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2019-05-19

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 2

https://anond.hatelabo.jp/20190519190721 の続き

・その研究室院生と会話をする

首尾よくそこの院生を紹介してもらえたら、教員には聞きづらい研究室生活リアルを存分に聞こう。就活で「残業」について聞くと嫌われるらしいが、研究室見学でこの手のことを聞いても印象が悪くなることはまずないと思う。むしろ、心象を悪くしているようだったら、今すぐ、そこから逃げた方がよい・・・

具体的には次のようなことを聞けばどういう生活になるのか、見当がつくだろう。

(i) 教員とのやりとり

指導教員とはどれくらいの頻度でディスカッションをしていますか」

研究室によっては完全放置というであることがあるため、自分に合ったペースで面談をしているのかを確認しよう。個人的には、二週に一度個別面談、半期に一度くらいに研究室メンバー全員への進捗報告があるとペースがよく感じる。ただし、分野、研究内容、個人性格で変わる部分なので、どの程度がよいペースなのはその人次第だ。まだ研究のペースについてよくわからなければ、「それくらいでちょうどいいですか?まだその辺りよくわかっていないので」と先輩に聞いてしまえばいい。

(ii) 研究の決め方

研究テーマはどうやって決めていますか」

指導教員からかなりトップダウンで降りてくる場合もあるし、ある程度裁量がある場合もあるだろう。これに関しては何が正解というわけではない。私の経験したパターン後者で「まず自分が知りたいことを見つけてこい」と放り出されたところから始まった。あなたにとって納得できる方針であるかを確認しよう。これは教員本人にも聞いた方がよい。

(iii) 労働時間

「平均して何時頃に来て、何時頃に帰っていますか」

「土日はどれくらいの頻度で来ていますか」

ラボコアタイム (必ずいなくてはいけない時間) はありますか」

働きすぎは人生の毒だ。必ず確認しよう。コアタイムが長い (例えば8時間) 研究室であれば、警戒した方がよい。

ただし、8時間研究室にいること自体不思議であるとは思わないし、実験が佳境であったり学会前にはそれ以上いることだってざらだ。大学院生になる以上、それは覚悟しておく必要がある。あくま懸念事項は、「平常時から8時間強要している」という点にある。私が知っているケースだと、就職活動コアタイム中これなくなったことに苦言を呈されるという事態を見たことがある。これはいくら何でも無茶苦茶だ。

どれだけ長く滞在しているのかを誇っている様子だと、やや注意した方がよい。もちろんあなたが、大学院に入ったら研究以外全てを投げ打って働きたいというのなら、それはそれで構わない。しかし、多くの人間にとって研究人生の一部である人生ではない。「これは奴隷の鎖自慢なのでは?」と一歩引いた目で見るようにしておいてほしい。

(iv) 所属メンバー

博士学生ポスドクはいますか」

博士学生ポスドクがいたら、自分よりはるかノウハウがある先輩がいるわけなので、入学後大きな助けになる可能性がある。いる場合、「博士学生ポスドクとは議論したり、一緒に研究をしたりしていますか」と聞いてみるとよいだろう。

(v) 学会出張などへのサポート体制

学会などへの出張費はきちんとカバーしてくれていますか」

信じられないことに、自費で海外学会に行かせる研究室もあるのだ。博士学振研究員に採択されているのならともかく、多くの学生にとっては経済的にこれはかなりきつい。

人件費をどれだけ重視しているのかは教員によってかなり落差があるので、聞いておいた方がよい。

(vi) 学位取得の要件

学位の取得状況はどうですか (博士号は3年で概ね取れているのか)」

学位要件は、実際のところどの程度要求されていますか」

「隠れた要件はあるのか (要綱には書いてないが、実質的要求されること)」

これまた信じられないことに、博士号を頑なに出さな教員というのは実在する。理由は様々だが、中には目を覆うような酷い話もある。だが、理由など知らなくてよい。あなたがすべきなのは人生を棒に振らないためにも学位取得状況は早い段階で知っておくことだ。これは教員本人にも聞いておくとよい。「その人次第」としか返ってこなかったら、黄色信号だ。その人次第な部分が大きいのはその通りなのだが、これでは答えになっていないからだ。

上記にあげた質問に、先輩の博士院生教員が明快に回答できなかったら、要注意だ。

(vii) 学生生活

学生間の仲はどうですか」

「同じ研究科他の研究室との関係は良好ですか」

研究室でのduty (研究以外での義務、例えば掃除) はどれくらいありますか」

快適に研究室ライフを過ごせるかどうかはこの辺にかなり左右される。ただしdutyがあること自体普通なので「あるからダメ」と言いたいわけではない。あなたにとって適切な量と内容なのかが重要なのだ

(viii) 大学院試についての相談

見学して好感度が高い場合、具体的に院試を受ける際の助言も聞いておいた方がよい。どの教科書を使って勉強するのか、講義資料院試過去問はもらえるかといった点だ。

さて、首尾よく研究室見学ができたとする。「もうここしかない」と思うかもしれないし、決めかねて迷っているしれない。が、どちらの場合にせよ、即決するのは性急だ。最終決定するにはまだまだやることがある。

複数大学院見学する

一つだけ見て、そこに決めるのは危険だ。できれば複数研究室見学しよう。

複数研究室比較することで「実はあそこは環境が悪い/良い」ということに改めて気付けるかもしれない。

劣悪な環境研究している院生は、本人たちは「大学院はこういうもの」と思い込んでいることが多い。奴隷はいしか自身を縛る鎖に安心感を抱くものなのだ。そうならないためにも、早い段階で多様な研究者と話すことで、研究に対する価値観養生していった方がよい。

・話せる大学教員研究者にその研究室評価を聞く

「授業を受けていた」程度の間柄でも構わない。「大学院進学をしたくて、○○研究室を考えています」と言えば、よほど酷い人格の持ち主でない限りは何らかの返答はしてくれるだろう。「そこは素晴らしい」だとか、逆に「正直お勧めしない」だとか。もちろん、研究者も人間なので、その人一個人見解だ。なので、全て鵜呑みにする必要はない。例えば、私は知り合いの研究者に「君、そこに進むと厳しいよ?」と諌められたが、(今のところは) 生き延びている。あくまで、考える材料として聞いてみるとよい。

指導教員研究費を取れているかを調べる

研究には金がかかる。指導教員研究費を取れているのかは、自身の学び、研究の質、量、そこから生じる心理的幸福全てに絶大な影響を及ぼす。どのようなテーマ資金を獲得しているのかは、研究室ウェブページに書いてあることもあるし、そうでなくても調べようはある。

科研費データベース

https://kaken.nii.ac.jp/ja/

このウェブページには、 日本学術振興会提供する科学研究補助金 (科研費) の採択リストが載ってある。研究室教員名前を打ち込めば、その人がキャリアを通じて獲得した科研費を全て知ることができる。もちろん、科研費限定なので民間助成金は載っていないが、大きい額の研究資金は概ね科研費なので、これを見ておけば大体の資金獲得状況はわかるだろう。

Researchmap

https://researchmap.jp/

これは、雑に例えると「研究者のFacebook」だ。研究費の獲得歴を記載してある人が多い。自分の興味のある教員名前を打ち込んでみよう。

資金自分入学時も継続している場合は、どのようなテーマ教員資金を得ているのかが、自分研究テーマにも直結するため、必ずチェックしよう。

博士号取得者のその後

その研究室学位を取った人のその後のキャリアを追ってみよう。人によっては研究室ウェブページ掲載している。そうでなくとも、博士取得したであろう過去院生名前検索したり、その後の業績を追いかけるとよい。著者名での論文の調べ方がわからなければ、「Google Scholar 著者名」で検索してみよう。

学振DCPDの採択実績

学振DC、あるいは学振PDとは、日本学術振興会特別研究員という制度だ。簡単に言えば博士課程や、その後のポスドクでもらえる給料研究制度だ。博士課程を希望していてこれを知らないのはもったいないので、知らなければすぐに調べたらよい。

博士に進む場合は、学振採用されることはかなり重要だ。色々問題ある制度であることは否めないが、例えばDC1に採択されれば少なくとも3年間の生活保障されるので、狙わない手はない。

学振に通る研究室は、大体固定化される傾向にある。「結局は知名度」と言われる意見散見されるが、私はそうは思わない。学振に毎年のように通る研究室は、先輩が後輩の申請書を添削したり、後輩が採択された先輩の申請書を丹念に分析して執筆しているものだ。

従って、進学先の研究室の先輩が学振に採択されているのかはしっかりと見ておいた方がよい。学振に通っているのかは、研究室ウェブページ掲載されていることが多い。そうでなくても、学振ウェブページに採択者一覧が載っているので、教員名前で調べるとよいだろう。

https://www.jsps.go.jp/j-pd/pd_saiyoichiran.html

学振に通らなくても研究者として成功している人が大勢いるので、学振に通ることと研究者として成功することはイコール関係ではない。だが、ある程度博士課程学生がいるのに、誰一人通ってない研究室というのは、やや危険かもしれない。個人的にはやめておいた方がよいと思う。学振が通っている研究室は、申請書を見せ合う文化がある。往々にしてそのような環境の方が、平時から学生同士が活発に議論したり、お互い批判的に語りあえる仲であることが多い。

少なくとも、学振が全く通っていない研究室では、質の良い申請書を書くノウハウ指導してもらえることはあまり期待できないだろう。

https://anond.hatelabo.jp/20190519202206 に続く

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 1

タイトル通り、大学院進学希望者が、進学先を決める際にした方がよいこと、すべきことについて助言を書いた。

既に巷に溢れている記事ではあるが、様々なところで進学先の失敗談を聞いて、改めて書こうと思った。主に博士進学を考えているもの念頭に書いたが、修士就職する人にも参考になるかもしれない。

当方現在ポスドクで、大学院時代はそこそこ上手くやってきた方であるとは思っている。もちろん、相応の努力はしたが、それだけではない。上手くいった大部分は指導教員、ひいては研究室選びで良いスタートを切れたことによるのだが、修士課程に上がった当時は、右も左もわからず、たまたま見つけた研究室に進んだ。つまり、運が良かったのである

今だからこそわかることもある。また、諸所で指導教員とのトラブルの話を聞いていると「それは下調べさえしていれば避けられていた・・・」と感じることが多い。

そこで、大学院特に博士進学まで見据えて考えている人に、今自分学部4年、あるいは修士2年次であればこうするであろうというTipsを述べたい。

当然、部分的には当たり前であったり、逆に分野によって文化の異なるところもあるかもしれない。なので、納得のいく箇所があれば適宜参考にしてもらえれば幸いだ。

研究室を探す

まずは自身の関心のある分野の研究室を探さないと始まらない。研究室の探し方は人それぞれで、どうしてもその時々の巡り合わせに左右されてしまう。なので、ここでは私の経験を書く。

私の場合学部研究室テーマからは変える予定であった。具体的ではないにせよ、方向性を決めたのは学部3年生の頃で、大学にその分野の研究室がなかったのだった。仕方がないので、その分野で有名と思しき研究室を調べ、いくつか候補とした。

候補となる研究室は、学部時代指導教員に当該分野のある大学を聞いたり、学外の研究会に出席することで知った。また、見学に行った先の教員から教えてもらうこともあった。ようはとにかく、行動することだ。

ただ、私の場合は、結局最終的に行き着いたのは学部2年生の頃受講した講義で知った研究者だったので、この点は運がよかったとしか言いようがない。

学会などは、学部生が無料場合もある。絶好の機会なので参加するとよい。学会にいけば、シンポジウムで当該分野で目立っている研究者の顔ぶれを知ることもできるし、ポスター発表会場で直に会って、実働隊として研究をしている大学院生やポスドクと会話することもできる。「知識もないのに聞いても迷惑ではないのか」と不安かもしれないが、心配はいらない。大部分の研究者は、意欲的な学部生が聞いてくれることを喜んでくれる。邪険に扱ってくる者がいれば、その人の問題なので、気にしなくてよい。

研究室見学にいく

研究室見学には必ずいった方よい。大学院説明会というのもあるが、可能であれば個別アポを取って見学にいく方おすすめだ。そちらの方が平常運行状態研究室を見ることができるし、個人的質問相談ができるチャンスが多いからだ。

多くの研究者研究室大学ウェブページ自身メールアドレスを公開している。そこからコンタクトを取ればよい。大抵の場合は、返信をくれる。メールを書く際には、件名に「研究室見学のお願い」と、要件を必ず書くこと。

メール文章例を載せる。この例以外にも、「研究室見学 メール」などとググれば文例はいくらでも出てくるので、自身に合った書き方を真似つつ、丁寧かつ、要件が明快なメールを送ろう。

ポイントとしては

  • 簡潔に「進学先を探しているので見学をしたい」という要点を書く
  • 何に興味がありコンタクトを取っているのかをごくごく短く書く
  • 名前所属記載するのは忘れないように

といったところだ。

例1

————————————————————————————

○○先生

お忙しい中、突然のメール失礼します。

hogehoge大学hoge学部hoge年の○○と申します。

私は大学院進学志望でhogehogeに興味があり,○○先生研究室見学したくメールをさせていただきました。

もしお時間があれば研究室訪問させていただきたいのですがいかがでしょうか。ご連絡お持ちしております

[ここに名前]

hogehoge大学hoge学部

[ここにメールアドレス]

————————————————————————————

例2

————————————————————————————

○○ 先生

突然のご連絡失礼いたします。

hogehoge大学hoge学部hoge年の○○と申します。

○○先生研究室を~~~~~~~~~~をきっかけに知り、是非見学させていただきたく、メール差し上げました。

私は現在~~~[現在の状況]~~~~~で、進学先の進路を模索している最中にあります

それを考えるにあたり、○○先生現在のご関心や今後の展望について一度伺いたいと思うに至りました。

つきましては、入試などでお忙しい中大変恐縮ではありますが、2, 3月中に訪問時間をいただけませんでしょうか。

どうぞよろしくお願い申し上げます

[ここに名前]

————————————————————————————

修士学生ならともかく、学部生は教員メールを送って見学にいくのは、(他大学だと特に) ハードルが高いかもしれない。しかし、繰り返しになるが、研究室見学には絶対にいくべきだ。相手無駄時間を取らせてしまうかもしれないと恐縮する気持ちもわかるが、大学院に進めばあなたは少なくとも2年、場合によっては5年かそれ以上の時間をそこで費やすのだから

さて、首尾よく研究室見学に行けたとする。何を話し、聞くべきか。こちから聞かずとも、概ね先方が紹介してくれると思うが、必須な項目を述べておきたい。

・目下の研究について聞く

研究室は大きくなればテーマが多様であることも多いし、先端の分野であるほど研究流行り廃りは激しい。従って、未来指導教員が今、現在、何に関心があるのかは率直に聞くべきだ。

とはいえ、下調べは忘れずにしておくの忘れないように。具体的には、見学にいく研究室の直近の論文には目を通しておこう。目安としては、最低5年分はざっと読んでおくとよい。全部理解できなくてもよい。むしろ理解しきれなくても「面白い」と思えればそれを実際に会ったときにぶつければ会話が弾む。これを面倒に感じるなら、そもそもその研究室あなたに合った場所なのか考え直すべきだ。

実際に会って話すときは、回りくどい言い方はしなくて構わない。ストレートに聞きたいことを聞けばよい。

最近論文、例えば去年のhogehoge掲載された研究は○○についてでしたが、今後もそのテーマ継続されるのでしょうか?」

「今後5年間では、どのような題材を扱おうとお考えでしょうか?」

「まだ実現していなくとも、先生自身が今後着手したいテーマや注目している現象などがあればお聞かせください」

など。

この手の質問への回答が、あなた琴線に触れるかどうかが一番大事だ。指導教員自分明後日の方向を向いている状態博士課程を生きるのはかなりつらい。「乗るしかない、このビッグウェーブに!」と思えることがまず重要なのだ

研究テーマ相談する

自分がその研究室に進んだとしたら、どういうことをやりたいのか、興味がどこにあるのかを伝えよう。相手あなたが何者で、何をしたくて来ているのかわからない以上、何を話せば楽しんでくれるのか探り探りなのだ博士課程に進むつもりなら、その旨も伝えた方がよい。

興味関心を伝えれば、何を話せばいいのかも明瞭になるし、場合によっては「それを扱うことができない」ときっぱり伝えてくれて時間無駄にしなくて済むかもしれない。

そうであっても、場合によっては当該分野の研究者を紹介してくれる可能性もある。相手業界人なのだ。頼りまくって構わない。私自身、それで別の研究室見学に行かせてもらったことがある。

特にまだやりたいことが明確でない場合、そう伝えればよい。ただ「○○を面白いと思った」といった、どの辺りに関心を持って見学に来ているのかは伝えよう。テーマを決めかねているのを恥ずかしく思う必要はない。多くの教員は「一緒に考えていけばいい」「今日見せたものなら何が面白かった?」「実は君が面白いと言ってくれた○○は今後こうしようかと思っていて・・・」と話を広げてくれるだろう。

余談だが、実を言うと、具体的なテーマが決まっていない方が受け入れ側からすると「楽」場合もある。なぜなら、学部修士学生が独力で思いつくテーマは大抵面白くないのが現実であるからだ。なので、「こういう方向に興味があるが、具体的にはまだわからない」くらいの方が楽しく議論しながら研究を具体化できるので、指導する側からすると気が楽であったりする。最悪なのは絶対にこれをやりたい」と熱意にあふれているが、そのアイデアがつまらない学生だ。下手に折ると熱意が萎えしまいかねないが、そのまま受け入れると研究リソース無駄になってしまう恐れがある。そのため、気を遣いながら方向修正していく必要があるからだ。

設備について質問する

研究には設備必要だ。自分のやりたいことがある程度決まっている場合必要設備も自ずと定まってくる。それが研究室にあるかどうかは、確認した方がよいに決まっている。マウス研究室ショウジョウバエ研究をしたいと言っても苦笑いされるのが関の山だろう。

また、使いたい設備がわかると、そこから指導教員と会話が広がる可能性もある。どういう方法論に興味があるかがそれで伝わるためだ。

自分が使うかもしれない設備については、研究室の人数に対して適正な規模になっているのかを見ておくとよいかもしれない。例えば解剖スペースが学生数に対して小さすぎると、なかなか自分が使えないといった事態もありうるかもしれない。これは数年の生活では結構ストレスになるので、快適に仕事ができるかどうかは十分に見ておくとよい。

また、実験設備以外にも、共用の院生室などの充実具合も確認しておいた方がよい。

作業机は個人ごとにあるのか、共用であれば十分な広さであるか。私の知っているところだと、二人で一つの机を共用で、曜日ごとに融通し合わなければいけないところがある。キャンパスに通うモチベーションがガクッと下がるのは言うまでもない。

さらに驚くべきことに、ゼミ資料印刷費が自費という研究室存在する。学費を払って大学院に来て、さらに雑費まで払わされるのだ。

余談だが、私はコーヒーが好きなので、研究室に上等なコーヒーマシンが置いてあったのはかなりQOLを高めてくれた。

とにかく、見学した際に、自分がそこで生活するイメージが湧くか考えてみよう。

収入事情

博士院生金銭に頓着しない人間が多いが、生きていくだけの金銭が確保できるのかはよくよく検討した方がよい。金銭というのは、あまり多くても心理学的な幸福を増加させてくれないが、ないと一瞬で人を鬱にしてしまうのだ。

学振が取れればそれでいいが、問題修士課程と、博士学振取れなかった場合だ。

具体的には奨学金RA (research assistant)、TA (teaching assistant)、学費免除制度について尋ねよう。研究室によってはRA学費実質的にタダであったり、そもそも博士課程に学費がかからないところもある。

一方で、無償TAやらせたり、年々あれこれ理由をつけて学費をジリジリと上げている研究科も、私は知っている。

博士課程であれば、学生非常勤講師をどうの程度しているのかを聞いてみるのもよいだろう。ツテがあれば、非常勤の枠を斡旋してもらえ、収入源となるだけでなく教育もつく。

また、日本学生支援機構奨学金は通常ただの学生ローンであるが、大学院生かつ、一種 (利子なし) の場合免除制度がある。その研究室ではどの程度通っているのか聞いてみるとよいだろう。

これらのことも、率直に聞けばよい。

学費について不安なのでお尋ねしたいです」

奨学金はどの程度取れるものですか」

RATA制度はありますか」

非常勤講師の枠などはありますか」

のように。

教員現在ポジション

興味がある教員肩書きが「准教授である場合博士号の主査になれないことが多い。

その場合、通常は名目上、その研究科の別の教授主査になってもらうことになる。その際に不利益が生じることがある。

例えば

真っ当な良心を持っている人には何を言っているのかわからねー部分もあると思うが、私にもわからない。とにかく、現実にあるのだ。

ただ、そのようなことがないか確認するのは、入学前だと極めて困難であるのが実情だ。

少なくとも、そこの准教授学生がきちんと学位取得まで学生を育てているのかはよくよく確認した方がよい。

大学事務システム

これは博士で、特に学振DCを取る人向け。大学によっては研究費の執行システムがかなり厳格なことがある。研究不正をなくすためという高邁な精神は清く、正しいのだが、その結果大部分の研究者にとってはただただ煩雑であることも少なくない。将来的にDCを狙う場合は、聞いておいて損はないだろう。

まぁ、「事務研究者にsupportiveですか?」とか。学生が聞いてきたらちょっと気味が悪いかもしれないが。

研究室雰囲気はどうか

研究室雰囲気というのは面白いもので、実際に脚を運べば必ず漂っている。アクティブ研究室は活気に溢れているし、停滞している研究室には淀んだ空気が流れている。学生が働いている様子を見れば、自分がそこに加わりたいか、実感を持って考えることができるだろう。

気の利く教員なら向こうから所属している大学院生を紹介してくれる。そうでなくとも見学に行った際には「所属している大学院生と話がしたい」という旨を伝えるとよい。よっぽど後ろめたいことがない限りは、快諾してくれるはずだ。

https://anond.hatelabo.jp/20190519202053 に続く

2019-04-29

anond:20190429102212

弁論主義理系博士号持ちですらロクに理解してないからしゃーない

君たち法律に詳しい人間選択公理熱力学第2法則の射程を理解できないのと同じやぞ

(何のことかわからない人向け↓)

http://binbocchama.hatenablog.com/entry/2017/02/16/000539

2019-04-28

anond:20190428005747

ぶっちゃけアラサーだとモチベーションどうこうで挽回できる問題ではない

弊も博士号とったのが人よりちょっと遅かったんでアレだけど、それでもアラサーのころはちゃん自分競争資金とって研究やってたし

魑魅魍魎モヒカン族がマサカリ投げ合うのは、それが楽しいと思える間柄じゃないとたぶんすぐ精神を病んでしまうでしょうね

2019-04-23

anond:20181215215646

そんなにゆとりのある人生は羨ましいです。

私は仕事を辞めて大学院に行ったけど悲壮な決意をして

勉強しました。

博士号取ってもポストが確実に得られるとは限りませんので。

今は、必死になって研究の結果を出す未踏峰に冬に単独行している

感じです。

2019-04-20

anond:20190420231100

23歳なんか全然遅くねーよ

俺は28歳で新卒経験IT業界入ったし、

それより上の年齢から始めた人をリアルでもネットでも知ってる

断言するけど23歳で遅すぎるとか言ってるIT企業なんて意識高いだけのクソだから気にしたら負け

世の中には博士号持ち当たり前みたいな超ハイレベル人材しか要らないベンチャーもあるけど、

そういうところはそもそも経験者の面接なんてやらない。時間無駄から

その手のクソベンチャーは、十中八九給料安くて待遇もクソだからむしろ入らなくて良かったレベル

勉強してるならGITHUBアカウント作ってポートフォリオに載せて、地道に就活続けてけばIT業界に入ることはそんなに難しくないので、

まり深刻に考えるな

2019-04-17

anond:20190416091458

国が政策的に博士号の取得をすすめたか問題といってるけど全然わからん

大学院博士に進む道もあるよと示されて、選んだのは結局自分だろう

どんだけ優秀だろうとポスト就職口がないこともそもそも就職に役に立たないことも研究してたら誰でも気付くのに

モラトリアムとして研究を続けていただけのハイスペック引きこもりじゃん

それともあれか。国がぼくのためにラノベ小説家になってよ!一銭も出さないけどね!って言ってきたらラノベ小説家になるんか?

2019-04-16

anond:20190416212411

まり小説家をしながら研究生博士号があれば無給だが学費必要なしの席があると思う)をやるべきやったんや

2019-04-10

anond:20190410200402

アカデミック世界にすすみたいなら運とコネ必須

コネっていうと聞こえが悪いけど、これは本当なので仕方がない。

超優秀だとそんなの関係ないと思うかもしれないけど、実際にはそうじゃなくて、超優秀な人はそれだけコネを作りやすい、ということなので勘違いするな。

(だから超優秀でもアカデミック世界に進めない人はたまにいる)

とはいえ博士号がないとスタートラインにすら立てないので今は死ぬ気で業績作れ。

2019-04-03

わたしはこうしてアカデミアに潜り込んだ

学部

専門科目にまったくついていけずぼっちで息をするように一留一休

院試勉強は手につかず、ほぼノー対策で入れる大学院に移る。

博士前期

研究活動というものに適正と活路を見出す(なんとか効果)。

就活からの逃避を主目的として、実験にいそしむ。

博士後期

己の無知・無力さを自覚し始め、もれなくウツる。

就活なるものをしてみるが、当然のように無い内定

インパクトファクターなにそれ的な専門誌で博士号を取得。

ポスドク

賃金をいただいておきながらまともに働けず、ガチウツる。

回復期の途上でコネ採用の話が舞い込み快諾するも、プレッシャーウツる。

助教

どん底で辞める気だったがなんとか踏みとどまり、少しずつ自我をとりもどす。

科研費はとれたが、新しい仕事論文をだす目処が立たない。

雑感

末端の大学は、教員学生も深刻な人材不足です。

沈む船にしがみつく勇気があり、雑務もなんなくこなす気概があるなら狙い目かもしれません。

40くらいでブルーカラーに転身することも視野に入れています

2019-03-31

anond:20190331184027

そりゃ博士号とか持ってるみたいけど、宇宙飛行士の前では下方になるでしょ

2019-03-29

こうして自分マイクロソフト本社に入った(波乱万丈編)

最近googleに入った話がはやっているので便乗してマイクロソフト本社に入った話をしてみる。

君はだれ?

性別:男、京大 情報修士(大学では飲食バイトマージャンバイク・飲みに勤しみあまり勉強せず)

やった事(時系列順・箇条書き)

暗黒時代
リハビリ就活
入社

結論っぽいもの

  • 暗黒時代は何度も自殺を考えたが、腹をくくればなんとかなる場合もあるようだ
  • どうせ人生めちゃくちゃだしと腹をくくって外資系一本に絞ったのがよかった
  • 博士課程で留学生とつるんでいたのがよかった。おかげで英語を話すことに抵抗が少し減った
  • 研究で食っていくのは無理と早めに見切りをつけたのがよかった(バイトとか家でandroidやら地デジをハックしていたのが役に立った?)
  • 貧しい時は飲食バイトで覚えた卵料理が役に立った
  • 色々書いてると余裕で本一冊になりそうなので、そのうち書籍化を狙ってブログでも書いていく・・かも??

2019-03-28

鬱になったとき日記が出てきたので晒す

ちょうど私が大学院に入った頃から、いわゆる大学改革が進み、基礎教育コマ数がどんどん削られていきました。私の専門の科目も、もともと需要が少なく、公募自体がめったにありませんでした。また少子化のために、短大などでは大学のものが存続していけない状況が始まっていました。

論文を出して博士号を取り、著書も出しました。しかし、就職は決まりません。こうなると奨学金約500万円を返済しなければならなくなります。私は非常勤講師肩書き研究を続け、一方で実質的収入原稿料で得て、常勤の職に就くまでのつなぎにしようと考えました。

幸い、私の原稿を買ってくれるところがあり、大学から籍を抜く時にはその編集部アルバイトもするようになりました。仕事内容はコピーを取ったりファックスを送ったり、封筒の発送作業をしたりです。ときには段ボール箱を積み上げる作業しました。

家族はどうして博士号を取ってまで時給800円のアルバイトをするのかと反対でした。私の筆跡で宛名が書かれている封筒を見て気の毒に思ってくれる友人もいました。しかし私は、こうして忙しく毎日を過ごし、少ないながらも収入を得ることによって気持ちの安定を図ることが出来ました。

そのうち、原稿仕事が増えていき、800円のアルバイトはやめました。私は、非常勤講師もの書きで充実した生活を送っていました。憂鬱気持ちになることもほとんどありませんでした。

唯一憂鬱になるのは、毎年の年末から4月にかけてでした。公募の結果がはっきりし、新しい年の人事が決まる季節です。知人が就職したと聞くとやはり内心穏やかではありません。なんであんな奴がと酒を飲んで発散したこともあります。また、非常勤一年契約ですから年末更新書類ちゃんと来るかどうかヒヤヒヤします。こちらに落ち度がなくても、カリキュラム上要らないと判断されればその講座はなくなります。実際に私の専門の周辺科目は年を追うごとに減っていきました。

眠れないでうなされたり、やたら疲れたり、注意力散漫で集中できなかったりという程度のことはよくありました。学会研究会では周りの人が私に気を遣っているように思えて憂鬱でした。いつも行きの電車の中で身体が重くなり、引き返したくなるので、出かける時はスマイルスマイル自分に言い聞かせていました。それが成功していたのか、私は困難な状況にもかかわらず、たくましく明るい人物だと言われていました。

そんな年を重ねて、私はだんだん疲れていきました。このまま一生非常勤講師として終わるかもしれないという思いは私を暗澹とした気分にさせました。原稿仕事が建て込んできて、専門の研究に割く時間が取れない時など、自分は何をしているのだろうと空しい気持ちになることもありました。

原稿仕事では、時々トラブルがありました。他の人はトラブルがあってもさらりと流してしまっていました。しかし私にはそれが出来ませんでした。私は子供の頃から妙に正義感が強く、曲がったことを許せないところがあります。いつも自分の主張するべき所は主張して、編集の人とやり合っていました。それが後を引くということはなく、言うことを言うとさっぱり忘れてサバサバして根に持たないのですが。

鬱病発症した頃、私は仕事理不尽な目に遭いました(これは、もし裁判になったら文句なしに私が勝つようなことでした)。私は仕事を失いたくなかったので抗議するのはやめました。いつものように自分の言い分はきっちり聞いてもらい、反省すべき点は反省して今後につなげようとしていました。しかしこの時は、すぐに前向きになることが出来ませんでした。これをきっかけに私はため息ばかりつくようになりました。言わないでおこうとしても、「疲れた」と口から出るようになりました。いくら疲れても外には出さないようにしていたのに、元気にニコニコすることが出来ず、帰宅するとゴロリと横になる日が続きました。

思えば原稿仕事を増やし続け、夏休み明けからはそれまでの2倍は働いていました。週に1度は徹夜のペースでした。いつもなら難なく乗り切っているささいなトラブルが、私の残された最後の気力を吸い取ってしまったのかもしれません。頑張ろうと思っていても力が出ず、焦るばかりの日々が続きました。常に自分に頑張れ頑張れと言い続けなければ何も出来なくなっていました。この頃、メール最後にいつも「がんばろう」と書いてくるので、おかしいと思っていたと、後で友人に言われました。

疲れた」とつぶやくようになってからのある日、私はカレンダーを見ていました。原稿仕事はありますが、講義や打ち合わせで外出する日が2週間ほどないことに気付きました。その直後、私は体が粘土のように重く、何のやる気もなくなっていくのを感じました。それまでの緊張が解けて「気が抜けた」のかもしれません。この隙に鬱病が私の中に入り込んだのだと思います

最後研究会に行った日の晩、私は味覚を失い、翌日からは何が起こったというわけでもないのに涙が止まらなくなりました。研究会の準備をしなくてはならないのに、脳にベールがかかったようで、本を読んでも内容が全く頭に入らず、まともな文章も書けなくなりました。唯一好きだった家事料理も、焼きめしお好み焼きのような簡単ものを作るのがやっとで、食欲も全くなくなりました。私はパソコンで言うと「フリーズ」してしまったのです。

気がついたら年収1000万円越えてた

40才。男。工学大学院博士課程修了。クソみたいなエンジニアリング企業技術開発部門勤務。独身。気がついたら年収1000万円越えてた。

博士課程二年の時だったかな?Webで゛博士100人いる村゛が流行ったのは。

まだTwitterFacebookも無く(俺が知らないだけであったかも知れん)、SNSと言ったら、mixiが全盛だったころ。

博士号取った後の就職難と言うのは今も変わってないようだが、まあ、博士100人いる村を見て、薄々感じていた危機感が、はっきり現実問題として認識出来たわけ。

普通の、全うな感覚を持った人間であれば、それよりもずっと前にわかりきっているべきことなのだろうが、無能のくせに無駄に夢見がちな俺にとっては、追い込まれなきゃ分からないことだった。

そこからは、博士号を取るために必要最低限の論文しか書かない、アカポスなんて考えないと決め、研究もそこそこに、民間企業への就職に邁進した。修士課程の後輩が、学校推薦とやらで有名企業にどんどん内定していくのを横目に、こっちは自由応募でエントリーシート書いてたっけ。指導教官には白い目で見られたな。博士課程からの応募は、新卒扱いではなく、中途採用と同じコースになりますとか言われた会社もあった。

結局、現在のクソみたいな会社に拾ってもらって早くも10年以上経ったわけだ。

なんてことを、帰り道、牛丼屋でインド人と思われるバイトが作った牛丼を食いながらついつい考えてしまった。インド人牛丼作って良いのか?それともあのバイトスリランカ人なのか?とか思いながら。

ああ、確かに数年前、年収1000万越えた。クソではあるが、すぐに潰れるような会社ではない働き口もある。すぐやらせてくれる女はいないが、時々ソープに行く金はある。

ソープは良いぞ。ソープは。見ず知らずの女がしゃぶってくれる。そこそこ金は掛かるが、金を出すかいのある容姿スタイルの女が、俺の貧相なチンポをおいしそうにしゃぶってくれる。ゴム付きではあるが、やらせてくれる。そこそこ感じた演技もしてくれるから、そこに気づかないふりをしていれば、まぁ気分良く射精出来る。

学生時代と変わらず、食生活牛丼屋、ラーメン屋コンビニ弁当だし、仕事学生時代研究の延長って言えば延長だ。微妙に分野は違うが、端から見たら変わらん。

学生時代よりも金は稼げるようにはなったが、使う内容と言ったら上に書いたように大体風俗だ。

俺の人生これで良かったのかは分からんが、少なくとも、あの博士100人いる村をWebで読まなかったら、もっと酷いことにはなっていたのは間違いない。だから、作った人に、遅ればせながら、感謝申し上げたい。あなたのおかげで俺の人生なんとかなってるよ。時々ソープに行けるくらいには稼げてるよ。ありがとう

2019-03-27

anond:20190320002956

ブコメ厳しいね

同じような夫婦なので書くね。

うちは夫婦共々、高学歴(どちらも博士号持ち)なんだけど、教養知識量の差で揉めることは多々あるよ。

過去高学歴博士号持ち)とお付き合いして一緒に住んでいたこともあるけど、その時は大して揉めなかった。

この差は自分身の回り環境や人を自分の思いのままにしたいかどうか、だと思う。

元増田は知っていると思うけど、元増田奥さんのように、知識なんてなくても、自分意見を強引に通すことはできる。

科学的根拠を並べ立ててもいいし、有名な誰かが言ってるからでもいいし、元増田奥さんのように「そうじゃないと嫌なの!」でヒステリックに暴れて怒鳴って脅迫してもいい。

私見だけど、自分意見を通したいだけの人は、例え知識を手に入れても、自分経験を基にした意見サポートすることにしか使わないと思う。

現に夫がそうだし、元彼は好きなようにすれば、というタイプだった。高学歴知識量がモノを言う職種でも、プライベートとなると我が我がとなるので、これは性格問題なのね。

から元増田が対抗して我を通すか、そのままの奥さんを認めるしかないんだよ。

私は、自分の思った通りにならないと気が済まない、価値観押し付けることしかできない夫に限界が来たので、離れて暮らすことにした。私はそのままの夫を認められなかったし、他人自分価値観強要できなかったので。

一緒に生活できるかどうかは、学歴容姿では判断できないから困るね。一緒に長い時間かけて過ごしてから結婚を決めるべきだったと反省している増田より。

2019-03-21

anond:20190321194358

東大子育て東証一部の管理職はちと難しいが、京大結婚博士号年収千万は凡人でも努力次第で見えてくるぞ。

2019-03-18

工場実習という儀式

東大博士号を取得して日系のメーカー就職して三ヶ月くらいライン作業とかやった。

何年か前の話。

巷に渦巻いているような

「あれは悪夢だった」

地獄だった」

高学歴俺様に」

とかそういう気持ち特に感じなかったように思う。

「虚無感はあるけど研究よりは遥かに楽だし趣味時間もあるし、何よりノンプレッシャーだし睡眠が取れるし悪くないなぁ」

って感じだった。

そのメーカー退職して今は米国系の会社研究っぽいことやっている。

別にそこがとても嫌だった訳じゃなくて賃金が良かったからホイホイついていっただけ。

で、今思うのは

「あの実習という儀式は単純に無駄なんじゃないかなぁ」

くらいのこと。

意外にそんなもん。

あれで今と同じ給料貰えるならそれが一生の仕事でも悪くないかな。

2019-03-08

anond:20190308203847

やっぱ首相には高学歴であって欲しいわ、主要国首脳には博士号持ちだっているんだもの

そう考えると今の総理エスカレーター成蹊勉強してない証拠に見えてしまうね

から答弁で基本的法学用語でも理解してなかったことが露呈してしま

こう考えると、トップレベル鳩山の経歴は極めて魅力的に映る

逮捕された角榮なんていかにも田舎低学歴ヤンキーの末路って感じがするよね

2019-03-04

anond:20190304124615

お宅は増田先生、お尋ねしたいことがあります、ってメールが来たら読まずにスパム報告するのか?

そういうメールをもらったことがないくらい端くれなのか?

うーん。メールに対する対応って「読む」or「スパム報告」なの?そういう論理性をお持ちならますます相手にはしてもらえないと思うんだが、自分で分からいかなあ。ちなみに私の場合は、たとえば高校生とかからメールを貰う、とかいうこともあるので、それに対しては進路相談みたいなレベルも含めて答えることがあるけれど、読むorスパム、的な論理性を背景としたメールは……まあ消して終わり。何通か来るなら迷惑メールフィルタ登録する。それだけの話だな。

博士号お餅ですか?

はい。理数系だしね。で、それがなにか。

anond:20190304123746

そうか?

お宅は増田先生、お尋ねしたいことがあります、ってメールが来たら読まずにスパム報告するのか?

そういうメールをもらったことがないくらい端くれなのか?

博士号お餅ですか?

2019-02-28

任期付きバイオ助教最後

題名にある通り私は某旧帝大で特任助教バイオ系)をしており、今年の3月末で任期が切れますアラフォーです。

4月からの勤務先はまだ決まっておりません。

ここ二年の間アカデミア、民間企業等多岐にわたって職探しをずいぶんやりましたが、結局就職先は一つも見つかりませんでした。

アカデミアに関しては南は沖縄から北は北海道まで日本全国で様々な大学バイオ研究職に手当たり次第に応募しましたが、全て落ちました。面接では練に練った研究計画を余すことなく熱意を持って伝え、面接からもお褒めの言葉を頂いた事も何度がありましたが、結局全滅しました。

民間企業に関しても軽く30社は応募しましたが、面接に辿り着けたのが数社で、全て不採用でした。

もうここまで来ると職探しをする気力は消え失せてしまいました。

もうアカデミアも民間企業も持ち駒は一つもなく、今はただ来月末の任期満了日を怯えながら待つのみです。

4月からどうすればいいんだろう。。。どうしよう。。。私は独身で、頼れる身内も一人もいません。人生つみました。

世間では研究者はすごく大変だけどやりがいのあるかっこいい仕事だと思われてるようです。昨今の日本ノーベル賞受賞者の影響もあるでしょう。しかし、研究者は能力がなければ目も当てられないくらいに悲惨です。(私です。。)素質に恵まれた極少数の研究者は非常に良いですが、大半の研究者はそうではなく、早晩窮地に追い込まれることになります。(私です。。)

思い返せば、私は小さい時から研究者に憧れていました。高校では必死勉強して、現役で東大理一に合格し、その後も理学部を経て理学研究科で博士号を取得し、自分は将来東大教授になるんだと信じて疑いませんでした。しかし、今思うと、理学研究科で大学院生をやってた時既に自分研究者に向いてないという事に気付くべきタイミングが少なからずあったように思えてなりません。詳細は省きますが、当時の指導教諭や先輩(今は某旧帝大准教授です。。)から私が研究者を目指すことをやんわりと否定するようなことがあったことを思い出します。結局研究者としてやっていけなくなっていまこのようなにっちもさっちもいかない状況になってしまったので、やはり彼ら(研究者としての素質を持ってる人たち)の指摘は正しかったし、素直に彼らの指摘を受け入れて、大学院生時代キャリアチェンジを図るべきだった(就職医学部編入とか)と意味のない反省をしてます博士時代の同期は何人かいましたが、途中で中退して、医学部編入したり、民間企業官公庁にでていった人が結構いました。今思えば彼らの選択が正しかった思います。素直さのなさと視野の狭さが私の欠点であり、その欠点のせいで人生がこうなるとは予想してませんでした。

博士号取得後は別の研究室に移りポスドク(激務薄給労働者)として一日も休むくことなく馬車馬のように働きました。ポスドクをしてた時にも今思うとやはり研究者としての限界を思い知らされる様な出来事がありました。(ご想像のとおりです。)この時も現実を受け入れる事なく、そのままポスドクとして残ってしまいました。ひょっとしたらくだらない自尊心のせいで、自分研究者としてやっていくのは無理だという残酷事実から無意識的に逃避していたのかも知れません。

数年に渡るポスドク生活の後、運良く(今思うとここで自分人生の運を全て使い果たしのかも知れません。)今の特任助教の職にありつく事ができました。しかし、研究世界非情もので、才能のない人がいくら努力しても上手く行くことは決して無く在任中にたいした成果も出せずに気が付けば任期満了まで一ヶ月というところまで来てしまいました。

昨今大学研究者を取り巻く環境悪化の一途を辿っており、任期無しの研究職がどんどん少なくなり、その一方で任期付きの研究職の割合が日に日に高まっています。このような状況のせいで自分研究者になれなかったのだと不平不満を述べる人が多数いますが、私はそうだとは思いません。やはり研究者になれない人(私も含めて)には素質がないのです。素質が何なのかは難しいところですが、結局任期無し大学教員という職を巡る椅子取りゲームで勝つのはやはりふさわしい人なのです。終わりのない椅子取りゲームに見えますが、研究者として生き残る人はなんとなく決まっているように思います。(ここらへんは私自身の勝手想像です。自分研究者になれなかった脱落組なので。。)

繰り返しますが、研究者は素質がないともうほんとに悲惨です。自分に素質があるかどうかは割と早い段階で分かるはずなので、いま大学院等で研究者を目指して奮闘している方達(特にバイオ系)には時期を逃すことのないよう気をつけてほしいと思います

また、アカデミアのよろしくないところは、成功者経験ばかり語られて、落伍者の声は闇に葬り去られてしまうところだと思います成功談も大事ですが、それ以上に失敗談にこそ学ぶべきところがあるのだと悟っています

ああ、4月からどうすればいいのやら。今後の人生はどうなることやら。任期満了日が過ぎたら、その後は社会底辺彷徨いつついつか年老い死ぬ日をひっそりと待ち続けるのみです。

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