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はてなキーワード: 役者とは

2020-05-27

anond:20200527005150

今まで虐待されていた子供は全員男児だとでも思ってるんだろうか

あれが話題になったのは、父親虐待動画を保管しててそれが公表されたのがでかいだろ

文章による説明だけとか役者による再現映像だけじゃピンと来なくても本物の動画がありゃ印象が強くなる

そういう背景考えず「可愛い女児だったから」としか考えないのは、お前がそこにしか興味がないってだけ

あれは男児だろうが話題になっていただろうさ

他も被害動画youtubeにアップされて話題になった例とか沢山あるだろ

煽り運転とかそうだし

昔ならスルーされていたような事例でも動画があれば違う

2020-05-26

舞台からハマった」と言う人が苦手

Twitterでは絶対に言えないので吐き出しに来た。

私は舞台化されている作品同人活動をしている。

数年前の公演で好きなCP舞台版に登場し、その公演をきっかけにCPを好きになった人が増えた。

もちろんSNS同人イベントでも人が増え、今まで顔見知りばかりで活動していた当CPも賑やかになった。

それ自体は嬉しかったのだが、舞台きっかけに好きになった人たちはキャラクターではなく『キャラクター解釈し、演じた俳優』を見ているのだ。

原作からそのCPにハマった人たちと舞台からハマった人たちとでは温度差があるように感じる。

舞台しか観ていない人、原作の他CP活動をしていたが舞台活動CPを変更した人、いろんな人がいる。

ただ、舞台から好きになったという人たちと話していて「おや?」と思うことも多々ある。

好きなシーンや好きになったきっかけの話になると、舞台の内容を話し出すのはどうかと思う。

このシーンが良かった。ではなく、役者の演技について話し出すのだ。

原作ではキャラクターの表情まで描かれていないのに、あのセリフであの表情をするのが彼らの心境に合っていて好き。といったかんじだ。

ちなみに、そのシーンでキャラクターがどんな心境だったか公式から発表されていない。

また、俳優を元に同人活動をしている。

俳優好きな物キャラに持たせたり、俳優の着ていた服を着せたり、キャラの特技が俳優の特技になっていたり、俳優発言を取り入れたり。

それが一度や二度ではない。俳優ありきでキャラクターを描かれるともやもやする。

しか俳優同士のCP創作しだす人までいた。中にはR18の作品も。

それはもうナマモノだ。演じているキャラクターなど関係ない。

べつに舞台の話をするなと言うわけではない。舞台きっかけでハマるのも悪いことではない。私も全力で彼らを演じてくれた俳優の事は好きだ。

ただ、私は原作の二人が好きで活動をしているため原作の二人を見てどう感じたのかを知りたいだけなんだ。俳優解釈を聞いているわけではないのに。

最初そそういった発言をここまで気にすることはなかったが、それが積み重なるとさすがにストレスになる。

俳優の話は俳優の話として、原作とは別物だと考えてほしい。

推しCPは前回の公演と今回の公演で演じている俳優が違うのだが、「別公演で見てたらハマらなかったと思う」と発言している人を見かけてしまった。

本当に俳優ありきなんだなと、俳優としてしか見ていないんだなと、なんとも言えない気持ちになった。

それから今日に至るまで、舞台からハマったことを公言している人たちが主催アンソロジーが発行された。

案の定各自あとがきのページには「舞台でハマりました!」「舞台のあのシーンが良かったです!」というコメントオンパレード。むしろ主催たちがそんな状態だ。

中には俳優さんの名前を出している人もいた。主催確認しなかったのか、それで良しと思ったのか分からないが、私の感覚だとアンソロでそれはあり得ない。

あとがきは一番最後のページに掲載されていた。せっかく良い話だったと余韻に浸っていても、あとがき舞台意識して描いたと言われたら冷めてしまう。

その二人じゃなくても成立するんじゃ?という内容の作品もあった。アンソロならもっとキャラクターに向き合ってほしいと思うのは贅沢なのだろうか。

読む人の中には舞台を観ていない人もいるかもしれない。実写化否定的な人もいるかもしれないのに。そこまで気にするのは神経質なのだろうか。

舞台とは関係ないが、その人たちがこのCPが一緒にグッズ化されなかった事を烈火のごとく怒っているのもはっきり言って怖い。

いつだったか販売されたグッズには、CPの内一人の姿しか無かった。

それを見た彼女たちは、なんでペアじゃないんだ!この会社商品は二度と買わない!と大騒ぎしていたのである

それから何度もその件を引っ張り出しては文句を言っている。

舞台のおかげでグッズになる頻度が上がっただけで、元々そのキャラクターのグッズが出ることの方が珍しいんだが。

まりに荒れているので、購入したなんて言える雰囲気ではない。グッズ化、素直に嬉しかったのになぁ…。

舞台化、実写化する作品が増えた今、私と同じような経験をした人もいるかもしれない。

逆に、愚痴対象となった相手気持ちが分かるという人もいるかもしれない。

これは私の考えだが、舞台原作に限りなく近い二次創作だと思っている。

俳優解釈が合うかどうかで好きか嫌いか別れるのではないだろうか。

2.5作品全体に言えることだが、同じキャラクターを演じていても解釈まで丸っきり同じとは限らない。それぞれの俳優に合った表現もあると思う。

長々と愚痴を綴ったが、舞台否定しているわけではない。このような発言をしている人たちを嫌っているだとか、憎んでいるというわけでもない。

素晴らしい作品を作られる方たちなのに何故…という気持ちからである

しか作品と作者は別物。要は好きなメディア解釈違いなのだ

同人趣味世界なので無理して仲良くしようとする必要もない。

少し距離感を考えながら付き合っていこうと思う。


読んでくれた人がいたらありがとう

念のためにフェイクが入っているので、分かりにくかったらすいません。

2020-05-23

anond:20200523220824

いろんなケースはあるけど、職位だけで言ってディレクター役者

人は役者本名(芸名)でテレビに出てたらその中で起きる出来事事実だと思う

それを演劇とは思わない。ましてや役者じゃなければ…

2020-05-22

舞台役者仕事中に声を掛けられても反応できないのでやめてください」

うーん、これは炎上

2020-05-15

anond:20200514150859

これらを「ゲイ映画」ってくくるのもなんとなく意味が違うんじゃないのかとおもう

映画じゃなくてビデオだけど「真夏の夜の淫夢」とか

映画じゃなくて漫画だけど「くそみそテクニック」とか あとテディベアとか

羊たちの沈黙」と続編の「フィラデルフィア」なんかも

ゲイ当事者にしてみたら立派なゲイコンテンツなんだけどな

ヘテロアセクシャルでも同情しやすい、お行儀のよいゲイのでてくる叙情的な同性愛映画」だけを乱暴に「ゲイ映画」の一言でくくろうとするってのはさ

アメリカ人NARUTOみて忍者アニメすげーよ!って興奮して伊賀市甲賀市に定住して投票権を得ようとしてたり

少女マンガがすごいから内気で欧米文化になじめないフィンランド人ロシア人日本少女漫画コスプレしたがって整形手術までしたり

そういうのとおなじ無自覚傲慢さだと思う

自分が愛するコンテンツならば当然そのジャンル代表するはずだ!」って押し付けだよそれ

実際は当事者からみてジャンルのなかでマイナーなのに、

アメリカ人日本人の10倍いるかNARUTO白土三平より正当だとおもってる人数も日本人より多いので!売上みりゃわかるでしょ!」ってなるんだよな

このたとえではアメリカ人ヘテロセクシャルだよわかるだろ

映画館で上映禁止の憂き目にあわないよう、ちょっと無理してつかまえた大根じゃない役者にそれなりの給料払えるよう、

遠慮しぃしぃ去勢して朝チュンシーンだけでつくったゲイ映画が大好きです、か

2020-05-14

anond:20200514150859

ネトフリ『スター・トレック ディスカバリー』は2シーズン渡りゲイキャラ恋愛感情が楽しめる。また恋愛以外でちゃん活躍し、クセのある性格を楽しませてくれるのもいい。

求めてるのが単に男性同性愛でなく、同性愛の「感情」にあるなら、同じスタートレックシリーズでも多少古いがネトフリ『新スタートレックシーズン5のエピソード両性具有ジェナイ人」を強く推す。1話完結で感情迸りが味わえる。このシリーズ普段吹き替え版を薦めるが、このエピに限っては字幕お勧め吹替日本人声優はこの時代まだ事の難しさを肌感覚理解できていないのか演技に迷いがあるが、オリジナル米国人役者は良くわかっており、最後叫びには鬼気迫るものがある。

軽めでよければ、90年代ゲイコメディウィル&グレース』がなぜかネトフリで初期シーズンだけ復活してる。

2020-05-11

id:DavitRice氏は詭弁が幼稚すぎるし、端的に言ってバカなのでは。

「叩いていい存在」を叩く行為と、ネット民幼児性について - 道徳的動物日記

http://davitrice.hatenadiary.jp/entry/2020/05/09/123216

すごくバカっぽブログを見たので、

氏の主張を一つ一つ取り上げながらどうバカなのか解説していく。

長いけどさほど難しい文ではないと思う。

 

 

1.「調べてから批判するのは不自然で不健全

 例を挙げると、この記事を書き始める直前に、わたしのTLには「平田オリザWikipediaを読んだんだけど〜」と前置きしたうえで、彼が若い頃に世界旅行をしているのに世間知らずであることについて揶揄的に疑問を呈するツイートが流れてきた。…しかし、もしそのツイート主が平田オリザを叩くために彼に関するWikipedia記事をわざわざ読んだのであれば、わたしはその行為におぞましさを感じる*1。ただ単に人に対してネガティブ感情を抱いたからそれを表現した、という自然行為ではなく、相手について批判できるポイント自分から手間をかけて能動的に探しにいっているからだ。そのような行為健全ではない*2。

まず、叩く相手のことをきちんと手間をかけて調べるのはまともな方の人間である

はてなブックマークなんて叩きコメントつけてる奴も称賛コメントつけてる奴も

その記事書き手wikipediaどころか記事の内容自体を読んでないことがざらだ。

   

 

2.「黙っていた方がいい」は実は受けを狙った叩き

 また、自分が抱いたネガティブ感情を直接的に表現するよりも、自分という主体を感じさせない客観的論理的なテイの批判意見の方がウケるものである。たとえば「演劇業界はこの問題について総括すべきだ」とか「誰か身の回りの人が注意するべきだ」などと、第三者を持ち出してそちらに批判責任転嫁させる意見ウケるようだ。「しばらく黙っておくのが最善だ」とか「例え話は持ち出さない方がいい」とかの"戦略指南"風の意見ウケる

え、それを叩きとみなすのか。

演劇ファンからこそこの人はしばらく黙ってほしい、という意見ブクマにも多々あったがあれは偽演劇ファンだと断定するということだろうか。

noteブログ演劇関係者として実名で「困るなあ」という気持ちを書いている人もいたが、あれも叩きでやってる婉曲な手法だということなのか。

 

私も個人的に、自分がこの炎上してる人の部下だったらどう収拾つけるか、という妄想はよくするのだが、

一般人は何故この話が通じないんだ」と言いながら既にヒート買った論法を繰り返すのは最悪すぎる。

あれ見たら社長自己収拾は諦めてアカウントを取り上げてゴーストライティングする。

 

 

3.「平田オリザは叩きムードのせいで何を言っても不当に叩かれる状態

 そして、いちど批判ヒートアップしてしまい、渦中の人物の欠点失言をあげつらう機会や揚げ足取りをする機会を手くずねひいて待ち望んでいる人たちばかりとなると、当人が何かを言ったり発信したりするたびにマイナス効果が発生する負のループができあがってしまう。

いやこんな一般論擁護は今回の平田オリザには当てはまらない。

「知りもしない他業種のことを雑に持ち出すのはやめなはれ」

「他業種を引き合いにしながら自分達の業界特別視してるととられる表現はやめなはれ」

という最低限のアドバイス(これも悪意の叩きだと言い張るなら処置なしだが)を全く受け取れていなくて

しつこく同じ論法と似たような例え話を繰り返して例えがどんどん下手になるというザマである

 

普通会社ならボスがあれだけ錯乱していたら若い者が介護する。

平田さんの所の会社がどうなってるのかは知らない。

 

 

4.「オリザ批判はオリザの表現の機会を奪っている」

だが、ある人の発言表現の機会が「揚げ足取りをする機会を手くずねひいて待ち望んでいる人たち」のせいで失われてしまうということは、かなり悲しくて理不尽事象であることは間違いがない。

頭が温まってて失言を繰り返す人に

「落ち着いて」「しばらく黙って」と助言や懇願をすることが表現の機会を奪うことなんですか?

被害者ぶり方が力業すぎません?

 

最低でも「平田オリザ現在立場から放逐しろ」「無職しろ」のような運動が起きた時に初めて「表現の機会を奪っている」とか言っていいんじゃない

岡村からレギュラー番組全て奪おうと頑張ってるkutoo一味の運動ぐらいのことが始まってからだよ。

  

 

5.「オリザへの批判リンチいじめ

ネットをやっていて時おりギョッとなるのは、漫画映画などのフィクションにおける雑魚キャラクターがやるような行為を嬉々として行う人が大勢いることだ。パブリックエネミーとなっている対象を叩く」という行為自分品位を下げるだけであるし、そんなことを行う人間に対して好感を抱く人はそうそう多くないはずである

こういうのもずるくない?

平田オリザさんのどこがそんな弱者なんだよ。

ふとおい実家をもって行政とのパイプごんぶとでかつては首相スピーチライターやら相談役のような立場についたこともあり

省庁のプロジェクト座長やら複数大学教授やら大忙しであり

著名劇団ボスであり演劇界の重鎮であり潤沢な助成金の利を楽しむ身分の方ではないんですか?

(どこか間違いや古い情報があったら教えてください。批判対象をきちんと調べるのは不健全らしいから最終チェック出来てません。)

  

圧倒的な強者であり、流行りの言葉で言えば「上級国民」の側ですよ?

権力立場と言っても言い過ぎではないと思う。

 

このようなお方の見識をチェックし、批判を加えることがそんな

弱い者いじめリンチだみたいに言うのはそれこそ非常に不健全詭弁であり、権力への阿りとすら言えませんか。

 

 

6.「批判はみっともない。無益名誉棄損で自由剥奪。」

叩かれている人と叩いている人とでは後者の方がみっともなくて無益人間であるはずなのに、後者のために前者の名誉毀損されたり自由が奪われたりする。そんな事態は間違っているとしか言いようがない。

権力的な立場の人の見識や能力市民から批判されるのをこういう表現する奴ってすごくない?

じゃあはてなしょっちゅう見かける安倍批判してる人達も「みっともなくて無益人間」で、

安倍は彼らによって不当に自由を奪われる被害者なのかい

批判なき政治をお求めのネトウヨの方とかわんねえ論理大草原なんだが。

詭弁としても低レベルであり、はてなの古株らしいが相当頭悪いぞこいつ。

 

 

7.「演劇業界イメージ悪化心配するfujiponらも卑劣なオリザ叩き」 

↑ fujipon氏が書いた上記記事に関しても、記事の内容自体は丁寧で温かいものではあったのだが、「〇〇のことは嫌いでも〇〇を嫌いにならないでください」という定型句に内在する「媚び」や「卑屈さ」がこのテの事態問題点をあらわしているように思える*4。もしも「平田オリザ発言のせいで演劇に対するイメージが悪くなり、舞台演劇役者たちまでもが嫌いになった」という人が実在するとしても、まず責められるべきは、そんなことを言う人間の短絡さや思考能力の無さである。そのような人間を甘やかすべきではないのだ。

これも平田オリザという人がただのそのへんの2、30代の役者あんちゃんであるならばなんとか成立するような擁護しかない。

実際、それぐらいの年頃の姉ちゃんである山田由梨さんhttps://anond.hatelabo.jp/20200428220226

「我々は国家民度を担う特別階級であるぞよ」とか寝言ぶっこいてたとき

彼女を叩く人間はいても演劇業界がどうこうという話は出てこなかった。

 

平田オリザほどの大物が天丼寝言を垂れ始めたら

演劇ファンはそりゃ「やべえ、演劇自体が変な世界だと思われる!」という危機感も持つだろう。

(現にオリザ発言から一気に、「そもそも演劇業界なんて平時から成り立ってないやんけ」みたいな演劇のものへの懐疑がはてブでも増えているのである

 

 

8.「批判された側が釈明をするのはよくないし悲劇

 もそも、"叩かれている側"にいる人やその関係者などが"叩いている側"に対して下手に出て事情説明してご理解を乞う、という状況自体が生じるべきではない。

実際的問題としてそうせざるを得ない場合があるとしても、それが悲劇であることを忘れてはいけない*5。

そんな高尚な話だろうか。

よく知らない癖に他業種を例えに出す(しかも彼等の苦難や価値自分達より下に位置付ける使い方で)のはやめろ

とそれしか言われてねえ。

このアドバイス、もしくはクレームを容れて、オリザや演劇業界にどんな不自由が生じるのだ。

そのうえでいくらでも表現できるし窮状の訴えも出来るだろ。

これがどう表現自由を奪っていると? 

 

何が悲劇だいい加減にしろ

世間知らずなんだから言葉に気を付けろおっさん」と言われてるだけだ。

「すんまっせん!」と頭を掻けばそれで終わりなのになんで同じことを繰り返してるのか。

 

それで居直るなら演劇業界役者仕事に無神経なことや失礼なことを言われても受け入れて黙っとけよというだけの話である

非情バカバカしい相互主義だが、意味もない無礼を改めるのが嫌というならしょうがない。

失礼な振る舞いを改めたり釈明したりすることは悲劇だそうなので、

我々は無意味失言も詫びたりせずに、自然かつ健全に石投げ合戦をして生きるのがよいのだそうだ。

  

 

9「オリザのコミュニケーション能力欠如を指摘するのも悪意のいじめ

そして、コミュニケーション専門家なのにコミュニケーション能力がない」と、"能力の欠如"を指摘する形の批判ウケるであるこの騒動では、当初は「平田オリザ発言製造業に対する蔑視や悪意を示している」ということが問題になっていたはずだ。しかし、製造業に対する蔑視や悪意を取り上げてそのことに対する不快感を表明するよりも、平田オリザとその周りの人々の戦略能力に関する問題を"指摘"して"指南"する方が、賢くて気が利くように見える。だから、みんながこぞって指摘や指南を行うようになるのだ*3

まず、

製造業に対する無神経さへの不快感は既に大勢からさんざん表明されているので

こいつがちゃんと見ていないだけである

 

また、専門的プロであったりその分野の公的重要ポストに就いたりしながらその能力が無いというのは

普通に「なんだこれは」と言われて当たり前である

 

それを批判するのもダメであり、批判する側の人格問題だーというのは

これは暴論と呼ぶのもバカバカしい、もはや子供駄々である

こんな滅茶苦茶な論法が通るなら現IT担当相や現総理についても一切批判するなという話である

これに賛同しているはてサの某とか頭どうなってるのだろうか。

(まあ党派性回路のオンオフしかないシンプルスペックの脳なのだろうが。)

 

文部科学省コミュニケーション教育推進会議座長として活躍されている平田オリザ氏にコミュニケーション能力が欠落していたら困るだろ。

困ったらだめなのか。

疑問を持ったり非難したりしてはいけないのか。

そして、これだけ行政に深く食い込んでいる偉い人に権力性がないのか。

私もさきほど我慢できなくなって不健全にもwikipediaを読んだところ、オリザさんは来年には県立大学学長就任なさるらしいぞ。

 

こういう方の見識や能力をチェックするのが、人品卑しいネットリンチだと?

じゃあもう社会批判権力監視なんか存在できないねえ。

マジで今井絵理子じゃんこいつ。

 

2020-05-10

https://nyakapoko.github.io/post/10_engeki/

この記事、読み飛ばししまっているひとも多いと思うので、私の解釈で完結にまとめると、


1 コロナによって演劇のコアの部分がダメになってしまった。

2 演劇は他業種よりもクリティカルダメージを負っている。他よりも援助が必要である

3 専門分野ではないことについての言及を正確にするのはコストがかかる。

4 そのコストケチって発言してもいいよね。だって困ってるんだし。


ということです。

だったら専門分野外のことについてワザワザ語らなければよいのではないか

専門分野外の比較自体コストを生み出すことであり、

4を是とすれば、そのコスト聞き手、もしくは放言された当事者が負わなければいけないことがわからないのか。

そして、まさに現状がそれである、ということがわからないのか。

と思うところはたくさんですが、それより書きたいことがあります

ただ酔っぱらっているのでしっかり書ききることができるのか少し不安です。

また、わたし自身演劇についてたいして詳しくありません。なにぶん映像畑の分野なのでご了承ください。

まあ、そのコストケチって発言してもいいよね。だってもやもやしてるんだし。


まず上のブログにある、演劇のコアの部分とは何かというと、観客との共犯関係なのですが、

これがライブで、そして観客の息遣いを感じられる距離でないと不可能であるという意見です。

これには一理あります。が、これが実際に“演劇”のコアなのか。


私は映像人間なので、例えば映画お話しましょうか。

映画というのは、映像をつかってナラティブ(わかりやすく「物語る」と言い換えましょう)をすることと定義できます映画から見れば、そうではありません。

(「いや映画光と影構成される芸術だ」という方もいらっしゃるしょうが、今回はその定義映像に渡してやって、映画定義は狭くとらえます

映画を観るというのは映画館で観る、もしくは”複数の観客がいる映像主体とする場”で映画を観ることを、『映画を観る』と言います

なぜなら、映画というのは観客と製作者との共犯関係にある芸術からです。

例えば時代劇で、主人公と敵が刀に手を伸ばします。この画を1分間続けるとどうでしょうか、

映画館であれば観客は緊迫します。きっと固唾をのむことでしょう。

そこで居合、切り合い、観客はわっと盛り上がります

しかし、これスマートフォンストリームだったらどうでしょうか。ダブルタップの15秒スキップかもしれません。

一緒に固唾をのむ観客がいない分、気持ち半分かもしれません。


映画演劇は記録されたもの記憶されるものの違いがありますが、

観客との共犯関係表現を強固にするのは、映画演劇も変わりありません。

ブログではとても卑怯にも演劇ビデオという比較で書いていますが、

映画だってかわりないんです。

また映像芸術の中には特殊な上映形態をもって作品とするものもあります

これは、劇場美術館でなければ全く成り立ちません。

劇場でないと成り立たないのが演劇特殊性とか馬鹿みたいなこと言っていますが。

実際には映像芸術の方がヤバいですよ。


しろライブ修正の効かない分、映画はどのように共犯関係を生み出すか、研究研究を重ねております

高級な映画(半分皮肉ですが)においては、視線誘導のため、まばたき一つ計算して撮影編集しているわけです。

私は普段、何かの映画について話すとき、『映画のもの』と、観客と生み出す共犯関係=『映画体験』をそれぞれ分けて話します。

演劇についても同じことが言えるのではないでしょうか。

上のブログの筆者が語るのは演劇体験についてです、これは確かに演劇構成する一要素ですが、演劇のものを単体としてみた場合に、

まり戯曲演者がその身体性をもって物語るという行為についてですが、これはいったいそんなにも弱いものなのでしょうか?

身体というものには限界がありますが、その身体によって生み出される力強さというのは確かにあります

現代舞踏なんてものはその身体という籠を生かした表現なわけでしょう。これは弱いものですか?

それを使って物語る。素晴らしいことじゃないですか。

演劇ライブ配信する。そこにはカメラがありスイッチャーがある。

ということは、それでもって映画体験の応用で演劇体験を、十分でなくても再現することはできませんか?

例えばブロードウェイ映像化なんてのは、セットを映像用に用意しカメラをかなり寄せて撮っているわけですが、

それでもあれを映画という人はいないでしょう、演劇であるという認識はしっかり与えることはできるわけです。

また演劇体験的なるもの本質になっているというので言えば、お笑いどうでしょうか?

テレビというメディアで昔から戦ってきた存在なわけです。

逆にスポーツ体験なくして成立するものでしょうか?

スポーツ選手のインタビューではよく魅せる試合なんてことが言われます

徹底防戦の試合で興ざめ、なんてこともよく聞きますね?

スポーツも実は共犯関係であるわけです。

それでも彼らは中継を行います過去試合映像販売します。

そういったことがもう何十年も前から行われている現代で、演劇演劇体験なくして存在しないなんて本気でいってますか?

なまいってんじゃねえって思ってしまます


また演劇映像にすると映画に食われてしまうなんて言ってますが、馬鹿じゃないのとしか思えません。

演劇映画物語る点は同じですがその根っこは全く違います

演劇はその身体物語を預けていますが、映画光と影に預けています

映画根本は影絵芝居といってもいいでしょう、影絵芝居は演劇に似ていますが、

影絵は物理的なものでなく、その像をうまく使えば、表現限界はありません。

演劇とは全く性質が違うものです。

映画はその売れ筋として、マーケティング的に役者に頼ってることはあっても、大本表現ベースとして役者や演技があるわけではありません。

勘違いしないでください。役者あくまで影と光をフィルムに焼き付けるための遮蔽物にしかすぎません。

例えば先ほどのブロードウェイ演劇しましたが、ドッグヴィルどうでしょうか?やはりドッグヴィル映画でしょう。

先祖万々歳は演劇でしょうか?いやこれもアニメでしょう。

それはそれぞれ、映画として作られ、アニメとして作られたからに違いありません。

演劇として作られた映像が、映画に負けるだとか、勝つだとか、そういうことは絶対にありません。

そもそも同じ土俵にいないからです。

演劇というのは、映画というより、むしろスポーツ音楽ライブの側なんですよ。

マシューボーンのなんちゃらと、タイガース試合をまとめた奴と、ラッドピローズライブ映像一般の人からみたら同じ枠なんです。

で、それが映画と競り合ってるなんて印象はないです。初めから勝負なんて存在しないんです。


はっきりいってしまえばスポーツが無観客配信でなりたつというなら、演劇だって成り立ちます

それが成り立たないというのは、おそらく上の文書にもある、演劇体験こそ演劇本質であるという転換が原因じゃないでしょうか?


演劇はなんら特殊でないです。ただのライブです。

もともと自転車操業だったライブが成り立たないという話でしょ。

だったらそういえばいいんです。演劇ライブメインであることなんてみんな知ってますから

演劇に対する一般人解釈としては「演劇=芝居」なので舞台公演(ライブ)でも映像でも音声でも芝居さえしてたらすべて演劇だけど、演劇関係者解釈では「演劇舞台公演(ライブ)」なの

テレビ映画も「金目当てに魂売って出るもの」扱いなの

映像作品に出て人気が出たりしたら金づるとして一応もてはやすけど、内心ではその役者演劇俳優としてはもはや二流・三流として扱ってきたの

それ以外の十把一絡げなんてテレビ映画も「頼まれても出さんわ」って感じなのにな

から「今さら映像なんて出れるかい!」って駄々こねて「舞台じゃないと演劇じゃないの!演劇はあれやそれやこれとは違うの!」って主張してるのよ

そこそこ大御所でも、おまえら舞台しかできんやないけ、映像や音声作品での演技も演出もできんやないけこの無能が、と思ったことある人実はわりとおるやろ?

世間知名度のあるような劇団を目指せない舞台役者一般の目には「映画ドラマに出るだけのクオリティを満たさない、自意識過剰な薄ら寒い遊戯集団の人ですか〜」程度にしかうつらないでしょ

2020-05-09

2.5次元舞台に某歌劇団出身の人がキャスティングされてから

愚痴です。

タイトルのとおりの展開があって、否が応でもつのファンの間につながりができてしまった。

Twitterではそれぞれのファンによるクロスオーバー的な妄想ツイートが行き来してる。

それはいい。

その中で2.5ファンが「歌劇団ファンチケット戦争に参加してますますチケット取れなくなる?」等の不安を口に出してた。

それに対して、歌劇団ファンが「我々は奪い合うのでなく譲り合います」的なことを言ってた。

歌劇団ファンマナーがいいので安心してね的な話をそこかしこで見かけるようになった。

ちょっと調べてみたら、歌劇団の独特な風習がわんさか出てくる…

中にはいかにも女の集団って感じの、自由と言いつつ参加しなかったら村八分だよね的なものもあって正直ドン引き

私設ファンクラブによるチケット斡旋とかアリな文化なんだ。

これ絶対2.5次元、というか他のファンには馴染まない文化でしょ。

これを持ち出して「マナーがいい」とか言ってたのか。

ていうかあれだけ大きな団体がこんな旧時代的で排他的コネクション命みたいな活動を黙認して儲けてるのか……

昔いた職場仕事ろくにしないくせに高級取りのお局おばさんがいて、そのおばさんが歌劇団役者パトロンごっこしてたこと思い出した。

こんなシステムの中にズブズブだったならさもありなん、と思った。こういう人が牛耳ってるんだな……

控えめに言っても関わりたくない…

2.5次元ファンにも思うところがあるので、ファンが入り乱れるのは怖いな。

いやもう面白いかもしんない。

anond:20200509002608

AKBみたいなもんでしょ。

会いに行ける役者くらいの立ち位置よ。

2020-05-08

役者が変わっても物語は変わらない

anond:20200508102553

>「製造業はより多く儲けようと思ったら増産すればいいが演劇は増産できない」

>これを否定する人間もいないはずだ(たぶんな)。

 

いやこれが間違いだからだよ。

演劇こそ無限に増産できる。1回2時間の講演を1日に12回やればよろしい。材料費もない。人件費だけの問題だ。役者の体力? シフトで交代すれば? 客がいない? 営業努力が足りないんじゃない?

 

いや、無茶なのは判っているよ。

ただ、平田オリザは同じことを製造業に言った。だからだめ。

 

「増産すればいいじゃん」とはつまりライン労働者に1日に24時間働けだとか、代わりの利く仕事から交代すればいいじゃんとか、作っても売れないと意味ないのは営業努力で補えだとか、そういうことを言っている。

そういうことを言っちゃうのは、自分たち製造業とは違う特別仕事をしてるんだぜ、という意識があるせいで、それは簡単に見透かされた。反発しか生まなかった

2020-05-07

なんで演劇小劇場特別視して守らなきゃいけねーの?

コロナ関係なくもともと瀕死だったじゃん。

役者にそれぞれチケットノルマがあって、演劇関係者や友人に頼み込んでチケット買わせて席埋めるっていう、他の芸術ではありえないような習慣がまかり通ってた状態だっただろ。

異常すぎないか

anond:20200507022732

吉村がズルい言い方した(緊急事態宣言解除権限は国だが、自粛要請権限都道府県。なので国が(緊急事態宣言の)解除基準さないので、大阪府が(0から自粛要請の)解除基準作りました。であれば何の問題もなかったが、括弧の中身は言ってない)のは事実だけど、緊急事態宣言の解除基準は国としているだろ……。あげくその後に安倍が作るって言っちゃったので、仕事してないのに都道府県に先を越されて逆ギレしてるようにしか見えないし。完全に役者として負けてるから降りた方がいいわ。

“This is killing me”は何を殺すのか

深夜にふと流れてきた曲。

https://youtu.be/gxEPV4kolz0

名曲Billy JoelPiano man

おそらく、バーピアニストとしてのビリー本人の目線で、バーの様子が語られていく世界観楽曲で、

バー雰囲気だけでなく、そこに訪れる客のバックグラウンドなども語られる。

その曲中で、彼の友人であるJohnについて語られる部分がある。

「飲み代持ってくれて、ジョークが上手くて、タバコの火にも気が回るようなヤツ」という明るい面が提示された後に、「彼はこんな所にいるべきではない、他にいるべき場所があるはずだ」というフレーズがあり、Johnが話したセリフとして次のような歌詞に導かれる。

“Bill, I believe this is killing me.

Well, I’m sure that I could be a movie star, if I could get out of this place.”

(部分省略)

ざっと訳すと、

ビル、俺はもううんざりなんだ。

きっと映画スターにもなれたさ、こんなところにいなければな。」のようになる。

これはkilling meを慣用句として捉えた場合で、これは「耐えられない、うんざりさせる」といった意味がある。

果たしてこの文脈でこのように捉えてもいいのだろうか。

世間にはコロナウイルス蔓延している。

かのウイルスが奪ったのは命だけでなく、「自粛」という形で、誰かの仕事趣味や生きがいをも奪っていった。

世間にはそう言ったもの自己表現する人もいる。

自分がやりたいことを「自粛しなければいけない」という状況で、「何か役に立てることをしたい」「自分表現したい」と思っていても、「自粛」を強いられて部屋の中で燻っている。

表現をする知人は「時間はあるのに、何も生み出せず、まるで死んだみたいだ」と語っていた。

そんなとき自分の生きがいを奪われた人は「殺された」言えるのではないだろうか。

ともすれば、This virus is killing me. という文は、実際に闘病して生死の境を彷徨っている場合にも使えるとは思うが、さまざまな要因で「生きている心地がしない」という意味合いも持つのではないだろうか。

Johnは役者になりたかったのかもしれない。でも、厳しい役者世界自分性格に合わずドロップアウトしたのかもしれない。家庭の事情で夢を追いかけるのを諦めてしまったのかもしれない。

自分のやりたかたことを辞めなければいけない辛さに直面したとき、それはIt is killing him.(それは彼を殺している)と言えるのではないだろうか。

それが成立するならば、この文脈における私の解釈は「This is killing me.=俺はもう生きている心地がしないんだ」である

「もう俺は生きている心地がしないんだ。

だってムービースターにもなれたんだぜ、

もしここを出て行くことができれば、な」

というのばどうか。殺されたのは生きる希望なのではないか

きっと自粛の下で、この危険な状況下で生きている心地がしない方もいるだろうし、上記のような生きがいを奪われて死んだようになっている人もいて、

So many people are killed by the virus. という状態だと思う。

ウイルスに殺された命は安らかに眠れますように。

そして、ウイルスに殺された希望が戻ってきますように。

2020-05-06

anond:20200505111628

そうじゃなくて、日本演劇業界が突出して社会必要がないからだよ。例えばサッカープレミアリーグJリーグ以上に海外との差がある。なのに、こいつらはいつもなんかあったら「欧米は~」って言ってくるわけ。別に映画ドラマ海外物で用が足りるというか、どう考えても予算が違うし役者の演技も段違いなわけで、それなのに偉そうに政府批判するから白けたんじゃないかな。

2020-05-05

anond:20200503031555

社会から否定されてるんじゃなくて「社会から否定されている」と「思い込んで」いるだけなんじゃないかな。

否定肯定も、演劇に興味ない人は東京芸術劇場アゴラ劇場、シアタートラム本多劇場の最寄り駅がどこなのかも知らないと思うしね。

私は一時期、社会劇団制作に携わっていたことがあるから、それなりに演劇には理解があるほうだと思ってる

平田オリザ野田秀樹と酒飲んだこともあるよ。自慢めいていてごめんね。

からさ、元増田の言う

演劇業界で生きる人たちは、演劇がないと生きていけない人が少なくない。

それは「演劇がないと仕事がないから食い扶持がない」というだけじゃなく、

演劇でだけ他人に認めてもらえた」「演劇が唯一社会とつながれる手段」という意味で、だ。

演劇がなかったらとっくに人間社会の中で生きていけなくなっていた人や、

とある演劇作品に出会わなければもう死んでいたかもしれないという人だっている。

そんな生きることに不器用な人たちがたくさんいる。

そして自分と同じように演劇出会わないと死んでしまうかもしれない人になんとか演劇を届けようと、

演劇を創り続けていた。

そんな唯一社会とつながれる手段だった演劇が、社会から否定されて社会と繋がる道が絶たれたら、

そういう私たちは、社会で生きていけなくなってしまう。』

同意出来るけれど出来ないな。

今は演劇から遠のいたし、平田野田も俺と酒飲んでくれないけれど、今もしアイツらに話ができるなら、お前らのやることは芝居を作ることだろうと言ってやりたい。

こういう書き方をすると炎上するかもしれないけれど、今起きている事を脚本にするのが、せざるを得ないのが演劇に携わる人間のやることなんじゃないのか?

『劇的』という言葉を私は好きだ。

日常に潜む『劇』をみつけ、光を、あるいは闇を与えることで観客に提示するのが演劇ではないのか。

苦悩や葛藤、認めて欲しい、認められないという自己矛盾ルサンチマン、そうしたものどもを見つめ、あるいは突き放し、時に笑い飛ばし、時に泣き、酒を飲み、溺れ、汚物にまみれながらも本に、脚本にし、芝居を作るのが演劇人ではないのか。

おまえらがやることは、アーカイブにすがることなんかじゃない

今目の前で起きている、おまえが感じていることを本にして、役者をどう集めてどう稽古し、どう発表するかを考える事なんじゃないのか

野田平田も俺にとってみれば雲上人神様みたいな存在だよ。

でもさ「ZOOM劇団」とか「ZOOM東京物語」とか、今だから出来る、今しか出来ない、そうしたひりつくような最先端の、そして自分しか出来ないことを発信しろよ、しつづけろよ

世間が振り向いてくれないとか泣き言いうな、安倍晋三マスク二枚と10しか寄越さない。緊急事態宣言はいつ解除されるかわからない。

河原で沢山の仲間とバーベキューする奴が容認され、山梨帰省してバーベキューしたおねえちゃんがぶっ叩かれるこの「劇的」な今のこの状況を本に、脚本にしないのはなぜだ。

おまえらが「ぬるい」のはそういうとこだから

アーカイブで良いなら「夢の遊眠社」でも見ておくよ。そんでもって「長崎は今日も雨だった」を歌っておくさ。

2020-05-04

追記あり舞台配信URLを書け!!!!!

宣伝ヘタクソか!!!!!!!!!

野田秀樹や平田オリザが許せない人へ

元増田が「配信された演劇を観て〜」っつってんのにURL貼らなくてこのザマだよ!!

そんな訳で無料(一部有料)で観られる配信を探しておきました。

きちんと宣伝しない元増田は腹筋300回やって欲しい。


演劇動画配信サービス「観劇三昧」: スマホで演劇映像を観るアプリ|全国の舞台動画配信

配信作品一覧のサムネ無料と書いてある作品無料で観られるらしい。無料場合は会員登録不要

有料作品が観たければ別途会員登録すればおk

サムネがあるから苦手な作品は避けられてべんりですね。

https://www.seinenzalabo.com/stayhome

GYAO等のリンクが沢山載ってる。

とにかくテキストサムネが無いけど、国内外問わないリンクが貼ってある。ポータルサイト的にべんり。

https://www.lmaga.jp/news/2020/04/113614/

歌舞妓やシルクドソレイユ等のリンクが貼ってあるべんりな記事

ちなみにシルクドソレイユの60分コース

https://www.youtube.com/watch?v=VL0TG_nCqzE

演劇舞台検索すると色々観られてべんり。


他にも探せば色々観られると思うから演劇が嫌われた…」とウジウジしてる暇があるならURLを貼れ。そしてわかりやすいあらすじとおすすめポイントを書け。

「お客さんは楽しませねーと観てくれねーんだよ!!」と学生時代演劇顧問から言われたのを思い出して増田書いた。

後悔はしていない。


腹筋300回やって頑張れよ☺️


追記

12人の優しい日本人5月中はYouTubeで観られるみたい。

台本の読み合わせで実質朗読劇。原作三谷幸喜映画化もされた。

出演するのはベテランで巧い役者さんばかりだから演劇苦手な人でも楽しめると思う。

前編

https://www.youtube.com/watch?v=3e2aKThmhXM

後編

https://www.youtube.com/watch?v=ZDagy7MmFhY

追記終わり。もう追記しません。

2020-05-03

演劇って搾取だよね

演劇ってさ、演出家役者を拘束するけど

給料保証されるわけじゃないんだよね

とくに底辺演劇人ってバイトしながら舞台稽古しなきゃいけなくて

演出家のこだわりで何日も拘束されてもその分の給与保証されるわけじゃない

出演してもたいしてお金もらえない

演出家脚本家の都合があるから仕事が安定してるわけでもない

演劇人って反体制ぶりたがるけど、やってること搾取だよ

やりがい搾取嫌なら辞めろも、やってることワタミと同じじゃん

潰れてよくね?

2020-05-01

1980年代

与党、というか、自民党批判するのって昭和笑点(に限らないけどわかりやすい例で)のときからのながれでさ、歌丸やら、いまは圓楽か? あいつらが定期的に型にある批判して笑いじゃなくて拍手が起こるの。

そういうのクソだせえという価値観精通から刷り込まれてるんだよね。

政治について語るのはダサい

この価値観は令和になっても覆らないね。しみじみそう思う。

ぜんじろうだっけ?政治について語らない芸人役者に疑問とかあるツイートがバズったけど答えとしてダサいってのがあるのよ。

ダサい理由ないでしょ?それこそTwitterで人気の「お気持ち」ってやつでさ。

その「お気持ち」にしても表面化するのはダサいってあるよね。

からオフラインだとみんなおくびにも出さずにおとなしくしてるんだろうし(例外はあるだろうが)。

たぶんルーツを探るなら、学生運動の混乱から反動とか、それをも含めた1970年代文化への否定としての1980年代があったと思われるがともかくそういうことですよ。

1980年代空気体感してないひとにはわかりづらいと思う。いま振り返ってもおかしな感じだった。時代のせいにするのはダサい村上龍はいってたけど思春期をどの環境で過ごしたかっていうのは重要とは思うんだ。

ダサいから滅せとはいわんよ。そういうのもダサいから。それが1980年代空気じゃないかなと。否定はする。disるネタにする。でも、そのために存在重要。そんな感じ。みんなそうであって欲しいとは思うが主張はしない。それが1980年代の(以下略

2020-04-30

「親は医者です」←こいつらいくら勉強サボってもグレてもインテリ層に追いついてくるよな

宮崎哲弥なんか不登校ヤンキー高校浪人して久留米工大附属(※久留米大附設ではなく久留米工大附属。当時、県内最凶)なのに今ああい仕事で食ってるし。

山城新伍高卒役者だけど部落問題について学者並みに知悉してたし異様に文章上手いし。

やっぱ頭は遺伝が全てだよ。

2020-04-28

女はみんな役者だね

こんなきもちになれるなんて、ついてるね

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