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2020-08-02

心を開いていない

今日、得意先からお叱りを受けたのだけど、その時言われたフレーズの一つが、「あなたは私に心を開いていない」というものだった。

かに開いていません。

なんだろうか、「フランクに何でも話し合っていこう」という趣旨の話だと理解しているが、釈然としない。

僕が仕事をしくじったので、いろいろ言われるのは仕方のないことだし、上述の趣旨のとおりであれば、「もっと連携よく、一緒にやっていきましょう」ということであろうから、むしろ迎合するべきところだとも思う。

でも、「心を開く」というのはニュアンスが違うような気がする。

「心を開け」と言われても「ええ?嫌だ」としか思えない。

自分人間性に欠けているかのように言われるのも嫌だが、本当に抵抗があるので、

ということは本当に人間性問題があるのかもしれないな。

なろうかどっかに小説投稿しようと思うんだけど

やはりネトウヨ的な言説を混ぜないとだめかな?

ていうか混ぜなくても読者が勝手に読み取りそうなんだけど、迎合してやんないとリンチにかけられるよな?

2020-08-01

東大行くより慶應行く方が幸せ

日本社会ってあまり尖った人を歓迎せんのよ。社会はアホの方が多いからな。構造的に仕方ないよ。東大で男ばっかのムサ苦しい空間行ってな、東大生だからって大して優遇もされない社会に出ていくよりな、やっぱ慶應くらいのちょっとアホやけど世間的には賢いとされてて女子も多い集団の方がエエよ。サークル女子の子と遊ぶ手もあるけどな、女子の子はアホやねん。東大生、それなりに女性経験あれば遊びには困らんけどな、結婚相手探しに苦労してる人多いよ。やっぱ結婚相手は賢い方がええやん。慶應くらいやったらなんとか話は通じるもんや。女子の子アカン。可愛いかしらんけど遊び止まりやわ。社会正論を求めてないんや。賢いこと言ったって理解できる人の方が少ないんよ。それより正しさなんか気にせずに迎合してく方が楽ってもんよ。慶應の奴らはその辺諦めがついてる奴が多いな。東大落ちとかで東大コンプある奴ももちろんいるけど慶應生はどっちかっていうと下を見ることで自信がある奴が多いな。東大生は自己肯定感低めな人ばっかやな。勉強ばっかしてたっていう負い目がある奴多いよ。学問で上を見ると劣等感あるしな。遊びの面では上とは言われへん、早慶マーチあたりの奴らに劣等感あるよ。まあ適度に遊んで適度に賢いとされて女子もそれなりの数いてっていう集団自己肯定感高く上を見ず優越感に浸って生きていけるんだから幸せってもんよ。

まあでも海外E-Sportsだって別に容姿他人評価するの厳禁な意識高い系でもなんでもなくて

Twitch容姿イジリでもセクハラでも煽りでもなんでもアリのお行儀の悪い視聴者と切っても切り離せない文化だし

韓国イベントオフライン観戦なんかもほとんどが女性ファンサブカルアイドルの追っかけみたいなノリだし

しろ名越みたいなノリほうがグローバルスタンダードと言ってもいいくらいなんだよな

からって日本人がそれに迎合する必要はないとも思うけど

元々そんなに立派なもんでもなかったというのはわかってないと

勇み足ポリコレを唱えても足元を掬われかねないみたいな危うさは感じる

2020-07-29

ヨルシカにまったくもって抗えないことを語りたい

ふと。ほんのふとしたきっかけでヨルシカを聞いた。

正直に最初の印象を答えると、これまたキャッチーな今どきツーピースがでてきましたねだった。

その時探していた曲は別のガールズバンドで、どちらかというとロックテイストがつよいグループだった。

そんな検索結果にレコメンドされてでてきたのがヨルシカの「言って。」「ヒッチコック」「ただ君に晴れ」だった。

作業用BGMを探していただけだったので、とりあえず耳障りでなければそれでよいくらいの気持ちでそのままのレコメンドを受け入れてみた。

仕事のことを考えながら、頭の片隅で、あぁ、キャッチー記憶に残りやすそうだけど、味の素みたいな面白みのない曲だなというのが本当に、本当に正直な感想だった。

それが自分にとってのファーストヨルシカコンタクトだった。

その後はとくにヨルシカを聞くこともなく、ただレコメンドに促されるままいろいろな曲を聞く日々を過ごした。

とくに琴線を響かせる音楽出会うことができず、ただただ新しいっぽい音楽面白みなく口の中で咀嚼するような毎日を過ごしていた。

自分はとにかく流行ものが嫌いだ。

流行ものを狙ってくる戦略も嫌いだし、世の中に流行っているというと言われるだけで嫌気が差した。

ワニの寿命が100日なんて言われればその時点でどう頑張っても拒絶反応がでるようなタイプだ。

日常が当たり前に続くことに裏貼りされたくらいでいちいち心がうごかされるようなピュアさはとうの昔に剥ぎ取られてしまった。

おっと。別に自分語りがしたいわけではない。

ひとまずは自分という人間がどれくらい迎合という概念を忌み嫌っているかを知ってほしかっただけだ。

そんな毎日を過ごしていたのだが、ある日、ふとまたヨルシカを聞きたくなった。

耳の奥の深くに、ヴォーカルの声が消えないでいたのだ。

迎合したくないという意思に阻まれながら、ちゃんと聞いてみないとわからないだろうという自分の説得に負けて、それならアルバム1枚聞いて、面白みがまったく感じられなければそれまでだろうと自分を言い聞かせることにしてみた。

前提を忘れていたが、流行りは嫌いながら、音楽のものが好きだという理由で、とあるサブスク登録している。

からこういうときに、新しい音楽を試すことにコスト抵抗感も低いままチャレンジができる。

ジャケ買いで失敗しても強がって聞いていた時代とはこうまでも変わってしまったのだ。

かくしてヨルシカの「負け犬アンコールはいらない」を聞くことにしてみた。

ただ君に晴れのメロディと声がずっと引っかかっていたような気がしたので、その曲が収録されているアルバムを聞いてみたのだ。

このときの気持を正直にいうと、よくわからなかった。

とにかくよくわからなかったのだ。しょうがない。それ以上の言葉を持ち得なかった。

ただ、これほどまでによくわからない気持ちは初めてだった。

これまで好きになる音楽にも嫌いになる音楽にも明確な理由があった。

からこそ戸惑ってしまった。

別のアルバムを聞いてみればこの気持が説明できるかもしれない。

そうおもって、彼らのファーストアルバムである「だから僕は音楽を辞めた」を聞いた。

ここでの正直な感想は、その攻撃的な言葉連続に戸惑った。

でも、それだけじゃない強がりの裏返しのような言葉に心がざわついた。

これだけでは心が粒立つばかりではないかと、とにかく納得できるまで聞いてみようと思い、サブスクDLできる曲はすべてプレイリストに突っ込んでヘビロテする日々が始まった。

とにかく掴み所がない、自分気持ちを確定できない歯がゆさと、それでも聞いていないと落ち着かないような気持ちで、振り返ってみれば結局は400時間近くヨルシカだけを聞き続ける日々を過ごした。

それでわかったことは、ヨルシカの魅力を未だにまったく理解できていないけど、とにかく、とにかく好きだという気持ちだけだった。

ヨルシカの惹かれてやまないところは2つ。

歌詞言葉選びと、それに対して完璧なまでに順応するヴォーカルsuisの変化に飛んだ歌声だ。

ある意味では文学教科書的な言葉選びとも言える歌詞だが、その単語ひとつひとつの登場のタイミングは優れた文学に引けを取らないバランス感覚がある。

最新の文学受賞作品のようなあざとさがそこにはない。

それに対し、suisの声色のバリエーションがとにかくものすごい。ここにきてボキャブラリーを失うほどにすごい。

流行りのツーピースと決めつけていたのは、キャッチーな部分での声色を聞いただけの判断だった。

しかし、同じ曲でも、たしかに同じ人・同じ声なのに、まったくもってテイストが違う部分だらけであることに、あとになって気がついた。

意識していなければ聞き流してしまうような、ものすごく小さい心の機微ものすごく大胆に表現しているのだ。

その部分に気がついてしまったら最後ランダムに餌が出てくるボタンを押し続ける鳩のごとく、ヨルシカの曲を聴き漁る日々が始まった。

フラット気持ちで聞いているつもりなのに、突然の声色の変化に突然心臓を鷲掴みにされるようなスリルを楽しんでいる自分がいることに気がついたのだ。

これまで、実力派と言われる歌い手国内外わず聞いてきたつもりの自分だったが、これほどまでに繊細で、かつ意識していなければまったくもって聞き流してしまうような瞬間に大胆な表現をするようなヴォーカルには出会たことがなかった。

何が不思議なのかといえば、1度目に聞いてそれほど好きではないと思っていた曲だったのに、聞き流しているうちに気がつけばその曲を欲するようにまで変わってしまうくらい聞くたびに曲の印象が変わっていくのだ。

もちろんこれはヴォーカルsuisの存在けが理由ではない。

1度聞いたくらいでは拾いきれない言葉選びのセンスと、それに呼応するように変化するsuisのヴォーカルからこそなせる業なのだと言える。

スルメなんていう次元ではない。

何度聞いても、この曲の本質理解することができないような不安と、それでいて、それでも気持ちが良ければいいではないかと疑わずに思えるほど懐の深い世界がそこにあるのだ。

とにかくヨルシカの曲をかたっぱしかプレイリストに突っ込んで聞き続ける日々を送っている。

自分でも不思議で仕方ないのだが、この曲は好きではないかもしれないと飛ばしていた曲を、今日ヘビロテしているのだ。

これからヨルシカを聞いてみたという人に何を勧めていいかが全くわからないが、どの曲でもいいが、1度聞いて好き嫌い評価した自分をとにかく疑ってみてほしい。

好きだと思っても、本当にそうなのか疑ってほしいし、苦手だと思っても、同じように本当にそうなのかを疑ってみてほしい。

どの曲でスタートしてもヨルシカに対して先入観が作らてしまうことは仕方ないが、その後、どの曲を聞いてもその先入観はい意味で裏切られ続ける。

そうして気がつけば、その裏切られる瞬間の気持ちよさを求めて、再び同じ曲を聞いてしまうのだ。

もちろんそんな難しいことを考えないでBGMに使ったっていい。

どの曲も一昔前のロックンロールを意識しているかのように見せかけて、まるで3つのジムノペティのように必要以上に意識を刺激されることがないのだ。

聞いていたいと思うのに、気がつくと意識の外にあるようなそんな不思議な魅力にあふれているのがヨルシカという存在なのだ

とにかくすべてのアルバムを聴き倒して、今、それでもどうしても選ばなきゃいけないと言われるなら、選ぶのはこの3曲だ。

「ただ君に晴れ」「パレード」「爆弾魔」「靴の花火」「藍二乗

suisの歌声と、その絶妙すぎる表現力を完全に理解しているn-bunaの言葉選びに打ちひしがれてほしい。

良い会社入社が決まって不安が倍増したから助けてほしい

就活が終わって自分想像していたよりも格段に良い会社就職できてしまった。同年代に言ってもまず持ち上げられ、かつ老若男女誰でも知っていて、比較的潰れない企業

からこそ他人に言いにくい。周りはまだ就活を終えていない人もいるし、終わっていても気持ち悪いマウント合戦に巻き込まれかねないので本当に親しい数人にしか話せていない。

推測でしかないが、このマウント合戦はこれから人生ずっと続いていくような気がする。自分からさなくても、仕事以外の場でも年収生活水準といった情報漏れ聞こえてしまうし、むしろそれを積極的に利用し快楽に変換して愉しむ人たちも多いのだろう。そういった価値観逆張りして早々に戦線離脱し、如何に横槍を入れて楽しむかしか考えていなかった自分は、いざ巻き込まれそうになった今適切に回避する技術経験も持ち合わせていない。

周りの内々定者を見渡しても、ハナからこういう企業に入る前提で進学し、計画的有意義キラキラした学生生活を送ってきた人たちばかりに見える。今までの自分はこうした人たちを馬鹿にはしないまでも、どこか冷ややかな目で見ながら生きてきてしまった。今更迎合するなんてことを自分精神と彼らは許してくれない気がする。でも、迎合しないと自分はひとりぼっちだ。独りでも楽しめると強がる癖に、スマホを握りしめて更新ボタンを連打していないと落ち着かない自分は、本当のところ孤独に対して非常に脆弱だと感じる。

加えて何より悲しいのが、その自分が楽しんできたネットのノリに入り込めなくなりそうなことだ。5chのゴミみたいな板で自虐エピソードに華を咲かせたり、乞食速報で手に入れたどう考えても必要ないワッフルメーカーを自慢したり、おおよそ吐瀉物にしか見えない底辺飯を見せ合ったりしてキャッキャできたのも、ある種の切実さがあってこそだった。今の自分にはそれがない。

こういう不安を打ち明けたところで単なるマウントと取られるだろう。でも実際構図としては自分が心底嫌っていたクッソウザマウントのもの匿名空間以外では絶対に話すべきじゃないことはわかるし、したところで大した共感は生まず、よくて罵倒の嵐にあうだけ。自分親友だと思っている人も、こんな話を何度もされたら辟易して、親友ではなくなってしまうかもしれない。

漠然とした不安を抱えてずっと生きてくのかと思うと辛くなった。

じゃあこの会社をやめるか、やめられるわけないんだよなぁ。

2020-07-26

anond:20200724163613

「オスとしての魅力がない男に生きる道はあるのか」

生きる道はある。と言うか女と付き合ってないくらいで人生否定されたらたまらんわ。

一回考えた方がいいよ。なんで自分は女と付き合いたいのか。

理想的な女じゃなくて、そこら辺に転がってる奴らだよ。近くにいないならブコメつけてる奴らでも良い。軽く想像してみろよ。

大していいこと無いだろ。文句ばっかりの癖に頭が悪くて、配慮を求める癖に人に気を使いたくない、見定められる事は嫌いな癖に見定めてばかりいる。そんな奴らばっかだよ。

意中の相手がいるなら頑張りゃ良いけど、そうじゃないならわざわざ女に受けるために見た目に金かけて、女社会迎合するような事言って、下手に出て…ってやる必要無いでしょ。

女と付き合ったからって手に入るのなんて過去自分マウント取れるくらいでしょ。でもそれもすぐ虚しくなるぞ。次は年収、次は子供、次は… マウントネタ無限にあるからな。

マウント野郎馬鹿話に付き合う必要なんて無いんだよ。世の中には一定数のキチガイがいて、判断力のない能無しはもっとたくさんいるんだから


それにお前も分かってんじゃん。生身の肉で性欲解消しなくても良いって。もし生身の肉が良いなら性風俗で良いじゃん。

そもそも女に使う労力を一人で出来る趣味とか、趣味友達作りとかの方がよっぽど価値が高いぞ。くだらんマウント野郎週刊誌邪魔される事も少ないだろうしな。

孤独死とかは気にしなくて良いんだよ。死んだ後とか知ったこっちゃないし、世の中見てたら完全に孤独死が増えて行くのが分かるだろ。増えたら勝手に誰かがやってくれんだよ。

2020-07-25

昔好きだったライトノベル作家さんが気持ち悪くて切った話

他に愚痴るとこないか愚痴らせてください。

私には、その昔大ハマりしていた小説シリーズがありました。それこそ十代の頃に。

それはいわゆる少女向けライトノベルと呼ばれるジャンルで、ヒロインヒーローの恋心ももちろん素敵だったけど、何よりも冒険世界設定がとっても魅力的で。身の回りの人に勧めたり、発売日に買ったりしてました。

そのシリーズが完結した後、別の出版社で作者さんが新しく始めたシリーズ過去作を読んでみたけど、あまりピンとこず。また合うのがあったらいいなと思って、しばらく手に取らない日々が続きました。

それからちょっとして、その作家さんの某呟きSNSを見つけました。n*teもあわせて始められたようです。

頻繁に色々呟いているみたいで、新作も出していらっしゃる模様。嬉しくなってフォローしましたが、最近フォローを外してしまいました。

別に生きている人間なのだから色々あるでしょうと言えばそれまでですが…

正直、私にはものすごく気持ち悪いものだったんです。

直近で読んだnot*には吐き気しました。

以下はその作家さんについての一方的愚痴です。正直、これはやめてほしかった。という話。あまり気持ちいいものじゃないから嫌な人はリターン推奨。

① 昔自分が書いていた出版社編集者悪口を言う(婉曲的にそこで出された他出版物悪口も)

それも、「最近出版社にこんなことされました」系のバズツイートにすかさず乗っかって、自分お気持ち語りをする。

内容は決まって

「売れなきゃダメだと言われた」

「私はとおりいっぺんのライトノベルから一線を画するものを書きたかったのに否定され続けてきた」

「私なりに他のその他一般とは違うものを書こうと足掻いてきたのに、編集からもっと軽くて内容が薄いものをと言われた」

いや、、、

自分の好きなものを書き続けたかった」

ならそう書けばいいのに。

なんでわざわざ、自分過去に関わったところを否定するの?

なんでその他と私は違うし〜みたいな不特定多数呪いを振り撒くの。

そして何より

なんで自分が書くものけがそんなに崇高で素晴らしいものになってるんだよと。。。

その人が「軽くて内容が薄いから売れている」と婉曲的に評していた他の作品、私ずっと読んでたけどそんなことなかったよ。

ネット作品もみんなちゃん面白かったよ。それぞれキャッチーに書きたいものを楽しく描く努力してるもののように私は思うよ。別に迎合たから売れたわけじゃないと思う。と言うか好きな作品たくさんあるから、それを読んで楽しいと思った私の感性までバカにされたみたいな気持ちになった。

あと正直、あなた作品そんなに言うほど中身練られてない。物語を届けてくれるのは嬉しいけど、私の好きなもの呪いをかけないで。

政治ツイートにどんどん乗っかるし、無意識に見知らぬ相手disる

芸能人とかアーティスト政治発言するなと言ってるんじゃない。

するなら、相応の覚悟を持ってと言うか、それに対立する意見の人もあなたフォロワーなり読者なりにいると理解した上でやってるのかなと。ツイデモとかも高頻度で参加してた。

他に嫌だなと思ったのが、「こう言う人を見かけたけど正直どうかと思う」と、街とかですれ違っただけの人を(たぶん無意識に)(無意識であって欲しい)馬鹿にしたような発言をすること。子供さんができたみたいでそれは喜ばしいんだけど、以降はそうゆう子育てマウンティングみたいなのや、「子育てしてて忙しいか小説に本気出せてない」と婉曲的に読めるような言い訳が増えた。

具体例を挙げると誰のことかバレちゃうからいわないけど。

ついでにこれは

③見苦しい

にも繋がるんだけど。

自分意見を貫いてるアタシ!な割に、その人は、コロナ禍で自分の立ち上げた新刊の売り上げが絶望的とわかるとものすごく騒ぎ始めた。そして、

「アタシって商業作家むいてないのかしら」

的なことを呟いては周りから吉牛されて喜ぶみたいなことを繰り返していた。

もう正直それだけでだいぶ無理無理だったけど、極め付けが刊行から三ヶ月ほど経ってから新刊重版かかったときのnot*。

散々今までの編集者などの悪口をいってザマみろ的な話から

「この世界物語を生み出すためにアタシが生きることを許された・・・

とスピ満載、自己陶酔ばっかりな長文語り。

あ、やば。

と決定的に思ったのはこのnot*だった。

正直、どうしてこの人の作品が合わなくなったのか、それで理解した気がした。

最近はなろうを書き始めたらしいけど、

「なろう系を正直ばかにしてたけど、昔ながらの少女ラノベみたいな良さに気付いて始めることにした」

みたいなことも言ってて。

いや別に言い訳いらなくね。。。。。。書きたいから書いた!載せたいから載せた!読んで欲しいから読んで!でなんでダメなの??と言うか黙って載せたらどうなの。

それ以前に、前は十把一絡げにバカにして見てました報告いらんよな。

って思った。

そうだよなろう作品大好きだよ。ベタだけどは●ふらはいいぞ。




私がどのタイミング作家さんのフォローをやめたかは、明言しません。身バレ怖いし。フォロワー4桁いる人だし。

でも、気持ち悪さをどうにも吐き出したくなって吐きました。

読んでくれてありがと。

2020-07-23

腐女子死ぬほど嫌いな腐女子の話【続き】

先日腐女子死ぬほど嫌いな腐女子の話https://anond.hatelabo.jp/20200721100255というエントリを上げたら読まれていて驚いた。

腐女子お気持ち表明は気持ち悪いので私は見かけても開かないが、まあ、気持ち悪いもの好きな人もいるんだなと。


言い訳しておくと私のTLは概ね快適である

初めてアカウントを取ったときと違いノイズの多い人はフォローしないし、RTほとんどミュートしているし、トレンドが目に入らないよう言語アラビア語にしている。

アラビア語トレンドにも政治的主張が上がっている気はするが、全く読めないので模様と一緒だ。

コロナ自粛テレワークお気持ち、おけパ、綾城さん。適宜ミューワードを追加し、フォロワー最近フォローした新規左翼を先行ミュートし、フォロー挨拶をくれたやばい右翼黙殺し、定期メンテナンスを欠かさないので私のTLに流れてくる推し関係ないものは概ね1%未満だ。

法案タグときは「Twitterで声を上げないことはマジョリティ迎合しているものとみなします」と騒ぎ散らかす気が狂った馬鹿に煽られTLが荒れたし、最近はおけパの話が流れてくるが、まあ、それぐらいである。


しかしTLの定期メンテ原動力腐女子への嫌悪であって、どれだけTLに好きなものを集めたところで嫌いなものは嫌いだ。


それに、私は推し名前検索することをやめられない。

推しの話をしている人を見るのが好きだ。オタクは ”すべからく推しの話をすべきである

推しを愛する女ばかりのTLを出て、愛でも考察でも悪口でも他のキャラのついででも、あらゆる人が語るあらゆる推しの話が見たい。

私がスーパー攻め様だと信じてやまない推しが他の腐女子に健気な受けにされている事実にドキドキするし、私には絶世の美女♂にしか見えない推しが他担の腐女子にボロカスにディスられているのにゾクゾクする。

私が毎日幸せを願っている推しを早く死んでくれと呪っている誰かの話が聞きたいし、アニメを流し見しただけの誰かの感想が読みたいし、推しことなんか全然きじゃない誰かのネタリプにさらっと出てくる推しが見たい。


でもそういうことをしていると気持ち悪い腐女子気持ち悪いツイートが視界に入ってきて最悪の気分になる。

まず、著作権侵害糾弾野郎は、検索に引っかかるためにありったけのCP名とキャラ名を詰め込んでツイートする上に、すぐアカウントを変えるのでいくらブロックしても避けられない。

こういう他人を晒上げて叩くのが趣味気持ち悪い腐女子が現れると、最近○○界隈おかしくない?などと言いだす気持ち悪い腐女子がセットで現れるのも本当に気持ち悪い。

界隈とかいう謎の単位治安を維持していきましょうという正義ぶった腐女子気持ち悪い思想が大嫌いだ。

他人作品を性欲の出しにすることに正当性を見出そうとしてバグりました。みたいなクソ倫理正義だと勘違いして他人を裁く気持ち悪い腐女子おめでたさ。


それから推し名前検索していると、推しのあのセリフリベラルで素敵だとか、今回のあのシーンは男尊女卑的だとか、すさまじい認知の歪みであらゆるものを持論に落とし込んでペラペラなご高説を垂れる気持ち悪いフェミにも遭遇する。

違和感を持てない人も多いのね残念…とか言っている気持ち悪い腐女子を見て秒でブロックした。


とはいえ私は推し理解するために戦術書でも医学書でも歴史書でも教科書でも論文でも図鑑でも図面でもとりあえず関係ありそうなものはいったん読むことにしているので、フェミが語る推しの姿に共感できないのは自分勉強不足である可能性を考慮フェミについて勉強した。

この世に推し実在しないが、推し存在する世界現実世界を参考に作られたのは厳然たる事実である

現世を知ることで少しでも推しへの理解が深まるのなら、私は勉強を惜しまない。推しが吸った空気を吸うことはできないが、推し微分した数式を微分することはできるし、推しと共に戦場に立つことはできないが、推しの読んだ戦術書は手に入る。勉強は嫌いだし、腐女子もっと嫌いだが、推しのことは好きだ。


ということで気持ち悪いフェミの垂れるご高説を理解するためにフェミニズムを勉強したわけだが、男女平等な世の中を実現することと、Twitterで日夜切れ散らかしている気持ち悪い腐女子が語る意味不明の持論に迎合することは、まったくの無関係であるという結論に落ち着き、より一層腐女子が嫌いになった。

男性女性搾取しているというモデルしか世の中を解釈できないキチガイが、常に画面の向こうの出来事創作物のありように怒っているさまは異様だ。

資本家労働者搾取しているというモデルしか経済理解できない人と一緒に近代に帰ってほしい。

世の中をよくしたいなら現実人間を見ればいいのに、Twitterを見て怒っている人間を見るとげんなりする。


でもいくらブロックしても検索結果からフェミが消えることはない。日々新たな腐女子と新たなフェミが生成されているからだ。


左翼ばかりをこき下ろすバランスが悪いので右翼罵倒したいところだが、右翼腐女子は滅多に検索にかからないので特に書くことがない。そのままずっと私の視界に入らない場所にいてほしい。出会うと嫌いなものが増えるので。

こういう思想の偏りも気持ち悪いし、Twitterで騒ぐことで世界が良くなるという意味不明の使命感に支配され他人啓蒙したがる馬鹿とは絶対に関わりたくない。

誰でも匿名無責任なことを言える場で自分気持ちのいい意見だけ読んでいたら頭がおかしくなるとは思わないんだろうか。

私はおかしくなったからもう推し幼女しか見えない。

おかしくなった頭で社会を憂い画面の向こうの出来事に日夜切れ散らかしている腐女子が本当に気持ち悪い。



リムブロミュート、お気軽に!」の表記蔓延っているのが嫌いだ。

別にお前の許可とか関係なくブロックぐらいこっちの裁量で好きにやる。私は私を気軽にブロックしたい知らない人のことなんかどうでもいいし、仲のいい人に気軽にブロックされるのは悲しい。

ブロックしたければ気軽にでも憎悪だか罪悪感だかと共にでも好きにブロックすればいいし、こちらも惜しい人をなくしたなりクソみたいなことばっか言ってたらフォロワー減ったななり好きに受け取る。

自己紹介限界まで文字を詰め込み予防線を張りまくる文化も、それを招いた治安の悪さも、配慮だのマナーだのインターネット治安を向上させようとする正義の味方も本当に気持ち悪い。


内容を問わず公式に絡んではならないという圧力も嫌いだ。

どうせTwitterでリプやRTしたアカウントを見て他人過去ツイートまでさかのぼるような気持ち悪い人間腐女子ばっかりなんだから自意過剰にもほどがある。

公式抽選に応募したフォロワーに毒マロが届いたのを見てドン引きした。


ここでさら気持ち悪いのは圧力をかけたがる腐女子絶対に直接抗議などしないことだ。

匿名で毒マロを送ったり、エアリプしたり、具体的な言葉は出さず、しかし見る人が見れば分かるように匂わせたり、アンケート同意を得ようとしたり、私はこう思うけどどうなのかな~などと明らかに不満と批判をにじませておきながら日和った言い回しで叩いたり。陰湿言い回しでうっすらと圧力を匂わすことが自浄作用と呼ばれているのが死ぬほど気持ち悪い。

性格の悪さのにじみ出た口調ばっかり丁寧な文章を読まされるぐらいなら口汚く罵ってくれた方がマシである

奇麗な言葉を使えば最低最悪の内容と言葉の端々から滲むねじ曲がった根性が緩和されるとでも思っているんだろうか。

他人非難しておいて自分は汚い言葉を使う人間だと思われたくないという意識が透けて見えるのが大嫌いだ。


敬語で話す文化も嫌いだ。

Twitterを始めたばかりの頃、推しえっろ。程度のツイートに「初めまして。○○と申します。分かります推しエロいですよね。」みたいなリプを貰ってあまりのめんどくささに引いた。

それなの3文字で済む情報挨拶だのなんだのを付けて送るのが本当に煩わしい。

別に文化を変えてやるという気概もなければ、呼びタメOKな方いいねお願いしますなどとリストを作るのも面倒なので敬語文化迎合しているが、推しの陰茎の形状を敬語議論している自分のリプを見ると吐き気がする。



じゃあTwitterやめろという話ではない。私は推しの話がしたいし、推しの話をしている人が見たいし、でも腐女子気持ち悪いし、だからここに悪口を書くし、気持ち悪い腐女子お気持ち表明が見たい人間がそれを読む。この系はこれで閉じており私はその先を求めてはいない。

バチェラージャパン広告邪魔からと言ってPrime Videoは解約しないし、並ぶのは面倒だがディズニーランドには行く。

でも私は腐女子が嫌いだ。

2020-07-22

私立女子校の思い出語り(支離滅裂で長くてつまらない)

私は某私立女子校卒業生である。身元を特定されたくないので、入学卒業年度はフェイクにした。

これを書いたのは、学校自体にそれほど恨みはないが、中学校口コミを集めるサイト誹謗中傷判定されているのか自分体験談が載せられないことに違和感を覚え、とりあえずどこかに載せたいと思ったからだ。

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入学1週間で始まったいじめ

北の大地に建つ某私立女子校(以下、S校)が私の通っていた中学校である。これだけで候補がだいぶ絞られただろうと思う。

S校には、各地から生徒を集めるため、寮が付属しており、2010年頃、私は関東の親元を離れて入学・入寮した。

入学式の日は今まで訪れたこともなかった土地での親元を離れた生活に心を躍らせていた。この先6年間、新しくできるはずの友達と一緒に楽しい寮生活を送る自分想像していた。

しかし、私のその期待は叶えられなかった。というのも、入学してから1週間が経過すると、たちまちいじめが始まったかである


いじめっ子は入学してわずかな期間でスクールカーストの上層に地位を築き上げた“かわいい子”(以下、H)とその取り巻きである

Hは外国の血が混ざっているとかで目鼻立ちがくっきりしており、明るい色のくるくるした地毛が愛らしい子だった。そのかわいさとハキハキと物を言う性格から成るカリスマ性を発揮し、あっという間にクラスの内外で忠実な部下をこしらえた。

いじめ理由は大したことではなくて、要約すると「気に入らないから」。気に入ってもらえなかった原因はさっぱり分からない。

(Hとは入学式の前にあるガイダンスで知り合ってはいたが、「綺麗な髪だね」「これ地毛だよ」「そうなんだ」と会話したのち、すぐに別れた。綺麗な髪だねという言葉彼女の気に障っていたのだろうか)


Hもその取り巻きも中1女子だったので殴る蹴るなどの暴行はなく、主にシカトハブ掃除の押しつけ・呼び出しての暴言が主だった。

同じ寮生のみならず、自宅から通う生徒(以下、自宅生)にもHの影響力が及んでいたようで、友達は一切できなかった。

教室でも廊下でも校庭でも教師の目がないところでは常に陰口をたたかれていた(らしい)。

テストの点数が良ければカンニングだと根も葉もない噂を立てられ、点数が悪いとき知的障害者だと笑われた。よく分からん噂で教員説教されるよりも、バカだ、知恵遅れだと言われるほうが楽だったので、テスト時間いっぱい寝るようになった。もともと授業態度が良い方ではなかったのでなんら不自然ではなかったと思う。

彼女らの寮則破りはすべて私の責任になって、しょっちゅう先輩や寮母に怒られていた。生徒間では私に友達がいないことはほとんど周知の事実だったのに、部屋のお菓子パーティーの声がうるさいとか片付けがなってないとか怒られた。

在室時は部屋の前にスリッパを並べるのが規則なのだが、毎日、知らぬ間にスリッパ廊下の端と端に飛び散っていた。寮則違反なので怒られる。

乾燥室に干した衣類はぜんぶ床に落とされ、足跡が残されていた。何度だって洗濯する。1回100円、中1には痛い出費だった。

洗濯機を回している時に目を離すと止められるので、洗濯中は見張る必要があった。トイレに行った一瞬で止められたとき相手気合の入れように驚いた。

週末の昼は寮の洗面所に呼び出され、4~5人に囲まれて1時間から、長いときは3時間くらいひたすら悪口を聞かされることが多かった。負けず嫌いだったのでいじめっ子たちの前では絶対に泣くまいと歯を食いしばって聞いていた。慣れると聞き流すようになった。

避難訓練の際、自分スリッパが見つからず、裸足で外に出る羽目になった。「ガラス片が落ちていたら危ないでしょ? ケガしたいの?」と寮母に怒られた。スリッパ洗面所ゴミ箱から見つかった。汚くなっていたので買い替えた。

一番ダメージが大きかったのは、いじめが始まる前までは口をきいてくれていた子たちが、Hの「増田と喋ったらハブるよ」の一言で口をきいてくれなくなったことだ(寮生活を始めたばかりの13歳の女の子たちにとって同級生からハブられることは何よりの脅威だった)。

いじめが始まる直前まで仲良くしてくれていた子に「増田のことは嫌いじゃないし、増田は何も悪くないと思うけど、私もいじめられたくないから……ごめんね」と言われたときは、さすがに堪えて、1日中ベッドのなかで泣き続けた。(断っておくが私のケースでは、こうして私から離れた子、私と話さなくなった子は何も悪くないと思っているし、今も彼女らを責める気はない)

泣き続けるかたわらで、いじめっ子のひとりが同室の子と楽しそうに喋っているのが心底ムカついた。単純に、死ね、と思った。

家族悪口を言われたこともあった。両親に申し訳なく思った。


両親は私がいじめられていることを知ると、高い入学費や学費を払ったのにもかかわらず、すぐに「いつでも戻ってきていいんだよ」とか「退学したくなったら言いなさい、退学手続の準備はできてるから」とか「がんばって通い続ける必要はまったくない」とか「退学していじめを避けることは逃げでもないし格好悪いことでもない」と何度も何度も私に言い聞かせて、自分たちが味方であること、逃げ道があることを教えてくれた。

逃げ場を提示するという両親のサポートのおかげで私はいじめを乗り越えることができたのだと思う。

※決していじめは乗り越えるものではない。むしろ逃げるほうが最善・最適である。周囲に何と言われようといじめられている子供いじめを乗り越えようと努力する必要はないし、何より周囲は彼・彼女いじめを乗り越えさせようとするべきではない。


表立ったいじめ中学2年生の夏頃まで続いたが、寮生ほど影響力を及ぼしづらい自宅生の子たちが喋りかけてくれるようになったのをかわぎりに、いじめっ子集団以外からハブりやシカトはなくなった。中2の夏休みが終わった後にようやく友人がひとりできた。

相変わらず掃除の押しつけやパシリ悪口・陰口は続いていたが、私自身も慣れてしまったのでほとんど気にしないで学校生活を送っていた。


いじめられている後輩の退学時期を予想して遊ぶ私たち

中学3年生になった頃にはいじめっ子集団を除いた同級生とはおおむね仲良くしていた。

スクールカーストトップグループとはいえ彼女たちを嫌う生徒も出てきたからだ。そういう子たちは彼女らの前で嫌悪感をあらわにはしなかったが、それまで避けていた私との交流を持つようになった。

そうして心に余裕が出てくると、2学年下の中1の間にも同じようないじめが起きていることに気づいた。話を聞くと、1年前(私が中2の時)も新1年生の間でいじめは起きていたらしい。さらに毎年、1年生は誰かしらひとりがいじめられると聞いた。

いじめられているのは、少し太っていて、自室のベッドに引きこもり、お風呂に行かなくなってしまった女の子(以下、K)だった。

わが寮では、「いじめられる側にも非がある」という考えが徹底していた。

いじめられっ子にはいじめられるような理由があるのだからいじめられたくなければ自ら改善しなければならない。改善努力がないならいじめられても仕方がない』

こう考えることで、私たちは後輩間のいじめを黙認し、いじめを止められない自分たちを擁護していた。

実際、Kちゃんは「汚い」「くさい」って言われているのに風呂に入らないんだから、まあ仕方ないよね、とかなんとか話した記憶がある。

風呂では当然、全員が裸になる。私も経験があったが、風呂場では普段見えないところの悪口を言われる。私も体毛が濃いことをさんざんバカにされた。勝手憶測だが、Kもおそらく風呂場で太っていることを笑われたのだと思う。それで風呂に入れなくなってしまったのだろう。彼女は何も悪くなかった。

さて、入学から2ヶ月経つと、Kは夕食の場にも出てこなくなった。その頃合いか上級生の間では彼女が退学する時期を予想するのが流行りだった。

「去年の▼▼ちゃん夏休みが終わったら帰ってこなかったんだよね」

「Kちゃん夏休みじゃない? ぜったい帰ってこないよ」

「いや、夏休み前にやめそう」

「Kちゃん電話で『やめたい』って言ってるの聞いた子がいるから、私も夏休み前だと思う」

みんなで休日お菓子を食べてカードゲームをしながら、その話題で盛り上がっていた。

私も、「増田はどう思う?」と聞かれて、「1回親元帰ったらもう学校には戻らないんじゃない」と答えていた。

賭ける? という言葉もチラホラ出てきた。お菓子を賭けて遊ぶのだ、いじめられている子がいつ耐えきれなくなって退学するかを。

後輩間のいじめを止めようともせず、いじめられる人に非があるという考えに迎合している時点で手遅れだが、賭けへの参加は固辞した。

結局、Kは夏休み開始と同時に退寮・退学した。親御さんも来て片付けをし、最後、寮の玄関で寮母に「ありがとうございました」と頭を下げていた。

食堂の窓から退寮する彼女を見かけた。入学時は小太りだけど小綺麗な女の子だったのに、たった半年も経たずにずんぐりと太り、髪もボサボサで、みすぼらしくなっていた。

弁当箱を洗いながら、2学年下のKと同室だった後輩の「やっと部屋の空気が綺麗になる」という言葉を聞いていた。


ちなみに私の代では、中2になってから同時進行でいじめられるようになった他の子が2人ほど中途退学した。

入学時の人数が最多だった私たちの代は、卒業までの間に減った生徒数も最多だった。


あなた中学しか卒業していないので卒業生ではありません」

2年間をいじめ無駄にしたものの、私は卒業まで在籍し続けた。

だが、付属高校エスカレーターで進学する気にはなれなかったし、それ以上在籍する価値がある学校じゃないという親のアドバイスもあり、外部へ進学した。

そして、高校2年になる直前くらいに、かつて仲良くしていた自宅生の子から久しぶりに遊ばないかという誘いを受けた。

私が3年間過ごした寮は卒業生なら無料宿泊できることを知っていたから、快諾した。卒業生の先輩が泊まっていたのを見たこともある。

念のために、電話で寮に問い合わせ、確かにまれることも確認した。

しかし、事はそう簡単に運ばなかった。

いざ荷物を持って寮まで行ってみると、問い合わせたときとは別の寮母(当然顔見知り)が、

増田さんはね、中学しか卒業してないから、ウチの卒業生扱いはできないのよ」

と言ったのだ。

おもしろすぎて笑った。いや、中学卒業してるんですけど。今あんたも言ったけど、中学卒業生なんですけど。

なんとまあ、中学のみだと卒業生認定してもらえないらしい。

心の底から、くだらねえ学校だな、と思った。


いじめてきたやつはせいぜい一生苦しめ。そんで死ね

あースッキリ

2020-07-21

絵文字が増えたのって筆記しなくていいか

人間が棒上の物体を使って、平面に言葉表現するっていう時点で、そもそも世界中文字がだいたい線だけで構成されることは確定なんだよな

顔料だって豊富じゃないから単色で使うこと前提になる。だから文字を書くときに、色の違いは考慮されない(赤い「あ」と青い「あ」はどちらも「あ」という音を表す意味)

もちろん人間の顔だとか表情みたいな複雑な絵は誰もが書けるわけじゃないし、いちいち言葉を記すためだけにそんな面倒なもの書きたくないので、とりあえず「?」で終われば疑問文ということにして、読むときも語尾のイントネーション上げて読む。みたいな規約を作って運用しました。

これがもし入力インタフェースとして棒を使わないで、サクッとどんなに細かい絵も一瞬で書けるような時代になるとどうなるのか。

絵文字とかLINEスタンプとかが流行ったのは必然だったのかもしれない。昔の人も本当はわざわざ言葉文字にするのかったるかったと思う。

写真とか動画とか絵文字を瞬時に保存したり、相手にそのまま見せることができれば、それ使うのとうぜんだよな。

おじさんは若者迎合していると思われるのが怖くて今でも絵文字使うの怖いです。よくSlackとか使ってられるよな

2020-07-19

anond:20200717232217

政治的に正しくない」質問に対しては、「政治的に正しい答え」を返せばよい。どうしても合格たかったのだとしても、それならなおさら、そんな質問はまかり通りませんよと伝えるのが正しさであって、本来それ以外の回答はない。どうしても入りたい会社であればあるほど、その会社おかしさは伝えるべき。

相手質問迎合した時点で、あなたはもうそ会社の「正しくなさ」に加担したことになる。あなた被害者のように振舞っているが、それで仮にあなた合格したところで、ひょっとしてそれはあなたの代わりに「政治的に正しい回答」をしたせいで不合格になった人の代わりかもしれないとしたら、あなた加害者だ。もっと言えば、そうやって「政治的に正しくない」振舞いが是正されなかったために、将来その会社は何か社会的に致命的な傷を負うかもしれない。

次回から

「『恋人いるか』というのは、近い将来、結婚出産によって仕事リタイアするつもりはあるか、というご質問ですか。もしそうなら、私は結婚出産によって自己キャリアを変えるつもりはありませんので、御社福利厚生の整い方次第ではありますが、可能な限り務めさせていただきたいと考えております。」でどうぞ

2020-07-15

嫌い一覧

・「控えめに言って」という表現

「控えめに言って」という表現がすでに大袈裟で嫌い。

 

・「地球の裏側」という表現

自分が住んでたら表。ルーシーヴァン・ペルトか。傲慢さを感じて嫌い。

 

日常系漫画アニメでの「平和だな~」発言

視点メタっぽく感じてしまって嫌い。それは読者/視聴者が感じ取るやつだろ。キャラクターに言わすな。

 

百合の間に入りたいという思考否定する百合作品内の表現

作者の思考百合愛好家への迎合が透けて見えるから嫌い。キャラクターに言わすな。あと内心の自由憲法保障されている。

 

エスカレーターでかたっぽを空ける習慣

(階段そばにある場合を除いて)エスカレーターを使う人間欲望は早く進みたいより楽したいの方が強い。私は常に楽したい側だからスペースがもったいなくて嫌い。あと公式も並んで乗ってと言っている。

 

ボックスティッシュ一枚目取ると二枚目も一緒に取ってしま事象

最初に二枚取らせる意図があるならご説明頂きたい。未だに改善されない所に技術の停滞を感じて嫌い。

 

淫夢用語言わす同人

絵は同人で、台詞淫夢、2つのコンテンツ一次創作者へのタダ乗りをしている。作者自身で作り出した部分がなく、コンテンツの盛り上げより作者自身の売名のウェイトが大きく感じて嫌い。

 

・仮の話で「ないこと」を想定して話するやつ

ex. これはないだろうけど〇〇(ネガティブな内容)、こんなヤツいないと思うが〇〇(ネガティブ人物像)

大抵の場合、この手の文脈には対立する勢力に一泡吹かせてやりたいという個人暴力性が垣間見えてしまって嫌い。

 

秋元康自身プロデュースするアイドルグループに書き起こす、消費者に対して根回しが足りなさすぎる比喩

ex. 君はMoon22/7

オナニーで書いたような歌詞自分で歌うならまだしも、それを自分でない人間に歌わせる。傲慢のものである。嫌い。

 

炎上ビジネス展開してる人間とそのファン側が、アンチに「タダで我々のコンテンツの質向上に貢献してくれてありがとな」と感謝を表明するやつ

こういう人は本気でアンチ感謝してはいなくて、いなくなってほしいと思っているかアンチやめるな。ただの逆まんじゅうこわい。こういうのを見るたび世の中の仕組みが嫌いになるから嫌い。

 

Apple

随所から傲慢さを感じて嫌い。随所としたのは、これを書いていくと林檎記事になってしまうため。宗教上の理由で嫌いということにしておく。

 

いかがでしたか

嫌い。

2020-07-14

山中先生コロナ対策で出てくるのはおかしいと思う

山中先生の専門は再生医学から感染症公衆衛生舞台である新型コロナ対策に上がってくるのはおかしいと思う。どれくらいおかしいかというと、イチローサッカー指導をするくらいおかしい。しかし、多くの人々はイチローサッカー指導をするのがおかしいことは理解できても、山中先生が新型コロナ対策に出しゃばってくるのがおかしいことは理解できないのだ。

これは、多くの人にとって医学スポーツに比べて身近でないこと、医学をひとまとまり認識していること、権威主義などの要素が関係している。

医学スポーツに比べて身近ではない。スポーツ特に野球サッカー相撲といった国民的なニュース毎日報道されるし、テレビでも毎日放送される。しかし、医学ニュースは大きな発見がされたときしか報道されない。このことによって、野球サッカーの違いは分かっても、再生医学感染症学の違いがわからない市民が出来上がる。

多くの人は再生医学感染症公衆衛生の違いがわからず、一塊で「医学」と認識しているのだ。だから山中先生が何かを言えば権威主義的にそれに従ってしまう。

しかしこれは当然のことであり、仕方のないことでもある。例えば、私は建築学文学ITの中にどんな学問があるのか知らないから、その分野の知識必要になったらとりあえず有名な人に意見してもらおうと考えるだろう。実家から古文書が出てきたときに、古文大学教授がいてくれたらなんと頼もしいことか。その古文書が例え漢文で書かれていたとしても。

から医学場合は、とりあえずノーベル賞で有名な山中先生意見をもらおうというのは、当然であると言えなくもない。

このことは一般の方々にも言える。医学だけで細かい発見をいちいちニュースにしていたらいくら時間があっても足りないし、医学だけ特別扱いするわけにもいかないし、そもそも市民医学の細々とした発見に興味がない。だから市民医学についての詳しい知識を持ち合わせていないのは当然のことなのだ。

問題点は、メディアなどが過剰に持ち上げることにある。ノーベル賞を受賞したといっても、山中先生感染症学の専門家ではない。さらに臨床での新興感染症対策経験もない。感染症対策については本質的には素人で、新興感染症について適切なアドバイスはできないということは本来なら理解できるはずだ。

から感染症を専門とする先生専門家として呼ぶのが正しいはずだ。しかノーベル賞という看板に惹かれたかそもそも感染症素人であることがわからないのか、山中先生を新型コロナ専門家という立場に据える番組などが後を絶たない。終いには山中先生自身が「山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信」というサイトを立ち上げ、専門家会議(分科会になったんだっけ?)のメンバーとして祭り上げられてしまう始末である

かにノーベル医学賞を受賞し、有名なインフルエンサーである山中教授新型コロナウイルスについての情報拡散するのは理にかなっているのかもしれない。しか短期的に見れば有効でも、長期的に見ると民衆馬鹿にしている(ダブルミーニング)ように思えてならない。

SNSで見た主張として、「山中先生は新型コロナが出てからそれについて一生懸命勉強した。だから新型コロナ対策知識は十分にある」というものがある。これに対して反論したい。

かに山中先生は新型コロナについて、それが発生してから懸命に勉強たかもしれない。しかし、高々数ヶ月の話だ。日本は何年何十年と懸命に感染症について研究してきた専門家をたくさん抱えている。高々数ヶ月の勉強とは、文字通り桁違いの経験を積んできた先生である。新型コロナに限らず、感染症対策に関する知識も、経験も、その言葉の重みも桁違いである。だから、「数ヶ月勉強たか知識は十分だ」という主張は、その分野で飯を食ってきた本物の専門家に対する侮辱にも等しいのではないかと思う。本来はそういった本物の専門家をお招きしてアドバイスをいただくのが正しい筋であるはずなのだ。だが、本物の専門家は往往にしてなかなか表舞台に出てこない。メディア学問専門性が高い分野を扱うとき特にそうだ。専門家は忙しいのか、恥ずかしがり屋なのか、報酬が割に合わないのか、はたまたメディアがそういった専門家を知らないのか・・・

ここまで散々ノーベル賞に乗っかる諸々をディスってきたが、私は権威主義否定しているのではない。むしろ迎合するくらいである。

最近は「誰が」主張したかよりも「何を」主張したかについて主眼が置かれる風潮がある。確かに主張の内容は重要であるし、自身の専門分野や興味のある分野については、主張が正しいかどうかを精査するのは極めて重要である

しかし一方で、我々のような一般大衆にとっては精査は仕事ではないのだと思う。自分の知らない分野に対してその主張が正しいかどうかを判断するのは難しいし、それに誰の主張についても考えていたらいくら時間があっても足りない。さらに、自分でどれが正しいかを考えると、自分の考えのバイアスがかかる。しかもそのバイアスがド素人バイアスなので余計にたちが悪い。だから自分が知らない分野については「何を」主張するのか考えるのはやめて、「誰が」主張するのかを考えた方が、幾ばくか合理的であるかもしれない。

そして私が最も強調したいのが、「その権威が正しい権威なのか」を考えることである

権威が正しいのかを考えるのは、主張の内容が正しいのかを確かめるよりも簡単だと思う。例えば、建築専門家建築の指示をするのは正しいが、コップ製造の指示をするのは正しくないだろう。全ての主張についてこれと同様に考えれば、自ずとどの言い分が「正しい」のかわかる。

もちろん、この方法では間違えるかもしれない。例えばニュートンは「光は粒子である」と主張した。しかし実際は「波と粒子両方の性質を併せ持つ」ことは高校物理でも学ぶ常識であるし、高校物理をとっていなくても知っている方が多いと思う。しかしそれは現代視点から見た話であり、1600年台後半の民衆にとっては光は粒子であることは「正し」かったのである

科学は日々進歩するものであり、現代の「正しい」が後世にわたって永遠に「正しい」というものはない。そして、その分野特有思考を持ち合わせない素人が、どれが正しいか判断するのは難しいものがある。ニュートンでさえ間違えたのだから、その分野の知識がなく、興味もない素人ではなおさらだ。そんな中でひとまずの妥協点を見つけるのが科学者や専門家仕事でもある。その仕事に乗っかるのもアリだろう。

自分の興味のない分野、わからない分野については専門家の言っていることに従う。しかし、その専門家は本当に「その分野の専門家」なのか、といったことをちょっと考えてみるのも重要だと思う。

2020-07-02

anond:20200702153928

新規を拒めば滅ぶしかない

が来もしない新規迎合した結果、かえって滅びを早めてしまったもの結構ある

anond:20200702140316

政府無能だろ有識者会議復活しろって意見には迎合しかしたくないけど、あと数日なら引っ張れるし有識者圧力が通っちゃう構造なら独立した方がいいよな

2020-06-21

anond:20200621112001

未だに天下とってるつもりのなんJ民にこそ必要記事

ちなみにロングテール的なモデルTwitterなどの隆盛で再び変化し始めてるし、その割に国民意識一丸となる機会は年を追うごとに減衰していってる。ムラ社会化しつつとりあえず大衆的な意見には迎合し、しか本心ではクラスタが細分化しているという。

しかし個々人は全体に迎合してもいるので、個人的ロングテール的な発想で好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと言えない。

言うためには本当のクラスタに逃げ込む必要性があるけど、古来の村と同じく因習がひどくて度々ぐちが増田に投下される。

anond:20200621171848

数で意見を通すのが正しいと信じる人はすでに集合している

少数で動いている人は迎合しないのが正しいと信じる人

議員になれるかどうかは国民投票で決める

そんなことも知らないのか

2020-06-17

anond:20200617201806

主役として皆にチヤホヤされることを至高とする教育委員会テレビ仕込の下世話な価値観絶対視するような人生を送るのは高校生までにしたほうがいいぞ。

あんもの迎合して幸せになれるのは先生に都合のいい奴隷を演じていればいい学生時だけだ

2020-06-16

引きこもり文学大賞への疑問

今日、第二回目の引きこもり文学大賞がスタートしたらしい。

引きこもり文学大賞というのは、「引きこもりor元引きこもり」のみ4000字の小説投稿できる私設文学賞だ。大賞の賞金15万はクラファンによって集められ、クラファン購入者審査員となり大賞にふさわしい作品投票する。

主催者がつくったクラファンのページには「引きこもり価値観肯定する」「引きこもりに自信を持ってもらう」ために賞を創設したとあり、善意で創設した賞だということが伝わってきた。

世の中に引きこもりをまじめに気にかける稀有な人がいるものだなぁ。

けど、「なんてグロテスクな賞なんだろう」というのが率直な感想だ。

この賞は、引きこもっていない人が有権者になり、引きこもりに<優劣>を付ける。

引きこもっていない人の価値観迎合するような引きこもりが大賞に選ばれる。

文学というおしとやかな皮を被ってはいるが、2枠しかない大賞と賞金を目指して競い合う以上、これは引きこもり同士がペンをもって殺し合うコロシアムなのだ

この文学賞の存在を知ったとき、少し前にあった「とある県にて氷河期世代対象公務員を3名募集したら1800人から応募があり倍率は600倍だった」というニュースを思い出した。

このニュースを知った当時は、ただでさえ苦しんできた氷河期世代を集めて倍率600倍という新卒就活以上に厳しい環境で競わせるグロテスクさに不快な気分になった。

この文学賞も氷河期世代対象にした就活採用側とやっていることが一緒ではないか

そのグロテスクさやむごさに参加者たちは気づいているかもしれないが、彼らは稼ぎのない引きこもりであり、金のためには黙って参加するしかないのだろう。

果たしてこの賞は本当に引きこもりに自信を付けることができるのか?

大賞をとった引きこもりは自信を持つことが出来るだろう。

だが落選した引きこもりはどうなんだ?

そう思って第一引きこもり文学大賞のSNS上での反応はどうだったのかと検索をかけてみたら、案の定落選して傷ついた引きこもりたちのツイートがいくつも出てきた。

ヤフコメなんかを見たらわかる通り、引きこもりに対する差別的感情はすさまじい。彼らがいか世間の人々からつまはじきにされて疎外感を感じながら生きているのか推測できる。

そしてクラファンに参加しているのは世の中の大半の人々と比べて引きこもり理解のある心優しい善人たちだ。その善人たちにすら選ばれなかったとしたら、落選した引きこもりたちが傷つくのにも納得である

引きこもったことのない人々が、引きこもりに優劣を付ける文学賞。

果たしてこの賞はどんな道をゆくのだろうか。選ばれなかった引きこもりが自ら命を絶つような結末にはならないことを祈るしかない。

消費減税とか国民バカにして政権を取れるわけないだろ

消費減税したら消費減税以外の政策実行できるの?

消費減税して国債で賄ってもトントンになるだけじゃん

ツイッター脳みそ花畑以外はちゃんとそういう現実的政策実行能力考えてると思うよ

アホなことぶち上げる山本太郎ちょっと様子見して減税に迎合する国民民主党もいい加減にしろ

そういう点で枝野しか信用できないけどなんで須藤元気とか連れてくるんだよ

無駄の削減で財源作りますっていって作れなくて消費増税に至ったのが民主党政権なんだからもうすこし反省して「現実的」に政権交代可能な枠組みを作って欲しいんだけどいつになることやら

anond:20200616121330

他人迎合してBL読むとかオタクじゃなくヤリモクなだけじゃん

2020-06-07

BlackList/WhiteList 問題

この辺りを起点に BlackList/WhiteList と言う単語を言い換えようと言う話が再燃している。これまでも定期的に話題になっていたネタではあるが、今回のアメリカでの一連の騒動もあって、今までよりも話題になっている気はする。

当人、あるいは賛同者にとっては「単に BlackList と言う名前を BlockList に言い換えるだけだろう?何がそんなに難しい訳?」と思っているのだろうと想像される(尚、BlackList の言い換えとして BlockList 以外にも DenyList と言う候補も挙がっている)。実際、多くの領域にとってはそうだろうし、自分自身も恐らくは今後、BlackList/WhiteList と言う単語積極的には使わないだろうと思う。

ただし、それは今後の実装、あるいはこれまでの内部実装の話であって、既に公開されているライブラリフレームワークAPI、あるいはソフトウェアの設定項目になると話は変わる。既に公開されている API や公開済の設定項目を変える(破壊的変更)には、利用規模にもよるが相応の犠牲を伴う。今後、この一連の主張に迎合した場合、「BlackList や WhiteList と言う単語を別ののもに置き換える」と言う行動は「MAYから「SHOULD」に、「SHOULD」から「MUST」になる可能性がある。そうなった場合、この言い換えに対して、各種開発者利用者が払うコストは決して小さくない。

不謹慎単語問題に関しては、上記以外にも maser/slave や、killer などにも目が向けられている。この話に従うなら、ある日、突然 git の master リポジトリが primary リポジトリになっているかもしれない。実際、GitHub の公式 CLI ツール用リポジトリ は master と言う名前をやめて trunk と言う名前を使う事にした。また、前述した単語がふさわしくないのでプロジェクト名や公開設定等を含めてを変えてしまおうと言う issue も現実問題として立ち始めている。

差別主義に組したくはないし、既存社会問題が解消するのであれば協力はしたいと言う気持ちは持っている。また、私自身、人種問題、あるいは人種問題に関連したアメリカ(?欧米全体?)の社会的構造に詳しい訳でもない。ただ、上記のような行動は、何らかのソフトウェアライブラリを公開している一開発者として、別の危機感を覚える。

黄色人種」と呼ばれる私から見ると、「黒人」と呼ばれている人たちの肌の色は「黒」ではないし、「白人」と呼ばれている人たちの肌の色も「白」ではないと思う。言葉問題と言うのであれば、「黒人」や「白人」と言う呼び名の方が、もっと適切な名前に変わる事を願うばかりである

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