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はてなキーワード: 空虚とは

2017-07-18

何者にもなりたくたい症候群

これに罹る人自体は、めずらしくない(私だってそうだ)。だが今後、きっと爆発的に増えていく。デジタルネイティブ若者に関しては特に著しく勢力を増やしていくだろう。

情報技術が発展し、情報リテラシーが高まり他人多種多様生き様や頭の中をヴァーチャル追体験できるようになっていくほど、そうなる。

あるいは、縮小し閉塞感に満ちていく社会において「○○のような人材」が求められれば求められるほど、他人の望む人間になることを是とする人は減り、真逆にあたるこの症候群が増える。

現代は多くの人が情報の海に晒されているが、基本的にはみな、好きで晒されている。

情報から距離を置けない理由には社会的欲求(横並び意識)も関係しているだろうが、根源的な部分で、人間知識欲ははかりしれない。

ともかく数年もそういう情報収集に没頭するうちに、人はすべての情報客観的に見るようになる。

言い方をかえると、すべてが他人事になっていく。自分思想行動様式と一致する主張ですら、他人事であり、移入することができなくなる。

感動しないわけではない。心酔しないわけでもない。でも、その素晴らしいものは(ゴミみたいなものもだが)、すべて、自分とは別の世界のことだ。無意識距離を置くようになる。

自分世界には、何もない。ゼロではないが、大したものはない。そのことに虚しさや悔しさなどを感じる時期も通り過ぎてしまった。きりがないのだ。自分空っぽでいい。そうなっていく。

はてブなんていうメタツールを使っている人ならその感覚がよく分かるはずだ。

自分主観的意見」ですら客観視しだして、「これはくだらない、取るに足らないものだ」と思うようになり、いずれ黙るようになっていく。

自分が言わなくても、自分が思いつく程度のことは静観していれば誰かが必ず言う。それどころかもっと洗練された素養を感じる意見が次々と出る。

たまに黙るようにはならない人もいるが、そういう人は、自己空虚さを完全に意識から消しているので、傲慢上から目線発言をするようになる。覚えがあるだろう。

 

自己主体とすることを肯定することは、一人の人間としての人生に埋没してしまうことだ。

それは極めて当たり前のことだが、しかしそうではない、メタ視野の万能感を、我々はもう知ってしまっている。

他人企業社会、そういった観察対象生き様、行く末を見るのは刺激的だけれど、自分がそれに加わろうとは思わない。

できることな人間をやめて、電脳化して、この先数千年くらいの人類を観察していたい。

それはある意味で、死へのあこがれかもしれない。

そうでないのなら、これは静かなる反抗だ。

まりにもできの悪い現実に対する?いや、違うだろう。情報を手にしてしまったことに対する、が妥当だろうか。

もう少し踏み込むなら、世の中にあふれる要素に対して、人生があまりにも短すぎることを知らされてしまったこと、

そして「実体験」の価値相対的に見て瑣末なレベルにまで薄れてしまったこと、その2点に対するハンガーストライキだ。

から何もせず、社会にも加わらず、ひたすら情報摂取して、内なる膨張を続けながら生きる。

 

労働者」になりたくない。

「親」になりたくない。

「男(女)」になりたくない。

強者(=搾取肯定するもの)」になりたくない。

「○○主義者(=世界を狭くするもの)」になりたくない。

「○○ファン/シンパ(=何かに従属するもの)」になりたくない。

ひとつひとつを見れば、中二病高二病かといったものをこじらせたんだな、と一笑に付されて終わるかもしれない。

けれどもこうした「○○になりたくない」という思いはインターネットの海で練り上げられて竜となり、

それらが寄り集まった集合体として、漠然とした怪物の姿となる。

その影はどこにでもあり、その姿は気づけば心のどこかに転写されている。

現代人のほとんどが、そうやって心に怪物を飼っているはずだ。

その怪物こそが、何者にもなりたくない症候群の主たる発生源だと思う。

  

この症候群に罹るのは、若者の間だけではない。

中年になっても、老年になっても、一言で表せるような身分を勝ち取る行動を頑なに起こさず、さまよい続ける境界者であり続ける。

そんな境界者とて、なにか巡り合わせた特定の状況に依存して生きているわけだが、決してその状況を肯定したり、堅持しようとするわけではない。

吹けば飛ぶような場所にいて、弱者であることにこだわり、風が吹くならば死んでも仕方ないと覚悟しつつも、防御行動を取らない人達だ。

そういう人の割合がふえてくると、これまで人類の築いてきたコミュニティの在り方は根底から崩れる。

それが悪いと言うわけではない。いち罹患者として言わせてもらうと、自然の成り行きなのかもしれないし、興味深いと思っている。

 

ある中年職歴なし引きこもりすねかじりもやしメガネより。

2017-07-12

ジェネリック存在しないアニメ

どんなに質が高く面白いアニメでも、終わって次のクール行けば忘れたり次の作品で埋められたりする。

しかジェネリック存在しない作品がごく稀にあり、終わったあと空虚を埋められず何とも寂しくなる。

私の場合クロスアンジュだけど、クロスアンジュロスを何で埋めればいいのかまだ解らない。

2017-07-02

JAコメ」に産地偽装の疑い、魚沼産に中国産混入|週刊ダイヤモンドSCOOP|ダイヤモンドオンライン

http://b.hatena.ne.jp/entry/diamond.jp/articles/-/117642

せっかく続報(https://science.srad.jp/story/17/06/29/0659224/   ※スラドのほうが農林水産省はてなー大好きねとらぼなど各所へのリンクがあって楽なので)でたのに、当時から疑問符をつけている人たちがいるにも関わらず先走って威勢よく、

コシヒカリ中国米!化けの皮剥がれてンギモッヂイイ!!これは氷山の一角!!こういうことが横行する国でと福島県産安全だとか忌避する奴は放射脳風評被害をばらまく信念の人だとか言われても空虚!とか威勢よくコメントしてたりと数百ブコメつけてた人達はまじでどこ行っちゃったの。

本当にニュース内容自体が気になってたわけじゃなくて騒ぎたいだけなまとめサイト住民と同レベルの連中だったんだね。

2017-06-20

年齢にこだわらなくなるのが難しい。

これは正確な言葉ではなくて、自分と同い年・同学年の人がうまくいってゆくのがとてつもなく空虚気持ちになるのだ。

自分は鬱や自意識過剰をこじらせてしまい数年引きこもりのような生活をしている。もちろんそのせいで、会社に勤めたりだとか

社会の何かしらのコミュニティにいたりだとかということが殆どない。これがこの陰々滅々とした気分の原因なのはわかっている。

ただインターネットオタク的な界隈において、ぞろぞろと同い年で名をはせたりしている人をみるととてつもなくやるせない。

自分現在人の役にも立たず陰々滅々と高校と同じような生活をしており、社会に背を向け何もせず何も積み重ねることな

消費をして生きていること、これがとてもやるせない。

ならば何かをすればよいというのは確かにそうだ。しかしこんな自分が何ができるというのだ。興味も希望もないおっさんが何ができるのだ。

趣味も続かず、勉強仕事もできない社会落ちこぼれは死しかないのか。

自分も行動する力があれば、何かを続けていればあの光のような社会にいる可能性の中で生きれたのではないかと思うと、とてつもなく悔しく悲しくなる。

2017-06-14

好きな人彼氏ができた

今日という日を忘れない。一生忘れられない苦い日だと思う。

いままでの行動すべてが空虚に思える。あの夏の旅行はなんだったのか? ふたりで帰った日々は? 誕生日の夜は? ーー僕は彼女人生に残れなかった人間なのか? 本当にキツい。

僕の知らないところで知り合って、仲良くなって……それが何故か耐えられない。そんな気持ち悪い衝動は抑えなくちゃいけないけれど、どうしようもない。ただ単につらさだけが増していく。つらい。本当につらい。

もともと少ないながら少しずつつけた自信は、すべて失われた。これからの日々をどうやって生きようか。勉強していればだんだんと気にならなくなっていくのだろうか。その間にも彼女は知らない顔を他人に見せ、知らない人になっていく。僕のすべてが無に帰してしまう。いやだ。

僕はどんなふうに映っていた? 教えてほしいけど、ついぞ知ることはないんだろうな。

人生はままならない。本当にままならない。恋愛は適性が必要で、僕にはそれがないから。それでもこの感情を抑えることはできない。恋愛世界より重い。

本当になんなんだろう、この人生は。

2017-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20170607084828

釣りなんだろうけど、こういうのを考えて書居ている人がいることが気持ち悪い

そこまでしてまで世間にかまって欲しいほどにリアル空虚で寂しいのか

2017-05-17

デジタルマネー怖い

現金なら財布を落とさないとか、金庫にしまうとか、信用のある銀行に預けるとかできるけど、デジタルマネーはどうやって防御したらいいかからない

仕組みもわからないし、セキュリティ安全ですって緑色のカギが出てても、それをどの程度信用していいのかわからない。

つの間にか盗まれたりしないのか不安しょうがない。

自分の力量をはるかに超えたものばかり周りに増えて、怖くて仕方がない。セキュリティとか電子マネーの仕組みとか勉強しても何を言ってるのかさっぱりわからない。

金融とか、空虚無意味ものを上っ面だけコーティングして商品化して売りさばいているようにしか思えない…。

2017-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20170513073018

うん。役に立つから桑田投手転用して取り入れたって話してたじゃん。

事実誤認しちゃいかんだろ。

別に成績に優位な変化は現れなかったし、

桑田投手のあとに続く人もいませんでしたね

スポーツトップ中のトップであるプロ野球ピッチャー

革命的に有益技術スルーするほど怠惰だと?


なんでそんな帰結になるのかがわからないし、本気で頭が悪いと思う。

俺の通っていた道場において、現代体育的な論法と離れてる方法講道館とも違う崩しを行ってる先生がいた、

という体験談を踏まえた上での見解なんだがねえ。

現代体育的な論法」って簡単におっしゃるには

現代体育的な理論(って具体的に何のこと?適当言ってるっしょw)について一通り体得してる必要があると思います

あなたスポーツ歴はどんなもんですか? 現代体育についてどれほどのご経験と見識がおありで?


何もないっしょ?

あなたの口走る「現代体育」っていうのは

自分がやってる神秘主義武道を持ち上げるための比較物として言ってるだけの

内容空虚概念なわけですよ。

そうじゃないっていうなら現代体育についての自分レベル体験を語って。


もう一つ、仮にそういった体の使い方が体育に還元されるようになった暁には、「現代的」の名前を冠しても良いと思ってるよ。

武道身体」ではあまりにもイリュージョンすぎると感じるのであれば変えればいい。

から還元されるほどの何かがどれほどあったんですか?と言ってるんだけど

「ぼくのどうじょうのおじいさんのはなし」はもう結構ですよ

見てないから甲野さんの動きのように否定はしないけどその一方で肯定もしようがないです

って最初に断ってるんだから何度も同じ話しなくていいよ

特定状況下でおじいさんが若者を転がすぐらいのことな可能性を否定しませんとも言いました

変な練習しただけの小男がワンパンで人を空に飛ばすとかは聞いただけで「有り得ない」と言いますけど、とも


しらんがな。武道から遠ざかってるし、お前みたいな決めつけ野郎のためにそんな時間裂きたくないわ。

だって腹が立つから相手してるけど、基本的時間無駄だし。

自分の主張を撤回するかどうかに「しらんがな」はないでしょう

都合が悪くてちゃぶ台がえししてるようにしか見えません

武道との距離とかも関係ない話ですよねー


甲野ageなんかしてないけど。一例としてあげただけで。

この同じ文の序盤だけでも

「甲野の技術吉田をひっくり返すほどすごい!総合格闘家の誰にも出来ないことを軽々やった!」

って話をしてるのはあなたです

腹は勝手に立てたらいいけど自分発言には責任持ってください

「腹が立つの発言責任を持たないのだ!」とか言い出すなら負け犬の遠吠えってやつです


甲野善紀に助けられた増田TVの実演、スポーツ選手採用なんかを拠り所として、お前なんかより実証があってよほど認められる、って話しかしてないだろ。

TVの実演なら龍飛雲先生ですらやってます

龍飛雲先生NHK教養講座すらお持ちでした

人柄的には面白いおっさんでしたが、彼の「武術」はどんなものでしたか

堀部正史先生の話もしましょうか?

さまざまなメディア露出して持ちあげられてたし

たくさんの有名人が彼に弟子入りしていましたね

じゃあ堀部正史さんの技術はまともなものでしたか


「TVに出ていた」「あの有名人も褒めた」「世間に認められている」

こんなもん

龍飛雲先生弟子

堀部正史先生弟子

麻原彰晃尊師弟子が言うレベル根拠ですね



要するにあなたは変な新興宗教にも気をつけるべきだし

もしご家族がガンになった時は怪しい代替医療お金を取られる危険性大の人なので気をつけてくださいっつーことです

少なくとも視聴者の俺の目線的には「あり得る」程度の肯定感はあるよそら。

納豆ダイエットに傾倒するババアみたいな肯定感ですね

おめでとうございます

2017-05-07

デートに行ってきた

今日デートに行ってきた。

高校同級生、3年生の時の同じクラス女の子と。

当時はほとんど話したことなかったんだけど

3月同窓会があってさ、すっごく可愛く見えたんだよ。

帰りの電車クラスグループからの子LINEを探して連絡取って

なんとかGWに会おうという約束を取り付けて、今日行ってきたんだよ。

ちなみに互いに25歳な。

俺はここ数年出会い系サイトとかTwitterで女漁りしてて

正直女の人と待ち合わせして会うなんてこと腐るほどやってるんだけど、今日は本当に緊張した。

昨日は浮かれて新しい服も買いに行ったし、今日早起きして朝から家の周りを散歩してしまった。

LINEで「明日お仕事あるしランチにしよっか」と提案した。

普段なら、今日仕事で遅くなるから~なんて言って20時開始とかにするのに、今日11時集合。

同級生からというのもあるけど、どうも彼女安易セックスに持ち込みたくなかった。

「ひょっとして、恋してるのかもな」と思った。

それで今もう帰ってきてる。

普段なら今頃二軒目に行ってるところだけど、

今日は家で普通に晩ご飯を食べた。

さっきも言ったけどめちゃくちゃ緊張してさ、

ずっと、今楽しんでくれてるのかなとか考えてた。

出会い系で会う女の子にはそんなこと考えたこともなかったんだよ。

彼女トイレに立ったとき不意に自信を失くしてしまって

誘わなければ良かったかなぁとか考えてしまった。

女の人とご飯食べてて、こんなに不安になったのは初めてだった。

すごく疲れて、なんと今は熱が出てる。

女性真剣に向き合うのって、こんなに大変なことだったんだと思った。

でもさ、でもさ、聞いてくれよ。

今日は本当に幸せだった。

他人と一緒に過ごしてこんなにワクワクしながら楽しめたのって、ちょっと記憶にない。

完全にこれ、恋してしまったみたいだ。

自分でもガキじゃあるまいしって笑えるんだけど…

なんで同窓会に呼ばれたのか分からないような恵まれない高校時代でさ

恋愛なんかとは無縁だったよ。

いま恋愛たからって高校時代空虚を埋め合わせることなんてできないんだけど

それでもまるで思春期少年のように、この夏を過ごしてみたいと思ったよ。

2017-04-27

どうなんだろうか

社会適応したキモい人はモテるのだろうか

モテなかったとしたらその人は適応できていなかったのだという空虚屁理屈に堕していないだろうか

2017-04-11

人徳とか人柄とかそんな言葉空虚だし意味ないだろって思ってたけど

実際に能力があっても人間的にクズなやつに遭遇すると

他にどうしようもなくそういう言葉で拒絶せざるを得なかったという事実から

人徳というものの内実がなんなのかということについて真面目に向き合わねばならないのかなとも思った

浅田真央が嫌いだ。

浅田真央引退するらしい。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170411/k10010943961000.html

僕は以前から浅田真央が嫌いだったが、

こういう節目に際しての文章の中には思いがけない名文がしばしばあるし、浅田真央の事が観測範囲に入らなくなって暫く経つから

しかしたら、僕の知らないうちに彼女に何か変化があって、意外と名文に出会えるかもしれない、

そう思って、引退表明のブログ文を読んだ。

期待はずれだった。

そして予想どおりだった。

書かれていたのは空虚言葉だった。

書かなければいけないことを通りいっぺん書いただけ。

応援に対する感謝】【これまでの実績】【引退を考えるようになったきっかけ】【引退を決定づけた出来事】【これから展望

そこには「浅田真央でなければ書けないこと」が何もなかった。

定型文のようなどこかで聞いたような言葉ばかりである

誰かに何かを伝えたいという情熱がなかった。表現がなかった。


そして、それは彼女の"演技"に常に感じていたことだった。


彼女の演技を初めて見たのはいつだったか

彼女の最盛期がいつなのかは分からないが、世間の流れに疎い僕でも彼女存在認識した訳だから

多分、選手としてはかなり能力の充実していた良い時期だっただろう。


当時、テレビで見る度に、なにやらレポーター解説者達が興奮して誉めそやし、確かにいい得点を出していた。

しかし、すごいはずの彼女の演技を見ても自分の中にはなにか漠然とした印象しか残らなかった。


技術的にはすごいんだろう」

自分はそう思った。

「一方で、芸術点はあまり高くつかないはずだ」

そうも思った。


しかし、現実には芸術点でも高い得点を出していた。それも結構安定して。

(多分そうだったと思う)


正直、自分感性おかしいのかもしれないと思ったし、今でも少しそう思う。


しかし、自分にとっては、例えば村主章枝安藤美姫高橋大輔の演技のような迫力・表現したいという欲望を感じなかった。

かと言って、例えばプルシェンコのような優美さも見受けられなかった。

ただ無機質な身体の動きがあるだけだった。少なくとも"表現"と言うにはあまりにも味わいがなかった。


身体を使ってする表現とはなにか。

それは"言葉にならない言葉"を全身から振り絞ることでないのか。

形にしきれない情念を見るものに対し訴えかけることではないのか。

あるいは、興奮や緊張、その上にの存在する楽しさなど、自らの心向きを寡黙な雄弁さで伝えることではないのか。


僕の言っていることがピンとこないなら、例えばバレエを見てほしい。

若手の登竜門であるローザンヌコンクール、中でもコンテンポラリーおすすめである

https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%83%8C+%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC


ともあれ、彼女は確かにアスリートなのかも知れないが、芸術家ではなかった。

表現したいものがなかった。

初めのころはお子様だから仕方がないと思っていたが、いつまで経ってもそうだった。

ただ技術を高めたいというスポーツマンとしては立派な動機があるばかりで、

表現をしない自分勝手さを本当に見苦しく感じたし、

僕はそんな浅田真央が嫌いだった。

2017-04-02

けものフレンズ考察を装ったアニオタ批判

自分ブログに書くとなんだか炎上しそうなのでここに書くことにする。

けもフレ人気が各地で大爆発を起こしているが、さすがに褒められすぎ、評価されすぎ、持てはやされすぎである

この作品はどう評価しても100点満点中あげられるのはせいぜい30~50点くらいである。

アニオタ界隈のけもフレを評価する声として「安心してみていられる」「脚本がよくまとまってる」「やさしいキャラが魅力」などという言葉が交わされているが、これらは全て嘘っぱちのように聞こえてならない。

こんな薄い言葉表現される毒にも薬にもならない作品は、「よくできましたね」くらいの評価を得ることはありえるが、猛烈に人を惹き付けて心を揺さぶる名作にはなりえない。

本当に人の心をガッツリと射貫く作品というのは、たとえガタガタでブサイクな出来だとしても、何か一つくらい魂に響く「核」のようなものがあるはずだ。

「けもフレ」に心を揺さぶられた人間などきっとほとんどいない。そう言っている人間がいたとしたら、熱狂的な空気につられて思い込んでいるだけなのだ

その証拠にきっと「けもフレ」はすぐ忘れ去られる。あと一か月もしたら、おそらくこの作品には誰一人言及しなくなるだろう。

***

「けもフレ」人気のインフレーション理由は、基本的ネット空間における「極性化現象」であるといえる。

アニオタコミュニティという空間の中では、アニメ評価を巡ってぐるぐると再帰的な「言語ゲーム」を続けていく内に、しだいに表現に尾ひれがついて妄想が膨らんでいく傾向がある。

その中では、凡百のストーリーが「絶巧の脚本」になり、平坦な芝居が「神演技」になり、チープな謎が「深遠な哲学」になる。

このような現象は、ネット炎上などでよく観測されるメカニズムである

ちょっといたずらをしただけの大学生や、何気ない発言をしただけの女性が、集団極性化した暴徒によって糾弾されまくる構図は、ネット上で毎日のように見られる風景である

ネット上の言語ゲームというのは、往々にしてこのような「過剰」に至るのだ。

***

基本的アニオタというのは、他者媒介しないと何も考えられない、何も感じられない存在である

どんなアニメ面白いのか、どんなアニメ自分が好きなのか、そのアニメ自分にとってどういう価値を持つのか、一人では判断がおぼつかず何かを基点としないとリアリティを感じられない。

人間とは多かれ少なかれこういう側面を持つ動物だが、アニオタはこの性質がむき出しの形で露わになった存在である

アニオタは、基本的自分欲望することを欲望している。アニメを楽しみたいというよりは、アニメを楽しんでいる自分を楽しみたいのである

なのでアニオタにとって重要なのは作品のものではなくてその作品を取り巻く「人々」や「言葉」や「その評価」、いわば「アニメコミュニティ」という場そのものである

この「場」に埋め込まれることによって、アニオタは初めて作品に対して欲望を抱くことが可能になるのだ。

このことは、アニオタを語る上で押さえておきたい重要ポイントである

***

アニオタたちが「けもフレ」を担ぎ上げる理由、「けもフレ運動」の意図を強引に深読みしようとすれば、次のようにも解釈できる。

昨今のランキング市場は狂っている。

そこで上位を占めているものは、メディアSNSを通じてステマ的に人気を煽りブーストを仕掛けた「張りぼて」の作品ばかりと言っていい。

アニオタたちはこのランキング市場にどっぷりと身を浸し、どっぷりと依存しつつもキレている。

メディアに対してももちろんキレているが、それにまんまと乗せられている自分自身にもキレている。

その鬱々と溜め込んだ感情が、今回突発的に「けもフレ」を通じて連結した。

「けもフレ」という作品は、徹底的に薄味で、徹底的に無難で、徹底的に空っぽであり、「本当に売れたいのか?」と問いかけたくなるような、いかにも「ステマーケティング」と縁のなさそうな装いをしている。

神輿は軽いほど良い」という言葉があるが、「けもフレ」こそはアンチステマ運動アイコンに相応しい空虚作品であった。

アニオタたちは「けもフレ」を神輿として担ぎ上げて、自分たちを操縦しようとするランキング市場のかく乱を目指すための意味不明舞踏を開始した。

これは江戸時代流行したとされる「ええじゃないか運動」を彷彿とさせるものである

アニメ評価をかく乱せよ」

アニオタたちの目論みは、自分たちに向けられた圧力を全く同じ方法相手オウム返しにすること、「張りぼて」に対して「別の張りぼて」を擁立して推し上げることであり、これは俗にいうミラーリング作戦というものである

この作戦は幸か不幸か一定の成果を上げていて、アニメ関係者や一部のマーケッターたちは、なぜ「けもフレ」がこれほどまでにウケているのかを理解できずに、困惑の表情を見せているという。

真実などどこにもない。ウソを倒すのはまた別のウソ

ポスト真実時代の戦い方が、まさにここにはある。

***

アニオタたちがもし上記の行動を「自覚的」にやっているのだとしたら、それはいかにもオタクらしく捻くれていて、しかし少々のユーモアも感じさせる、気の利いたいたずらのようにも思える。

しかしもし無自覚的・無意識的にそれをやっているのだとしたら、それは鬱々とした大衆の暗い感情病理的に発露してしまたかのような、なんだかこれから先が心配になってしまう「症状」だともいえる。

このような運動は秩序を打ち壊しカオスしか生み出さない。

このような運動アニメ界隈を通じて別の空間に波及してしまわないことを祈っている。

2017-03-25

物干し竿を使わずシーツを干すノウハウシェアしま

天気が良かったので、シーツ洗ってみた。

シーツきれいなほうが気持ちイイ。

しかし、ワンルームアパートには、そんなに大きな物干しはない。

!?

物干しがないことに気が付いていれば、コインランドリーで何とかしたかもしれないし、コインランドリー代とニトリの新品の値段を天秤にかけて洗うのをあきらめてニトリで新しいのを買ったかもしれない。

こんな花粉の季節に外に干すわけにもいかないし、第一、窓を開けた外にはベランダや物干し場はなく、空虚雑居ビルの壁があるだけだ。

困った。

窓辺で思案に暮れいていたとき、二重になったカーテンレールが目にとまった。

カーテンレールは、布を吊るすことができる特徴を持つ、レールです。



カーテンレールは、窓側のレールに遮光カーテンを付けてある。つまり、部屋側のレールには何もつけていない。

この未使用のレールの駒にリボンタイを使って洗濯ばさみを4つほど固定し、シーツ洗濯ばさみでカーテンのように吊るしてみた。

グレイト!

シーツを干せない危機を脱することができた。

ということで、シーツを干す場所がないときは、カーテンという布の代わりにシーツという布を吊るせばよいというお話でした。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316133315

趣味や友人との約束なら出掛けられるという点が非典型的なんですよね。

典型的なうつ病は、一日のうちのほとんどで抑うつ気分(悲しみ、空虚感、絶望感)が見られ、興味や喜びの喪失が(状況限定的ではなく)ほとんど常にある。

そしてその状態が、少なくとも2週間以上毎日続くというものですから

あるとき活動的で、あるときは動けないというのは非典型的です。

コンビニに置かれるエロ本について

#コンビニエロ本を売らずにおむつを売れ

https://togetter.com/li/1090143

先日、このようなtwitterでこのような侃々諤々があったということを知った。

私はコンビニでの勤務経験もないし、子持ちの母親でもない。

コンビニ日用品ラインナップにおむつを加えるべきか、については

既に議論も尽くされているだろうから、敢えて触れる必要はないと思っている。

それは各店舗地域の客層・需要収益性を考えて判断すればよい。

問題エロ本の方だ。

コンビニで働いたことのあるような人たちですら

雑誌棚の成人向けコーナーに置いてある本について、多くの人が誤解しているように見える。

勿論、これは出版社流通説明不足に起因するものだと思うが

18禁雑誌を堂々と販売している」という主張は

少なくとも法的には、或いは出版業界としては正しくない。

まず、コンビニに置いてある漫画や実写系のエロ本

確かに雑誌の傾向としてはエロ本しか表現しようがない。これは間違いない。

しか結論から言うと、コンビニに「18禁(成人向け)の雑誌」は置いていない。

出版社所謂18禁、成人向けの雑誌書籍には一目でそれと分かるよう

成人向けのマーク記載する必要があり、そのマークのついた雑誌特定書店通販しか購入できない。

成人向けマークのついた雑誌書籍は、表紙の段階から下着はもちろん、乳首性器露出といった過激描写に特徴づけられる。

内容も様々で、激しい性描写人倫に悖る行為暴力的猟奇的な内容まで含まれる。

これらの雑誌書籍コンビニでは売っていない。

(というよりも、コンビニが店に置くことを許可しないのだが)

このマークによる流通制限出版社による自主規制ゾーニングである

ではコンビニに置いてある括弧付きの「エロ本」とは何か。

これには成人向けマークがない。

極論すれば、様々な週刊誌や「少年~」「ヤング~」という

漫画雑誌となんら変わるところはない一般向けの「普通雑誌である

青年誌を読む人にとって、「ヤング~」という漫画雑誌

描写のある漫画が載っていることは驚くに値しないだろう。

或いは、週刊誌に時折ヘアヌード袋とじがあることはよくご存知のはずである

では週刊誌は、「ヤング~」は18禁雑誌だろうか?

コンビニの成人向けコーナーに置かれている雑誌書籍は、これらと本質的な違いはない。

少なくとも法的にこれらを明確に区別する根拠はない。 ※青少年条例に基づく有害図書規制個別指定されたものを除く

ただ、エロの占める割合が高いというだけの話であり

例えば漫画場合、性描写自体は「ヤング~」の延長にある程度だ。

性器に対する修正もかなり強く、この点は特に成人向けマークのある雑誌差別化されている。

成人向けコーナーにある雑誌の表紙にきちんと目を通してほしい。

確かに扇情的ものは多いが(エロ本である以上、当然ではあるのだが)

下着のようなものはなく、そう見えるもの殆ど水着である

エロ本のくせに、乳首性器露出していない。

雑誌ビニール紐で縛っていない店舗でも青いシールで封がされており

立ち読みはできないようになっているはずだ。

何故か?

様々な年齢や客層が利用するコンビニに置かれるからだ。

ふと目に入ってしまっても、直接に性的ものが映り込まないよう細心の注意が払われている。

水着グラビア写真が表紙を飾る雑誌と、果たして要素としてどんな違いがあるだろうか?

エロ本であることは否定し難い。

しかし「18禁雑誌」ではない。

あくま出版社は誰でも買える、一般向けの雑誌として流通させている。

だが現実に、コンビニでは成人向けコーナーへそれらエロ本隔離されているではないか

そう言われるのはごもっとである

それらエロ本店舗の隅に隔離したり、未成年エロ本を売ろうとしないのは

コンビニ各社の陳列・販売における自主的判断によるものである

これは流通側の規制であり、雑誌を作った出版社意図とは基本的関係がない。

畢竟、コンビニが「一般向けの雑誌を成人向けとして扱っている」ということになる。

ここが多くの人が誤認するもとになっている。

実際、コンビニでは成人向けコーナーにあるようなもの

ある書店では普通雑誌の横に並んでいるということも大いに有り得る。

その書店配慮が足りないかもしれないが間違っているわけではない。

流通各社による、方針の違いでしかない。

「成人向けマークがどうとか、そんなものレトリックしかない。

 エロ本エロ本であり、やはり子供の目の届く可能性があるコンビニにあるのはおかしい。」

「あの表紙で普通の客に配慮しているつもりなのか?

 結果的不快に感じている人も少なくはないのだし、カバーをかけるなどして対処するべき。」

こうした意見も大いに出てくるであろうことは想像に難くないし、

それらについて賛否どちらの立場に与するつもりもない。

ただ「そもそも18禁雑誌コンビニ置いてあるのがおかしい」という

事実誤認による空虚な論難を避け、より建設的な議論を促すためにも

出版流通による自主的規制を通り抜けた末に店舗に並んでいるという実態はより広く知られる方が望ましい。

2017-03-14

コミュニケーション障害者、社会人になれず

コミュニケーション障害者、社会人になれず。

私はその先輩を尊敬している。

その先輩は強い個性を有していて、文学映像作品独自解釈視点を挟むことができる人だった。周囲の人が話し掛けてもロクに目を合わせずに自分の思っていることを話すし、全く空気を読まない人だったけれど、大衆のそれとは違うなにかを秘めている人だった。

でも、先輩は一年を通して懸命に就職活動をしたにも関わらず、零細企業すらも通らなかった。留年して、もう一度満を持して就職活動に挑むらしい。詳しい就活の話は聞いていないから、企業を選り好みしたのかもしれないし、そもそもエントリーした企業数が少ないのかもしれない。

今でもその先輩を崇拝の眼差しで見つめている。尊敬こそすれ馬鹿にするつもりはこれっぽちもない。

ただ、普通ではない人が普通の人の輪の中に溶け込んで生きていく、たったそれだけのことが遠いものに感じられただけ。

異常者が爪弾きにされるのは当然の摂理かもしれないけれど、そういう人にも最低限の幸福が望めるような、そんな社会がいいと思った。空虚理想論だけど。

2017-03-08

同性の先生が好きだったわたし美男高校地球防衛部LOVE!の話

女子高生だった頃、学校先生に恋をしていました。

先生は一回り以上年の離れた、けれどそんなことは感じさせない、お茶目で可愛らしくて、取っつきやすくて優しくて、それでいてどこか陰のある女性でした。

いわゆる百合BLにも触れてきたオタクわたしは、だからそういう、同性への恋心に対する嫌悪感のようなものはありませんでしたが、戸惑いもあまりなかったのですが、苦しみはありました。

世間の「当たり前」から大きく外れることが、存外、孤独で辛かったのです。

相手先生というのもまた、その恋の認められなさに拍車をかけ、わたしの心を暗く染めていきました。

授業などで会えるうちは、むしろ好条件でもあったのですが、学年が変わり、担当教員が変わってしまうと、必然的に会う機会はほぼ消滅し、相手迷惑も顧みずに会いに行くことなど出来ないわたしは、せいぜい廊下駅前で偶然すれ違うことを願って、行動パターンに多少の工夫を加えるくらいで、あとはただ、行き場のない思いを抱えながら、一人鬱々とするばかりの日々を送っていました。

暗い青春でした。

三年生になり、今の恋とこれから人生と、そして大学受験までが心にのしかかり始めた頃には、正直何度も死にたいと思っていました。それでもそれを実行に移さなかったのには、いくつも理由があったのでしょうが、そこに先生存在があったことは間違いありません。

先生が好きだから辛くて、先生が好きだから幸せでした。


オタクわたし受験中も、なんだかんだでアニメを見ていました。

その中で出会った『美男高校地球防衛部LOVE!』は、随所にBL的要素を含むギャグ作品で、疲弊しきった精神も手伝ってか、あっという間にどっぷりとのめり込みました。

のちに特に好きな話数となった八話の録画を、朝に見た日の昼に第一志望の合格発表があったのですが、無事合格したことよりも、八話の内容のほうに興奮していた一日だったことは、今でもよく覚えています

受験に追われる日々にも、受験を終えた空虚な日々にも、迫りくる卒業に怯える日々にも、防衛部を見ていました。進路は決まってもまだ、先生への想いという問題を抱えていたわたしにとって、防衛部は恰好の逃げ場所でした。

ギャグアニメとして面白かったという点のほかに、作中における「愛」の描かれ方に、知らぬ間に精神を救われていた点が作品にはまった理由なのだろうと、後になって思いました。

タイトルにも「LOVE!」とあり、メインの五人は「愛の王位継承者・バトルラヴァーズ」として変身ヒロインまがいの格好で敵と戦い、そして物語の主軸にはキャラクター(男)からキャラクター(男)への特別な思いが関わっていて、その特別な思いのことを、作品のすべての楽曲の詞を手掛けた作詞家の方が二期の放映中にブログ「恋」表現されていたので、それは恋だというのが公式見解と言っても過言ではないのですが、その「恋」が、この作品では良くも悪くも特別視されていなかったのです。ただの一つの愛の形であって、それ以上でもそれ以下でもなかったのです。

同性同士だからといって貶めることもなく、かといって無闇に美化したり祭り上げることもないその姿勢が、まさにその同性同士の恋の渦中にあった自分を受け入れてくれているようで、その心地良さにきっと、当時のわたしは救われていました。

そして今でも救われているのでしょう。



先生への恋は当然成就していません。卒業の日に勇気を出して手紙を渡したわたしは、その後幸福なことに返事を貰い、振られ、そしてまたその辛さを掻き消すように、防衛部に深くはまっていきました。

あの頃防衛部に出会っていなかったら、と考えると恐ろしくなります自分自分肯定することの出来ないまま過ごして、卒業して、そして特にのめり込めるものもなくただ漠然とした悲しみや苦しみを抱きながら春休みを経て大学生になって、キャンパスライフを過ごして。……過ごせていたでしょうか。それすらも不確かです――というのは言い過ぎかもしれませんが、少なくとも今、大学二年生の春休みを過ごしている今、ここまで日々が充実してはいなかっただろうというのは、それなりの確信を持って言うことが出来ます

防衛部のおかげで楽しい時間を過ごすことが出来ました。

防衛部のおかげで、今、楽しいです。

ファンがそれぞれ思い思いの言葉作品を人に推そうと努めるそんなジャンルですが、わたしはこんな言葉で、それが刺さるかもしれない誰かに向けてこの作品を推したいです。

様々な愛の形を温かく描いている、美男高校地球防衛部LOVE!と、その続編の美男高校地球防衛部LOVE!LOVE!を是非見てください。




今月13日と14日にはニコ生で一挙放送があります。18日には両国国技館イベントがあり、チケットは各プレイガイドにて一般販売中です。

わたしの恩人である作品を、どうかよろしくお願いします。


ニコニコアニメスペシャル美男高校地球防衛部LOVE!」全12話一挙放送 http://live.nicovideo.jp/gate/lv292218619

ニコニコアニメスペシャル美男高校地球防衛部LOVE! LOVE!」全12話一挙放送 http://live.nicovideo.jp/gate/lv292217383

美男高校地球防衛部LOVE!LOVE!ALL STARチケット

ぴあ http://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b1755041

ローソン http://l-tike.com/search/?lcd=73256

e+ http://eplus.jp/sys/main.jsp?prm=U=14:P1=0402:P2=218276:P5=0001:P6=001

2017-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20170220225152

そうでしたか

いや脊髄反射トラバして悪かった

そうなると不思議だね

経済的には非常に自立した人として生きていけるはずなのに、

精神的には全く依存的な状況にあるという

いわゆるフェミニズムの抱える問題にも繋がりそうな話題だね

あなたの話、非常に面白いインスピレーションをもらえた気がする

社会性だけは完全に個我が独立しているのだけれど、

自尊心は全く空っぽ空虚女性が量産されているのかもしれないな

女性が心を満たされるというのはどういうことなのか

感情面での女子の充足というものを随分とおざなりにしすぎてきたのかもしれない

男に付き従うのが女の幸せという古臭い価値観からは脱しながら、

ただ男と張り合いさえすれば良いというのも違う、

女の心、気持ち精神の充足とは何なのか

彼女らが直面している問題は、そういうところにあるのかもね

2017-02-11

x けものフレンズを観ているとIQが下がる

o けものフレンズを観ていると我々がいかに愚かな生き物なのか思い知らされる。それに対して彼女はどうだ。

相手の良さを見つけ尊重し、

過ちがあれば素直に謝罪し、

自分の大切な部分は譲らず、

何より優しさに溢れている。

私も彼女のようになりたい、

少しでも彼女に近づきたい、

そう思い真似をしてみても、

セリフ空虚に響くのみだ。

そうだ彼女はこうも言った、

得意なことはそれぞれ違う、

それならこんな私にだって

何かがきっとできるはずだ。

またも間違うところだった、

とりあえず今はそのお礼に、

素直に喜びを叫んでみよう、

今度は真似でなく私なりに。

2017-02-04

20年来の夢を手放した

達成目前にして、長年の夢を手放した。

夢を目前にして気づいたことは「全然楽しくない」だった。

最初から叶えるための場所を間違えてしまい、でもトントン拍子に進んでしまい、

数年それなりに、いやかなり努力をしてしまった。

ここを逃したら後がないと思い込んで自分気持ちを見ないふりして、

周囲からも「なんか違わない?」と言われながらも適当に流していた。

でもいざ叶う段階にきて、急に「これをやり続けるのか?」と冷静になって

それをし続ける自分が辛くてたまらなくなった。

目の前にある夢の肩書きが急にくすんで見えた。自分の望むものが見えなかった。

もはや夢と自分をつなぎとめるものは「夢のために努力をしてきた」という

アイデンティティへの執着でしかなかった。

手放してみたら思いの外楽だった。

多少の空虚感があるが、今までの空回りの努力時間

「してみたかったけどできなかったこと」に充てられる。

数年会っていなかった友達と会って、それから頻繁に遊ぶようにもなった。

夢以外に時間を使うことに罪悪感をおぼえなくなった。

ちょっと前までは散々「ここを逃したら後がない」と思い込んでいたけど、

今は「いつでも好きなときに挑戦できる」という気持ちになってる。

2017-01-19

村上春樹症候群と弱さ

高校時代から7年ほど付き合った彼女と別れて、半年が過ぎようとしている。

元彼女と別れて以来、首輪を外されたぼくは、節操無く女性と遊んでいる。そして寝ている。

べつに、合コンに行ったり、渋谷ナンパをしたりしているわけではない。ふらっと知り合った人と、そのままなし崩し的に関係を持つ。

親密になると、彼女たちはぼくに要求するようになる。抱いた男の責任というやつだろうか。普通カップルとして、当たり前にやるべきことを要求してくるのだ。

ぼくは、それが嫌いで逃げる。そのたびに、彼女達は多少傷ついているのだろう。そういうことを繰り返すと、ぼんやりとした空虚気持ちと、彼女たちを切り捨てることへの罪悪感がのしかかってくる。

村上春樹的な出会いと別れを繰り返すが、彼女たちは物語の中の登場人物ほど聡明でも、ミステリアスでも、メンヘラチックでもない。ただの女の子で、ぼくもまた主人公ほどクールに別れを演出することもできない。

2017-01-15

いかぶさるように

いかぶさるように、かぶせるように楽しさを積み重ねていくのだろうけど、不安は消えない

なんの不安かもわからない空虚な物かもしれないけれど、消えない

ただ、目を合わせて相手が先に逸らしたらもうそれだけで一杯になる

弱い弱い

今日も会えるけど、プライベートとは違うから解決はしなさそうだ。

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