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はてなキーワード: モラトリアムとは

2021-05-10

自分が有能とか無能かに拘るのは若くて人生に対して余裕ぶっこいてるモラトリアムなだけ

段々年とってくると、有能だろうが無能だろうが、人生に対して自分意味見出して全うしていく以外の選択肢がないことに気づくので、

有能とか無能とかどうでもよくなる

2021-05-03

奨学金

金持ちの家に生まれればなんの問題もなく大学に通えるのに

貧乏な家に生まれ学生借金背負わなきゃ大学にいけないという格差是正されるべき

というか、大学学費なんて月1万円くらいにしろとか思ってるけど

一方で、みんながみんな大学に行く必要もないだろうとも思ってて

大抵は良い会社就職するために進学するんだろうけど(あるいはモラトリアム謳歌とか?)

でも、会社必要となる知識技能は、大学に通わないと得られないものなんだろうかって話で

研究開発とか法務とか、よくわからんけど大学くらい出てないとお話にならない職種もあるだろうけど

そうでもないのもたくさんあるだろうし

から企業は成績優秀な高校生大学へ行く前に採用して、今の大卒者と同じくらいの給料やるとか

そういうのやってくれれば助かるんだけどなあ

とかなんとか、こういうのは別にダブルスタンダードでもないだろう

2021-04-17

学校に行く意味について思うところを書いておこう

ゆたぼんとかいう子が学校に行く必要がないとか言ってて、

それに対する反論が、学力とか友達とかそんなのばっか目に付くんで、小学校中学校に行く意味はそうじゃないと言っておく。

学校ってのは、自分がどうなりたいのか、どうなって行くべきなのか知るために行く場所だ。

学校という集団の中で、色々な子を見て、その成功も失敗も挑戦も振る舞いも見て、何をすればどうなるのか、どういう振る舞いがどういう結果につながるのか。

どういう振る舞いが評価され、どういう振る舞いがけなされるのか、どういう子に人気があり、どういう子に人気がないのか。

何をしたらいい結果につながるのか、何をしたら悪い結果につながるのか。

何をしたら誇りになるのか、何をしたら恥をかくのか。

他人をまとめるとはどういう事か、集団の中ではどの程度まで勝手が許されるのか。

自分が何に優れていて、何に優れていないのか。

自分一人だけでなく、周囲の同学年や他学年の子達、同じ部活や違う部活の子達も見て、色々試行錯誤する場所だ。

優れた子とも劣った子とも交わって、他者との距離感の取り方や、自分を演じる事を学ぶんだ。

人生の恥の半分以上は、小中学校のうちにかくんだ。

そうすることでバランス感覚や、信用できる人や信用できない人への嗅覚を養い、その後の人生で致命的な事態を避けて上手く恥をかけるようになる。

それは、学校に行けない海外難民ストリートキッズみたいな子達であっても、同年代の子たちと同じ時間を過ごす事で身につける事ができる、社会生存するための最低限の教養と言っていい。

学校に行かず同年代の子たちと恥をかいたりかかせたりという事をしないまま齢を重ねるのは、

その教養を身につけないまま失敗できるモラトリアムの期間を失って社会に放り出される事を意味する、本当に危険な事だ。

彼の周囲にいるのは、すでにそれらの修羅場を潜り抜けて、社会生存するための最低限のバランス感覚距離感を身に着けた人たちばかりだ。

たまにネット炎上する人はいても、死なずに済ませるための基本的対処法はみんな知っている。

逆に言うと、彼の周囲では「やらかすとまずい事」「どうやったらうまくいき、どうやったらうまくいかいか」「何をやったら褒められ、何をやったら叱られるのか」を体当たりで見せてくれる子たちはいないのだ。

おそらく、彼はこのままだとその辺のバランス感覚が欠如した、ネット上でしか通用しない引きこもりのような存在になってしまうだろう。

学校に行かなくても良いけど、同年代の子たちと過ごす時間を失うのは、大変危険な事だと認識するべきだ。

茂木健一郎氏とか、日本学校教育の内容に一家言あるらしくて学校教育批判文脈で彼を擁護してる人もいるようだけど、

そういった人たちは、自分たちが小中学校で得たものが本当に学力だけなのか、小中学校に行ってなかったら自分はどんな人間に育っていたと思うのか、その辺を考えて言ってるのだろうか?

ゆたぼんという子は、周りの子たちがロボットに見えると言ったそうだが、なぜロボットのように見えるのかちょっと立ち止まって考えてみたらどうだろうか?

それは、外国人がみんな同じような顔に見えるのと同じで、もう「差異を感じ取ることができないほど異質な存在になってしまたから」そう見えるんじゃないのか?

ロボットに見えるというのなら、なぜその子達がロボットに見えるような振る舞いをしているのか、それを考えたのだろうか?

あなた擁護してる人たちは、みんな学校に通ったうえで、その齢まで生き抜いて名を遂げてきた人たちだぞ。彼らはロボットに見えるのか?

なんか学校に行ってない期間が長すぎて、もう立て直しようがないんじゃないかという気がしないでもないけど、

どこか同年代の子供たちと一緒になって、彼らを自分の鏡としながらバランス感覚を養う場所を持った方がいいんじゃないかと思う。

2021-04-16

anond:20210415205228

職業訓練高等学校とか、基礎教養課程とか適当モラトリアム機関を作ったらええのでは?

   ← それって正に今の大学じゃんw

今は大学医学部になっているところの多くは、以前は専門学校と呼ばれていたんだよ。(旧制医学専門学校

他にも今は農学部になっているところが以前は高等農林学校だったり農林専門学校だったり。

anond:20210415194726

大学モラトリアムだよ。

モラトリアムとは支払猶予からきた心理学用語だよ。

養育費社会に返さなくていい時間学費で買えるところだよ。

 

日本コンテンツ大国教育大国である

そこで0歳から育つと「正義属性」で「平等大好き」な「全体主義者」で30歳くらいまでいってしま

他人を出し抜いてでも金を稼ぐ」「個人主義」「個性を生かして自分だけの楽しみを見出す」「自由恋愛」という人間がなかなか育たない(実際はそれらも悪属性ではないのに悪属性とみなされる)。

ある程度まではそれも必要であって、犯罪率低下、識字率向上、健康文化的生活ができるなどの美点がある。

高校で十分全体主義をまなんだあと個人主義のほうがいいときづいて学歴社会から飛び出せるやつはいい。そのままほっとけ。

だが大学は未熟な人間にとっての「他人を出し抜いてでも金を稼ぐ(アルバイトしてみる)」「個人主義他人と違う講義をとる)」「個性を生かして自分だけの楽しみを見出す(サークル活動)」「自由恋愛」を大したペナルティなく試行できる最後のチャンス。

特に日本人は体が未成熟なまま成人を迎える人もおおい(ネオテニー傾向)。

そういった人は大学でしっかり大人になるのをまってから社会にでないといけない。

研究機関としてももちろん機能するが、人間研究者としてまともに使い物になるのは30くらいから。

からドクターコース博士課程)なども儲けられてるんだよ。

2021-04-15

anond:20210415194726

俺がいつも言ってんじゃん。500歩譲って早慶以下の大学はいらん。旧帝だけでもいいくらい。

高卒教養足りんってのはわからんことはないので、職業訓練高等学校とか、基礎教養課程とか適当モラトリアム機関を作ったらええのでは?

2021-04-14

ウイルス一つで人生干渉してこないで欲しい。

増田は今年大学生になった。

過去50年間を遡って考えても大学というものからこれほど遠い年代は無いと思う。

増田は今のところ毎日大学に通えているが、某友人は一週間に一回しか通えていないらしい。先輩は二回生になったのにも関わらずサークルに何も参加していないと語っていた。先輩のような存在はこのご時世稀では無い。

今日大阪で千人近い感染者が出たと叔母からLINEが来た。

増田大学も去年のように全面オンラインに切り替わるかもしれない。

モラトリアム

その言葉の意義を考えさせられる。

全面オンラインでの授業、サークル活動の対面禁止要請飲食業時短要請によるバイトへの影響、減らない授業料

支払猶予は四年間の拘束に成り代わるかもしれない。

コロナコロナコロナコロナ

何が自粛だよ。なんで頼まれてんのに頼んでる側はあんなに偉そうなんだよ。この国のトップイソジンでもキメてんのかよ。死ねばいいとまでは思わないけど誰だって土下座位できるだろ。

2021-04-10

よくサヨクくんは白饅頭みたいな人間冷笑系だとかネトウヨと言ってバカにするが、お前らの方がよっぽど冷笑的だし自分で「笑う」って発言してるじゃん?

お前らは鏡を見たことがないのかといいたい。

鏡を見たくないなら俺みたいに増田で書いてればいいんだよ。

twitterで万人に向けて発言するなら、他人のことばかり見てないで、自分発言ブーメランになってないかくらいちゃんと鏡を見て発言しろ

若林 宣さん

https://twitter.com/t_wak/status/1380536809436815363

他人発言をあげつらってるだけでこの人ならではの主張というのを感じたことがない。

こういう人間はいてもいなくてもどうでもいい人間である

自分発言に全く軸がなくて、他人発言ばかりあげつらうだけが目的なら私のように増田でやってろ。

鏡屋譲二さん

https://twitter.com/squaremania/status/1380401596652158981

左派弱者を切り捨てた」論者が「車椅子ユーザーは駅への事前連絡くらい受忍しろ」論を展開しててまああまりにも予想通りの展開に笑った(笑えない"

これも論外である車いすユーザー一方的弱者であり、JR職員弱者ではないという視点しか持てないところがバカだと言われているのに何一つ理解してない。

この人間過去発言を見たら同じように軸がなくて他人に対して冷笑するような発言ばかり。

なんとかオタク連合

わざわざツイート探すのめんどくさいからやらないが、今回の件で一番最初に騒ぎ始めたオタク連合というやつもよく冷笑的な発言をしていたと記憶している。


まりにも空気を読めない上の3人

ところで。君らが擁護してた車いすさんの人格ゲスさが明るみになっているわけだが。

これに対して目的が正しければ手段人格肯定されるという方向で押し通したいようだが考えが甘すぎる。

それ、あまり一般人感覚乖離しすぎてね?

「誰が言うかより何を言うかが大事」という話なのであればなおさらだ

何を言うかが大事というなら「正しい主張なら、その人に限らず他の人も言える」=「いずれもっとふさわしい人が同じ発言を正しいやり方でやってくれる」=「別にこの人じゃなくてもいい」と考えるよな。

なので「今回のような嫌がらせテロ要素がふんだんに混じったやり方の人はちょっと敬遠してもうちょっとまともな人を待とう」となってしまう。

サヨクくんが今徹底的に人気がないのはな、この敬遠空気に対してあまりにも鈍感だからだ。

鈍感を通り越して、わざと見て見ぬふりをしたり、俺のいうことがわからんやつはバカとわざわざ敵を作る発言をしてることすら多い。

目的のためには手段を選ばないという主張ならなおさら汚くてもうまく戦えってなるはずなのに、実際は単にちゃんとした戦い方を考えるのが面倒くさいだけじゃねえか。

まり、お前ら本当は全然やる気がない。ただのええかっこしいの何も考えてない空っぽなやつらか、やる気があるなら特急無能だ。

1970年代モテのために社会運動やってたモラトリアム連中の亡霊じゃねえか。意識アップデートしろって言ってるわりにお前らの思考1970年代で一番古いってことに気づけよ。



上の三人は、今回も結局その古臭い考え方、造反有理にも近いレベルの前時代的な考え方を引きずってる。

事実をよく確認せず、車いす運動化に乗っかって勇み足他人冷笑しておいて状況がやばくなっても今さら撤回できないから意地を張って虚勢で周りの人間攻撃するとかないわー

それってただのうっかりさんの上に謝れない人格暴露してるだけじゃん。

まだここで、やっちまったなーって言って沈黙したり、「主張は大事だけど車いすの人はちょっと問題だったよね」とちょっとでもいえれば他の人も耳を傾ける余地もあるがさ。

上の3人がやっているのは、自分の間違いを認めたくないから、今回みたいな冷笑しぐさをして優位に立とうとするというマウントしぐさ。

これで自分たちが応援されると思っているのがヤバイ



主義主張抜きにして、そういう態度とるやつが周りにいたらどう思うよ。

そういうことされたら「言ってることはわかるがお前が気に入らない」としか思わなくね?

ただただ「お前、人間として嫌な奴だな」という印象にならね?

三方御大層な主義主張は、「お前が嫌な人間である」という事実を覆してくれるくらい他人にとって大事ものなのか?

よく胸に手を当てて考えてみろ。



こっちからしたら上の3人は白饅頭と全く同じく「人間として性格が最悪な冷笑系のクソ野郎」としか感じられないんだわ。

この方々がどれだけ白饅頭冷笑系と言って批判しても、「ああそうだよな。でもお前が言うな」としかならない。

お前たちは他人批判する前に、まず自分たちの性格が最悪な点をちゃんと見つめなおせ。性格最悪なままで支持してもらおうってのは甘えすぎだわ





はてなブックマークの反応が「あなたたち大丈夫ですか?」と心配になるの多くて怖いんだけど。

はてなブックマークで「左も右も同じだよ」ってコメントしてる人多いんだけどさ。

私そう書いてるよね。

右が冷笑であること否定してなくて、左も同じことやってるのにそのこと理解してないだろ!って記事だよねこれ。

そう思ったなら「せやな」以上書くことないのでは。

「左も右も同じだよ」ってコメント書いてる人はなぜそういう書き方になるのか。なんでこの記事につけたすみたいなニュアンスの語りになるの。

この増田で右は冷笑系じゃないと書いてると誤読してる人いませんか。本当に大丈夫ですか

2021-04-02

コロナ禍2年目の大学2年生の嘆き

 想像力のある方々なら、内容はタイトルからおおよそ察せられるものと思う。この手の話はテレビ新聞ラジオSNSその他媒体で散々語り尽くされてきたものからだ。

 はじめに少々長い前置きをさせてもらおう。

 私は人との比較の上では少なくとも「苦しんではいない」。というのは、コロナ禍が始まってからも特段生活には困っていないからだ。家庭の収入が少なからず減ったりはしているし、出かけられる機会も減ったりしている。けれども、出費を切り詰めないといけないほどに家計が逼迫しているわけではないし、人間関係が修復不可能なほどに壊れて絶望的に孤独なわけでもない。ましてや、留学生の方々のように故郷へ帰るための道を断たれたわけでもない。私は、コロナ失業した人も知っているし、帰国できなくなった留学生の方も知っている。元々生活の困窮していた人が、更に困窮して居場所を追われる状況になっていることも知っている。彼らの心中を察するに、私の苦しみなど所詮は道端の糞ほどにも意味をなさないだろう。反対に、私とは違って全く苦しんでいない人も或いはあるかもしれない。

 ともあれ、ここで敢えて一つ言わせて頂きたいことがある。この記事目的は「私の苦しみが他者のそれを上回る」ことを主張することにはないし、その認識を持つつもりは少なくともない。仮に「私より苦しんでいない人」を想定したとして、その人に牙をむくことはこの記事目的にはない。考えは未だまとまっていないし、書きながら自己矛盾を感じているところもある(矛盾を見つけても指摘するだけ無駄かも知れません)。しかしながら、先に述べたような悪意があるわけではないことを、頭の片隅に置いて読んでいただきたい。

 ニュース新聞SNSなどを通じて、皆が苦しんでいる状況にあることは知っているつもりだ。身の回り家族、友人、知り合いが苦しんでいることも知っている。身の回り他者自分の苦しみという重荷を更に背負わせないためにも今まで沈黙してきた。皆が苦しむ中で、自分の苦しみが苦しみとして認めてもらえないんじゃないか、そういう思いも大きかった。もしかしたら、自分の苦しみを認めたくない自分いたことが一番大きかったのかもしれない。

 他者との比較を求めるものでないことは先述した。ここに記すのはあくまで「私の苦しみ」であって、世間一般大学生通用する苦しみではないかもしれない。繰り返し、「私の苦しみ」であって、他者のを上回るものでもないし、反対に他者否定できうるものでもないことを述べておく。

 長くなったが、前置きはここまで。

[人間関係などに関して]

 2020年の春に現役で無事第一志望の大学入学した。しかしながら、周知の通り、そこで待っていたのは世間一般の思い描くキャンパスライフではなく、完全オンラインの「大学生活」だった。終日自室にこもって講義を受け、レポートを書き、深夜帯までデータベース上の論文を読み漁り、ひたすら思索に耽る(後ろ2つについては、本気の学問をできる環境の整った大学なので、対面だったとしても似通ったものだったとは思う)。特に堪えたのは、初年次のクラスメイトとの顔合わせすらもオンラインだったことだ。知らない人達と急に向き合わされる上に、他の人の画面に常に自分の顔が映っているという状況、楽しむことが強いられているように感じて終始作り笑いをしながら耐えていた。酷く疲弊した。かなりの労力を費やしたが、教室のそれとは違って個々人で話す機会もなく、仲良くなれた人はいなかった。他の少人数講義も似たような状況であった。唯一、ゼミ形式過酷講義グループワークをする中で多少仲良くなった人はいるが、会えない中で関係を維持することはできなかった。

 感染者の減った夏から秋ごろにかけて、少しだけ対面のサークル活動(運動系)ができた。回数は減らされ、条件付きで練習も認められた。複数受けた少人数講義も、合計でたった20回程度ではあるが対面で実施された。少々語らうことはあったが、教室で話すなとのお達しもあり、あまり話すこともできなかった。キャンパスが自宅から遠いこともあり、あまり会うこともできず、サークルでも少人数講義でもそれほど仲良くなった人はいない。

 臆せずに会いに行けばいいという人もあるかも知れないが、それができないから困っているのだ。昼夜問わず会食はできないし、気軽に家に上がることもできない。自分が出歩いて感染したくないというのも勿論あるが、問題はその先だ。例えば、感染したことサークル活動長期間停止されるかも知れない。或いは、他の人が楽しみにしていた対面授業の機会を奪うことになるかも知れない(言わずもがな医療にも負担を強いることになる)。自分一人が自由に出歩くことが他人の首を絞めることになりうる。反対に他者が好き勝手に動き回った結果として自分の首が絞められることもあるかも知れない。出かけたとして咎められはしないだろうが、それができない。手足を縛られて動けない。そんな状況にある。これは何も人間関係に限った話ではなく、以前はアウトドア趣味だったのだがそちらにも足が向かなくなった。理由は同じだ。

[「可哀想」と語ることの無意味]

 入学以来たびたび言われるのが、「せっかく入学したのに大学に行けなくて可哀想だ」「対面授業少なくて残念だね」「せっかくサークルに入ったのに活動少なくて残念だね」「新しい人間関係ができなくて可哀想」…(以下略)といった内容のものだ。要するに世に言うところの「キャンパスライフ」がないことを憐んでくれるわけだ。正直言ってこの言葉には腹が立って仕方がない。憐んでくれたところで、その言葉によって大元の原因が霧消してくれるわけではないし、状況は少しも動かない。医療という、か細い一本の柱に寄りかかって生きている今日現在にあって、ワクチンが普及したり、治療薬が完成したりしない限りにおいて、「キャンパスライフ」の実現可能性はほぼゼロである。この状況にあって、憐れみを述べる言葉意味を少しも意味をなさない。ましてや「小中高や会社が(条件つきながら)通常営業できている中で、大学生だけ社会的に抑圧されているのはおかしい」と擁護論陣を張ってくれたところで、待っているのは徒労だけである

 この手の話は、旱魃や凶作、飢えや渇きに苦しむ人に対して、殊更に強調して水や食料の美味しさを説くことに等しい。私の下の代やその下の代の頃には「キャンパスライフ」は可能かも知れない。しかしながら、既に4分の1が消し飛んだ今、私の卒業まで三年弱という状況にあって、その望みは薄いように感じる。自分が何をどうしようが手に入らなそうなもの美徳を説かれたところで気分が悪くなるだけだ。憐憫を垂れてくれる必要はないし、そういうことはしてほしくない。今、私が手に入れることができるのは、大学生活の亜種だけであって「キャンパスライフ」ではない。今できることに取り組もうとする人間に対して、今後できそうにもないことを押し付けるのは是非ともやめていただきたい。

[無為生活]

 オンライン中心での大学生活における大きな悩みの一つとして、「無為」な生活になってしまうことが挙げられる。「モラトリアムなのだからそれでいいのでは?」と言う人もいるかも知れない。しかし、これは何も自堕落生活を送ることを指すのではなくて、「大学4年間で頑張ったこと」が何もない状況に陥りそうだと言っているのだ。自室に籠る生活を続ける中で読みたい本、読む必要のある本、多くの文字資料を読んできた。資料をたどりながら、学問的な問題社会問題についても自分なりに考えを深めてきた。内的には少しだけ豊かになったかも知れない。けれども外的なものが何一つない。活動制限される今、これを自分は頑張ったんだと言い切れるようなもの(サークルバイトインターン学業面での功績等々)はまだ何もない(学業はこれからではあるが……。バイト最近始めたが見つけるのにかなり苦労した)。頑張ったこと、熱心に打ち込んだことが欲しいと言うのは単に自分気持ち問題であって、就職のために必要としているわけではないけれども、面接官に「大学生活で何を頑張りましたか」と訊かれた時には、「大学生活などというものは無いに等しかった」と答えて離席するかも知れない。或いは面接官を殴らずにはいられないかも知れない。

 この生活の中では、目標も失ってしまったし、舵取りも上手にはできない。と言うのも、目標となるような存在出会う機会に乏しく、手に入る情報もとにかく少ないからだ。小中高の教室、或いは大学研究室でもいいから、とにかくそこを思い浮かべてほしい。手本になるような人物、或いは反対に悪例となるような人物はいなかっただろうか?恩師、友人、同期、後輩、先輩、誰であれ少なから自分生き方の参考になるような人がいたはずだ。オンライン化されたことの一番手痛い問題として、そうした道標が失われてしまたこともあるのかも知れない。兎にも角にも、抜け出そうとあがきながらも、未だ無為生活している。(これを努力不足と言おうとすることがあらば、それは見当違いというものである。)

[肥大する被害者意識]

 一年が経過して大学2年になった。もう後輩が入学してくる時期となってしまった。諸用でキャンパスに行くと手続きに臨む新入生の列を見かける。SNS上では眩しいほどに希望に満ち溢れた姿を見たりもする。羨望を通り越して嫉妬してしまいそうなほどである。一方で「対面授業が少ないではないか」という声を聞いたりもする。「こんな世情にあって贅沢言ってるんじゃないよ」と言おうとして、すんでのところで踏みとどまる。対面形式講義を沢山受けてきた諸先輩方や、コロナ禍にあっても高校で対面授業があった新入生にとっては理解し難いことかも知れない。比較しないように努めていながらも、どこかで強烈な被害者意識が渦巻いている。他者自分の苦しみを味わせたいわけでは無いけれども、どこかでそれを求めているように感じてしまう。パワハラ上司はこうやって再生産されるのかも知れないなと思いながら、なんとか発言を飲み込んで止まっている。

 ざっとこんな感じだろうか。筆をとる中で少々整理されたような気もしなくもない。繰り返し、他者に牙をむくことや、他者の苦しみと比較して変な優越感に浸ることはこの記事の本意ではない。もしそう感じられる内容があるのだとすれば、私の言語能力限界ゆえ、或いは私の未熟さゆであると思っていただきたい。

anond:20210401174952

まあせっかく既卒になったんだしひとまずゆっくり休んだら?1ヶ月くらい。なんなら遠出してもいいだろうし。がむしゃら闇雲に続けて潰れちゃうほうがこわいよ。

あと普通にモラトリアム伸びてて羨ましいしな。働き始めたらそんな時間はもうないよ。

私のときリーマンショックがまだ多少尾を引いてて、MARCH卒以上の友人でも普通に職なし既卒になったりしてた。でも最終的にはそいつらも公務員とか受かったり大手ではないけど普通企業就職したりしてる。まあなんとかなるって。

あと自宅都内か?オンライン面接がやりづらいなら満喫とかのweb会議対応ワーキングスペース貸してるところ、今なら山ほどあるから使ってみてもいいんじゃないか。そんな高くないぞ。

あと考えすぎるのやめたほうがいい、職が見つからんなんてちょっと確率の差だし、難しいだろうけど他人比較しないでおきなよ〜とりあえずメシ食って安眠せい、

2021-03-28

大学コスパ良すぎる件

大卒というだけで就職での選択肢が増える

4年間のモラトリアムで好きなことができる

時間があるから授業以外でも学べることが多く視野を広げることができる

その後の人生考えたらアスリートとか何かの競技プロ以外で大学進学せず得することってほとんどなくない?

2021-03-23

劇場版は楽しめない

エヴァの話です。私はリアルタイムTV版を観れた人間です。

1995年は私が美大入学した年で、テレ東夕方アニメでも、日曜の朝のアニメでも話題にできる環境にいました。

から、どっぷりエヴァに浸っていた。学食エヴァの話ができる環境なのです。

まあ、美大生なのに他人様が作った作品をどうのこうの言っている状態は、意識高い系美大からするとガキっぽかったかもしれませんが、まだ1年生ということもあって、それはそれで楽しかった。

そして、TV版の終盤のグダグダ。でも、そのグダグダさえ楽しかった。

限られたテレビという時間の中ではよくあることだし、終盤おかしくなっていくアニメなんて沢山ある。

しかし、TV放送終了後に、なぜか話題になっていくエヴァ時代ルリルリではないのか?

バカばっか

あんグダグダで終わってしまったアニメに。

そして、劇場版

TV版の総集編を映画館でわざわざ観させるって凄いなと思ったし、わざわざ観たくないと思った。

それは、私がだいぶ美大生化してきたかなのだろうか。

期限内に終わらせられなかったら、どんなに素晴らしい作品でもボツではないのか?と。

いや、美大生化は違うかも。こいつスゲーなというようなやつは、よく期限内に提出できなくて、

先生に頼み込んでなんとか時間を伸ばして仕上げてくるやつで、単に私がそういうやり方が嫌いだっただけかも。

そういう、交渉してまで作品ガッツ根性的なものに対する嫉妬だったかもしれない。

その後、就職氷河期世代となった私は、職を何度か変えながら、今はMacで何かを作る仕事をしている。

まあ、私の名前が出るような作品もなく、何者にもなれていない私ですが、何とか食っていけています

ここ10年ぐらいは、日本酒にハマっていますが、エヴァTV再放送獺祭が出てきたときは引いた。

気持ち悪い。

最近は、アマプラヱヴァを観ました。別の世界線の話なのだろう。

TV版終了後に持て囃していた人たちは、このリメイクをどう観るのだろうか? 私は蛇足しかない感じた。

いや、別の監督によるヱヴァ世界だったら楽しめたような気がする。

同じ監督が作るから、その作品を見るときに、わざわざ記憶に残るエヴァを引っ張り出し、

書き換え作業をしないといけないと思うと、何か抵抗感がある。

私が劇場版を全く楽しめないのは、多分この抵抗感なんだろう。

ダラダラと、書き連ねていたら、わかってきた。

この抵抗感は、多分、TV版当時の楽しかったモラトリアム時間記憶と共にエヴァがあるからなんだろうと。

当時の私のPowerMac 7500の起動時には、アスカエヴァ起動時のドイツ語が流れ、

システム終了時には、ミサトさんが「メインケーブル切断!」と言っていたし、

エラー音は、伊吹マヤの「不潔」だったり、リツコの「探しても載ってないわよ」だったりした。

カラオケ残酷な天使のテーゼをみんなで歌ってもいた。

エヴァ一色だったわけではなく、高校受験大学受験とで、いろいろオアズケになっていた90年代ガンダムを観まくったし、

ガンプラ戦車プラモデルも作っていたし、FSSガレージキットにも手を出していた。

同人誌に参加して、コミケにも行った。

コスプレをする気はなかったけど、ミシンを買って、丈の長いシャツを作ったり、

SC-88Proを買ってDMTやったり、ギター買ったりキーボを買ったり、

フイルムカメラを買ってユニットバス暗室にしてモノクロ現像したり

バイトしまくって、広く浅くいろんな物に手を出した。

バイト先の女子にも手を出して、飲みに行ったり、私の部屋で手料理をふるまったり

受験というものから開放され、3年生の後半ぐらいか意識しだす就職というものまでの、2年半のモラトリアム

ただただ充実していた。自分の中では超満足している。

から、いちいち戻りたいとも思わないし、やり直したいということもない。

ただ、話題のシン・エヴァンゲリオンは楽しめるのではないかと思っている。

大学当時につるんでいた奴らと、一緒に観たいかも。

そして、一緒に酒を飲みたいかも。

2021-03-05

3月

4月から新しい生活が始まる、そういう人は多いだろう。特に学生生活の終わり。

小学生からカウントしたら高校卒業12年、大学卒業で16年。回り道をしたらさらに多く。学生という箱庭で生きてきたところ、急に社会とやらに放り出されてよーいどん。環境の変化としてはなかなか大きい。

学生生活が終わる3月自分が何をしていたか。よく思い出せない。

上京して就職したので、少し早めに東京へ来ていたはずだ。大学から一人暮らしだったので、引っ越しに戸惑いはなかったはずだ。一人の時間にも慣れていた。

練馬区の駅徒歩7分、半地下のアパート故郷のように天気は悪くない。残り数週間のモラトリアム

何を考え、何をしていただろうか。思い出せない。

2021-02-27

anond:20210227070649

とにかく迷ってるんだな。

一見すると、増田が何を目指しているかは分からない。同期よりも輝いている自分なのだろうか。

社会人になると、見るべきは同期だけではないように思う。抜いた、抜かれた、なんておもっていると、まったく思っていなかったところから彗星のように輝きを放つ人が現れたりもするだろう。

増田は優秀なんだろうが、自分が何に向いているか確証が持てていない、自分のことをある種知らない不器用さがあるのかもしれない。

不器用からモラトリアム時間を稼いだ。研究の傍ら、自分の適正や本来的に望むこと(人生で達成したいこと)と向き合い、進路が決まるといいね

2021-02-20

anond:20210218062316

お気持ち女って、本当に押井守嫌いだよなぁ。

お前みたいなのが、作品ダメにするんだよ。

いつまで、埋立地学生生活みたいなモラトリアム続けてるんだよ。

お前、いくつだよ。もうババア近くたりつつある、オバサンだろ。

いつまで、モラトリアム求めてるんだよ。

キャラの成長さえ祝えない奴が、自己の成長出来てるわけないし。

子供部屋オバサンは、もう作品に関わるな。

お前が「花束みたい」と思い出した恋、昔の相手はとっくに枯らしてるぞ。

 最初に言っておく。俺は「花束みたいな恋をした」が大好きだし、元カノのことも嫌いとは思ってない。大筋は実話だが、バレ対策で所々の事実は曲げてる。この文に厳密に該当する個人は多分いないが、20代童貞ノンフィクションだと思ってくれて問題ない。

 タイトル通り。「はな恋」を見て俺が思い出した元カノは、「はな恋」を見ても元カレ(=俺)とのことなんか全然思い出さなかったらしい、という話だ。

 当たり前やろと思った人、盛大な独り相撲が好きなら読んでくれ。

 どこかにショックを受けた人、その幻想をぶち殺しにきたから読んでくれ。

 はな恋の中身の話もするから未見勢は早く観に行け。行って情緒に九頭龍閃されてこい。

 まずは思い出話。

 高3のとき、親密ってほどでもないけど話すと楽しいクラスメイト女子がいた。傾向は違うにせよお互い二次元オタクだったし、かといって自分世界に閉じこもり続ける訳でもない、それなりに真面目でそれなりに社会性があってそれなりにリア充を僻んでいるタイプだった。派手に迫害される訳でもなく、かといって異性にチヤホヤされる容姿でもないし浮いた話もない、そういうバランスの男女。たまに話が弾むうちに、お互いにちょっとくらい好感情が出るのは、ヘテロ若者だったら自然だろう。

 とはいえ高3だ。少なくとも都会ではない立地の(自称進学校で、大学が近くなる奴はまあまあレアだ。少なくとも俺は「最後だし気になる人には告白しよう」って思えるほど自己肯定感が高い高校生じゃなかった、遠距離の面倒くささを押しつけるのは気が引けるんだよ。だから例の彼女とも、別の大学行ってそれっきりなんだろうと思ってた。

 幸運なことに、あるいは不運なことに。俺も彼女も、違う専攻ながら志望校が一緒なのが分かってきた。一般試験を前提に難関(扱いの大学)に挑む勉強ガチ勢どうし、「一緒に受かろうね」という共闘意識はすぐに共有できた。

 共闘意識に加えて。「珍しく気の合う馴染みの女子男子)が」「同じ大学にいるなら」「お付き合いもできるのでは」という妄想だって始まってた。多分、彼女もそうだった。

 娯楽も限られ、空気の閉塞してくる受験期。これだけ利害の一致する人間がいたら頼りたくなる。教室やら予備校やらで顔を合わせる中で、少しずつ距離は近くなっていった。並んで歩いた、肩が触れた、バーガー店に寄り道した、ハイタッチした。ギリギリ友達範疇の、しかし交わす異性なんていなかった、そんなスキンシップがひたすらに幸福だった。リア充高校のうちにベッドインまで済ませている傍ら、ちょっと手が触れ合ったくらいで舞い上がるような高校生だった(今さらだ男子校勢には謝っておく)

 そうやって、言葉にはしないまま意識けが積み重なって臨んだ試験で、めでたく二人とも合格した。地方自称進学校で、ちょっとした快挙になるような大学だった。引っ越し手続きが落ち着いて、二人で祝勝会カラオケをして(君じゃなきゃダメ健全ロボがレスキュー!したのはうさぎですか?)、そのとき彼女から交際を申し込まれた。告白が叶った女の子が泣くんだって知った。

 親も応援してくれた難関大カップルで進む、進研ゼミもかくやという出来すぎた滑り出しで。お互いの好きなことは邪魔しないようにという(主に彼女の)方針だったから、サークルバイト優先で、一緒に過ごすことはそんなに多くなかった。それでも連絡は頻繁に取り合っていたし、相手が歩く新しい世界の話は純粋に好きだった。たまにファミレスで喋って、帰り道にキスするくらいで十分だった……俺がセッしたかったのは確かだったが、彼女からその手の話をされることがなかったぶん、踏み込みづらかった。まだ未成年だし、付き合いが長くなればそのうち、くらいの気分だった。自分を好きでいてくれる女の子が近くにいる、それで十分だった。

 そんな距離のまま後期になって、学業サークルも忙しくなってきた。お互いに真面目に取り組みたいのは分かっていたから、彼女からの連絡が少しずつ減るのも気にならなかった。

 試験期間が終わって、久しぶりに遊びにいって。そこで「別れたい」と言われた。納得もできないまま地獄に落とされて、それでも受け容れるしかなかった。水泳ときプールの中で海パンを脱がされるような日常だった小学校の頃以来、久しぶりに自死を考えかけたりもしたが、そんな気持ちまで彼女にぶつけるのはどう考えても間違いだったし(H誌のI田の件は絶許)、何とか立ち直った。カルチャーでつながった相手に振られてもカルチャーで立ち直ったオタクだ。気分転換の得意なフレンズなんだね

 あんまりな別れ方をした直後は絶縁状態だったが、数ヶ月もすれば傷も癒え、少しずつ彼女との交流も戻ってきた。そのときは明言していなかったが、サークルの先輩に心変わりしたのが大きな理由だったらしいし、今ではその彼と良好な関係が続いているという。俺自身、無害な友人としてはともかく、性愛対象としては魅力に乏しいと自覚してるし、そのくせ意識的にビジュアルを磨こうとも思っていなかったから、他の男に負けるのも無理はないと考えられるくらいになった。以前ほど親密ではないし直に会うことはなくなったが、たまには最近推しコンテンツ布教しあうような関係になったし、それが結構打率だった(というか言われる前から気になってる率が高い)ものからシンプルにオタ友として付き合えるようになった。何より、秘密を共有する相手というのは大きい。

俺は俺で、学年が上がるにつれて人間関係リソースを割けなくなってきたし(だから新しい相手もいないまま)、あそこで別れなくてもいずれ、という予感を抱くことも多かった。何より、その先が破局であったとしても、彼女との思い出には励まされてきたのだ。ひとときでも誰かに愛された記憶尊い、続かなくても間違いじゃなかった、違う道に幸あれ。本気でそう思えていた。別れたときに言えなかった「楽しかったね」だって、もう皮肉なしに言えたのだ。

 という風な経験を踏まえると。

「はな恋」がビシャビシャに刺さる人だな、というのは察してもらえると思う。

絹と麦が惹かれあっていく様子は高3の淡さを思い出した。初対面で作家の話ができるの最高だし、「電車に揺られる」と言っていたら気になる。

同棲中の過ごし方は進学当初に描いていた理想のものだった。同じ本で泣いたのは知っていたから、今度は一緒に読みたかった。

環境が変わると内面が変わるのを誠実に描いてくれたのも良かった。別れてからだって心は通じ合う、そんな関係性に自分たちもなれたと思っていた。

「はな恋」のキャッチコピーにまんまと乗せられた、これは俺たちの映画だ――という直感を抱いた頃、彼女も観る予定だとリア垢TLで見かけた。ただでさえコロナで人と会えない今、久しぶりに喋りたくなって、通話での感想戦を取り付けた。

 期待通り、映画の話は大いに盛り上がった、それはそれでちゃんと楽しかった。それは良いんだ。

 ただ、何を感じたか――というより「自分経験のどこに響いたか」は正反対だった。

 あらゆるシーンが彼女との思い出に接続されたと、缶ビールを片手に俺が語るのを聞きながら、彼女は段々と歯切れが悪くなっていた。顔は見えなかったが、多分げんなりしていたんだろう。

 やはり今が優先されるのが当然か、彼女が主に考えていたのは今カレとの馴れ初めや前途だったらしい。それは分かる。社会人なりたてとして当然。

 そこからが致命打だった。「君のことも思い出したけど、それは趣味が合う人がいる楽しさであって」「君と付き合っていた頃のことなんて全然思い出さなかった」「4年も経つのに君に思い出されて、ちょっとビックリしてる」

 つまりは、4年以上も前の恋人期を鮮明に思い出している俺に戸惑っていた。そんな言い方はしなかったが、完全に引いていた。

 俺から復縁を申し出たことは一回もないし、知らないなりに彼女と今カレの関係は(少なくとも言葉上では)祝福している。よりを戻せるだなんて全く期待していない。君の運命の人は僕じゃない、否めないというか今さら否定する元気もない。

 それでも。どうやら俺は、終わった恋に甘えすぎていた。彼女が「思い出」のフォルダに整理した体験を、ずっと大事に抱えたまま、昨日のように覚えたままでいる。

 新しい恋人が出来たからだとか、そもそも男女で思い出し方が違いやすいとか、そういう話も分かる。それでも俺は、かつての恋人の中で自分がどれだけ小さくなっているかを示されたのが相当にショックだったのだ。それだけ小さくできる存在が俺だ、そのことに今さら傷ついているのだ。

 また好きになれとか、振ったことを後悔しろとかじゃない。こんな映画を観たときに思い出してくれる、そんな存在はいたかった。絹と麦に憧れたのは、あれだけ幸せ現在を過ごしていたから以上に、幸せ過去を大切にできているからだ。パンフレット一枚目フレーズ号泣したの、俺だけじゃないだろ。

 薄桜鬼ヘタリアも黒バスも、見かけるたびに彼女が話していたことを思い出す。SAOゆるゆり麻枝准も、彼女は多分もう気にしていない。

 ラジオ映画評で宇多丸さんが言っていた、「別れた後でも、その思い出がある人生は素晴らしい」ことを描く映画じゃないかと。俺自身がそうだった、それを確かめさせてくれる映画だった。柔肌の熱き血潮は夢のまた夢、それでも、そんなに寂しい訳じゃなかった。あの頃に積み重なった初めての温もりは、どれだけ経っても心を温めてくれていた。そんな粘着質な感情なんて誰にも言えない、言えないけれど。彼女だってそうだったと信じていたのだ。別れたとはいえあんなに分かり合えていた。別れた後も上手く折り合いがついた、それはあの頃への愛着があるからだと思い込んでいた。

 あん未来が待っていた、それは一方通行の夢だ。ずっと知っている。

 あんな日々もまだ温かい、それも一方通行の夢だ。知りたくなかった。

 それでも好きになってくれた自分が誇らしい、そんな幻想だって、確かに明日への糧になっていたのだ。いつかそう思ってくれる人が現れる、それまでちゃんと生きようと自分に言い聞かせていた、それだって幻想だといよいよ痛感した。

 とはいえ精神に多大なダメージを食らったとはいえモラトリアムから目を覚ますには良い機会でもあったのだ。「自然な」出会いなんか一生来ない、やるならちゃんと金をかけてシステム使ってやるしかないし、ひとりで生きてく覚悟を決めたっていい。いずれにせよ、あの頃みたいな出会いなんて一生ない。少なくとも「俺には」ない。

 色褪せてきたことに気づかず、花瓶に飾ったままにしていた花束を。そろそろ片付ける頃合だろう。

「今回の件からお前が得るべき教訓は」別れた後の恋人に思い出話なんて、大抵の場合はするもんじゃない。胸の奥の花束は、陽に晒しときには枯れていく。

別れた後も思い出話に花が咲く人がいたら、それはそれで尊敬応援もする。けど、俺は違った。

かつて恋仲だった俺たちへ別れを告げる、いい機会だった。嫌いにならないまま、後悔まではしないまま、背を向けて手を振ろう。数年の時差はあったが、麦と絹の再演だ。

……ということを書きながら、段々と思いはじめたんだが。

秒速5センチメートル」を作ったときの新海さん、こんな気分だったんじゃないだろうか。ポスト宮崎駿というか終身名誉レぺセン童貞の誠くん、さっき「はな恋」も観たらしい誠くん、大丈夫? 話聞くよ?

2021-02-14

anond:20210214125535

するかもね。大学で何かに打ち込める人は少数派かもしれないし。

モラトリアム社会人としてすり減る少し前に、それなりの時間をかけて無意味ときを過ごすのは悪くはないと思うけど。

2021-02-07

大学生旅行

俺の友人は今旅行に行っている。詳しい場所は言わないが一週間くらいの長期旅行だ。周りのごく一部の友人にしかこ旅行のことを言ってないそうだ。

はっきり言ってこのご時世に旅行に行くのは非常識じゃないかと思って、行く前に本人に対してその事を言った。そしたら本人もさすがにこの時期の旅行非常識なのは理解しているが、学生最後休みを逃すことはできないと言った。

学生が出歩くことについて世間はいろいろ言われているが、この最後の機会(次いつできるのかわからないこと)を逃したくないという気持ちは誰も踏みにじるべきじゃないと思う。

当然本人は最大限感染対策はしていて当然一人旅だし道中も誰とも会食せずあまり人のいない観光地をまわる予定らしい。

人生最後モラトリアムを潰すことによる心理的喪失はかなり大きいと思うし、複数人旅行や会食を避けたら卒業旅行くらいは許してあげてほしい

2021-02-05

深夜のファミレスに行ってた頃が懐かしい

さびさに自分の昔のブログを読みかえして、当時の生活を思い出した。

モラトリアムを引き伸ばしてどんどん怠惰になっていった大学時代今日何もやってねえな

という罪悪感のようなものから逃れるために、小説PCを持って深夜のファミレスによく行っていた。

住んでいた街のファミレスごとに思い出がある。

就職してから、翌日のことを何も気にせす過ごすということがなくなり、深夜のファミレスには行かなくなった。

そもそも今は感染防止のため、何処も深夜営業をやめている。

このまま深夜営業がなくなって、ファミレスが深夜営業していたこ自体が懐かしくなってしまわないことを祈る。

深夜営業が復活しても自分社会人をやめない限り行くことはないかもしれないけれど

もし仕事を辞めたときは優しく迎え入れてほしい。いつもの無愛想さでいいから。

2021-01-25

プペルトラック女子大生が叩かれる理由

みんな優しいよな、クラファンがうまくいかないのも、

何を説明しているのかよくわからないnoteも、

割とちゃん問題点を指摘して対話しようとしてるもんな。

もちろん個人的に仲間内だけで傷をなめあって、金を出し合って、

やりがいだのつながりだの信用だのって青春モラトリアムしてる

(大学生なんてのは何者かになりたい期間そのものかもしれないが)のは

ツッコミどころしかなかったりするんだけど、結局のところクラファンに金が集まらないのも、

ここまで一挙手一投足が叩かれるのも、1つの要因があればここまでの規模にならなかったんじゃないか

人気芸能人認知芸能人の話じゃないけど、金を引っ張れるって言うのは

実力があるか、容姿が優れていれば(あるいはその両方があれば)できるもので、

悲しいかな両方とも満たしてないんだよっていう事実は誰も何も言わないんだもんな。

2021-01-20

anond:20210120201640

今回みたいにテロ迷惑事件を起こす人間の全員が、モラトリアム中年なっても大学にいたい人だからだよ

2021-01-17

anond:20210117084617

自分研究以上にやりたいことが社会にあるならそっち動いてもええと思うよ

もう1月半分終わったし就活がむずいというならモラトリアム延長もありやん?

anond:20210117084144

就職先あるならいいけど、ないなら趣味の延長になってしまう。

モラトリアムを伸ばした先に何があるか、やな。

過程大事というなら社会に出るのがイヤなんか?

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