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2020-05-28

地方都市で育ったというニセ記憶

キリンジの『エイリアンズ』って曲のレビューで、「公営団地とかバイパスとかそういうニュータウン的なものノスタルジーを帯びるようになってきた」的なことが書かれていた

どこかで見つけた『ニュータウン青春』って映画トレーラーと「さよならけが人生だ、いやマジで」ってコピーが好きだった

Twitterで「田舎ってのは田園風景神社・山って感じじゃなくてもっとゴチャゴチャしたショボい都会の下位互換だぞ」みたいな意見をよく見る

Fozztoneってマイナーバンドの『平らな世界』って曲の"つまらない話ばかりでごめんよ つまらない街なんだよ"って歌詞が気に入った

 

こういうのが積み重なって、俺はガチのど田舎育ちのはずなのになんか半端な地方都市とかベッドタウン衛星都市で育ったような気がしてきてしまった

俺が育ったのは人口500〜600人、小学校の全校児童45人、その辺にサルイノシシアライグマなどが出没するマジの山村だったのに

「つまらない街なんだよ」じゃねえよ そもそも街ですらないんだよな 森に阻まれ全体像全然掴めないからまとまりとして把握すらできねンだわ

山を2キロ下りたところにある最寄駅の周りはさすがにちょっと町っぽい!と思ってたんだけど、前に帰省したとき「駅の歩道橋から町を見渡してエモくなるやつやるか」と思い立って見渡したら全然町じゃなくてただ「道路に家々がへばりついている場所」でしかなくて絶望したんだよな この程度のものを町と思ってしま環境暮らしてたのか!と

公団バイパスもないし てか何もねえわマジで 山だから田んぼすらまばらなんだよな 何があるんだ? あんなとこに住むなよな 

2020-01-02

障害者になって見える世界

※色々ぼやかす

↓を書いたものです

https://anond.hatelabo.jp/20191224184217

これを書いた後吊ろうと思ったが泣いてる母親思い出してやめ元旦母親に顔見せに行ったら

思い出した母親映画かなんかで見た大竹しのぶの泣いてるシーンで別人であった

私を轢いた子を恨んでいないのは小さい頃から知っているご近所さんでその時彼女に火急の要件があったのを知ったか

この現状を知られたくないのでこれ以上は書きたくない

元旦帰るついでに実家に住めるか確認したが運転免許返納済みの私は田舎で今以上に積む事を実感した、とはいえ現状のままだと住む所もなくなる

新しい家も借りれないだろうし公営団地住まいになるんだろう、昔団地に住んだ時はあまり生活環境の悪さにノイローゼになった本当に積んでいる

多分お医者様は好意のつもりで精神障害者手帳を勧めてくれたんだと思う

薬代は安くなるしTVでは障害者雇用について問題になっていた

だが先生方は現状を全く知らないだろう(責める気はない)精神障害者には本当にメリットがない

出歩けないため映画が安くなろうと交通無料だろうと就職先はないし2年に一度更新でそれ以上にお金がかかる

障害を隠して就職活動をするというのも納得できる話である

某有名大病院権威先生でこれなので今の希望はもう一度障害年金をもらえるよう頼み通る事だがあの感じだと厳しいだろうな

転院も考えたいが便利な近所なのとどこまでも気力が湧かなくなってきている

不条理と戦う行動はしないでいい

もしもこれ読んだ方で周りにお医者様がいたりしたら善意で渡した手帳地獄への片道切符になりえると不快スパムにならない程度に広め伝え願いたい

でないと私のように 職を失い  家族も離散し  ロープを買う。

2019-07-05

anond:20190705022234

いや地方のボロい公営団地に住んでる人に向かっては言ってないだろ

anond:20190705021954

地方のボロい公営団地に住んでる人にインデックス投資信託手数料が安いんですよ!

とか真面目に語るボンクラが今のリベラルっぽい。

2019-04-09

anond:20190409112619

たとえば。古い京都人は毎朝家の前を掃き清めるが、隣の家の前は一ミリもはかない。

そして埃が残ってる家の住人をみんなで蔑むのだ。これをマンションとか公営団地でもやる。

お前京都エアプだな。

隣の家の前に少しだけはみ出して掃くのが作法だぞ。

anond:20190409111535

古い京都人は上・中・下京区以外は「京都」と思ってないからな。

京都山科区とかは「京都」じゃないから、絶対に「山科」とか地名で呼ぶ。

あと、これは今の京都人もそうだけど丹波京都府の真ん中あたり・山)・丹後北側・海)は京都と思ってない。


古い京都人マジで性格悪い(ところがある)

たとえば。古い京都人は毎朝家の前を掃き清めるが、隣の家の前は一ミリもはかない。

そして埃が残ってる家の住人をみんなで蔑むのだ。これをマンションとか公営団地でもやる。

都じゃなくなってもう100年以上たつのに、いまだに何を考えてるんだろうな

2019-04-08

都会生まれ貧乏人が11年ぶりに続編を書く

https://anond.hatelabo.jp/20080819183454

時給1500円なんて人生バラ色じゃね?



これ書いたの俺。

あれから11年経った。家も買った、子ども複数人いる。


これまでの経歴を書く、少し補足を入れつつね。


飲食営業バイト > やや専門性のある派遣社員専門性のある派遣社員独立開業取引先に就職(数年) > フリーランス (今ココ)


売上ベースでは900万を超えるようになった。経費を引くと所得で800弱ってとこかな。

郊外一戸建ての家を買った。子どもポコポコまれてきた。


まれも育ちも貧乏だったので金の使い道があんまりない。でも貧乏になる恐怖がすごいので、しっかり稼ぐ。もちろんお金幸福は買えないが、お金不要な不幸をはじいてくれるお守りだ。しか効果は抜群。中流以上の人はわかんないかもしれないけど。


なんで11年ぶりに続編を書こうかと思ったかって、少し前に、増田で都会育ちと金持ちと貧乏といろいろの世界観の話がホテントリしてたので、俺も書きたくなったことがあるから


俺はこのパターンに当てはめると「都会生まれ、都会育ちの、貧乏人」ということになる。ニュータイプ

都会には結構貧乏人が多い。昔から都会には貧乏人が生息してきたんだが、田舎の人は(お金だけでなくて)情報的・文化的格差があってこういう事実をあまり知らないのかも。

貧乏一口に言ってもいろいろ。俺の場合は月末になるとおかずがなくて米だけになる程度の貧乏。下には下がいるので貧乏系のマウンティングは勘弁な。


公営住宅に住んでいた。一人親ではなく、両親がいた。家族障害者はいなかった。つまり、稼ぎがすこぶる悪かったってことになる。

自分貧乏を強く意識したのは、友達がみんな自転車を持っているのに自分だけなかったときとか。小学校3年くらいの時に始めて「学習机」をもらったときのこととか。その学習机が実は、人が不要になって捨てた女性用の鏡台だったこととか。相対性剥奪ってやつか。「不足している」というのをひしひしと味わい尽くした。


友達貧乏人が多かった。俺は別々の2グループに属していたが、全体を見て公営団地に住む奴らが7割。一人親も7割くらい。大学に行ったのが2割(東京的には少ない)。公営団地に住んでいて(高卒後の進路として)大学に行った友達はいない。俺は今、放送大学で1学期2単位ずつとる一応の大学生だけど。


自分が「持たざるもの」ということは小学校低学年くらいによく理解できた。なので自分誕生日プレゼントに欲しいものリクエストをしない子になってしまった。両親が何が欲しいのかと問い詰めてくれたので、たいして欲しくもない安そうなものをねだったことを覚えている。父親時代に取り残された職人だった。需要がなく、仕事がなかった。その分野以外のスキルゼロのまま、学歴もないまま、何もないまま、仕事を辞めて家族を養うために肉体労働を始めた。当時はそんな父親をかっこ悪く思ったが、今思うとすげーかっこいい。泣けてくる。転職先で、体力もおぼつかないまま、若造にこき使われて、ストレスをためて酒を飲み過ぎて、一発逆転を狙ってギャンブルにはまった模様。あんまり笑わないでやってほしい。人は追い詰められると一発逆転を狙うようになる。


年頃になって周囲がおしゃれに目覚め始めたときはつらかった。みんなで服を買いに行って、俺だけ買わないとか。集団ゲーセンに通うようになっても、おれだけ2~3回やるのが精一杯とか(しかも、1プレイ50円のところだぜ!)。人のプレイデモ画面ばかり見てた。だから強くもならないし、ワンコインの持続力は短かった。資本の力を思い知らされた。


話は若干それるが、田舎の人が「都会=金持ち」の偏見を持っていて困ることがある。変なところで、嫌みを言われたり、奇妙な目の敵にされることがある。そんな奴らの方が、金銭的な意味では俺より豊かな育ち方をしているのにだぜ。これには本当にまいる。


俺は専門学校に行くために高校時代バイトに明け暮れた。父親借金(ギャンブルで!)が発覚したときに、俺の貯金で返済しようかと思ったけど、母親がそれを止めてくれた。貧乏だったので、逆選抜バリバリ思考で、とくにかく早く働きたかった。だけど高卒で働くよりも手に職を付けたかった。でも専門学校を出て飛び込んだ業界旧態依然としたレッドオーシャン封建社会だったので続かなかった。すぐに仕事を辞めてモラトリアムに走った。大学に行ってる友達が遊んでばかりで悔しかたから、俺も遊び倒すことにした。夜の繁華街でもよく働いた。いわゆる「外こもり」みたいなこともやった。いろんなとこで死にかけた。


で、そのモラトリアムの延長線上で、自分とある才能に気がついてしまった。ほんとラッキーだった。その才能を生かして派遣仕事を得ようとした。しか学歴がないので前提条件に入れなかった。しかたないのでその方面資格を取った。短期間で、一発で、そこそこのレベル資格が取れた。ちょう頑張ったけど、今思えば才能に恵まれていた(ちなみに、当時の自分努力体験成功体験をセットで味わったので、「スーパー自己責任論者」になってしまった。必死だっんだろうな。時代もそうだったので勘弁して欲しい。今思えば、才能が9割というベース努力2割を足しただけの結果だと思ってる)。


まずは大卒じゃなくても雇ってくれる職場から始めた。そこで勉強してから転職した。経験者だったので、同じ方面専門性の高い職にありついた。自分ホワイトカラーという分類に入っている奇跡に驚いた。だから頑張ったし、面接特にはりきった。張り切ってスキルを並べて、受かった瞬間に有休消化を使ってそのスキルを学んだ(つまり面接時に話したスキルは若干ハッタリ)。新しい職場でも良く働いた。勢い余って結婚してその勢いで独立した。ちなみにでき婚ではない。


そのまま専門の分野で経験を積んで自分商売確立した。時給にはできないけど、無理やり時給にするなら5~6千円はいくはず。1日だいたい6時間強働いて、月に75~80万くらいの売上で、家事の分担をがっつりやって、下の子保育園の送りも迎えも全部俺がやって回るようになった(あ、計算があわないから時給はもっと高いっぽい)。


今でも金にはがめつい。金にならない仕事はしない。大人言葉遣いながら、お金のことはまっさきにはっきりと、しっかり伝えて商売をしている。


日々の生活においてお金に困らないというのは本当にありがたい。でも下の子がねだるガチャガチャだけは絶対にやらない。自分で稼いで自分でやれといつも言ってる。くそくだらない(ように見える)ファミレス入り口かにあるあのガチャガチャ類を見ると、ゲーセンで惨めな思いをしていた昔の自分が思い出される。やらせてやりたいという気持ちと、なんだかわからない複雑な気持ちがせめぎあって、「大きくなって自分お金でやるんだぞ」と言ってぎゅっとだっこして強制退場


と、一気に書いてみて読み返してみたが、母親のことを書けてなかったな。人が生きる上でお金愛情は不可欠。どっちか一個だけ欠けるとしたらお金愛情は欠かせない。だけど普通に言って、両方必要絶対必要。ない人がいるなら、それを補う世の中的な仕組みが必要。こないだ結婚記念日だった両親は今も健在。ありがたい。

2018-03-27

anond:20180327094739

古い公営団地収容されると思う

孤独死防止対策と称してシェアルームみたいになるかも

2017-12-02

anond:20171112171006

こんにちはー。

東京まれ東京育ちの30代半ば増田です。

10から19歳まで家族3人で世田谷区UR賃貸新築で入居)に住んでましたが近所付き合いはほとんどありませんでしたー。

10歳までは同じく世田谷区の古〜い公営団地に住んでましたが、そこではけっこう近所付き合いはありましたー。

なので、都会に家族で住んでいてもご近所付き合いがあるかないかは「場合による」と思いますー。

 
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