼女の感情が暴走し詰られたことも少なくない。言いたくても言えないと思っていたことが沢山あったのかもしれない。
彼女に対して嘘は言ったことは一度もない。彼女の事がわかり始めたときに嘘があったら続かないと心底思ったから。
でもそれだけじゃ全然足りなかった。そもそも僕は彼女の気持ちに応える資格が無かったのだろう。
期待させて裏切った、恨むべき人間なのかもしれない。
こちらからのLINEに返事が少なくなり、ある日「忙しくて体調悪いのにうるさい、返信いらない」と送られた。
その後やり取りがしばらく途絶えた後、僕からの「落ち着いたら連絡ください」に応える形で
「たくさん助けてくれてありがとう。貴方と会えて良かったと思ってる。でもやっぱり」と送られてきた。
僕は「僕は貴女の望んだ人間じゃないのだろうね。ごめん。付き合ってくれてありがとう」とお別れを言った。
その時、ほんの少しホッとしたのだ。楽になれると。
お別れを言ってから彼女の書き込みを見るのを止めてしまっていた。
少しして貸したままになっているノートパソコンの事が気になり、使えているかどうかLINEで訊いてみた。
嫌い合って別れたわけでは無いから、事務的なやり取りはできるだろうと思って。
たまに話したりする関係になれるかもしれない、という期待もあった。
程よい距離感、ずるい考えだと思う。
既読にならない。「そうだよな・・」
翌日彼女のアカウントを開くと、自殺するとの書き込みがあった。
どうしたらいいか、今自分が連絡してさらにその感情を昂ぶらせないか、それともすぐに家に行ったほうが良いのか、
オロオロしやっと数少ない共通の知人に連絡をした。話に聞いていただけで会った事のない彼女の友人にも。
その後、自殺した、と分かった。
僕が読んだときにまだ生きていたのか、もう亡くなっていたのかまだ分からない。
最後の文書には僕のことは全く触れられていなかった。新しい恋人との悲しいやり取りやこれまでの自分を振り返るような内容だった。
彼女は起伏の激しい人だったから、僕のことはもう少しも意識していなかったとしても頷ける。彼女が死を選ぶ要因の一部に僕があったなら、そう思っているから今辛くて苦しいのだけど、全くそんな事はなかったらそれはそれで寂しくはある。なんだそれ、自分の身勝手さが嫌になる。
辛かったね。しんどかったね。
何もできなかった僕を恨んでいますか?いや簡単に人のせいにしたり恨んだりするような人ではないよね。ごめんなさい。
もう忘れ去ってどうでも良くなっていましたか?そうだったら、それはそれで寂しいね。
今、彼女がここでないどこかで、
本来そうあるはずだった、
明るくて可愛らしくておっとりとした貴女に戻り、
とても愛くるしいあの笑顔を浮かべながらゆったりとペット達と遊んでいて欲しい。
もう頑張る必要はないのだからのんびりとゆっくり穏やかに休んで欲しい。
先に書いた通り彼女は僕の後に別の人を好きになっていたらしい。
最期の彼女の心の中には僕は全く存在していなかったのかもしれない。
これだってただ自分を慰めるために書いているに過ぎないし、全て見当違いの戯言なのかもしれない
中学生の頃、僕は好きだった子に告白をした。恥ずかしさが勝って直接言うことはできなかった。授業中や放課後にやり取りしていたメモ書きの延長線上で、思いの丈を書きつづった手紙をこっそり渡した。
その翌日、下校しようとしていた僕はその子から手紙を受け取った。
「じゃあね」
間違いない。告白の返事だろう。結果は何も分からないのに、勢い余った嬉しい気持ちが胸にこみ上げてきた。
下校するのを止めた僕は、滅多に人が来ない最上階の踊り場に駆け上がると、すぐに手紙を読み始めた。
「好きになってくれてありがとう。」
手紙はそんな言葉で始まっていた。天にも昇るような気持ちになったものの、読み進めていくうちに徐々に冷静さを取り戻していく。
雲行きが怪しい。手紙の最後は「ごめんね。」という言葉で括られていた。
じわじわと別の波が押し寄せてくる。悟った。ふられた。
優しい彼女は、言葉を選びに選びつくして、僕ができるだけ傷つかないように手紙をしたためてくれたのだろう。彼女の真意にすぐに気づくことができず、それだけ失恋の反動は大きかった。
しばらく独りになりたかった。日の当たらない最上階の踊り場は、陰鬱な気持ちに拍車をかける。ここではないどこかへ行きたくなった。
僕の通っていた学校は、最上階の渡り廊下から校舎の屋上を眺めることができた。そして廊下の付け根から手すりを乗り越えると、屋上まで歩いて渡ることができた。もちろん、そんなことをしてはいけないのは明白だった。
それでも、好きな子から手紙を受け取った高揚感とふられてしまった喪失感が妙に入り混じったその日の僕には、冷静な判断ができなかった。
人生で初めて屋上に立ち入った僕は、屋上の床が見た目と違って意外とふかふかしていることに感動した。いつもは教室や渡り廊下からしか見下ろせなかったグラウンドを見渡してみる。部活中の生徒が小さく見えた。周囲には学校以上に高い建物はなかった。空が広かった。
ふかふかの屋上に寝転がって、ポケットに突っ込んだ手紙を広げてみる。何度読んでも結末は同じだった。
いつの間にか日も暮れかかって、少し肌寒くなってきた。下校時刻だ。屋上に侵入したときと同じ手すりを乗り越えて、渡り廊下に戻ってきた。
その時、死角にいた初老の先生と目があった。普段は高等科の担当で、週に一回は中等科でも授業を受け持っている数学の先生。お互い顔は見知っていた。
血の気が引いていく。どう言い繕ってもごまかすことはできない。叱られる。終わった。
そんな絶望感に苛まれた僕に、先生がかけた言葉は意外なものだった。
そう言うと先生は、何事もなかったかのように渡り廊下を抜けて職員室の方へと歩いていった。
何が起こったのか、しばらく頭の中で整理がつかなかった。
何となく落ち込んでいる雰囲気を察して、今回は見逃してくれたのかもしれない。先生のちょっとした優しさが、今の僕には嬉しかった。
電車内でiPhoneを触っていたら、ついうとうとしてしまった。
目覚めて手にしていたiPhoneを見ると、いつもと様子がおかしい。
画面一番下にある常に表示されているところが、
いつもは4アプリあるのに、起きたら3つになっていた。
焦った。何かが消えている…
何が消えているんだ…
LINEだ。
LINEといえば現在日本で最も使われているコミュニケーションツールと言っても過言ではないだろう。
かくいう私も、他人との連絡手段を単なる一民間企業のサービスに頼り切りというのはどこか危ないと心の中で感じつつも、
アプリを開かない日はないというまでにどっぷり浸かってしまっていた。
iPhoneユーザーならわかると思うが、アプリアイコンを長押しすると
×を押すと削除しますかと聞かれ「削除」を押すとアプリはアンインストールされる。
私の指は寝ている間にLINEを消してくれていたのだ。
そんな奇跡的なこと起こってたまるか…と思ったが、指の動きを再現してみるとそんな複雑な動きではないので勝手に消えてしまっていても不思議ではなさそうだ。
サルがタイプライターを打ってると、いつかはシェイクスピアを書くだろう、と主張する「無限の猿定理」を思い出したが、サルにスマホを持たせたらアプリの一つくらいすぐに消してしまえるだろう。
LINEアプリが消えたが、アカウントは残っているはずだ。iPhoneバックアップはiCloudにしてるし、復旧できるかもしれない。
LINEを再インストールし(このインストールが長い)、メールアドレスとパスワードを入れてログイン。
「トーク履歴を復元…」と聞かれて、復元できるかも!と一瞬思ったが、結局これはできなかった。
iPhoneの機能としてのiCloudバックアップでは、LINEトーク履歴はバックアップされない。LINEアプリからバックアップ作成しておかなければならなかったのだ。方法は後述する。
結局、連絡先やスタンプ、アルバムの写真は復元できたが(アカウントがあれば消えない)、
トーク履歴(トーク画面に送信した写真等も含む)は全部消えていた。
友達との、家族との、恋人との、約5年間積み重ねてきたいろんなやり取りがわずか3タッチで消えてしまった。
普段見返すとことはあまりないが、見ようと思っても見ることができなくなったという事実が辛かった。
また、現実の問題として約束の日時や連続したやりとりが消えてしまって困ったことも起きた。
喪失感と、何故こうも簡単に消えるのかという怒りと、トーク履歴のバックアップを知っていればという自分自身への苛立ちで翌日くらいまでもやもやが続いた。
過去を消し去ったからついでに自分自身も消えちまおうか!とか良くない感情も沸き起こった。
今は立ち直って、こんな思いをする人が二度と出て欲しくないという気持ちでこの文章を書いている。
前置きが長くなったが、皆さんがこんな思いをすることが無いように対策法を教えたい。
そういえばしてないな、と思う人は以下のトーク履歴のバックアップをやっておくといいと思います。スマホ落としたり壊したりしたときの対策にもなるよ。
LINEアプリ側からたまにバックアップしますか?と聞かれることがあるので、知らず知らずにバックアップしている人もいると思います。私は無視していました。昔の自分のバカヤロー。
あと、iPhone限定の話です。Androidの方も共通するところあるかもですが、詳しくはググってください。
1) LINEアプリを開き、友だちタブから左上の歯車(設定)をタップ。
2) トーク → トークのバックアップ → 今すぐバックアップ
たったこれだけ!
LINEだけに限らず、ほかのアプリも消えると困るものはたくさんあるはず。
Androidはこんな簡単に消えない仕様になってるらしいね。いいな
(iOS11以前の場合)
3)「Appの削除」をオフにする
(iOS12の場合)
1)「設定」→「スクリーンタイム」→「コンテンツとプライバシーの制限」
4)「Appの削除」を「許可しない」にする
タイトルまま。
数年っていう単位で同棲してる彼女が、もう自分とは違う方向を見てることにうすうす気づいてきた。
それに気づいた途端にものすごい喪失感が現れて、明日も仕事だというのに苦しくなってきて、窓を開けて外の空気を吸っている。
一緒に暮らしてていいことばかりではないが、悪い面もすべて忘れるくらいに一緒にいると穏やかな気持ちになるひとだった。まだ過去形ではないけど。
向こうからなにか言い出すのを待つことになるんだろうけど、こちらとしてはただただ悲しくて、でも相手がそれで楽しくやっていってくれるなら、という気持ちもある。
まったく何も整理がついてもないし、お互いの私物で埋め尽くされた部屋をじゃあどうするのかとか勝手に考えてしまって、もう何をどうしたものか気持ちも理屈もどうにもならんのである。
そこそこいい年なのでもう彼女以外の人付き合いも少なくなってしまって、ここ数年の写真なんて彼女のもの以外は無いレベルで、もし失ったら自分の中のものすべてがからっぽになるという恐ろしさも手伝って、どうしようもなくそわそわしてどきどきして怖くてたまらない。
インターネットがあってよかった。こうやって無心に書いてなければこの夜を耐えれなかったかもしれない。
しかしどうしよう。どうしようもない。つらい。
二次同人を追ってきた歴史は長いけれど今のジャンルが断トツで一番熱い。こんなに自分で描こうと思ったのは初めて。
そんな自ジャンルのTwitterのTLを今捨てようと整理している。
よくある話だけれど、今のジャンルでとある方にブロックを受けて、その方がとても交流が広く私がフォローしている方とだいたい繋がりがあり、ブロックされて本人の呟きが見えなくてもUPした絵や作った本に対する他の方の感想がTLに流れる状態であった。ジャンルはとても小規模で今このジャンルメインにしている人は1クラス分の半数いるかいないか。こんな狭いコミュニティでもうまくやっていけないのか自分。
その方が初めからの先行ブロだったならこんなに気にならなかったと思うけど、元を辿れば相互フォローだったところ私が今年の春に数名ブロ解をしていて、その後にブロックを受けたという順番であった。こちらからのブロ解が駄目だったのか他に私の呟きの中に原因があったのか知る術もない。が私の今のジャンルでの辛さは彼女ではなく紛れもなく私の中にあることが問題だ。
なぜそもそもブロ解をしたかというと、ジャンルに対して解釈の幅が狭すぎて傲慢になっていた。こんなことは今まで他のジャンルでは無くてどう処理したらよいか。
ハマりたてのころが一番幸せだった。どんな解釈でも脳は褒美と認識した。でも段々と自分の解釈がはっきり見えてくるにつれ、自分の解釈と正反対に見える推しを見るとダメージが入るようになり、好きな筆者さんの作品だけを選んで読むようになった。
原作を読んだ人の持った感想や持ったキャラクターイメージに私が文句つけるなどおかしいと分かり切っているのに怒りが湧いてくる、なんでもっと読みとれないんだ本当に同じ原作読んだのかと思ってしまう、もうそういうレベルで盲目的で幼稚になっていて、もう少しジャンル熱がおさまったら一歩離れて距離をもって自分のジャンルに接することができると思うがなかなかその時は来ない。
ブロックの数日後にその方の主催でアンソロ企画が立ち上がり、その方を含め私が読まないようしている筆者達と、大好きな筆者達を一つの本にまとめた。
神とあがめている方の新しい文章を読めることは本当に嬉しくて、この舞台を作ってくださって本当に有難うございますと思いつつなんでこの方とこの方を一緒の本に綴じるんだと、幼稚な憎しみを抱え、それでもやっぱり神が神なのでその本はエアハグしてる勢いであった。…が。
…が、大好きな筆者さん達の、本を絶賛する感想ツイートを読むと今度は怒りではなく寂しさが出てきた。仲間外れにされた寂しさではなく、ああ私の大好きなこの方は私が苦手な解釈の人の頁を読んでも大丈夫だったんだ…という、勝手に信頼していた「私が好きな方は私と同じものを見て同じ感じ方をするはず」という思い込みに負けた喪失感だった。どこまでも幼稚な。
ジャンル熱の問題じゃなくて私の性格の問題であった。人との距離を間違えすぎている。パーソナリティ障害のフシがあるのは知っていたが、現実の人間関係が面倒臭くて同人界隈に逃げてきているのにここでも発揮していたとは。
Twitterは私の生活の一部になっていて、TLを開くと必ず自ジャンルのことを考える。小規模ジャンルで人口が少ないのでTLで誰かがジャンルについて話している率は低いが、私はだいたい自ジャンルのことを考える。