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はてなキーワード: 死生観とは

2020-06-23

BLEACH一護がかわいそうなポイント

ジャンプ漫画ではありがちなのかもしれないが

・15-17歳という若さ、かつ短期間でとんでもない戦闘力を手に入れてしまったのが不幸。競技の才能だけが際立ったスポーツ選手みたいな状態

精神的なケアというか、指導者的な役割を果たす人が少ない。いても短期間、戦闘力のみを高めることに専念するコーチ

父親!色々知っているだろう父親から説明サポートが少ない。サポートしてくれたと思ったらやっぱり戦闘力を高めるコーチ

あの世のいざこざに巻き込まれ、数十歳〜数百歳も歳の離れた化け物と敵対したり協力したりする羽目に。そりゃ話が合わない。

・実はあの世問題死生観の違いや生死の在り方の違いをめぐる対立から生じているっぽいが、誰も説明してくれない。

・誰も説明してくれないから戦う理由は「守るため」しか見つけられない。ダチや街を守るために健気に戦う。付き合いが良い。

・けっこう死にそうになる。

2020-06-09

十二国記の謎と次回の短編集について、勝手に予想し、語る。

初めに

私は一介の十二国記ファンである中高生の頃にはまり、「白銀の墟 玄の月」で再燃した。

記事では、十二国記世界の疑問点について語り、次回の短編集の内容について、時には私の好みで脇にそれつつも、予測したい。その途中で、私自身のこの作品に対する解釈思い入れにも立ち入るかもしれない。

記事のおおよその内容

十二国記の今までの流れ。

十二国記シリーズ外伝を含め、次の順に出版された。

物語のあらすじについては、熱心な読者が多いと思われるので、略す。さて、この順で読み返すと、次のような傾向がみられる。すなわち、王と麒麟視点から見た世界よりも、庶民から見た世界比重が大きくなっているのだ。確かに、「月の影 影の海」では陽子は大変な苦労をして玉座上り詰めるし、「風の万里 黎明の空」「黄昏の岸 暁の天」では、いかに王としての責務を果たすかが語られる。一方で、同じ「風の万里 黎明の空」は民衆レジスタンス物語であり、それがさら大輪の花を咲かせるのが「白銀の墟 玄の月」だ。これは都市の規模ではなく、国家規模にわたる抵抗だ。

もう一つの傾向とは、読者層の拡大である。もともと少女向けレーベル出版されたからだろうか、十代の少年少女にとって教訓となるような個所は少なくない。「風の万里 黎明の空」における鈴、祥瓊の扱いを見れば顕著だ。一見同情すべき境遇にいるようでいて、それに甘んじている彼女らを待ち構えているのは叱責であり、罰である。この年齢になって読み返すと、幾分説教臭く感じなくもない。

しかし、「丕緒の鳥からシリーズ全体の印象ががらりと変わった。組織の中で働く官吏や、避けられない災害を前にして自分のできることに必死になる民衆の姿は。年齢を重ねた読者の心も打つ。少女向けとされる小説から最も縁遠いように思える、中高年の男性もうならせるだろう。この作品は、あまりにも不条理世界で生きる人々へのエールとなっている。

まり、これから尚隆や陽子視点から物語が描かれることは少なくなるのではないか。きめ細やかな民の物語を描くとき、王の存在は強すぎる。「東の海神 西の滄海」も、一歩間違えれば「俺TUEEE」っぽくなってしまう(そうならならずに尚隆が有能かつ魅力的に描ける腕前がすごい)。そう考えると「白銀の墟 玄の月」で出てきた尚隆は作者なりの大サービスだったのかもしれない。それに、神隠しにあった泰麒で始まった物語は、一応は解決しているのだ。王や麒麟のこの先に物語は、長編としては出てこないかもしれない。

十二国記で一貫してきたテーマは何か

前項でも述べてきたが、次に尽きるだろう。

十二国とはどういう世界

十二国では天帝が定めた天綱が憲法としてあり、王が定める国法、地綱はそれに反することはできない。また、州の法律も王が定めた法に反することはできない。

天帝は民に土地を与え、それを耕すことで生計を立てるように命じた。逆に言うと、天の設計した社会では、民衆は生まれた里で農業だけをして過ごすことしか想定されていない。

しかし、現実はそうではない。「図南の翼」に出てきた珠晶の家族のような大商人もいるし、「白銀の墟 玄の月」に出てきた宗教関係者もいる。冬器を作る工房もある。私塾もあれば宿もあり、雁のように豊かな国では副業で馬車を出す者もいるし、事実上奴隷だっている。

そして、最大のイレギュラーが定住民でさえない黄朱の民だ。彼らが歴史に関わってくるあたり、実際の中国の歴史にもよく似ている。

言い換えると、天は王と官吏農民だけの世界を想定していたが、天の条理の隙間を縫う形で民は複雑な社会形成してきた。そして、この世界民衆ルールの穴をつき豊かに暮らしているし、謀反を起こす力もある。これは、専制君主世界ではあるけれども、ランダムで選ばれた大統領支配される民主国家の姿に、少し似ているのだ。私たち世界大統領首相も間接的に選ばれるため、民意がどこまで反映しているか、はっきりしていないところがある。十二国世界は、実は私たち世界鏡像なのだ

今後の作品の傾向としては、黄朱の民のように条理からはみ出てしまった人々にもスポットライトがあることと思う。と同時に、黄朱の民はこの世界の条理に生じた大きなほころびでもある。現に、彼らの里木はよそ者が触れれば枯れる、大きなペナルティを負っている。

それと、この世界では思いのほか宗教がしっかり根付いていた。我々が最初にこの世界宗教を教えてくれるのが合理主義者の楽俊だったため、この世界の人々はあまり天に頼らない印象を受けたが、子供を授かるには祈るほかはないわけで、むしろ熱心な信仰がないと不自然であった。

十二国記女性

十二国記が元々は少女向けに書かれたことをうかがわせる設定はいくつかある。例えば、王と麒麟運命的な出会いだ。女性向けフィクションにはオメガバースをはじめとして、そうしたパターンが多い印象がある。もう一つはときとして未婚の女性をひどく不安にする妊娠出産からの「解放」だ。女性苦痛が大幅に減らされており、またこちらの世界とは異なるいくつかの価値観女性に優しい。王も麒麟官吏も(軍人を除けば)男女同数だし、子供のいる女性再婚相手としてむしろ歓迎される。ジェンダーSFフェミニズムSFとして十二国記を読み解くことも可能だろう。血縁意識が薄いのもその傾向を示している。とくに、楽俊はこちらの遺伝について、似たような顔をしたやつが同じ家にいるのが薄気味悪いのでは、と漏らしている。

しかし、この期待は裏切られる。ここはけっして楽園ではなかった。「白銀の墟 玄の月」のなかで李斎は、男社会軍隊で生きる女性の苦しさを吐露する。また、明らかに暴力を受けた女性も登場する。それに、序盤からすでに妓楼も登場している。この世界セックスワーカーがどれほど過酷生活を送っているか不明だが、妓楼に行くことはあまり道徳的に褒められたものではないようである(余談だが、楼閣が緑色に塗られているのは現実中国にもあった習慣であり、「青楼」と呼ぶそうだ)。

考えてみれば、官吏女性も多いとされながらも、登場する官吏の多くが男性である育児負担こちらよりもはるかに少ないので、昇進や待遇に差があるとも思えないのだが、これも隠されたテーマかもしれない。

それと、生理問題がどうなっているかもはっきりしない。初期作品の傾向からすると生理から解放」されている可能性が高かったが、女性の苦しみをテーマとするならば、生理のしんどさやそれにまつわる迷信タブーが出てくると考えるほうが、筋が通っている。

天帝女性

天帝女性、または西王母兼任している可能性が、ふと浮かんだ。別に女性が王になれるのだから天帝西王母より偉い理由別にない。

十二国記って男性しかいない場所がないこともなんだか怪しい。軍隊も三割は女性だ。逆に、女性ばっかりの場所が蓬山である麒麟を育てるのは女仙たちだからだ。これも天帝女性説を補強しないだろうか? また、妖魔が雄だけというのも、なんだかそれに関係しそうだ。単純に作者が女性だというだけのことかもしれないが。そもそも「いない」可能性もあるが、根拠は全くない純粋空想だ。

天帝ラスボス

考察サイトが華やかなりしころ、いくつかのサイトでは天帝ラスボスなのではないか、という説がまことしやかにささやかれていた。確かに黄昏の岸 暁の天」での天の対応はあまりにもお役所的ではある。ルールに従わなければ何もできないところが、法律に定められていなことは原則としてできない公務員によく似ている。

だが、もともと中国道教死生観がそういう面がある。「救急律令」も、法令を守るように促す言葉であり、古代中国役人賄賂に弱かったように、今でも神々に心づけを渡す習慣がある。

そして、自分天帝ラスボスになりえないと考えている最大の理由が、十二国記不条理にあらがう人々の物語であるからだ。天帝を倒した後どんな世界を作るにせよ、人間が作り上げた世界である以上はやっぱり不完全なものになるだろうし、仮に完璧世界を作ってしまったら、それは理想郷を描いた現実逃避のための小説になってしまう。「黄昏の岸 暁の天」のなかでも陽子はつぶやいている。天が実在するのならそれは無謬ではありえないのだ、と。

結論

私が次回の短編集に出てくると予想する要素としては、今までの物語を受けて次の通りだ。

また、

そして、長編がありうるとしたら

と考えている。

おまけ1 奏が滅びるとしたらどのような形か

しろくでもない空想をしてみる。六百年の大王朝が滅びるとしたら、それはどうやってか。

王朝最後はいくつかの傾向がある。一つは陽子暗殺しようとした巧の錯王や、慶の予王のように、王個人劣等感に押しつぶされるパターン。もう一つは芳の王(祥瓊の父)や一つ前の才の王(黄姑の甥)のように、長所裏目に出るパターンだ。祥瓊の父は清廉な人柄であったが、完璧主義者で罰が苛烈に過ぎた。黄姑の甥も正義感にあふれていたが、現実検討する能力に乏しかった。

で、奏の特徴としてはのんびりとした気風がある。これが欠点となるのは、のんびりした気風で対応できないほどの速さで十二国世界に変化が起きる場合だ。つまり、利広の情報収集を絶てばいい。彼が旅先で死亡するか、家族が業を煮やして彼を王宮に拘束するかだ。ところが、「帰山」では、しばらく王宮暮らししろ、という趣旨台詞がある。

これが奏の滅亡フラグかといえば穿ち過ぎな気もするが、宗王一家は全員同じ筆跡で公文書が書けて、しか御璽を押した白紙が大量にあるので、一度分裂したら矛盾した命令が出されまくって国家の体をなさなくなり、あっと言う間に沈む危険がある。白紙委任状ほど危険ものはない。ああいう仲のいい家族崩壊する様子を書くのって、日本人作家は上手だというイメージがあるが、数ページで滅んだ、と示されるのもまた冷たくていい。

おまけ2 「王気」という言葉について

「王気」という言葉一見すると単純な造語であるしかし、景麒は、自分は半ば獣なのだ、と述べている。さて、「王気」にけものへん「犭」がつくとどうなるか。「狂気」になってしまうのである。失道は避けられないのかもしれない。

おまけ3 四令門の名前

黄海を取り巻く四令門のある街で、雁では未門と申門の代わりに人門、恭では辰門と巳門の代わりに地門がある。では、言及されない才と巧ではどうなるか。陰陽道を考えると、才では丑門と寅門の代わりに鬼門、巧では戌門と亥門の代わりに天門、と思われる。

おまけ4 「戴史乍書」の記述はなんであんなにそっけないのか

十二国記を初めて読んだときには、本編と「戴史乍書」の関係って、講談や旅芸人お話と、正史みたいなものだと空想していた。三国演義歴史書の三国志やその注釈から成立した、みたいな話だ。つまり、本文も旅芸人の語りであり、実際に起こった歴史とずれている可能性がある。

また、中国の歴史を知るにつれて、歴史書の記述はわざとそっけなくしていると考えるようになった。春秋の筆法というか、どのような事件が起こったかをどのくらいの濃度で書くかによって、歴史的な出来事に対する価値判断が含めているわけである。細かい経緯を書いた記録はたぶん別にある。

最近は、国家機密をぼかす目的もあると踏んでいる。阿選の幻術なんかの記述があっさりしているのも、たとえば妖魔が符で使役可能だとか、王と黄朱とのつながりとか、暴力行使可能麒麟がいるとか、かなり危険情報だ。事情を知っている人が読むと「ああ」ってなるが、それ以外の人は読み飛ばすようにできている。

おまけ5 登場人物名前元ネタ

楽俊の姓名である張清は水滸伝に出てくる。しかし、水滸伝盗賊活躍するピカレスクロマンである文人肌の楽俊とはだいぶ違う。

桓魋は少し近い。孔子を襲った荒くれ者と同じ名前だ。そして、面白いことに「魋」だけで「クマ」意味がある。「熊どん」というほどの意味を持つ字なのだおるか。

祥瓊の父の字は仲達で、三国志諸葛亮ライバル司馬懿と同じだ。雁の白沢瑞獣名前。「白銀の墟 玄の月」の多くの官吏たちも、実在する中国官僚文人たちから名前が取られている。とはいえ名前が同じだからと言って同じような人物像とは限らないので面白い

おまけ6 遵帝はなぜ「帝」なのか

「帝」という称号始皇帝の考えだしたものだ。諸侯が王を名乗ったため、王のタイトルに重みがなくなってしまった。そこで、王の中の王を意味する称号が生まれたのである

しかし、それを考えると十二国記世界では帝の称号が生まれないはずだ。なにせ、侵略戦争がありえないのだから、王よりも上が出てくるはずがない。そのため、王より上の称号は、山客か海客由来の語彙ということになる。

語彙だけではない。現実中国文化には、周辺の異民族との交流からまれてきた要素が結構あるので、十二国世界でそれらが取り入れられたいきさつも妄想するのは楽しい。例えば、スカートキルトではない、ズボンパンツ状の服は騎馬民族に由来することが多い。そこまで考えるのは野暮かもしれないが、十二国世界匈奴西域の影響の薄い中国文化を持っていると空想するのは、歴史ヲタにとってはきっと楽しい時間だ。

おまけ7 景麒の角の文字

十二国記アニメで、景麒が塙麟に角を封じられるとき、「生心気鎮風」と読める金文が刻まれるのだけれど、あれって根拠があるのか。私にはわからなかった。

終わりに

つらつらと書いてしまった。

残念ながら、小野不由美の他の作品との比較検討はしてこなかった。未読のものが多いためだ。また、作者の細かいインタビューも入手できていないので、見落としているものがあるかもしれない。

積んである本を片付けたら、ホラーは苦手だがぜひぜひ読んでみたい。

そして、次回の新刊のんびりと待っている。小野不由美先生、本当に泰麒の物語物語を完結させてくださり、ありがとうございました。

2020-06-08

スピってるやつが本当しんどい

スピッツのことじゃないよ。スピリチュアルのやつ

死者に敬意がないとか言っててさ?頭おかしくない?

おかしいは言い過ぎかもしれんけど、こうもナチュラルローカライズされて一部の地域だけでしか通じない思想

さも全人類が共有しているみたいな、全然世の中のことを知らないで上から目線で、自信満々に自分の考えが全宇宙で通じる正義だと思い込んで発言ちゃうのダセェんだよ

日本的霊魂とかの死生観前提のローカル思想だかんな

そんなことも把握できてなくて、今回のダーウィン賞に対して怒られても、そもそういう観点の賞じゃねーからしかならん

気持ちはわかる、俺も日本で生まれ育ってどっぷりそこの生死間前提の宗教観をお前らと共有しているからわかるけど、

それは我々のコミュニティしか通じないことだし、それを宇宙の真理みたいに錯覚するのは、マジでヤバすぎる

ダーウィン賞に怒るのはもっともだけど、それはダーウィン賞がクソなのではなく、日本死生観配慮がないことを怒るべきで、

ダーウィン賞がとち狂った倫理観を持っているわけじゃなく、彼らの世界では日本のように死んだ人間神聖視するようなスピリチュアル文化がないだけで、文化問題であることくらい分かれよ。

そんなこともわからんで怒り踊らされて訳わかんねーたわ言言ってるの、きしょいっつーの

お前の感覚は一つの地域しか通じないスピリチュアル文化だってことくらい、分かれ

わかった上で、怒るべきは、ローカル大事にされているスピリチュアル文化に対してのフォローが欠けていて、多くの同胞を悲しませることです。

というような起こり方がベターでしょうね。

なんだよ使者への尊敬って。尊敬するかどうかはどういった人間だったかによるだろ。死んだらみんなえらい!って

お前ら(我々)固有の文化だろう。少なくとも世界中の人間の間でコンセンサスを得ているような思想じゃねーよ

なのに、なぜそれが、この世の心理であり正義であると、誤解するのか。

もっとTVとかネットニュースかに触れて、世の中のことを見ましょうね

2020-06-02

スウェーデン方式賛美してる奴らよ!

あれって日本じゃ到底受け入れられない方式なのにやりたいのか?


自分は嫌だわ。死生観の違いだよな。スウェーデン自身効果あり!とか言っているけど数字はまだまだだし、人口国民一人当たりの面積や都会の密集率等なにもかもが違う

人が大都市圏に極めて密集している日本スウェーデン方式やったら、とんでもない人数が一度に罹って、無駄なのに病院に詰めかけて他の患者が割りを食って、オマケに死んだら国のせいにして遺恨を残しそう。衛生観念高くてもそれを越えそうだ

2020-05-24

命を返してとか言いだす変な宗教死生観の人やばい

2020-05-19

名作が終わると作品の表層だけ捉えた批評流行

鬼滅の刃面白いのってクライマックスまで一気に行って最終回がどうこうって話じゃないんだよ。

なんでそこだけを語るかなあ。主人公が優しい、死生観がどうこうってのも、大事だけどそう単純化してはいけない。命を扱った作品なんていくらでもある。どうしてあの世界観の息遣いを感じられるかというとこに踏み込まないと何の話にもなってない。

はてなでは(ニュースサイト一般に言えるかもしれないが)「大衆は単純なものに踊らされがち」みたいな本質を何もわかってない言説が持て囃されがちだ。

こういう要素だけを挙げてヒットを分析するのがけものフレンズとき流行ったけど、そういう見方をしていた人たちが作った2がどうなったか鬼滅の刃比較された長期連載の大作にも言えるが(だれた飽きたはお前の気分だろ)批判するにしろ褒めるにしろもう少し作品面白いところあるいはファンというものに敬意を持って分析して欲しい。

2020-05-07

anond:20200507102450

スウェーデン方式やね。

検討は有りだとは思うけど、日本死生観でも有権者の年齢構成からも無理だろ。

から高齢者だけ~」「致死率は~」は現状認識してない意見だよ。

2020-05-03

「夜の街」は死ぬ

after緊急事態宣言を考えてみたが、所謂「夜の街」クラスターの原因となったと推測される接待飲食営業性風俗関連特殊営業一時的にほぼ壊滅するんじゃないかと思う。

まずワクチン治療薬が万民にいきわたらない限り、コロナ以前の経済活動不可能だ。

仮に緊急事態宣言明けにコロナ以前の経済活動に戻すとなると、無対策場合実効再生産率が2を超える以上、再流行医療の逼迫→再度の緊急事態宣言へと至るのは明白だと思う。

コロナ治療医療崩壊が起きない程度に諦める(スウェーデン方式選択であればコロナ以前の経済活動に戻すことも考えられるが、これには死生観の変革も求められ、政治国民理解ハードルが高い。

諦めずに医療崩壊を防ぐためには2つの選択肢が考えられる。(あるいは併用)

一つ目が所謂外国new normal専門家会議が語るところの新しい生活様式市民が行うことだ。

これは実効再生産率0.5-0.7となる現在経済活動の水準から若干元に戻し、医療を維持できる実効再生産率0.8-0.9となる程度の経済活動を行う選択理解している。

この場合、濃厚接触を行う可能性が高い産業には自粛継続なり接触頻度を低める工夫をしての営業社会的に求められる可能性が高い。

二つ目感染者のトレーサビリティを強化したうえで、徹底したクラスター対策を行うことだ。これは韓国台湾選択している方式理解している。

この場合国民は何らかの形で行動履歴政府に常時提供し、感染者が判明し次第、過去の行動から接触者を割り出し通知する仕組みを構築する必要がある。

言うまでもなく、このどちらも前述の産業との相性は極めて悪い。

前者の濃厚接触そもそもこの手の産業提供している本質的価値のものであるし、後者トレーサビリティはこの手の産業顧客匿名性を一般的に求める以上、利用を嫌厭する大きな理由になる。

テレビ番組ネットでも「夜の街」産業従事者が緊急事態宣言が明け、元通りになることを心待ちにしている声が流れることがあるが、心の中で「まあ助からんやろうなぁ」と思う。

同じことはインバウンド関連事業者にも思う(海外旅行の復活には日本旅行者母国双方の感染収束している必要があるが、それは年内どころか来年、再来年までかかるケースも多いだろう)。

政府がどんな手を打とうと(経済的に)死ぬであろう人が、希望を捨てない発言をしているのはぶっちゃけメンタルに来る。

まり他のSNSリアルでは悲観的は発言もできないので、整理がてら増田に書き捨てる。

2020-04-20

日本はこのままいくとコロナ死ぬより経済死ぬ人数の方が多くなる

先進国の中で最も自殺率が高いこの国で、経済自殺数に明確な相関があるこの国で、ピーク時年間三万人以上が自殺するこの国で、老人がコロナで一万人死ぬのと、働き盛りが自殺で一万人死ぬのと、どっちが国の未来のために重大な問題論理的結論は明確であっても、結局は自殺者が増える方向に社会は進むんだろう。残念でならない。

そんなことを言うと、じゃあ自分祖父母コロナで死んでも良いのか、なんていうやつが現れるけれど、年長者から順に死ぬのは正しいという死生観を持つ自分としては、自分祖父母コロナ死ぬより、自分の同期の友達自殺死ぬ方が嫌だよ。

2020-04-19

命を大事にしすぎてるよな

「命はなによりも大切なのです!」って教育をガキの頃からみんな受けてるせいで、ジジババは死んでもいいか普通に行こうやってノリにできない

ヴァイキングみたいな死生観教育すればいいのにな ヴァルハラが待ってるぜええとか言いながら原発特攻したりコロナで死んだりすればいいんだ

だいたいマジな話生命のどこが貴重なんだよ 日本だけで100000000以上あるんだぞ しかひとつ10ヶ月くらいで生み出せる どうでもいいじゃん

今の社会は本当に中途半端だ 生命なんてどうでもいいとみんな思いつつ、生命より大事ものはないという道徳に縛られてる

捨てればいいのに ニート障害者を老人をドンドン殺して、若くて使える人間だけで社会を回せばいいじゃん それだったらコロナなんてマジでノーダメージだよ

俺もその社会だったらとっくに殺処分されて楽になれてるのに

みんなががんばって外出自粛をすればするほど、コロナ禍の終息は遅くなる

って常識だと思ってたんだが、そうでもないんだろうか。

「みんながんばって外出を自粛して、こんなの早く終わらせようぜ!」みたいなツイート複数見かけたのだ。

今の外出自要請は、感染者が一気に増えて医療崩壊を起こさないための時間稼ぎであって、

コロナによる死者数は減るのだろうが、当然、終息は遅くなる。

死者数無視して手っ取り早く終息したければ、みんなで一斉に夜の街にでも行って感染すればいい。

日本だけで100万人くらい死ぬだろうが、集団免疫が獲得できることだろう。

コロナ免疫が得られない、なんて話もあるが、もしそれが本当なら、コロナ禍は永久に終息しないことになる。

そうなら一時的な外出自粛なんて無意味で、死生観見直し必要になるかもだ。

今、外出自粛! 呼びかけている人たち(政府地方自治体も、Twitterで叫んでいる一般人も含む)って、

いつまでそれを続ければいいと思っているんだろう。

コロナウイルスを天然痘のごとく絶滅させるのはまず不可能であることを考えると、

自然集団免疫を得るのに3年くらい、ワクチンができたとして1年半後ぐらいってところかね。

それまでずっと、こんなことが続けられると思っているんだろうか。

仮に続けられたとして、その頃には居酒屋も夜のお店も全滅してそうだ。

2020-03-31

る。生き物は、行為を超越する段階に達しないかぎり、永遠にまれ変わり、来世は前世の業(行為)によって決定される。これが、因果応報法則(善因楽果・悪因苦果・自業自得)であり、輪廻思想と結びついて高度に理論化されて一部のインド人死生観世界観形成してきた。 カースト

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2020-03-20

anond:20200320211955

教会でのクラスター感染

マスクするのかっこ悪い

ポケットティッシュ等なくハンカチで鼻をかむ習慣

手洗いうがいをしない

高齢者子供も一緒に住む家庭

日本と違い、老人はいつか死ぬのは当然と思っている死生観

2020-03-05

大正時代から」でなにか説明した気になってるやつはアホ

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1477162

あのな、舞台大正時代でもな、作ってるのは現代、読んでる人間現代たまたま舞台大正時代現代作品なんだわ。

その時点ではてブ民の意見は、以前の自衛隊ストパンポスターへの擁護として「いや、下半身丸出しなの必然性はある!なぜならあの世界では~」って設定の話しだすオタク完全に一致なんだわ。

設定の話してねんだわ。

近年のディズニー映画は数世紀前のヨーロッパ舞台でも黒人平等に活き活きと描かれてるんだわ。なぜならな、それが現代進歩的価値観に沿うものからなんだわ。当時、黒人の扱いが悪かったからと言って、劇中に登場する黒人召使い奴隷だけだったら、視聴者黒人の子供たちに対してdiscourageなコンテンツになるんだわ。

鬼滅の刃って少年マンガなんだわ。成人済の女オタクイケメンキャラ見ておしょんこぽんぽんするコンテンツじゃなくて、あくまでも主要なターゲット層は少年なんだわ。

その少年たちに対して、誤った価値観インストールしてしまうのはまずいよね、っていうのが今回の議論本質なんだわ。

またそこからですか?

2020-03-01

非モテ呪いは、永遠に治らない。

非モテ治療不可です。

二年前に彼女にフラれたが、その傷が癒えないのをみてとてもよくわかる。

18歳まで、告白してはフラれ、好きな人スポーツできるマンに盗られ、告白しては「テメッキモいんだよカースッ!!!!!!」と言われ。

もはや意地だった。彼女いなきゃしぬ、作らねばこの傷は癒えぬ、という意地で、18歳になってようやく彼女ができた。

そこから数年、ずっと必死こいて彼女を作っていた。

彼女がいる」ということ、僕を好きであるというそ事実が、とても心地よかった。

別段、「なんで俺のこと好きじゃねぇんだよぉ!!?」とかぶちきれるとか、そういうへんな拗らせ方もせず、順調に「呪い」は治っていたように思えた。

4年前にできた彼女はとてもよい子だった。

から僕はこの子と当たり前のように結婚するのかと思っていた。

しかしそうはならなかった。

諸々あって、ともかく別れた。

仕事家族環境死生観、色んなものが互いにしっかり考える人同士だったからこそ、お互いすきだったのに別れた。

まあここはどうでもいい。

「嫌いだったから別れたんだろ?笑」という解釈でも後の文章を読むのに支障はない。

ここで大事なのは、僕は「誰かに好かれている」という状態としての「付き合う」にとても固執していたのだ。

さてそこから2年、非モテ時代17歳の僕に言ったら「彼女いる時点で勝ち組だろ紙ね、欲張るなカス、○ろすぞ」としか言わんだろう。

だがこれも非モテ呪いなのよね。

好かれたい、好かれたい。という想いをずっとずっと思春期に抱いていたから、なにかを与えないかぎり人に好かれることは微塵もないと思っていて、だからこそ、付き合っているなかで自然と「あっ、好かれている」という感覚勘違いであっても、それが一瞬でもそこにあったことが、僕にとって何よりの救いだったのだ。

だが一方で、僕はそれに依存していたのだ。

甘く甘く溶けてぼくの脳内でろでろと入ってきて、視界はぐちゃぐちゃで、別れた瞬間その脳内に入った「彼女」を無理やり引きずり出されたような感覚で。

ぼくの脳はそこからまともに機能していない。

甘い甘い、ぼくの脳髄を一瞬でも埋めてくれる女の子を求めるだけのクソメンヘラに成り下がった。

モテ麻薬だ。非モテにとって、好かれるということは、依存だ。麻薬だ。

この呪いは、永遠に解けることがないんだなと僕は改めて思った。

彼女できた!二年も付き合った!!非モテ脱出!!」

とかバカなことを思っていた。

脱出なんかできねぇよ。

永遠に貴様の脳髄にぶち抜かれてるクソな思考なんだよ、非モテは。

そのクソは永遠に抜けない。

クソクソクソクソクソ。

非モテ呪い

どなかた治療方法を教えてくれ。

あとゲーム依存にハマってやり過ごすくらいしかやり方がわからない。

誰か助けてくれ

2020-01-25

ed治療薬2回目 嫁とセックス

昼に服用。副作用は先日の通り。

仕事が終わり帰宅。早速、嫁の胸チラにエロスを感じる。この感覚は久しぶりだ。尻を触りたくなるが、抑える。しばらくセックスレスだと最初の一歩が踏み出しづらい。

セックスに備えて風呂でイチモツを丹念に洗う。みるみるうちに勃起した。薬効は抜群。イチモツ血液が集中しているのがわかる。イチモツが、熱い。

嫁と適当雑談を交わしていると就寝時間になったので、俺は一人でベッドへ向かった。一人でだ。嫁に声をかけるタイミングを失ったまま二階へ上がってしまったのだ。このままではダメだと勇気を振り絞り、階下へ戻る。「どうしたの」と目をまん丸にした嫁に「セックスしよう」。無事、オーケーをもらえた。

ベッドで待っていると、ワンピース姿の嫁が来た。座ったまま嫁を脱がす。「一緒に脱ごう」と嫁。露わになった裸体。見飽きたはずのシルエット。闇に隠れた興奮状態のイチモツを嫁は未だ知り得まい。

セックスが始まる。おっぱいを弄り、クリトリスを刺激すると"いつも通り"の反応がかえってきた。サイドポジションマンコに指を入れる。嫁は左手を伸ばし、ついにギンギンのイチモツに触れた。そうしていると、マンコが凄まじいことになってきた。ベチョベチョだ。触り方を変えたわけでもなく、俺の思い過ごしでもない。ギンギンのイチモツに間違いなく興奮している。なぜなら、久しぶりのセックスで恥ずかしげもなく「入れて」と口にしたからだ。こちらとしてもたまらなく入れたかったので、性欲に任せてイチモツを突っ込んだ。

するとどうだろう。いつもなら刺激が少なくイチモツ萎え体位でも、ガチガチのままだ。精神的余裕。いつまでも腰を振れる。挿入時間が長い。嫁のマンコはすでにいやらしい音を立てている。あまりに長く突き続けたため、お互いに「少し待って」となる。そのころには、部屋中にメスの臭いが充満していた。

……俺は、それなりにセックス経験し、嫁に飽き、女に飽き、セックスに飽き、オナニー原点回帰し、性欲を失い、ついには男性機能を失い、悟りの境地に達したと思っていた。死生観すら変わり、人のセックス動物所業で、虫と変わりない交尾人生は行雲流水と悟ったはずだった。しかし、違ったのだ。俺は、男性機能を失った。それだけだったのだ。全部後付けの見苦しい言い訳勃起しなくなり、セックスが怖くなっただけの男だったのだ。今、わたしは両方のセイを感じている。

嫁は壊れるほどのオーガズムに達し、俺は震えるほどの射精をした。事後、イチモツについて語られることはなかったが、信じられないほどに上機嫌の嫁を見て俺はまた勃起。改めてed治療薬の凄さを思い知ったわけである

2020-01-23

臓器移植ドナー意思表示オプトアウト方式にすれば良い

天才の発想!と思ってググったらすでにやってる国があった

世界素人想像より進化してる

日本死生観宗教観と臓器提供ってそれほどコンフリクトしないと思うんで

オプトアウトにして2,30年放置しておけば、死後に臓器を取り出すのは適切な医療行為として当然という空気になる、かも

2019-12-28

2010年代アニメ総括(個人の感想です

個人の感想です

アニヲタ歴は22年くらい?

 

魔法少女まどか☆マギカ

私はアニヲタとしては00年代世代で、攻殻機動隊ハルヒが印象的だったんだけど

その様相がガラッと変えたのがまどマギだった

とは言えあそこでどっぷりハマったのは当時学生だった子達だと思う

90年代00年代経験してきたアニヲタ的には多分「なんかバズったね」程度だったのではないか

 

まどマギは色んなものをもたらした

オリジナル深夜アニメでここまでいけるという前例

・3話で驚かせるとか、10話でひっくり返すという構成

・絵柄とストーリーギャップ

百合

映画資金回収

 

珍しく企画勝利した作品であり

それを当てにして上手くいかなかった作品も多く生み出した

個人的TV版は非常に熱狂したんだけど、映画版をまだ積んでると言う程度ではある。見なきゃ・・・

 

ただこういう衝撃系作品って類似作品を出しても上手くいかないイメージが有る

実はエヴァもそうなんだよね、20年に1個くらい爆発する感じ?

 

化物語シリーズ

調べたらアニメ化一発目が2009年夏らしいが、そのブーム2010年代を彩ったと言って良いと思う

実はこれも途中で止まってるので語る資格がないんだけど、ふれないわけにもいかない作品でもある

といってもこれは西尾維新新房昭之節が極まった作品であって、他のアニメへの影響はほとんどないかもしれない

オンリーワン

普通に世界が完結してて普通におもしろ

 

主人公がひたすら語る作品といえば、ハルヒ物語シリーズが思い浮かぶけど他にあるかな

 

そういえば、ネットでの話題性に比べて円盤の売上がかなり高かったのが特徴的だったね

 

進撃の巨人

これもオンリーワン系だと思う

大変面白いけどそんな売れると思わなかった系でもある

2010年代は「面白いけどそれマイナー系だよね(ジャンプでやるようなタイプじゃない)」というのが正当に売れた10年だと思う

私の趣味に近づいた感じなんだけど、私みたいな奴が買ってるのかもしれない

 

鬼滅の刃

面白い上にアニメクオリティが非常に高かった

2010年代はとにかくクオリティ向上が目についたと思うが、その集大成のように思えた

 

あと2010年代らしいと思ったのは主人公性格

とんでもなく善良なあたりが現代日本っぽい

昔はもっと「根はいいやつだけどヤンチャ」とか「根はいいやつだけどスケベ」とかそういうのが多かったと思う

 

プリパラアイドルアニメ

本当はアイドルアニメでまとめるべきなんだが私がちゃんと見ていないせいでまとめられない

 

アイカツ! 2012年(みてない)

ラブライブ 2013年(みてない)

ろこどる 2014年(見た)

プリパラ 2014年(見た)

デレマス 2015年(みてない)

SHOW BY ROCK!! 2015年(見た)

ゾンビランドサガ 2018年(見た)

バンドリ 2018年(みてない)

Re:ステージ! 2019年(見た)

まだまだある!

 

2010年代は確実にアイドルアニメブームになっていた

もちろんAKBという文脈があったからではあるんだけど

アニメフォーマットが作りやす

3DCGの強みを最高に活かせる

スポ根文脈があるから、いい話にもできるし女子ウケも狙える

声優アイドル化、産業構造の変化

 

みたいないろんな絡みで猫も杓子もアイドルアニメだったと思う

私はドルオタではないしライブには興味がなかったが、最先端3DCGで踊るアイドルには目を奪われたし

それに負けじと手描きで挑むのも面白かったし

スポ根要素が強いストーリー結構楽しめた

というかプリパラで何度か泣いた

 

探偵オペラ ミルキィホームズ

調べたら放送2010年だった

何気にこれもいろんな影響を撒き散らしてる気がしてならない

2010年のシュールギャグと言う感じのアニメでした

 

このアニメ声優アイドルの方で影響が強い気がするが、私はそこら辺疎いので語れない

個人的には「森脇監督ふでやすかずゆき」という最狂タッグがプリパラという女児アニメミルキィホームズ再現したのが衝撃だった

ちなみにふでやすかずゆきはゴチうさもやってたりする

10年代で崇拝するスタッフの一人になったのは間違いなく

ふでやす脚本回ではコメントで「ふでやすwww」と草をはやしている(これは私だけではない)

 

シドニアの騎士宝石の国BEASTARSなど

2010年代3DCGアニメーションが普通に放送される時代となった

ようやくと言う感じ

3DCGを省力化のためにつかうというよりは、表現の幅を増やすために使っていたのが印象的だった

場合によっては一部を作画にするというのもあったらしい

楽をすることなど考えておらず、クオリティをがるために戦略的に省力をしているようで、頭が下がる

 

そもそもアニメ業界全体で、気づかないうちに3DCGが使われているらしい

3DCGは旧来の方法と融合したようだ

 

gdgd妖精sてさぐれ!部活ものけものフレンズケムリクサ

「誰が」と言う部分を語るとわけわからなくなるので、手法について語ると

一見すると品質の高くないように見える(MMDのような)3Dモデル使用してアニメを作る手法

2010年代はこれがかなり伸びた(広まったわけではない)

この手法の強みは何より制作期間の短さにあって、できるだけ少人数でアニメを成立させるならどうするかの局所最適解のように見える

素早く作れることで何度も内部でバージョンアップを重ねることができ、面白さ向上に繋がってると言う話はなるほどと思った

アジャイル開発だ

 

こういう少人数制作の流れはあまり無いんだけど

異世界かるてっとの制作所も最近注目している

あれはソシャゲアプリキャラを動かす手法と同じだよね?

 

けものフレンズ

上のラインからやはりけものフレンズは浮いてる

SNS考察し合う前提で色々仕掛けておくたつき監督流には唸った

 

ちなみにけものフレンズは私が2010年代にハマったアニメ5指の中に入ると思う

初動で増田に5つくらい日記を書いて伸びたのが懐かしい

 

ゆるい百合アニメきらら

けいおん2009年初出、ひだまりスケッチ2007年初出、ゆるゆり2011年初出らしい

その流れを組んだゆるい百合アニメは明らかに2010年代全盛期だったと思う

もはや一つのジャンル文化形成してしまった

 

2014年にご注文はうさぎですか?が出た前後あたりから、明確にきらら系を意識されるようになったと思う

おおよその雰囲気として

ほとんど女キャラしか出ない

・故に男女間の恋愛話に発展しない

友情や行き過ぎた愛情はある

・緩めのギャグ

・落ち着いた雰囲気

 

みたいなものがあると思う

見ているのは9割くらいが男性で、どうやら癒やしを求めているらしい

かくいう私も難民だけど

 

2010年代特に流行ったのはここあたりか

ゆるゆり2011年)

きんいろモザイク2013年)

のんのんびより2013年)

ご注文はうさぎですか?2014年)

NEW GAME!2016年)

ゆるキャン△2018年)

 

実際にはこの3倍位の数にはなる

 

桜Trickcitrus

ゆるくないガチ百合アニメもちらほら出てきた

緩いほうが人気らしいが、私はガチ大好物

 

ゆるキャン△ふらいんぐうぃっち三ツ星カラーズ

女だらけのアニメと聞くと、普通はお色気路線だと思うだろうが、それだけじゃ説明がつかないアニメがちらほら出ている

重要なのはもっと別のところにあるのかもしれない

こういうのを並べてみて気づくのは、大抵何か趣味地域の紹介アニメであることが多いと思う

たまたまかもしれないけど

 

テコ入れ回って果たして本当にテコ入れ回なのか?

 

侵略!イカ娘

イカ娘2010

面白くないけど可愛い」などと揶揄されて結局成功したので

かわいいは正義だということが証明された

 

私に天使が舞い降りた、うちのメイドがウザすぎる!

これだけポリコレが極まった2010年代において、真正からロリコンアニメをやる流れがあってちょっと笑った

ただ昔と違って、一個メタ構造になっていて、1人大人がいることが多い

ロリアニメではなく正しく「ロリコン(でギャグやる)アニメである

ただ可愛いとかじゃなくて構造的に成立してるのがなるほどと思った

示し合わせたわけでもないのに、この2作品構造がかなり似ているのも面白い

 

ここにロウきゅーぶ!天使3Pを入れるかどうかは迷う所

 

ヤマノススメゆるキャン△ダンベル何キロ持てる?といった趣味アニメ

話を作るに当たって下地にするものというのがある程度戦略的パターン化されて行った

その中で趣味フォーカスをあてた作品が目立ったと思う

10年以上前ならアニメの主役は「世界を救う」みたいな話で、趣味雑学アニメでは脇役だったと思うが

2010年代は明らかに主役のポジションにそういう趣味雑学作品があったと思う

おっさんがやってそうな趣味女の子がやるだけでおっさんは喜ぶようだ

(ちなみに「世界を救う」から趣味アニメ」の間に「部活アニメ」が挟まると思う)

 

そしてこういうのが流行るとどうやら世間でもプチブームが来るらしい

これはアニメ火付け役なのか、火がついたかアニメをやったのかどっちなんだろうか?

 

ガールズ&パンツァー咲-Saki-

咲は初出が2009年だった

 

両方とも大ヒットしたために単体で文化っぽくなっているが

これらも「主に男がやってる趣味女の子やらせよう」の系譜

  

いろんなマニアック知識スポ根に落とし込んでいったのは非常にうまかった

 

ソードアート・オンラインアクセル・ワールド

xRを題材にしてるあたり2010年代らしい

類似品がかなりあったなかで一番成功したのでは?

私は2期までしかみてないんだけど

00年代ラノベ系譜を受けているので、今見ると少し懐かしい感じがする

2012年頃の中二病の受け皿になったのは間違いない

 

なろう系、Web小説系、Web漫画

触れるには荷が重い、そして私に語れる気がしない

特になろう系

 

ジャンル内で色々なアイディア蠱毒をやった結果、驚くほど面白い作品が出てくることもある

 

魔法科高校の劣等生最初楽しみ方が全くわからないまま見ていたが、ニコ動で見ていたら最終的になんか楽しくなっていた

 

この素晴らしい世界に祝福を

腹抱えて笑った

確かこれでなろう系の印象が変わった

色々な出来事イレギュラーに思えるんだけど、コメディとしてみれば割と基本を踏襲してたりするので異世界転生に先入観を持っていたのは自分のほうだと気づいた

 

オーバーロード転生したらスライムだった件

これだけじゃないんだけど

主人公魔王サイドとか、悪役というのが目立っていたと思う

そんなの昔からあると言われそうだけど、精神レベルで悪役というのは昔はそんなに無かった気がする

 

(ここにはたらく魔王さま!や、まちカドまぞくを入れるとよくわかんなくなりそうだけど)

 

シュタインズゲートゾンビランドサガ

宮野真守が演じるだけで面白い

2010年代声優の影響力も強く感じた

 

キルラキル

TRIGGERすげーってなった作品

すごい爽快感だった

 

ピンポンモブサイコ100ワンパンマン

これ一緒に語ると怒られそう

漫画だとこういう描き方あるけど、アニメのようなチーム制作ではきついでしょっていう作品結構すごいクオリティで仕上げてきた年代だと思う

愛と執念と労力を感じた

 

メイドインアビス、ゾンビランドサガ

2010年代死生観まで考えさせるアニメが目についた

そしてここらへん、題材としてはマイナーになりそうだったのに一個突き抜けて人気作になったのが意外だった

視聴者の年齢が上がってるのかも?

 

死生観の流れで行くと少女終末旅行なんてのもある

 

ジョジョの奇妙な冒険魔法陣グルグルおそ松さんセーラームーン

2010年代は、リメイクアニメ成功した10年だったと思う

昔はリメイク作品がそこまで成功するイメージがなかったんだけど、2010年代はかなり安定していた

おそらくスタッフの中に純粋に少な人がいたから?

といっても上手くいかなかった作品もチラホラあるんだけど

 

その他、触れていないもの

SSSS.GRIDMAN

非常に面白かったけど、特撮が一ミリもわからないので何も言えん

 

プリキュアアイカツなど 見ていない

ロボ・メカガンダム系 ほぼ見ていない

映画系 ほぼ見てない

BL ほぼ見てない

ソシャゲ系 見てない

 

他にも触れていないものが多いな、触れたいけどどう捉えるか難しいもの

ゴールデンカムイ

Dr.STONE

いぬやしき

悪の華

魔法陣グルグル

ワンパンマン

監獄学園

本好きの下剋上

てーきゅう

弱虫ペダル

銀魂

・斉木楠雄

約束のネバーランド

神のみ

・僕ベン

 

2010年代の特徴まとめ

クオリティの向上

3DCG実用

アイドルアニメブーム

百合アニメブーム

SNSオンデマンドという時代背景

 

こんな感じかな?

クオリティの向上により「背景が主役」みたいな落ち着いた雰囲気アニメも作れるようになったと思う

女性向け・BLアニメも台頭したはずなんだけど追ってないかわからん

あと個人的にはニコニコ動画アニメが見れるようになったのが大きな変化だ

コメントを見ると伏線の取りこぼしや背景の遊びなどに全部気づくことができるので楽しい(代わりにネタバレを踏むが)

 

2010年代に縮小したもの

ラノベ

ギャルゲ

 

2020年代の予想

なろう系、百合系、部活系は結構食いつぶしていると思うのでそろそろ縮小しそう

アイドル系はもう少しで食いつぶしそうな感じがする

流行り廃れはあっても全体的にボリュームが全体の変化は感じないかもしれない

  

3DCGが使える会社が増えてきたので、そっちはまだ伸びそう

というか半分くらい置き換わるかもしれないね

 

中国から何か予想外の動きが来そう

2019-12-17

死ぬのが怖いので眠れない

死ぬのが怖いので眠れない。

睡眠は小さな死だという言葉の通り、意識がなくなる自分が怖くって眠れない。

そうは言っても睡眠障害というわけでもなく、眠ろうとすれば眠れる。

ただ、その眠りに入るのがとても怖いのだ。

ツイッターで、自殺を予告したアカウントツイートが流れてきた。

最近出来事だ。

私がそれを知ったのは今日なので、アカウントの持ち主は数日前まで生きていたことになる。

境遇特に当てはまるわけでもアカウントの持ち主と知人だったわけでもなかったし、最初目にした時は読むことすらせずスクロールした。そもそもニュースに疎いから、それが記事になった事件の話のことであるとも知らなかった。

その後、何となく気になったから巻き戻って、今度は不特定多数に晒された遺書を読んだ。

ただ怖かった。

社会に対する理不尽とか、彼が受けてきた苦痛とか、貶められたプライドとか、想像はできるが詳細が語られていないそれがどこまで彼を追い詰めたのかわからない。だが、ただ、怖いと感じた。

故人の復讐心とかではなく、そこで死を選択したことと、死んでしまった結果が怖いと思った。

いままでの人生死にたいと思わなかったことは一度もないし、今でも死んでしまいたいと思うことは多々ある。

だが、死にたいなと思うたびに、死ぬことに付随する痛みや恐怖を想像してしまい一度も実行しようとまで至ったことはない。

死にたいと思いながらも死ぬのが怖い臆病者なのだ

それは、自分が抱えている死にたいという感情がそこまで切迫していないからかもしれないし、死ぬ以外の選択が残っているからかもしれない。

ただ、運良く死ぬのが怖いと思い続けているので私は生きることを選択している。

電車人身事故による自殺や遅延など、数字だけでみてしまえばよくある話だ。

義務教育学校教育のころは、道徳の授業で命についてだとか自殺に関するビデオを見せられたものを素直に受け止めていた。

だが、今になって自分人身事故電車の遅延に巻き込まれるようになった時、そこで誰かが死んだ事実に対し、何とも思っていない自分がいた。

授業であんなにも素晴らしい理想の、自殺者に対する態度を考えていたのに、他者の死に煩わしさすら感じていた。

遺書と、最後ツイートに繋げられたリプ欄には「迷惑をかけるな」と言った趣旨リプライがズラリと並んでいた。

それに反論をしているツイートも勿論あったし、遺書個人ツイートスクショして、その死を広めようとしている人も何人か見かけた。

死ぬことは迷惑ではない。

電車が止まるのは迷惑だ。

線路自殺すれば電車は止まる。

なら、線路自殺するのは迷惑なのだろうか。

迷惑だと即答する人もいれば、自殺自体迷惑だという人もいるのだろう。

どこで死ねばいい。どこなら死ねるのか。

飛び込み自殺を止められて、それでも死ねと言われたら誰だってそう言う。少なくとも私はそうだ。

その答えを用意していなければ、飛び込み自殺批判してはいけないのか。

人の死生観死ぬという選択に至った感情尊重したいか安易自殺するなとは、私は言えない。

身内や仲の良い友人ならば死んでしまうことが悲しいとストレートに伝えられるが、赤の他人なんてそんな感情持つ隙がない。

画面越しの遺書を見て私は怖くなった。

自分にとって、どうでもよくなってしまう数値に感情がついてしまった。

きっと、まだ生きていた頃のその人にあっても性格は合わないし仲良くなれるかもわからない。

もし、生きていたとしても街中ですれ違うことすらないかもしれない。

ただ、画面越しの単なる情報感情を伝えて、関係のない他人の死を伝えた途端。赤の他人の死がとても怖くなってしまった。

故人は、死ぬのが怖くなかったのだろうか。

生きていた頃、存在すら知らなかった人物に聞くことは到底出来ない。だが、何となくザワザワとした感情を抱いた。

怖いまま死んだのか、怖く無くなってしまったのか、それとも怖いと思う隙間もなかったのだろうか。

死は怖い。

2019-11-14

anond:20191112072506

しろ女だけで子育てor看病した方が今よりずっと死生観は良くなってくると思うのですが。

2019-11-08

anond:20191108143826

生活を軽視しない、ということかな。そういう人の死生観って揺るぎがなく荘厳な感じがする。

2019-09-18

70を過ぎた人間死生観

私には70代後半の母親が居て、その母親は兄と同居している。

孫の顔を見せると喜ぶので、たまに7歳になる娘を連れて遊びに行くのだが、

「私、この子が成人になるまで生きてたりしてね。うふふ。」

冗談めかしてそんな事を言う。

それを聞いた義姉が、

「お義母さん、それはちょっと欲張りすぎでしょwww

ツッコミを入れ、兄を含め一同爆笑

え?

笑えるのか?

7歳の娘が成人って、あと13年程。

10年そこらってすげえあっという間だと思うんだけど。

そんな近い将来、自分死ぬ事を想定して、しか冗談めかして言えるって心境にまで達観出来るってどんなだろう?

はいくつもの難病を抱え、正直今生きている事自体奇跡に近い状況ではあるが、さすがに心からその冗談を笑う事は出来なかった。

そしてそれを周りが冗談として笑い飛ばせるって環境当事者意識が薄いせいか全く想像付かない。

私自身は妻の父と同居してるが、死期なんて考えたことも無いし口にしたこともなかったかある意味衝撃だった。

そうなんだよな。人っていつか死ぬんだよな。そしてそれはそう遠くないのかも知れないんだなと考えたら、何だか自分に残された時間もそう長くないのかな。と考える。

70を過ぎた人間死生観

私には70代後半の母親が居て、その母親は兄と同居している。

孫の顔でも見せて

2019-09-09

世の中に馴染めない

さびさに人間と共に過ごして辛くなってきた

自分自分でなかったら、とこれほど思うことはない

今日もまたジャニーズの話になってしまって、無言でお茶を飲んでいた

ああこの人たちがジャニーズの話なんかしなきゃいいのに、と思うが

会話の内容まだコントロールする権利など無いわけで

他人が思い通りにならないことに苛立ちを感じることは、一体何歳になれば卒業できるのか

(この歳までダメだったのだ。生涯このままの可能性の方がが高い)

悲しいことに未だ苛立ちという感情封殺することが出来ないので、せめて隠し通そうと2人が話している間私は疲れたふりをして無言でいたのだ。(本当のところ拗ねていただけだ)

コントローラブルからは程遠い人生翻弄され、他人が思い通りにならないことを赤ん坊のように苛立っている自分にも、この無力な人生にもうんざりするし

ただなんの意味もない気がする

きっともっと人間に近い人間に生まれられれば、こんな風に自分から一歩引かずに「どうして私が興味ないってわかってるのにジャニーズの話するの!💢」とか言って不機嫌になれてたかもしれない

そうすれば優しい友人のことだから、私に気を使って別の話題に移ってくれただろう

結局のところ、言うべきことを言わないことで人生が思い通りにいかないのだ

しかし、他人が思い通りに動かないことには苛立つが、思い通りにしたいとは思わないし

幼稚な事を言えば、後から幼稚な発言をした自分にも嫌気がさすことは目に見えている

他者と関わる事で自分を感じるとは言うが、この臆病で陰険で幼稚な人間性を感じたくないから、人付き合いは嫌いだ

人間自体は好きなのだ。話すのは好きだ。人肌も好きだ。副次的に発生する自己認知が嫌いだ。それは特に自分他者が違えば違うほどはっきりと感じられる。

ああなぜ私は私なのだろう。友人すら他者と呼ぶほど他人との距離が遠い。人に心を開かない。パーソナルスペースは広くとりたい。近づいてこないでほしい。肉親の葬式でも泣かなかった。泣くべきだったのに。大事なのだが、大事分の執着がもてない。他人に興味がもてない。そして一応アスペではないのだが、軽度にその傾向が入っているのは確かで、興味のあるフリすらできない。

人は色々なものに執着していられるので羨ましい。好きなものがたくさんあったら幸せだろう。どうして好きでいられないのだろう。その辺のオスを運命相手だと信じ込んでヒロインになれる動物的に正しい人生があってもいいじゃないか

羨ましい。他人のことが好きで、興味を持てて、人間と常に過ごすのが苦でなく、同族と群れを作り生きる人々が。

一方で彼らのようになりたいとも思わず、彼らを嫌い嫌悪している自分もいる。

人とは仲良くしたいが、距離を置きたい。でも都合がいい時はそばにいてほしいと思うのだから傲慢だ。自分自身の傲慢さを許容できればよかったのだが、残念なことに健全精神の育成に失敗した半生のせいで理想には程遠い自分を許すことができない。こんな傲慢自分を人に見せるわけにはいかないので、他人とは取り繕えるだけの短期しか会いたくない。

自己の中で色々なことが相反し、それを処理しきれない。処理しないまま傍若無人に生きている人もいて、そうなりたい気持ちと、別にどうでもいいような気持ちと、ああはならないようにしなくてはという強迫観念から逃げきれずにいる。

それはジャニーズを好きになりたい気持ちと(人間の女に迎合したい)、別にどうでもいいような気持ちと(生来興味がないのだと思う)、あん馬鹿っぽい奴らを(と母がいつも言っていた)奴らを好きになってはいけないのだという観念によく似ていると思う。

どうなってはいけないか、どうしたらダメか、といつも考えるのだが、肝心の自分が「どうしたいか」ということはよくわからない、というかあまりその欲求がない

どうにもなりたくない。

しまなければそれで良いのだが、幸せを勝ち取ろうとしない限り+1どころかマイナスに陥るのが人生だろう。(下方婚増田系の増田はその辺を理解していないのではないかと思う)

人生が0に近づければそれでいいのに、漸近線で永遠に0には近づかない。プラスを望む人間は少なくともマイナスはいないように見える。

生きていくのはよくわからない。あと10分生きること、あと10年生きること、何が違うのだろう。終いには全てなくなる。自分死ぬことを私は観測できない。よくわからない。この溺れ続けるような人生意味が。

上へ、水面へと、もがかなければ沈み続ける。

しかし、どれだけもがき続けようと最終的には沈む。早く沈んだほうが楽ではないか

しかし、それは間違った考えで、世の中というのは皆が正しいということの方が大抵正しい。私だって昔は多くの間違った考えを持ち、それを正しいと信じていたいたが、成長するにつれて自分の間違いのほうが圧倒的に多いと気づいた。

まりこの死生観は間違いである。少なくとも、幸せ人生を送るためにはニヒリズムを捨て去る必要がある。

だが、ニヒリズムとの付き合いは遡ること幼稚園の頃からのことであり、エラーのように生まれてくるニヒリストの1人が私であった不幸はもう取り返しがつかない。

意味がない人生に、「意味を見出すことが幸せである」と信じながら、見出せずに生きていくのだろう。

世の中に馴染みたい。だがそれにもなんの意味もない気がする。このような思考こそが全く意味がないことであり、今は明治時代のように人生意味など考えている暇があったらタピオカの列に並ぶのが正義である時代だ。ああつまらない。人など皆死ねばいい。

せめてこの世に絶望することぐらいは否定しない世だったらよかった。しかし、嘆きは文句と取られつべこべ言わず幸せになるなり死ぬならしろというのが今の世だ。

黒板の上に学級目標の「ポジティブに」の文字に押し潰されそうな気持ちでいた頃から何も変わっていない。

ただ私だけ禅問答のドツボにはまり人生を嘆いている間に、人は実態幸せを手に入れたり捨てたりしているのだ。取り残されていくように思うが、初めから私は同じところにいなかったようにも思う。

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