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2020-07-31

anond:20200731234918

西宮が「光とともに…」の光みたいな障碍者だったらまた違った感じになってただろう。

クラスメートは近づかないかも。

2020-07-24

死ねないだけで生きてきた

初めて死にたいと思ったのは小学2年生の頃だった。

家のすぐ隣に出来たゴルフ練習場の明かりが眩しくて、眠れない夜が続いた時だ。

死にたい」という明確な気持ちがあったと言うよりは、明日もこのまま寝不足学校に行って、

眠くてぼんやりとしているところを先生に怒られて、というのを続けるぐらいなら、いっそこのまま消えてしまったらいいのにと願っていた。

そうやって暗いイメージが湧き出しては止めることが出来ず、幼少の自分には長すぎる苦痛な夜の時間から抜け出したくて、

ベッドに横になったままできる限り精一杯長く息を止めるのを繰り返し「うっかり窒息死してしまえたら」と子供じみた自殺未遂を試み続けていた。 

次に死にたくなったのは高校2年生の時だった。

高2病とも言われるような、人生を斜に構えて無気力に過ごしては自身無力感に苛まれていた。

次第に学校もやや不登校気味になり、気が付けば「皆が真面目に勉強している中でフラフラ遊んでいる」というレッテルを貼られ、

たまに教室に顔を出そうものならクラスメートだけでなく教員たちから厄介者のような扱いを受けていた。

そんな時、家の薬箱から母親が昔飲んでいたらしい薬局の袋に入った睡眠導入剤を見つけた私は、

「これをたくさん飲んだら死んでしまえるかもしれない」と袋に入っていた束になったシートから錠剤を全て取り出して震える手で飲み干した。

どくんどくんといつもより大きな鼓動を打つ心臓が、自分死ぬかもしれないという不安と緊張と少しの期待のせいなのか、

それとも単純に薬の副作用だったのかは分からないけれど、私は暴れる心臓の音が家族に聞こえないように自室の中で布団に包まっていた。

暗闇の中で止めどなくほろほろと溢れる涙を流しながら、その時を待っていた、そして私の意識は途絶えた。

翌日、私は何事も無かったかのように、いつも起きる時間よりもだいぶ早くに目が覚めた。

遺書も残さず、数少ない仲の良い友人にも何も言わずに突発的に試みた自殺未遂だったけれど、

拍子抜けすると同時に、あれこれ残したりせずにして良かったと安堵していた。

まだ誰も目覚めていないキッチンに行って水を一杯飲んで、違和感を覚えた。

かめるように冷蔵庫に入っていたオレンジジュースを飲む、味覚が無くなっていた。

冷汗が止まらず、ただただ「どうしよう」という言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。

自殺しようとして薬を沢山飲んだら味覚が無くなってしまった」などということを誰かに相談する訳にもいかず、

しばらくは生きた心地がしないまま、味のしない食べ物咀嚼するのはまるで砂や泥を食べている気分で、誰にも気づかれないように胃に押し込むことにひどく苦労した。

結局、三日も経たない内に味覚は元に戻るのだけれど、この時に「次に死ぬなら確実に死ななければいけない」と心に誓ったのだった。

 

次に死にたくなったのは22歳、大学留年した時だった。

真面目な学生では無かったけれど、なんとなく大丈夫だろうと思っていた淡い期待はあっさりと裏切られてしまった。

一応サークルには所属していたけれど、ほとんど活動に参加していなかった私は、文字通り大学一人ぼっちになってしまったのだ。

そんな私の唯一の心の拠り所はSNSの顔も知らない友人たち、その中でもとりわけ"メンヘラ"とカテゴライズされるような人々との交流だった。

最初は寂しさを埋めるためのアイテムだったはずが、尊大希死念慮に苛まれて生きるダメな人たちの存在可視化されることは私の良くない考えを加速させていった。 

あの頃を思い返すと、死にたかった、というよりも、いつ死んでもよかった、というのが正しかった。

私は名前も知らないおかしな人たちと浴びるように酒を飲むことも、サイケデリックな色をした「海外製」とだけ言われた錠剤をスナック菓子のように口へ放り込むことも、

そのまま外に飛び出して狂ったように遊びまわることも、怖いと思うことは何一つなかった

素面でいたくなかった、誰かと過ごしているようで、感覚けが宙に浮かび、幻覚の中を彷徨って倒れこみ、自分を取り囲む影と会話して過ごした。

路上はもちろん、駅の医務室や知らない人の家で目覚めることも日常茶飯事だった。

裸で目覚めて隣で眠る見知らぬ人を起こさないようにベッドを抜け出し、最低限の服と荷物だけ持って逃げ出したこともあった。

 一方で大学がある日は真面目に授業を受けていた。

離脱症状でガタガタと震えながら、倒れないように机に噛り付いて授業を受ける様は正しく狂人だったと思う。

ただ「死のうと思えばいつでも死ねる」ということが確かな心の支えになって、私は人より一年だけ多く掛けて大学卒業することができた。

真っ先に死ぬと思われていた私を残して、大学時代の悪友たちは4人が亡くなり、2人は隔離病棟入院していると風のうわさで聞いた。

 

気がつけば30歳を目前としている、生きてしまった、生き延びてしまった。

私は死ねなかった、自分長所や得意なものというのは思い浮かばないが、死ぬことは特別下手なようだった。

それどころか真っ当に就職して、結婚し、子供にも恵まれた、人は私のこと見て「幸せだね」と言うようになった。

ただそれでも「死にたい」という心の底に燻る感情は、初めて認識した時から今のこの時まで片時も消えてはいなかった。

から私は今夜も、精一杯長く息を止め続ける、「一度ぐらい上手くいきますように」と願って。

死ねないだけで生きてきた

初めて死にたいと思ったのは小学2年生の頃だった。

家のすぐ隣に出来たゴルフ練習場の明かりが眩しくて、眠れない夜が続いた時だ。

死にたい」という明確な気持ちがあったと言うよりは、明日もこのまま寝不足学校に行って、

眠くてぼんやりとしているところを先生に怒られて、というのを続けるぐらいなら、いっそこのまま消えてしまったらいいのにと願っていた。

そうやって暗いイメージが湧き出しては止めることが出来ず、幼少の自分には長すぎる苦痛な夜の時間から抜け出したくて、

ベッドに横になったままできる限り精一杯長く息を止めるのを繰り返し「うっかり窒息死してしまえたら」と子供じみた自殺未遂を試み続けていた。 

次に死にたくなったのは高校2年生の時だった。

高2病とも言われるような、人生を斜に構えて無気力に過ごしては自身無力感に苛まれていた。

次第に学校もやや不登校気味になり、気が付けば「皆が真面目に勉強している中でフラフラ遊んでいる」というレッテルを貼られ、

たまに教室に顔を出そうものならクラスメートだけでなく教員たちから厄介者のような扱いを受けていた。

そんな時、家の薬箱から母親が昔飲んでいたらしい薬局の袋に入った睡眠導入剤を見つけた私は、

「これをたくさん飲んだら死んでしまえるかもしれない」と袋に入っていた束になったシートから錠剤を全て取り出して震える手で飲み干した。

どくんどくんといつもより大きな鼓動を打つ心臓が、自分死ぬかもしれないという不安と緊張と少しの期待のせいなのか、

それとも単純に薬の副作用だったのかは分からないけれど、私は暴れる心臓の音が家族に聞こえないように自室の中で布団に包まっていた。

暗闇の中で止めどなくほろほろと溢れる涙を流しながら、その時を待っていた、そして私の意識は途絶えた。

翌日、私は何事も無かったかのように、いつも起きる時間よりもだいぶ早くに目が覚めた。

遺書も残さず、数少ない仲の良い友人にも何も言わずに突発的に試みた自殺未遂だったけれど、

拍子抜けすると同時に、あれこれ残したりせずにして良かったと安堵していた。

まだ誰も目覚めていないキッチンに行って水を一杯飲んで、違和感を覚えた。

かめるように冷蔵庫に入っていたオレンジジュースを飲む、味覚が無くなっていた。

冷汗が止まらず、ただただ「どうしよう」という言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。

自殺しようとして薬を沢山飲んだら味覚が無くなってしまった」などということを誰かに相談する訳にもいかず、

しばらくは生きた心地がしないまま、味のしない食べ物咀嚼するのはまるで砂や泥を食べている気分で、誰にも気づかれないように胃に押し込むことにひどく苦労した。

結局、三日も経たない内に味覚は元に戻るのだけれど、この時に「次に死ぬなら確実に死ななければいけない」と心に誓ったのだった。

 

次に死にたくなったのは22歳、大学留年した時だった。

真面目な学生では無かったけれど、なんとなく大丈夫だろうと思っていた淡い期待はあっさりと裏切られてしまった。

一応サークルには所属していたけれど、ほとんど活動に参加していなかった私は、文字通り大学一人ぼっちになってしまったのだ。

そんな私の唯一の心の拠り所はSNSの顔も知らない友人たち、その中でもとりわけ"メンヘラ"とカテゴライズされるような人々との交流だった。

最初は寂しさを埋めるためのアイテムだったはずが、尊大希死念慮に苛まれて生きるダメな人たちの存在可視化されることは私の良くない考えを加速させていった。 

あの頃を思い返すと、死にたかった、というよりも、いつ死んでもよかった、というのが正しかった。

私は名前も知らないおかしな人たちと浴びるように酒を飲むことも、サイケデリックな色をした「海外製」とだけ言われた錠剤をスナック菓子のように口へ放り込むことも、

そのまま外に飛び出して狂ったように遊びまわることも、怖いと思うことは何一つなかった

素面でいたくなかった、誰かと過ごしているようで、感覚けが宙に浮かび、幻覚の中を彷徨って倒れこみ、自分を取り囲む影と会話して過ごした。

路上はもちろん、駅の医務室や知らない人の家で目覚めることも日常茶飯事だった。

裸で目覚めて隣で眠る見知らぬ人を起こさないようにベッドを抜け出し、最低限の服と荷物だけ持って逃げ出したこともあった。

 一方で大学がある日は真面目に授業を受けていた。

離脱症状でガタガタと震えながら、倒れないように机に噛り付いて授業を受ける様は正しく狂人だったと思う。

ただ「死のうと思えばいつでも死ねる」ということが確かな心の支えになって、私は人より一年だけ多く掛けて大学卒業することができた。

真っ先に死ぬと思われていた私を残して、大学時代の悪友たちは4人が亡くなり、2人は隔離病棟入院していると風のうわさで聞いた。

 

気がつけば30歳を目前としている、生きてしまった、生き延びてしまった。

私は死ねなかった、自分長所や得意なものというのは思い浮かばないが、死ぬことは特別下手なようだった。

それどころか真っ当に就職して、結婚し、子供にも恵まれた、人は私のこと見て「幸せだね」と言うようになった。

ただそれでも「死にたい」という心の底に燻る感情は、初めて認識した時から今のこの時まで片時も消えてはいなかった。

から私は今夜も、精一杯長く息を止め続ける、「一度ぐらい上手くいきますように」と願って。

2020-07-22

ライザのアトリエ精巧青春の再演だ

 君の青春時代を思い出してほしい。部活動サークル活動に明け暮れ、あるいはそうでなくとも仲の良い友人たちと過ごした日々を。同年代の仲間たちが集まって、同じ目標に向かって努力し、でも皆個性的バラバラだった。得意分野も違えば、目標を目指す理由も違って、かける熱意も時間も、家庭環境物事価値観だって違う。ただ同じ場所にいる、同じ目標を持つ、同年代なだけの子供たちが集まった歪な空間青春譚はそんな中で紡がれる。皆バラバラからいつも仲良くというわけにもいかず、時には激しく争ったりして、仲間が去ることもあったろう。対立の末に互いを尊重するようになることもあったろう。決して順風満帆ではないその起伏に溢れる日々は、フィクションの中にとどまらない、現実物語として青春時代支配する。

 青春譚の世界は狭い。子供たちは自分たちの目に見えて手の届く範囲世界を生きる。仲間たちを見て、この先いつか出会う他の集団を思い、自分たちのこれから歩む道を見据える中で、その下に埋もれた大勢に思いを馳せることはない。自分たちと同じくらい努力して、けれど自分たちと今後出会う事のない別の子供たちに対して、仲間意識や同情が芽生えることもない。だからいつも青春譚の主人公は「自分」になる。青春の熱気が、自分こそが物語主人公かのような錯覚に溺れさせる。だから青春時代に、例えば「僕はこんなに頑張っているのに!」とほかの仲間たちも同じくらい、あるいはそれ以上頑張っていることを知っていたとしても、つい思ってしまうのだ。クラスメートGでも部員その16でもない、自分こそが主人公なのだから、その主人公というまやかしアイデンティティにすがってしまう。子供たちにとっての青春譚は、自分自分たらしめるアイデンティティを探し求め、特別になろうとする物語とも言えるだろう。

 しかしずっと青春謳歌しているわけにもいかない。歳を重ねるごとに見なければならない世界は広がりをみせ、将来という現実が重くのしかかり、広い世界の中で自分いかにありきたりで普通な存在なのかを自覚せねばならない時が来る。受験就職勉強スポーツの成績、資格試験引っ越し失恋、身内の不幸、怪我もっとささいな下らない会話かもしれない、そのきっかけは様々だろう。子供たちは転機を迎える。そうして子供たちは青春を過ごした集団から引退する。「成長」して「大人」になって、青春譚は終わりを告げるのだ。

 けれどそんな期間限定青春譚をずっと紡ぎ続ける者も中にはいる。青春を捨てることな集団から去って「大人」のひしめく社会へ赴く彼らは、その「子供」的な部分をあるときは称賛され、ある時は幼稚だと批判され、けれどそのどちらであれ特別存在であることには変わりない。大半の子供たちが普通大人になる中で、普通ではない者だけが特別存在として「子供」であり続けることができる。選ばれし者だけが終わらない青春譚を謳歌する。

 ライザのアトリエ青春であるしかしライザのアトリエ青春譚として異質な部分がある。

 青春譚の多くは主人公物語の中心に据えつつも、仲間たちにまつわるエピソードを描く。例えば青春を題材にした傑作部活もの響け!ユーフォニアム」はアニメ化成功しており知る人も多いと思うが、この作品主人公久美子を通して物語が進むものの、個々のエピソードの中心には様々なサブキャラクターが据えられていて、彼女たちの問題にぶつかりながら、彼女たちの力で先に進むつくりになっていることが分かるだろう。「響け」ではある種記号的な主体性のないひとたらし主人公を設定することで、疑似的に吹奏楽部全体を主人公として描き、仲間たちの物語を繰り広げる。青春譚は仲間たち「みんなの物語」だからこそ、多くの作品は幅広いキャラクターの幅広い問題を描くことになる。

 けれどライザのアトリエにはサブキャラクターイベントほとんど存在しない。したがって仲間たちの物語ほとんど描かれず、物語の節々からその成果だけが見え隠れするにとどまる。そんな主人公だけにフォーカスした青春譚は、いつのまにか、まるで主人公ひとりの英雄譚かのような様相を呈してくる。そう、青春譚が「みんなの物語なのはあくま大人目線の客観的ものにすぎず、そのさなかに居る子供たちにとってはそれが「自分主人公英雄譚」かのように錯覚してしまうのだ。ライザのアトリエ青春譚だが、ただの青春譚ではない。青春の熱に浮かれた主人公ライザの視点から見た、錯覚英雄譚なのである

 ライザのアトリエはライザの英雄譚だ。自身こそが主人公である錯覚に溺れるライザは、仲間たちにも同じように物語があることに気づけない。例えばタオはどうだろうか。勉強を頑張っている場面が何度かあったかと思えば、いつのまにか遺跡古代文字をそらんじて見せた。他にも、例えばライザとの確執を乗り越えたボオスはあっという間にライザをも超える決断力と行動力を見せるようになった。彼らの成長はそれだけでひとつ物語になりうるほど大きいものに違いなく、彼らは全員が物語主人公たりうるのだ。けれどライザはそのことに気づけない。気づけたとしても気にしない。青春の熱気で仲間たちへの関心さえも浮ついてしまったライザは、自身英雄譚に溺れていく。

 ライザのアトリエファンタジーRPGであり、プレイヤー主人公ライザを操作してゲームを進めていく。走り回り、素材を採取し、アイテムを調合し、依頼をこなし、戦闘をし、そしてテキストボックスをおくって物語を進めていく。そんなゲームとして当たり前な行動に対して、ライザのアトリエもまたゲームとして当たり前の快感プレイヤーに与える。素材採取の爽快感、調合の楽しさと達成感、報奨金を得てうれしく思い、戦闘では調合の成果に一喜一憂する。RPGにおいてプレイヤーゲームシステムから特別感や万能感といった快感享受することになる。

 そしてライザのアトリエでこの快感享受するときプレイヤーは気付かぬまま物語に没入してしまうのである。ライザの英雄譚を進める中で、ライザ本人は自分特別さや万能さといった錯覚を抱えて自分物語主人公だと信じており、一方プレイヤーゲームシステムから特別感や万能感といった快感を与えられながら「ライザが主人公ゲーム物語」を進めることになる。ライザの描く錯覚物語プレイヤーの受け取るゲーム快感はゆるやかに、けれど確実にシンクロしていく。プレイヤーは気付かぬうちにライザの錯覚英雄譚の支持者となってしまう。プレイヤーもまたライザと同じように青春に溺れてゆき、サブキャラクターにも物語があることを重要視できなくなってしまう。タオ古代言語研究も、ボオスの精神的成長も、レントもクラウディアもアンペルもリラのことも、しっかり評価しているつもりでもどこか軽視してしまう。青春譚がみんなの物語であることをつい忘れてしまう。だってライザのアトリエはライザの英雄なのだから

 ライザのアトリエは、誰もが英雄ではないからこそ面白い青春譚を、英雄譚を語るためのフォーマットであるRPGを用いて語った時いったい何を表現できるのかという問いに対して、ひとつ面白い答えを示せているだろう。

 やがて夏が終わり物語エンディングを迎える。けれどそこに訪れたのは英雄凱旋というハッピーエンドではなく、別れだった。自分の将来という現実、親の都合という現実、これから生活という現実、ライザがそれまで見て見ぬふりをしてきた様々な現実が、仲間たちとの別れとともに押し寄せる。英雄譚を共にした大切な仲間たちが「大人」としてライザの前に立つ。青春譚を経て特別になれなかった子供たちが「大人」としてライザに別れを告げる。ここでライザははじめて、仲間たちにも同じように物語があったことを理解する。ライザが青春の熱に浮かれて目の前のことだけに躍起になって満足している間に、仲間たちはもっと広い世界を見つめていたのだ。このひと夏の出来事は、決して英雄譚なんかではなく、仲間たちみんなの物語だったという現実がライザを襲う。自分が見て体験してきたひと夏が一気にひっくり返されて、言葉を失うほどのショックを受ける。

 けれどライザも特別存在でないのなら、現実とは向き合わねばならない。ライザは「大人」になることを決める。皆を引き留めない。隠れ家は解散。遠く離れてもまたいつか会おう。そんなありきたりな結末を選ぶ。ライザは特別にはなれなかった。子供のままではいられなかった。「なんでもない」ライザは青春の夢に生まれ、そしてなんでもないまま「成長」という名の死を迎えた。青春を生きたライザというキャラクターは、青春の終わりとともに消える。ライザは「大人」になっていく。

 ライザが「大人」になることを選んだように、プレイヤーもまた青春の夢から覚めなければならない。ずっとこつこつ積み上げてきた錯覚英雄譚は、エンディングの場にきて一気に崩される。プレイヤーの支持した英雄譚なんて最初からなかったのだ。エンディングプレイヤーに、ゲームシステムからもたらされる特別感や万能感を物語解釈にまで持ち込んでいないか咎めてくる。ライザ視点しか見てないのに物語全体を理解した気になっていないかと冷酷に突き放される。ずっとおだててきたくせにエンディングにきて突然「なんでもない」の世界に突き落としてくる。プレイヤーも「大人」にならなければならない。

 平和後日談もなく物語ピーから急に始まる決してハッピーではないエンディング。いつか訪れることを知っていた仲間たちとの別れ。その別れを祝福したい気持ち。けれど自分だけ取り残された焦燥感もある。どうにかハッピーエンドには行けないのかと歯がゆく思う気持ち自分特別さを否定された時の居心地の悪さ。

 そんな複雑に絡み合ってモヤモヤした、けれど無性に懐かしいあの青春喪失感を、「ああ、明日からこの部室に来ることは無いんだ」と思うあの青春残響追体験したいなら、これほど適したゲームは他にないだろう。

 ひと夏の濃密な時間を過ごして、結局特別にはなれず「なんでもない」まま青春時代を終えた少女、ライザリン・シュタウト。そんな少女に、3年の年月を経て、2度目の夏が訪れるという。

 「ライザのアトリエ2 ~失われた伝承秘密妖精~」は今冬発売予定。アトリエシリーズをよろしくお願いします。

2020-07-20

真夏プール帰り

今日は久しぶりに晴れて、溜まっていた洗濯物が一気に片付いた。喉が渇いて、近くの自販機コーラを買いに歩いた時、今年初めて『真夏空気』を感じた気がする。体全体に容赦なく熱い空気がまとわりついて、何かの拍子に堰を切ったように汗が流れてきそうな感覚だ。

毎年、この感覚を初めて感じる時、決まって小学生高学年の頃の記憶が呼び起こされる。夏休みが始まって少し経った、学校プールの日の事だ。

僕達の小学校では夏休みに入ると、週2回ほどプール登校の日があった。通常の教室授業は無く、学年別にプールに直接集まり、終わったらそのまま放課となる。水温や気温が低くて中止になる日は、国旗掲揚台に白旗が上がった。

地元比較暑い地域だが、その年は例年より涼しく、夏休みに入っても気温がなかなか上がらず、2階の窓から白旗確認してがっかりする日が続いていた。ドラクエFFロマサガと家での暇つぶしには事欠かなかったが、やっぱり友達プールで遊ぶ時間が待ち遠しかった。

そんな中、7月ももう終わりに差し掛かる頃にやっと気温が上がり、その夏休み初めてのプールが開催された。クラスメート達も、皆僕と同じような浮かれ気分でプールに集まった。水泳指導先生もそれを察したのか、水泳練習時間を早々に切り上げて大半の時間自由時間としてくれた。ただの真四角な25mプールだったが、ゴーグルを付けて水中ではしゃぎ回るだけで時間は過ぎていき、すぐに僕達の学年の時間は終了になった。

更衣室では友達と午後遊ぶ約束をしながら、木製のロッカーを隔てた向こう側の女子の声に耳をそばだてていた。でも、窓から流れ込んでくる大音量セミの鳴き声のせいで、内容はほとんど聞き取れなかった。

校門を出て、ビーチサンダルパタパタ鳴らしながら家の方向に歩き始めると、正午を告げるサイレンが鳴り響いた。その音に驚いたように、電柱カラスが1羽、はばたいていった。電柱のうしろの空はかき氷シロップみたいに青くて、雲は綿アメみたいに白かった。今日夕立が来そうだな、と思った。

2つ目の角を曲がろうとすると、同じクラスのA子が立っていた。薄い水色の袖無しワンピースは、濡れた髪で肩のところが少し濃い青になっている。A子とは隣の席で良く教科書を見せてもらっていたが、夏休みに入る前の席替えで席が遠くなってしまっていた。女の子として意識する事は無かったけど、優しく透き通った声の朗読を近くで聞けなくなったことを、僕は少し残念に思っていた。

僕がA子に挨拶すると、A子は、少し言いづらそうに、「この後、うちで遊ばない?」と言った。

その時、響き渡っていたセミの鳴き声が一瞬止んだ気がした。僕は彼女の顔が見れず、2つに縛られた髪の片方を見ていた。僕は女の子の家なんて遊びに行った事が無かったし、高学年になってからは他のクラスメートからもそんなの聞いたことがなかった。僕は少し言いよどんで、「いや、この後○○の家に行く約束してるんだ」と言った。A子は、「そっか。」と言って踵を返し、こちらを見ずに「じゃ、バイバイ」とつぶやいて歩いていった。プールシャワーで汗は引いていたのに、真夏の熱気が僕の全身を包んで、汗が吹き出してくるのを感じた。

A子とはその後、学校で会っても何となく気まずくなってしまい、一度も話す事が無いまま小学校卒業を迎えた。僕は公立彼女私立中学に進んだため、その後会うことはなかった。

去年、当時のクラスメートB(男)と飲んだとき、久しぶりにA子の名前を聞いた。高校とき学習塾でA子と再会し、共に都内大学に進学した後2年ほど付き合っていたらしい。お互いのアパートに入り浸り、朝そのまま大学に行くこともあったみたいだ。

Bによると、彼女の家は当時複雑な事情を抱えていたという。小さな会社経営する父親は外に女を作って家に寄り付かず、母親自分が通うジムインストラクター不倫していた。両親とも幼い弟の方を可愛がり、A子はとき暴力を伴う厳しいしつけを受けていたらしい。

ところであの暑い日、A子は僕を家に呼び何をして遊ぼうとしていたのだろうか。夏の熱い空気を感じると、いつもあの日の事を思い出す。

2020-07-18

手先が不器用すぎてつらい

私は手先が不器用だ。

人によって程度の差はあるかもしれないので、具体的に書き出してみたい。

紙の真ん中で折り目を付けられないし、定規を使っても真っ直ぐ線が引けない。

切り取り線にそうようにハサミをいれてもずれるし、針に糸が通せない。

もっというと、糸通しを使っても針に糸が通らない。

ミシンは糸をセットする前にこんがらがってしまう。

短冊切りにした人参を見た友人が「え、何これ」と呟いた声が何年経っても忘れられない。

どうして? と聞かれるが、自分でもどうしてそうなるのかわからない。

そんなに? と驚かれるが、逆にみんなが何故できるのかがわからない。

それでも、まあ、社会人として普通に生活できている。

大人になったら、仕事で手先の不器用さを発揮する場面もなく、

共に暮すパートナーも私が真剣に取り組んだ結果の悲惨であることを了承してくれている。

概ね問題ない。

けれど、時々。本当にたまに。突然、手先が不器用である己がとても悲しく、

情けなく感じる思い出がフラッシュバックすることがある。

大体が小中学生の頃の思い出だ。

鮮明で、幾度となく思い出すのは折り鶴の話だ。

低学年の頃、入院しているクラスメート千羽鶴を送ることが学級会で決まった。

全員が鶴を折る必要があるとのことで、私も当然参加した。

作り方を解説した図を見せてもらい、一生懸命に作った。

「机にきちんと紙を置いて、ズレないように抑えながら折るんだよ」

そんなアドバイスを聞いて、それにならった。

それでもズレてしまうので何度も開いてはたたんでを繰り返し、時間をかけて完成した鶴。

首はしわしわだし、羽の部分もよれていたと思う。

それでも、やっとの思いで作った鶴だった。

教卓に置かれた提出箱に持っていくと、クラスボスのような女の子

私の鶴を見るなり顔をしかめて、取り上げ、もとの折り紙に戻してしまった。

いから、ピシッと折り直してくれるのだそうだ。

もっと丁寧にやらないとダメなのだそうだ。

だって雑にやったつもりはない。渾身だった。でも、足りないらしい。

自分自身が否定された気持ちになった。

多分、この時から私は折り紙に進んで触れることはなくなった。

それまでは箱だったり、紙飛行機だったり、パクパク動くやつだったりを作るのは好きだった気がする。

でも、触れたくなくなった。

自分がどれだけ一生懸命にやっても成果物が認められない、

事実だけを取り出せば別に珍しくないのだけれど、なぜかいまだに思い出すと少しだけ泣いてしまう。

かにも、リュックサックだかエプロンだかを作る家庭科の授業で先生

「話聞いてた? 一人だけ全然進んでないから頑張ってちゃんとやって」と言われたこと。

周回遅れになっていたノルマの縫い物を放課後に居残ってチクチクと縫って提出しにいったら、

「糸の絡まりがあまにもヒドい」と、目の前で糸をパチンと切られたこと。

そんなことが数珠つながりで頭に浮かんで、心が沈む。

今日もさっき急にこんな記憶が襲ってきて、今つらい。

から何だというわけではない。

手先が不器用人間というのは、

手先が器用な人間や器用ではないが困るほどでもない人間が想定するよりも

はるかに手先で何かをする能力に劣っている。

たとえ、どれだけ時間をかけても、注意を払っても。

それだけだ。

もし、私に子どもを育てる機会ができたら

「よれた鶴を見ても勝手に折り直してはいけないよ」とだけ伝えてあげたいと思っている。

2020-07-05

私を人間に戻した夢のような一年を思い出した

その一年というのは、高校3年生の時のことだ。

今思い出してもとてもきらきらしていて、本当にあったことなのだろうか、と思うほど素敵な時間だった。

.

私は高2の時にいじめられていた。とはいえ、「いじめ」と聞いて想像しただろうものほど凄惨ものではない。

せいぜい"嘘告"(嘘の告白をすること)の標的になったりとか、単語帳を隠されたりとか、それくらいだ。

それでも当時の私にとっては死にたい毎日だった。

全ての声が自分馬鹿にしている気がして、休み時間には机に突っ伏しながら耳を塞いで流れる血の音を聞いていた。

.

そんな私も、いわゆるいじめアンケート的なものSOSを発信したことで、状況は変わった。2年生のうちはなにも変わらなかったのだが、これがきっかけで私が救われたのは間違いないのだ。

あと、いじめてきたやつらに謝られた気もするが、よく覚えていないなぁ、ということを今思い出した。

前提として、私の学校では2、3年のクラスは変わらず持ち上がりだった。

しかし、恐らくは私の救難信号きっかけで、3年のクラスは変わることになった。

.

新しい環境を与えてもらった私は、自分を変えることにした。いじめられた原因は自分にあると思ったからだ。 

ただ、いじめの原因はいじめてきた奴らにあるし、自分が"悪かった"とも思ってはいない。

しかし、当時の私が弱そうで、暗くて、ひとりぼっちで、抵抗しなさそうで、いじめてもリスクがなさそうなクソゴミ陰キャだったのは事実だったのだ。だから、変わることにした。

.

手本にしたのは自由奔放な友だちだった。人の目を気にする私に「他人ことなんてみんなそこまで気にしてないよ」みたいなことを言ったやつだった。いじめられていたときは「はぁ?」と思ったものだが、これを信じてみることにした。

他人ことなんてみんな気にしてないから、自分卑下しすぎず、相手を信用して"対等に"いることを心がけた。

当時の日記を見たら、

私はもっと自信をまとってすごす!!(目標)

とも書いてあった。

.

そんな感じで、ギャルとか、一軍女子とか、すごい明るい体育会系かにしかけられても、ビビっているのを隠して必死で会話した。

正直なところ、とても怖かったと思う。

変な人だと思われたらどうしよう、キモいって思われるかも、また人に笑われる、そういう気持ちとの戦いだった。

しかし、話してみると彼女たちは私を馬鹿にしないし、

キモいとも思っていないようだった。ちゃん付けで呼んでも不快な顔なんてしなかった。会話を重ねていくと話しかけられる頻度も上がっていった。

.

本当に優しかった。

今でも涙が出そうなくらい、優しい人ばかりだった。

今までもそうだったのかもしれないが、高3で初めて気づいたのだった。

人は意外と優しい。

.

そんな環境で私は、

"クソゴミ陰キャ"

から

"人間"

に戻っていった。

.

自分人間に戻る中で、周りもまた人間だと気づいていったと、今思う。

"ギャル"は「掃除場所が一緒で破天荒なYちゃん」だったし、"一軍女子"は「体操ペアになるお洒落なTちゃん」、"体育会系"は、「席が近くの明るいMちゃん」だった。

.

そこに優劣やカーストなんかなくて、みんな対等だった。そして、クラスメートで、友だちだった。

.

特にMちゃんとの出会いは大きかった。

彼女は"クソゴミ陰キャ"の私にも明るく話しかけてくれて、初めから友達のように接してくれた。その明るさと、多少の強引さが私を引っ張ってくれた。

Mちゃんきっかけで、彼女友達のNちゃん(彼女運動部だった)ともぎこちない会話を積み重ねて仲良くなった。Nちゃんは今でも付き合いがある。

.

部活引退して久しい11月には、私たちは"友達3人組"で、一緒に帰るようになっていった。

休み時間お菓子を交換して、テストしかったね、なんて笑い合った。

日常の中の小さいいろいろなことが、とても嬉しかった。

朝、教室に駆け込めば、「おはよう」と言ってくれる人がいる。

それも1人じゃない。

小学校ときに『挨拶義務』といい感じで半強制的挨拶させられていたが、このとき初めて挨拶価値に気付いた。

挨拶は友だちの確認であり、繋がりが切れないようにする小さなコミュニケーションだと感じた。

.

12月には「1秒でも長く、このクラスでいたい。」と記している。

毎日が本当に幸せだった。死にたいなんて全く思わなくなっていた。本当に眩しい日々だった。

うまく会話できたことが嬉しくて、幸せ気持ちいっぱいで帰った青空の日を思い出す。

きっと他の人には普通のことばかりだったけど、私にとっては全ての出来事宝石のように輝いていた。

.

大学に入り、私はさらに変わろうと思い、自分なりの大学デビューをした。お洒落を一から勉強して、自分なりに陰気を消そうと努力した。入学してすぐ声をかけ、友達を作った。

そのおかげで、毎日楽しい

優しい環境が私を人間にし、そしてそこで出会った人たちから様々なことを学んだからできたことだった。

.

成人式があった。

それに伴って、高校同窓会もあった。

はいかなかった。

いじめてきたやつらに会いたくなかった。同じ空間にも居たくなかった。今の自分が、高校時代自分の顔や態度をするのも嫌だった。

Mちゃんには会いたかったが、辛さが増さった。  

.

高校3年生のあの1年間は、私にとってかけがえのない宝物である

毎日キラキラ輝いていて、大切な思い出ばかりだ。

しかし、その日々はもう戻らない。

この先も同窓会には行かないだろう。

.

私の中だけで、過ごした日々も出会った人たちも永遠になっていく。

思い出は美化され、輝きを増す。

そうしてできた"夢のような時間"を思い出して、今これを書いている。

夢のようだけど、当時の日記見ると本当にあったんだなぁってまた涙が出てしまう。

.

.

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就活、頑張るかぁ。

2020-06-28

anond:20200628064512

それは"オタクのよくある典型的な例の一つ"ではあるが、"全てのオタクに当てはまる例"ではない

まあアニメ漫画ゲーム等を禁止されて、なおかつ山奥の分校みたいに極端に生徒数の少ない学校に通っていたら、

もしくは学校に通えないような状況であったなら、

元増田の言うように

>好きなものが見つからオタクどころか無趣味になってしま

>何にもハマれず、いっつも退屈してる人になる

というのもあり得るだろう

だが現実の多くの例においては、教室アニメゲームの話に興じるクラスメートが居るのだ

「あのゲームどこまでやった?」「〇〇が〇〇で超強え!」「それは〇〇を〇〇して〇〇するんだよ!」

というチンプンカンプンな会話を横でされながら

ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう

ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう

ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう

と心で唱えながら無言で登下校する毎日が続くわけだ

もちろん彼も親に「ゲームがほしい」「アニメが見たい」等の要求を言う

その時に「ごめんね、うちは貧乏から我慢してね」ならまだ子供心に納得する余地があるのだが

あんな下らない物ダメ」「馬鹿になる」という理由では納得できない

ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう

ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう

そいつ一人暮らしを始めて親の抑圧から開放されたらどうなるか……

さよなら青春

夢を見た

中学生の時に単純に好きとも嫌いとも言い切れないクラスメート女の子が夢の中に出てきた。そいつと親密に接する夢だった。別に健全な内容の夢だ。

起きてすぐ、何とも言えない嫌な気分になった。

今までに夢にそいつが出てきた時はあまり何も思わないか、どちらかと言えば嬉しい、と思っていた気がする。

実際にそう思ったことに正しいもくそもないが、何とも言えない嫌な気分になるのは今までで一番正しい気がした。

そういう気分になるということは、自分がいままでずっと何を考えてきたのかようやくだいたいわかった気がした。

 

今までの自分人生で一度も誰にも言わなかったことを書く。

大した話ではないかもしれない。

手紙恋愛地獄

現実の話。

中学生の時ある事件があり、クラスメート女の子が落ち込んでいるか担任からそいつに対して全員それぞれ手紙を書けと言われた。

俺は小学生の時から作文が苦手で毎回「何を書けばいいのかわからない」と思い、書き出すまで相当時間がかかってしまう。(今思うと多分これが自分人生でわかりやすポイントだと思った)

事件は単純な嫌がらせの話で、自分からそいつに言えることはあんまりないと思った。

今まで特別したことないクラスメートの異性だし。

容姿が良くて優秀、でもなんか知らんが中の良い友達1人とだけずっと話しているというイメージのやつだった。

負けるながんばれ!というような力強いことをあまり悩まずに1行書けて担任に預けた。

普段から全然そういう風に言う性格ではないが、単純にそれが一番心に伝わる言葉だと思ったのでそう書いた。

全員から手紙集めた担任が、帰りのホームルームそいつに全員の手紙を渡しホームルームが終了し帰宅した。

そいつがそのまま自分の席で手紙を読んだのか家に帰ってから読んだのかは知らない。

 

翌日から、変わった。

実際にはそこではないのかもしれない。でも俺の感覚ではそこから変わった。

なぜたった1行、それだけでそいつの俺に対する反応がそんなに変わるのかわからなかった。

ドン引きされるかもしれないとも思っていたが、確かにそいつの心に伝えられる謎の自信もあった。

でもそんな…そんなにそいつが変わる、しかもそういう方向の反応になる…そんな俺にとってムシの良いことがあるのか…。

なんで俺にそんなに関心を持っているんだ??

目が合うと負の感情ではないすごいエネルギーが送られてきて顔が赤くなってくる…嫌な気持にはならない。そんな感じだった。

 

他のやつの書いた手紙もっと何行も書いているやつもいたらしい。担任から褒められていたのは他のやつだった。

普通に、他のやつに対しても変わっているのに俺に対してだけ変わった!?気持ちの悪い誤解をしているのかもしれない。

俺は、明らかに違った態度をしてくるそいつ毎日キドキするようになった。

そいつ容姿が良いのでそういう風になって欲しい、という欲望はもともと確かにあったかもしれない。

俺は同年代でも見た目が幼く大人いからか女の子から親切にしてもらえることは比較的多かったが、あくまで親切という感じでそれまで誰かと親しくなることもなかった。

まあ、とにかく嬉しいに決まっている。

だが…

なぜたったそれだけでそいつが変わるのかわから

本当に、心底、

だんだんそいつがとても怖いとも思うようになってしまった。

本当に。

 

俺の一挙一動でまたそいつが何か良い方向にも悪い方向にも変わってしまうかもしれない。

単純に嫌われるのが怖い、だけとも違う。

当時からインターネットで調べることができたので自分が脇見恐怖症と思われるようなものになっていると分かった。

好きな気持ちよりも怖い気持ちの方が上回ってしまうようになっていた。

だれにも相談できずずっとどう接していいのかわからず、

結局何もなく卒業した。

そいつからしたらなぜ俺があんな感じだったのか、嫌われてるのかなんなのか意味が分からなくて苦痛だったと思う。

全部自分の都合の良い狂ったストーカーのような妄想なんじゃないかと思って今までの人生で一度も誰にも話したりしなかった。

というか今思えばどう考えても普通に俺以外にも気に入ってるやつは何人もいただろう。自分がそうであったように。

もう30代だからどう考えても都合よく記憶改ざんしていることは山ほどあるとは思う。

現在

そいつが出てきた夢から覚め、何とも言えない嫌な気分になった後、

その時から現在までの自分を考えた。

ずっと俺は何においても自分が単純に怖がり、ヘタレだと考えていた。

具体的に考えてみたが、おそらく何においても選択を間違えることが異常に怖かったのだと思った。

怒られたくない。文句を言われたくない。恥をかきたくない。

それで家を出た今親とも連絡しなくなってしまった。

日常会話でこれを言ったら空気読めてないんじゃないかと思い発言時間がかかる。

自分の好きなものを正直に友達にも家族にもなかなか言えなかった。

自分の良い面だけ見せたい。自分の悪い面は隠したい。

ネット上ですらうっかり変なこと書いて馬鹿にされるのが怖くて匿名掲示板にもなかなか書きこめない。

就職先、やりたいことがない。必然的に楽で儲かる仕事をしたいと考える。でもどこが良いのかよくわからない。

成功したい。どうにか正解の選択肢を選びたい。

友達も選びたい。恋人も選びたい。でもうまく嘘をついて断ったりとかちょっとでも卑怯なことはバレるのが怖くてほとんどできなかった。

優秀な奴ならできるのかもしれない。でも自分能力ではそんなことはなかなかできない。できない自分を受け入れられない。

他のやつはうまくやれてるように見えるのになぜ自分はうまくやれないのかわからない。

でも初見で正解の選択肢を掴むことが至上命題のように考えてしまう。

負のループ

物事は表裏一体で、頑張ろうと自分だけを厳しく追い込むと必然的他人にも心のどこかで嫌な風に思ってしまう。親切に遊びに誘ってくれる友人にさえも。

どこかで自分を許さないと他人も許せない。

それでは人はついて来ない。だからずっと俺は孤独なんだ。

ようやく自分と向き合えた気がする。

でも気がするだけで合っているかは多分一生わからないしそう簡単には変われない。 

 

これから

あれから同窓会かにも全く行っていない。学生時代の誰にも会いたくなかった。嫌だった。

俺の連絡先をクラスメート誰も知らない。でも実家に連絡があったという話も聞かないのでそもそもハブられてるのかもしれない。

ただクラスメート全員に会ってみたい気持ちが少し出た。

理由。年々知っている有名人が死んでいくから。30代とかで若くして突然死ぬ有名人もいたから。自分も嫌になって全部投げ出そうかとかたまに漠然と思うから友達がいないから。結婚してないから。糞だと思う。こんな30代になりたくなかった。

あいつに会ったとして何事もないようにふるまうべきなのか、何もかも正直に話して謝るのかまだよくわからない。

ただ、会ったとしてもも別にかになっていると思う。

俺は論理的に「卒業してクラスメートの誰かが結婚してようが何してようが別に同一人物だろう。同じ名前人間なんだから。」と、ずっとそう思っていた。

でも一緒に過ごした3年間とかの時間よりも、何倍もの時間自分とは別のところで既に過ごしている以上、それはもうほぼほぼ別の人間に入れ替わっているようなものだろうと気付いた。

みんな毎日色んなものを食べ想像もつかないくらい膨大な量の身体組織が入れ替わり、色んな経験をしている。

懐かしい話ができるかもしれない。ウマが合うかもしれない。でも、それを話す人はもう別の人間だ。あの頃の俺もあいももういない。

 

それが分かっている奴は卒業式で泣くんだろうと思った。

卒業式、人生で俺は一回も泣かなかった。

小中高、俺のクラスのやつらも大体が泣いていなかった。

そういえば、なぜ俺のクラスのやつらは卒業式であまり泣かないんだろう、とずっと前から心に引っかかっていた。

 

 

おわり

しかしたら自分のような人がいるかもしれないと思い、書いた。

俺が誰かに相談できたり、同じような共感できる人がいたらもっと早く何か変われたかもしれない。そう思ったので書いた。

俺は去年頃からから好きだったミュージシャンかにようやくメッセージ送ったりできるようになった。

2020-06-10

anond:20200610123913

今そういう話はしてないですから

あいつが小5男子一般の話をしてるのかあいつのクラスメートの話してるのか聞いてるの

anond:20200610122618

男子児童(小5)くらいなら精通済んでる

これを男子児童(小5)一般でなくてお前の元クラスメートの話と思う方がおかしいやろ

2020-05-18

AV女優を崇拝する意味

こんにちはクリスチャン・スレーターです。嘘です。

 

今こんなブクマホッテントリに入っています

<約1万作品アダルトビデオ 申請受けて販売停止などの対応 | NHKニュース

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20200517/k10012434031000.html

現時点のトップコメントはこれ↓

id:erayuuki とても良いことだと思う。その上でアダルト産業地位向上はもっとされて良い。興奮してシコっときながら自分より下と見下すって何様だよ。私なんかもう崇めてるよ

↓似た感じのコメントでこんなものもあります

id:poliphilus よいこと。が、地位向上はどうかな。人目憚るような職業からこその高額ギャラ、という側面もある。個人的には女神とも天使とも崇め奉らせていただいております

私はこれらのコメントに強い共感をおぼえます

 

一方で、こうしたブコメに対してカウンターコメントも寄せられています

id:etaoinshrdlu 私もセックスワーカーを「尊敬してる」とか「崇拝してる」とか言う人は眉唾だなあ差別意識が裏返っただけの場合も少なくない。岡村風俗愛好者みたいな顔して「嬢と結婚はしたくない」とか言ってたようだし。

id:triceratoppo これはいい事。ただブコメ地位向上とか崇めてるとか言ってる偽善バカがいるけど、じゃあ自分の娘がやるってなった時に心から応援出来るか?風俗もそうだけど、結局表面上だけ変えても根本解決じゃないんだよ。

さて。

差別意識がどのように裏返れば崇拝に変化するのか皆目見当がつきませんが、ともかく日本には信教の自由内心の自由があるので誰がどんな対象を崇拝しようと人の勝手だと思います

それは置いといて、AVファンAV嬢を崇拝するのにはそれなりに合理的理由があります。その崇拝行為偽善でもなんでもなく、もっと実利的な側面からAVファン自発的に編み出した戦略ひとつだということを知ってほしい。

 

AVファン今日オナニーをより気持ち良くするために様々な工夫をこらします。それは例えば打線であるとか道具であるとか、工夫の内容は人によって様々だと思いますが、対象AV嬢に対する心的ポジションも、より高い刺激と興奮を得るのに重要役割を果たします。

ありていに言えば、AV嬢を崇拝していたほうがオナニー気持ちいいのです。

思春期以上の男性ならほとんど誰でも、クラス一のかわい子ちゃんや大好きなアイドル歌手をオナペットしたことがあるでしょう。それは、名前も知らないAV嬢(人前で服を脱ぐのが仕事赤の他人)よりも、服を脱ぐなんてとんでもない立場で、人となりをよく知っていて親近感があり、心の奥底から神聖視している人をオカズにしたほうがずっと興奮するからです。

しかし、クラスメートや人気アイドルは実際には服を脱いでくれません。脱いだとしたら大変なことです。かつて「ヘアヌードブーム」というものがあり、人気芸能人がこぞってヘアヌード写真集出版した時期があったことを覚えておいでの殿方もおられるでしょう。あれは大事件でした。宮沢りえサンタフェ」や菅野美穂「nudity」で世の男達は幾千億の精を花と散らしたのですが、そのような出来事はとても稀です。

 

ならばAV嬢を崇拝してしまえ、というのが先に述べた「AVファン自発的に編み出した戦略」です。

もし、推しAV嬢にとことん肩入れしてクラス一のかわい子ちゃんや大好きなアイドル歌手と変わらぬほどの崇拝をそのAV嬢に対して抱けたならば、画面の中で起こっているのは「服を脱ぐなんてとんでもない神聖女性が行う性行為」となります

まりこれは高度な見立て問題なのです。

画面内で行為に及ぶAV嬢を「神聖存在」と完全に信じ込むことができる、そんな選ばれし者にだけ与えられる特別快感があるのです。

2020-04-15

新コロ対策プランB:全寮制感染学校

新型コロナが今後何年にもわたって感染拡大することになる。ひょっとすると10単位かもしれない。経済社会文化に与える影響は計り知れないが、もっと深刻な影響を受けるのがこどもの世代だ。こどもにとって数年の教育、心と体を育てる時間を失うことはあまりに損失が大きいはずだ。

こどもは新コロに感染しても重篤リスクが低いのに、ウイルスキャリアになって高齢者感染させてしまうから集団最適な行動としてstay home余儀なくされている。かわいそうだし、将来の社会を担うにあたって体力知力が十分に育まれないとしたら、それは結局集団でみても最適になっていないはずだ。

ワクチン特効薬発明には期待しているが、確実ではない。開発が長く続いてしまった時のためのプランBが必要だ。

そこで子供だけをあつめて共同生活し、積極的に新コロに感染させよう、という戦略有効になるだろう。

全寮制感染学校サナトリウムだ。

感染者、発症者がいるその施設で、子供たちは半年~1年程度暮らしてもらう。感染者がいるが、特に防護をせずに子供たちにお手伝い(学校掃除だ)をさせる。すると高い確率感染する。多くの場合発症しないか軽い症状で済む。もちろん、まれ重症化するので医療施設も併設する。回復した子供家族の元に戻すでも良いかもしれないが、発症しなかったがために免疫があるかわからないケースが多いだろうから、とりあえず一律1年間とか一定期間で生活してもらう方が良いだろう。中学生ぐらいの年齢以上なら全寮制の学校に入ることも珍しくないし、一定期間クラスメートが維持されるし、現行の教育制度とも干渉しない。

感染サナトリウムには、すでに免疫を獲得した(と期待される)大人たちが働いている。医療関係教職員食堂や宿舎の管理者家族とは会うのが難しくなるけれど、仮に脱落して自宅に帰っても、親子で2週間家から出なければ問題ない。

その結果、こどもたちの多くは免疫を獲得する。集団免疫状態になるので、その後に社会に戻ってももはやstay homeする必要がなくなる。ウイルスキャリアとなって大人高齢者を脅かすことはないからだ。学校でこどもが3密で暮らしてもほとんどリスクがない。

新型コロナウイルス感染者が新たに感染させる人数は平均2~3人であるらしい。ここから計算される集団免疫として必要な人数は人口の6割程度である。ある学年で必ず感染学校暮らしていく方針をとれば、数十年で集団免疫が獲得できることになる。

こんな人体実験のようなことを日本が行うとは考えられないけれど、それが可能政治体制だったり、あるいは貧しくて医療制度が維持できない国では現実的対策になるだろう。

2020-04-08

アニメ感想

2020冬

アニメ感想

39本中14本選抜

 

 

2020-03-23

anond:20200323104757

はてな学生時代クラスメートの前でウケ狙った発言することを一切許されなかったユーモア障害者が多いから、そういう馴れ合いかにブックマークたくさんつく。あとダジャレとか。

ユーモアに関する障害の重さは市民劇団とか人権団体に近い。寒いのに躊躇いがない。

2020-03-05

責任ある自由責任なき不自由

長所短所は表裏一体というが、自由というのも長所短所が表裏一体だと最近分かってきた。

俺は大学に入って自由に過ごしていたが、そのうちこれは自分ゲーム環境を構築しなければいけないのだという感じである人間関係なんか自由に誰とでも付き合えるが、逆に言えば自分から動かないと築けないわけで、勉強とか運動とかも自分管理しないといけない。自分含め高校に戻りたいとか思っている大学生は、その辺の管理ができないんだろうなって思う。

高校までは教室があってクラスメートがあって、なんとなく部活に入らなくてはいけない雰囲気があって、やるべき勉強があって、と色々お膳立てをしてもらったので、自分で考えなくても脳死して努力していればそれなりの結果を出すことができた。だけど大学ではまずクラスなんてないから、自分から人間関係を築いて行かなくてはならない。こいつは合わないと思ってすぐ切ることもできるが、後からめんどくさいことになっても自己責任である怠惰に過ごしてもいいかもしれないが留年自己責任。何してもいいが自分でケツは拭えということで

結構システム的に社会主義から資本主義に変わるくらいの感じがある。実際資本主義社会に出るわけだけど、教育制度平等を重視しすぎて社会主義に寄りすぎていたのかもしれない。

2020-02-26

高校生ですが全く接点の無いクラスメートから好意を伝えられたら一応付き合いますか?友達になりますか?振りますか?

私は女で相手は男ですが男っぽくなくてなんか肌が白いくて好きになれそうもありません

2020-02-24

誰でも100%出世する方法

誰でも100%出世する方法

先日、連休を利用してネットカフェに2泊したので、

ヤング 島耕作」「係長 島耕作」「社長 島耕作」「怪鳥 島耕作

読破してしまった。

そのころ、コロナウイルス流行ってきたので、Wikipedia中国関係記事を目にすることが増えたが、たまたま主席の「胡錦涛氏」の記事が目についた。

胡錦濤 - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/胡錦濤

ここにおいて、はからずも「島耕作」と「胡錦涛」の共通点を見出すこととなった。

そして「誰でも100%出世する方法」を見つけたので報告したい。

ちなみに私は10年ほどサラリーマン経験したが、

現在テクノロジー系の小規模事業主で、組織における出世とは無縁である

「外部」視点から分析として、ご参考にされたい。

島耕作胡錦涛共通点1:好かれる>

とにかく二人は「好印象を持たれる」ことが多い。

島耕作

女性と同僚、そして部下に好かれることが多い。

上司不正をした場合は反発することもあるが、基本的正義感が強く、言動が首尾一貫しているため、最終的には認められるパターんが多い。

・本人は「運がよかっただけさ」というが、明らかに他人に好かれる能力を持っている。

胡錦涛

Wikipedia抜粋

・このころの胡錦濤は、上司たちとの人間関係会社での評判も良好であり、このままでいけば将来の昇進が期待されていた。

・かつてインフラ整備の建設工事を宋平が視察した際にその案内役を務めたのが胡錦濤であり、宋平は胡錦濤に対して好印象を抱いたという。

・鄧楠は胡錦濤に良い印象を持ち、そのことを父・鄧小平に報告している。

島耕作胡錦涛共通点2:まじめ>

当たり前だが、仕事・勤務態度がまじめであることは出世において必須である

ただし、普通の真面目ではだめで、「上司が感心するくらい真面目」なのがいい。

島耕作

・庭課長今野係長というねちっこいキャラによって、不当な残業させられたり、正月出勤させられる。

・ただし島耕作仕事を愛しているので、それすら受け入れる。家族犠牲になったようだ。(バツ1)

専務時代から、万亀社長(のちに会長)と二人三脚初芝経営を行う。万亀の不倫問題なども、私物マンションを引き継ぐなどして従順対応した。

・50年近く、一貫して会社人生をささげている。

胡錦涛

Wikipedia抜粋

・張延青は胡錦濤半年間観察したのち、勤務態度がまじめで、上司に忠実で、同僚の評判もよい胡錦濤を、主任の単国棟に推薦し、

島耕作胡錦涛共通点3:さわやか>

さわやかというのは非常に概念であるが、けっきょく印象とはそうしたものだろう。

島耕作

係長時代から、数十個のバレンタインチョコをもらっている。それには一度出張しただけの地方営業所女子社員もふくまれる。

・ワイロや私服を肥やすことにまったく興味がない。このことが見た目や行動の清廉さに寄与しているのではないか

胡錦涛

Wikipedia抜粋

胡錦濤次長に昇進したのちも以前と変わらず仕事に精を出し、勤務時間を守り、同僚に愛想がよく、さわやかではきはきとした仕事ぶりで、中間管理職となったことを鼻にかけるような態度は少しも見せなかった

島耕作胡錦涛共通点4:公平さ・無私さ>

管理職にとって、公平さ・無私さというのは必須である

従業員バカではないので、上司の考えていることは手に取るようにわかっている。

たとえば、経営者が高級なスポーツカーを買ったりして見せびらかすのは愚の骨頂である

島耕作

・「俺にはこだわりがない」と本人も言っている通り、彼は自分欲望のために何かをすることがない。基本的他人が喜ぶことを無意識継続しているだけである。それで従業員数十万人の会長上り詰めた。

子供時代から貧乏な友人に片方のクツを貸してあげたりするエピソードがある。

胡錦涛

Wikipedia抜粋

・級長に選ばれた3年生のときには、「政治的自覚が強く、クラスメートをよくまとめ、各種の学習および学外活動自主的におこなった。まじめに学習し、率直な性格のもち主で、責任感が強く、何事も積極的かつ公平に進めるタイプである」と書かれている

・胡は、党総書記国家主席として最高権力者地位にあった江沢民後継者と見做されていたが、胡は自身でなく江沢民が注目されるように注意を払っていた。

島耕作胡錦涛共通点5:仕事以外の魅力>

「彼は仕事だけはできるが、人間性がない」「何を考えているかよくわからない」

こうした人は要注意である事務能力があっても出世しないタイプだ。

もし出世したいのなら、仕事以外のプラスアルファで、なんらかの人間的魅力を見せるべきである

島耕作

・めっぽう酒につよく、銀座クラブではママに「酔っても周りをしっかり見れている」と褒められている。

基本的に酒の誘いを断らない。酒の場では、それなりにふざけたり自分を崩すことができる。

ゴルフはアンダー40(だっけ?)で、かなり上手い。

胡錦涛

Wikipedia抜粋

同級生の回想によると、胡は歌とダンスが上手で、キャンパスで注目される存在であったという。

学生たちの唯一の楽しみとして、週末のダンスパーティーへの参加があり、踊れる者もそうでない者も、土曜日の夜になると学生クラブに集まった。ダンスに秀でていた胡錦濤は常にパーティーの主役であり、女子学生たちから王子様のように見られていた。

ざっくりと島耕作胡錦涛氏の共通点をまとめたが、

一貫しているものは「仕事への情熱」「真摯さ」「無私公平さ」のようである

とくに胡錦涛氏は「これといって目立つ特徴がないのが胡錦濤の最大の特徴」との評価があるが、まったく島耕作もそうである

といっても、中身がからっぽであるという意味ではない。本人には強い意志理念があり、それは自分の「個人的欲求」と直結していないだけである

まり自分意志企業(における他者)の意志と一致しているということである

これは企業における経営者・管理職に求められる素質であることは疑いがない。

お金権力を得たら高級な家を建てたり、車を買ったりするような人間は、個人意志を優先してしまうので、けっきょくそこまで上り詰めることがない。

中国という国の統治組織意識したことはこれまでなかったが、非常にサラリーマン出世構造に似ていて面白かった。

そうしてみると、胡錦涛氏に限らず、多くの中国官僚の中に島耕作がいることだろう。

あなたが100%出世する方法

1.社内のすべての人に好かれること。敵を作らないこと。

2.上司が驚くレベルでの「普通をこえた」真面目さを見せること。

3.常に笑顔でさわやかであること。女性からの印象がいいことが重要である

4.こだわらないこと。上司には従順であり、部下には自由に任せること。

5.アフター5の付き合いを得意とし、楽しむこと。

この5つを実践できれば、100%会社の中で上り詰めることができるだろう。

実際に取締役以上になっている人を見つけて、聞いてみるとよい。

ほぼこれらを実践しているはずである

そして彼らは1~5までを自分の心から欲求と一致させているのである

もしマイホームを買って車を買うことが心の欲求だったのであれば、部長まりである

最後に、この5点を実践するうえで重要なのは、体力である

健康管理に気を付けて頂くことがすべての基礎であると申し添えたい。

2020-02-04

私が中学生なぞといふ職についていた時、放課後教室クラスメートと会話に興じて行く中、一人二人と抜けていき、気が付けば私と女子の二人きりとなっていた。普段気兼ねなしに話す間柄なのに、この状況を意識し出し、会話も途切れ途切れとなる。沈黙の中でふと気づくと、彼女リップテックを唇に塗っていた。それはメンソレータムか何かでお洒落でもなくありふれていたものだけど、当時の私には妙に艶かしく映り、じっと見つめてしまった。そして、ふと彼女と目が合う。私がしまった、と思う間もなく「使う?」と彼女から。私は無言でゆっくりと頷いた。そして手に預けられたそれを口に近づける。高鳴る鼓動とともに頭をよぎる違和感。手を止めて一瞥すると、それは、その違和感は、スティックのりだった。

2020-01-26

anond:20200126120120

ゴブスレ主人公イケメンでした、は結構がっかりしたな。なぜ凡庸な顔ということにしなかったのか。

ラノベいかヒロイン美少女であるかを述べるページは本当に気持ち悪い。この美少女主人公に惚れるんですぜーって感じで。

マンガに関してはあまり言及されることは少ない気がする。されても絵が主題なのであんま気にならないんだよな。文章で来られるとキツイ

それでも町は廻っているクラスメートリアル描写したこと相対的ヒロイン美少女と言わざるを得なくなったのは悩ましいものを感じた。

2020-01-07

電話痴漢(?)に遭っただけの話

痴漢の話見るたびに思い出す昔の話。

昔まだ固定電話一般的で、学校連絡網ってプリントに学年・クラスクラスメートの名前電話番号がズラッと載ってた時代

今にして思えば、これがどこかから漏れたのかな?

小学四年生だった私に、ローカルテレビ局名前電話がかかってきた。

電話を受けた祖母は「いじめについての電話アンケートだって」と私に受話器を渡してきた。

増田○○子さんですか?」と言われ、ハイと答えた。

いじめについてどう思いますか?」これには、よくないと思います と答えたと思う。

ここからどうにもおかしくなった。「お風呂は一人で入りますか?」「お母さんとお風呂に入る?」

そしてこうだ。「お母さんのおしっこする部分見たことある?」


私は母を早くに亡くしていて、父・弟・父方の祖父母暮らしていた。

母が亡くなったのは私が5歳のときなので、一緒に風呂には入ったことはあると思うが勿論記憶にない。

常日頃からはいけません!と厳しく教えられていたけど、記憶にないものを「ある」として話していいのか私にはわからなかった。

からなかったので、無言で祖母電話を渡してしまったのである


翌日、地元テレビ局を名乗った電話に注意!と先生がみんなに話したので「あっ!あれか!」と思っていたけど

今思うと祖母学校に連絡したんだろうな。あれか!ではない。私のことだよ!


私の家が特殊だったので、被害はあってなかたようなものでよかったなーと今は思っている。

今も、お子さんがいらっしゃるご家庭は固定電話引いてる方が多いのかな?

少なければ、私のようなクソ電話を受ける子はガクッと減ってるだろう。そうであってほしいな。

と、いう、ただそれだけの話でした。

2019-12-16

[] #81-12AIムール」

≪ 前

担当者と話したいなら、内線で呼ぼう」

ムカイさんを宥めながら、俺はクラスメートタイナイに目配せをした。

「あ……ああ、分かった。呼んでくるよ」

しかし、タイナイが内線に向かおうとしたとき、近くにいたアンドロイドのエーゼロワン作業の手を止めた。

どこかに移動しようとしているが、あっちは充電所じゃない。

今まで見たことない挙動だ。

「ブザーを鳴らすつもりだ! 警備ロボを呼ばれるぞ」

どうやら俺たちとムカイさんの動きを、異常事態だと感知したらしい。

出来る限り穏当にいこうって時に、そんなことされたら話がこじれる。

「ウサク止めるんだ! タカ派の力を見せてやれ!」

タカ派じゃないし、貴様タカ派をなんだと思って……まあ、その話は後にしよう」

ウサクは渋々といった具合に、エーゼロワンの前に立ち塞がった。

「エーゼロワン、異常はないか

はい、エーゼロワン、異常ありません」

いつものように質問をすると、エーゼロワンは動きを止めて応答した。

それが終えると再び動き出そうとするが、同じ質問をする度に律儀に動きを止める。

「エーゼロワン、異常はないか

はい、エーゼロワン、異常ありません」

これで時間稼ぎができると思った束の間、今度は監視ロボットがこっちに向かってきている。

「わー! 見て見て~!」

それにいち早く気づいたカジマは、監視ロボットの前で不自然におどけて見せた。

ロボットはそれを避けようと順路を変えるが、カジマは反復横とびでひたすら妨害し続ける。

些か強引だが効果的な方法だ。

「オマエラ……そこまでして戦うのが嫌なのか」

その様子にムカイさんは少し呆れているようだったが、おかげで冷静さを取り戻したようだ。

「戦うことに意味があるのは否定しないさ。でもムカイさんだって、戦うこと自体は好きじゃないだろ?」

そうじゃなかったら、“戦わない理由”を自らプログラムしたりしないだろう。

「それでも戦う必要があるのなら、暴れるんじゃなくてスマートに行こうぜ」

「ふっ、スマートか……オマエたちの慌てぶりを見ていると、確かに説得力があるな」

うん?

もしかして今の皮肉で言ったのか。


しばらくすると、あの担当者部署にやってきた。

「『とりあえず来てくれ』とだけ言われましたが、何かありましたか

俺たちはムカイさんと担当者の間に入ると、その旨を伝えた。

「つまりこちらのムカイさんが、ご自身への待遇が不当だと……おっしゃるので?」

これまで淡々とした調子を崩さなかった担当者が、ここにきて初めて眉をひそめた。

機械労働に異議を申し立てるなんて前代未聞だから困惑するのも無理はないが。

だが、だからといって俺たちの理屈が通らないわけじゃない。

「『256』に、ちゃんと支払っているのですが……」

「それってムカイさんに対する報酬じゃないっすよ」

「充電はしています。あと、メンテナンスも」

「それって一定額までなら無料食堂と、健康診断がついているようなものだろ」

「つまりヒトでいうなら福利厚生範疇だ。仮に報酬だとしても、対価に見合っているとは思えないが」

そもそも、ワレは充電しかしてもらってないぞ」

規格外の機体ですからメンテナンスするとコンプライアンス違反になりますので」

コンプライアンスを遵守するなら、それこそムカイさんに対する扱いが不当だろって話をしているんだ」

「ヒト相手にやったら完全にクロ。労基違反だ」

「いや、しかし彼は……」

俺たちが詰問するたび、担当者の顔がどんどん険しくなっていく。

困惑嫌悪が入り混じったような、何ともいえない表情をしていた。

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いじめ担任に晒された話

小学校のことだ。担任が急に学級会でプリントを配って「何か学校で嫌なことがあったら書きなさい」と言った。

当時下の学年の子たちが集団でガーっと乱暴してきてて嫌だった(流石に集団でこられたら負けるよね)し、いじめなのかと思いそれを書いた。

担任が「おいxx(俺の名前)」

とみんなのプリントを集めてペラペラとめくりながら声をかけてきた。

「お前はxxxx(完全なる音読)って書いてるけど、下級生だろこれ、いじめだっていうのか?」

クラスのみんなは俺を見た。「おいおだらしねーな」と茶化す悪ガキ。

俺は答えた「本当にやなんです」恥ずかしい、心拍数が上がる、逃げ出したい。

担任は俺を睨んで事務的に繰り返した

「これ本当にいじめだと思うのか?」

俺は「、、、違うと思います」そう言わざるを得なかった。

担任は「そうだよな」とだけ言って全てのプリントに目を通した。

これが自分の悩みを担任に届けた上に晒されて同調圧力の故に自ら言ったことをねじ曲げさせられた記憶だ。だけど、嫌なもんは嫌だった、本当にやめてほしくてなにか助けてほしかった。だけど、「嫌なことを嫌じゃないことにすることの強制」を経験しただけで終わった。

先日クラスいじめについての紙をクラスに張り出した担任がいたが、何十年も経ってるのにいまだに変わってないことに驚いた。

それ以上に驚いたのはこの時の記憶が驚くほど鮮明に蘇ったことだ。

いじめクラス晒す奴に言いたいが、お前がやったこと、やられた子供は何十年でも鮮明に覚えてるし、苦しむからな。

ちなみに、書いたことを全クラスメイトの前で音読されたのは俺だけだった。正直行ってあれが何だったのかよくわからない。他のクラスメートは一様に口を揃えて「問題ありません」とか書いたんだろうか。ないわけ無いだろ。ひどい苛めにあっていた女子がいたの知ってるぞ。

2019-12-15

[] #81-11AIムール」

≪ 前

AIムール』は社内の事業機械ほとんど担っている。

からトラブルが発生した場合、その原因と是非は機械に求められるだろう。

ひとつ機械が起こした問題だとしても、人々は同社の製品全てに不信感を抱く。

それを解消するために全ての機械を作り直す、なんてのは大きな損失だ。

再発防止の強化にしたって新たなコストが発生するし、作業効率性も落とす。

リスクヘッジのために、そこまでやるのは割に合わない。

ましてや、『AIムール』は出来立ての企業だ。

この会社を作るだけでも莫大な金がかかっているだろうし、できれば余計な出費は避けたいはず。

そのためには“最小限の犠牲”が必要だ。

「つまりトカゲの尻尾切り”さ」

いや、この場合は“スケープゴート”といったほうが正しいか

からさまに尻尾の形をしていては逃げられない

スペアの頭”が必要だ。

「そのためにワレを“リーダー”に……“名ばかりの重役”にしたというわけか」

規格外派遣アンドロイドであるムカイさんは、『AIムール』にとっては都合がいい存在だろう。

派遣させた『256』にとっても、今は亡きメーカー中古品管理しているだけ。

あわよくば処分したい位に考えているのかもしれない。


「うへえ、えげつな~」

酷いやり口に、しばらく沈黙していたクラスメートたちも思わず声を洩らした。

だが、それを最も酷いと感じているのは、当事者のムカイさんに他ならない。

「ヤツラめ、どこまでコケにすれば気が済むのだ!」

ムカイさんは声を荒げ、勢い良く立ち上がった。

表情こそ変わらないが、そこから読み取れるものは難しくない。

次に繋がる行動も、誰の目から見ても明らかだった。

タントウシャはどこだ! ワレをリーダーに任命した、あのタントウシャだ!」

そう言葉を繰り返しながら、ギシギシと音を立てて歩き出す。

今にも暴れだしそうな勢いだった。

ムカイさんは“戦わない理由”をプログラムすることで、戦闘行動を自主的に抑えている。

言い換えると、“戦う理由”があれば歯止めがきかないってことだ。

「ど、どうしよう、マスダ」

このままムカイさんを行かせるのはマズい。

いくら武装解除しているとはいえ本来スペック戦闘用のそれだ。

その気になれば、この会社なんてひとたまりもないだろう。

「マスダの母さんを呼ぼう! 昔はムカイさんとよく喧嘩してたって聞いたぞ」

「それだ! 彼女なら止められる」

クラスメートたちはよほど混乱しているらしく、とんでもないことを提案してくる。

うちの母を荒事に介入させようとするなよ。

バカなことを言うな。そんなことしたら、なおさら収拾がつかなくなるだろ」

そりゃあ、母ならムカイさんを止められるだろうが、それはあくまで“物理的な仲裁”だ。

それでは大事になるし、みんなも無事じゃあ済まない。

血もオイルも流させないことが肝要だ。

「ムカイさん、ちょっと待ってくれ」

俺は回り込んで、ムカイさんの進行を遮った。

「マスダ! ワレに命令する気か!?

「違う、これはお願いだ。ひとまず座ってくれ」

ムカイさんとは家族ぐるみの近所付き合いだ。

母とは和解したし、弟はムカイさんのことを気に入っている。

こんなことで斜向かい空き家を作りたくはない。

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