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2020-05-24

暗記数学絶対に間違っている

はじめに

自分は、「一般的に、暗記数学に賛成している人」とされている、

の中の一人だが、そのはしくれとして、「暗記数学が正しい」という妄言を徹底的に批判する。

自分が暗記数学を間違いだと考えるようになった理由

自分浪人生向けの大学受験塾でアルバイトをしていた。

その塾では基本的に生徒に自習させ、分からないことがあったら講師自分)に質問する、というスタイルを取っていた。

基本的自習だが、毎日チェックテスト(基礎的な数学問題が数題出題される)のみ、全員に共通したノルマだった。

講師初日、全員にチェックテストやらせていたが、一人(A君とする)だけなぜかやらなかった。

話を聞いてみると、「基礎の練習など無意味自分もっと応用問題の解答を暗記する」という強い信念を持っていて、基礎はやらない、とのこと。

生意気言うな。基礎もできない人間に応用問題なんてできるわけないだろ」と何度も注意したが、

なんでも和田秀樹の本を読んで感動したらしく、忠告拒否され、毎日せっせと解答の丸暗記をしていた。

結局浪人期間の一年間で一番A君と仲良くなった(自分説明が分かり易いので気に入ったらしい)が、

彼の解答の丸暗記法では、全く同じ問題だと解けるのだが少しでも違う問題だと全く太刀打ちできなかった。

彼が熱っぽく如何に和田秀樹理論が素晴らしいかを語るを聞き、

問題が解けるようになってから言えよ。とはいえいたいけな受験生をここまで変な考えにさせるなんて和田秀樹ってやつはトンデモねー極悪人だな。」

しか思えなかった。

結局彼は成績が上がらず、目標としていた難関大学ぶっちゃけ慶応)よりも相当偏差値の低い大学に行った。

最後に彼は「やっぱり基礎は大事なんですね」と反省していたが、彼の貴重な一年を棒に振った暗記数学はもう極悪だとしか思えなかった。

以上が、私が和田秀樹提唱する暗記数学絶対に間違っていると判断するに到った根拠である

A君は暗記数学を誤解していたのでは?

とは言え、暗記数学氏の

論理ギャップや式変形の意味等の不明点は曖昧なままにせず、人に聞いたり調べたりして、完全に理解すべきである

との主張は至極最もだし、暗記数学氏の提唱している勉強法は「暗記数学」というタイトルを除けば極めて全うだろう。

また、私もA君からの又聞きによってしか和田秀樹理論を知らないので、

「A君のやっていた『解答を丸暗記する』法は本当の暗記数学ではない。本当の暗記数学理解して暗記するものだ」

との反論はあるかもしれない。

詳しくは知らないが、自分の読んだことのある和田秀樹エピソードは、

和田秀樹大学時代に灘の高校生(B君とする)の家庭教師をしていた。B君は灘というプライドがあったため、和田秀樹が何度も

「解答を覚えろ」と忠告したのにも関わらず、いきなり難問を自力で解くという勉強法を繰り返し、成績が上がらず、大学受験で撃沈した

というものである。これは暗記数学氏の言う「何かをこじらせて勉強法無駄な拘りを持っている人たち」に対応するものだろう。

かに数学は暗記だ」という言葉は、B君みたいな灘に入ったからと言って勘違いしてしまった一般人(灘にいる本当の天才はそんな勉強法でも大学受験レベル数学くらい解くだろう)には有効言葉かもしれない。

しかし、である

A君みたいに解法を暗記するだけ暗記して全く応用の聞かない馬鹿を産み出したのは確実に和田秀樹のせいである。

そして、日本の「数学が出来ない高校生」のうち、A君タイプ(解法の暗記はするけど理解が追い付いていなく、暗記した問題から少し変えると答えられない)が99%で、

B君タイプ自分天才だと勘違いした凡人)は1%にも満たないだろう。

そのような状況で、B君タイプを減らすことを目的として、A君タイプを量産することになる

数学は暗記だ!」という言葉に何の意味があるのだろう。

仮にA君の暗記数学理解が不十分だったとしても、暗記数学という言葉有害無益である

じゃあどう言えばいいんだよ?

暗記数学氏の主張が

平方完成のロジックを暗記せずに二次関数問題を解こうとするな

という主張なら、それは100%正しい。オイラーガウスでもない一般人が平方完成も知らずに

二次方程式が解けるはずがない(というかオイラーガウスも平方完成は暗記しただろう)。

しかし、オイラーガウスが行ったことを「暗記数学」とは言わない。

暗記数学氏の想定している「アンチ暗記数学派」の主張は「数学の体系をゼロから始めて全て車輪の再発明をしよう」

という荒唐無稽な主張であるため、このような主張のアンチテーゼである「暗記数学

という言葉には何の意味もない。

よって、暗記数学氏の言う暗記数学は「数学」という名前で呼べばよいのではないだろうか。

https://anond.hatelabo.jp/20200521175803

2020-05-11

うまく感染を抑え込んだと称賛されていた某国も結局再感染を起こしてしまった。

本人の意に反するアウティングなど、人権侵害もつながりかねない事態だ。

やはり他者の痛みが分かる女性トップに立つ国でなければ、コロナ太刀打ちできないのだろう。

2020-05-08

anond:20200508013924

まーそういう旧世代な人もおったんやで

漫画とかゴーストインザシェルに出てきた指いっぱい増やす義体化してたおっさんとかは

電脳化したくないけど生身じゃ電脳化した人に太刀打ちできへんからあい義体化で補ってたはずやで

2020-05-05

anond:20200505110747

高学歴専業主婦っているのよな。

結婚相手の男も高学歴なもんで、海外赴任タイミングとかで退職。で、帰国後は子育てして、子ども中学に入ったあたりで手が空いて、文化活動を始めたりするの。

余談だけど、直接的に金品を産み出さず、女性比率が高い知的専門職待遇がなかなか上がらないのも、この層が一つの理由

この人達が働きに出ようと思っても、レジ打ちや配送業などは選ばない。

社会的意義や、知的好奇心の充足などを優先して探す。

で、研究所アシスタントとか、図書館司書パートみたいな仕事を選ぶ訳だ。

働く動機がカネでは無い人達に来られては、そういう仕事生計を立てようとする新卒一人暮らし女子太刀打ち出来ない構図。

2020-04-30

anond:20200429234619

俺は逆にVRチャット全然手を出してないから、その辺は何とも。

半年前くらいに好奇心で買ったら思いのほか凄くて、運動量がえらい事になったかフィットネスにいいじゃん! ってなっただけなんで。

OculusQuestがいまいち話題に上らないのは、単にYouTubeなんかで魅力や実況を配信するのが難しいからってだけだと思う。

正直、PS4Switchも持ってるけど、VRと比べるとまあ、次元が違い過ぎるからまり起動する気になれない。

同じVRでも、HTC VIVEの方がPCの処理能力使える分、解像度なんかは上なんだけど、

OculusQuestのコードレス(かつ、PC必要としないスタンドアロン)の利便性には太刀打ちできない感じ。

据え置き機とスマホの違いみたいな物だからねー。

まあ、発売からそれなりに経ってるから、後継機が直近で出ないかは賭けになるけどね。

2020-04-27

社会人についてに社会人になって気がついたこ

社会人になって結構経って、内資や外資など何社か経験した感想を書く。

ホントに優秀な奴はあんまりいない

よく働きアリの法則法則で上位20%の奴が会社を引っ張っているとあるけどその通りだと思う。

ほとんどの奴は優秀でもなければ、だらだら仕事をしていて大したことはない。

下位20%の奴なんて仕事振りたくないレベル仕事できないけど、

周りの空気感なんてお構いなしに平気な顔してくそみたいな仕事している。マジで頭どうなってんねんって思う。

ただ本当に優秀な奴は、凡人じゃ太刀打ちできないってぐらいに優秀で平気で何倍も生産性ある。

ホントマネジメントできる管理職ほとんどいない

管理職になるのは大体優秀なプレーヤーだった奴でマネジメントがうまかった奴じゃないため、

大体マネジメントがどういったものかを分かってないやつなのでマネジメントマジで下手すぎる。

最近では1on1とか流行っているがそもそも何のために1on1をやるかすらわかってない奴が、

周りに合わせてやっているだけなので何もやっている意味がない場合が多い。

しか管理職プレイヤー立場だと意見ができないので、たちが悪い。

よく上司ガチャって言葉を耳にするがその通りだと思う。マジで質の悪い上長に当たるとキャリアが数年遅れるので地獄

自分テリトリーしか見てない奴が多い

新卒なら数年間は自分タスクをまずはこなすことが大事なので全体なんて見なくていいと思うが、

中途とかベテランの奴が自分タスクしか考えずに仕事をしていることが非常に多い。

チームで仕事をしているっていう感覚とか、タスクキャッチボールっていう感覚が致命的にない。

携わっている案件の全体を見れば平気で判断できることも判断できないのに、

自分よりも年齢が高いってだけでいい給料もらっているのがさらにむかつく。

ビジネス力のあるやつが非常に少ない

平気で約束破るし、ホウレンソウできないし、コミットするっていう概念ないし、

成果に対して厳格にプロフェッショナル意識で働いている奴が本当に少ない。

イケてる会社名前とおしゃれなオフィスとで満足して仕事カスカスみたいなやつが多すぎる。

適当に売れているビジネス書と読んで仕事とはどういうもので、組織とはどういうものであるかってのを勉強することを切実にしてほしい。

■ 表面的な仕事をしている奴が多すぎる

ほとんどの奴が今ある表面的なタスク問題に対して仕事をしているが、

そんなことよりも本質的に何が問題なんだろうって考える必要があるけど、これをしてる奴はほとんどいない。

からそういう奴からは現状の問題に対する改善みたいな、自発的アクションは一切出てこない。

から全然成長できないし、だから仕事を振ってもらえないんだよって思う。

■ 終わりに

GW暇と思っている奴はゲームするのもいいけど、ビジネス書読むのをお勧めする。

ちなみに表紙に顔が載ってるような日本人のつまんねえ芸能人ビジネス書は絶対に買うな。

ビジュアルで売れてるだけで、そんなん買っても一ミリも参考にならん。

あいつらは小銭稼ぎをしたいだけで本を通して世の中をよくしたいっていう本質的なことは何も興味ない。

それより今まで世界で読まれ評価されて、認められているちゃんとした本を読め。

マジでこれから社会人生活の糧になる。

一応おすすめの本を少しだけリスト化しておく。

2020-04-24

anond:20200424141237

子供のころ近所にこういう店があったけど、食品は鮮度が落ちるのが早くてどうしても在庫が古くなり、スーパーには太刀打ちできなかった。

子供たちからも、あそこでパン買ったらカビ生えてたとか噂されて敬遠されてた。

駄菓子屋みたいに日持ちのするものとか、角打ちのできる酒屋とか、ターゲットを絞らないと厳しいと思う。

2020-04-10

執筆経験なしアラサー半年間で二作完成させて電撃小説大賞投稿するまで

思った以上に非日常体験だったので、共有したい。

スペック

30代前半・独身・男・非正規年収

小説執筆経験を含め、創作経験は無かった。仕事文章を書くことはあるが、クリエイティブものではない。

読書家と言えるほど読む量は多くないし、映画アニメマニアなどに比べれば全く観ていないが、フィクションは好きな方だと思う。

結果は?

投稿締切が今日だったので、まだわからない。1次選考の結果は7月で、最終選考結果発表10月らしい。

結果が出た後だと、良くても悪くてもまとめる気にならないし、変に情報を取捨選択してしまうと思うので、このタイミングで書き残しておく。

どうして小説を書きたいと思い、電撃大賞に応募しようと思ったか

小説映画漫画アニメなどの作品をみてストーリーについて「こうすればもっと面白くなるのに」と思う時が多かった。

あわよくばいろんな人に読んでほしいし、収入源にもなればと思った。ただ、今は普通に小説を出しても売れない時代アニメドラマ映画化などのメディアミックス選択肢が多いライトノベルは、まだマーケティング的に強いと思った。電撃を選んだのは、単純に最大手から

仕事マンネリ感があり、毎日に変化が欲しかった。

絵が描けない(ありがち)。

スケジュール

11月-12月: プロット

物語の作り方を勉強しようと思い、脚本についての本をいくつか読む。ここ最近受賞作品や売れている小説を読む。ネット情報も調べる。

その後、まず100字以内でどんな物語かをあらわす文章をたくさん作る(ログラインと言うらしい)。この時点で早速、創作の難しさに気づく。思いつくのはありきたりなストーリーばかり。

ゼロからアイデアを出していると、似たようなものばかりになることに気づく。自分がどんなストーリーを考えるのが得意かわからないし、この段階ではある程度多様性があった方がいいと思い、SF現代青春もの戦記物、みたいにカテゴリでわけて、その中で考えることにする。それぞれのカテゴリの中でまだマシと思えるログラインを、800字程度のあらすじに膨らませる。

なんとかかんとか、4本分ひねり出し、この段階で一度友人に見せてみる。わりと恥ずかしかった。

1月: ドラフト

友人に見せた4本のあらすじがそれなりに評判が良かったので、キャラ世界観の設定を深めていく。ここで、あらすじごとに考えやすものと考えにくいものがあることに気づく。わりとスムーズキャラや設定を考えることができた2本を使って、書き始める。

いざ書き始めて、これは長期戦になるであろうことを瞬時に悟る。自分夏休みの宿題を直前まで放置するタイプだが、それでは到底太刀打ちできない。そこで、毎日起きてから3時間執筆にあてることにする。3時間にしたのは、仕事との兼ね合いと、これ以上は創作力が続かないから。土日だけは3時間x2スロットの6時間にした。また、毎日同じ小説を書いていると自分自身がその物語に飽きることに気づく。自分が心から楽しめないのはまずいだろう。なので、二作品を一日交代で書き進める。

電撃大賞には、全体で80ページ以上130ページ以内という規定がある。自分執筆ペースは、エピソードの流れが頭にできていればだいたい3時間で8ページぐらい。文字数にすると約6000〜8000字。だがこの「流れが頭にある」というのがくせ者で、最初に作った800字程度のあらすじだけでは、一つ一つのエピソードが書き進められない。つまりエピソードごとに、もっと細かなプロット必要だった。なので、3時間執筆時間以外でも、通勤時間を使って次に書くエピソードの流れを頭で考えて、スマホメモを取っていった。

また、書いている途中は一度も推敲せずに一気に最後まで走るのが良いというアドバイスネットにあったのでそれに従う。結果的にこれはよかったと思う。とりあえず終わらせるのがモチベーション的に非常に大事だと思った。特に序盤〜中盤あたりを書いているときは、本当に最後までたどり着けるか結構不安になった。その辺で行ったり来たりするのはあまり良くないのではないかと思う。

月末に二作分のドラフトが完成する。この段階ではまだ人に見せられるようなものではなく、第ゼロ稿というところか。

2月: 第一稿

ドラフトが完成してから、1週間寝かせて、再度最初のページから直していく。

上に書いたとおり、一切途中に推敲は入れていないので、矛盾が生じていたり、伏線をまったく張っていない設定がたくさんある。他にも、安直でつまらない会話や、適当人物風景描写冗長な文だらけ。まずは全体を見てそれらを洗い出し、一つ一つ潰していく。

細部の推敲と並行して、改めてプロットを見直す。物語全体の流れがほぼ確定したので、章立てを決める。各章内に、盛り上がる部分・落ち着く部分があって、最後に引きがあるかを確認する。うまくまとまっていない章については、エピソードを追加・削除・移動。また、全体をとおしてテーマ一貫性があるか、最後まで引っ張る謎や問題があるか、改めて確認する。

これも平日3時間休日6時間スケジュールで進める。「自分はこの小説を完成させられる」という自信のようなものがようやく出てくる。

第一稿が完成する。プロットを見てもらった友人に完成版を見せる。かなり恥ずかしかった。

3月: 第二稿

1週間ほどで友人から感想をもらう。自分では気づかなかった有益視点が多くもらえる。特に物語最初テーマ放置されて途中からのものに変わってしまっていたり、せっかく魅力的なキャラがいるのにそのキャラエピソードほとんどなかったり、そういうのこそ案外自分では気づかない。

感想を踏まえて、ぶれている部分を直したり、キャラエピソードを追加したり、不要キャラを削除したりする。

月末に再度友人に見せる。これぐらいになると、あまり恥ずかしくもなくなる。

この月もやはり平日3時間休日6時間は守る。

4月: 推敲

最初から最後まで、何回かにわたって見直す。

漢字の使い方を見直したり、改行の入れ方を変えたりと、読みやすさやテンポに気をつけて変更していく。

脚本術の本に、「審査員ランダムにページを開いてそこが面白いかどうか見る」と書いてあった。なので、自分でもそれを試した。これは良かったと思う。通しで読んでいると良くも悪くも物語に入り込んでいくので、細かい欠点に気が向かなくなる。あと、無意識自分が気になる部分ばかり直してしまうのも防げる。

10日が締め切りだったが、さすがに直前は結構時間を使った。コロナの影響で使える時間が多くなったこともあった。

やってよかったこ

過去受賞作品を読む

受賞作の傾向をつかもうと思って読んだが、ストーリーという点では傾向はあってないようなものだと思った。文体も多様で、地の文多め漢字多めのものから、ほぼ会話文で構成されてるものまで。そんな感じではあったが、ある意味傾向がないのが傾向と言えるので、それがわかったのは良かった。

脚本術の本を読む

どう作れば失敗しないかアンチパターンを学べた。当たり前のことを網羅的に並べてあるような印象は少し受けた。結局、面白ストーリー方法なんてないのだろう。

ドラマアニメの一話を観る

序盤で一気に引き込むのが大事、というのはどんな指南書にも書いてあった。つまりそれぐらい難しいということなんだと思う。実際、キャラ紹介や世界観説明必要な序盤は、面白くするのが難しいと感じた。

よくできているドラマアニメの一話は、テンポ良くこれらをこなしている。映像があるドラマアニメと違い、小説文章だけしか使えないのでそのまま真似はできないが、構成などは参考になる。

書くにあたってした工夫

常に全体の流れを考える

どこで盛り上げてどこで落ち着かせて、どこで困難にあわせて、、、とかの流れは常に意識した。二作品とも六章構成だったため、全体を六話構成アニメだと考えて、各話の中できちんと盛り上がりポイントがあるか、全体の中でどういう位置付けか、などを意識した。そのために、定期的に全体の流れをノートに書き出した。

音楽意識して、横軸に時間、縦軸に盛り上がり度、みたいなグラフを何回も描いた。可視化すると、ずっと盛り上がってばかりの章や(つまり盛り上がってない)、ずっと平坦な章があることに気づく。

とにかく文章シンプル

過去受賞作品、あるいは売れているプロ作品を読むと、文体に正解はないことがわかった。読みにくく目が滑るな、と思うような作品もあるが、それはそれで作品雰囲気を作るのだと思う。ただ、自分にとってはやはり読みやすい文がよいと思った。なので、とにかくシンプルに読みやすく、を推敲時には心がけた。

意外だったこ

小説を書くことは難しい

普段読んでいる時は意識しなかったが、一つ一つの仕草や会話文の後に続ける文書ひとつとっても、無数に可能性がある。正解なんてないから、すべて自分で考えないといけない。ストーリーにしても、少し気をぬくとありきたりな展開になるし、会話文も安直切り返しばかりになってしまう。少しも気が抜けない。

書き始めるまではいろいろなキャラや展開があったのに、書いていくとそれらをどんどん切り捨てる必要が出てくる。ページ数の要請ももちろんあるが、実際、切り捨てた後に読むと、そっちの方が大抵の場合面白いし読みやすい。熱くなれるはずと思ったシーンや、魅力的なキャラを、どんどん消していく。そうした決断をいつ、どうやってするかには常に悩んだ。

小説を書くことは楽しい

仕事息抜きになるだけでなく、毎日の生きがいになる。普段生活では辛いことも多いが、小説を書いている時間はそれらを忘れて空想世界に浸れる。熱いシーンや悲しいシーンなどは泣きながら書くことも多く、そのあとには不思議な充実感が得られる。

自分はあまり人と喋るのが得意ではない。人と会話しないといけない時は、単なる雑談でさえ、そのシミュレーションをしてから参加してしまう。それでも失敗ばかりである。会話の後に反省会をすることは、もはやライフワークだ。ただ、人と会話するのが決して嫌いではないし、むしろ人が何を考えているのかにとても興味がある。小説ならば、いくらでも時間をかけて会話をすることができる。これはとても心地よいものだった。

こんなところだろうか。良い結果が出ればいいな。

2020-04-03

現金30万円給付レース

2XXX年。あるウイルスの影響により、世界経済危機に見舞われた。

ある者は職を失い、ある者は将来に不安を抱き、ある者は少ない給与さらに少なくなった。今はなんとかこらえている企業のなかでも、ボディブローのように響くことは目に見えていた。

そのようななか、救済案として政府が打ち出したのが「現金30万円給付案」だ。

ルール簡単。専用窓口で「ショトクゲンショウショウメイショルイ」もしくは「ゲンセンチョウシュウヒョウ」を提示し、申し込みをするだけ。しかし、一体何名が対象になるかは明記されていない。国民は悟った。先着順だと。

対応人員確保とコストダウンのため、申し込み窓口は一本化された。政府の発表によると、申し込み日当日AM8時、国民一人ひとりに普及されているバーチャルデバイスに窓口の所在地が表示されるのだという。

AM7時半、F氏は緊張した面持ちでその時を待った。このレースには運も重要だ。トーキョー在住のF氏にとって、カントー地方以外なら勝ち目はない。

100年ほど前、環境保全目的個人での車所有が禁止となった。移動手段はもっぱら国の用意する「国民車」を利用する。国民車は目的地を告げると最短ルートで走り出す。

国民車の走行の妨げとなることから二輪車やその他すべてのモビリティは専用運動場か私有地のみの利用に限られることになり、人々の移動手段はすっかり国民車に依存した。

窓口が公開されれば人々は一斉にその地を目指す。国民車では渋滞に巻き込まれるだけだろう。国民車以外で窓口に向かわなければ。

政府の発表を受けたとき、F氏は、自身小学生のころに自由研究で知ったジテンシャの存在を思い出していた。ガソリン等の燃料は不要で、人の筋肉のみで動く車。それでいながら、時速70kmも出るという。

ジテンシャで、勝負するしかない。そう決めたF氏は仮想古代動機機械博物館アクセスし、ジテンシャの展示をデジタルデバイススキャンし、自宅の3Dプリンタコピーした。チリンチリンと呼ばれる楽器が付いている意図は分からないが、そのまま転用することにした。

そうして、F氏はジテンシャを手に入れた。ジテンシャにスタンドをつけて、自宅で毎日100km分のペダルを回した。そうして身につけた強靭な太ももはまるで樹齢50年を超える樹木の幹のようで、誰にも太刀打ちができない。この肉体こそが最高のエンジンだ。30万円を手にするのは、この俺だ。

8時59分50秒、生唾を飲む音がする。発表までのカウントダウンだ。…3・2・1…。

デジタルデバイスに表示された窓口は、F氏の自宅からわず10km。10分そこそこでつくだろう。F氏は微笑み、すぐにジテンシャに跨がり、漕ぎ出したーーー

瞬間、F氏の視点は反転した。ジテンシャは国民車と違い、二輪で走行するために、特殊な訓練を経る必要がある。かつての人は幼少期にジテンシャに乗るための特殊訓練を受けていたが、F氏はその存在を知らなかった。家では、常にスタンドをつけており、特殊訓練、つまりバランスをとることをしてこなかったのである

F氏は地面に顔をこすりつけた。眼の前に、チリンチリンがある。F氏はそれを叩いた。チリン、チリン、チリン。さながらそれは、ボクシング試合終了を告げるゴングのようだった。地面にはF氏の涙が垂れた。

一方、窓口には予想通りたくさんの人が国民車で駆けつけた。渋滞にしびれを切らした人が道路に出て国民車たちが一斉に止まり、途中で国民車を降りた人々の列は次第に崩れ、我先にと窓口へ詰めかけた。なかに火炎瓶を持って周囲を威嚇する人や、機関銃を乱射しながら人をかき分け給付申請をする者もいた。窓口への道が人々の血で舗装されたころ、給付は締め切られた。

なお、30万円給付にありつけた人の大半が専用窓口における受付担当関係者であることが週刊誌にすっぱ抜かれ、呆れ落胆した人々からはすべてを笑って許すというムーブメントが生まれた。人々は口々につぶやいた「ええじゃないか」、「ええじゃないか」。海外からは「明るいデモ」として報道され、「Sec.EJyanaica」として歴史教科書に載ることになるのだが、それはまた、別の話。

2020-03-26

anond:20200326012732

その通りだと思います

お金をかけられた内容には、一般人太刀打ちできません。

2020-03-23

anond:20200323000246

大量の料理を一度に作るときに、もっとコスパがよくなる。

その1点において、個人冷凍食品太刀打ちできるわけがないのだ。

こっちが数百グラムのやりくりをしている時、やつらは数トン単位調理している。

2020-03-22

anond:20200321225838

簡単だよ。中国可愛い子と付き合うため。話題豊富で向こうの習慣も知らないと上手く行かない。皆頭いいし、日本文学作品ちゃんと読んでる。こっちも勉強しないと太刀打ちできないからね。

2020-03-20

こじらせててつらいのでカウンセリング行ったら楽になった話

スペック

(いくつかフェイクあり)

この記事を書いた理由

カウンセリングを受けて何かと楽になったので、知見を共有したい。

それに、カウンセリングを終えてからそろそろ1年が経過するので、ちょうど過去を振り返るのにちょうどいいと考えた。

増田でも、多くの人が「カウンセリングに行ってみたら?」と時には本気で、時には冗談で言うのだけれど、そこが実際にはどんな場なのかを知らないせいで、行くのをためらっている人が多い現状を、変えたいというのもある。

増田だけではなく、ネット上の多くの人が、少しでも楽になれるように祈っている。その助けになれば幸いだ。

どのようなことで困っていたか

長くなりそうだし、愚痴っぽくなるのも嫌なので、代表的ものだけを箇条書きで挙げる。

カウンセラーはどんな人?

臨床心理士資格を持っている50代の女性中学生くらいの子供がいるらしい。

髪の毛が長く、少しやせ型。落ち着いた物静かな女性だが、明確な自分の考えを持っている印象がある。初恋の人に似ている気がするがおそらくは気のせいというか、投影しているのは間違いない。

実際のカウンセリングではどんなことをするのか

初回は風景構成法を行った。これはカウンセラーの指示に従って、順番に山や川、家や田んぼ人物などを配置していくもので、専門書に当たれば具体的な解釈方法が書かれているが、自分専門家ではないので省く。当日に描いた作品を今になって振り返ってみると、道のど真ん中に障害物の石が置かれていたり、山が雪に閉ざされていたりと、寒々とした印象を受けた。描かれている人間逆立ちをしていて、何やら不穏である。蛇も不気味にとぐろを巻いていた。

二回目からは主に夢分析を行った。カウンセリングカウンセリングの間の一週間に見てきた夢を記録して、それを材料に話をする。つかみどころがないようだが、意外なことにかなり効果があった。理屈はわからないが、この治療中は同じようなテーマの夢を見るようになる。さらに、肝心なのは夢の内容そのものではなく、夢の話をしているうちに自分が何を思い出したか、あるいは漠然とした印象をどのように語りなおしたかで、それによって、自身の考え方の偏りや傾向が見えてきた。現に、夢の内容を話す時間は案外短く、後半の三十分は、そこから思い出した過去出来事や近況、それについて自分がどう感じたについて話し合うことに費やされた。そうした雑談きっかけに、突破口を開いたこともある。

夢分析が行き詰まった時には、箱庭療法を試みた。これは、砂の敷かれた箱の上に人形模型を配置していくもので、話しながら人形を動かしたり、砂の上に模様を描いたりした。うまく説明できないが、非言語的なものを明確にするのに役立った気がする。例えば「このタヌキ(の置物)は寂しくて困っている。友達がいなくて寂しそう。上下がひっくり返って困っている。悲しくて暴れている」などと比喩的な話をすることで、日常使っている言葉論理で語りたくないことを口にしていた。小さな人形を触っているうちに気分が落ち着いたり、逆にひどく動揺することがあったり、不思議経験だった。箱庭療法最初の一回も、自分心理的混乱が反映されていたのか、人形同士がにらみ合ったりひっくり返ったり無意味に積み上げられたりと、非常に張り詰めた印象のもので、カウンセラーも「ちょっと怖い」という印象を漏らしていた。

これらの技法は、ある種のきっかけというか呼び水だった気がする。どんなことを語っても許されるというか、傾聴してくれる場というのはそれだけで貴重で、話しているうちに自分の思いがけない本音や、ダブルスタンダードに気づいた。また、夢のような一見「どうでもいい」話ができる仲になることで、普通は人に話すこともはばかられるような、野外オナニー願望についても話すことができた。

治療も後半になると、こうした技法ほとんど用いず、通常の雑談に近くなった。自分はこういうことをしてこう言う結果になった。自分気持ちはこうだ。そうしたことが素直に言えない人のために、これらの技法はあるのかもしれない。

カウンセリングの進行、そこで自分はどう変化していったか

始め、自分は藁にも縋るような思いでカウンセリングを申し込んだ。と同時に、どこか疑ってもいた。自分カウンセリング技法についての基礎的な知識はあったし、大体どのようなことをされるのか予想がつくと思い込んでいた。精神分析に関するフロイト著作だって読んだことがあるし、河合隼雄の「ユング心理学入門」も読んでいた。しかし、カウンセリングの概略を知っていることと、実際にカウンセリングを受けることとは、まったく別の経験だった。水泳理論と、実際に水に入って泳ぐこと以上に隔てられている。なんといっても、何年にもわたって定期的に同じ人間と会うのだから必然的相手には強い感情を持ってしまう。結局、人間が強い感情を持つの人間に対してであり、人間が変わるのも対人関係を通してだ。

カウンセリングでは何について話すことも自由だった。幼少期の悲しみ、いじめられた経験、両親から受けた不条理仕打ちなどなど。それだけではない。女性にするべきではないとされている話もした。自分の性生活自慰行為風俗店での出来事など、自分は露悪的なまでに細部を語ったが、しっかりと耳を傾けてくれた。

そして肝心なのが、何度同じ話をしても相手は退屈する様子を見せない点だ。自分は、同じ話を繰り返すことで忘れていた細部を思い出すことがあったし、それに新しく意味付けをすることもできた。

最後に、カウンセリング時間が終わりに近づくと、カウンセラーは僕の話した内容を簡潔に言い直す。そうすると、自分はこういうことを考えていたのか、と毎度のように驚かされる。まとめられた内容を反芻しながら次の一週間を過ごすことで、自分の考えが深まっていった。他にも、自分がすべての不平不満をぶちまけた後で、それに対する解釈を投げ返されることで、その負の感情自分の一部として取り込むことができるようになった。「あなたがそこで腹を立てるのは当然だ」「あなた感覚はそれほどおかしものではない」という趣旨言葉を返してくれるだけで、自分過去を少しずつ受け入れることができるようになっていった。

カウンセリングの中で、カウンセラーを好きになること

ところで、カウンセリングに通ったのが、2014年3月から2019年8月ことなので、4年以上も同じ人と毎週のように会っていたことになる。途中から自分の気分が落ち着いてきたので隔週に切り替えたのだが、それでもかなりの頻度だ。自分は、自分のあらゆる感情や悩みをぶちまけて、それでも受け入れてくれる存在がうれしかった。モテないあまり風俗に浸っている自分軽蔑しない彼女存在が尊く思われた。

珍しくないことだが、自分カウンセラー好意を持つようになった。自分は、職業倫理上その気持ちは受け入れてもらえないことだと知ってはいたけれど、「あなた尊敬しているし、とても強い好意を持っています」と伝えた。カウンセラーからは「私もあなたと会うのが楽しみです」という趣旨の返事をもらった。と同時に、僕は、なぜこのカウンセラーが好きになったのかをじっくり考えだした。すると、自分には好きな人自分の悩みを洗いざらい吐き出したいという願望があったのだ、と気づいた。同時に、自分知的水準の高い女性に強いあこがれを持つことも改めて認識した。年齢などどうでもよかった。比較的若く見えるが、相手は五十代の人妻で、自分が手を出すわけにはいかないのだけれど、叶わない想いだとは知りながら、相手尊敬の念を持ち続けるというのは、思ったよりも悪くなかった。おかげで、自分にとって他人を好きになるとはどういうことかを言語化できたし、他人尊重することを身をもって学んだ。

一人の女性を好きになり、それを軽蔑されたり馬鹿にされたりしないこと安心感を、自分はたくさんの悩みに取り組む支えとしていった。僕は、このカウンセラーのことが好きになれて、本当によかったと今でも思っている。

カウンセリングを通じての自分認識の変化

過去のどのようなつらい経験も、自分はそれぞれ意味があったのだと、迷いなく考えられるようになった。それから、今までは様々な物事を与えられて当然だと感じていたが、やっとのことで与えられた物事感謝することを学べたように思う。

また、自分の恐れの感情トラウマにとらわれずに行動できるようになったことで、自分の外側の世界に対して、うまく働きかけることができるようになった。

もちろん、上に書いたような悩みのなかには、直接解決しなかったものもある。でも、それはそれで仕方がない、と受け入れられるようになった。

何よりも現実検討能力がついた。不安不安のままかかえておけるようになり、不安で頭が真っ白になることがほとんどなくなった。自分の中の膨大な不安エネルギーが、落ち着くべき場所を見つけたかのようだった。

上記の悩みに自分は具体的にはどんな答えを見つけていったか

悩みの解決過程言語化するのは難しい。自分の考えがどんな風に変化していったかを記すにとどめる。人によってたどるべき道のりは異なるし、僕の頭の中の理屈をそのまま文字にしても、納得できないことは十分に考えられるからだ。

過去いじめ、対人関係トラブルはとても悲しいものだった。でも、おかげで自分は人をできるだけ傷つけないようにしようと心掛けられるようになった。それと同時に、絶対に誰のことも傷つけない発言表現というのも無理だとも知った。男性であれ女性であれ、相手を一人の個人として尊敬することが大切であり、それは自分相手は異なっていると認識することだ。だから、できるだけ丁寧に接することは大切だけれども、自分他人は別の存在なので、礼儀正しくしていたとしても、絶対不快な思いをさせないでいることは不可能だ。かつての自分は、自分女性から不快な思いをさせられた経験から絶対女性を傷つけてはいけないというルール自分に課していたのだけれども、それは不可能だと知った。過度に自分を縛る目標は、ある種の呪縛だ。

それに、世間はいろんな女性がいる。優しい人、冷たい人、知的な人、ちゃらんぽらんな人。一人の女性自分暴力を振るったからと言って、そうでない人もたくさんいる。女性一般や平均的女性像みたいなものに、振り回されなくなった。

フェミニズムとの距離感もうまく取れるようになった。納得できることはうなずき、わからないことについては調べ、おかしいと思うことには反対する。それは、フェミニズムだけではない。自分とは違う考えの相手に対する対応の仕方と全く同じだ。

仕事に関しては、転職をした。自分能力に見合った仕事に切り替えることでやりがいも感じられるようになった。給与は下がったが、例えば600万稼ぐ人間が300万稼ぐ人間の2倍偉いのかといえばそういうわけでもないし、僕にとっての一番大切な価値観は、早寝早起き快食快便が守れる生活が維持できるかどうかだと知った。

男らしくないのではないか、というのも気にしなくなった。世間価値観がどうあれ、自分が好きなことを好きなようにする。自分らしくあることが自分にとって男らしいことと定義しなおした。

その中で、家族との関係改善した。今にして思えば、両親は自分と非常に適切にかかわってきてくれた気がする。圧倒的にすがりたいと思っていた両親も50~60代のただの人間なのだ、と実感することができた。しかし、ただの弱みもある人間からこそ、大事にしたく思えるようになった。距離感が適切になった気がする。

処女厨ロリコンも治った。正確には、そういう願望があることそのものに対して、思い悩まなくなった。一つには、50代の女性に恋をすることで、実際に小学生恋愛したって、物足りなくなるに決まっていると心の底から理解したというのがあるし、人生経験豊かな女性の魅力に気付いたのもある。さらに、処女厨の根源にあった、「セックスとは汚いものだ」という意識も弱まった。「セックス気持ちよいものだし、誰かを愛することは素敵なことだ」という感覚しかなかったら、処女喪失を汚れとは認識しないだろう。それよりも、出会った二人が新しく一緒に思い出を作っていくことの喜びに目が向くようになった。まだ彼女はできていないけれども、一緒にデートしたり、他愛のない話をしたり、うとうとしたりしたいし、それに向けて今でも努力している。

女子小学生の裸を見たいという感じもほとんどなくなった。確かにあの年頃の女の子かわいいけれど、それだけのことだ。どんな感情を抱こうとも人間自由だと思えるようになったことで、かえってそうしたロリコン的な願望から自由になった。

同時に、野外オナニー願望も消えた。なんというか、得体のしれないドロドロした性欲のエネルギーに、適切な形が与えられた感覚がある。よく夢で、性器露出したり全裸になったりするパターンが多かったのだけれど、カウンセラーと話すうちに「おちんちん見せるだけじゃ意味ないよね?」みたいな話になり、そうしたことを話しているうちに、セックスって相手あってのことだよね、みたいな認識に到達した(このあたりの話が非常にわかりにくいのではないかと恐れている。ラポール、とでもいうのだろうか、クライアントカウンセラーの間には、長い間の会話の積み重ねからくる膨大なコンテクストの共有があり、ある種のツーカー関係が出来上がっているので、会話だけも書き起こしても非言語的な部分が多くを占めていて、客観的にはわかりにくくなりがちだ)。

死への恐怖は、とりあえず先送りされた。これは個人的な経験だけれど、死ぬのが怖くてたまらないときというのは、何か大きな変化を恐れているときか、未知のものに飛び込まなければいけないときに強まるような感覚がある。

カウンセリングを終えたきっか

カウンセラーには日々の出来事を何でも話すことができたが、別にカウンセラーに聞いてもらわらなくても、別に大丈夫になってきた。さらに、ここで話をしても、これ以上自分は楽にはならない気がするようになってしまった。

とても感謝はしているけれども、自分自分を励ます考え方ができるようになっていて、あとは毎日出来事淡々カウンセラーに報告するだけみたいになっていた。

というのも、自分の悩みを解決できるのは、最終的には自分だと思うようになったからだ。話を聞いてもらって勇気をもらったり、現実的なアドバイスを受け取ったりすることはあったけれども、実際に行動するは他ならぬ自分なのだ

ならば、これ以上ここにいても、自分は変われないのではないか、という気がした。そして、3月という区切りのいい時期であったので、そこで終えることにした。

最後にもう一度風景構成法を行った。山には緑があふれるようになり、街には人がたくさん姿を見せるようになった。蛇は道や川のうねりへと姿を変えた。困ったときには駆け込めるような病院や、芸術を鑑賞できるような美術館も街に描かれていた。そこでは、たくさんの人々が連れ立って歩いていた。ずっと住み心地のよさそうな風景だった。

そして、僕は無事にカウンセリング卒業した。

続き→ anond:20200320072823

2020-03-16

anond:20200316104734

今はAI自動的転売やすもの価値が高くなるものを見つけ出して、

じゃんじゃん仕入れ転売してるからな。

人間なんかが太刀打ちできる世界ではなくなった。

2020-03-15

イヤホンヘッドフォン

最近、愛用のイヤホン紛失をきかっけに、久しぶりにイヤホンに興味がでてきて、

安くて音質が良いと評判の中華イヤホンに手を出してみた。

TRI-i4 がオールラウンドにいい感じに鳴るとか、その上位機の TRI-i3 はもっとすごいとか、

水月雨の KXXS が美音で良いとか、コスパなら CCA C12 でしょ。

なんてレビューを読んで、1個ずつ買ってみたのだけど、確かにメーカーごとに音が違う。

同じ曲を聞いても、ドンシャリの具合が微妙に違ったり、音場の広さが変わったり、

あるイヤホンでは聞こえなかった音がはっきり聞き取れたりするのね。

イヤホンの先端のイヤーピースも、七福神商事のアレがいいとか、スパイラルドット++がどうとか、

その界隈の人はめっちゃこだわってる様子。

イヤーピースもいくつか買って聞き比べたけど、確かに装着感や強調される音の高さが違った。

イヤホン面白いなぁ・・と思ったのだけど、ふと思い立って、

サウンドウォーリアのヘッドホン SW-HP10s 1万円

を買ってみたら、イヤホンでは全く太刀打ちできないレベルで音が鳴って感動した。

モバイル用途ならともかく、自宅で聞くときヘッドフォン一択だなぁ・・と思ったのでした。おわり。

2020-02-24

推しCPを殺された話

7年も8年も前の話。

TLで推しCPを一人語っていたら、普段から空リプで会話する仲のフォロワーに「地雷だ」と言われた。

そのフォロワー(以下F)が居る時は語るのをやめようと思ったけど、よくよく考えたらFは常にTLに居て、私はそのCPを語ることが無くなった。

気付いたら、私はそのCP萌えられなくなっていた。

どんなに昔の推しCPだろうと今でも愛でられるのに、そのCPだけは【自分推していたCP】という実感が無くて、TLに流れてくる知らないジャンル可愛いCP漫画を読んでるみたいな、他人一次創作漫画を読んでるみたいな感覚で、私の推しCPは【どうやらかつて自分が好きだったらしいCP】【他人推しCP】になっていた。

私は本当はこのCP推してなどいなかったのではないかと悩みもした。その悩みに向き合うのが嫌で、余計そのCPに触れられなくなった。

正直、ずっと怒っていた。7年も8年もずっとだ。

でもFは良い奴だしめちゃくちゃ慕ってくれる可愛い奴で、嫌いじゃない。むしろ大好き。

そもそも当時はワードミュー機能も無かったか自衛手段ブロックくらいしか無かったし、私が気持ち良く語っているところに水を注すのも相当勇気が要ったろう、ブロックさよならなんてそんな簡単なことはしたくなかったのだろうと思い、本人には不満をぶつけずに7年8年心から仲良くしてここまで来た。

もついこの間。Fがそのことを全く覚えていないことがわかった。「地雷を主張したことが無い」と宣った。信じられなかった。信じられるわけがなかった。

お前が私の推しCPを殺したのに?

あんまりにも、あんまりな結末で、どうして良いかからなかった。

どうしてこんなに長い間怒っていたのか、わからなかった。いや、謝ってほしいと思っていたかと訊かれればそりゃ何も無いよりはその方が良かったけれど、何年も前の事なのだからと、時々思い出しては一人切なくなって、誰の話どのCPとも言わずTwitterちょっとした愚痴として投げるくらいにとどめてきた。

勿論こんな怒りは最初から、何にもならない虚無だったのだとわかっている。それにしたって、今の自分の虚無っぷりにどうして良いかからない。7、8年溜め込んだ怒りが一気に虚無に変わって、仕事帰りのラーメンでも太刀打ち出来なかった。

Fも忘れているくらいなら、せめて好きでいたかった。

いっそこれで吹っ切れて例のCPを愛でられるんじゃないかと思って久々に支部を見に行ったけど、もう【他人推しCP】という感覚ですらなくなっていた。無。とにかく無。何が尊いのかもわからなかった。好きだったはずなのに。アンソロまで買いに行った、大好きな大好きなCPだったのに。

Fが地雷の件を忘れているくらいなら、私がそのCP推しいたことも覚えていないのだと思う。

私の推しCPは何処に行ってしまったのだろう。好きでいられるはずだったこの7、8年をどう受け止めたら良いのだろう。

この年月を返してもらうことは出来ないし、好きだった気持ちも返ってこないし、謝罪があれば多少スッキリはするかもしれないけれどそういう話じゃないし、そもそも覚えていないことを謝ってもらうことなんて出来ない。

私はどうしたら良かったんだ。いや、あぁしたら良かったこうしたら良かったなんてのはわかってるんだ無駄なんだ。わかってる。

じゃあ今、どうしたらいいんだよ。誰か教えて。

2020-02-23

[]anond:20200223192527

上月城主となっていた寺元生死之助は、陸路から進軍してきた松永軍を相手に防戦していたが、

そこに海から尼子勝久軍勢が到着したので、生死之助はさっと搦手の門を開いて迎え入れた。

生死之助は、鹿之助に対して何事か策を献じたあと、逃げ帰ったていで富田城に戻り、

松永弾正と尼子勝久とで一万余りに攻められては太刀打ちできず」と申せば、

九郎左衛門毛利を頼るしかあるまいと五千の援軍を借り受けた。

元気づいた九郎左衛門は手勢の八千人も連れて城外に陣を構え、そこに尼子勝久の軍が攻めかかった。

九郎左衛門の兵は、先鋒の鹿之助を取り囲んだが、あっというまに蹴散らされ、城門の内に退がるよりない。

城に籠もられると、さしもの鹿之助も攻めあぐねて、その日は退却となった。

翌朝、尼子勝久軍勢を率いて富田城に攻めかかり、

「悪逆無道の尼子九郎左衛門、はやく馬より下りて首を渡せい」と呼ばわると、

九郎左衛門も「小倅ごときに討たれる九郎左衛門にあらず」と前に出てきて采配を振るう

さらに鹿之助が「こののち三声と叫ばぬうちにその方の生命は寂滅する」と挑発すれば、

九郎左衛門さらに怒り「三声は愚か千声万声でも発してみせるわ、我を生け捕る者があるか」と叫んだ。

その声が終わらぬうち、傍に立っていた寺元生死之助が「汝を生け捕るものはこれにあり」と応えるや、

九郎左衛門を馬上より引きずり下ろしてあっというまに縛り上げてしまった。

鹿之助が下知をかけると、八勇士はいさんで敵陣に突進し、

その隙に生死之助は九郎左衛門を抱えて尼子勝久の陣中に転がり込む。

毛利家の河野四郎は薮中茨之助と戦って斬られ、同じく毛利家の来島太郎は荒波錨之助に首を引き抜かれた。

九郎左衛門配下赤星軍八は皐月早苗之助と、田原兵次は秋宅庵之助と戦っていたが、やがて討ち取られた。

その他の勇士たちも各々活躍し、ついに大勝利と相成ったのである

尼子勝久が城内に乗り込むと、生死之助が縛り上げた九郎左衛門を引っ立ててきた。

勝久は「いまぞ天罰の蒙る時節到来」と自らその首を打ち落とした。

兵たちは勝鬨を上げ、民百姓も多いに喜び、尼子家の再興を祝したのだった。

一方で、勝久の父・尼子義久は毛利領内に囚われていたが、

ちょうど正親町天皇即位があり、毛利元就も上洛して献納品を奉ったところ、

義輝公の母君から尼子と和睦して義久を返してやってくれ」と頼まれた。

やむなく元就は頷き、これで尼子毛利は和睦して、義久は丁重に送り返された。

義久と勝久はついに親子の再会となり、また忠臣義士らを集めて労い、

とりわけ功のあった十名、

山中鹿之助

大谷古猪之助

寺元生死之助

横道兵庫之助

早川鮎之助

皐月早苗之助

高橋渡之助

秋宅庵之助

薮中茨之助

荒波錨之助

ここに彼らは「尼子勇士」とされた。

その後、尼子家は万代に渡って栄え続け、尼子のために働いた者はみな立身出世を遂げて幸せ暮らしたのであった。

2020-02-21

anond:20200221074011

ツッコミどころはあるけど、フェミ論理太刀打ちできない代わりに声の大きさでゴネ得を狙おうという事に慣れていることは俺も知ってたよ。ただそれって女だけでも無いんだけどな。知能が低めのネトウヨ層もわりとそういうところがあって過去にはザ・コーヴっていう政治的映画にキレて映画館前に押しかけて上映を潰そうとした事もあるのよ。俺は今回の件では表現の自由問題よりもフェミネトウヨ化の方が興味深かった

2020-02-17

コネ社会能力成果主義社会本質的に何が違うのか

はてなでは,日本学歴社会は「階層を固定しないのでよい」と褒められることが多い

しか学歴には本人の先天的能力が強く寄与する(簡単のため学歴を例に挙げたが,業績や生産性も同様である)

俺は生まれつき頭がそこそこ回る方だ.それほど苦労せずに旧帝大大学院卒業し,一般的には一流企業とされている会社で働いている

俺が卒業した県下一位の高校には,太刀打ちできないような能力を持つ人間が何人もいた.

一方で,俺が学生時代働いていた塾には,真面目に数ヶ月取り組んでも連立方程式すら満足に解けない生徒が何人もいた

無論勉強が苦手でも,優れた体力を生かしてお金を稼ぐ人間もいるだろう,ルックスを生かして豊かな生活を送る人間もいるだろう

その人を決定づけるパラメータは無数にあるが,しかしその中で重要な数個の因子がその人の人生を大きく左右するように感じる

さらに,これは私の観測範囲が狭い可能性もあるが,どうやらそれぞれのパラメータ同士には強い正の因果関係があるように感じる.

まれながらの血筋立場が決定する社会と,生まれながらの能力立場が大きく左右する社会本質的に何が違うのだろうか

後者のほうがより合理的・マシではあろうが,先天的能力が低い人間は豊かに生きる権利がないのだろうか

俺が安倍なら今のうちに日本国皇帝かになって日本を掌握するのに

誰も太刀打ち出来ないから余裕でなれるでしょ

2020-02-15

anond:20200215224353

うーん確かに鶏むね肉がたまに見せる100g30円という鬼畜価格には太刀打ちできないが

餃子は既に味がついているし野菜も入ってるというアドバンテージがある

2020-02-14

anond:20200213214854

あの映画のココがホンモノ

オフィスがホンモノ

主な舞台になったオフィス光が丘にあるオフィスフロアを使って撮影されたぞ。

環八谷原交差点を北に進むと右側に見えてくる高いビルがそれだ。

周りが住宅地で見通しがよいので東は都心、北は埼玉スタジアム、西には富士山がよく見えるんだ。

セットなのはトイレくらいだな。あのアングルでは撮れないからな

研究所がホンモノ

ヤマダがいる研究所も本当の研究所だ。

風洞実験や無響室、構造設備のいろいろな実験設備を揃えた自慢の最新施設だぞ。

ヤマダとエモトがふたりでいい感じになるカッチョイイオフィスもあそこだ。

つくばエキスプレスでぴゅーっと行って関東鉄道ディーゼル線にちょっと揺られた先にあるぞ。

ただし去年できたばっかりなので2003年にはなかったぞ

六角精児がいた狭い部屋もホンモノだ

あそこは新しい研究所ができる前の古い研究所

トンネルダムがホンモノ

映画特集記事のほうが詳しそうだから割愛するが

トンネルの掘削重機のシーンは邦画レベルではなかなかお目にかかれないド迫力であったな

備品がホンモノ

壁に掛かってる社訓とかふつうにホンモノ。

ノートPCに貼ってある管理シールとかホンモノすぎて笑った

社員がホンモノ

劇場の大画面にエキストラで知ってる人が出まくる経験を君はしたことがあるか?

映画の内容なんて追っていられなくなるぞ。

場所もホンモノ、社員もホンモノなんだからその辺の再現ドラマやドキュメンタリでは太刀打ちできないホンモノぶりだ

作業服がホンモノ

毎日着てるのでそのまま映画館に行ってやろうかとちょっと思った

まえだくんがホンモノ

序盤に出てきたわりにあまり意味がなかったマスコット人形も実際にある公式ゆるキャラだ。

知名度全然無いぞ

図面枠がホンモノ

パンフレットの表紙にも使われている図面フォーマットが見慣れたやつすぎてヤバイ

あの映画のココはホンモノじゃない

高杉真宙ウソ

あんイケメンはいないぞ

アサガワ

リアルのアサガワ氏はあん空気読まないタイプじゃなくて人当たりのいいすごくいい人だぞ。

今はかなりえらくなった

2020-02-11

黄金マリオ像と「悪の組織初心会」と任天堂エンタテインメントの話 ※追記有り

 黄金マリオ像、というものを知っているだろうか? 1990年代の子供たちの憧れであり、ゲーム屋の怨念掻き立てるアレのことだ。

 任天堂が始めた「任天堂エンタテインメント」というフランチャイズシステムがある。任天堂の卸を担当している初心会に金を払うことで、大作ソフトが多数回してもらえるようになるのだ。通常はゼルダの伝説20しか入らないのに、これに入会していると400本入ってくるというわけのわからないシステムだ。かわりに敷地が何畳以上とか、保証金が最低百万だとか、それなりにリスクも追うわけだが。で、入会すると貰えた店用販促物がこの黄金マリオ像だ。これがおいてある店は結構子供心に輝いて見えたものだ。店主からしたら忌々しさもあったものだろう。

 今ではなぜか初心会がかつてゲーム業界を牛耳っていた悪の大組織に扱われ、その象徴としてこのマリオ像がやり玉に挙がることもあるのだが、もうちょっと詳しくここらの事情を書き残すことにする。おっと、私は決して業界内の人間でないので、そんな人間でもわかる範囲内のことと、想像できるものの話ししかしないぞ。


 昭和時代ファミコンというものが生まれおもちゃ市場は一気に変わっていった。玩具なかにデジタルデバイスが入り込み、子供たちは夢中でファミコンゲームを買い漁った。マリオドラクエロックマンスターソルジャー……いろんなゲームが生まれ飛ぶように売れていった。するとどうなるか。街にファミコンショップというものがどんどん増えていった。

 任天堂おもちゃ流通として使っていた初心会を利用してファミコンソフトを全国に出荷した。この初心会とはようするに任天堂と付き合いのあったおもちゃ卸業の親睦会だ。もともとそんな大それた組織というわけではない。

 もちろん昭和時代からすべての小売店初心会問屋取引しているわけではないし、おもちゃ卸業の会社の大多数が初心会に入っているわけではない。そのため初心会に非参加の二次問屋も多数いた。その二次問屋を通ってファミコンソフト仕入れ小売店もまた非常に多かった。ファミコンが売れると嗅ぎつけた奴らはこぞって店を立ち上げ、夢中でソフト仕入れ売りさばいた。ゲーム市場がどんどん大きくなり、セガNEC独自流通をつかってゲーム市場に乗り込んできた(一部セガ初心会を使ったりもしていたそうだが)。


 ファミコンからスーパーファミコンへとプラットフォームを移した頃、いよいよ任天堂初心会に難題が降り掛かってきた。「小売店が多すぎる」問題だ。

スーパーマリオコレクションを例にあげようか。どうやっても200万本は売れるゲームソフトだ。工場もそれを見込んで確保する。ところが小売店からの注文を吸い上げた初心会への注文は、それを遥かに超える500万本になる。

 なぜこのようなことが起きるのか? 小売店が欲しい数をそのまま問屋に注文するからだ。その地方にすむ子供の数を見込んで小売店は注文する。しかし近隣のライバル店も同じ数だけ発注しているのだ。品切れを恐れた小売店の注文は初心会でまとめられたところで重複に重複を重ねた数字になってしまう。

ではそのまま工場をフル生産して500万本作るべきだろうか? 論外だ。そんなことをしたら小売店には大量の売れ残ったマリオコレクションが棚を締めることになるだろう。その結果はどうなるか。値崩れだ。そしてアタリショックの二の舞になってしまう。

 よく「クソゲーの氾濫でアタリショックが起きた」といわれるが、事実はまたもうちょっと違う。クソゲーの氾濫の他に「価格崩壊」もあげられる。小売店は売れなかったクソゲーを値引きする。値引きしたソフト消費者は買う。そうすると正規価格ではそもそも見向きがされなくなる。そのため正規価格が守られなくなりどんどん値下げに走り、撤退倒産したメーカー放出した在庫さら市場に流れ、価格さらに落ち込み……というデス・スパイラルが、アタリショックだ。任天堂絶対にこの現象を起こしてはならなかった。

 適正量を見極め適正量の製品を出荷する。その結果は「儲けさせる小売と、そうではない小売とを選別する」必要に強いられる。すべての店に平等マリオを出荷すべきだろうか? いや、そうではない。不人気ソフトでも買い取ってくれる、不良在庫を引き取ってくれる小売店初心会優遇しようと考えた。人気ソフトしか買わない小売店は卸からしたら不要なのだ。そんな店なら上得意の店に回したほうがマシだ、というわけだ。

 それまで抱き合わせ販売をして初心会小売店を選別してきたが、さすがにいよいよ無理がでてきた。この状況を打破するための小売店選別システム。それが上記任天堂エンタテインメントであり、黄金マリオなのだ。なんなら小売が卸を担当してマージン取って他の小売店にまわしてもよい(まあこれは表向きはNGということになっていたが)。なお、「敷地面積○畳以上」という条件を満たせなかったプレハブのようなファミコンショップも当時は結構あった。

 ところがこのシステムスーパーファミコン末期には崩壊する。任天堂エンタテインメントに参入する小売自体が増えすぎてきたのだ。さらにはその地方に一店も任天堂エンタテインメントに参入していないような状況だとむしろ在庫拮抗して小売店にとっては不都合がなくなる。そうなると「誰も参入せずに困らない地方」と「全員参入してしまって困っている地方」とが生まれてくる。最終的に「入れば儲かる商材が大量に仕入れられる」から「入らないとそもそも入荷しない」にまで悪化する地方すら生まれたという。小売の選定にも限界が来てしまった。


 そうした状況がプレイステーションによって完全に破壊された。ソニー独自流通で直接小売店に卸たのだ。問屋不要になった。問屋は今まで選定する立場にいたが、以降は選定される側に回った。初心会内で吸収合併が続き、数をどんどんと減らしていった。初心会外の問屋も潰れるか、吸収されるかになっていった。初心会はいくつかの改革を行ってきたものの、結局プレイステーションの攻勢に太刀打ちできず解散した。解散後も任天堂意向を汲んだり任天堂意見をいったりとしてそれなりに機能していたが、岩田社長へと社長交代が行われたあたりでその動きもだいぶ削がれていった。

 なおソニー流通でもいくつかのごたごたがあり、最終的にはゲームメーカーが自社独自流通を持ち直接小売店に卸すようになった。これがPS1後期。今では大手ゲームメーカー自主流通に、中小サードがぶら下がる形でゲーム流通されている。みんな大好き日本ファルコムコナミ流通担当しているぞ。

 

 初心会は決して業界を牛耳っていた悪の組織ではない。アタリショックの幻影に怯えそれを阻止しようと尽力し、結果滅んでいった(厳密にいえば滅びてはいないんだが……)清濁併せ呑む存在だ。黄金マリオ像は小売からしてみたら忌々しさを覚える象徴だろう。しか初心会からしてみたら、それなりに自己正義というものがあったんじゃないだろうか。






追記

 こんなつまらない日記ブックマークしていただけて感謝。すごく嬉しい。いくつかブコメに返信する

従事

 多数指摘をいただき大変申し訳無い。何分脳が8bit故許してもらいたい

任天堂を絶賛するやつってこの話題絶対触れないよな。これのせいでメガドライブPCエンジンソフトがどれだけ買いづらかったか(入荷数が極端に少ないという意味

 これは因果が逆なのではないかな、と思っている。

 たしかに小売に対して問屋が「他の所とは取引するなよ」と圧力をかけたという証言はあるのだけれど、じゃあ実際どうだったかというとNECPCエンジンCD-ROM2ユニットを売り出したときには至るところから寄越せ寄越せの大合唱になったということもあるんで、「上手いこと小売もやっていた」んじゃないかと思う。もしくは問屋自分のところを経由する形なら文句言わなかったとかかな。

 PCエンジンメガドライブはただただ出荷量が少なかった。めちゃくちゃ売れたイース1・2やソニック・ザ・ヘッジホッグで30万本くらいだ。同時期のスーパーファミコンミリオンソフトがずらりと並んでいる。小売は当然売れる商材を中心に揃えるわけだから、圧されてしまうのは仕方ないんじゃなかろうか。

 そうして売れる商材を揃えている初心会からこそ、横暴なことをやっても小売は耐えてきたわけだ。単純に販路が弱いっていうのもあるはずだ。スーパーファミコン初心会とそれに非参加の二次問屋を巻き込んで在庫のやり取りをしていたので品切れをしてもリピートの確保ができた。PCエンジンメガドライブはそこに余裕がなかったので即メーカー発注になり、そこにも在庫がなければリピート待ちだ。


権力もってる人間がオトモダチ優遇したりグレーな事やってたりするのを悪の組織と呼ぶべきではないかって言うと・・・

 オトモダチ優遇なんて話しじゃないよ。単純なビジネス上の付き合い。ドラクエマリオしか欲しくない小売は多かっただろうけれど、そんな小売は問屋からしたら何の魅力もない取引だってことだね。


ゴールドマリオ像懐かしいな/最近任天堂絶賛派はこの件を知らないか、知ってても「流石山内組長は商売上手!」みたいに言うのではなかろうか

 山内社長から出た案ではないと思う。というか任天堂発案ではないんじゃないかな。マリオ像も販促物も初心会名義だったので、集まった金は初心会管理していたのだろう。任天堂からしたらどこの小売に儲けさせるか云々はさすがに範囲外だからね。


>当時はリピートもめちゃくちゃ時間がかかったんでね

 これに関しても面白い証言があった。確かにROMリピートに二ヶ月以上かかり、CD-ROMは3週間ほどで生産できたというんだが、「在庫がなくても問屋にある。問屋になくてもメーカーにある。メーカーになかったらいよいよリピート待ちになるが、3週間後でも二ヶ月後でも結局熱が覚めてしまうから同じことだ」というものプレイステーション問屋メーカーが一体化していたから、初心会内でやりくりしていた任天堂比較して在庫の数という面では不利になったかもしれない。ファイナルファンタジーみたいなリピート待ち必須超人ソフトはさすがに恩恵があっただろうね。

 続きを希望されてて嬉しい。実はネタはあるから、気長に待っていて欲しい。初心会から開放された小売がどうなったかというと、あんまり明るい話題じゃないんだけどね。

2020-02-02

anond:20200202172019

文化成熟してるんだろうねー。

ソシャゲゲーム開発の人が言ってたけど、

年々開発期間は伸びてるらしいし、それに反比例して売り上げは下がってる。

スマホアプリだって、今じゃ個人開発者じゃ太刀打ちできない。

2020-01-31

あいつら俺とは違うこと忘れてた

あいつらメチャクチャええんやった。

俺では太刀打ちできんほどええ教育経験を積み上げとったんやった。

そもそも俺がここにいられるのは嘘と誇張で運良くすべり込んだだけやったやんか。

ふひー、危うく不用意に仕掛けてボロカスにやられて精神的に打ちのめされるとこやったでぇ。

あいつらとは経験値が違うことを考えればガチンコでやり合うなんて馬鹿な真似絶対するわけ無いわな。

穏便にやってかなあかん。そして着実に自分の成果を積み上げてかんとな。

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