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はてなキーワード: 我が国とは

2020-06-02

我が国最高裁法廷が持つ法令違憲判決権が実際に実行されたことはほとんどない

 昭和ほとんど終盤に差し掛かる昭和48年に刑法200条(尊属殺重罰規定)が憲法14条1項に違反するとされたものがかろうじて最高裁法廷もの

考えたといえるにとどまるものが、その内容も積極的刑法200条を違憲とするものではなく、回りくどい内容であってあまりすばらしいものではない。他に有名なもの

最高裁法廷昭和50年 4月30日判決

・ 薬事法6条2項(薬局距離制限規定)が憲法22条1項に違反する。

 があるが、このときには最高裁はもう終わっていたし、薬事法行政法であって、昭和50年にはまだ行政法が生きていたと解する余地があるにしても、文章を読んだ限りではもう終わっていたし大した判決ではない。

 最高裁法廷昭和62年 4月22日判決

・ 森林法186条(共有林の分割制限)が憲法29条2項に違反する。

  この時代にはもう法は終わっていたのでどうしようもなかった。

 最高裁法廷平成14年 9月11日判決

・ 郵便法68条及び73条(郵便業務従事者の過失により発生した損害賠償責任免除)が憲法17条に違反する。

 

  この時代は誰も裁判所を知らなかったのでどうでもいい判決だし、出たときも誰も認識していなかった。

 最高裁法廷平成25年 9月 4日決定

・ 非嫡出子法定相続分嫡出子の2分の1であるとする民法900条4号ただし書前段は,遅くとも平成13年7月の時点では憲法14条1項に違反するに至っていた。

・ 民法900条4号ただし書前段は憲法14条1項に違反しないとした最高裁法廷平成7年7月5日決定を変更。

 これも同じ。

   他に、終戦後にでたいくつかの適用違憲判決があり、そちらの方には内容がある可能性もあるが、戦後憲法におけるわが最高裁が、法令違憲判決に関して、素晴らしい仕事したことは一回もない。

馬蹄形便座はなぜ消えた?

かつて20世紀後半の日本には馬蹄形の便座があった。

この便座に腰かけると、そこには何の問題も無かった。男性にとってもノーストレスだった。

しかし、温水洗浄便座が我が国に普及し始めた頃、馬蹄形便座は姿を消し、円形の便座によって天下統一が為された。

温水洗浄便座の普及は確かに人民への福音であった。しかし、その影で馬蹄形便座が消えたことを忘れてはならない。

円形便座に腰かけると、我が男根の先端が便座に触れてしまう。これは何を意味するか?

これはつまり公共トイレで便座に腰掛ける時、我々はそれ以前にそこに座っていた不特定多数男性達と男根による間接キッスをしているのだ!

馬蹄形便座の復活を我は心より待ち望む。

2020-06-01

我が国最高裁公共の福祉についていかなる見解をとっているか

  終戦直後昭和20年代には、公共の福祉の外在的制約論(人権とは別の公益という概念によって人権制限できる)とみえるような

    判例もあったが(賭博罪合憲判決)、昭和30年代に入り、明確に、内在的制約説とはいわないまでも、チャタレー事件判決などにおいて

  人権公共の福祉により制限されるとの具体的な文章が出てくるようになった。

   昭和40年代以降の憲法判断は既に悪化していたから必ずしも評価しないが、次のような二重の基準論などというものも出てきた。

46 】 個人経済活動自由に関する限り、個人精神的自由等に関する場合と異なって、社会経済政策実施の一手段として、これに一定合理的規制措置を講ずることは、憲法が予定し、かつ、許容するところである。 (最大判昭47・11・22刑集二六・九・五八六 〈小売市場事件〉 憲百選Ⅰ[四版]九九)

47 】 職業自由は、それ以外の憲法保障する自由殊にいわゆる精神的自由比較して、公権力による規制要請が強く、憲法二条一項が「公共の福祉に反しない限り」としたのも、特にこの点を強調する趣旨に出たものと考えられる。 (最大判昭50・4・30民集二九・四・五七二 〈薬事法距離制限違憲判決〉 憲百選Ⅰ[四版]一〇〇)

   

   しかしわたくしが以上の判例を読んでみても、あまりよろしくないものであって、我が国最高裁が、公共の福祉概念論についてどのような立場をとっているかは明確ではないが

  わが最高裁が、公共の福祉に関してもっと本領を発揮したのはチャタレー事件最高裁判決における次のものであって、昭和2、30年代には色々と正義判決も陸続したが

その後の容体があまりよくない。

 憲法保障する各種の基本的人権は、それぞれに関する各条文に制限可能性が明示されていると否とにかかわりなく、憲法一二条、本条の規定からしてその濫用が禁ぜられ、公共の福祉制限の下に立ち、絶対無制限のものではない。 (最大判昭32・3・13刑集一一・三・九九七 〈チャタレー事件〉 憲百選Ⅰ[四版]五八)

我が国行政公法私法一元論に堕した理由

   戦後行政法学の権威であり、終戦後の古き良き行政法実務を知っている塩野宏の本によれば、戦後行政法においては

公法私法峻別する二元論支配的であったが、低成長時代以降に経済社会支配的になる中で、以下の最高裁判決(といっても

昭和59年には最高裁は既にカスだったのでほとんど価値はないが)がでたことにより公法には公法世界があるという戦後のれっきとした

風情はなくなってしまい、経済的都合に合致するならなんでもござれという矛盾的で腐敗した風潮が昭和40年以降、最高裁において加速し

  民法511条の相殺制度に関する非論理的ご都合主義判例変更が出たのも、最高裁が何もかもご都合主義になっていた昭和40年以降

特に顕著である

  公営住宅使用関係には、公の営造物の利用関係として公法的な一面があることは否定し得ないが、入居者が使用許可を受けて事業主体と入居者との間に公営住宅の利用関係が設定された後は、両者の法律関係基本的には私人間の家屋賃貸借関係と異なるところはない。 (最判昭59・12・13民集三八・一二・一四一一 〈都営住宅明渡し事件自治百選[三版]五〇)

民法相殺制度に関する昭和45年最高裁判例が嫌いだった

 法学部の界隈では、最高裁法廷裁判官が8対7の僅差で決定したとして、有名と言われているが、昭和39年判決内容を

変更したこ時代にはもう我妻栄星野英一などの民事法の傑物がいなくなっていた悪化した時期にあたるものであり、むしろ

戦後民法の星であった昭和39年の最後判例を変更したものとしては極めて悪質である

 判例変更後の昭和45年大法廷判決文章2)の具体的内容は検索すれば出てくるがやたらに煩雑であり条文の指摘も難解で

とにかく初見で見たときに嫌な感じがした。

 もちろん判例変更前の昭和39年判決がやたらに論理的に過ぎるという批判もあるが、明治民法の中身が終わる最後判決でもあった。

我が国民法はもう相当前に利益主義に走って終わっており、わたくしは昭和45年大法廷判決における判例変更が決していいものとは思わない。

(1) 甲が乙の丙に対する債権差し押さえ場合、丙が差押え前に取得した乙に対する債権の弁済期が差押え時より後であるが、被差押債権の弁済期より前に到来する関係にあるときは、丙は右両債権差押え後の相殺をもって甲に対抗することができるが、右両債権の弁済期の前後が逆であるときは、丙は右相殺をもって甲に対抗することができない。

2 】 (1) 債権差し押さえられた場合、第三債務者債務者に対して反対債権を有していたときは、その債権差押え後に取得されたものでない限り、右債権及び被差押債権の弁済期の前後を問わず、両債権相殺適状に達しさえすれば、第三債務者差押え後においても、右反対債権を自働債権として被差押債権相殺することができる。

     我が国民事法は、社会をよくするために、東大法学部ヨーロッパに行って持って帰ってきたものから

     代表的民法学者として、明治我妻栄がよく引き合いに出されるが、我妻よりも、もっと若くて偉い人たちは当時

    たくさんいて、区役所では行政法大審院では民事法に関して大量に仕事をしていたわけで

        現在の国やインターネットにおいては、とにかく我が国の法の、古色蒼然としていて、何もいいところがないがごとき側面ばかり

みせていて、区役所裁判所が超絶時代だったころの資料などは隠しているが、昔は凄かったのだ

      平成時代民法ないし裁判所民事部、東大法学部民法教授はもう人として終わっており、民法をやるならば明治時代にやっていた人の

テキストから開始しないと意味がない

 

  我が国民法は、明治時代ヨーロッパから持ち込んだ一部の学者官僚日本人社会を善良にするために用いたもの

 明治29年に正式法律として公布されているが、実際には明治維新のときから特に法律として公布せず、優れた民事裁判を重ねて

 日本人社会を善良にしていたわけのもので、戦後星野英一などの法学士が息を吹き返し、民法を用いて社会の善良化を図っていたわけで

  その時代に書かれた書物を探り出して勉強しなければ民法勉強したことにはならない。

    最近法学部において教えている民法参考書判例は、全て偽物であり、学生は騙されている。

    昔はもっとすぐれた人たちが寄ってたかって日本人社会を改良するために、法を論じていたわけで、最近の法は最低最悪で見る影もない。

2020-05-31

anond:20200531195042

現行法/判例では児ポ法保護法益個人的法益社会的法益とされている

我が国法制度の基となっているドイツ法における児ポ規制ではより社会的法益が重視されており、実際、幼児ラブドール違法である

日本における幼児ラブドール違法論も、社会的法益を重視した立場と考えられる

くらいは超基礎的な理解として、保護法益個人的法益のみとした方が運用上適切なのでは、みたいな指摘ならまだわかる。

が、「きちがいフェミが俺たちをキモいと思い込んで感情的攻撃してきているのだーきえー」といった何の根拠もないお気持ちポエムバズる日本、きびしい。

昭和を葬り去ったという平成天皇欺瞞

   昭和が最低最悪で、是非とも平成時代に葬り去らねばならぬと考えたようだが、ありゃウソだよ。昭和時代も確かに40年代

警察バカ男が調子こいて飛行機が落ちまくったり、不幸なことがあったり滅茶苦茶な側面を見せているが、一般復興から天皇死去まで

   社会の上の方は楽しくて仕方がなかったわけで、昭和を葬り去ろうなど論外にもほどがある。

    安倍晋三が無内容最低最悪人間で、現在我が国民事裁判所が病態に陥っているのは、基本的我が国民事法や商事法は

民事法によって社会を善良にするという内容を明治昭和の昔にもっていたか流行ったので少なくとも平成27年度版判例六法に搭載されている

 判例は全て無内容だし、いいところは何も残っていない。

     現在裁判所民事部には何もいいところは残っていないから人気はないよ。民事法を用いて私人関係を善良にするという趣旨もないような

裁判所民事部に人気など出るはずがない。

2020-05-30

我が国行政法における公定力の理論について

   明治時代形成された帝国憲法行政法では、いちいち公定力などということは議論せず、役所裁量自由闊達にやっていたが

   昭和8年に帝国行政法悪化したときにおそらく大審院により公定力の概念が導入された。これをひきずって、戦後復興期に、最高裁

   最三小判昭和30年12月26日民集9巻14号2070頁(Ⅰ―67)において、公定力の概念一見明白に瑕疵がある場合以外は上級庁により

   適法に取り消されない限り違法行政処分有効)を判例で認めてしまい、令和の今日においても、市役所ではこの公定力の判例いかんなく

   利用し悪事をしている。

   もちろん、昭和30年代最高裁が公定力の概念確立したとはいっても、判例理論として確立しただけで個別事件に関しては極力具体的妥当性を

   図っていたが、昭和40年以降腐ってきてから公定力の悪用が始まり昭和8年に端を発するこの悪法理論により苦しめられている一般市民は多く存在する。

国にはろくなやつがいない

  我が国戦後民法に関しては、来栖三郎や星野英一などの本格派の文筆家が生きていたころに流行ったものだが

   もうその中身がないので論じても仕方がない。戦後民法はもう相当昔から内容が悪く今頃これを論じている時点でクソ

    大体、性格が善良でもないのに、民事弁護士民事裁判官になるべきではない

      昭和時代人物人格評価されていたが、今ではキチガイブリーフ裁判官でも民事裁判官になれる時代クズ

100枚コインパズル

https://togetter.com/li/1527323

俺は今、牢屋に閉じ込められている。とある独裁国家侵入し、スパイ活動をしていたが、捕まってしまったのだ。この国ではスパイ死刑だ。俺は絶望の淵にいた。

やがて、看守がやってきた。

看守「喜べ。本来ならお前は問答無用銃殺されるところだが、我が国総統閣下(独裁者)は慈悲深いお方だ。今からゲームを行い、お前が勝ったら死刑免除していただけるそうだ。」

そう言うと看守は1台の機械のようなものと、たくさんのコインがはめられている黒い板状のものを持ってきた。板にはちょうどコインと同じ大きさのくぼみがたくさんあり、それにコインがはめられているようだ。

看守はコインのうちの1枚を板から外し、それを格子の隙間から俺に渡した。

看守「そのコイン、どっちが表でどっちが裏か区別がつくか?」

俺「いや、わからない。そもそも裏表があるのか?」

看守「区別はつかないが、実際にはそのコインには裏表があるんだ。しかし、どっちが表でどっちが裏かは見ても触ってもわからない。実際、俺にもわかってない。」

かにじっくり観察してもいくら触っても区別がつかない。

看守は機械を指して言った「そして、この機械はそのコインの裏表を判別する機械だ。コインを返してもらおう。」

俺は看守にコインを返した。看守は先ほどの黒い板に返したコインを再度はめ、その板を機械に入れて、スイッチを押した。ピピッと音がして、機械デジタル表示部分に 10/100 と表示された。

「この表示は、『コインは全部で100枚あって、そのうち10枚が表』であることを示している。ただし、100枚のうちのどの10枚が表なのかはわからない。そして、コインの裏表はこの機械を使う以外に区別する手段はない。」

看守はコインがはまった黒い板を機械から取り出して俺に渡した。さらに、コインがはまっていない白い板を1枚、寄こしてきた。2つの板は色以外の違いは無いようだ。

「さて、ゲームルールだが、今からその100枚のコインを2つの板に分けて入れてもらう。そしたら、その板を俺2枚ともに渡せ。板をそれぞれ機械にかけて、表の枚数が同じだったらお前の勝ち、違っていたら負け。さらに、コインの枚数が合わせて100枚じゃなかった場合もお前の負けだ。そして、当然だがお前がこの機械を使うことはできない。じゃあ、せいぜいがんばれ(笑)

そう言うと看守は機械を俺の手の届かないところに引っ込めてしまった。

俺はの命は助かるのだろうか。

2020-05-27

日本人に対して実数論の公理とかεδ論法を教えられる先生いないだろ

  学生の方から実数論の公理に関して授業を受けたいという人がいても、俺の時代にはそれにこたえる先生東大には居なかった

    他の大学理学部には居たかもしれないが、少なくともわたくしが通っていた東京大にはそんな先生もいなかったし図書館

行ってもそんな本はなかった。

  当時、色々さがしたけどそんな本は公開されてなかったし、国側も公開しなかったせいで、なし崩しで、平成学生実数論とか

理学部数学科での勉強をしなくなった。

  明治時代昭和39年までに我が国の全国の大学理学部日本人先生がどこまで数学研究が到達できたかは公開されていないし

一部のキチガイやばいところまで行った奴ばかり公開していて、本物の日本人数学先生がどこまで到達したかは公開されてなかった

から誰も哲学的数学をする人がいなくなった。

 自分哲学的数学を極めたいと思っていたが、それに応ずる日本人先生がいなかったので、やめた。

   自分が本当にやりたかったのは、日本人でもできる哲学的数学で、それをやりたいと学生時代に思っていたが、教える先生がいなかったし本もなかった。

  法律学には興味がなく、理学部数学科数学であって普通の日本人でもできるものを専攻したかったというのが本音だが私のころは明治時代昭和時代の偉い数学者も

誰もいなかったし、東京大先生には昭和のくされキチガイしかいなかったし、図書館に行っても参考になるような具体的な本はみれなかったのでやらなかった

我が国において本当に偉い数学者は少ない

  

   以下のとおり色々いるけど基本的日本人数学ができないか特別な人でないと明治時代から数学ができなかったので数が少なかったし、以下に列記の全ての数学者が偉かったわけではない。明治時代活躍した数学者が偉いことをしたことと、昭和時代数学者がはっちゃけていただけ。昭和40年代以降の数学者は怪しい腐れゴミだし、

   戦後30年の男の数学者は知り合いの仲間と共同してクソ必死になって研究していたが、昭和50年代になり女性化の時代になって、文科省がニホンジンに教える数学から初等幾何学はやめましょう、日本人女性に害があるということで、初等幾何学は一切教えなくなったことで、もう相当昔から我が国数学教育はすたれ果てている。

  以下に列記の数学者以外にも、国が隠していて活躍していた数学先生で偉い人は、明治昭和時代はたくさんいたが、今はろくな奴がいない。

 菊池大麓(1855-1917):数学最初日本人教授、のちに東京帝国大学総長

藤沢利喜太郎(1861-1933):2人目の教授数学教育、本格・応用両面の西欧数学移入

林鶴一(1873-1935)

吉江琢児(1874-1947)

高木貞治*(1875-1960):類体論近世日本初の世界数学

藤原松三郎(1881-1946):「日本数学史」ご進講

窪田忠彦(1885-1952):幾何学

園正造(1886-1969):代数学

小倉金之助(1885-1962):数学史、随筆家

掛谷宗一*(1886-1947):連立積分方程式、掛谷の定理

竹内端三(1887-1945);『関数論』

辻正次(1894-1960)

吉田洋一(1898-1987):『零の発見』<岩波新書

末綱恕一(1898-1970):解析的整数論

20世紀まれ日本数学

1901年 - 1910年まれ日本数学者[編集]

岡潔*(1901-1978):多変数複素関数論。多くの随筆を残した。

中村幸四郎(1901-1986):位相幾何学の導入、数学

正田建次郎*(1902-1977):抽象代数学上皇后美智子の伯父

岡村博(1905-1948):微分方程式

南雲道夫(1905-1995):解析学

弥永昌吉(1906-2006):整数論。優れた多くの弟子を育てた。

吉田耕作*(1909-1990):関数解析学

1911年 - 1920年まれ日本数学者[編集]

角谷静夫(1911-2004):角谷の不動点定理

矢野健太郎(1912-1993);微分幾何学。多くの数学専門書・啓蒙書で知られる。

中山正 (1912–1964)

伊藤清*(1915-2008):確率微分方程式

小平邦彦*(1915-1997):代数幾何学

古屋茂(1916-1996):解析学

岩澤健吉(1917-1998):整数論。岩澤理論

加藤敏夫(1917-1999):加藤定理

太郎(1920- ):力学系関数解析

1921年 - 1930年まれ日本数学者[編集]

溝畑茂(1924-2002):解析学偏微分方程式

西正武(1924- ):複素解析

冨田稔 (1924-2015) : 作用素環論

竹内外史(1926- ):数理論理学

一松信(1926- ):関数

鈴木通夫(1926-1998):群論

岩堀長慶 (1926–2011)

永田雅宜(1927-2008):代数幾何学ヒルベルトの第14問題否定的解決した。

佐武一郎 (1927-2014) : 代数群、

谷山豊(1927-1958): 複素解析谷山志村予想

佐武一郎 (1927–2014)

森毅 (1928-2010) : 関数空間の解析。数学教育についての多数のエッセイで知られる。

佐藤幹夫(1928- ) : 佐藤関数代数解析学の創始

境正一郎 (1928- ) : 関数解析学, 数理物理学

服部晶夫 (1929–2013)

久保田富雄(1930- ):整数論

志村五郎*(1930-2019 ):複素解析谷山志村予想

米田信夫 (1930-1996)

1931年 - 1940年まれ日本数学者[編集]

広中平祐*(1931- ):代数幾何学

荒木不二洋(1932- ):数理物理学、場の量子論代数的構造論

小林昭七 (1932–2012)

竹崎正道 (1933- ) : 作用素環論

伊原康隆(1938- ):整数論

1941年 - 1950年まれ日本数学者[編集]

足立恒雄(1941- ):代数整数論数学

飯高茂(1942- ):代数幾何学

藤原正彦(1943- ):専門は数論。エッセイスト、『国家の品格』<新潮新書

齋藤恭司(1944- ):複素解析

上野健爾 (1945- ) : 代数幾何学

秋山仁(1946- ):専門はグラフ理論、離散幾何学テレビにも出演

柏原正樹(1947- ):代数解析学佐藤幹夫弟子

斎藤 裕 (1947-2010) : 保型形式

砂田利一(1948- ):大域解析学

宮岡洋一(1949-):代数幾何学。ボゴモロフ・宮岡・ヤウの不等式

三輪哲二 (1949–)

石井志保子(1950- ):代数幾何学

anond:20200527093216

そういう発想が出る時点できみは殺人者と同じで、まだ手にかけていないだけの一般人だ。怒りによって命を奪うことを正当化する、報復することで何かが救われるという精神を持つ人間が出てきてしまう時点で、教育の失敗だと俺は考えている。

そもそも人間は、もとから自己に全ての責任を負えるような存在ではない。自由意志について長々と述べる気はないが、自分の近親が殺された時の感情想像する以前に、犯罪者を含めすべての人間が、環境によってその人格形成されていることについて深く想像力を働かせなければならない。責任を負える存在があるとしたら、それは環境コントロールできる存在。究極的には国になるだろう。だから本来は国が「我が国が至らぬせいで犯罪者を輩出してしま申し訳ない、犯罪に手を染めるようになる前に国民監督者たる国が救うべきであった」と、被害者だけでなく犯罪者を含めた全国民に詫びるべきではないのか、と考えることもできる。そういう考えがあるから現代では犯罪者に対して国が税金をかけてまで手厚く更生と社会復帰のためのトレーニングを施すことが正しいとされるわけだ。一方で死刑にしてしまうというのは、言わば監督責任放棄に他ならない。

2020-05-26

一番偉かった数学者はきくちだいろく

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%8A%E6%B1%A0%E5%A4%A7%E9%BA%93

   明治時代に、日本人論理を普及させるため、ヨーロッパに行って勉強してきて平面幾何学論理

などについて勉強し、東京帝大総長文部省大臣などをしていたが62歳で新聞を読んでいる最中に脳溢血で死去

     他にも解析概論で平成東大生にも盛んに読まれ高木貞治などの明治数学の傑物がいるが、

 いずれにしても我が国の用意した数学者は明治の昔から数が少なく、しかもあまり哲学的なことができない

   これが、天皇制数学限界である

我が国において警察正当化された時代

  日本人は超絶激臭膣(クロ)だから、やりすぎると絶対悪事に走る、どこかでブレーキをかけないと絶対にまずいと考えられた時代

正当化され、昔から警察はやりすぎる人間に対して厳しい、またそのことが世間からも暗黙に認められていた時代があったが

最近別に悪事をしていないのにやりすぎている人に色々手を出しており、警察悪人なのがばれた

     もう日本人はやりすぎる、調子に乗る、絶対悪事をする、だから警察必要との時代は終わった

   最近やっていることは正当でもなんでもないし、犯罪だし、終わっている

2020-05-25

警察行政法研究するなら明治帝国憲法警察法と、昭和時代のもの検討しなければ意味がない

 ちなみに昭和時代のものは、戦後20年のものが概ね最高で、それ以降は怪しいものも相当に混ざっているから気を付けなければならない。

   我が国警察行政法完璧だったのは明治時代で、そこから探求しなければ意味がない。

     令和のその辺の警察官は、明治警察法にも、昭和警察行政法も知らないから騙されるな、あいつらは何も考えていない犯罪者だ。

    色々と考えていたのは明治帝国憲法における警察法で、その当時の資料をひっぱり出してきて、どのような職務実施されていたのかを

探求するの要がある。

     いづれにしても、明治と、昭和の一時期以外の行政書類以外は使い物にならない。

我が国民法というものはない

  東京高裁ブリーフ裁判官が書いているようなものを読んでもダメです。我が国においてヨウロッパから民法

導入されたのは明治時代のころです。したがって、明治時代使用されていた民事判例を読まなければ意味がない。

  それから我が国行政法も、明治戦後20年の間に生きていただけだから、それを読まないと意味がない。刑法刑事訴訟法知的財産法も同様です。

    最近東大学生は、やたらと知的財産権がどうとか言っていますが、そんなもの時代はとうに過ぎている。そういうものに内容があったのは

明治戦後の大昔の話で、とうの昔に終わっている。

  もちろん、生きていたこのものは公開されておらず、お前は警察の男や役所職員大学教授に騙されている。あいつらはとにかく騙すことに必死

社会があった頃のテキストは非公開にしている。

    我が国において法があったのは明治戦後20年を起点とし主に昭和時代のころで、それ以外の時期には存在していない。君たちは何もわかっていない。

anond:20200525130654

我が国でも県境ってものが昔あったんだけど、無事になくすことができました。

ただそれは、信長秀吉家康が血なまぐさいことをやったおかげだ。

 

モンゴル神聖ローマ帝国が、地球統一国家を成立させて、その後安定的運営してくれればよかったんだけどね。

いまから世界統一しようとしたら、核兵器跋扈して、代償に文明が壊滅するね。

anond:20200525094333

貴方のように青筋たてて怒鳴り散らさなくてもそう感じている日本人は多数いる筈だよ。

例え「我が国では新型コロナの抑え込みに成功しています」と報道するテレビ番組があっても「いやぁまだまだでしょ」って感じてしま視聴者が多い国だもの

嫌らしい事にその国民性を見抜いた悲観的なテレビ番組ニュースを多数制作する傾向にあると言う困ったちゃん

2020-05-23

 俺はもともと、俺などと言う人間ではなく、わたくしとか、私という人間だったが、平成18年に東大法学部刑訴法の川出の講義

試験対策中に、川出が買えと言っていた腐れ刑訴法判例集我が国刑事訴訟の真の姿だったとずっと誤解していて

  その試験対策中、もともと脆弱文系女子だったのに、いつのまにか自分のことを俺というようになった。

   井上正仁などが選定した東大出版会の刑訴法判例集はとにかくそ文体気持ち悪く内容も最悪で、色狂いの脆弱女性器たる

平成日本人文系女子には受け付けなかった

   東京帝大ないし東大法学部において真に素晴らしい刑事手続き法の判例を書いていたのはもう大昔のことだが、東大法学部悪人の男の陰謀

そういう素晴らしい判決集は東大法文1号館のエレベータ付近にあるひっそりとした法学部図書館の中に封印されてしま

   東大法学部自身が、自分が本当によかった時代テキスト封印した。このため平成時代東大法に行った文系女子にぶちきれられ暴発して終わった

     平成18年の東大法ではクソ男やじじいの嫌がらせで、もう具体性や精彩さがなくなった時代判例ばかりを見せていて文系女子から嫌われていたし

当時の東大法は法学教育をなんら実施していなかった。

    当時文Ⅰ採用された人はZ会予備校などで活躍した日本人ばかりだったが、せっかくそっちで文才を磨いた奴らに対し、法学部陰謀

法律教育につなげなかった、その結果、今のような最悪な政権が出来上がった。

    平成15年東大文Ⅰ選抜組に対し、その文才を生かし、明治時代戦後20年ないし昭和50年代ばりの法律教育実施していれば可能性はあったが

当時いた東大スタッフがそれをしなかった。

2020-05-21

オリンピック甲子園は今後運営できるのか

仮に新型コロナ治療薬が世に出たとして、今後も大規模な興行というものが開催できるようになるのだろうか。

貧困層を含めた高齢男性が死者をほとんどを占める今回のコロナでは

しろ強行して超高齢社会である我が国日本を救っていただければ幸いなくらいに考えているので、

高齢重症者を病院は受け容れなくてよいという基準と共に強行していただいても問題ないのだが

それを容認できる人はどれだけいるだろう。

まあヨーロッパ人の三分の一が死んだ黒死病経験した後ですらオリンピックという興行発明されたので

また以前のように大規模な興行は行われるようになるのかもしれないが

個人的には、これだけネットVRが発達しているのだから配信スポーツ大会のような興行誕生するのも楽しみではある。

コロナ経済戦争でボロ負けのアメリカ中国優秀すぎるって話

アメリカ・ファーストを歌ってきたトランプは今回コロナ経済戦争で完全に失墜したのは、

アジア圏と比較して感染者数死者数共にものすごい事になってる状況を見ると明らかで。

ダウが維持されてるのは日本同様に中央銀行がとにかく市場意地のために国内株書い支えててるから

日本アメリカはやってることがよく似てる。

 

話を戻し。今回のコロナアメリカ中国にボロ負けというのは、

WHOに一番カネ突っ込んできたにもかかわらずテドロスの買収を出来なかった事。

1月の段階で、WHOの動きはおかしかった。

あの当時でさえ異常な感染力を警戒してた人が多かったというのは

はてなーであれば記憶に新しいと思う。

 

そんで日本はじめ、諸外国結構WHO基準に則って行動していた。

ところが蓋を開けてみれば、遡ること12月の時点で

既にこの新型肺炎ウイルス危険性を訴えていた台湾意見ははねのけられていた。

中国が人工的に生み出したウイルスではないというのは事実だろうけど

中国意図的WHOに糸を引いてこのウイルス蔓延させたのも事実

 

既に昨年から関税で激しく殴り合ってたアメリカだけど、昨年の時点で劣勢だった

そこにきてコロナ禍によるとどめの経済破壊

欧州欧米が大混乱の中、中国は既に経済活動を国内で再開。

世界中部品製造やらを中国依存していて、

かつ国内ではまともに経済活動も出来ていない状況下では

中国製品にどうしても頼らざるを得ない状態に。

中国やべーよ優秀すぎだよ。

 

優秀な人々は今後もしばらくまともに経済が動かない国よりも

中国アジア圏に移り住んだ方が生きながらえると判断するだろうし。

なんというか、アメリカ・ファースト経済ファーストは完全に敗北してしまった。

経済ファーストを掲げる以上はもう、中国いかに付き合うかを考えないといけない。

経済の中心は完全に中国シフトしていく。

 

そんな最中、更にアメリカWHOへの資金を凍結した。

アメリカ的にはしてやったりなんだろうけど、むしろこれでますますWHO中国一色に染まっていく。

アメリカはもうWHOお金を入れさせてもらえない立場ということ。

自国一番を謳ってたアメリカだが、それは世界で一番の経済大国だったから許された蛮行であって

これから中国が完全に世界経済に君臨する時代において

アメリカはどうやって勝ち筋見出していくんだろうか。

 

そんな中で我が国アメリカとの縁は切れない状態

マジでこれからどうやって人生設計をしていくべきなのか。

なんて最近思ってたことをモヤモヤと吐き出す場もなかったので

とりあえず増田に書いてみましたとさ。

 東大法学部悪人の男の教授が暗躍を始めたのは平成18年から平成17年までは文系女子に全てがうまく行っていて問題なかったが

平成18年3月に西田典之刑法第二部の定期試験を受けている最中に、俺がブログで、ネコニャイキの掲示板同級生東大法学部生を中傷したとかで

授業を担当していなかった行政法太田匡彦から東大法学部学生懲罰会議に呼ばれ、あの昭和のクソ男にでかい声で怒鳴られた。反省文を書いてもらうとか言われたが

書いた反省文があのクソ男に気に食わなかったようで、「こんなもんな、反省文の体をなしてないじゃないか」という怒号。まさに人間のクズだった。

 俺の弟が東京大学合格したため、平成18年春に調布アパート引っ越しから世の中が激変した。まず、5月の秋田県での米山ごうけん殺害事件

  平成18年から何もかもが狂った。

   平成18年に、刑事訴訟法定期試験対策のため、川出が読むように指示した東大出版会で井上正仁編纂刑訴法判例平成17年からずっと読んでいたが、

岐阜呼気事件判決にしても高輪グリーンマンション事件判決にしても文系女子にはただの黒い文字の羅列にしかみえず、理解できない上にその内容が悪質で、実際には

まらなくて何度も刑訴法判例集をアパートゴミ箱に投げつけた。

   平成19年に留年し、春から再び東大本郷近くのアパートに移って、行政法民法商法などの試験対策のため、教授内田貴から読めと言われていた民法Ⅰ~Ⅳ

や、塩野宏くそまらない「行政法」という基本書に騙されて、腐れた時期の民法商法行政法文章我が国の法の内容だと騙され定期試験の準備をしていた

最中に、平成18年夏ごろから運営が開始された増田悪人から中傷されてその後最悪になり

  平成20年10月にはもう世の中の全てがパニックになっていて平成は終わった

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