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2018-06-14

anond:20180613112708

解決できない問題に苛ついて原因を責めるってのはよくある心理なんだよ。

例えばテレビゲームクリアできなくてコントローラー投げたりするとかな。

そういう心理自覚できないひとはこういう問題には向いてないから関わるのやめとけ。

2018-06-13

総合ゲーム大会を開きたい

ウメハラときどの参加しているスト5大会で勝てるだろうか。私には無理だ。

ゲームの数だけトッププレイヤー存在する。

なら、各自が「このゲームだけは俺が勝てる!」と言うゲームを持参して戦うのはどうか。

4人で1グループで1位から4位を決める。

ここでは仮に4グループ、合計16人の参加とする。

競えるゲームなら何でもあり。

マリオカートレインボーロードタイムアタック

怒首領蜂大往生サバイバルレース

流行のpubgやフォーナイトの生き残り戦。

シムシティ人口10000人最速。

ビートマニア2DX段位検定。

テトリスグランドマスター

ダビスタ最速G1勝利

ロマサガ2ヴィクトール最速死亡タイムアタック

007ゴールデンアイ

セガサターン拡張RAMカートリッジ認識タイムアタック

ゲーム勝利条件は持参者が決める。

ただ、1種目あたり4人がプレイ終了するまで30分以内とかが間延びしなくていいかもしれない。

で、順位に応じたポイント付与

これを4人分、つまり4つのゲームで行ってグループの中の勝者を決める。

勝者が4人集まって決勝を行う。

この場合参加者は予選と決勝戦で2つのゲームを持参する。

果たして己が持参したゲームは確実に優勝できるのか?偶然他の人がやりこんでいる可能性は?

持参ゲーム以外でしっかり2位を狙ってポイントを稼ぐことができるか?あわよくば1位を獲得できるのだろうか?

ゲームプレイ以外の心理戦も見所。

こうして陸上10種競技で優勝した武井壮の様に

テレビゲーム総合王者生まれる。

対応力や知識重要だけれと、運の要素もかなり大きい。

ゲーム大会って結局のところ当該ゲームプレイヤー以外見てても凄さがわかりにくい。

勿論立ち回りや雰囲気などで凄さが伝わる部分がある事は否定しないけれと、例えばRTS一筋の人が鉄拳7大会配信は見ないんじゃないかな。

この総合ゲーム大会であれば参加者すらゲームがわからない可能性があって、視聴者参加者が一体感を味わえるし、何より参加者次第で非常に多くのゲームが関わるので視聴者が触れたことのあるゲームが出てくるかもというワクワク感もある。

と、上記を思い立った日に酒の席で友人に興奮しながら早口でまくしたてたんだけど、いまいち反応が薄かった。

盛り上がると思います

それとも既に存在するのかな。

まとまらないけど書く

から楽しいことを見つけるのが下手。

外遊びをするのが苦手だった。

小学生の頃、テレビゲームは買ってもらえなかったから、毎週末友達の家に行ってゲームしてた。

高学年になって流石に遠慮を覚えたかゲーセンに行くようになった。ポップンにはまった。貯めてたお年玉全部使ったあたりで親にばれて泣かれた。

ごめん私にはゲーム以上に面白い遊びは思いつかなかったよ。

2018-06-04

lainBPSを見て育ってプログラマーに憧れたのよ

だけどIT業界現実を知って逃げたのよ。

そうして逃げた自分を幼い頃の自分が責めてくるんだよ。

お前には夢があったし、その全てを叶えられずとも何割かは叶ったんじゃないのか、と。

そう思うと時折たまらなく泣きそうになるんだよ。

俺は一体何をやっているんだろうかって。

夢ってのは呪いなんだよ。

そして俺にはまだ夢がある。

叶わなくなった夢が。

その夢を今でも願う無数のあの頃の俺を抱きしめてやるだけでこの手はいっぱいだから、誰かの夢を守ってやれる余裕なんて無いんだ。

呪いを抱えるというのは何も無いことよりも厳しい状態なんだな。

子供の頃テレビゲームで学んだことを、現実再確認してふと思い出したよ。

呪いに両の手を封じられるぐらいなら、まだ徒手空拳の方がずっといい。

夢なんて見なければよかった。

せめて誰かの夢を守れる余裕だけでもこの手に残すために。

2018-06-01

レトロテレビゲーム

久しぶりにテレビゲームをやろうとしてスーファミを出してきた。えらくほこりかぶっていたのでソフトを装着する前にフーフーっとカセットの裏側のほこりを取った。中学生に戻った気分だった

2018-05-09

人生の答えって何だろうか

これまでの人生苦痛が多く、ほとんど無意味人生だった。

淡々人生を歩んできて、楽しいと思った時期なんてそこまで無かった。

そんな日々も残りあと少しなので、簡単にだけど振り返って吐き出したい。


幼少期は両親の喧嘩が絶えず、割れる瓶と鈍く低い音、そして奇声といつも冷や冷やとしていた記憶しか無い。

もちろんその喧嘩によるとばっちりを受けたこともある。

親の友人からはいつも大人しいと言われていたが、あのような状況が続いてわいわいと騒げるわけがない。

更に親が喧嘩した後、薄かった壁に大きめの穴が空いていたのが恐怖を感じた。

幼いにも関わらず、この時から親を反面教師にして生きていこうと決意していた。

しかし、この頃から人の目を伺うという性格根付いてしまった。

ずっと無気力がちだったのもこのせいなのかもしれない。


その後、小学校入学して新しい環境になるが、学校が唯一の癒やしだった。

勉強ほとんど出来なかったが、家と比べて遥かに休息出来ているという感覚はあった。

友人も何人かでき、よく休憩時間放課後でも楽しい時間を過ごしていた。

とは言え、当時の記憶なんてもうほとんど覚えていないが、暖かく晴れた日の柔らかな風とカーテンの揺らぎが、子供ながらに不思議と癒やしを感じていたのはよく覚えている。

けれど安らかな一時というのは時間が経つのが早い。

学校が終わったら癒やしも何もない家へ帰るのは本当に億劫で、わざと遠回りして家に帰ることはしょっちゅうだった。

ただ、両親が居ない時の家は心を休めることが出来た。


そして中学になってから両親は離婚したが、母親相手に強く依存するタイプだったようで、依存対象が無くなったせいなのか更にメンタルがやられ、この時からロクに家事をやらなくなった。

母親が何もやらないので、仕方なく自炊やらを覚えたのはこの辺りだった。

肝心の学生生活については、育ちの悪い連中に影響された奴が多く、一気に不良となった子が増えたのにうんざりしていた。

小学の時は良い友人だったのに、突然万引きやらタバコをやり始めた人が何人もいた。

ただの格好つけで根は良い奴だと思っていたが、弱い者イジメに加担する輩も結構いて、私は心底呆れていた。

小学の時の癒やしとは程遠かった。


数年経ってそのような生活も終わり、高校へと進学した。

この時、知っていた小中の人達とはほとんど別れて全く別の環境になった。

全く賢い学校ではなく、むしろバカ学校と言える高校だったが、当時の担任面白いお兄さんで、学生のようなノリをしながら生徒と同じような目線勉強を教えようと頑張ってくれた。

担任ギター経験者であり、時々息抜きとしてみんなに弾き語りしてくれた時もあった。

小中とロクに勉強してなかったので日々勉強するのはそこそこ辛かったが、先生一生懸命教えてくれたこともあり、賢いとは言えるレベルで無いにせよ、ある程度の教養は身につけられたと思う。

でも、ある日からその担任は別の高校へと向かうことになった。

その高校はここよりも遥かに賢く、誰が聞いてもとても良い場所だった。バカ学校なんて所にいるより、遥かに待遇も良いだろう。

また、当時担任の奥さんは妊娠していたようで、それを含め生徒らは祝福した。


そしてお世話になった担任は去り、別の教師が新しい担任になった。

しかしこの教師曲者で、突然怒り出したと思ったら平気で授業を放棄するわ、意味分からん自慢話ばかりで授業が進まないわで非常に厄介な人で、ひどく困惑した。

他の教師からも疎まれているようで、教員会議でもワンマンぶりを発揮し、大声で意味分からん持論を発して他の教師を困らせていたようだ。

何故そんな教師がクビにならないのか非常に疑問を感じていた。

担任変更が高校最後の年だったので被害はそこまでだったが、二度と関わりたくない相手だった。

前の担任が別の学校へ行った時、その教師はアイツは逃げたと言っていたが、そりゃこんな所なんて逃げるだろうと誰もが思っていた。

ちなみにこの頃、母親は別の男を見つけ、更に家事放棄するようになっていた。

まあ、この時大体の事は自分で出来るようになったので、大した影響は無かった。


そして時が移り、大学入学を迎えた。

正直なところ、高校入学当初は大学になんて行けると思っておらず、高卒就職だろうなと考えていた。当時の最初担任のおかげだろう。

ただ自分学力では良い大学には行けなかったが、割と綺麗でお洒落大学に入れたので良かったと思っていた。

はいえ、折角大学に入ったのにそこまで勉強をせず、サークルにも入らず、自堕落生活を送っていた。

また、以前から一人で過ごすことも多かったので、積極的に友人を作ろうともしなかった。

居ても一人や二人程度だ。

大学では一応授業はちゃんと出ているつもりだったが、大抵途中で居眠りしていた。落とした単位が少なかったのは幸いだろう。

それよりも静かな図書館でひたすら眠ったり、よく晴れた日に大学のベンチでご飯を食べながら日向ぼっこしていた事が、小学生の時の癒やしを何となく思い出させた。

大学がこれまでの人生で最も安らかだった時期だと思う。


アルバイトを始めたのはこの頃。

高校バイトしている人は多かったが、学校自体禁止していたので積極的に参加は出来なかった。

バイトコンビニで働いていたが、時給の割にやることが多すぎて大変だった。

仕事自体は大変なだけで辞めるほどでは無かったが、その店のオーナーと息子があまりにも横柄で更に仕事をしなかったため、衝突が多くなり、半年もせずに辞めた。

まりイライラする職場だったので、最低限の事だけを行って何の言葉も残さず退職した。

仕事よりも人間関係の離職理由が多いとはよく聞いていたが、なるほどなと理解した。

正直この時点でもうバイトはしたくないと考えていたが、そんなこと言っている場合じゃなかったので、次は家の近くにあった小売の仕事に転換した。

また同じ事になったら嫌だと思ったが、予想とは異なり、その店の従業員はみんな良い人ばかりだった。

以前のとの差に驚き、最初からここで働いていれば良かったなと後悔した。

ここは大学卒業するまでずっと働いていた。

当時の方々には非常にお世話になったと感謝している。


ちなみに女性を初めてまともに好きになったのは大学に入ってからだった。

出会い大学の通学途中、学校へ向かう電車が一緒だった。

当初はお互い気付いていなかったが、ゼミが一緒だったこともあり、行きや帰りの駅で何度か姿を見かける事に気付いた。

の子は小柄で物静かな女性で、物腰や動作がどことなく品がある女性だった。

最初はそこまで何も思わなかったはずなのだが、気付けば気になる存在となっていた。ただ、姿を見かけてもどうすれば良いのか分からず、会話することが出来なかった。

向こうもこちらの存在には気付いていたようで、お互い気にはなっているがその先が踏み込めない状態だった。

大学ではその女性の友人間でこの話が広がり、私がその子の近くにいればその子の友人らはよく騒いでいた。

偶然隣り合うくらいに近くにいた時、彼女の顔が凄く赤くなり、若干挙動が慌てていたのもよく覚えている。

また、大学構内で彼女を近くで見かけた際、こちらに気付いていない彼女は私の事について嬉々としてその子の友人と話していたことがあり、それで私は色々と察した。


本来ならすぐにでも仲良くなるべきだったが、酷い事に年単位で何もすることが出来なかった。腰抜けにも程がある。

流石の自分もこのままでは駄目だと思い、授業中や通学途中にもどうにかするべきだとずっと考えていた。

結局良い方法が思い浮かばず、結局は素直にそのまま接触することにした。

夕方大学の帰りの電車で話しかけた時、彼女はとても驚いていたが、その目はどことなく輝いていた気がする。

ただ、こちらはあまり必死過ぎたせいか、話した内容も聞いた内容も全く覚えていない。


それから問題なく彼女と仲良くなれたと思うだろうが、残念ながらそうはならなかった。

この後に私は友人に呼び出され、何かと思えばその友人は彼女の事が好きなんだという事を話していた。

以前から何となくぼんやりとは察していたが、やはり言われれば印象は大きく変わる。

しか彼女好意を抱いている友人は一人だけではなかった。これには流石に困惑してしまった。

これからどうすれば良いかも分からず、完全に混乱してしまった私は、最終的に彼女無視するという馬鹿げた行動に至る。

これが良い行動でなかったことは言うまでもなく、理由を知らない彼女は私にからかわれたと思ったのか、徐々に避け始めた。間違いなく嫌いになったのだろう。

友人も以前から私と彼女との間を少し察していたため、どんどんとギクシャクした関係になってしまった。

それ以降、この友人とも連絡を取ることは一度も無かった。

これらが影響で大学へ行くのも面倒になってしまい、楽しくもなくなった。

そしてこの件は私を含め誰も得をすることなく、何も解決することもなく、呆気なく大学生活は終わりを迎えた。


これまでの学生生活は長いようにも短いようにも見えたが、その中で何か大きな事を成し遂げることは一切無かった。

10年以上もの時間が与えられたのにも限らず、ただ時間無駄に過ごしただけ。

それを思うだけで自分の中の自信が無くなっていくようだった。

せめて何か形に残るような事をやっておくべきだったな。


大学卒業後、私は在学中ギリギリ内定を貰った職場で働くことになる。

この職場実家と離れるために一人暮らしをしていたが、今まで以上に億劫な日々を過ごし続けていた。

学生時代とは違った、空気の全く異なる職場で何も考えることなく働き続けた。

仕事特にやりがいがあるわけでもなく、また休みの日に何かをすることもなく、ただただ無為時間が過ぎているだけだった。

同僚や上長もそんな私の空気を察したのか、ほとんど関わろうともしなかった。

話しても挨拶のみや一言や二言程度で、会話が広く発展することもない。

このような状態が続いても精神面に良い訳がなく、更に朝昼晩の交代制の仕事だったため、生活リズムも徐々に狂い、心身共に壊れていった。

まりに酷い時は心療内科に通うこともあったが、その医者は話を聞いてくれずただ薬を出すだけだったので、諦めて薬も飲まずに自分で何とかしようと考えた。

そうやって何日も何日も耐えてきたが、ある日の朝、全く起き上がれなくなった。

動こうと考えても身体は言うことを聞かず、天井を見上げていることしか出来なかった。

日経ち、その職場退職した。


辞めたあとは仕事から解放感か、体調は一時的に軽くなった。

しかし、その後もまともな生活を送っていなかったため、暴飲暴食や昼夜逆転生活で体調は日が経つごとに悪化していくだけだった。

部屋はゴミだらけで文字通り足の踏み場もない状態風呂すらロクに入らなかった。

でも途中で生活資金が尽きそうになり、仕方なく正社員での募集を探してみるものの、何度も何度も断られた。

挙句の果てにアルバイトですら断られる時もあった。

そんな生活が何年も続いた。

もう起きることすらしんどくなり、お腹が空いても飯も食べず1日中寝ている日もあった。

もはや生きているとは言えず、死んでないだけの抜け殻状態だった。

時々母親からは安否の連絡が来たが、適当に返して放置していた。


そんな鬱々とした生活のある日、久々に入った短期での仕事中に体調が一気に悪くなって倒れた。

酷い吐き気めまいがあったのを覚えているが、倒れてから記憶はなく、後で知ったのだが救急車で運ばれたらしい。

そんな体験をしたのは生まれて初めてだった。


目覚めた時、妙に病室のベッドが心地良かったのを覚えている。

今までは床で寝ていて掃除もされていない酷い部屋で生活していたからだろうけど。

その日会った看護師によると、私は数日間意識が無かったようで、ずっと眠っていたらしい。

ただあの時のベッドの心地良さが続くならば、ずっと眠っていたい。そう思った。


それからしばらくして、母親が部屋に入ってきた。

泣いていた。

私はそれを見ても全く何も感じる事はなかった。むしろ、早く一人にして欲しいと思うくらいだった。

しかし、すぐに帰らないので仕方なく相手をしていたが、その時はいつもと比べて妙に母親が優しいと思った。

その理由はあとになって分かった。


日経って病院での生活も多少慣れてきた頃、担当医者に呼ばれた。

話によると、私は余命が半年と少しほどしか無いらしい。

肝臓に酷いダメージがあり、もう治療をしようにも手の施しようがないそうだ。

できるだけ安静にしていれば余命は伸びるかもしれないが、それを怠ると今後の苦痛が大きくなるとか。

今までの経緯を話したところ、今回は重度のストレスと暴飲暴食が原因だと先生結論付けた。

から身体は弱い方だったが、それがここになって一気に来たものだと思った。


余命宣告された時にはあまりに突然だったため、一瞬驚いたが、同時に安堵した。

過去自殺を考えたことは何度もあったが、実行に移し切れずその度に憂鬱になっていた。

でも、もう無理に頑張る必要は無いんだなと、張っていた気が抜け、少し救われた気分になった。

はいえ、現在の状況は何もかも全て自分の行いで招いた結果ではあるが。


それからしばらくして一時退院、主に自宅での安静を命じられて実家に戻る事となったが、家に居ても特にしたいと思うことがない。

食事にしても身体を壊してからは何も食べられず、内容も淡白ものばかりになってしまい、当然美味しくもない。

幼い頃は家にいるとテレビゲームをよくしていたが、今となってはやる気力さえ全く起きない。

無理やりやろうとしても10分もせず飽きてしまう。

気分転換にどこか出かけるにしても身体負担が大きいので遠出は出来ず、そもそも金が無いか旅行なんて出来ない。

テレビを見ているかスマホパソコンネットでも見るか、それとも何か食べているか、眠たくもないのにただ寝ているか

結局は入院前の生活とさほど変わりなかった。


残りの人生何をやろう、と思っても前々から考えていなければすぐには思いつかないものだった。

仕方ないので、晴れた日にはとりあえず近所にある大きめの公園へ行き、ベンチに座りながら遠くを眺めていた。

園内では子供達がいつもはしゃいでおり、その姿を見ているだけでも元気が貰えるように思えた。

時には夫婦と幼い子が仲睦まじく歩く姿もあり、それを遠くで羨ましく見ている時もあった。

ネットサーフィンをしている時に時々フェイスブックを見るが、当時の友人や知人は徐々に結婚してきており、既に子供が生まれているのが何人もいる。

そして彼らが時々掲載する写真動画を見ると、微笑ましいと思うと同時に気が落ち込む。

自分も、もう少しまともに生きていればこうなっていたのだろうか。


そこでふと、大学の例の女性を思い出した。今は一体何をしているのだろうかと。

もう卒業してから何年も経っており、当時はよく注目されやすい人だったから、とっくに結婚もしているだろうとは思っていた。

でも最期に少しでも連絡が出来たらと間抜けな期待を抱き、数少ない友人に連絡が出来るかどうかお願いをしてみた。すぐに了承してくれた。

そしてしばらくして、思っていたよりも早く結果が返ってきた。

友人によると彼女はまだ結婚していないらしい。でも向こうは連絡がしたくないそうだ。

それだけ聞けたら十分だと思い、その他のことは何も聞いていない。まあ当然だろう。仲良くもなかった男から突然連絡が来ても迷惑なだけだ。

時間も経ちすぎているし、向こうにしても過去の事であり、もしくはどうでもいい事だと考えているだろう。

当時の事も謝りたいとも思っていたが、思い出したくもない過去を今更掘り返しても意味がないと考えざるを得ない。

もうすぐ終わる身としては開き直るしかなかった。


こうしてまたいつもの日常に戻り、何か特別にやらなければいけない事も無く、残り少ない日々を消耗している。

まだ時間がある人ならば、これから頑張ればいつか良い日がやってくると信じて先へ進めるかもしれない。

私のようにもう時間が無い者ならば、これからどうすればいいのか、未だに分からない。

今の私では新しい思い出を作ることは出来ず、過去を思い返すだけしか残されていない。

病院ではそんな私を哀れんで慰めてくれる人もいるが、私は言葉を表向きは受け入れるが、裏では全く何も思わない捻くれた人間であり、素直に受け取れない自分に嫌気が差す。

こんな状態でまともに気持ちの整理も出来ず、向き合えないまま死んでいくと考えると、どんどん悲しくなってくる。


ちなみにこの余命については親以外誰も知らない

言った所で今後会った時の対応に困るし、友人に話そうと思っても言葉が詰まって何も話せなかった。

顔色が悪いと言われても、ただ愛想笑いしながら、いつものように話すことしか出来なかった。

でも、例え自分が何も言わずにこの世を去ったとしても、数年も経ってしまえば、昔あんな奴いたな程度の存在で徐々に忘れ去られていくのだろう。

他人自分が思っているよりそこまで何も考えていないし、期待しても単なる思い過ごしになる。それは今までの経験上、全て事実だった。

それ以前に難しいことを考えるのはもう疲れた

病気悪化しているのか、体調の波がどんどん激しくなってきているため、こうやっていられるのもあと少しだろう。


今までの人生を軽く書こうと思い、これまでを思い出しながら突貫で文章を綴ってきたが、作成中には当時のそれぞれの場面を思い出し、その度に涙が止まらなくなった。

あの頃に戻れたら、もう少し自分に行動力があれば、または別の場所で生まれていたら、何度も何回も様々な事を考えどそれは無駄な事だと察して嫌になった。

まれ変われるならとも考えた事もあるが、そもそも宗教なんて信じていないのに、そんな事を考えるのはおかしい話ではある。

でも死んだ先に何があるのか、それとも何も無いのか、それは今の私でもとても気になっている。


20年以上生きてきた中、他人にも自分にも今後のためになるような何かを与えたことはなかった。

そして生み出すこともなかった。

ほとんど何もしなかった私のこの人生意味はあったんだろうか。

私には答えが何も浮かばなかった。

人生についての意義を考えるのは人間くらいだと言われるが、少しでも生きていて良かったと、そう思えるような意味のある何かが欲しかった。


こんな駄文をここまで読んでくれて本当にありがとう

2018-05-07

テレビゲーム世代でもファミコン禁止の家で育った人間は多いと思うぞ

当時はブームではあったけどバッシングもあったし校則禁止みたいなところもあった

anond:20180506150253

親といってもアラフォーとかだろ

普通にテレビゲーム世代だったろうに、こんな昭和の頑固親父みたいなこと言っちゃうんだな

パソコン買うなもだけど、家から出てけってのがある意味びっくり

つの時代人間だよ

https://anond.hatelabo.jp/20180506145128

敏捷性が異常に高い超レアアバターを引いただけなのか、

香蓮の「生まれつきのVR適性」が高いから敏捷性が異常に高いのか知らんが

レインボーシックスシージで同じオペレーターを選んでもプレイヤー依存して移動速度がやたら速い、みたいなもの

そんな糞ゲー何が楽しいんだ

作者は絶対に本当はテレビゲームきじゃないだろう

2018-05-05

常識を疑ってみよう

ネットばかりしている中高生が多くて社会問題と唱えるマスコミ

スマホいじり、悪いことかな。

ひと昔前だと、これがテレビゲームであったり、

テレビだったり、たまごっちだったり。

新聞だって、毎朝、なんとなく読むだけ。

雑多な情報に目を通すだけ。

例えば、アフリカの子供が飢餓に苦しんでいるという情報仕入れるだけ。

新聞情報を深く掘り下げることはみんなしてこなかった。

ところが、ネット時代情報の深掘りが簡単にできるようになった。

これ、メリットね。

ただし、深掘り も偏った方向へ進んだとき修正が難しいみたい。

これ、デメリット

で何が言いたいかというと、

時代の変化について、ちょっと腐してみたいのが、おっさんおばさんの習性なんだわ。

2018-04-29

ゲームで無音にしたいとき

テレビゲームBGMボリューム変更機能が付いていないことあるが出来たら付けて欲しい。

ここは音楽が流れているより音楽無しの方が雰囲気が出そうって事がある。

2018-04-23

カップルで楽しめるゲーム教えて

家庭用テレビゲームでも、ボードゲームでも、カードゲームでも、スマホゲームでも何でもOK!

格ゲーとか将棋とかぷよぷよみたいに1対1の対戦とかでなくて、カップル2人で同時に一緒にキャッキャと楽しめるのがいいな。

ゲーム慣れしてない人でも楽しめるものだとなお可。

2018-04-16

anond:20180416142954

そんなもん学校で教わってくるに決まってんだろ。

勘違いすんなよ。「会社ではメモを取りましょう」なんていう話じゃないからな。

「忘れないように、あとで読み返すようにメモを取る」という習慣は板書をまとめ、それを家で読み返す人間には常識的な話だ。

それができないってことは、板書をノートに取ることをただの作業とし、家に帰れば宿題もせずテレビゲームしてたっていうバカ告白からな。

2018-03-25

anond:20180324225854

子供は自制がきかないから親がある程度制限するのは当然だと思う

テレビゲームや一昔前のパソコンでのネットサーフィンなんかも、一日○時間までとか、19時以降はやっちゃいけませんとか制限してた家も多いだろう

それこそ小学生くらいまでは、ほっとくと起きてる間ずっとやり続けかねないし

旦那さんはその辺の意識がゆるい人なんだろうなと思う

でも結局YouTubeを一日中見せて何が悪いの?って反論されたら、そこは個人主義思想問題からどうにもならない

テレビばかり見てる人に馬鹿になるからテレビなんかより本を読めって言っても意味がないのと同じ

なので、YouTubeばかり見るのは悪いことだからやめろではなく、YouTube以外にも色々なもの(積み木とか絵本とか人形とか)に触れさせてあげたいかYouTube時間を減らしたい、と言ってみるのが一番いいんじゃないかと思う

2018-03-18

anond:20180318094225

それはもうすごく簡単な事で、

1.楽しいことだと思ってない

2.日常に組み込まれてない

これに尽きる。

楽しいかどうかは、子供が望んでやってるのか、がまずあって、

それと、成功体験が与えられてないかものすごく怒られているかのどちらか。

負けまくってると楽しくない。

失敗を怒られてたら楽しくない。

その点テレビゲームバランス調整がものすごくて、だいたいうまくなるようになっている。

TVにかかわらずゲームが嫌いって子はそうそういない。

あなたはそのお稽古ごとが楽しいってことをきちんと教えたのでしょう。

それはきっとあなた自信がそれを楽しいことだとすでに知っているから、

でもそれを他人に伝えるのはものすごく難しい。

あと多分、家庭内にその要素がちょっとだけでも見えてるから

あなたがやっているということを子供は見ているから、だとおもう。

これが学校など別の場所だと、また難しい。

2018-03-03

プレイステーション4の人気テレビゲーム龍が如く6命の詩」(SEGA)が、間違って無料配信されるトラブルが発生し、物議をかもしている。ユーザーは喜ぶものの、メーカーにとっては最悪のトラブルとなっている。

最初から最後まで遊べる

問題視されている「龍が如く6命の詩」は、プレイステーションストア体験版として配信されたもの本来ならば「途中までしか遊べない制限」があるはずなのだが、今回配信された体験版には制限がなく、最初から最後まで製品版と同じように遊べる。

2018-02-18

anond:20180218134414

てか、そんな人生を生きることができたとして楽しいの?

 

 

ここまでは、自明だと思うんだけど。(主人公美少女意識が入れ替わっちゃうのは、マンガアニメでは描けても、現実には起こらない。)

 

 

羽生羽生、俺は俺、両者が入れ替わることはない。意識価値観も好みも入れ替わることはないじゃん。

俺が外部を眺めたとき、そこに羽生結弦がいた。金メダルを取った。スゲーと思った。でも、俺の人生は俺が創る。それだけの話だと思うんだけど。

それでは満足できない人は、自分の道を捨ててでも、羽生結弦人生を追いかけて、マウント取らないと気が済まないの?

でもそれで得られる満足と、自分がやりたいことを100%やり切って得られた満足を比べたら、自分の満足を選んだ方が大きいと思うよ。

 

他人追体験好きな人は、それでもいいのかな?(人生テレビゲームみたいな感じなの?)

俺は羽生結弦の優勝を見て、頑張ってる人がいるんだな。進む道は違うけど、俺は俺の道を頑張ろうと思うよ。

=刺激を与えてくれる努力家の姿には感謝できるけど、それ以外はちょっと恩恵はないかなー。

残念だけど、スケートプログラミングじゃ共通点が少ないからねw

2018-02-11

2,3年に一度くらいのペースで思い出すことがあるんだけど、今日ふと思い出した。くだらないが20年近くずっとモヤモヤしてることだ。そもそも正確に何年のことだったかも覚えてないくらいのことだ。だいぶ記憶違いしてるかもしれない。

昔、九州山口ブロック休日夕方(ぐぐったら土曜夕方だった)に放送されていた、ローカルドキュメンタリー番組に、電撃黒潮隊っていう番組があった。これ知ってるの、九州山口かつおっさんおばさん以上の世代だろうw。

そこで、放送当時にヒットしてたテレビゲームであるワールドネバーランドと、その制作会社であるリバーヒルソフト(福岡)が特集された回がある。今はなき制作会社やね。今となっては昔懐かしのゲームだが、当時はヒットしてちょっと経ったくらいの時期だった(と思う)。地元福岡ゲーム会社がヒット作を作ったのでとりあげたんだろう。

番組のその回では、地元福岡からのヒット作、さらユーザーからファンレターやらがたくさん届いてファンとの交流が続いている、とか、全体的にゲーム及び制作会社好意的な内容だった。。と思っていた。

が、番組最後どんでん返しがあったのだw。番組最後の、エンディングテーマ流れながらのスタッフロールで、なぜか、ゲーム機テレビ以外に全く物の無い部屋で、テレビ以外は電気をつけず部屋が真っ暗な中、いかにも根暗風のオタク猫背でニタニタしながら黙々とゲームやってる映像が背景に使われてたの。

まり番組スタッフは、ゲームとその制作会社にたいして実は特に好意的ってわけじゃなく、むしろゲームやってる人間に「ゲームやってるやつなんてこんな根暗オタクだろ」的な偏見丸出しで、全く好意的に見てる訳じゃなかったわけだな。90年代最後半だと思うが、それでもその偏見はねーよって映像演出。わざとではないだろうけど、隠しようのない偏見を持ってその回を作ってたのがふとばれた、という衝撃展開。テレビの前でのけぞった記憶がある。番組も、そのゲームも両方好きだっただけに。

大人になった後からはわかったけどね。取材してきた相手が、取材対象好意的とは限らないと。むしろ貶めるために取材することすらあるわけで。学生だった頃のピュア自分に対して、初めて、世の中にはそういうこともあると教えてくれた番組だ。

長らく忘れていたが、後年、TBSアッコにおまかせ初音ミクに対してひどく侮蔑的取材放送をしてネット騒動になったときに、忘れてた記憶がよみがえったw。ああ、そういうことがあるから取材してくれたからって油断しちゃいけないよね。

ところで、電撃黒潮隊のその回の本放送を見たリバーヒルソフト関係者はどう思ったんだろうね。悲しかったのかな。

2018-02-10

所詮テレビゲームだろ

って任天堂機のこといったら必死厨が湧いてきた。

なんでそこまで必死になるのか。

怖いしキモい

ガキンチョの中にも忖度が行き渡ってる日本、コワ

2018-02-05

とあるソシャゲを辞めた話

とあるソシャゲを辞めました。もしこの文が誰かの気に障ってしまったなら謝ります

私がそのゲームを始めた理由は、友達がやってたから、っていう非常に簡単もの

最初はそこまでゲームに対してやる気がなかったし、ぶっちゃけオタク友達と話を合わせるため以外の意味を感じていなかった。

けど私はそのゲームにドハマりした。

大好きな推しキャラができた。

私が今までゲームプレイし続けたのはほとんどその推しキャラのおかげと言っても過言じゃないです。とにかく大好きだった。

だけどぶっちゃけこれ、人にオススメできるようなゲームじゃないなと思った。

そのゲームはたびたび問題を起こした。ユーザーへの事前報告なしの突然の情報修正など、とにかく火種には事欠かなかった。一応謝罪修正が入った。本当は修正が入った部分だけじゃなく、他の部分でも問題があるところがあったんだけど、当時の私は一応はそれで納得した。

そこで辞めてしまうには推しキャラのことを好きになりすぎていた。

推しだけじゃなく、登場キャラクターみんな大好きだった。とにかくやり込んでいた。

要は、キャラ愛にすがって辞めどきを完全に見失いました。

イベントもいつもと同じ周回だけで、楽しいと思える要素がない。

ぽつぽつ増えだしたアンチの人たちが、間違ったことだけを言ってるわけじゃないのをわかっていた。

十数種類程度のセリフと、変化のあまりない立ち絵だけにすがってプレイし続けてきた私にとっては、アニメ化はこれ以上ないご褒美だった。でもそのアニメは、私が期待していたようなものじゃなかった。

ひどい内容だった。全然楽しめなかった。

私が推しキャラ課金したお金は、こんなふうにして消化されてるんだ、と絶望した。

そんな折、新しいイベント実装された。

そして今まで視界に入っていながら見ないふりをし続けた、ゲーム自体問題について改めて調べてみた。よくもこれで今までやってこれたなあ…と呆れてしまうような内容ばかり。

そんなゲームを今まで支えてきたのは私のようなバカユーザーだってことも思い知った。ずっとキャラにすがりついて、キャラ愛を言い訳にして問題のあるコンテンツ居座り続けた私が、誰かに何かを言うことはできない。

本当に賢明な人は、問題が明らかになった時点で見切りをつけてる。

なにか起こるたびに、疑問を抱くたびに問い合わせを送った。本当のことを運営から話してくれたら、と期待した。私みたいな人はまだ大勢いるんじゃないかと思う。問題に蓋をして、好きなキャラだけにすがってしまう人。改善が無いと知っていながら、諦めきれずに運営にお便りを送り続けてしまう人。

そういう人には、ただ早く楽になってほしい、と願うばかりです。

長くなってしまったけど、要約すると「ゲーム問題があると知りながらそこに目をつぶってきたけど、辞めます」っていう話でした。

でも、これで良かったのかなと思う。私がゲームを続ける一番の理由だった推しが私の理想キャラじゃなくなってくれたから、私は足を洗うことができた。

もうソシャゲ自体引退することにします。

やっぱり漫画アニメと、あとゲームテレビゲームとかボードゲームとか、そういうのに限ります

これからも元気にオタクやっていくうえで、清算すべき過去だと思ったから、このゲームへの思い出は捨てていくことにします。ありがとう推しくん。本当に大好きでした。今度は良い作品の中に生まれてきてね…。

2018-02-02

あるゲームを辞めました

とある女性向けのブラウザゲームを辞めました。

なんとなく、辞めた経緯を残しておきたくなったので書いてますが、もしこの文が誰かの気に障ってしまったなら申し訳ないです。すみません

あと、一応ゲーム正式名称は伏せますが、別に隠したいわけじゃないのでわかる人にはガッツリわかってしまます。というかプレイヤーじゃなくてもわかると思う。いろんな意味で有名だし…。

私がそのゲームを始めた理由は、周りの友達がやってたから、っていう非常に簡単ものだった。

誘われてじゃあやってみようかな、と思ったころには既にサーバーの数が足りず、周りの事前登録からはずいぶん遅れてのスタート

私はオタクだけど、ゲームにはほとんど触れたことがないタイプオタクだ。

特に女性向けの、いわゆる乙女ゲーというものはどうにもむずがゆくなってしまって進められなくなるから、正直苦手な部類だった。

から最初はそこまでゲームに対してやる気がなかったし、ぶっちゃけオタク友達と話を合わせるため以外の意味を感じていなかった。

けど私はそのゲームにドハマりした。

登場キャラは見事にイケメンの男ばっかりで、確かに女性向けのゲームではあったけれど、みんなプレイヤーに対して過剰に接触してくることはなかった。普通乙女ゲームのようなタイプではなかったことに衝撃を受けた。

なにより、そのゲームの中で運命出会い果たしてしまった。大好きな推しキャラができた。

私が今までゲームプレイし続けたのはほとんどその推しキャラのおかげと言っても過言じゃないです。とにかく大好きだった。

推しが大好きすぎて、推しに所縁のある地に一人旅したこともあります。ここが推し地元推しの過ごした街…などと考えながら。

ところでそのゲーム、決して公式から供給が多い方ではなかった。

一応戦闘シミュレーションゲーム…なのかな?多分…。キャラたちが戦いに身を投じるに至るあらすじみたいなもの存在したけど、メインストリー的なものとかは一切なかった

あるのは特定キャラを組ませたときに発生する、特殊会話だけ。

よく覚えてないけど、サービス開始当初はこれからどんどん物語が展開していくよ、みたいなことがほのめかされていたと思う。

けどそれも多分ないんだろうな、っていうのをサービス開始から半年経ったぐらいで察しました。

前述の通り私はソシャゲには疎かったし、よく知らないけどまあ、ソシャゲってたぶん全部こんなもんだよね。と諦めた。

ストーリーの進展に対して期待がなかったわけはない。というか元々漫画とか小説とかを好む人間だし、それをこそ求めていた部分がある。正直ガッカリだった。

ぶっちゃけこれ、人にオススメできるようなゲームじゃないなと思った。

それに、ストーリーの進展がないことがオマケみたいなものに思えるぐらい、そのゲームはたびたび問題を起こした。

いわゆるトレパク問題や、ユーザーへの事前報告なしの突然のキャラ情報修正など、とにかく火種には事欠かなかった。

トレパク問題では一応謝罪修正が入った。本当は修正が入った部分だけじゃなく、他の部分でも問題があるところがあったんだけど、当時の私は一応はそれで納得した。

納得させたかったんだと思う。

そこで辞めてしまうには推しキャラのことを好きになりすぎていた。

推しだけじゃなく、登場キャラクターみんな大好きだった。一時はキャラコンプリートしたりして、とにかくやり込んでいた。

課金キャラゲットにわかやすく直結してるゲームじゃなかったけど、当然課金をするメリット存在したし、お金を払うことは愛だと思っていたから、少なくない額は入れてた。

要は、キャラ愛にすがって辞めどきを完全に見失ってしまっていました。

半年も経つころには、私を誘ってくれたプレイヤー仲間はゲーム自体に飽き始めていた。

当然だと思う。だって進展が無い。イベントもいつもと同じ周回だけで、楽しいと思える要素がない。

キャラ間で発生する特殊イベント動画サイトツイッター簡単ネタバレを見ることができる。

そうしてるうちに、ネタバレを見ることも減っていって、他のゲームアニメにハマっていく人が多かった。

私はそのゲームがとにかく好きだったからこそ、離れていくユーザーに対して何も言えなかった。

酷い部分、悪い部分を他の人より深く知っていたと思う。中には根も葉もない噂話程度のものもあっただろうけど、そうじゃないものも多かった。

ぽつぽつ増えだしたアンチの人たちが、間違ったことだけを言ってるわけじゃないのをわかっていた。

もともと人に勧められるゲームじゃないとは思っていたけど、私はそのゲームプレイし続けていることを、友達に話したりしなくなった。


あるときアニメ化発表があった。

離れていたユーザーが少しずつ戻ってきた。ストーリーが無いゲームをどうやってアニメ化するんだ?とか、ネタにされることも多かったけど、楽しみにしてる人がほとんどだったと思う。(あくまプレイヤーの中では)

私もその一人だった。すごくわくわくしてた。十数種類程度のセリフと、変化のあまりない立ち絵だけにすがってプレイし続けてきた私にとっては、アニメ化はこれ以上ないご褒美だった。

でもそのアニメは、私が期待していたようなものじゃなかった。

いっちゃあなんだけど、ツイッターとかピクシブ蔓延ってる二次創作適当に詰め込んだみたいな、ひどい内容だった。全然楽しめなかった。

ツイッターでは絶賛されてた(表向きそんなふうに見えた)から唖然とするしかなかった。

私が推しキャラ課金したお金は、こんなふうにして消化されたんだ、と絶望した。

そんな折、推しの新しいイベント実装された。

本当に個人的感想からあんまり詳しくは書かないけれど、二次創作の、アニメの中で改変された推しが、ゲームの中に侵食してきた、と思った。

アニメ化第2弾の発表があった。

まり期待しないで見たけど、やっぱり酷いものだった。

ゲームログインする回数が減っていった。





ログインの回数を減らすと同時に、今まで視界に入っていながら見ないふりをし続けた、ゲーム自体問題について改めて調べてみた。

問題の詳細については例によって詳しく書かないけど、よくもこれで今までやってこれたなあ…と呆れてしまうような内容ばかりだった。

そんなゲームを今まで支えてきたのは私みたいなバカユーザーだってことも思い知った。

今このゲームやその周辺がやっていることは、ただの延命治療だと思った。

私みたいなバカユーザーと書いてしまったけど、ゲーム問題自体を知らない人も、全て解決したと思ってる人たちも居ることでしょう。私はその人たちを一方的に責めることはしたくないし、する意味も無いと思う。平行線になってしまうと思うし…。

それに、ずっとキャラにすがりついて、キャラ愛を言い訳にして問題のあるコンテンツ居座り続けた私が、誰かに何かを言うことはできない。

本当に賢明な人は、問題が明らかになった時点で見切りをつけてる。

私は加害者の一人なのであって、被害者を名乗れる立場じゃない。

だけど少し言い訳を添えるとするなら、私はなにも運営への悪口を一人で書き連ねたり、アンチ活動に精を出しているわけじゃなかった。

なにが起こるたびに、疑問を抱くたびに問い合わせを送った。本当のことを運営から話してくれたら、と期待した。

でも、帰ってきた言葉が、定型文以外だったことは一度もなかった。

たぶん、私みたいな人はまだ大勢いるんじゃないかと思う。問題に蓋をして、好きなキャラだけにすがってしまう人。

改善が無いと知っていながら、諦めきれずに運営にお便りを送り続けてしまう人。

そういう人には、ただ早く楽になってほしい、と願うばかりです。




長くなってしまったけど、要約すると「ゲーム問題があると知りながらそこに目をつぶってきたけど、推し最初思ってたのと違うキャラなっちゃったから辞めます」っていう、クソみたいな話でした。

でも、これで良かったのかなと思う。私がゲームを続ける一番の理由だった推しが私の理想キャラじゃなくなってくれたから、私は足を洗うことができたんだと思います

ところでそのゲームブラウザゲーで、とあるプラットフォームを利用したものだったので、辞めるときはそれ自体から退会をしてしまい、同じプラットフォームプレイしてた他のゲームデータも当然消えてしまったわけですが…。

問題、起きましたね。同時プレイしてた他のゲームでも。

たぶん呪われてるんですね、ソシャゲというものは。もうソシャゲ自体引退することにします。

やっぱり漫画アニメと、あとゲームテレビゲームとかボードゲームとか、そういうのに限ります

これからも元気にオタクやっていくうえで、清算すべき過去だと思ったから、このゲームへの思い出は捨てていくことにします。

ありがとう推しくん。本当に大好きでした。今度は良い作品の中に生まれてきてね…。

ありがとうございました。

2018-02-01

anond:20180201144706

麻雀のほうが古いゲームなのに、スポーツと呼ばない人が多いのはなぜ?

なぜわざわざテレビゲームスポーツにしたいの?

anond:20180201133956

テレビゲームテレビゲームと呼んだままだったら、増田は俺が言ってたことについて自分で考えられたと思うの?

物事を捉えなおすために名称を改めることの何がそんなに認めがたいことだと思ってるの?

変える理由説明つけようと思えばできんのかも知んないけど、それに抗いたくなってる増田気持ち説明できんから

anond:20180201133956

横田だけど、テレビゲームの中にスポーツ性があると言うことを理解できない人はたくさんいる。ちょうど増田のように。

でもそうじゃないんだよ、テレビゲームにもフェアネスとかリスペクトとかストイックさとかそういうスポーツに見出される精神性と同じものがあるんだよ、っていうことを主張したいがためのe-Sportsなんじゃね?

スポーツと呼んだら公共性高まる、って話はちょっとよくわからんが、個人的には格ゲーみたいな一部のテレビゲームe-Sportsと呼ぶのは違和感ない。やってみりゃわかるけど、本当に強くなるには単なる遊びを超えた取り組みがどうしても必要とされるから

しろ増田が、なんでテレビゲームスポーツと呼ばれるのがよくわからんと思っているのか自己分析してみる方が、増田が探してる答えへの近道なんじゃね?

anond:20180201132623

テレビゲームe-Sportsと呼んだらなんで公共性高まるの?

テレビゲームテレビゲームじゃないの?

テレビゲームテレビゲームのまま、なにかやましいことがあったら、名前変えても同じじゃないの?

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